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2007年9月26日 (水)

中国北京の国家大劇院でこけら落とし

 中秋節の9月25日、北京の人民大会堂のすぐ西隣にある銀色の巨大なドーム型をした「国家大劇院」(大劇場)で、初めての上演(こけら落とし)が行われました。この「国家大劇院」は、オリンピック・メインスタジアム(俗称「鳥巣」)や中央電視台の新しいオフィス・ビルディングなど、現在ぞくぞく北京に誕生しつつある「奇抜な建築物」のひとつと言えると思います。この「国家大劇院」の建設は、江沢民前国家主席の肝入りで始められたプロジェクトだと言われています。大きなタマゴのような巨大なドームは、いかにも現代建築技術の粋を尽くしたような建造物なのですが、場所が、人民大会堂のすぐ西隣、中南海(中国共産党本部のあるところ)の長安街を挟んだ真向かい、という周囲に由緒ある建物群が集まっている北京のど真ん中であるだけに「周囲の雰囲気と不釣り合いだ」と、北京市民からはイマイチ評判がよくない建物です。

 故宮の北にある小高い山「景山公園」から南を見ると、故宮(明・清の時代の宮殿)が見え、その向こうに天安門、その向こうに天安門広場、中央に人民英雄記念碑、その向こうに毛沢東記念堂、左側には中国国家博物館、右側には人民大会堂が見えるのですが、これらはみな、歴史を感じる重厚な建物群なので、そのすぐ右隣にこの「国家大劇院」の銀色の巨大なドームが見えると、確かに「場違い」のような感じを受けます。

 昨日(9月25日)の「こけら落とし」には、建設工事に携わった労働者や農民工、この大劇場を建設するために立ち退いた元の住民などが招かれたのですが、今日(9月26日)付けの北京の大衆紙「新京報」では、「『巨蛋』で、工事に携わった人らを招いてこけら落とし」という見出しで記事を載せていました。

(参考)「新京報」2007年9月26日付け記事
「国家大劇院、中秋節にこけら落とし」
http://www.thebeijingnews.com/news/intime/2007/09-25/014@225553.htm

 「巨蛋」とは「巨大なタマゴ」という意味ですが、この見出しは「その筋」から評判が良くなかったからなのかどうか知りませんが、インターネット上の記事には「巨蛋」という語は使われていません。街で買った「新京報」の1面トップの見出しには「巨蛋」と書いてあるんですけどね。

 それにしても、上記のインターネット上の記事を見ると写真も載っているのでわかると思いますが、「こけら落とし」の演目が「バレー劇:紅色娘子軍」とは参りました。時代が30年以上遡ってしまった感じです。共産主義革命の英雄的出来事をバレー劇で表現する「革命的現代バレー」は、文化大革命を推進した四人組の一人で毛沢東主席夫人の江青女史が広めた舞台芸術ですが、改革開放政策の中、急速に発展を続ける中国の首都北京のど真ん中の超近代的建造物「国家大劇院」の最初の演目が「紅色娘子軍」とは、これまた建物の外観と同じように、現在の周囲の社会の雰囲気とは相当にミスマッチだ、と私は感じました。

 私が以前北京に駐在していた1980年代後半は、改革開放政策が離陸し始めようとしていた時期でした。改革開放政策は、文化大革命を否定するところから出発していますので、当時、「文革的なもの」は意識的に否定しようとしていたし、諸外国に対して「中国は決して文革の時代へは戻らない」ことを必死でアピールしていました。それに比べると、今の中国は非常に近代的な面がたくさんある一方で、「ちょっと時代を間違ってるんじゃないの」と思えるような共産主義革命の香りを強く漂わせる場面に出くわすことが結構あります。「バレー劇:紅色娘子軍」は、あくまで舞台芸術のひとつであって、それを「文革的なもの」と決めつけて捉えるのは誤りだと思いますが、私個人にとっては、やはり「昔」を思い起こさせるイメージがあります。

 この「国家大劇院」は、外観上のミスマッチに加えて、もし演目上の「ミスマッチ」が重なるのだとすると、社会主義路線と急速な経済成長との間で悩み続ける現代中国を象徴している存在だ、と言えるのかもしれません。

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