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2008年10月

2008年10月28日 (火)

第17期三中全会決定のポイント

 10月9日~12日に開催された第17期中国共産党中央委員会第3会全体会議(第17期三中全会)で「中国共産党中央による農村改革の発展の推進における若干の重大問題に関する決定」(以下、簡単に「決定」と呼ぶことにします)が決定されました。

(参考)「新華社」ホームページ2008年10月19日アップ
「中国共産党中央による農村改革の発展の推進における若干の重大問題に関する決定」(2008年10月12日中国共産党第17期中央委員会第3回全体会議で採択)
http://news.xinhuanet.com/newscenter/2008-10/19/content_10218932_1.htm

 この決定は、非常に重大な内容を含んでいるものの、表現が「改善させる」とか「強化する」とかいった曖昧な表現になっており、実際にどの程度厳格に進めるのかについては、今後、この方針を具体的な法律として書き起こす時に決められると考えられる部分が多いので、新聞報道などではあまり「重大な変化」としては報道されていないようです。しかし、従来の中国共産党の基本方針からすると、かなり大きな「方向性の変化」を示す部分も含まれていると思われますので、簡単にそれをまとめておきたいと思います。

 今回の「決定」は、大きく分けて6つの部分にわかれています。それぞれの部分についての「決定」の内容とその意味について私が考えるところを簡単にまとめておきたいと思います。

1.新しい情勢の下における農村改革発展の重大な意義

 ここの部分は、現状認識を述べた部分で、1978年12月の第11期三中全会で決められて現在まで続いている改革開放路線の中で、いくつかの矛盾点が出てきており、その問題点に対処するためには農村改革をさらに進めることの重要性を指摘しています。その際、ポイントとして指摘しているのは以下の点です。現在の中国社会が抱える問題点をかなり率直に認めている点では注目に値すると思います。

○食糧と主要農産物を効果的に生産し、農民の収入を増加させ、農村を反映させることが持続可能な社会を発展させるための基本である。

○改革開放政策の進展により、グローバル化(国際的な協調と競争の深化)が進む中で、中国における「都市と農村との二重構造の問題」における矛盾が突出してきている。農村の経済体制は、現在においてもなお不完全であり、農業生産経営の組織化はいまだに低く、農産品のマーケットシステムと農民に対する社会福祉制度と国家が農業を支援する制度は完全なものとは言えない。

○気候変動の影響が大きくなってきており、自然災害が頻発している中、国際的な食糧需給の矛盾も突出しており、国家的な食糧安全保障と農産品の需給バランスとの関係は緊迫してきている。農村における社会的事業の水準は低く、農村と都市との収入格差は拡大しつつある。一部の地方では、最も基盤となる農村組織の基盤がぜい弱であり、農村における民主的法制度と基盤的組織と社会管理体制の確立が重要になってきている。

○農村の繁栄と安定化、農民が安心して暮らせる状況の実現なくしては、全国人民が安心して暮らせる社会を実現することはできない。

○現在は、農村と都市の二重構造を終わらせ、都市と農村が一体化して発展する局面を作るための重要な時期に差し掛かっている。

2.農村改革を発展させるための指導思想、目標、重大な原則

 ここでは、1.で述べた現状認識に基づき「何を行うか」を掲げた部分です。この中で、2020年までに農民一人あたりの純収入を2008年の2倍にする、という数値目標を掲げています。ただし、1.で都市と農村との格差拡大の問題を指摘しながら、ここでは「都市と農村との格差の縮小」を目標としては掲げていません。今後とも、農村における農民の収入増加の努力は続けつつも、「都市と農村との格差」を「縮小」させることは難しい、との認識があるためと思われます。

 収入の拡大とともに、消費水準の大幅な上昇、貧困の克服、農民自治制度の確立、農民の民主的権利の保障、農民一人一人の良好な教育機会の確保、農村における基本的な生活保障、基本的医療制度の健全化などが掲げられていますが、ここは「数値目標」的なものがないため「改善のために努力する」以上のことは、この「決定」の中から読みとることはできません。

 「決定」では、上記の目標を達成するための「原則」として、以下の5つを掲げています。

○農業の基盤を固め、全国13億人の食糧を確実に確保すること。

○農民の権益を確保し、農民の基本的利益を実現し、維持し、発展させることを一切の任務の出発点・立脚点として押さえること。

○農村における社会生産能力の開放を進め、新しい政策を農村発展の原動力とすること。

【解説】ここの部分は、過去の「人民公社」時代には、土地や生産資材の完全公有化と農作業の共同化により、個々の農民の農作業に対するインセンティブ(やる気)を失わせたのに対し、改革解放後、「人民公社」を解体して、個々の農民に「生産請負」の形で自主性を与え、各農家のインセンティブを引き出して農業生産を拡大させてきた過去の経験を踏まえたものです。

○都市と農村との発展を統合し、新しい工業と農業との関係、都市と農村との関係を速やかに構築すること。

○中国共産党の農村における管理任務を堅持し、党による農村における指導の強化・改善を図ること。

【解説】「改革の推進により農民の心が中国共産党から離れることがあってはならない」という党としての危機感を感じる部分です。

3.新しい制度改革を協力に推進し、農村制度の確立を強化する

 ここの部分がいわば今回の「決定」の「目玉」の部分で、具体的な新しい政策のあり方が列挙されています。

(1)農村の基本的経営制度の安定化と確立

○個々の農家単位の生産請負制は「長期的に安定」である。

【解説】中国の土地は公有(国有または村などの集団所有)ですが、各農地における農業生産は「生産請負」の形で各農家に任されています。「生産請負契約」によって求められる一定量の生産量を超える部分は、各農家で自分の収入として処分できます。これが各農家のインセンティブ(やる気)を出させて農業生産を拡大させた改革開放の原点なのですが、改革開放当初は、この「生産請負制度」は30年の期限付きで行う、として始められました。今、改革開放から30年が過ぎようとしているので、この期限を30年から70年に延長すべき、といった議論がなされていました。今回の「決定」では、具体的な延長年限は明示せず「長期的に安定である」という曖昧な表現になっています。年限を切らなかった理由、または年限を切らずに「無期限」としなかった理由については不明ですが、将来の政策変更に含みを持たせたかったため、と理解することもできると思われます。あるいは党の内部で議論の集約ができなかったからかもしれません。

(2)健全で厳格かつ規範的な農村土地管理制度を確立する

○土地管理制度を厳格にし、全国の耕地面積18億ムー(1ムーは6.667アール=15分の1ヘクタール)という「レッドライン」を下回らないように死守する。「永久基本農地」を確定し、「基本農地」の面積を減らしたり、用途を変更したりしないようにする。

○農家の土地に対する「請負生産経営権」、即ち「請負生産」を行うために農家が農地を占有し、使用し、そこから収益を上げることを権利として確立する。「請負生産経営権」については、「請負生産経営権」を交換する健全なマーケット(「請負生産経営権交換市場」)を設置し、「請負生産経営権」を他者への請負委任、貸し出し、交換、譲渡、株形式での持ち合い等の形式で移転させることにより、多種多様な経営方式と適切な規模の経営が可能なようにする。条件が整っている地方においては、大規模専業農家の発展、家庭農場、農民が集まって作る専業合作社の設立などの様々な経営規模の経営主体が考えられる。「請負生産経営権」の移転は「土地は公有(国有または集団所有)である」との大原則を変えるものではなく、全体としての農地の規模を変えるものであってはならない。

