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2007年12月

2007年12月27日 (木)

大気汚染V級「重汚染」が「熱烈歓迎」

 今日(2007年12月27日)夕方、福田総理が北京に到着しました。日中両国の首脳が直接話をして、意見を交換し合う、ということは、何にしてもいいことだと思います。

 ところで今日の北京は朝からスモッグがすごく、300メートル先も見えないという状況でした。発表された国家環境保護総局の今日の北京の「空気質量」(大気汚染の状況)は、汚染指数(API)が421で、7つある等級のうち最も汚染がひどい「V級(重汚染)」でした。

(参考1)国家環境保護総局のホームページ
「重点都市大気汚染状況」
http://www.sepa.gov.cn/quality/air.php3

※下の方の欄で「都市」(中国語で「城市」)を選択し、希望の日付を入れて「査詢」というボタンをクリックすると希望する期間の過去の大気汚染の状況が検索できます。

 「重汚染」(汚染級数V級)は「健康な人々に対しても運動に対する抵抗力を弱める。強い症状を発現させたり、何らかの疾病の発現を促進する可能性がある。老人及び病人は室内に留まり、体力の消耗を避ける必要がある。一般人も戸外での活動を避ける必要がある。」とされています。しかも、汚染指数(API)が251~300がIV(2)級の「中度重汚染」ですから、今日の汚染指数421はとんでもなく高い値であることがわかります(たぶん今年最悪の値です)。少なくとも、今日のような大気の状況では、マラソンをやることは無理だと思います。もっとも、来年の北京オリンピックは8月なので、暖房用燃料の煙などが加わる冬のスモッグと同じような状態にはならないと思いますが。

※「汚染指数」(API)や汚染級数についてはこのブログの下記の記事を参照。

(参考2)このブログの2007年6月19日付け記事
「北京の今日の大気汚染度はIII(1)級(軽微汚染)」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/06/iii1_5bc5.html

 最悪の大気汚染の日に北京に来た福田総理は「運が悪かった」と言うべきなのでしょうか、それとも総理に同行してきた日本の報道関係者がこの大気汚染を実感して日本に報道してくれる、という意味では「運がよかった」と言うべきなのでしょうか。

 私は20年前にも2回北京の冬を経験していますが、当時は暖房の主体が練炭だったので、冬の間の大気汚染にはかなりひどいものがありました。しかし、今年12月までを経験したところでは、思っていたよりは、すっきりと晴れた青空の日が多かった、という印象でした。去年から都心部での練炭の使用が制限され、暖房用の燃料には天然ガスが使われるようになったこともあり、20年前に比べれば、暖房用燃料による北京の大気汚染はだいぶ改善されたようです(その代わり自動車の台数が増えたので、自動車の排ガスによる汚染は増えましたが)。少なくとも、中国でも、大気汚染対策の努力はしているし、その効果が上がりつつあることは確かだと思います。でもやっぱり気象条件によっては、今日のようなひどいスモッグの日が出現するのが現実です。

 天気予報によれば、明日(12月28日)は、気温が下がって少し雪が降り、風も吹くようなので、汚染は少しは改善されるでしょう。今回の総理訪中に同行した日本の報道関係者が、この北京の大気汚染についてどのように報道するか、注目したいと思います(今日の夜のNHKのニュースなどを見ると、北京特派員が北京の夜景を背景にリポートしていましたので、特派員がレポートする背景に映っている街の様子を見ればテレビの画面からも、大気汚染の状況はある程度は伝わると思います)。

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2007年12月25日 (火)

テレビニュースには国境を作らないで欲しい

 私が、

http://folomy.jp/heart/

の「テレビフォーラム」に9月29日にアップした文章をこちらのココログにも掲載します。

 folomyは、かつての@ニフティのフォーラムを運営していた人たちが集まって運営しているサイトで、メールアドレスを持っている方ならば誰でも無料で登録できます。私がfolomyに書いたものの再アップは、折りを見て時間のあるときに行います。従って、例えばfolomyに掲げた文章のアップは1か月以上遅れると思います。最新の文章を御覧になりたい方は、ぜひ、御自分で上記のアドレスからfolomyに登録して、御覧いただくよう御願いします。

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アップ場所: http://folomy.jp/heart/

「テレビフォーラム(ftv)」-「喫茶室『エフ』」-「『ドナウ川の蚊柱』の続き」

記載日時:2007年9月29日

【テレビニュースには国境を作らないで欲しい】

 今日、9月29日は日中国交正常化35周年の記念日です。昨日の28日(金)、北京の日本大使公邸では、二人の元総理(森喜朗氏、村山富市氏)も出席して記念祝賀会が開かれました。中国側要人や北京に駐在する日本人も含めて大勢が参加しました。私も参加させていただきました。日本のテレビ局も取材に来ていたので、日本でどのように報道されたのだろう、とインターネットでYahooの動画ニュースで見ようとしたら「Yahoo!動画は日本国内でのみ視聴できます。」との表示が出て見ることができませんでした。以前は中国からもYahoo!動画ニュースは見られたので、たぶん最近新たに掛かった規制だと思います。

 中国関係のニュースを中国から見られない、というのは理不尽です。ドラマや音楽番組、スポーツ中継などは著作権の関係で、インターネット上も国内のIPアドレスしか見られないように規制を掛けることはわらなくはないのですが、ニュースは多くの人に見てもらいたいからこそネット上にアップしているはずで、国外から見られないのだったら、ネットに載せる意味が半減してしまいます。ちなみにNHKについては、中国からでもインターネット上でニュースの動画を見ることができます。

 今、中国では、外国のサイトに際して様々なアクセス制限を掛けており、例えば、中国(大陸部)からは、ウィキペディアの日本語版やイギリスBBCのホームページの内容を見ることができません。インターネットという国境を越えることのできる技術ができているのに、わざわざそれを制限するのはケシカランと私は日頃から思っています。ところが、上記のYahoo!動画上の日本のテレビニュースの動画の配信制限は日本側が掛けているものです。もし日本が「報道の自由」を標榜する国ならば、インターネット上のテレビニュースの配信に国境を作ることはやめて欲しいと思います。中国にも日本語のできる人はたくさんいます。日本のテレビニュースがインターネット経由で見られる、ということは、日本語のできる中国人にとっては貴重な情報源のはずです。

 ドラマや音楽、スポーツ中継など、著作権の関係で配信を国別にコントロールする必要のあるコンテンツとテレビニュースとを区別することは、技術的には簡単なはずです。

 知的財産権は、本来、コンテンツ制作者の権利を守り、よりよいコンテンツを作り出すことによって、社会の進歩に資するために守られるべきものです。私は、以前から、その知的財産権が、むしろ社会の進歩の足を引っ張る役割も果たしていることに対して危惧を抱いています。Yahoo!動画が設けた規制のように、インターネット上でのテレビニュースの国境を越えた配信を制限することは、私は、グローバル化が進む現代にあっては「社会の進歩の足を引っ張る」行為だと思います。関係者に再考を御願いしたいと思います。

(2007年9月29日、北京にて記す)

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(以下、2007年12月28日追記)

 上記の文章を書いた後、事情の変更があったようで、今はYahoo!動画ニュースは私のいる北京からも見ることができるようになっています。今日、日中首脳会談を行った福田総理関連の日本で放映されたニュースも北京からこのYahoo!動画ニュースで見ることができます。

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2007年12月22日 (土)

中国の不動産ブームはピークを越えたのか?

 中国のマンションなどの建設ブームを「バブル」と呼ぶべきかどうか、は議論のあるところです。北京は、来年(2008年)はオリンピックがあるので、それが終われば建設ブームはヤマを越えるが、その他のところはオリンピックはあまり関係ないのではないか、とも言われています。一方、中国政府は、経済成長の過熱を心配しており、今年(2007年)は、相次いで、中央銀行である中国人民銀行による基準金利や預金準備率の引き上げ、膨大な額に上る外貨(注)の運用を担当する中国投資責任有限公司設立のための特別国債の発行などのいわゆる「過剰流動性」を抑えるための対策を行ってきました。

 このうち特別国債1億5500万元については、8月29日から12月14日までの間に7回発行されました。

(参考1)「新京報」2007年12月15日付け記事
「最後の回の特別国債が発売された」
http://www.thebeijingnews.com/economy/2007/12-15/011@003335.htm

 上記のうち第1回と第7回の合計1億3500万元の特別国債については、農業銀行が引き受け、それを中国人民銀行が外貨(注)を政府に売って得た人民元で買い取ったとされているので、この部分については市場への影響は直接はありませんでしたが、残りの2000万元については、直接市場に向けて発行され2000万元分の人民元が市場から吸収された、と考えられています。

(注)中国が保有する外貨の準備高は2007年9月末現在で1兆4300億ドルを超えています。

(参考2)中国人民銀行のページの「黄金及び外貨準備」の表
http://www.pbc.gov.cn/diaochatongji/tongjishuju/gofile.asp?file=2007S09.htm

 この特別国債については、大部分が中央銀行である中国人民銀行が保持することになったのですが、NPO日中産学官交流機構特別研究員の田中修氏は、必要な時にこの特別国債を市場に売り出すことによって市場に出回っている人民元を回収するひとつの手段を中国人民銀行が手にした、という意味がある、との中国財政部の担当者の考え方を紹介しておられます。

(参考3)NPO日中産学官交流機構のホームページにある
特別研究員田中修氏のレポート
http://www1a.biglobe.ne.jp/jcbag/tanaka_report.html
の2007年9月10日付けレポート「経済過熱防止への諸施策(11)」

 利上げは、結局、2007年は6回行われました。

(参考4)「新華社」2007年12月20日19時頃アップ
「中国人民銀行、今年6度目の利上げを発表」
http://news.xinhuanet.com/fortune/2007-12/20/content_7285921.htm

 来年2008年の経済運営の方針については、中国政府は、12月3日~5日に掛けて中央経済工作会議を開催して、その基本的な考え方を明らかにしました。

(参考5)人民日報2007年12月6日付け1面トップ記事
「中央経済工作会議北京で開催」
http://politics.people.com.cn/GB/1024/6618393.html

 胡錦濤中国共産党総書記・国家主席が主宰したこの会議では、来年(2008年)の経済運営について、「引き締めた」貨幣政策を実行する、と述べています。この表現は、従来「適度に引き締めた」という表現だったものから「適度に」が抜けた表現になっています。このことについては意味があるのだ、とする新華社の解説が出されています。

(参考6)新華社2007年12月5日20:36アップ
「専門家が、貨幣政策を『適度に引き締める』から『引き締める』に変更したことについて解説」
http://news.xinhuanet.com/newscenter/2007-12/05/content_7205702.htm

 この中央経済工作会議では、少なくとも「姿勢」としては、政府は、経済を引き締める方向により強く政策の舵を切った、と宣言したものと言っていいでしょう。

 一方、2007年11月30日付け人民日報(海外版)4面の「中国の不動産:マクロとミクロの両面から見る」という記事では、上海において10月のマンション販売成約量が9月の74%に落ち込んだことを報じています(なぜか11月30日の分だけ、ネット上では人民日報(海外版)を見ることができません。私はたまたま紙面バージョンを入手できたのでこの記事を見つけられました)。

