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2008年2月21日 (木)

旧暦1月15日の夜の爆竹

 旧暦の1月15日の夜は、中国では「元宵」といって、ひとつの節目の夜です。日本でも、地域によっては、1月15日は「小正月」と呼んで、いろいろ行事をやるところもあると思います。

 そもそも中国では旧暦のお正月(春節)には、爆竹を鳴らして新年の到来を祝う習慣があります。しかし、1990年代初頭、都市部の家屋の密集地域で無造作に爆竹を鳴らして、ケガをしたり、火事になったり、ひどいときには死者が出たりすることが相次いだので、それ以降、北京市内の住宅密集地で爆竹を鳴らすのが禁止されていた時期がありました。でも、市民からは、古くからの習慣を禁止することに対する反発が強く、最近は、地区や期間を限定して花火を上げたり爆竹を鳴らしたりすることが認められるようになりました。今年は、北京では、第五環状路の内側では、オリンピック関連施設周辺などの禁止区域を除いては、旧暦大晦日の2月6日から旧暦1月15の今日(2月21日)までが許可期間です。今日(2月21日)の24時以降は、北京市の第五環状路の内側では花火・爆竹は禁止となります。

 そのため今晩は「元宵」ということと、「今日が最後」ということで、窓の外からはひっきりなしに爆竹の音が聞こえています。「あちこちから爆竹の音が聞こえています」というレベルではなく、多数の爆竹がいろんな地区で鳴らされるので、爆竹の音がずうっと連続して鳴っているように聞こえます。数時間もの間、音が鳴り続けていますので、破裂する花火や爆竹の全体の量は、ハンパなものではないと思います。「新京報」の報道によると、2月7日(旧暦の元旦)の際には、集められた爆竹の燃えかすは54トンに上ったとのことです。

(参考1)「新京報」2008年2月8日付け記事
「爆竹の燃えカスを掃き集めたら一夜にして54トン」
http://www.thebeijingnews.com/news/beijing/2008/02-08/018@075225.htm

 「燃えかす」で54トンですから、爆竹本体にしたら何トンだったのでしょうか。今日(2月21日)も相当な量の爆竹や花火に火が付けられることになると思います。「新京報」の記事によれば、旧暦大晦日から1月6日(2月6日~12日)の間に北京市内で爆竹によって1人が死亡、434人がケガをした、とのことです。うち第五環状路内の負傷者が304人だとのことです。

(参考2)「新京報」2008年2月13日付け記事
「第五環状路内での爆竹での負傷者は309人」
http://www.thebeijingnews.com/news/beijing/2008/02-13/011@080503.htm

 私は20年前の1988年の春節の時にも北京にいました。確かに爆竹の音は聞こえましたが、これほどべらぼうに音が聞こえていた、という記憶はありません。今日のように何時間も途切れない爆竹の音は「昔からの慣習」「庶民のささやかな楽しみ」といった領域を超えています。人民の溜まりに溜まった不満が「許される範囲内」で爆発している音のように私には聞こえます。私独自のひねくれた感じ方なのだと思いますが、率直に言って、20年前(つまりは1989年より以前)は、さすがにこういうふうに「ちょっと異常なんじゃない?」と思わせる程ではなかったよなぁ、と感じています。

 もっとも、百トンのオーダーの火薬で作られた爆竹や花火が市内で売られていて、それで爆弾テロ事件のような騒ぎがない、というのは、中国が平和な証拠だ、と考えるのが正しい考え方なのでしょう。本当に人民の間に「耐えられない不満」が溜まっていたのだとしたら、花火や爆竹の程度ではすまないよ、中国人民の不満のうっ積が深刻な状態だ、と思うのは思い過ごしだ、というのが、実のところ本当のところなのかもしれません。

 でも、やっぱり、20年前とは何かが違うよなぁ、と今でも鳴り続いている爆竹の音を聞きながら思っています。

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