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2007年6月

2007年6月30日 (土)

「報道の自由は社会の安定的変化の重要な要素だ」

 上の標題は今日(6月30日)北京の街で買った新聞「経済観察報」の解説文の見出しです(週刊なので、6月30日発売ですが新聞の日付は「2007年7月2日号」になっています)。「経済観察報」は毎週土曜日発売の週刊の新聞(日本の新聞と同じ大きさ)で、その名の通り、経済関係の記事が多く、企業経営者など北京でも比較的裕福な層が買うと思われる新聞です。ただ、1部2元(約34円)ですので、中国で売られている新聞としては高い方ですが、一般市民でも気軽に買える値段です(街で売られている600ミリリットル入りの国産のペットボトル入りミネラルウォーターは1本2元、地下鉄は3元、という物価水準です)。街中の新聞スタンドで売られており、誰でも買えます。

 まず、この解説文が出た背景を説明しておく必要があります。今週(6月24日~29日)、第10期全国人民代表大会(日本の国会にあたる)常務委員会第28回会議が開かれました。その会議でいくつかの法案の審議がなされましたが、その中に「突発事件対応法(草案)」がありました。この法律案は、2003年のSARS事件などを踏まえて、社会的に影響が大きい事件が突発的に発生した時の対応の仕方について規定した法案です。昨年6月の全人大常務委員会で提案された時には、第57条に「ニュースメディアは、規定に違反して、突発事件の処理作業の状況や事態の発展に関する情報あるいは状況に関する虚偽の報道を勝手に発表してはならない。その程度がひどく、重大な結果をもたらした場合は、報道機関を統一的に指導している所在地の地方政府に対し5万元以上10万元以下の罰金を支払わなければならない。」という規定がありました。この部分に対しては、草案発表当時から各方面から「この規定は様々に解釈でき、メディアの突発事件に対する報道を制限する可能性がある」「地方政府に報道制限の口実を与える」「メディアによる監視の効果に悪影響を及ぼす」などの強い批判の声が上がりました。結局、今週の全人大常務委員会の会議では、ここの部分は削除されることになりました。

(参考)「新華社」2007年6月24日の記事
「突発事件対応法案から『メディアは突発事件に関する情報を規定に違反して勝手に発表してはならない』としている部分を削除」
http://news.xinhuanet.com/legal/2007-06/24/content_6284473.htm

 「経済観察報」の「報道の自由は社会の安定的変化の重要な要素だ」と題する解説文は、このような今週の動きを受けて書かれたものです(この解説文は「経済観察報」のホームページには掲載されていないようです)。

 この解説文では、後半に中国政法大学憲政研究所の蔡定剣所長のインタービュー記事を載せています。このインタビュー記事では、蔡定剣所長は、ポイントとして、次のようなことを言っています。

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○SARS事件の経験が示すように、正しい情報がメディアで伝えられないと、流言飛語が乱れ飛び、社会的不安定をもたらす。

○当然、国家の利益、公共の利益というものはあるが、一部の地方政府は、それを口実に報道の自由を抑圧している。このような事態は、報道の自由と政府による秘密保持との関係に原因がある。我が国には国家秘密保護法があるが、この規定はかなり幅広いものであり、秘密にする必要のないものや、一般庶民として知る必要のある情報についてまで、国家秘密として保護されている。

********* このブログの筆者による注 ********

 例えば、中国の法律によると、気象観測結果の一部にも国家秘密保護法の対象になるものがある(このため、中国で気象関係の研究を行う場合は、扱っている情報の使用や国外への伝達に許可が必要かどうかについて気を付ける必要がある。)

「中華人民共和国気象法」
第18条:基本気象観測資料以外の気象観測資料は秘密保持をする必要がある。その秘密の階級の確定、変更及び秘密解除と使用は「中華人民共和国国家秘密保護法」の規定に基づいて行う。

中国国家気象局のホームページにある「中華人民共和国気象法」参照
http://www.cma.gov.cn/jwgk/zcfg/laws/t20061012_159778.phtml

***** このブログの筆者による注の終わり *****

○いわゆる国家秘密とか、いわゆる国家安全とかいう問題は、階級闘争時代の考え方から生まれたものであり、我々はこれらの考え方を正しく考え直し、秘密にすべきものについて系統的に整理する必要がある。

○メディアには以下の3つの大きな働きがある。

(1)啓蒙の作用:例えば、報道された事件を通じて多くの人が「違憲捜査」とはどういうものかを知るようになった。

(2)社会の問題を暴露し、社会を進歩させる作用:アメリカでも19世紀から20世紀初頭に掛けて、汚職、腐敗、ニセモノ問題などがあったが、米国の新聞界が「暴露運動」をやったことにより、アメリカ社会の進歩が促進された、という面があった。我が国でも、環境問題、土地の違法な使用問題、不法な労働者雇用問題など、メディアが伝えたことにより、制度が改善された例は多い。

(3)社会に活力と創造力を与える作用:高度に管理された計画経済下では、政府権力が社会の各部分まで浸透し、市民社会は圧力を受けてきた。しかし、市場経済改革の中では、自由に意見を言える場が重要である。自由なメディアは、社会の富と創造力の源泉である市民の自由な声を伝えることができる。現代は情報化社会であるので、情報はひとつの重要な資源であり、経済的利益の源である。自由な情報の流通は、人々の知恵の力と創造力を発揮させる。アメリカ社会がかくも多くのノーベル賞学者を生んでいる重要な要因がここにある。

○メディアにもマイナスの面はある。新聞が有料である以上、記事を創作したり、虚偽の報道をすることもある。しかし、メディアはプラスの面の方がずっと大きい。メディアの一部によくない面があるからといって、メディアを抑圧してはならない。

○メディアは党の喉と舌であるが、人民の喉と舌でもある。これらは対立するものではない。メディアが党の喉と舌であることの根本は、人民の喉と舌であるからである。

※このブログの筆者による注:「メディアは中国共産党の喉と舌である(党の思想の宣伝のためにある)」という言葉は、従来からの中国におけるメディアに対する基本的な考え方

○メディアは、ひとつの国の現代化において、カギとなる役割を果たしている。社会を変化させる役割をメディアに求めるならば、伝統的な管理制度を変える必要がある。メディアを束縛する従来の方法を改め、メディアに対してさらに緩和した環境を与えなければ、社会の更なる進歩に不利になる。

○改革政策が進んでいる現在、いろいろな階層が現れ、それぞれの階層の利益を代表するいろいろな意見が出ている。しかしこれは正常なことである。政府はただひとつの利益グループを代表する声だけで成り立つものであってはならず、異なった声を聞き、異なった利益を代表してバランスさせる政府でなければならない。

○社会利益の分配が大きな問題となっている今、公衆に発言権がなかったら、不公正をなくすことはできない。改革政策の中でいろいろな問題が出てきているが、一番重要な原因は、公衆の発言権が保障されていないことである。

○一部には、民主化は社会的混乱を招き、安定的な経済発展によくない影響を与える、と言う人もいる。しかし、人類の近代の歴史は証明している。近代社会において民主的制度がなかったら、西側諸国の今日の高度な経済的繁栄はなかっただろう。民主的制度の成立は、政権交代の問題を解決し、政府と人民との衝突の問題を解決して、戦後50年の西側諸国の発展と安定をもたらしたのである。

○確かに、民主化の過程ではいろいろな問題が出現する危険性はある。しかし、民主化自体が悪いわけではない。民主化がなければ、長期安定的な社会の実現と社会の持続的な発展は不可能である。

○民主化の過程で出会う危険性は、民主化の価値を否定するものではない。人工衛星は軌道に乗れば安全だが、打ち上げの際には一定の危険性が存在する。民主化もこれを同じである。

○今、我々は、社会の矛盾が多く存在し、社会が分化し、権利意識が高まってきているのを知っている。国家の決定と法律の執行に対して、これらの意見を参加させなかったら、矛盾は解決するどころか日に日に累積し、社会に反抗するパワーとなり、最終的にはそれが爆発する可能性すらある。

