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2008年9月

2008年9月30日 (火)

「中国の今」を伝える「バックナンバーの目次」

 「中国の今」を伝えるこのブログの各記事のタイトルを下記に目次として並べました。下記の項目は、それぞれの各記事にリンクしています。下記のタイトルをクリックすると、各個別の発言に飛ぶように設定してあります。

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【2017年8月】
中国のインフラ投資とPPPと社債との関係(2017年8月19日)
習近平主席と李克強総理の「選挙運動」(2017年8月12日)
中国の景気循環と「中国共産党大会勝利開催バイアス」(2017年8月5日)

【2017年7月】
今年「中国共産党大会前の経済の過熱」は許されるのか(2017年7月29日)
全国金融工作会議と中国の金融を巡る現在の状況(2017年7月22日)
劉暁波氏死去を機に中国情報発信の「自主規制」を考える(2017年7月15日)
またぞろ「中国の理財商品は大丈夫なのか」という話(2017年7月8日)
香港の「一国二制度」の歴史的意味(2017年7月1日)

【2017年6月】
中国共産党大会へ向けてのスケジュール(2017年6月24日)
中国のインフラ投資のスピード感(2017年6月17日)
中国によるアメリカ国債購入と「コナンドラム」との関係(2017年6月10日)
1989年の遺産(2017年6月3日)

【2017年5月】
中国国債の格下げとビットコイン価格の急騰(2017年5月27日)
世の中「中国経済バブル崩壊準備モード」に突入(2017年5月20日)
「一帯一路国際フォーラム」の後に来るもの(2017年5月13日)
中国のマンション市場に「状況変化」の気配(2017年5月6日)

【2017年4月】
中国共産党政治局で金融安全について議論(2017年4月29日)
李克強総理のテレビ登場が減ったと思っていたら(2017年4月22日)
「雄安新区」は21世紀版の「都(みやこ)造り」(2017年4月15日)
「雄安新区」は「最後のバブル先送り策」か(2017年4月8日)
香港「残された時間」の5分の2が既に経過(2017年4月1日)

【2017年3月】
「北京のマンションは私には買えない」との記事(2017年3月25日)
中国不動産バブルと中国共産党大会のタイミング問題(2017年3月19日)
中国経済と法的安定性との関係の問題(2017年3月11日)
全人代を経て経済政策の「調整」は進むか(2017年3月4日)

【2017年2月】
中国経済の公共事業頼みはどこまで(2017年2月25日)
中国経済の現状と原料炭・鉄鉱石の価格との関係(2017年2月18日)
「金融リスクの防止」は2017年の中国のキーワード(2017年2月11日)
中国における最恵国待遇・内国民待遇の歴史(2017年2月4日)

【2017年1月】
春節の中国人訪日客と中国国内旅行者(2017年1月28日)
中国経済はもはや「無視してよい『空気抵抗』」ではない(2017年1月21日)
習近平国家主席の2017ダボス会議出席の意味(2017年1月14日)
中国資金流出阻止攻防戦:当局対人民・投機筋(2017年1月7日)

【2016年12月】
中国からの資金流出と財産保護に対する信頼感(2016年12月24日)
中国不動産バブルに関する中央経済工作会議の議論(2016年12月18日)
来年(2017年)年初に人民元の急落はあるのか(2016年12月10日)
「メンツ潰し」で始まったトランプ米次期大統領の対中政策(2016年12月3日)

【2016年11月】
中国の「地方政府の債務リスク応急処置事前対策」(2016年11月26日)
「トランプ相場」が中国経済に与える影響(2016年11月19日)
中国を見ながら「人間はみな平等」を考える(2016年11月13日)
中国の新型都市化計画と農地三権改革(2016年11月6日)

【2016年10月】
「習近平同志を核心とする党中央」という表現の意味(2016年10月29日)
「神舟十一号」打ち上げ時に習近平主席は外国訪問中(2016年10月22日)
またまた李克強総理が欠席のままで重要会議開催(2016年10月15日)
結局中国の構造改革は先送りの気配(2016年10月8日)
習近平主席と李克強総理の「抗争」いまだ結論見えず(2016年10月1日)

【2016年9月】
李克強-オバマ会談のテレビのニュースは一日半遅れ(2016年9月24日)
李克強総理はアメリカで何を語るか(2016年9月17日)
李克強総理の二国間会談は白黒写真(2016年9月10日)
G20における李克強総理の出番(2016年9月3日)

【2016年8月】
「健康中国2030計画」の意味するもの(2016年8月27日)
ゾンビ企業対処の正念場(2016年8月20日)
毎年八月上旬の中国指導部の「所在不明」(2016年8月13日)
共青団改革計画と習近平主席の「あせり」(2016年8月6日)

【2016年7月】
グローバル化を考える中での日本の位置(2016年7月30日)
「李克強はずし」にはなっていない現状(2016年7月23日)
トルコの軍事クーデター事件で思い出すもの(2016年7月16日)
習近平主席による「李克強はずし」が始まったのか(2016年7月9日)
イギリスのEU離脱と香港2047年問題(2016年7月2日)

【2016年6月】
たぶん中国の構造改革は遅れる(2016年6月25日)
中国共産党内の論争は李克強総理の一人芝居ではないか(2016年6月18日)
「人民公社はなぜ失敗したか」はもっと研究されるべきなのに(2016年6月11日)
27年目の「六四」に想う(2016年6月4日)

【2016年5月】
今夏の中国はまた「大都市不動産バブル崩壊」か(2016年5月28日)
文化大革命開始から五十年(2016年5月21日)
中国人の「誠実さ」に関する印象について(2016年5月14日)
習近平体制は「五四運動」ではなく「中華帝国」を目指すのか(2016年5月7日)

【2016年4月】
中国東北三省の経済は国有企業改革がカギ(2016年4月30日)
インターネット社会と中国共産党との関係(2016年4月23日)
「パナマ文書」はたぶん中国の政治情勢には影響を与えない(2016年4月16日)
「爆買い」の次は中国人の日本企業への「爆就職」か(2016年4月9日)
イノベーション・デフレと中国市場の爆発的拡大の終わり(2016年4月2日)

【2016年3月】
習近平主席と李克強総理との関係は大丈夫なのか(2016年3月26日)
社会主義的発想が中国経済発展を阻害する(2016年3月19日)
中国政府による「強制措置」がもたらすもの(2016年3月12日)
「ゾンビ企業処置」と「公有経済主体は揺るがない」こととの関係(2016年3月5日)

【2016年2月】
中国の生産能力過剰問題対策に対する本気度(2016年2月27日)
報道機関締め付けに見る中国の大規模リストラの準備(2016年2月20日)
春節明けの中国とG20財務大臣・中央銀行総裁会合(2016年2月13日)
2008年のデジャブー:リーマン・ショック再来に備える世界(2016年2月7日)

【2016年1月】
中国の春節明けと日銀マイナス金利導入のタイミングの一致(2016年1月30日)
中国経済は春節休み明けの変調に要注意(2016年1月23日)
人民元相場と中国経済バブル崩壊の想定と現実(2016年1月16日)
中国株式市場「熔断」の「ドタバタ」と「朝令暮改」(2016年1月9日)

【2015年12月】
中国の「露骨」だけど「素直で正直な」新しい住宅政策(2015年12月26日)
具体的な改革政策の実行段階に入った習近平政権(2015年12月19日)
人民元安傾向とアメリカの利上げ(2015年12月12日)
習近平・李克強体制の「バラバラ感」(2015年12月5日)

【2015年11月】
中国発の世界経済の乱気流はこらから「本番」が始まるのか(2015年11月28日)
胡耀邦氏生誕100周年記念座談会開催の意味(2015年11月21日)
人民元のSDR基準通貨入りは世界にとってプラスかマイナスか(2015年11月14日)
馬英九総統との会談は習近平主席にとって「棚ぼたポイント」(2015年11月7日)

【2015年10月】
一人っ子政策の廃止は「中国社会の変化の節目」になるのか(2015年10月31日)
習近平主席に対するイギリスの「熱烈歓迎」の目的(2015年10月24日)
中国の中長期リスク:農業(食糧)問題(2015年10月17日)
第18期五中全会の日程がいまだ決まらず(2015年10月10日)
国慶節の「爆買い」とバブル崩壊の時間差問題(2015年10月3日)

【2015年9月】
国有企業への党の指導の強化で更に中国経済低迷か(2015年9月26日)
アメリカFOMCを巡る中国の動き(2015年9月19日)
習近平主席が目指すのは人民解放軍の大改革らしい(2015年9月12日)
軍事パレードで見えた「改革開放の中国」の終わり(2015年9月5日)

【2015年8月】
世界が見た「中国ハード・クラッシュの悪夢」の正体(2015年8月29日)
天津港大爆発事故への中国政府の対応が少し変(2015年8月22日)
人民元切り下げに見る中国経済政策の変調(2015年8月15日)
中国の「借金による公共投資」による「時間稼ぎ」の有効性(2015年8月8日)
中国に有効な「景気浮揚策」は残されているのか(2015年8月1日)

【2015年7月】
中国人民銀行の6年ぶりの金保有高公表は何を意味するのか(2015年7月25日)
中国の公共投資とそれからの社会的リターン(2015年7月18日)
上海株暴落の次に来るのは中国経済危機か(2015年7月11日)
そして上海総合指数は「作られた指数」になった(2015年7月10日)
上海株暴落2008年とは違う中国当局の狼狽ぶり(2015年7月4日)

【2015年6月】
中国株暴落とギリシャ債務危機の同時性(2015年6月27日)
香港行政長官選挙法案の否決と上海株の急落(2015年6月20日)
周永康氏裁判と習近平主席の意図(2015年6月13日)
中国における金利自由化と「銀行の自由な経営判断」との関係(2015年6月6日)

【2015年5月】
「人民日報」に見る中国経済の問題点に対する認識(2015年5月31日)
日本国内企業は今「中国経済バブル」の上で楽しんでいないか(2015年5月23日)
「人民日報」が「中国経済の新しい明るい点」を指摘する意味(2015年5月16日)
対華21か条要求受諾100周年より対独戦勝利70周年(2015年5月10日)
上海株バブル崩壊のタイミングとその影響(2015年5月3日)

【2014年11月】
香港雨傘革命対処と衆院解散総選挙判断は共鳴するか(2014年11月16日)
習近平主席の「法治改革」はAPEC後にどう動くのか(2014年11月7日)
香港雨傘革命:「全軍政治工作会議」は「武力鎮圧の前兆現象」なのか(2014年11月2日)

【2014年10月】
香港雨傘革命:四中全会と黒田日銀ハロウィン・バズーカ砲が与える影響(2014年10月31日)
「香港雨傘革命」が中国経済バブル崩壊の切っ掛けとなる可能性(2014年10月22日)
長期化する香港「雨傘革命」が中国大陸部13億人の人民に知らせたもの(2014年10月18日)
香港「雨傘革命」:日本の関係者の状況認識は甘過ぎないか(2014年10月4日)

【2013年10月】
「新快報」の「記者釈放要請記事」は「大事件」(2013年10月24日)
反党・反革命の林彪ですら偉かった?(2013年10月14日)

【2013年9月】
「上海自由貿易試験区」の決定過程と実際(2013年9月29日)
人心が離れていることを自覚している中国共産党(2013年9月12日)
習近平主席らの外国訪問中に改革方針をアピールする李克強総理(2013年9月8日)
中国の不動産バブルの現状を「人民日報」がレポート(2013年9月3日)
江沢民氏が元有力者の葬儀に参列せず(2013年9月2日)
中国の低所得者用公共住宅の問題点:「人民日報」の指摘(2013年9月1日)

【2013年8月】
もしかして習近平総書記は「改革派」なのか?(2013年8月28日)
薄煕来裁判が結審(2013年8月27日)
「影の銀行行為」と薄煕来裁判との共通項(2013年8月24日)
薄煕来裁判と2009年4月の「人民日報」(2013年8月22日)
「人民日報」が「民主化のワナ」に警鐘を鳴らす(2013年8月20日)
中国人民銀行周小川総裁へのインタビュー(2013年8月19日)
もはや李克強改革は挫折か:林業権担保の話(2013年8月18日)
ぜいたく禁止令はまるで北京オリンピック批判みたい(2013年8月16日)
ぜいたく禁止令と上海ディズニーランド(2013年8月14日)
「経済新動力」とは鉄道建設と都市インフラ建設(2013年8月12日)
気になる朱建栄氏の行方不明(2013年8月10日)
県長(地方政府のトップ)は会社の社長じゃない(2013年8月9日)
「人民日報」に「計画経済は淘汰された」とする論文(2013年8月7日)
現時点での「思想の解放」(2013年8月6日)
中国での政治混乱の可能性:1980年代との比較(2013年8月4日)
中国で大学生が急増した理由(2013年8月3日)
「中国などの新興国」という括りは不適切(2013年8月1日)

