« 日本をプラスに評価する評論 | トップページ | 四川大震災対応:「偉大な変化」 »

2008年5月23日 (金)

北京で感じる四川大地震

 5月12日(月)14:28(北京時間)に四川省で起きたマグニチュード8の巨大地震によって未曾有の被害が出ました。今日(5月23日)16時の民生部の発表によれば、死者55,740人、行方不明者24,960人、けが人292,481人、避難した人1,136万7,929人とのことです。死者・行方不明者・負傷者の多さもさることながら、避難した人が1,000万人を越えるというのは、とんでもない被害だと思います。亡くなった方々の御冥福をお祈りするとともに、被災された方々に心からお見舞いを申し上げます。

 5月12日の14:35分頃、私は北京のオフィスビルの11階にいました。めまいがするような感じがしましたが、「まさか。こんな揺れ方をするような地震はないよなぁ。」と思って壁を見たら、壁に掛かっているカレンダーが大きく揺れており、めまいではなく本当の地震なのだ、ということを知りました。2秒くらいの周期で1メートル近く揺れるようなゆっくりした揺れでした。私がいたのが高層オフィスビルのちょうど真ん中くらいの高さのところだったので、揺れが地面よりは増幅したようでした。日本の震度で言えば、震度2~3に相当するくらいの揺れでした。日本の高層ビルならば、「この程度の揺れは当然耐震設計の範囲内」だとわかっているので心配はしないのですが、北京のビルの耐震設計がどの程度しっかりできているのかわからなかったので、本気で机の下に潜ろうかと思いました。

 すぐにテレビを付けましたが、中央電視台第1チャンネル(総合チャンネル)は通常放送を続けていました。停電もしなかったので、それほどの地震ではないと思いましたが、あれだけ周期の長い地震があの程度の大きさで揺れた、ということは、相当遠いところで、相当大きな地震があったのかもしれない、と思いました。

 最近、日本でも大きな地震が何回も起きているので、私も経験上、近い地震ならガタガタガタという周期の短い揺れが来る、遠い地震だとユッサユッサという感じの周期の大きな揺れを感じる、ということは知っていました。ただ、巨大地震が遠くで起きた場合、普通は小さな初期微動(P波によるもの)が来て、その後でユッサユッサという大きな揺れ(S波によるもの)を感じるのですが、今回はP波による揺れに相当するものを感じなかったので、おかしいなぁ、と思いました。また、揺れ方や揺れの大きさは、自分がいる建物の構造と場所(地上近くか高層ビルの上の方か、など)でかなり違いますので、この大きなゆっくりとした揺れは建物の構造のせいかもしれない、とその時は思いました。  

 携帯電話で外出中の知人に電話を掛け、東京にも国際電話を掛けましたが、いずれも通常通りに通じました。停電もしないし、電話が通じたので、それほど大きな地震ではないのかなぁ、と思いました。しかし、窓の外を見ると大勢の人たちがビルの外に避難していました。ちょうど隣では、多くの北京市内の地区と同じように、新築の高層ビルが建設途中だったのですが、建設工事現場にいる黄色いヘルメットを被った工事労働者の人たちが、建築現場から出てきて、歩道に座って様子を見ていました。安全点検のため、一時的に建築作業が中断されていたようでした。

 地震から約50分経過した15:30頃、インターネットで、四川省でマグニチュード7.6~8.0の地震が発生した、という情報が流れました。私はまさか、と思いました。四川省と北京とは直線距離で約1,500kmも離れており、いくら巨大な地震であっても、四川省の地震を北京で感じるはずがない、もし北京で感じるような地震だったら、とてつもなく巨大な地震のはずだ、と思ったからです。

 それから15分くらいたった15:45頃、温家宝総理が四川省へ向けて出発した、というニュースがネットで流れました。何がどうなっているのかわからない時点で総理が現地へ向かう、とはびっくりしましたが、北京から四川省の成都までジェット機で約2時間掛かりますから、とにかく現地へ向かい、四川省に到着するまでの2時間の間に現地の状況を見極めよう、という胡錦濤主席の判断だったのだと思います。

 その後、インターネットで四川省アバ・チベット族チャン族自治州のブン川県(「ブン」は「さんずい」に「文」)で14:28にマグニチュード7.8(後に8.0に修正)が起き、14:35に北京市通州区でマグニチュード3.9の地震が発生した、というニュースが流れました。私は通算して3年北京にいますが、有感地震を感じたのは今回が初めてです。マグニチュード3.9程度の地震ですら、北京市内を震源とした地震が発生した、という話は聞いたことがありませんでした。ですから、この北京市通州区で地震が発生した、というニュースには耳を疑いました。また、普段地震が起きないところで地震が起きたということは、四川省の地震によって誘発された地震なのだろうか、と思いました。でも、巨大地震によって遠隔地で別の地震が誘発される、という事例は私は聞いたことがなかったので、北京の地震は四川省の地震に誘発されたわけではないだろう、そうだとすると滅多にない北京の地震がたまたま偶然に四川省の地震の直後に起きたのか、それも確率的には考えにくい、いったいどうなっているのだろう、と頭の中が混乱しました。

