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2008年8月

2008年8月31日 (日)

「素晴らしい青空が残った」ならいいなぁ

 昨日(8月30日)、東京から北京に戻りました。北京空港は、パラリンピック選手団の入国ラッシュで、各国の選手団でごった返していました。北京の街中でも、車イスに乗った外国人を見掛けます。パラリンピック選手村も昨日開村したそうです。

(参考)「新京報」2008年8月31日付け記事
「パラリンピック村、開村」
http://www.thebeijingnews.com/news/olympic/2008/08-31/011@072719.htm

 今日(8月31日)の北京は、抜けるような素晴らしい青空です。オリンピック閉会式翌日の8月25日は、午前中から大気汚染が戻ってきた感じで、「オリンピックが終わったらやっぱり元に戻るのか」とがっかりしたのですが、先週は後半に雨が降ったこともあり、「北京秋天」の名の通り、素晴らしい青空が戻ってきました。閉会式翌日の汚染は、私は、雨を降らせないように打ち込んだ「消雨ロケット」でばらまいたヨウ化銀が大気中を漂って汚染状態を引き起こしたのではないかと疑っています(開会式の翌日も大気汚染の状態は悪かったですから)。私は個人的には、自然をコントロールしようとする中国の考え方には、あんまり賛成しません。

 オリンピックは終わったけれども、今度はパラリンピックが始まるので、まだ「お祭り気分」は続いているようです。街のボランティア・ステーションも活動を続けています。ボランティアは、今までと同じように青いユニフォームを着ているのですが、よく見ると、オリンピックとパラリンピックではユニフォームのデザインがちょっと違います。オリンピックのボランティアが着ているユニフォームは、青を基調にして、肩のところにちょっと黄色と赤が入ったデザインなのでしたが、パラリンピックのボランティアのユニフォームは基調となっている青のほかは黄色や赤のアクセントが入っていません。染め抜きになっているマークも当然違っています。よく見ると街に掲げられている看板もオリンピック用のものからパラリンピック用のものに取り替えられています。パラリンピックが終わるまでは、北京の街は「特別イベント・モード」が続きそうです。

 ただ、パラリンピックの場合は、「国の威信を掛けてメダルを取る」といった「ギスギスした感じ」がないことと、まさかパラリンピックを狙ったテロなどは起きないだろう、といった安心感があることで、多くの人がリラックスして、やさしい気持ちで臨むことができるのではないかと思っています。

 今日の北京の青空は、北京市民に「オリンピックとパラリンピックで、やはり何かが変わったのだ」という実感を与えたと思います。逆に、パラリンピックが終わった後に大気汚染が戻ってきたら、「やればできるのだから、青空を返せ」と思うようになると思います。

 今のところ、オリンピックをきっかけにかなりオープンになったインターネット規制はオリンピック期間中の状態を維持し続けています(一時アクセス可能になったBBCホームページ中国語版の中にある掲示板は、オリンピック期間中にアクセス禁止になり、禁止の状態が今でも続いていますが)。そういったこともあり、現在の時点では、「オリンピック前とは変わった」という雰囲気は続いています。パラリンピックが終わっても、この状態が続いて、「オリンピックとパラリンピックは、北京に青空を残した」というふうになればいいなぁ、と思っています。

 なお、昨日(8月30日)の成田-北京便の飛行機もかなり空席が多く、乗客の占有率は5割~6割程度でした。日本側の不景気のせいなのか、中国国内の経済活動が不活発になっているからなのか、燃料費の高騰で観光客が減ったからなのか、原因はよくわかりません。「青空を残すこと」と「経済活動を依然と同じように活発なまま維持すること」を同時に達成するのは難しい課題です。「オリンピック、パラリンピック後の中国」を見るためには、まだしばらく状況を見守る必要がありそうです。

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2008年8月28日 (木)

日中航空便の空席状況

 北京オリンピック閉会式のあった翌日(8月25日)、私は北京から関西空港経由で羽田まで移動しました。北京・成田便が満席で予約が取れなかったからです。北京空港からは、オリンピック関係者や報道陣などが大量に帰国したと思われますので、それも私が予約を取れなかったのも無理からぬことだと思いました(日本の選手団は、8月25日、別途チャーター便で北京空港から羽田は帰ったそうです)。

 ところが、北京発関西空港行きの私が乗った便は、予想に反してガラガラでした。私は当初通路側の席だったのですが、窓際の席に誰も来なかったので、窓際の席に座りました。客室乗務員は「今日は半分もお客さんが入らないので、窓際に座っていただいても結構です」と言っていましたが、見た感じ、半分どころか2割程度しか乗っていない感じでした。

 関西空港便が人気がないからなのか、多くの観光客やビジネスマンがオリンピック閉会式の翌日は混雑するだろうと避けたために逆にお客が少なかったからなのか、理由はよくわかりません。オリンピックとパラリンピックが行われる期間中、北京では国際会議の開催が禁止されています。通常なら初秋の北京は1年のうちで一番気候がよい季節なので、いろんな国際会議が開かれるのですが、今年はそういう国際会議がなくて、北京を出入りするお客が少ないことが、ガラガラの理由かもしれません。燃料サーチャージが高くなっているのも大きな原因のひとつだと思います。「とにもかくにもオリンピックの成功が最優先」という政策を取ったために、オリンピックは大成功でしたが、オリンピック以外の活動はほとんど停止状態だった、というのが、2008年8月の北京の状況だと思います。

 日中間の航空便でお客が少ないのは、中国を巡る経済活動が全体的に停滞しているからかもしれません。しかし、それが単にオリンピック・パラリンピック期間中だからビジネス上の出張も控えているためなのか、不況により経済活動全体が低迷しているからなのか、はよくわかりません。オリンピックとパラリンピックで、様々な規制が掛けられていますので、本来の経済の姿が目に見えるようになるのは、やはりパラリンピックが終わってからになるのでしょう。

 現在、世界経済全体が変調を来していますので、ここで中国経済が大きく動くことは、世界全体にとってマイナスです。中国経済には、今後とも、安定的な成長が続き、安定成長の中で格差が是正されるような方向での経済運営が図られることを望みたいと思います。

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2008年8月26日 (火)

北京オリンピックが終わった翌日

 昨日(北京オリンピックが終わった翌日の8月25日(月))、北京から関西空港経由で東京に来ました。本来ならば、北京発・成田行の便に乗りたかったのですが、満席で予約が取れなかったので、関西空港で国内線に乗り換えて羽田に着きました。

 閉会式翌日、ということで、北京空港第三ターミナルは、オリンピック関係者(選手、役員)や報道陣などの帰国ラッシュでした。国際線ターミナルには、まだ青い北京オリンピックのボランティアの制服を着た人たちがたくさんいて、いろいろ案内などをしていました。ターミナルには、ほんとにいろんな国々の人がいて、体つきやユニフォームから明らかに出場した選手たちだとわかるような人たちもいました(顔を覚えているような有名な選手には出会いませんでしたが)。私はオリンピックの試合会場へは行きませんでしたが、いろんな肌の色の、いろんな言葉を話す人たちがいっぱいる空港で、オリンピックの雰囲気を味合うことができました。

 空港では、各国の人たちが、ボランティアの人などと「お世話になりました。じゃ、ここで記念撮影しましょう。」と記念撮影する姿があちこちで見られました。外国の選手・役員の人たちはおみやげ物のオリンピックのマークの入ったシャツなどを着ている人たちもたくさんいましたが、なんとなく、このオリンピックという「機会」と別れがたく、思い出に残すために記念品を買っていきたい、と思う気持ちはよくわかるような気がしました。

 オリンピックとは、肌の色も、話す言葉も全く違うんだけれども、みんなが同じように「国旗」と「自国民の期待」という誇りとプレッシャーを背負って奮闘し、勝つ人もあり負ける人もあり、だけど「挑戦している」こと自体は共通で、勝ったとき、負けたときに感じる感情が共通だ、ということを観客も含めて、全て参加者が同じ感覚で共有できる場所なんだと思いました。「全然別の国の人と同じ気持ちになれた」ことがものすごく嬉しくて、そしてその嬉しさを相手の国の人も同じように感じていて、だからそれがものすごく大事なことのような気がして、一緒に記念撮影したり、そうした思いを抱いたことを忘れないようにするために記念品を買いたくなったりするのだと思います。

 商業主義だとか、スポーツに「国の威信を掛ける」なんておかしい、などという批判がいろいろある中で、世界各国の人が異口同音に「やっぱり、4年後にはまた集まりましょう。」と言い合うのは、「全然別の国の、言葉もわからない国の人と、同じ気持ちになれた」ということがすごく嬉しくて、貴重に思えて、4年後にまた同じ経験がしたいからだと思います。

 中国の国家指導者の方々がどう考えているか知りませんが、今回の北京オリンピックで、多くの中国の人たちが「他の国の人と同じ気持ちになれた嬉しさ」を初めて経験したと思います。これは北京オリンピックが残した大きな財産です。

 昨日、北京から東京に来るまでに乗った飛行機の中で、私は何回も Mr. Children の「GIFT」を聞いていました。まだ、中国では、中国が勝つことにこだわる傾向があり、勝てなかった選手に対する風当たりは強いのですが、北京オリンピックは「勝ち負けじゃない価値観」という大きな「GIFT」を中国に残したと思います。この「勝ち負けじゃない価値観」は、「金儲けだけじゃないという価値観」につながるので、今の中国にとっては非常に大事なことだと思います。

 トウ小平氏の「白い猫でも黒い猫でもネズミを捕る猫はよい猫だ」という「白猫・黒猫論」は、「社会主義の理想を追求する政策でも、資本主義的傾向のある政策でも、人民の生活を向上させる政策がよい政策なのだ」という意味であり、政治理念としては、非常に正しいものだと私は思います。しかし、現在の中国では、それを少し敷衍(ふえん)しすぎて「環境汚染や腐敗行為など、少しぐらい倫理的に疑問のある行為に目をつぶったとしても、経済が発展し、みんなでお金儲けができるのならば、それがよい政策なのだ」といった誤った認識が中国の国のあり方を狂わせていると私は思っています。ですから、私は「金儲けだけじゃないという価値観」は、今の中国にとってとても大切なものだと思っているのです。今回の北京オリンピックが中国に残した「勝ち負けじゃない価値観」という大きな財産が、しっかりと中国の中に根付いて欲しいなぁ、と願っています。

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2008年8月25日 (月)

「祭り」が終わった

 先ほどまで、北京オリンピックの閉会式をやっていました。歌や演出がてんこ盛りで、もうちょっと簡潔な方がよかったかな、聖火が消えたところで終わりでもよかったかな、などと思いましたが、まぁ、いいでしょう。中国の人々は、この余韻に少しでも長く浸っていたい気持ちなのだと思います。閉会式が終わった直後に打ち上げられた天安門前広場の花火の音が私が住んでいるところまで聞こえてきていましたが、20分間くらい立て続けに大きな音が続いていました。花火は開会式の時よりも盛大だったように思います。

 閉会式の途中で、次の2012年のオリンピック開催地ロンドンを紹介するアトラクションがありました。サッカーのベッカム選手も出てきましたが、レッド・ツェッペリンのギタリスト、ジミー・ペイジ氏が出てきてギンギンのロックを披露していたのが私には印象に残りました。テレビのアナウンサーはジミー・ペイジ氏は64歳とか言っていましたが、やっぱ、こりゃ北京とは世界が違うわ、と思いました。

 今回も胡錦濤主席と呉邦国全人代常務委員会委員長(中国共産党政治局常務委員ナンバー2)との間に江沢民前国家主席が座っていました。こういった国家的な行事でのこの序列はいつまで続くのでしょうか。

 国際オリンピック委員会(IOC)のロゲ会長は、挨拶で「この大会で世界の人々が中国を知った。そして中国の人々もまた世界を知った。」と述べました。感じることは、みな同じだと思いました。

 開会式の時もそうでしたが、閉会式が始まる5分前、IOCのロゲ会長や胡錦濤主席、江沢民氏、中国共産党政治局常務委員のメンバーが入場する時、こういった国家指導者が入場する時にいつも流される曲に乗って観衆が手拍子してこれらの国家指導者たちが入ってきたのですが、テレビの画面を見た感じでは、手拍子していた観客は4分の1よりも少なかったもと思います。こういった国家指導者が並ぶひな壇の前でジミー・ペイジ氏のギンギンのロック・ギターが披露されたわけですが、はっきり言ってかなりのミス・マッチを感じました。このギャップが埋まる日はいつ来るのでしょうか。

 天安門前広場の花火もどうやらようやく終わったようです。まだパラリンピックがありますが、いずれにせよ、これでひとつの「区切り」です。これは単なるイベントの終わりではなく、中国にとってもひとつの大きな「区切り」になるのでしょうか。

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2008年8月24日 (日)

北京オリンピックが教えてくれたもの

 あと3時間半もすると北京オリンピックの閉会式が始まります。大気汚染やテロなど心配な事項もあったのですが、問題なく無事にオリンピックは終了しそうです。競技そのものや競技と関係ないところで、今回の北京オリンピックは、いろいろなことを教えてくれたように思います。最終日の今日の時点で「北京オリンピックが教えてくれたもの」を思いつくまま、順不同で書いてみたいと思います。

○北京の大気汚染はコントロール可能だ、ということ。逆にいうと、やはり北京の視界の悪さ(太陽が白く見えることなど)は人為的な行為が原因であること。

 開会式の前までは、かなり蒸し暑く、湿度も高くて、大気汚染指数も100に近い日が続いたのですが、開会式の後、大気汚染指数はだんだんと下がり、数日おきに雨が降ったことも幸いして、後半(特に8月15日以降)は、北京の大気汚染はほとんど問題のないレベルにまで好転しました。心配された男女のマラソンも大気汚染は全く気になりませんでした。やはり市内を通行する自動車のナンバープレートの偶数・奇数による制限と周辺の工場の排出制限が効いたようです。もう1週間くらい規制の開始を早めれば、開会式当日から青空が見えていたかもしれません。

 別の言い方をすれば、日頃、北京で、空が晴れていても、青空にならず、空が白くなって、太陽が丸く白く肉眼で凝視できるような状態になっているのは、やはり人為的な汚染物質の排出による大気汚染が原因であったことが逆に証明されたと言えます。

 今日(8月24日)付けの「新京報」によると、自動車の奇数・偶数規制が大気汚染の改善に効果があり、渋滞の緩和にも繋がったことから、現在の規制の期限であるパラリンピック終了後の9月20日の以降も自動車の運用規制は継続すべきではないか、との議論が出ているとのことです。

(参考)「新京報」2008年8月24日付け記事
「奇数・偶数規制の長期的実行については、まだ結論が出ず」
http://www.thebeijingnews.com/news/olympic/2008/08-24/008@032613.htm

 しかし、多くの北京市民は2か月間という限定付きであり、オリンピック・パラリンピックの開催という国家的イベントだからこそ我慢したのであり、これを長期的に続けることには賛成しないでしょう。そもそも多くの企業が経済的負担を我慢してこの奇数・偶数規制に協力しているのですから、これを長期的に続けることには無理があると思います。

○インターネット規制は、やはり当局が意図的に行っているものであり、当局のさじ加減で、いかようにもなるということ。

 7月最終週以降のインターネット規制の大幅緩和にはびっくりしました。BBCホームページの中国語版は、規制解除するだろうとは思っていたのですが、ウィキペディアの中国語版や中国国民党のホームページまで見られるようになったのには驚きました(ただし、BBCホームページ中国語版の特定の話題に関する掲示板の部分や中国国民党ホームページの一部の項目については、現在でもアクセスできないように規制が掛けられたままです)。いずれにせよ、当局側がインターネット規制を行っていることを公式に認めたことと、当局のさじ加減により、この規制がいかようにも厳しくも緩くもできる、ということが世界中に知れ渡っただけでも、北京オリンピック開催の意義はあった、と私は思っています。

 この後、また規制が強化されるかもしれませんが、少なくとも、中国の人々の多くは、今まで自分たちが見られなかった中国語のページが世界にはたくさん存在していたのだ、ということをこのオリンピック期間中知ることができたと思います。

○「中国のニセモノはケシカラン」といつも言っている外国人が喜んで「ニセモノ市場」で買い物をしていたこと。

 北京でも「ニセモノ市場」として有名な「秀水街」はオリンピック期間中たくさんの外国人客が入り、相当儲かったそうです。「秀水街」は、もともとは露天の衣類・雑貨商が並んでいた街で、あまりに有名ブランド品のニセモノ類の販売が多かったことから、当局が露天商を追い出して、大きなビルを建てたところです。ビルが建った後、追い出された露天商が今度はビルのテナントとして戻ってきて、相変わらずニセモノの販売が行われるようになりました。当局ももともと「ニセモノ販売をなくそう」などとは当初から考えていなかったのではないかと思います。

 ということで、「秀水街」は今でも「ニセモノ市場」として有名で、北京の観光スポットのひとつになっています。時々「ニセモノ販売テナント追放」の取り締まりがあるのですが、取り締まりが行われた後で行ってみると、取り締まりの前にニセモノを販売していたテナントが同じようにニセモノを売っており、「当局はいったい何を取り締まったのだろう」と思わせる不思議な場所です。

 ニセ・ブランド品や海賊版DVDなどは海外から厳しく批判されているのですが、買っている客の多くは外国人観光客です。今回オリンピックのために北京に来た外国人も多くここを訪れているようです。報道によれば、ブッシュ元大統領(父親の方)もここを訪れたとのことです。これだけ外国人のお客が多く集まってきて儲かるのだったら、ニセモノ作りはやめられないよなぁ、と思いました(なお「秀水街」は、ニセモノ市場として有名ですが、絹製品や工芸品など、普通の中国のおみやげ物もたくさん売っているところですので、誤解なきように)。

○メダルを獲得する国々が広く拡散したこと。

 今回、インドやモンゴルなど初めて金メダルを取った国が多く出ました(今までインドがオリンピックで金メダルを取ったことがなかった、ということ自体驚きでしたが)。陸上短距離でのジャマイカ勢の活躍は度肝を抜かれましたし、陸上長距離でのアフリカ勢の活躍も目に付きました。以前は、多くの発展途上国は経済的にスポーツをやる余裕がなく、優秀なスポーツ選手はアメリカに移住して、アメリカにメダルをもたらしていたのが、最近では各国とも自国内でスポーツ選手の育成を図るようになり、そのために多くに国々にメダルが拡散した(その分、アメリカのメダル数が伸びなかった)と言われています。発展途上国では、オリンピックでメダルを取ることは、それぞれの国民の励みになりますので、これはよい傾向だと思います。

○日本人が日本以外のメダルに貢献していることを知ったこと。

 井村雅代コーチの指導により日本を押さえて銅メダルを獲得したシンクロナイズド・スイミング中国チームや、高校・実業団と日本でトレーニングして男子マラソンでケニアに初の金メダルをもたらしたワンジル選手など、日本人が他国のメダル獲得に貢献した例がこのオリンピックでは目立ちました。他国でスポーツのコーチをしたり、若い外国人が日本でトレーニングしたりすることは今までも多くあったと思いますが、今回の北京オリンピックは、そういう形で果たしている日本の役割を再認識させてくれました。日本人がメダルを取ることも大事なのでしょうが、他の国のスポーツの向上に貢献するという面で日本が役割を果たすのも悪くないことだと思いました。

○観客の声援は選手の力になるということ。

 それにしても、率直に言って、北京オリンピックにおける中国選手の活躍は見事でした。メダル総数ではアメリカの方が多いのに、金メダル数では中国の方が圧倒的に多いのは、大勢の観客の「加油!」(がんばれ)という声援が選手に最後に振り絞る「一押し」を与えたからだと思います。私は、多くの中国の人々の期待が大きい分だけ、選手にプレッシャーが掛かり、中国選手は意外に成績が上がらないのではないか、と心配していたのですが、(日本に負けた女子サッカーなど期待が重圧になっていた種目もありましたが)多くの種目では、選手は中国の人々の期待をうまく自分の力に加えることができたように思います。プレッシャーを力に変える、という精神面での調整もうまく行ったのでしょう。中国の選手の中には、東京オリンピックで銅メダルを取ったマラソンの円谷選手(後に次のメキシコ・オリンピックを前に成績が振るわないことを苦にして自殺した)のような悲壮感を漂わせたような選手はいなかったように思います。

 開会式翌日の8月9日、中国最初の金メダルを獲得した女子重量挙げ48kg級の陳燮霞選手が鬼のような形相でウォーと声を上げて気合いを入れて試技を行い、それが成功だとわかり、バーベルを降ろした途端に「普通の女の子の顔」に戻ってワーと声を上げながらコーチの首根っこに抱きついてきたシーンが今でも私の目に焼き付いています(日本のテレビでは、6位に入賞した三宅宏美選手の試技が終わった時点で中継を終了したので、このシーンは日本では放映されていないはずです)。圧倒的な強さで平然と金メダルを獲得しているように見える中国の選手も、相当なプレッシャーと戦っていたのだと思います。

 また、これまで中国は個人技で獲得するメダルが多かったのですが、女子バレーボールの銅メダル、女子ホッケーの銀メダルなど団体で行う球技でのメダル獲得が相次いだのは、中国にとっては大きな収穫だったと思います。

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 私は結局は試合会場へは行かずにテレビ観戦に終始しましたが、競技の時間帯が午前中と夕方以降に集中していたので、テレビでかなり見ることができました。欧米で行われるオリンピックと違って、時差がないのはやはり助かりました。中国のテレビを見たり、NHK-BS1またはNHK-BSハイビジョンで見ていたのですが、NHKの北京オリンピックのテーマ曲、Mr. Children の「GIFT」という曲はよかったですね。「白でも黒でもない」「日差しでも日陰でもない」ところに美しい色がある、という趣旨の歌詞が感動的でした。日本はアテネに比べてメダルの数が少なかった、という批判もあるようですが、スポーツには勝つこともあれば負けることもあります。勝敗を超えた大きなたくさんのものをこの北京オリンピックは残してくれたと思います。

 そして一番大事なのは「国家的イベント」として国の威信を掛けて行われたこの北京オリンピックが「なんとしても成功させる」と意気込む指導者たちの思惑とは全く関係なく、多くのものを中国の人々の中に残したことでしょう。中国にとって「オリンピック後」をどう乗り切っていくかが大変だと思いますが、北京オリンピックが中国の人々の中に残した財産は大きいと私は思います。