【解説】

 ここの部分が今回の「決定」の最も重要な部分です。「土地は公有」という大前提は変えることはしないが、他人への委任、貸し出し、交換、譲渡、株形式での持ち合い等により「請負生産経営権」が特定の者(または合作社などという名前の組織)に集中し、大規模農業経営が行われることを認めています。これは、農業生産会社が農家から「請負生産経営権」を買い取って大規模プランテーションを行うことを可能にしているほか、大規模農家が貧しい農家から「請負生産経営権」を買い取ることを可能にしている、という点で、「大規模地主から土地を取り上げて大多数の貧農に土地を分配する」ことから出発した中国共産党の大原則を変える、という意味で、極めて「革命的」であると言えます。

 「請負生産経営権」を売った農民が「請負生産経営権」を買い取った会社や大規模農家の「雇用者」として耕作を行うこともあり得るので、この制度により、「請負生産経営権」は耕作者の手元から離れることになります。日本では農地法において実際の農地の耕作者以外に農地の所有を認めていないので、この制度が中国で実現することになると、農業に関しては、日本の方が中国よりずっと「社会主義的な国」ということになります。

 ここの部分では「請負生産経営権」を農業を行わない者(工業用地開発業者など)に譲渡できるのか、についてははっきりした記述がありません。譲渡できるのは「請負生産経営権」であって「土地使用権」ではないので、譲渡を受けた者は必ず農業の請負生産をしなければならないのだ(経営権は譲渡できるが、農地の農業以外への利用はできないのだ)、と読むのが自然だと思われますが、「請負生産経営権」は「権利」であって「義務」ではなく、「請負生産経験権」の譲渡を受けた者が「農業生産を行う権利」を放棄して農地を別の用途に利用することも禁止していないようにも読めるので、この点は極めて曖昧です(曖昧であるが極めて重要な部分です)。

 また上記項目の中で「請負生産経営権」の移転を認めておきながら、「『土地は公有』との原則は不変であり、全体としての農地の規模を変えるものではない」としている部分も意味不明です。ここの部分は、「『土地は公有』という原則はいつまでもついて回るので、土地の収用権(必要な時に合理的な補償金を払うことによって土地の使用権を回収する権利)は、国または村などの集団が保持しているので、中国全体として農地が不足する場合は、国または村が「土地所有権」に基づく土地の収用権を発動して、合理的な補償金を支払った上で「請負生産経営権」の所有者から土地を取り上げて国家が必要とする農産物を生産させるようにすることが可能なのだ、という意味なのかもしれません。

 ただし、ほとんどの農地は村など地方の「集団所有」であって「国有」ではありません。各村にとっては中国全体の農地が不足しているかどうか、などということは関心の外ですので、実は「土地は公有」であることは「中国全体の農地の規模が一定以下にならないようにするための支え」には全くなっていないのです。そういった点も踏まえると「請負生産経営権」の譲渡等を認めることと「『土地は公有』という原則は不変である」こととの関係は、曖昧模糊としており、この「決定」だけではどういう政策が採られるのかは全く判断できません。

○農家の住宅用地については、法に基づき農家に住宅用地としての「物権」を保障する。農家の住宅用土地を収用する場合には、「同地同価」の原則に基づき、合理的な補償を行うとともに、宅地用土地を収用する農民の就業、住居、社会保障などの問題を解決しなければならない。

○都市と農村とで統一した建設用土地市場を設立し、収用した土地の使用権を転売する場合には、必ず統一的な市場において公開の場で土地使用権の売買を行うこととする。

【解説】

 ここの部分は、現在、農家の住宅用土地も「集団所有」であることから、村などが十分な補償を行わずに農民の住宅用土地を収用し、村当局が特定の開発業者と土地の売買をしていて、土地売買の透明性が確保されていないケースが多い、という現状を反映しているものと思われます。

 また、農民の住宅用と地の「土地使用権」を土地を所有している集団の構成員(村民)以外の人に譲渡できるのかできないのか、についてもこの「決定」では述べていません。従って、現在、問題になっている「小産権」(農民の土地の上にマンションや別荘を建てて都市住民(村民以外の者)に売買するような不動産物件)の存在を認めるのか認めないのか、は、この「決定」を読んだだけではわかりません。 

(3)農業支援制度を確立する

○農業生産のために必要な物資の価格が高騰した時の補償、農産品の価格保護制度など農業を安定的に続けられるようにするための制度を確立する。

(4)近代的な農村金融制度を確立する

○農村合作組合や信用組合など近代的な農村金融制度と政策性農村保険制度を確立する

【解説】ここの部分については、農民が上記の「請負生産経営権」を担保として金融機関からお金を借りられるのか、という疑問が生じます。新聞に掲載されている専門家の解説によると、農民がお金を返せなくなり金融機関が担保にしていた「請負生産経営権」を接収しても、金融機関は「農業経営」はできないのだから、そもそも「請負生産経営権」は担保とはなりえない、とのことです。しかし、金融機関は「請負生産経営権」を取得した後、その権利を農業経営をすることができる第三者に売却することが可能なのだから、担保とすることは可能である、と考えることもできます。「請負生産経営権」をここでいう「近代的な農村金融制度」の担保とすることが可能なのかどうか、という疑問は、農村における金融制度の確立上極めて重大な問題なのですが、この「決定」では、その疑問には答えていません。

(5)都市と農村との経済社会発展一体化制度を確立する

○農村と非農村に分かれている現在の戸籍制度を改革し、中小都市においては、都市で安定的に就業している農民が都市住民になれるよう制度を緩和する。労働報酬、子女の就学、医療、住宅借り上げ・購入、養老保険等の面において農民工(農村戸籍の農民が都市に出て働いている出稼ぎ労働者)の権益を保護する。

【解説】現在、農民工の子女は都市部で公立学校に入学できず、医療保険が適用されず、住宅の借り上げ・購入などにもいろいろ制限があります。ここでは二重戸籍制度は「やめる」とは言っていないし、「いつまでに何をやる」といったタイムスケジュールも示されていないので、現実的に農民工の権益保護が改善されるかどうかは、今後の政策の進展に掛かっており、具体的にどういった改善がいつまでになされるのか、は、この「決定」を読んだだけではわかりません。

(6)農村における民主管理制度の健全化

○2012年までに郷鎮(村レベル)の機構改革を終了させ、郷鎮政府の社会サービス機能を強化する。

○郷鎮政府の統治管理に対する農民の政治参加と積極性を引き出すため、行政事務の公開と法に基づく農民の知る権利、参政権、意思表示権、監督権を確立する。

○村の党委員会組織による指導を健全化し、村民自治システムに活力を与えるため、直接選挙制度を深く展開させ、村民会議、村民代表会議、村民議事によって民主的に政策決定を行うようにする。

