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2008年2月 9日 (土)

テレビ関係者の「貴族化」を警告する投書

 中国では、お正月は旧正月(春節)を祝います。今年は2月7日が旧正月の元旦でした。私は、今、春節のお休みをいただいて、日本に来ています。中国中央電視台では、前日(つまり旧暦の大晦日)の2月6日夜、毎年恒例の「春節晩会」を放送しました。この番組は、日本の紅白歌合戦と同じようなもので、歌あり、漫才あり、コントあり、曲芸あり、といったバラエティー番組です。

 今年の「春節晩会」について、新華社のホームページに「貴族化傾向が春節晩会を一般庶民からますます遠くしている」と題する痛烈な投書が載りました。これは「紅網」というところのネット上に掲載されたある人の投書を新華社が転載したものです。「紅網」がどういう場所なのか私はよく知りませんが、名前からしてかなり保守的な(共産主義の原則を重視する傾向の強い)掲示板なのではないかと思います。

(参考1)新華社のページに2008年2月8日15:08に転載された「紅網」に載っていた投書
「貴族化傾向が春節晩会を一般庶民からますます遠くしている」
http://news.xinhuanet.com/politics/2008-02/08/content_7582267.htm

 この投書の主張のポイントは以下のとおりです。

○今年の「春節晩会」は、新しい見るべき価値のあるものはなかった。

○「春節晩会」は最近はだんだん飽きられてきていると言われているのに中央電視台は巨額のお金を使って何億もの視聴者をがっかりさせている。

○特に今年は中国の中南部は大寒波に襲われ、胡錦濤主席や温家宝総理も被災地で旧正月を迎えた、というような事態であるのに、テレビ出演者は、一般大衆が何を見たいのかには全く無関心で、自分の書きたい脚本を書き、自分の演じたいことを演じているだけである。このような精神構造で、「春節晩会」の番組制作者は、視聴者から拍手がもらえると思っているのだろうか。

○テレビの番組制作者たちは自分たちの「貴族風の作風」を捨てて一般大衆の中に踏み入ることができないのだろうか。

○趙本山は、農民出身のタレント・俳優・演出家で、彼の作品には東北地方の農村の特徴がよく出ており、一般大衆から深く愛されていた。しかし、近年、彼は「中央電視台スタイル」に組み込まれてしまい、庶民の生活の要素はだんだん少なくなり、形式的なものや言葉遊び的なものが多くなってしまった。

○テレビの番組の中には、流行っている歌に頼ったり、ドラマや映画で顔が売れた『スター』に頼りきって、面白いゲームをやったり、幼稚なクイズをしたりするだけで、何の芸術性も感じられないものがある。

○納税者のお金を使って(注:中央電視台は国営のテレビ局)貴族風のテレビ芸術とやらばかり作って、一般庶民の生活から離れていくのだったら、そんなテレビは早晩一般庶民から唾棄すべきものと見なされることになるだろう。

 最後の「唾棄すべきものと見なされることになるだろう」とは、相当激烈な表現です。相手は「党の喉と舌」(中国共産党の宣伝機関)を自他共に任ずる中国中央電視台です。それに対する批判の言葉としては最高級の厳しい言葉だと思います。今、ネット人口が2.1億人いる中国ですから、こういった意見を言う人がネット上にいてもおかしくはないのですが、国営通信社の新華社がそれをわざわざ転載して自分のホームページに掲載した、という意味をどう見るべきなのでしょうか。また、趙本山という特定のタレント・俳優・演出家を名指しして批判していることも気になります。

 一部の人を名指しして「貴族化している人たちがいる」と指弾するやり方は、私には、「文化大革命」(文革)開始の時の「走資派」(資本主義に走る一派)批判を思い起こさせます(文化大革命の最初の始まりはある戯曲評論に対する批判でした)。この投書子は、その文章を見れば、「胡錦濤主席や温家宝総理が被災地でがんばっているのに」と言っていますので、党中央の側に立って批判しているように見えます。しかし、深読みすると、この投書は、党中央の立場に立ってテレビ番組・テレビ局に対する批判という格好をしながら、実は党中央の内部にいる一定のグループを批判しているのではないかと思わせます。

