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2008年4月11日 (金)

全てを「独立派」だとする理由

 北京オリンピックの聖火リレーに関するロンドン、パリ、サンフランシスコでの混乱については、中国では、全て「ごく少数の『チベット独立』分子による妨害があったが、聖火は、それぞれの国民の歓迎を受け、聖火リレーは順調に終了した。」というトーンで報道されています。

 いつもは政府の政策について結構辛口のコメントもする北京の大衆紙「新京報」も、この件についてだけは、新華社通信が配信する記事や写真を載せるだけですので、人民日報などほかの新聞と同じ内容の報道振りになっています。

(参考)「新京報」2008年4月11日付け記事
「サンフランシスコでの聖火リレー、順調に終了」
http://www.thebeijingnews.com/news/olympic/2008/04-11/015@074527.htm

 上記の記事にある「旧金山」とはサンフランシスコのことです。この記事には、中国支持派が中国国旗を掲げる場面、聖火を写真に撮ろうとするアメリカ人、警察に取り押さえられる活動家、という3つの写真が載っています。このうち警察に取り押さえられる活動家の写真には「サンフランシスコ警察が一人のオリンピック聖火を妨害しようとした『チベット独立』分子を取り押さえた」との説明が付いています。中国では、聖火リレーを妨害しようとする人々は全て「『チベット独立』分子」と呼ばれます。

 聖火リレーに対して抗議活動をしている人たちの中には、実際に「チベット独立」を主張している人もいるでしょうし、「独立は求めないがもっと自治を与えるべきだ」と考えている人もいるでしょうし、「どういう政治形態を取るかは中国とチベットの人々が決めるべき話だが、平和的デモを力で押さえ付ける中国政府のやり方に抗議する」という人もいるでしょう。けれども、中国にとっては、いずれの人々も同様に「国家を転覆させようと考えている犯罪者」なのです。

 もともと中国は、大多数の漢民族のほか、チベット族を含め多数の民族が寄り集まった集合体であり、黙っていると国全体がバラバラになってしまう傾向があります。20世紀初頭、封建的な清朝による支配体制を解体し、列強各国の勢力を排除して国としての独立を回復させようとして革命を始めた孫文は、国民が一致団結して封建的な勢力や列強各国に対抗しなければならないのにもかかわらず、一向にまとまる気配のなかった当時の中国国民の状況に対して「中国の人々は『散沙の民』(握ろうとしても指の間からこぼれてしまう砂の如くまとまることのない人々)である」と嘆いたのでした。

 中国では、清朝以前は、皇帝権力によって「バラバラになろうとする人々」を強圧的にひとつにまとめていたのですが、皇帝権力が弱体化した清朝末期から中華民国時代において、中国は「散沙の民」の特徴を列強各国に衝かれ、バラバラに解体されて半植民地化されてしまったのでした。

 そういった中国を再びひとつの国としてまとめ上げたのが中国共産党なのでした。現在の中国は、13億人の人々がひとつの国としてまとまっているからこそ、経済活動が円滑に行き、国際社会の中でも大きな発言権を得ることができるのです。これがみなバラバラになったら、経済活動は混乱し、国際社会における発言権は低下し、外国からの干渉があれば、半植民地時代と同様になってしまい、「中国」としてのひとつの国家の体をなさなくなってしまうおそれがあります。一方で、いまのところ中国共産党以外に「散沙の民」をまとめる力を持っている者はいません。そこで「中国共産党がなくなったら中国全体がバラバラになる、従って中国共産党を否定することは国家を分裂させることを意味し、それは犯罪的行為である」という考え方になるのです。

 政治的に中国共産党の指導を否定したり、中国共産党から独立した少数民族の自治を求めたりすることは、上記の考え方から「国家分裂罪」になる、という理屈です。実際、先日、AIDS患者支援などを行っていた人権活動家が「国家分裂罪」で有罪判決を受けた例がありました。

 「国家を分裂させる」という重大なことにつながるので、中国共産党の指導を否定したり中国共産党から独立した少数民族の自治を求めたりするようなスローガンを叫んだり、そういった内容の横断幕やプラカードを掲げたりすることは、それだけで法律違反であり「犯罪」になります。普通の民主主義国家では、表現の自由の範囲内で許されることが、中国では「犯罪」になるのです。上記のような横断幕やプラカードを持ち、スローガンを叫んで歩くことは、暴力行為を伴わなくても、犯罪行為として取り締まりや逮捕の対象となります。中国にとって、このような行為は「平和的デモ」とは呼ばないのです。そこがそもそも「平和的デモを行っている人々を拘束するのはけしからん」と言っている西側と「法律に基づき犯罪者を取り締まることがなぜ悪いのか」と主張している中国政府側とのギャップの出発点なのです。

 外国での聖火リレーに抗議する人々に対する取り締まりは、中国の法律の下で行うわけではありませんから、聖火リレーの際に横断幕やプラカードを掲げ、スローガンを叫ぶことは外国ではできます。しかし、中国国内で行われるオリンピック競技の応援のために中国国内に入った外国人は、中国共産党の指導を否定したり、中国共産党から独立した少数民族の自治を求めたりするような横断幕やプラカードを掲げたりスローガンを掲げたりすると、取り締まりや逮捕の対象になりますので注意が必要です。国際法上、外国人であっても、中国国内にいる限り、中国の法律を守ることが求められるからです(そういう法律がイヤだったら、中国の国内には入るな、ということなのです)。

 それを考えると、オリンピック競技を応援に来た外国人が中国国内で逮捕されたりする事件が多発するのではないか、と私は今から心配しています。「普通の国」でもオリンピックの競技会場で政治的スローガンを掲げたりすることはオリンピック憲章により禁止されますが、「普通の国」ではオリンピック競技会場の外での「平和的な意思表示」は自由にできます。しかし、中国ではオリンピック競技会場の外でも「平和的な意思表示」が自由にできるわけではありません。中国共産党の指導を否定したり、中国共産党から独立した少数民族の自治を求めるような意思表示はできないのです。北京オリンピックを観戦しようとして中国に来る外国人は、その点を十分にわきまえておく必要があります。

 もし「オリンピックは世界の人々の交流の場だ。その国で自由に自分の意志を表現をしたり、その国の人々と自由に意見の交換ができないのだったら、そのようなオリンピックは開催する意味はない」という主張をするのだとしたら、それは、そもそも中国でオリンピックを開催すること自体が間違いだったのだ、ということになります。

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