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2007年8月

2007年8月31日 (金)

中国製品の品質問題は外国バイヤーのせい?

 今日(8月31日)付けの中国の英字紙「チャイナ・ディリー」の意見欄に「中国製品の品質問題は、無理難題を言ってくる外国顧客のせいだ」という署名入りの意見評論が載っていました。

(参考)「チャイナ・ディリー」2007年8月31日付け記事
"Unrealistic foreign buyers created Chinese product 'quality problem'"
http://www.chinadaily.com.cn/opinion/2007-08/31/content_6070860.htm

 英語が読めなくても、ひ弱な中国企業の上でふんぞり返る外国人バイヤーが描かれたマンガを見れば、この意見評論の言いたいことはわかると思います。

 この意見評論を書いたのは、John Goss というイギリス人で、「自分は中国人女性と結婚して5年以上香港に住んでいるので、半分は中国人だ。」と自分でこの評論の中で言っています。彼の意見のポイントは、外国のバイヤーが「もっと安くしろ」「もっと納期を短くしろ」と無理難題を押しつけてくるので、お客を失いたくない中国の製造メーカーは品質を維持することができなくなってしまっているのだ、ということです。

 私は、こういった主張は現実の一端を表していると思います。外国のバイヤーが中国に求めているのは「とにかく安く、とにかく早く作ること」です。「少々値段が高くても時間が掛かってもよいから、品質の高い製品を作ってください」と中国に頼む外国のバイヤーなど今はいないのです。従って、そういう「安値買いたたき」のプレッシャーの連続が中国製品を「安いけれども品質がよくない」ままに留めている、という面は否定できないと思います。

 しかし、中国が「自分は市場経済の原理を利用して発展していくのだ」という方向性を定めた以上、市場経済社会においては、顧客が要求する無理難題の中で、品質を維持・向上させた上で値段を安くする努力を続けられる企業だけが生き残り、そうでない企業は生き残れないのだ、という市場経済の「オキテ」がある、ということは覚悟しなければなりません。日本や韓国の企業だって、そういう厳しい国際競争の中を生き抜いて来たのです。「品質が向上しないのは無理難題を言うバイヤーのせいだ」という論理は、厳しい市場経済の世界の中では通用しないのです。

 「ひ弱な中国企業に無理難題を押しつけて、もしかして自分は19世紀の大英帝国と同じことをしているのではないか」と常に自問していると思われるこの意見評論の筆者のイギリス人には、私はむしろ敬意を表しますが、だからといってこういうイギリス人の論評を掲載して「言い訳」めいたことをしているチャイナ・ディリー紙の意図には賛成しません。「中国製品の品質問題は、外国のバイヤーのせいだ」という論理は、世界中どこへ行っても通用しません。そういった考え方から脱しなかったら、いつまでたっても「中国製品」の名誉回復はできないと思います。

 今、中国製品がどんどん売れているのは大部分の中国製品が安くて品質がそれなりだからです。粗悪品が中国製品の中の一部にしか過ぎないことは誰でも知っています。あるCNNの番組でアメリカの広報の専門家が言っていましたが、そういう状況の中で中国政府が「粗悪品は一部にしか過ぎない」と声高に強調するのは、広報戦略上は全くヘタなやり方で、むしろ逆効果なのです。粗悪品しか作れない企業には市場から退場していただく、という最も基本的な市場経済の「オキテ」に従って、現実的に「粗悪な中国製品を市場から追放する」ことが「中国製品」の名誉回復の最も確実な方法なのです。

 もし、「中国は社会主義国であり、多くの労働者を抱えていながら技術力が低い国有企業が多いので、簡単に『よい品質の製品を作れない企業は市場から退場していただく』などというわけにはいかないのだ。」と言うのだったら、残念ながら激しい競争を続ける国際マーケットでプレーすることは考え直してもらわなければならないと思います。国内に貧しい地方や膨大な農民人口を抱えているのはわかりますが、2001年にWTOに加盟して国際マーケットに打って出てプレーするのだ、と決めた以上、結局は、中国も、相手プレーヤーの少々強い当たりにも対処できる基礎体力を付けていくしかないと思います。 

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2007年8月30日 (木)

この秋の中国の食糧生産は減収か?

 8月30日の中国での新聞報道によれば、発展改革委員会の馬凱主任が、29日、開会中の第10期全国人民代表大会第29回会議(日本の国会にあたる)で、一部の地域の洪水や干ばつ、病害やイナゴの害の影響で、今年の秋の中国の食糧生産は減収となる見通しであることを示しました。

(参考1)「新京報」2007年8月30日付け記事
「発展改革委員会によれば、秋の食糧生産の情勢は厳しい見通し」
http://news.thebeijingnews.com/0546/2007/0830/011@287236.htm

(参考2)チャイナ・ディリー2007年8月30日付け記事
"Autumn harvest under severe threat"
http://www.chinadaily.com.cn/china/2007-08/30/content_6066944.htm

 中国では6月頃収穫となる冬小麦と秋に収穫される稲などが主な食糧作物です。今年夏期の食糧の収穫は比較的順調だったのですが、秋期に収穫される食糧作物については、中部から南部地域に掛けての洪水や大雨、北西部地域の干ばつ、それに病害やイナゴの害が加わって減収の見通しなのだそうです。チャイナ・ディリーの記事によれば、1年を通じた食糧生産の約70%が秋期に収穫されるものなので、夏期の生産が順調だったことを考えても、今年1年をトータルすれば、減収になる見込み、とのことです。上記の記事によれば、食糧の減産は、秋へ向けての物価の上昇に懸念材料とされる、とのことです。

 チャイナ・ディリーの記事によれば、今年、洪水の被害にあった地域の面積は非常に広範囲にわたっており、被害にあった面積は中国の全耕地面積の6分の1以上に相当する、と伝えています。中国では、大躍進時代(1958年~60年頃)には、農村地区の急激な人民公社化に自然災害が重なって食糧生産が激減し、数千万人の餓死者が出たと言われています。今の中国は、その頃とは全く違って大きな経済力を持っていますので(例えば、現在、中国の外貨準備高は1兆3,000億ドル以上ある)、中国人民が飢えに苦しむことになるようなことはない、と多くの人は思っているようで、基本的に中国の新聞の論調は落ち着いています。例えば、「新京報」の記事では、この時期に発展改革委員会が秋の食糧生産の減収の見通しを発表したことは、むしろ物価の上昇に対して各方面に警告を発したものと捉えるべきだ、との見方を示しています。

 中国では、いつの時代でも、どこかの地域で毎年何がしかの洪水や干ばつに見舞われ、食糧生産は増えたり減ったりしていますが、現在の中国の全体的な経済力を持ってすれば、私も少々食糧の生産が減ったからと言ってすぐに人民が飢えに苦しむような事態にはなることはないと思います。しかし、中国の食糧生産が極端に落ちると、13億人の食糧のうち足りない分を国際市場から購入することになりますので、国際穀物市場での価格の高騰を招く可能性があります。その意味では、中国の国会でのこういった報告は、日本など外国のメディアでももっと重要視して報道して欲しいものだと、私は思います。

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2007年8月28日 (火)

テレビで報道されることの損得

 私が、日本のテレビでの中国に関するニュースの伝えられ方について、

http://folomy.jp/heart/

の「テレビフォーラム」に7月15日にアップした文章をこちらのココログにも掲載します。

 folomyは、かつての@ニフティのフォーラムを運営していた人たちが集まって運営しているサイトで、メールアドレスを持っている方ならば誰でも無料で登録できます。私がfolomyに書いたものの再アップは、折りを見て時間のあるときに行います。従って、例えばfolomyに掲げた文章のアップは1か月程度遅れると思います。最新の文章を御覧になりたい方は、ぜひ、御自分で上記のアドレスからfolomyに登録して、御覧いただくよう御願いします。

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アップ場所: http://folomy.jp/heart/

「テレビフォーラム(ftv)」-「喫茶室『エフ』」-「『ドナウ川の蚊柱』の続き」

記載日時:2007年7月15日

【テレビで報道されることの損得】

 この週末、日本は台風4号の直撃を受けて被害が出ていると聞いています。被害に遭われた方にはお見舞い申し上げます。この台風4号の日本での被害については、中国のテレビでも報道されています。

 ところで、日本でも報道されていると思いますが、今年は中国の南部や重慶市、河南省・安徽省などの淮河流域など中国各地でかなりの洪水の被害が出ています。特に淮河流域の洪水は、1954年以来の大規模なものなのだそうです。7月14日付けの新聞によると、中国全土での洪水による被害は、死者403人、行方不明105人、耕地の被害面積5万5000平方km(北海道の面積の約3分の2に相当)、被災者は8,205万人に上る、とのことです。

 新華社が配信する写真や中国のテレビ局が撮影した映像は日本でも伝えられていると思いますが、日本の報道機関が直接現地で取材した映像は、日本のテレビでは伝えられていないのではないでしょうか。少なくとも、私は日本にいたとき、「ここが淮河の洪水の現場です。」などと伝える日本のレポーターの姿を見た記憶はありません。

 例えば、日本の阪神・淡路大震災の時には、世界各国の報道陣が神戸などに来て取材をして行ったし、アメリカ・ニューオーリンズでのハリケーンの被害の時は、日本をはじめとする外国の報道機関がいろいろ取材して行ったと思います。これらの外国の報道機関の災害報道は、各国の関心を呼び起こし、国際的な支援の和が広げたと思います。

 ところが中国の場合、外国の報道機関は基本的に自由には取材ができません。そのため、災害の深刻さが外国に伝わりにくいのではないかと思います。自然災害の実情については、外国に報道されて中国にとってまずいことは何もないと思います。洪水のような自然災害をあまり外国の報道機関に取材させない理由として考えられるのは、治水工事などが不十分だったことを指摘されるのを嫌がる地方政府が、外国の報道機関の取材を妨害する可能性があり、そういった実情が外国に伝えられるのが嫌だ、ということなのかもしれません。しかし、そういったマイナスより、大自然の猛威の前に中国政府も相当に苦労していることを世界に知ってもらうことの方が中国政府にとってはプラスだと私は思います。

 テレビのニュースで報道されるかされないかを「損得」で考えるのはよいことではないかもしれませんが、今の中国は、報道をコントロールすることによって、逆に自分が損をしているような気がしてならないのです。今、中国は、広い国土と膨大な人口と内に抱えた経済格差の中で苦闘しています。今、中国が倒れたら世界全体が困るのです。ですから、苦闘している現状をそのまま世界の人々に知ってもらえるようにすることが、中国にとっても結局はプラスになると私は思っています。

(2007年7月15日、北京にて記す)

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2007年8月26日 (日)

農民の住宅の土地の権利に関する問題

 農村の村所有の土地(集団所有の土地)の上に建てられた住宅(いわゆる「小産権」「郷産権」と呼ばれるもの)の取り扱いをどうするかが今中国で社会問題になっていることは、これまでもこのブログで何回か書いてきました。法律上のタテマエでは、集団所有の土地に建てられた住宅は、その集団のメンバー(つまりその村の村民)しか使えないはずなのですが、実際には、村の外部の市街地の住民などに貸し出されたり、売られたりしているのです。

(参考1)このブログの2007年6月26日付け記事
「北京では耕地などに作ったマンションの売買を停止」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/06/post_94bc.html

(参考2)このブログの2007年8月5日付け記事
「ある北京近郊の村の『別荘商売』」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/08/post_2eab.html

(参考3)このブログの2007年8月6日付け記事
「『小産権房』(集団所有地上の住宅)をどうする?」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/08/post_e6d8_1.html

 この問題について、2007年8月27日号(8月25日発売)の経済専門週刊紙「経済観察報」の「観察家(オブザーバー)」の欄で、北京大学・長江商学院教授の周其仁氏が「小産権、大きな機会~農村建設用地譲渡の制度的変遷~」という論文を書いています(この文章は、北京大学中国経済研究センター第10回中国経済観察シンポジウム(2007年7月29日)における発言を一部修正補充して文字化したものです)。周其仁教授は、法律の規定を杓子定規に当てはめず、経済の実態を見て、むしろこの「小産権」問題をひとつのチャンスと捉えて土地制度改革のきっかけとすべき、と主張しています。

 この「小産権」の問題は、農村における土地所有権をどうするのか、という問題であり、「社会主義の原則」と「市場経済」をどう溶け合わせるか、という現在の中国が直面する最も重要な問題に関係するため、多くの関係者が真剣に議論をしているのです。

 周教授の論文によれば、農民が住んでいる住居とその住居が建っている土地の所有権についての歴史的経緯と問題の所在はポイントとして以下のとおりです。

○「人民公社」時代の1962年の中国共産党第8期第10回中央委員会全体会議で採択された「農村人民公社耕作条例修正草案」には次のような条文がある。

<第21条>生産隊(人民公社の中の単位)の範囲内の土地は、生産隊の所有とする。生産隊が所有する土地は、人民公社の社員(=村民)が自分で管理している「自留地」「自留山」及び宅地が建っている土地も含めて、貸し出したり売買したりすることは認めない。

<第45条>人民公社の社員(=村民)の住宅については、永久にその社員による所有を認める。社員は、住宅を貸したり、売ったりする権利を有する。

 つまり、人民公社時代の規定では、村民は、自分の家を貸したり売ったりする権利を持つが、その住宅が建っている土地を貸したり売ったりする権利は持っていない、ということである。従って、Aさんが自分の家をBさんに売った後、Bさんのものになった家が火事で焼けて何もなくなってしまった場合、その土地に新しく家を建てる権利を持っているのは誰か、という問題が生じる。この人民公社時代の規定では、法律上、この点が明確ではなかった。建前上は、土地は生産隊の所有だから、Bさんは勝手にその上に新しい家を建てられないはずである。ただ、現実的には、習慣法的に、このような場合、家を買ったBさんが新しく家を建てる権利を持っている、という解釈で運用が行われてきた。

○「人民公社」時代は、就業など生活の全てがその土地に縛られていたので、問題はほとんど表面化しなかった。しかし、改革開放後、土地を離れる農民が増えたため、土地に対する権利の問題が表面化してきたのである。

○統計によれば、現在、中国全国の農村戸籍人口は9.4億人である。しかし、実際にそこに常住している人は7.4億人である(2005年の数字)。つまり、2億人以上の人が自分の戸籍がある土地に住んでいないので、農村住宅の貸し借り、売買が多数行われるようになったのである。

○現在、法律上「農地を非農地として転用するのは国の許可に基づき国により利用される場合のみ」「(都市部の土地などの)国有地の土地使用権は、貸し借り、売買が可能」となっているが、「農民が住んでいる住宅が建っている土地を別の用途で使う場合」の規定がない。

(このブログの筆者注:法律のタテマエ上は「農地を非農地として転用するのは国の許可に基づき国により利用される場合のみ」なのだが、実際は「上部機関の許可を得た上で農地の土地使用権が開発業者に売られて別荘などの開発が行われているケース」や「村当局が上部機関の許可を得ないで勝手に開発業者に農地の土地使用権を売って開発業者による別荘開発が行われているケース」などがあり、問題を複雑にしている)。

○「土地使用権」は、今は、通常70年の年限を持って貸し借り、売買が行われているが、「土地使用権」は、その期限が長くなればなるほど、「土地所有権」と実態上の差がなくなってしまう。特に2007年10月1日施行の「物権法」によれば、住宅用土地の使用権は、一定の条件を満たせば、期限が来ても期限の「自動延長」が可能なので、「土地使用権」を買うことは「永久土地所有権」を買うことと同じになるのであろうか?