 北京オリンピックに参加した全ての選手と北京オリンピックの運営に参加した全ての人たちに感謝の意を表したいと思います。

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2008年8月23日 (土)

中国の人々が世界を見る目

 オリンピック期間中、北京の街中に置かれているテレビの前では多くの人が試合に見入っていました。今日(8月23日)は、男子サッカーの決勝「アルゼンチン対ナイジェリア」の試合をやっていたのですが、ショッピング・モールにある街頭テレビの前では多くの人がこの中継を見ていました。サッカーは中国でも人気なぁ、と私は思いました。今回のオリンピックを通じて、中国の人々は、中国が関係しないところでも、いろいろな競技のいろいろな国の試合を見たのではないかと思います。

 もちろん、中国選手の活躍が一番関心事項だったと思いますが、中国選手が出る以外の試合もテレビでは随分放送していたので、多くの人々が中国とは関係のない試合を見たと思います。今年の4月頃、世界を回る聖火リレーが妨害される事件があった頃、中国のメディアは「西側の報道の仕方はおかしい」といったキャンペーンを張り、中国の人々の間では異様なナショナリズムが盛り上がりました。特にフランスでの聖火リレーに対する妨害が大きかったこともあり、フランス系スーパーマーケット「カルフール」に対する不買運動が各地で広がりました。こういった「反外国」の雰囲気のままでオリンピックを迎えたらどうなるんだろうか、とそのころはちょっと心配していました。

 ところがその後5月12日に発生した四川大地震により雰囲気は一変しました。中国全体が団結して被災地を支援しよう、という雰囲気になりました。各国から救援隊や医療隊が駆け付け、中国の人々は素直にそれに対する感謝の意を表していました。「カルフール」に対する不買運動のようなちょっと歪んだナショナリズムはかなり影を潜めました。

 そういうこともあり、北京オリンピックの期間中は、外国に対する反発のようなものが目立って表に出ることはありませんでした。サッカーの試合では、日本が出場した際にはブーイングなどもまだあったようですが、数年前に比べれば、いくぶんかは良くなったのではないでしょうか。

 今回の北京オリンピックが中国の人々の世界を見る目をかなりソフトにしたのは間違いないと思います。コントロールされた官製メディアを通じてではなく、直接、多くの外国の人と接する機会があったのはよかったと思います。

 後は、今、大幅に緩和されているインターネット規制がオリンピック終了後も継続されて、中国大陸部の人々もネットを通じて常時世界の他の人々が享受しているのと同じような情報交換の自由さを享受でき続けるのか、ということがポイントになると思います。イベントの運営という面では、北京オリンピックは大成功だったと思います。中国の人々に対して、世界を見る窓が開いた、という意味でも、現時点では成功だったと言えるでしょう。今後、オリンピックをきっかけにして開いた世界に対する窓が閉じられるようなことがなければ、北京オリンピックは「真に成功だった」として歴史的にも評価を受けることができるようになるでしょう。

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2008年8月22日 (金)

このまま「夢」が現実として続いて欲しい

 つい先ほど、北京オリンピック陸上男子400mリレーで、日本チームが銅メダルを獲得しました。NHKの放送の解説者は、日本がトラック競技でメダルを獲得したのは80年振りだ、と言っておられました。今回は金メダルはジャマイカ・チームでしたが、このジャマイカ・チームの活躍は歴史に残るでしょう。競泳の最終日にあった400mメドレーリレーでも、8冠のフェルペスを擁するアメリカ・チームの横で日本チームは銅メダルを取ったわけですが、この二つのレースは、金メダルが歴史的なものであるだけに、このレースのシーンは、これから何回も歴史の一シーンとして繰り返し映し出されることになるでしょう。それとともに日本の銅メダルも今後長い間語り継がれることになるでしょう。

 今日の北京の天気は素晴らしい快晴でした。夕方の夕日もまぶしく輝いていました。東京では普通のことなのでしょうが、北京の夕方のまぶしい夕日は、とても新鮮に感じます。今日(8月22日)の北京の大気汚染指数は36の「優」でした。ここのところずっと「優」の日が続いていますが、これは近年にない汚染の少ない8月です。オリンピック期間は、開会式前後は、かなり大気汚染があったのですが、その後徐々によくなり、後半はほとんど大気汚染は気にならなくなりました。オリンピックが終わっても、このような青空とまぶしい太陽が「夢」ではなく現実のものとして続いて欲しいと思います。

 オリンピック前に大幅に解禁されたインターネット規制ですが、今日、試しにアクセスしてみたら、なんと北京から中国国民党のホームページにアクセスできました。

(参考)中国国民党のホームページ
http://www.kmt.org.tw/

 上記のURLを見ておわかりのように、当然ですが、上記のページは台湾にあるサーバー上にあります。この中国国民党のホームページは、英語版、中国語版、日本語版がありますが、中国語版では、今日(8月22日)現在、「馬英九総統」の就任記者会見の動画を見ることができます。当然中国語ですから、ここにアクセスした中国大陸の人は「馬英九総統」の話を直接聞くことができるのです。これは、画期的というより革命的なことだと私は思います。(インターネットは自由に世界を結ぶものなのですから、外の世界と繋がって「革命的だ」と感激すること自体、本来はおかしいんですけどね)。これは「オリンピック・スペシャル」の一時的なものなのでしょうか。それともオリンピックが終わってもずっと続くのでしょうか。

 今回の北京オリンピックでは、日本は、メダルの「数」の点では物足りないところがあるのでしょうが、上に書いた男子陸上400mリレーの銅メダルとか、ソフト・ボールの金メダルとか、フェンシングの太田選手の銀メダルとか、歴史的なメダルが多かったように思います。もし、北京オリンピックが「歴史的なオリンピック」となるのであれば、大気汚染の改善とかインターネット規制の緩和とか、「夢」のように変わった北京の現状の一部分が、オリンピックが終わった後も「夢」ではなく、現実のものとして、ずっと続いて欲しいと切に願いたいと思います。

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華国鋒氏がオリンピックに沸く北京で死去

 元国務院総理、元中国共産党主席の華国鋒氏が一昨日(2008年8月20日)、オリンピックに沸く北京でひっそりと亡くなりました。87歳でした。

 華国鋒氏は、1976年9月に毛沢東主席が亡くなった直後の同年10月、当時実権を握っていた江青、張春橋、姚文元、王洪文ら「四人組」を失脚させて、毛主席の後継者として翌年には中国共産党主席となり、トウ小平時代(=現在の改革開放時代)への「つなぎ」の役割を果たした人物です。

 文化大革命を推進してきた「四人組」を失脚させたものの、自らの地位の根拠が毛主席から「後を頼む」と言われた、という「遺言」だけだったことから、毛沢東主席の路線を継続し、文化大革命を継続する、と主張し続けました。そのため華国鋒氏の政策は、どちらを向いているのかよくわからないものでした。やがてトウ小平氏が正式に復活すると、トウ小平氏は「毛沢東主席の行ったことや毛沢東主席の指示は全て正しい」(「二つの全て」)と主張する一派を「すべて派」だとして批判しました。「すべて派」が華国鋒氏を指すことは明らかでした。

 トウ小平氏は、1978年12月に改革開放路線をスタートさせました。その後、1981年6月、文化大革命を「誤りだった」と断定し、毛沢東主席も晩年には誤りを犯した、との認識を示した「建国以来の党の若干の歴史的問題に関する決議」が採択されるに到り、華国鋒氏は、党内でその存在意義を失い、副主席に降格となりました。その後も、一応、「幹部」では居続けたため、「失脚した」と表現するのは正しくありませんが、その後、華国鋒氏は政治的影響力を全く失いました。「失脚」しなかったのは「四人組追放」という功績は認められていたからでしょう。

 亡くなった一昨日当日(8月20日)の夜7時からの中国中央電視台のニュース「新聞聯播」では、後ろの方の「その他のニュース」の中で「華国鋒同志」の死去を伝えていました。「四人組」を追放し、改革開放路線への道を開いた人にしては、ちょっと寂しい扱いでした。というより、政治的影響力を失った中ででも、その死去が「新聞聯播」で取り上げられたこと自体よかったと考えるべきなのかもしれません。

 一方、昨日(8月21日)付けの「人民日報」では1面の右下の方にこの華国鋒氏の死去のニュースが遺影とともに掲載されていました。端の方とは言え「人民日報」の1面で遺影とともに伝えられた、ということについては、一定の敬意を持って報じられた、と考えてよいでしょう。

(参考1)「人民日報」2008年8月21日付け1面
「華国鋒同志が逝去」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2008-08/21/content_86213.htm

 ただ、この「人民日報」の記事は新華社電をそのまま伝えただけのもので、その内容は「中国共産党の優秀な党員で、共産主義に忠誠を尽くした経験ある戦士、プロレタリアート階級革命家であり、かつて党と国家の重要な指導的職務に就いていた華国鋒同志」が死去した、という事実のみを伝えるものでした。華国鋒氏の経歴については「かつて党と国家の重要な指導的職務に就いていた」と述べているだけでした。1976年1月に周恩来総理が亡くなった後、国務院総理に就任し、同年9月に毛沢東主席が亡くなった後、翌年8月に中国共産党主席に就任したことは、触れていません。また、華国鋒氏が毛沢東主席が亡くなった直後の1976年10月に「四人組」を失脚させる動きの中で中心的な役割を果たしたことについても何も触れていません。

 「人民日報」の記事のような簡単な伝えられ方だと、32年前を知らない若い人たちは、華国鋒氏がどういう人物であったのかを知らないままにこのニュースを聞き流してしまったろうと思います。「プロレタリアート階級革命家」という修飾語が付いているので、「改革開放期より以前に活躍した過去の人物なんだろうなぁ。」といった想像はできると思いますが、歴史上どういう役割を果たした人物なのかは、このニュースでは若い人たちには伝わらないと思います。

 ただし、華国鋒氏の業績は決して「消された」わけではありません。公式な歴史の中ではきちんと記述されています。

(参考2)「人民日報」ホームページ「中国共産党簡史」
「第7章:十年間の『文化大革命』の内乱」
「四、江青集団を粉砕した勝利」
http://cpc.people.com.cn/GB/64184/64190/65724/4444931.html
「第八章:第11期三中全会において社会主義事業の新しい発展段階が切り開かれた」
「一、模索の中で前進しながら正しい目標をどこに置くべきかの問題について討論した」
http://cpc.people.com.cn/GB/64184/64190/65724/4444932.html

 8月21日付けの「新京報」「京華時報」といった北京の大衆紙でも華国鋒氏の死去は報じられていますが、その内容は「人民日報」と全く同じで、新華社電をそのまま伝えただけのものでした。大衆紙は(人民日報もそうですが)紙面の多くをオリンピック関係記事に割いているため、華国鋒氏の業績について書くスペースがなかったのかもしれません。しかし、もしそうであれば、あまりに寂しいと思いました。たぶん、華国鋒氏は、結果として「四人組」を追放し文化大革命を終わらせるきっかけを作ったけれども、自分自身は「文化大革命を継承する」という立場に立っており、文化大革命を否定してトウ小平氏が始めた現在の改革開放路線からすれば「異なる立場の過去の人」であるから、その経歴を詳しく報じる必要はない、と判断されたのだろうと思います。しかし、私は、華国鋒氏が果たした役割に鑑みれば、それが例え今の政権の路線と「異なる立場の人」だとしても、その業績については積極的に若い人に伝えるべきだと思いました。

 日本の新聞の華国鋒氏の死去を伝えるニュースでは、華国鋒氏が過去に何をした人物であるのかを簡単ではありますが伝えていました。それに対して中国での報道が「かつて党と国家の重要な指導的職務に就いていた華国鋒同志」と伝えるに留まり、それ以上の情報を読者・視聴者に伝えなかったことに非常に違和感を感じました。普通の感覚だったら、周恩来総理の後を継いだ国務院総理、毛沢東主席の後を継いだ中国共産党主席だった華国鋒氏の過去の経歴は、少なくともそういう経歴の持ち主だ、という事実だけでも伝えられて当然だと思えるからです。

 全ての国において、過去の歴史に学ぶことは重要なことです。中国は日本に対して常にその姿勢を求めています。私もそれは重要なことだと考えており、過去の歴史において日本が中国に対して何をしたかを踏まえることは、日中関係を進めるための出発点だと考えています。しかし常にそう言っている中国共産党自身が、自らの過去の歴史について、そのよいところ、よくなかったところの両方を若い人にきちんと伝える努力をしているのだろうか、という点について、最近、私は疑問に思っています。改革開放路線は、文化大革命という「過去の過ち」を反省することから始まっているため、改革開放路線当初(1980年代)は、中国共産党には、党自身の歴史についても、過去の誤りは誤りとして正しく自己批判すべきだ、という姿勢が見えていました。その姿勢が、1989年以降は弱くなってしまったのではないか、というのが私の懸念しているところです。

 過去の歴史が未来を導く鑑(かがみ)である、ということは、長い歴史を持つ中国が一番良く知っていることです。今年は改革開放30周年に当たるので、オリンピックが終わると、今度は年末に掛けて改革開放30周年にちなんだ行事がいろいろ行われることになると思います。その過程で、この改革開放30年の歴史を、きちんと客観的に振り返り、正しくなかった部分は正しくなかったことだと評価した上で、若い世代に事実を伝えるようにして欲しいと私は願っています。もしそうしないならば、中国は正しい未来への道を歩むことができなくなってしまうと私は思います。

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2008年8月20日 (水)

中国経済はまた大型公共投資依存に戻るのか

 今日(8月20日)の中国大陸の株価は、一昨日(8月18日)の下げを回復する以上に上昇したようです。日本のネットのニュースによれば、オリンピック後、中国政府が大型の景気刺激策を打ち出す見通し、との報道がなされたことが株価上昇の原因だ、とのことです。景気刺激策とはどういう政策を採るのでしょうか。また、大型の公共事業に投資をしたりするのでしょうか。

 私も、中国の経済が収縮してよい、とは思っていませんが、人民元高や原油高などの構造的な原因で、輸出産業の不振が続く中、経済全体を支えるために、大型の公共事業に投資して雇用を創出する、といった政策がいつまでも続けられるとは私には思えません。私は、北京に赴任してから1年4か月、中国国内のいろいろな工業団地などを見ましたが、公共インフラの多くは、既に「過剰」のレベルにまで達していると思っています。現在、開発が終わった、あるいは開発中の全ての工業団地の全ての土地に工場が建つとはとても思えないからです。もし、今後また従来型の公共投資主導型の景気刺激策を採るのであれば、地方ベースでは、今後とも、農地がつぶされ、工業団地が建てられる、というタイプの事業が続けられる可能性があります。それだと、去年あたりから採っていた「バブルは小さいうちにつぶしておく」という政策を、また「バブルをさらに膨らませる政策」に逆戻りさせてしまうことになります。

 構造改革には常に「痛み」を伴いますが、今、中国政府にとっては、輸出企業の倒産による失業者の増大や不動産や株のバブルの崩壊による富裕層の資産の消滅のような「痛み」を伴う政策は怖くて採れないのかもしれません。しかし、景気が悪くなりそうになったら、公共投資で景気を刺激する、といった政策を繰り返していくと、中国の企業はそれに甘えてしまい、本当の意味での国際競争力を付けることができなくなります。いつまで経っても労働集約型産業への依存から脱却できません。それに、不動産や株が下がりそうになったら、政府が何らかの策を講じて下支えしてくれる、といった経験を何回も繰り返すと、投資家の中に自己責任をもって投資するというマインドが育たないと思います。

 中国の金メダル・ラッシュもようやく山を越え、オリンピックも残すところあと4日となりました。今回のオリンピックは、スポーツの面では、中国の人々の能力が非常に高いことを証明しました。経済の面でも、中国の人々の能力をうまく引き出し活用させることができれば、大型の公共投資に頼らずに経済成長を続けることはできると思います。既に中国の大学への進学率は22%を超えており、中国でも高学歴化が進んでいます。このまま大型公共事業と労働集約型産業への依存を強めた経済運営を続けていくと、人々の「働きたい」という欲求と雇用の場の提供とが、数の上では一致しても、質(要求する賃金など)の面でミスマッチが大きくなります。中国政府は、単に数字的に経済を失速させない、ということばかりでなく、中国の人々が自分たちの生活をどうしたいのか、という「思い」をうまくすくい上げるシステムを作り、それによって人々の欲求を的確に把握できるようにする必要があると思います。

 このブログの直前の記事で書いた人民日報のホームページにあった110mハードルを棄権した劉翔選手を励ますポップ・アップは、今日(8月20日)の朝の時点ではあったのですが、夜の時点では既になくなっていました。そろそろ「劉翔選手の棄権ショック」も治まってきただろう、と判断したのだと思います。このようにして、官製メディアが沸騰するネット議論の「ガス抜き」に気を使わなければならないこと自体、中国に人々の気持ちを吸い上げるシステムができていない証拠です。少しづつでよいので、時代の流れに合わせて、中国も変わって行って欲しいと思います。

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劉翔選手の棄権ショック

 8月18日に行われた北京オリンピック陸上110mハードル予選で、中国のスーパースター劉翔選手が、スタジアムには出てきたものの、スタート直前(正確に言うとスタートして、それが他の選手のフライング・スタートだったとわかった直後)に棄権したことは、中国の人々に大きなショックを与えました。これについて、中国のネットの掲示板で、劉翔選手を非難する声、擁護する声、非難する者を批判する者など、いろいろな発言が沸騰していることは、日本でも報道されているので、御存じの方も多いと思います。

 劉翔選手は、古傷を持っており、ここのところその故障の状況が芳しくなく、特にレース2日前の16日の練習時に相当に悪化した、と伝えられています(劉翔選手が8日の開会式に参加しなかったことからも、状況があまりよくないのではないか、ということは、ある程度推測されていた)。ただ、全く走れないほどに悪いとは誰も思っていなかったので「棄権」という結果にみんなビックリしたのです。2日前に相当悪いことがわかったのだったら、その時点で状況を公表し、棄権の意思表示をすべきだった、との批判が多く見られます。苦労してチケットを入手して、当日スタジアムへ行った人は特にそう考えると思います。ただ、これだけ期待が高い中、言い出せる雰囲気ではなかったし、自分もどうしても出たいと思っていたので、もしかすると走れるかもしれないと考えて、最後の最後まで一縷の望みを掛けてスタートラインまでは行った、ということなのかもしれません。

 インターネットの掲示板の発言の中には、悪口雑言に近いものもあるなど相当に過熱していることもあり、当局側がこういった「ネット世論」を必死になだめようとしているように見えます。習近平国家副主席が慰問の電話を掛けたとか、中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」の中で「一日も早い回復を祈る」という論評を伝えるなど、一人のスポーツ選手の棄権に対しては「異例」ずくめの対応が続いています。

 今、「人民日報」のホームページにアクセスすると劉翔選手がユニフォームを顔にかぶせて涙をこらえている様子の写真を背景として「劉翔! あなたは依然として私たちの英雄です!」と書かれたポップアップが出てきます。その中に「あなたの一日も早い回復を祈ります」というクリック・ボタンがあり、8月20日未明の段階でクリック数は100万クリックに近い数に上っています。右の方には「劉翔選手に言いたい」という欄があります。その中を見ると「棄権は正しい判断だった」「それでも私はあなたを支持する」「早く復活して欲しい」といった励ましの発言が並んでいます。

(参考)「人民日報」ホームページのトップ
http://www.people.com.cn/

 日本の女子マラソンの場合も、二連覇を目指す野口みずき選手がレースの5日前に棄権することを発表し、土佐礼子選手も出場はしたものの25キロ付近で棄権するなど、ケガや故障による選手の棄権がありました。これに関しては、日本の掲示板でも、結構、選手に対する批判なども書かれているようです。書きたい放題のことが書かれるネットの掲示板では、そういう発言があっても仕方がないと思います。しかし、日本ではそういったネット上の選手批判の発言について新聞などで報道されることはありません。ましてや政府がそれに反応することはあり得ません。「ネット上での発言はそういうもんだ。」としか見られていないからです。

 劉翔選手に対するネットの中国の掲示板での発言は、私もいくつか中国語の発言そのものを見ました。劉翔選手を批判する発言もあり、擁護する発言もあるのは事実で、その意味では、日本の掲示板の発言とそれほど違いはないと思います。ただ、確かに日本における選手批判とはちょっとフェーズが違う「激しさ」があるのは事実だと私も感じました。期待の大きかった野口選手が出場できなくなったのは、日本でもかなりのショックでしたが、2週間前くらいから、「故障で海外トレーニングを早めに切り上げたようだ」といった情報が伝えられていたので、野口選手の出場断念を聞く前に日本の人たちは「心の準備」ができたいたのだと思います。それに対して劉翔選手は多数のコマーシャルに出演するなど期待の大きさが日本では考えられないほどだったことと、走れない程に故障の程度がひどい、といった情報は事前に全くなく、実際に当日もスタジアムに登場してから棄権したので、ショックが大きかったのだと思います。

 それにしても、そういったネット掲示板の劉翔選手の棄権に対するリアクションに対して行っている中国メディアの「沈静化努力」は、これまた「普通の国」の感覚からすると異様に感じます。ネットワーカーたちの発言の盛り上がりを怖れているように感じます。

 日本の報道では、最近、中国で何か起こると、ネットの掲示板でどういう発言が書かれているか、に注目し、それを報道することが多くなりました。日本国内の案件の報道では、特別な場合を除き、ネットの掲示板の中での発言などはあまり注目されません。中国において、ネット掲示板が注目される理由には二つあります。

(1) 新聞やテレビは一般市民の声を報じないし、メディアが一般市民にインタビューしても一般市民が当局に批判的な発言をするとは思えないが、ネットの掲示板には「本音」が書かれることが多いので、ネット掲示板を見ることが中国の一般市民の声を聞くほとんど唯一の手段であるため。

