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2007年8月26日 (日)

農民の住宅の土地の権利に関する問題

 農村の村所有の土地(集団所有の土地)の上に建てられた住宅(いわゆる「小産権」「郷産権」と呼ばれるもの)の取り扱いをどうするかが今中国で社会問題になっていることは、これまでもこのブログで何回か書いてきました。法律上のタテマエでは、集団所有の土地に建てられた住宅は、その集団のメンバー(つまりその村の村民)しか使えないはずなのですが、実際には、村の外部の市街地の住民などに貸し出されたり、売られたりしているのです。

(参考1)このブログの2007年6月26日付け記事
「北京では耕地などに作ったマンションの売買を停止」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/06/post_94bc.html

(参考2)このブログの2007年8月5日付け記事
「ある北京近郊の村の『別荘商売』」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/08/post_2eab.html

(参考3)このブログの2007年8月6日付け記事
「『小産権房』(集団所有地上の住宅)をどうする?」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/08/post_e6d8_1.html

 この問題について、2007年8月27日号(8月25日発売)の経済専門週刊紙「経済観察報」の「観察家(オブザーバー)」の欄で、北京大学・長江商学院教授の周其仁氏が「小産権、大きな機会~農村建設用地譲渡の制度的変遷~」という論文を書いています(この文章は、北京大学中国経済研究センター第10回中国経済観察シンポジウム(2007年7月29日)における発言を一部修正補充して文字化したものです)。周其仁教授は、法律の規定を杓子定規に当てはめず、経済の実態を見て、むしろこの「小産権」問題をひとつのチャンスと捉えて土地制度改革のきっかけとすべき、と主張しています。

 この「小産権」の問題は、農村における土地所有権をどうするのか、という問題であり、「社会主義の原則」と「市場経済」をどう溶け合わせるか、という現在の中国が直面する最も重要な問題に関係するため、多くの関係者が真剣に議論をしているのです。

 周教授の論文によれば、農民が住んでいる住居とその住居が建っている土地の所有権についての歴史的経緯と問題の所在はポイントとして以下のとおりです。

○「人民公社」時代の1962年の中国共産党第8期第10回中央委員会全体会議で採択された「農村人民公社耕作条例修正草案」には次のような条文がある。

<第21条>生産隊(人民公社の中の単位)の範囲内の土地は、生産隊の所有とする。生産隊が所有する土地は、人民公社の社員(=村民)が自分で管理している「自留地」「自留山」及び宅地が建っている土地も含めて、貸し出したり売買したりすることは認めない。

<第45条>人民公社の社員(=村民)の住宅については、永久にその社員による所有を認める。社員は、住宅を貸したり、売ったりする権利を有する。

 つまり、人民公社時代の規定では、村民は、自分の家を貸したり売ったりする権利を持つが、その住宅が建っている土地を貸したり売ったりする権利は持っていない、ということである。従って、Aさんが自分の家をBさんに売った後、Bさんのものになった家が火事で焼けて何もなくなってしまった場合、その土地に新しく家を建てる権利を持っているのは誰か、という問題が生じる。この人民公社時代の規定では、法律上、この点が明確ではなかった。建前上は、土地は生産隊の所有だから、Bさんは勝手にその上に新しい家を建てられないはずである。ただ、現実的には、習慣法的に、このような場合、家を買ったBさんが新しく家を建てる権利を持っている、という解釈で運用が行われてきた。

○「人民公社」時代は、就業など生活の全てがその土地に縛られていたので、問題はほとんど表面化しなかった。しかし、改革開放後、土地を離れる農民が増えたため、土地に対する権利の問題が表面化してきたのである。

○統計によれば、現在、中国全国の農村戸籍人口は9.4億人である。しかし、実際にそこに常住している人は7.4億人である(2005年の数字)。つまり、2億人以上の人が自分の戸籍がある土地に住んでいないので、農村住宅の貸し借り、売買が多数行われるようになったのである。

○現在、法律上「農地を非農地として転用するのは国の許可に基づき国により利用される場合のみ」「(都市部の土地などの)国有地の土地使用権は、貸し借り、売買が可能」となっているが、「農民が住んでいる住宅が建っている土地を別の用途で使う場合」の規定がない。