○農民の住宅用地の面積は、全部合わせると16.4万平方キロに及び、その面積は河南省全体の面積に近く、全ての都市部の面積の4.6倍に当たる。これだけ膨大な土地の貸し借り、売買を法律上どのように扱うかは、土地政策上極めて大きな影響を持つ。

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 資本主義社会においても、自由に使ったり、貸したり、売ったりできる一般の動産に対する所有権と異なり、土地に対する所有権は結構難しい問題を含んでいます。特に農地の場合はそうです。日本の場合も、戦前、大地主の土地所有の下で多くの小作農が苦しんでいた経験を踏まえ、戦後、農地改革により「耕作者が土地を所有すること」が大原則となりました。現在の日本の農地法では、農地の所有権が耕作者以外の者に移転されることについては、様々な制限が設けられています。戦後の日本の農地改革は、アメリカ軍を主体とする進駐軍の指導により行われたのですが、その内容は、大地主から土地を取り上げて実際の耕作者である小作農に分け与えるという極めて社会主義的なものだったのです。

 今、中国では、日本の戦後の農地改革とは全く逆に、「人民公社時代」に一端純粋に社会主義化した農民の土地(農地と農民の住宅地)の権利関係を市場経済化した現在の中国の経済実態にどのように合わせて行くのか、という苦労が試行錯誤的に行われているのです。

 上記の周其仁教授の文章によれば、現在、北京の「小産権」の物件は、80か所あり、これは市場に出回っているマンションの数で言うと20%、売買されている部屋の数でいうと30%に当たる、とのことです。一般に「小産権」の物件は、北京市の中心街からは遠いのですが、村が自分の持っている土地を切り売りしているため値段を安くすることができます。このため、市街地のマンションを買えない人たちが数多く購入しています。周教授によれば、「小産権」の物件を買っているのは、退職後に住むことを念頭においた中高齢者、中心街の値段の高いマンションが買えない若年層、投機目的で買っている人、の3種類いるとのことです。「小産権」の物件は「安い」とは言っても1平方メートルあたり2,000~3,000元(30,000~45,000円)、70平米の物件で14~21万元(210~315万円)します。下記の「新京報」の記事によれば、今年の北京市新卒者(大卒・高卒・中卒全体)の中位クラスの初任給が月給2,000元弱(約3万円)ですから、相当に高い買い物であることには違いありません(北京市街地でのマンション価格は、今は、上記の4~6倍の1平方メートルあたり12,000元以上します)。

(参考4)「新京報」2007年8月15日付け記事
「大学卒初任給、高いレベルの者は月収6,450元」
~500余の職業について月給の標準価格が確定、社長クラスの平均年収は25万元(約375万円)~
http://news.thebeijingnews.com/0553/2007/08-15/021@283649.htm

 これら「小産権」を既に購入している人たちが多数いる、ということを踏まえて、現実的な土地政策を採らないと大変なことになると思います。ただ、ここは、まさに「社会主義の原則」と「市場経済の現実」とが真っ正面からぶつかり合うところですので、中国政府も慎重の上にも慎重な議論を重ねて、政策を決定していくことになると思います。

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2007年8月25日 (土)

北京の流動人口は510万人

 8月21日付けの北京の大衆紙「新京報」によると、今年6月末時点で、北京市の戸籍人口は1,204万人であるのに対し、流動人口は510.7万人で、双方を合わせた北京の総人口は1,700万人を超える、とのことです。

(参考)「新京報」2007年8月21日付け記事
「部屋の賃貸登記制度、全国で実施へ~公安部、貸し主の治安責任とホテルの情報収集を更に厳格にする方針~」
http://news.thebeijingnews.com/0546/2007/0821/014@284963.htm

 北京市は、国の直轄市で、日本の「市」よりは相当に広い範囲をカバーする行政区域で、面積は約16,410.54平方キロあります。日本で言えば、岩手県よりちょっと広く、四国よりちょっと狭い程度の面積です。北京市政府は、基本的に戸籍人口の1,200万人を対象として様々な行政を行っていますので、実際に住んでいる人口の約3割に当たる510万人の人々は、住居、教育などの面で、北京市政府から行政上の支援を受けることができません。

 しかも、この「流動人口」は、北京市の市街地部分に集中していると考えられますので、北京市市街地での「流動人口」の割合は、北京市全体を平均した3割という数字よりもっと多いと思います。このため治安の維持が重要な問題となります。戸籍人口より多い数の人がいるため、北京市の警察だけでは十分な治安維持ができない可能性があるからです。このため、上記の「新京報」の記事では、各流動人口の出身地域の地方政府から警察要員を派遣してもらい、そられらの地方警察要員で流動人口の人々の治安に当たらせることを公安部は計画しているとこのとです。これは俗に「ふるさと警察」(中国語で「老郷警察」)と呼ばれている、とのことです。

 上記の「新京報」の記事では、地方の事情に通じた出身地の警察に取り締まりを任せることは「郷土意識」の観点ではいい面もあるが、各地の警察によって取り締まりのやり方が異なったりして公平性を欠くことになる可能性があるほか、外地から来ている人たちともともと北京に住んでいる市民との間の融合の妨げになる可能性もある、という社会学者の意見も紹介しています。

 いずれにせよ、来年の北京オリンピックは、実は、住んでいる人の3割は北京市民ではない、という街で開催されることになるわけです。

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2007年8月24日 (金)

ネットで集会を呼びかけた大学院生が拘束

 今日(8月24日)付けの北京の新聞「京華時報」によると、インターネットで最近のマンション価格の高騰に抗議する集会を呼びかけた大学院生が警察に拘束され、14日間の「行政拘留」の処分を受けた、とのことです。

(参考)「京華網」上の「京華時報」2007年8月24日付けA10面記事
「大学院生、不法な集会を煽動したとして拘束される」
http://epaper.jinghua.cn/html/2007-08/24/content_147073.htm

 この記事によれば、この件の顛末のポイントは以下のとおりです。

○28歳の大学院生が「最近部屋代が異常に高くなっていることに抗議する集会を○○月××日に△△△でやろう。みんなで集まって共同で抗議しよう。集まる人の数が多くなれば政府も重視せざるを得なくなるだろう。」という呼びかけをインターネットで行った。この呼びかけは多くのネット上の掲示板やブログに転載され、携帯メールでも転送された。

○これを受けて警察が捜査を開始した。警察は、この呼びかけを行った大学院生を特定し、住所を突き止めた。8月21日の夜9時、警察はこの大学院生の住居に乗り込んだ。この大学院生は、不法な集会を開くことを計画して煽動した、として「治安処罰法」に基づいて14日間の「行政拘留」処分に処せられた。

○この大学院生は、警察が自分の部屋に踏み込むまで、ネットで集会を呼びかけることが違法だとは思っていなかった。我が国では集会やデモをやる場合には、その形式や場所、人数、スローガンなどを公安機関に申請して、許可を得てからでないとできないのである。

 中国では、インターネット・プロバイダーは、公安当局からの要請があれば必要な情報は提供しますので、集会の呼びかけをした人の住所を警察が知ることはそれほど難しいことではありません。また、例えば、インターネット・カフェでも、ブースに入る前にお店に身分証明書を見せて自分の名前を登録する必要があるので、中国の場合、基本的に匿名でインターネットで何かを発言することはできません(例え、ネット上での発言が匿名であっても、その発言を誰が行ったのか、は、わかる人にはわかっている、ということです)。

 9月になると、夏休みが終わって、大学に学生が戻ってくるので、そういった時期を前にして「警告」の意味も含めて、この記事は報道されたのだと思います。

 中国では、ネットワークでブログなどの公の目に触れるサイトを作るに当たっては、ポルノや麻薬の売買、凶悪犯罪の教唆などに関係するものばかりでなく、政治的に問題になるものも「法律違反」となる場合がありますので、注意が必要です。

 先日、中国国内にあるインターネット・プロバーダーから「以下のようなサイトは違法なので、そのようなサイトを作っているようならば自主的に撤去してください。期限までに撤去しない場合は当社(インターネット・プロバイダー)が強制的に撤去しますので御了承下さい。」という「お知らせ」が来ました。その「お知らせ」に載っていた「違法なサイト」のリストの概要は以下のとおりです。

(1)憲法や決まっている基本原則に反対するもの

(このブログの筆者注)「決まっている基本原則」とは、例えば、四つの基本原則(社会主義の道、人民民主主義独裁、共産党の指導、マルクス・レーニン主義や毛沢東思想の遵守)などの基本方針のことです。また、中国では「共産党の指導の下に政治を行う」ことが憲法で規定されているので、それに反対する意見を載せているサイトは「違法なサイト」となります。

(2)国家の安全に危害を加え、国家秘密を漏洩させ、国家や政権の転覆を謀り、国家の統一を破壊するもの

(3)国家の名誉と利益を損なうもの

(4)民族間の怨嗟を扇動したり、ある民族を蔑視したり、各民族の団結を破壊するもの

(5)国家の宗教政策を破壊し、邪教や封建的な迷信を煽るもの

(6)デマを広げ、社会秩序を乱し、社会の安定を破壊するもの

(7)わいせつなもの、ポルノ、賭博、暴力、凶悪犯罪や殺人、テロまたは犯罪を教唆するもの

(8)他人を侮辱または誹謗し、他人の合法的な権利を侵害するもの

(9)法律、行政上の規定により禁止されているその他の内容

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 私が今書いているこのブログ(ココログ)は、日本の会社@ニフティが運営している日本国内に置かれたサーバー上にあるのですが、書いている私は今中国にいます。私は、外国人であってもその国にいる時はその国の法律を守るべきだ、と考えていますので、私は中国にいる間は中国の法律に違反するようなことをこのブログに書くつもりはありません。従って、例え、私が考えていることで日本国内ならばブログに書いても違法にならないような事項であっても、上記に掲げたような「中国ではネットワーク上で発言することが法律違反になるようなこと」はブログには書かないつもりです。このブログを御覧になっている皆様は、そのあたりを御拝察の上、御覧いただけると幸いです。

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2007年8月22日 (水)

北京の自動車交通制限と大気汚染指数

 8月17日(金)~20日(月)の4日間、北京では自動車のナンバープレートの奇数・偶数で市内の走行を規制する交通制限を実施しました。来年の北京オリンピックの開催へ向けて、交通制限をした場合、公共交通機関でどの程度カバーできるのか、大気汚染の改善にどの程度効果があるのかについて「実験」を行ったのです。結果としては、市内を走行する車の台数は大幅に減少し、普段車を使って移動している人が公共交通機関を利用したためいつもよりタクシーがつかまりにくかった、という状況はあったにせよ、大きな混乱はありませんでした。また、大気汚染への影響についても、規制を行う前日の8月16日は、大気汚染指数が115(汚染等級でよい方から数えて3段階目である「軽微汚染」)だったのが、規制実施期間の4日間は「良」であり、規制が終わった21日には116の「軽微汚染」に戻りました。北京市当局は「測定結果は成功だった」と分析しています。

 ただ、大気汚染指数は、雨が降った翌日や風の強い日には低くなるので、これが全て自動車の交通制限の影響であったかどうかは、確定的なことは言えないと思います。また、21日(火)の日中は非常に青い美しい空が広がったので、私は「今日は汚染指数は低いだろう」と思ったのですが、発表された大気汚染指数は116(軽微汚染)でした。北京市当局は、この数字をもって「交通規制が終われば汚染は元に戻る」ということを言ったのだと思いますが、私の感覚では、21日(火)の116という数字は高すぎるように思いました。「交通規制が大気汚染改善に効果があった」ということを言いたいがために、交通規制が終わった翌日の大気汚染指数を高めに出したのではないか、とすら勘ぐってしまいました。

 この「見た目の感覚と発表された大気汚染指数の違い」については、人民日報は下記の記事を掲載しています。

(参考1)「人民日報」2007年8月22日付け記事
「大気汚染の測量はデータの根拠を使って結論を出す必要がある」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2007-08/22/content_17222801.htm

 この記事が言いたいのは、「空が青い」とか「遠くまでスッキリ見える」とかいう目で見た感覚は、水中の水蒸気の割合も関係するので、人工的な汚染物の濃度とは必ずしも一致しないので、大気汚染については、測定されたデータの根拠に基づいて判断すべきである、ということなんだと思います。この記事によれば、中国国家環境保護総局が発表する大気汚染指数とは、前日のお昼の12時から当日12時までの24時間の測定値の平均値を発表しているのであって、21日は確かにお昼過ぎからきれいに晴れたが、朝方のラッシュ時には結構汚染があったので、24時間の平均値で出すと高い数字が出るのだ、と北京市環境保護局副局長は説明している、とのことでした。

 「人が空を見た目で受ける印象と実際の大気汚染の度合いは異なる。きちんとした測定データに基づいて判断する必要がある」というのはその通りだと私も思いますが、人民日報にわざわざこういう記事が載っているのを見ると、「見た目の空の様子と大気汚染指数が一致しない。大気汚染指数は、本当に汚染の実態を表しているのか疑わしい。」といった一般庶民の感覚に対する「言い訳」を言っているようにも見えます。

 この北京市環境保護局副局長に説明については、「新京報」も記事を書いています。

(参考2)「新京報」2007年8月22日付け記事
「交通制限の終了した後の初日は『軽微汚染』」
http://news.thebeijingnews.com/0553/2007/08-22/014@285315.htm

