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2007年7月29日 (日)

地方政府幹部任用制度の民主化

 最近の中国の地方政府が地域住民のための行政を行っていない、と批判される問題について、2007年7月30日号(7月28日発売)の週刊紙「経済観察報」の「観察家」(オブザーバー)の欄は、「人民が地方政府の幹部を管理することは何ものにも代え難い」と題する記者と有識者2人との座談会を掲載しています。有識者の一人は、山西省政治協商会議副主席の呂日周氏、もう一人は長年政府改革について研究してきた国家行政学院教授の竹立家氏です。

 彼らは、この6月に発覚した山西省の悪徳レンガ工場事件(このブログの下記の記事を参照)が特に注目を集めたが、最近、土地管理、マンション開発、株式市場と金融界との関係などにおいて、地方政府の幹部と特定企業との癒着が問題となり、基層段階での政治の体制が悪化している、これは本来行政によって守られるべき人民がこれら地方政府の幹部の責任を追及できるような制度になっていないことに問題の源がある、と鋭く指摘しています。

(参考)このブログの2007年6月15日付け記事
「山西省の悪徳レンガ工場での強制労働事件」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/06/post_54d1.html

 特に竹立家氏は、選挙で選ばれた人民代表(国会議員)による地方政府に対するチェック機能を強化するのも一つの方法だが、現在、人民代表の60%は地方政府の役人であり、このような状態ではチェック機能は果たせない、と指摘しています。また、竹立家氏は、「一般大衆は人民代表に対する拘束力や決定権を持っていない。もし、人民代表が民主的な選挙で選ばれたのでないのならば、政府権力に対して有効な監督をすることはできない。」と指摘しています。さらに竹立家氏は、中国共産党内部の党内民主制度を確立すべき、と主張しており、「中国共産党が指導の下で」という大原則は否定していないし、西欧諸国のような三権分立には賛成しない、との立場を取っているものの、行政、司法、立法がそれぞれ一定の権限を分離させ、互いに牽制しあう制度が必要、と指摘しています。呂日周氏も、現在の「党が地方政府の幹部を決める」というやり方は考え直すべきで、「党が人民を代表して幹部を決める」または「党の指導の下で人民が幹部を決める」あるいは「党が人民に幹部を決めるように指導する」といったやり方をすべきだ、と主張しています。

 もっとスッキリと「中国共産党の意向とは全く関係なく、人民が地方政府の幹部を選べるようにすべきだ」という主張があってもよさそうなのですが、そのような考え方は「中国共産党による指導」という中華人民共和国憲法が定める大原則からはずれた主張であり、もし仮に誰かがそのような考え方を持っていたとしても、そのような考え方が中国の新聞に載るはずはありません。従って、上記の二人の考え方は、ある意味で、現在中国で発言することが許されているギリギリのラインを示していると思います。

 今まで、このブログで何回か取り上げて来たように、地方政治のあり方を何とかしなければならない、そのためには、「中国共産党による指導」という大前提はそのまま残しつつも、地方の人民による地方政府のチェック機能を何らかの形で導入する必要がある、という論調は、複数の新聞で散見されるようになっています。具体的にどのような形で「チェック機能」が導入されるかはまだわかりませんが、問題が発生した場合にそれを直そうとする「フォードバック機能」がないと社会がよくならない、ということは、中国の指導部もわかってきていることから、この秋の党大会へ向けて、地方政府レベルでの何らかの政治改革の具体的な提案が議論されることになるのではないか、と私は思っています。

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