【解説】村民委員会の直接選挙制度は地方によっては1990年頃から既に導入されてはじめています。今回の「決定」では上記のように書かれていますが、具体的に村民委員会と村の中国共産党委員会との間で、実質的な政策決定権限がどこにあるのかが明確にならない限り、どのような「民主化を進める」というスローガンを掲げたとしても、実際にどの程度民主化が進むかは疑問です。この「決定」を見ると、逆の見方をすれば、郷鎮(村)より上のレベル(市や県のレベル以上)では住民の直接選挙による自治制度を導入する考えは全くないことがわかる、という見方をした方がよいのかもしれません。

 4.以下は新しいことは何もない(と私は思う)ので項目だけを掲げます。

4.近代的農業の発展と農業総合生産能力の積極的な発展

(1)国家食糧安全保障の確保
(2)農業構造の戦略的調整(市場のニーズと各地方の特色に合った生産品目や生産規模の設定)
(3)農業における科学技術イノベーションの推進
(4)農業インフラ施設の整備
(5)病害の防止、農産品の品質管理、農業生産資材の安定的供給確保等の新しい農業サービス体系の確立
(6)循環型農業、副産物や廃棄物の資源化等による持続可能な農業の発展(森林や草原を食い尽くすタイプの農業の排除)
(7)農業の対外開放(国際市場の研究と情報収集を強化し、国際的な農産品貿易秩序に積極的に参加する)

5.農村における公共事業を加速させ、農村社会の全面的な進歩の推進

(1)科学的思考(迷信や旧い風習の排除)、遵法道徳、男女平等の普及などの文化活動を発展させる。
(2)農村における公平な教育の推進
(3)農村における医療・衛生事業の発展
(4)農村における最低生活保障、養老保険、自然災害被災者、障害者等に対する社会保障体系の健全な発展
(5)電気、水道、道路、ゴミ処理などの農村における生活インフラ建設の強化
(6)貧困地域の開発支援の推進
(7)農村における防災・減災対策の推進
(8)農村における社会治安維持管理の強化(健全な党と政府の主導により農民の検疫を守り、広く社会の人々との意思疎通を図ることにより、各種矛盾は萌芽の段階で解決する)

6.党による指導を強化・改善し、農村の改革発展に対して政治的な保証を提供する

(1)党による農村の指導体制を強化する
(2)農村の基盤における党の組織を強化する
(3)農村の基盤における党幹部の人材養成を強化する
(4)農村のおける党員の人材養成を強化する
(5)農村における党の規律維持を強化する

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 以上が第17期三中全会で決まった「中国共産党中央による農村改革の発展の推進における若干の重大問題に関する決定」のポイントです。「方向性」としては、特に「請負生産経営権」の譲渡を可能としている部分で、もはや「社会主義」とは言えないような方向を目指すような重大な転換を含んでいます。しかし、「請負生産経営権」の譲渡や移転を認めながら、なぜ土地の所有は公有であり続けなければならないのか(なぜ土地の私有制を導入できないのか)など、多くの疑問と曖昧な点を残しているのが今回の「決定」の特徴だと思います。

 中国では、現在では、中国共産党の決定がそのまま実行されることはなく、党が決めた方針に沿って法律が作られ、その法律が全国人民代表大会(全人大)で決定されて、初めて政策が現実のものとして実施されることになります。従って、法律案が起草されて、その法律案が全人大で議論される過程で、具体的な実施方針が変更されることはあり得ます。全国人民代表の3分の2程度は中国共産党員ですので、基本的な方針が大きく変わることはありえませんが、法律案の概要が新聞などで伝えられて、多くの人々から強い不満が出たりすると、法律の審議の過程で修正が入ることは十分にあり得ます。現在の中国では、議会制民主主義のシステムはないけれども、中国共産党と言えども、世論を無視した政策の強硬はできない状況になっているのです。

 上記の農村改革に関する問題の中で、例えば二重戸籍制度の改革は、農民にとっては是非とも廃止して欲しい制度ですが、安い労働力が農村部から自由に都市に流入してきては困るので、都市住民にとっては二重戸籍制度の廃止は、必ずしも歓迎すべき政策変更ではありません。議会制民主主義システムがない以上、そういった人々の中に異なる意見が存在する場合に、その意見をどうやって集約して政策に反映させるのか、という「ルール」は中国にはまだ存在していません。今回の第17期三中全会で決まった農村改革に関する決定も、固まったルールがない中で世論を取り入れて具体化されていくことになるので、どういった人々の世論を取り入れ、どのような形で、いつ具体的な政策を固めていくのか、を今から予測することは困難です。

 今回決定された「農村改革」は、中国にとって長期的に極めて重要な課題ですが、それよりも、現在、世界を覆っている経済危機とそれに伴う中国の輸出産業の低迷の方が現在の中国にとっては緊急の課題です。そういう意味でも、今回の第17期三中全会での決定は、今すぐに結果が見える、というものではなく、長期的な観点で見ていく必要があると思います。

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2008年10月15日 (水)

「人民日報」が新交通規制の法律論議に言及

 このブログの前回の記事で、北京市人民政府が、10月11日から来年4月10日までの間、平日の5日間、ナンバー・プレートの末尾番号で5分の1の車の通行を禁止するという新しい交通規制を始めたことに対して、この規制は自家用車という私有財産に対する財産権の侵害ではないか、といった法律論議が起きていることについて書きました。

(参考1)このブログの2008年10月12日付け記事
「北京の新交通規制に異議を述べる社説」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/10/post-ec68.html

 上記のブログの記事にも書いたのですが、北京市人民政府という行政機関(いわば「おかみ」)が決めた規則に対して、新聞がそれに異議を挟む意見を社説として掲載したことは、中国としては、ある意味で画期的なことだと思いました。この問題は、実際、不満も含めていろいろな意見が出ているようです。10月14日付けの中国共産党の機関誌「人民日報」では、この問題を正面から取り上げていました。

(参考2)「人民日報」2008年10月14日付け記事
「平日五日間の通行制限規制が法律論議を引き起こしている」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2008-10/14/content_117830.htm

 この「人民日報」の記事では、今回の北京市人民政府の規制は「自家用車という財産の使用を一部禁止するという意味で、財産権侵害ではないか」との議論が起きていることを率直に指摘した上で、以下のような何人かの専門家の意見を掲げています。この記事に載っているそれぞれの専門家の意見を御紹介するとともに、それぞれの専門家の意見に対する私(このブログの筆者)自身の考えを書き添えてみたいと思います。

【専門家A(北京市英島法律事務所のトウ澤敏弁護士)の意見】
(「トウ」は「登」に「おおざと」)

 「物権法」に基づけば、所有権とは、自動車を占有し、使用し、(それを使用したり譲渡したりすることによって)収益を上げ、処分する権利からなっており、いかなる機関や個人もこれを冒してはならない、とされている。週1日とは言え、使用権、収益権を完全に行使できないように制限することは、法律面から言えば「権利を侵害している」という指摘を避けることはできない。

(参考3)中華人民共和国物権法(2007年3月16日第10期全国代表大会第5回会議で採択)
http://www.gov.cn/ziliao/flfg/2007-03/19/content_554452.htm

(「専門家Aの意見」に対する私の考え)

 最も常識的な意見と思われる。この意見をトップに持ってきているところに「人民日報」の一定の良識を感じることができる。

【専門家B(中国政法大学の解志勇副教授)の意見】

 自家用車は人々の私有財産であるが、今回の規制は所有権に変更を加えるものではないし、使用権を侵すものでもない。「上路権」(「車を道路で走らせる権利」とでも訳すべきか)を制限しているのに過ぎないので「道路交通安全法」「交通管理条例」に合致している。