【2013年7月】
習近平政権「守旧権益保護派」の抑え込みに成功か(2013年7月31日)
ついにパンドラの箱が開く:中国地方政府の債務に対する監査(2013年7月29日)
李克強改革の改革の「程度」(2013年7月27日)
中国人民銀行周小川総裁の「人民日報」への寄稿(2013年7月26日)
李克強総理の鉄道改革(2013年7月25日)
中国経済の減速と政治的変動のリスク(2013年7月24日)
「自力更生」は今年後半の中国経済減速を暗示か(2013年7月23日)
「人民日報」論調微妙な変化:党内論争激化か(2013年7月22日)
中国の銀行貸出金利自由化の「拙速感」(2013年7月20日)
昨今の中国の経済状況はバブルか(2013年7月19日)
「人民日報」が連日マクロ経済について解説(2013年7月17日)
中国は外貨準備を不良債権処理に使うのか(2013年7月14日)
中国金融改革:「人民日報」に「正論」(2013年7月10日)
中国金融危機の深刻度(2013年7月7日)
影の銀行行為対策:長い困難な変動の始まり(2013年7月3日)

【2013年2月】
2013年:春節以降の中国経済(2013年2月10日)

【2013年1月】
「新京報」ホームページから「新聞検閲と『中国の夢』」へのリンク(2013年1月14日)
「南方周末」の「中国の夢、憲政の夢」の日本語訳(2013年1月9日)

【2011年3月】
消された言葉たち:検閲と「人民に主張させよ」論(2011年3月6日)

【2011年2月】
「革命の波の時代」の始まり(2011年2月13日)

【2010年12月】
改めて「『氷点』停刊の舞台裏」を読む(2010年12月26日)
「南方都市報」の「空椅子」と「鶴」の写真(2010年12月19日)
中国の民主化の日本・世界における重要性(2010年12月12日)
黄海での米韓合同軍事演習と中国外交(2010年12月5日)

【2010年11月】
上海での高層マンション火災と地方政府批判(2010年11月21日)
尖閣・ノーベル平和賞:対中国包囲網への警戒(2010年11月7日)

【2010年10月】
「反日デモ」と「人民日報」「強国論壇」(2010年10月31日)
「08憲章(零八憲章)」全文の日本語訳(2010年10月16日)

【2010年5月】
「中国現代史概説」の目次と参考資料等のリスト(2010年5月18日)
あとがき~「トウ小平氏による改革開放路線」後の中国とは?~(3/3)(2010年5月17日)
あとがき~「トウ小平氏による改革開放路線」後の中国とは?~(2/3)(2010年5月16日)
あとがき~「トウ小平氏による改革開放路線」後の中国とは?~(1/3)(2010年5月15日)
4-2-11:経済対策バブルと「抵抗勢力」の肥大化(2010年5月14日)
4-2-10:少数民族政策破綻の危機(2010年5月13日)
4-2-9(2/2):インターネット規制と「08憲章」(2/2)(2010年5月12日)
4-2-9(1/2):インターネット規制と「08憲章」(1/2)(2010年5月11日)
4-2-8:「上海閥」と第二期胡錦濤政権の課題(2010年5月10日)
4-2-7:「氷点週刊」停刊事件(2010年5月9日)
4-2-6:第一期胡錦濤政権の勢力分布(2010年5月8日)
4-2-5(2/2):江沢民総書記による「三つの代表論」の本質(2/2)(2010年5月7日)
4-2-5(1/2):江沢民総書記による「三つの代表論」の本質(1/2)(2010年5月6日)

【2010年4月】
4-2-4(2/2):国有企業改革と「世界の工場」の実現(2/2)(2010年4月28日)
4-2-4(1/2):国有企業改革と「世界の工場」の実現(1/2)(2010年4月27日)
4-2-3:トウ小平氏の最後のメッセージ~南巡講話~(2010年4月26日)
4-2-2:「第二次天安門事件」の後遺症(2010年4月25日)
4-2-1(2/2):東欧・ソ連革命(2/2)(2010年4月24日)
4-2-1(1/2):東欧・ソ連革命(1/2)(2010年4月23日)
4-1-9:【コラム:温家宝総理による胡耀邦氏を偲ぶ文章】(2010年4月21日)
4-1-9(5/5):「第二次天安門事件」(5/5)(2010年4月20日)
4-1-9(4/5):「第二次天安門事件」(4/5)(2010年4月19日)
4-1-9(3/5):「第二次天安門事件」(3/5)(2010年4月18日)
4-1-9(2/5):「第二次天安門事件」(2/5)(2010年4月17日)
4-1-9(1/5):「第二次天安門事件」(1/5)(2010年4月16日)
4-1-8:「第二次天安門事件」の伏線(2010年4月15日)
4-1-7:「第二次天安門事件」直前の世界情勢(2010年4月14日)
4-1-6:中国の社会・経済で進む微妙な変化(2010年4月13日)
4-1-5(2/2):1986年末の学生運動と胡耀邦総書記の解任(2/2)(2010年4月12日)
4-1-5(1/2):1986年末の学生運動と胡耀邦総書記の解任(1/2)(2010年4月11日)
4-1-4(2/2):対外経済交流の深化と外国からの情報の流入(2/2)(2010年4月10日)
4-1-4(1/2):対外経済交流の深化と外国からの情報の流入(1/2)(2010年4月9日)
4-1-3:中国指導部内部での路線闘争とイギリスとの香港返還交渉(2010年4月7日)
4-1-2:改革開放政策下の1980年代の日中協力(私の経験)(2010年4月6日)
4-1-1:具体化する改革開放政策とまだ残る「文革のしっぽ」(2010年4月5日)
3-5-7(2/2):「歴史決議」~「文革は誤りだった」との正式な自己批判~(2/2)(2010年4月4日)
3-5-7(1/2):「歴史決議」~「文革は誤りだった」との正式な自己批判~(1/2)(2010年4月3日)
3-5-6(2/2):改革開放政策決定前後の中国の外交政策(2/2)(2010年4月2日)
3-5-6(1/2):改革開放政策決定前後の中国の外交政策(1/2)(2010年4月1日)

【2010年3月】
3-5-5:改革開放と「四つの基本原則」で終わった「北京の春」(2010年3月31日)
3-5-4:トウ小平氏による改革開放方針の提示(2010年3月30日)
3-5-3:【コラム:論文「実践は真理を検証する唯一の基準である」の扱い】(2010年3月29日)
3-5-3:西単(シータン)の「民主の壁」(2010年3月28日)
3-5-2:トウ小平氏と「すべて派」との対立(2010年3月27日)
3-5-1:【コラム:中国現代史の不透明性】(2010年3月26日)
3-5-1:華国鋒政権下でのトウ小平氏の再復活(2010年3月25日)
3-4-7:毛沢東の死、そして「四人組」の逮捕(2010年3月24日)
3-4-6:【コラム:「第一次天安門事件」の記憶】(2010年3月23日)
3-4-6(2/2):周恩来の死と「第一次天安門事件」(2/2)(2010年3月22日)
3-4-6(1/2):周恩来の死と「第一次天安門事件」(1/2)(2010年3月21日)
3-4-5:「四つの近代化」の提唱と水滸伝批判(2010年3月20日)
3-4-4(2/2):文革グループと周恩来・トウ小平グループとの確執(2/2)(2010年3月19日)
3-4-4(1/2):文革グループと周恩来・トウ小平グループとの確執(1/2)(2010年3月18日)
3-4-3:【コラム:「批林批孔運動」と兵馬俑坑】(2010年3月17日)
3-4-3:【コラム:「孔子批判」に対する日本のマスコミの反応】(2010年3月17日)
3-4-3(2/2):トウ小平の復活と批林批孔運動(2/2)(2010年3月16日)
3-4-3(1/2):トウ小平の復活と批林批孔運動(1/2)(2010年3月15日)
3-4-2:【コラム:日中国交正常化時のエピソード】(2010年3月14日)
3-4-2:【コラム:「日中国交正常化」「台湾当局」という表現について】(2010年3月14日)
3-4-2:日中国交正常化(2010年3月13日)
3-4-1:ニクソン訪中(2010年3月12日)
3-3-10(3/3):謎の林彪墜落死事件(3/3)(2010年3月11日)
3-3-10(2/3):謎の林彪墜落死事件(2/3)(2010年3月10日)
3-3-10(1/3):謎の林彪墜落死事件(1/3)(2010年3月9日)
3-3-9(2/2):【コラム:その後のベトナム】(2010年3月8日)
3-3-9(2/2):ニクソンによる米中接近への動き(2/2)(2010年3月8日)
3-3-9(1/2):【コラム:アメリカにとってのベトナム戦争】(2010年3月7日)
3-3-9(1/2):ニクソンによる米中接近への動き(1/2)(2010年3月7日)
3-3-8:中ソ軍事衝突(2010年3月6日)
3-3-7:国家主席・劉少奇の失脚と死(2010年3月5日)
3-3-6:「文革」に翻弄(ほんろう)される有力者たち(2010年3月4日)
3-3-5:「七・二○武漢事件」をはじめとする「武闘」(2010年3月3日)
3-3-4:文化大革命下の政治と社会の混乱(2010年3月2日)
3-3-3:【コラム:文化大革命と大学紛争】(2010年3月1日)
3-3-3:紅衛兵の登場と狂乱(2010年3月1日)

【2010年2月】
3-3-2:【コラム:「修正主義」という言葉】(2010年2月28日)
3-3-2:四清運動と「海瑞免官」批判~文化大革命の開始~(2010年2月28日)
3-3-1:中ソ論争と文化大革命前夜(2010年2月27日)
3-2-6:「経済調整政策」に対する毛沢東の反撃(2010年2月26日)
3-2-5:「大躍進政策」の結果を受けた権力闘争(2010年2月25日)
3-2-4:【コラム:フルシチョフとアイゼンハワーの「平和共存」の舞台裏】(2010年2月24日)
3-2-4:【コラム:ソ連の中国への核兵器技術移転は本気だったのか】(2010年2月23日)
3-2-4(2/2):フルシチョフによる「平和共存路線」と中ソ対立(2/2)(2010年2月22日)
3-2-4(1/2):フルシチョフによる「平和共存路線」と中ソ対立(1/2)(2010年2月21日)
3-2-3:【コラム:大躍進時期の悲惨な記録に関する記述について】(2010年2月20日)
3-2-3:【コラム:中国における社会的セーフティ・ネット】(2010年2月20日)
3-2-3(2/2):大躍進政策と人民公社の成立(2/2)(2010年2月19日)
3-2-3(1/2):大躍進政策と人民公社の成立(1/2)(2010年2月18日)
3-2-2:反右派闘争(2010年2月16日)
3-2-1:急激な社会主義化の進展と「百花斉放・百家争鳴」(2010年2月15日)
3-1-6:土地改革から本格的な社会主義化へ(2010年2月14日)
3-1-5:「中華人民政治協商会議共同綱領」と「過渡期の総路線」(2010年2月13日)
3-1-4:人民解放軍のチベットへの進出(チベット現代史)(2010年2月12日)
3-1-3:【コラム:イギリスとフランスの中国に対する立場】(2010年2月11日)
3-1-3:国際情勢に翻弄(ほんろう)される建国期の中華人民共和国(2010年2月11日)
3-1-2:中華人民共和国の成立(2010年2月10日)
3-1-1:国共内戦(2010年2月9日)
2-3-6:【コラム:日本の終戦と原子核物理学者・仁科芳雄博士】(4/4)(2010年2月8日)
2-3-6:【コラム:日本の終戦と原子核物理学者・仁科芳雄博士】(3/4)(2010年2月7日)
2-3-6:【コラム:日本の終戦と原子核物理学者・仁科芳雄博士】(2/4)(2010年2月6日)
2-3-6:【コラム:日本の終戦と原子核物理学者・仁科芳雄博士】(1/4)(2010年2月5日)
2-3-6(2/2):日本の敗戦(2/2)(2010年2月3日)
2-3-6(1/2):日本の敗戦(1/2)(2010年2月2日)

