« 中国の弁護士法改正 | トップページ | 北京大学の「三角地」掲示板の行方 »

2007年11月 1日 (木)

私営企業家の参政意欲は警戒すべきか

 今日(11月1日)付けの北京の大衆紙「新京報」の「一家言」と題する評論の欄に「『私営企業家』の『参政熱』は警戒すべきものではない」と題する北京の公務員の人が書いた文章が載っていました。

(参考)「新京報」2007年11月1日付け評論
「『私営企業家』の『参政熱』は警戒すべきものではない」
http://www.thebeijingnews.com/comment/zonghe/1044/2007/11-01/011@080111.htm

 この文章のポイントは以下のとおりです。

○最近出版された「1993-2006中国私営企業大型調査」という本の中にある最近の調査によると、私営企業家のうち28.8%の人が「『人民代表』または『政治協商会議委員』になりたい」と認識している、とのことである。

(このブログの筆者注)「人民代表」は「全国人民代表大会」の委員(またはそれを選ぶ選挙人)のことで、日本でいう国会議員にあたる。「政治協商会議」は、毎年「全国人民代表大会」と並行して開催される会議で、共産党ではない政党の代表や各種業界の代表者で構成されており、法律や政策決定に対して意見を述べることができる。「政治協商会議」は、「全国人民代表大会」とは異なり、意見は言えるが、法律や政策決定の決定権はない。

○この傾向に対して、「私営企業家が『人民代表』や『政治協商会議委員』といった『紅帽子』をかぶるようになる(法律や政策の決定に参与するようになる)と、自分の企業に都合のよい法律や政策ばかりを作るようになるので警戒すべきだ、という意見が出ている。

○しかし、行政による許認可、経済資源の分配、入札などにおいて、その透明性を高めれば、法律の執行や行政行為が特定の企業を優遇することのないようにすることは可能である。「人民代表」や「政治協商会議委員」は一種の「公器」であり、「人民代表」や「政治協商会議委員」が集まって協議することにより、立法や政策決定の過程で、民意が反映され、特定の階層や特定の集団の局部的利益と国家全体、社会全体の利益とが調整されることになる。これはまさに「国民が秩序立って政治に参加すること」の本来持つべき意義そのものである。

○どの階層でも、政治に参加したい、という意欲は本質的に同様に扱われ、政治的権利が行使できるようにならなければならない。従って、我々は、私営企業家の「政治参加熱」を色眼鏡で見てはいけないのであって、これを警戒するべきものではない。

 中国においては、市場経済が発達するにつれて、私営企業の経済に占める役割も大きくなってきています。経済力の増大に連れて、当然のことながら私営企業家の政治に対する要求も強くなります。上記の評論は、こうした私営企業家の政治に対する発言意欲の増大は当然のことであり、それを警戒して排除することはせず、冷静に受け止めるべきである、と主張しているのです。

 この評論は、無産階級(労働者や農民)と資産階級(企業経営者)との階級闘争の中において中国共産党の指導によって進められてきた旧来の中国の政治運営とは大きく異なる現在の中国の政治状況を明確に表現しています。そもそも中国共産党は無産階級の党であり、もともとは資産階級による政治支配を打倒しよう、というところからスタートしてきました。しかし、現在、私営企業家が経済の中で大きな位置を占め、中国共産党としても、労働者・農民と企業家とが調和(和諧)しながら社会を発展させていく、という方向を打ち出している以上、私営企業家の政治に対する発言を抑圧することはできません。

 2002年の前回(第16回)の中国共産党大会において江沢民総書記(当時)が打ち出した「三つの代表」論は、それを的確に表現しています。「三つの代表」とは、中国共産党は(1)中国の先進的な生産力の発展の要求を代表し、(2)中国の先進的な文化の進む方向を代表し、(3)中国の最も広範な人民の利益を代表する、という考え方です。オブラートに包んでありますが、ポイントは第三の点です。この第3点でいう「広範な人民の利益を代表する」とは、無産階級だけではなく、知識階級、企業家なども含めて、幅広い人民の利益を代表する、という意味です。従って、2002年の時点で、既に中国共産党は「無産階級の党」(古い言葉でいうと「プロレタリア独裁の党」)ではなくなった、と言えます。

 上記の「新京報」の論評は、この現在の中国共産党の「三つの代表」論の路線上に沿った主張です。ただ、こういった論評が新聞に載ること自体、まだ「社会主義の国である中国で、私営企業家が政治的発言力を増すのは抑制しなければならない」という声があることを示しているのだと思います。こういった声は、「私営企業家はただでさえ経済面で支配的な影響力があるのに、それに加えて政治的な力も与えたら、労働者や農民は虐げられてしまうおそれがある。」という懸念から発せられているものと思われます。ここの部分は、そもそもマルクス、エンゲルスが社会主義を始めた出発点でもあり、最も根元的な問題点です。

 結局は、最終的には、私営企業家にしろ、労働者、農民にしろ、それぞれの集団の利益を代表する者としての「人民代表」や「政治協商会議委員」を選ぶ際、どのような者を候補者にし、どのような方法で選ぶのか、という選挙制度の問題に行き着きます。都市部に住み着いて働いているが戸籍は故郷の農村にある、という農民工の選挙権をどう扱うのか、などという難しい問題も含めて、中国における政治と選挙制度の問題は、もう避けて通れない問題になっていると私は思います。高い経済成長が続いて、多くの人々が政治に対して大きな不満を抱いていない今こそ、柔軟な選挙制度を作るチャンスであり、今後出現するであろう経済成長が鈍った時点での人々の政治的不満を吸収するシステムを作っておくことが、今一番大事なことだ、と私は考えています。

|

« 中国の弁護士法改正 | トップページ | 北京大学の「三角地」掲示板の行方 »

中国の報道機関」カテゴリの記事

中国の民主化」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 中国の弁護士法改正 | トップページ | 北京大学の「三角地」掲示板の行方 »