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2010年3月29日 (月)

3-5-3:【コラム:論文「実践は真理を検証する唯一の基準である」の扱い】

※「中国現代史概説」の目次全体及び参考資料については、下記の2010年1月4日付けの発言を御覧下さい。

「中国現代史概説~中国の新しい動きを理解するために~」目次
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2010/01/post-a953.html

【中国現代史概説】

第3章:改革開放に至るまでの中華人民共和国の歴史

-第5部:改革開放政策への大転換

--第3節:西単(シータン)の「民主の壁」

【コラム:論文「実践は真理を検証する唯一の基準である」の扱い】

 1978年5月10日に「理論動態」誌に掲載され翌5月11日に「光明日報」に転載された「実践は真理を検証する唯一の基準である」という論文は、華国鋒主席ら「すべて派」を批判する内容であったが、この論文は「光明日報」では「本紙特約評論員」の署名で掲載された。2008年6月2日付けで「新華社」ホームページに掲載された中央党校の瀋宝祥教授の文章によると、「光明日報」でこの論文を「特約評論員」の名前で発表したのは政治的リスク回避の観点から胡耀邦氏が提案したやり方だ、とのことである。

(参考URL)「新華社」ホームページ2008年6月2日11:11アップ論文
「再読『実践は真理を検証する唯一の基準である』」
http://news.xinhuanet.com/politics/2008-06/02/content_8299739.htm
※このサイトは、サイトの安全性が確認できないため、リンクを張っておりません。

※上記の論文には、審査のために胡耀邦氏に送られチェックされた「実践は真理を検証する唯一の基準である」の原稿の現物の写真が掲載されている。

 上記(参考URL)の論文では、「実践は真理を検証する唯一の基準である」論文を改革開放期の新しい思想解放の序幕を告げる重要論文と位置付けている。上記の「新華社」の論文が2008年6月になってアップされたことには、21世紀初頭の現時点において、政治的に一定の意味があると私は考えている。その死が「第二次天安門事件」発生の切っ掛けとなった胡耀邦氏と、「第二次天安門事件」の処理を巡って失脚した当時党の総書記だった趙紫陽氏の取り扱いについては、現在でも極めて微妙なものがある。この二人を「改革開放の原点を作った者」として賞賛することは、人々の眼を江沢民前主席がトウ小平氏によって上海市書記から党書記に一気に抜擢される切っ掛けとなった「第二次天安門事件」以前の時代へ向けさせるものであり、「思想解放」を封印し、急激な経済成長に伴って勢力を拡大してきた江沢民前主席及びその周辺の有力者に対する一種の挑戦と捉えることも可能だからである。2008年6月時点での上記の論文の「新華社」ホームページへの掲載は、現在の党内にも、胡耀邦氏を再評価し、最終的には1989年6月の「第二次天安門事件」を再評価すべきだと考える流れがあることを表している可能性がある。そして、そのことは、「第二次天安門事件」における弾圧を正当化する(正当化せざるを得ない)江沢民前主席の勢力とそれに対抗する勢力(おそらくは胡錦濤主席をヘッドとする勢力)との権力争いを象徴している可能性がある。

以上

次回「3-5-4:トウ小平氏による改革開放方針の提示」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2010/03/post-405b.html
へ続く。

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