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2008年2月27日 (水)

今でもまだやっている大衆の前での野外裁判

 2月24日、山西省で、昨年末に起きた炭鉱事故の責任者に対する裁判がありました。雪が降りしきる中、多くの大衆を集めて、その面前で行われた野外裁判で、16人の被告に対して有罪判決が出された、とのことです。

(参考)「新京報」2008年2月25日付け記事
「洪洞炭坑災害で16人が有罪」
http://www.thebeijingnews.com/news/guonei/2008/02-25/018@073906.htm

 上記の記事の写真を見ていただければわかるように、被告は後ろ手に縛られて壇上に並ばされて、傍聴者の大衆の面前にさらされています。

 この裁判は、2007年12月5日に山西省臨●市(●は「さんずい」に「分」)洪洞県の炭坑で起きた105人が死亡、8人が負傷した事故の責任を問う裁判です。炭坑の安全を無視したずさんな管理が問題とされた事件でした。

 社会的に重大な事件の裁判の判決なので、人々の注目を集めていることは間違いないのですが、文化大革命の時期の裁判じゃあるまいし、多くの群衆の前に被告を並べて、有罪を宣告する、というやり方は、「法治国家」を目指している現在の中国においてふさわしいものであったのか、私は非常に疑問に思いました。日本を含めて多くの国では、裁判は公開で、一般大衆が傍聴できますけれども、こうやって被告を後ろ手に縛って屋外で大衆の前に並べるような裁判をやっている「先進国」はないと思います。今回のニュースは、外国の人々に「オリンピックが開かれるというのに中国ではまだこんな裁判のやり方をやっているのか。」というマイナスのイメージを与えたと思います。

 この裁判は、「12・5炭坑事故公判大会」という名前で開かれたのだそうですが、この「大会」で行われた講話で、市の党委員会副書記と市長代理がこういった裁判のやり方を採用したことについて「全市の担当者と人民大衆に対する教育のためだ」と述べた、とのことです。

 そもそも裁判で、市の行政担当者や党の幹部が「講話」を述べる、ということ自体、「裁判の判決とは、行政や党の業務とは独立して客観的立場に立って判断されるべきものだ」という原則からはずれるものです。また、被告を後ろ手に縛って大衆の前に並べることは「被告は、判決が出されるまでは有罪か無罪か確定していない」という原則に反するものです。そもそも、裁判を「市の担当者や一般大衆を教育するためのもの」だと考えていること自体、中国の裁判が「法律に基づき客観的かつ公正に判断するためのもの」だと考えられているのではないことを示すものです。「通常の国々での常識」が今の中国ではまだ通用していないことを示すエピソードだと思います。

 私は、炭鉱事故の責任者を弁護するつもりはさらさらありませんが、法律とは何か、裁判とは何か、について、改革開放から既に30年も経っているのですから、地方の責任者も「世界の常識」というものをもう少し頭に入れて欲しいと思います。これも「中国特色の裁判のやり方だ」と主張するのだろうと思いますが、中国が国際化していくためには、自分のやり方をそのまま進めるのではなく、もう少し「世界標準」を考えるべきだと思います。

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