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2009年1月 6日 (火)

「なぜマルクス主義堅持なのか」に対する答

 ひと月ほど前、「なぜ今も中国共産党なのか」という極めて「敏感な」質問に対して真正面から答えようとしている「人民日報」の記事が載ったことをこのブログに書きました。

(参考1)このブログの2008年12月8日付け記事
「『なぜ今も中国共産党なのか』に対する答」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/12/post-f9f3.html

 ところが年が明けて、2009年最初の月曜日の1月5日付けの「人民日報」では、同じような試みとして、「なぜマルクス主義を指導的地位に堅持しなければならず、なぜ指導思想の多元化を図ってはならないのか。」と題する議論の特集記事を掲載しました。

(参考2)「人民日報」2009年1月5日付け記事
「なぜマルクス主義を意識形態領域の指導的地位に堅持しなければならず、なぜ指導思想の多元化を図ってはならないのか。」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2009-01/05/content_169978.htm

 ここに掲げられているいろいろな方の上記の質問に対する答としての主張のポイントを掲げると以下のとおりです。

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○中国社会科学院マルクス主義研究院党書記・教授の侯惠勤氏:

 マルクス主義を指導原理にしなければ労働者階級が抱える問題点に対処していくことができないから。

○北京大学マルクス主義学院教授のイェン志民氏(「イェン」は「門」がまえの中に「三」):

 マルクス主義を意識形態領域の指導的地位として堅持することになったのは、人民による歴史的な選択だった。マルクス主義の指導により、新中国の建設は成し遂げられ、改革開放も進められた。もし、マルクス主義の指導的地位が弱くなって、我々が動揺し、指導思想が多元化したら、思想の混乱と社会の動揺、民族の分裂からついには国家の解体を招きかねない。ソ連と東ヨーロッパの激変は、ひとつの悲痛な教訓である。

 ただし、マルクス主義を意識形態領域の指導的地位として堅持することは、他の多様な社会的思想を排除することであってはならない。マルクス主義自身、ドイツの古典哲学やイギリスの古典政治経済学、フランスの空想社会主義等の思想の成果を吸収して成立したからである。

○教育部トウ小平理論及び「三つの代表」重要思想研究センター副主任・教授の田心銘氏:

 労働者階級運動は、絶対多数の人々が参加し、絶対対数の利益を図る運動であり、その労働者階級を代表する科学理論がマルクス主義だからである。マルクス主義は、人民の根本的な利益を意志を代表し、人民を前進させる方向を指し示す科学理論だからである。

 もし、マルクス主義による指導がなかったがら、13億の中国人民が団結するための共同の価値の追求もできなくなり、人々の心は分散し、社会は混乱する。最終的には、国家の分裂、民族の解体に繋がり、かつての中国のようにバラバラで、外国からの屈辱を受けるような局面を招きかねない。だからこそ、我々はマルクス主義を堅持し、マルクス主義を発展させていかなければならないのである。

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 上記のような考え方が「なぜマルクス主義を意識形態領域の指導的地位に堅持しなければならず、なぜ指導思想の多元化を図ってはならないのか。」という質問に対する「答え」として、ストンと納得できるものであるのかどうかについては人によって違うと思います。また、そもそも現在の中国が採っている政策はマルクス主義本来の姿からは完全に外れている、と考える人もいると思います。しかし、「人民日報」がまたこうした疑問に真正面から答えようとしていることは評価すべきなのでしょう。「人民日報」がこういった疑問に率直に答えようとする紙面構成をすることが多くなったことは、こういった疑問を持つ人が多くなった、と「人民日報」自身が認識していることの現れ、と捉えるべきなのかもしれません。

 いずれにせよ、「なぜ今も中国共産党なのか」「なぜマルクス主義を指導的地位に堅持しなければならず、なぜ指導思想の多元化を図ってはならないのか。」という問いは、2009年を通じて、あるいは2009年を起点としてこれ以降継続して、常に問われ続ける問いとなるでしょう。今までは「まずはとにかく経済成長を図り、人民の生活を一定水準に上げ、外国に負けないだけの国力を得ることが第一であり、そういった疑問に対する答えを考えるのは後回し」と考えられてきました。しかし、中国が「世界の工場」としての世界の中で重要な地位を築き上げ、史上最大規模のオリンピック大会を立派に成功させ、世界的金融危機においても中国の対応が世界に大きな影響を与えるようになった今、今後の中国が進むべき道について中国の人々が自ら納得してその力を十分に発揮するために、既にこれらの問いに対して真正面から答えるべき時期に来ていると思います。

 なお、この日の「人民日報」の特集記事面では、張栄臣という人による「不動揺、不懈怠、不折騰」と題する解説記事も載っています。この解説記事では、「不折騰」については、「論争しない、というのは私のひとつの発明だ。論争しないのは、時間を無駄にしないで仕事をするためだ。論争を始めればすぐ複雑になり、時間を消費してしまって、何も成し得なくなってしまうからだ。」というトウ小平氏の言葉を引用して、「だから現在の中国においては『折騰』を起こしてはならないのだ」と主張しています。つまり、この「人民日報」の解説では、「折騰」とは「思想的にぶれる」とか「路線について不要な論争をする」といった意味で捉えているようにも見えます。

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