(2) 当局にとって不都合な発言は削除されるので、どういった発言が削除されるのかを監視することにより、今、当局が何を「不都合だ」と感じているのがわかるため。

 (1)の点は、中国政府も同じように考えていると思います。「普通の国」だと、テレビや新聞、雑誌などのメディアを通して「世論」が形成されるのですが、中国ではメディアは一般市民の声を反映しないので、正常な形での「世論形成」ができないのです。中国政府もネット掲示板の動向を注目している、ということは、別の見方をすれば、中国政府は、一般市民が考えている「世論」を吸い上げて政策に反映させる、という「触覚」を持っていないことを意味します。自由なメディアや民主的な選挙制度といった政策に対するフィード・バック・システムを持っている国では、政府がネット掲示板の盛り上がりを気にする必要はないのです。

 北京オリンピックは、いろいろな面で、中国の実情を世界に知らしめるよい機会になりましたが、今回の「劉翔選手の棄権ショック」も、中国の一面を世界中に知らせるきっかけになったと思います。

 なお、劉翔選手をコマーシャルで使っていたスポーツ用品メーカーのナイキ社は、8月18日付け「新京報」の最終面1面を借り切って広告を出しています。右側から光が当たった劉翔選手を真正面から撮した顔写真を大きく掲げいます。そこには次のように書かれています。

「私たちは、栄光を愛し、そして挫折を愛する。」
「あなたの心を傷つけてしまったスポーツを、それでも私たちは愛する。」

多額の広告料を支払って劉翔選手をコマーシャルに使い続けたナイキ社に対する批判もいろいろあると思います。こういう広告を即座に出したことを見て、ナイキ社は劉翔選手の故障をある程度事前に知っていたのではないか、との疑念を持つ人もいるかもしれません。しかし、私は、ナイキ社は、さすがにスポーツの本質をよくわかっていると思って、感激しました。スポーツを国家の栄誉のためとか政治的な団結とかに利用しようと考えている全ての勢力は考え直して欲しい、と改めて思いました。

 劉翔選手が今回の状況を乗り越えることをお祈り致します。

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2008年8月18日 (月)

発展改革委「オリンピック後の後退はない」

 国家発展改革委員会は、昨日(8月17日)、中国経済の状況についての記者会見を行いました。この席で、国家発展改革委員会経済研究院副院長の王一鳴氏は、「オリンピックは中国経済の分水嶺とはなり得ない」と述べ、「オリンピック後に中国経済にブレーキが掛かるのではないか」との見方を否定しました。

(参考1)「新京報」2008年8月18日付け記事
「中国では『オリンピック後の景気後退』は出現しない」
http://www.thebeijingnews.com/news/olympic/2008/08-18/008@020530.htm

 この記事によると、王一鳴副院長が発言したポイントは以下のとおりです。

○オリンピックの終了は北京市の経済に影響を与えることになるだろうが、北京市の経済規模は全中国の3.6%に過ぎず、オリンピックの終了が中国経済全体に影響を与えることはあり得ない。

○マンション価格の動向もオリンピックとは関係しない。中国では急速な都市化が進んでおり、不動産に対する需要は強い。去年下半期以来、不動産市場における販売量は下降傾向にあるが、今年1月~7月の不動産に対する投資は依然として30%を超える速度で伸びている。現在、不動産市場は「模様眺め」の雰囲気が濃厚であるが、これは不動産市場の中のバブル的部分が消滅するまでのひとつのプロセスである。

○株式市場の動向もオリンピックとは無関係である。最近の株価の下降傾向は、マクロ経済的視点で見れば、中国経済がアメリカのサブ・プライム・ローン問題や地球規模の景気後退等の影響を受け、中国経済の不確定性が増加していることから来ている。原油、鉱物資源、食糧価格の大幅上昇も懸念材料になっている。しかし、多くの企業は安定的な成長を維持しており、いくつかの企業の株価は過小評価されている。国内の消費者物価指数が落ち着き、国際石油価格が安定し、投資者の安心感が増せば、株価は一時的な低迷状態から脱して、合理的な範囲に納まることになるだろう。

 で、問題は、この記者会見がなぜ日曜日である8月17日に行われ、8月18日(月)の朝刊にこの発言の内容が掲載されたか、にあります。今週、大手国有企業47社の株取引の制限が緩和され、額面総額1,200億元(約1兆8,000億円)に相当する株が株式市場に出ることになることから、この記者会見は、国家発展改革委員会が国有企業の株が市場に大量に放出されることに伴う株価の値下がりをできるだけ抑制することを意図して設定したものではないか、と私は推測しています。中国では、国有企業の持ち株を、コントロールしながら株式市場に出し、国有企業の経営にも市場原理を導入しようとする政策を採っています。そのため、毎週、なにがしかの国有企業の株が売買解禁となって市場に出されるのですが、たまたま今週は8月に解禁される株の69.2%がまとまって解禁される、とのことで、国家発展改革委員会は、その影響を最小限に抑えようとしたのだと思います。

(参考2)「新京報」2008年8月18日付け記事
「今週、189億株が解禁に~8月の解禁総数の69.2%を占める~」
http://www.thebeijingnews.com/economy/2008/08-18/008@020626.htm

 しかし、この記者会見もあまり効果は大きくなかったようで、今日(8月18日)の中国大陸の株価は、またかなり下げたようです。

 王一鳴副院長が言うように、最近の株式市場の低迷の原因としては、オリンピック需要が終わることへの懸念、というよりは、世界的経済の低迷と人民元高による中国の輸出産業の不振に伴う中国経済全体への警戒感の方が大きいと思います。先月、国家指導者が相次いで沿岸部の輸出産業の中心地を視察したことも、逆に「中国の輸出産業の不振は意外に深刻なのかもしれない」という疑念を市場に与えたのかもしれません。。

 このブログの7月28日付け記事で、国家指導者たちが中国経済の牽引車である沿岸地域を相次いで視察するとともに、中国政府が当面の中国の経済状況を分析し、経済政策の運営方針を検討する会議を相次いで開いたことをお伝えしました。

(参考3)このブログの2008年7月28日付け記事
「中国経済は既に『オリンピック後』に突入」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/07/post_da68.html

 この記事の中でも触れましたが、胡錦濤主席は、7月21日に開いた中国共産党以外の民主党派や無党派の知識人を招いて行った検討会で6つのポイントを指摘しました。6つのポイントのトップは「安定的で比較的スピードの速い経済発展を全力を持って維持すること」でした。これは、それまでの経済政策はバブルが膨らみ過ぎてからはじけるのを防ぐために軽くブレーキを踏んでいた状態だったのを、今後はブレーキから足を離してアクセルに踏み換えアクセルを軽く踏み込むことにした、という経済政策の転換を意味していた、とみなすことができると思います。

 今日、日本から送られてきた日本で発売されている経済雑誌のお盆前の特集号を見たのですが、オリンピック後の中国経済の後退を憂慮する記事がいくつか載っていました。今の中国の経済状況を考えると、王一鳴氏が言っているように「今後の中国経済の動向はオリンピックの終了が原因となるわけではない」のはその通りだと思います。ただ、タイミングとしては、オリンピック終了をひとつのきっかけとして動き、方向性としては、世界的な経済低迷、原油高、中国の輸出産業の不振により、中国経済にブレーキが掛かる方向に振れることは、おそらく間違いないと思います。

 今、多くの中国の人々はオリンピックに熱中していますので、オリンピックが終わるまでは、経済状況はそんなに大きくは変わらないと思いますが、来週の日曜日、オリンピックの聖火が消えた途端、多くの人々が「金メダルの夢」から醒めて、現実の経済状況に直面し、来週の月曜日(8月25日)から市場が動き始める可能性があります。その意味では今後の中国経済については「オリンピックの終了が原因ではない経済の変化がオリンピックの終了をきっかけとして始まる」と表現することが最も適切なのかもしれません。

 人民元レートは7月16日に1ドル=6.8128人民元まで上昇しましたが、その後、やや下落傾向にあり、今日(8月18日)現在1ドル=6.8665人民元となっています(正確なレートは中国銀行のホームページを御覧下さい)。これまでは「人民元は上昇する一方」だったのが、7月中旬以降、やや風向きが変わってきており、ここのところやや下降気味のトレンドが定着しているように見えます。当局が輸出産業にこれ以上打撃を与えないようにするために為替レートを「人民元安」の方向に誘導しようとしている可能性があります。もし「人民元が当面これ以上上がらない」という見方が定着した場合、これまで将来の人民元高を見て為替差益を当て込んで急速に中国国内に流入してきた「ホット・マネー」がどういう動きを見せるのでしょうか。輸出産業を救済しようとする政策が、ホット・マネーに支えられていた不動産バブルの崩壊を後押しすることになってしまう可能性もあります。

 経済システムは複雑ですから、「ブレーキからアクセスに踏み換える」と言っても、実はブレーキとアクセスは1対だけあるのではなく、いくつもあると考えるべきなのでしょう。そういった複数のアクセルとブレーキを間違うことなくコントロールして行くのは非常に難しい作業だと思います。

 中国は、あと1週間は「金メダルの夢」に酔いしれいていてよいと思いますが、オリンピック終了後はうまく切り替えて、中国の多くのオリンピック選手が試合で見せたような柔軟さとしたたかさをもって、「オリンピック終了を原因とはしないがオリンピック終了をきっかけとして動く中国経済」にしっかり対応して欲しいと思います。

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2008年8月17日 (日)

女子マラソン・北京でのテレビ観戦記

 今日(8月17日)、北京時間朝の7:40スタートの北京オリンピック女子マラソンを中国中央電視台第2チャンネルで見ました。マラソンは、チケットがなくても沿道で応援することは可能なんですが、コースのどのあたりが見やすいスポットなのかよくわからなかったし、そもそも日曜日の朝7:40スタートいうのは起きるのがなかなかつらいので、テレビ観戦にしました。今日は大気汚染もほとんど気にならず、気温もかなり低めでした。ちょっと小雨が降りましたが、マラソンにとっては直射日光が差すよりはコンディションとしては良かったのではないでしょうか。

 日本選手のメダルはなりませんでしたが、土佐礼子選手は故障があったようですし、中村友梨花選手は初めてのオリンピックのマラソンでの13位は収穫があったのでないかと思います。トップはルーマニアのトメスク選手のぶっちぎりの優勝でしたが、2位争いは中国の2人とケニアの2人のしのぎあいが、まるで「チーム戦」のような迫力がありました。

 テレビの中継放送は、基本的に国際映像として撮影ものが中継されていますので、日本で放映された映像と北京で私が見た映像とに違いはないと思います。午後にNHK-BS1でも録画放送をやっていたのも一部見ましたが、違いとして感じたことを書いておきたいと思います(演出として、選手の走る姿のスローモーション映像が多用されていましたが、これは中国国内で放送されたものと、外国へ送信されたものとは、たぶん同じものだったろうと思います)。

○中央電視台ではスタートから最初の30分間程度が中継されなかった。

 今朝7時代の中国中央電視台第2チャンネルでは、「今日の試合の見どころ」などをスタジオから放送していました。その中で、女子マラソンの中継は7:30から開始します、と予告がありました。7:30になると、過去のオリンピック・マラソンの勝者の紹介が始まり、続いて期待される中国選手の紹介があり、その後コマーシャルに入りました(中国中央電視台は国営のテレビ局ですがコマーシャルが入ります)。そのコマーシャルが長々と続き、7:40を過ぎてもコマーシャルをやっていました。おかしいなぁ、何かの都合でスタートが遅れているのかなぁ、と思って見ていたら、7:50頃になって、またカメラはスタジオに戻ってしまいました。で、「それではここで昨日の競泳の様子を見てみましょう」とアナウンサーが言って、昨日の競泳の試合のビデオが流れ始めました。女子マラソンの中継がどうなったのか、何か説明したのかも知れませんが、私の中国語ヒアリング能力はからきしダメなので、そういった説明が何かあったようには聞こえませんでした。

 8:00を過ぎても昨日の競泳のビデオが流れ続けているので、「何か不測の事態でも起きたのかもしれない」と思ってパソコンを立ち上げて見たら、日本のネットのニュースの速報では「女子マラソン・スタート」と出ていました。レースはスタートしていたのに、中央電視台の中継が始まっていなかったのです。おかしいなぁ、と思ってほかのチャンネルに切り替えたりしていたのですが、8:10頃に中央電視台第2チャンネルに戻ってみたら、前門から天安門前広場あたりを走っている選手団の映像が映っていました。それから後は、おそらく日本の皆さんが御覧になったのと同じような正常なマラソン中継でした。

 私は、どこかマラソン・コースの沿道で、観客が中国としては認められない旗や横断幕などを掲げる、といったトラブルがあったのかなぁ、と思いました。もしそういう「事件」があっても、中国のメディアでは報道しませんが、もし何かあったら、外国のメディアはすぐに報道するはずです。それで、CNNやBBCを見たり、ネットで日本のニュースを見たりしましたが、そういった「事件」があったとはどこも報じていません。日本で中継を見ていた人に電話で聞いてみたら、特段そういった「好ましくない」状況はなかった、とのことでした。

 そもそもスタート地点の天安門前広場は、一般観客は立ち入り禁止にしていたはずで、スタート時点では、旗や横断幕を掲げるような「事件」や「トラブル」は起こりようがなかったはずです。そういった状況を考えると、中央電視台の中継機器関連で何らかの技術的なトラブルがあったのかもしれません。それにしても、日本への国際映像の送信は問題なく行われていたわけですので、なぜ中央電視台で最初の30分間の中継がなかったのかは、今のところナゾです。明日の新聞に何か情報が載るかもしれません。

○中央電視台の中継では小さくBGMが入っている

 中央電視台の中継では、周囲の観客が応援する声も聞こえているのですが、それに重ねて「雰囲気を盛り上げるような」音楽が音量は小さいですけれども流れていました。このBGMは、NHK-BS1では流れていなかったので、中央電視台の方で入れたのだと思います。BGMを入れた意図は不明です。沿道から「好ましくない声援」が聞こえた時にそれを打ち消すため入れた、などと「勘ぐる」のは「勘ぐり過ぎ」なんでしょうね。

○コマーシャルがちょっと多過ぎ

 女子マラソンは2時間半ちょっとの中継なので、途中でのコマーシャルはなしで中継するのだろうなぁ、と思っていたのですが、中間点をちょっと過ぎたあたりと、30キロを少し過ぎたところでコマーシャルが入りました。また、ゴールまであと数キロというところで、スポンサーのロゴが入った「各国メダル獲得数速報」が入りました。中央電視台は国営テレビなのですから、オリンピックのマラソン中継くらいコマーシャルなしで放送して欲しかったと思います(中国のネットの掲示板でも、この点の不満を感じた人の書き込みがありました)。

○やっぱりマラソン選手は速い

 今回のコースは、天安門前→天壇公園→天安門前→西単→中関村→北京大学キャンパス→清華大学キャンパス→国家スタジアム(鳥の巣)というコースでした。ほとんど知っているところばかりだったのですが、改めてマラソン選手の速さに驚きました。天安門は北京市街地のど真ん中、北京大学・清華大学は北京市街地の北西のはずれで、車で移動する場合でも「相当に遠い」と感じる場所です。平日の夕方だったら、同じコースを車で移動したとすると(もっとも天壇公園の中には車は入れませんが)、2時間半以上掛かる可能性が高いと思います。

○思ったより選手の近くで一般観客が選手を見られた、と感じた

 天安門前広場あたりにいた人たちは、限られた「選ばれた者」であって「一般観客」ではないと思いますが、天壇公園から永定門へ向かうまでの間や中関村あたりでは、明らかに「一般観客」と思える人たちが、私の予想よりは近くまで来て、選手を応援していました。警備担当者が10メートル間隔に1人程度いる、といったことは、私としては「想定の範囲内」でしたので気にはなりませんでした。私は沿道もかなり遠くのところまで警備担当者によって立ち入り制限がなされ、テレビの画面に「一般観客」が映らないくらいなのじゃないか、と思っていました。天安門前広場などは、その予想通りでしたが、中関村あたりでは、白い柵やテープで観客が飛び出さないように仕切られてはいましたが、選手の走るコースの割と近くに「一般観客」が近寄れる場所があったなぁ、というのが私の感想です。テレビの画面にも「一般観客」が随分たくさん映りました。

 天安門前広場周辺にいたのは「選ばれた人たち」(別の言い方をすれば「サクラの観客」)だと思いますが、中関村あたりにいたのは、サクラじゃないと私は思います。

 なお、北京大学と清華大学のキャンパスの中にもたくさんの応援団がいましたが、キャンパスの中にいたのは学生や大学関係者で「一般観客」ではないと思います(たぶん大学のキャンパス内には大学と関係のない「一般客」は入れなかったと思うので)。

○あんまり「北京観光案内」にはならなかった

 北京市内の観光スポットをつなげたようなマラソンのコースを見て「これはテレビ中継は、選手を撮す、というよりは『北京観光案内』になるのじゃないかなぁ。」と思っていましたが、そうはなりませんでした。極めてまじめなマラソンの試合の中継でした。

 ポイント、ポイントで有名な建物などの紹介映像はありましたが、中南海(中国共産党本部)の前などは、ほとんど知らないうちに過ぎてしまった感じですし、北京大学、清華大学に入る時も、大学名の入った門を撮したり、由緒ある建物を撮したり、といった工夫はあまりやっていませんでした。上に書いたように中央電視台では最初の30分間は中継をやっていなかったので、天壇公園の中でどういうアングルで映像を撮っていたのか、私は見られなかったのが残念です(天安門や故宮もそうですが、天壇公園もユネスコの「世界遺産」の一部です)。

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 なお、今日の女子マラソンの試合の際は、大気汚染は心配したほどではなかったと私は思うのですが、国家環境保護部のホームページの「重点都市大気汚染指数」のページには、今日(8月17日)はデータが載っていません。基本的には、毎日午後には、その日の大気汚染指数がこのホームページ上で公開されるのですが、時々、ページにデータが載らなかったり、最新のデータに更新されなかったりすることが起きます。オリンピック期間中は確実に毎日ホームページ上のデータは更新されるだろう、と思っていたのですが、今日はダメでした。普通、何日かすると、過去の分も含めて一括してデータが更新されるので、数日たてば今日の大気汚染指数も見られるようになると思います。私の感覚では、今日の大気汚染指数は40台~50台程度だったのではないかと思います

※私の感覚では、視界は問題なかったのですが、ちょっと自動車の排ガスのようなにおいがあったので、少ないけれども一定の汚染はあったと思います。

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2008年8月16日 (土)

北京オリンピック開会式演出の舞台裏

 8月14日号の「南方周末」(広州で発売されている週刊新聞:北京でも買える)(日本語表記は「南方週末」)に北京オリンピック開会式を担当したいろいろな人に対してインタビューして「裏話」を聞いた特集記事が載っていました。日本の新聞でも紹介されていますが、以下の二人の記事が興味深いと思います。

(参考1)「南方周末」2008年8月14日号記事
「張芸謀監督、二万字に及ぶ話で開幕式の裏話の詳細を語る」
http://www.infzm.com/content/15978

(参考2)「南方周末」2008年8月14日号記事
「陳丹青氏:大きいことは美しいことだ」
http://www.infzm.com/content/15927

 張芸謀監督は、開会式全てを全体的に演出した映画監督です。陳丹青氏は、開会式の前半のアトラクションの「絵巻物」の部分を担当した方です。

 張芸謀監督は「指導者が見に来た時に指導者は何か意見を言ったか。その意見に対してどう対応したか。」と尋ねる南方周末の記者の質問に対してポイントとして以下のように答えています。

・いろんな人がいろんな意見を言いましたよ。いろいろ意見交換しましたけど、今、私とあなたがああでもないこうでもない、と意見を交わしたとしても、それで私があなたに「圧力を掛けた」とは言わないでしょう?

