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2008年7月16日 (水)

ロシアに比べて中国の改革は成功したのか

 昨日(7月15日)、中国人女流作家・楊逸氏が書いた「時が滲(にじ)む朝」が第139回芥川賞を受賞しました。日本語を母国語としない作家が芥川賞を受賞したのは初めて、とのことで、これはすばらしいことだと思います。

 こういった外国にいる中国人の活躍は、中国本国にとっても誇らしい話だと思うのですが、この楊逸氏の芥川賞受賞については、中国での報道のされ方は非常に小さいものになっています。今のところ、新華社や人民日報では報じられていません。私はこの小説自体はまだ読んでいないので内容は知らないのですが、日本での報道を見ると、この「時が滲(にじ)む朝」の内容は、1980年代後半、立身出世を夢みる青年が、大学に入った後、民主化運動に参加するものの「1989年の事件」の後、小さな事件を起こして放校になり、苦い思いをしつつ日本に移住して生きていく、というようなストーリーのようなです。「1989年の事件」が出てくるためか、中国のメディアはこのニュースの取り扱い方を相当迷っているようです。

 「中国新聞網」では、この楊逸氏の芥川賞受賞のニュースは報じていますが、その作品について紹介する文章の中で「民主化運動に参加するものの1989年の事件の後、小さな事件を起こして方向になり・・・」といった紹介はされずに「人生の苦悩をきめ細やかに描写した喜びと悲しみの入り交じった青春小説」と紹介されています。

(参考1)「中国新聞網」2008年7月16日9:20アップ記事
「日本在住の中国人女性作家、日本の第139回芥川賞を受賞」
http://www.chinanews.com.cn/cul/news/2008/07-16/1313891.shtml

 この小説は、本当に「青年の苦悩」を描いたもので「1989年の事件」は単なる時代背景に過ぎず、この小説ではこの事件に対する政治的な意向の表明はなされていないようですが、現在の中国当局は、「とにかく『1989の事件』には触れたくない」のだと思います。この作品は、日本で最高の権威ある新人賞である芥川賞を獲ったということで、たぶん中国国内でもネット上などでは話題になると思います。楊逸氏ご自身で中国語に翻訳すれば、中国国内でも売れると思いますが、それを中国当局が許可するかどうかは、今の時点ではよくわかりません。

 このように表向き「1989年の事件」は、中国では「触れてはいけないこと」なのですが、知識人の中では1978年から始まった改革開放政策の中で「1989年の事態」とその後の中国の歩みをどう評価すべきか、といった議論は、まじめに議論が行われています。それを端的に表したのが、7月10日号の週刊紙「南方週末」(日本語表記は「南方週末」)の経済欄に掲載された二人の学者に対するインタビュー記事「ロシアの改革に比べて中国はより成功したと言えるのか」です。

(参考2)「南方周末」2008年7月10日号記事
「改革開放30年放談シリーズ第1回:ロシアの改革に比べて中国はより成功したと言えるのか」
http://www.infzm.com/content/14407

 この対談は「南方週末」の編集部が中国経済改革研究基金国民経済研究所副所長の王小魯氏と北京大学中国経済研究センター副主任の姚洋氏に対して行ったインタビューをまとめたものです。

 1980年代半ばからソ連共産党のゴルバチョフ書記長は、ペレストロイカ(政治改革)とグラスノスチ(情報公開)を進めて、改革を進めることによってソ連共産党とソビエト連邦を維持しようとしましたが、1989年には膝元の東ヨーロッパ諸国で次々に民主化革命が起き、ついには1991年、ウクライナ、ベラルーシなどが独立して、ソビエト連邦自体が崩壊してしまうとともに、ソ連共産党自身が解散したのでした。ゴルバチョフ氏も政治の世界ではエリツィン氏に破れ、ソ連の大部分の地域を占めたロシア共和国の初代大統領にはエリツィン氏が就任したのでした。その後、ロシアは、経済的には資本主義化を進め、政治的には選挙を通じた民主政治が確立されました。ただ、1990年代のエリツィン時代は、経済的・社会的混乱が相当に大きく、経済は危機的な状況にあり、多くの国民は苦しい生活を強いられた、と言われています。

 ゴルバチョフ書記長が「ペレストロイカ」「グラスノスチ」の改革を進めたのは、明らかにトウ小平氏が1978年から進めた中国の改革開放政策の成果を見て、ゴルバチョフがそれをソ連でも適用したいと考えたからだ、と私は思っています。実際、私が前回北京に駐在していた1988年頃は、経済的には中国の方が発展が速く、ソ連の人が中国に来ると、中国製の冷蔵庫やテレビを買って帰っていく、と言われていました。