【2010年1月】
2-3-5:【コラム:「南京大虐殺論争」について】(2010年1月31日)
2-3-5:廬溝橋事件から日中戦争へ(2010年1月31日)
2-3-4:【コラム:張学良氏について】(2010年1月30日)
2-3-4:西安事件と第二次国共合作(2010年1月30日)
2-3-3:【コラム:三大規律と八項注意】(2010年1月29日)
2-3-3:中国共産党による「長征」と毛沢東による指導体制の確立(2010年1月29日)
2-3-2:【コラム:溥儀と映画「ラスト・エンペラー」】(2010年1月28日)
2-3-2:中華ソヴィエト共和国の樹立と満州事変(2010年1月28日)
2-3-1:【コラム:ロシア革命と中国共産主義革命との違い】(2010年1月27日)
2-3-1:国共分裂・北伐の完成と張作霖爆殺事件(2010年1月27日)
2-2-4:【コラム:孫文に対する評価】(2010年1月26日)
2-2-4:中国革命の父・孫文の死(2010年1月26日)
2-2-3:【コラム:「蒋介石」という呼び方について】(2010年1月25日)
2-2-3:第一次国共合作(2010年1月25日)
2-2-2(2/2):【コラム:「中国共産党第一回全国代表大会」の出席者について】(2010年1月24日)
2-2-2(2/2):【コラム:中国国民党について】(2010年1月24日)
2-2-2(2/2):【コラム:東交民巷】(2010年1月24日)
2-2-2(2/2):【コラム:天安門前広場】(2010年1月24日)
2-2-2(2/2):五四運動と中国共産党の誕生(2/2)(2010年1月24日)
2-2-2(1/2):【コラム:儒教に対する考え方】(2010年1月23日)
2-2-2(1/2):五四運動と中国共産党の誕生(1/2)(2010年1月23日)
2-2-1:【コラム:「軍閥」とは何か】(2010年1月22日)
2-2-1:袁世凱政権と日本による対華21か条の要求(2010年1月22日)
2-1-3:【コラム:中国の人々の日本に対する見方】(2010年1月21日)
2-1-3:辛亥革命(清王朝の終焉)(2010年1月21日)
2-1-2:【コラム:義和団事件の賠償と清華大学】(2010年1月20日)
2-1-2:【コラム:新興宗教に基づく民衆運動に対する評価の変化】(2010年1月20日)
2-1-2:義和団事件(2010年1月18日)
2-1-1:日清戦争から戊戌の変法まで(2010年1月17日)
1-2-2(2/2):【コラム:最新技術の導入とそれに対する「抵抗勢力」】(2010年1月16日)
1-2-2(2/2):列強各国との関係における19世紀の中国と日本との違い(2/2)(2010年1月16日)
1-2-2(1/2):列強各国との関係における19世紀の中国と日本との違い(1/2)(2010年1月13日)
1-2-1:19世紀の中国・ロシア・日本の状況(2010年1月11日)
1-1-2:「社会主義」と農民・土地との関係(2010年1月10日)
1-1-1:そもそも「社会主義」とは何を目指したものだったのか(2010年1月9日)
まえがき:この文章を書こうを思った動機~意外に知られていない中国の現代史~(2010年1月5日)
「中国現代史概説~中国の新しい動きを理解するために~」目次(2010年1月4日)

【2009年4月】
高校女子サッカーチーム替え玉事件(2009年4月24日)
「中国の民主化」に関連するいくつかの話題(2009年4月23日)
6つの「なぜ」(2009年4月10日)
20年目の「四五」天安門前広場にて(2009年4月5日)

【2009年3月】
中国で放送された政策ディベート番組(2009年3月22日)
自作自演記者会見の疑惑(2009年3月21日)
中南海の向かいの住宅群の撤去工事開始(2009年3月18日)
ニセ薬とニセテレビ(2009年3月17日)
人民代表大会制度についての議論(2009年3月12日)
「公式見解」すら報道されない微妙な案件(2009年3月4日)

【2009年2月】
監獄内の「目隠し鬼ごっこ」で死亡(2009年2月24日)
中国中央電視台新社屋敷地内ビル火災組写真(2009年2月12日)
中国中央電視台の新ビルの北隣のビルで火災(2009年2月9日)
温家宝総理に対する靴投げ事件(2009年2月3日)
中国で各地で鳥インフルエンザにより死者(2009年2月1日)

【2009年1月】
春節演芸番組の「ウラ番組」(2009年1月26日)
2009年1月第一週の中国の新聞の注目記事(2009年1月10日)
ある観光塔は「折騰」の典型(2009年1月8日)
「なぜマルクス主義堅持なのか」に対する答(2009年1月6日)

【2008年12月】
山西省の政治協商会議主席交通事故死の疑惑(2008年12月29日)
「南方周末」笑蜀氏の「不折騰」論(2008年12月27日)
胡錦濤総書記の謎の言葉「不折騰」(2008年12月26日)
「南方周末」の改革開放30年記念特集(2008年12月23日)
改革開放30周年記念日が終了(2008年12月21日)
「人民日報」の改革開放30周年評論(後半)(2008年12月17日)
「人民日報」の改革開放30周年評論(前半)(2008年12月16日)
2008年12月前半のできごと(2008年12月14日)
「なぜ今も中国共産党なのか」に対する答(2008年12月8日)
「人民日報」上での政治の民主化を巡る議論(2008年12月5日)
景気刺激策の中で農地の収用は抑制可能か(2008年12月3日)

【2008年11月】
どうする中国の司法制度改革(2008年11月30日)
「史上最大のバブル」の予感(2008年11月28日)
世論のリーダーになりつつある中国の新聞(2008年11月25日)
科学的発展観の実践について深く学習しよう(2008年11月17日)
中山大学の学生会主席選挙(2008年11月16日)
海南省三亜市などでもタクシー・ストライキ(2008年11月13日)
中国の景気刺激策は世界を救うのか(2008年11月10日)
農民工の失業ショックには政府の支援が必要(2008年11月7日)
重慶市のタクシー・ストライキ(2008年11月6日)
女性農民工についてのルポ(2008年11月4日)
メラミン粉ミルク事件から政治改革を考える(2008年11月2日)

【2008年10月】
第17期三中全会決定のポイント(2008年10月28日)
「人民日報」が新交通規制の法律論議に言及(2008年10月15日)
北京の新交通規制に異議を述べる社説(2008年10月12日)
乳製品へのメラミン混入最高限度値(2008年10月9日)
北京で新たな交通規制実施へ(2008年10月7日)
元に戻りつつある北京(2008年10月4日)
温家宝総理の人気が支える中国政府(2008年10月2日)

【2008年9月】
中国にとっての有人宇宙飛行の意義(2008年9月28日)
社会的事件と担当する行政トップの辞任(2008年9月22日)
中国の乳製品パニック(2008年9月21日)
北京パラリンピック閉幕(2008年9月17日)
有害物質入り粉ミルクで乳児に腎臓結石(2008年9月16日)
鉱山の違法操業が原因で土石流:34名が死亡(2008年9月10日)
偶数・奇数ナンバー規制続行論争(2008年9月7日)
経済学者・呉敬璉氏へのインタビュー記事(2008年9月4日)
華国鋒氏の葬儀に関する報道(2008年9月2日)

【2008年8月】
「素晴らしい青空が残った」ならいいなぁ(2008年8月31日)
日中航空便の空席状況(2008年8月28日)
北京オリンピックが終わった翌日(2008年8月26日)
「祭り」が終わった(2008年8月25日)
北京オリンピックが教えてくれたもの(2008年8月24日)
中国の人々が世界を見る目(2008年8月23日)
このまま「夢」が現実として続いて欲しい(2008年8月22日23:45)
華国鋒氏がオリンピックに沸く北京で死去(2008年8月22日03:00)
中国経済はまた大型公共投資依存に戻るのか(2008年8月20日23:20)
劉翔選手の棄権ショック(2008年8月20日06:20)
発展改革委「オリンピック後の後退はない」(2008年8月18日)
女子マラソン・北京でのテレビ観戦記(2008年8月17日)
北京オリンピック開会式演出の舞台裏(2008年8月16日)
夏休みの時期の不動産屋さんの必死の営業(2008年8月15日)
地下鉄運転時間延長と飛行機便遅延時の措置(2008年8月14日)
足跡花火の合成映像と微笑み美少女の口パク(2008年8月13日22:30)
メダル・ラッシュ報道の裏の不気味な地鳴り(2008年8月13日01:45)
キッシンジャー氏の北京の休日(2008年8月11日)
テレビ・新聞はオリンピック一色(2008年8月10日)
北京のテレビで見たオリンピック開会式(2008年8月9日)
「中国の歴史が変わる日」になるのか(2008年8月8日18:30)
開会式当日の北京の朝は視界300メートル(2008年8月8日07:30)
開会式前日の天安門前広場はいたって平和(2008年8月7日)
開会式当日は国家機関等は休みと突然の発表(2008年8月6日)
新疆・カシュガルでの武装警察襲撃事件(2008年8月5日)
「張りボテ」の街(2008年8月3日)
「彼ら」は喜びと同時に忍耐が必要(2008年8月2日)
BBC中国語版サイトへのアクセス規制解除(2008年8月1日)

【2008年7月】
開会式リハーサルと緊急追加規制の発表(2008年7月31日)
北京オリンピック会場では横断幕は禁止(2008年7月30日)
北京の大気汚染指数は「作って」はいない(2008年7月29日)
中国経済は既に「オリンピック後」に突入(2008年7月28日)
北京で追加的な交通規制を実施(2008年7月27日)
北京地下鉄空港線に乗ってみました(2008年7月26日)
変わっていない!車の数も大気汚染も(2008年7月25日)
青空はすばらしい(2008年7月24日)
「言葉のせき止め湖」の危険にどう対処する(2008年7月23日)
雲南省昆明市でバス爆破事件が発生(2008年7月21日)
「コメントする自由」「文句を言う自由」(2008年7月20日)
北京地下鉄10号線・空港線開通(2008年7月19日)
活動の場を与える場所としての日本(2008年7月18日)
北京オリンピック観戦客の「足」の問題(2008年7月17日)
ロシアに比べて中国の改革は成功したのか(2008年7月16日)
時事ネタ・ジョークはどこまで許されるのか(2008年7月14日)
「オリンピックを機会に」と思う人々の願い(2008年7月13日)
軍隊が警備するオリンピック(2008年7月12日)
2008年上半期の北京の大気汚染指数(2008年7月11日)
困難に直面する「メイド・イン・チャイナ」(2008年7月10日)
やっぱり生放送じゃなかった「生放送」(2008年7月9日)
またまた中国国内線航空便でトラブル(2008年7月8日)
「中国の不動産市場:急を告げる」との記事(2008年7月6日)
大陸・台湾間で直行チャーター便が運航開始(2008年7月4日)
貴州省甕安県の暴動事件の真相(2008年7月3日)
北京オリンピック観戦時の注意事項(2008年7月1日)

【2008年6月】
台湾で人民元の兌換が開始(2008年6月30日)
中国国内航空便でスケジュールの乱れが頻発(2008年6月29日)
全然変わっていない中国の災害報道(2008年6月28日)
北京首都空港鉄道の料金や開通予定(2008年6月27日)
中国国内航空:便によっては激安?(2008年6月23日)
オリンピック期間前後の北京の交通規制(2008年6月20日)
一時中国から日本のヤフーにアクセス不可(2008年6月16日)
北京市内のオリンピック準備の進み具合(2008年6月15日)
何事もなく過ぎた6月第1週(2008年6月9日)

【2008年5月】
がれきの上に立てるNGOの旗(2008年5月31日)
四川大震災対応:「偉大な変化」(2008年5月25日)
北京で感じる四川大地震(2008年5月23日)
日本をプラスに評価する評論(2008年5月10日)
日中関係で一歩踏み込んだ社説(2008年5月9日)
「新京報」北京大学創立110周年記念特集(2008年5月4日)
胡錦濤国家主席が5月3日に北京大学を訪問(2008年5月3日)

【2008年4月】
Ready for what?(2008年4月30日)
「ダライ・ラマと対話の用意がある」の意味(2008年4月26日)
デモに関する報道(2008年4月21日)
北京の一部の大使館街が公安当局により封鎖(2008年4月19日)
自信を失ったように見える中国(2008年4月18日)
全てを「独立派」だとする理由(2008年4月11日)

【2008年3月】
不動産や株のバブルの終わりが明確になった(2008年3月31日)
フィードバック・システムが働かない社会(2008年3月30日)
強烈な国内メディア戦略の展開(2008年3月28日)
聖火の点火式のニュースのカットは悲しい(2008年3月26日)
情報統制批判に中国当局が強烈な反撃を開始(2008年3月22日)
情報統制とデマ(2008年3月21日)
NHKでも検閲によるブラックアウト(2008年3月15日)
なぜ農民工代表が全国人民代表になれるのか(2008年3月8日)
中高年の農民工の苦悩(2008年3月3日)
周恩来生誕110周年記念講話の意味(2008年3月1日)

【2008年2月】
今でもまだやっている大衆の前での野外裁判(2008年2月27日)
農薬汚染食品事件:日系企業が原因との報道(2008年2月23日)
旧暦1月15日の夜の爆竹(2008年2月21日)
寒波時の鉄道部の情報提供は適切だったか(2008年2月20日)
内モンゴル自治区フフホト市副書記殺害事件(2008年2月18日)
ギョーザ事件:選択的報道は世論操作か?(2008年2月16日)
寒波による農地の被害面積は1,180万haに(2008年2月14日)
中国の寒波の経済損失は1兆6,000億円超(2008年2月13日)
中国は既に「新しき国」になっているのか(2008年2月12日):folomy1200字エッセイ
テレビ関係者の「貴族化」を警告する投書(2008年2月9日)
胡錦濤主席と温家宝総理が被災地で旧正月(2008年2月8日)
雑誌「タイム」も中国の寒波を特集(2008年2月5日)
農民の土地返還要求に関する米紙の報道(2008年2月4日)
中国大雪被害:広州駅の群衆内で1人が圧死(2008年2月3日)
豪雪は杭州31センチ・上海22センチ(2008年2月2日)