 北京でも、最近、住宅販売量が減ってきている、との記事が出るようになりました。

(参考7)「新京報」2007年12月5日付け記事
「11月の北京の住宅販売は冷え込んだ」
http://www.thebeijingnews.com/economy/2007/12-05/021@092841.htm

 この記事によると、北京市不動産交易管理ネットが発表したデータでは、11月の住宅の成約数は1日平均353件で、405件近かった10月より減少している、とのことです。

 また、北京のマンションでは価格は下がってはいないもののお客に対する割引などのサービス合戦が始まっている(成約数も11月に引き続き続落している)との記事も出ています。

(参考8)「新京報」2007年12月20日付け記事
「北京の多くのマンションで割り引きの声の『大合唱』」
http://www.thebeijingnews.com/economy/2007/12-20/018@092435.htm

 この記事のポイントは以下のとおりです。

・記者がいろいろなマンション開発会社を回ってみたところ、正式価格自体はあまり下がっていないものの、5%引き、10%引きの「特別割引」を提示してくれた物件、「今買うなら家電製品を付けます」と言われた物件、などあの手この手で客引きを図っているところが多かった。

・北京不動産交易管理ネットのデータによると、12月1日~18日までの北京の住宅販売数は4867件で1日平均270件、これは11月の364件、去年の同時期の460件を大きく下回っている。

・ある不動産大手企業は既に広州と上海では15%~30%の値下げを始めている、とのことで、ある北京の開発業者は「もしこの企業が北京の市場で同じようなことをやり始めたら『地震級』の震動があるだろう」と言っていた。

・専門家は、現時点では北京のマンション市場は、囲碁で言えば「観望」(勝ちそうか負けそうか形勢判断をするために打ち手が止まる)という最後のクリティカルな段階に入った、と言っている。

 これらの記事を見ると、少なくとも大都市部では、マンション・ブームはひとつの角を曲がったのではないか、とも思えます(中小都市などその他の地方のことはわかりません)。

 また、先日、このブログで書いた「小産権」問題(農村などの集団所有の土地の上に建てられたマンションや別荘などの物件をその集団のメンバーではない都市住民が購入することは法的に認められないという問題)が中国の不動産売買取引に何らかの影響を与えるようになる可能性もあります。

(参考9)このブログの2007年12月15日と12月18日の記事
「都市住民による農村の『小産権』購入は禁止」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/12/post_fcc8_1.html
「都市住民の『小産権』購入は違法と確定判決」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/12/post_bf8b.html

 今年、いろいろと打ち出された「過剰流動性対策」が今後どの程度実態経済に効いてくるのかもよくわからないところですし、上記の裁判の結果が実際の不動産取引にどの程度影響するのかはよくわからないところがあります。来年2008年は、北京オリンピックが開かれて、終わる、というひとつの区切りの年であることは間違いないわけですが、それに加えてこういった経済上の条件がどのように実態経済の上に現れてくるのか、目が離せない状況が続きそうです。

(以下、2007年12月23日9:00に追記)

 不動産価格の最近の下降傾向気味について、国営新華社通信は12月17日付けで次のような「市場報」の報道を配信しています(この配信が2007年12月23日8:40現在、新華社のホームページのトップ記事に載っていたの気が付きました)。

(参考10)「新華社」ホームページ2007年12月17日付け記事
「観察:不動産市場の価格下落の『虚報』、不動産価格は本当に暴落するのか?」
http://news.xinhuanet.com/house/2007-12/17/content_7264042.htm

 この記事では、以下のようなことを言っています。

○住宅を真に欲しいと思っている消費者が「不動産価格が下落している」という情報を聞いて「もう少しすればもっと下がるのではないか」と思うのは無理のないことである。

○しかし、今回の下落は、急激な価格上昇の後で起こったものであり、「真のトレンド」を見究める必要がある。

○不動産価格の下落が伝えられているのは北京、上海、深センなどごく一部の都市であり、その他の土地ではこのような現象は起きていない。

○住宅が欲しいと思っている中国の消費者は非常に多いので、不動産価格は上昇方向に反転すると見る方が正しい。

○サッカーではゴール前で相手選手と接触した時、相手の反則を誘うためわざと転倒する場合がある。陸上100メートル競走では「興奮剤」を使用した選手がとんでもない「世界記録」を出すことがあるかもしれない。しかし、それは「真の姿」ではない。

○一部の現象に惑わされずに、全体を見て、「真のトレンド」を見極めることが重要である。

 この記事を読んだ私の勝手な感想ですが、政府や関係業界は、最近、不動産価格下落のニュースが流れているのを見て、ちょっと「あわてた」な、と思いました。上記、新華社が引用している「市場報」は、投資者がよく買う新聞ですから、新聞自体の立場として、不動産価格が暴落しては困るのです。また、この17日付けの記事を新華社が今日(23日)になってホームページの一面トップに持ってきたのも、政府関係者がちょっと「あわてた」証拠ではないかと思います。同種の「解説」は今日7:00からの中央電視台テレビの朝のニュース「新聞天下」でやっていました。

 上記の新華社が引用している記事の中のサッカー選手の話や100メートル競走選手の話は「苦し紛れのたとえ話」のように私には思えます。

 いずれにせよ、今後の動きは、こういった情報がいろんなところから流される中、一般消費者や投資者がどういうふうに「真のトレンド」を判断するか、に掛かっていると思います。

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2007年12月20日 (木)

テレビの天気予報の教育効果

 私が、

http://folomy.jp/heart/

の「テレビフォーラム」に9月22日にアップした文章をこちらのココログにも掲載します。

 folomyは、かつての@ニフティのフォーラムを運営していた人たちが集まって運営しているサイトで、メールアドレスを持っている方ならば誰でも無料で登録できます。私がfolomyに書いたものの再アップは、折りを見て時間のあるときに行います。従って、例えばfolomyに掲げた文章のアップは1か月以上遅れると思います。最新の文章を御覧になりたい方は、ぜひ、御自分で上記のアドレスからfolomyに登録して、御覧いただくよう御願いします。

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アップ場所: http://folomy.jp/heart/

「テレビフォーラム(ftv)」-「喫茶室『エフ』」-「『ドナウ川の蚊柱』の続き」

記載日時:2007年9月22日

【テレビの天気予報の教育効果】

 中国のテレビの天気予報では天気図は出てこないし、「高気圧」「低気圧」「前線」といった言葉も登場しません。従って、夏の暖かい空気と秋の冷たい空気がぶつかって秋雨前線が停滞して雨が続く、といった表現は出てきません。こういった言葉がテレビに出てこない理由は、気象情報は国家秘密を含むので細かい気象情報はあまり公表していないからだ、という考え方もあるのですが、よくはわかりません。しかし、毎日の天気予報にこういった言葉が出てこないと、こどもたちが気象現象を科学的に理解するための基礎知識が頭に入らないのではないか、とちょっと心配になります。

 中国以外の普通の国では、暖かい空気と冷たい空気がぶつかる前線のところでは雨が降る、低気圧には風が吹き込み雲を集めるので雨が降りやすい、といったことは、毎日の天気予報を見ていれば自然に頭に入ります。日本では、冬の間は、大陸から吹いてくる乾いた冷たい風が、対馬暖流の流れる日本海を渡る間に水蒸気を吸収して、それが日本列島の山脈にぶつかって、日本海側に雪をたくさん降らせる、といった話は、テレビの天気予報を見ていれば自然に覚えてしまいます。さらに、夏の間に、南の太平洋から暖かい湿った風が日本列島の山脈にぶつかると、山を越えるときに雲ができ、その際に水蒸気が凝結熱を放出し、その熱エネルギーを得た風が山脈を越えて日本海側に吹き下ろすと、最初に太平洋から吹き込んだ時より温度が上がって非常に高温をもたらす、これをフェーン現象という、といったことまで、覚えてしまいます。

 このように何気なくテレビで流れている情報でも、天気予報のように、毎日毎日繰り返して放送され、しかも毎年同じ季節には同じような話を繰り返して画面と音声で頭に入力されると、こういった知識は、自然に身に付いてしまいます。

 私の場合ですが、中国の中央電視台の全国放送の天気予報では、必ず毎日、各直轄市・省・自治区の人民政府(地方政府)所在地の天気予報をやるので、チャンシャー(長沙)はフーナン(湖南)省で、ナンチャン(南昌)はジャンシー(江西)省にある、といったことは、毎日天気予報を見ていると自然に頭に入ってしまいます。日本にいる方は、湖南省と江西省とがどういう位置関係にあるかすらわからない方が多いと思いますけど。

 中国の天気予報で天気図を使わないのは、何か理由があるのだと思いますが、その代わりに、他の国ではこどもたちが自然に身につけている気象に関する基礎知識を、別途わざわざ学校で教え込まなければならないのはもったいないと思います。中国では、何かを守ろうとするために、多くの別のものを失っていることが多いような気がしてなりません。天気予報など小さな話ですが、テレビの持つ教育効果はもっと活用していいと思います。

(2007年9月22日、北京にて記す)

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2007年12月18日 (火)

都市住民の「小産権」購入は違法と確定判決

 小産権問題(村などの「集団所有制土地」の上に立てられた別荘、マンションなどの住宅物件(小産権)を村民ではない都市住民などが購入することが違法かどうか)について、小産権を都市住民が購入することは違法、と判断した初めての裁判所の確定判例が昨日(12月17日)北京市第二中級人民法院第三法廷で出されました。

 「小産権」に関しては、下記の私のブログの記事を御覧下さい。

(参考1)私のブログの2007年12月15日付け記事
「都市住民による農村の『小産権』購入は禁止」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/12/post_fcc8_1.html

 最近、政府が「『小産権』を都市住民が購入することは法律上認められない」との見解を出していることと、不動産ブームで「小産権」を含むマンションや別荘の価格が急激に上昇していることから、過去に都市住民にマンションや別荘(場合によっては古いままの農民住宅)を売った農民が「売った住宅を取り戻したいので売買契約は法律上無効だったと確認して欲しい」と訴える裁判が相次いでいます。上記の私の12月15日付けブログで紹介しているケースでは、第1審で農民側が勝訴(裁判所が11年前に交わされた住宅売買契約は違法であるので無効である、と判断した)し、都市住民側が上告する方針を示しています。

 こういった状況の中、昨日(12月17日)、初めての上告審のケースの判決が出ました(中国では裁判は二審制なので、上告審の判決が確定判決です)。

(参考2)「京華時報」2007年12月18日付け記事
「北京の農民が画家の李玉蘭氏を訴えていた小産権売買に関する裁判で改訂判決」
http://beijing.jinghua.cn/c/200712/18/n585511.shtml

(参考3)「北京晨報」2007年12月18日付け記事
「宋庄画家村、非合法の判決を受ける」
http://www.morningpost.com.cn/article.asp?articleid=141758

(参考4)「新京報」2007年12月18日付け記事
「初めての『宋庄住宅案件』村民の勝訴で終わる」
http://www.thebeijingnews.com/culture/2007/12-18/011@092037.htm