・三人の指導者が来て意見を言って、その意見について私が「その通りだ」と思わなかったとしても、この三人は観衆の中の三人でもあるわけですからね。この三人が「よくない」と言ったら、それは政治的な問題じゃなくて、三人の観衆が「よくない」と感じたってことですからね。彼らが最初に批評した観衆なんですよ。いろんな指導者が何十回となく見に来ましたけど、だいたい三人以上の指導者が変えた方がいい、と言ったら私は変えましたよ。

・指導者たちは国家の状況を知っているし、今の新しい指導者たちは、みんな大学で修士、博士の学歴があり、様々な経歴を持っている人たちですから、あまり時間がない中で、そんなに無茶なことは言いませんよ。

 「敏感な話」「微妙な話」については、こういう持って回った言い方をする人が多いので、私の中国語読解能力では、間違った捉え方をしている可能性がありますが、大体、上記のようなことを言っている、と私は理解しました。

 張芸謀監督は「今の新しい指導者は、みんな大学で修士、博士の学歴があり・・・」と言っていますので、「意見を言った指導者」が中国共産党政治局常務委員9人のうちの何人かであることは、中国の人ならこれを読んだ人はすぐにわかります。日本の新聞等では「政治が演出に介入した」というような報じられ方をしていますが、オリンピックは国家的事業なので、張芸謀監督としては、「スポンサーのお偉いさんが来て意見を言った」というような感覚で受け取ったのではないかと思います。張芸謀監督は北京オリンピック委員会から依頼されて監督を引き受けたわけですから、プロの監督としては、スポンサーの言うことは無視できないことはよくわかっている、ということなんでしょう。

 一方、絵巻物を担当した陳丹青氏の方は、結果的に自分が考えたアイデアがあまり採用されなかったようで、かなり不満げにインタビューに答えています。「指導者が来て言った意見は多かったのか?」という南方周末の記者の問いに対する陳丹青の答のポイントは以下のとおりです。

・中南海(中国共産党本部のある場所)の人が二回来た。最初は去年の初春で、二回目は今年7月16日のドレス・リハーサル(本番と同じ衣裳を着て行う最終的な段階のリハーサル)の時だった。たくさん意見を言って、改めなくちゃいけない、と言っていた。

・(「あなたは芸術監督であり、使用する絵画を選択する責任者として、あなたの意見は最終的に採用されましたか?」との問いに対し)あれ? 私が芸術監督だって? それは全く違う。私には決定権はなかった。私が選んだ絵画の9割は採用されなかった。二人の副監督の提案も7~8割は採用されなかったようだ。張芸謀監督がいくつボツにしたのかは知らないが、彼が自分で決めていた。

 陳丹青氏は、国家指導者の意見で自分が選んだ絵の多くが採用されなかった、とは言っていませんが、結果的に自分の意見が通らなかった部分が多かったようで、このインタビューからはかなり陳丹青氏の不満気な感情が読みとれます。

 オリンピックの開会式は、北京オリンピック委員会が依頼して製作するイベントであり、自主制作映画ではないので、制作者は依頼主の意向を反映しなければならない、制作者と依頼主の意向が異なっていた場合、制作者には不満が残る、ということはあり得る話なのだと思います。問題は、張芸謀監督や陳丹青氏に意見を言った「指導者」というのが、依頼者と言えるのか、というところがひとつのポイントだと思います。しかし、中国は、憲法で「中国共産党の指導」が謳われていますから、北京オリンピック委員会も中国共産党の指導下にあるわけですので、中国の場合、中国共産党の指導者の要請は、即ち依頼主たる北京オリンピック委員会の要請、と言ってもいいのでしょう。

 前にも言ったことがありますが、「南方周末」は中国の新聞の中では異色の鋭いツッコミを見せる新聞です(だからこそ、広州で発行されているのに北京でも売れるのです)。「南方周末」の記者は陳丹青氏に対して「『絵巻物』の(中国の古代の歴史を表現した)前半部分は素晴らしかったと思うが、後半部分は春節(旧正月)前日のテレビのバラエティー・ショー(日本でいうと「紅白歌合戦」に相当する)みたいだった、という人もいるがどう思うか。」と鋭い質問を放っています。それに対して、陳丹青氏は次のように答えています。

 「じゃ。後半は何を表現すればよかったわけ? 革命? チベット鉄道建設の難しさを表現する? 三峡ダムプロジェクト? 人工衛星打ち上げ? 改革開放? ここ百年来の中国の歴史って、みんな西洋から入って来たものじゃないか。開会式イベントは歴史の授業じゃないんだ。」

 かなり感情的な答になっていますが、自分が表現したいものが表現できなかったいらだたしさのようなものを感じました。

 これらのインタビューはかなり長いので、私も全てを熟読したわけではありませんが、北京オリンピックの開会式が歴史的なものだとしたら、その「裏話」もまた歴史的なものだと思います。そして、ここで紹介した二人の表現者は、このインタビューにおいても、今の時点で自分たちが言える範囲の方法で、自分の言いたいことを可能な限り表現しています。今、中国はいろいろ問題を抱えて、それをどう扱おうか、と多くの人が悩んでいます。私は20年前と全然進歩していないところもある、とこのブログで何回も書いてきました。こういった大きなイベントのアトラクションに対して「中南海」の人が来ていろいろ「指導」する、というのも、「全然進歩していない部分」のひとつだと思います。

 しかし、明らかに20年前と違うのは、上で紹介した才能あるエネルギッシュな表現者が、現在自分に許されている範囲で思い切り表現し、ある時は怒りをぶつけ、それを受け止める「南方周末」のようなメディアが存在し、例えそれが広州で発行された新聞であろうとも、1部3元(約45円)という中国の新聞としてはかなりな高額だったとしても、そういった新聞を北京の市民が気軽に買える、ということです。これは20年前にはなかったことです。

 北京オリンピックについては「中国で開くのはまだ早かった」という人がいますが、私はそうは思いません。北京オリンピックを開催することを通じて、中国の多くの人が多くのことに思いを寄せ、いろいろなことを感じ、それが中国の歴史を前に進めるための大きなきっかけになることは間違いないからです。

 今回の「南方周末」に載った「北京オリンピック開会式の裏話」に関するインタビュー記事は、こういった記事が載った新聞が北京の街で売られていた、それを私は買って読んだ、という記録を残しておく価値がある、と思ったので、このブログに書くことにしました。先ほど、野球の星野ジャパンが韓国に逆転負けし、陸上男子100mでジャマイカのボルトが9秒69で他の選手を全く寄せ付けず喜びを表現しながらゴールしたのをテレビで横目で見ながら、今日の記事は書きました。この北京オリンピックの日々は、後から振り返ると、いろいろなことが凝縮された日々だったと思い起こすことになるだろうと思っています。

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2008年8月15日 (金)

夏休みの時期の不動産屋さんの必死の営業

 今日(8月15日)の北京は抜けるような青空でした。昨日の雷雨で大気汚染がすっかり洗い流された上に、今日は湿度が低かったので、遠くの方までスッキリと見えました。空も青々としており、「北京でもこういう青い空が見られるんだ!」と感激しました。太陽も夕方になってかなり傾いているのにギラギラとまぶしく、真っ直ぐな強い光を放っています。「太陽ってこんなにまぶしいんだ!」という感覚は日本に帰るたんびに感じるのですが、それを今日は北京で感じることができました。今日の北京の大気汚染指数は17、即ち最もよいランクの「優」でした。多くの中国の人が「オリンピックの開会式があと1週間遅かったら、世界中の人々に北京の大気汚染についてどうのこうのと言われることはなかったのに」と思っているでしょう。あさって日曜日の朝は女子マラソンがありますが、この調子ならば、女子マラソンの時に大気汚染について心配する必要はなさそうです。

 昨日の大雨で、ボート競技やテニス、野球の試合の一部などが順延になりましたが、北京市街地の道路の水没等の影響はなかったようです。

 さて、日本でも報道されていますが、中国国内の観光地のホテルや国内航空賃、それに北京市内のホテルや短期貸し付け住宅などが、予想よりお客が大幅に少なくなっているようです。

 先週から今週に掛けて、日本企業の駐在員等を相手にしている複数の北京の不動産屋さんから営業の電話がありました。お話がしたい、として営業の方がわざわざ来て、物件リストなどを置いて行ったところもあります。普通、日本企業の多くは8月中旬はお盆の時期で休んでいる人もいるし、人事異動の季節でもないので、通常の年なら8月中旬は日本人駐在員の住居などを世話する不動産屋さんはあまり活発に商売をする時期ではありません。

 去年の後半から今年の前半に掛けて、多くのアパートメントで「8月のオリンピック期間を含む期間の賃貸契約を結びたいなら、価格はこれだけ上げさせてもらう」という大家さん側の強気の賃貸料値上げ要求があった、と聞きました。引っ越しをしたくなくて高めに設定された賃貸料を飲んだ人もいますし、「そんなの理不尽だ」と反発して別のアパートメントに引っ越しした人もいます。大家さんの方では、大幅賃貸料引き上げを要求して、店子が出て行った場合には、その部屋をオリンピック期間中の観光客目当てに短期貸しをしようともくろんでいたものと思われます。しかし、実際は、マンションの短期貸し出しはおろか、普通のホテルさえガラガラの状況で、賃貸料値上げ要求をした大家さんは、空き室を抱えて困っているのだろうと思います。そこで、多くの不動産屋さんが、多くの人がオリンピックに夢中になっている普通なら夏休みの真っ最中のこの時期に、必死の営業活動をやっているのだと思います。

 中国国内での観光客が意外に少なかったり、北京でのホテルの予約が埋まらなかったり、短期借り上げマンションにお客が付かなかったりする理由はいろいろあるでしょうが、考えられるのは以下の点です。

・原油価格の高騰により、国際航空運賃にかなりの額のサーチャージが掛かるようになったために、外国から来るオリンピック観戦客が予想外に少なかったこと(中国国内から北京に来る客に関しては中国の国内航空賃は暴落していますから、この理由は当たらないと思います)。

・四川大地震により中国全体に「観光をする雰囲気ではない」という心理が働き、中国各地から北京にオリンピック観戦をしに来る人が少なくなったこと。

・チベット騒乱、新疆ウィグル自治区でのテロの動きなどにより、外国人に対するビザの審査が厳しくなり、外国人観戦客が予想外に少なくなったこと。

(注)日本人は2週間以内ならばビザなしで中国に入れますが、現在、中国へのビザなし短期渡航が認められているのは、日本とブルネイだけです。従来、シンガポールからは短期滞在はビザなしでもよかったのですが、この7月からビザが必要になりました。中国の当局がビザの発給をどのくらい抑制しているのかわかりませんが、安全確保や中国国内でのデモなどを防ぐため、いつもより厳しくビザの発給がチェックされている可能性があります。ただし、ビザなしで入国できる日本人の観戦客も予想よりだいぶ少ないので、これはメインの理由ではないかもしれません。

・チベット騒乱、四川大地震、新疆ウィグル自治区でのテロ等で、中国国内の有数の観光地に行きづらくなり、オリンピック観戦をからめた観光旅行ツアーが組みにくくなったこと。

・北京のホテル代や短期貸し出しマンションの価格がべらぼうに高く設定されていたため、それを伝え聞いて、北京に来るのをあきらめた外国人や中国国内の人が多かったこと。

・オリンピック委員会関係者やスポンサーがチケットのかなりの部分を押さえてしまったため、一般に売り出されるチケットの枚数が少なくなり、チケットを入手できなくて北京での観戦をあきらめた人が多かったこと(オリンピックが始まってから今まで、多くの会場で空席が目立っていることを見ると、この理由はかなり大きいのではないかと思います)。

・世界的な不況で中国旅行をする余裕のある外国人が少なくなったこと。また、中国国内でも株や不動産の価格の低迷、輸出産業の不振などで経済的に余裕のある人も財布のヒモを締めてしまい、多くの人が北京での観戦はあきらめてテレビ観戦に回ったこと。

 四川大地震や原油の高騰がオリンピック直前に起きたことは中国にとって極めて不運だったと言えます。世界的な不況やそれを受けて中国国内経済にもブレーキが掛かりつつある現状も、タイミングとしては中国にとって「不運」と言えるかもしれません(ただし、オリンピック後、中国経済の中のバブル的な部分ははじけるだろうことは多くの人が予測していましたから、この程度の中国国内の経済の減速は「想定の範囲内」と言えるのかもしれません)。

 チベット騒乱や新疆ウィグル自治区でのテロは、むしろオリンピックの機会を捉えて世界の世論を喚起しようという考えに基づいて意図的に起こされたものなので、「不運」という言葉で表現するのは不適切ですし、この問題は根が深い問題で、何か措置を講ずれば事前に防げたはず、といった性質のものではないと思います。

 北京のホテルや短期貸し出しマンションの価格設定を高くし過ぎたこと、チケットを関係者やスポンサーが多く押さえ過ぎたこと、の二つは、私はちょっと「やり過ぎ」だったのだと思います。特にチケットについては、日本などでは「あんなに空席があるのだったら、観戦に行きたかった」と思った人が多いと思います。

 中国政府は、北京オリンピックを安全かつ円滑に運営し、その中で中国の選手が活躍してくれることを最大限の目標にしていますので、中国政府にとっては、オリンピックを機会に「ひと儲けしよう」と思っていた人たちの当てが外れたとしても、「そんなこと知ったこっちゃない」ということなのでしょう。

 オリンピックの時期に楽しく観戦できずに必死に営業活動をしている不動産屋さんは、ちょっと気の毒だとは思いますが、私に言わせれば、オリンピック時期のホテル価格や短期貸し出しマンションの価格の設定の仕方があまりに非常識だったので、ある程度「自業自得」の部分があると思います。オリンピック終了後、こういったホテル業界や観光業界、不動産業界の「当てがはずれた」部分をきっかけとして、中国経済全体が急激に縮小することにならないよう願っています。中国政府には、オリンピックの成功ももちろん重要なことですが、オリンピック後の中国経済がおかしくならないよう、経済運営の方もうまくコントロールして欲しいと思います。

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2008年8月14日 (木)

地下鉄運転時間延長と飛行機便遅延時の措置

 今日(8月14日)の北京は、午後から激しい雷雲が通過してかなりまとまった量の雨が降りました。あまり雨の激しいと北京市の道路の環状線の中には、立体交差のところで下をくぐる方の道路の排水が追い付かず、道路が冠水してしまうことがあるのですが、今日は大丈夫だったのでしょうか(仮に冠水していたとしても、こういう情報はラジオの交通情報専門局では報道するけれども、普通のテレビでは伝えないので、明日の朝、新聞を見るまで知らなかった、ということが結構あります)。ただ、雨が降ったので、2~3日は空気の汚染について心配する必要はなさそうです(マラソンは17日(日)なので、それまでに大気汚染が戻ってきてしまう可能性はありますが)。

 今日の新聞でちょっと興味深かったニュースは次の二つです。

(1)地下鉄の終電の時間を遅らせることを決定

(参考1)「新京報」2008年8月14日付け記事
「北京地下鉄、最終電車の運転時間を延長」
http://www.thebeijingnews.com/news/olympic/2008/08-14/008@025636.htm

 皆さんお気づきのように、北京オリンピックの試合の時間は、ヨーロッパやアメリカのテレビ局からの要請により、北京の日常生活の時間帯からすると、かなり変則的な時間帯に設定されています。午前中に試合があり、午後しばらくお休みがあって、北京時間の午後6時頃から順次試合をやって、球技などでは午後9時以降に開始するものがあります。一昨日のバレーボールの試合では、試合が終わったのは夜中の12時を過ぎていました。試合の終了時刻が遅いと、観客の帰りの足が心配です。そのため、北京市当局では、地下鉄の運転時間を延長し、路線によっては終電を通常より1時間以上遅くする措置を8月10日から始めたのだそうです。

 で、面白いのは、既に8月10日から実際は行われていた運転延長措置について新聞に載ったのが今日(8月14日)だ、ということです。8月10日以降、正式な発表はしなかったけれども、実行ベースで終電の遅延措置を講じていた、ということです。さらに競技が始まった8月9日からではなく8月10日から、というのも「面白い」ところです。たぶん8月9日の夜、試合が終わったのが遅くなって終電に間に合わなくなった人たちから苦情が出たので8月10日から終電を遅らせたのだと思います。

 この辺は、非常に中国的な特徴が出ていると思います。試合開始時間が遅いことは最初からわかっていたわけですから、本来ならば、オリンピック開始前に「オリンピック期間中は終電を遅くします」と決めて発表しておくべきだったのでしょう。苦情が出てから変える、というのは、良く言えば「柔軟性がある」、悪く言えば「計画性がなく泥縄式だ」ということになります。終電を遅らせることを決めても、そのことを新聞に発表しない、というのも、また中国らしいところです。規則上は終電は23:30なのだけれども、実際は地下鉄はそれより遅くまで走っていた、という状況が3日ほど続いていたわけです。「規則ではAにしなければならないのだけれども、現実にはBで行われている。だから現場に実際に行ってみないと、AなのかBなのかわからない。」ということは中国ではよくあることです。

(2)中国民航局による航空便遅延時の乗客支援に関する通知

(参考2)「新京報」2008年8月14日付け記事
「飛行機便が遅延した時には食事やホテルは無料で提供される」
http://www.thebeijingnews.com/news/olympic/2008/08-14/008@025638.htm

 通常、機体の故障など航空会社に責任がある理由で飛行機便が遅れたときは、乗客への便宜供与の責任は航空会社にありますが、天候等の航空会社の責任ではない理由で飛行機便が遅れたときは、航空会社は乗客の乗り換え便の手配や食事・宿泊先の手配等を行う義務はありません。ところが中国民航局は、13日、「オリンピック及びパラリンピック期間中は、飛行機の運航が遅れた時は、その理由に係わらず(遅延の理由が航空会社に責任がない天候上の理由であったとしても)、航空会社は乗客に対して、ほかの便への乗り換え、食事や宿泊先の提供等のサービスを無料で行わなければならない。」との通知を出した、とのことです。

 上記の「新京報」の記事によれば、中国民航局のこれまでの規定では「中国民用航空、手荷物国内運輸規則」の規定に基づき、天気等の不可抗力が原因の場合は、航空会社は乗客の食事や宿泊の手配を援助することとするが、その費用は乗客が自ら負担することとする、と規定されていたことから、今回の中国民航局の通知は、これまでの規定と明らかに異なるものなのだそうです。これは、オリンピック期間中、天候等による飛行機便の遅れにより、多くの乗客が空港に足止めになる事態を避けるためだ、とのことです。

 夏は雷雨などの影響で飛行機便が遅れることは結構あるのですが、そうしたとき、空港に大勢の人が足止めされて、空港で一夜を明かす、というような事態が生じた場合、テロ対策など乗客の安全確保の観点から好ましくないので、航空会社の責任で空港に多くの人が滞留するようなことがないようにせよ、という指示なのだと思います。これもまたオリンピックが始まってから出された指示で、いかにも「泥縄的」ですが、おそらくこれは最近発生している新疆ウィグル自治区でのテロと見られる事件などを受けて、テロなどの不測の事態を防止するために急きょ決められた決定なのだと思います。

 それにしても、中国民航局が自ら作った規定を変更するような通知を出し、それを曲がりなりにも「民間会社」である航空会社に守らせる、というような事態は通常の資本主義の国ではあり得ない話です。中国の航空会社は、株の多くはまだ国有だと思いますが、形式上は国とは独立した企業体であり、一部の株は公開されていますから、航空会社の収益は一般株主の利益にも直結します。そういった企業体の権利・義務に直接影響を及ぼす通知を、全人代(国会に相当)のような機関の決定を経ずに、中国民航局という政府機関の「鶴の一声」で決めてしまう、というところが、かなり「市場経済化」されたとは言え、中国の企業は政府の方針でどうにでもなることを示すようなできごとでした。

 上記の地下鉄の終電時刻を遅らせることや飛行機便が遅れたときの航空会社の責任を拡大させることなど、オリンピックが始まってから、やり方や規則を変える、というのは、オリンピックという今まで経験したことのないイベントに対して柔軟性を持って対応している、とプラスに見ることもできるでしょうし、予想していなかった事態に直面して右往左往して対応している、とマイナスに見ることもできるでしょう。日本の人の多くは、事前に予測すべきことは事前に予測して、きちんと対策を取って置かないとダメだ、と考えますが、中国の人の多くは、事態はどうなるか全てを事前に予測することは無理なのだから、実際やってみて、不都合があったらその都度やり方を変えればよいのだ、と柔軟な考え方をします。従って、中国の多くの人は、今回ようなオリンピックが始まってからの規則の変更は、別におかしな話だとは思っていないと思います。むしろ困った事態が生じたのに何も変更しないのだったら、その方がおかしい、と考えると思います。

 こういう融通無碍(ゆうづうむげ)で、その場その場で状況に応じて対応することに慣れている中国の人の方が、全てを事前にきちっと準備しておかないと気が済まない日本人よりも、事態対応能力は高いと思います。今回のオリンピックを見ていてつくづく思うのは、いつもとちょっと違う状況が突然出てきた時に、それでも平然としていつもと同じように試合ができる人の方がよい成績を残しているということです。ちょっと違う状況に遭遇して、それにどう対応しようか、とあわてている人は、力を発揮する前に敗れてしまっているように思います。

 規則が決まっているのに、現実の事態に応じて柔軟にその規則も変えて運用してしまう、ということが多い中国では、規則を踏まえてきちんと準備している日本人などは「えっどうして? そんなはずはないのに!」と頭を抱える場面が多いのですが、そういう場面でも平然と「よくあること」と受け流している中国人の方が結局は力を十分に発揮できるのだと思います。今回の地下鉄の終電変更と飛行機便遅れに対する対応では、そういった「いいかげんさ」と「柔軟性」が同居する中国の強さ(したたかさ)を見たような気がしました。

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2008年8月13日 (水)

足跡花火の合成映像と微笑み美少女の口パク

 私も中国に通算3年以上いるので、たいていのことには「ホントかなぁ。これにはウラがあるんじゃないかなぁ」と疑うクセが付いているのいるのですが、8日に行われた北京オリンピック開会式の下記の二つの件については、全く疑っておらず「コロッとだまされ」ました。

 日本でも報道されているので、御存じと思いますが、8月12日、開会式の「裏話」として、次の2つ事情が明らかにされました。この二つとも開会式の様子を書き留めておいた私のブログの記事にも登場するので、下記の私のブログの記事も適宜参照しながら、以下をお読みください。

(参考1)このブログの2008年8月9日付け記事
「北京のテレビで見たオリンピック開会式」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/08/post_c1a7.html

(1)開会式の開始を告げる花火として、南の永定門、前門、天安門、故宮から北京市の北にあるオリンピック・スタジアムへ向けて移動するように打ち上げられた「足跡形の花火」のテレビ中継の映像では、事前に撮影した花火を現場の生中継の映像に重ね合わせた合成映像が使われた

 開会式の開始の時、実際に永定門、前門、天安門、故宮内などから足跡形の花火が打ち上げられたのは事実だそうですが、この花火をヘリコプターで空撮する場合、北京市街地上空を飛ぶヘリコプターの安全確保を図らなければならないので、理想的な撮影角度を確保することが難しく、一部の「足跡花火」については、事前に撮影してあった足形花火の映像をヘリコプターから撮った生の北京の街の夜景の上に合成して映像を流した、とのことです。

 これは北京オリンピック委員会スポークスマンの王偉氏が12日に記者会見説明したものです。王偉氏は「よい演出効果を確保するため」とその理由を説明したとのことです。

(参考2)「新京報」2008年8月13日付け記事
「多くのオリンピック会場では入客率が7割以上に達している」
http://www.thebeijingnews.com/news/olympic/2008/08-13/008@023732.htm

(注)この記事の見出しに関する説明:
 上記の「新京報」の記事では、この日の記者会見で北京オリンピック委員会は、8月11日(月)の北京の18か所の試合会場の入場者率は、90%以上が2か所、80%以上が6か所、70%以上が8か所、残りの2か所も60%以上である、という数字を紹介しています。おそらくは、チケットは完売したと伝えられているのに対し、テレビ画面などを見ると結構空席が目立つことから、この点に対して記者が質問したのに対して北京オリンピック委員会が答えたものと思われます。試合会場に空席が見られることについては、オリンピック関係機関(スポンサーなど)が購入したチケットについて、予選などではお客が実際には来なかった可能性があることや、一部の球技では2試合セットの入場券になっているので、自分が興味のある試合だけを見た客がいたためではないか、と北京オリンピック委員会では説明しています。