【2008年1月】
毒物入り冷凍ギョーザ事件(2008年1月31日)
中国の中南部で寒波・大雪の被害(2008年1月29日)
中国における最近の住民運動の例(2008年1月28日)
「嫦娥1号」一色のテレビ(2008年1月27日):folomy1200字エッセイ
中国経済の成長を支えるものは何か(2008年1月26日)
「中国共産党大会勝利開催」とハロウィーン(2008年1月24日):folomy1200字エッセイ
中国の不動産を巡る報道に「崩壊」の文字(2008年1月22日)
物価対策として小売価格に直接政府が介入(2008年1月21日)
上海のリニア延長反対の住民が「集団散歩」(2008年1月16日)
ついに出た「土地私有制」の提案(2008年1月14日)
ネット世論にいかに対応するか(2008年1月13日)
都市管理局員が暴力で市民を死亡させた(2008年1月11日)
国務院が「小産権」に関し明確な通知を発出(2008年1月9日)
地方の事件を報じた雑誌記者が北京で勾引(2008年1月7日)
首都鉄鋼4号炉停止・経済損失26億元(2008年1月6日)
映像ニュースの衝撃性(2008年1月5日):folomy1200字エッセイ
スプートニク50周年テレビでやった?(2008年1月4日):folomy1200字エッセイ
2007年の北京の大気汚染指数(2008年1月3日)
2007年の中国の税収は大幅アップ(2008年1月2日)
2008年:今年のポイント(2008年1月1日)

【2007年12月】
大気汚染V級「重汚染」が「熱烈歓迎」(2007年12月27日)
テレビニュースには国境を作らないで欲しい(2007年12月25日):folomy1200字エッセイ
中国の不動産ブームはピークを越えたのか?(2007年12月22日)
テレビの天気予報の教育効果(2007年12月20日):folomy1200字エッセイ
都市住民の「小産権」購入は違法と確定判決(2007年12月18日)
中国の法定休日変更は国務院が決定(2007年12月17日)
炭鉱事故の裁判は「敏感な案件」(2007年12月16日)
都市住民による農村の「小産権」購入は禁止(2007年12月15日)
世界の中の日本の比重(2007年12月14日):folomy1200字エッセイ
中国では5月の連休がなくなる(2007年12月9日)
「経済観察報」の論調(2007年12月8日)
反腐敗闘争:賄賂の八つの新しい変種(2007年12月4日)
「中国式計画病」政策決定の大修理はいつ?(2007年12月2日)
知らないうちに終わっていた「選挙」(2007年12月1日)

【2007年11月】
テレビの視聴者は意外に保守的?(2007年11月30日):folomy1200字エッセイ
スモッグの季節:今日の北京は「中度重汚染」(2007年11月25日)
広州での警官による医師射殺事件(2007年11月24日)
江西省の農民工呼び戻し作戦(2007年11月23日)
「誹謗罪」の拡大解釈を警告する、との社説(2007年11月22日)
中国経済はバブルか:2008年は転換点?(2007年11月18日)
日本と比べて中国の教育を見てみると(2007年11月12日)
非都市戸籍者であるが故のコストは1800元?(2007年11月5日)
農民工の十大願望(2007年11月4日)
北京大学の「三角地」掲示板の行方(2007年11月3日)
私営企業家の参政意欲は警戒すべきか(2007年11月1日)

【2007年10月】
中国の弁護士法改正(2007年10月29日)
「嫦娥1号」打ち上げロケットの残骸の行方(2007年10月27日)
中国の月探査機「嫦娥1号」の打ち上げ(2007年10月25日)
歴史ドラマに見る文化的背景(2007年10月20日):folomy1200字エッセイ
党大会後の民主化の具体化はどうなる?(2007年10月19日)
夜8時半過ぎの北京のビルの稼働率(2007年10月17日)
中国共産党大会関連のリアルタイム報道(2007年10月16日)
「安全」を作り上げるシステム(2007年10月13日):folomy1200字エッセイ
明るさと安心の心理的影響(2007年10月11日):folomy1200字エッセイ
北京の「流動人口」半分は「定住」していた(2007年10月10日)
安全設備とコスト(2007年10月9日)
集中する連休を今後どうするのか(2007年10月8日)
北京地下鉄:5号線開通と運賃値下げ(2007年10月6日)
マナーの問題(2007年10月4日):folomy1200字エッセイ
重慶でバス火災27人死亡・放火か?(2007年10月3日)
2007年10月1日:国慶節の天安門前広場にて(2007年10月1日)

【2007年9月】
月探査ロケット打ち上げ見学費用が1000元?(2007年9月30日)
北京の違法炭坑1000か所以上を爆破して封鎖(2007年9月29日)
農民工の生活を守ることが焦点(2007年9月27日)
中国北京の国家大劇院でこけら落とし(2007年9月26日)
中国は「中国」のひとことで括れるのか(2007年9月22日)
中国の会計検査報告(2007年9月20日)
信用の価値(2007年9月17日)
テレビ画面の臨時ニュース・テロップの意義(2007年9月16日):folomy1200字エッセイ
「新京報」1面トップ写真は日本の月探査機(2007年9月15日)
安倍総理辞任表明の中国での伝えられ方(2007年9月13日)
「法治国」の方針を立てて10年(2007年9月12日)
場所と時間を超えるテレビ(2007年9月9日):folomy1200字エッセイ
中国の法律における行政府への委任(2007年9月8日)
分散と集中:80年代と今の中国の体制の違い(2007年9月7日)
中国における「発表」の読み方(2007年9月6日)
チームワークの力(2007年9月3日):folomy1200字エッセイ
農民工学校の苦悩(2007年9月2日)
肉まん事件以降、牙を抜かれた「焦点訪談」(2007年9月1日)

【2007年8月】
中国製品の品質問題は外国バイヤーのせい?(2007年8月31日)
この秋の中国の食糧生産は減収か?(2007年8月30日)
テレビで報道されることの損得(2007年8月28日):folomy1200字エッセイ
農民の住宅の土地の権利に関する問題(2007年8月26日)
北京の流動人口は510万人(2007年8月25日)
ネットで集会を呼びかけた大学院生が拘束(2007年8月24日)
北京の自動車交通制限と大気汚染指数(2007年8月22日)
現場生中継の意義(2007年8月18日):folomy1200字エッセイ
地方の工事は人民代表が決めるという実験(2007年8月16日)
昼間の接待酒をやめたら半年で4300万元浮いた(2007年8月15日)
携帯メールで拡散するデマ(2007年8月14日)
炎天下の農民工:人民日報のルポ(2007年8月12日)
「新左派」と「新自由主義派」(2007年8月11日)
北京で自動車使用規制の「実験」(2007年8月10日)
なぜ8月8日に内モンゴル自治区成立60周年記念式典なのか(2007年8月9日)
大気汚染と北京オリンピック(2007年8月8日):folomy1200字エッセイ
「小産権房」(集団所有地上の住宅)をどうする?(2007年8月6日)
ある北京近郊の村の「別荘商売」(2007年8月5日)
在北京韓国大使館公使の死去(2007年8月4日)
北京の雷雨情報とレーダー画面(2007年8月3日)
確かに「違法」ではないけれど(2007年8月2日)
小売価格を政府がコントロールしないようにとの通知(2007年8月1日)

【2007年7月】
値切りの感覚(2007年7月30日):folomy1200字エッセイ
地方政府幹部任用制度の民主化(2007年7月29日)
「なんでもかんでも罰金」の功罪(2007年7月28日)
中国経済の実態:携帯電話契約件数は5億件超(2007年7月27日)
この大気汚染の中で野球はできるのか(2007年7月26日)
北京オリンピック期間中ホテル代は8倍以上に(2007年7月25日)
「忌まわしい悪しき記憶」が教えるもの(2007年7月23日):folomy1200字エッセイ
中国の経済成長はまだ過熱状態(2007年7月22日)
「楊尚昆生誕100周年座談会」と軍の位置付け(2007年7月21日)
「段ボール肉まん」報道は「やらせ」だった(2007年7月19日)
中国にいる日本の特派員の苦労(2007年7月17日):folomy1200字エッセイ
中国で豚肉の価格が高騰(2007年7月16日)
中国の地方政府の監督には民主的監督制度(2007年7月15日)
「富める政府」「貧しい庶民」(2007年7月14日)
中国の地方政府による無秩序な土地開発(2007年7月13日)
北京のタンク入り飲用水の半分はニセモノ?(2007年7月11日)
教育部の学外居住禁止令、チャイナ・ディリーにも批判記事(2007年7月10日)
教育部が大学生の学外での宿舎賃借を原則禁止(2007年7月8日)
70回目の7月7日に寄せて(2007年7月7日):folomy1200字エッセイ
遼寧省のカラオケ店の爆発で25人死亡(2007年7月6日)
中国国家環境保護総局が操業停止等の行政命令を発出(2007年7月4日)
中国でのカラオケを巡る著作権料論争(2007年7月3日):folomy1200字エッセイ
非共産党員の大臣への就任(2007年7月2日)

【2007年6月】
「報道の自由は社会の安定的変化の重要な要素だ」(2007年6月30日)
次々と打ち出される過剰流動性対策(2007年6月28日)
北京では耕地などに作ったマンションの売買を停止(2007年6月28日)
当たり前の緑の価値(2007年6月25日):folomy1200字エッセイ
スウェーデン社会民主党を紹介した意味(2007年6月24日)
悪徳レンガ工場事件で山西省長が謝罪(2007年6月23日)
新しい社会階層の台頭(2007年6月22日)
中国のマンション・バブルはいつまで続くのか(2007年6月21日)
6月19日の大気汚染度はIV(1)級(中度汚染)(2007年6月19日)
北京の今日の大気汚染度はIII(1)級(軽微汚染)(2007年6月19日)
重慶と成都が農村・非農村統合試験区に指定される(2007年6月17日)
人民日報の紙面構成(2007年6月16日)
山西省の悪徳レンガ工場での強制労働事件(2007年6月15日)
北京の住宅立ち退き問題で住民投票(2007年6月13日)
北京で大学生の自殺相次ぐ(2007年6月11日)
スローライフというぜいたく(2007年6月9日):folomy1200字エッセイ
中国における地上波テレビの威力(2007年6月2日):folomy1200字エッセイ
中国の急速な都市化は「多すぎで、速すぎ」(2007年6月1日)

【2007年5月】
中国の新聞に「根本は政治体制改革」との社説(2007年5月30日)
中国の今を伝える文章のアップを開始(2007年5月27日)
面白くなった北京の新聞(2007年5月27日)
パプア・ニューギニアのコーヒー(2007年5月26日):folomy1200字エッセイ

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2008年9月28日 (日)

中国にとっての有人宇宙飛行の意義

 2008年9月25日、中国にとって3回目となる有人宇宙飛行船「神舟7号」が打ち上げられ、9月27日には中国にとって初めての宇宙遊泳に成功しました。私も「打ち上げ」と「宇宙遊泳」を中国中央電視台の生中継で見ました。打ち上げ時にはロケットにテレビカメラが付いていて、固体ブースター・ロケットが切り離される瞬間が映っていたし、宇宙遊泳の時は、船内に1台、船外に2台のテレビカメラがあり、宇宙飛行士の様子を克明に中継していました。映像の中の地球表面の様子や、宇宙船の進行とともに地球の陰に沈んでいく漆黒の宇宙に浮かぶ太陽も非常に美しいものでした。中国の宇宙開発も相当に「テレビ」を意識していると思いました。

 さて、今回の有人宇宙飛行については、中国の多くの新聞・テレビでは、この有人宇宙飛行を称賛する記事であふれていますが、広州で売られている週刊新聞「南方周末」(日本語表記は「南方週末」)に、ちょっと違った観点の論評が載っていました。「南方周末」は、独自の視点で記事を書く新聞として有名で、去年放送されたNHKの「激流中国」の「ある雑誌編集部 60日の攻防」で果敢に記事を書く雑誌社として紹介された「南風窓」もこの「南方周末」系の雑誌です。独自の視点からの記事を書くので人気が高く、1部3元(約45円)と中国の新聞としては高い(大衆的な日刊紙は1部0.5元(約7.5円))のですが、結構売れています。実はこの新聞は、広州で発売されているのですが、北京の新聞スタンドでも買えます。北京に運んでくる運賃を考慮しても、売れるので儲かるからでしょう。

(参考)「南方周末」2008年9月25日号
「神船7号:全解説」特集の中の評論
「経済のため? 国防のため? それとも中華復興のため?」中国有人宇宙プロジェクトの意義(本誌特約評論員:趙洋)
http://www.infzm.com/content/17637

