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2008年10月 2日 (木)

温家宝総理の人気が支える中国政府

 2008年、中国はいろいろな問題に直面していますが、中国のテレビや新聞を見る限り、それらの様々な問題に対して、温家宝総理が現場に出向いて現場で指揮を取ったり、人々の意見を聞いたりする様子が頻繁に出てきます。1月末から2月初旬に掛けての中国南部を襲った寒波・大雪・着氷被害の時もそうでしたし、四川大地震の時もそうでした。温家宝総理は、オリンピック、パラリンピックの時には中国に来た要人との会見をこなし、9月の国連総会での演説もしました。メラミン入り粉ミルク事件が起こると、病院に入院したこどもたちを見舞ったり、街のスーパーへ出掛けて問題の商品が回収される様子を視察したりしました。国連総会から帰国後は、有人宇宙船「神舟7号」の帰還の時にコントロール・センターでこれを見守りました。

 こういった多忙な日程の合間を縫って、7月には複数回に渡って転換期を迎えた輸出産業の状況を視察するため、他の国家指導者たちと手分けして沿岸部を視察しています。また、オリンピックのために全国ベースのニュースではあまり取り上げられませんでしたが、8月には寧夏回族自治区の最も貧しい地域の視察へ行くなど、地味な活動もしています。こういったすぐ現場へ行く行動力とソフトな人当たりで、温家宝総理は中国の人々の敬愛を集めています。中国では客観的な世論調査は行われませんが、もし世論調査を行ったら、各国の政治指導者を尻目にして、圧倒的な支持率を獲得すると思います。

 ということもあり、最近、何か問題が起こるとすぐに温家宝総理が現場へ駆け付ける、というパターンが多くて、ちょっと忙し過ぎではないかと心配です。現在66歳で、まだ老け込むお年ではないと思いますが、胡錦濤主席とのペアの任期は次の党大会(2012年)までと言われており、そろそろ時々は後継者となるべき次の世代の人に任せた方がいいなぁ、と思います。四川大地震の時は、李克強氏と交代で現場指揮に当たりましたが、実際にテレビカメラの前で何かを話す、というような場面では、やはりまだ温家宝総理が話すケースが多く、人々に人気のある温家宝総理に頼らざるを得ない、という現在の中国指導部の状況を感じさせます。

 その温家宝総理が国連総会のために訪米した際にCNNの単独インタビューに答えました。CNNのインタビューに答えるのは5年ぶりだとのことですが、CNNと言えば、この4月、北京オリンピック聖火リレー問題が起きた時、CNNのコメンテーターが中国製品を「ジャンク」と表現し、中国をならず者(goons and thugs)と表現したことから、中国国内のネットで怒りの声が沸騰したテレビ局です。CNN側は、さらに「『ならず者(goons and thugs)』と表現したのは、中国政府のことであって、中国人民のことではない」という挑発的なコメントを発表したことは記憶に新しいところです。

(参考1)このブログの2008年4月18日付け記事
「自信を失ったように見える中国」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/04/post_31ea.html

 温家宝総理がこういったCNNの単独インタビューを受けることにしたのも、もの柔らかな温家宝総理の人柄を利用して、オリンピックを成功させつつも、乳製品へのメラミン混入事件などでイメージが悪化してしまった中国に対する世界的なイメージをいくらかでも回復させようという中国政府の狙いがあったものと思われます。

 予想されたことですが、インタビューしたCNNの Fareed Zakaria 氏は、いくつかの質問の中で、1989年5月、天安門前広場に集まる学生たちに呼び掛ける趙紫陽総書記の隣に写っている温家宝氏(当時、趙紫陽総書記の秘書官だった)の写真を示して、「この時のことがどういう教訓になっているのか」と質問しました。温家宝総理は、下唇を振るわせて非常に困ったような顔をしていました。その画面を見て、私は素直に「これだけ人民と国家のために尽力している温家宝総理をあまり困らせるような質問はしないで欲しいなぁ」と思いました。でも、CNNとしては、これはこういう機会があれば避けることができない質問だったと思います。

 温家宝総理は、CNNの英語の通訳では「これ(1989年の経験)は中国の民主主義が前進させることになると信ずる」と言っていましたが、温家宝総理が中国語で本当にそういったのかどうかは、私には聞き取れませんでした。私には温家宝総理は単に「中国の民主主義が前進することを信じている」とだけ言ったのではないか、と思えました。いずれにしても、こういう極めて「敏感な」質問に対して、温家宝総理が答えたこと自体、画期的なことだと私は思います。