 この記事の見出しを見ると、4日間の交通制限が終わった途端に前と同じような汚染になった、つまり交通制限が効いたのだ、というふうに読めますが、実際の数字を見ると、そうは簡単には判断できません。

 国家環境保護総局が発表している北京の大気汚染係数は、8月13日~22日までの10日間は順に以下の通りになっています。
【交通規制実施前】56、76、86、115、
【交通規制実施中】91、93、95、(欠測)、
【交通規制実施後】116、88
となっています。8月20日(月)がなぜ「欠測」なのか理由は不明です(今まで「欠測」の日なんてなかったのですが)。これを見ても、交通規制を行っていた4日間だけ特別に汚染が低かった、とはこのデータだけでは言えないと思います。確かに北京市当局は「測定結果は成功だった」と言っており、これは「必要なデータは取れた」という意味であって、車を制限することが即大気汚染の改善につながることが実証された、とまでは言っていないので、間違ったことを言っているのではないのですが、「交通制限の終了した後の初日は『軽微汚染』」という新京報の見出しは、多くの読者に「交通制限によって大気汚染が改善されたことが確認された」という必ずしも科学的には正しくない結論のイメージを与えたのではないかと思います。

 実は、交通規制実施期間中に出ていた90台という大気汚染指数の数字は、発表される大気汚染指数の数字としてはよく見る数字です。実際に国家環境保護総局が測定した北京の2006年1年間の大気汚染指数を10単位でグラフにしてみると以下のとおりになります。

※データの出典:中国国家環境保護総局の重点都市大気汚染日報のページ
http://www.sepa.gov.cn/quality/air.php3
の下の方にある検索機能を使って「北京」の「2006年1月1日~2006年12月31日」の大気汚染指数を表示させて10単位にその指数を示した日数が何日あったかを数えたもの。

【2006年の北京の大気汚染指数の度数分布】(■=3日)

000-020:0
021-030:■2
031-040:■■■7
041-050:■■■■■■17
051-060:■■■■■■17
061-070:■■■■■■■■■■■■■■42
071-080:■■■■■■■■■■■■36
081-090:■■■■■■■■■■■■■■41
091-100:■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■79
101-110:■■■■12
111-120:■■■■■15
121-130:■■■■■14
131-140:■■■■■■■20
141-150:■■■■11
151-160:■■■■11
161-170:■■6
171-180:■■4
181-190:■■5
191-200:■2
201-210:■3
211-220:■1
221-230:■2
231-240:0
241-250:■2
251-260:■3
261-270:0
271-280:■1
281-290:0
291-300:0
301以上:■■■■12
合計=365日

 普通、この手のバラツキのあるデータの測定値を度数分布のグラフにすると、なだらかな山型のカーブを描くのですが、上記のグラフでは、91-100のところが不自然に多く、101~130のあたりが不自然に少ないように感じます。汚染等級としては、0-50が「優」、51-100が「良」、101-150が「軽微汚染」、151-200が「軽度汚染」、201-250が「中汚染」、250-300が「中度重汚染」、301以上が「重汚染」に分類されます。従って、100以下なら「良」、101以上ならば「軽微汚染」に分類されるので、ここの境目が非常に重要なのです。上のグラフを見ると実際は100をちょっと超えた程度だった日の部分を91-100の日として寄せ集めたように見えます。

 この傾向は2007年のデータでも見ることができます。例え測定されたデータを正確に記録していたのだとしても、例えば10回測定して、その測定値の中から「適切なもの」を観測値として選ぶ、といった「測定データの意図的な選択」をやれば、データをねつ造しなくとも、測定値の操作はある程度可能です。しかし、そのように一定の意図の下に選択されたデータは科学的には意味を持ちません。そもそも科学的にデータ測定をする場合には、そのような「意図的なデータの選択」を行ってはならないのです。

 測定には必ず測定誤差が出ますので、実際にたまたま上記のような測定結果が出たのだ、と言われればそれを否定することはできません。ただ、統計学的に考えれば、上のグラフはかなりの高い確率で意図的な測定値の操作あるいは選択が行われた可能性を示しています。

 環境汚染対策は、まず実情がどうであるのかを科学的に正確に測定するところから出発します。北京でナンバーの奇数・偶数による自動車の通行制限が行われていた4日間の大気汚染指数が3日は90台、1日は欠測だった、という結果を見て、この数字を本当に素直に受け取っていいのだろうか、という疑問を私はぬぐい去ることができませんでした。

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2007年8月18日 (土)

現場生中継の意義

 中国におけるテレビのあり方に関連して、私が、香港返還10周年の今年7月1日に

http://folomy.jp/heart/

の「テレビフォーラム」にアップした文章をこちらのココログにも掲載します。

 folomyは、かつての@ニフティのフォーラムを運営していた人たちが集まって運営しているサイトで、メールアドレスを持っている方ならば誰でも無料で登録できます。私がfolomyに書いたものの再アップは、折りを見て時間のあるときに行います。従って、例えばfolomyに掲げた文章のアップは1か月程度遅れると思います。最新の文章を御覧になりたい方は、ぜひ、御自分で上記のアドレスからfolomyに登録して、御覧いただくよう御願いします。

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アップ場所:
http://folomy.jp/heart/
「テレビフォーラム(ftv)」-「喫茶室『エフ』」-「『ドナウ川の蚊柱』の続き」

記載日時:2007年7月1日

【現場生中継の意義】

 今日(2007年7月1日)の中国中央電視台第一チャンネルは、朝から特別編成で、香港返還10周年として行われた行事を香港から生中継で放映していました。

 実は、中央電視台のチャンネルでは、ニュース系の番組では、生中継の映像は非常に少ないのです。夜7時からの「新聞聯播」では、ニュースの中で現場からの生中継の映像をやっているのを見たことがありません。朝7時からの「新聞天下」では、時々生中継の映像がありますが、それは「今日、○○の会議を開催予定。その会議の現場からの生中継」というもので、会議を準備している場所からの中継です。事故・事件の現場からの生中継は見たことがないし、事故・事件の現場でなくても、街角からの生中継の映像も見たことがありません。従って、ニュース自体、「このニュースのアナウンサーは、生放送でニュースを読んでいるのだろうか」と思うことが多々あります。

 昨日の夜(7月1日午前0時)、ちょうど香港返還10周年の瞬間の香港の様子を生中継で見られるのかなぁ、と思って、中央電視台第一チャンネルを見ていたのですが、「香港返還10周年記念特別番組」として、香港の野外ステージからの歌番組をやっていただけでした。午前0時の瞬間も歌手が歌っていましたので、生中継ではなかったようです。

 一方、その時、ちょっとチャンネルを回してBBCやCNNを見てみたら、ちょうどイギリスのグラスゴー空港に車が突っ込んで炎上した事件の直後だったので、現場にいるタクシーの運転手に電話して様子を聞くなど、緊迫した生放送をやっていました。

 中国中央電視台の今日(7月1日)午前中の香港返還10周年記念の行事の生中継は、特別行政区長官の宣誓式や演説、胡錦濤国家主席の演説など、当然のことながら、式次第は前から決まっているセレモニーでした。偉い人たちの演説をナマで聴くのも悪くはないのですが、要するに中国のテレビ局の場合、「予定外」のことが起こる可能性のある場面からは、生中継はしないのだと思います。要人の記者会見などは生中継でやることもあります。街頭からの生中継などをやらないのは、街頭からの生中継では、やはり「好ましくない予定外のこと」が起こる可能性があるので、それが怖いのでしょうか。

 私は20年前北京に住んでいて、今また北京にいますが、中国の場合、新聞はかなり自由になったと思いますが(下記参考参照)、テレビのニュースは20年前とほとんど変わっていません。来年のオリンピック期間中は、たぶん、朝から晩までオリンピック関係の生中継が続くことになると思います。中国のテレビでも、スポーツは普通に生中継をやりますので、ニュースも「予定外のこと」が起こることを怖れずに、もっと生中継場面を取り入れてもよいと思います。

(参考)このブログの2007年6月30日付け記事
「報道の自由は社会の安定的変化の重要な要素だ」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/06/post_544b.html

(2007年7月1日、北京にて記す)

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2007年8月16日 (木)

地方の工事は人民代表が決めるという実験

 昨日(8月15日)付けの人民日報に、鎮(末端に近い地方政府のひとつ)がどの公共工事を実施するかを選択する際に人民代表による票決によって決めるようにした、という上海市の惠南鎮というところの話が紹介されていました。上海市は、日本の市とは違って非常に大きな行政単位ですので、上海市の中にある鎮は、上海市街地近郊にある農村といったイメージを持っていただければよいと思います。

「人民日報」2007年8月15日付け記事
「人民代表が票決で工事の実施を決定(身近なエピソード)」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2007-08/15/content_16300434.htm

 普通は、鎮が行う公共工事は、鎮の人民政府が鎮の共産党委員会の指導の下で決めるのですが、鎮政府は人民の本当にやって欲しいと思っている工事と違う工事ばかりやって人民の不評を買う、という例が多いので、ここで紹介されている上海市の惠南鎮では、実験的に人民代表(国会議員を選ぶ選挙人)が決めるようなシステムにしてみた、とのことです。人民代表とは、鎮の人民が鎮の人民代表を選び、鎮の人民代表が上部の地方組織である県の人民代表を選び、県の人民代表が省の人民代表を選び、省の人民代表が全国人民代表(国会議員)を選ぶ、というようなシステムになっている中国の選挙システムの中の選挙人です。本来は地方政府の行政をコントロールする立場の人ではありません。人民代表の選挙では、基本的に中国共産党の推薦がないと立候補できませんが、最も末端の鎮の人民代表は、その鎮の住民による選挙で選ばれますので、その選出には人民の意見は一定程度反映されている、といっても間違いではないと思います。

 この惠南鎮で行われた実験では、まず人民代表が、鎮に住む人民から、橋の掛け替えとか学校の建設とかやって欲しい公共工事を聴取してリストを作り、そのリストの中から人民代表の票決によって優先順位を付けてどの工事を実施するかを選定し、工事の進捗状況は人民代表がチェックする、というやり方を採用しました。鎮政府が勝手にどの工事をやるかを決められないようにしたのです。この結果、多くの人民が望む工事が行われ、人民は助かった、とのことです。また、ある地区では、農地を土地開発に提供したことにより農地を失った農民の就業が問題となっていましたが、この方式で工事選定をすることにより、農民に適切な就業機会が与えられ、この方式を採用するようになってから人民が上部機関に訴え出る事件(上訪事件)が一件もおきていない、とのことです(逆に言うと、この記述は、以前は「上訪事件」が起きていた、ということを意味しているわけですが)。

 本来、人民代表は国会議員を選ぶための選挙人で、地方政府に意見する役割ではないのですが、(自由選挙ではないとはいえ)人民による直接選挙で選ばれた人民代表に地方政府の行政を監視させる方法をとったわけです。以前、経済専門週刊紙「経済観察報」に載っていた記事で似たような方式を主張していた人がいました。

(参考)このブログの2007年7月29日付け記事
「地方政府幹部任用制度の民主化」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/07/post_2021.html

 地方政府の行政が人民の希望と全くかけ離れていることが多い、という現状に対する対処策として考え出された方式なのだと思います。

 従来から、地方政府レベルでは一定の民主化を進めるべきだ、という意見は中国でもあるのですが、地方政府の行政の進め方が人民の代表によって決められてしまうと、地方レベルの共産党委員会の存在意義がなくなってしまうので、共産党の地方組織の抵抗により、これまで地方政府の行政に対して人民の声が直接反映されるようなシステムは実現できていませんでした。この事実は、中国共産党の党の成立の歴史を考えれば、共産党の地方委員会は、そもそもその地域の人民の意見を聞いて地方政府の行政に反映させる役割を果たしているべきなのですが、今は、現実にはそうはなっていないことを示しています。現在の共産党の地方組織の幹部は、党の上部組織から任命され、権限を与えられていることをいいことに、その地域の人民の望むものとは関係のない行政を行っている例が多いのだと思います。

 惠南鎮で行われた「実験」は、共産党の地方末端組織の存在意義を否定しかねないものですが、このような「実験」をひとつの「成功例」として中国共産党の機関紙「人民日報」が報道したということは、おそらく、このような地方行政に対して人民の意見を反映させるシステムを作ることを、この秋の党大会へ向けて議論していこう、という党中央の意志の表れだと思います。

 地方政府の行政と人民との関係を改革しようという党中央の意識と、それに対する「抵抗勢力」になるであろう党の地方組織との間で、秋の党大会へ向けて様々な綱引きが行われるのだと思います。胡錦濤総書記の6月25日の中央党校で行った「重要講話」でも、地方政府の行政とその地域の人民の意向とのずれに対する危機感がにじみ出ていました。党中央が地方の人民の声をきちんと吸収できるように党の地方組織をきちんと指導することを期待したいと思います。

 ただ、このような地方レベルでの民主化の話は20年前から議論されており、いまだにここで紹介されているようなレベルでの「実験」しかできていない、ということは、この種の末端地方行政改革は、相当に難しい(抵抗が強い)のだろうと思います。しかし、ここまで広がった都市部と農村部の格差を考えると、もう待ったなしの状態に来ているのではないかと私は思います。

 秋の党大会で、きちんとした議論が行われ、前向きの結論が出ることを期待したいと思います。

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2007年8月15日 (水)

昼間の接待酒をやめたら半年で4300万元浮いた

 今日(8月15日)の人民日報で、昼間の会食で酒を飲むのを禁止したらこの半年で接待費用が4,300万元(約6億8,800万円)節約できたという河南省信陽市の例が紹介されていました。4,300万元という数字は、信陽市地区の地方政府の接待費用の約30%にあたり、この金額があれば小学校が40~50校建てられる金額だそうです。

(参考1)「人民日報」2007年8月15日付け記事
「『禁酒令』が信陽市にもたらしたものはなにか?」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2007-08/15/content_16253587.htm

 この「人民日報」の記事は、今朝の中国中央電視台(CCTV)の朝のニュース「新聞天下」でも紹介されていました。この記事は「信陽市の共産党委員会書記が、以前は、午後、赤ら顔でテレビ会議に出て来る幹部がいたり、昼食の前にカルタ遊びをやるのを習慣にしている幹部がいたりして、いったいいつ仕事をしているのだろうか、という状況だったのを問題視して、今年初めに『昼間の時間の禁酒令』を出しところ、今年上半期だけで接待費用を4,300万元節約することができた」というひとつの「成功例」として、信陽市の事例を紹介しているものです。この記事では、この「禁酒令」により、仕事の効率も向上して、信陽市の食糧生産やGDPも伸び、アルコール依存症のような病気の幹部も半減した、とその「成果」を強調しています。

