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2008年3月28日 (金)

強烈な国内メディア戦略の展開

 従来、中国では、自国に都合のよくない事件等については、外国のメディアによる報道を制限するとともに、国内では全く何も伝えないか、伝えたとしてもごく簡単に政府の発表を伝えるだけ、といったスタイルの報道振りを示すことが多かったように思います。しかし、今回のチベット地域での騒乱については、外国メディアによる速報報道はブロックしつつ、国内向けには、当局側の立場に立った多種多様の情報を大量に流して、当局の正当性を主張する戦略を取っています。

 3月27日付けの人民日報では、全16面のうち4面、5面、8面の全部と3面の3分の1程の紙面を使って、「『中国はチベット文化を破壊してきた』という批判の不当性」「チベットで騒乱を起こした暴徒の凶暴さ」「西側が意図的に中国当局側が暴力を振るっているように事実をねじ曲げて報道していることの不当性」を大々的に伝えています。

(参考1)「人民日報」2008年3月27日付け紙面
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2008-03/27/node_17.htm

※左上の「選択版面」と書いてある部分の数字をクリックすると、見たい紙面が表示され、記事のところにマウスを置いてクリックすると、記事の中身を読むことができます。

 3月24日にギリシャで行われた北京オリンピックの聖火の点火式にチベット問題に抗議するグループの人が抗議のために乱入した事件に対しては、当初はほとんどの中国のメディアは報道せず、この件を報道する外国の衛星テレビ放送は検閲でブラックアウトされていました。しかし、3月28日の朝刊からは、中国の国内紙も「新華社電」として、このニュースを伝え始めました。この「新華社電」では、聖火の採火式での乱入事件について伝えるとともに、諸外国の多くの人がオリンピック行事を妨害することに対する批判の声を挙げているとか、国際オリンピック委員会が乱入者を批判したことなども併せて伝えられています。

(参考2)「新京報」2008年3月28日付け記事
「採火式への乱入者が3人拘束される」
http://www.thebeijingnews.com/news/olympic/2008/03-28/011@071558.htm

 「事実を隠す」のではなくて、今の中国では、「事実の一定の部分(例えば、ラサでは商店が焼き討ちを受けてひどい被害を受けている、一部の外国メディアではデモ隊を取り締まるネパールの警察の写真や映像を掲げてそれに『中国当局が暴力で取り締まった』と受け取られるような説明を付けていたなど)を取り出して、繰り返し繰り返しその部分を強調して大々的に伝える」という国内メディア戦略に出ています。

 このメディア戦略は中国国内ではかなりの効果を上げていると思います。新華社のホームページでは、チベットでの分裂行動を痛烈に攻撃したり、西側の報道を「事実を歪曲した報道にメディアの良心はどこにあるのか?」と批判したりする中国のネット・ユーザーの声が盛り上がっていることを伝えています。ネット・ユーザーの具体的な発言も掲示板から転載して掲載しています。

 もちろん中国のネットの掲示板は、中国共産党の指導を否定したり、国家の分裂を煽動したりするような意見は、「法律違反」としてそもそも掲載できませんし、掲載したとしても掲示板管理者に削除されてしまいます。そういった掲示板の議論の中に載った意見の中から新華社が「適当だ」と思われるものを選択して、新華社のホームページに集めているのですから、この新華社のホームページに載っている「ネット・ユーザーの声」というのが、中国のネット・ユーザーの声の全体像を表しているわけではありません。

 しかし、例えば、CNNの報道によると、CNNの報道の仕方に関して、CNN北京支局に中国市民からの抗議の電話が殺到した、とのことですので、ネットの世界でも「分裂を叫ぶ暴徒はけしからん」「事実を歪曲して伝えている西側メディアは間違っている」という声がかなりの割合で中国のネット・ユーザーの中に広がっていることはウソではないのだと思います。

 ただ、上記の「新京報」の記事に見られるように、こういった「焼き討ち暴徒は凶暴だ」「西側メディアは歪曲した報道をしている」という大合唱をしているのは、人民日報、中央電視台、新華社といった政府直結のメディアだけです。政府当局とは一定の距離を置いている記事の多い「新京報」は、自社の記者が書いた記事もたくさん載せますが、このチベット騒乱関係の記事については、新華社電を載せるだけで、目立った独自の取材記事はありません。いつもは鋭く政府を批判する社説を掲載する「経済観察報」は、3月24日号(3月22日発売)では社説を掲載しませんでした(いつも社説が載っている1面の下半分は、この号では広告になっていました)。

 中国では、メディアは「党の喉と舌」と呼ばれ、新聞やテレビは中国共産党の宣伝機関である、と位置付けられています。最近は、「メディアによる権力機構の監視の役割も重要である」と言われるようになってきていますが、メディアが批判の対象としているのは地方政府だけで、メディアが党中央や中央政府自体を批判することはありません。

 中国メディアの位置付けは、第11期全国人民代表大会第1回全体会議の最終日の3月18日に行われた温家宝総理に対する記者会見で明確に現れています。この総理記者会見での質問した記者の所属する会社と質問内容は以下のとおりです。

○フェニックス衛星テレビ局(香港):雪害に対する温家宝総理のコメント
○人民日報:物価問題
○CNN(米国):チベット争乱問題、大陸と台湾との関係
○フィナンシャル・タイムス(英国):インフレ懸念、チベット争乱問題
○中国中央電視台:新しい総理の任期中(今後5年間)の経済社会発展の目標
○DPA(ドイツプレス):チベット争乱とオリンピックとの関係
○台湾工商時報:大陸と台湾との経済関係の今後
○ロイター通信社:人権活動家が「国家転覆罪」で起訴されている件、死刑を今後どうするのか、「国民の権利・政治的権利に関する国際条約」の批准をどうするのか
○中国中央電視台:政治機構改革(国務院の省庁再編)について
○AFP通信社(フランス):チベット争乱問題(ダライ・ラマと直接対話しないのか)
○ブルーグバーグ・ニュース(米国):株安、ドル安について
○新華社通信:新しい総理の任期中(今後5年間)の政治体制改革をどう進めるのか
○インディアン・タイムス(インド):チベット争乱が今後の中国とインドとの関係に及ぼす影響

(参考3)「新華社」ホームページ「全人代現場中継」
2008年3月18日:温家宝国務院総理内外記者会見
http://www.xinhuanet.com/2008lh/zb/0318b/

 上を見ればわかるように、中国系以外のメディアはほとんどの社がチベット問題や人権問題について質問しているのに対し、人民日報、中央電視台、新華社通信は、本来は温家宝総理が記者会見で言いたかったであろう事項を引き出すような質問をしています。上記の質問の状況は、中国ではメディアの役割は「政府を批判するもの」ではなく「政府の考えを人民に伝えるもの」であることを明確に表しています。

 チベット問題に関する今回の人民日報、中央電視台、新華社の「大合唱」を「政府によるメディア戦略だ」と捉えるのか、「これらメディアは政府の主張を正しく伝えている」と評価するのか、は、中国人民が決めることですが、少なくとも言えることは、こういった現在の中国のメディアの状況は、多くの世界がこれからの社会として目指す方向とは合致しない、ということです。中国が世界の中で、本当の意味で力を発揮していくためには、こういった部分を「世界標準」に合わせようとする努力をする必要があると思います。 

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