○我が国は、今、社会の変革の岐路に立っている。民主憲政こそ社会の安定的変化の基礎である。その過程で、メディアは、政府を監督し、人民大衆の積極性と創造性を発揮させ、人民と政府との間に対話を通じた共同意識と団結をもたらすよう、その役割を十分に果たすことが求められている。

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 この記事は、新聞記者が自分の意見を書いたものではなく、政法大学憲政研究所の所長という、一定の社会的地位のある人によるインタビュー記事で構成されている、という点が重要だと思います。このブログでも何回か紹介していますが、「経済観察報」は、これまでの中国の状況からすると、これまでもかなり踏み込んだ論調の文章を掲載していますが、今回のこのインタビュー記事は、今までにも増して、二歩も三歩も踏み込んだ文章になっていると私は思います。香港か西側の人が書いたように思えるほどです。

 6月25日に胡錦濤総書記が「党の従来の路線は微動だにしない」という「重要講話」を出して以来、政府機関や軍では、この胡錦濤総書記の「重要講話」を学習する活動が進められている、と人民日報や中央電視台のテレビなどでは報道されています。その雰囲気は、私が20年前に北京にいた当時の感覚から見ても、「古い」と感じるような報道の仕方です。しかし、実情は、上記に掲げるようなインタビュー記事の載った新聞が街で自由に売られているのです。このことは注目に値します。人民日報や中央電視台の報道等によって、旧態已然とした「保守派」の支持を得つつ、上記のような新聞記事を認めることによって、新興の「新社会階層」の支持をも得よう、という胡錦濤総書記・国家主席の政治的バランス感覚の現れだと思います。

 今週、陳竺という共産党員ではない学者が衛生部長(日本の大臣にあたる)に任命されました。4月に科学技術部長に任命された万鋼氏(致公党副主席)に続く二人目の非共産党員の大臣です。これも、古くさい雰囲気の報道を人民日報や中央電視台にやらせながら、一方で、現実の政策では、かなり突っ込んだ改革的案政策を進めて行こうとする胡錦濤主席のやり方のひとつだと思います。

 それにしても、上記のインタビュー記事は、従来の中国の新聞の常識からすれば、相当に踏み込んだ内容になっていると思います。「このような記事が許されるのだ」と知った多くの他の新聞は、次々に「突っ込んだ内容」の記事や論説を書くようになるでしょう。もう、この流れを留めることはできないと思います。

 今、私がこのブログの記事を書いている時点では、胡錦濤総書記・国家主席は、香港にいます。香港返還10周年記念式典に出るためです。中国本土が、経済的にはほとんど資本主義と変わらない状況になっている今、香港と中国本土との一番の大きな違いは報道の自由のあり様です。10年前、トウ小平氏とサッチャー首相との合意に基づき、香港は、「50年間は資本主義制度を変えない」という条件で中国に返還されました。その50年間のうち、2割にあたる10年という時間が既に経過したわけです。あと40年後に、中国本土と香港が完全に同一になるためには、少しずつ中国本土の方も変わっていかなければなりません。上記の「経済観察報」の解説文は、その過程のひとつの象徴的記事なのかもしれません。香港返還10周年を記念する日の前日である2007年6月30日に発売された上記の「経済観察報」の解説文は、あとから見て、ひとつの記念碑的な記事と言えることになるかもしれない、そんな気がしたので、このブログで紹介させていただきました。
 

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2007年6月28日 (木)

次々と打ち出される過剰流動性対策

 今、中国の外貨準備高は1兆2000億ドルを超える、という天文学的な数字に上っています。これは大幅な貿易黒字と人民元為替レートを人為的に低く抑えようとするために大量のドル買い・元売り介入を行ってきた結果です。

(参考1)中国人民銀行ホームページ
「調査統計」-「統計数データ」-「黄金及び外貨準備高表」
http://www.pbc.gov.cn/diaochatongji/tongjishuju/gofile.asp?file=2007S09.htm

 元安を維持する政策が行われているのは、人民元レートを高くすると

○「人件費が安いから売れる」という中国製品のメリットが失われ、経済成長の柱である輸出産業が打撃を受けるため

○外国の安い農産物が輸入され、中国の農業が打撃をうけるため

だと言われています。こういった中国の為替政策については、アメリカ等から強い圧力が掛かっています。アメリカ等からの外圧や外貨準備高があまりにも巨大になりすぎたため、「いつかは人民元レートは上がるだろう」と見られているので、外国から中国への投資がどんどん行われています。元が安い今のうちに中国国内に投資して、元が高くなってから投資を回収すれば、為替差益の分がまるまる儲かるので、外国の投資家が「こんなうまい話はない」と思ってどんどん中国国内に投資するからです。

 中国人民銀行によるドル買い・元売りによって市場に出回る人民元と、外国投資家が儲けを見込んで海外から流し込む資金とで、中国国内には資金がダブダブに余っている状態になっています。これが今の中国の過剰流動性問題です。余った資金は、株やマンション・オフィスビル等の不動産の投資に回され、バブルとも言える株高・不動産高を招いています。また、過剰流動性により、消費者物価も上昇しています。一方、ここ1年の間、全国の貯蓄率は下がり続けています。多くの人が貯金を下ろして、株や不動産に投資しているからだと言われています。

 天文学的な数字の外貨準備高や、株・不動産の価格がバブル的に高騰している中、地方の農民の苦しい生活は一向に改善されません。このような状態では、いくら党や政府が「和諧社会の実現」をスローガンにしても、それがすぐに実現できるとは誰にも思えない状況になっています。土地開発やビルの建設ラッシュで、農村から出稼ぎに来ている農民工たちが働いて給料をもらって、それを故郷の農村に送金しているので、今のところ表立った不満の動きは表面化していませんが、どこかで何かひとつ歯車が狂うと、農村部の人民の貧しさと都市部など一部での金余り現象とをかろうじて共存させている巨大な細木細工が崩壊してしまう危険性があります。

 そこで、党と政府は、いま必死で「バブル」の動きにブレーキを掛けようとしています。そのために、ここへ来て、また、矢継ぎ早に「バブル」の原因となっている過剰流動性に対処する対策が打ち出されました。

(1)貯蓄利子に対する個人所得税の減税または免除

 現在開かれている第10期全国人民代表大会(全人大=日本の国会に当たる)の常務委員会第28回会合で、貯蓄利子に対する個人所得税の減税又は免除の決定を国務院(日本の内閣に当たる)に授権する法案の審議が行われています。これは現在20%になっている貯蓄利子に対する個人所得税の減税または免除を、その時の経済情勢に合わせて、国務院が随時決定できるようにするものです。現在、急激に貯蓄残高が減ってきており、その分が株や不動産の投機に回っていると見られることから、資金を貯蓄に戻そう、という狙いをもったものです。

 ただし、これについては、例え税率がゼロになっても、今の状況では、貯蓄するよりは株や不動産に投資した方がリターンが大きいので、この政策の効果はあまり大きくないのではないか、という見方もなされています。

(参考2)「新華社」2007年6月28日付け記事
「利息税調整は、必ずしも貯蓄動向を変えるものではない 株式市場への影響もあまり大きくない」
http://news.xinhuanet.com/fortune/2007-06/28/content_6300576.htm

(2)1兆5500億元(2000億ドル)の特別国債の発行

 これも今開かれている全人大常務委員会で議論されている政策です。現在、巨大に膨らんだ外貨準備を適切に運用するため、国家外貨投資公司の設立が計画されていますが、この政策は、外貨投資公司の設立に際して特別国債を発行しようというものです。その意図は、人民元で特別国債を買ってもらって、それをもとにして外貨を運用する、つまり市場に出回っている人民元をこの特別国債で吸収しよう、というものです。この政策については、2000億ドル(約25兆円)という額の巨額さから、この特別国債の発行がいろいろな面で別の角度からのインパクトを与えるのではないか、と心配する人もいます。一方、利率などの詳細はまだ決まっていないことから、これが市場の人民元をどれだけ吸収し、過剰流動性対策としてどの程度効果があるのか、今のところまだわからない、という人もいるようです(この「特別国債」は、普通に販売したのでは売れないでしょうから、各銀行に強制的に買わせるようなことをするのかもしれません)。