 1978年に始まった改革開放路線は、文化大革命を批判することがその出発点でした。従って、1989年より前は、党中央は、文革的なものを排除することにやっきになっていました。1987年1月、上海での学生デモに対する対処が適切でなかった、として、当時の胡耀国中国共産党総書記が解任されましたが、そのニュースを伝える中央電視台のアナウンサーは、いつもは背広姿なのにこの日だけは中山服(日本のマスコミ用語でいうところの「人民服」)を着てニュースを伝えました。このことが外国に対して「中国は、また、文革時代に戻るのだろうか。」といった不安をもたらしたことから、中国政府は、あわてて「中国は改革開放路線を強力に推進していく。文革時代に戻ることはあり得ない。」との釈明に追われることになりました。アナウンサーが中山服を着てニュースを伝えたのは、どうやら中央電視台の担当者の「勇み足」だったようです。当時の党中央と政府は、また文革時代に戻るのかもしれない、という不安を外国に与えて、ようやく始まったばかりの外国からの外資の進出にブレーキが掛かるのを恐れたのでした。

 しかし、1989年以降は、「都市と農村との格差など、現在の中国で現れている様々な矛盾の原因は、改革開放路線そのものだ。」という考え方の、文革時代を懐かしむかのような論陣を張るグループが現れました。これが「新左派」と呼ばれる人たちです。この「新左派」の人たちは、市場経済原理の導入が格差を拡大したことから、市場による経済支配を弱め中国共産党によるコントロールを強める、つまり極端に言えば文革時代のような体制の方向へ舵を切るべきだ、と主張しているのです。

(参考2)このブログの2007年8月11日付け記事
「『新左派』と『新自由主義派』」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/08/post_102b.html

 昨年10月の第17回中国共産党大会で、胡錦濤総書記は「改革開放路線に変化はない」として、文革時代に戻るようなことはないことを明確に打ち出しました。従って、「新左派」は、現在の中国共産党中央の主流派でないことは明らかです。しかし、文革時代を懐かしむような「新左派」の勢力が数は少ないとは言え確実に存在しており、しかも一定の勢力を保っていることは間違いないと思います。昨年秋に完成した国家大劇院の「こけら落とし」の演目が「紅色娘子軍」というまさに文化大革命の象徴ともいうべき革命的現代バレーの演目だったのも、それを表していると思います。1989年以前の党中央だったら、こんな文革を思い起こさせるような演目の上演は絶対に許さなかったと思います。

(参考3)このブログの2007年9月26日付け記事
「中国北京の国家大劇院でこけら落とし」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/09/post_ee1f.html

 今回の中南部の寒波被害で、人民解放軍は、凍結した高速道路の復旧作業などにおいて他ではまねのできない強力な力を発揮し、相当に株を上げました。人民解放軍は中国共産党の軍隊ですから、軍関係者は基本的に中国共産党の指導力を強くすべきだ、という考え方を持っていると思います。従って、軍にはどちらかというと「新左派」に近い考えを持っている人が多いと思われます。今回の寒波被害における災害出動を契機に、軍を中心として、経済発展に伴って金儲けしている一部のグループを「貴族化している」として批判する意見が強くなってきているのかもしれません。

 1989年以前の党中央だったら、文化大革命を想起させるような「貴族化批判」は許さなかったはずです(当時の最高実力者トウ小平氏自身が文化大革命の被害者で、文革という政治闘争が中国の経済発展を阻害したことを身をもって知っていたからです)。「貴族化批判」の延長線上には、改革開放路線批判があります。改革開放路線の継続は胡錦濤総書記を中心とする現在の党中央の根本路線ですから、そういった党の根本路線の批判につながる可能性のある「貴族化批判」の投書を新華社がわざわざ転載した、ということの意味はどこにあるのでしょうか。「新左派」の力が強くなってきたことの現れなのでしょうか。胡錦濤総書記は、そういった「新左派」の台頭を押さえ込むことはしないのでしょうか、あるいはしたいけれどもできないのでしょうか。もしかしたら、今回の寒波被害に対する復旧作業での人民解放軍の活躍を通じて「新左派」が力を盛り返し、「新自由主義派」との間で、党内論争が繰り広げられることになるのかもしれません。

 今回の「貴族化批判」の投書は、単にテレビ番組、テレビ局に対する批判ではありますが、それを新華社が転載した、ということから、そのウラに何かがあるのではないか、と私は想像してしまったのでした。もしかすると、それは、私の単なる「深読みのしすぎ」なのかもしれませんが。

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