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2008年8月 1日 (金)

BBC中国語版サイトへのアクセス規制解除

 今日(2008年8月1日:オリンピック開幕まであと7日)の北京は、天気は曇りでしたが、朝から空気がスッキリして、遠くのビルまでハッキリと見えました。昨日の夕方から夜に掛けて、かなり強い雨が降ったので、汚染が洗い流されたようです。このスッキリした空気は夕方まで続き、時々雲間から差してくる太陽の日差しには「ここは北京か」と思わせるほどの輝きがありました。この状態を維持することができれば、大気汚染に関しては、オリンピックは全く問題なく運営できると思います。問題は、明日以降、汚染が戻ってくるかどうかです。今日(8月1日)の北京の大気汚染指数は27の「優」でした。昨年(2007年)は大気汚染指数が30以下の日は8日しかなかったのですから、この状態がもし続くようだとすると、それは素晴らしいことです。交通規制などの対策が功を奏したということになると思います。

 さて、昨日(7月31日)夜、イギリスBBCのホームページを見ていて、今まではアクセス制限によって見ることができなかった中国語版のサイトが見られるようになっていることに気が付きました。

(参考1)BBCホームページ中国語サイト(簡体字版)
http://news.bbc.co.uk/chinese/simp/hi/default.stm

 多くの方が御存じのように、中国大陸部(注)では、中国にとって「好ましくない」と思われるサイトへのアクセス規制を行っています。俗に「金盾」とか「防火長城」とか「グレイト・ファイアーウォール・オブ・チャイナ」とか言われるシステムです(最後のものは「万里の長城」を英語で「グレイト・ウォール・オブ・チャイナ」ということに引っかけた一種の「シャレ言葉」です)。このインターネット規制システムにより、中国大陸部からは、イギリスBBCのサイトは、長い間、トップページは開けるけれども、項目をクリックしても中の記事は読めない状態が続いていました。ところが、今年(2008年)3月中旬、チベット騒乱に関する中国にとってあまり「好ましくない」報道が続いていたにもかかわらず、BBCのサイトはトップページだけでなく、個々の記事も読めるようになりました。しかし、BBCのページにある中国語のサイトへはその後もアクセスできない状態が続いていました。

(注)1997年7月に中国に返還された香港は、今でも、この「ファイアーウォール」の外側にあり、香港では日本と同じように、好きなところへアクセスすることが可能です。今年4月、私は1日のうちに広東省深セン-香港-北京と移動したことがあるのですが、その際に実際にネットにアクセスして確認しました。その経験によると、香港では日本と同じように自由にアクセスできるのですが、数キロしか離れていない深セン市では、北京と全く同じような規制が掛かっていました。深セン市と香港との間に、この「ファイアーウォール」が設置されているのは明らかでした。

 ところが昨晩BBCページの中国語サイトへアクセスしたら内容を見ることができたのです。このアクセス規制解除はごく最近に行われたもののようです。このページには「網上互動」という名前の掲示板があるのですが、この掲示板にもアクセスできます。掲示板の発言者が自分で書いているところによれば、発言者のいる場所はイギリス、大陸、香港、台湾など様々です。大陸と台湾の人が中国語で同じ掲示板に書き込みができる、というのは、これは非常に画期的なことです。

 また、中国語ウィキペディアも長らくアクセスできませんでしたが、今、確認したら、北京から中国語ウィキペディアへもアクセスできます(今見た中国語ウィキペディアの記述を見ると、今日(8月1日)、中国語ウィキペディアへのアクセス規制が解除になったようです)。日本にいた頃に見たことのある中国語ウィキペディアの記述に、次のようなものがありました。「このウィキペディアは、多くのネットワーカーからの書き込み・編集により知識が蓄積されていく。世界の多くの言語の人々がこうして知識を高め合っているのに、中国語ウィキペディアに関してだけは、大陸からのアクセス制限により、台湾等大陸外からの書き込み・編集しかできず、大陸側からの見方が書き込まれないので、中立な立場での知識の集積ができない。中国語を用いる全ての人々の英知を結集できないことは非常に残念である」。私もこの記述を書いた人に大きな共感を覚えました。

