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2008年5月31日 (土)

がれきの上に立てるNGOの旗

 今日(5月31日)付けの「新京報」の「評論週刊」(週刊の評論特集)のトップに艾君という方が書いた「災害救援に見るNGOの成長」と題する文章が載っていました。

(参考)「新京報」2008年5月31日付け
「災害救援に見るNGOの成長」
~地震が変えたのは「世界が中国を見る見方」だけではない~(艾君)
http://comment.thebeijingnews.com/1108/2008/05-31/011@093126.htm

 この記事では「今回の四川大地震において、政府や軍による救援活動も行われているが、それに加えてボランティアや民間団体など、NGO(非政府組織)による活動もめざましい。このようなことは今までの中国にはなかったことだ。」といったことが指摘されています。これも四川大地震によって中国社会に起きた「偉大な変化」のひとつだと思います。

 上のURLをクリックしていただければわかりますが、この記事には、がれきの上に人々がまさに「NGO」の旗を打ち立てようとしている図が描かれています。日本人やアメリカ人ならばすぐわかりますが、この構図は、第二次世界大戦末期、硫黄島での激しい戦闘の後、アメリカ軍が硫黄島に星条旗を立てようとしている写真と同じものです。この写真を基にして、後にアメリカのワシントンD.C.を見下ろすバージニア州アーリントンの丘の上に "Iwo Jima Memorial" という記念碑の彫刻が作られました。

 中国の人々がこの硫黄島の写真についてどのくらい知っているのかはよくわからないのですが、この画はなかなか寓意を含んでいると私は思いました。硫黄島の写真は、アメリカが日本軍を苦難の末に打ち破って星条旗を打ち立てた時のものだからです。

 現在の中国では、表立って議論されることはありませんが、中国政府が、ほとんど資本主義と同じではないか、と言えるような経済政策を次々に打ち出している中にあって、「なぜ、今、中国は中国共産党の指導下にあらねばならないのか」という疑問を多くの人が抱いています。この疑問に対する答は二つあります。ひとつは「中国共産党という求心力がなければ、中国はバラバラになり、社会と経済に混乱が生じる。だから中国共産党が必要なのだ。」という答です。ただこれだと「中国全体をまとめる強力な党」が必要なのはわかるが、それがなぜ中国共産党でなければならないのか、の答にはなっていません。この問に答えるのが第二の答えで、それは「中国共産党は、中国人民の支持の上に立って抗日戦争を戦い抜き、外国勢力を排除して、中国を半植民地状態から救うに際して中心的な役割を果たした。そのような歴史を踏まえれば、中国共産党以外に中国全体をまとめる求心力を持ちうる党は存在しないから。」です。

 今回の四川大地震は、国家的大災害でしたが、これにより中国の人々の間には自発的な団結心が芽生えたように私は思います。それは中国共産党の存在をも超えた「我々は同じ中国人なのだ」といった連帯感です。このことは台湾の人々や世界中に住む多くの華僑の人々の心の中にもこの連帯感が芽生えたことからもわかると思います。それは、「もしかすると、我々は、中国共産党という求心力がなくても、中国人である、ということだけで、団結することができるのではないだろうか。」という一種の自信のようなものかもしれません。そういった党でも政府でもない団結心の象徴がNGOの活動なのだと思います。

 従って、硫黄島の写真になぞらえた「新京報」の画は、苦難の末に我々が打ち立てたのは、党でも政府でもない、素朴な人々の団結心だったのだ、そういう団結心を実は我々は心の中に持っていたのだ、ということを表しているように思えました。

 今回の四川大地震に対する中国政府や中国共産党の各組織、人民解放軍の働きには素晴らしいものがあると私は思います。しかし、それとは別に、党や政府が存在する以前の段階における人々の団結心が実は社会の根幹をなす上で重要であり、そういった団結心を我々はもともと持っていたのだ、ということに中国の人々が気が付いた、という点が非常に大きいように思います。

 上記の「新京報」の評論は「今回の地震により、世界の中国を見る目が変わったし、中国が世界を見る目も変わった。」と評しています。また、この評論では、先の海外でのオリンピック聖火に対する反応にも触れ、「世界は氷のように冷たいものでも、火のように熱いものでもなく、複雑なものなのである。このような複雑な過程に伴って我々は成長し、成熟していくのだ。」と述べています。この感覚は、私個人が受けている印象と全く同じもので、私はこの評論に大いに共感を覚えました。

 今回の大地震では多くの犠牲者が出、今も多くの被災者が厳しい避難生活を強いられています。亡くなった多くの方々を哀悼し、多くの被災者の方々を精神的に支援していくためにも、私は、今、中国で暮らす外国人に一人として、というより、地球上に住む人間の一人として、この「共感」を大事にしていきたいと思っています。

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