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2007年12月 1日 (土)

知らないうちに終わっていた「選挙」

 11月30日付けの「新京報」によると、次期(第13期)の北京市人民代表771名が11月29日に決まったのだそうです。

(参考1)「新京報」2007年11月30日付け記事
「北京、次期人民代表を選出」
http://www.thebeijingnews.com/news/beijing/2007/11-30/011@073141.htm

 中国の国会にあたる「全国人民代表大会」の議員(全国人民代表)は、例えば北京市で選出する人民代表の場合は次のような順番で決まっていきます。

1.北京市内にある区や県(中国の「県」は、北京のような直轄市や省・自治区の中にある小さな地方行政単位)の人民代表(議員)がそこの住民によって選出される。まず各政党と人民団体から推薦された人、代表(議員)10名以上の連名で推薦された人の中から候補者名簿を作り、その候補者に対して住民(有権者)が投票して区・県レベルの人民代表を選出する。選挙を管理する「主席団」が候補者に関する検討のための文書を送付した後、投票を行う。検討の期間は少なくとも2日間とする。

2.北京市内の区や県のレベルの人民代表が北京市の人民代表を選出する。選挙が終わった後、北京市人民代表大会常務委員会資格審査委員会が選挙で当選した人の資格審査を行う。この資格審査に合格すると正式に北京市の人民代表となることが決まる(ちなみに今回の北京市人民代表選挙では、選挙で選ばれた人は全て資格審査委員会では合格だった、とのことです)。

※上記の選挙においては差額選挙を行う(「額」は中国語で「定数」の意味で、当選予定者より候補者の数が多い選挙を「差額選挙」という)。候補者の数は、当選定員の20%以上、50%以下とするように、と規定されている。

3.各省・直轄市(北京、上海、天津、重慶)・各自治区の人民代表により全国人民代表(国会議員)が選出される。

 人民代表の任期は5年間です。2008年から新しい期(全国人民代表の場合は第11期:歴史的経緯のせいで北京市人民代表と期数が異なる)の人民代表の任期に入るので、今はその選挙プロセス中、というわけです。北京市の場合は、11月29日に上記の「2」の段階まで終わった、ということです。

 それにしても5年に一度の国会議員選挙プロセスが行われている最中なのですが、不覚ながら、私は、昨日(11月29日)の「新京報」を見るまで、こういった選挙が行われつつあることを全く知りませんでした。10月の共産党大会の後、来年1月には新しい全国人民代表が決まる、というスケジュールは知っていたのですが、具体的にいつ投票が行われ、いつ各地区の人民代表が決まるのかは知りませんでした。今回「北京市の人民代表が決まった」という新聞記事を見て、「ああ、実は既に選挙プロセスは始まっていて、住民による投票の部分は既に終わっていたのだ」と初めて知ったのです。だから、誰が立候補していて、投票率が何%で、誰が何票取って当選したのか、などは全く知りません。そもそも、区や県レベルの人民代表が何人いるのかも知りません。

 もちろん私は中国では有権者ではありませんので、選挙に関する通知等は一切送られてこないので、知らなくても仕方がないのですが、この選挙の過程について、北京市の人民代表が決まったことが報道されるまで、新聞では人民代表の選挙プロセスが進行中であること自体、全く報道されなかったようです。私は毎日複数の新聞やネットのニュースに目を通しているので、私が「見落とした」のではなく、実際に報道されていなかったのだと思います。選挙が行われたのですが、街に選挙ポスターが貼られるわけでもなく、選挙カーが行き交ったわけでもありません。共産党大会が開かれていた時に街中に「熱烈祝賀第17回中国共産党全国代表大会勝利開催」という紅地に白抜きの横断幕があふれていたのとは大違いです。

 10月の共産党大会で、胡錦濤総書記が「民主化、民主化」とかなり強調していたので、選挙過程についても何か新しい試みをやるのかなぁ、と思っていたのですが、全く新しい試みは行われず、選挙制度や報道のされ方については、全く旧態依然としたものであることがわかりました。