 これらの新聞記事によると、この事件の経緯は以下のとおりです。

○北京市内の農村部にある「宋庄」という場所で「中国北京新創意産業基地--宋庄」といううたい文句で画家などをターゲットとした住宅物件が売り出された。都市住民である画家のA氏は2002年、4.5万元(今のレートで約68万円)でこの物件を購入した。A氏は、その後、約10万元を掛けてこの家を改造し、ここに住んで芸術活動を行っている。

○2006年年末、この物件の売主である地元農民のB氏は、家の売買契約の無効を訴えて裁判を起こした。B氏は裁判を起こした理由を明確には説明していないが、この物件の現在の評価額は約30万元(約450万円)以上と見られており、そのためB氏が「『小産権』の都市住民への売却は違法」という政府の見解を盾に、この物件を取り戻したいと思っているためだろうと言われている。

○第1審は、この案件は、集団所有の土地の上に建てられた住宅を集団の構成員ではない都市住民であるA氏に売却したためものであるため、この住宅の売買契約は無効、ただし売主のB氏は、買主のA氏に対して、9.3万元の損害賠償を支払うように、という判決だった。買主のA氏が判決を不服として上告していた。

○第2審(最終審)は、土地売買契約については第1審と同様無効とし、買主のA氏には90日以内に家を受け渡すよう命じるものであった。ただ、第二審判決では、損害賠償額については、現在の家の評価額に比して9.3万元と認定した一審の賠償額については、買主のA氏に対して、別途損害賠償の裁判を起こして売主のB氏から適切な額の損害賠償請求をすることが可能であると述べている。

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 「小産権の都市住民への売却契約は法律的に無効」という判決が確定した影響は大きいと思われます。今まで、何回も政府が「停止するぞ」と宣言しても実際は停止されていなかった「小産権」の売買について、今後は買い手が警戒心を強め、実質的に売買が停止される可能性があるからです。「小産権」は北京地区においては、マンションの売買件数の2~3割を占めると報道されており、その影響は小さくないと思われます。今後、既に「小産権」を買った都市住民による損害賠償請求の裁判が多発することも予想されます。

 また、この法論理は、各地の地方政府が農地や農民住宅地などの「集団所有」の土地を勝手に開発して販売している土地の乱開発にブレーキを掛けることになる可能性があります(買い手が警戒して買わなくなるため)。従って、この昨日の判決は、今後の中国の不動産市場に大きな影響を与える可能性があると思われます。

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2007年12月17日 (月)

中国の法定休日変更は国務院が決定

 昨日(12月16日)、中国の法定休日の変更を定めた条例を国務院が発表しました。「法定」というからには、法律で決めることになるので、てっきり日本の国会にあたる全国人民代表大会が決めるのかと思っていたら、法律によって国務院(行政府:日本の内閣にあたる)に決定権が委任されているようで、12月16日に国務院が新しい休日の条例を発表して、これが「最終決定」ということなのだそうです。この休日の変更は来年1月1日から施行されます。即断、即決なのはいいのですが、こういった国民生活に密接に関連する事項が議会(全人代)で全く議論されずに、あっという間に決まってしまうことに、中国のこの手の「決定」には慣れている私としても、またまた驚かされました。

 このブログの12月9日の記事に「元旦、清明節、メーデー、端午節、中秋節の1日休みは、その日ズバリではなく、年によって近接する月曜日に設定することとし、日本や欧米の『ハッピーマンデー』と同じように土日と合わせて3連休にしよう、という計画」と書きましたが、これは正しくありませんでした。上記の休日が土日に重なった場合は「振り替え休日を作る」というのが条例の内容なので、土日に重ならない年は「ハッピーマンデー」にはなりません。

(参考1)「人民日報」2007年12月17日付け記事
「全国季節休日及び記念日休日に関する規則」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2007-12/17/content_34030768.htm

 具体的には、2008年の中国の法定休日は以下のとおりとなります。

新暦の元旦:1月1日(火)
旧暦の大晦日と正月1日、2日:2月6日(水)、7日(木)、8日(金)
清明節:4月4日(金)
メーデー:5月1日(木)
端午節:端午節の6月8日は日曜日なので、たぶん6月9日(月)が振り替え休日
中秋節:中秋節の9月14日は日曜日なので、たぶん9月15日(月)が振り替え休日
国慶節:10月1日(水)、2日(木)、3日(金)
合計11日

※この他に「婦女節」(3月8日)、青年節(5月4日)、児童節(6月1日)、中国人民解放軍建軍記念日(8月1日)のある特定のグループの人が取る半日休みや少数民族の習慣に基づく祭日などがありますが、これらは普通の政府機関や会社は休みにはなりません。

 今年は春節を大晦日からの休みにすると5連休になり、清明節、端午節、中秋節ともに土日に重なった場合に月曜日を休みにすると全て3連休になるのでこの方式でよいのですが、来年以降も同じ方式を続けるとすると、清明節、端午節、中秋節などが火、水、木にあたる年は3連休にはなりません。ですから、来年以降、必要に応じてまたこの「規則」を微調整して3連休になるように規則の方を変えるのではないかと思います(国務院決定なので、全人大での審議が不要なので、いつでも変えられますから)。

(注)日本の場合、「国民の権利や義務に直接関係する規定」は、基本的に内閣が勝手に決めてはならず、国会で議決して決めることになっています。従って、休日を変えたりするためには、国会で審議するのでそれなりに時間が掛かります。その方が、カレンダー業界に限らず、仕事や旅行の予定を前もって決められるので、国民の側からすると助かります。中国のように、突然「こう決めました」と発表されると、仕事や旅行の予定が立てられなくて困ります。

 私の場合、個人的な好き嫌いを言わせてもらうと、今年、5月のメーデー連休から10月の国慶節休みまで、全く休日がなかったので、ちょっと疲れが溜まるなぁ、と思っていたので、4月から9月まで休日が分散して3連休になる方が好きです。

 ちょっと深読みが過ぎるかもしれませんが、この休日の変更については、私は、胡錦濤政権による「江沢民・朱鎔基政権が決めた方針からの離脱」というひとつの政治的メッセージだと思っています。というのは、もともと5月のメーデーを1週間ぶっ通しの連休にしたのは、江沢民・朱鎔基政権が国内消費拡大のために導入した制度だからです。江沢民・朱鎔基政権は、大型プロジェクトをどんどん始めたり、国内消費拡大政策をどんどん進めて急速な経済成長を遂げましたが、胡錦濤政権は「経済成長は、速ければいいというものではない」という態度を取っているからです。

 12月3~5日行われた中央経済工作会議について解説した12月6日付けの人民日報の社説では、「国民経済を『うまく』かつ『速く』(中国語では「又好又快」)推進する」ことについて「うまく」(中国語では「好」)の方を優先させるべきである、と解説しています。この社説は「速いだけではダメで、調和ある発展が重要」という「科学的発展観」を掲げる胡錦濤政権の方針が江沢民・朱鎔基政権とは異なることを別の言葉で表したものだと思います。メーデーの連休をやめて、清明節、端午節、中秋節の3つの小連休に分散させた今回の休日改革は、この延長線上にあって、胡錦濤政権が江沢民・朱鎔基政権から脱皮する象徴的な決定だったのだと思います。

(参考2)「人民日報」2007年12月6日付け社説
「『うまく』(中国語で「好」)の字を優先させて科学的発展を推進しよう」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2007-12/06/content_33672764.htm

 ただの休日の変更だったら、これほどあわてて変更する必要はなかったと思います。一向に冷却する兆しの見えないバブル気味の経済に対して、胡錦濤政権が「我々の政策運営は江沢民・朱鎔基時代とは違うんだぞ」ということを現実のものとして見せるために、いそいで休日改革をやったのではないか、と私は思っています。

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2007年12月16日 (日)

炭鉱事故の裁判は「敏感な案件」

 昨日(12月15日)、黒竜江省七台河市中級人民裁判所で2005年11月27日に起きた炭鉱事故について会社側担当者の責任を問う裁判が始まりました。この炭鉱事故は、死者171人、ケガをした人が48人という大事故でした。

(参考1)「新京報」2007年12月16日記事
「死傷者219人を出した七台河炭坑事故、二年たって裁判開始」
http://www.thebeijingnews.com/news/guonei/2007/12-16/011@010623.htm

 上記の「新京報」の記事によると、事故が起きてから裁判が開始されるまで二年以上掛かったことに対しては、被害者の家族の多くが疑問に思っているとのことですが、七台河市中級人民裁判所のある副院長は「この案件は大変敏感な案件ですから」と言っていたことを伝えています。

 「新京報」の記事によると、被告側の弁護士は、裁判開始の数日前になって裁判期日の連絡があったそうで、準備が十分にできなかった、とのことでした。この案件の裁判開始まで2年以上掛かったことについて、この弁護士は「背景として地方の保護主義があると言わざるを得ない。(時間が掛かったのは地方政府がこの裁判について)承認するのを嫌がっていただけにすぎない。」と述べていた、とのことです。

 基本的に、中国では、裁判所は行政からの独立が十分になされていません。大きな炭坑は、多くの場合、その地方の基幹産業であり、炭坑を経営する会社は地方政府と近い関係にあるケースが多いのです。捜査を行う地元の警察や会社を監督する地方政府自体が会社と近い関係にあるので、会社側の責任を明確化するための捜査がなかなか進まないことが多いようです。中国で大きな炭坑事故がなくならない背景には、こういった地方政府と炭坑会社との密接な関係があるものと思われます。

 本件については、新華社通信が伝える以下の評論でも「なぜ地方の警察と検察の反応がこんなに遅いのか」という疑問の声を上げています。

(参考2)「新華社」2007年12月16日にアップされた艾琳という人の評論
「『七台河事件』は本当はこのような形では終わらない」
http://news.xinhuanet.com/comments/2007-12/16/content_7254374.htm

 この評論では、これだけの大事故で、中央も重要視していたこの七台河事件でさえこんなに時間が掛かったのだから、中央がそれほど重要視していない普通の事件はどういう扱いになっているのだろうか、と疑問を呈しています。

 地方政府と地元企業との癒着は、環境問題などにおいても、取り締まる側の地方政府と取り締まられる側の地元企業とが癒着しているのだから、実効的な取り締まりができるはずがない、などと以前から指摘されています。中央は「地方政府の執政能力を高めなければならない」などというスローガンは山ほど流すのですが、全然、実効が上がっていません。また、現在何か有効な手立てを検討中であるようにも思えません。スローガンばかりで、実態的には何も事態が改善しない状態が続いていると、そのうちに「中央政府の執政能力」に対して多くの人が疑問を持つようになるのではないか、と心配になります。

 こういった前近代的な政治体制のままで、中国は、今後も急速な経済成長を続けていくのでしょうか。私には、政治と経済とのアンバランスがそのうち危機的な場面をもたらすことになるような気がしてなりません。

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2007年12月15日 (土)

