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2008年7月18日 (金)

活動の場を与える場所としての日本

 7月15日に日本に滞在している中国人女流作家の楊逸氏が芥川賞を獲ったことについて、日本での報道の中に「日本は多くの中国人に対して表現の場を提供している」という趣旨のものがありました。楊逸氏について、そういった指摘が当たっているのかどうかは私にはわかりません。楊逸氏の芥川賞受賞作「時が滲(にじ)む朝」についても「1989年の事件」が時代背景として出てきているとは言え、楊逸氏はこの事件について書きたかったわけではなく、単にいろいろな運命の中を生きる若者の生き方を描きたかっただけかもしれないからです。

 これとは別の話ですが、昨年4月、NHKのハイビジョンで中国人ディレクターに中国を描くドキュメンタリー作品を作らせる「新的中国人」というシリーズがありました。

(参考)NHKホームページ平成19年(2007年)3月22日付け「報道資料」
シリーズ「新的中国人」~若き4監督が撮るディープな今~
2007年4月23日(月)~4夜連続 BS-hi午後10:00~
http://www3.nhk.or.jp/pr/keiei/shiryou/soukyoku/2007/03/004.pdf

 先日再放送されたので、その一部を見ました。私が見たのは「上海シティボーイの憂鬱」(監督:郭静、柯丁丁)でした。旅行社でツアーのアレンジをしながら都会に生きる若者と、小さな料理店を営む年老いた両親の話で、激変する中国社会の中で不安を抱えながら何とか生きていく人たちの現実を描いていました。秀作です。体制批判でもなんでもないので、こういったドキュメンタリー番組は中国国内でも作れるとは思うのですが、たぶん、実際にはかなり難しいのでしょう。

 7月15日(日)の最終回の放送で終了したNHKスペシャルのシリーズ「激流中国」でも、番組の終わりのタイトルバックを見ると、中国人らしいスタッフの名前が大勢出てきていました。中国に住む中国人がNHKに協力しているのか、もともと日本に住んでいるNHKの中国人スタッフなのかはわかりませんが、いずれにせよ、番組を作っているのはNHKという日本のテレビ局で、放送されるエリアも日本国内ですが、取材している場所は中国であり、番組を作っているスタッフの一部に中国の人がいる、という意味では、この「激流中国」も上記の「新的中国人」と同じようなところがあると思います。

 「激流中国」は、現代中国の課題を鋭く突いた歴史に残るドキュメンタリーの名シリーズでしたが、中国人スタッフの参画なしでは、これだけすごい番組は作れなかったでしょう。ある意味では、この「激流中国」は、番組の制作に参加した中国人スタッフに活動の場、表現の場を与えた、と言ってよいかもしれません。中国には優秀な人がたくさんいるので、活躍の場を与えるとものすごい力を発揮します。アメリカの大学の優れた研究論文に Liu さんとか、Wang さんとか、明らかに中国系と思われる人の名前が多いことでもそれはわかります。

 「激流中国」は、もちろん日本向けの番組で、ナレーションなどは全て日本語ですが、中国国内でも相当に話題になったようです。中国国内では、新聞などのオモテのメディアで「激流中国」について議論することはできませんが、ネットの掲示板などでは、かなり話題になったようです。詳しくは、日本語ウィキペディアの「激流中国」の項目を御覧下さい(ウィキペディアですので、私が今見ている内容は、今後変更される可能性がありますけど)。

 「激流中国」は、NHKの国際テレビ放送のNHKワールド・プレミアムでも放送されていましたので、私は北京で見ていました。「激流中国」の放送中は、チベット騒乱や海外でのオリンピック聖火リレーの時にあったような検閲によるブラック・アウトはなかったので、この番組の内容は中国当局にとっても「許せる範囲内」(かなりギリギリの線だとは思いますが)に収まっていたようです。でも、「激流中国」の制作に携わったスタッフが、中国国内のテレビ局で同じような番組を作ることは、現状ではとても無理でしょう。香港や台湾のテレビ局には、西側的な「報道の自由」がありますから、香港や台湾のテレビ局がこういった番組を企画することも可能だと思いますが、いろいろ政治的なしがらみを考えると、取材と放送が実現するのはやはり難しいと思います。日本のNHKという、ちょっと第三者的に離れた存在のテレビ局だからこそ、こういった番組が作れたのだと思います。

 NHKの放送は、もちろん日本の国内向け放送ですが、実はBS放送(ハイビジョンも含む)は、中国沿岸部では大きなパラボラを設置すれば受信できます。NHK-BSを受信できる衛星テレビ受信設備を付けるには当局の許可が必要ですので、そんなに多くの人は見ていないと思いますが、少なくともネットで話題になる程度には見ている人がいた、ということだと思います。

 そもそも、中国革命の初期の段階において、中国革命の父・孫文は、日本に留学し、日本で革命組織を立ち上げました。日本は、孫文以外の多くの中国革命の推進者にも、活躍の場を提供していたのです。中国共産党の創始者である陳独秀と李大釗に中国共産党の設立を決定した第1回全国代表大会(1921年7月)に出席した12名の合わせて14名のうち、日本留学帰国者は6名いました。国民党側では、孫文の跡を継いだ蒋介石も日本の陸軍士官学校の出身です。その後、日本の軍国主義は、中国革命に大きく干渉して行きますが、日本が中国の歴史を進める多くの人々に活躍の場を与えたのは事実であり、そのことは中国の人々もよく知っています(中国近代化に大きな足跡のあった文豪・魯迅が東北大学に留学していた話は、中国の中学校の教科書に出てくるそうです)。

 作家や映像作品の監督など「表現する者」は、今の中国は活動しにくい場所です。例え政治的なことや体制批判などをするつもりが全くなくても、やはり活動しにくいと思いいます。外国人の私ですら、こうして自分のブログを書くときでも「1989年の事件」と書いたり、「その年の6月第一週の出来事」などとぼかした表現を使っているのは、そのことズバリの言葉を書くと、キーワード検閲に引っかかる恐れがあると思って自己規制しているからです。ネット上でデモの呼び掛けをする、などということをしなければ、公安当局に引っ張って行かれることはないはずなのですが、インターネットの接続を切られたりするのではないか、といった恐怖感はやはりぬぐい去れないのです(実際、日本語ウィキペディアで上記の「事件」のそのものズバリを検索すると一時的にウィキペディアへのアクセスを遮断されます(ほかの項目も検索できなくなる))。そのような状況に置かれているので、知らず知らずのうちに表現上の自己規制をしてしまうのです。プロの「表現者」にとっては、これはかなりつらいことだろうと思います。

 そういった「表現者」の人たちにとって、もし、日本が活動しやすい場所なのだったら、活動の場を提供することは日本としても悪いことではないと思います。中国の内政に干渉するようなことは厳に慎まなければなりませんが、中国の人々が中国のために活動する場として、日本が活動しやすいのならば、孫文の場合がそうであったように、活動の場を提供することも日本としてのひとつの役割でしょう。NHKの「激流中国」や「新的中国人」のシリーズは、その意味でもひとつの記念碑的なシリーズだったのかもしれません。

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