 しかし、私がびっくりしたのは節約できた4,300万元という金額の大きさです。これで半年間の接待費の約30%にあたる、というのですから、接待費全体では半年で1億4,300万元(約23億円)という金額に上ることになります。「節約できた分の金額があれば小学校が40~50校建てられる」と記事にあるように、中国の物価水準からすると、この金額はとんでもない数字です。1日当たりにすると、78万元(約1,250万円)に相当します。この数字は、信陽市の市の政府だけではなく、その下の地方行政単位である県、さらにはその下の単位である郷のレベルの地方政府の接待費も合わせての数字だとのことです。中国の「市」という行政単位は日本の「市」よりかなり大きなもので、この河南省信陽市も地方都市とは言いながら人口780万人を数える規模の行政単位ですが、それにしても1日78万元(約1,250万円)の接待費、というのは多額過ぎます。私らが北京で会食をやる時は、夕食の場合でも1人当たり100元を超えると「ちょっと高いなぁ」という感じになります。私のいるオフィスビルの中国人の一般職員用の職員食堂の昼食の値段は1人10元(約160円)です。最近、北京などの都会の人はかなりスマートになって仕事上の会食でガバガバ酒を飲む人はほとんどいなくなったからかもしれませんが、北京という物価の高い都市に住む外国人の目から見ても、1日78万元という接待費用の金額は非常識です(1人100元としても1日に7,800人分ですからね)。

 「人民日報」の記事は、「禁酒令」を出して成功した話として紹介しているのですが、私としては、この金額を見て、中国の地方政府では、まだまだとんでもない浪費が行われているのだなぁ、と思いました。下の地方政府が上部の政府機関の人を接待するいわゆる「官官接待」は中国では今でも当然の如く行われているので、日本で考えているよりも中国の地方政府が使う接待費用の金額が大きくなるのは致し方ないところもあるのですが、それにしてもこの金額は大きすぎます。信陽市のある河南省は、人口が多く、中国でも比較的貧しい地域と言われています。一方で、先日のこのブログでも紹介したように、この中国には、都会に出稼ぎに出て、1回の食事を1~2元で済ませて我慢してでもお金を節約しようとしているような農民工の人たちが億の単位でいるのです。

(参考2)このブログの2007年8月12日の記事
「炎天下の農民工:人民日報のルポ」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/08/post_8b9b.html

 「禁酒令」を出して行政効率を上げた信陽市の共産党書記の施策を「成功例」として賞賛するだけで、そもそもの接待費用が高額過ぎることに触れない人民日報の感覚は、一般人民の感覚からは、相当にずれていると思います。

 別の見方をすれば、信陽市の党書記による「禁酒令」のような例が「ニュース」として人民日報に取り上げられる、ということは、他の地方政府ではこういった「成功例」があまりない、ということだと思います。北京にいるとあまり目に見えないのですが、中国の地方政府の乱脈ぶりは、実は相当程度に深刻なのかもしれません。この人民日報の「禁酒令」の記事は、そういった中国の地方政府の、ほとんど行政組織として機能していないと言っていいほどの乱脈ぶりの一端を窺わせたものであったように思います。

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2007年8月14日 (火)

携帯メールで拡散するデマ

 最近、連日、台風などの暴風雨に見舞われている広東省で、一昨日(8月12日)の早朝、「大雨が大地震を引き起こす」というデマが出回りました。これに対して、広東省気象局は、「これはデマだ。惑わされないように。」という携帯メールを大量に流して、約3時間でこのデマ騒ぎを治めることに成功した、とのことです。

(参考1)「新京報」2007年8月13日付け記事
「湛江市で100万件の携帯メールで地震に関するデマを消し去った」
http://news.thebeijingnews.com/0565/2007/08-13/017@021428.htm

 中国には、現在5億個の携帯電話があります。携帯電話は、電話として使うのはもちろん、多くの人が携帯メールで情報の交換する道具として使っています。中国の関係当局は、インターネットのウェブ・ページはしっかり管理していて、社会に有害なサイトは閉鎖するなどの措置を取っていますが、携帯メールは、数が膨大すぎるためか、当局も管理し切れていないようです。私の携帯電話にも、明らかに違法と思われるような広告・宣伝のメールがしょっちゅう入ります。従って、誰か悪意の者が携帯メールでデマ情報を流そうと思えば流せてしまうのが実態だと思います。

 今年5月頃、中国南部で「バナナにSARSの病原体が付いている」というデマが流れ、バナナの価格が暴落し、バナナ生産農家が困った、という事件がありました。SARSは、食べ物で伝染するような病気ではないと思うので、私はこの話を聞いたハナから「これはデマだ」と思っていたのですが、このデマについては、意外に中国の人々の中には本気にした人が多かったようです。残念ながら、こういった変なデマの広がる素地が中国にはあると言わざるをえません。それは、多くの人がテレビやラジオを信用していないからです。中国の人々は、「テレビやラジオは本当のことを言わないかもしれない」と思っているのです。

 実際、中国国内で起こったニュースで、外国では報道されるけれども、中国国内では報道されない、報道されたとしても非常に限られた情報だけ、というケースは数多くあります。先日起きた在北京韓国大使館公使が病気で治療中になくなった事件もその一つです。

(参考2)このブログの2007年8月4日付け記事
「在北京韓国大使館公使の死去」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/08/post_cfae.html

 そもそも中国のテレビのニュースでは、国際ニュースは結構普通にやるのですが、国内ニュースは、指導者の動向やイベントもの、政府の発表もののニュースが多く、事件・事故関連のニュースは時間枠自体が非常に短いものになっています。昨日(8月13日)夕方湖南省で発生した建設中の橋の崩落事故で、80人近い作業者が死亡または行方不明になっている、というニュースは今日(8月14日)のテレビのニュースで現場の映像付きで放映されました。これは今の中国では「異例な速さ」です。

 おそらくこういった背景を認識しているからだと思いますが、今日(8月14日)付けの「新京報」は、「デマを収拾させるカギは、やはり情報の公開である」という社説を掲載しています。

(参考3)「新京報」2007年8月14日付け社説
「100万件の携帯メールで3時間でデマを収束させたという件のカギは、情報の公開だ」
http://comment.thebeijingnews.com/0728/2007/08-14/021@005926.htm

 この社説では、情報の公開が危機管理がうまく行くかどうかの重要な要素である、と指摘しています。それなのに、いまだに一部の地方政府部門においては、事実に基づく権威ある情報を提供する能力に欠けているところがある、と懸念を表明しています。

 今、中国では、政府幹部の記者会見をその場でキーボードで打ち込んでほとんどリアルタイムでインターネットで公開するようなこともやっています。国土が広い中国ですが、これだけネットワークが発達した現在、スピーディーな情報の伝達は技術的には可能なはずです。中国でも「事件・事故が起きたらテレビを見たり、ラジオを聞いたりする」「携帯メールで流されてくる情報の方がマユツバものだ」と多くの人が思えるような時代に早くなって欲しいと思います。

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2007年8月12日 (日)

炎天下の農民工:人民日報のルポ

 最高気温35度以上の日々が続く上海、武漢、広州で働く農民工の実態を今日(8月12日)付けの人民日報がルポルタージュしています。

「人民日報」2007年8月12日付け(週刊特集「新農村」内の記事)
「高温下の農民工」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2007-08/12/node_13.htm

 上記のアドレスをクリックすると、印刷された今日付けの人民日報の第5面が表示されますが、各記事のところをクリックすると、パソコンの画面上でそれぞれの記事や写真を大きく表示して読むことができます。例えば「高温下の農民工」の本文部分は、

http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2007-08/12/content_15850954.htm

で見ることができます。

 このルポでは、例えばポイントとして以下のようなことが伝えられています。

○上海の3人の農民工は、分担して1個19リットル入りの飲用水20個を近所の9か所に配達している。全部で重さは400kg。20個配達して3人の収入は20元(約320円)。

○上海の水運びをやっている農民工のうちの1人は保母をやっている妻と部屋を借りている。その部屋は、6平方メートルの小部屋で部屋代は260元(4,160円)。ベッドと古いテレビと大きな腰掛けひとつ、小さな腰掛けがいつくかあるが、それ以外にものを置く場所はない。

○農民工:「こどもたちにはちゃんと勉強して欲しいと思っている。まじめにやってるかどうか見てやりたいんだが、会えるのは1年に数日だからなぁ」。記者:「上海に呼んで学校に行かせたら?」。農民工:「受け入れてくれる学校なんてないもの。農民工がみんなこどもを呼び寄せたら、上海が受け入れられると思う?」

○8月6日午後三時の武漢の気温は36度。3人の臨時雇いの清掃作業員に会った。36度以上の日は正午から午後2時まで休憩。3人のお昼御飯は、コンブの塩煮、タマネギとタマゴの炒め物、ジャガイモの煮付け、野菜炒め。肉はない。「今、肉は高いからね。」

○臨時雇い清掃作業員の中の1人の女性の息子はアモイ大学の大学院生。大学に入るとき、親戚から4~5万元(64~80万円)の借金をした。その学生は学校から毎月400元(6,400円)の補助を受けて生活している。「でも、アモイは物価が高くて麺が一杯6元(96円)だからね。あの子は朝御飯は食べないそうだ。私は女だから肉はあまり食べない。たまに食べると胃がもたれるんだよ」。信じがたいことだが、彼女の毎日の食事代は1元か2元(16~32円)。全部野菜なのだそうだ。

○都市管理局の清掃作業員の正職員の月給は1,200元(19,200円)以上だが、臨時職員(農民工)の月給は580元(9,280円)。局の説明では、正職員の労働期間は長いが、臨時職員は普通4,5年で辞めてしまうから、とのこと。ある農民工は言った。「私は今の仕事を20年やってますよ。なぜ『臨時職員』なんですかね。いつになったら正職員と同じ給料をもらえるんですかね?」

○広州のある農民工の友人が先月病気になった。広州で手術すればすぐ直る病気だったのだが、やむを得ず休暇をもらって故郷に帰り、故郷の病院に行った。なぜならば、医療保険が全国共通ではなく、広州では保険が利かないからだ。

○取材場所から記者が去る時、中学校しか卒業していない農民工が言った。「我々の国は、こんなにも大きく、人もたくさんいて、財力もありませんからね。すぐに解決できない問題もたくさんありますから、私らが金を儲けるのに苦労するのはしかたのないことだ。私のこどもの時代になったら、良くなっているといいんだけどね」。この理解、この広い心。都市住民である記者は赤面するのを禁じ得なかった。

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 私は今年4月に北京に来たばかりなので、こういった農民工の問題を真っ正面から捕らえたルポルタージュが今まで「人民日報」に掲載されたことがあったのかどうかはよく知りません。「農村には働く場所がないので、農村に戸籍がある農民工が都市に出てきて働かざるを得ないのだが、都市では戸籍がないために行政当局が用意する安い住宅に入ることができず、医療保険も利かず、こどもを帯同してきても行かせる公立学校がない。都市住民と農民工の間には給与の差もある」。こういった問題は、中国の人はみんな知っているし、海外でも何回も報道されてきましたが、秋の党大会を控えたこの8月、中国共産党の機関紙「人民日報」が改めてこの問題を真正面から取り上げたことの意味は小さくないと思います。ただ。逆に言えば「なぜこんなみんなが知っていることが今更『人民日報』の記事になるのか?今までこういった実情を伝えてこなかったからなのか?」とも言えますが。

 記事の中に「ある農民工は取材中に『同じ仕事をしているのに、なぜ正職員と我々農民工は給料が違うんでしょうかね。』と『ヒソヒソ話』で言った。」といった表現があります。「ヒソヒソ話」という言葉が「 」でくくってあり、記者の問題意識を表しています。記者は、ハッキリ文章では書いていませんが、「なぜ事実を話すのに『ヒソヒソ話』をしなければならないのか」ということを暗に主張したかったのでしょう。

 今、中国では、経済の急激な成長に伴う様々な矛盾点が一気に吹き出しつつあります。それぞれの問題点は、解決が難しいことばかりです。その中で大きな「救い」は、これらの様々な矛盾点を鋭く指摘し、「これではいけない。何とかしなければならない」という義憤に満ちた主張をする記事や論評が新聞に出ていることです。問題は、中国の政治が、この問題意識をどう受け止め、どのような具体的な対応策を打ち出していくかです。

 この「人民日報」のルポにあるように、中国では、貧しい農民工でも一定の教育は受けており、子女が大学や大学院へ通っている人たちも少なくありません。中国には、まだ貧しい人たちがたくさんいるのは事実ですが、中国を「貧しく教育もなかなか受けられない人々がたくさんいる発展途上国」だと認識しているのだとしたら、それは大きな誤りです。前にも書いたことがありますが、多くの農民工は貧しいながらも携帯電話を持って互いに情報交換などをしているのです。働くチャンスさえあれば大きな能力を発揮できる人々が何億人もいるのです。

 農民工の問題を解決するためには、農民工を都市住民として認め、住宅、教育、医療などについて都市住民と同じように扱うようにするか、そうでなければ農民工の故郷である内陸部に働く場所を作って出稼ぎをしなくて済むようにするしかありません。現在の中国では、沿岸部などの都市近郊における労働集約型の輸出産業と、都市部及びその近郊の農村における建設工事が経済成長の原動力です。今後とも中国経済が成長のための推進エンジンとしてこれらの産業に頼るのならば、農民工の「出稼ぎ」は止みません。農民工問題は、中国の産業構造・社会構造の根本に係わる問題なのです。この問題の解決を図るに際しては、多くの「既得権益グループ」の利害に直接関係するケースも出てくると思いますが、長期的・安定的な中国の発展のためには、一部のグループの利害を切り捨ててでも、良識ある解決策が打ち出されるよう望みたいと思います。

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2007年8月11日 (土)

