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2008年6月 9日 (月)

何事もなく過ぎた6月第1週

 今年(2008年)は、中国の改革開放政策が始まって30年目の年、ということで、新聞にはそれにちなんだ特集記事がよく掲載されます。北京の大衆紙「新京報」は、「改革開放の30年」という特集記事を毎日掲載しています。改革開放の30年の間に起きたできごとのうち「今日」は何が起きた日だったのかを解説する連載の特集記事です。

 以前から、この「新京報」の特集で、どういう記事が載るのかなぁ、と思って注目していたのですが、6月の第1水曜日の特集は「1985年のこの日」でした。1985年のこの日は「人民解放軍の定員を100万人削減することが発表された日」として紹介されていました。かつて毛沢東は、人民解放軍については、「人海戦術」が重要なのであって、兵器の近代化は必要ない、という立場をとっていました。それに対して改革開放政策を進めたトウ小平氏は、人民解放軍にも近代化は必要なのであって、やみくもに多くの人数を配置するのではなく、兵器の近代化も含めた軍の近代化を図るべきで、そのためには軍の定員も削減する必要がある、と判断したのが「1985年のこの日」だったのです。その意味では「1985年のこの日」も、改革開放30年の歴史の中では重要な日であることに間違いはなく、「新京報」が1985年の「この日」を取り上げたのは、おかしくはないのです。

(参考1)「新京報」2008年6月4日付け記事
「改革開放の30年:トウ小平が一本の指を立てて示した-軍の定員削減100万人-」
http://www.thebeijingnews.com/news/reform30/2008/06-04/021@102913.htm

 しかし、客観的に言えば、改革開放30年の中で取り上げられるべき「この日」は、1985年の「この日」でないことは、誰の目にも明らかです。19年たった今でも、中国では、この「誰の目にも明らかな『この日』のできごと」については、語ってはいけない「できごと」であることが、この日の新京報の特集を見て改めて明らかになりました。

 昨年、経済専門週刊紙「経済観察報」も、改革開放30年の特集を組み、1978年から現在まで、毎週、ひとつの年を取り上げて、「その年に改革開放の歴史の中でどういった重要なできごとがあったか」を解説していました。しかし、1989年を取り扱った号では、6月第1週に起きた「できごと」には全く触れられていませんでした。

 これだけ国際化した中国において、こういった「触れてはいけないできごと」の存在はいったいいつまでつづくのでしょうか。

 今年4月初旬から、中国国内からは日本語のウィキペディアへのアクセスができるようになりました(それまではインターネット・アクセス制限が掛かっていました)。いろいろ調べ物をする際には非常に便利になったのですが、19年前の6月第1週の「できごと」に関しては、今でもその項目にアクセスするとウィキペディアへのアクセスが一時的に遮断されます(ほかの項目も見られなくなる)。数分するとまたアクセスできるように回復するのですが、やはりまだ「19年前のあの日のできごと」については、触れてはならないことのようです。

 6月8日付けの「新京報」では、前日、広州の新聞「南方日報」に載った記事として、6月6日に深セン市(「セン」は「土」へんに「川」)の中国共産党委員会の会議で「深セン市の党委員会及び市政府による深セン市が改革開放を堅持し科学的発展努力を推進し中国の特色のある社会主義の手本の市となるための若干の意見」が取りまとめられた、と報じていました。

(参考2)「新京報」2008年6月6日付け記事
「深センで局長クラスの幹部選定で複数候補者による選挙を実施へ」
http://www.thebeijingnews.com/news/guonei/2008/06-08/018@083257.htm

 この「若干の意見」では、市の局長クラス幹部を選挙により選定することや区レベル(市の下のレベル)の人民代表(議員)を住民による直接選挙で選ぶことが議論され、パブリック・コメントを求めるための案がまとめられた、とのことです。ただし、区レベルの人民代表の直接選挙については、この時点ではまだ「保留」の扱いになっている、とのことです。

 国会議員(全国人民代表)を選ぶためには、省レベルの人民代表-市レベルの人民代表-区レベルの人民代表といった各階層の人民代表による間接選挙を繰り返さなければなりません。一番下の区レベルの人民代表も現在は住民による直接選挙で選ばれているのではないわけですが、それを直接選挙で選ぶかどうか、ということについて、議論はなされているけれども、現時点では「保留」というのが現状、ということのようです。

 どの国の選挙制度にも一長一短はあるし、今の日本のように二大政党の勢力が拮抗してしまうと、政局運営が停滞してしまう、といった問題があるのは事実ですが、21世紀の世界においてこれだけ大きな経済的・政治的パワーを持つ中国で、最も下のレベルですら直接選挙が行われていない、というのは、やはり相当な「不自然さ」を私は感じます。上記の「新京報」の記事にあるように、今、いろいろな議論が行われ、今後いろいろと模索が行われて、これからだんだん具体的な改革が進められていくことになるのでしょう。

 しかし、1990年代はじめに、農村部の最も末端組織である一部の村民居民委員会選挙において住民による直接選挙が行われるようになってから、既に20年近くが経過しようとしているのに、中国における選挙制度はそれから先へはほとんど進歩していないと私は思います。よく「中国は大きな国だからすぐには変われない」という議論を聞きますが、そういった議論は、私は1980年代にも何回も聞きました。20年たっても何も進歩していないのです。

 中国における選挙制度の試金石になると見られる香港特別行政区の行政院長と立法議会議員の選挙については、2007年12月末の全国人民代表大会常務委員会の会議で2012年の次回の選挙では住民による直接選挙は行われない方針が示されました。

(参考3)第10期全国人民代表大会第31回会議決定(2007年12月29日)
「全国人民代表大会常務委員会による香港特別行政区における2012年の行政長官及び立法議会議員の選出方法と普通選挙問題に関する決定」
http://www.npc.gov.cn/huiyi/cwh/31/2007-12/29/content_1387551.htm

 その次の選挙(2017年)では「普通選挙」が実施されることが期待されているのですが、正式に決まったわけではありません。選挙制度の改革がなかなか前に進まないのは、社会的・経済的混乱を避けるため、ということなのでしょうが、急激なスピードで進む経済成長とこういった選挙制度の遅々とした進み具合(というかほとんど進んでいない状況)のアンバランスは、いつ解消されることになるのでしょうか。

 国政レベルはともかく、地方政府レベルでは、今回の四川大地震で問題になった学校の建築に関する問題や防災対応の問題、環境汚染対策の問題など、地域住民の声が地方政府に直接届いていれば解決できる問題は多いと思います。地域住民にソッポを向かれても地方政府のトップがクビにならない、という現在の制度は問題である、といった認識は、既に党中央でも持っていると思います。

 私は、経済だけではなく、社会的な面やその他の面で、中国は確実に進歩しつつあると信じています。私以外にも同じように信じている人々がたくさんいると思います。中国はそういった多くの人々の期待を裏切ることのないようにして欲しいと思います。

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