(参考2)このブログの2007年10月19日付け記事
「党大会後の民主化の具体化はどうなる?」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/10/post_7250.html

 実は私は20年前(1987年)の「第7期」の全国人民代表選挙の時期にも北京にいました。当時も新聞等では選挙の過程については報道されませんでしたが、街中の胡同(小さな路地)を歩くと「選挙は人民の貴重な権利です。棄権しないようにしましょう。」などという紙が張ってあったりしたので、「ああ、選挙をやっているのだ」と気が付きました。今、北京の街はビル街になってしまい、私自身、胡同をぶらぶら歩く機会もなくなってしまったので、今回は、選挙をやっているのを全く知らずにいたようです。

 この20年間、選挙制度で改革があったとすれば、「差額選挙」(当選定員より多い候補者を立てる選挙)が導入されたことでしょうか。以前は、候補者数は当選定員と同数で、「選挙」とは信任投票のことだったのです。今は、定員より候補者が多いので、得票が多くなければ落選するので「一応」選挙戦はある格好になります。「一応」と書いたのは、上の選挙プロセスに書いたように、立候補の段階で、政党や団体や現職議員の推薦がないと立候補できないので、普通の意味での「選挙戦」とは言えないからです。選挙が終わった後で、資格審査委員会による審査がある、というのも、「普通の国の選挙」とは異なるところです。もし、資格審査をやるのだったら、立候補の段階でやるべきで、選挙が終わった後で当選者に対する資格審査をやることになっているこの制度では、選挙の有権者よりも資格審査委員会の方が強い権限を持つことになってしまいます。

 実は、私は、北京オリンピックの開催が、選挙制度改革のひとつのきっかけになるのではないか、と密かに期待していたのです。韓国の場合がそうだったからです。1980年の軍事クーデターによって大統領になったチョン・ドゥファン(全斗煥)氏は、1988年のソウル・オリンピックを花道として退陣することを宣言し、実際、1988年以降の韓国の大統領は国民による自由選挙によって選ばれるようになりました。

 中国の場合は、いっぺんに全てのレベルの選挙を完全に自由選挙にすることは難しいだろう、と私も思っていましたが、例えば、県のような地方レベルの人民代表の選挙において部分自由選挙(例えば、議員の半数は中国共産党の推薦により決定し、残りの半分の議員は自由立候補による選挙で決定する、など)が行われるようになるのではないか、と期待していたのです。部分自由選挙ならば、「中国共産党による指導」という憲法に規定された大原則からはずれることなく、自由選挙を通じて、住民による地方政府に対するチェック機能が発揮できるからです。

 中国では、経済の分野では、例えば国有企業が株式を発行し、3分の2の株は国有として公有の部分を残し、残りの3分の1を株式市場に上場して市場経済にさらすことによって国有企業の活性化を図る試みを実施しています。ですから、政治の分野でも同じような「知恵」を働かすことは可能だだろう、と思ったのです。もちろん反対する勢力もあると思うのですが、北京オリンピックという世界が注目するイベントを利用して、反対勢力の動きを封じ込めることもできるのではないか、と思っていたのです。

 地方政府の腐敗に対しては、きちんとしたチェック機構を働かさなければならない、そのためには政治体制の民主化が大事だ、ということは多くの人々はわかっています。この10月の党大会で胡錦濤総書記の報告の中に「民主化」とうい言葉が何回も出てきたことでわかるように、党中央も同じ認識を持っているのだと思います。だから、私は、今回(第11期)の全国人民代表選挙で何らかの改革が行われるのではないか、と期待していたのです。

(参考3)このブログの2007年5月30日付け記事
「中国の新聞に『根本は政治体制改革』との社説」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/05/post_f50b.html

