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2008年10月15日 (水)

「人民日報」が新交通規制の法律論議に言及

 このブログの前回の記事で、北京市人民政府が、10月11日から来年4月10日までの間、平日の5日間、ナンバー・プレートの末尾番号で5分の1の車の通行を禁止するという新しい交通規制を始めたことに対して、この規制は自家用車という私有財産に対する財産権の侵害ではないか、といった法律論議が起きていることについて書きました。

(参考1)このブログの2008年10月12日付け記事
「北京の新交通規制に異議を述べる社説」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/10/post-ec68.html

 上記のブログの記事にも書いたのですが、北京市人民政府という行政機関(いわば「おかみ」)が決めた規則に対して、新聞がそれに異議を挟む意見を社説として掲載したことは、中国としては、ある意味で画期的なことだと思いました。この問題は、実際、不満も含めていろいろな意見が出ているようです。10月14日付けの中国共産党の機関誌「人民日報」では、この問題を正面から取り上げていました。

(参考2)「人民日報」2008年10月14日付け記事
「平日五日間の通行制限規制が法律論議を引き起こしている」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2008-10/14/content_117830.htm

 この「人民日報」の記事では、今回の北京市人民政府の規制は「自家用車という財産の使用を一部禁止するという意味で、財産権侵害ではないか」との議論が起きていることを率直に指摘した上で、以下のような何人かの専門家の意見を掲げています。この記事に載っているそれぞれの専門家の意見を御紹介するとともに、それぞれの専門家の意見に対する私(このブログの筆者)自身の考えを書き添えてみたいと思います。

【専門家A(北京市英島法律事務所のトウ澤敏弁護士)の意見】
(「トウ」は「登」に「おおざと」)

 「物権法」に基づけば、所有権とは、自動車を占有し、使用し、(それを使用したり譲渡したりすることによって)収益を上げ、処分する権利からなっており、いかなる機関や個人もこれを冒してはならない、とされている。週1日とは言え、使用権、収益権を完全に行使できないように制限することは、法律面から言えば「権利を侵害している」という指摘を避けることはできない。

(参考3)中華人民共和国物権法(2007年3月16日第10期全国代表大会第5回会議で採択)
http://www.gov.cn/ziliao/flfg/2007-03/19/content_554452.htm

(「専門家Aの意見」に対する私の考え)

 最も常識的な意見と思われる。この意見をトップに持ってきているところに「人民日報」の一定の良識を感じることができる。

【専門家B(中国政法大学の解志勇副教授)の意見】

 自家用車は人々の私有財産であるが、今回の規制は所有権に変更を加えるものではないし、使用権を侵すものでもない。「上路権」(「車を道路で走らせる権利」とでも訳すべきか)を制限しているのに過ぎないので「道路交通安全法」「交通管理条例」に合致している。

(「専門家Bの意見」に対する私の考え)

 週の平日5日のうち1日について車の市内での通行を禁止することを「使用権を侵すものではない」としている点には私は賛成できない。通行禁止区域(第五環状路より内側)以外の区域では毎日車を使うことができるので「使用権は侵害していない」という主張だと考えられるが、「使用権」とは、法律に違反したり他人の権利を侵害したりすることがない限り、いついかなるところでも使える権利、のことなので、その一部が侵害されるのだとすれば、それは使用権侵害とみなすべきであると私は考える。

 「上路権」といった新しい概念を持ち出してきて、「使用権は制限していないのであって『上路権』を制限しているだけ」と主張するのは、言葉を言い換えただけであって、今回の交通規制が正当であるとの納得させられるだけの論拠を提供していない。

【専門家C(武漢理工大学経済学部で交通問題を研究している李俊副教授)の意見】

 今回の規制は、物や土地に関する権利を規定した「物権法」に違反していると言うことは非常に難しい。というのは、自家用車に関する所有権は侵しておらず、一部分の時間の一部地域における使用を制限しているだけであって、それに相応する補償措置もあり、使用権を侵しているとも言い難い。

 法律が政府の交通管理部門に付与している権限はかなり大きい。しかし、どういう時に、どういう地域で、どういう状況の下で交通制限を実施できるかについての明確な規定がなく、関連法規は今なお不完全である。

(「専門家Cの意見」に対する私の考え)

 専門家Cは「それに相応する補償措置もあり」としているが、北京市人民政府の通告によれば、規制を導入する代わりに「車を持つ人が負担する『道路保全費』と『車船税』を1か月分減税する」となっているだけであり、客観的にはこれが「相応する補償措置」とはとても言いがたい。この規制が続く6か月の間、毎週1回、別の車をレンタルするとすれば、減税分を超える経済的負担が出るのは明らかだからである。また、毎週1回、車を使えないことによりビジネスに影響が出るケースも想定され、この規制による経済的損失は人によってそれぞれ異なる。従って仮に「1か月分の減税」を「補償」と考えるとしても、その額は定額であるのだから金額的に言って「規制によって生じる経済的負担に相応する補償額」とはなり得ない。

 また、そもそも「使用権」とは「補償金を支払えばいつでも制限できる」という性質のものではないのだから、専門家Cの意見には私は賛同しかねる。

 なお、中国の土地が国有または村などの集団所有であり、土地の私有が認められていない現状に鑑み、中国の「物権法」には、個人の家屋等の不動産については、公共の利益上必要がある場合には、法律に基づき、一定の補償金を支払った上で、これを収用することができる旨の規定がある(物権法第42条)。裏を返せば、こういった法律上の規定がない自家用車等の動産については、基本的に、所有者が他の法律や他人の権利を侵害しない範囲で自由にその所有物を使用することを補償金を支払うことによって禁止することはできない、と解釈すべきであると私は考える。