「新左派」と「新自由主義派」

 2007年8月6日号(8月4日発売)の経済専門週刊紙「経済観察報」は、「観察家」(オブザーバー)のページで、この7月11日に三聯書店が発行する雑誌「読書」の共同編集長を突然に更迭された汪暉氏と「経済観察報」編集部との対談を掲載しています(タイトルは「汪暉:『現代化自体を考え直す必要がある』」)。雑誌「読書」は、1979年から発行されている思想誌で、汪暉氏は、1996年初からその共同編集長を務めていました。汪暉氏は、急速な経済発展は都市と農村の格差を拡大させ、国有企業の無秩序な民営化は大規模な腐敗と国有資産の流失を招いたとして、現在の経済政策を批判し、経済の行き過ぎた市場化を抑制し、経済の中に占める公有制経済の重要性をもっと高めるべきだ、と主張しています。もちろん、彼は、文化大革命時代のような原理主義的な共産主義を求めているのではなく、改革開放政策を進めることは認めていますが、急激な市場経済化による「歪み」を批判しているのです。彼のような考え方を持つグループは「新左派」と呼ばれています。

 一方、「経済観察報」が累次掲載している社説や論評では、「中国共産党による指導による政治運営」という大前提の下で、誤った政治運営を人民が是正し、納税者の声が政治に反映できるような民主的な制度にすることを提唱しています。それは、例えば、中国共産党が多数を維持しつつも、他の政党の声が政治に反映できるような多党制を目指すもの、と言ってもいいかもしれません。そもそも中華人民共和国成立当時は、中国共産党が政治の全てを支配していたわけではなく、中国共産党の指導の下で、知識人や中小商工業者等の代表からなる複数の政党が話し合いで政治の方向性を議論する体制でしたので、そういった中華人民共和国の建国の原点に戻るとともに、「中国共産党による指導」という原則の範囲内で、できるだけ民主化を進めることを主張しているわけです。このような方向性を目指している考え方を持つ人たちは「新自由主義派」と呼ばれます。

 現在の中国では、「中国共産党による指導の下での政治運営」という基本原則を覆そうとするものでない限り、比較的自由な言論が行われていますから、「新左派」と「新自由主義派」とは、いろいろな雑誌、新聞を通じて議論を行ってきました。雑誌「読書」は「新左派」を代表する思想誌と思われてきましたが、発行元の三聯書店は、7月11日、共同編集長を努めていた汪暉氏と黄平氏を突然更迭しました。その理由については、様々な憶測が行われていますが、真相はわかりません。

(参考)gooニュース(産経Web)2007年7月27日03:30配信
「新左派系編集長を更迭 中国の雑誌「読書」 市場経済…販売政策を転換?」
http://news.goo.ne.jp/article/sankei/world/m20070727030.html

 この産経の記事では、この共同編集長の更迭の背景には、雑誌「読書」の発行部数が落ちたことと、本来の「学術誌」から離れ過ぎてしまったことへの読者の不満がある、と分析しています。

 「新自由主義」の旗手である「経済観察報」が「新左派」の先頭に立ってきたと見られている汪暉氏を招いて対談を行ったことについては、この「経済観察報」の対談記事の冒頭で、漢代の劉向が言った言葉「君子が人と交わろうと思えば、水と火のように合わない相手でも憂えてはならない。鼎(かなえ:古代の鍋)を置いて、水と火が混じり合わなければ、おいしい料理はできないのと同じだ。」を引用し、あえて自らと意見の異なる論客を招いて議論を深めたいと思ったからだ、と述べています。一定の条件ははめられているものの、その範囲内で理性的に活発な議論が行われている現在の中国の言論界の状況を示すひとつのエピソードだと思います。

 なお、現在の中国には、「新左派」でも「新自由主義派」でもない、いわば「既得権益グループ」とでも称すべき人々が存在します。一部の地方政府の幹部などのことで、社会主義に基づく政治権力をバックにして、市場経済化の波に乗る一部企業と結託して「金儲け」をしている人たちです。彼らは、自らの権力の源である社会主義の原則は守られる必要があると考えている一方、「金儲け」を続けるためには、市場経済化による急激な経済発展が今後も続くことを望んでいます。人民による選挙などの民主的な方策によって自らの地位を追われることを最も嫌うグループです。しかし、この「既得権益グループ」は、単に金儲けに走っているだけで、崇高なる思想などありませんから、「新左派」と「新自由主義派」の論争、といったまじめな思想上の議論には登場してきません。今後の中国の行方は、良識ある思想家・政治家たちが、思想なき「既得権益グループ」をどのようにコントロールしていけるかに掛かっていると思います。

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2007年8月10日 (金)

北京で自動車使用規制の「実験」

 昨日(8月9日)、北京市関係当局は、市内を流れる自動車の数を減らすことがオリンピック期間中の大気汚染軽減にどの程度効果があるのかを測定するため、8月17日(金)から8月20日(月)までの4日間、ナンバープレートの番号による車両通行規制を実施することを発表しました。17日と19日はナンバープレート番号の下一桁が奇数の車のみ、18日と20日は偶数の車のみが市内での通行を認められます。救急車、消防車、警察などの緊急車両、バス、タクシーなどの公共車両、各国大使館車などの特別な車両は規制の対象からはずされます。北京市当局によれば、番号による車の制限を行う一方、政府関係機関の業務時間を通常より1時間前倒しにしたり、大型商店の閉店時間を遅らせたりして、出勤時、退勤時のピークをできるだけ小さくすようにするほか、バスや地下鉄の運行本数の増加などを行い、市民の足にはできるだけ影響が出ないようにする、とのことです。

 当然のことながら、このニュースは、今日(8月10日)付けの北京の地元新聞の1面トップのニュースでした。

(参考1)「北京晨報」2007年8月10日付け記事
「自動車、番号の奇数偶数によって使用を規制」
http://www.morningpost.com.cn/article.asp?articleid=120570

(参考2)「新京報」2007年8月10日付け記事
「17日から20日まで自動車はプレートの奇数偶数によって使用を規制」
http://news.thebeijingnews.com/0546/2007/0810/018@282592.htm

 中国の普通の企業などは、学校や大学の関係のところを除けば、「夏休み」の習慣はあまりないので、8月17日(金)~20日(月)も「普通の週末」のひとつです。従って今回の車の使用規制の「実験」の影響はかなり大きいと思います。北京の車のうち通勤に使われている「マイカー」がどのくらいの割合なのか私はよく知りませんが、上記の北京晨報の記事では、現在登録されている305万台の車のうち約130万台が止まることになる、と予測しています。北京の場合、地下鉄は、東西に走る1号線と八通線、第二環状路の下を走る2号線、北の郊外を逆U字型に走る13号線しかまだ開通していませんので、地下鉄で行ける場所は限られます。従って、番号による車両制限が行われると、いつもは車で通勤している人の半数のうちかなりの部分の人がバスやタクシーで通勤することになるわけですので、バスがどの程度混むことになるのか、タクシーがどの程度つかまらなくなるのか、ちょっと予想がつきません。

 こういった「実験」は、8月にやることになるだろう、とは前々から言われていたのですが、具体的な日程や、どういう制限の仕方にするのかなどは、全く決まっていませんでした。実施の約一週間前の昨日、突然に発表になったので、私も予定を再調整するためにちょっとあわてました。会議や打ち合わせの予定を変更した人もいたと思います。北京で働く日本人の中には、今、お盆休みで日本に帰ったりしている人も多いので、このニュースを知らない人も多いかもしれません。いつも奇数番号の車を使っている人は、お盆明け直後の20日の月曜日には車が使えないことになるので、ちょっと対処が大変だと思います。大気汚染軽減のためならばこういった「実験」も仕方がないと思いますが、私としては、1か月くらい前から予告して欲しかったなぁ、と思いました。

 屋根に会社名などが入った北京のタクシーは、メーター制で基本的に安心して乗れるので、タクシーが使えるのならば問題ないのですが、もし6.6万台あると言われる北京のタクシーよりも利用客が大幅に多くなった場合は、タクシーがつかまりにくくなるので、不許可タクシー行為(日本で言う「白タク」、中国語でいう「黒車」)が横行するのではないかとちょっと心配です。普段でも、雨が降り出した直後は、みんなが一斉にタクシーを拾うので、一時的にタクシーを捕まえるのが非常に難しくなることがあります。ですから、もし仮に車両規制の期間中の朝夕のラッシュ時に雨が降ったりすると、徒歩や自転車で通勤しようと思っていた人もタクシーを拾う可能性があるので、ちょっとした混乱も予想されます。8月17日~8月20日の期間中に観光旅行などで北京訪問を計画されている方は、お気を付けくださいませ。

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2007年8月 9日 (木)

なぜ8月8日に内モンゴル自治区成立60周年記念式典なのか

 昨日(8月8日)、北京でオリンピック1年前の記念行事が行われているまさに同じ日、内モンゴル自治区の首都フフホトでは、内モンゴル自治区成立60周年記念式典が開かれました。この60周年式典には、中国共産党政治局常務委員で国家副主席の曽慶紅氏(党内序列ナンバー5)を団長とする中央からの代表団が参加しました。

 内モンゴル自治区は、中華人民共和国が成立する2年前の1947年に成立しており、いわば中華人民共和国成立の先駆となった自治区ですので、その設立60周年をお祝いする式典が行われるのは別におかしくはありません。しかし、内モンゴル自治区が成立したのは1947年の5月1日です。

(参考)内モンゴル自治区人民政府ホームページ内「人文歴史」のページ
http://intonmg.nmg.gov.cn/rwls/index.htm

その成立60周年記念式典を、なぜわざわざ北京オリンピック1年前の式典をやる8月8日にぶつけてやる必要があったのか、私には非常に疑問に思えるのです。

 8月8日の夜7時からの中国中央電視台のニュース「新聞聯播」では、トップニュースがこの内モンゴル自治区成立60周年記念式典で、2番目が北京オリンピック1年前記念行事のニュースでした。8月9日付けの人民日報や経済日報の1面トップ(第1面の左側)はやはり「内モンゴル自治区記念式典」で、「オリンピック記念行事」は1面の右側半分の扱いでした。8月9日夜のニュース「新聞聯播」は、トップニュースで「中国共産党の省、市、県、郷の各地方レベルの党幹部が順調に決まった」というニュースを伝えた後、2番目に昨晩(8月8日)のオリンピック1年前記念行事、続いて3番目に今日(8月9日)行われた内モンゴル自治区民族団結表彰大会の様子を伝えていました。中央電視台の第一チャンネル(総合チャンネル)は、昨日はオリンピック1年前記念行事をずっと生中継していましたが、今日は夜8時からは内モンゴル自治区成立60周年記念特別番組を放送しています。どう考えても、全国ニュースのレベルでは、内モンゴル自治区のニュースでオリンピックのニュースを薄めようとしているように思えてなりません(なお、8月9日付けの北京晨報、新京報など北京の新聞は当然ながらオリンピックの話題が1面トップです)。

 私が4月に中国に来て感じたのは、日本にいたときには「きっと中国は来年へ向けてオリンピック・ムードで一色だろう」と思っていたのだけれども、実際に来てみると必ずしもそうでもない、ということです。上記のニュースの流し方を見ていると、中央政府は、むしろ北京だけが「オリンピック!オリンピック!」と盛り上がることがないようにして、中央政府は常に他の地方のことも考えていますよ、というメッセージを出したいと考えているように感じました。もしかすると、中国国内には、貧しい農民のことを後回しにして何が何でもオリンピックを成功させようとしている中央政府に対する不満があって、中央政府もそれを気にしていて、オリンピックが全てではない、というメッセージを全国の人民に出そうと努めているのかもしれません。

 昨日(8月8日)のオリンピック1年前行事は、一部はBBCワールドやCNNでも生中継をしていました。それだけ世界が注目している北京オリンピックなのに、中国国内では「内モンゴル自治区成立60周年記念式典」がトップニュースだったことに、私としては非常に奇異な感じを受けたのでした。

 内モンゴル自治区成立60周年記念式典とそれに関連する行事のニュースが続くので、これらに出席している曽慶紅国家副主席の顔が何回もテレビに登場しました。オリンピック1年前記念式典に出たのは、中国共産党中央委員会常務委員、国務院副総理、全国人民代表大会委員長の呉邦国氏(党内序列ナンバー2)でした。そのため、この二人の顔がここ二日のテレビのニュースを独占しています。

 一方、胡錦濤総書記・国家主席(党内序列ナンバー1)と温家宝国務院総理(党内序列ナンバー3)は、なぜか今週月曜日から全くテレビのニュースに出てきていません。それが何を意味するのか私にはよくわかりません。胡錦濤主席は、来週17日からロシア・キルギスタン訪問という外交日程を控えているので、今週は夏休みを取っているのかもしれません。あるいは秋の党大会へ向けていろいろ水面下で動いているのかもしれません。中国では国家指導者が夏休みを取ってもニュースとして流れないので、実際に夏休みを取っているのかどうか私には確かめるすべがないのです。

 私には「内モンゴル自治区成立60周年記念式典」をなぜわざわざオリンピック1年前行事と同じ時期にぶつけて開催したのか、それが何を意味するのか、結局はわかりませんでした。単に今の時期は内モンゴル自治区は緑の季節で気持ちがよいし、8月なので国家指導者のスケジュールも取りやすかっただけ、という単純な理由なのかもしれません(でも、それにしても、内モンゴル自治区成立60周年記念式典をオリンピック記念行事とドンピシャの同じ日にぶつける必要はなかったと思います)。

 いずれにせよ、正確な情報が正式には伝えられず、こういうふうにいろいろな周辺状況から「ウラを読む」という毎日が続くと疲れます。中国も、早くもっと率直にいろいろな情報が自由に流通する国になって欲しいと思います。

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2007年8月 8日 (水)

大気汚染と北京オリンピック

 今日(2007年8月8日)は、北京オリンピック開会式1年前の日です。今日は、北京ではオリンピック開始1年前の様々なイベントが行われました。テレビでその関連のニュースを御覧になった方は気が付いたかもしれませんが、今日も北京は晴れていたのですが、白くもやっていて何となく空気がかすんだ感じのする1日でした。もやのきつい時間帯では晴れているのに影ができなていないのがテレビの画面でもわかったと思います。私は8月8日は工場などを休みにして大気汚染をその日だけでもよくするのかなぁ、と思っていましたが、だいたいいつもと同じでしたね。今日の中国国家環境保護総局の「各都市の空気汚染日報」によると、空気汚染指数は88で、汚染等級はIIでした(101以上が「軽微汚染」なので、88だと「良」になります)。

