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2010年2月28日 (日)

3-3-2:【コラム:「修正主義」という言葉】

※「中国現代史概説」の目次全体及び参考資料については、下記の2010年1月4日付けの発言を御覧下さい。

「中国現代史概説~中国の新しい動きを理解するために~」目次
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2010/01/post-a953.html

【中国現代史概説】

第3章:改革開放に至るまでの中華人民共和国の歴史

-第3部:文化大革命(前半:林彪墜落死事件まで)

--第2節:四清運動と「海瑞免官」批判~文化大革命の開始~

【コラム:「修正主義」という言葉】

 ずっと後のことになるが、1976年10月、当時まで文化大革命を指導していた江青、姚文元、張春橋、王洪文の「四人組」を追放した華国鋒指導部は、四人組を「修正主義」として批判することになる。「修正主義」というのは、社会主義の路線の観点から見ると「右」に外れた路線である。しかし、「四人組」が推進した「文革路線」は「左」の路線である。従って、「四人組」を「修正主義」と批判するのは言葉の使い方としては、本当はおかしい。華国鋒指導部は、「修正主義」という言葉を、「右」とか「左」とかその路線の実際の内容に即して使ったのではなく、単に「よくないこと」の代名詞として使ったに過ぎない。

 1960年代以降、中国がソ連のことを「修正主義」として批判したのも同じイメージのこととして捕らえてよいと思う。中ソ論争において中国がソ連に対して使った「修正主義」という言葉は、「その路線がイデオロギー的に『右』である」ことを指摘したのではなく、単に「よくないこと」を表す修辞句として使っただけなのだ、と理解した方がわかりやすい。

 中国語は非常に表現が豊かなので、それだけに「実態的な意味のない修辞語句」が氾濫するケースが多い。1986年暮れの学生運動を受けて出された「ブルジョア自由化に反対しよう」というスローガンも同様である。当時、北京に駐在していた私は、「ブルジョア自由化」とは具体的に何を示すのか、よくわからなかった。たぶん「ブルジョア自由化」とは、西側諸国が採用している議会制民主主義なのだろうなぁ、と思っていたが、中国共産党も自ら「集中民主制」を採用していると主張していたし、「民主化」という言葉に反対しているわけではなかった。当時はそこに「ブルジョア」という接頭語を付けて「ブルジョア民主化」と表現して批判していたのであるが、要するに「ブルジョア」とは、中身がどうのこうのというのではなく、単に「よくないこと」の頭に付ける接頭語である、と理解した方がわかりやすい。21世紀になった現在でも、中国で政治について語られる言葉は、完璧に言語としての中国語がわかったとしても、修辞語句が多くて意味不明な文章が多い。これから述べる文化大革命の時代は、それら「意味不明の修辞語句」が最も顕著に氾濫した時代であると言える。

以上

次回「3-3-3:紅衛兵の登場と狂乱」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2010/03/post-9ce3.html
へ続く。

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