(2)国旗入場の時に革命歌「歌唱祖国」を歌っていたかわいらしい女の子は実は口パクだった

 開会式の時、中国の国旗(五星紅旗)がスタジアムに入場し掲揚ポールのところまで移動する間に歌われていた革命歌「歌唱祖国」を歌っていたのはかわいらしい女の子でした。この「歌唱祖国」という歌は行進曲ふうの勇ましい曲で「我らの指導者・毛沢東は、我らの行く先を導く・・・」といった歌詞も含まれている革命を讃える歌です。中華人民共和国の国旗の入場の場面で使う歌としては最もマッチした曲だと私も思いますが、普通の調子で演奏すると、軍隊の行進みたいな感じになり、かなり堅苦しい感じになってしまいます。そこでかわいらしい女の子にこの歌を歌わせて、五星紅旗は少数民族の衣装を着たこどもたちによって運ばれました。こういった柔らかい演出は、私は演出家の大金星だと思っていました。

(参考3)「新京報」2008年8月9日付け記事
「非常に中国的な歌」
http://www.thebeijingnews.com/news/xatk/2008/08-09/008@101800.htm

 この場面には、多くの人々が感激したようで、中国国内のネット上でもこの女の子は大人気になりました。「歌唱祖国」を歌っていたのは、林妙可ちゃんという9歳の北京の小学三年生でした。彼女は歌っている間中微笑みを絶やさなかったことから「微笑み天使」と呼ばれるようになりました。ネット上では、林妙可ちゃんのファンクラブが立ち上がり、林妙可ちゃんのファンは「妙族」(少数民族の「苗(ミャオ)族」と発音が同じことから来た一種のシャレ)と呼ばれるようになりました。海外でも評判で、8月9日付けのニューヨーク・タイムズの1面トップには林妙可ちゃんの写真が載ったとのことです。中国の最も権威ある英字紙チャイナ・ディリーや「人民日報」ホームページ上の記事も、一夜にして「国民的人気者」になったこの林妙可ちゃんについて報じています。

(参考4)「チャイナ・ディリー」2008年8月12日付け記事
「かわいい歌手が国中の心を射止める」
http://www.chinadaily.com.cn/cndy/2008-08/12/content_6926550.htm

(参考5)「人民日報」ホームページ写真ジャーナルのページ
2008年8月12日18:27アップ記事(「武漢晩報」の記事を紹介する形の記事)
「新しい『秘密の少女』、ニューヨークタイムズの1面トップに登場」
http://pic.people.com.cn/GB/1099/7655010.html

 ところが、日本のネット上のニュース等の報道に見たところ、8月12日にアップされた「中国新聞網」が伝えたところによれば、開会式で「歌唱祖国」を歌っていたのは、林妙可ちゃんではなく、全く別の楊沛宜ちゃんという7歳(小学校1年生)の女の子だったとのことです。会場に流れていたのは舞台裏で歌っていた楊沛宜ちゃんの声で、スポットライトを浴びていた林妙可ちゃんは、歌に合わせて口をパクパクさせていた、とのことです。これは開会式の音楽監督をやった陳其鋼氏が明らかにしたとのことです。陳其鋼氏によると、この入れ替えは「楊沛宜ちゃんは外見上の原因で落選したので、国家利益のために行った」とのことです。

 このニュースは「中国新聞網」(中国のネットニュースでも正当派のニュースサイトのひとつです)に掲載されたことから、瞬く間に全世界のメディアで報じられました。ところが、8月13日の中国の新聞では、この「口パク」の件について全く報じていません。また、そもそもの情報の発信源を直接見ようと思って「中国新聞網」のサイトにアクセスしてみましたが、「中国新聞網」のサイト上にある8月12日付け記事のリストには、本件ニュースは載っていません。検索サイトで、このニュースを検索するとヒットしますが、検索結果をクリックしても真っ白の画面が出るだけで何も出ません。外国のメディアが本件を報じて以降、「中国新聞網」上にあったもともとの記事は削除されてしまった模様です。

 ところが、私が見た時点では、検索サイトの「キャッシュ」(検索サイトが各ページの情報を得た時に一時的にその内容を記憶しておくエリア)には、まだこの「中国新聞網」の記事は残っていたので、私はその記事を読むことができました(この記事がアップされたのは2008年8月12日10:05です)。

 この「中国新聞網」の記事には、楊沛宜ちゃんと林妙可ちゃんの両方の写真が掲載されています。BBC中国語サイトがこの写真も含めて「中国新聞網」サイトの記事を紹介していますので、写真を御覧になりたい方はBBC中国語サイトを御覧ください。

(参考6)BBC中国語サイト2008年8月12日北京時間23:28記事
「オリンピック開幕式で偽装、女の子のスターは口パクだった」
http://news.bbc.co.uk/chinese/simp/hi/newsid_7550000/newsid_7556900/7556933.stm

※BBCサイトのニュースは一定の時間が経つと自動的に削除される可能性があります。

 写真を見ればすぐわかりますが、楊沛宜ちゃんは、ごくごく普通の女の子で「外見の点で落選したので」と言われるのはかわいそうだと思います。

 林妙可ちゃんの「口パク」については、テレビを生で見ていた人の中にも「あ、これは口パクだ」と気が付いた人がいたようです。ただ、気が付いた人でも「これだけの大舞台で小さな女の子が緊張して歌えなくなると困るから、前もって録音しておいたものを流して、それに合わせて口を合わせたのだろう。そういうやり方はあり得る話だ。」と考えていたようです。しかし、歌っていたのは実は別人だった、ということを聞くと、普通の人はみんなびっくりします。2006年のトリノ冬季オリンピックの開会式でも、著名なテノール歌手・パパロッティさんが自分の声を事前に録音しておいて、本番の開会式では「口パク」をやっていたことが後で明らかになったのだそうですが、これは本人の声を自分の意志で使ったものであり、こういった手法は多くのイベントで時々行われる演出だと思います。しかし、全然別人の歌に合わせて「口パク」をやるのは、演出ではなく「だまし」だと受け止めれてもしかたがないと思います。

 この件については、中国のネット上でも、相当に議論が沸騰しているようです。先頃、6月20日に胡錦濤主席本人が登場して中国のネットワーカーを驚かせた最も有名な掲示板のひとつ「人民日報」ホームページ上にある「強国論壇」でも、この件に関する意見が載っています(ただし、話題になっている割には掲載されている発言の数が少なすぎるので、かなりの数の発言が削除されている可能性があります)。

 削除されずに残っている発言にも、かなり強烈なものがあります。一番多いのは「この演出は、片方の女の子に『歌はうまくない』と言い、もう片方の女の子に『外見があまりよくない』と言っているのに等しく、二人の女の子に対する侮辱だ」として、この演出を非難し、二人の女の子の気持ちを思いやる意見です。このほかにも「ありえない。もし本当に『口パク』をやっていたのならば、全世界の観衆をだましたことになるんじゃない?」「『国家の見せかけ上の姿』をごまかして作ったとしても、そんな国家はすぐに終わってしまう!」「口パクをやらせるのが国家利益のためですって? 話にならない。こんなのはニセ『国家利益』で、実際は全く逆効果だ!」といった意見が出ています。

※ネット上の掲示板の発言は、日本で言えば「2チャンネルに載っているような見るに耐えないものも多いので、いつもは私はあまり掲示板の発言は紹介したくないと思っているのですが、今回は、中国の名誉のために、あえて、このように極めて常識的な発言も数多く掲載されているのだ、ということを紹介させていただきました。

 ところで、この「林妙可ちゃんは口パクだった」というニュースに関して、現在、下記のように非常に奇妙なことが起こっています。

○「口パクだった」との情報の発信源である「中国新聞網」の記事が削除されてネット上から消えている。

○本件は多くの人が関心を持つ事項であると思われるのに8月13日付けの「新京報」や「京華時報」といった大衆紙が「口パクだった」件について一切報じていない(というか、中国のメディアで「口パク」を報じている新聞を私はまだ見つけられていない)。

○にもかかわらず人民日報ホームページ上の掲示板「強国論壇」には、「中国新聞網」の記事が転載され、それに対する意見の書き込みが今も行われ、削除されずに今でも残っている(当局の指示によって「中国新聞網」のニュースが削除されているのだとしたら、人民日報ホームページの「強国論壇」のような目立つ掲示板にそのニュースを転載する記事が削除されずに残っているのはおかしい)。

 (1)の「テレビで放映された『足跡花火』の一部は合成画面だった」という話は、最初は「だまされた」と思いましたが、「テレビによるショーの見せ方のひとつだ」と言われれば「そうかなぁ」と思えて、それなりに納得できるものでした。でも、(2)の「微笑み美少女は『口パク』だった」という話は私にとってはちょっとショックで、これは「演出」の枠を超えている、と私は感じました。前者については中国のメディアでもきちんと報道されているのに対し、後者については報じられていない(しかし掲示板上からは抹殺はされていない)のは、後者に対しては、中国国内でもいろいろな人がいろいろな印象を受け、結構ショックが大きく、情報管理当局の側でも対応方針が統一されていないからではないか、と思います。

 これらは開会式の単なる「演出」の話であって、世の中の大勢に影響のあるような話でなく、議論する値打ちはない、という考え方もありますが、国際社会に与える中国という国のイメージという点では、私は結構重要な話だと思っています。従って、後者の「口パク」の方が中国の(ネットの掲示板などではない)正式のメディアで報道されていないことにより、この件に関してきちんとした議論が行われないのだとしたら非常に残念なことだと思います。また、元のニュース源がネット上から消され、新聞などでは報じられていない、ということは、「ウラに何かさらに深い理由があるのではないか」といったいつもの「勘ぐりクセ」が出てきてしまいます。

(以下、2008年8月13日23:50追記)

 上記に「中国のメディアで『口パク』を報じている新聞を私はまだ見つけられていない」と書きましたが、広州で発行されている「信息時報」という大衆紙の8月13日付けの紙面に、この件について、独自に取材して書いた記事が掲載されているのを見付けました。この記事には、林妙可ちゃんと楊沛宜ちゃんの二人の写真も掲載されています。

(参考7)「信息時報」2008年8月13日付けオリンピック特集ページT17面記事
「一人が幕の前で顔を出し、一人が幕の後ろで声で貢献した」
http://informationtimes.dayoo.com/html/2008-08/13/content_287977.htm

 このように中国国内でもちゃんと報道されているのだとすると、「中国新聞網」の記事が削除され、北京の新聞が何も書かないのはなぜなのか、ますます理由がわからなくなってしまいました。

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メダル・ラッシュ報道の裏の不気味な地鳴り

 オリンピックが始まってから、電子メールなどで中国国内旅行の宣伝がよく入るようになりました。「航空賃が安くなりましたので、著名観光地宿泊パックでたった○○○○元!」とか、「観光地近くの豪華ホテル、1泊△△△元で提供しております。御利用ください。」といった調子です。実際ネット上の航空会社の中国激安国内運賃の欄には16%、17%の激安チケットなどが載っています(16%引き、17%引きではない)。

 私は6月23日付けのこのブログで6月時点での中国国内航空賃が暴落していることに関連して「7月になってオリンピックが近くなると人の移動が多くなって国内航空賃も高くなると思うので、今の状況は一時的な現象だと思いますが・・・」と書きました。

(参考1)このブログの2008年6月23日付け記事
「中国国内航空:便によっては激安?」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/06/post_2490.html

 しかし、この中国国内航空賃激安状態は、オリンピックが始まった今も変わっていないようです。というかオリンピック景気の当てが外れた分、さらに国内航空賃は安くなっているのかもしれません。チベット自治区、四川省、新疆ウィグル自治区といった日本の外務省が「渡航の是非検討」以上の渡航情報(危険情報)を出している場所(2008年8月12日現在)は観光客が減ってもやむを得ないかなぁ、と思いますが、上記の「豪華ホテルをお安く提供しております」というのは、上記の渡航情報(危険情報)が出ていない(通常の状態の)場所にあります。中国全土に渡って、旅行者数が減っているのだと思います。

 8月12日夕方に配信された新華社電(英語版)によると、新疆ウィグル自治区の先日武装警察国境警備支部隊が襲撃されて16名が死亡(16名が負傷)したカシュガルの近くで、また、検問に当たっていた警備員3名が何者かに刺殺される事件(1名が負傷)が起きた、とのことです。

(参考2)「新華社」ホームページ英語版2008年8月12日16:32アップ
「新疆ウィグル自治区の道路の検問所で治安要員3人が襲撃されて殺された」
http://news.xinhuanet.com/english/2008-08/12/content_9214741.htm

 上記の新華社の英語の記事は見ることができますが、私は今(8月13日0時過ぎ)の時点では、新華社の中国語のホームページでこのニュースを見つけることができません。中国語の掲示板に「英語版新華社電によれば・・・」という書き出しでこの記事の内容を紹介する書き込みは見付けることができたので、たぶんまだ中国語ではこのニュースは配信していないのだろうと思います。一方、7月末から見ることができるようになったBBCのホームページ中国語版では、上記の新華社電英語版を元にした中国語の記事を見ることができます。たぶん、新華社が既に外国へ向けて配信しているので、中国の明日の朝発売の新聞には、この記事は載るでしょう。

 しかし、国営新華社通信が英語で配信し、外国のテレビ局が既に中国語で伝えているニュースを新華社自身が中国語で自国民に伝えていないこの状況を中国の人々はどう感じているのでしょうか。

 こういった報道のされ方も、対外的に「情報を隠したと言われたくない」という配慮と、自国民に対してはあまり刺激したくない、という複雑で困惑した当局の考え方を表していると思います。それにしても、これだけ立て続けて事件が起こるとさすがにちょっと不安になります。新疆ウィグル自治区は、警備上の重点区域であるはずですが、北京オリンピックの警備のために北京の警備も厳重にしなければならないために、警備の面でも人海戦術を採ることができる中国でも警備の人手が足りなくなっているのでしょうか。

 経済面でもここのところ中国の株価はオリンピックが始まる前には「ご祝儀相場」で少し株価が上がるのではないか、という期待もあったようですが、現実にはそういったものはなく、株価はここのところずっと低下傾向にあります。オリンピック関連の「景気のいい材料」はほぼ出尽くしたので、「オリンピック後」に対する警戒感が一気に出た形になっています。

 今のところ新聞紙面はオリンピック関連の中国のメダル・ラッシュに関する記事ばかりなので、治安面の経済面も「マイナスの話」は新聞紙上では全然目立っていない(ちゃんと報じられてはいる)のですが、「マイナスのニュース」が紙面上目立っていない分だけ逆にちょっと不気味な底流が見えないところで動き出し始めているような気がしてしかたがありません。

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2008年8月11日 (月)

キッシンジャー氏の北京の休日

 今日(8月11日:北京オリンピック第4日)の北京の大気汚染指数は37でした。今日は曇りでしたが、昨夜雷雨が降ったので、汚染がきれいに洗い流されて、空気はスッキリしていました。

 今日(8月11日)昼間、北京市内でアメリカのブッシュ大統領一行の車列を見掛けました。前後の交通を完全に遮断して、パトカー先導で長い車列が続きました。ブッシュ大統領は、7日夜に北京に入った後、8日の開会式に出席し、10日に胡錦濤主席や温家宝総理と会見しましたが、その他の時間は、いろんな試合の観戦をしていたようです。昨日(8月10日)夜は、バスケットボールの中国対アメリカの試合を観戦していました。今日(11日)北京を離れたようですが、北京に4泊したわけです。8日の午前中に北京に入り、首脳会談を行った後、開会式(日本時間9日午前2時過ぎまで掛かった)に出席して、北京に1泊もしないでそのまま夜中に北京から長崎に移動して9日11時(日本時間)に行われた長崎の原爆祈念式典に出席した日本の福田総理の忙しさとは比べものにならないほどの優雅な北京の旅でした。今は、まぁ、夏休みの時期ですけれども、来年1月の任期切れを前にして「そろそろ営業終了の時刻」の感じがミエミエのブッシュ大統領の日程でした。

 8月11日付けの新聞ではブッシュ大統領の隣に中国の楊潔外交部長、その隣に父親のブッシュ元大統領、ブッシュ大統領の後にニクソン大統領(共和党)時代の大統領特別補佐官・国務長官のキッシンジャー氏という超大物が揃ってバスケット観戦に興ずる姿の写真が報じられました。その写真の中で、キッシンジャー氏は、手にミネラルウォーターのペットボトルを持って、リラックスした感じで試合を見ていました。

 キッシンジャー氏は、1971年7月、東南アジア歴訪の最後に訪れたパキスタンで「体調を崩してカーン大統領の別荘で休養する」と称して報道陣の前から姿を消し、そのままパキスタンの空軍機で隠密裡に北京へ入って当時の周恩来総理と極秘会談を行うという「忍者外交」を行ったその人です。極秘会談終了後、ニクソン大統領は「来年5月までに自分が北京を訪問する」という演説を行い、世界を驚愕させたのでした。翌年、1972年2月、ニクソン大統領は北京を訪問しました。それはちょうど日本の札幌で冬季オリンピックが行われた直後のことでした。

 ニクソン大統領が北京空港で大統領専用機を降りた時、周恩来総理は非常に硬い緊張した表情で出迎えニクソン大統領と握手した時のニュース映像を私はよく覚えています。当時、アメリカはベトナム戦争で苦しんでいました。中国は中ソ対立でソ連からの圧迫に脅威を感じていました。「敵の敵は味方」の論理で、アメリカと中国との利害が一致した結果のニクソン大統領訪中でした。その時、私は中学生でしたが、「世界は変わる」とニクソン訪中のニュースを見て感じていました。その年の9月、日本の田中角栄総理が訪中して日中国交正常化がなりましたが、北京空港で田中総理を出迎えたときの周恩来総理は、非常ににこやかでリラックスした感じでした。まさにニクソン訪中こそが「のるかそるか」の歴史の転換点であり、田中総理の訪中は、ニクソン訪中により転換した時代の流れに乗った自然の出来事だった、ということを印象付けるような周恩来総理の表情でした。

 あれから36年。ブッシュ大統領は、北京入りする日の午前中、中国に入る前の訪問国タイのバンコクで、中国の人権政策の是正を希望する旨の演説を行いました。その中で、父親の元ブッシュ大統領に同行して1975年に最初に中国を訪問したときの印象を語り、既に世界に大きな影響力を持つに至った中国は、自らの行く道を自ら判断すべきだ、と強調していました。この演説は、今回の訪問で父親のブッシュ元大統領やキッシンジャー氏を同行していることを意識したものだったと思います。今回、1972年のニクソン訪中を思い起こさせるような人物を同行させ、またそれを意識させるような演説をして北京入りしたブッシュ大統領には、アメリカ国内に「共和党政権の中国政策の勝利」を印象づけて、秋の大統領選挙にプラスにしよう、という意図があることは明らかでした。

 ただ、そういった政治的な「駆け引き」を差し引いても、私は、個人的には、リラックスしてオリンピック観戦をするキッシンジャー氏の姿が非常に印象に残りました。この36年間、中国の歴史は決して平坦ではなかったけれども、確かに前へ進んだのは事実だ、と感じたからです。中国を巡る現在の諸般の事情を踏まえれば、アメリカの大統領一行がそんなにリラックスして北京オリンピックを観戦していていいのか、という批判もあると思いますが、「打倒米帝(アメリカ帝国主義)!」と大きな声でスローガンを叫んでいた文革時代に比べれば、中国の歴史が前に進んでいることは事実です。

 私は20年前にも北京に駐在していましたが、今回の北京オリンピックの運営その他の様々な対応状況を見て、中国は、20年前にできなかったことを今きちんとこなしている、と実感しています。20年前の中国には、これだけ大きな国際イベントをホストする余裕はとてもありませんでした。それだけに、社会の状況がそれだけ進歩しているのに、政治の状況が20年前と全く変わっていない(というより1989年の時点でむしろ逆転してしまった)のが残念でなりません。社会の状況も変化しているし、人々の感覚も明らかに進歩しています。北京オリンピックをうまくやり遂げることで、その「人々の感覚」は「自信」へと繋がるでしょう。社会や人々の感覚と政治システムのアンバランスは、もうこれ以上乖離(かいり)できないような臨界点に達していると思います。

 北京オリンピックをうまくやり遂げた自信を持って、ブッシュ大統領がバンコクで演説したように、中国が自らの判断で自ら歩む道を選択し、そういった「アンバランス」の是正へ向けて少しでも前進するよう私は願っています。

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2008年8月10日 (日)

テレビ・新聞はオリンピック一色

 中国中央電視台は、普段は経済ニュースをやっている経済チャンネルもオリンピック中継をやっているので、テレビはオリンピック一色という感じです。新聞もほとんどオリンピックの話題一色です。開会式の直後は、人民日報が「号外」を出しましたが、人民日報が「号外」を出したなんて、史上初じゃないかと思います。いずれにせよ、新聞を一杯にするほど、実際、中国の選手が活躍しているので、うらやましい限りです。テレビを見ていても、やっぱり観客の応援というのは選手にパワーを与えるようで、あまり期待されていなかった種目や選手でも、力を発揮している中国の選手は多いように見受けられます。

 大気汚染の方は相変わらずで、8月10日の北京の大気汚染指数は82でした。自転車のロードレースもやったけれども、大気汚染に文句を言う選手や大会関係者もいなかったようなので、「なんとかなった」ということなのでしょう。もっとも「空気の状況がどうの」とか「蒸し暑い」とか何とか文句を言うような人はオリンピックでは勝てないんでしょうね。今日(8月10日)は、夕方から夜に掛けて雷雨が降っているので、明日以降は大気汚染は改善される可能性があります。

 街を歩くと、公安の車がやたらと多いし、とにかく腕に紅い腕章を着けた治安ボランティアが大勢います。大通りだと100メートルにこういったボランティアの人たちが一人立っている感じです。学生さんとか居民委員会(町内会のようなもの)の人なのでしょうが、こういう形で「自分も北京オリンピックの運営に参加した」と実感するのも悪くない、と思っているのではないでしょうか。8月9日に北京の鼓楼で起きたアメリカ人観光客(バレーボール・チームのコーチの親族)殺害事件、8月10日未明に新疆ウィグル自治区クチャで起きた爆弾襲撃事件は、新華社などで伝えられていますが、オリンピック関係記事が圧倒的に多いので、完全に埋没してしまっている感じです。少なくとも、現在、北京にいる人たちは、オリンピックのお祭り気分に酔っている感じなので、北京で治安上の大きな事件が起きるような雰囲気はありません。