都市住民による農村の「小産権」購入は禁止

 中国は社会主義国ですので、土地を私有することはできません。全ての土地は国有または村などの集団が所有している「集団所有」のどちらかです。しかし、実際にはマンションや別荘などの不動産の「売買」は行われています。これは、土地については、「所有権」ではなく、その土地の「使用権」を売買する、という考え方に基づいているのです。「土地の使用権」の売買については、従来、法律上の規定がありませんでしたが、実際に行われている不動産売買取引の実態を後追いする形で、今年(2007年)10月1日から施行された「物件法」において、「土地使用権」に対する法律上の位置付けが確立しました。「土地使用権」は、例えば住宅用地の場合70年間など有限ですが、「物件法」により、満期時に延長することも可能になったため、限りなく「土地所有権」に近いものになっています。

 ただ、農村部などで村などの集団が所有している土地の上に建設されたマンションや別荘などを集団の構成メンバーでない人が買うことは法律上問題ないのか、という点については、法律上の位置付けが不明確なままで残っています。都市部の土地は国有なので、中国国民は誰でもその「土地使用権」を保持することが可能、と考えられており、都市部の土地の場合は問題は生じません。農村部の場合は、公式な法律上の位置付けとしては、村の住民でない人は村所有の土地に対する何らの権利も持たないため、村の土地の上に建てられた別荘やマンションを購入することはできない、と考えられています。これは、そもそも中国共産党による革命がその土地に住んでいない大地主が小作農に土地を貸し付けて耕作させる小作農制度を解体することを根本的な出発点としていることに関係しています。村の土地の使用権をその村の住民ではない人に売ることは、実質的に「不在地主」を認めることになり、中国の社会主義革命の出発点の原理を壊すことになるからです。

※ただし、これには考え方が二つあって、農地の場合は実際に耕作する人以外の土地の所有は認めないが、住宅用の土地の場合は村のメンバーではない人がその土地の使用権を持ってもかまわない、という考え方もあります。「小産権」の売買を「可」とする人は後者の立場を取っているのです。なお、「農地の場合は実際に耕作する人以外の土地の所有は認めない」という考え方は、戦後の日本においてアメリカの指導により行われた農地改革の基本原則であり、中国の共産主義革命の「専売特許」ではありません。

 しかし、実態的には、都市部に近い農村では、村が所有している土地の上にマンションや別荘を建てることが数多く行われています。例えば、農民が以前から住んでいた家を取り壊して、その土地に高層マンションを建て、従来の農民がその一角に住み、他の部屋を都市住民に売れば、農民は資金的な負担なしに不便な古い家を新しいマンションに建て替えることができるからです。

 これら集団所有の土地の上に建てられた別荘やマンション物件を俗に「小産権」と呼んでいます。「小産権」には二つの種類があります。

(1)もともと農家の住宅が建っていた土地の上に建てられた別荘やマンション

(2)もともと農地だった土地の上に建てられた別荘やマンション

 上記のうち(1)は、従来からの住宅を建て替えただけですのでそれほど問題にはなりませんが、(2)は農地の減少を伴いますから、国家政策上の重大な問題をはらんでいます。

 これら農村の土地に別荘やマンションを建てて、都市住民に売ったり貸したりしている問題の経緯については、このブログの8月26日付け記事を御覧ください。

(参考1)このブログの2007年8月26日付け記事
「農民の住宅の土地の権利に関する問題」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/08/post_b042.html

 この問題について、国務院は、12月11日、常務委員会を開き、「小産権」を都市住民が買ったり借りたりすることを厳禁する、との方針を打ち出しました。

(参考2)「新京報」2007年12月12日付け記事
「都市住民が農村の『小産権』物件を購入することは禁止」
http://www.thebeijingnews.com/news/beijing/2007/12-12/021@073605.htm

 しかし、従来から「小産権」の物件の売買は実際に行われてきており、過去に売買された「小産権」の権利関係をどう処理するかは、大きな問題です。また、上記のこのブログの8月26日の記事にあるように、例えば、北京で取引されているマンションの物件のうち、建物数でいうと20%、部屋数でいうと30%がこの「小産権」にあたるとされているので、本当に都市住民による「小産権」の購入が禁止になるのだとしたら、マンション売買市場に大きな混乱を与える可能性があります。

 上記の「新京報」の記事では、11年前に自分が住んでいた住宅を売った北京市房山区の農民が、法律上は「小産権」は都市住民が買うことはできないことを知って、物件売買契約の無効確認を訴えた裁判の例が掲載されています。この案件の事情は以下のとおりです。

○農民のAさんは1996年3月、自分が住んでいた6部屋の住宅を都市住民のBさんに1万5000元(現在のレートで約22万5000円)で売った。

○Aさんは今は年老いた妻とともに娘の家族と同居しているが、今年(2007年)になって「小産権」を都市住民に売ることは法律上認められていないことを知り、本来は自分の家と娘の家族の家と2つの家を持つ権利がある、と気が付いて、11年前の住宅売買契約の無効確認を求めて裁判を起こした。

○裁判において、Bさん側は、既に5000元の「村民管理費」を村に支払い済みであり、村の方もBさんを村民として扱っているほか、この住宅の売買契約は村民委員会の同意を得ており、必要な手続きは全て行っている、と主張した。またBさん側は、1996年当時、都市住民が農民の住宅を使用することを禁止した法令はなく、実際、売買に当たってBさんは北京市不動産売買センターで必要な手続きを行って、不動産売買税も北京市に支払ってある、と主張した。

○裁判にあたって、裁判所は、専門家に委託してこの住宅の評価を行ったところ、現時点でのこの住宅の評価額は9.8万元(約147万円)である、と評価された。

○Aさんは、売買契約は無効である上、Bさんに返却すべき金額は、現在の評価額である9.8万元ではなく、1996年の売買時に受け取った1万5000元である、と主張している。

○裁判所は12月11日、この住宅が建っている土地は村の「集団所有」の土地であり、村民ではないBさんにこの住宅を売った契約は農民の住宅の譲渡を禁止した国の規定に違反しており、この売買契約は無効である、と判断した。(新聞記事には、AさんがBさんにいくらの金額を返せばよいか、についての裁判所の判断については書かれていない)。

○Bさんは、この裁判所の判断を不服として、上告する方針。

 私は、民法については詳しくないのでよくはわかりませんが、自らも同意して結んだ11年前の住宅売買契約を無効だとする訴えは、よほどの理由がない限り、日本ではたぶん通らないと思います。また、日本の民法上の請求権の時効は5年なので、11年前の契約を今になって突然覆す、ということは、日本では基本的には認められないと思います(あまり古い契約関係の無効を認めると、その間にその契約関係に基づいてなされた第三者の権利が侵害され、社会的な混乱を起こすおそれがあるため)。日本の場合、11年間適法にその住宅に住んでいるBさんの「住む権利」も尊重されると思うので、なおさらです。

 上記の例と同様の判決例は、このブログの8月6日付け記事にも出てきました。

(参考3)このブログの2007年8月6日付け記事
「『小産権房』(集団所有地上の住宅)をどうする?」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/08/post_e6d8_1.html

 「小産権」のマンションや別荘の開発を村当局自身が積極的に進める例もあります。

(参考4)このブログの2007年8月5日付け記事
「ある北京近郊の村の『別荘商売』」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/08/post_2eab.html

 こういった現象は北京周辺だけでなく、中国各地で行われています。

(参考5)このブログの2007年7月13日付け記事
「中国の地方政府による無秩序な土地開発」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/07/post_1c55.html

 北京の例で見られるように「小産権」は、中国の不動産ブームのかなりの部分を担っていると思われます。もし、上記に紹介したいくつかの裁判所の判例に見られるように、「小産権」に対する法的保護がなくなるのだとしたら、中国の不動産ブームにかなりの影響を与える可能性があります。

 今回(12月11日)の国務院常務委員会で打ち出された方針は、「小産権」について「厳禁」という言葉を使って明確に禁止の方針を示しているし、「売ることはしない代わりに貸す」といった脱法的行為も明確に禁止しているので、今後かなりの影響が出そうです。「物件法」など、不動産売買が先行し、法律上の規定がそれを追認する、という方式が続いてきた中国の政策の進め方が今後変わるのでしょうか。この「小産権」を巡る動きは、「土地の私有は認めない」という社会主義の基本原則と、土地の使用権の売買も含めて経済の市場原理に任せる方針との境界線上に生じた問題です。ですから「小産権」の問題をどう対処するのかは、今後の中国の政策の進め方のひとつの「試金石」になるのではないか、と私は思っています。

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2007年12月14日 (金)

世界の中の日本の比重

 私が、

http://folomy.jp/heart/

の「テレビフォーラム」に9月16日にアップした文章をこちらのココログにも掲載します。

 folomyは、かつての@ニフティのフォーラムを運営していた人たちが集まって運営しているサイトで、メールアドレスを持っている方ならば誰でも無料で登録できます。私がfolomyに書いたものの再アップは、折りを見て時間のあるときに行います。従って、例えばfolomyに掲げた文章のアップは1か月以上遅れると思います。最新の文章を御覧になりたい方は、ぜひ、御自分で上記のアドレスからfolomyに登録して、御覧いただくよう御願いします。

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アップ場所: http://folomy.jp/heart/

「テレビフォーラム(ftv)」-「喫茶室『エフ』」-「『ドナウ川の蚊柱』の続き」

記載日時:2007年9月16日

【世界の中の日本の比重】

 昨日(9月15日)午前、NHK-BS1では、大リーグのボストン・レッドソックス対ニューヨーク・ヤンキースの試合を生中継していました。松坂大輔と松井秀喜の直接対決がある、ということでNHKは中継したいたのだと思います。実は、この試合は、香港に拠点があるスポーツ専門衛星テレビのESPN-StarSportsも生中継をやっていました。私が住んでいるアパートメントでは、NHK-BS1とESPN-StarSportsは隣のチャンネルなので、両方を切り替えながら見ていました。

 ESPN-StarSportsの方は日本人向けのチャンネルではないので、特に松坂と松井が出るから中継をしていたわけではなく、レッドソックス対ヤンキーズの試合が大リーグの中でも黄金カードだから放送していたのです。そういう黄金カードのゲームで、先発ピッチャー、主力打者として活躍している松坂、松井はやはりすごいと思います。

 国際政治の面では、日本はあんまり主導的な役割を果たしていないので目立たないのですが、国際政治以外の面では、日本は、世界の中では結構重要な役割を果たしています。GDPの大きさなどから、経済の面で世界の中で日本の比重はかなり大きいという自覚を持っている人は多いと思いますが、経済の面だけではなく、日本は意外にかなり幅広い分野で世界に影響を与えていると思います。

 私が今いる中国においても、改革開放後の中国の経済発展の背景として日本企業のバックアップがあったことはもちろんですが、そのほかの面においても日本は中国に対していろいろな影響を与えています。「スターバックスは故宮から出て行くべき」と主張して注目を集めた中央電視台のテレビ司会者、ルイ成鋼氏のブログの2006年9月30日の記事で、ルイ氏は、「組織」「政治」「革命」「政策」「経済」「科学」「社会主義」「共和」など重要な単語は日本人が発明した単語だ、として、中国人は、もっと日本のことをよく知らなければならない、と主張しています。

