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2007年11月23日 (金)

江西省の農民工呼び戻し作戦

 今日(11月23日)付けの北京の大衆紙「新京報」によると、広州などを中心として広く読まれている週刊紙「南方周末」(日本語表記は「南方週末」)で、江西省で563万人の出稼ぎ労働者に故郷に帰るよう呼びかけを強めていることが報道されている、とのことでした。ネットで検索してみると、下記の記事が見つかりました。

(参考)「南方周末」のページに2007年11月22日にアップされた記事
「全省総動員で労働力不足を解消へ」
http://www.nanfangdaily.com.cn/zm/20071122/jj/200711220037.asp

 江西省は上海の南西にある浙江省の西、台湾の対岸にある福建省の西にある内陸の省です。海に面しておらず、揚子江の海運を利用できない省内の多くの地域では外国と船で直接貿易することができないため、中国の経済発展の中では取り残され気味の省です(「経済統計年鑑2005」によると、江西省の2005年の一人当たりGDPの値は、31ある中国の省・直轄市・自治区の中で22番目です)。そのため、多くの農民が隣の浙江省や上海、あるいは南の広東省などに出稼ぎに行っています(いわゆる「農民工」)。その一方で、江西省の中にも工業開発区が作られ多くの企業が誘致されているのですが、働き手の多くが沿岸地域に出稼ぎに行っているため、江西省内の企業ではむしろ労働力不足が発生している、とのことです。そのため、省政府では、あの手この手で、出稼ぎに行っている農民工たちを故郷の江西省に戻って就職するよう「呼び戻し作戦」を展開している、とのことです。

 江西省出身の農民工たちが故郷に戻って来ない理由は、江西省内の企業の賃金が安いからです。ある江西省の工業開発区に立地した企業では、月給が1,000元(約15,000円)に満たず、沿岸地域の経済発達が進んだ地域より30%以上賃金が安いほか、多くの企業では社会保障が提供できていない、とのことです。江西省内の地方政府は、立地した企業に対して、もっと賃金を上げるように要請しているのですが、企業側は「江西省に工場を立地したのは、ここが賃金が安いと聞いたからだ。」と主張して、地方政府の要請にはなかなか応える動きを見せず、地方政府は対応に苦慮している、とのことです。

 この現象は、沿岸地域における労働賃金が上昇し、江西省のような「沿岸部から一歩中に入った地域」においても、既に安い賃金で働いてくれる労働者が不足してきている(一定以上の賃金を支払わないと人が集まらない)状態になってきていることを示しています。一方、一人っ子政策の影響で、江西省でもこどもの数は減少傾向にあり、将来はこの労働力不足がもっと深刻になるおそれがあるとのことです。

 こうした状況に対し、今日(11月23日)付けの「新京報」は、社説で「労働者の権益を保障することによって『出稼ぎ者が故郷へ帰る』ような吸引策を採るべきだ」と述べています。

(参考2)「新京報」2007年11月23日付け社説
「労働者の権益を保障することによって『出稼ぎ者が故郷へ帰る』ような吸引策を採るべきだ」
http://www.thebeijingnews.com/comment/shelun/2007/11-23/018@080822.htm

 この社説では、この江西省のような労働力不足現象は、中国の産業が沿岸部から内陸部へ拡大し、沿岸部の経済が低賃金労働力集約型製造業から金融サービスやハイテク産業へ変化する過程での一種の「陣痛」である、と分析しています。また、この社説では、中国が今まで謳歌してきた「人口メリット」(人口が多いことに起因する有利さ)が意外に早く終末を迎える可能性があるかもしれない、とも指摘しています。そして、この社説では、最後に、地方政府は、よりよい労働条件を整え、労働者の権益をさらにきちんと保障することによってこそ、激烈な競争の中で勝ち残ることができるのだ、と結論付けています。

 この江西省の例は、現在の中国経済が置かれている状況を非常に象徴的に表していると思います。「中国は13億人を超える人口を抱え、極めて安い賃金で働いてくれる優秀な労働者は内陸部にいくらでもいる」といったイメージは、中国の経済発展に伴う全体的な賃金の上昇に伴い、次第に幻想に近いものになってきているのではないでしょうか。

 江西省は浙江省や福建省など海に面した省の隣の省で、いわば海から見れば「第二線」の省ですが、中国には、さらに内陸部に大量の人口を抱える省があるので、江西省では安い労働力が少なくなったというのであれば、さらに内陸部から出稼ぎに出てきてもらえばよい、という考え方もあります。しかし、ここでは、既に中国の国内において「安い労働力の奪い合い」が起きつつあり、必然的に労働コストは徐々に上がり始めていることに注目すべきでしょう。一方で、今年(2007年)の大学卒業生495万人のうち140万人が9月1日(中国の次の年度の新学期の開始日)時点で就職できていない、など、労働力の供給と需要にミスマッチが目立ってきています。このことは、比較的高い学歴の労働力を必要とする金融業などのサービス業やハイテク産業などが、今の中国ではまだ十分には育ってきていないことを示していると思います。

 現在も続いている年率11%の高い経済成長は、次の時代の産業の基盤となる工業開発区や建物に対する投資に支えられています。もし、従来型の「安い労働力集約型製造業」の企業の中国での立地のスピードが鈍り、次の世代のサービス産業型あるいはハイテク産業型の企業の育成が遅れて、「産業構造変化の一時的エアポケット状態」が生じると、これまで行われてきた急激な投資資金の回収が不可能になる事態も考えられます。中国の経済成長と産業構造の変化は、あまりに急速過ぎたため、次の世代の産業の育成が間に合っておらず、「継ぎ目のない新しい産業構造への移行」が難しいのではないか、というのが私の危惧しているところです。私には、中国では、既に、「労働集約産業中心型」の時代が終わり、次の時代の新しい産業がまだ立ち上がっていない、という「継ぎ目の空白の時代」(エアポケットの時代)が始まっているような気がしてならないのです。

 上記の「南方周末」が伝え、「新京報」が社説で分析している江西省における労働力不足の問題は、そういった「エアポケットの時代」の始まりを象徴するできごとのひとつなのではないか、と私は考えたので、今日のブログで紹介させていただきました。私としては、中国がこの「エアポケット」に突っ込んで、乗っている乗客がケガをするようなことにならなければよいが、と願っています。

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