 この「趙洋氏」のような考え方は、まだ、現在の中国では「主流」にはなっているわけではないと思いますが、この評論のポイントを御紹介すると以下のとおりです。

-----------------------

○普通の人は皆「神舟宇宙船」について全国的な慶事だと思うし、宇宙飛行士の高度な技術による科学技術サーカス(原文は「科技雑技」)を鑑賞するのだろう。しかし、私には、巨額な資金を消耗させる有人宇宙プロジェクトにのこのような「晴れ」の舞台の裏側に、深い「いわく」があることを考えさせる。

○有人宇宙飛行プロジェクトは、経済のためではない。アメリカやロシアでも有人宇宙飛行プロジェクトが宇宙産業以外の産業にもたらすインパクトは限定的である。日本、ドイツ、イギリス、フランスはいずれも独自の有人宇宙飛行計画を持っていないが、だからと言って他の科学技術領域やイノベーションの実力が弱いというわけではない。

○有人宇宙飛行プロジェクトは国防のためでもない。同じ金額があれば、大陸間弾道ミサイルや偵察衛星の方が効果的だ。

○それでは、中国の有人宇宙飛行プロジェクトは何のためにやっているのか。2006年の「中国の宇宙白書」(「2006年中国的航天」)によれば、中国の宇宙開発は「民族の結集力を強めて強国のための戦略を推進し、もって国家が全体的に発展するための戦略の重要な部分をなす」と書かれている。

○有人宇宙飛行プロジェクトは、有史以来、最もお金を使うプロジェクトである。それはピラミッドや万里の長城、教会の大聖堂を建設するプロジェクトを超えている。1950年代以来、大国が宇宙開発競争をやってきたのは、ピラミッドや万里の長城や教会の大聖堂と同じように、人々を畏怖させ、自分たちが力を持っていることを示すためだった。有人宇宙プロジェクトは、ピラミッドや万里の長城や教会の大聖堂を建設することが古代人に与えたのと同じ効果を現代人に与えるものである。

○米ソ両国は冷戦終結後は宇宙開発分野で協力を始めて、資源の節約を図った。交流は、秘密を保持するのに比べて科学技術の発展を促進した。一方で、宇宙ステーション協力問題で両国はしばしばそれを「外交カード」として使った。

○こうした情勢の下、1992年、中国は有人宇宙プロジェクトを始めたが、それは原爆、水爆の開発や人工衛星の打ち上げと同じように、国際社会における中国の地位を発展させるために選択したものであった。今後、中国が平和を希求し、国際関係を発展させようというのであれば、有人宇宙飛行プロジェクトも国家の外交目標に合致するものでなければならない。

○中国には「中国は宇宙において国際協力をする必要はない。少なくとも宇宙ステーションについては国際協力をすべきではない。」と主張する人がいるが、筆者の考えはそれとは異なる。歴史的に見て、鎖国的な政策は中国を強くはしない。

○2010年にはアメリカのスペースシャトルが退役することになっているが、アメリカは国際宇宙ステーションへの人や物資の輸送をロシアにいつまでも頼ることはできないので、スペースシャトル後の輸送手段について計画中である。

○中国は、自力で宇宙遊泳とドッキングの技術を確立した後、独立して技術を保持できるという前提の下、国際宇宙ステーションに有人宇宙飛行サービスを提供するという「宇宙外交」を展開することも悪くはない選択肢である。

○世界で最も力の強い国家と世界で最も人口が多い国家が宇宙において協力することは、世界大戦の可能性をさらに一段と微々たるものにする。その意味では有人宇宙飛行における国際協力は、国家安全のための施策の一つなのである。

○もしかつて閉鎖的だった中国がこの高度に敏感で困難な領域において西側と協力を展開したら、それは他の領域の国際協力におけるモデルとしての役割を果たすだろう。そして、それは中国の技術のグローバル化を実現し産業にも新たな道を切り開くものになるだろう。

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 今回の「神舟7号」の有人宇宙飛行でも、打ち上げ時には胡錦濤主席自らが打ち上げ上の甘粛省酒泉まで出向いて、宇宙飛行士の「出征儀式」に参加して宇宙飛行士たちを激励し、打ち上げの時は現地で視察したし、宇宙遊泳成功後は、北京の管制センターから宇宙飛行士たちと交信回線を使って直接話をしたりして、「国家的イベント」としての演出は色濃く見えました。その意味で、上記の趙洋氏の評論が指摘しているように、有人宇宙飛行は、国内及び国際社会に対する政治的メッセージの色彩が強いと言えます。ただ、そういったことを有人宇宙飛行の成功を讃える記事ばかりが並ぶ中国の新聞において、きちんと分析して、自らの意見を主張していた上記の「南方周末」の評論は出色のものだと思います。

 この評論では、文章表現として、宇宙遊泳のことを「科学技術サーカス」と言ったり、有人宇宙飛行プロジェクトを古代のピラミッドや万里の長城の建設にたとえたりしているのが、ちょっと刺激的かなぁ、という気はします。また「世界で最も力の強い国家(アメリカのこと)と世界で最も人口が多い国家(中国のこと)が宇宙において協力することは・・・」といった表現は、中国の民族ナショナリズムの感覚が強い人から見れば、ちょっと「カチン」と来る表現だと思います。こういった「国家の公式の考え方」「国家が公式に認める表現の仕方」とは異なる考え方・表現の仕方の論評が新聞に載り、ネット上でも削除されずに見ることができる、ということは、今の中国では、それなりに評価すべきことだと思います。

 1969年7月のアメリカの「アポロ11号」による人類初の月着陸成功の時も、「地上に貧しい人々が数多くおり、アメリカはベトナムで泥沼の戦争を戦っているというのに、これだけ巨額の費用を宇宙開発に使ってよいのか」という議論がありました。そういう様々な意見があり、議論がなされることは健全なことです。

 今回の「神舟7号」の打ち上げや宇宙遊泳は、映像もきれいだったし、それ自体、掛け値なしに「快挙」だと私は思いますが、それとともに、上記のような論評が中国の新聞に掲載されたことも、ひとつの「快挙」だと私は思いました。

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2008年9月22日 (月)

社会的事件と担当する行政トップの辞任

 ここのところ中国では、大きな社会問題となった事件・事故に関連して、それを防止できなかった、あるいは事件・事件に対する対処が適切ではなかった、として責任ある行政部署のトップが解任されるケースが相次いでいます。

 まず、山西省臨汾市襄汾県で9月8日に発生した違法操業中の鉱山の鉱滓(こうさい)堆積場で土石流流出事故(住民等260名以上が死亡)に関しては、9月14日に山西省長の孟学農氏が、9月20日には臨汾市中国共産党委員会書記が解任されました。孟学農氏は、昨年(2007年)9月3日に副省長・省長代行に、今年(2008年)1月22日に省長に就任したばかりで、長年に渡って違法操業状態にあった鉱山の監督責任者として孟学農氏にどれだけの責任を問えるのか、という議論はあるのですが、やはりこれだけの大事故を起こしてしまった地方行政機関のトップとして責任を取らされた、というのが大方の見方のようです。

 実は孟学農氏は、2003年、SARS(重症急性呼吸器症候群)が中国で流行った時の北京市長で、このSARS流行の時にも「対処が適切ではなかった」として2003年4月20日に北京市長を解任されています。そのため、今回の土石流事故に際しての孟学農省長の辞任は「孟学農氏は今後行政の舞台には戻って来られないのではないか」との見方がある一方、「行政トップが辞任しても、結局は年間か経過すると別のポストに戻ってくるのだったらトップの辞任は一種のパフォーマンス意味の意味しかなく実効性は乏しい」といった冷めた見方をする人もいます。

 広州で発行されている週刊新聞「南方周末」(日本語表記は「南方週末」)の9月18日号では、孟学農山西省長の辞任に関して「孟学農:彼の辞職、彼の未来」と題する評論を掲載しています。

(参考1)「南方周末」2008年9月18日号記事
「孟学農:彼の辞職、彼の未来」
http://www.infzm.com/content/17337

 はっきりそうは書いてありませんが、この記事の行間からは「行政トップが辞任しても、結局は年間か経過すると別のポストに戻ってくるのだったら、行政トップの辞任は一種のパフォーマンス的な意味しかない」という冷めた見方がにじみ出ているように私は感じました。

 9月21日に発生し37人が死亡した河南省登封市では、河南省の中国共産党規律委員会と河北省の監督庁により、9月22日、登封市長の解任が提議されました。

(参考2)「新華社」ホームページ2008年9月22日12:17アップ記事
「河南省、登封市の炭鉱事故の処理に関して、市長の免職を建議」
http://news.xinhuanet.com/newscenter/2008-09/22/content_10091401.htm

 また、9月20日に広東省深セン市で発生したダンスホールでの火災(43人が死亡)では、ダンスホールを経営していた会社の社長が警察に逮捕されたほか、この区の副区長、消防大隊の大隊長も行政の監督責任を問われて解任されました。

(参考3)「新華社」ホームページ2008年9月22日00:12アップ記事
「深セン市の『9・20』重大火災事故の責任者の対する処分が決定」
http://news.xinhuanet.com/newscenter/2008-09/22/content_10088602.htm

※そもそも中国では数十人が死亡するような炭鉱事故や火災、交通事故は「しょっちゅう」あるので、こういった事件が起きてもトップニュースにならない程度に多くの人が「慣れっこ」になっていること事態が問題なのだと思います。

 今、最も中国で社会的に影響の大きな事件となっている粉ミルクなど乳製品へのメラミン混入事件では、最初に問題になった製品を製造した三鹿集団公司の責任者が辞任したほか、9月18日には三鹿集団公司のある河北省石家庄市の市長が、今日(9月22日)には石家庄市の党委員会書記が解任されました(中国の地方政府機関としての「市」のトップは市長ですが、実質的な権限は中国共産党の市委員会書記が握っており、序列から言うと党市委員会書記の方が市長よりも上です。その意味では、この粉ミルク事件で、市長だけではなく党書記も解任されたことは、党中央がこの事件の重大性を認識していることの表れだと見ることができます)。

 それに加えて、今日(9月22日)、中央政府の国家品質監督検査検疫総局の李長江局長(閣僚クラス)が責任を取って辞任しました(李長江局長は、これまでもこの事件の経過説明のための記者会見で毎日のようにテレビに登場していました)。

(参考4)「新華社」ホームページ2008年9月22日19:45アップ記事
「党中央・国務院は三鹿ブランドの乳幼児粉ミルク事件の関係者の責任について厳正に対処」
http://news.xinhuanet.com/newscenter/2008-09/22/content_10093387.htm

 中国の中央政府の大臣クラスのトップが特定の事件の責任を取って辞任することは極めて異例で、おそらくこういった引責辞任は2003年のSARS流行時に当時の衛生部長(日本の厚生労働大臣に相当)が辞任して以来ではないかと思います。

 パラリンピックが終わる頃から相次いで表面化してきているこれらの社会的重大事件について、胡錦濤主席・中国共産党総書記は、9月19日に開かれた「全党による科学的発展観に関して深く実践的に学習する活動への動員大会」において「重要講和」を行い、関係者に対する注意喚起と引き締めを指示しました。

(参考5)「新華社」ホームページ2008年9月20日00:24アップ記事
「胡錦濤総書記、全党による科学的発展観に関して深く実践的に学習する活動への動員大会の席上で重要講和を発表」
http://news.xinhuanet.com/newscenter/2008-09/20/content_10081662.htm

 この「重要講和」の中で、胡錦濤総書記は次のように指摘しています。

「今年以来、一部の地方で重大な生産安全に関する事故と食品安全に関する事故が発生し、人民大衆の生命・財産に重大な損失が発生している。これらの事件の背景として、一部幹部の中に、思想意識が欠落し、社会の大局に対しての現状認識、問題点を憂慮する意識と自己の責任に対する認識が欠如している者があり、仕事の仕方が浮ついており、管理がゆるみ、仕事のやり方が誠実ではなく、ある者は一般大衆の声や苦情を聞く耳を持たず、一般大衆の生命安全のような重大な問題に対する感覚が麻痺している者がいる。これらの事件をきっかけに、我々は、党員幹部の中に存在する問題点を緊急に解決し、党は公のために尽くすためのものであること、人民のために政治を行うこと、人を根本とするという原則を堅持すること、人民大衆の安全・安心のために心を砕くようにすること、をしっかり打ち立てなければならない。」

 胡錦濤総書記自身が地方政府の幹部の中に「ゆるみ」があることを認める危機感が表れた講話だと思います(そもそも、こういう事件が続発して、党中央が「学習活動動員大会」を開かなければならないこと自体が危機的な状況なのだ、という見方もできると思います)。

