« 都市管理局員が暴力で市民を死亡させた | トップページ | ついに出た「土地私有制」の提案 »

2008年1月13日 (日)

ネット世論にいかに対応するか

 中国では最近、地方政府が理不尽な対応をすると、そのことがすぐにインターネットの掲示板にアップされて、ネット上での世論が沸騰する、という事件が毎日のように起きています。「綏徳事件」と呼ばれる事件もその典型例です。

 この事件は、昨年12月25日、陝西省の楡林市綏徳県の綏徳職業中学校(「職業中学校」は日本の商業高校や工業高校に相当する)で起きたものです(中国では「県」は「市」の下にある小さな行政単位)。

 綏徳職業中学校の校長先生が、経済的援助が必要な生徒のために補助金の交付許可を求めて申請書を持って綏徳県の教育局長のところへ行ってサインしてくれるよう頼んだところ、たまたま教育局長は会議のために出かけるところで、その場でのサインをしてくれませんでした。事務処理が間に合わなくなることをおそれた校長先生は、会議のために車に乗り込もうとする教育局長を追いかけてサインするよう迫りました。怒った教育局長は、この校長先生を停職処分にした上に行政拘留処分を科しました。この事件が新聞で報道されると、「就学困難な生徒のためにサインを求めた校長先生に処分を科すとは何事か」「教育局長はけしからん!」という声がネットの掲示板等で沸騰しました。

 この事情を知った綏徳県長は、1月3日になって、校長先生に会って不適切な対応だったと謝罪しました。また、1月4日になって事情を知った楡林市党委員会書記は、すぐに関係者から事情を聞いた上で会議を開き、1月5日早朝、教育局長が下した校長に対する処分を撤回する決定をしました。綏徳県の教育局長と公安局長も校長に対し謝罪し、校長もこの謝罪を受け入れた、とのことです。

(参考1)「新京報」2008年1月6日付け記事
「県長が校長の家に行き謝罪、校長の処分は撤回」
http://www.thebeijingnews.com/news/guonei/2008/01-06/018@074920.htm

 この事件については、「人民日報」も敏感に反応し、1月7日付けの記事で、最近相次ぐネットでの世論の盛り上がりが現実的に政府を動かす事態に着目して、ネット世論にいかに対処すべきか、という観点からの記事を掲載しています。

(参考2)「人民日報」2008年1月9日付け記事
「『綏徳事件』が示すものは何か(文化観察・いかにしてネット世論に相対するか(1))」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2008-01/09/content_37759261.htm

 この「人民日報」の記事では「最近ネット世論が沸き上がった事件」として以下の事件を列記しています。

○重慶の「釘子戸」事件:
 重慶市で立ち退きを拒否して周りの土地をパワーショベルで掘り下げられながら1戸だけ最後まで住民が家に居残った事件。「釘子戸」とは、土地の立ち退きに際して、1本だけ突き刺さったクギのようにガンとして動かない家のことを指す。「釘子戸」は2007年の中国での「流行語」となった。この事件は、日本でもかなり報道された。

○アモイPX事件:
 福建省廈門(アモイ)市が化学工場の建設計画を立てたところ、携帯メールのやりとりやネットの掲示板上で反対論が噴出した事件。廈門市当局は、その後、公聴会を開催したが、この公聴会でも反対論が続出し、結局は化学工場の計画は別の場所に変更になった。世論が市政府の作った計画を変えさせた例として中国全土で注目された。

○山西省悪徳レンガ工場事件:
 山西省で他の土地から誘拐してきた人々を奴隷のように働かせていたレンガ工場の存在が明るみに出た事件。最初、地方テレビ局が取材し、ネット世論がこれを支援した。こどもも含む1000人以上の人が奴隷労働させられていた、として中国全土に衝撃を与えた。

(参考3)このブログの2007年6月15日付け記事
「山西省の悪徳レンガ工場での強制労働事件」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/06/post_54d1.html

○陝西省「華南虎」事件:
 「華南トラ」は既に野生の状態では絶滅したと考えられている虎。陝西省安康市鎮坪県文採村の村民が撮影した「華南トラ」の写真を陝西省林業庁が「本物である」と発表した事件。ネット上で「この写真はニセモノだ」「いや本物だ」と論争が起きた。