 オリンピックの開会式は2008年8月8日夜8時8分からなのだそうで、これは「末広がり」の8が並んで縁起がいいからなのだそうです。でも、私のような「ひねくれ人間」は、8月8日の夜8時過ぎだと、周りはもう暗くなっているので、大気汚染が目立たなくて済むのでそれを狙ったのかなぁ、などと思ってしまいます。私には1964年10月10日の東京オリンピック開会式の時の青空が印象に残っているので、やっぱりオリンピックは青空の下でやって欲しいなぁ、と思っています。

 最近、中国国家環境保護総局の「各都市の空気汚染日報」のページ

http://www.sepa.gov.cn/quality/air.php3

では、の下の方に都市名と期間を入れると任意の都市のこれまでの任意の時期の大気汚染の状況が見られるようになりました。北京は8月に入って毎日のように雷雨が降っているのですが、大気汚染はあまりよくなっていないことがわかります。この環境保護総局のページは、中国の大気汚染をモニターするのには非常に便利だと思います(こういうふうにインターネット上で情報が公開されるようになってきていることは評価すべきなんでしょうね)。

 私はオリンピックをやる8月には少しは大気汚染は改善すると思ったのですが、あまり改善されていないようです。そういった意味もあり、北京の大気汚染に関連して、私が、

http://folomy.jp/heart/

の「テレビフォーラム」に6月25日にアップした文章を今日のこちらのココログにも掲載します。

 folomyは、かつての@ニフティのフォーラムを運営していた人たちが集まって運営しているサイトで、メールアドレスを持っている方ならば誰でも無料で登録できます。私がfolomyに書いたものの再アップは、折りを見て時間のあるときに行います。従って、例えばfolomyに掲げた文章のアップは1か月程度遅れると思います。最新の文章を御覧になりたい方は、ぜひ、御自分で上記のアドレスからfolomyに登録して、御覧いただくよう御願いします。

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アップ場所: http://folomy.jp/heart/

「テレビフォーラム(ftv)」-「喫茶室『エフ』」-「『ドナウ川の蚊柱』の続き」

記載日時:2007年6月25日

【大気汚染と北京オリンピック】

 日本のテレビではあまり紹介されていないと思いますが、先週の北京に青空はありませんでした。空を見上げると太陽がまるで満月のように透けて見えます。雲はないのですが、空がうっすら茶色がかった白い色をしているのです。国家環境保護総局の発表によると、先週の北京の大気汚染の主要原因は「可吸入顆粒物」だ、とのことです。

 私は20年前にも北京に住んでいたことがありましたが、その当時も冬や早春にはそういう日も結構ありました。原因は、暖房用の石炭を焚く煙と黄砂でした。でも、20年前は、5月、6月は、基本的にスカッと晴れてきれいな青空が広がっていた日が多かったと記憶しています。四合院風の昔のお屋敷を改造したホテルなどでは、昼間は、中庭の庭園にテーブルを出して、太陽の光に輝く新緑の下で食事を楽しんだりしたものでした。

 大気汚染の原因は、暖房や火力発電で石炭を焚いた煙、工場のばい煙、自動車の排ガス、工事現場で巻上がるほこり、などが考えられています。日本の高度経済成長期の公害もひどかったですが、今の中国ほどひどくはなかったと思います。三井物産戦略研究所中国経済センター長の瀋才彬氏は、今の中国の経済を「爆食経済」と形容しています。エネルギーや自然環境をばくばく食べて、経済成長している、という意味です。自然環境も食い尽くして行ったら、どこかで限界が来ます。先週火曜日のような視界500mの汚染度IV(1)(中度汚染)の日を経験すると、その限界が結構近くまで来ているような気がします。

 問題は、来年のオリンピックの時に、この大気汚染がどうなっているか、です。オリンピックが開催されるのは8月ですので、少しは湿度が高いので、大気汚染も少しはマシになるだろう、とか、交通渋滞緩和のため、政府がオリンピック開催期間中は工場などの操業を休止させるだろうから大丈夫だ、という楽観論もありますが、どうなるかよくわかりません。もし、先週のような大気の状態の中でオリンピックをやったとしたら、マラソンはかなりキツイと思うし、激しい運動を伴うサッカーなども大変だと思います。

 日本の国立環境研究所が中国側と共同で実施した研究によると、中国の大気汚染は、ごく小さな浮遊微粒子が原因なので、室外も室内もそれほど違いがない、という結果が出ています。従って、この大気汚染は、水泳やバスケットボールなどのなどの激しい呼吸を伴う室内競技にも影響が出る可能性があります。

 瀋才彬氏が言う「爆食経済」、即ち、自然環境が持っている余裕を食いつぶしながら成長していく経済は、タコが自分の足を食べているようなものです。韓国や日本への越境汚染も問題になっていますが、オリンピックを契機にして、この汚染を本気で何とかしないと、中国は結局は自分でそのツケを払わされることになると思います。

※瀋才彬氏の名前は、時折誤って「沈才彬」と表記されることがあります。「沈」は「瀋」という字の中国式の簡体字です。従って、日本語の表記の中で書く場合には「瀋才彬氏」と書くのが正しいのです。「瀋」氏は、英語表記は Shen であり、日本式に発音するとすると「シン」であって「チン」ではありません。

(参考1)イヴァン・ウィルのブログ(ココログ)
2007年6月19日付け記事
「北京の今日の大気汚染度はIII(1)級(軽微汚染)」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/06/iii1_5bc5.html
「6月19日の大気汚染度はIV(1)級(中度汚染)」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/06/619iv1_d1e6.html

(参考2)国立環境研究所の研究情報誌「環境儀」No.21:2006年7月号
「中国の都市大気汚染と健康影響」
http://www.nies.go.jp/kanko/kankyogi/21/21.pdf

(注)6月25日にfolomyに掲載したときは以下の2つの新聞記事も参考としてリンク先を掲げたのですが、既にリンクが切れているので、ここでは見出しだけを記載しておきます。

○スポーツニッポン2007年6月7日付け記事
「前が見えない! 浦和 敵は大気汚染」

○スポーツニッポン2007年6月8日付け記事
「辰也奮闘も・・・浦和 大気汚染に負けた」

(2007年6月25日、北京にて記す)

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2007年8月 6日 (月)

「小産権房」(集団所有地上の住宅)をどうする?

 「小産権房」、即ち村有地など集団が所有する土地の上に建てられた住宅(別荘、マンションなども含む)は、その集団のメンバー(村の場合は村民)以外には法律上の権利は及ばない、というのが中国の法律上の建前ですが、実際にはこれら「小産権」の別荘やマンションは多くの場合、都市住民など土地を所有している集団のメンバー以外の人に売却されています。この問題をどう扱うかが現在の中国の大きな社会問題になっています。この問題については、このブログの昨日の記事「ある北京近郊の村の『別荘商売』」でも書きましたが、ネット版人民日報「人民網」では、今日(8月6日)、この問題に関する特集記事をアップしていますので、今日も触れてみたいと思います。

ネット版人民日報「人民網」2007年8月6日00:29アップ
「拆(チャイ)! 『小産権房』は生死の瀬戸際に直面している」
http://politics.people.com.cn/GB/30178/6072490.html

(注)「拆(チャイ)」とは、機械や建物を解体する、取り壊す、という意味です。取り壊す予定の旧い建物には「危険なので中に入らないように」という意味も含めて○の中に「拆」の字を書いたマークがペンキで描かれます。今、北京でも、この「拆」のマークが書かれた旧い建物をあちこちで見ることができます。

 上記の特集記事では、過去に書かれたいくつかの記事をまとめながら、問題点となっている現象をいくつかピックアップして報じています(それぞれの段落の「詳細」というところをクリックすると、過去に書かれたこの問題に関する様々な記事にリンクするようになっています)。

 山東省済南市では、この7月、市行政当局が違法な「小産権房」を強制的に取り壊しました。その様子が写真入りで紹介されています。この強制取り壊しに対して、済南市当局のスポークスマンは、次のように説明しています。

○村有地などの集団所有の土地の上に建てられた住宅(「小産権房」)は、法律上何らかの規定があるわけではない。

○法律上の許可を得て建てられた合法的なものもあるが、法律に従った許可を得ずに建てられた違法な「小産権房」は、許可がなく建てられているため、市全体の都市計画に合致していない。

○我々は何回も工事の停止や警告を発した。口頭での警告を何回もし、その後、文書による警告も出した。度重なる警告にも係わらず工事が続行された場合は、電気の供給を停止することなどにより工事を停止させた。法律に違反し、都市計画に合致していない建物は強制的に取り壊さざるを得ない。

○違法な建物であることを承知の上でこの住宅を購入した者は、法律上、当然補償の対象とはならない。

○許可なく建てられた違法な『小産権房』は、劣悪な材料を使っているかもしれないなど、安全性は誰も保証していない。一般市民が出入りすることになることを考えると、絶対多数の人を保護するためには、法律に基づき処理せざるを得ない。

 この特集記事の筆者は、何千万元(日本円で億円単位)も掛けて建てられた新品の「小産権房」を何百万元(数千万円単位)のお金を掛けて取り壊すのは、いくら違法とは言え社会経済上の損失が大きすぎるし、社会不安の原因にもなりかねない、そもそもこれらの建物は建設労働者の血と汗の労働の成果であることを忘れてはならない、と述べるなど、強制取り壊しには批判的な立場で書いています。この記事の筆者は、違法な建設ならば、そもそも建物が建てられる前に強制的に工事を止めるべきである、と主張しています。

 一番最後には北京市での事例として、農民が村の土地の上に建てた別荘を北京市に住む画家に売ったことに関する裁判の例が載っています。農民は、売買契約を交わして北京の都市部に住む画家に「小産権」の別荘を売ったが、後になってこの別荘は違法なものだから売買契約は無効であって、現在でも画家から使用料を徴収できるはずだ、として裁判を起こしたものです。一審では農民側が勝訴しました。裁判所は、売買契約は無効で、別荘に対する農民の権利は現在でも残っている、との判断を示したのです。この裁判は、別荘を買った画家側が判決を不満として上級審に控訴しているためまだ結論は出ていません。この北京の画家と農民との裁判に関する記事(7月30日付け「中国経済週刊」記事)の筆者は、農民は、正式に書面による売買契約を結んで画家に別荘を売ったにも係わらず、最近の不動産ブームによる別荘の価格の急激な値上がりを見て、自らの権利を回復させたいと思って裁判を起こしたのだが、こういった行為を裁判所が認めてしまうことは、法律上の解釈としては間違っていないのかもしれないが、双方が合意の上で成立した「売買契約」が後で覆ることになり、「合理的」とは言えないのではないか、と批判しています。

(参考1)ネット版人民日報「人民網」にリンクされた「中国経済週刊」2007年7月30日(第29期)の記事
「画家と農民との『小産権房』を巡る争いについて裁判所が判断」
http://paper.people.com.cn/zgjjzk/html/2007-07/30/content_14196299.htm

 土地に対する権利、というのは、いつの時代でも、社会の最も根本をなす法律上の位置付けのひとつです。「土地は全て国有、または集団所有で、個人による私有は認めない」という社会主義の大原則に立っているのが今の中国です。その中国において、市場経済を導入し、現在、資本主義社会のような土地開発ブームが起きているわけです。中国の土地ブーム(不動産ブーム)においては、土地については現在でも私有は認められておらず、例えば70年間といった期限付きでのその土地の「使用権」が売買されているにすぎませんが、この「長期にわたる使用権の売買」は、実態的には「所有権の売買」に限りなく近い、ということが、法律上の「タテマエ」と経済実態との矛盾を生じさせ、様々な問題を表面化させているのです。「小産権」問題は、社会主義の原則の上に立って市場経済原理を急速に導入してきた現在中国の経済社会の矛盾を象徴する典型的な問題のひとつと言うことができると思います。

 個人や企業の「所有権」について何を認めるか、について定めた法律「物権法」が今年3月の全国人民代表大会で成立し、今年(2007年)の10月1日から施行されることになっています。

(参考2)全国人民代表大会のホームページにある中華人民共和国物権法(中国語)
http://npc.people.com.cn/GB/28320/78072/78092/5487932.html

 そもそも今まで「所有権」に関して規定した「物権法」がない状態で市場経済を導入してきたこと自体が政策の進め方としては順番が逆なのであって、様々なところで矛盾点が出てくるのは当然である、という議論はよくなさるところです。中国の場合は「人民を豊かにする」という最終目標を達成するため、制度の改革をその成果を見きわめながら徐々に行ってきているため、どうしてもこういう「制度改革の逆転現象」が起こる場合があります。「小産権」問題もこの「政策と現実との逆転現象」が生み出した問題のひとつですが、上記の特集記事の筆者が言っているように、多額の資金を掛けて作られたピカピカの「小産権」マンションを「違法だから」という理由で取り壊してしまうのは、国民経済上の大きな損失ですから、こういう損失が起きないよう、うまく多くの人が納得できる解決策を考え出して欲しいものだ、と私も思っています。

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2007年8月 5日 (日)

ある北京近郊の村の「別荘商売」

 最近の中国の住宅ブームに乗った大都市近郊の農村における「開発」の一例として、北京の大衆紙「新京報」が密雲県(行政区域としては北京市内:北京の市街地から車で1時間半くらいのところにある農村地帯)のある村の最近の様子をルポしています。

「新京報」2007年8月3日付け記事
「ある村の共産党支部書記の『小産権』住宅を使った商売の経緯」
http://news.thebeijingnews.com/0547/2007/0803/011@280934.htm

(注1)「小産権」とは、村のような集団所有の土地の上に立てられた住宅物件に関する権利またはその権利の対象となっている住宅物件のこと。中国は社会主義国なので、土地の私有は認められておらず、全ての土地は国有か、そうでなければ村などの単位の「集団」が所有している土地です。法律の建前上、国有地の上に建てられた住宅ならば、一定の使用料を支払えば全ての国民にこれを利用する権利がありますが、集団所有の土地の上に建てられた住宅については、その集団のメンバー(村の場合は村民)以外の者がその住宅を使用する権利はないはずです。しかし、実際には、農村部の村が所有する土地に建てられた別荘などを都市住民が購入して利用している例が全国に数多くあります。こういった不動産に対する権利を中国語で「小産権」または「郷産権」と言います。今年6月25日、国土資源部と北京市当局は、今後「小産権」の住宅・マンションの工事・販売を停止する方針を発表しました。しかし、既に建設・販売が行われている「小産権」の住宅・マンションをどうするのか、既に購入した人の権利はどうなるのか、などの方針が明らかにされておらず、実態的には、多くの場所で、いまだに「小産権」の上に建てられた住宅・マンションの建設工事や販売は行われています。