(参考3)「新華社」2007年6月27日付け記事
「新華社の視点:1兆5500億元の特別国債の『特別』な狙いを透視する」
http://news.xinhuanet.com/politics/2007-06/27/content_6299746.htm

 いずれにせよ、そもそもの過剰流動性の原因は人民元のレートを人為的に低く抑えていることにあるのであって、為替政策を変えずに、小出しにいろいろと過剰流動性対策を発表しても根本問題は解決しない、という見方もあります。

 こういった「金余り減少対策」として資本主義社会でなされるようなマクロ経済対策が次々と打ち出される一方、今日(6月28日)の人民日報の1面には、「中央と国家機関、人民団体は、胡総書記の重要講話を真剣に学習しきちんと理解しよう」「全党の思想認識を更に一歩統一させよう」といった「これぞ社会主義国家!」といった雰囲気の見出しが踊っています(胡錦濤総書記の「重要講話」については6月26日の私のブログの記事「北京では耕地などに作ったマンションの売買を停止」を参照)。バブリーに見える活気にあふれる街の様子と、打ち出される政策と、人民日報の見出しとが、全然マッチしないために、多くの人がまじめに議論し、いろいろな政策が出されているにもかかわらず、私には、かえって「これからいったいどうなっていくのだろうか」という不安な気持ちを起こさせてしまうのです。

(参考4)人民日報2007年6月28日1面トップ紙面
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2007-06/28/node_17.htm

 7月1日の香港返還10周年記念式典に出るために、胡錦濤主席が香港へ行くそうです。できるのかなぁ、と心配する人もいた香港復帰を見事に成し遂げ、混乱を起こさず、10年間、香港の発展を維持してきた政策は(いろいろ意見のある方はいるでしょうが)、それなりに評価はできると思います。ですから、今の中国国内のバブルに対しても、うまく対処してくれるよう期待したいものです。

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2007年6月26日 (火)

北京では耕地などに作ったマンションの売買を停止

 今日(2007年6月26日)の人民日報の一面は、以下の記事で塗りつぶされています。

「胡錦濤総書記が中央党校(共産党幹部を養成する学校)で重要な講話を行って強調した『中国の特色ある社会主義の偉大な道をたがうことなくしっかりと進み、全面的に穏やかな社会を建設するという新しい勝利の局面を奪取するために奮闘しよう』」

 下記のURLを見ていただければわかりますが、この見出しの書きぶりといい、紙面の雰囲気といい、この雰囲気は30年くらい時代が遡った感覚を覚えます。WTOに加盟して5年以上がたち、世界経済の中で華々しく活躍する現代の中国からすると、雰囲気的に相当なミスマッチ感を感じる紙面です。

「人民日報」2007年6月26日付け1面トップ紙面
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2007-06/26/node_17.htm

 胡錦濤総書記の「重要講話」のポイントは、新しい時代の情勢に直面して、以下を行おう、というものです。

○トウ小平氏の理論と「三つの代表」(中国共産党が「先進的生産力」「先進的文化」「広範な人民の利益」の3つを代表する、という考え方。2001年に江沢民総書記が打ち出した)の思想を堅持する。

○改革開放政策を堅持する。

○科学を発展させ「和諧社会」(調和のある社会)の建設を促進させる。

○四つの基本原則(改革開放政策を強力に推進したトウ小平氏が守るべき基本原則として掲げた四つ:社会主義の道を歩むこと、人民民主主義独裁を貫くこと、共産党の指導の下に全てを進めること、マルクス・レーニン主義と毛沢東思想を守ること)を堅持する。

○全面的に穏やかな社会(小康社会)を作るべく努力する。

 基本的に「今までの路線を堅持するぞ!」という意図表明であり、新しい点は何もないのですが、新しい点と言えば、最後の「穏やかな社会(小康社会)を作る」と単語がちょっと新しさを感じます。この言葉は、現在の状況を踏まえると「バブルは許さんぞ!」というふうに解釈するのが自然だと私は思います。

 中央党校での講話なので、見出しが「お堅い」感じになったのかもしれませんが、急激な経済成長に警戒感を持つ「保守派」に対して配慮した、という意味もあったのだと思います。

 同じく今日(6月26日)の別の新聞には下記のような記事が載っていました。私はこれは偶然の一致ではなく、「バブルは許さない」という党・中央の硬い意志を示しているという点で、一貫していると思います。

「新京報」2007年6月26日記事
「北京『小産権』房要停工停售」
(北京では国有の土地ではない耕地などに作ったマンションの工事と販売を停止する必要がある) http://news.thebeijingnews.com/0553/2007/06-26/015@272145.htm

「北京晨報」2007年6月26日記事
「小産権房将停工售」(国有の土地ではない耕地などに作ったマンションの工事と販売を停止)」
http://www.morningpost.com.cn/article.asp?articleid=111259

 中国は社会主義国ですので、土地の私有というのはあり得ません。土地は国有であるか、村などの地方政府が所有しているか(集団所有)のどちらかです。集団所有の土地にマンションを建てた場合、その集団に所属していない外部の者は、土地に対して何の権利もないので、マンションの部屋を買うことはできないのが原則ですが、現実的には、地方政府が自分の持っている集団所有の耕地などの上に勝手にマンションなどを建てて外部の人に売って収入を得ることが横行しています。こういったマンションの権利のことを「郷産権」とか「小産権」とか言っています。

 上記の記事は、昨日(6月25日)に国土資源部と北京市政府が、集団所有の耕地などを開発して建てたマンションは外部の人には土地についての権利がないので、そういう土地の売買は今後停止させるし、工事も停止させる、という意向を示したことを伝えるものです。

 上記の記事によれば、北京の土地で国有なのはわずか18%で、残りは「集団所有」の土地だ、とのことです。「新京報」の記事によれば、北京の「小産権」のマンションは72棟、これを仮に1プロジェクトあたり10万平米だと仮定したとして概算すると、北京で売買されているマンションの3分の1がこの「小産権」に当たる、としています(この計算は、かなり大ざっぱなのであまり正確ではない可能性があります)。北京晨報の記事では、北京で売られているマンションの2割程度が「小産権」にあたる、と見積もっています。北京晨報の記事では、「小産権」の物件は、行政区域としては北京市内ですが、市街地からかなり離れた郊外地区に集中しており、市街地周辺地区に比べて25%~30%とかなり割安なため、買う人が多い、と指摘しています。

 土地の私有が認められていない社会主義国の中国で、マンションを売買する際には、常にこのようなリスクは伴っているわけですが、「バブルを防ぐため」とは言うものの、急に社会主義の原則を持ち出してきて一部のマンションの建設と売買を停止させる、というのは、いささか荒療治過ぎるような気がします。政府に言わせれば「そもそも集団所有の耕地などの土地にマンションを建てること自体違法なのだから、そういった違法なマンションの建設や販売を止めるのは当然」という理屈なのでしょうが、これに対して市場がどう反応するかが心配です。

 実は、昨日(6月25日)付けのチャイナ・ディリーの You Nuo 氏のコラムに "Time to take heed of economic warnings" という記事を読んで、私は「近々何かあるのではないか。」と思っていました。

China Daily 2007-06-25 "Opinion"
"Time to take heed of economic warnings" by You Nuo
http://www.chinadaily.com.cn/opinion/2007-06/25/content_901226.htm

 このコラムでは、ポイントとして、以下のように言っています。

○中国本土の最大の不動産デベロッパーである Wang Shi 氏は、珠江デルタの記者を前にして、「いつまでに」という時間的なことは言わなかったが、次のように語った。「今の中国の株の狂気は長続きできるものではない。いつの日か、バブルがはじけるか、あるいは内部の圧力を何らかの方法で解放するほかの方法を見つけるべき日が来る。」