 上記(参考1)に掲げた11月30日付けの「新京報」の記事によると、今回当選した第13期の北京市の771名の人民代表のうち、60.57%の476人が共産党員だそうです(約13億人の中国人民のうち共産党員は7,336万人(2007年6月現在))。第13期の人民代表では、弁護士の数が増えるなど時代の流れを反映した部分もあるが、党や政府機関の幹部が人民代表の36.19%(279人)で、現在の第12期の35.5%(263人)より増えている、と「新京報」の記事では指摘しています。政府機関の幹部が人民代表の中に占める割合が多いと、人民代表大会が政府機関のチェック機構として力を発揮できない、という指摘がこれまで新聞紙上などでなされてきましたが、この点については、少なくとも北京に関しては全く改善されていない、ということになります。

(参考4)このブログの2007年8月16日付け記事
「地方の工事は人民代表が決めるという実験」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/08/post_5988.html

 また、今日(12月1日)付けの「新京報」によると、11月30日、北京市長の交代も決まった、とのことです。

(参考5)「新京報」2007年12月1日付け記事
「郭金龍氏が北京市長代理に」
http://www.thebeijingnews.com/news/beijing/2007/12-01/021@071741.htm

 郭金龍氏は、中国共産党安徽省党委員会書記です。これまでチベット自治区書記や四川省副書記を歴任してきた人で、地元北京の人ではありません。

 北京市長も市民の選挙によって決まるのではないのです。形式上、北京市の人民代表大会が選ぶ北京市人民代表大会常務委員会(54名)の議決に基づき、中央政府が任命するのですが、実質上は、中国共産党の中央が任命します(今日の段階では、最終的な中央からの任命がまだなので、郭金龍氏は、まだ「市長代理」なのです)。前回に私が駐在員として北京に赴任した直後の1986年12月、政府幹部の腐敗反対のデモを起こした上海の学生たちは「私たちの街・上海の市長をなぜ私たち自身が選べないのか」と主張していた、と伝えられたのを覚えています。21年たった今でも、地方政府のトップを住民が決められない、という点については全く進歩していないのです。

 中国の行政単位は、大きい方から、国レベル-省・直轄市・自治区レベル-市レベル-県レベル-郷・鎮レベル-村レベルとなります。1990年頃から、村レベルのトップについては複数立候補による自由選挙が行われていますが、それ以外は、選挙ではなく、上の機関からの任命によって決まる、という制度が変わらずに続いています。地方政府のトップを上部機関が任命する制度では、住民が地方政府が腐敗に走るのをチェックできず、腐敗がなかなか根絶できない、と多くの人が認識しているのですが、地方の各レベルの既得権益を持ったグループが抵抗勢力となっているため、改革がなかなか進まないのだと思います。

 中国において、国会議員(全国人民代表)の選び方や地方政府のトップの決め方は今後変わるのでしょうか。急激な自由選挙の導入は政治的な不安定をもたらす可能性がある、という懸念については私も同意します。しかし、一方、中国の多くの人々は住民による自由選挙のような地方政府のチェック機構を導入しないと、地方政府の腐敗による経済的・政治的混乱のリスクの方が日に日に大きくなっていくのではないか、という懸念も同時に持っていると思います。自由な選挙を導入することによるリスクと、導入しないことによるリスクと、どちらが大きいと見るか、という問題ですが、私は、後者のリスクが前者のリスクを凌駕する日は遠くないと思います。

 今回の選挙では「何も変わらなかった」ことを知って、正直のところ、私はかなりがっかりしています。北京オリンピックを前にした今回の人民代表の改選選挙が大きなチャンスで、このチャンスを逃すと今後はますます改革のハードルが高くなる、と思っていたからです。次の全国人民代表大会の選挙は5年後ですが、それまでには何かが変わるのでしょうか。次の全国人民代表大会の選挙までに「選挙制度を改革しないことによるリスク」が「改革することによるリスク」を上回ることになるのではないか、という現在の私の懸念が杞憂になることを願うほかはないと思います。

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