 このインタビュー映像は、北京でCNNのページから動画として見ることができました。このインタービュー映像では、学生たちにハンドマイクを持って呼び掛ける趙紫陽総書記の隣に温家宝氏がいる写真や、1989年当時の、長安街で戦車の前に立ちはだかる青年、逃げまどう人々の映像が流れました。私は、北京に来てから、この種の写真や映像に制限なしでアクセスできたのは初めてでした。中国当局としても、さすがに温家宝総理の単独インタビューの映像に対してアクセス制限を掛けることはできなかったのでしょう。CNNの単独インタビューを受けることにOKを出した時点で、こういう映像が作られることは容易に想像できたはずですので、温家宝総理がCNNの単独インタビューを受けたこと自体、ひとつの前進の「サイン」かもしれません。

 一方、昨日(2008年10月1日)の国慶節の日の午前中、中国共産党政治局常務委員の9人の国家指導者(胡錦濤総書記や温家宝総理も含む)が全員そろって、天安門前広場の中心にある人民英雄記念碑に花輪を捧げました。国慶節に行われる儀式として、不自然なものではありませんが、去年はこのような行事はありませんでした。「人民英雄記念碑に花輪を捧げる」という行為は、私には、1976年と1989年の二つの天安門広場での「できごと」の始まりを想起させます。多くの中国の人々もそうだと思います。今年は「改革開放30周年」の年であり、「改革開放政策」が1976年の天安門事件をきっかけにして動き始めたことを考えれば、昨日の9人の国家指導者たちが人民英雄記念碑に花輪を捧げたことは、これも不自然ではないのですが、私には「何かが変わりつつあるのではないか」ということを感じさせるできごとでした。

 さらに、これは単なる偶然なのかもしれませんが、今日(10月2日)発売の週刊紙「南方周末」(日本語表記は「南方週末」)の1面記事は、胡徳平氏の署名入りの「民主法制を提唱し、封建主義に反対する~葉剣英の30年前の講話を再び考える~」と題する評論でした。

(参考2)「南方周末」2008年10月2月号
「民主法制を提唱し、封建主義に反対する~葉剣英の30年前の講話を再び考える~」
http://www.infzm.com/content/18042

 この評論は、30年前に「改革開放政策」を決定した第11期中国共産党中央委員会第3回全体会議(第11期三中全会)の直前に行われた中央工作会議の閉会式で行われた葉剣英氏(文化大革命を主導した「四人組」の逮捕に貢献した軍人の一人)の講話を思い起こして、改革開放について語った論評です。

 改革開放30周年の今年、こういった論文が出るのは別に不自然ではないのですが、この論評には葉剣英氏と胡耀邦氏ががっちりと握手としている1980年1月の写真がくっついています。胡耀邦氏も改革開放路線をスタートさせた時の重要人物ですので、こういった写真が載ることもまた別に不自然ではないのですが、胡耀邦氏は、1980年1月当時は中国共産党中央秘書長であり、その後、中国共産党総書記になり、1986年の学生デモをきっかけにして1987年1月に失脚した人です。しかも、胡耀邦氏が亡くなったのがきっかけで起きたのが1989年の事件でした。

 これらを合わせて考えると、改革開放30年を振り返ることになる今年12月までの動きの中で、1989年の「政治風波」も「目をそらす」のではなく、きちんとどういう意味付けだったのか、考えてみよう、という動きが出始めているのではないかと、私には思えます。

 温家宝総理が1989年5月に、直後に失脚する趙紫陽総書記の傍らにいたにも係わらず、その後も指導部の中枢部に居続けて、国務院総理にまでなっているのは、1989年の行動を「自己批判」したからだ、と言われています。しかし、温家宝総理が多くの中国の人々から慕われているのは、「自己批判したから」ではなく、むしろ「メシが食いたければ趙紫陽のところへ行け」と言われていた改革開放政策初期のリーダー趙紫陽氏の流れを汲んでいるからではないか、と私は思っています。今の中国政府がその温家宝総理に対する人々の敬愛がなければ成り立たなくなっている以上、1989年の「政治風波」に対しても、もっと客観的な見方をせざるを得なくなるのではないか、と私は考えています。

 オリンピック、パラリンピック、神舟7号による有人宇宙飛行が、全て順調に成功裏に終わりました。「お祭り」的なイベントは全て終わったので、10月以降は、地道な日々の「お仕事」が始まります。その中で、胡錦濤主席のリーダーシップの下、新しい明るい動きが始まることを私は期待したいと思います。(その大前提は、温家宝総理が今後も活躍をし続けることです。温家宝総理はあまりにも多忙が続いているので、是非とも健康にだけはお気を付けいただきたいと思います)。

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