○多くのエコノミストが、中国は今までと異なる発展の仕方をすべき大きな曲がり角の中にいる、と主張している。

○一方、多くの株のトレーダーはそうは思っていない。

○ただ、株のトレーダーが考えている「時間枠」は非常に短く、今と2008年の第三四半期、すなわち北京オリンピックが終わった時点との間のことしか考えていない。

○彼らは、『いつまでも続くパーティなんてない』ということはわかっているけれども、政府はオリンピックが終わるまでは大きな経済的ショックを受けて顔をつぶされるようなことはできなはずだ、と思っている。

○投資家のどん欲な食欲を満たし続けるには、パーティを続けるしかない。しかし、中国の長期的で健全な発展を考えたら、バブルは大きく成長する前に小さなうちにつぶしておくべきだ。その際、オリンピックのことは忘れる必要がある。

 中国の将来を真剣に考えている人は、みんなこのコラムを書いた You Nuo 氏と同じ考えを持っていると思います。胡錦濤総書記や党・中央の幹部の多くも同じようなことを考えていると思います。問題は、具体的にどういう手段でやれば、激しいショックなく、バブルを少しずつ消していけるか、です。

 今回の、耕地などの国有地でない土地(集団所有の土地)に作ったマンションの建設と販売を停止する、という北京における方針の発表は、市場にどういう影響を与えるのか、必要以上のショックを与えることはないのか、気になるところです。一番大事なのは、人々が、急激な動きに走らずに、冷静に行動することだと思います。中国は、これまでも、こういったことは数多く経験してきているので、今回のバブルへの対処でも、うまく対応できるだろう、と私は思っています。

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2007年6月25日 (月)

当たり前の緑の価値

 私が、

http://folomy.jp/heart/

の「テレビフォーラム」に5月21日にアップした文章をこちらのココログにも掲載します。

 folomyは、かつての@ニフティのフォーラムを運営していた人たちが集まって運営しているサイトで、メールアドレスを持っている方ならば誰でも無料で登録できます。私がfolomyに書いたものの再アップは、折りを見て時間のあるときに行います。従って、例えばfolomyに掲げた文章のアップは1か月程度遅れると思います。最新の文章を御覧になりたい方は、ぜひ、御自分で上記のアドレスからfolomyに登録して、御覧いただくよう御願いします。

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アップ場所: http://folomy.jp/heart/

「テレビフォーラム(ftv)」-「喫茶室『エフ』」-「『ドナウ川の蚊柱』の続き」

記載日時:2007年5月21日

【当たり前の緑の価値】

 先日の土曜日、北京市郊外にある自然公園へ行ってきました。「北京市内」なんですけど、私が住んでるところとから車で30分のところにある集合場所に集まって、そこから更にバスで2時間半行ったところにあります。新緑に包まれた山があり、大きな岩がごろごろしている沢には、きれいな湧き水が流れていました。

 このイベントを企画した方には大変申し訳ないのですが、これが、週末に「みんなで行くぞ!」と募集を掛けて集まって、バスを仕立てて、高速道路を2時間半も掛けて行くほどの価値のある「素晴らしい大自然」なのかなぁ、というのが、私の正直な印象でした。山があって、緑があって、そこに川が流れている、という風景が日本人の私にとっては「当たり前の風景のひとつ」と映ったからだと思います。

 北京は基本的に乾燥地帯です。年間降雨量は日本よりかなり少なく、周囲の山々もごつごつした岩山ばかりで、草木はあまり生えていません。やわらかい緑に囲まれた山々がすぐ身近にある日本に比べると、北京周辺の自然条件にはずっと厳しいものがあります。

 話は変わりますが、翌日の日曜日、街の新聞スタンドで「新京報」という新聞を買ったら、日本の戸籍制度について解説した記事が載っていました。その記事では、日本では、江戸時代は、農民も都市部の町人も「寺請制度」という戸籍制度に基づき、身分と住む場所が固定されていたが、明治維新の改革で、「四民平等」の考え方に基づき、「士農工商」の身分制度が撤廃され、誰でも好きな場所に住めるようになった、と記されていました。この記事では、これが日本の資本主義発展の基礎になったのだ、と肯定的に説明されていました。この記事の中では、在北京日本大使館の人が、具体的な自分の経験に基づいて、本籍地を移動させたり、本籍地と別なところに住んでそこの住民票を取ったりすることなどが自由にできる日本の戸籍制度について説明をしていました。

 今、中国では、人民は、生まれた場所により、農業戸籍と非農業戸籍の色分けがなされ、戸籍を自分の意志では自由に変えられない制度が採用されています。都市部への人口の集中と農村部の過疎化を防ぐための政策のひとつです。農業戸籍の人と都市部の戸籍の人とでは、社会保障など行政から受けることのできる支援の内容が違っているため、この二重戸籍制度は、実質的な身分制度ではないか、と批判され、中国国内の新聞等でも、最近たびたびその問題点が指摘されて、議論になっています。

 近くに緑に囲まれた山があり、川が流れていて、自分の好きな場所に行って住める、という、日本では「当たり前」のことが、ここ中国では、「当たり前」ではないのです。私にとっては、当たり前だと思っていたことの大事さを、もう一度かみしめた週末でした。

(参考URL)ネット版「新京報」2007年5月20日
「日本:更改『戸籍』無限制」
http://news.thebeijingnews.com/0582/2007/05-20/015@263388.htm

(2007年5月21日、北京にて記す)

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2007年6月24日 (日)

スウェーデン社会民主党を紹介した意味

 中国の経済専門週刊紙「経済観察報」2007年6月18日号(6月16日発売)の特集で、スウェーデンにおける社会民主党を紹介する記事が大きく掲載されていました。この記事は「観察者」(Observe)という紙面の部分に楊啓先という人が顔写真と署名入りで2面にわたって書いている「一編の遅れてやってきた『検討の要約』」と題する長大な評論です。

 6月初めに胡錦濤主席が、G8サミット時に開かれたドイツでの会合の帰りにスウェーデンに立ち寄ったタイミングを捉えて書かれたものと思われます。なお、胡錦濤主席自身、この訪問を「スウェーデンの社会公平の促進、社会保障体制に学ぶための訪問」と言っていました。

 スウェーデンは、東側諸国を除いては、世界の中で最も早く1950年に中華人民共和国を承認し国交を樹立した国なので、中国ではスウェーデンは重要な友好国として位置付けられています。そういった背景もあるため、以下の評論でも、スウェーデンの社会については、かなり好意的に書かれています。

 この評論文には以下のような副題が付いています。

○「彼らがいうところの社会主義には条件がある。それは前に必ず『民主』という二文字が付くことである。」

○「民営企業には多くの財産を造成することを認め、政府は合理的にそれを分配して労働者の要求を満たしている。」

○「スウェーデンの貿易赤字・貿易黒字は、世界各国の中でも最小の部類に入る」

○「いわゆる都市と農村の格差、工業と農業の格差、頭脳労働者と肉体労働者との格差は、スウェーデンにおいては基本的に解消されている」

 この副題の意味するところは、上記の4つの点が中国では解決されていないので、スウェーデンの例に学ぼう、ということだ、と私は理解しました。

 この論文の筆者は、1985年以来、何回かスウェーデンを訪問したとのことです。筆者は、スウェーデン社会民主党が1889年に結成され、その後1920年の選挙で社会民主党と保守党との連立政権ができたが、この時の選挙の結果、社会民主党の方が議席が多かったので、首相は社会民主党から選ばれたこと、その後、選挙のたびに、社会民主党の議席数は増減し、保守党との間で政権交代が行われてきたことを、自分がスウェーデンで見聞きしたことを踏まえながら、紹介しています。この中で、選挙で多数の議席を獲得するため、社会民主党は、歴史的に国民が要望する政策を次々と取り入れていったことが紹介されています。