 中国のインターネット掲示板には、必ず「管理人」がおり、「違法な」発言は削除するなどの管理をしています。「違法な発言」とは、ポルノ関連のものや犯罪を煽るような発言などのほか、中国では国の分裂を煽るような発言や中国共産党の指導を否定するような発言は「違法なもの」として削除対象となります。しかし、上記に列記された事件や今回の「綏徳事件」のような事件に関する発言は「違法な発言」とは言えませんので、ネットでの発言は削除されません。従って、こういった「違法でない発言」で議論ができる案件については、ネット上の掲示板が異様な盛り上がりを見せることがあります。最近は「地方政府の横暴」という観点で、この手の「異様な盛り上がり」がしょっちゅう起こるようになっていますが、党中央は、一種の「世論による地方政府に対する監視」として、これを肯定する態度をとっていますので、こういった事件が起こるとあっという間にネット上での議論が「沸騰」するのです。

(注)中国のインターネット掲示板では、ネット発言者は、常に「何が『違法な発言』とみなされるのか」を注意深く観察しながら発言しており、誰かの発言が削除されないで掲載されているのを見て、「この問題に関する発言は『違法な発言』とはみなされないのだ」とわかると、日頃の鬱憤(うっぷん)を晴らすかのようにその問題に発言が集中する、という現象が起きるようです。

 今までは、地元の新聞に載らなければ(別の言い方をすると、地方政府が地元新聞をコントロールすることができていれば)地方で事件が起きても、それは他の人に伝わることはありませんでした。しかし、今はネットワークが発達しており、カメラ付き携帯電話が億の単位で普及していますので、地方で起きた事件については、被害にあった人が北京や広州などの新聞社に写真を持って駆け込めば、大都市で新聞に掲載される可能性があります。一度都市部で新聞に載れば、その情報がネット上を駆け巡りますので、事件が起きた地元でも多くの人が知るところとなるので、地方政府も隠し通すことができにくくなっているのです。

 地方政府の担当者は、党中央がネット世論による「地方政府を監視する役割」を肯定している以上、ネット上での「議論沸騰」に対する対処を誤ると自分のクビが危なくなるので、今回の楡林市綏徳県の例のように、地方政府幹部は迅速に対応するのです。

 上記の「人民日報」の記事によれば、中国のインターネット利用者数は、2007年6月時点で1億6200万人に達しているとのことです。ネット上の掲示板は無数にありますので、それぞれ管理人がいるとは言え、その全てを完璧に管理するのは、ほとんど不可能です(携帯メールは、基本的に私的な通信ですので、当局は実質的にはほとんど管理できていないようです)。インターネットや携帯メールで多くの人々が連絡を取り合って行動を起こすことは当局が最も警戒していることです。地方政府の幹部は「自分のクビが飛ばないように」とネット世論を気にしているのですが、実は党中央もネット世論の動向に対しては、かなりの神経を使って注視しているのではないかと思います。その現れが上記の「人民日報」の記事だと思います。

 中国のインターネット上の掲示板を見ていると、時々アニメーションのかわいらしい男女の「ネット警察官」がヒョコヒョコ出てきて、「ネット警察です。皆さん法律を守りましょう。」などと言いながら敬礼の挨拶をして消えていったりします。実際に掲示板の発言をこの「ネット警察」がチェックしているのかどうかは知りませんが、発言する側に対して「あなたの発言はちゃんとチェックされていますよ」と思わせる心理的な抑制効果はあると思います。

 一方、中国では、発言者の方も「中国共産党」と書く代わりに「執政党」という表現を使ったりして、自分の発言が「違法」にならないようにかなり工夫して書いています。

 こういったネット市民と当局とのやりとりが今後中国の行方にどの程度影響を与えるのかはわかりません。少なくとも、政治的な発言や意思表示のできる範囲が法律上かなり限られている状況下で、携帯メールやインターネットが急速に普及し、しかもそれを使う「ネット市民」の教育程度がかなり高い、という今までの世界のどの国も歴史上経験したことのない事態が、今、中国で進みつつあるのは確かだと思います。

|

« 都市管理局員が暴力で市民を死亡させた | トップページ | ついに出た「土地私有制」の提案 »

中国の地方政府の乱れ」カテゴリの記事

中国の報道機関」カテゴリの記事

中国の民主化」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 都市管理局員が暴力で市民を死亡させた | トップページ | ついに出た「土地私有制」の提案 »