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2008年12月 5日 (金)

「人民日報」上での政治の民主化を巡る議論

 テレビでアメリカの大統領選挙を巡る喧噪(けんそう)を見たり、モンゴルで選挙の後に暴動が起こったとか、ジンバブエで選挙の結果が確定せずに政治的不安定な状況になった、とかいうニュースを見て痛感するのは、世界人口の5分の1を占め、国連の常任理事国である中国で選挙が行われていない、という事実です。前にも書きましたが、現在の全国人民代表大会の議員(人民代表)を選ぶ選挙は、何層にも繰り返し間接選挙を繰り返すこと、立候補にいろいろな制限があること等から、外国の人はもちろん、中国の人々自身も「選挙」だとは思っていません。1990年前後から最も下の地方組織である村民委員会では、一部で村民による直接選挙が行われていますが、村民委員会は権限が非常に小さく、いわば「町内会」のようなもので、これをもって「中国で選挙が行われている」という主張は、中国政府自体、あまり胸を張って言うことはしていません。

 ただ、中国の政治の民主化について多くの外国の人が誤解しているのは、中国共産党中央が住民による直接選挙の導入を阻止しようと考えている、という認識です。中国共産党は、広大な国土と膨大な人口を持つ多民族国家である中国をまとめるために「中国共産党による指導」ははずすことはできない、と考えていますが、住民による直接選挙は導入すべきではない、と考えているわけではない、と私は見ています。むしろ、党中央は、地方政府の乱脈振りをコントロールするため、地方政府レベルでの選挙を何らかの形で導入すべきではないか、と模索しているように見えます。住民による直接選挙に抵抗しているのは、党中央ではなく、住民による直接選挙で権限を奪われる恐れがある地方の党や政府の幹部とそれと結託した地方の企業・有力者だと思います。

 党中央が「民主化」をひとつのキーワードにしていることは、昨年(2007年)10月の第17回党大会での胡錦濤総書記の報告の中で「民主」という言葉が67回も登場したことでもわかります。

(参考1)このブログの2007年10月19日付け記事
「党大会後の民主化の具体化はどうなる?」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/10/post_7250.html

 今までこのブログでも時々書いてきましたが、「新京報」や「経済観察報」といった市井の新聞はもちろん、時々、「民主化」の問題は中国共産党の機関誌「人民日報」でも取り上げます。一昨日(12月3日)の「人民日報」にも、民主化についての特集記事が載っていました。

(参考2)「人民日報」2008年12月3日付け記事
「中国の民主化は増量方式で(注:「少しずつ」の意味)発展している」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2008-12/03/content_150525.htm

 この特集記事は、中国共産党中央編成局副局長で北京大学中国政府イノベーション研究センター主任の兪可平氏に対するインタビュー記事です。この記事のポイントを掲げると以下のとおりです。

記者:最近、杭州での地下鉄工事現場崩落事故や甘粛省リュウ南市(リュウは「こざとへん」に「龍」)での群衆争乱事件などが、発生後すぐにメディアで報じられた。このようなことで普通の人々は中国における民主化が発展している感じているのではないか。

(参考3)甘粛省リュウ南市の群衆争乱事件については、下記のこのブログの2008年11月25日付け記事「世論のリーダーになりつつある中国の新聞」を参照のこと
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/11/post-6a7a.html

兪可平氏:2007年に国務院が政府情報公開条例を制定するなど、行政情報の公開と政治の透明度の推進を進めてきた。情報の公開は民主政治の重要な一面だ。

記者:30年来、中国経済は巨大な発展を遂げたが、中国の民主化の程度は経済発展とアンバランスであり、「片方の脚が短く、片方の脚が長い」状態であると言っている人もいる。

兪可平氏:それは一種の誤解と偏見だ。一部の人には西側の多党制・全国民による普通選挙制度・三権分立を基準に考える傾向があるが、まだ改革時期にある中国の政治を見て、中国の改革は経済体制の改革だけで、政治体制の基本は変化していないと認識しているのだ。政治体制は、市場経済の発展に応じたものでなければならない。中国においても、もし民主政治の発展がなかったら経済の長期的発展はあり得ない。しかし、中国においては、政治体制の経済発展に対する役割が、西側の国々より大きいことを考えなければならない。