 注目されるのは、この評論では、スウェーデンにおける以下の3つの点を指摘していることです。

1.社会的不公正が起きないような法律制度が完備されていること。

2.情報が公開され、世論の監視がなされていることが社会的不公正が発生することを抑えていること。

3.政党間の競争が激しく、選挙で負ければ政党の存続すら危ぶまれるので、政党関係者及び指揮下にある各レベルの公務員は、平等な態度で国民に接し、公正な原則に基づいて行政事務を行わざるを得ないこと。

 さらに、スウェーデンは西欧型民主主義国家なので、国から支給される政党費用なども国会議員の議席数で決まるので、国会議員の議席が少ない時期には、党の職員の数も少なくせざるを得ない時もあった、などということも紹介されています。

 裏を返せば、これらの点は、今の中国に最も欠けている点だ、と筆者は言いたかったのだと思います。

 この論文で、私が最も「強烈」だと感じたのは、20世紀におけるスウェーデン社会民主党とソ連共産党の歴史の比較をしている部分です。スウェーデンとソ連とでは、歴史や国情が全然違うので単純に比較はできない、として、次のように述べています。

○スウェーデンは、20世紀初頭に既に民主主義制度が確立しており、社会主義的政策を実現するためには、社会民主党は、選挙を通じて多数の議員を当選させ、平和的に社会主義的政策を実現することが可能だった。

○一方で、民主主義制度が確立しておらず、封建主義的な政治制度が残っていたロシアでは、旧体制を打破するためには、武力闘争による革命を経ざるを得なかった。

○しかし、ソ連共産党については、武力革命が社会主義実現の「産婆」の役割を果たしたが、次の2つの点で、マルクス主義が求める最終的な目標に対して不合格であった。

(1)社会主義にとって必要な生産力の発展のためには「不合格」だった。

(2)社会主義が求める完全な民主主義を確立するためには「不合格」だった。

○ソ連共産党は、武力闘争による革命が成功した後には、外国からの介入を排除しながら、上記の二つの「宿題」を解決する必要があった。

○ソ連共産党は、武力闘争による革命が成功した後、上記の二つの「宿題」が残っていることを認識せず、既に自分の国が「合格した」社会主義国であると認識してしまったので、それに同意しない者、またはそれに疑義を挟む者は容赦なく排斥した。従って、ソ連共産党は、本当の意味での「合格した」社会主義国家を建設することができなかったばかりか、封建的あるいは半封建的な権威主義を変えることができず、かつてのスターリン時代のように、不完全で正しくない社会主義を作ることになり、幅広い人民の反対を受け、ついには「揚棄」されたのである。

(このブログの筆者による注)
「揚棄」とは哲学用語の「アウフヘーベン」、即ち、悪いことが捨て去られ、更に上の段階へ上昇することを指します。従って、普通は「歴史を前に進める」というプラスの意味を現します。この部分、1991年にソ連共産党が結局は国民の反感を買って解体されたことを説明しているのですが、ここで「揚棄」という単語を使ったことに、私はこの論文の筆者の意図を感じます。

○ソ連共産党とスウェーデン社会民主党とを比較すると、宗教における原理主義者と改良主義者になぞらえることができる。両者の「教祖」は同じであるが、ソ連共産党は、「教祖」の元々の原典を一字一句そのまま実施しようとし、原典を超えることができない「原理主義」に似ている。一方、スウェーデン社会民主党は、その時代その時代の発展状況や社会の変化に対応し、絶え間なく革新と創新を繰り返している。結局は、後者の方が「教祖」が主張した理想を、より多く獲得することに成功しているのである。

 この論文の最後で、筆者は「基本的には私の記憶に頼って書いているところがあり、十分に正確じゃないところがあるが、だいたいこのようなものだと理解して頂きたい。従って、これは『検討報告』というより『検討の要約』と位置づけた方がいいかもしれない、と思ってこの評論に「一編の遅れてやってきた『検討の要約』」という表題を付けた。読者には、単にひとつの検討の素材として考えて頂ければ幸いである。」と結んでいます。この最後の文章は「私は、どのやり方が正しいとは主張しません。判断は読者におまかせします。」と述べているわけですが、ここのところは、現在の中国の新聞が置かれれている事情を勘案して、この論文の筆者の本当の気持ちを汲み取っていただれば、と私は思っています。

 この評論は、同じ「経済観察報」の5月18日号に載った社説「根本は、政治体制改革にある」(この私のブログの5月30日付け記事参照)と同じ路線上にある、と考えてよいと思います。「経済観察報」に載っている記事は、経済動向や株、不動産、各企業のニュースなどが中心であり、自家用車やゴルフ場等の広告が多いことから考えても、読者は「小金持ち」が中心だと思います(「小金持ち」とは、最近の人民日報でいう「新社会階層」の人々のことです。「新社会階層」についてはこの私のブログの6月22日付け記事を参照)。この評論は、おそらく「小金持ち」=「新社会階層」の人々の気持ちを代弁していると思います。

 今、中国で、地下深いところで、まだ目には見えない大きな動きが始まりつつあり、上記の論文がその「地鳴り」を伝えるものだと私は感じたので、紹介させていただきました。

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2007年6月23日 (土)

悪徳レンガ工場事件で山西省長が謝罪

 日本では、一度報道されたあと、あんまり続報が報道されていないようですが、6月15日に明らかになった、山西省での悪徳レンガ工場業者で、誘拐されたこどもや農民が奴隷のように強制労働させられていた事件については、中国の新聞では、この手の社会的事件にしてはかつてないほど、連日、激しく報道されています。「中央の関係当局が悪徳レンガ工場業者の摘発に動いていたその日、摘発を担当すべき山西省のある地方部局では、勤務時間中に職員がポーカーをやっていた。」などというどこかの国で聞いたような話が次々に暴露されて、悪徳業者を非難するよりも、「本気で取り締まる気のない地方政府はけしからん!」という声が盛り上がっています。

 このような中、6月22日(金)15時(北京時間)から、中央の関係部署と山西省長らによる「新聞通気会」(状況説明会)が開かれました。山西省の于幼軍省長(知事)は「(今回の事件に関しては)農民やこどもたちの合法的な権利を侵し、心身に被害を与え、国内外によくない政治的影響を与えたことに対し、省長として、そのとがめを逃れることはできず、深く心に痛みを感じており、ここに省政府を代表して、被害者及びそのご家族に対しお詫び申し上げる。また、全省の人民に対し、反省していることを申し上げる。」と述べました。これは、中国の地方政府代表としては、今までにない異例の発言だと思います。

 この発言は、今の時点での中国中央電視台のホームページ

http://www.cctv.com/default.shtml

のトップ・ニュースとして掲載されています。それだけ、内外の批判が強い、ということでしょう。ただ、この状況説明会は、中央の関係部署及び山西省側の一方的な説明だけで終了し、新聞記者からの質疑応答は受け付けずに終了しました。

 中国語でこういう言い方をするのが普通なのかどうかよく知りませんが、「新聞通気会」という言い方は私は始めて聞きました。普通、記者会見は「新聞発表会」と呼ばれます。中国語で言う「新聞発表会」は、日本語で言う「記者会見」なので、当然、ひととおりの説明の後、記者からの質疑応答があります。今回の会が「新聞通気会」と銘打っていたのは、最初から質疑応答をするつもりがなかったからでしょう。「通気会」は、文字通り読めば「ガス抜き会」ですが、これでは、新聞記者は大きな不満を抱くと思います。

 ということで、于幼軍省長は「新聞通気会」での自分の発言が終わった後、退席する際に記者に囲まれて質問攻めにされることになりました(日本のプレス用語でいう「ぶら下がり」)。この様子は、ネット版人民日報「人民網」が写真入りで伝えていますので御覧下さい。

「人民網」2007年6月22日16:13掲載
「于幼軍、本ネット記者の質問に答えた:『メディアによる山西省に対する監督は、引き続き歓迎する』」
http://politics.people.com.cn/GB/14562/5901564.html