 日本が中心となってアジアや世界をリードすべきだ、とする戦前的考え方は一種の妄想だと思いますが、かと言って、日本は極東の小国で世界を動かせる力はない、と考えるのも卑下しすぎで日本の存在を過小評価し過ぎています。昔、野球マンガの「巨人の星」では、「大リーグ・ボール」というのが登場し、アメリカの大リーグは日本の野球にとっては及びも付かない遠い存在として描いていましたが、野茂を皮切りにしたイチロー、松井、松坂らの活躍は、日本人でも大リーグで活躍できることを証明しました。日本は、自らを過大評価することも過小評価することもなく、等身大の比重を担っているとの自覚を持って、世界の中で活躍する必要があると思います。

(参考)中国中央電視台のテレビ司会者・ルイ成鋼(ルイは「くさかんむり」に「内」)氏のブログの2006年9月30日付け記事
「中国人ひとりひとりが読むべき日本に関する文章」
http://blog.sina.com.cn/s/blog_4adabe2701000797.html

(2007年9月16日、北京にて記す)

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2007年12月 9日 (日)

中国では5月の連休がなくなる

 中国では、現在、春節(旧正月)、メーデー(5月初)、国慶節(10月初)の年間3つの一週間規模の連休があります。いずれも法定休日は3連休なのですが、多くの会社や機関では、前後の土日を振り替え出勤日にするなどして一週間ぶっ通して休むことが一般化しています。これは、2000年代初期、当時の江沢民・朱鎔基政権が国内消費の拡大のために大型連休を導入したためです。しかし、人口13億人を抱える中国で人々が一斉に休みを取るので観光地などはどこも大混雑で、中には「連休料金」と称して通常より高い入場料を取る観光地が出てきたりして最近問題となっています。

(参考1)このブログの2007年10月8日付け記事
「集中する連休を今後どうするのか」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/10/post_78de.html

 このため、現在、中国政府では、法定の休日を以下のように改正しよういう案が検討されています。

(現行)
1月1日の太陽暦の元旦(1日のみ)、春節(旧正月)の3連休、5月1~3日のメーデー(労働節)の3連休、10月1~3日の国慶節の3連休=合計10日間

(改正案)
1月1日の太陽暦の元旦(1日のみ)、春節(旧正月)の大晦日、旧暦1月1日、2日の3連休、清明節(太陽暦の4月上旬:1日のみ)、5月1日のメーデー(1日のみ)、端午節(旧暦の5月5日:1日のみ)、中秋節(旧暦の8月15日:1日のみ)、10月1~3日の国慶節の3連休=合計11日間

 その上、元旦、清明節、メーデー、端午節、中秋節の1日休みは、その日ズバリではなく、年によって近接する月曜日に設定することとし、日本や欧米の「ハッピーマンデー」と同じように土日と合わせて3連休にしよう、という計画です。こうすれば連休が分散されて、観光地の混雑なども緩和されるだろう、という発想です。

 これについては、最終的には法律マターなので、来年3月の全国人民代表大会全体会議で決まるのですが、それに先立ち、一昨日(12月7日)、国務院が上記の案を決定しました。

(参考2)「新京報」2007年12月8日付け記事
「国務院、休日調整草案を決定」
http://www.thebeijingnews.com/news/guonei/2007/12-08/018@041445.htm

 まだ、日本の国会にあたる全人代に提出するための政府(国務院)の原案に過ぎませんが、これが公表された以上、これが変更されることは考えにくいので、このままで決まることになると思います。

 この休日の変更案は、国民生活に大きな影響を与えるので、11月9日~15日の間、この案が発表された後、ネット上で国民の意向調査が行われました。その結果、8割の国民が賛成だったので、国務院はこの案を決定した、ということになっています。

(参考3)「新華社」のページにある休日ネットアンケート調査結果
http://202.123.110.196/govvote/vote/temp/surveyresult/vote1226_result.htm

 しかし、このアンケート調査については、設問自体がおかしい、といった声がアンケート実施時点からありました。

(参考4)「新京報」2007年11月10日付け記事
「法定休日調整案発表される」
http://www.thebeijingnews.com/hellobj/0990/2007/11-10/018@034519.htm

 この「新京報」の記事では「この設問では、最も国民の関心が高い『5月のメーデーの連休をやめることがいいと思うか』という問題に対する考えを述べることができない」とのネット上に寄せられた多くのコメントを紹介しています。

 実際、上記(参考3)の「新華社」の調査結果に掲げられているように、このアンケート調査の設問は以下のとおりになっています。

問1:国家の法定休日の総数が10日間から11日間になることに対して、あなたはどのように考えるか。

問2:メーデー休みを2日間減らす代わりに清明節、端午節、中秋節の3つの法定休日を新たに制定することに対して、あなたはどのように考えるか。

問3:国慶節と春節の連休をそのままにすることに対して、あなたはどのように考えるか。

問4:春節の休みの開始時期を旧暦の1月1日から旧暦の大晦日に変えることに対して、あなたはどのように考えるか。

問5:休日を調整した後、元旦、清明節、メーデー、端午節、中秋節の5つの休日を3連休にする案に対して、あなたはどのように考えるか。

問6:国が全面的に進めようとしている労働者の有給休暇制度に対して、あなたはどのように考えるか。

問7:あなたの職業を次の中から選んでください(選択肢は「国有企業従業員」「外資系企業従業員」「私営企業従業員」「公務員」「事業機関従業員」「その他」)

 これらは問7の回答者の職業を聞く設問以外は全て「支持する」と答えるのが当然のような設問になっており、多くの回答者が「支持する」を選ぶのは当然である、というような意見が出されているのです。

 中国政府は、最近、法律案を作成する時にパブリックコメントをするなど、一般国民の声を聞くようになっていますが、上記の休日改正案に対するアンケートを見ると、「結論先にありき」で、アンケートは単に国民の意見を聞く格好をしただけ、との批判を受けてもしかたがないと思います。

 ただ、「こういった設問の設定の仕方はおかしい」という声がネットの掲示板や一部の新聞に掲載されていることがひとつの「救い」で、今後は、政府としてももっときちんと一般国民の声が反映されるようにアンケートの仕方なども変えていくようになるのではないか、と私は期待しています。

 いずれにせよ、この休日変更案は来年3月の全人大で決定されれば来年5月のメーデーから実施されますので、メーデー連休を見込んで旅行の予約などを始めていた旅行会社などは対応におおわらわのようです。中国では、こういう変更が時間的余裕なしに急に決まるので、年間スケジュールが立てられなくて困ります。こういった政策の決め方が「中国の政策は今後どうなるかわからない」というイメージを多くの人に与えるので、もうちょっと影響を受ける側の身に立った政策決定をして欲しいと思います。

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2007年12月 8日 (土)

「経済観察報」の論調

 経済専門週刊紙といいながら、読者層である富裕層の声を代弁して、政治的にも先進的な論壇を張っている(いわゆる「新自由主義派」の論調を主張している)「経済観察報」ですが、今日(2007年12月8日)発売の号(2007年12月10日号)では、社説と「観察家」という欄で、さらにまたかなり明快な論説を載せていました。

※「経済観察報」は紙面の売り上げを重視するためだと思いますが、主要な論説については無料でネット上で見られるようにはなっていないので、記事自体のURLを御紹介することはできません。

 12月10日号の社説は「『一般大衆の参与』をいいかげんなところで幕引きにしてはならない」というタイトルのものでした。アモイ市に建設が計画されている化学工場について、12月5日、アモイ市が基本的な計画と環境影響評価ができたので10日間の「一般公衆の参加」のプロセスに入る(10日間、パブリックコメントを受け付ける)と発表したというニュースをきっかけとした論説です。

 この社説では、筆者は、自分は極端な環境保護主義者ではない、と断りつつ、化学工場、原子力発電所、水力発電所等の大きな環境影響を与えるプロジェクトについては、一般公衆の意見を聞くことは科学的である、とアモイ市の動きを肯定的に評価しています。そして最終的には、「一般公衆の参与」のプロセスを立法機関を通すことで実現し、一般公衆を権限を委ねた代表を通じて政策決定に参与させることが、よりプロジェクトの計画を緻密にすることができる、と指摘しています。そして、こういったプロセスは、プロジェクト推進の効率を低下させ、コストを増加させるかもしれないが、我々は、きっとそれに見合うだけの見返りが得られるはずだと信じている、と結論づけています。

 化学工場建設などに対する環境影響評価のやり方についての議論の範囲内ではありますが、地方政府における議会制民主主義の確立をかなり直接的に訴えた点で、「経済観察報」の社説の中でも、かなりポイントを「ズバリ」と主張したものだと思います。

 一方、この号の「経済観察報」の「観察家」(observe)という欄では、経済学者の呉敬璉氏が著した「法律で統治された市場経済を呼びかける(中国語では「呼喚法治的市場経済」)」(三聯書店:2007年9月)という本を紹介し、呉敬璉氏の主張のポイントを紹介した呉敬璉氏の文章を掲載しています。タイトルは「中国が新しい発展段階を迎えるためには若干の重大な問題を検討する必要がある」(中国語では「為了迎接中国発展新階段,需要研究的若干重大問題」)です。

 この文章の中で、呉敬璉氏は、1989年から1991年に掛けての改革開放支持派と改革開放反対派の論争の中で、改革開放反対派が「国内を壟断し始めている資産階級と党内の修正主義分子を打倒し」「第二次文化大革命を起こすべきだ」と主張していたのは明らかな誤りである、と指摘しています。この時の論争は、1992年にトウ小平氏が、改革開放路線を堅持することこそ人民が豊かになるために必要だ、と指摘したいわゆる「南巡講話」により、「改革開放路線は継続する」という路線で決着したのですが、その後も改革開放路線に反対する勢力は残っていました。

 中国の経済発展が進み、都市と農村との格差、企業家や知識階級と一般労働者・農民との収入格差が広がると、改革開放路線に反対する勢力はまた勢力を盛り返しました。

(参考)このブログの2007年8月11日付け記事
「『新左派』と『新自由主義派』」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/08/post_102b.html

 この勢力の一部が「最近吹き出ている格差拡大などの社会問題は改革開放政策のせいだ」としていることに対して、呉敬璉氏は、一般大衆が持っている「腐敗」「独占」に対する怒りを誤った方向に導き、その怒りの矛先を富裕層や知識階級に振り向けようとしているものだ、として厳しく批判しています。

 そして、呉敬璉氏は、そもそも改革開放を推進したトウ小平氏は「党と政府は一体であって、党を以て政府に代える」「党が国を統治する」という考え方は誤りであり「党と政府は分けるべきだ」と主張していたことをを引き合いに出して、地方の党委員会が地方政府を支配したり、工場の党委員会書記が工場長を支配したり、大学の党委員会書記が学長を支配したりすることは止めるべきだ、と主張しています。呉敬璉氏は、そもそもトウ小平氏自身が、1986年~1988年に掛けて、こういった「党と政府の分離」という政治体制改革を一定程度進めていた、と指摘して、今こそ、今後の政治体制改革において具体的な制度を定める際には、この当時の経験を踏まえて計画を立てるべきだ、と結論付けています。

