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2008年8月20日 (水)

劉翔選手の棄権ショック

 8月18日に行われた北京オリンピック陸上110mハードル予選で、中国のスーパースター劉翔選手が、スタジアムには出てきたものの、スタート直前(正確に言うとスタートして、それが他の選手のフライング・スタートだったとわかった直後)に棄権したことは、中国の人々に大きなショックを与えました。これについて、中国のネットの掲示板で、劉翔選手を非難する声、擁護する声、非難する者を批判する者など、いろいろな発言が沸騰していることは、日本でも報道されているので、御存じの方も多いと思います。

 劉翔選手は、古傷を持っており、ここのところその故障の状況が芳しくなく、特にレース2日前の16日の練習時に相当に悪化した、と伝えられています(劉翔選手が8日の開会式に参加しなかったことからも、状況があまりよくないのではないか、ということは、ある程度推測されていた)。ただ、全く走れないほどに悪いとは誰も思っていなかったので「棄権」という結果にみんなビックリしたのです。2日前に相当悪いことがわかったのだったら、その時点で状況を公表し、棄権の意思表示をすべきだった、との批判が多く見られます。苦労してチケットを入手して、当日スタジアムへ行った人は特にそう考えると思います。ただ、これだけ期待が高い中、言い出せる雰囲気ではなかったし、自分もどうしても出たいと思っていたので、もしかすると走れるかもしれないと考えて、最後の最後まで一縷の望みを掛けてスタートラインまでは行った、ということなのかもしれません。

 インターネットの掲示板の発言の中には、悪口雑言に近いものもあるなど相当に過熱していることもあり、当局側がこういった「ネット世論」を必死になだめようとしているように見えます。習近平国家副主席が慰問の電話を掛けたとか、中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」の中で「一日も早い回復を祈る」という論評を伝えるなど、一人のスポーツ選手の棄権に対しては「異例」ずくめの対応が続いています。

 今、「人民日報」のホームページにアクセスすると劉翔選手がユニフォームを顔にかぶせて涙をこらえている様子の写真を背景として「劉翔! あなたは依然として私たちの英雄です!」と書かれたポップアップが出てきます。その中に「あなたの一日も早い回復を祈ります」というクリック・ボタンがあり、8月20日未明の段階でクリック数は100万クリックに近い数に上っています。右の方には「劉翔選手に言いたい」という欄があります。その中を見ると「棄権は正しい判断だった」「それでも私はあなたを支持する」「早く復活して欲しい」といった励ましの発言が並んでいます。

(参考)「人民日報」ホームページのトップ
http://www.people.com.cn/

 日本の女子マラソンの場合も、二連覇を目指す野口みずき選手がレースの5日前に棄権することを発表し、土佐礼子選手も出場はしたものの25キロ付近で棄権するなど、ケガや故障による選手の棄権がありました。これに関しては、日本の掲示板でも、結構、選手に対する批判なども書かれているようです。書きたい放題のことが書かれるネットの掲示板では、そういう発言があっても仕方がないと思います。しかし、日本ではそういったネット上の選手批判の発言について新聞などで報道されることはありません。ましてや政府がそれに反応することはあり得ません。「ネット上での発言はそういうもんだ。」としか見られていないからです。

 劉翔選手に対するネットの中国の掲示板での発言は、私もいくつか中国語の発言そのものを見ました。劉翔選手を批判する発言もあり、擁護する発言もあるのは事実で、その意味では、日本の掲示板の発言とそれほど違いはないと思います。ただ、確かに日本における選手批判とはちょっとフェーズが違う「激しさ」があるのは事実だと私も感じました。期待の大きかった野口選手が出場できなくなったのは、日本でもかなりのショックでしたが、2週間前くらいから、「故障で海外トレーニングを早めに切り上げたようだ」といった情報が伝えられていたので、野口選手の出場断念を聞く前に日本の人たちは「心の準備」ができたいたのだと思います。それに対して劉翔選手は多数のコマーシャルに出演するなど期待の大きさが日本では考えられないほどだったことと、走れない程に故障の程度がひどい、といった情報は事前に全くなく、実際に当日もスタジアムに登場してから棄権したので、ショックが大きかったのだと思います。

 それにしても、そういったネット掲示板の劉翔選手の棄権に対するリアクションに対して行っている中国メディアの「沈静化努力」は、これまた「普通の国」の感覚からすると異様に感じます。ネットワーカーたちの発言の盛り上がりを怖れているように感じます。

 日本の報道では、最近、中国で何か起こると、ネットの掲示板でどういう発言が書かれているか、に注目し、それを報道することが多くなりました。日本国内の案件の報道では、特別な場合を除き、ネットの掲示板の中での発言などはあまり注目されません。中国において、ネット掲示板が注目される理由には二つあります。

(1) 新聞やテレビは一般市民の声を報じないし、メディアが一般市民にインタビューしても一般市民が当局に批判的な発言をするとは思えないが、ネットの掲示板には「本音」が書かれることが多いので、ネット掲示板を見ることが中国の一般市民の声を聞くほとんど唯一の手段であるため。

(2) 当局にとって不都合な発言は削除されるので、どういった発言が削除されるのかを監視することにより、今、当局が何を「不都合だ」と感じているのがわかるため。

 (1)の点は、中国政府も同じように考えていると思います。「普通の国」だと、テレビや新聞、雑誌などのメディアを通して「世論」が形成されるのですが、中国ではメディアは一般市民の声を反映しないので、正常な形での「世論形成」ができないのです。中国政府もネット掲示板の動向を注目している、ということは、別の見方をすれば、中国政府は、一般市民が考えている「世論」を吸い上げて政策に反映させる、という「触覚」を持っていないことを意味します。自由なメディアや民主的な選挙制度といった政策に対するフィード・バック・システムを持っている国では、政府がネット掲示板の盛り上がりを気にする必要はないのです。

 北京オリンピックは、いろいろな面で、中国の実情を世界に知らしめるよい機会になりましたが、今回の「劉翔選手の棄権ショック」も、中国の一面を世界中に知らせるきっかけになったと思います。

 なお、劉翔選手をコマーシャルで使っていたスポーツ用品メーカーのナイキ社は、8月18日付け「新京報」の最終面1面を借り切って広告を出しています。右側から光が当たった劉翔選手を真正面から撮した顔写真を大きく掲げいます。そこには次のように書かれています。

「私たちは、栄光を愛し、そして挫折を愛する。」
「あなたの心を傷つけてしまったスポーツを、それでも私たちは愛する。」

多額の広告料を支払って劉翔選手をコマーシャルに使い続けたナイキ社に対する批判もいろいろあると思います。こういう広告を即座に出したことを見て、ナイキ社は劉翔選手の故障をある程度事前に知っていたのではないか、との疑念を持つ人もいるかもしれません。しかし、私は、ナイキ社は、さすがにスポーツの本質をよくわかっていると思って、感激しました。スポーツを国家の栄誉のためとか政治的な団結とかに利用しようと考えている全ての勢力は考え直して欲しい、と改めて思いました。

 劉翔選手が今回の状況を乗り越えることをお祈り致します。

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