 この記事で、「人民網」の記者が「今回の事件に対してネットが発揮した作用について、歓迎するのか、それとも反感を感じているのか。」と質問したのに対し、于幼軍省長は次のように応えています。「ネットで情報が流される前から、山西省は行動を開始しており、一定の成果を得ていた。しかし、関係部門が、メディアに適切なタイミングで情報を提供しなかったので、ネット閲覧者はこらの状況を把握できていなかった。このため、ネット上では不確実な伝聞に基づく情報が伝えられる余地があった。ネットに提供する情報については、我々は、現在、事実を確認してから情報を提供する姿勢を堅持している。一方、ネット上における各メディアの山西省に対する監督は、今後も継続して歓迎する。」

 「人民網」の記者の質問自体、なかなか鋭いし、写真で見る雰囲気も結構緊迫しています。本件については、中国のメディアは、かなり使命感に燃えて、対応しているように思います。

 こういった中国のメディアの盛り上がりは、私に1987年5月の黒竜江省大興安嶺森林火災のことを思い起こさせます。1987年のこの森林火災は、結果として、約1か月にわたって燃え続けた大森林火災で、延焼面積は約101万ヘクタール(岐阜県の面積に近い)、死者は193人に上りました。火災の原因が森林内での伐採機の油漏れや伐採労働者のタバコの火の不始末だったことから、地方政府が現場監督の怠慢を非難されるのを恐れて、現場サイドで処理しようと試み、中央へは「大したことはない。既に消火した。」と報告したり、中央から駆けつけた救援隊に対して「ここは管理区域なので、許可証を持っていない者には立ち入りは認めない」と言ったりしたことから、全国から大きな批判を浴びました。この時、経済日報などの記者は、率先して現場に入り、実情をレポートしました。当局も「地方政府の官僚主義は排除すべき」としてこれらの記者の行動を容認したため、記者たちは、積極的な活動を展開しました。これら新聞記者らによる「社会の問題点はきちんと調べて正すべき」という姿勢が、広く社会の雰囲気として広がっていき、翌々1989年の事態へとつながっていった、と私は思っています。

 1987年と今年2007年との違いは、今の中国が既に1989年の事態の再発が許されないほど世界経済の中で大きな位置を占めていることと、来年に北京オリンピックを控えている(従って中国政府はどう転んでもオリンピックが終わるまでは1989年の事態を再発させることができない)ということです。

 この20年の間、中国のメディアも、中国の人民も、中国政府も多くのことを学んできていると思います。だから、私は、今回は、今のこの中国のメディアの使命感に満ちた熱気を社会を安定的に前に進めるパワーに変えることができると信じています。

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2007年6月22日 (金)

新しい社会階層の台頭

 今月に入ってから中国の新聞で見た興味深い論調を御紹介します。6月11日の「人民日報」に掲載された「新社会階層~その影が日に日に明らかに見えてきている~」という記事とそれに続く一連の記事です。

 社会がどういう階層から成り立っているか、についての認識は、社会主義社会においては重要な観点です。日本では、ブルジョアジー(有産階級=資本家階級)やプロレタリアート(無産階級)といった言葉は、既にすっかり死語になってしまっていると思いますが、社会主義の理論では、ブルジョアジーとプロレタリアートが闘い、プロレタリアートが勝利するのが革命である、と位置づけられていますので、これらは重要な言葉です。中国では、中華人民共和国が成立した後は、ブルジョアジーはいなくなったので、国内にはともにプロレタリアートである二つの「階級」、即ち労働者階級と農民階級が存在し、このほかにひとつの「階層」として「知識分子階層」(=インテリ階層)が存在する、とされてきました。今、知識分子階層に加えて、社会の中に新しい階層が生まれ、その影響力が大きくなってきている、この新しい階層をどう扱うべきか、というのが、この記事が言わんとしているところです。

(参考1)「人民日報」2007年6月11日付け記事
「新社会階層~その影が日に日に明らかに見えてきている~」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2007-06/11/content_13186008.htm

 この記事のポイントを簡単にまとめると以下のとおりです。

○今、新しい社会階層が台頭してきている。彼らは、改革開放政策の受益者であり、改革開放政策の積極的な推進者である。彼らは、全国の半数以上の技術特許を使っており、全国の3分の1の税収を負担しているほか、新たに増える就業者の約半数を雇用している。

○この階層は、約5000万人と見積もられており、彼らに関連する事業の従業員も含めると約1億5000万人がこの階層に属していると考えられている。

○この階層は、非公有企業(私営企業)の経営者及び自分で自由に職業を選択した知識分子階層(弁護士、会計士など)から構成されている。現在の中国経済の中では、彼らの影響力が日に日に増大してきている。

○中国共産党統一戦線部の陳喜慶副部長は、これらの新しい階層の人々を適切に評価する体制を確立し、これらの階層の人々の中から党外(共産党以外の)人民代表(=国会議員)になれるような人々を養成しようとしているところである、と説明している。
※中国では、基本的に共産党の推薦がないと人民代表にはなれない。

 この記事の脇には、全国政治協商会議副主席・全国工商連合主席の黄孟復氏が以前ある会議で述べた内容を紹介する記事も合わせて掲載されていました。

(参考2)「人民日報」2007年6月11日付け記事脇にある「意見」の欄
「黄孟復:民営企業は内外で『和諧』しなければならない立場に置かれている」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2007-06/11/content_13186009.htm

 黄孟復氏は、「民営企業は、企業内部では労働者との間で賃金その他の面で『和諧』を図ることを常としているほか、企業外部との関係では、製品に対する責任、省エネルギー、環境汚染対策などで努力しており、企業の外との間でも『和諧』を図ることを常としている。」として、民営企業の存在を「和諧社会」建設の中でも重要なものであると、肯定的に評価しています。

 さらに6月15日付けの人民日報では、「新階層を成熟へ向けて歩ませよう」と題する記事の中で、新社会階層の台頭に関して「政府が直面する新課題」と題する、中央党校党建部主任の王長江氏のインタビュー記事を載せています

(参考3)「人民日報」2007年6月15日付け記事
「新階層を成熟へ向けて歩ませよう」の後半部分にある「政府が直面する新課題」
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2007-06/15/content_13197469.htm

 このインタビュー記事の中で、王長江氏は、新社会階層が出現する中で様々な問題が生じているのは、彼らの台頭に呼応した法律や制度がまだ健全にできあがっていないからだ、と指摘しています。また、王長江氏は、「新社会階層の政治に対する要求に十分関心を払うと同時に、労働者、農民その他の社会大衆が広く政治に参加する道をどのようにするかを考え、彼らの権益の保護を図るようにしなければならない。」と指摘しています。この指摘が、政治の民主化までを視野に入れたものなのかどうかは、即断することは慎むべきだと思いますが、こういう主張が党校幹部の発言として人民日報の記事として掲載される、という点は注目に値すると思います。

 これらの記事は、日に日に経済的な発言権を増してきている私営企業家や弁護士、会計士などの新社会階層が持っている政治的な要求を、共産党としても無視することはできない、と認識し始めている、ということを示している点で重要だと私は思います。経済的な発言権を増してきている新社会階層の政治的発言権を封じることは、経済的な混乱を招くとともに、今後の経済発展にブレーキを掛けることになるからです。しかし、このことは、現在の中国の政治体制の根本である「共産党の指導」という問題に触れる非常に機微な問題です。というのは、新社会階層は、自由な経済活動の中で力を発揮したいと願う階層ですから、彼らの政治的な要求とは、ややもすると「共産党の指導」を弱める方向に向けられかねないからです。中国の指導部は、これから「共産党の指導」という柱を堅持しながら、新社会階層の政治的要求に耳を傾ける、という難しい舵取りに直面することになります。

 ひとつの注目点は、この問題点が、党の機関紙たる人民日報に堂々と掲載されたことです。この記事を注目すべきと考えるのは、こういった問題点の存在を党・中央自らが認め、これに前向きに対応していくことを内外に宣明したことを意味すると考えられるからです。この「新社会階層」の政治的要求をどのように吸い上げていくのか、という問題は、今年秋の党大会へ向けて、党内でのひとつの重要な議論点になるだろうと思います。