(参考1)このブログの2007年6月26日付け記事
「北京では耕地などに作ったマンションの売買を停止」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/06/post_94bc.html

(注2)中国では各地方政府の共産党委員会の書記(トップ)はその地方政府の首長よりも地位が高く、実質的な行政の最終判断は党書記が行います。村の場合は、村長よりも、共産党の村支部の書記の方が地位が高く、村支部の書記が実質的な政策の判断責任者です。

 「新京報」のルポルタージュが述べているこの村の共産党支部書記が採った方策のポイントは以下のとおりです。

○村民の旧い住宅を取り壊してひとつにまとめ、新しい村民住宅を建設する。

○村の耕地2000ムー(133ha)を回収し、一部は乳牛の飼育場と野菜生産地にし、残りには別荘を建てて売りに出す。

○村民には、乳牛飼育場または野菜生産地で働いてもらうことによって就業問題を解決させる。別荘を売って得た収入は、耕地を提供した村民に対する食糧補助に充てるほか、新しく建てた村民住宅の水道代、冬季の暖房代などに充てる(従って、村民住宅に入る村民は、水道代、暖房費などを払わなくて済むようにする)。また、別荘を売って得た収入で、老人に対する補助金などを支払う。

 2003年から売り出された広さ220平方メートル以上の豪華な別荘は、場所が北京市街地に近いこともあり、2003年は30万元、2004年には40万元、2005年には50万元で売れ、昨年(2006年)末には100万元(約1,500万円)以上で売れました。そのため、耕地を提供した農民に対する補助を行うことも十分に出来、老人に対する補助金などは他の村よりも多額にすることができたため、村民の中で文句を言う人はあまりいませんでした。

 しかし、ある乳牛農家は、自分の家を引き渡す際の補償金の額が十分でないと考え、旧い自分の家を取り壊して新しい村民住宅に移転することを拒否しました。

(注3)こういう土地開発に対して単独で移転に反対する家のことを、中国語で「釘子戸」と言います(中国語の「新語・流行語」の類です)。「釘(くぎ)のような家」というような意味です。開発業者による「地上げ」に反対する「釘子戸」の様子は、最近、日本でもよく報道されるので御存じの方も多いと思います。

 村の書記は、この「釘子戸」の乳牛農家に対し、村の獣医による診察を停止させる、という措置を執りました。これに対し、この乳牛農家は、村の書記による獣医の診察停止は違法である、として裁判を提起しました(この裁判は、8月2日から審理が開始されました。「新京報」の記事は、この裁判の審理開始をきっかけとして書かれたものです)。

 法律では、耕地をつぶして住宅や別荘を建てる際には、上部機関の許可が必要です。この書記は上部機関の許可を取らずに、別荘と村民住宅の建設を進めました。上部機関(密雲県国土資源局)はこれを問題にし、昨年、この村に対して罰金250万元(3,750万円)の行政処罰を科しました。しかし、別荘の価格の高騰で、別荘の売り上げ収入が十分にあったことから、この書記は罰金250万元を支払ったとのことです。罰金は支払ったが、上部機関の許可を得る手続きはいまだにやっていないとのことです。「罰金」という処罰が、お金持ちにとっては実質的には痛くもかゆくもなく、罰金を支払った上で平気で違法状態を続ける、という最近の中国のよくない傾向のひとつの例です。

(参考2)このブログの7月28日の記事
「『なんでもかんでも罰金』の功罪」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/07/post_a073.html

 かつてこの書記の前任の書記だった人は、このやり方に反対しています。今は、別荘が値上がりして売れているからいいものの、耕地だった土地を全て開発してしまって売り尽くしてしまった後は、村民はメシを食うすべを失ってしまうからです。これに対して現職の書記は、「農地を耕して農業をやるのは儲からない」として、まだ開発が始まっていない耕地でも全く耕作を行わず、荒れ放題にしたままにしてある、とのことです。

 6月25日に国土資源部と北京市当局が「小産権」の住宅・マンションの工事と販売を停止する方針を発表した後も、この村での別荘の工事は続けられているそうです。「新京報」のこのルポルタージュでは、裁判の対象になっているからだと思いますが、あえてこの書記の政策がいいとも悪いとも言わず、淡々と事実関係を伝えるだけに留め、「新京報」としての意見を表明するのは差し控えています。

 「小産権」の住宅・マンションについては、6月25日に国土資源部と北京市当局による工事・販売の停止方針の発表の後、各新聞紙上で「実際にこれだけ売買が行われているのに、いきなり停止なんて無理だ」「既に購入した人の権利はちゃんと守られるべきだ」などいろいろな議論が行われました。一時期「近々国務院でこの問題に関する会議が開かれ、方針が示される見通し」という記事も載ったことがあったのですが、その後、具体的には何の動きもありません。一部の「小産権」を開発している村では、「販売」という看板を「賃貸」に書き換え、「我が村の物件はあくまで村民の所有物である。それを都会の人に70年間という期間限定で賃貸して利用してもらい、その賃貸料(利用料)を最初に一括して支払っていただこう、というものである。賃貸しであるから、販売には当たらず、従って法律上は何の問題もない。」と説明しているところもあるそうです。「おかみに『政策』があれば、我々しもじもには『対策』がある」という中国ならではの現象ですが、急激に成長を続ける中国経済を示す数字の中には、こういった形の「開発」によるものも含まれている、ということは、常に認識しておく必要があると思います。

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2007年8月 4日 (土)

在北京韓国大使館公使の死去

 北京に駐在している韓国大使館の政務公使ファン・ジョンイル(黄正一)氏が7月29日北京の病院で亡くなりました。この件は日本でも報道されているので御存じの方も多いと思いますが、ファン公使は、7月28日の夕方、大使館近くで購入したサンドイッチを食べたところ腹痛と下痢に見舞われ、翌日(29日)になっても回復しないところから、外国人もよく利用する診療所へ行って点滴を受けたとのことです。ところが点滴を受けている最中に呼吸困難に陥った、とのことで、その診療所では救急医療ができないため、救急隊の派遣を要請したが、救急隊が到着したときには既に呼吸停止状態で、そのまま29日午前中に死去した、とのことです。ファン公使は、政務担当の公使ですが、大使級の人物であることから、中国当局もこれを重視し、点滴に使われたリンゲル注射液の残量を回収するとともに、家族の同意を得て司法解剖を行い、原因を調査しているとのことです。

 日本語で読める記事としては、下記の韓国の新聞、朝鮮日報(日本語版)の報道が最も詳しいと思います。

(参考1)朝鮮日報オンライン(日本語版)2007年7月31日11:20アップ記事
「駐中韓国公使が急死、診療所の注射液に疑いも」
http://www.chosunonline.com/article/20070731000027

 原因は調査中なので、事情を知らない私が、上記の新聞記事にあるように「前日夕方に食べたサンドイッチ」「点滴に使った注射液」「診療所の点滴の仕方」のいずれかに関係があるのではないか、などと軽々しく言うことは慎むべきだと思いますが、ファン公使が行った診療所は、外国人もよく行く診療所で、日本語の対応も可能なことから、北京にいる日本人向けに配られている無料情報誌や日本で売られている旅行ガイドにも載っている比較的有名な診療所なので、北京に住んでいる私としては、このニュースは非常にショックでした。

 報道によれば、ファン公使は「購入したサンドイッチを食べたところ腹痛と下痢に見舞われた」とのことですが、中国で何かを食べて「当たる」ことは、結構あることです。20年前に私が北京に駐在していた時は、約2年間で3回「当たり」ました。基本的に中華料理は熱を通しているので問題はないのですが、ジュースや氷など「熱くないもの」は「当たる」確率が高くなります。

 ちょっと気になるのが、本件が北京ではほとんど報道されていない、ということです。中国の重要な隣国のひとつである韓国の大使級の公使が北京で亡くなった、ということ自体、その死因が何であるにせよ、ニュースになっていい案件だと思うのですが、本件についての中国国内での報道は非常に少なく、現時点では以下が見つかるだけです。

(参考2)広東省の「新快報」2007年8月1日付け記事
「韓国の在中国公使が腹痛・下痢の治療中に死亡」
http://www.xkb.com.cn/view.php?id=111353

(参考3)「新京報」2007年8月4日付け記事
「韓国の在中国公使の死去について、中韓両国が正式に調査を開始」
http://news.thebeijingnews.com/0564/2007/08-04/011@281212.htm

 「新京報」の記事は、昨日(8月3日)に行われた国家食品薬品監督局の記者会見の席上、前者の「新快報」の記事を受けて発せられた記者による質問とそれに対する食品薬品監督局側の回答を報じたものです。

 上記の中国の2つの報道は、極めて簡単なもので、「購入したサンドイッチを食べて腹痛・下痢を起こした」という部分の記述がなく、死亡原因と思われるようなことについての記述もなく、単に前者の「新快報」の記事の中で「使われた点滴液の残りが回収されるとともに、尿検査と解剖による検査が行われた」と書かれているに過ぎません。中国における最初の報道が、北京の新聞ではなく、中国の南の端の広東省の新聞だった、という状況は、事件の起きた当地では報道されず、関係のない遠隔地で先に報道されることが多い、という現在の中国の新聞事情を象徴するものです。ただ、「新京報」の記事にあるように、国家食品薬品監督局の記者会見で記者がこの案件を質問した、ということは、薬品に問題があったのではないか、と中国の記者も思っていることは確かだと思います。

 私が気になるのは、本件が韓国大使館公使という外国人の「大物」が死亡した案件だから韓国で報道されてコトが表沙汰になったのであって、もし一般の中国人が死亡したのだとしたら、中国国内では報道されなかったのではないか、という点です。最近、社会の問題点を鋭く追求する記事を多く書く広東省の新聞や北京の大衆紙「新京報」の記事にしては、あまりに内容が簡単過ぎる、という印象を私は受けました。もちろん、原因がハッキリしていない現段階で、憶測による記事を書くのは慎むべきだ、という考え方もあるのだと思いますが、この中国の新聞報道の記事の「簡単さ」の背景には中国当局の「指導」があるのではないか、と私は推測しています。

 報道をコントロールするのは中国の政策なのだから、私は文句は言いませんが、北京で生活する者としては、命に係わる問題ですので、この件は徹底的に原因究明の調査を行って、その結果を公表して欲しいと思います。

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2007年8月 3日 (金)

北京の雷雨情報とレーダー画面

 7月30日~8月1日の夜、北京は何回も激しい雷雨に襲われました。特に8月1日の雷雨では、1時間に118ミリに達する豪雨になった地域もあったそうです。年間降水量が600~700ミリ程度しかない北京地方においては、1時間に100ミリを超える雨はとんでもない暴雨です。しかも、北京の市街地は大平原の一角にありますから、一部地域では排水が追いつかず、陸橋をくぐる道路など周りより低くなっているところでは2mにも達する深さで道路が冠水し、車が水に沈んでしまったところもありました。

 北京で、夏の、ちょうど日本の梅雨が終わる今頃に雷を伴った豪雨が降るのは毎年のことですが、他の世界の都市と同様に、北京でも最近は雨の降り方が年々激しくなってきており、道路などを作った時には想定していなかったような降り方の豪雨も起きるようになってきているようです。

 8月1日、北京市気象局は暴雨警報、雷雨警報を出していたのですが、多くの人はそれを知りませんでした。翌日の新聞を見て「あぁ、気象局は警報を出していたんだ。」と知ったのです。このことについて、今日(3日)付けの北京の大衆紙「新京報」は、これでいいのか、という観点からいくつかの記事を掲載してます。

 まず、時事評論のページの「北京論壇」という欄に、北京のある学者が自分の経験を書いています。

(参考1)「新京報」2007年8月3日付け
「暴雨の中で人々はどのようにしたらよいのか」
http://comment.thebeijingnews.com/0733/2007/08-03/011@012248.htm

 8月1日(水)の夜、雷を伴った豪雨が降っていた頃、車に乗って移動中だった彼は、大渋滞に巻き込まれました。彼はこんな大雨になるとは知りませんでした。彼は、大雨が来る1~2時間くらい前に「不必要な人は外出を控えるように」といった注意が広く行き渡っていればよかったのに、と思いました。車の中で、彼は「きっとどこかで生放送の情報を流しているだろう」と思ってラジオのダイヤルを回しましたが、「○○付近では道路が冠水しているので、ほかの道路を通るように」とか「あと1、2時間で雨は小やみになるので、しばらくはどこかで停車して待った方がよい」などという彼が聞きたいと思う情報を流しているラジオ局はどこにもなかったとのことです。彼は「幸い今回は一人の死者も出なかったけれど、今回の大雨は、北京には豪雨が降ると道路が冠水して相当な水深になるところがあることがわかった。そもそも都市の中で、大雨が降って交通の要所に水が溜まってしまうような状態になるのは、大雨の問題ではなく人災である。」と指摘しています。

 一方、別の記事では、気象局が出した警報が一般市民にうまく伝わらなかったことについて、問題を提起しています。

(参考2)「新京報」2007年8月3日付け
「気象警報の提供は、完全に無料にすべき」
http://news.thebeijingnews.com/0554/2007/08-03/011@280827.htm

※このページの写真を見ると、陸橋をくぐる部分の道路の冠水の深さがいかに深いかわかると思います。バスも沈んでしまうほどの深さです。

 この記事の中では、気象局はちゃんとそれなりに正確な警報は出しているのに、それが市民に伝わらず、多くの市民は翌日の新聞で警報が出ていたことを知った、ということが指摘されています。私も8月1日の夜、大雨が降っていた時間帯、ずっとパソコンに向かっていましたが、少なくともインターネット上の人民日報や新華社のページでは、大雨の警報の類は流れていませんでした。また、私はそれほど多くの時間テレビを見る方ではありませんが、中国のテレビの画面に「北京に大雨警報発令中」といった臨時のテロップが流れているのを見たことはありません。

 なお、この記事のタイトルは、「いくつかの機関では、有料で気象情報を提供しているところもあるが、気象警報の類は無料にすべき、と気象局の予測防災局長は語った。」という記事の内容から来ています。気象警報の類をテレビやラジオでリアルタイムに放送しないことの原因が、気象情報が有料で提供されていることにあるのかどうかは私は知りません。しかし、気象局が出している警報がリアルタイムで一般庶民に届いていない、ということだけは事実のようです。