【専門家D(中南財経政法大学社会発展研究センター主任の喬新生教授)の意見】

 車の通行規制は、道路という公共財産を使う権利に関係しており、今回の事例は、公共財産を管理する公権力と自家用車を使用するという個人の権利との間の緊張関係を作っている。

 今回の交通規制の実施に当たっては、人民代表大会(議会に相当する)の審議を経る必要があったという意見、または公聴会を開くべきだったという意見がある。今回の交通規制を北京市人民政府が行ったことについては、法律上の根拠があり、その目的は正当なものであると言えるが、道路という公共財産に関するもの、という性質上、規制実施の前に、幅広い住民の意見を聞く措置を講ずるべきだった。

 この案件は「法律により行政機関に権限を与える」ことに関する中国の行政と立法との関係の特徴を反映している。幅広く行政に権限を与えている結果、法律・規則の中に民意による基礎の明らかな欠落が存在しているのである。

(「専門家Dの意見」に対する私の考え)

 「専門家D」は、中国の法律と行政との関係の問題点を明確に指摘している。このような問題点を指摘する意見が、「人民日報」に堂々と掲載されていることは評価に値すると考える。

【「民意の反映」という点に関する専門家Bの意見】

 メディアは、大多数の市民(自家用車所有者を含む)は交通規制を支持していると報道しており、このことは、この規制には既に広範な民意の基礎があることを示していて、この規制は民主的に作られたと言うことができる。交通規制は、行政規定に過ぎず、それを制定する権限は既に行政機関に与えられており、規制の公布と実施にあたり人民代表大会の審議は不要である。

 中国の立法関連法規の規定では、行政法規の策定過程において、関係機関、組織、一般公衆の意見を聞くことが求められているが、意見を聞く方法は、座談会、討論会、公聴会などいろいろな形式があり、公聴会はその方式のひとつに過ぎない。必ず公聴会を開かなければならない、というものではない。

(「『民意の反映』という点に関する専門家Bの意見」に対する私の意見)

 「メディアが『大多数の市民は賛成している』と報道しているから、既に広範な民意の基礎があり、この規制が民主的に作られた」という考え方は、私は到底受け入れることはできない。中国のメディアが中国共産党の指導下にある現状を踏まえればなおさらである。この種の規制を制定する権限が既に行政機関に与えられているのであって、人民代表大会で改めて審議する必要はない、というのは、現在の中国の法律上そうなっているのであるとすれば、反論のしようはないが、もしそれが事実なのだとしたら、立法機関は行政機関に権限を与え過ぎである。そもそも法律とは、人民の代表者が「行政機関が勝手なことをしないように、行政機関の行為を縛るためのもの」であるはずなのだから、行政府に大幅な自由裁量権を与えてしまっているのだったら、それは人民代表大会が立法府の役割を果たしていないことになる。

※そもそも人民代表(人民代表大会の議員)自体、人民の直接自由選挙で選ばれるわけではないのだから、人民代表大会の審議を人民の代表者による審議、と呼ぶことはできないのだ、という議論は、また別の議論である。

【専門家E(北京大学政府管理学部の楊開忠教授)の意見】

 個人の行為が公共の利益に影響を与える時に限定的な政策を実施することは必要なことである。ただし、そういった政策を策定するに当たっては個人の権利を尊重しなければならず、公共の利益と個人の権利・自由との間のバランスを保つ必要がある。

(「専門家Eの意見」に対する私の考え)

 常識的な意見で、この記事の「まとめ」としてふさわしいが、今回の北京市人民政府の交通規制措置が法律的に見て妥当なものかどうか、というこの記事の中心テーマである「法律論議」については、何も述べていない意見である。

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 中国国内で今どういう議論が行われているか、を知る意味で、この記事は非常に参考になりました。いずれにせよ、行政府が行った規制と法律との関係についての客観的な様々な立場の意見を率直に「人民日報」が掲載した、ということは、かなり意義深いことだと思います。特に北京市人民政府が公布し、既に実施している交通規制を擁護する立場の意見だけでなく、それに批判的な意見もきちんと掲載していることは重要だと思います。

 10月9日~12日に行われた第17期中国共産党中央委員会第3回会議(第17期三中全会)の様子は、開催中は一切報道されず、何が議論されているのかも明らかにされないまま会議は終了し、12日に「公報」が発表されただけで、決定された重要文件の全文は14日になってもまだ公表されていません。こういうことに見られるように政治的な政策テーマについては、オープンな形で議論が行われない現在の中国ですが、まずは「交通規制のあり方」といった政治色のないテーマについて、オープンに議論を行い、「議論の仕方に関するルール」を確立することがまずは重要だと思います。改革開放から30年経った2008年になっても、まだそんな段階なのか、と不満に思う方々も多いと思いますが、ゆっくりではあっても、前進をしていれば、いつかは前に進むと思います。

 まずは「交通規制」のような政治的には無色透明なテーマから始めて、段々と政治的色彩の強いテーマについても、オープンに意見を述べ合い、議論するような世の中が中国でも早く実現すればよいなぁ、と願っています。ことを急がず、少しずつ段階を踏んで進んでいけば、社会的な混乱を招くことなく、政策議論のオープン化を進めていくことは、きっとできると私は信じています。

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