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2007年6月21日 (木)

中国のマンション・バブルはいつまで続くのか

 タイトルに「バブル」という言葉を使いましたが、そもそも急速に成長する中国経済を表現する言葉として「バブル」という言葉が適切であるのかどうかは、議論のあるところです。近年、中国の工業生産力が力強くなってきていることは事実ですし、13億人の巨大な市場があり、内需拡大の余地はまだまだあることから、中国の経済成長は、経済の実態を背景としたものであって「バブル」ではない、という根強い見方があります。

 現在、中国の経済成長は、GDPの成長率が10%を超えるレベルで成長していますが、これについては、いろいろな見方があります。

A:2010年の上海万博の後も、ずっと継続してこのレベル(10%超)の高度成長は持続される。

B:2010年の上海万博までは、このレベルの高度成長は維持されるが、上海万博の後、一定の調整局面に入る。

C:2008年の北京オリンピックまではこのレベルの高度成長は続くが、その後、2010年の上海万博の前に経済は調整局面に入る。

D:現在が経済成長のピークで、2008年の北京オリンピックの前に経済は調整局面に入る。

 上記のそれぞれの見方も、見る対象が「中国経済全体」なのか「中国の株価」なのか「中国のマンションなどの都市部の不動産投資」といった個別分野の話なのか、によって異なると思います。「中国経済全体」を見る場合には「経済の実態に沿った手堅い部分」があるが、ある一部の特定の分野については、経済の実態を超えた「バブル」の部分がある、という見方が正しいのかもしれません。どこかの時点で、ある特定の部分の「バブル」がはじけた時、その「バブル」の部分の経済全体に占める比重がどのくらいで、その特定の部分のバブル崩壊が、経済全体にどの程度の影響を与えるのか、が「中国の高度経済成長はバブルなのか」を考える上での重要なポイントだと思います。

 上記の4つの見方のうち、Dの見方をする人はほとんどおらず、多くの人が「少なくともオリンピックまでは、現在のレベルの高度成長は続く」と思っていますが、その後、どの時点で「調整局面」に入るのか、あるいはずっと高度成長が続くのか、については、議論の分かれるところです。

 中国に来た人が建設ラッシュに湧く街並みを見て率直に感じるのは、「こんなにビルをたくさん建設して、オフィスやマンションの供給過剰にならないのだろうか。」ということだと思います。「こんな急速な建設ラッシュがいつまでも続くはずがない」と思いつつ、こういった建設ラッシュがここ20年以上ずっと続いていることから、やっぱりまだまだ建設ラッシュは続くのかもしれない、と考える人も多いと思います。

 現実的に言うと、政府は経済の過熱を防ぐため調整のための様々な手段(基準金利の引き上げなど)を採っていますが、少なくとも不動産市場は、現実にはまだ拡大が続いています。

(参考1)新華社2007年6月20日付け記事
「統計データは、中国の不動産市場が調整状況の中においてもまだホットであることを示している」
http://news.xinhuanet.com/house/2007-06/20/content_6263875.htm

この記事によると、今年1月~5月の中国の不動産投資は、依然として急速に伸びているとのことです。

 一方で、6月20日付けの「北京晨報」によると、高い価格帯(例えば1平米あたり12000元(192,000円)以上の2部屋の物件)の供給量が増えている中、これまでこれらのマンションを所有して賃貸ししていた持ち主の中には、年内にまた金利の引き上げがあるのではないか、との予測の下、これを売りに出して現金化する動きが見られる、と伝えています。
※先日発表された「2006年度労働社会保障事業発展統計公報」によると、中国の給与所得者の2006年の平均月収は約1,750元です。

(参考2)北京晨報2007年6月20日付け記事
「投資型マンション持ち主、価格を下げて現金化」
http://www.morningpost.com.cn/article.asp?articleid=110001

 この記事では、一方で、買い方の方では、マンション価格が今後も上昇するとの見方は変わっておらず、金利利上げ予測は需要の面では影響はまだ出ていない、と分析しています。

 現在、多くのマンションなどの建設現場では、全国で億を超える数の農村出身のいわゆる「農民工」が働いています。この人たちが住む場所が足りない、という意味では、住宅の供給量は数の上ではいくらあっても足りない、と言えます。しかし、現在のマンションの価格は、これら「農民工」の人々にはとても手が出せるような値段ではありません。しかも、「農民工」は農村戸籍ですので、いずれは故郷の農村に帰らなければならず、制度的にも都市部のマンションを買えるような状況にはなっていません。一方で、投資目的ではなく、実際にマンションを買ってそこに住める「実需」がどれくらいあるのか(実際にマンションを買ってそこに定住できる「小金持ち」がどのくらいの数いるのか)がポイントなのですが、その点については、私はよくわかりません。

 しかし、もし、仮に、現在のマンション建設ラッシュが経済の実態と掛け離れた「バブル」であって、どこかの時点でその「バブル」がはじけるのだとすると、マンション・バブルがはじけた途端、マンションの建設がストップしますから、建設工事に携わっている「農民工」の人たちが職を失うことになります。だからこそ、投資の過熱を防ぎ、経済が実態と離れた「バブル化」することを避けることが、政府による現在の経済運営の重要なカギなのです。

 中国の経済がバブル化し、そのバブルがはじけることは、誰も望んでいません。日本としてもそうなっては困ります。日本でも、中国の高度経済成長に注目している人は多いと思いますが、長期的な視点で、中国の安定的な経済成長を見守る目が、日本にとっては重要だと私は思っています。

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2007年6月19日 (火)

6月19日の大気汚染度はIV(1)級(中度汚染)

 6月19日(火)の北京は、昨日よりも大気汚染がひどく、国家環境保護総局が発表している空気汚染日報では、空気汚染指数(API)が202、汚染等級が7段階の悪い方から3番目のIV(1)(中度汚染)にまで達しました。

 20年前に私が北京にいたときには、暖房のために石炭や練炭を大量に燃す冬や、黄砂が飛来する早春の時期には、北京の大気が汚染された感じの時はありましたが、5月、6月は基本的に晴天で、スカッと晴れた日が多く、緑の街路樹が青空にまぶしく映えて、暑いことは暑いのですが、それなりに気持ちがよかった時期であったように記憶しています。今日のような、雲がなく、太陽が透けて見えているのに、青空がない、という北京にいると、北京は1年のうちで一番美しい時期を失って、それでいったい何を得たのだろうか、と思ってしまいます。

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北京の今日の大気汚染度はIII(1)級(軽微汚染)

 中国国家環境保護総局では、毎日、主要86都市の大気汚染日報を発表しています。

中国国家環境保護総局「重点城市空気質量日報」
http://www.sepa.gov.cn/quality/air.php3

各都市における二酸化硫黄、二酸化窒素、空気中浮遊物質、一酸化炭素、オゾンの量から「空気汚染指数」(API=Air Pollution Index)を計算しているものです。APIの定義は下記に掲載されています。

中国国家環境保護総局のホームページ「背景資料」にある「空気汚染指数」(API)の定義
http://www.sepa.gov.cn/quality/background.php

 上記の中国国家環境保護総局による「大気汚染日報」では、APIを基にして下記の7階級の汚染等級を示しています。定義及び等級の内容は、下記の新華社の2006年1月20日付けの報道を見ると、わかりやすいと思います。

新華社(天津チャンネル)2006年1月20日付け「空気汚染指数の定義と等級分類」
http://www.tj.xinhuanet.com/fuwu/2006-01/20/content_6096035.htm

 上記の報道によると、大気汚染の等級は下記の通りです。

I級(優):API=0~50
大気汚染の問題なし。公衆の健康に何らの影響を与えない。正常な活動が可能。

II級(良):API=51~100
大気汚染により何らかの影響を受ける可能性がある。ごく少数の汚染に特別に敏感は人以外は、公衆の健康に影響を与えない。正常な活動が可能。

