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2010年2月20日 (土)

3-2-3:【コラム:大躍進時期の悲惨な記録に関する記述について】

※「中国現代史概説」の目次全体及び参考資料については、下記の2010年1月4日付けの発言を御覧下さい。

「中国現代史概説~中国の新しい動きを理解するために~」目次
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2010/01/post-a953.html

【中国現代史概説】

第3章:改革開放に至るまでの中華人民共和国の歴史

-第2部:社会主義化の深化と路線闘争

--第3節:大躍進政策と人民公社の成立

【コラム:大躍進時期の悲惨な記録に関する記述について】

 中国統計年鑑1986年版には、建国以来の人口の推移の数字が載っており、巻末には、人口や出生率、死亡率、自然増加率のグラフも掲載されていた。それを見れば、1959~1961年の大躍進期における死亡率の増加と出生率の激減は一目瞭然だった。しかし、現在の中国統計年鑑(例えば2008年版)には、人口等のデータは1978年の改革開放が始まって以降の数字しか載っておらず、大躍進期の人口減少を示すグラフも載っていない。本節本文でURLを掲げた人口計画生育委員会のホームページにも、2000年時点での各年齢ごとの人口数の数字は載っているが、通常、人口関係のデータを扱うホームページにはよく出てくる人口ピラミッドのグラフは載っていない。

(参考URL)「中国統計年鑑」2008(中国国家統計局のホームページ上にある)
http://www.sei.gov.cn/hgjj/yearbook/2008/indexch.htm
※このページで数字を見るためにはブラウザとしてインターネット・エクスプローラーを使う必要があるようです。

 大躍進期に数千万人とも言われる多くの餓死者が出たことについては、世界的に有名な中国の映画監督の陳凱歌氏がその著書で書いているように、秘密事項ではなく、多くの中国の人々が知っていることである。しかしながら、現在の政府刊行物や政府のホームページを見ると、大躍進期に多くの餓死者が出たことについて、あまり積極的に言いたくない、という雰囲気が見て取れる。「中国共産党簡史」でも「未曾有の厳しい経済的困難」「沈痛な歴史的教訓」とは述べているが、数千万人のオーダーで餓死者が出た、というような具体的な数字については述べられていない(第二次世界大戦時におけるソ連の死者は2,700万人と言われており、それと比べても、大躍進期の中国での餓死者の多さはとてつもない数であるにも拘わらず、である)。

 これだけインターネット上に情報があふれているにも係わらず、大躍進時期の統計データ等にネットではなかなか辿り着けないことに筆者は危惧を感じている。現在の若い中国の人々が大躍進時期の問題点について正確に把握できないのではないかと思うからである。

 それは日本においても同じであって、「北京三十五年」が絶版になってしまったのと同じように、1980年代にはアクセスしやすかった大躍進時代の情報に対して、現時点では意外にアクセスしにくいのが現状である。そのため、本節においては、分量がやや多くなって冗長になってしまったが、山本市朗氏の「北京三十五年」も長目に引用させていただいた。

 後に述べるように、この大躍進期の社会的混乱によって蓄積されたエネルギーが、後の怒濤のような文化大革命を突き動かすように吹き出すことになる。中国共産党が真に過去の歴史に学び、将来の教訓とする精神を持つのであれば、過去の好ましくない状況に関する具体的なデータについても、若い人が容易にアクセスできるような状態で情報を提供するようにならなければならないと私は考えている。

以上

次回「3-2-4(1/2):フルシチョフによる『平和共存路線』と中ソ対立(1/2)」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2010/02/post-7b55.html
へ続く。

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