 1986年~1988年に北京に駐在していた私にとって、この呉敬璉氏の主張は大いに賛同できるものです。実際、1986年当時、トウ小平氏が指導していた中国の指導部では、国家主席が李先念氏、中国共産党総書記が胡耀邦氏、国務院総理が趙紫陽氏、中央軍事委員会主席がトウ小平氏でした。当時でも国家主席は国家元首でしたが、当時は名誉職的な役割で、行政は実質的には国務院総理の趙紫陽氏が取り仕切っていました。しかし、1989年以降の論争を通じて、中央においては「党と政府の分離」は終わりを遂げ、現在では、国家主席・中国共産党総書記・中央軍事委員会主席は胡錦濤氏が一人で掌握しています。国務院総理は温家宝氏ですが、現在の国家主席は名誉職ではなく、実質的な政府の代表としての職責を果たしていますので、現実的には胡錦濤氏が党と政府の全てを把握した格好になっています(実際、温家宝総理は、党内の序列では、胡錦濤総書記、呉邦国全人代常務委員会委員長に次いでナンバー3です)。

 呉敬璉氏は、決して「中国共産党による指導」を否定しているわけではなく、党と政府との分離が明確ではない1989年以降の体制において、「中国共産党による指導」の名の下に地方政府の党書記が本来政府の長(市長など)に責任を任せるべき部分にまで口を出していることの問題点を指摘しているのです。

 呉敬璉氏の文章は、改革開放が始まってから1986年~1988年までの路線と、1989年以降の路線を対比して議論している点で、極めて注目すべきものだと私は思います。

 私自身は、トウ小平氏が1978年暮の第十一期中国共産党中央委員会第三回全体会議(第十一期三中全会)において始めた改革開放路線に期待を寄せ、1981年6月の「建国以来の党の若干の歴史的問題に関する決議(歴史決議)」で「文化大革命の誤り」を指摘して毛沢東主席も晩年には誤りを犯したと率直に自ら党の歴史の一部の誤りを自己批判した中国共産党の自己修正能力に期待し、1986年~1988年の北京駐在時には、当時ゴルバチョフ書記長が国内の取りまとめに苦労していたソ連を引き離して順調に経済発展を続ける中国に明るい未来を感じていました。しかし、1989年にその私の期待はもろくも崩されてしまったのでした。

 その後、現在でも、中国では1989年の「できごと」を語ることはタブーとされています。「経済観察報」は、今年の夏、1978年から始めて毎週1年づつ改革開放の歩みを振り返る特集記事を掲載してきました。しかし、1989年について振り返った回では、全世界が注目したこの年に起きた「できごと」には、全く触れませんでした。日頃かなりハッキリした記事を書く「経済観察報」ですら、そうだったのです。それを考えれば、今回の呉敬璉氏の文章は、1989年の「できごと」には全く触れていませんが、中身的には画期的なものだ、と私には思えるのです。

 中国は大きな国ですので、私が期待しているよりも進歩のスピードはゆっくりなのかもしれません。ですけれども、こういうふうに、少しづつ少しづつでもいいから中国が前向きに進んでいくことについては、私は今後とも期待を寄せていきたいと思っています。

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2007年12月 4日 (火)

反腐敗闘争:賄賂の八つの新しい変種

 中国では、党や政府の幹部の腐敗の撲滅が極めて重要な課題となっています。かなり市場経済化されたとは言え、中国では、まだ経済活動の中における許認可や様々な優遇措置の確保、銀行に対する融資の「口利き」などの点で、企業が党や政府の有力者に取り入って「うまく話を付ける」ことの効果が非常に大きいので、党や政府の幹部と企業との癒着が生じやすい体制構造になっているのです。いろいろな腐敗防止のための規則を作ったり、摘発を行って見つかった腐敗幹部を厳罰に処しても、腐敗は一向に減る気配がありません。度重なる腐敗案件の続出は、一般人民からの反発を呼び、政権の基盤を揺るがしかねない大問題として、中央は、今、反腐敗闘争に必死になって取り組んでいます。

 そういったキャンぺーンの一環だと思いますが、ここ数日のネット版人民日報「人民網」の「時政」(時事政治)のページの「反腐敗・清廉化」のページに、最近よく見られる賄賂(わいろ)の八つの「新しい変種」を取り上げていました。こういう記事を掲げたのは、あからさまな金品の授受を避けるような巧妙な賄賂の贈り方が増えてきたからだと思います。明白な金品の授受を伴わなくても贈収賄になりうるのだ、ということをこの記事は言いたいのだと思います。

(参考1)ネット版人民日報「人民網」2007年12月3日アップ
「『性賄賂』がワイロではない、と言われるのはなぜ?」
http://politics.people.com.cn/GB/30178/6605783.html

 この特集記事の中の「『性賄』、『遊賄』!腐敗官僚の八つの賄賂の新変種」と題する署名入りの記事には、以下に掲げる8つの「新変種」の賄賂について説明されています。

(参考2)ネット版人民日報「人民網」の「中国共産党ニュース」2007年12月5日アップ記事
「『性賄』『遊賄』! 腐敗官僚の八つの賄賂の新変種」(筆者:梁江濤)
http://cpc.people.com.cn/GB/64093/64103/5125422.html

※ネット版人民日報「人民網」の「時制」(時事政治)のページは、外国からのアクセスが制限されている可能性があるので、上記のページは日本からは見られないかもしれません。今日(12月4日)現在、中国からは上記のページは見ることができます。

【その1:性賄】

 上に書いてある「性賄」は中国語ですが、訳す必要もないと思います。もし上記のページの中国語の本文を御覧いただけるのであれば「貪官情婦」「『好色貪官』を『金弾』に加えて『肉弾』で攻撃する」といった文字が踊っていることが簡体字にあまり慣れていない方でも見て取れると思います。腐敗官僚の中には「成年男女が恋愛した場合、相手が結婚していれば、それは道徳上の問題ではあるけれども、法律上の問題ではないはずだ。」と居直る人もいるそうです。(参考1)で掲げた方の記事では、片方が一定の公権力を持っている者ならば、これは賄賂に当たる、とビシッと言い切っています。ただ、腐敗容疑で取り調べを受けている高官の95%には「愛人」がいるそうで、こういった傾向はかなり広範に広まっているようです。

 実は、「異性の紹介は賄賂には当たらないはずだ」といった主張は日本でもなされたことがあります。「政治家や高級官僚に女性を紹介する見返りに便宜を図ってもらう」ことが贈賄に当たることは、日本でも昔から(大正時代から)判例として確立しているのですが、戦後になってから、裁判で「女性を収賄側に『贈った』とする検察側の主張は、女性の人権を無視したものであり、基本的人権と男女平等をうたった新憲法に違反する。」と主張する人が現れました。この裁判は結局最高裁まで行きました。最高裁は「女性の人権が無視されたかどうかに関係なく、収賄側は利益を受けたことには変わりはないわけだから贈賄罪は成立する」と判断しました。

(参考3)日本の最高裁判決:昭和36年01月13日最高裁判所第二小法廷
「背任、単純収賄被告事件判決」(事件番号:昭和34(あ)470)(判決:棄却)
判決要旨:異性間の情交は賄賂の目的物となり得る。

※判決の原文をお読みになりたい方は、日本の裁判所のホームページ
http://www.courts.go.jp/
から「裁判例情報」-「最高裁判所判例集」に入って、上記の事件に関する情報を入力して検索してください。

 この最高裁の判断は、当たり前と言えば当たり前ですが、「女性を紹介することは賄賂には当たらない」と居直る人は、日本にもいた、ということです(ただ、同じような議論を21世紀になった今頃やっている中国はいったいどうなっているんだ、ということも言えるわけですが)。

【その2:遊賄】

 これも説明の必要はないと思います。腐敗官僚側にお金を渡すわけではないけれども、国内・国外でいろいろ遊ばせてやって、その見返りに便宜を図ってもらおうというものです。

【その3:雅賄】

 書画骨董の類を贈ることを「雅賄」と言っている人もいるようですが、それでは「金品を贈る」という古典的な賄賂と同じです。ここで言っているのは、酒場や「浴城」(読んで字のごとし)、娯楽センターなどの門に「題字」や何か言葉を書いた「題詞」を書いてもらって、その報酬として多額の金額を支払う、という類のものです。ある四川省の「書記汚職案件」では、収賄側が「私は××市の書道協会の会員の書家である。私が題字・題詞を書いて40万元(約600万円)をもらったのは妥当な額であり、非合法な収入ではない!」と裁判の被告席で弁明したそうです。

【その4:賭賄】

 ギャンブルをやってわざと負けてやる、というものです。古典的と言えば古典的な賄賂かもしれません。ある機関のヒラ職員は、最初、指導者に勝ってしまったのですが、「賢い人」から「指導者とやる時は負けてやらなきゃ」とアドバイスを受けたそうです。それを実行したら、1年ちょっとしたら、その人は課長補佐まで三階級出世したそうです。なお、中国語の文章では「牌友」という言葉が出てきますが、必ずしも麻雀だけを指すわけではありません。トランプや花札のような遊びをやる人もいるそうです。
 
【その5:医賄】

 自分が病気持ちだったり家族に病気持ちの人がいる腐敗官僚のところに高名な医者を呼んできて診てもらう、というもの。治療費やその医者の移動費、医者への謝礼は贈賄側が提供するのです。

【その6:文賄】

 贈賄側が腐敗官僚の悪評を吹き飛ばし、名声を上げるような文章をその地方のメディアに書きまくるもの。メディアが統制されている中国だからこそ効き目がある、と言えるのかもしれません。

【その7:香賄】

 これはちょっと変わった賄賂で、信仰の厚い腐敗官僚に代わって、お寺でお香を焚き、お祈りをしてあげる(お香代や祈祷代を肩代わりしてやる)というもの。今、中国のお寺では、ちょっとしたお線香を焚いたり、仏像の前でお祈りをさせてもらったりするために、相当の額のお賽銭を要求するところがあります。お参りしたいけどお賽銭が高くてできない、と思っている幹部がお参りできるようにしてあげ、その代わりに便宜を図ってもらおうというものです。宗教活動が禁止されていた文化大革命の時代には考えられなかった種類の賄賂ということができます。

【その8:槍賄】

 これも変わった賄賂です。「槍賄」の名は、大将の脇にいて槍を持って戦う兵士(槍手)から来ています。この賄賂には2種類あります。ひとつは、本を書くときに腐敗官僚の名前を前面に押し出して、昇任選考などの際に役に立つようにしたり、腐敗官僚を「専門家」とか「学者タイプの指導者」だと思わせるようにするものです。もうひとつは、腐敗官僚の怨みをはらすのを手伝う、というものです(将軍の脇にいる「槍手」が馬上にいる武将を槍で突き落とすというイメージ)。例えば、ある腐敗官僚の上司である県の共産党書記と県知事のが仲が悪い場合、贈賄側が最初は書記を助けるために県知事の悪事を通報して県知事を失脚させ、それによって腐敗官僚を昇進させておいて、その次に書記の方も追い落として、腐敗官僚の上にいた二つの対立する勢力をその対立を利用して両方とも排除してしまう、というようなやり方です。ここまで行くと、ほとんど「三国志」の世界です。

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 経済活動が活発化し、企業家の力が増してくると、こうした企業家と党・政府の幹部との癒着が増えてきます。「反腐敗闘争」は、改革開放が始まって以来、というよりは、中国の歴史が始まって以来続いている闘争だと思います。中国では、歴代王朝が、その支配の末期に政治機構の末端が腐敗し、それによって民心が離れ、農民の反乱が起きて王朝が倒れる、というパターンが繰り返されてきました。中国共産党はそのことを一番よく知っています。清朝政府を打倒しながら、政治機構の腐敗を一掃しきれなかった国民党による支配に対して反抗し、農民の支持を得て政権を獲得したのが中国共産党自身だからです。「腐敗」が政権の維持のために最もマイナスであることを知っているからこそ、長くて厳しい「反腐敗闘争」に必死に挑んでいるのです。

 ただ、「選挙による住民からの政府のチェック」と「マスコミや市民団体による政府の監視」にフタをしたまま「反腐敗闘争」を続けることは、結局は「モグラ叩き」に終わってしまうと私は思います。今回の「賄賂の八つの新変種」という記事は、賄賂が巧妙化してきているけれども、そういった新しいタイプの賄賂も決して許さない、という決意の表れだとは思いますが、多くの人民は、こういう「決意」を人民日報の上でいくら表明されても納得しないと思います。やはり、早い時点で「経済活動の中における『癒着』の比重を低くすることと(「癒着するメリット」よりも「癒着が露呈することによるデメリットのリスク」の方を大きくすること)」を実現するとともに、「選挙によるチェック」「マスコミや市民団体による監視」の力を利用するシステムを導入しないと、今までの中国の歴代王朝が歩んできた道と同じ道を歩むことになってしまうと私は思います。

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2007年12月 2日 (日)

「中国式計画病」政策決定の大修理はいつ?