 中国のテレビや新聞に出る天気予報には、通常、低気圧、高気圧、等圧線、前線などが描かれた天気図が登場しないので、見ていても、今後、天気がどうなるのか自分では全く判断することができません。中国のテレビや新聞の天気予報に天気図が登場しない理由は、「一般庶民には『低気圧』『高気圧』『前線』と言ってもわからないので、天気図を出しても意味がない」という考え方と「気象情報は国家機密の一部なのでなるべく公表しないようにしているのだ」という考え方とがありますが、どちらが正しいのかはわかりません。なお、気象情報の一部は国家秘密保護法の対象になりうる情報である、ということは、国家気象法の中に規定されているひとつの事実です。

※「中華人民共和国気象法」
第18条:基本気象観測資料以外の気象観測資料は秘密保持をする必要がある。その秘密の階級の確定、変更及び秘密解除と使用は「中華人民共和国国家秘密保護法」の規定に基づいて行う。

(参考3)中国国家気象局のホームページにある「中華人民共和国気象法」
http://www.cma.gov.cn/jwgk/zcfg/laws/t20061012_159778.phtml

 なお、夏の雷雨のような短期的な集中豪雨に関しては、気象レーダー画面が非常に役に立ちます。日本には国土交通省の防災情報提供センターのサイトにあるリアルタイムレーダーなど、いくつかの気象レーダーのサイトがあります。

(参考4)日本の国道交通省の防災情報提供センター「リアルタイムレーダー」
http://www.bosaijoho.go.jp/radar.html

 中国の国家気象局にもレーダー画面が見られるサイトがあります。

(参考5)中国気象局レーダー組み合わせ図
http://www.cma.gov.cn/tqyb/tqyb/radar/rindex.htm
(このサイトの上にある「全国」「東北」「華北」「西北」「華南」という地区を選ぶとそれぞれのレーダー画面を見ることができます)

 このサイトでは「基本反射率」「組み合わせ反射率」「液体水含量」「一時間降水量」「ドプラー速度」の各レーダー画面を見ることができるのですが、いつも全ての情報が見られるわけではなく、見られる時と見られない時があります。欠けている時間帯もあります。最近、雷雨の季節になって、見られる画面の種類と時間帯が多くなったように感じますが、以前は「基本反射率」の画面しか見られず、この図面の意味が私にはよくわからなかったので、あまり役には立ちませんでした。やはり私には「一時間降水量」が一番わかりやすいです。「播放」というところをクリックすると、12時間くらい前の画面からアニメーションで見ることができます。

 ただし、この中国気象局のレーダー画面は、必ずしも「リアルタイム」ではないようで、この文章を書いている今=北京時間8月3日21時20分=現在見られる「華北地区」の「一時間降水量」のレーダー画面は8月3日17:00のものが「最新」です。この4時間20分という時間差が、レーダーデータの解析に必要な時間なのかどうかは、私にはわかりません。しかし、4時間20分前のデータしかないのでは、一般市民が雷雨の予想に使う、という意味ではほとんど役に立たないと思います。

 日本の国土交通省防災情報提供センターの「リアルタイムレーダー」は、10分ごとに更新されます(日本時間8月3日22:26分現在見えているレーダー画面は22:10現在のものです)。

 インターネットで気象レーダー画面が見られるサイトは、私の経験では1999年の時点では、アメリカでは日常的に使っていましたが、日本にはありませんでした。

(参考6)アメリカのレーダー画面サイトのひとつ
「ウェザー・チャンネル」のドプラーレーダーのサイト
http://www.weather.com/maps/maptype/dopplerradarusnational/index_large.html

 日本の国土交通省防災情報提供センターが開設されたのは、このサイトのF&Qによると2003年6月12日だそうです。中国のレーダー画面を見ていただければわかるように、中国は国土が広いので、まだレーダーでカバーしきれていない地域があります。もし中国のインターネット上のレーダー画面に日本やアメリカのようなリアルタイム性がない理由が、まだ技術的にそこまで行っていないからなのだったとしても、中国の広大な国土を考えると、やむを得ない部分があると思います。日本もアメリカよりは4年以上遅れていたわけですから。ただし、中国のレーダー画面が日本やアメリカほどのリアルタイム性がない理由が、リアルタイムにレーダー画面を解析する技術がないからなのか、国家秘密保護上の観点からリアルタイム・データを出していないからのか、その辺はよくわかりません。

 技術的な理由なのか、別の理由なのかはわからないにせよ、現在、中国の人民が雷雨が来そうな夏にインターネットで日本やアメリカの国民と同じレベルで気象レーダーの画面をリアルタイムで見ることはできなていないし、テレビやラジオでリアルタイムで雷雨に関する警報を受け取ることもできていない、というのは事実です。理由はともかく、今、北京で生活している私としては、雷雨による豪雨がいつ頃来そうなのか、といった情報は、できるだけリアルタイムで欲しいものだ、と思っています。

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(以下、2007年8月9日追記)

 上記の文章と同じ内容のものに8月7日に一部追記したものが下記のページに「JST北京事務所快報」として「北京の雷雨で体験した中国の気象情報」というタイトルで掲載されています(このブログの筆者と下記のページの「JST北京事務所快報」の筆者は同一人物です)。

独立行政法人・科学技術振興機構(JST)中国総合研究センターホームページ
http://crds.jst.go.jp/CRC/

このページには、中国の科学技術に関する様々な情報が掲載されておりますので、御関心のある方は御覧下さい。

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2007年8月 2日 (木)

確かに「違法」ではないけれど

 中国では、多くの人々の経済力が上がってきたので、今は観光地はどこも大にぎわいです。日本の高度経済成長期の「レジャー・ブーム」のような様相を示しています。そんな中、観光地での商売のやり方に不満を持つ人(それも外国人観光客ではなく、中国人の観光客の中に)が最近増えてきました。

 昨日(8月1日)付けの英字紙「チャイナ・ディリー」のオピニオン欄に、Liu Shinan氏の下記のコラムが載っていました。

(参考)China Daily 2007-08-01
"Killing the goose that lays the golden egg"
http://www.chinadaily.com.cn/language_tips/2007-08/01/content_5447176.htm

 Liu Shinan氏は、先の週末、娘さんとその子の孫と一緒に渤海湾にある海水浴場に遊びに行ったのだそうです。彼は、海辺に行く途中で、孫が使うのにちょうど良さそうなプラスチック・ボードを売っていたので、それを20元(約320円)で買いました。それを持って海辺へ行こうとすると、海辺へ行く途中に「安全のためプラスチック製の浮き具の使用は禁止されています。」との立て札がありました。海辺近くには、監視員がいて「プラスチック・ボードは使用禁止です」と言われました。監視員の隣ではゴム製の浮き輪を売っていた、とのことです。監視員は「安全のため、浮き具を使うならゴム製のものを使って下さい。」と言っていました。しかたなく、彼は孫のために50元(約800円)のゴム製の浮き輪を買ってやったとのことです。

 その後のLiu Shinan氏と監視員との会話は以下の通りです。

Liu氏「使用禁止のプラスチック・ボードをなぜあそこで売ってるんですか。」

監視員「プラスチック・ボードは『ここ』では販売禁止です。彼らは『あっちの方』で売ってるんでしょ。」

Liu氏「じゃ、なんで『プラスチック製ボード禁止』の立て札があの店より海側に立っているのか。」

監視員「それは私には関係ないこと。」

Liu氏「観光客にプラスチック・ボードを買わせておいて、海辺ではその使用を禁止して、海辺近くでゴム製の浮き輪を売っているって、これは『だまし』じゃないか!」

監視員「不満があるなら、関係当局に抗議するとか、警察を呼ぶとかしたらいかがですか?」

 Liu氏は完全に頭に来て、言葉も出なかった、とのことです。でも、中国に住んでいる私にとっては「ありそうな話だ。」と思えて、変に納得してしまったエピソードでした。

 プラスチック・ボード使用禁止の区域の外でプラスチック・ボードを売り、海辺近くでゴム製の浮き輪を売ることは、ともに違法ではありません。50元くらいのことで警察を呼ぶ人もいないだろうし、関係当局に抗議に行ってせっかくの週末をつぶすような観光客もいないでしょうから、それを見越して「限りなく『だまし』に近い商売」をやっているわけで、そういう商売のやり方に対して Liu氏は怒っているのです。「観光地は貴重な資源(金の卵をうむガチョウ)だが、その金の卵を産むガチョウを殺すようなことをしている」というのが、このコラムのタイトルの意味です。

 観光客はたぶん一生に一度くらいしか来ないのだろうから、とタカをくくって、違法ではないけれども「だまし」に近いような商売をやっている観光地は、中国以外にも世界各地にあると思います。しかし、長期的に見れば、こういった商売のやり方は、その観光地の評判を落とします。オリンピックに世界中から多くの人々が中国に来ると思いますが、そういう外国人観光客が、こういった商売のやり方によって、中国に対してよくないイメージを持って帰って欲しくないなぁ、と私は思っています。

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2007年8月 1日 (水)

小売価格を政府がコントロールしないようにとの通知

 最近、中国の消費者物価の上昇はかなりの高いレベルです(6月の消費者物価指数は対前年比4.4%高)。そこで、今、物価の安定が政府の重要な課題なのですが、この6月頃、セン西省(センはこざとへんに「狭」のつくり)の蘭州市で、蘭州名物の「牛肉麺」の値上がりが激しいため、市政府が「牛肉麺の価格は2.5元以下にせよ」という通知を出して話題になったことがありました。この時は、「そもそも市政府が牛肉麺の価格をいくら以下にしろ、などと指示することはおかしい」「いや、貧しい市民ためには必要な政策だ」「値段の上限を決められたら、お店は品質を落として売るだけだから、消費者としては全然ありがたくない」など、様々な議論がなされました。

 最近、ときどきこういうことが起こるので、中国政府の国家発展改革委員会は、地方政府に対して「物価の安定には努力すべきだが、正常な経済活動が行われている限り、地方政府は価格決定に直接係わるべきではない」との通知を出しました。

(参考1)「新京報」2007年7月31日付け記事
「発展改革委員会、地方政府に価格を提示するのを控えるようにと指示」
http://news.thebeijingnews.com/0546/2007/0731/011@280084.htm

 これに対して、翌日の今日(8月1日)の「新京報」の「観察家」という評論欄では、「市場のことは市場に任せ、政府は政府がやるべきことをやるべき」として、この発展改革委員会の通知を肯定的に論評しています。

(参考2)「新京報」2007年8月1日付け評論欄「観察家」
「物価が上昇すればするほど、政府権力の境界を明確にすべき」
http://comment.thebeijingnews.com/0845/2007/08-01/011@012142.htm

 この論評では、市場の動きは市場に任せるべきで、政府は、価格設定を自ら行うようなことをせず、政府が行うべき政策の範囲を明確にして、低所得者に対する保護対策としては、補助金の支給や社会保障を充実させるなどの対策に集中すべきだ、と指摘しています。

 長年、自由主義経済の中で暮らしている日本の人々にとっては、政府が牛肉ラーメンの値段を決めるなんておかしい、と感じる人が多いと思いますけど、中国は社会主義国なので、日本の感覚よりも政府がかなり細かい経済活動にまで直接的なコントロールをしようとする傾向があります。日本などの自由主義経済の国々でも、電気、ガスなどの公共料金やタクシーなどの交通機関の料金は、かなり政府によるコントロールがなされてきました。政府が、具体的な価格にどこまで介入するかは、まさに政策判断の問題です。今、日本などでは政府のコントロールをできるだけなくす方向に動いています。中国の場合は、社会主義という大前提の中で市場経済が導入されてきており、経済発展とともに、いろいろ制度改革を行ってきているので、政府や企業、消費者などの経済活動に参加しているプレーヤーたちの間に、政府がどの程度具体的な小売り価格に介入すべきか、という「相場観」が共通認識としてまだでき上がっていません。「牛肉麺」のような、一般小売り商品の価格を政府が決めてしまおうとした蘭州市の試みは、現在の中国経済の現状には合わないものだと私は思うのですが、地方政府の当局者の中には、まだまだ「政府が価格をコントロールできる(コントロールすべき)」と思っている人がたくさんいるようです。

 先月、広東省深セン市(センは「土」へんに「川」)の市長が、車が増えすぎた市内の状況を憂慮して「市民は、公共交通機関を利用すべきで、車を買うのは控えるべきだ。」と発言して不評を買ったことがありました。

(参考3)China Daily 2007-07-06
"Shenzhen mayor: Stop buying cars"
http://www.chinadaily.com.cn/cndy/2007-07/06/content_911196.htm

 車を買う買わないは個人の判断であり、政府がコントロールすべきものでも、コントロールできるものでもありません。香港に隣接し、最も経済的に最先端を行っていると思われている深セン市の市長の発言だっただけに「まだ政府がそんなに市場経済に介入できると思っているのか」という市民の反発があったようです。

 地方政府の担当者が、現実の市場の実情とかけ離れた政策を取ってしまうのは、地方政府が市場のことをよく知らないから、と言えばそれまでですが、地方政府のトップが住民の選挙で選ばれているのではない、という実情、つまり経済は市場経済化されているが、行政には市場経済のようなフィードバック機構が働いていない、というところに原因があると私は思っています。

 中国は、改革開放政策を採るようになって以来、社会主義と市場経済との間の「さじ加減」をいろいろな経験を踏まえながら、うまくコントロールしてやってきていると思います。しかし、いまだに「牛肉麺」の値段を政府が決めようとする動きがあるところを見ると、改革開放後既に29年が経とうとしているのですが、まだうまい「さじ加減」は見つかっていないようです。経済社会は日々変化していますから、うまい「さじ加減」がわかった、と思ったら、実体経済は既に変化してしまった、ということの繰り返しなのかもしれません。昔から、中国は「実事求是」(事実に即して真理を追求する)をモットーとしてきましたし、毛沢東は特にこれを重要視しました。逆の見方をすれば、今回の発展改革委員会による地方政府が原則として価格に介入することのないように求める通知は、中国の経済政策システムが、ひとつのシステムとしてまだ固まっておらず、正しい回答を求めて今でも流動的に動いていることを端的に示しているものだと思います。

 中国と関係を持って行こうとする人は、常に「動きながら考える」という姿勢が大事なのだろうと思います。

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