(「専門家Bの意見」に対する私の考え)

 週の平日5日のうち1日について車の市内での通行を禁止することを「使用権を侵すものではない」としている点には私は賛成できない。通行禁止区域(第五環状路より内側)以外の区域では毎日車を使うことができるので「使用権は侵害していない」という主張だと考えられるが、「使用権」とは、法律に違反したり他人の権利を侵害したりすることがない限り、いついかなるところでも使える権利、のことなので、その一部が侵害されるのだとすれば、それは使用権侵害とみなすべきであると私は考える。

 「上路権」といった新しい概念を持ち出してきて、「使用権は制限していないのであって『上路権』を制限しているだけ」と主張するのは、言葉を言い換えただけであって、今回の交通規制が正当であるとの納得させられるだけの論拠を提供していない。

【専門家C(武漢理工大学経済学部で交通問題を研究している李俊副教授)の意見】

 今回の規制は、物や土地に関する権利を規定した「物権法」に違反していると言うことは非常に難しい。というのは、自家用車に関する所有権は侵しておらず、一部分の時間の一部地域における使用を制限しているだけであって、それに相応する補償措置もあり、使用権を侵しているとも言い難い。

 法律が政府の交通管理部門に付与している権限はかなり大きい。しかし、どういう時に、どういう地域で、どういう状況の下で交通制限を実施できるかについての明確な規定がなく、関連法規は今なお不完全である。

(「専門家Cの意見」に対する私の考え)

 専門家Cは「それに相応する補償措置もあり」としているが、北京市人民政府の通告によれば、規制を導入する代わりに「車を持つ人が負担する『道路保全費』と『車船税』を1か月分減税する」となっているだけであり、客観的にはこれが「相応する補償措置」とはとても言いがたい。この規制が続く6か月の間、毎週1回、別の車をレンタルするとすれば、減税分を超える経済的負担が出るのは明らかだからである。また、毎週1回、車を使えないことによりビジネスに影響が出るケースも想定され、この規制による経済的損失は人によってそれぞれ異なる。従って仮に「1か月分の減税」を「補償」と考えるとしても、その額は定額であるのだから金額的に言って「規制によって生じる経済的負担に相応する補償額」とはなり得ない。

 また、そもそも「使用権」とは「補償金を支払えばいつでも制限できる」という性質のものではないのだから、専門家Cの意見には私は賛同しかねる。

 なお、中国の土地が国有または村などの集団所有であり、土地の私有が認められていない現状に鑑み、中国の「物権法」には、個人の家屋等の不動産については、公共の利益上必要がある場合には、法律に基づき、一定の補償金を支払った上で、これを収用することができる旨の規定がある(物権法第42条)。裏を返せば、こういった法律上の規定がない自家用車等の動産については、基本的に、所有者が他の法律や他人の権利を侵害しない範囲で自由にその所有物を使用することを補償金を支払うことによって禁止することはできない、と解釈すべきであると私は考える。

【専門家D(中南財経政法大学社会発展研究センター主任の喬新生教授)の意見】

 車の通行規制は、道路という公共財産を使う権利に関係しており、今回の事例は、公共財産を管理する公権力と自家用車を使用するという個人の権利との間の緊張関係を作っている。

 今回の交通規制の実施に当たっては、人民代表大会(議会に相当する)の審議を経る必要があったという意見、または公聴会を開くべきだったという意見がある。今回の交通規制を北京市人民政府が行ったことについては、法律上の根拠があり、その目的は正当なものであると言えるが、道路という公共財産に関するもの、という性質上、規制実施の前に、幅広い住民の意見を聞く措置を講ずるべきだった。

 この案件は「法律により行政機関に権限を与える」ことに関する中国の行政と立法との関係の特徴を反映している。幅広く行政に権限を与えている結果、法律・規則の中に民意による基礎の明らかな欠落が存在しているのである。

(「専門家Dの意見」に対する私の考え)

 「専門家D」は、中国の法律と行政との関係の問題点を明確に指摘している。このような問題点を指摘する意見が、「人民日報」に堂々と掲載されていることは評価に値すると考える。

【「民意の反映」という点に関する専門家Bの意見】

 メディアは、大多数の市民(自家用車所有者を含む)は交通規制を支持していると報道しており、このことは、この規制には既に広範な民意の基礎があることを示していて、この規制は民主的に作られたと言うことができる。交通規制は、行政規定に過ぎず、それを制定する権限は既に行政機関に与えられており、規制の公布と実施にあたり人民代表大会の審議は不要である。

 中国の立法関連法規の規定では、行政法規の策定過程において、関係機関、組織、一般公衆の意見を聞くことが求められているが、意見を聞く方法は、座談会、討論会、公聴会などいろいろな形式があり、公聴会はその方式のひとつに過ぎない。必ず公聴会を開かなければならない、というものではない。

(「『民意の反映』という点に関する専門家Bの意見」に対する私の意見)

 「メディアが『大多数の市民は賛成している』と報道しているから、既に広範な民意の基礎があり、この規制が民主的に作られた」という考え方は、私は到底受け入れることはできない。中国のメディアが中国共産党の指導下にある現状を踏まえればなおさらである。この種の規制を制定する権限が既に行政機関に与えられているのであって、人民代表大会で改めて審議する必要はない、というのは、現在の中国の法律上そうなっているのであるとすれば、反論のしようはないが、もしそれが事実なのだとしたら、立法機関は行政機関に権限を与え過ぎである。そもそも法律とは、人民の代表者が「行政機関が勝手なことをしないように、行政機関の行為を縛るためのもの」であるはずなのだから、行政府に大幅な自由裁量権を与えてしまっているのだったら、それは人民代表大会が立法府の役割を果たしていないことになる。

※そもそも人民代表(人民代表大会の議員)自体、人民の直接自由選挙で選ばれるわけではないのだから、人民代表大会の審議を人民の代表者による審議、と呼ぶことはできないのだ、という議論は、また別の議論である。

【専門家E(北京大学政府管理学部の楊開忠教授)の意見】

 個人の行為が公共の利益に影響を与える時に限定的な政策を実施することは必要なことである。ただし、そういった政策を策定するに当たっては個人の権利を尊重しなければならず、公共の利益と個人の権利・自由との間のバランスを保つ必要がある。

(「専門家Eの意見」に対する私の考え)

 常識的な意見で、この記事の「まとめ」としてふさわしいが、今回の北京市人民政府の交通規制措置が法律的に見て妥当なものかどうか、というこの記事の中心テーマである「法律論議」については、何も述べていない意見である。

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 中国国内で今どういう議論が行われているか、を知る意味で、この記事は非常に参考になりました。いずれにせよ、行政府が行った規制と法律との関係についての客観的な様々な立場の意見を率直に「人民日報」が掲載した、ということは、かなり意義深いことだと思います。特に北京市人民政府が公布し、既に実施している交通規制を擁護する立場の意見だけでなく、それに批判的な意見もきちんと掲載していることは重要だと思います。

