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2007年11月12日 (月)

日本と比べて中国の教育を見てみると

 11月8日付けの「新京報」の論評の欄に「日本と比べてもう一度我が国の教育をじっくり見直してみよう」と題する文章が載っていました。

(参考1)「新京報」2007年11月8日付け論評
「日本と比べてもう一度我が国の教育をじっくり見直してみよう」(王錦思)
http://www.thebeijingnews.com/comment/zonghe/1044/2007/11-08/014@073854.htm

 筆者は中国日本史学会会員の王錦思氏という方です。日本のNPOや企業の中には、中国の貧しい地区の小学校を支援する活動をしているグループがいますが、先日「南方都市報」という新聞に、こういった日本の支援者が安徽省のある貧困地区を訪れたとき、政府の庁舎は立派なのに、農村の小学校は一校に改善されない、それどころか小学校を取り壊して政府の庁舎を作ったために、児童らは古い校舎で勉強せざるを得ない状況だった、という話が報道されていたとのことです。上記の評論文の筆者は、この報道に対し、ポイントとして次のような指摘をしています。

○GDP世界第三位にまでなった中国において、教育経費が十分に充足されていない実態については、我々は考え直さなければならない。

○ここ百年以上にわたる日中関係の間には、恩義も怨みもあるが、教育の問題は動かざる大山のごとく、両国の存亡に係わってきた。日清戦争時代の清の進歩派官僚・康有為は、日清戦争での敗北は、清朝政府が教育を重視していなかったからだ、と言っている。

○よく中国は人口が多くて日本のように教育にお金を投入できない、と言う人がいるが、明治維新の頃や戦後直後は、日本は中国の現在の状況よりも貧しかったけれども現在の中国よりはるかに多くの割合のお金を教育に投入していた。

○日本は1886年に近代学校制度を確立して4年制の義務教育を普及させ、1907年には世界に先駆けて6年制の義務教育を普及させた。戦後の1949年には9年制の無償の義務教育を開始した。

○新中国成立以来、中国の教育は著しく進歩し、識字率は大幅に向上したが、中国にはまだ多くの問題が残っている。多くの農村では、地域で最も貧弱な建物は学校であり、最も立派な建物は政府の庁舎である。日本の農村では、最も立派な建物は学校であり、自然災害が発生した時、村民は自然と学校に避難して集まってくる。

○(南方都市報の報道にあるような)日本の友人の善意が我々に気付かさせてくれたことについて、我々は深く考える必要がある。

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 王錦思氏の指摘のように、明治維新以降、日本が教育を非常に重要視してきたことは事実だと思いますが、以下の点も考慮する必要があると思います。

○日本政府の戦後の教育に対する取り組みに対しては、例えば、学校給食に対する進駐軍からの脱脂粉乳の提供など、アメリカの強力なバックアップがあった。

○新中国成立以前は、列強各国による半植民地支配、抗日戦争、国民党との間での内戦を通じ、多くの一般庶民に対して十分な教育がなされていなかったのだが、現在の中国は、そういった状況から出発して、現在は、新中国成立前に成人していた高齢者も含めた数字としての識字率が90%、高校進学率59.2%、大学進学率約22%(いずれも2006年の数字)に達している。これは新中国成立以降の中国の教育への力の入れ方が並々ならぬものであったことを示している(13億人の人口を抱えている中国におけるこれらの数字は、むしろ驚異的なものである、と私は思っています)。

 中国における問題の根元は、一部の地方政府が教育にお金を回さずに資金を浪費していることにあります。

(参考2)このブログの2007年7月14日付け記事
「『富める政府』『貧しい庶民』」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/07/post_25a6.html

(参考3)このブログの2007年8月15日付け記事
「昼間の接待酒をやめたら半年で4300万元浮いた」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/08/4300_27f3.html

 王錦思氏が指摘している問題点は、中国において政策として教育を重要視していないのではなく、中国の地方政府がやるべきことをやっていない、ということが問題なのだと思います(結果的には同じことですが)。

 中国の多くの人の日本に対する感覚は、王錦思氏が文章の中で書いているように「恩義もあるし怨みもある」という認識が基本だと思います。戦争の時に日本が中国においてしたこととともに、孫文や魯迅など中国の近代化を推し進めた人々が日本で学んでいた、ということも中国の人々はよく知っているからです。そのためか、中国が抱える様々な問題に関して、日本はよく比較の対象とされます。特に19世紀後半の日中の歩みの違いは、なぜこの間に日中の国力の差が逆転してしまったのか、という点で、中国の人々に深刻な問題提起をしています。背景には「なぜ世界の大国である中国が、日本のような小さな国に負けてしまったのか」といった自負心の裏返しの感情があるのだと思いますが、こういった感情は、よい意味でのライバル意識と捉えれば、悪いことではない、と私は思っています。

 上記の評論の筆者の王錦思氏は、中国の日本史学会会員ですので、中国の中でも「知日派」の方だと思います。いわゆる「知日派」と呼ばれる人々以外でも、中国では、多くの人が日本が経てきたいろいろな経験についてよく勉強して知っています。日中間の問題を考える場合には、中国にとって、日本は、よい意味でも悪い意味でも、そういったいろいろな経験を教えてくれる存在でもあることを念頭に置いておく必要があると思います。

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