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2010年1月25日 (月)

2-2-3:【コラム:「蒋介石」という呼び方について】

※「中国現代史概説」の目次全体及び参考資料については、下記の2010年1月4日付けの発言を御覧下さい。

「中国現代史概説~中国の新しい動きを理解するために~」目次
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2010/01/post-a953.html

【中国現代史概説】

第2章:辛亥革命から抗日戦争、中国共産党による革命へ

-第2部:孫文による革命運動の苦悩と中国共産党の誕生

--第3節:第一次国共合作

【コラム:「蒋介石」という呼び方について】

 中国の歴史上の人物の名前は「姓」「名」「字(あざな)」で呼ばれる。三国演義に出てくる劉備玄徳は、「劉」が姓、「備」が名、「玄徳」が「字」である。諸葛亮孔明は「諸葛」が姓(中国では珍しい二字の姓)、「亮」が名、「孔明」が「字」である。諸葛亮孔明は、日本では「諸葛亮」と呼ばれたり、「諸葛孔明」と呼ばれたりして一定しない。ほかの外国人の名前の呼び方を踏まえれば、歴史上の人物であっても、「姓」+「名」を使うのが最もわかりやすく「字」は使わない方が間違いが少ない。

 孫文は、「孫」が姓、「文」が名で、字(あざな)は「逸山」である。尊敬の念を込めて呼ぶときなどに使う「孫中山」の「中山」は「号」(ペンネームのようなもの)である。普通の歴史上の記述の際には、姓+名で「孫文」と呼ぶ。共産党関係の人物は、字(あざな)は「庶民的でない」として普通は使わない。毛沢東も周恩来も「字(あざな)」は持っていたのだが、彼らを呼ぶときに「字」を使うことはほとんどない。

 ところが蒋介石についてだけは事情が違う。彼は、姓が「蒋」、名は「中正」で、字(あざな)が「介石」である(従って、台湾では普通「蒋中正」と呼ばれる)。なぜ彼だけが日本をはじめとする多くの国で「姓+字」で呼ばれるのか経緯は不明である。英語でも「蒋介石」の表音表記である Chiang Kai-shek が使われることが多いので、この文章では、慣例に従って、今後も「蒋介石」と呼ぶことにする。

以上

次回「2-2-4:中国革命の父・孫文の死」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2010/01/post-1550.html
へ続く。

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