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2007年6月30日 (土)

「報道の自由は社会の安定的変化の重要な要素だ」

 上の標題は今日(6月30日)北京の街で買った新聞「経済観察報」の解説文の見出しです(週刊なので、6月30日発売ですが新聞の日付は「2007年7月2日号」になっています)。「経済観察報」は毎週土曜日発売の週刊の新聞(日本の新聞と同じ大きさ)で、その名の通り、経済関係の記事が多く、企業経営者など北京でも比較的裕福な層が買うと思われる新聞です。ただ、1部2元(約34円)ですので、中国で売られている新聞としては高い方ですが、一般市民でも気軽に買える値段です(街で売られている600ミリリットル入りの国産のペットボトル入りミネラルウォーターは1本2元、地下鉄は3元、という物価水準です)。街中の新聞スタンドで売られており、誰でも買えます。

 まず、この解説文が出た背景を説明しておく必要があります。今週(6月24日~29日)、第10期全国人民代表大会(日本の国会にあたる)常務委員会第28回会議が開かれました。その会議でいくつかの法案の審議がなされましたが、その中に「突発事件対応法(草案)」がありました。この法律案は、2003年のSARS事件などを踏まえて、社会的に影響が大きい事件が突発的に発生した時の対応の仕方について規定した法案です。昨年6月の全人大常務委員会で提案された時には、第57条に「ニュースメディアは、規定に違反して、突発事件の処理作業の状況や事態の発展に関する情報あるいは状況に関する虚偽の報道を勝手に発表してはならない。その程度がひどく、重大な結果をもたらした場合は、報道機関を統一的に指導している所在地の地方政府に対し5万元以上10万元以下の罰金を支払わなければならない。」という規定がありました。この部分に対しては、草案発表当時から各方面から「この規定は様々に解釈でき、メディアの突発事件に対する報道を制限する可能性がある」「地方政府に報道制限の口実を与える」「メディアによる監視の効果に悪影響を及ぼす」などの強い批判の声が上がりました。結局、今週の全人大常務委員会の会議では、ここの部分は削除されることになりました。

(参考)「新華社」2007年6月24日の記事
「突発事件対応法案から『メディアは突発事件に関する情報を規定に違反して勝手に発表してはならない』としている部分を削除」
http://news.xinhuanet.com/legal/2007-06/24/content_6284473.htm

 「経済観察報」の「報道の自由は社会の安定的変化の重要な要素だ」と題する解説文は、このような今週の動きを受けて書かれたものです(この解説文は「経済観察報」のホームページには掲載されていないようです)。

 この解説文では、後半に中国政法大学憲政研究所の蔡定剣所長のインタービュー記事を載せています。このインタビュー記事では、蔡定剣所長は、ポイントとして、次のようなことを言っています。

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○SARS事件の経験が示すように、正しい情報がメディアで伝えられないと、流言飛語が乱れ飛び、社会的不安定をもたらす。

○当然、国家の利益、公共の利益というものはあるが、一部の地方政府は、それを口実に報道の自由を抑圧している。このような事態は、報道の自由と政府による秘密保持との関係に原因がある。我が国には国家秘密保護法があるが、この規定はかなり幅広いものであり、秘密にする必要のないものや、一般庶民として知る必要のある情報についてまで、国家秘密として保護されている。

********* このブログの筆者による注 ********

 例えば、中国の法律によると、気象観測結果の一部にも国家秘密保護法の対象になるものがある(このため、中国で気象関係の研究を行う場合は、扱っている情報の使用や国外への伝達に許可が必要かどうかについて気を付ける必要がある。)

「中華人民共和国気象法」
第18条:基本気象観測資料以外の気象観測資料は秘密保持をする必要がある。その秘密の階級の確定、変更及び秘密解除と使用は「中華人民共和国国家秘密保護法」の規定に基づいて行う。

中国国家気象局のホームページにある「中華人民共和国気象法」参照
http://www.cma.gov.cn/jwgk/zcfg/laws/t20061012_159778.phtml

***** このブログの筆者による注の終わり *****

○いわゆる国家秘密とか、いわゆる国家安全とかいう問題は、階級闘争時代の考え方から生まれたものであり、我々はこれらの考え方を正しく考え直し、秘密にすべきものについて系統的に整理する必要がある。

○メディアには以下の3つの大きな働きがある。

(1)啓蒙の作用:例えば、報道された事件を通じて多くの人が「違憲捜査」とはどういうものかを知るようになった。

(2)社会の問題を暴露し、社会を進歩させる作用:アメリカでも19世紀から20世紀初頭に掛けて、汚職、腐敗、ニセモノ問題などがあったが、米国の新聞界が「暴露運動」をやったことにより、アメリカ社会の進歩が促進された、という面があった。我が国でも、環境問題、土地の違法な使用問題、不法な労働者雇用問題など、メディアが伝えたことにより、制度が改善された例は多い。

(3)社会に活力と創造力を与える作用:高度に管理された計画経済下では、政府権力が社会の各部分まで浸透し、市民社会は圧力を受けてきた。しかし、市場経済改革の中では、自由に意見を言える場が重要である。自由なメディアは、社会の富と創造力の源泉である市民の自由な声を伝えることができる。現代は情報化社会であるので、情報はひとつの重要な資源であり、経済的利益の源である。自由な情報の流通は、人々の知恵の力と創造力を発揮させる。アメリカ社会がかくも多くのノーベル賞学者を生んでいる重要な要因がここにある。

○メディアにもマイナスの面はある。新聞が有料である以上、記事を創作したり、虚偽の報道をすることもある。しかし、メディアはプラスの面の方がずっと大きい。メディアの一部によくない面があるからといって、メディアを抑圧してはならない。