 10月9日~12日に行われた第17期中国共産党中央委員会第3回会議(第17期三中全会)の様子は、開催中は一切報道されず、何が議論されているのかも明らかにされないまま会議は終了し、12日に「公報」が発表されただけで、決定された重要文件の全文は14日になってもまだ公表されていません。こういうことに見られるように政治的な政策テーマについては、オープンな形で議論が行われない現在の中国ですが、まずは「交通規制のあり方」といった政治色のないテーマについて、オープンに議論を行い、「議論の仕方に関するルール」を確立することがまずは重要だと思います。改革開放から30年経った2008年になっても、まだそんな段階なのか、と不満に思う方々も多いと思いますが、ゆっくりではあっても、前進をしていれば、いつかは前に進むと思います。

 まずは「交通規制」のような政治的には無色透明なテーマから始めて、段々と政治的色彩の強いテーマについても、オープンに意見を述べ合い、議論するような世の中が中国でも早く実現すればよいなぁ、と願っています。ことを急がず、少しずつ段階を踏んで進んでいけば、社会的な混乱を招くことなく、政策議論のオープン化を進めていくことは、きっとできると私は信じています。

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2008年10月12日 (日)

北京の新交通規制に異議を述べる社説

 北京で10月11日から来年4月10日までの間、平日の運行車両を5分の1減らす交通規制を始めたことについては、10月7日付けのこのブログで書きました。

(参考1)このブログの2008年10月7日付け記事
「北京で新たな交通規制実施へ」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/10/post-6f7a.html

 ところがこの措置に対して、10月13日号(10月11日発売)の経済専門週刊紙「経済観察報」は、1面の社説で、個人所有の自家用車に対してはこの措置は緩和すべきだ、との主張を掲げています。

(参考2)「経済観察報」2008年10月13日号(10月11日発売)社説
「北京では自家用車に対しての規制はゆるめるべきだ」
http://www.eeo.com.cn/observer/pop_commentary/2008/10/11/116008.html

 この社説の主張のポイントは次の通りです。

○「道路交通安全法」や「大気汚染防止法の実施細則」によって北京市政府が大気汚染防止等のために交通規制を実施できることは規定されているが、それは特殊な緊急事態における措置を想定しているのであって、今回の北京市の交通規制のように恒常的な規制をする権限は北京市にはない。

○自家用車は個人の財産であって、「物権法」に基づき、自動車の所有者が自由に占有し、使用する権利があるのであって、北京市が国の法律に基づき行政権限を行使する場合には、個人の財産権を侵害するようなことがあってはならない。

○今回の措置は立法機関(人民代表大会)で十分に議論されておらず、北京市は立法機関から授権されている範囲を超えて行政権限を行使はできない。

○北京市人民政府に市民に良好な生活環境を提供する責務があることはわかるが、だからと言って、今回のように恣意的に私的財産権に制限を加えるような規制を実施してはならない。

○北京市当局者は、9割以上の北京市民がオリンピック期間中の交通制限により渋滞緩和と大気汚染の改善が図られたと認識していると指摘しているが、これは北京市民と周辺の都市の貢献が大きかったことによるひとつの特殊な例である。北京市当局は、こういった市民の意見でもって、今回の措置の必要性と合理性を説明することはできない。

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 私はこの社説は至極まともな主張だと思います。通常(日本などの場合)、国民の権利を制限したり国民に義務を掛けたりする場合には、必ず立法府(国会)が作った法律に基づかなければなりません。内閣が決める政令や各省が決める省令などもありますが、これらの政令や省令等は、法律を実施するための細目を決めるためのものであって、政令や省令で国民の権利を制限したり国民に義務を掛けたりすることはできません。国会で決める法律の中に法律が定める範囲内で政令や省令に権利制限や義務の「掛け方」を委任している場合はありますが、こういった場合でも「権利を制限する」「義務を掛ける」こと自体は国会での議決が必要な法律にその根拠がなければなりません。

 その点、中国では、人々の権利を制限したり義務を掛けたりする規則が、人民代表大会で決める法律の中に出てくるだけではなく、行政府である国務院が決める国務院令で出てきたり、北京市など地方政府が決める規則に出てきたりします。「紅頭文件」と言って、人民代表大会でも地方政府でもない、その地区の中国共産党委員会が出す通達で、人民の生活を規制することもあります(ありました)。さすがにこの「紅頭文献」によって人々の権利や義務に関する指示を出すことは「法治主義に反する」ということで止めるようになってきています(「全くなくなったわけではない」というのが現状だと思いますが)。

 上記の「経済観察報」の社説は、こういった行政府が人々の権利を制限したり義務を掛けたりする規則を作ることに対して、かなり「ピシャリ」と的を得た指摘をしています。中国の新聞は「党の舌と喉」と言われ、中国共産党の監視と指導を受けていますが、こういうふうに行政府が制定した規則に対して、真正面から異議を唱えているのは、政府の方針から一歩下がった鋭い指摘をすることの多い「経済観察報」ならではのことだと思います。

 「経済観察報」は、週刊の新聞ですが、1部3元(約45円)と中国の新聞の中ではかなり高いほうです。また、その記事の内容は「お金持ち階層」が読むものですから、この新聞の読者には自家用車を持っている人たちが多いのだと思います。今回の社説は、そういった「経済観察報」の読者の意見を代弁する、という意味があると思います。それにしても、政府の措置にこれだけまともに「ビシャッ」と意見を述べる新聞があると、私も胸がスカッとしました(同じ感覚を持った北京市民は多いと思います)。

 さすがに今回の交通規制に関する問題のような政治性のないテーマについての議論で、「政府が決めた規則に異議を唱えるのはけしからん」などと言われて発刊停止処分などが行われるはずはないと思います(「経済観察報」はそう思ったからこそ堂々と社説に書いたのだと思います)。これから、こういった問題について、政府の施策に対して異議を唱える意見であっても、どんどん自由に新聞に意見や主張が書かれるようになると、中国の社会も少しずつ新しいものに変わっていくのではないか、と私は思っています。

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2008年10月 9日 (木)

乳製品へのメラミン混入最高限度値

 中国政府(衛生部)は昨日(10月8日)、乳製品に対するメラミンの混入最高限度値を発表しました。

(参考1)「新京報」2008年10月9日付け記事
「乳製品に含まれるメラミンの最高限度値」
http://www.thebeijingnews.com/news/guonei/2008/10-09/008@023831.htm

 これによると、今回発表された乳製品に対するメラミン混入最高限度値は以下のとおりです。

・乳児用粉ミルク:1kgあたり1mg

・液体牛乳:1kgあたり2.5mg

・乳製品を含む食品:1kgあたり2.5mg

 これは国際的に一般に用いられているメラミンの耐容一日摂取量(Tolerable Daily Intake = TDI)、具体的にはアメリカでは体重1kgあたり0.63mg、ヨーロッパでは体重1kgあたり0.5mg、中国では体重1kgあたり0.32mgという値を用いて、例えば成人なら体重60kg、こどもなら体重2kg、乳児ならば体重7kgで計算して、標準的な毎日の食品摂取量を考慮し、TDIを十分に下回るように設定した、とのことです。

 メラミンは工業用原料であり、生産の過程で食品に混入することはあり得ないが、昨日の中国衛生部の発表では、メラミンは非常に広い範囲に利用されており、例えば食品を包装する容器から転移することもあるし、プラスチック材料が廃棄されることなどを通じて環境中にも存在しており、食品にメラミンが微量に混入する可能性はゼロではない、として、基準として「検出されないこと」を要求しなかったと説明しています。