 11月19日、ネット版人民日報「人民網」のページに「『中国式計画病』にスポットを当てる:政策決定過程の『大修理』はいつになったらできるのか?」と題するルポルタージュ記事が掲載されました。

(参考)ネット版人民日報「人民網」の「時政」(時事政治)のページ
「『中国式計画病』にスポットを当てる:政策決定過程の『大修理』はいつになったらできるのか?」
http://politics.people.com.cn/GB/30178/6573279.html

※「人民網」のページの「時政」(時事政治)のページは、現在、外国からのアクセスはできないように制限が掛かっている模様ですので、日本からは上記のページは開けないかもしれません。今日(12月2日)現在、中国国内では見ることができます。

 この記事は、「人民網」と週刊の経済誌「中国経済週刊(中国語では「中国経済周刊」)が共同して書いた記事のようです。このルポルタージュ記事の冒頭に掲げられている「ポイント」は、次のような言葉で始まっています。

「『鶴の一声』で数十億元。前の指導者がいなくなったら、新しい指導者がまた新しい都市計画を出してきた。納税者のお金はどのように使われるのか。計画に伴って土地を失った農民の問題はどうなる?住民移転の問題と腐敗の問題はどうやって解決するのか?・・・解決策はただひとつ。公権力を制限し、公共の福祉のために責任を追及し、自由な市場のために権限を制限することだ。」

 この書き出しは、人民日報社が運営するページに掲げられた記事とは思えない内容で、現在の中国社会が抱える問題点を鋭く指摘したものとして注目に値すると思います。「中国式計画病」という記事のタイトルも「告発調」であり、記事を書いた記者の問題意識が窺えます。

 この記事では、下記の三つの事例に対して、記者が現地に行って取材したルポルタージュが記されています(下記のうち、例えば瀋陽に取材にいったのが今年8月とのことですので、この記事はかなり長期間にわたって綿密に取材された結果書かれたものと推察されます)。

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【遼寧省瀋陽市の例】

 瀋陽市の渾南市場というところは、建設用地の費用として23億元(約345億円)を掛けて開発が行われ、5つの大きなビルができているのに、そのままの形で放置されて既に8年になっている。前の指導者が農地を農民から買収して始めたプロジェクトだが、予想に反して価格が高騰し、テナントが入らず、投資資金が回収できなくなっているからである。投資資金が回収できないため、土地を提供した農民たちに対する補償金の支払いが滞っている。農民たちは「上訪活動」(北京に対して救済を求める陳情活動)を行っているが問題は解決していない。この渾南市場を計画した指導者は汚職で逮捕されたが、その後着任した指導者は北の方に別の新しい開発プロジェクトを始め、渾南市場は放置されたままになっている。

【北京市大興区の例】

 北京市の大興区には、様々な開発区があり、その数は100個に上っていた。あまりに多くの開発区が乱立したことから、開発区の整理が行われ、その数は3つに減らされた。しかし、例えばこれまで「大興区魏善庄鎮工業区」と呼ばれていた開発区は「大興工業開発区龍海園」と名称が変更され、大きな開発区の一部の「園」として扱われるようになっただけであるなど、実態は何も変わっていないことがわかった。また、新しい指導者が着任すると、「開発区」の数は増やすことができないことから、今度は例えば「大興生物医薬基地」といった「基地」が作られるようになった。「基地」は「開発区」では認められていない商業用地としての利用も可能である。また、許可を得る機関も「開発区」より上の機関であるので、大興区では上部機関の許可を取って「基地」の開発を進めている。

【広東省深セン市の例】(「セン」は「土」へんに「川」)

 広東省深セン市では、経済発展に伴って、次々に大きな道路が作られた。だが、その一部は、建設されてから8年~10年たったところで「使用期限が来た」として大幅な改修が行われるなど、何回も大幅な改良工事が行われている。ある場所では、コンクリート舗装では破損が激しいとして、歩道の部分に対して花崗岩による補修が行われた。しかし、花崗岩の歩道は雨が降ると滑りやすい、として不評だったため、今度は滑り防止措置を施した花崗岩敷石に交換された。市民からは「浪費だ」との声が上がっている。

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 この深セン市の例の記事の最後は次のような言葉で締めくくられています。 

「西側諸国では、公共的政策は、提案された後、議会で討論され、その政策を進めるかどうか、進めるとした場合どの程度の予算を使うのか、何回も公聴会が開かれてから、予算が決定される。我が国では、道路補修のような市民の利益に直結する公共的事業に対して、ただ政府のみがその権限を担うことになっており、市民が十分にそれに参与する仕組みになっていない。」

 このルポルタージュ記事は、「人民日報」のページに載っているのですから、「ありもしないことを吹聴している」ということではなく、中国の地方政府の行政のあり方を正直にレポートしたものだと考えてよいと思います。

 中国の地方政府における無秩序な土地開発や公共工事の乱発の背景には以下の留意点を挙げることができます。

○中国では土地は公有であり、私有は認められてないため、土地を売買する自由市場というのは存在しない。そのため、農地を農民から収容する際に支払う補償金の金額を決める土地の評価額は、ほとんど政府が勝手に決められると言ってよい(このため、補償金の額が安すぎる、として立ち退きを迫られる農民等と開発業者とのトラブルが絶えない)。

○(少なくとも今まで沿岸部などの条件のよい地域では)土地を開発すれば、そこに人件費の安い中国での生産を見込んだ外国企業等が進出して来るので、土地開発を行う地方政府は手っ取り早く収入増が図れる。工場誘致がうまく行けば、GDPも上がり、その地方の指導者は中央からの評価が上がる。

○公共事業を行えば失業対策になり余剰労働力の問題が解決できるほか、直接的にGDPアップに寄与することができる。

○人民元レートの値上がりを予想して、外資がどんどん流入している一方、中国人民銀行は人民元レートを急激に上昇させないように外貨を買い支えているため、市場に人民元資金があふれ出している(過剰流動性問題)。このため、地方政府や土地開発業者は、銀行から容易にお金を借りられるし、銀行側も土地開発のための貸し出しを増やしたがる。

※中国人民銀行が人民元レートを上昇させないようにしているのは、人民元レートの上昇により輸出が減少して輸出に依存している現在の中国の経済成長にブレーキが掛かることを避けるためと、外国の安い農産品の輸入の増加により農民が打撃を受けることを避けるためである。

○土地開発や公共事業を許可する権限を持っているのは政府であり、中国の銀行は全て国有であるので、地方政府、土地開発業者や建設業者、銀行の3社が「ぐる」になれば土地開発や公共事業はいくらでもできる(予算をチェックする「地方議会」が存在しないので)。しかも、上記のように地方政府と銀行の利害は一致しているし、土地開発業者・建設業者は土地開発や公共事業が進めば進むほど儲かるわけなので、この3者は自然と「ぐる」になる。この構図に中央政府が「待った」を掛ける制度的手段がない(地方政府と銀行幹部の人事権は中央が握っているが、人事権だけでは個々の活動をコントロールすることには限界がある)。

○今までは土地を取られた農民等が裁判所へ訴える際に根拠となる法律がなかった(この点については「物権法」が2007年10月1日から施行になったので、土地収容を巡る裁判は、これから頻発するのではないかと思われる。ただし、中国の場合、特に地方の裁判所は地方の政府と独立していないので、裁判所が地方政府の乱脈ぶりをチェックする機能を果たせるかどうかは疑問である)。

 上記のような背景に基づく地方政府による無秩序な土地開発や公共事業の乱発は、市場原理に基づかない状態で爆発的に進められているところに極めて重大な危うさをはらんでいます。「土地を開発すれば、外国企業がどんどん投資して工場を建ててくれるはずだ」「中央政府は北京オリンピックや上海万博のために公共工事をどんどん進めるはずだ」「土地開発や公共事業が止まれば農民工は職を失い社会的不安定をもたらすから、党・中央も本気で土地開発や公共事業を止めようなどとは思っていないはずだ」こういった「思惑」によって土地やインフラ設備の実際の需用とは全く関係なく土地の開発や公共事業が進められているからです。

 道路などのインフラ整備は、社会資本として残るのでまだよいとしても、行きすぎた土地開発は、膨大な不良債権を銀行に残すおそれがあります。正確な統計がないので私にもわかりませんが、地方政府による土地の乱開発は、既に中央がコントロール可能なレベルをはるかに超えてしまっているのではないか、と私は危惧しています。私も実際にいくつかの工業開発区を見学させてもらいましたが、それらの工業開発区の広さはとんでもなく広大なものであり、こられの工業開発区の全てに工場が建ち並ぶとは直感的にはとても考えられないからです。

 この点については、中国共産党中央も、たぶん同じような危惧を持っているのでないかと思います。人民日報のページに、このブログで紹介したような激しい告発調のルポルタージュ記事が掲載されたことが、それを表していると思います。経済における市場原理、政治における自由選挙制度、マスコミや市民団体によるチェックという三つのフィードバック機能(行きすぎにブレーキを掛ける機能)が弱い中国において、この地方政府による爆発的な土地開発や公共事業の乱発にブレーキを掛けるのは至難の業です。今回紹介した記事をきっかけにして、地方政府の幹部や銀行の幹部が党中央と危機感を共有して、少しでも軟着陸へ向けた努力に協力するようになって欲しいと私は切に思っています。

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2007年12月 1日 (土)

知らないうちに終わっていた「選挙」

 11月30日付けの「新京報」によると、次期(第13期)の北京市人民代表771名が11月29日に決まったのだそうです。

(参考1)「新京報」2007年11月30日付け記事
「北京、次期人民代表を選出」
http://www.thebeijingnews.com/news/beijing/2007/11-30/011@073141.htm