 試合の運営も大きなトラブルはなくうまく行っているようです(小さなトラブルはあるのでしょうが、そういうのはあまり報じられないだけかもしれませんけど)。開会式終了後の観客の帰宅輸送も問題なく行われたようで、今日(8月10日)付けの「新京報」によると、開会式に参加した、観客、出演者、ボランティアなど合わせて16万人も、終了後1時間15分で、混乱なく解散したとのことです。

(参考)「新京報」2008年8月10付け記事
「開会式、観衆は75分で解散」
http://www.thebeijingnews.com/news/olympic/2008/08-10/008@032103.htm

 こういう記事が載ること自体、開会式が終わった後の観衆の輸送がひとつの「課題」として認識されていたのでしょう。

 上記の記事によると、開会式に参加した16万人のうち7万人がVIP、来賓、選手、メディア及び開会式出演者などの関係者で、これらは専用車で移動し、その他の9万人のうち、観客は4万人、作業担当者とボランティアが5万人で、彼らは公共交通(バスと地下鉄)で移動した、とのことです(8月8日深夜は地下鉄は終夜運転をしていました)。日本のメディアでも報道されていますが、開会式の晩は蒸し暑かったので、570人が暑さのために体調不良を訴えたとのことです(ただし、これは想定の範囲内で、そういう人が出たときのために救急車などが最初から配備さていた)。

 地下鉄の駅に連なる地下街にある「露天」のようなお店は今日は営業していました。開会式のあった8月8日だけ休んでいたようです。外国人観光客らしきお客もたくさんいました。もう立秋も過ぎましたので、北京の暑さもだんだん和らぐ方向へ向かうでしょう。「盛り上がらない」と言われた北京オリンピックですが、少なくとも北京にいる限り、あと2週間は「オリンピック一色」状態が続きそうです。

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2008年8月 9日 (土)

北京のテレビで見たオリンピック開会式

 昨夜(2008年8月8日夜)の北京オリンピック開会式は、北京で中国中央電視台とNHK-BS1をチャンネルを切り替えながら見ていました。感想や気が付いた点を書いてみます。

○人文字カウントダウン:

 人文字ライトアップによるカウントダウンはなかなか良かったですね。漢数字のわかる日本人としては、漢数字とアラビア数字によるカウントダウンは面白かったと思います。最初は、8月8日午後8時8分に開始なのかと思っていたのですが、8:00ちょうどの開始だったのですね。

○北京市内を走った花火:

 開会式の行われた国家運動場(通称「鳥の巣」)は、天安門と故宮を結ぶ南北の線(北京の中心線)の延長線上の北の方(第四環状路の少し北側)にあります。開会式の始まりを告げる花火は、この北京市を南北に連ねる中心線上に沿って、まず天安門の南にある永定門から始まり、前門、天安門、故宮の中にある神武門、景山公園、その北にある城市公園、第三環状路の北にある科学技術館で打ち上げられた後、オリンピック公園で打ち上げられました。これを空撮ヘリコプターで撮影していました。足跡の形をした花火だったのだそうですが、テレビを見ていた時は「足跡の形」だとは気が付きませんでした。巨大な足跡が南からオリンピック・スタジアムへやってくる、というストーリーだったようです。街全体をキャンバスにしてしまう、という発想には恐れ入りました。

 普段は警備が厳しい北京市のど真ん中の上空を空撮用のヘリコプターが飛び、そこから生中継で映像が送られる、など前代未聞のことです。それに天安門や故宮の周辺はそれなりに広い場所があるとは言え、国宝級の建物の上空や街のど真ん中の公園の上空に花火を打ち上げる、というのは、これまた日本的感覚から言ったら、ちょっと乱暴な感じがしました(不発弾の落下や火の付いた破片の落下を想定して、日本ならば普通は花火は海や川、湖など水の上で花火を打ち上げますよね)。これもオリンピック・スペシャルなんでしょう。

○中国国旗(五星紅旗)の掲揚:

 中国国旗が入場して掲揚塔のところまで運ばれる際に流れていた歌は「歌唱祖国」で、中国では「第二の国歌」とも呼ばれる曲です。中華人民共和国の成立直後に作られた曲で、勇ましい行進曲ふうの曲です。「我らの指導者・毛沢東は、我々の進むべき道を導く」といった歌詞が出てくる革命歌です。国旗を運ぶ場面でのこの曲を使うのは中国では不思議ではないのですが、今回の演出では、この曲を幼い女の子に歌わせていたので、非常に軟らかいイメージの曲に聞こえたと思います。毎日、この局は中央人民ラジオ局のニュースの時間のオープニングに流れますが、いつものような勇ましい行進曲ふうの演奏の仕方だったら、世界中に人に相当にまるで軍事国家のような印象を与えてしまうところでしたからね。小さな女の子に歌わせたのは正解だったと思い思います。

 その後、国旗の掲揚は(最後の方で出てくるオリンピック旗の掲揚の時も同じでしたが)人民解放軍の兵士の手によって行われました。これは、毎日、天安門前広場で日の出時の国旗掲揚と日没時の国旗降旗で行われている中国ではごく一般的な儀式なんですが、見慣れない人には、相当にお堅い「社会主義国中国」らしいイメージを与えたかもしれません。

 国旗を様々な少数民族の民族衣装を着たこどもたちが運んできましたが、多くの少数民族の衣装をまとった人々を登場させて民族間の融和を強調するのは、こういったイベントでは必ずやる趣向です。別に最近チベットやウィグル自治区で事件が起きたから、あえてこういう趣向にしたわけではありません。

○歴史絵巻の巻物:

 「歴史絵巻」を光の投射で表現する、というのが、今回の開会式の演出のひとつの「機軸」でした。「漢字」「印刷術」「羅針盤」といった中国の発明が文化を創った歴史を表現していました。「漢字」の表現のところで「和」という字の歴史的移り変わりを表現していましたが、これは「平和」という意味と、現在の胡錦濤政権が掲げる「和諧社会」との両方をイメージさせるものだったと思います。

 活字をイメージしたマスゲームがありましたが、最後に「活字」に入っていた若者たちが顔を出して手を振ったのはよかったですね。「顔の見える演出」だったと思います。

 そのほか、太極拳とか中国古来の伝統的なものが次々に出てきましたが、中国に住んでいる私にとっては、そんなに珍しいものでもなかったので、若干「長いな」という印象を持ちました。最初の30分くらいはテンポがよく引き込まれる感じがあったのですが、後半は蒸し暑さのせいもあり、ちょっと見ていても「疲れ気味」でした。

 でも、全体的には圧巻だったと思います。

○夢:

 宇宙服を着た宇宙飛行士が天井から降りてきましたが、これは今年10月に打ち上げられる予定の中国としては3回目の有人宇宙飛行を意識していたと思います。今度の有人宇宙飛行では宇宙飛行士が宇宙遊泳をすることが計画されています。

○主題歌:

 中国の男性歌手・劉歓とイギリスのソプラノ歌手サブ・ブライトマンが「You and I」という主題歌を歌いました。なぜ女性歌手が中国人じゃないのかなぁ、と思っていたのですが、この主題歌を歌う場面は、中国が世界と手を携えていく、という流れの中だったので、外国人の歌手の方がピッタリだったのですね。これは納得でした。

○選手の入場行進:

 東京オリンピックの頃は、行進曲に乗って各国選手団が整然と入場行進する、というのがオリンピック開会式のお決まりのパターンだったのですが、デジタルカメラが普及して以降、選手自身がカメラを持って撮影しながら行進するようになったので、最近は、オリンピック開会式の入場行進は、悪くいえばダラダラ、よく言えばリラックスした雰囲気の入場行進になっていますね。選手の入場行進は、選手団はのんびり歩いていたので、式を企画した人の想定より、時間が掛かってしまったようでしたね(そのため、今回の開会式は約3時間半掛かる、と言われていたのですが、実際は4時間10分掛かりました)。

 入場行進をする選手たちの歩く道筋を整理するために人垣を作って踊りながら立っていた若い女性の皆様方は、2時間以上続いた選手の入場行進の間ずっと踊っていたようなので(たぶん途中で交代していたと思いますが)、あの蒸し暑さの中、御苦労様でした。

 今回の入場行進は、最初のギリシャと最後の中国は別として、中国語の漢字(簡体字)で表記した際の総画数順というのはユニークでした。日本の「日」は4画なので比較的前の方の登場でした。中国語をご存じない方には全く順番が予想できなかったと思いますが、「智利(チリ)」「墨西哥(メキシコ)」「徳国(ドイツ)」「澳大利亜(オーストラリア)」などは最初の文字の画数が多いので順番が後ろの方になってしまうのですね。

 参加国・地域が204と「史上最多」と言われますが、昔に比べれば、ソ連や旧ユーゴスラビアが解体して国の数は増えていますから、昔と比較するのはあまり意味がないと思います。それにオリンピック委員会ごとの入場なので、「中華台北」「中国香港」と中国は別々ですし、グアムやプエルトリコのような自治領はアメリカとは別、といったふうに、この際「国」はあんまり関係ない、という印象を強く受けました。それにしても、私自身、アフリカやカリブ海に浮かぶ島国など、全然知らない国が意外に多かったのはお恥ずかしい限りでした。

 日本選手団が入場したとき、会場からウォーという声が上がりましたが、歓声なのかブーイングなのかは、よくわかりませんでした。フランスに対しても明らかなブーイングのようなものはなく、開会式に関する限り、観衆は非常にお行儀が良かったと思います。台湾(中華台北)選手団の入場に対して大きな拍手が沸き上がったのはよかったと思います。

○北京オリンピック委員会と国際オリンピック委員会の挨拶:

 今回のオリンピックでは「中国百年の夢」ということがいろいろなところで言われました。清朝末期の1908年、列強各国による半植民地化された当時の中国において、ある雑誌が「中国はいつオリンピックを開催できるのだろうか」という問題提起を掲げてから今年でちょうど100年になるからです。北京オリンピック委員会の劉淇会長は、そのことを強調していました。

 このオリンピック開会式では、5月に起きた四川大地震に配慮して、少し派手さを抑えた演出になるのかなぁ、という観測もありましたが、四川大地震の件は影響していなかったようです。ただ、中国選手団の旗手を務めたバスケットボールの姚明選手は、傍らに林浩という震災の時に友だちを助けた「震災英雄少年」を伴っていました。国際オリンピック委員会のロゲ会長は、その挨拶で5月に起きた四川大地震に言及し、中国の人々の団結を讃えました。

 いつも言う言葉なのでしょうが、ロゲ会長は、選手たちに対して「国籍、人種、性別、信じる宗教、政治システムの違いを超えて、試合をし、交流をすることを求めました。「政治システムの違い」という部分は、いつものオリンピックでも言っていることだとは思いますが、これは国際オリンピック委員会の北京オリンピックにおけるひとつのメッセージだと私は思いました。

○聖火台への点火:

 聖火ランナーは、歴代の中国のメダリストが受け継いだ後、最後は1984年、中国が最初にオリンピックに参加したロサンゼルス大会で金メダルを獲得した李寧氏でした。その意味ではそれほどの「サプライズ人選」ではなかったのですが、後で報道で知ったところによれば、李寧氏は漢族ではなく、チュワン族なのだそうで、そういったところにも民族融和を印象付けたいという企画側の意図があったように思います。

 なお、開会式の進行が予定より遅れたため、胡錦濤主席の開会宣言は8月8日のうちに行われましたが、成果への点火は24時を回っており8月9日になってからでした(聖火台に点火されたのは8月9日0時05分)。

(参考)「新京報」2008年8月9日付け記事
「開会式の時系列」
http://www.thebeijingnews.com/news/xatk/2008/08-09/008@101746.htm

○開会式終了時の花火:

 開会式終了時には一斉に花火が打ち上げられました。天安門前広場でも花火が打ち上げられた、とのことです。私が住んでいるところは、オリンピック・スタジアムからも天安門前広場からもかなり離れているのですが、この最後の花火の音は相当大きく聞こえました。花火の音が聞こえただけで、リアルタイムで北京にいたことを実感できて、私としてはよかったと思っています。

 今終わって考えれば、北京市の中心部に花火という大量の火薬が持ち込まれていたわけです。これは考えようによっては、相当なリスクを背負っての演出だったと思います。日本だったら演出家がそういう提案をしても、消防署や警備担当の警察が許可を出さなかった可能性があります。いろいろな演出で天井から人をぶる下げる演出が多かったり、「中国では安全についてはそれほど気にしない。少しぐらいのリスクならば怖がらずに挑戦する。」という傾向がよく現れていたと思います。

○蒸し暑さと長さ:

 「鳥の巣」に行ったことのある人に聞くと、鳥の巣はすり鉢状で風が通り抜けないため、相当に暑いのだそうです。昨晩は、湿度がかなり高く「熱帯夜状態」だったので、特にきちんとした服を着ていた選手団の皆さんは相当に扱ったのではないかと思います。外国要人の方々には記念品として、大きな「扇」がプレゼントされたようで、皆さんそれで扇いで涼をとっていました。それでも開会式は4時間を超えたので、各国指導者や中国の国家指導者の皆様も、最後の方はちょっとぐったり気味の感じでした。

○テレビが生放送だったかどうかについて:

 一部日本の報道では中国中央電視台の放送が「生放送」より10秒程度遅れていた、と報じていますが、私が見ていた限り、中国中央電視台とNHK-BS1とは同時の画面を放送していました。NHK-BS1は静止軌道上にある放送衛星まで電波が行って帰ってくるまでの時間(約0.24秒)遅れるのですが、最近の放送はデジタル化しているので、デジタル化処理に数秒掛かることを考えると、中国中央電視台の放送はほぼ「生放送」であったと考えて良いと思います。検閲を入れるためには普通最低20秒程度は「遅れ」を入れますので、今回のオリンピック中継については、中国側は「検閲」することはあきらめていると思います。

○政治指導者の映像への登場について:

 中国中央電視台が中国選手団を多く撮し、NHK-BS1が日本選手団の映像を多く選んで放送していたのは当然として、それ以外の部分では、中国中央電視台とNHK-BS1はほとんど(95%以上)同じ映像を使っていました。ただし、中国中央電視台では、中国共産党政治局常務委員ら国家指導者の映像を何回も撮していましたが、同じ時、NHK-BS1では選手団や観客の映像など別の映像を放映していました。中国国家指導者の映像については、中国国内向けのスペシャルだったようです。

 なお、今回の開会式の席順は、国際オリンピック委員会のロゲ会長の隣に胡錦濤国家主席、その隣に現在は何の役職についていない江沢民前国家主席が夫人とともに座り、その隣が呉邦国全国人民代表大会常務委員会委員長(政治局常務委員会ナンバー2)、温家宝国務院総理(政治局常務委員会ナンバー3)・・というふうに「通常の序列順」に着席していました。つまり、江沢民氏がナンバー1の胡錦濤主席とナンバー2の呉邦国氏の間に割って入った形で着席していました。江沢民氏は、北京にオリンピックを誘致した時の国家主席ですので、胡錦濤主席の隣に座っていても不自然ではない、と言えばそれまでですが、江沢民氏が今でもまだ政治的影響力を持っていることを示す席順でした(なお、北京オリンピック誘致時の国務院総理の朱鎔基氏や元総理の李鵬氏は、私が見る限り画面では登場しませんでした)。

 選手団に拍手を送る胡錦濤主席の映像はNHK-BS1でも放送していましたが、中国中央電視台が江沢民氏を撮している時はNHK-BS1では別の場面を放送しており、私が見た限り、NHKの映像には江沢民氏は登場しなかったと思われます。このあたり、どの指導者の映像を国内へ流すのか、国際映像として海外に流すのか、については、中国の放送局はものすごく神経を使っていたと思います。

 各国選手団が入場すると、それぞれの国の首脳クラスは立ち上がって拍手をしますが、今回の開会式では、ブッシュ・アメリカ大統領、日本の福田総理、韓国のイ・ミョンバウ大統領、ロシアのプーチン首相、フランスのサルコジ大統領、イスラエルのシモン・ペレス大統領、アフガニスタンのカルザイ大統領、オーストラリアのケビン・ラッド首相などそうそうたる顔ぶれが画面に登場しました(これらの各国指導者の映像はNHK-BS1でも流れていました)。

○人工消雨について

 一部日本の報道では、開会式で雨が降らなかったのは中国側がヨウ化銀ロケットを1,000発以上打ち込んだ成果だ、として人工消雨に成功したとの報道がなされていますが、私が中国気象局のレーダーを見ていた限り、ヨウ化銀ロケットを打たなくても開会式の時間帯に北京に雨雲が掛かる可能性はあまりなかったと思われますので、あまり科学的根拠もなく「人工消雨」に「成功した」と報じるのはいかがなものかと思います。ヨウ化銀ロケットは、上空に湿った大気がある時、雨が降る確率をいくぶん高める、あるいは、雨が降る場合でも降る量をいくぶん大目にする効果があるとされていますが、全く湿気のないところで雨を降らせたり、大雨が降りそうな気象状況で雨を降らないようにすることはできません。

 ヨウ化銀は人間や動物には無害だとされていますが、降雨効果とヨウ化銀という自然界にない化学物質が環境中にばらまかれることに対する懸念とを天秤に掛けて、日本ではこの方法はあまり実施されていません。これは科学の問題というより、環境に自然界にない化学物質をばらまくことがいいかどうか、という環境に対する発想の問題だと私は思っています。

 8月9日に発表された北京の大気汚染指数(8月8日正午から8月9日正午までの観測値の平均値)は78でした。ヨウ化銀を空気中にばらまく、ということは、大気汚染の原因になる微粒子物質をばらまくことになるので、消雨ロケット作戦は大気汚染指数に悪い影響が出るのではないかと思ったのですが、それほどの影響はなかったようです。

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 いずれにしても開会式が今回のオリンピックのひとつの大きな「ヤマ」だったので、それが無事に終了して、ちょっとホッとした気分です。後は、選手の皆さんの伸び伸びとした活躍を楽しみにしたいと思います。

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2008年8月 8日 (金)

「中国の歴史が変わる日」になるのか

 今、2008年8月8日18:30(北京時間)です。オリンピックの開会式開始まであと1時間半に迫りました。今日はかなり湿度が高くて視界が悪かったのですが、日中、気温が上がるに連れて、視界は少しよくなりました。大気汚染と視界とは1対1には対応しませんが、「開会式当日はスカッと青空」というわけには結局はいきませんでした。8月8日発表の北京の大気汚染指数は94でした。100以下が「良」ですので、ギリギリ合格点、というところでしょうか。こんな感じだと、オリンピック期間中にも100を超える日が何日かあるかもしれません。

 開会式の雨がどうなるのか、と思ってインターネットで中国の国家気象局のレーダー画面を見てみました。このサイトでは、だいたい1時間前までの最新のレーダー画面を見ることができます。

(参考1)中国気象局全国レーダー図
http://www.cma.gov.cn/tqyb/tqyb/radar/rindex.htm
※このサイトから「華北レーダー」を選び、その中の「一小時降水」(1時間降水量)を選ぶと雨が降っている状況がわかるので最もわかりやすいと思います。

 このレーダー画面によると、今日(8月8日)は、北京の北西方向、河北省と内モンゴル自治区との境界あたりを中心に雨雲が発達していましたが、午後になってその雲は小さくなっているようです。また、夏ですから、局地的に雨雲が発達することがあるのですが、最新画面(8月8日北京時間17:20現在)では北京の西の方でちょっと発達していた雲が消滅しつつあるので、どうやら開会式が終わるまでは雨は降らずに済みそうです。私が肉眼で空を見た感じでも、今晩中は雨が降らずに持ちそうな空模様です。

 今日、8月8日は、さすがに街の警戒はかなり厳しいものがありました。いつもは衣服や靴、カバンなどを安く売っている地下鉄の駅に連なる地下道の両脇に並んだ露天も今日は全て店を閉めていました。代わりに警備に当たる係員が地下道を通る人々に目を光らせていました。一方、街を歩く外国人らしき人の数は、いつもより格段に増えており、街角にあるボランティア・ステーションでも、道を聞く外国人らしき姿もありました。

 私が歩いたのは、オリンピック会場とは相当に離れた場所なのですが、それでも街行く人々はウキウキとした雰囲気でした。何となく「お祭り」気分が街中に漂っている感じでした。

 この北京オリンピックは、中国が変わる歴史的な出来事になるのか、それともオリンピックを経ても中国は今までと同じで全く変わらないのか、それはよくわかりません。少なくとも北京の大気汚染については、私はオリンピック期間中だけは「劇的によくなり、オリンピックのために北京に来た世界の人々が『北京の大気汚染は大したことないじゃないか』と誤解して帰る」と想像していたのですが、実際は、確かにいつもよりは改善しましたが、それほど「劇的」には改善されず、オリンピックに来た人は、だいたい普段通りの北京の大気汚染の状況を経験していると思います。一方、インターネット規制については、本当に中国にとってセンシティブなサイトへのアクセスはいまだにアクセス禁止になっていますが、BBC中国語サイトの掲示板やウィキペディア中国語版など、中国の人々が中国語で書き込みもできるサイトへのアクセスはできるようになりました。

(参考2)このブログの2008年8月1日付け記事
「BBC中国語版サイトへのアクセス規制解除」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/08/post_fc0a.html

 このインターネット規制の緩和措置がオリンピック後も続くのかどうかわかりませんが、これはオリンピックによって「劇的」に変わった面のひとつです。

 これらと同じで「オリンピックで中国は劇的に変わる」という予想と「劇的には変わらない」という予想と両方があります。「劇的に変わる部分もあるし、変わらない部分もある」というのが正しい答えになるのでしょう。そういったことはオリンピックが終わった後でじっくりと検証することにして、まずはオリンピック期間中は、街行く中国の人々の「ウキウキお祭り気分」と同じような気持ちでオリンピック自体を楽しみたいと思います。

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開会式当日の北京の朝は視界300メートル

 今、2008年8月8日の朝7:30過ぎ(北京時間)です。オリンピック開会式が12時間後に迫っていますが、朝は最近にない濃い霧に包まれています。視界は300メートルといったところでしょうか。空を見上げると太陽は白く見えています。ここまで視界が悪いと、その原因が全て大気汚染であるはずはないので、湿度の高さが影響しているのは明らかですが、水蒸気の「核」となる微粒子が空気中に浮遊していることは間違いないと思います。