 ところが1989年以降、中国はソ連・ロシアとは全く別の道を歩み始めます。中国国内でもソ連におけるゴルバチョフ改革を見ながら、民主化への動きが見られましたが、「1989年の事件」で、政治改革は完全にストップしました。以後、1992年まで中国では政治路線の紆余曲折がありましたが、結局1992年のトウ小平氏の「南巡講話」により、経済的には改革開放を今後とも進める路線が固まりました。この中国の路線は、経済的には改革開放を進める一方、政治的な民主化は進めないものでした。トウ小平氏は、文化大革命の政治的混乱の中で経済政策が停滞して人民が苦しんだことを自らイヤというほど経験していましたし、1989年~1991年に掛けて政治的変革を遂げたソ連において、ソビエト連邦自体が崩壊し、政治的にも経済的にも混乱が続いているのを目の前で見ていたので、トウ小平氏は「貧しい中国では、今、政治的論争をやっている時ではない。中国を分裂の混乱に陥れたら苦しむのは人民だ。とにかく経済的な成長をして、人民の生活を向上させることが先決だ。」と考えたのです。

 この結果、現在に至るまで、中国は驚異的な経済成長を遂げました。トウ小平氏の「先に豊かになれる地域や人は先に豊かになってよい」という「先富論」に引っ張られて、富裕層と社会の最低層の格差は広がりましたが、社会全体として急激に経済成長しましたので、社会の最低層でも一定の経済成長の恩恵を受けることができました。しかし、政治改革は1989年以降は完全に先送りされたため、政治的状況は1980年代と現在では全く変わっていません(1990年頃、末端レベルの村民委員会の選挙は始まりましたが、それもその後は全く進展していません)。そのため、中国では、社会の中の格差の問題や地方政府幹部の腐敗、環境汚染の問題などの様々な問題をいかにして政治に反映させるか、という政治的フィードバック・システムができておらず、一部の地方では人民の不満がうっ積しているところがあり、毎年群衆による暴動事件が頻発しています。

 こういったロシアと中国の状況について、西側には以下のような見方があります。

「ロシアは先に政治改革をやったので、今までは経済的には苦しかったが、一応、選挙による政治家の選出という政治的なフィードバック・システムはできたので、これからは経済的にはロシアは徐々に力を付けていくだろう。つまりロシアは政治改革という『苦しいこと』を先に済ませてしまったので、これからはむしろ中国より楽に経済の成長を図ることができる。」

「中国は経済成長優先で政治改革は全くやってこなかった。政治改革という『苦しいこと』を先送りしてしまったが、国内の格差がこれだけ広がった以上、なおさら政治改革は避けて通れない仕事になったが、これから政治改革という『苦しい仕事』をやりながら経済運営を行わねばならない中国は、ロシアよりも苦しい道を歩むことになる。」

「今の時点では、『苦しい政治改革』を経験したロシアの方が経済的には遅れている面もあるが、今後は中国がこの『苦しい政治改革』をやらねばならない。中国のように経済活動が活発になった後に行う『政治改革』の方が、既得権益グループによる抵抗が強く、大きな『改革の痛み』が伴う可能性がある。従って、長期的視野に立てば、中国の選択よりロシアの選択の方が結果的によかったと見るべきである。」

 「南方周末」に掲載されたインタビュー記事は、こういった西側の問題意識に対して真正面から議論するものです(今「西側の問題意識」と書きましたが、「南方周末」が「改革開放30年放談シリーズ」の第1回としてこの問題を取り上げた、ということは、この問題意識が中国国内にもあることを示しています)。

 このインタビュー記事のポイントは以下のとおりです。

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南方週末編集部:西側には、ロシアは先に「コスト」を支払ってしまったが、中国はこれから「コスト」を支払わなければならない、という見方がある。これについてどう考えるか。

王小魯氏:この問題は、ロシアがこれから得られるであろう「過去に払ったコストに見合う収益」と、中国がこれから支払うであろう「コスト」をトータルに見てどうかんがえるか、という問題に行き着く。ロシアは「ショック療法」により、急激な改革を行ったわけだが、結局は、少数の寡占者が利益を独占する社会を作っただけである。形式的に一般市民の投票による選挙制度はできたが、社会利益の公平化が図られたとは言えない。長期間のトータルで見れば、ロシアの改革の方が中国のやり方よりよかった、という見方は、これからロシアがうまくやり、中国が今後うまく改革を進められない、という仮定に基づいたものであるが、そういった仮定は公平な仮定ではない。

姚洋氏:中国は一般庶民の犠牲を強いることなく一定の経済的基盤を作ることができた。ロシアは1世代の間、一般庶民に非常に苦しい生活を強いていた。ロシアの平均寿命は56歳であり、中国の72歳に比べてずっと低いことを見てもそれはわかる。従って、ロシアが成功し、中国は成功しなかった、という見方は誤りである。

南方週末編集部:多くの西側の学者は、ロシアの現状を見て、結局はロシアの改革のやり方の方が中国の改革のやり方より優れたやり方だった、と見ていることについてどう考えるか。