 翌日、この「北京市通州区でマグニチュード3.9の地震が発生した」というニュースは「誤報だった」ことがわかりました。やはり北京での揺れは四川省の巨大地震の揺れが伝わった結果だったのです。なぜ、「北京市通州区で地震」という誤報が流れたのかについての原因は、現在はまだ明らかにされていませんが、地震計によるデータを見た地震局の担当者が、四川省を震源とする地震によって北京で揺れを感じることはありえない、と判断して、北京市内を震源とする別の地震が発生した、と判断したからかもしれません(この辺は、事態が落ち着いてから検証されることになると思います)。もしそうなのだとしたら、地震局の担当者も判断を誤るくらい、四川省の地震が巨大であり、かつ、揺れがとんでもなく遠くまで伝わった、ということなのだと思います。この揺れは、北京のほか、上海、台北、香港、タイのバンコクでも感じられた、とのことです。

 地震発生時刻の14:28と北京で揺れを感じた14:35の間に7分間の時差がありますが、これは秒速約4kmと言われる地震波が1,500km離れた四川省と北京との間を伝播するためにそれだけの時間が掛かったことを示しています。

 インターネットの新華社ホームページは、地震発生直後から、上記の「北京市通州区でマグニチュード3.9の地震が発生した」という後に「誤報」であることがわかる情報も含めて、大量の情報をリアルタイムで流し始めました。

 オフィスで見られる香港発の衛星放送テレビのチャンネルは、四川省での巨大地震発生のニュースが伝わってから、通常番組を変更して地震に関する情報を流し始めましたが、中国中央電視台第1チャンネル(総合チャンネル)は通常番組を続けていました。中国中央電視台が地震の特別番組に切り替わったのは22:00~の夜のニュースが終了した22:30からでした。それから、中国中央電視台第1チャンネルでは24時間体制で生放送で地震の情報を流し始めることになります。この22:30から始まった特別番組の当初の頃は、なかなか情報が入ってこなかったことと、アナウンサーがこういった災害時の生放送の特別放送に慣れていなかったせいか、何を伝えていいのかとまどっているような様子でした。

 こういった中国の大陸のメディアが、大規模な自然災害に関する情報をリアルタイムで流すことは極めて異例のことです。おそらく情報をコントロールすることによって発生するデマによる混乱を恐れたためと思います。その後、外国メディアも含めて、現地からの情報は、生で中国国内及び世界各国に伝えられましたので、これまでの中国の自然災害(例えば今年1~2月の寒波・大氷雪被害)とは異なり、被災地の情報が瞬時に世界各地へ伝わりました。これが、その後の世界各国からの支援に結びついたと思います。(中国側は、1週間前にミャンマーで発生したサイクロン被害に対し、ミャンマーの軍事政権が外国メディアや外国人救援者の受け入れを拒否していて、国際社会から非難されていることを、かなり意識していたと思います。中国政府の対応はミャンマー政府の対応とは明らかに異なるものでした。)

 中国政府は、地震から一週間後の5月19日~21日の3日間を「全国哀悼の日」と定め、旗を半旗に掲げるとともに、公共の場所での娯楽活動を取りやめる、という「国務院公告」を出しました。このため、外国のNHKワールド・プレミアムをはじめとする歌・スポーツ・娯楽番組を含むチャンネルは全て放送が停止されました(テレビのチャンネルをNHKワールド・プレミアムなどに合わせると真っ黒い画面に「国務院の公告に基づき5月19日~21日の3日間、歌・スポーツ・娯楽番組を含む外国チャンネルの放送は停止しています」との告示が表示されるだけでした)。ニュース専門チャンネルであるBBCワールドやCNNは通常通り見ることができました。ある意味では、このことは衛星からの電波を受信して番組を配信している外国衛星テレビも当局のコントロール下にあることをはからずも示す結果となりました。各アパートメントで独自にパラボラ・アンテナを立てて直接受信しているNHK-BS1、BS2、BSハイビジョン、KBS(韓国の放送局)などは通常通り見ることができました。これらのチャンネルは当局がコントロールしていない、ということなのでしょう。

 国務院による「全国哀悼の日」の公告では、地震発生からちょうど一週間目の5月19日14:28に3分間の黙祷を捧げることが告げられていました。ラジオでは、座っている人は起立し、車に乗っている人は車を停止して車を降りて黙祷するように呼びかけが行われました。各職場でも黙祷のための集会が行われたようでした。私がこの日の午後訪問を予定していた機関でも、14:28から全職員による黙祷集会がある、と聞いたので、訪問を早々に切り上げて、私たちは近くにある清華大学のキャンパスへ行きました。14:28近くになると、キャンパス内の各建物から学生や教職員らが続々と出てきて、建物の前に半旗で掲げられている国旗の周りに集まりました。

