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2010年1月16日 (土)

1-2-2(2/2):【コラム:最新技術の導入とそれに対する「抵抗勢力」】

※「中国現代史概説」の目次全体及び参考資料については、下記の2010年1月4日付けの発言を御覧下さい。

「中国現代史概説~中国の新しい動きを理解するために~」目次
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2010/01/post-a953.html

【中国現代史概説】

第1章:中国革命の背景

-第2部:辛亥革命以前の中国社会の特長

--第2節:列強各国との関係における19世紀の中国と日本との違い(2/3)

【コラム:最新技術の導入とそれに対する「抵抗勢力」】

 どこの国でも、いつの時代でも、新しい技術が社会に普及することは、従来技術に基づいて類似の事業を営んでいた人々にとっては職を奪われる脅威である。これらの人々は、常に最新技術の導入に反対する「抵抗勢力」になりうる。ある意味で、政治の大きな役割のひとつは、社会の変化に応じて、「抵抗勢力」になっている斜陽分野の人々を別の分野へいかにスムーズに転換させるか、にあると言っても過言ではない。日本の戦後の政治を見ても、エネルギー部門の石炭から石油への転換、運輸部門の鉄道輸送から自動車輸送への転換が大きな政治課題であった。今の日本の地方経済においては、高速道路、ダム、新幹線の建設等のコンクリート産業に頼った体質からの脱却が大きな課題であるが、これについては、いまだ途上にあると言える。各界・各層の人々を抵抗なく時代の変化に適応させていくことが、いつの時代においても政治の重要課題なのである。

 日本と中国とを比べると、日本の方が国土が小さく、人口が少ないので、時代の変化に対する適応はやりやすいと言える。仏教、鉄砲、キリスト教などが伝来した後、日本はそれらをあまり抵抗なくスムーズに受け入れ、場合によっては大いにそれを活用している。

 こういった日本の時代変化適応能力を象徴する「お話」として、新美南吉の「おじいさんのランプ」を挙げることができる。この話の「語り部」である「おじいさん」は、明治維新後、石油ランプの先進性に着目してランプ売りの商売に成功するが、電灯の導入により、自分の商売に対する危機感を募らせる。「おじいさん」は、自分の商売を守るため、当初は村への電灯の導入に反対するが、それが社会の進歩に反対する行為であることを悟り、思い悩んだ末、結局はスパッとランプ売りをやめる、という話である。

 この「おじいさんのランプ」は、日本の「新しい技術に対する適応性」を象徴する話であるが、この小説が第二次世界大戦のさなかの1942年(昭和17年)に発表された作品であることは注目に値する。「常に技術は新しい技術に取って代わられる。古い技術に汲々としてしがみついてはならない。」という考え方は、別に新しい考え方ではなく、いわば日本が持つ伝統的な遺伝子のひとつと言ってもよいかもしれない。

以上

※次回「2-1-1:日清戦争から戊戌の変法まで」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2010/01/post-df12.html
へ続く。

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