 1950年代、60年代においては、毛沢東主席が「今、我が党の中の一部には○○○○のような者がいる。」と重要講和を行った場合には、すぐさまそういう人々を排除する運動が起こり、実際、そういった人々は党から排除されていったのでした(一部「行き過ぎ」もありましたが)。今、胡錦濤総書記の呼び掛けにより、人民大衆のための行政を行っていない「一部の幹部」はきちんと排除されることになるのでしょうか。今回辞任した行政トップの方々が、いわば「トカゲのしっぽ切り」となって「これでおしまい」ということになることなく、中国の行政が人々の安全を守るためにきちんと機能するようになって欲しいと思います(今回の乳製品へのメラミン混入事件については、北京に住んでいる私としては、他人ごとではなく、実際に自分自身の健康問題に関連してくるので、真剣にそう思っています)。 

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2008年9月21日 (日)

中国の乳製品パニック

 日本でも報道されているとおり、中国の粉ミルクに有害物質メラミンが混入していた事件で、18日夜に放送された中国中央電視台の7時のニュース「新聞聯播」で、液体の牛乳、しかも大手メーカーが販売している牛乳の一部からもメラミンが検出された、との発表がありました。概要は以下のとおりです。

蒙乳:121サンプルのうち11サンプルからメラミンを検出。検出値は1kgあたり0.7~8ミリグラム

伊利:81サンプルのうち7サンプルからメラミンを検出。検出値は1kgあたり0.7~8.4ミリグラム

光明:93サンプルのうち6サンプルからメラミンを検出。検出値は1kgあたり0.6~8.6ミリグラム

三元:53サンプルのうちメラミンを検出したサンプルはなし。

雀巣(ネスレ):7サンプルのうちメラミンを検出したサンプルはなし。

※雀巣(ネスレ)は、スイスのネスレ社のブランドですが、中国国内で生産されている牛乳です。

(参考1)「人民日報」2008年9月19日付け記事
「全国液体牛乳に対するメラミン検査の結果が発表」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2008-09/19/content_105492.htm

(参考2)中国国家品質監督検査検疫総局ホームページ2008年9月19日発表
「全国液体牛乳に対するメラミン検査の結果発表」
http://www.aqsiq.gov.cn/zjxw/zjxw/zjftpxw/200809/t20080919_90325.htm

 最初に問題になった三鹿集団の粉ミルクで検出されたメラミンの最高濃度は最高1kgあたり2,563ミリグラムですから、それに比べれば上記の牛乳での検出値はだいぶ低いと言えます。報道では、体重60kgの大人ならば毎日2リットル以上飲まなければ大丈夫、と伝えられています。しかし、メラミンが検出された、ということは、チェックをしていない、ということですから、やはりショックです。私も上記のメーカーの牛乳を毎日飲んでいましたから。

(注)粉ミルクの場合、水に溶いて飲むので、液体の牛乳と比較する場合には粉ミルクの検出値は10分の1くらいなると考えた上で比較する必要があります。

 上記に掲げた5つのメーカーは中国は最大手の乳業メーカーで、毎日、テレビでのコマーシャルをやったりしています。伊利は、北京オリンピックの食品提供メーカーでしたが、北京オリンピック、パラリンピックで提供された乳製品では、メラミンは検出されなかった、と報道されています。

 昨日(9月19日)時点で、私が行ったスーパーでは、蒙乳、伊利、光明の製品は牛乳、ヨーグルト、チーズも含めて全ての乳製品が撤去され、三元、雀巣と外国から輸入された乳製品だけが売られていました。少なくとも私が行ったスーパーでは、三元、雀巣と輸入ものは売られており品切れ状態にはなっていなかったので、乳製品が手に入らない、という状況にはなっていません。中国では、放牧などが盛んな地方を除いて、一般には、多くの人が乳製品を消費するようになったのは、最近、経済レベルが向上してからのことであって、中国の食生活は「乳製品がないと成り立たない」というわけではないので、乳製品全体の消費量が一時的に落ち込んでいるのだと思います。豆乳など代用になりうる商品もあるので、普通の大人の場合は、そんなに「パニック」にはなっていません。しかし、ミルクを与えなければならない赤ちゃんがいる家庭は大変だろうと思います。

 ニュージーランドの牛乳やヨーロッパから輸入したチーズは、中国産のものに比べて2倍~3倍程度の値段するので、普通の人が簡単に「輸入品に切り替える」というわけにはいきません。

 中国は食材が豊富なので、乳製品がなくても、しばらくは都会の消費者も我慢できると思いますが、牛乳生産農家はかなりパニック状態になっているのではないかと思います。日本の乳製品を原料として扱っている食品メーカーも問題となった中国の乳製品メーカーの製品を使っていないかどうかの確認に追われている、と報道されています。

 今回の調査結果を見ると、多くのメーカーの数多くの種類の製品からメラミンが検出されていることから、乳製品製造メーカーではなく、源乳納入業者のレベルでメラミンが混入された可能性が高いと思います。しかも、乳製品製造メーカーが多岐にわたり、地域的にも全国に散らばっているので、おそらくは、ひとつふたつの源乳納入業者がメラミンを混入したのではなく、中国全土に渡って、源乳量の「水増し」を図るために、幅広くメラミンの混入が日常的に行われていた可能性があります。その点で、日本で問題になった農薬入りギョーザ事件とは異なり、今回の乳製品へのメラミンの混入事件は、中国の食品産業の構造的問題に立脚した、相当に根が深い問題である可能性があります。

 もし今回の問題が、業者のモラルの欠如、行政による安全検査体制の不備(もう一歩突っ込んで言えば地方の業者と取り締まる立場の地方政府との癒着)など中国の食品産業の構造的問題に根ざしているのだとしたら、単に特定のメーカーの乳製品という特定分野に限った問題ではなくなります。特にメラミンについては、昨年、アメリカ等へ輸出されたペットフードへの混入が問題となりましたから、それを全く教訓としておらず、問題に真剣に取り組んで来なかった、という点で、中国国内でも行政当局への批判も高まっています。今回の乳製品へのメラミン混入事件については、中国政府も相当深刻に受け止めているようで、連日のように対策会議を開き、迅速な検査と結果の発表、問題のある製品の撤去を徹底しています。

 今日、9月21日から、北京では、オリンピック、パラリンピック期間中に続けられていた車のナンバー・プレートの偶数・奇数による通行制限がなくなりました。そのせいかどうかしりませんが、今日(21日)の北京には、また以前のようなひどい大気汚染が戻ってきています。国際的な経済環境も厳しさを増す中、オリンピック、パラリンピックで目立たなかった多くの問題がこれから次々に出てくる可能性があります。これから中国政府にとって正念場が続くと思います(今月25日には、中国で3回目の有人宇宙飛行(今回は中国で初めての宇宙遊泳の実施が予定されている)が予定され、テレビや新聞でもそのことが盛んに報道されているのですが、一般に生活している感覚からすると「それどころじゃない」という雰囲気です)。

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2008年9月17日 (水)

北京パラリンピック閉幕

 今、中国中央電視台のテレビでは、北京パラリンピックの閉会式を生中継で放送しています。パラリンピックの選手の皆さんの活躍には、「人間にはこんな能力もあるのか」と驚かされました。

 思えば8月8日に北京オリンピックの開会式が行われたのが、はるか昔のように思えます。まずはオリンピック及びパラリンピックが無事に終了したことに対して、関係者の皆様にお祝いを申し上げたいと思います。

 オリンピックが始まった頃は、新疆ウィグル自治区でテロ事件のようなものが起きたりして、ちょっと心配していたのですが、結局は、オリンピック及びパラリンピックの期間を通じて、これらのイベントの運行に影響を与えるような大きな事件・事故は起きませんでした。これも警備・警戒に当たった多くの関係者の努力によるものだと思います。

 ところが、パラリンピックが終盤を迎えつつあるここ数日、段々と社会を騒がすような大きな事件が起きるようになってきています。

○鉱山鉱滓堆積場での土石流の発生

 9月8日:山西省臨汾市襄汾県の違法操業していた鉱山の鉱滓(こうさい)堆積場で、大雨による土石流が発生し、多くの人々が飲み込まれました。9月10日付けのこのブログを書いた時点では「34名が死亡」と書きましたが、その後調査が進んで今日(9月17日)の報道の時点では、259名の死亡が確認されています。この事故に関する行政の監督責任を取る形で、山西省長が9月14日に辞任しています。こういった事故によって、省長(日本で言えば県知事に当たる)が引責辞任するのは極めて異例のことです。

○メラミン入り粉ミルク事件

 9月11日:甘粛省衛生庁が最近甘粛省で多発しているこどもの腎臓結石について、赤ちゃんが1名死亡したこと、この腎臓結石の多発はあるブランドの粉ミルクが原因であることがわかったことを発表しました。その後、これが粉ミルクに有害物質のメラミンが含まれていたことがわかったのでした。この件については、昨日(9月16日付け)のこのブログの記事で書きました。昨日のブログでも書いたように、国家品質監督検査検疫総局が全国調査を行った結果、最初に見つかった社も含めて全部で22社、69の製品の粉ミルクでメラミンが検出され、これらの製品は市場から回収・撤去されることになりました。これだけ多数の製品でメラミンが検出されたことと、メラミンが検出されたとして掲げられたメーカーの中にテレビでコマーシャルをやっているような有名メーカーも複数含まれていたこと、などから、中国では粉ミルクを巡ってちょっとしたパニック状態になっています。

 温家宝総理は今日(9月17日)午前、国務院常務委員会を開催して、乳製品と乳製品製造業者に対する全面的な検査を行うことを決めました。国務院常務委員会は、その時々の経済情勢などを踏まえて、経済対策などを決める会議ですが、こういった特定の事件に対処するための緊急対策を決めるために開催されるのは極めて異例のことです。しかも、温家宝総理は、今日はパラリンピック閉会式の当日のため、外国要人との会見のスケジュールも立て込んでいる日でしたが、そういったスケジュールを押しのけてまで、国務院常務委員会を開き「政府全体として取り組んでいる」という姿勢を示す必要があったのでしょう。

(参考1)「新華社」ホームページ2008年9月17日19:12アップ記事
「国務院常務委員会、乳製品の全面的な検査と乳製品業者の整頓を決定」
http://politics.people.com.cn/GB/1026/8066877.html

○51人が死亡するバス転落事故 

 9月13日:四川省巴中市発で浙江省寧波行きの長距離バスが巴中市内の山道を走行中、ガードレールと衝突し、ガードレールを突き破って谷底に転落し、乗っていた51人全員の死亡が確認される、という事故が起きました。この事故は山奥で発生したためか、あまり迅速には報道されませんでした。今日(9月17日)付けの人民日報で、国務院がこの事故を「特別重大道路交通事故」として調査グループを設置したことを報じています。

(参考2)「人民日報」2008年9月17日付け記事
「国務院『9・13』特別重大交通事項調査グループを設置」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2008-09/17/content_103878.htm

 これらに加えて、昨日(9月16日)、リーマン・ブラザーズの破綻で世界同時株安を受けて中国の株価も大幅に下落しました。今日(9月17日)は、東京市場などが下げ止まって少し戻したのと対照的に、中国の株価は今日も下げ止まりませんでした。土石流やバス転落事故は、この時期に起こったことは単なる偶然に過ぎないし、ここ数日の株安の原因はアメリカにあるのであって中国のせいではないのですが、こういった事項を並べてみると、なんだか、オリンピックとパラリンピックの開催のために、我慢してきたいろいろなことがパラリンピックの閉幕を待つことができずに、いっぺんに吹き出してきた、というような印象を受けてしまいます。

 この文章を書いている間に、北京パラリンピックの閉会式は、何発もの花火とともに終了しました。9月も中旬を過ぎ、北京では、朝晩はかなり気温が下がり、明らかに秋風が吹いています。そういった秋の気配からも「終わったなぁ」という感じを強く受けてしまいます。

 今度は、9月25日に中国で3回目の有人宇宙飛行である「神舟7号」の打ち上げが予定されています。なんとなく「これでもか、これでもか」というふうに「国家的イベント」が続く感じです。こういったいろいろな「国家的イベント」は、それぞれ順調に行って欲しいと思いますが、それとは別に日常の世界でも世の中全体が落ち着けるような雰囲気になって欲しいと思います。

 日本は、今、福田総理が辞任を表明して次の総理が決まらない状態で、総選挙が近くあるかもしれない、という不安定な雰囲気ですし、アメリカも大統領選まであと1月半に迫っており、経済的な状況も「どうなるかわからない」という雰囲気です。そういった世界の雰囲気に惑わされないように、中国は落ち着いた安定的な発展を続けて欲しいものだと思います(現在のような世界の状況の中で、今、中国の「安定団結局面」が乱れるようになることは、世界にとってタイミング的に非常に良くないからです)。

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2008年9月16日 (火)