 今回、オリンピックを機会にして、こうしたアクセス規制の解除が広がったことにより、インターネットの世界での情報交流が進み、中国大陸の中の人が外の情報を知ることができると同時に、大陸の外の人が大陸の人の声をネットを通じて知ることができるようになるのは素晴らしいことだと思います。

 なお、日本語ウィキペディアについては、アクセス規制が掛かったり解除されたりしています。理由は不明です。昨年(2007年)4月、私が北京に来たときには日本語ウィキペディアにはアクセスできませんでした。しかし、昨年6月中旬~9月中旬の約3か月間、このアクセス規制は解除されました。ところが昨年9月中旬にまたアクセス規制が掛かりました。その後、今年(2008年)4月上旬、再びアクセス規制が解除され、記事が見られるようになって今に至っています。ただし、日本語ウィキペディアでも中国にとって非常にセンシティブな単語については、その単語の記事についてだけアクセスできません(アクセスしようとすると、ウィキペディア自体へのアクセスが制限されてしまい、数分間、ウィキペディアの全てのページを見ることができなくなります。数分経つと、センシティブではない単語については、見ることができるようになります)。

 北京の中心部にある有名な毛沢東主席の肖像が架かっている門の前の広場で起こった事件には、1976年に起こった事件と1989年に起こった事件の2つがありますが、1976年の事件についてはアクセスできるのに、1989年に起こった事件についてはアクセスできない、という状況が現在でも続いています。

 アクセス規制が解除された中国語ウィキペディアでも、そういったセンシティブな単語については、アクセスが規制され見ることができないようです。

 なお、現在、中国国民党のウェブサイトは、台湾にありますが、これだけ中国共産党と中国国民党との融和ムードが高まっている現在でも、北京からはアクセスできません。

(参考2)中国国民党のホームページ
http://www.kmt.org.tw/

 一部のウェブサイトに対するアクセス制限は残っているとは言え、ウィキペディアや大陸の外にサーバーを置いてある掲示板系へのアクセスが解禁になったことは画期的です。そういった大陸の外にあるサーバーを通じて、大陸の人々が大陸の外の人々と「議論」ができるようになったからです。中国国内にあるサーバーにある掲示板では、一定の枠を超えた意見(端的に言えば中国共産党に対する批判的な意見)は管理人によって削除されてしまうので、一定の枠を超えた議論はできません。中国では「中国共産党による指導」が憲法で規定されており、その憲法に違反するような言論は「法律違反」となってしまうからです。大陸の外にサーバーを置く掲示板を使えば「枠を超えた議論」ができてしまうわけなので、これは結構影響が大きいのではないかと思います。

 なおCRI(中国国際ラジオ局)のホームページによれば、昨日(7月31日)、北京オリンピック組織委員会の孫偉徳氏は、外国メディアによるインターネット利用の便宜を図る、とした説明の中で「わずかだがアクセスできないサイトがある。それはそのサイトが中国の法律に違反しているからだ。各国のメディアは中国の法律を尊重することを願う。」と語ったとこのとです。

(参考3)中国国際ラジオ局(日本語版)2008年7月31日記事
「北京五輪、海外メディアのネット利用に便宜」
http://jp1.chinabroadcast.cn/151/2008/07/31/1s123112.htm

 これは、中国がインターネットのアクセス規制を行っていることを公式に認めた発言として注目されます。

 このように世界が注目し、世界のメディアが集まるオリンピックにおいては、中国としても「ハッキリさせるべきところはハッキリ言わなければ通らない」状況になっているからだと思います。私は、ハッキリいうべきことはハッキリ言って、例えばインターネットのアクセス規制をやっているのはきちんとした理由があるのだ、と説明して、むしろ中国の状況を世界の人々に知ってもらうことも重要だと思います。この北京オリンピックの開催を通じて、中国が、世界の人々と共通の基盤に立たなければ世界に中国のことを理解してもらえないのだ、ということを痛感し、世界の共感を得られるような行動に出るのだとしたら、それだけでもう北京オリンピックは成功したと言えると思います。

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