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2007年10月20日 (土)

歴史ドラマに見る文化的背景

 私が、

http://folomy.jp/heart/

の「テレビフォーラム」に9月1日にアップした文章をこちらのココログにも掲載します。

 folomyは、かつての@ニフティのフォーラムを運営していた人たちが集まって運営しているサイトで、メールアドレスを持っている方ならば誰でも無料で登録できます。私がfolomyに書いたものの再アップは、折りを見て時間のあるときに行います。従って、例えばfolomyに掲げた文章のアップは1か月程度遅れると思います。最新の文章を御覧になりたい方は、ぜひ、御自分で上記のアドレスからfolomyに登録して、御覧いただくよう御願いします。

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アップ場所: http://folomy.jp/heart/

「テレビフォーラム(ftv)」-「喫茶室『エフ』」-「『ドナウ川の蚊柱』の続き」

記載日時:2007年9月1日

【歴史ドラマに見る文化的背景】

 2005年にNHKで放送された大河ドラマ「義経」は、全部録画してあったので、今、北京に持ってきて、こちらでも見ています。一方、同じ「歴史物」ということで、中国中央電視台が1994年に制作した大作「三国志演義」(約45分間のものが全84集:全部で64時間)のDVDを買って見始めています。とてつもなく長い話だし、登場人物が多過ぎて話がややこしく、全編見終わるまで気力が続くかどうかわかりません。中国で買ったDVDは字幕がないので、この間、日本に帰った時に秋葉原で日本語字幕入りの14時間にまとめた「総集編」的なDVDも買ってきて、かわるがわるに見ています。

 「三国志演義」は、日本で買ったDVDのパッケージの解説によれば、制作費100億円、出演者10万人、使った馬10万頭、制作年数4年間というまさに大陸的なスケールの作品です。戦いの場面はほとんどロケで、テレビドラマというよりは映画に近い感じです。「義経」では、戦いの場面もスタジオ収録が多く、日本のテレビドラマとしては制作費は高い方だったのでしょうが、「三国志演義」に比べたら足下にも及ばない金額だと思います。ただ、セットや小道具の「緻密さ」という点では「義経」の方に軍配が上がります。「三国志演義」は、スケールは大きいのですが、ちょっと「大味」なイメージがあります。

 話の中身は、テレビ・ドラマというより原作の問題なんですけど、「三国志演義」の方は、宮廷内の陰湿な勢力争いや宦官によるだまし討ち、有力な武将が地位や財物目当てにコロコロと主君を裏切って相手方に寝返る、といった話の連続で、見ていて爽快感はありません。「人を信じたものがバカを見る」というような話が続くのです。たぶん、数千年にわたって異民族が入り乱れて覇権を争った中国の、ぞれが現実であり、中国ではそういった中で生き抜く図太さが求められてきたのだと思います。ただ、これは中国の人が「他人は信じられなくて当然」と思っていることを意味しているのではありません。例えば、どんなことがあろうと裏切らない固い契りを結んだ劉備、関羽、張飛の三人の義兄弟、三顧の礼で迎えられた劉備にその死後まで忠誠を尽くす諸葛孔明が「三国志演義」の中心人物であることに見られるように、中国の人たちも「絶対に裏切られない信義」を尊いものとして憧れているのです。ただ、そういった「信義」に頼っていただけでは生き残れない現実に対する認識、それが昔も今も中国の人々の中を貫いている基本的考え方なのです。

 身分は低くても戦いに勝って権勢を得たものが皇帝となって人民大衆を支配することになる過程を描いた「三国志演義」と、朝廷の権威を表面上は敬いながら実際は地方豪族の集合体を束ねて全国支配に成功する源頼朝を描いた「義経」との違いは、中国と日本との政治的バックボーンの違いも象徴的に表しているなぁ、と私は思いました。

(注)テレビドラマ「三国志演義」の中国語の原題は「三国演義」です。

(2007年9月1日、北京にて記す)

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