王小魯氏:西側の人は「市場経済化」と「政治の民主化」という二つの座標軸で判断している。これらは一つの理論的な目標である。確かに現在のロシアにおいては既に両方が実現している。一方、中国では市場経済化は進みつつあるが未だ不徹底であり、政府による干渉も多い。また、政治体制においては、中国ではひとつの完成した体系は未だできあがっていない。その意味ではロシアの改革の方が中国の改革よりよかった、ということになる。しかし、「市場経済化」と「政治の民主化」の最終目標は何なのか? 結局は、一般大衆の生活が改善され、社会全体が発展することではないのか? 形式的に一般大衆による選挙で大統領が選ばれる制度ができていたのだとしても、大統領が社会の監督を受けて問題を解決したり、一般大衆の利益を代表したりしているのでなければ、真に政治体制の改革が行われたことにはならない。

姚洋氏:西側的見方をする人の多くは「中国には憲政がない」とか「中国には自由な選挙がない」とか概念的な面だけ見て「中国はよくない」と批判している。しかし、現在の中国の政府は「中性政府」とも言えるもので、大多数の人々の利益に一致する政策を選択できるし、一方で特定の利益集団の利益に引っ張られないようにすることもできる政府である。

王小魯氏:西側の人が言う一般大衆により選出される選挙によってできた政府は一般大衆の利益に反することがない、というのはそのとおりだが、一般に、一般大衆は「政府は小さければ小さいほどよい」と考える傾向がある。しかし、政府には一定の役割があり、政府を小さくし過ぎると結局は一般大衆の利益に反することになる。市場経済のあり方にもいろいろなあり方があるのと同様に、政治の面においても様々なやり方がある。私も政治改革はしなければならないと考えているが、最終目標は一般大衆の利益を図ることであり、今後改革を行うに当たっては、その改革が一般大衆の利益に合致するのかを常に認識しなければならない。
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 このインタビュー記事の中では、王小魯氏も姚洋氏も、現在の中国共産党と中国政府のやり方を肯定し、ロシアの「民主化」は一定の利益グループを形成しただけで、一般大衆の利益になっていない、と指摘して、一般大衆による直接選挙が全てを解決するわけではない、として、現体制を擁護する立場を取っています。その意味では、それほど真新しい内容を含んでいるわけではないのですが、1989年~1991年におけるソ連からロシアへの変革(当然その中にはソ連共産党の解体も含まれている)を横目で見ながらの議論をまじめにしている、という点で、私は注目すべきものがあると考えています。

 週刊紙「南方周末」は、その名の通り週末に発行される週刊の新聞ですが、かなり突っ込んだ記事や評論を掲載することで有名です。NHKスペシャル「激流中国」の「ある雑誌編集部~60日の攻防」(2007年4月2日(月)午後10時~10時49分:総合テレビで放送)で紹介された「南風窓」は、この「南方周末」系の雑誌です。「南方周末」は、広東省広州市で発売されている新聞ですが、なぜか北京の新聞スタンドでも買うことができます。1部2元(約30円)と中国の新聞にしてはやや高めですが、内容がなかなか鋭く、「お金を出しても読みたい」と思える新聞なので、運賃を掛けて北京に運んできても、結構ペイするくらい売れるのだと思います。上記のインタビュー記事にあるように、そもそも登場するのが北京の知識人が多いのも、北京で売れる理由の一つだと思います。

 これは中国の新聞の特徴で、広州で発行される新聞は北京市当局のチェックを受けない(広州市の監督下にある)ので、比較的自由にものが書きやすいのです。「自由に」とは言っても、上記の記事にあるように、現在の政府の政策に反対するようなことは書けないのですが、「視点」が現在の政府にとっては「痛いところ」「触れて欲しくないところ」も突くのが魅力です(だからこそ北京でも売れるのでしょう)。

 冒頭に書いたように、中国では、まだまだ「1989年の事件」については「触れてはいけない」のですが、確かな政策運営を進めるには、タブーを置かずに自由に議論し、その中から最も適切な政策を選択することが重要だと思います。従って、広州で売られている「南方周末」が北京で買える、といった方法(タテマエは守った上で、そのタテマエの中で実質的な議論を進めていく)でよいので、中国の人々の間で、国全体の将来を考えて、中国の多くの人々の知恵を結集して、これから起こるであろう、いろいろな難局に当たってもらいたいと思います。

(2008年7月17日追記)

 2008年7月17日付けの「新京報」の文化欄では、楊逸氏が芥川賞を獲ったことが報じられています。

(参考3)「新京報」2008年7月17日付け記事
「中国人女流作家の楊逸氏、芥川賞を獲得」
http://www.thebeijingnews.com/culture/2008/07-17/011@092204.htm

 この「新京報」の記事では、受賞作「時が滲(にじ)む朝」について、次のように紹介しています。

「この小説は20年前の中国の社会的変動を背景としている。この小説では一人の中国人青年の足跡を追い、その風波の前後に遭遇した運命と失意について描写している。ストーリーの最後では、この男性主人公は、日本に移住したけれども『心の中では最初に持っていた理想を以前として持っていた』ことが述べられている。」

 この記事では「20年前の中国の社会的変動」とか「風波」とか表現していますけど、一定の年齢以上の人ならば、これを読めば何を指しているかはわかると思います。このあたりの表現が「1989年の事件」に関して、現在の中国の新聞で書ける限界なのだろうと思います。

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