 14:28になると一斉に防空警報のサイレンが鳴り響きました。併せて、多くの車がクラクションを鳴らして弔意を表しているのが聞こえました。大学の学生や教職員らは静かに黙祷を始めました。ちょっと蒸し暑い初夏の午後でしたが、一斉に鳴り響くサイレンと車のクラクションの中、大勢の人が身じろぎもせずに黙祷をしている中で、私も一緒に黙祷しました。中国には、今、いろいろな問題があるけれども、とにもかくにも、今は、全ての人が力を合わせて、この被災した人々を助けなければならない、という気持ちにさせる3分間でした。

 そもそも北京に防空警報システムがある、ということは、この時、初めて知りました。本来はあまり公にしていないものについても、中国政府は「今はそんなことを言っている場合ではない」として、かなりの部分で「秘密解除」をしたところがあったように思います。北京の新聞各紙によると、北京の防空警報システムのサイレンが実際に鳴ったのは、これが初めてなのだそうです。

 5月19日14:28からの「黙祷の3分間」の後も、北京では、多くの市民が天安門前広場に集まって哀悼の意を捧げた、とのことです。夕方暗くなると人々は手に手に火の灯ったロウソクを持って亡くなった数多くの犠牲者の冥福を祈りました。この日、20:30頃、私は天安門前広場前の長安街を車で通りました。夜になると天安門前広場は立ち入り禁止になるのですが、天安門前広場の周辺は、いつもより数多くの警官が出て警戒に当たっていました。天安門前広場近くの歩道には、まだロウソクを手に持ったまま家路に付こうとしている大勢の人たちが歩いていました。

 多くの市民が哀悼の意を捧げるために自然発生的に天安門前広場に集まる、という現象は、過去にも1976年4月と1989年4月に起きました。1976年の時は1月に亡くなった周恩来総理を悼んで、1989年の時は4月に亡くなった胡耀邦前総書記を悼んでのものでした。いずれのケースも、この「哀悼の意を表するために自然発生的に天安門前広場に集まった市民等の動き」は、その後、「事件」と呼ばれる事態に発展していったのですが、2008年5月19日の状況はそれとは全く異なるものでした。人々は、心から地震で亡くなった人々を悼んで、集まったのでした。そういった人々に対しても、数多くの警官が出て警戒に当たらなければならない、というのが、現在の中国の悲しい点だと私は思いました。

 5月22日の午前0時を過ぎると、停められていた外国の衛星テレビ放送は通常に戻りました。香港発の音楽専門衛星テレビ「チャンネルV」は、5月22日は電波は復活していましたが、内容はいつもの音楽番組ではなく、中国中央電視台が伝える震災報道特番組を流していました。5月23日になり「チャンネルV」も通常の音楽番組を流すようになりました。ただ、「チャンネルV」の中で流れていた中国語版の「We are the World」(1980年代、アメリカの音楽家たちが集まってアフリカ支援のために歌った歌)は心に滲みるものがありました。5月23日になると、中国中央電視台も通常のドラマ番組を流すようになり、徐々に通常状態に戻りつつあります。5月23日の夕方にはロシアのメドべージェフ大統領が北京を訪れ、胡錦濤主席と首脳会談を行いました。これも「業務は通常に戻った」というひとつのサインだと思います。

 今回の地震は、中国のメディアを明らかに変えました。悲惨な災害現地からのテレビの生中継など今まではなかったのですが、それをやりはじめたのです(ただ、生中継の画面には、救援隊の活動などは映るものの、一般の被災者は出ません。一般の被災者が出るのは録画された場面だけ、という点は、まだ他の国のメディアと違うところです)。

 災害現場は、非常に広範囲であり、土砂崩れによって堰止められてできた湖など二次災害の危険もあります。いろいろな情報が錯綜しているところもあるようです。多くの人々が懸命に努力していますが、復興までには、まだかなりの時間が掛かるものと思われます。

 学校で手抜き工事が行われていたのではないか、などいろいろな議論が行われていますが、断層面が何百キロにもわたって地表に出るようなマグニチュード8の地震が人間が住んでいる直下で起きた今回の地震災害は、おそらく人類が経験した地震災害の中でも最大のものではないかと思います。マグニチュード8の直下型地震に襲われたら、どんな耐震工事も役に立たないでしょう。そうした中、何が問題であり、何を改善すべきなのか、はこれから議論されていくことでしょう。それよりもまず、今は、ケガをした人々の治療を行い、被災して避難している人たちの健康を維持して、生活できる場を再建することが先決です。

 北京オリンピックまで、どの程度復興ができるのか、今の時点ではまだわかりませんが、なんとか多くの人々が力を合わせて、派手な演出は控えつつ、オリンピック競技が行える状況になるよう祈りたいと思います。

|

« 日本をプラスに評価する評論 | トップページ | 四川大震災対応:「偉大な変化」 »

中国の報道機関」カテゴリの記事

中国の民主化」カテゴリの記事

北京オリンピック」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 日本をプラスに評価する評論 | トップページ | 四川大震災対応:「偉大な変化」 »