 湿度が高いので、夜8時8分開始の開会式までの間に「ひと雨」ある可能性もあります。ちょっと心配なのは、ここまで視界が悪いと飛行機の運航に影響しないか、ということです。北京首都空港には電子誘導装置がありますので、相当に視界が悪くても飛行機の離発着は可能ですが、過去に濃霧による視界不良のため飛行機便が欠航になったこともあります。「ひと雨」降れば視界も晴れるでしょうが、この8月の時期の「ひと雨」は普通は「雷雨」になりますが、「雷雨」も激しくなると飛行機の運航に影響します。今日は日本の福田総理ほか、開会式に出席する各国首脳の北京到着も相次ぎます(アメリカのブッシュ大統領は既に昨晩のうちに北京に到着しています)。天候がこれら各国首脳や開会式を楽しみにしている一般の観客の皆様が北京に来ることに影響しないことを祈りたいと思います。

 また、あまり視界が悪いと開会式のせっかくの演出が見えにくい、という事態にもなりかねませんので、あと12時間ちょっとの間にこの視界の悪さがなんとか改善してくれればいいなぁ、と思っています。

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2008年8月 7日 (木)

開会式前日の天安門前広場はいたって平和

 オリンピック開会式前日の今日(8月7日)は、開会式に出席する各国首脳の北京到着がピークになり、北京市内に大幅な交通規制が敷かれる可能性があったため、夏休みを取りました。明日の開会式当日は、天安門前広場周辺には大幅な立ち入り制限が敷かれるので、開会式当日に天安門前広場の様子を見に行くことは難しいと考えられたので、開会式前日の今日、地下鉄で天安門前広場の近くまで行って、広場の周囲を歩いてみました。地下鉄の駅では手荷物検査をやっていましたが、私が行ったのは昼間の時間帯だったので、お客で混雑するというようなことはありませんでした。地下鉄自体も普通通りの混み具合で、ギュウギュウ詰めということはありませんでした。

 天安門前広場の約1km東にある北京飯店は、オリンピック関係者が宿泊しているらしく、周囲の歩道に柵が設けられて立ち入り禁止になっていました。しかし、北京飯店の東側にある大通り・王府井大街は、立ち入り禁止になっている部分より北側では、いつもの通りの「歩行者天国」で、大勢の観光客が散策していました。

 北京飯店(長安街の北側にあります)の前の歩道が歩行禁止なので、長安街の南側の歩道を使って天安門前広場まで歩きました。明らかに警官の数はいつもより多いのですが、緊張した雰囲気はなく、たくさんの観光客がのんびりと歩いていました。天安門前広場に入るには地下道を通るのですが、その地下道でまた手荷物検査がありました。私は近くのスタンドで買った中国の新聞を持っていたのですが、係員の人に「何新聞かを見せるように」と言われました。中国で売っている普通の新聞だとわかると、すぐに通してくれました。危険物をチェックする、というよりも、政治的に問題のあるビラなどを持っていないかどうか、がチェックポイントのようでした。

 天安門広場は、真ん中に大きな北京オリンピックのシンボルマークが立っており、東側と西側には、「同一個世界、同一個夢想」というオリンピックのスローガンを表現した飾り付けがされていました。人民英雄記念碑の前には「五洲四海喜慶奥運盛会」(世界中の人々がオリンピックの盛会を喜んでいる)、「改革開放共譜和諧篇章」(改革開放政策によりみんなだ和諧社会(ハーモニーのある社会)の新たなページを書き加えよう)というスローガンが掲げられていました。ただ、こうした「オリンピック用の飾り付け」は広場の面積の一部を使っているだけで、天安門前広場の広さはいつもと同じでした。オリンピック期間中は、この天安門前広場の広いスペースを利用していろいろなイベントが行われるはずなのですが、イベントのための「舞台装置」は「備え付け」ではなく、イベントが行われるたびごとに据え付けられるようです。

 今日は、オリンピック開会式前日ということもあり、確実にいつもより外国人観光客が多いように思えました。メーデー休みや国慶節の連休の時には、天安門前広場は、中国各地からの「お上りさん」で満杯になり外国人観光客はあまり目立たないのですが、今日は、逆に、中国各地から北京に出てきた「お上りさん」ふうの人はほとんど見掛けませんでした。地方の人はあまり経済的に豊かではないので、服装などを見ると都会の住人と大体区別が付くのですが、今日見た限り、天安門前広場にいる中国人らしき人々は、結構経済的に豊かな人ばかりのように見えました。北京市内の建設現場での工事がオリンピックのために停止している関係もあり、地方から北京に働きに来ている人々(いわゆる「農民工」と呼ばれる人々)が北京からだいぶいなくなっているからかもしれません。

 警備の警察官は確かに多いですが、ほとんどギスギスした緊張感はなく、思ったよりも平和なムードが漂っていました。

 今日の北京は「薄曇り」ですが、もやが掛かったような感じでした。雲間から太陽が顔を出すと、正視できないくらいまぶしく感じるのですが、「もや」があるので「ジリジリ照りつける」感じがなく、暑さはそれほど感じませんでした。気温は30度をちょっと超える程度だったと思います。視界は3kmくらいでしょうか。下に、今日、天安門前広場で私が撮影した写真を掲げておきます。約1km程度離れた北京飯店の建物が少しもやって見えるのがわかると思います。今日の北京の大気汚染指数は95だとのことで、車の規制をやっている割りには汚染係数が大きかったと思います。マラソンや自転車競技だと、ちょっと気にする人がいるかもしれません。

(参考1)オリンピック開会式前日の天安門前広場
http://homepage3.nifty.com/itaru_watanabe/HEX/tenanmonmaekankokyaku.jpg

(参考2)北京オリンピックのシンボルと天安門
http://homepage3.nifty.com/itaru_watanabe/HEX/symbolandtenanmon.jpg

(参考3)天安門前広場西端から見た北京飯店(ややかすんで見える)
http://homepage3.nifty.com/itaru_watanabe/HEX/beijinghotel.jpg

 雲南省昆明でのバス爆破事件や新疆ウィグル自治区カシュガルでの武装警察国境支部隊襲撃事件など、凶悪な事件が続いていますが、少なくとも今の北京ではオリンピックの運営に支障が出るような雰囲気は全くありません。街にボランティアの青い制服を着た人たちもたくさん歩いていますし、みんなそれなりに一生懸命に準備しているので、オリンピックの運営には問題は出ないと思います。

 ただ残念なのは、3月のチベットの騒乱、四川省大地震、カシュガルでの襲撃事件などで、オリンピック観戦のために外国から中国へ来た観光客が、この機会に中国各地の観光地へ回る、という雰囲気がなかなか盛り上がらないことです。大地震があった四川省でも、例えば世界自然遺産の九寨溝では観光客の受け入れを再開する、など受け入れ体制は整っているのですが、気分的に大地震の被災地の近くへは観光に行きにくい、と思う人が多いのではないかと思います。本当は、現地では観光で生計を立てている人も多いので、多くの人が観光に行くことが地震からの復興に役立つ面はあるのですが、観光は「楽しむ」ものなので、「気分的に乗らない」というのはいかんともしがたいところです。

 今日(2008年8月7日)現在、日本の外務省の海外安全ホームページにある「危険情報」では、中国については次のような渡航情報(危険情報)が出ています。

・チベット自治区=「渡航の延期をお勧めします」
・青海省、甘粛省、四川省、アフガニスタンとの国境付近=「渡航の是非を検討してください」
・新疆ウィグル自治区=「十分注意してください」

(参考4)日本の外務省の海外安全ホームページ
http://www.pubanzen.mofa.go.jp/

 新疆ウィグル自治区の場合、カシュガルでの襲撃事件によって新たに上記の情報が出されたのですが、テロによって上記のような渡航情報が出で外国人の旅行が抑制されることは、テロリストの「思うつぼ」になってしまうので残念です。でも、日本の外務省としても、実際にテロが起きてしまった以上、日本人の安全の確保のためには上記のような情報を出さざるを得ないのでしょう。

 今日の天安門前広場のような「平和な雰囲気」がオリンピックの期間とパラリンピックの期間ずっと継続され、これらのイベントが滞りなく終わることを祈りたいと思います。

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2008年8月 6日 (水)

開会式当日は国家機関等は休みと突然の発表

 いよいよ北京オリンピックの開会式まであと2日。今日の夜から既に女子サッカーは試合が始まっています。今日の北京は、曇りで時々太陽が覗く、という天気でしたが、雲間から太陽が出てきたときには、今日も「肉眼で凝視できる白い太陽」でした。大気汚染の状況については、たぶん、もうこれ以上はよくはならないのでしょう。これでも、いつもよりはかなり改善されているのは事実であり、中国側の努力の成果は現れていると思います。大気汚染はないとは言えませんが、スポーツをやる上では、まぁ、我慢できる範囲内だと思います。今日は北京市内での聖火リレーもあったし、これからは北京の映像は日本でも流れるようになるので、テレビを通じて北京の空の様子なども見ることができるようになるでしょう。今日(8月6日)の北京の大気汚染指数は85でした。100以下は定義上は「青空」なのですが、実際は今日は「言われて見れば青いような気もする白い空」でした。

 明日7日と明後日の8日は、開会式に出席する各国首脳等が北京に集まるので、あちこちで交通規制が敷かれそうです。そういうこともあり、北京市当局は昨日(8月5日)、国務院の許可を経た上で、「オリンピック業務に関係のない中央及び国家の機関、企業、事業単位、社会団体、北京市の機関、企業、事業単位、社会団体は開会式のある8月8日は朝から休みにする。」と発表しました。この発表は今日(8月6日)の各新聞に掲載されました。

(参考)「新京報」2008年8月6日付け記事
「北京市内の企業・事業単位は8日は休み」
http://www.thebeijingnews.com/news/olympic/2008/08-06/021@071129.htm

 これは北京市政府が出した「公告」ですが、休みにするのはいいのですが、3日前の発表じゃ急すぎる、もっと前もって発表してくれればいいのになぁ、と正直思いました。まぁ、開会式当日はあまり仕事の予定を入れていた人はいなかったと思いますが、北京は人口1,700万人のビジネス都市でもあるのですから、3日前の発表というのは、「国際的な常識」から言ったらちょっと急過ぎると思います。

 どうしてこうも中国のこの手の「お達し」というのは急に出るのでしょうか。昨年8月に行われた車のナンバープレート偶数奇数制限のテスト運用も実施の1週間前に急に発表になり、実施されました。たぶん「お上のお達し」に対しては一般市民は文句を言わない(言えない)ので、こういう急な「お達し」がいつまで経ってもなくならないのでしょう。

 今回の北京市の公告では「機関、企業、事業単位、社会団体は休み」とあり、私営企業は対象になるのかどうか、パッと見ただけではよくわかりませんでした。そこで「日系企業も中国においては、中国の政府機関が出す『お達し』はきちんと守るべし」との考え方に基づき、この「公告」を受けて、日系企業の団体である中国日本商会では、日系企業は休みにすべきかどうか、北京市当局に問い合わせて確認をしたそうです。その結果、民営企業はこの「公告」の対象にはならないので、日系企業は各社の自主的な判断で休みにするかどうかは決めてよい、との返事だったそうです。あまり大きな声では言えないですが、問い合わせしなければわからないようなわかりにくい「公告」は出さないで欲しいと思います。

 これまでもそうですが、これからオリンピック期間中、突然「公告」などという形で「お達し」が出ることがあり得るので、北京に住んでいる以上は、そういう「お達し」が出ても困らないように心構えをしておく必要があると思います。

 中国の人々はこういう「急なお達し」に結構慣れていますが、外国から来た選手や報道陣などは慣れていないと思います。このオリンピック期間中にも、オリンピックの運営に関して、様々なイベントのスケジュール等や取材の仕方などに関する規則などについての「急なお達し」が出る可能性がありますが、あまり中国式に「急なお達し」を連発すると外国の選手や報道陣の間では混乱や不満の声が上がると思います。そういった混乱や不満が出ないようにできるか、も、小さなところですが、今回のオリンピック運営がスムーズに行くかどうかの分かれ目だと思います。

 たぶん、オリンピックなど国際競技大会で強い選手は、多少の「急なお達し」が出たとしても冷静に対処して自分のコンディションには影響させない、といった対応能力を持っていると思います。出場する選手たちは、少々急な状況変化があったとしても、「よくあること」と受け流して、どんな場面に遭遇しても実力を100%発揮して欲しいと思います。

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2008年8月 5日 (火)

新疆・カシュガルでの武装警察襲撃事件

 昨日(8月4日(月))と今日(8月5日(火))、所用で上海の西の郊外へ行っていました。昨日の午前中、北京から上海へ行くときは、晴れているけれども大気汚染のため「肉眼で日食観測ができる」という、北京ではよくある「白い太陽が見える」状況でした。今日は、大気汚染は明らかにありましたが、かなり程度はよくなっていて、この程度ならばオリンピックに差し支えないと思われる程度でした。北京の大気汚染指数は、昨日(8月4日)は83、今日(8月5日)は88でいずれも「良」でした。たぶん、オリンピック期間中はこんな感じが続いて、雨が降った翌日はスカッとしてもっときれいになる(大気汚染指数が50以下の「優」になる)、という感じになるのだと思います。

 ところで、上海は昨日はちょっと大気汚染がある感じでしたが、今日はスカッと晴れて、2週間前に私が日本で見たような青空でした。上海は海に近いので海から風が吹けば汚染が拡散することと、周辺が水郷地帯で水が多く、周辺の農村地帯は水田地帯なので、地理条件としては日本と似ているのだと思います。今回は、上海市の市街地の中心部へは行かなかったので今日の上海中心部の大気汚染がどの程度だったのかはよくわからないのですが、上海と北京とを比べると、北京は内陸部にあり周囲からの汚染が流れ込んでしまうこと、北京の周辺は上海の周辺のような水田地帯ではなく畑作地帯なので周囲の農地が乾燥していて農地から巻上がる「砂塵」の影響があること、という点で、大気汚染については北京は上海よりかなり不利であると感じました。

 上海郊外の水田地帯の緑を見ていると、やはり植物による空気の浄化機能は、私たち人間が考えているよりも大きいのだろうとということも実感しました。植物は、二酸化炭素を吸って、酸素を吐き出しているいるわけですので、その過程で、大気中の汚れもフィルターしてくれるのだと思います。気分的な問題だけでなく、緑の植物の大事さを改めて感じました。

 今日、飛行機が降下してくる時に、機内でサービスで提供されているフライト・データと窓の外を見比べていたのですが、北京でも高度1,000mより上では空気はきれいです。大気汚染によって空気に「かすみ」が入ってくるのは、高度1,000mを切ったあたり以下まで飛行機が降りてきてからです。それを見ても北京における今の時期の「かすみ」の原因は地表面の活動や地表から舞い上がる粉塵であることは間違いないと思います。

 さて、日本でも大きく報道されていますが、昨日(8月4日)北京時間朝8時頃、新疆ウィグル自治区の西の端にある都市・カシュガルで、朝の訓練のために行進していた武装警察国境警備分隊の一群に2人組が載ったトラックが突っ込み、刃物で武装警察官を襲撃するとともに、爆発物を爆発させて、武装警察官16名が死亡、16名が負傷する、という事件がありました。2人組はすぐに逮捕されたとのことです。報道によれば、この二人はウィグル族の男だとのことです。

 このニュースは新華社がすぐに報道し、それを元に外国へも伝えられましたが、中国国内での報道のされ方は極めて限定的でした。昨日泊まったホテルは、中国系のチャンネルのテレビしか放送しなかったので、インターネットで日本のニュースを見るまで、この事件があったことは知りませんでした。

 昨日(8月4日)夜7時からの中国中央電視台の全国放送のニュース「新聞聯播」ではこのニュースは報道しませんでした。私は、昨日は、夜中少し前に香港発のフェニックス・テレビのニュースで見ました。このフェニックス・テレビのニュースでも、映像はなく、現地の記者からの電話レポートでした。

 昨日の「新聞聯播」のトップは、「科学発展の旗を高く掲げて~夏期の食糧は五年連続で増収~我が国の食糧生産は安定的に伸びてきている」というものでした。いくつかの「ニュース」(こういうのを日本の感覚で「ニュース」と呼んでいいのかどうかわかりませんが)のあと、オリンピック特集でオリンピック関係のニュースをやりましたが、カシュガルの事件については全く触れませんでした。武装警察国境分隊が襲撃され、しかも30名以上死傷した、という国家としての大事件だと思うのに、こうした事件に全く触れないで「食糧生産が順調に伸びている」という「ニュース」をトップに持ってくるという中央電視台の感覚は、私が20年前、北京に駐在していたころと全く変わっていません。オリンピック取材のために中国に初めて来た外国の記者たちは、相当の違和感を感じたと思います。

 今朝(8月5日朝)の中国の新聞の扱いも非常に小さいものでした。人民日報では、2面の下の方に6行、事実関係を簡単に伝えるだけの記事が載っていました。

(参考1)「人民日報」2008年6月5日付け2面記事
「新疆ウィグル自治区カシュガルで、重大な警察に対する暴力襲撃事件が発生」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2008-08/05/content_73450.htm

 「新京報」では、1面にこの事件についての「見出し」は載っているのですが、記事自体は、事実関係のみを伝える120字程度の簡単な新華社電が載っているだけでした。

 テレビの方の中央電視台の「新聞聯播」では、今日(8月5日)は、この事件は取り上げましたが、30分のニュースの終わりの方で、ごく簡単に事実関係を述べた内容をアナウンサーが読み上げただけでした。映像や写真は全くありませんでした。

(参考2)中国中央電視台「新聞聯播」2008年8月5日放送
「新疆ウィグル自治区公安庁、メディアに対してカシュガルの暴力襲撃事件の調査の進展状況について説明」
http://news.cctv.com/xwlb/20080805/129633.shtml

 この「新聞聯播」のニュースでは、現場で見つかった手作りの爆破装置や手作りの銃は、2007年1月に警察に摘発された「東トルキスタン」テロリスト・グループが訓練に使っていた装置と似ていること、押収されたものの中に「聖戦」を掲げる宣伝物があったこと、などが伝えられています。

 この中央電視台のニュースの内容は、下記の新華社が伝えるニュースと全く同じ内容です。

(参考3)「新華社」ホームページ2008年8月5日13:21アップ記事
「新疆ウィグル自治区警察、カシュガルの暴力襲撃事件の最新の進捗状況について説明」
http://news.xinhuanet.com/newscenter/2008-08/05/content_8967136.htm

 7月21日に起きた雲南省昆明での路線バス連続爆破事件の時は、新華社は次々の新しい情報や現場の写真をネット上に掲載したのですが、今回のカシュガルの事件では、わかった事実を淡々と事実だけをごく簡単に伝えていますが、現場の写真等については、新華社のホームページでは見ることができません。昆明のバス爆破事件の時とは、明らかに扱いが違います。「隠さずに事実を迅速に伝える」という最低限のことはやっていますが、昆明の事件に比べると、このカシュガルの事件は相当に慎重に扱っている感じを受けます。オリンピックの開幕直前で「あまりコトを荒立てたくない」という気持ちもあるのだと思います。襲撃されたのが武装警察の部隊で、新華社といえども、自由に取材し報道できる相手ではなかった、というのも原因かもしません。

 この事件については、今日(8月5日)のNHKテレビでは、事件直後に旅行客が映した写真を報じるとともに、現場に入ったNHKのカメラマンによる映像を流していました。つまり、中国国内にいても、中国のメディアでは全く伝えられていない映像をNHKで見ることができる、という状況です。

 なお、この事件を取材していた日本などの記者が現地の武装警察から暴行を受け、一時身柄を拘束された、とのことですが、この点に関して、現地の武装警察は今日(8月5日)、暴行を受けた日本の記者らに謝罪した、とのことです。この記者に対する暴行や拘束は「突発事件の発生等にあたっても外国の記者には自由に取材させよ」という中央の指示が、現場の末端まで行き届いていなかったことによるできごとだと思います。NHKの番組「激流中国」でも何回か出てきましたが、地元の警察の意向に逆らって報道陣が取材することは、中国では本当の意味での「身の危険」を感じるのが普通です。そういった中国において、オリンピックを契機にして最近急に中央が言い出した「突発事件では外国メディアに自由に取材させよ」という方針は、たぶん現場には、とまどいと反発をもたらしていると思います。

 日本などの記者が武装警察から暴行を受けて一時身柄を拘束されたこと、それに対して武装警察側が謝罪したことについては、中国のメディアは報道していません。ただし、先日、アクセス規制が解除されて見られるようになったBBCの中国語サイトには載っていますので、インターネットを見られる中国の人ならば、この情報は今は誰でも見られるようになっています。

 こういった状況が続くと、多くの中国の人は「なぜBBCのサイトにはこれだけ情報が載っているのに、中国の新聞やテレビや新華社のネットには詳しい情報が載らないのか。」といった不満や不信感がますます強くなると思います。

 3月、4月のオリンピック聖火リレーが諸外国でいろいろ妨害を受けていた頃は、中国のメディアが「西側メディアは偏向している」というキャンペーンを張ってそれが一定の効果を上げました(一部、フランス系スーパーマーケット「カルフール」に対する不買運動など「行き過ぎ」の行為も産みましたが)。しかし、オリンピックが始まり様々な情報が飛び交うようになると、「西側のメディアが不自然に事実を歪曲しているのか」「中国のメディアが不自然に情報をコントロールしているのか」のどちらなのかについては、中国の人々もわかってくると思います。(その兆しが見えたのが、6月28日に起きた貴州甕安県の群衆による暴動事件に関する新華社などの公式報道に対する掲示板でのネットワーカーたちの批判でした)。

(参考4)このブログの2008年7月3日付け記事
「貴州省甕安県の暴動事件の真相」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/07/post_ef2a.html

 カシュガルで起きた武装警察に対する襲撃事件は、明らかにオリンピックで世界の注目が中国に集まった時期を狙った意図的な反社会的行為だと思います。これについては、中国の人々はもちろん、世界の人々が非難の声を上げています。これをきちんと報道することによって、中国の人々も世界の人々も、みんな声を揃えて「反テロリズム」「テロに負けずにオリンピックを成功させよう」という気持ちになると思います。それであれば、今回のカシュガルの事件について中国は報道をコントロールする理由は全くないはずです(むしろ情報をコントロールすることは中国にとって全くのマイナス効果しかもたらさない)。