 また、中国の衛生部は、これは「混入最高限度値」であって「許容値」ではないことを強調しており、この値が設定されたからと言ってそれ以下ならば食品に混入させてもよい、というものではなく、メラミンは食品に混入させてはならない物質であるので、食品の中にメラミンを混入させることは違法行為であり、刑事責任が追及される犯罪であることを強調しています。

 最近は、化学分析の精度が高くなっているので、分析すればごく微量な量でもあれば検出されてしまうので、メラミンは、工業用原料で食品には使わない物質ではあるものの、猛毒の物質ではなく、一定の量を定期的に摂取しなければ健康上の影響は出ないと見られていることを考慮して、「検出されないこと」を求めるのは現実的ではない、と中国政府は判断したものと思われます。

 乳製品へのメラミンの混入問題は、消費者の問題であるとともに、出荷ができなくなってしまった生産者の問題でもあります。消費者の方は赤ちゃんなどを除けば別の食材を探すことで我慢できますが、牛乳生産農家にとっては牛乳が出荷できないことは死活問題です。今回、中国政府が「メラミン混入最高基準値」を設定して基準を満たした商品であれば販売することを認めることにしたのも、そういった生産者側の立場も考慮したためと思われます。中央電視台の報道によれば、財政部と農業部は今日(10月9日)、特に困難に陥っている牛乳農家を臨時に援助する補助金として中央政府が3億元を計上したことを発表しました。

(参考2)「中国中央電視台」ホームページ2008年10月9日10:53アップ記事
「財政部と農業部が牛乳農家に対する緊急支援補助資金として3億元を計上」
http://news.cctv.com/china/20081009/103415.shtml

 こういう基準ができて早く全てのメーカーの牛乳が店頭に戻ってきて欲しいと思う反面、基準が「ゼロ」ではないことから、牛乳を飲むとその一部のメラミンが入っている可能性は否定できない状態が続くわけで、気分的にはあまりいい感じはしません。

 日本などは、今後とも「メラミンが検出されないこと」を追求するのでしょうか。中国で、このような「メラミン混入最高基準値」が設定された以上、中国の乳製品には基準値以下のメラミンが含まれていることは覚悟せざるを得ないので、日本が今後ともメラミンについては「食品からは検出されないこと」を追求するのであれば、中国から輸入された乳製品を原料とした食品は日本では売ることができないことを意味します。

 中国政府は、国内での混乱を収拾するために、今回「メラミン混入最高基準値」を設定したのですが、そのことが中国製乳製品の世界への輸出に相当なブレーキを掛けることになるかもしれない、と私は思っています。中国政府は、今回の「メラミン混入最高基準値」は国際的に使われているメラミンの耐容一日摂取量(TDI)を基にして設定したのだから、健康影響上は問題ない、国際的にもそれは受け入れられるはずだ、と主張するのでしょうが、世界の消費者が健康上影響があるかどうかにかかわらず「メラミンが入っていない食品」を求めるのだとしたら、中国製乳製品は国際市場から受け入れられないことになると思います。ただでさえ、世界同時不況で、中国の輸出産業は大きな打撃を受けています。こういった時期に、中国の食品関連産業は、食品安全の問題で、さらに一層厳しい試練に立たされるのではないか、とちょっと心配です。

 それから、もっと大事なことは、中国の消費者が、今後、食品安全の問題にどの程度シビアに反応するようになるのか、も重要な視点です。今回のメラミン混入問題は、赤ちゃんが飲む粉ミルクで問題が発生したことから、いつになく中国でも非常に懸念が広がりました。今回のメラミン入り粉ミルク事件は、中国の消費者の食品安全に対する見方をかなり変えた可能性があります。中国政府には、そういった自国内の消費者の意識の変化も見誤らないようにした政策決定が迫られていると思います。

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2008年10月 7日 (火)

北京で新たな交通規制実施へ

 北京市人民政府は9月28日、オリンピック期間中のナンバープレートの偶数・奇数による交通規制が大気汚染改善に一定の効果があった、として、10月11日以降、新たな交通規制を行うことした、と発表しました。その内容は以下のとおりです。

(1)平日は5分の1の車の通行を規制する。車のナンバープレートの末尾の番号が、月曜日は1と6、火曜日は2と7、水曜日は3と8、木曜日は4と9、金曜日は5と0の車の通行を禁止する(バスやタクシーなどの公共交通機関、緊急車両や大使館車など特殊な車両は除く)。

(2)気象条件などにより大気汚染がひどくなることが予想される場合には上記の交通規制に代えて、偶数・奇数による緊急交通規制を実施する(この緊急交通規制の実施は48時間前に発表する)。

 これらの規制は2008年10月11日から2009年4月10日までの間実施するとのことです。

(参考1)北京市人民政府ホームページ
「北京市人民政府の交通管理措置に関する通告」(2008年9月28日)
http://zhengwu.beijing.gov.cn/gzdt/gggs/t994741.htm

(参考2)北京市人民政府ホームページ
「極端に不利な気象条件の下では、政府部門は48時間前に偶数・奇数制限に関する情報を発表する予定」(2008年9月28日)
http://zhengwu.beijing.gov.cn/gzdt/bmdt/t994848.htm

 この冬にはオリンピックのようなイベントは予定されていないので、この措置がうまく機能すれば、来年4月以降も定常的にこういった措置が続く可能性があります。オリンピック期間中の規制は、みんな「オリンピックだからしかたがない」と思っていましたが、特別のイベントの予定がないこの冬の規制に規制を行うとは、私には意外でした。オリンピックが終わった後、偶数・奇数による交通規制が大気汚染や渋滞の緩和に効果があったことから、こういった交通規制はもっと続けるべきだ、という議論があったのは確かですが、経済面等への影響が大きいことから、私はホントにやるとは思っていませんでした。

 車を持っていない人はこの規制は歓迎だと思いますが、車を持っている人や会社、商店などでは、困っているところが多いと思います。車をビジネスの道具に使っている人にとっては、これは死活問題です。オリンピック、パラリンピック期間中の規制は、ずっと前からやることが決まっていたし、パラリンピックが終われば規制は終わる、と考えて我慢していた人が多かったと思います。それより、オリンピックのような国家的イベントやるのだから我慢しよう、と思っていた人が多いと思います。しかし、こういった規制が定常的に続いて経済活動に実際的な影響が出てくるようになると、話は違ってくると思います。

 特に(2)の「大気汚染がひどくなりそうな時は、規制を強化して偶数・奇数による制限とし、それを48時間前に発表する」との措置については、直前の発表では代わりの車を用意することができないので、車を使ったビジネス活動に実質的な経済的影響が出る可能性があります。

 今回の措置が発表された9月28日というタイミングも、たぶんこの規制に反対の立場にある人々にとってはかなり不満だと思います。今年は9月27日(土)、28日(日)は出勤日とし、29日(月)、30日(火)を振り替え休日として、10月1日(水)~3日(金)の法定休日と合わせて、10月5日(日)までの7連休にする、というのが、今年初めに出された政府の「お達し」でした。その国慶節の連休前の最終日にこの発表があったわけです。実施まで2週間の期間がある、とは言いながら、営業日としては実質1週間もないわけで、多くの会社などでは代車の確保などが間に合わないのではないかと思います。