有害物質入り粉ミルクで乳児に腎臓結石

 日本でも報道されていますが、中国の河北省石家庄にある三鹿集団有限公司が製造した粉ミルクに有害物質のメラミンが含まれており、この粉ミルクを飲んだ多数の乳児が腎臓結石になり、一部は死亡した例も出ていることがこのほど明らかになりました。メラミンの化学的性質は私もよく知らないのですが、メラミンは食品に入れると分量が増えるが、タンパク質と同じ窒素有機化合物なので、タンパク質含有量検査ではタンパク質として判定されることがあり、過去にも食品の「水増し」に使われて問題になったことがあったそうです。メラミンを含んだ食品を食べると、体内で化学反応が起き、腎臓結石が生じることがあるのだそうです。昨年、メラミンが含まれているペットフードが中国からアメリカ等に輸出されて、多くの犬や猫が死ぬ事件がありました。

 今日(9月16日)付けの北京の新聞「新京報」の記事によると、昨日(9月15日)衛生部が発表したところによると、昨日午前8時の時点で、この会社の粉ミルクを飲んだことにより病院で検診を受けた乳児は1万人近くに上り、腎臓結石と診断された乳児は1,253名、そのうち53名は重症で、今までに2名が死亡している、とのことです。

(参考1)「新京報」2008年9月16日付け記事
「全国の診察により『三鹿による結石の赤ちゃん』は1,253名に上った」
http://www.thebeijingnews.com/news/guonei/2008/09-16/008@021544.htm

 今日の「新京報」の1面トップは、昨日の記者会見で頭を下げる三鹿有限公司の幹部の写真が載っていました。

(参考2)「新京報」2008年9月16日付け1面トップ写真の記事
「三鹿集団が消費者に対して謝罪」
http://www.thebeijingnews.com/news/guonei/2008/09-16/008@021535.htm

 こういった事件の記者会見で会社の幹部が深々と頭を下げて謝罪するのは、日本では見飽きるほど見ていますが、中国では、こういったふうに「日本式」に頭を下げて謝罪するというのは今までなかったことです(少なくともこうした写真は私は初めて見ました)。こういった「異例の謝罪」があったのも、この有害物質粉ミルク事件が中国社会に大きな衝撃を与え、社会的に大きな反響を呼んでいる証拠だと思います。

 さらに今日(9月16日)夜7時から中国中央電視台で放送されたニュース「新聞聯播」では、このメラミン入り粉ミルク事件に関する最新情報を伝えた際に、アナウンサーが「たった今入ってきた情報です」と言った後、国家品質監督検査検疫総局が行った全国調査の結果、ほかの多数の会社のメーカーの粉ミルクからもメラミンが検出された、として、製品名と企業名のリストを放送しました。メラミンが検出されたのは三鹿集団も含めて22社、とのことです。おそらくこのニュースが「突っ込み」で入ってきたために、通常は7時30分で終わる「新聞聯播」が、今日は7時35分まで延長して放送していました。

 中央電視台の「新聞聯播」は、放送後1時間くらいすると、その放送内容がネット上にアップされてネット上でも見られるようになっています。今日放送の分を見ると、今までのところの調査では109社の491品目について調査を行い、その結果、今回問題となった三鹿集団の製品も含めて、22社、69品目の製品からメラミンが検出された、とのことです。22社のリストは下記の中央電視台「新聞聯播」のページに載っています。

(参考3)中国中央電視台「新聞聯播」2008年9月16日放送分
「中国国家品質監督検査検疫総局、乳児用粉ミルクにメラミンが含まれているかどうかについての検査の現段階での検査結果を発表」
http://news.cctv.com/xwlb/20080916/107382.shtml

 これだけ多くのメーカーの粉ミルクに有毒物質メラミンが含まれていた、ということは、今後、中国の国内における食品安全に関する大問題に発展する可能性があります。輸出されたペットフードの事件や日本のメタミドホス(農薬)入りギョーザ事件の場合には、中国の人々の中には「また外国が中国の悪口を言っている」というふうに捉えた人も多かったと思いますが、今回の粉ミルク事件は自分たちの問題として、真剣に取り組む(取り組まざるを得ない)と思います。有害物質入り粉ミルクが販売され、乳児に犠牲者が出る事件は過去にもありましたので、今回の事件は、有害物質入り粉ミルクを製造したメーカーが批判されるのは当然として、その上に、それを防げなかった政府に対する批判も高まるのではないかと思います。

 たまたま9月16日は、アメリカの金融大手リーマン・ブラザーズの経営破綻で、世界同時株安現象がおき、中国でも上海総合指数が終値で2000ポイントの大台を割り込んだ(昨年(2007年)10月の最高値6000ポイントの3分の1以下になった)、という別の大きな経済ニュースもありました。この世界同時株安は、中国に原因があるわけではなく、中国も一種の「被害者」なのですが、それと有害物質入り粉ミルク事件が重なって起こったことは、タイミング的に中国にとっては不運なことだと思います。

 ちょうど明日、北京パラリンピックが終わり、北京はオリンピックから続いていた「お祭り」の期間が終わって、現実の世界へ引き戻されることになります。アメリカの金融危機も大きな問題であり、アメリカにしっかり対応して欲しいと思いますが、いろいろな問題が悪い方向に重ならないように、粉ミルク事件のように中国国内で対処できる問題については、中国の関係当局には適切に対応して欲しいと思います。

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2008年9月10日 (水)

鉱山の違法操業が原因で土石流:34名が死亡

 既に日本でも報道されていますが、9月8日、山西省臨汾市襄汾県で、大雨により土石流が発生して、大きな被害が出ました。9月9日の時点では34人の死亡が確認されています。この土石流について、9月9日、新華社は、初動調査によれば、この土石流は、違法に操業していた鉱山で蓄積していた鉱滓(こうさい)堆積場の土砂が大雨によって土石流となって一気に人々のいる地域に押し寄せたことが原因だった、と伝えています。

(参考1)「新華社」山西省ニュースのページ2008年9月9日11:30アップ記事
「山西省襄汾県土石流事故、違法な事業主による違法な生産が原因だったことが判明」
http://www.sx.xinhuanet.com/jrtt/2008-09/09/content_14353261.htm

 なお多くの人が行方不明になっている、とのことで、犠牲者の数は今後の捜索で多くなる可能性があります。9月9日夜7:00から放送された中国中央電視台のニュース「新聞聯播」の報道によれば、ダム状に作られていた幅120m、奥行き100m、高さ15mの鉱滓堆積場に大雨によって土砂が溜まり、それが一気に決壊して発生した土石流が下流にあった農場や民家を襲ったとのことです。現在、行方不明者の捜索が行われるとともに、鉱山主を始め関係者が当局に拘束されて、その責任追求のための調査が行われているとのことです。

(参考2)「中央電視台(CCTV)」ニュースのページ
「新聞聯播」2008年9月9日放送分
「山西省襄汾県の新塔鉱業有限公司の鉱滓堆積上の崩壊事故で34名が死亡」
http://news.cctv.com/xwlb/20080909/109385.shtml

※「視頻」のボタンを押すと通信状態がよければ動画が再生できます。

 山西省臨汾市と言えば、昨年6月、こども1000人以上を含む多くの人々を奴隷のように強制労働させていた悪徳レンガ工場の事件が発覚し、中国全土にショックを与えたところです。

(参考3)このブログの2007年6月15日付け記事
「山西省の悪徳レンガ工場での強制労働事件」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/06/post_54d1.html

 去年の悪徳レンガ工場事件は臨汾市の中の洪洞県、今回の土石流事件は臨汾市の中の襄汾県(中国の「県」は「市」より小さな行政単位)ですので、場所は別の場所ですし、これら2つの事件は全く関連性はありませんが、同じ山西省の臨汾市の中でこういった事件・事故が続くと、この地方では、工場や鉱山の違法な操業が広く行われているのではないか(別の言い方をすると、行政当局が取り締まっていないのではないか)と思いたくなってしまいます。去年の悪徳レンガ工場事件は、中央でもかなり問題にされたので、この地方でも工場などの違法操業の取り締まりは厳しくなっていたはずなのですが、今回、土石流の原因を作った鉱山のような違法操業は見逃されてきたようです。

 中国の炭坑では、事故で年間4,000人近くの労働者が亡くなっていますが、その多くは違法操業している炭坑で起きた事故によるものです。

 国家安全生産監督管理総局・国家炭坑安全観察局のホームページの「事故リスト」を見ると過去の炭坑や炭坑以外の労働災害事故の一覧を見ることができますが、その中にも違法なもの(中国語では「非法」などと表記します)が数多く出てきます。

(参考4)国家安全生産監督管理総局・国家炭坑安全観察局のホームページ
「事故検索」のページ
http://media.chinasafety.gov.cn:8090/iSystem/shigumain.jsp

 少しでも安く、少しでも多くの量を生産しよう、という方針の下、働く労働者に対する安全管理の部分で「手抜き」を行っている違法な工場や鉱山、炭坑が中国にはまだまだ多いのだと思われます。多くの場合、そういった違法行為を取り締まる側の地方政府と工場や鉱山、炭坑を経営する会社側とが結託していて、違法行為を見逃している、というケースが多いと言われています。

 中国の製品はコストが安い、そのために中国製品は国際マーケットでよく売れる、と言われますが、その背景には、こういった労働者に対する安全対策や環境汚染対策にコストを掛けないので安くできている(中国側に立った言い方をすれば、国際競争に勝ち残るためには、安全対策や環境対策に対するコストを削減せざるを得ない)という状況があります。中国が世界をリードする責任ある国になっていくためには、こういった労働者や地元住民の犠牲の上に立脚した「国際競争力の強さ」から脱却していかなければならないと思います。

 一方、日本などの先進国は「国際分業」の名の下に労働者に対するリスクが高かったり、環境負荷の大きかったりする分野からは手を引き、それらを中国等の諸国がやるようになってきている、という事情も考える必要があります。低価格だけが優先されるような経済構造は、低コストで労働者の安全リスクや環境負荷を引き受けてくれるところに負担を掛けることで成り立ってしまうことになります。もし、今後、中国が労働者の安全環境保護やにコストを掛けるようになったら、そういった分野は今度は中国以外の環境リスクや労働安全リスクを低コストで引き受けてくれる別の国で行われることになるのでしょう。

 中国国内における違法操業の問題は、まずは中国自身が自分で解決する必要がありますが、長期的には、弱い者にしわ寄せが行かないような形の経済構造を世界的に構築していく必要があると思います。

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2008年9月 7日 (日)

偶数・奇数ナンバー規制続行論争

 北京では、現在、パラリンピックが終わった後の9月20日まで、自動車のナンバープレートの末尾番号が偶数か奇数かで北京市内での通行を制限する規制が続行中です(始まったのは7月20日)。この交通規制は、オリンピックとパラリンピック期間中の北京市内の交通渋滞の緩和と大気汚染の緩和のために行われている措置です。オリンピック期間の後半(特に8月15日)以降、大気汚染の状況が格段に改善されていることと、実際に北京市内の交通渋滞がかなり改善されていることから、この偶数・奇数制限をパラリンピックが終了した後も長期的に継続してもよいのではないか、との意見が多くの北京市民から出されています。新聞紙上でも、交通渋滞と大気汚染の緩和に効果があったのだから制限を継続すべし、という意見と、オリンピック・パラリンピックという国家的イベントがあったから特別に実施された措置であって、これを継続することは、社会生活や経済活動に影響があるから反対だ、という意見と両方が出されています。

 北京市当局は、9月5日の記者会見で、パラリンピック終了後の交通規制のあり方については、まもなく発表するが、9月20日以降にも偶数・奇数制限を延長するかどうかは現時点では未定である、と発表しました。

(参考)「新京報」2008年9月6日付け記事
「オリンピック後の交通規制緩和については、まもなく発表」
~北京市交通委員会によれば、9月20日以降の偶数・奇数制限をどうするかは未確定~
http://www.thebeijingnews.com/news/beijing/2008/09-06/008@015534.htm

 当然ですが、これは自家用車を持っている人と持っていない人では、全く意見が異なります。自家用車を持っている人の中には、2か月間の限定だから、ということで、無理をして車を1台余計に借りて通勤している人もいます。会社などでは、余分な出費をして、業務用の車を調達しているところもあると思います。車を持っていない人は、交通渋滞もないし、大気汚染も改善したのだから、偶数・奇数制限は続けるべき、と主張しています。

 9月6日に発売された「経済観察報」では、中国では自家用車は高い買い物であり、その自家用車を1日おきにしか使えない、というのは、一種の財産権の侵害なのだから、これを継続するなどということはあり得ない、例えば家を買った人に「自分の家に泊まるのは1日おきに」などと言えるわけがないのと同じことだ、といった主張の投書が載っていました。「経済観察報」は、お金持ち層が買う新聞ですので、そういった主張の投書が載るのは、ある意味では当然のことだと思います。