 新疆ウィグル自治区の公安当局としては、「事件を起こしてはならない時期に事件を起こしてしまった」ということで自分たちの「失点」だと思っているのかもしれませんが、そういう「失点」を隠そうとする態度は、昔から「官僚主義」として批判されてきました。(例えば、1987年に起きた中国東北地方の大興安嶺の森林火災では、火災発生当初、地元当局が自力で消火しようとして中央に報告せず、大火災に発展させてしまったことがありました。この時の地元当局の対応は「官僚主義」として激しく批判されました)。オリンピックを機会に、こうした長年にわたって改善されないできた「失点を隠そうとする各地方の風潮」が少しでも改善できればよいと思います。そう思うのだったら、新華社や人民日報など、中国をリードする報道機関は、もっと積極的にこのカシュガルの事件についても積極的に報道すべきだと私は思います。

 このカシュガルの事件をきっかけに、北京などでは警備体制がまた一段と強化されたようですが、こういったテロ活動をきちんと報道することにより、市民も「テロ防止のためならば警備の強化は当然である。むしろ自分たちも積極的に協力したい。」と思うようになると思います。

 今日(8月4日)、上海の西郊外→上海空港→北京空港→北京市内と移動しましたが、上海の西郊外から上海市内へ向かう時には高速道路に入るところでに警察官に車を止められてチェックされましたし、上海空港でも、空港に入る時と、飛行機に乗る時の2回チェックがありました。飛行機に乗るときの保安検査はいつもありますが、今日は特にチェックが厳しかったように思います。パソコンは開いて見せなければならないし、バックの中も開けられて、何回もレントゲン装置を通されました。北京市内でも、主要な道路には、数十メートルおきに警官が立っている、という感じで、警備の厳しさを感じました。

 何はともあれ、これ以上、何事もなく、無事にオリンピックが終わればよいなぁ、と思います。

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2008年8月 3日 (日)

「張りボテ」の街

 今日(2008年8月3日:オリンピック開幕まであと5日)の北京は、朝から雲ひとつない快晴でした。今日(8月3日)の北京の大気汚染指数は35で、3日連続で50以下の「優」となりました。ただ、午後になってだんだんと汚染が戻ってきた感じで、ややかすんだ感じが強くなってきたので、明日(8月4日)の大気汚染係数はたぶん60~70程度になるでしょう。それでもまだ昼間は太陽を見ると「まぶしくて正視できない」という状況なので、「昼間、肉眼で日食観測ができる」状態の日が多いいつもに比べれば、大気汚染はかなり改善されているのは間違いないと思います。ただ、雨が降らないと大気中の汚染が蓄積されていってしまうので、開会式の8月8日に空気が澄んだ感じになるためには、もう一回くらい雨が降って汚染を洗い流してもらった方がいいと思います。

 昨日(8月2日)、開会式の2回目の「ドレス・リハーサル」がありました。8月1日には、北京-天津間の高速鉄道(最高時速350km)も開業しました。オリンピックの準備は万端整った、という感じです。北京の街の上空をヘリコプターなどが飛ぶことは普段は滅多にないのですが、ここ数日間は、結構、上空を飛んでいるヘリコプターの音を聞きます。上空からの警戒も強めている模様です。

 この週末から、街に「ボランティア・ステーション」が店開きし、学生らしい若いボランティアの人たちが、道順を教えたり、簡単な通訳サービスをしたりする活動を始めています。今日行ったホテルでは、ホテルに入る際に、金属探知器でボディチェックを受け、荷物の中身をチェックされたりしました。ただ、オリンピック取材のための外国人報道陣らしき人々もちらほら見掛けるようになりましたが、外国人観光客が増えた、という感じは、少なくとも私が見た感じではほとんどありません。街のボランティア・ステーションも、私が見ていた限り、利用する人はなく、ボランティアの人たちは手持ち無沙汰の様子でした。中国各地から中国人観光客が北京に集まっている、という雰囲気もありません。

 「新京報」の報道によると、このオリンピックで働くボランティアは総勢170万人なのだそうです。オリンピックを見に来る外国人客は約50万人と見積もられていますので、それに比べたら、圧倒的な数のボランティアです。ボランティアも「関係者」としてカウントすれば、この北京オリンピックは、観客よりも「関係者」の方が数が多い、ということになるのかもしれません。

(参考1)「新京報」2008年8月2日付け記事
「170万人のボランティアが各人それぞれの持ち場に就いた」
http://www.thebeijingnews.com/news/olympic/2008/08-02/011@084201.htm

 オリンピックのための準備として、大きな通りの歩道の脇の緑地帯のところには、たくさんの花が植えられたりして、かなりきれいです。大きな通りの街灯にはオリンピックの旗がはためき、多くの店では紅灯(赤いちょうちんのようなもの)をぶらさげたり、国旗(五星紅旗)を掲げたりして、雰囲気を盛り上げています。

 北京市内の建設工事は、粉塵を巻き上げないように、ということで、7月1日以降、中止されています。一部、工事が間に合わなかったところでは、7月になっても工事を続けていたところがありましたが、8月に入ったら、建設工事は完全に停止状態になっているようです。基本的に、作業を停止した工事現場では、工事中のゴミゴミしたところが道路から見えないように、オリンピックのスローガンなどが書かれた大きな「目隠しの覆い」で覆われています。ビル自体、工事の途中であっても、できるだけ「外壁」だけは完成させるように、との「指示」が出ていたようで、多くのビルでは、骨組みができたところで、内部の工事をやる前に外壁だけ先に設置するという工事をやっていました。

 ただ、それでもオリンピックが近づいて工事停止期間になるまでに外壁設置工事が間に合わず、現時点でも外壁が完成していないビルがいくつかあります。下記の写真はいずれも昨日(2008年8月2日)に撮影したものです。これらのビルは、パラリンピックが終わるまで、基本的にこのままの状態が保持されることになるのだと思います。

(参考2)外壁が一部しか完成していないビル
http://homepage3.nifty.com/itaru_watanabe/HEX/ichibukansei.jpg

(参考3)外壁はほとんど完成しているが、最上部だけが未完成のビル
http://homepage3.nifty.com/itaru_watanabe/HEX/saijoubu.jpg

(参考4)外壁設置がほぼ完了した中国中央電視台の新しい本社ビル
http://homepage3.nifty.com/itaru_watanabe/HEX/cctvshinhonsha.jpg

※中国中央電視台の新しい本社ビルは、斜めに傾いた四角柱がねじれた位置でくっつている、という非常に奇抜な格好をしています。内部も含めたビルの完成は2009年になるとのことですが、このオリンピック期間中、この新しいビルの一部を早くも使い始めるとのことです。

 中身がまだ完成していなくても、外面だけきれいにして、見た目を美しくしてお客様をお迎えする、というのが中国的美学なのだそうです。これを「メンツにこだわる」と見る人もいますが、「文化の違いの問題」なので、あまり批判はできないと思います。しかし、建設途中のビルについては、外壁だけくっつけた「張りボテ」なのがミエミエです。私の個人的な感覚からすると、こういった「張りボテ」がいくつかあると、本当は中身がきちんとしているものについても、「どうせ張りボテだろう」と軽く見られてしまい返ってイメージを損なうのではないか、と思ってしまいます。

 中国は、今回のオリンピックを迎えるにあたっての北京の街並みに限らず、いろいろな面に関して、「(中身はともかく)表面に見えるところをきちんとする」という傾向があります。これについては、その表面を見て中身もきちんとしていると思ってしまう人は中国の能力について過大評価してしまうし、表面を見て「どうせ表面だけで中身はないのだろう」と思ってしまう人は中国の能力について過小評価してしまうと思います。いずれにせよ、中国は、外部から正しく理解されない、という結果になってしまいます。

 オリンピックを控えて、外国メディアが中国についていろいろ報道していますが、普通の国のメディアは「まず疑ってかかる」ところから始まりますので、外国の報道陣には、上記の分類でいうと後者の見方をする人の方が多いと思います。そのため、本当は中国はきちんとやっているのに「きちんとやっていないのではないか」という疑いの目で見た報道がなされることが多いと思います。これは中国にとって損だと思います。街のビルを「張りボテ」状態にして、いかにも「完成した」かのように見せるよりも、普段着のそのままの北京を見てもらった方が、「世界に中国を理解してもらう」という観点では、得だと私は思います。

 上記(参考1)の「新京報」の記事によると、ボランティア170万人のうち20万人は「応援団」(中国語で「拉拉隊」)なのだそうなのです。彼らのことを「ボランティアの応援団」と呼ぶか、「会場を盛り上げるためのサクラ」と呼ぶかは人によってマチマチだと思いますが、これも一種のオリンピック会場における「張りボテ」の一種と言えるかもしれません。

 これからオリンピックが始まって、北京と中国のいろいろな面が世界に報じられると思いますが、そうした中国報道を受け取る世界の人々の側にも、それが「張りボテの表面」なのか、本当に中国の真の姿なのか、を見極める「目」が要求されることになると思います。

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2008年8月 2日 (土)

「彼ら」は喜びと同時に忍耐が必要

 今日(2008年8月2日:オリンピック開幕まであと6日)の北京は、朝から「スカッとした快晴」で、正真正銘の青空でした。東京の青空に比べると、ややかすんだ感じがあり、明らかに汚染があることがわかるのですが、これくらいならばマラソンをやっても大丈夫でしょう。雨が降ったのが一昨日の夜ですから、汚染が戻ってくるスピードは確かにいつもよりは遅くなっていると思います。こうした感じで、時々雨が降って汚染を流してくれれて、汚染が戻ってくるのが遅ければ、オリンピック期間は大気汚染を気にせずに済みそうです(ただ、こういうふうに「スカッと晴れる」と、やはり8月ですので、太陽の日差しが強く、日中はかなり気温が高くなるので、屋外競技の場合、むしろ「暑さ対策」が課題になりそうです)。今日(8月2日)の北京の大気汚染指数は34で、昨日に引き続き「優」でした。

 さて、広州で発行されている週刊新聞「南方周末」(北京でも買えます)(日本語表記は「南方週末」)の7月31日号の1面トップは「北京人のオリンピック・カウントダウン」という記事でした。

(参考)「南方周末」2008年7月31日号記事(ネット上では8月1日11:22アップ)
「北京人のオリンピック・カウントダウン」
http://www.nanfangdaily.com.cn/nfzm/200807310063.asp

 この記事では「全てはオリンピックのために、北京人は犠牲と日常生活とを調和させようとしている。彼らは喜びとともに忍耐も必要とされている;それに同意することを求められているのである。」という書き出しで始まり、北京で起きている様々な現象をレポートしています。内容的には、日本などでも報道されていることと同じような話です。笑えるようで笑えない話もあります。ポイントを書くと以下のとおりです。

・ある青年は「オリンピックのためには一生懸命やらなくちゃいけない」と思った。インターネット掲示板で、車のナンバープレートの偶数奇数制限に対応するための呼びかけがあったので、それに参加した。たまたま自宅近くの「妙齢の」女性と職場方向が一致していることがわかった。7月23日からこの青年はその女性と相乗りをするようになったが、6回目の相乗りの後「何も批判されることなどやっていないのに、その女性のお母さんに怒られてしまった。」

・ある人は普段は奇数番号の車で通勤しているが、偶数番号の日は使えないので、近くに住む同僚と相乗りを計画していた。しかし、当日になったら、その同僚の奥さんが急に車を使う必要が生じて、「相乗り出勤計画」は破綻してしまった。

・ある人は、普段は車で約1時間掛けて出勤していたが、バスを使うと通勤に2時間掛かってしまうので、職場近くに住む人と相談して、規制期間中だけ、住む家を「取り代えっこ」した。

・ある不動産屋によると、マンションの大家さんの90%は、部屋をオリンピック期間中の短期貸し出しを計画しているとのことである。中には自分が住んでいるマンションを貸し出そうとしている人もいるとのことである。オリンピック・スタジアム(鳥の巣)の近くのマンションでは、2部屋138平方メートルの部屋を月額7万元(約105万円)で貸し出すところもあるとのことである。

・金属、建築材料、石油化学等の重点企業においては、オリンピック期間中の一時的な生産停止と排出削減案が提示されている。北京市の人材紹介所もオリンピック期間中は全て停止される。ある服飾ショッピング・センターでは、オリンピックの柔道とテコンドウの試合会場に近いことから、9月まで営業を停止することになった。ある地方から来た関係者は「オリンピック期間中は帰省して両親と会うのも悪くはないけれども、1~2か月してからお客が戻ってきてくれるかどうか心配だ」と話していた。

・ある美容室では、人気のあるエステ・サービスを停止することにした。このエステ・サービスに必要な液体材料が日本から輸入できなくなってしまったからだ。

 この記事で印象に残ったのは「北京人のカウント・ダウン」という見出しと、「『彼ら』は喜びとともに忍耐も必要とされている」という表現振りです。この「南方周末」は、広東省の広州で発行されている新聞ですが、自分の国でオリンピックが行われようとしているのに、まるで「他人ごと」のように報じているからです。これは、オリンピックの試合が行われる都市以外に住む中国の多くの人の気持ちを代弁しているのかもしれません。

(注)オリンピックの試合が行われるのは、北京のほか、セーリングが行われる青島、馬術が行われる香港、サッカーが行われる天津、秦皇島、瀋陽、上海の合計7都市です。広州では何も行われません。中国で普通「3大都市」と言えば、北京、上海、広州ですから、広州で何もオリンピック競技が行われないことは広州の人にとっては面白くないのかもしれません。

 ただ、救いなのは、こういった「広州の人々のなんとはない不満」が見え隠れする新聞が広州で発行され、それが北京の新聞スタンドで簡単に買える、という事実です。現在の中国では「締めるべきところは締めて」いるのですが、それ以外のところでは意外にルーズなところ(抜け穴)があり、「ギズギスした締め付け」が必ずしも徹底していないところがあります。これが適当な社会の「安全弁」になっているような気がしています。今、社会のいろいろな階層で不満がうっ積していると思います。1989年には、そういった不満をうまく「ガス抜き」することができずに「爆発」するところまで言ってしまったのですが、今の中国では、最後の最後は、適当なところで「安全弁」が働くのないかという気がしています。

 最近、今度の北京オリンピックを通じて、その「安全弁」の数が増えてきているのではないか、そんな期待を私は持ち始めています。

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2008年8月 1日 (金)

BBC中国語版サイトへのアクセス規制解除

 今日(2008年8月1日:オリンピック開幕まであと7日)の北京は、天気は曇りでしたが、朝から空気がスッキリして、遠くのビルまでハッキリと見えました。昨日の夕方から夜に掛けて、かなり強い雨が降ったので、汚染が洗い流されたようです。このスッキリした空気は夕方まで続き、時々雲間から差してくる太陽の日差しには「ここは北京か」と思わせるほどの輝きがありました。この状態を維持することができれば、大気汚染に関しては、オリンピックは全く問題なく運営できると思います。問題は、明日以降、汚染が戻ってくるかどうかです。今日(8月1日)の北京の大気汚染指数は27の「優」でした。昨年(2007年)は大気汚染指数が30以下の日は8日しかなかったのですから、この状態がもし続くようだとすると、それは素晴らしいことです。交通規制などの対策が功を奏したということになると思います。

 さて、昨日(7月31日)夜、イギリスBBCのホームページを見ていて、今まではアクセス制限によって見ることができなかった中国語版のサイトが見られるようになっていることに気が付きました。

(参考1)BBCホームページ中国語サイト(簡体字版)
http://news.bbc.co.uk/chinese/simp/hi/default.stm

 多くの方が御存じのように、中国大陸部(注)では、中国にとって「好ましくない」と思われるサイトへのアクセス規制を行っています。俗に「金盾」とか「防火長城」とか「グレイト・ファイアーウォール・オブ・チャイナ」とか言われるシステムです(最後のものは「万里の長城」を英語で「グレイト・ウォール・オブ・チャイナ」ということに引っかけた一種の「シャレ言葉」です)。このインターネット規制システムにより、中国大陸部からは、イギリスBBCのサイトは、長い間、トップページは開けるけれども、項目をクリックしても中の記事は読めない状態が続いていました。ところが、今年(2008年)3月中旬、チベット騒乱に関する中国にとってあまり「好ましくない」報道が続いていたにもかかわらず、BBCのサイトはトップページだけでなく、個々の記事も読めるようになりました。しかし、BBCのページにある中国語のサイトへはその後もアクセスできない状態が続いていました。

(注)1997年7月に中国に返還された香港は、今でも、この「ファイアーウォール」の外側にあり、香港では日本と同じように、好きなところへアクセスすることが可能です。今年4月、私は1日のうちに広東省深セン-香港-北京と移動したことがあるのですが、その際に実際にネットにアクセスして確認しました。その経験によると、香港では日本と同じように自由にアクセスできるのですが、数キロしか離れていない深セン市では、北京と全く同じような規制が掛かっていました。深セン市と香港との間に、この「ファイアーウォール」が設置されているのは明らかでした。

 ところが昨晩BBCページの中国語サイトへアクセスしたら内容を見ることができたのです。このアクセス規制解除はごく最近に行われたもののようです。このページには「網上互動」という名前の掲示板があるのですが、この掲示板にもアクセスできます。掲示板の発言者が自分で書いているところによれば、発言者のいる場所はイギリス、大陸、香港、台湾など様々です。大陸と台湾の人が中国語で同じ掲示板に書き込みができる、というのは、これは非常に画期的なことです。

 また、中国語ウィキペディアも長らくアクセスできませんでしたが、今、確認したら、北京から中国語ウィキペディアへもアクセスできます(今見た中国語ウィキペディアの記述を見ると、今日(8月1日)、中国語ウィキペディアへのアクセス規制が解除になったようです)。日本にいた頃に見たことのある中国語ウィキペディアの記述に、次のようなものがありました。「このウィキペディアは、多くのネットワーカーからの書き込み・編集により知識が蓄積されていく。世界の多くの言語の人々がこうして知識を高め合っているのに、中国語ウィキペディアに関してだけは、大陸からのアクセス制限により、台湾等大陸外からの書き込み・編集しかできず、大陸側からの見方が書き込まれないので、中立な立場での知識の集積ができない。中国語を用いる全ての人々の英知を結集できないことは非常に残念である」。私もこの記述を書いた人に大きな共感を覚えました。

 今回、オリンピックを機会にして、こうしたアクセス規制の解除が広がったことにより、インターネットの世界での情報交流が進み、中国大陸の中の人が外の情報を知ることができると同時に、大陸の外の人が大陸の人の声をネットを通じて知ることができるようになるのは素晴らしいことだと思います。

 なお、日本語ウィキペディアについては、アクセス規制が掛かったり解除されたりしています。理由は不明です。昨年(2007年)4月、私が北京に来たときには日本語ウィキペディアにはアクセスできませんでした。しかし、昨年6月中旬~9月中旬の約3か月間、このアクセス規制は解除されました。ところが昨年9月中旬にまたアクセス規制が掛かりました。その後、今年(2008年)4月上旬、再びアクセス規制が解除され、記事が見られるようになって今に至っています。ただし、日本語ウィキペディアでも中国にとって非常にセンシティブな単語については、その単語の記事についてだけアクセスできません(アクセスしようとすると、ウィキペディア自体へのアクセスが制限されてしまい、数分間、ウィキペディアの全てのページを見ることができなくなります。数分経つと、センシティブではない単語については、見ることができるようになります)。

 北京の中心部にある有名な毛沢東主席の肖像が架かっている門の前の広場で起こった事件には、1976年に起こった事件と1989年に起こった事件の2つがありますが、1976年の事件についてはアクセスできるのに、1989年に起こった事件についてはアクセスできない、という状況が現在でも続いています。

 アクセス規制が解除された中国語ウィキペディアでも、そういったセンシティブな単語については、アクセスが規制され見ることができないようです。

 なお、現在、中国国民党のウェブサイトは、台湾にありますが、これだけ中国共産党と中国国民党との融和ムードが高まっている現在でも、北京からはアクセスできません。

(参考2)中国国民党のホームページ
http://www.kmt.org.tw/

 一部のウェブサイトに対するアクセス制限は残っているとは言え、ウィキペディアや大陸の外にサーバーを置いてある掲示板系へのアクセスが解禁になったことは画期的です。そういった大陸の外にあるサーバーを通じて、大陸の人々が大陸の外の人々と「議論」ができるようになったからです。中国国内にあるサーバーにある掲示板では、一定の枠を超えた意見(端的に言えば中国共産党に対する批判的な意見)は管理人によって削除されてしまうので、一定の枠を超えた議論はできません。中国では「中国共産党による指導」が憲法で規定されており、その憲法に違反するような言論は「法律違反」となってしまうからです。大陸の外にサーバーを置く掲示板を使えば「枠を超えた議論」ができてしまうわけなので、これは結構影響が大きいのではないかと思います。

 なおCRI(中国国際ラジオ局)のホームページによれば、昨日(7月31日)、北京オリンピック組織委員会の孫偉徳氏は、外国メディアによるインターネット利用の便宜を図る、とした説明の中で「わずかだがアクセスできないサイトがある。それはそのサイトが中国の法律に違反しているからだ。各国のメディアは中国の法律を尊重することを願う。」と語ったとこのとです。

(参考3)中国国際ラジオ局(日本語版)2008年7月31日記事
「北京五輪、海外メディアのネット利用に便宜」
http://jp1.chinabroadcast.cn/151/2008/07/31/1s123112.htm

 これは、中国がインターネットのアクセス規制を行っていることを公式に認めた発言として注目されます。

 このように世界が注目し、世界のメディアが集まるオリンピックにおいては、中国としても「ハッキリさせるべきところはハッキリ言わなければ通らない」状況になっているからだと思います。私は、ハッキリいうべきことはハッキリ言って、例えばインターネットのアクセス規制をやっているのはきちんとした理由があるのだ、と説明して、むしろ中国の状況を世界の人々に知ってもらうことも重要だと思います。この北京オリンピックの開催を通じて、中国が、世界の人々と共通の基盤に立たなければ世界に中国のことを理解してもらえないのだ、ということを痛感し、世界の共感を得られるような行動に出るのだとしたら、それだけでもう北京オリンピックは成功したと言えると思います。

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