 中国の国会にあたる「全国人民代表大会」の議員(全国人民代表)は、例えば北京市で選出する人民代表の場合は次のような順番で決まっていきます。

1.北京市内にある区や県(中国の「県」は、北京のような直轄市や省・自治区の中にある小さな地方行政単位)の人民代表(議員)がそこの住民によって選出される。まず各政党と人民団体から推薦された人、代表(議員)10名以上の連名で推薦された人の中から候補者名簿を作り、その候補者に対して住民(有権者)が投票して区・県レベルの人民代表を選出する。選挙を管理する「主席団」が候補者に関する検討のための文書を送付した後、投票を行う。検討の期間は少なくとも2日間とする。

2.北京市内の区や県のレベルの人民代表が北京市の人民代表を選出する。選挙が終わった後、北京市人民代表大会常務委員会資格審査委員会が選挙で当選した人の資格審査を行う。この資格審査に合格すると正式に北京市の人民代表となることが決まる(ちなみに今回の北京市人民代表選挙では、選挙で選ばれた人は全て資格審査委員会では合格だった、とのことです)。

※上記の選挙においては差額選挙を行う(「額」は中国語で「定数」の意味で、当選予定者より候補者の数が多い選挙を「差額選挙」という)。候補者の数は、当選定員の20%以上、50%以下とするように、と規定されている。

3.各省・直轄市(北京、上海、天津、重慶)・各自治区の人民代表により全国人民代表(国会議員)が選出される。

 人民代表の任期は5年間です。2008年から新しい期(全国人民代表の場合は第11期:歴史的経緯のせいで北京市人民代表と期数が異なる)の人民代表の任期に入るので、今はその選挙プロセス中、というわけです。北京市の場合は、11月29日に上記の「2」の段階まで終わった、ということです。

 それにしても5年に一度の国会議員選挙プロセスが行われている最中なのですが、不覚ながら、私は、昨日(11月29日)の「新京報」を見るまで、こういった選挙が行われつつあることを全く知りませんでした。10月の共産党大会の後、来年1月には新しい全国人民代表が決まる、というスケジュールは知っていたのですが、具体的にいつ投票が行われ、いつ各地区の人民代表が決まるのかは知りませんでした。今回「北京市の人民代表が決まった」という新聞記事を見て、「ああ、実は既に選挙プロセスは始まっていて、住民による投票の部分は既に終わっていたのだ」と初めて知ったのです。だから、誰が立候補していて、投票率が何%で、誰が何票取って当選したのか、などは全く知りません。そもそも、区や県レベルの人民代表が何人いるのかも知りません。

 もちろん私は中国では有権者ではありませんので、選挙に関する通知等は一切送られてこないので、知らなくても仕方がないのですが、この選挙の過程について、北京市の人民代表が決まったことが報道されるまで、新聞では人民代表の選挙プロセスが進行中であること自体、全く報道されなかったようです。私は毎日複数の新聞やネットのニュースに目を通しているので、私が「見落とした」のではなく、実際に報道されていなかったのだと思います。選挙が行われたのですが、街に選挙ポスターが貼られるわけでもなく、選挙カーが行き交ったわけでもありません。共産党大会が開かれていた時に街中に「熱烈祝賀第17回中国共産党全国代表大会勝利開催」という紅地に白抜きの横断幕があふれていたのとは大違いです。

 10月の共産党大会で、胡錦濤総書記が「民主化、民主化」とかなり強調していたので、選挙過程についても何か新しい試みをやるのかなぁ、と思っていたのですが、全く新しい試みは行われず、選挙制度や報道のされ方については、全く旧態依然としたものであることがわかりました。

(参考2)このブログの2007年10月19日付け記事
「党大会後の民主化の具体化はどうなる?」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/10/post_7250.html

 実は私は20年前(1987年)の「第7期」の全国人民代表選挙の時期にも北京にいました。当時も新聞等では選挙の過程については報道されませんでしたが、街中の胡同(小さな路地)を歩くと「選挙は人民の貴重な権利です。棄権しないようにしましょう。」などという紙が張ってあったりしたので、「ああ、選挙をやっているのだ」と気が付きました。今、北京の街はビル街になってしまい、私自身、胡同をぶらぶら歩く機会もなくなってしまったので、今回は、選挙をやっているのを全く知らずにいたようです。

 この20年間、選挙制度で改革があったとすれば、「差額選挙」(当選定員より多い候補者を立てる選挙)が導入されたことでしょうか。以前は、候補者数は当選定員と同数で、「選挙」とは信任投票のことだったのです。今は、定員より候補者が多いので、得票が多くなければ落選するので「一応」選挙戦はある格好になります。「一応」と書いたのは、上の選挙プロセスに書いたように、立候補の段階で、政党や団体や現職議員の推薦がないと立候補できないので、普通の意味での「選挙戦」とは言えないからです。選挙が終わった後で、資格審査委員会による審査がある、というのも、「普通の国の選挙」とは異なるところです。もし、資格審査をやるのだったら、立候補の段階でやるべきで、選挙が終わった後で当選者に対する資格審査をやることになっているこの制度では、選挙の有権者よりも資格審査委員会の方が強い権限を持つことになってしまいます。

 実は、私は、北京オリンピックの開催が、選挙制度改革のひとつのきっかけになるのではないか、と密かに期待していたのです。韓国の場合がそうだったからです。1980年の軍事クーデターによって大統領になったチョン・ドゥファン(全斗煥)氏は、1988年のソウル・オリンピックを花道として退陣することを宣言し、実際、1988年以降の韓国の大統領は国民による自由選挙によって選ばれるようになりました。

 中国の場合は、いっぺんに全てのレベルの選挙を完全に自由選挙にすることは難しいだろう、と私も思っていましたが、例えば、県のような地方レベルの人民代表の選挙において部分自由選挙(例えば、議員の半数は中国共産党の推薦により決定し、残りの半分の議員は自由立候補による選挙で決定する、など)が行われるようになるのではないか、と期待していたのです。部分自由選挙ならば、「中国共産党による指導」という憲法に規定された大原則からはずれることなく、自由選挙を通じて、住民による地方政府に対するチェック機能が発揮できるからです。

 中国では、経済の分野では、例えば国有企業が株式を発行し、3分の2の株は国有として公有の部分を残し、残りの3分の1を株式市場に上場して市場経済にさらすことによって国有企業の活性化を図る試みを実施しています。ですから、政治の分野でも同じような「知恵」を働かすことは可能だだろう、と思ったのです。もちろん反対する勢力もあると思うのですが、北京オリンピックという世界が注目するイベントを利用して、反対勢力の動きを封じ込めることもできるのではないか、と思っていたのです。

 地方政府の腐敗に対しては、きちんとしたチェック機構を働かさなければならない、そのためには政治体制の民主化が大事だ、ということは多くの人々はわかっています。この10月の党大会で胡錦濤総書記の報告の中に「民主化」とうい言葉が何回も出てきたことでわかるように、党中央も同じ認識を持っているのだと思います。だから、私は、今回(第11期)の全国人民代表選挙で何らかの改革が行われるのではないか、と期待していたのです。

(参考3)このブログの2007年5月30日付け記事
「中国の新聞に『根本は政治体制改革』との社説」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/05/post_f50b.html

 上記(参考1)に掲げた11月30日付けの「新京報」の記事によると、今回当選した第13期の北京市の771名の人民代表のうち、60.57%の476人が共産党員だそうです(約13億人の中国人民のうち共産党員は7,336万人(2007年6月現在))。第13期の人民代表では、弁護士の数が増えるなど時代の流れを反映した部分もあるが、党や政府機関の幹部が人民代表の36.19%(279人)で、現在の第12期の35.5%(263人)より増えている、と「新京報」の記事では指摘しています。政府機関の幹部が人民代表の中に占める割合が多いと、人民代表大会が政府機関のチェック機構として力を発揮できない、という指摘がこれまで新聞紙上などでなされてきましたが、この点については、少なくとも北京に関しては全く改善されていない、ということになります。

(参考4)このブログの2007年8月16日付け記事
「地方の工事は人民代表が決めるという実験」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/08/post_5988.html

 また、今日(12月1日)付けの「新京報」によると、11月30日、北京市長の交代も決まった、とのことです。

(参考5)「新京報」2007年12月1日付け記事
「郭金龍氏が北京市長代理に」
http://www.thebeijingnews.com/news/beijing/2007/12-01/021@071741.htm

 郭金龍氏は、中国共産党安徽省党委員会書記です。これまでチベット自治区書記や四川省副書記を歴任してきた人で、地元北京の人ではありません。

 北京市長も市民の選挙によって決まるのではないのです。形式上、北京市の人民代表大会が選ぶ北京市人民代表大会常務委員会(54名)の議決に基づき、中央政府が任命するのですが、実質上は、中国共産党の中央が任命します(今日の段階では、最終的な中央からの任命がまだなので、郭金龍氏は、まだ「市長代理」なのです)。前回に私が駐在員として北京に赴任した直後の1986年12月、政府幹部の腐敗反対のデモを起こした上海の学生たちは「私たちの街・上海の市長をなぜ私たち自身が選べないのか」と主張していた、と伝えられたのを覚えています。21年たった今でも、地方政府のトップを住民が決められない、という点については全く進歩していないのです。

 中国の行政単位は、大きい方から、国レベル-省・直轄市・自治区レベル-市レベル-県レベル-郷・鎮レベル-村レベルとなります。1990年頃から、村レベルのトップについては複数立候補による自由選挙が行われていますが、それ以外は、選挙ではなく、上の機関からの任命によって決まる、という制度が変わらずに続いています。地方政府のトップを上部機関が任命する制度では、住民が地方政府が腐敗に走るのをチェックできず、腐敗がなかなか根絶できない、と多くの人が認識しているのですが、地方の各レベルの既得権益を持ったグループが抵抗勢力となっているため、改革がなかなか進まないのだと思います。

 中国において、国会議員(全国人民代表)の選び方や地方政府のトップの決め方は今後変わるのでしょうか。急激な自由選挙の導入は政治的な不安定をもたらす可能性がある、という懸念については私も同意します。しかし、一方、中国の多くの人々は住民による自由選挙のような地方政府のチェック機構を導入しないと、地方政府の腐敗による経済的・政治的混乱のリスクの方が日に日に大きくなっていくのではないか、という懸念も同時に持っていると思います。自由な選挙を導入することによるリスクと、導入しないことによるリスクと、どちらが大きいと見るか、という問題ですが、私は、後者のリスクが前者のリスクを凌駕する日は遠くないと思います。

 今回の選挙では「何も変わらなかった」ことを知って、正直のところ、私はかなりがっかりしています。北京オリンピックを前にした今回の人民代表の改選選挙が大きなチャンスで、このチャンスを逃すと今後はますます改革のハードルが高くなる、と思っていたからです。次の全国人民代表大会の選挙は5年後ですが、それまでには何かが変わるのでしょうか。次の全国人民代表大会の選挙までに「選挙制度を改革しないことによるリスク」が「改革することによるリスク」を上回ることになるのではないか、という現在の私の懸念が杞憂になることを願うほかはないと思います。

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