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2010年1月31日 (日)

2-3-5:【コラム:「南京大虐殺論争」について】

※「中国現代史概説」の目次全体及び参考資料については、下記の2010年1月4日付けの発言を御覧下さい。

「中国現代史概説~中国の新しい動きを理解するために~」目次
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2010/01/post-a953.html

【中国現代史概説】

第2章:辛亥革命から抗日戦争、中国共産党による革命へ

-第3部:日本による大陸進出と中国による抗日戦争

--第5節:廬溝橋事件から日中戦争へ

【コラム:「南京大虐殺論争」について】

 1937年の日本軍の南京入城に際して殺害された人の数が何人であったか、という論争については、学術的な研究により、明確な定義を行った上で、資料等に基づき確定すべきものと考えるが、私は死者の数が何人であるか、といった論争は本質的な問題ではない、と考えている。例えば、広島や長崎に投下された原爆の死者の数についても、いろいろな説があるが、歴史上の問題としては、死者の数が正確に何人だったか、ということは本質的な問題ではなく、一般市民の頭上に原子爆弾が投下された、という事実が問題なのである。それと同様に、1937年12月の日本軍の南京入城に伴って起こった事件については、殺された人々の数が正確に何人だったのか、は本質的な問題ではなく、問題とすべきなのは、日本軍がそこで何をやったのか、それはなぜなのか、ということである。

 私が第一回目の北京赴任(1986~1988年)をしていた頃にも、南京事件において殺害された人の数については、いろいろな議論が行われていた。しかし、当時は、「南京大虐殺はなかった」とか「まぼろしだった」とかいった議論は、あることはあったが、誰も相手にしていなかった。ところが、1990年代以降、インターネットが発達し、多くの人が自由に意見を公の場で言えるようになるにつれて、学術的な「数字の論争」を離れて、「なかった派」「まぼろしだった派」が増えてきているように見えることに私は困惑している。

 私は、日本は敗戦によって軍国主義の国から民主主義の国に生まれ変わったのであり、軍国主義時代に日本が行った行為を批判することは、現在の日本を批判することとは繋がらない、と考えている。しかし、なぜか、特に最近の若い人には、軍国主義時代の日本の行為について批判されると、自分が批判されたように反発する人が結構多い。1980年代までは、中国の指導者は、ことあるごとに、1945年までの日本による中国侵略は、日本の軍国主義者が行ったのであり、日本人民も日本軍国主義の被害者だったのである、と言っていた(私自身は、1945年以前の日本においても、不完全とは言いながら民主主義的制度は機能していたのであるから、日本の一般人は純粋な被害者である(加害者ではない)、という考え方には、完全には同意しない)。1980年代の中国の人々は大体は当時の中国の指導者と同じような考え方を持っており、日本人が軍国主義時代の日本の行為を正当化するような言動を取らない限り、現在の日本に対して反感を持つ人はいなかった、と思う。

 しかし、1990年代以降、日本において日本の軍国主義時代の行為を批判されると今の日本を批判されたと感じる若い人たちが増えていると同時に、中国において日本の軍国主義時代の行為を批判することと今の日本を批判することを同一視している若い人が増えているように感じるのが、気になるところである。

 日本人がアメリカによる広島・長崎への原爆投下を「歴史上の誤りである」と主張することが正当であるのと同じように、中国の人々が1937年12月の日本軍の南京入城に際して起こした行為を「歴史上の誤りである」と主張することは正当なことである、と私は信じている。原爆投下を「歴史上の誤りである」と主張することが日本にとってアメリカとの友好関係を維持・発展させる出発点のひとつであるのと同じように、中国が日本軍による南京での行為を「歴史上の誤りである」と主張し、中国がそういう主張をすることを日本が認めることが日中両国が友好関係を維持・発展させる出発点のひとつであると私は信じている。

以上

次回「2-3-6(1/2):日本の敗戦(1/2)」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2010/02/post-6cc9.html
へ続く。

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