 オリンピック期間中は、偶数・奇数の規制がありましたが、車の量は半分にはなりませんでした。おそらく友だち同士で車での貸し借りをやって、普段はあまり使われていない時間帯にも車が街へ出て、全体の車の稼働率が上がった、のではないかと思います。私の感覚では、偶数・奇数の規制で車の量は確かに減りましたが、半分までは減っておらず、7割程度になっただけだと思います。また、オリンピック、パラリンピック期間中に北京の空気がきれいになったことは事実ですが、それは車の交通規制と同時に建設工事の中止や周辺の工場の操業中止などを行ったからだと思います。今回の交通規制は、建設工事や工場の操業中止を伴わないし、規制する量も「半減」ではなく「2割減」の規制ですから、「大気汚染対策」という点ではあまり効果はないと思います(「渋滞の緩和」という点では一定の効果があると思いますが)。

 中国の場合、あまり準備期間をおかずに「おかみ」からドンと規制が降りてくることが多く、多くの中国の人々はそれにかなり慣れていますが、今回の北京市当局の措置については、ちょっとあまりに唐突過ぎる感じがします。また「オリンピックがある」というような特別の理由も存在しないことから、実際、かなり不満の意見も出ているようです。最近は、中国の人々も「権利意識」がだいぶ高くなってきていますから、特に経済活動に直接の影響が出るような会社などからの不満の声が今後高まってくる可能性もあります。

 「環境や渋滞の緩和のために車の通行を制限する」という方策はあってもいいと思いますが、もっといろいろな人の意見を聞いた上で、ある程度の時間的余裕を持って発表して欲しいと北京で生活している私としては思っています。こういう法運用の仕方を続けていると、「中国は突然法律の規定が変わってしまうかもしれない」という「リスク感覚」を外国の企業に与えることも中国にとってマイナスだと思います。

 一方で、もしかすると、この車の交通規制は、これまで「とにかく経済成長を最優先にする」という方針だった中国の政策が「経済成長を少し犠牲にしてもいいから、人々の生活のしやすさを優先させる」という方向へ転換した、ということを意味するのかもしれません。もし、そうなのだったら、少々生活や仕事の面では不便になりますが、それはそれで仕方がないかなぁ、という気もします。でも、もしそうなのだったら、「政策全体の変更である」とちゃんと説明して欲しいと思います。今回の新しい交通規制の発表では、そういった説明がなく、いきなり規制の追加だけが発表されたので、私の素直な感覚で言わせてもらえれば、規則やルールがしょっちゅう変わって、中国はやはり生活する上ではストレスの掛かるところだなぁ、と改めて感じてしまったのでした。

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2008年10月 4日 (土)

元に戻りつつある北京

 北京の大気汚染指数は9月30日~10月3日の4日連続で100を超える「軽微汚染」でした。オリンピック、パラリンピックが終わり、ナンバープレートの偶数・奇数による自動車の通行規制が9月20日を最後に終了し、工場の運転や各地の工事現場でも作業を開始したことが効いているようです。

 これに対して、今日の北京の新聞「新京報」は「『オリンピック大気』を保つには、まだ共同努力が必要だ」と題する社説を掲げています。

(参考)「新京報」2008年10月4日付け社説
「『オリンピック大気』を保つには、まだ共同努力が必要だ」
http://www.thebeijingnews.com/comment/shelun/2008/10-04/008@020548.htm

 中国では、明日(10月5日)までは国慶節の連休なのですが、今年は、国慶節の連休期間中も工事現場での作業などが行われています。オリンピック、パラリンピックの期間中、約2か月、作業を中断せざるを得なかったので、施工主にとっても、働く労働者にとっても、「休みは既に繰り上げて取ってしまった」ということなのでしょう。そういった活動が大気汚染指数にすぐに反映されたことを考えると、やはり北京の大気汚染は人為的な原因の寄与度が大きいと考えられます。

 建設現場の工事も元に戻りましたし、残念なことですが、今日あたり街を歩くと、地下道にこどもの乞食(こじき)も戻ってきていました。アメリカや日本にもホームレスの人々はたくさんいるので、経済発展を遂げる中国であれば、そういった貧しい人々がいるのは仕方がない、と言えばそれまでですが、私の知る限り、少なくとも日本にはこどもの乞食はいないと思います。1980年代の中国にもこどもの乞食はいませんでした。1980年代の中国には、大人の「よくない人たち」はいましたが、こどもの乞食はいませんでした。今、中国にいるこどもの乞食は、大人が組織的に「やらせている」のだ、と言われています。オリンピックの期間中、取り締まりでそういう人たちを北京からなくすことができたのだとするならば、オリンピック期間が終わっても、そういう人たちをなくすことはできるのではないか、と私は思います。

 北京オリンピックは、中国に「やればできる」という自信を付けたと思います。ですから、オリンピックが終わったとしても、「やる」必要がある部分については「やればできる」と思います。このことは中国の人々も同じように考えていると思います。メラミン入り粉ミルク事件に見られるように「やれるのにやらない」ことについては、中国の人々は「物を言う」ようになってきています。「新京報」の大気汚染に関する社説もその一環ですが、この社説が言っているようにオリンピックが終わっても続けるべき「一つの世界の一つの夢」はまだまだあると思います。

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2008年10月 2日 (木)

温家宝総理の人気が支える中国政府

 2008年、中国はいろいろな問題に直面していますが、中国のテレビや新聞を見る限り、それらの様々な問題に対して、温家宝総理が現場に出向いて現場で指揮を取ったり、人々の意見を聞いたりする様子が頻繁に出てきます。1月末から2月初旬に掛けての中国南部を襲った寒波・大雪・着氷被害の時もそうでしたし、四川大地震の時もそうでした。温家宝総理は、オリンピック、パラリンピックの時には中国に来た要人との会見をこなし、9月の国連総会での演説もしました。メラミン入り粉ミルク事件が起こると、病院に入院したこどもたちを見舞ったり、街のスーパーへ出掛けて問題の商品が回収される様子を視察したりしました。国連総会から帰国後は、有人宇宙船「神舟7号」の帰還の時にコントロール・センターでこれを見守りました。

 こういった多忙な日程の合間を縫って、7月には複数回に渡って転換期を迎えた輸出産業の状況を視察するため、他の国家指導者たちと手分けして沿岸部を視察しています。また、オリンピックのために全国ベースのニュースではあまり取り上げられませんでしたが、8月には寧夏回族自治区の最も貧しい地域の視察へ行くなど、地味な活動もしています。こういったすぐ現場へ行く行動力とソフトな人当たりで、温家宝総理は中国の人々の敬愛を集めています。中国では客観的な世論調査は行われませんが、もし世論調査を行ったら、各国の政治指導者を尻目にして、圧倒的な支持率を獲得すると思います。

