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2010年1月24日 (日)

2-2-2(2/2):【コラム:中国国民党について】

※「中国現代史概説」の目次全体及び参考資料については、下記の2010年1月4日付けの発言を御覧下さい。

「中国現代史概説~中国の新しい動きを理解するために~」目次
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2010/01/post-a953.html

【中国現代史概説】

第2章:辛亥革命から抗日戦争、中国共産党による革命へ

-第2部:孫文による革命運動の苦悩と中国共産党の誕生

--第2節:五四運動と中国共産党の誕生(2/2)

【コラム:中国国民党について】

 中国国民党は、孫文の後、蒋介石がリーダーとなり、蒋介石が台湾に渡った後も存続して現在に至っている。2008年3月22日の選挙で馬英九氏が総統として当選したことにより(総統就任は5月20日)、台湾において、中国国民党は、それまでの民進党の陳水扁政権時代の野党の立場から、与党としての立場に復活することになった。

 中国政府は、台湾の政権を「政府」としは認めていないため、中国のメディアでは、台湾の政治の動きについては「総統」「内閣」「行政院」などと必ず「 」付きで報道する(「彼らが勝手に称しているところのもの」という意味で「 」を付けるのである)。一方、政党としての中国国民党が今も存続していることは、中国共産党及び中国政府も認めている。従って、中国のメディアでも中国国民党については「 」なしで報道される。

 2008年4月29日には、胡錦濤国家主席は中国共産党総書記の肩書きで北京において中国国民党栄誉主席の連戦氏(元中国国民党主席)と会談、続いて5月26日には中国国民党の現職主席の呉伯雄氏と会談して、中国共産党及び中国政府が中国国民党を重要視していることを内外に印象づけた。2005年4月にも胡錦濤主席は当時中国国民党主席だった連戦氏と会談しているが、この時は、台湾では民進党の陳水扁氏が総統であり、中国国民党は「野党」であった。従って、2005年の会談は形式上も実態上も「中国共産党のトップ」と「中国国民党のトップ」という政党のトップ同士の会談であったが、2008年4月~5月の胡錦濤主席・総書記による中国国民党幹部との会談は、馬英九氏が総統に当選した後の会談であり、中国国民党が「政権与党」の立場になった直後の会談であったために、形式上は相変わらず「政党幹部同士の会談」ではあるにも係わらず、内外にそれ以上の印象(中台双方ともに認めてはいないが「政府の最高幹部同士の会談」といった印象)を与えることになった。

 なお、国共内戦の後、台湾に渡ろうとした蒋介石の方針に反対した中国国民党の一部のグループ(孫文夫人の宋慶齢女史ら)は、分派して「中国国民党革命委員会」を組織し大陸に残った。「中国国民党革命委員会」は、今でも大陸において政党として存続している。「中国国民党革命委員会」は、中国共産党の指導による政治運営を認めるという立場に立って大陸で政党としての活動を認められている「民主党派」のひとつである。

以上

次回「2-2-2(2/2):【コラム:『中国共産党第一回全国代表大会』の出席者について】」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2010/01/post-9861.html
へ続く。

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