○メディアは党の喉と舌であるが、人民の喉と舌でもある。これらは対立するものではない。メディアが党の喉と舌であることの根本は、人民の喉と舌であるからである。

※このブログの筆者による注:「メディアは中国共産党の喉と舌である(党の思想の宣伝のためにある)」という言葉は、従来からの中国におけるメディアに対する基本的な考え方

○メディアは、ひとつの国の現代化において、カギとなる役割を果たしている。社会を変化させる役割をメディアに求めるならば、伝統的な管理制度を変える必要がある。メディアを束縛する従来の方法を改め、メディアに対してさらに緩和した環境を与えなければ、社会の更なる進歩に不利になる。

○改革政策が進んでいる現在、いろいろな階層が現れ、それぞれの階層の利益を代表するいろいろな意見が出ている。しかしこれは正常なことである。政府はただひとつの利益グループを代表する声だけで成り立つものであってはならず、異なった声を聞き、異なった利益を代表してバランスさせる政府でなければならない。

○社会利益の分配が大きな問題となっている今、公衆に発言権がなかったら、不公正をなくすことはできない。改革政策の中でいろいろな問題が出てきているが、一番重要な原因は、公衆の発言権が保障されていないことである。

○一部には、民主化は社会的混乱を招き、安定的な経済発展によくない影響を与える、と言う人もいる。しかし、人類の近代の歴史は証明している。近代社会において民主的制度がなかったら、西側諸国の今日の高度な経済的繁栄はなかっただろう。民主的制度の成立は、政権交代の問題を解決し、政府と人民との衝突の問題を解決して、戦後50年の西側諸国の発展と安定をもたらしたのである。

○確かに、民主化の過程ではいろいろな問題が出現する危険性はある。しかし、民主化自体が悪いわけではない。民主化がなければ、長期安定的な社会の実現と社会の持続的な発展は不可能である。

○民主化の過程で出会う危険性は、民主化の価値を否定するものではない。人工衛星は軌道に乗れば安全だが、打ち上げの際には一定の危険性が存在する。民主化もこれを同じである。

○今、我々は、社会の矛盾が多く存在し、社会が分化し、権利意識が高まってきているのを知っている。国家の決定と法律の執行に対して、これらの意見を参加させなかったら、矛盾は解決するどころか日に日に累積し、社会に反抗するパワーとなり、最終的にはそれが爆発する可能性すらある。

○我が国は、今、社会の変革の岐路に立っている。民主憲政こそ社会の安定的変化の基礎である。その過程で、メディアは、政府を監督し、人民大衆の積極性と創造性を発揮させ、人民と政府との間に対話を通じた共同意識と団結をもたらすよう、その役割を十分に果たすことが求められている。

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 この記事は、新聞記者が自分の意見を書いたものではなく、政法大学憲政研究所の所長という、一定の社会的地位のある人によるインタビュー記事で構成されている、という点が重要だと思います。このブログでも何回か紹介していますが、「経済観察報」は、これまでの中国の状況からすると、これまでもかなり踏み込んだ論調の文章を掲載していますが、今回のこのインタビュー記事は、今までにも増して、二歩も三歩も踏み込んだ文章になっていると私は思います。香港か西側の人が書いたように思えるほどです。

 6月25日に胡錦濤総書記が「党の従来の路線は微動だにしない」という「重要講話」を出して以来、政府機関や軍では、この胡錦濤総書記の「重要講話」を学習する活動が進められている、と人民日報や中央電視台のテレビなどでは報道されています。その雰囲気は、私が20年前に北京にいた当時の感覚から見ても、「古い」と感じるような報道の仕方です。しかし、実情は、上記に掲げるようなインタビュー記事の載った新聞が街で自由に売られているのです。このことは注目に値します。人民日報や中央電視台の報道等によって、旧態已然とした「保守派」の支持を得つつ、上記のような新聞記事を認めることによって、新興の「新社会階層」の支持をも得よう、という胡錦濤総書記・国家主席の政治的バランス感覚の現れだと思います。

 今週、陳竺という共産党員ではない学者が衛生部長(日本の大臣にあたる)に任命されました。4月に科学技術部長に任命された万鋼氏(致公党副主席)に続く二人目の非共産党員の大臣です。これも、古くさい雰囲気の報道を人民日報や中央電視台にやらせながら、一方で、現実の政策では、かなり突っ込んだ改革的案政策を進めて行こうとする胡錦濤主席のやり方のひとつだと思います。

 それにしても、上記のインタビュー記事は、従来の中国の新聞の常識からすれば、相当に踏み込んだ内容になっていると思います。「このような記事が許されるのだ」と知った多くの他の新聞は、次々に「突っ込んだ内容」の記事や論説を書くようになるでしょう。もう、この流れを留めることはできないと思います。

 今、私がこのブログの記事を書いている時点では、胡錦濤総書記・国家主席は、香港にいます。香港返還10周年記念式典に出るためです。中国本土が、経済的にはほとんど資本主義と変わらない状況になっている今、香港と中国本土との一番の大きな違いは報道の自由のあり様です。10年前、トウ小平氏とサッチャー首相との合意に基づき、香港は、「50年間は資本主義制度を変えない」という条件で中国に返還されました。その50年間のうち、2割にあたる10年という時間が既に経過したわけです。あと40年後に、中国本土と香港が完全に同一になるためには、少しずつ中国本土の方も変わっていかなければなりません。上記の「経済観察報」の解説文は、その過程のひとつの象徴的記事なのかもしれません。香港返還10周年を記念する日の前日である2007年6月30日に発売された上記の「経済観察報」の解説文は、あとから見て、ひとつの記念碑的な記事と言えることになるかもしれない、そんな気がしたので、このブログで紹介させていただきました。
 

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