 ということもあり、最近、何か問題が起こるとすぐに温家宝総理が現場へ駆け付ける、というパターンが多くて、ちょっと忙し過ぎではないかと心配です。現在66歳で、まだ老け込むお年ではないと思いますが、胡錦濤主席とのペアの任期は次の党大会(2012年)までと言われており、そろそろ時々は後継者となるべき次の世代の人に任せた方がいいなぁ、と思います。四川大地震の時は、李克強氏と交代で現場指揮に当たりましたが、実際にテレビカメラの前で何かを話す、というような場面では、やはりまだ温家宝総理が話すケースが多く、人々に人気のある温家宝総理に頼らざるを得ない、という現在の中国指導部の状況を感じさせます。

 その温家宝総理が国連総会のために訪米した際にCNNの単独インタビューに答えました。CNNのインタビューに答えるのは5年ぶりだとのことですが、CNNと言えば、この4月、北京オリンピック聖火リレー問題が起きた時、CNNのコメンテーターが中国製品を「ジャンク」と表現し、中国をならず者(goons and thugs)と表現したことから、中国国内のネットで怒りの声が沸騰したテレビ局です。CNN側は、さらに「『ならず者(goons and thugs)』と表現したのは、中国政府のことであって、中国人民のことではない」という挑発的なコメントを発表したことは記憶に新しいところです。

(参考1)このブログの2008年4月18日付け記事
「自信を失ったように見える中国」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/04/post_31ea.html

 温家宝総理がこういったCNNの単独インタビューを受けることにしたのも、もの柔らかな温家宝総理の人柄を利用して、オリンピックを成功させつつも、乳製品へのメラミン混入事件などでイメージが悪化してしまった中国に対する世界的なイメージをいくらかでも回復させようという中国政府の狙いがあったものと思われます。

 予想されたことですが、インタビューしたCNNの Fareed Zakaria 氏は、いくつかの質問の中で、1989年5月、天安門前広場に集まる学生たちに呼び掛ける趙紫陽総書記の隣に写っている温家宝氏(当時、趙紫陽総書記の秘書官だった)の写真を示して、「この時のことがどういう教訓になっているのか」と質問しました。温家宝総理は、下唇を振るわせて非常に困ったような顔をしていました。その画面を見て、私は素直に「これだけ人民と国家のために尽力している温家宝総理をあまり困らせるような質問はしないで欲しいなぁ」と思いました。でも、CNNとしては、これはこういう機会があれば避けることができない質問だったと思います。

 温家宝総理は、CNNの英語の通訳では「これ(1989年の経験)は中国の民主主義が前進させることになると信ずる」と言っていましたが、温家宝総理が中国語で本当にそういったのかどうかは、私には聞き取れませんでした。私には温家宝総理は単に「中国の民主主義が前進することを信じている」とだけ言ったのではないか、と思えました。いずれにしても、こういう極めて「敏感な」質問に対して、温家宝総理が答えたこと自体、画期的なことだと私は思います。

 このインタビュー映像は、北京でCNNのページから動画として見ることができました。このインタービュー映像では、学生たちにハンドマイクを持って呼び掛ける趙紫陽総書記の隣に温家宝氏がいる写真や、1989年当時の、長安街で戦車の前に立ちはだかる青年、逃げまどう人々の映像が流れました。私は、北京に来てから、この種の写真や映像に制限なしでアクセスできたのは初めてでした。中国当局としても、さすがに温家宝総理の単独インタビューの映像に対してアクセス制限を掛けることはできなかったのでしょう。CNNの単独インタビューを受けることにOKを出した時点で、こういう映像が作られることは容易に想像できたはずですので、温家宝総理がCNNの単独インタビューを受けたこと自体、ひとつの前進の「サイン」かもしれません。

 一方、昨日(2008年10月1日)の国慶節の日の午前中、中国共産党政治局常務委員の9人の国家指導者(胡錦濤総書記や温家宝総理も含む)が全員そろって、天安門前広場の中心にある人民英雄記念碑に花輪を捧げました。国慶節に行われる儀式として、不自然なものではありませんが、去年はこのような行事はありませんでした。「人民英雄記念碑に花輪を捧げる」という行為は、私には、1976年と1989年の二つの天安門広場での「できごと」の始まりを想起させます。多くの中国の人々もそうだと思います。今年は「改革開放30周年」の年であり、「改革開放政策」が1976年の天安門事件をきっかけにして動き始めたことを考えれば、昨日の9人の国家指導者たちが人民英雄記念碑に花輪を捧げたことは、これも不自然ではないのですが、私には「何かが変わりつつあるのではないか」ということを感じさせるできごとでした。

 さらに、これは単なる偶然なのかもしれませんが、今日(10月2日)発売の週刊紙「南方周末」(日本語表記は「南方週末」)の1面記事は、胡徳平氏の署名入りの「民主法制を提唱し、封建主義に反対する~葉剣英の30年前の講話を再び考える~」と題する評論でした。

(参考2)「南方周末」2008年10月2月号
「民主法制を提唱し、封建主義に反対する~葉剣英の30年前の講話を再び考える~」
http://www.infzm.com/content/18042

 この評論は、30年前に「改革開放政策」を決定した第11期中国共産党中央委員会第3回全体会議(第11期三中全会)の直前に行われた中央工作会議の閉会式で行われた葉剣英氏(文化大革命を主導した「四人組」の逮捕に貢献した軍人の一人)の講話を思い起こして、改革開放について語った論評です。

 改革開放30周年の今年、こういった論文が出るのは別に不自然ではないのですが、この論評には葉剣英氏と胡耀邦氏ががっちりと握手としている1980年1月の写真がくっついています。胡耀邦氏も改革開放路線をスタートさせた時の重要人物ですので、こういった写真が載ることもまた別に不自然ではないのですが、胡耀邦氏は、1980年1月当時は中国共産党中央秘書長であり、その後、中国共産党総書記になり、1986年の学生デモをきっかけにして1987年1月に失脚した人です。しかも、胡耀邦氏が亡くなったのがきっかけで起きたのが1989年の事件でした。

 これらを合わせて考えると、改革開放30年を振り返ることになる今年12月までの動きの中で、1989年の「政治風波」も「目をそらす」のではなく、きちんとどういう意味付けだったのか、考えてみよう、という動きが出始めているのではないかと、私には思えます。

 温家宝総理が1989年5月に、直後に失脚する趙紫陽総書記の傍らにいたにも係わらず、その後も指導部の中枢部に居続けて、国務院総理にまでなっているのは、1989年の行動を「自己批判」したからだ、と言われています。しかし、温家宝総理が多くの中国の人々から慕われているのは、「自己批判したから」ではなく、むしろ「メシが食いたければ趙紫陽のところへ行け」と言われていた改革開放政策初期のリーダー趙紫陽氏の流れを汲んでいるからではないか、と私は思っています。今の中国政府がその温家宝総理に対する人々の敬愛がなければ成り立たなくなっている以上、1989年の「政治風波」に対しても、もっと客観的な見方をせざるを得なくなるのではないか、と私は考えています。

 オリンピック、パラリンピック、神舟7号による有人宇宙飛行が、全て順調に成功裏に終わりました。「お祭り」的なイベントは全て終わったので、10月以降は、地道な日々の「お仕事」が始まります。その中で、胡錦濤主席のリーダーシップの下、新しい明るい動きが始まることを私は期待したいと思います。(その大前提は、温家宝総理が今後も活躍をし続けることです。温家宝総理はあまりにも多忙が続いているので、是非とも健康にだけはお気を付けいただきたいと思います)。

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