兪可平氏:西側の基準から簡単に中国を見てはならない。中国の民主化の進展は、中国の長い歴史の中で見なければならない。例えば、中国数千年の封建社会の中において、人民が統治者に物申すことがあっただろうか。現在はそれができ、法律制度による保護もある。現在の中国の法治制度はまだ不完全なものであるが、その目標を定めてその方向に進んで行きさえすれば、大きな前進が得られるだろう。

記者:中国の民主化の観点から見て、何が重要だと思うか。

兪可平氏:民主政治の成果を得ることと経験を積むことだ。制度と実践の進展は簡単に言えば7つの方向性がある。即ち「党と国家の適度な分離」「公民社会の実現」「法に基づく政治と完備された法律体系の整備」「直接選挙の拡大と地方における自治範囲の拡大」「行政情報の公開と政治の透明性の推進」「行政サービス型政府の確立と行政サービスの質の改善」「公聴会制度、協議制度、政策決定の民主化」である。

記者:重慶でのタクシー・ストライキにおいて重慶市党委員会の薄熙来書記が前面に出てタクシー運転手たちや市民代表と話し合った。これは公衆の参与を拡大させたのではないか。

(参考4)重慶市のタクシー・ストライキについては、下記のこのブログの2008年11月6日付け記事「重慶市のタクシー・ストライキ」を参照のこと
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/11/post-9f93.html

兪可平氏:その通りだ。政府は政策を決める際に公衆の意見を聞き、公衆を参与させる方法を講じなければならない。公衆の参与は民主政治の核心問題のひとつである。公衆の参与は公衆の権利の実現の方法であり、公的権力の乱用を防止し、社会の和諧(協和)と安定を促進する。

記者:中国にはネット・ユーザーが2.53億人いる。ネット上でのネット・ユーザーの発言を見る幹部が多くなっている。これも公衆の参与の新しい道筋ではないのか。

兪可平氏:公衆の参与の仕方には異なる多くの種類の方法があってよい。

記者:さらに公衆の参与を拡大するにはどうしたらよいのか。

兪可平氏:公衆参与の問題についてはよく注意して対処する必要がある。ひとつは公衆の側に参与したいという意欲がない場合、ひとつは公衆の意欲は強いがそれを実現する合法的な方法がない場合である。公衆の権利を守り、かつ政治的安定性を維持し、社会の和諧(協和)を促進するためには、参与の方法を広げると同時に、参与行為に関する規範を作る必要がある。

記者:中国の民主化は上から下へ推進すべきだ、と言う人がいる。まず政治のトップレベルから民主化を進めることによってこそ、健全な民主化が進むのではないか。

兪可平氏:「維新変法」(注:清朝末期の1898年の政治改革)や「辛亥革命」(注:1912年に清朝を終焉させ中華民国を樹立させた革命)など、中国では何回も「上意下達の民主政治」が試みられた。その経験からすれば、中央集権の伝統の長い大国において民主化を進めるためには、上下結合こそが正しいやり方だ、ということだ。上下がお互いに動くことが必要であり、「下から上へ」と「上から下へ」とが同時に進行しなければならない。

兪可平氏:基層民主(末端の地方レベルでの民主)と党内民主が現段階における中国民主政治の二つの大きな重点であり突破口である。基層民主が全ての民主政治の基礎である。党内民主は権力の核心部分の民主である。

記者:基層民主については、中国は大きな成果を上げてきたのではないか。

兪可平氏:その通りである。1998年に村民委員会組織法が制定され、国家の権力機関が扱わない農民事務を行う村の幹部は村民の自由選挙で選ばれている。2007年末までに61.3万の村民委員会が設立されている。

記者:党内民主については、一般庶民は幹部選抜任用の過程に関心を持っている。

兪可平氏:差額選挙(定員より多い立候補者による選挙)が党内民主の重要な指標のひとつである(注:一般の国では選挙と言えば複数立候補が当然だが、中国では従来は定員と同数の立候補者による信任投票だった)。1987年の第13回党大会で初めて「差額選挙」が行われた。2007年の第17回党大会では、中央委員会委員、中央委員会委員候補、中央規律委員会委員は全て「差額選挙」の結果選ばれた。地方幹部についても「差額選挙」で決まるケースが段々多くなっている(注:この場合の幹部選挙は住民による選挙ではなく、地方の党員による選挙のこと)。

記者:人々の民主化に対する期待は高い。政治の民主化が一気に進むことを期待している人もいる。

兪可平氏:「ローマは一日にして成らず」である。中国の民主化の発展は「増量方式」(少しずつ量を増していく方式)となるだろう。中国の民主政治の速度と程度は、社会経済体制と経済発展レベルと一致させるようにしなければならない。

