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2010年3月17日 (水)

3-4-3:【コラム:「批林批孔運動」と兵馬俑坑】

※「中国現代史概説」の目次全体及び参考資料については、下記の2010年1月4日付けの発言を御覧下さい。

「中国現代史概説~中国の新しい動きを理解するために~」目次
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2010/01/post-a953.html

【中国現代史概説】

第3章:改革開放に至るまでの中華人民共和国の歴史

-第4部:文化大革命(後半:ニクソン訪中から四人組追放まで)

--第3節:トウ小平の復活と批林批孔運動

【コラム:「批林批孔運動」と兵馬俑坑】

 日本2008年12月4日付けの朝日新聞に興味深い記事が載っていた。西安の東郊外にあるユネスコの世界遺産「兵馬俑坑」は、秦の始皇帝の墓を守る軍隊を模した塑像の大群である。「兵馬俑坑」は1974年に井戸を掘ろうとしていた地元の農民によって偶然に発見された。上記の朝日新聞の記事によれば、当時は文化大革命の最中であり、「古い文化的遺物は破壊すべし」という風潮が強かったため、発見した農民たちの中には、これを保存すると「文化大革命の精神に反する」として批判されるのではないか、と恐れる人たちがいたらしい。しかし、この発見のニュースが北京に伝わり、江青ら文革グループの耳に入ると、当時の文革グループは孔子を批判し秦の始皇帝を再評価する政治運動の真っ最中だったことから、秦の始皇帝の偉大さを示す「兵馬俑坑」の発見を政治的に最大限に利用しようと判断し、「兵馬俑坑」の保存と系統的な発掘を指示したとのことである。

 歴史に「もしも」は禁物であるが、上記の記事によれば、「兵馬俑坑」の発見が「紅衛兵」が跋扈(ばっこ)していた1966年頃だったら、発見された「兵馬俑坑」は徹底的に破壊され、現在の形のようにきちんと保存されていなかったかもしれないというのである。この朝日新聞の記事では、「兵馬俑坑」が今でもきちんと保存されていることが、「批林批孔運動」において江青ら文革グループが行った措置のほとんど唯一のプラスの面と言えるかもしれないと指摘している。歴史の皮肉な一面と言えるかもしれない。

以上

次回「3-4-4(1/2):文革グループと周恩来・トウ小平グループとの確執(1/2)」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2010/03/post-b49f.html
へ続く。

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