(このブログの筆者注:法律のタテマエ上は「農地を非農地として転用するのは国の許可に基づき国により利用される場合のみ」なのだが、実際は「上部機関の許可を得た上で農地の土地使用権が開発業者に売られて別荘などの開発が行われているケース」や「村当局が上部機関の許可を得ないで勝手に開発業者に農地の土地使用権を売って開発業者による別荘開発が行われているケース」などがあり、問題を複雑にしている)。

○「土地使用権」は、今は、通常70年の年限を持って貸し借り、売買が行われているが、「土地使用権」は、その期限が長くなればなるほど、「土地所有権」と実態上の差がなくなってしまう。特に2007年10月1日施行の「物権法」によれば、住宅用土地の使用権は、一定の条件を満たせば、期限が来ても期限の「自動延長」が可能なので、「土地使用権」を買うことは「永久土地所有権」を買うことと同じになるのであろうか?

○農民の住宅用地の面積は、全部合わせると16.4万平方キロに及び、その面積は河南省全体の面積に近く、全ての都市部の面積の4.6倍に当たる。これだけ膨大な土地の貸し借り、売買を法律上どのように扱うかは、土地政策上極めて大きな影響を持つ。

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 資本主義社会においても、自由に使ったり、貸したり、売ったりできる一般の動産に対する所有権と異なり、土地に対する所有権は結構難しい問題を含んでいます。特に農地の場合はそうです。日本の場合も、戦前、大地主の土地所有の下で多くの小作農が苦しんでいた経験を踏まえ、戦後、農地改革により「耕作者が土地を所有すること」が大原則となりました。現在の日本の農地法では、農地の所有権が耕作者以外の者に移転されることについては、様々な制限が設けられています。戦後の日本の農地改革は、アメリカ軍を主体とする進駐軍の指導により行われたのですが、その内容は、大地主から土地を取り上げて実際の耕作者である小作農に分け与えるという極めて社会主義的なものだったのです。

 今、中国では、日本の戦後の農地改革とは全く逆に、「人民公社時代」に一端純粋に社会主義化した農民の土地(農地と農民の住宅地)の権利関係を市場経済化した現在の中国の経済実態にどのように合わせて行くのか、という苦労が試行錯誤的に行われているのです。

 上記の周其仁教授の文章によれば、現在、北京の「小産権」の物件は、80か所あり、これは市場に出回っているマンションの数で言うと20%、売買されている部屋の数でいうと30%に当たる、とのことです。一般に「小産権」の物件は、北京市の中心街からは遠いのですが、村が自分の持っている土地を切り売りしているため値段を安くすることができます。このため、市街地のマンションを買えない人たちが数多く購入しています。周教授によれば、「小産権」の物件を買っているのは、退職後に住むことを念頭においた中高齢者、中心街の値段の高いマンションが買えない若年層、投機目的で買っている人、の3種類いるとのことです。「小産権」の物件は「安い」とは言っても1平方メートルあたり2,000~3,000元(30,000~45,000円)、70平米の物件で14~21万元(210~315万円)します。下記の「新京報」の記事によれば、今年の北京市新卒者(大卒・高卒・中卒全体)の中位クラスの初任給が月給2,000元弱(約3万円)ですから、相当に高い買い物であることには違いありません(北京市街地でのマンション価格は、今は、上記の4~6倍の1平方メートルあたり12,000元以上します)。

(参考4)「新京報」2007年8月15日付け記事
「大学卒初任給、高いレベルの者は月収6,450元」
~500余の職業について月給の標準価格が確定、社長クラスの平均年収は25万元(約375万円)~
http://news.thebeijingnews.com/0553/2007/08-15/021@283649.htm

 これら「小産権」を既に購入している人たちが多数いる、ということを踏まえて、現実的な土地政策を採らないと大変なことになると思います。ただ、ここは、まさに「社会主義の原則」と「市場経済の現実」とが真っ正面からぶつかり合うところですので、中国政府も慎重の上にも慎重な議論を重ねて、政策を決定していくことになると思います。

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