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2010年3月26日 (金)

3-5-1:【コラム:中国現代史の不透明性】

※「中国現代史概説」の目次全体及び参考資料については、下記の2010年1月4日付けの発言を御覧下さい。

「中国現代史概説~中国の新しい動きを理解するために~」目次
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2010/01/post-a953.html

【中国現代史概説】

第3章:改革開放に至るまでの中華人民共和国の歴史

-第5部:改革開放政策への大転換

--第1節:華国鋒政権下でのトウ小平の再復活

【コラム:中国現代史の不透明性】

 この時期、華国鋒氏が次第に求心力を失い、多くの指導者がトウ小平氏の下へ接近していく過程で、誰がどのような役割を果たしたのか、については、今なお不明の点が多い。現在の「新華社」のホームページの中の「資料」のページには、中国共産党の歴史を語る多くの文献が収録されているが、このページの中では、文化大革命が始まる前年の1965年から改革開放政策が決まった1978年12月の第11期中国共産党中央委員会第3回全体会議(第11期三中全会)までの間の文献がスッポリ欠落している。

(参考URL)「新華社」ホームページ「資料」のページ
「党史文献」
http://news.xinhuanet.com/ziliao/2005-02/23/content_2609668.htm
※このサイトは、サイトの安全性が確認できないため、リンクを張っておりません。

 この時期の中国共産党が現在の政権の目から見て「正しくない」決定をしていたことから、当時の党の歴史を証明する文献がネット上に掲載されていないものと思われる。こういった「都合の悪い過去は抹殺する」という考え方を改めない限り、冷静で客観的な歴史の評価をすることは到底困難である。ここにも本稿を執筆している2010年の時点で「中国現代史」を語ることの限界を見ることができる。

 党の主席として華国鋒氏を頂きながらも、実質的な政権の中心が華国鋒氏からトウ小平氏へ移っていくこの時期についても、現時点では「消された歴史」の一部分であり、この時期の詳細な過程についても、2010年の時点は、まだ客観的に検証するには時期尚早と言わざるを得ない。

以上

次回「3-5-2:トウ小平氏と『すべて派』との対立」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2010/03/post-3aa1.html
へ続く。

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