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2010年1月30日 (土)

2-3-4:【コラム:張学良氏について】

※「中国現代史概説」の目次全体及び参考資料については、下記の2010年1月4日付けの発言を御覧下さい。

「中国現代史概説~中国の新しい動きを理解するために~」目次
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2010/01/post-a953.html

【中国現代史概説】

第2章:辛亥革命から抗日戦争、中国共産党による革命へ

-第3部:日本による大陸進出と中国による抗日戦争

--第4節:西安事件と第二次国共合作

【コラム:張学良氏について】

 張学良氏は、当初は軍閥で、後に中国国民党軍の軍人になった人であるが、上記のように「第二次国共合作」の立役者であり、抗日統一戦線結成のきっかけを作った人物であることから、中国共産党政権下の現在の中華人民共和国においても非常に高く評価されており、張学良氏を主人公とする映画が作られたりもしている。張学良氏自身は、西安事件を起こしたことで蒋介石により軟禁状態に置かれ、1949年に国共内戦に敗れた蒋介石が台湾に逃れたのに合わせて台湾に移送された。1975年に蒋介石が死去した後は、比較的自由な行動が認められていた、とされている。

 1990年(平成2年)6月、張学良氏は、自分自身の誕生パーティーに出席し、半世紀ぶりに公の場に姿を現した。こういった状況を捉えて、NHKは、台北において張学良氏(当時89歳)に直接インタビューし、それを基に下記の番組が制作された(聞き手は、NHK特別主幹の磯村尚徳氏と桜美林大学教授臼井勝美氏)。

「NHKスペシャル 張学良がいま語る 日中戦争への道」(1990年12月9日放送)
「張学良・磯村尚徳対談 私の中国・私の日本」(1990年12月10日放送)

 これらの二つの番組は、現在、横浜の「みなとみらい線・日本大通り駅」直上にある財団法人放送番組センターの「放送ライブラリー」で無料で視聴できる。

(参考URL)「放送ライブラリー」のホームページ
http://www.bpcj.or.jp/

 張学良氏は、1991年に正式に釈放され、最晩年はハワイに移住して、21世紀になってから、2001年10月にハワイで100歳で死去している。

 上記の番組の中で、張学良氏は、次のような証言をしている。

○1928年6月4日に父(張作霖)が爆殺された時、当時の多くの人がそう思っていたのと同じように、自分(張学良氏)も最初から日本軍の仕業であると思っていた。なぜなら、爆殺された現場は北京から奉天へ向かう鉄道と南満州鉄道が立体交差する場所であったが、当時、南満州鉄道は日本軍によって厳しく警備されており、日本軍関係者でなければ近付けなかったからだ。また、父(張作霖)が爆殺された時、南満州鉄道の列車は止められていたが、南満州鉄道の列車を止められるのは日本軍だけだったからだ。

○父(張作霖)が爆殺された後、日本陸軍特務機関の土肥原賢二が「日本を後ろ盾として、中国東北部を中国から独立させた国を作れば、そのトップとして君臨できる」と提案してきたが断った。父(張作霖)は日本軍に協力していたが、結局は日本軍によって殺されてしまった。自分も日本軍に協力すれば、いつかきっと父と同じように日本軍に殺されるだろう、と思ったからだ。

○1936年9月18日に関東軍が柳条湖で南満州鉄道を爆破して満州事変が始まった時、自分は「日本軍の挑発に乗るな。日本軍に抵抗して戦線を拡大してはならない」と指示した。国民政府中央は「状況に応じて対応せよ」という曖昧な指示しか出さなかった。責任を取りたくなかったからであろう。だから、満州事変の時に東北地方にいた軍隊が撤退したのは、自分(張学良氏)の責任である。関東軍の挑発に乗れば戦線が拡大するおそれがあったし、自分は、ソ連との関係など国際関係を考えれば、日本政府は戦線を拡大しないだろうと考えたのだ。このことで、自分は中国国内で「不抵抗将軍」として非難されることになるが、自分の判断は間違っていなかったと思う。(実際、日本政府は、張学良氏が考えていたように戦線を拡大しない方針を採った。しかし、張学良氏の思惑を超えて、関東軍は日本政府の意向を無視して軍を展開し、約5か月で中国東北部を制圧した)。

(お断り)張学良氏についても、私にとっては「同時代人」のお一人であるため、このコラムの中では敬称を付けて表記させていただいた。

以上

次回「2-3-5:廬溝橋事件から日中戦争へ」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2010/01/post-5388.html
へ続く。

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