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2008年8月25日 (月)

「祭り」が終わった

 先ほどまで、北京オリンピックの閉会式をやっていました。歌や演出がてんこ盛りで、もうちょっと簡潔な方がよかったかな、聖火が消えたところで終わりでもよかったかな、などと思いましたが、まぁ、いいでしょう。中国の人々は、この余韻に少しでも長く浸っていたい気持ちなのだと思います。閉会式が終わった直後に打ち上げられた天安門前広場の花火の音が私が住んでいるところまで聞こえてきていましたが、20分間くらい立て続けに大きな音が続いていました。花火は開会式の時よりも盛大だったように思います。

 閉会式の途中で、次の2012年のオリンピック開催地ロンドンを紹介するアトラクションがありました。サッカーのベッカム選手も出てきましたが、レッド・ツェッペリンのギタリスト、ジミー・ペイジ氏が出てきてギンギンのロックを披露していたのが私には印象に残りました。テレビのアナウンサーはジミー・ペイジ氏は64歳とか言っていましたが、やっぱ、こりゃ北京とは世界が違うわ、と思いました。

 今回も胡錦濤主席と呉邦国全人代常務委員会委員長(中国共産党政治局常務委員ナンバー2)との間に江沢民前国家主席が座っていました。こういった国家的な行事でのこの序列はいつまで続くのでしょうか。

 国際オリンピック委員会(IOC)のロゲ会長は、挨拶で「この大会で世界の人々が中国を知った。そして中国の人々もまた世界を知った。」と述べました。感じることは、みな同じだと思いました。

 開会式の時もそうでしたが、閉会式が始まる5分前、IOCのロゲ会長や胡錦濤主席、江沢民氏、中国共産党政治局常務委員のメンバーが入場する時、こういった国家指導者が入場する時にいつも流される曲に乗って観衆が手拍子してこれらの国家指導者たちが入ってきたのですが、テレビの画面を見た感じでは、手拍子していた観客は4分の1よりも少なかったもと思います。こういった国家指導者が並ぶひな壇の前でジミー・ペイジ氏のギンギンのロック・ギターが披露されたわけですが、はっきり言ってかなりのミス・マッチを感じました。このギャップが埋まる日はいつ来るのでしょうか。

 天安門前広場の花火もどうやらようやく終わったようです。まだパラリンピックがありますが、いずれにせよ、これでひとつの「区切り」です。これは単なるイベントの終わりではなく、中国にとってもひとつの大きな「区切り」になるのでしょうか。

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