 いろいろ論争をするのは結構なことですが、北京で経済活動をしている企業にとっては、9月20日まで、という期間限定という前提で対応してきた車の偶数・奇数制限が、もしかすると延長されるかもしれない、期限が切れる2週間前の9月5日の段階になっても、「その先どうなるか未定」としか発表されない、というのは困ったことだと思います。中国では、常に、こういった規則や規定が時間的余裕なく突然に決まったり変更したりすることが多いので、中国で経済活動を行う企業は、常にそうった「リスク」を頭に入れなければならないのです。これは一種の「チャイナ・リスク」のひとつであり、外国企業による中国投資にとってはマイナス要因のひとつなのですが、中国側はこういったことをあまり「マイナスだ」とは考えていないようです。本来ならば、9月20日まで、という期間限定の約束で始めた偶数・奇数規制は、ちゃんと9月20日に終了すべきなのが本来の姿だと思います。

 昨日、パラリンピックが始まったばかりで、少なくとも9月20日までは「スペシャル期間」が続きますが、それが終わった後、「オリンピック・パラリンピックのスペシャル期間」の最中にいろいろと我慢をしてきた人たちが活動を再開しますので、あちこちでいろんな意見が出てきそうです。ここのところ株価も不動産価格も低迷状態が続いているので、特に経済活動の中心を担っている「お金持ち層」の不満は結構溜まっていると思います。車の偶数・奇数制限をどうするかの判断も、そういった「お金持ち層」の不満と、「お金持ちでない層」の多くの市民の希望との間で、政府にとっては、ひとつの試金石的な判断になると思います。

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2008年9月 4日 (木)

経済学者・呉敬璉氏へのインタビュー記事

 2008年9月1日号(8月30日発売)の経済専門週刊紙「経済観察報」の「観察家」(オブザーバー)の欄では、経済学者の呉敬璉氏に対するインタビュー記事(前編)を掲載しています。

(参考1)「経済観察報」2008年9月2日アップ記事
「『呉市場』から『呉法治』へ(1)」
http://www.eeo.com.cn/observer/dajia/2008/09/02/112308.html

 呉敬璉氏は、現在の改革開放政策に基づく中国の経済政策の理論的指導者的存在です。1989年の事件の後、計画経済を主体とすべきとする主張と市場経済を導入すべきとする主張との間の論争があり、トウ小平氏が1992年に「南巡講話」を行って、市場経済を導入させて、経済活動を活発にすることによって、一部の者が先に豊かになって、経済全体を引っ張っていくべき、という現在の中国の経済政策路線を打ち出した時の理論的バックアップをしたのが呉敬璉氏でした。当時、呉敬璉氏が唱える社会主義の原則の下で市場経済を導入させようとする経済論は「呉市場」と呼ばれ一世を風靡(ふうび)しました。今回の「経済観察報」の記事は、呉敬璉氏本人に対するインタビューを通じて、「呉市場」が登場する経緯と今後の中国経済のあり方について意見を聞いたものです。

 呉敬璉氏が経済政策論争の経緯について語っていることについては、過去にも「経済観察報」は記事にしており、そのことについて私もこのブログに書いたことがありました。

(参考2)このブログの2007年12月8日付け記事
「『経済観察報』の論調」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/12/post_1622.html

 呉敬璉氏は経済学者ですから、話の内容は経済政策に特化しており、政治的な内容の発言はありません。しかし、「呉市場」が登場した背景には、1980年代からあった保守派(計画経済を主とすべしとの主張するグループ)と改革派(市場経済も積極的に導入すべきと主張するグループ)の論争から始まって、1989年の事件の後の論争がありますから、歴史的経緯を説明する際には、どうしても1989年の事件を避けて通るわけには行きません。このインタビュー記事では、私が中国で販売されている中国の新聞の中で見た記事の中では最も淡々とした表現で、1989年の事件について語っています。呉敬璉氏は、この事件を「1989年6月の政治風波」という言葉で表現し、その後に起こった経済路線に係わる論争について淡々と語っています。あくまで経済政策に特化した説明ですが、このインタビュー記事は、改革開放30年の歴史を客観的に冷静に分析する上で、客観的な情報を提供していると思います。

 呉敬璉氏は、1980年代、保守派と改革派の論争においても、過去の「反右派闘争」や「走資派(資本主義に走る派)批判」などの記憶があったため、当初は「市場経済」という言葉を使うこと自体はばかられた、と述懐しています。そのため、当初は「市場経済」という言葉ではなく「商品経済」という表現で語られていた、とのことです。

 呉敬璉氏は、経済学者の立場から、社会主義経済と市場経済とを融合させるためには、社会主義の部分、即ち、中央政府や地方政府が経済において規律ある役割を果たすことが重要であると主張しており、従って政治体制改革の問題が1990年代に「呉市場」がブームになった頃も現代も同じように重要であると主張しています。

 私は、この呉敬璉氏が主張する点は、改革開放経済の原点であり、まさにこれから改革開放政策が順調に進んでいくかどうかのカギを握っている点だと思います。改革開放政策30周年に関するイベントが行われるであろう、今年2008年末へ向けて、「経済観察報」が改革開放政策における経済政策の原点とも言える呉敬璉氏に対する長文のインタビュー記事を掲載したのは意義あることだと思います。

 なお、呉敬璉氏は、氏が経済理論を打ち立てる上で参考とした経済モデルには、次の4つがあると語っています。即ち、(1)スターリン期の計画経済モデル(改良型ソ連モデル=国家が強力なリーダーシップで経済を主導するタイプの社会主義経済モデル)、(2)市場社会主義モデル(東欧モデル=ハンガリーなどの東欧諸国が採用した計画経済を主体としつつミクロ部分(各企業の部分)には市場的要素を導入したモデル)、(3)日本に見られるような政府が主導した市場経済体制モデル(東アジア・モデル)、(4)自由市場経済体制(欧米モデル)の4つです。このうち「東アジア・モデル」は、通産省が主導した日本や企画計画院が主導した韓国が参考になっているとのことです。

 呉敬璉氏は、日本が「神武景気」(1955~1957年(昭和30~32年)の好景気:昭和31年度の経済白書が「もはや戦後ではない」と表現したことで有名)に沸いていた頃、中国でも日本の「神武景気」が戦後の民主主義改革を基礎として出現した高度経済成長であるとの認識がなされていた、と述べています。また、呉敬璉氏は、1956年の時点で社会主義においても市場原理に基づく価格調整を導入することを主張してた顧准氏が「『中国の神武景気』はいつかは必ず来る。しかしいつ来るのかはわからない。」と述べ、辛抱強くこの問題を検討するために「待機守時」(時を守って機会を待つ)という四文字を提唱していたことを指摘しています。

 市場経済は、自由な経済活動を通して、消費者が製品を選択し、それが次の時代の経済活動を進める原動力となる、という意味で、経済活動における民主主義である、と言えます。呉敬璉氏はあくまで経済学者であり、政治的な立場は表明していません。ただ、このインタビュー記事を通じて感じられることは、政治と経済が調和しながら社会を発展させていくためには、経済において市場原理を導入するのであれば、政治においても民主化を進めていくことが必要だという点です。

 現在の中国では語ること自体がほとんどタブー視されている1989年の事件について「1989年6月の政治風波」という表現で明確に触れ、あくまで経済政策的な観点からですが、冷静かつ客観的にその前後の動きを振り返り分析しているこのインタビュー記事は、改革開放30年の歴史を振り返る意味で非常に重要な意味を持つと私は思います。なぜなら、今後、中国が安定的に発展していくためには「1989年6月の政治風波」のような事態を再び起こしてはならないのであって、そのためには「1989年6月の政治風波」とは何であって、その原因が何であったのかを冷静かつ客観的に分析し、再び起きないようにするための方策を考える必要があるからです。

 少なくとも、こういった議論が中国の新聞紙上でなされ、そういった記事がインターネット上で見られるようになっている、ということは「大きな進歩」だとして、評価すべきだと私は思います。

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2008年9月 2日 (火)

華国鋒氏の葬儀に関する報道

 このブログの8月22日付け記事で、8月20日になくなった華国鋒氏が死去したニュースの報道の仕方が簡潔過ぎる(元中国共産党主席・元国務院総理であったことを明記せず「かつて党と国家の重要な指導的職務に就いていた」としか書かれていなかった)ことについて書きました。

(参考1)このブログの2008年8月22日付け記事
「華国鋒氏がオリンピックに沸く北京で死去」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/08/post_fa9c.html

 ところが、華国鋒氏の葬儀が8月31日に行われましたが、この葬儀には胡錦濤主席、江沢民前主席、ほか中国共産党政治局常務委員全員を含めた国家指導者が参列し、そのことは翌9月1日付けの「人民日報」の1面トップで伝えられました。

(参考2)「人民日報」2008年9月1日付け1面トップ記事
「華国鋒同志、北京において荼毘(だび)に付される」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2008-09/01/content_93899.htm

※この「人民日報」の記事では、胡錦濤主席と江沢民前主席の写真が同じ大きさで掲載されています。これはオリンピック開会式・閉会式の時の席順にも示されていたように、江沢民氏が公職を引退した後の現在でも大きな力を持っていることを示している、と日本での多くの報道が指摘しています。

 また、この日の「人民日報」4面では「華国鋒同志の生涯」と題して、革命運動における活躍から始まって「四人組」逮捕の際の詳細ないきさつ、周恩来総理死去の後、国務院総理になったこと、毛沢東主席死去の後「四人組」を追放した後で中国共産党主席になったことなど、経歴が事細かに紹介されています。

(参考3)「人民日報」2008年9月1日付け4面記事
「華国鋒同志の生涯」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2008-09/01/content_93903.htm

 これらの扱いは功績ある国家指導者としての第一級の扱いです。8月20日に死去した直後での報道のされ方扱いとはえらい違いです。(参考1)のブログで華国鋒氏が「文化大革命」の継続を主張していたたために1981年6月の段階で中国共産党主席の座から退いた、即ち、華国鋒氏は現在の改革開放路線とは異なる立場を取った人であるので、そのことにより、「人民日報」などでは華国鋒氏の経歴について詳細な報道がなされなかったのだ、という趣旨のことを書きました。ところが、葬儀の段階での報道を見ると、実はそうではなく、死去した時がたまたま北京オリンピックの最中であり、故人の業績を偲ぶというような雰囲気ではなかったことから、簡潔な報道しかしなかったのだ、という事情が伺えます。

 ただ、「オリンピックの最中なので重要な国家指導者の死去のニュースを簡潔に済ませた」というのは亡くなった方に対しては失礼な気もします。北京オリンピックはそれだけ中国にとって大事なイベントだったということなのでしょう。

 上記の人民日報の「華国鋒同志の生涯」の記事(もともとは新華社電です)は、「華国鋒同志は永遠に不滅です!」という文章で締めくくられています。これは毛沢東主席が亡くなった時に出された「全党・全軍・全国各民族人民に告ぐる書」の「毛沢東同志は永遠に不滅です」という締めくくりの表現と同じであり、最大級の賛辞です。これだけ最大級の賛辞を送るのだったら、いくらオリンピック期間中とは言え、亡くなった時の「人民日報」の報道でも、もう少し業績について記述してもよかったのになぁ、と思いました。

 もしかすると、亡くなった時の「人民日報」の報道の仕方があまりに簡潔に過ぎたため、党内の一部から「四人組の追放に功績があり、改革開放路線への道を開いた人に対して失礼だ」との声が挙がったため、お葬式の方の報道では大きな賛辞が送られたのかもしれません。華国鋒氏の業績の扱い方について、党内にいろいろな考え方の人が存在し、いろいろな論争があった、そのために死去した直後と葬儀の後では扱いがかなり異なる結果となった、と考えるのは「うがち過ぎ」でしょうか。

 華国鋒氏の葬儀の報道については、いつもは独自の記事で読者を楽しませてくれる「新京報」「京華時報」も新華社電の文章をそのまま掲載しており、華国鋒氏の業績については、独自の評価は敢えて書いていません。各新聞が自由な立場で華国鋒氏の業績について論じる、というのはやはりなかなか難しいのでしょうか。

 なお、華国鋒氏の葬儀が8月31日に行われたのは、8月24日まではオリンピックが開催中であり、8月25日~30日は胡錦濤主席が韓国やタジキスタン等への訪問のため北京にいなかったから、という事情があるためと思われます。その意味では、この葬儀のスケジューリングは、北京オリンピックや胡錦濤主席の外国訪問よりはプライオリティは低かったことを表しています。私はそれはそれで妥当なことだと思います。華国鋒氏は既に過去の人であり、その業績は評価すべきですが、華国鋒氏の死去により、現在行われている様々な政治日程を変更してまで葬儀等を行う必要はないと思うからです。

 いずれにしても、華国鋒氏の業績が無視されずに、きちんと評価されたことに、私は一種の安堵感を覚えています。現在の政権は過去の歴史を消し去るようなことはしないことを表しているからです。これからも、いいことも、悪いことも、過去の歴史は客観的に評価する視点を維持して欲しいと思います。

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