記者:「増量方式の民主化」ということには多くの人が関心を持つと思うが、具体的にはどうしようと考えているのか。

兪可平氏:中国の民主政治は次の三つの線路に沿って前進するだろう。
第一は、党内民主である。唯一の執政党である中国共産党が党内民主を拡大することにより、全社会の民主化を進めることになるだろう。
第二は、基層民主から高いレベルへの民主への段階的な進展である。重大な改革は基層レベルで試験をし、段階的に高いレベルへ進めていくことになろう。
第三は、少数による競争から段々と多数による競争に持っていくことである。

記者:その過程で、西側諸国の民主政治の発展モデルを中国が活用することの意義についてどう考えるか。

兪可平氏:民主制度には、普遍性と特殊性との両方の性質がある。アメリカは国土面積は中国とほぼ同じだが、人口は何分の一にしか過ぎない。文化伝統も国情も違うので、民主化のモデルも異なる。中国の民主化では、中国共産党による指導を堅持し、人民を主体とし、法による国の有機的統一を図ることが原則である。ただし、我々は、西側諸国における優秀な政治文明の成果も含め人類が共同で築き上げてきた文明の成果を排斥してはならない。「民主」という言葉は外来の言葉だが、最近、中国の行政で使われる「公聴会」などの言葉もみな西側から学んだものである。

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 最近の中国の新聞の論調からすると、上記のような記事が「新京報」「南方周末」「経済観察報」等に載っていてもさほど驚きませんが、中国共産党の機関誌であり最も公式な新聞である「人民日報」の記事としては、結構、突っ込んだことを言っていると思います。この記事では、重慶市のタクシー・ストライキや甘粛省リュウ南市の群衆争乱事件にも言及しており、民主化を進めて一般大衆の不満をうまく吸収するシステムを作らないと、むしろ社会の不安定化に繋がる、という党中央の危機感が感じられます。西側のシステムをどのように参考にするのか、という点については、先日、政治局常務委員(序列4位)・政治協商会議主席の賈慶林氏が司法改革について語った下記の言葉のトーンとはかなり異なる印象を受けます。

「改革は、絶対に中国の特色のある社会主義政治の発展の路線を踏み外すものであってはならず、党の指導を堅持し、人民の問題を処理することを主とすることと法により国を治めることを統一したものにしなければならない。人類の法治文明の優秀な成果を用いることが必要だが、絶対に西側の政治制度や司法制度のモデルをそのまま持ち込んだりしてはならない。」

(参考5)上記の賈慶林氏の発言については、このブログの2008年11月30日付け記事「どうする中国の司法制度改革」を参照のこと
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/11/post-1e8d.html

 上記の「人民日報」の記事でもあまり歯切れよくズバリとは言っていませんが、地方政府の乱脈振りを監督・監視するため、党中央では、末端地方レベル(市・県とその下の鎮レベル)の党や政府の幹部に対して、住民による選挙を導入したいのではないか、と私は思っています。ただ、上から強圧的に選挙制度を導入しようとすると、地方の党・政府幹部による強い抵抗が予想されるので、まずは一般大衆も読んでいて、日頃から「模範とすべし」とされている「人民日報」にこうした記事を載せて、いわば「ジャブ」として、党内で議論を起こさせ、党内世論を収れんさせよとしているのではないか、と思っています(半分、私の「期待」が入っていますが)。

 ただ、村民委員会での直接選挙制度が導入されて以来、既に20年が経過しているのに、現実的な政治の民主化の程度は全く進展していません。「人民日報」がこうした「政治の民主化」というテーマを真正面から取り上げた意義は大きく評価しなければならないと思いますが、2008年になっても、まだ「ジャブ」を出す程度のことしかできないのだったら、現実的な民主化はあと30年以上経たないと実現しないのじゃないかなぁ、と思えてしまいます。

 中国は巨大な象のようなものであり変化するには長い時間が掛かる、と昔から言われてきました。急激な変化が起きて、社会が混乱することは、中国内外の誰もが避けたいと思っていることですから、時間が掛かろうとも、少しづつでも前進していくことに期待するしかないのだと思います。少なくとも、上記の「人民日報」の記事は、ごく小さな一歩ではあるものの、前進であることは間違いないと思います。

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