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2007年6月25日 (月)

当たり前の緑の価値

 私が、

http://folomy.jp/heart/

の「テレビフォーラム」に5月21日にアップした文章をこちらのココログにも掲載します。

 folomyは、かつての@ニフティのフォーラムを運営していた人たちが集まって運営しているサイトで、メールアドレスを持っている方ならば誰でも無料で登録できます。私がfolomyに書いたものの再アップは、折りを見て時間のあるときに行います。従って、例えばfolomyに掲げた文章のアップは1か月程度遅れると思います。最新の文章を御覧になりたい方は、ぜひ、御自分で上記のアドレスからfolomyに登録して、御覧いただくよう御願いします。

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アップ場所: http://folomy.jp/heart/

「テレビフォーラム(ftv)」-「喫茶室『エフ』」-「『ドナウ川の蚊柱』の続き」

記載日時:2007年5月21日

【当たり前の緑の価値】

 先日の土曜日、北京市郊外にある自然公園へ行ってきました。「北京市内」なんですけど、私が住んでるところとから車で30分のところにある集合場所に集まって、そこから更にバスで2時間半行ったところにあります。新緑に包まれた山があり、大きな岩がごろごろしている沢には、きれいな湧き水が流れていました。

 このイベントを企画した方には大変申し訳ないのですが、これが、週末に「みんなで行くぞ!」と募集を掛けて集まって、バスを仕立てて、高速道路を2時間半も掛けて行くほどの価値のある「素晴らしい大自然」なのかなぁ、というのが、私の正直な印象でした。山があって、緑があって、そこに川が流れている、という風景が日本人の私にとっては「当たり前の風景のひとつ」と映ったからだと思います。

 北京は基本的に乾燥地帯です。年間降雨量は日本よりかなり少なく、周囲の山々もごつごつした岩山ばかりで、草木はあまり生えていません。やわらかい緑に囲まれた山々がすぐ身近にある日本に比べると、北京周辺の自然条件にはずっと厳しいものがあります。

 話は変わりますが、翌日の日曜日、街の新聞スタンドで「新京報」という新聞を買ったら、日本の戸籍制度について解説した記事が載っていました。その記事では、日本では、江戸時代は、農民も都市部の町人も「寺請制度」という戸籍制度に基づき、身分と住む場所が固定されていたが、明治維新の改革で、「四民平等」の考え方に基づき、「士農工商」の身分制度が撤廃され、誰でも好きな場所に住めるようになった、と記されていました。この記事では、これが日本の資本主義発展の基礎になったのだ、と肯定的に説明されていました。この記事の中では、在北京日本大使館の人が、具体的な自分の経験に基づいて、本籍地を移動させたり、本籍地と別なところに住んでそこの住民票を取ったりすることなどが自由にできる日本の戸籍制度について説明をしていました。

 今、中国では、人民は、生まれた場所により、農業戸籍と非農業戸籍の色分けがなされ、戸籍を自分の意志では自由に変えられない制度が採用されています。都市部への人口の集中と農村部の過疎化を防ぐための政策のひとつです。農業戸籍の人と都市部の戸籍の人とでは、社会保障など行政から受けることのできる支援の内容が違っているため、この二重戸籍制度は、実質的な身分制度ではないか、と批判され、中国国内の新聞等でも、最近たびたびその問題点が指摘されて、議論になっています。

 近くに緑に囲まれた山があり、川が流れていて、自分の好きな場所に行って住める、という、日本では「当たり前」のことが、ここ中国では、「当たり前」ではないのです。私にとっては、当たり前だと思っていたことの大事さを、もう一度かみしめた週末でした。

(参考URL)ネット版「新京報」2007年5月20日
「日本:更改『戸籍』無限制」
http://news.thebeijingnews.com/0582/2007/05-20/015@263388.htm

(2007年5月21日、北京にて記す)

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