III(1)級(軽微汚染):API=101~150
III(2)級(軽度汚染):API=151~200
敏感な人たちは持っている症状が若干悪化する可能性がある。健康な人でも刺激症状が出現することがある。心臓病、呼吸器系疾患の患者は体力を消耗する戸外活動を減らす必要がある。

IV(1)級(中度汚染):API=201~250
IV(2)級(中度重汚染):API=251~300
心臓病及び肺病患者に対しては症状を顕著に悪化させ、運動に対する抵抗力を弱める。健康な人たちの中にも広く症状が出現する。老人及び心臓病、肺病患者は室内に留まり、かつ体力を使う活動を減らす必要がある。

V級(重度汚染):API=301~
健康な人々に対しても運動に対する抵抗力を弱める。強い症状を発現させたり、何らかの疾病の発現を促進する可能性がある。老人及び病人は室内に留まり、体力の消耗を避ける必要がある。一般人も戸外での活動を避ける必要がある。

 ちなみに、今日(2007年6月18日(月))の北京の「大気汚染日報」は、API=138、汚染等級はIII(1)(軽微汚染)、APIを高めた主要な原因は「空気中浮遊物質」(中国語で「可吸入顆粒物」=直径10ミクロン以下の浮遊微粒物質)でした。

(「可吸入顆粒物」の定義については下記を参照)
中国国家標準「環境大気汚染標準」GB3095-1996
(1996年1月18日:国家環境保護局・国家技術監督局発布)
http://www.sepa.gov.cn/image20010518/5298.pdf

 今日(6月18日(月))の北京は、どんよりした霞のようなものが掛かった状態で、視界は1kmあるか、ないか、といった程度でした。空を見上げると、真っ白い空の中に太陽が透けて見えました。太陽が見えているので、曇りではないはずなのですが、空は真っ白です。なんとなく、喉のところに、コホコホと咳をしたくなるような刺激を感じます。たぶん、この空気の中でマラソンをやったら、マラソン・ランナーはちょっとツライと思います。雨が降らない、風の弱い日は、汚染の度合いが高まるようです。

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2007年6月17日 (日)

重慶と成都が農村・非農村統合試験区に指定される

 6月9日付けの新華社電によると、国家改革発展委員会は、重慶市(直轄市)と四川省成都市を、農村・非農村の区別をなくす統合試験区に指定する、と決定したとのことです。

(参考1)「新華社」2007年6月9日付け記事
「重慶と成都が全国統合農村・非農村総合配当改革試験区に」
http://news.xinhuanet.com/fortune/2007-06/09/content_6220759.htm

 このうち、重慶市は6月15日、正式にインターネットを通じて農村・非農村統合改革計画に関する意見募集を開始したとのことです。

(参考2)「新華社」2007年6月17日付け記事
「重慶市、『試験区』建設について、全世界から優れたアイデアを募集」
http://news.xinhuanet.com/politics/2007-06/17/content_6251881.htm

 現在、中国では、農村戸籍と非農村戸籍の区別が明確になっており、農村戸籍の人は都市部に永住することはできません。重慶市、成都市のような「市」でも、行政区域は非常に広く、市街部と周辺の農村部に分かれており、市の内部で農村・非農村の区別が存在しています。

 現在、中国の都市部での建設ラッシュの建設作業は、農村から出稼ぎに来ている人々、いわゆる「農民工」によって行われていますが、「農民工」は、都市部で働いていても、都市部の戸籍を得ることはできず、都市戸籍を持っている人が受けている住宅、医療、教育、社会保障などの行政上の保護を受けることができません。このため、多くの「農民工」は、家族は故郷の農村においたまま、単身で「出稼ぎ」に来ています。

 6月16日付けの「新京報」の社説によれば、現在、中国には1億2000万人の「農民工」が働いているが、このうち家族を帯同して都市部に住んでいるのは3000万人に過ぎず、残りは単身で出稼ぎに来ていると言われている、と指摘しています。1億人近い単身出稼ぎ者の存在、というのは、尋常な数ではないと思います。

(参考3)「新京報」2007年6月16日付け社説
「農村・非農村が同権の都市においても貧民窟はできない」
http://comment.thebeijingnews.com/0728/2007/06-16/021@005719.htm

 農村・非農村の区別をなくす、ということは、大量の「農民工」が家族を帯同して都市部に移住することを認めることであり、そのための医療、教育、社会保障などの行政負担を都市の政府が担うことを意味します。今、いっぺんに全中国において農村・非農村の区別をなくして人口の自由な流動を認めると、膨大な数の農民が都市部に流入し、都市部の行政上の受け入れ能力を超え、都市部に貧民窟(スラム街)が発生する、と考えられています。一方、生まれた場所によって農村戸籍、非農村戸籍の区別を固定化し、それぞれに対する行政対応を異にする制度は、いわば一種の身分制度のようなものであり、社会的不公平感を醸成し、社会的問題である、という認識が中国国内ではかなり以前からあります。だからこそ「和諧社会」という言葉が重要な政治課題として声高に叫ばれているのです。

 農村・非農村の区別をどうするのか、という問題については改革開放が進んで経済発展が急速に進んだ1990年代から議論されていますが、今だに解決の方向が見えていません。重慶市、成都市における農村・非農村の区別をなくす「試験区」の試みは、今後の中国全体での農村・非農村の区別の撤廃へ向けて、重要な試金石になるので、今後の動きが注目を集めることになると思います。

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2007年6月16日 (土)

人民日報の紙面構成

 昨日(2007年6月15日)のこのブログの記事で、人民日報に山西省の悪徳レンガ工場で誘拐されたこどもや農民が強制労働させられていた事件の記事が掲載されたことを紹介しました。ここでひとつ申し上げたいことは、この悪徳レンガ工場の事件は、6月15日付けの人民日報の5面で大きく取り上げられているのですが、この日の人民日報の1面トップ記事では、胡錦濤中国共産党中央委委員会総書記・国家主席・中央軍事委員会主席が、軍服を着てこの1月に吉林省の軍区を視察したときの写真を大きく掲げた下記の見出しの記事を掲載していることです。

「理論を用いた学習が、軍隊を作り人を育てる」~瀋陽軍区の某部の「紅九連」(共産党軍第9連隊)では科学理論を運用した実録を学習している~

 この記事の中では「南昌で誕生した共産党軍連隊として『紅九連』は輝かしく党の理論の光を旗幟鮮明(方針をしっかり明示する)にしている」と述べるとともに、「毛沢東思想からトウ小平の『三つの代表』に至る重要思想及びその科学的発展観について、『紅九連』は科学理論を何十年にもわたり学習し、どのようにして長期にわたって盛んで衰えることを知らないのだろうか。」といった記事が続いています。

 20年前に北京に駐在していた経験がある私としても、この日の人民日報の1面トップ記事は、「何でいまさらこんな記事をトップ記事にするのだろうか」と思えるほど古色蒼然としたものだ、と感じました。そもそも胡錦濤主席が1月に吉林省へ視察に行った時の話を、なぜ6月の今掲載する必要があったのでしょうか。軍服を着て、軍人の中に座る胡錦濤主席の写真は、時代を30年も遡った人民日報の記事のような印象を受けました。

 おそらくは山西省の悪徳レンガ工場の記事など、この日のその他の記事とのバランスを考えて、中国共産党の機関紙たる人民日報としては、党としては、従来からの路線(共産党の指導、社会主義の道を行くことを徹底する)は、全く揺るぎのないものであることを示したかったのだと思います。「旗幟鮮明」(きしせんめい)という言葉は、今までも「いろいろあるけれども、党としての基本方針は一切揺るがない」ということを強調するときに使う言葉なので、私はそういうふうに考えています。中国が抱える社会的な問題を報道するに当たっては、おそらく保守派の中に、「そういったマイナスの面ばかり報道してけしからん」と考える層がいるので、人民日報としては、それらの層にも配慮した「バランスの取れた」紙面構成を考えているのだと思います。

 ネット版人民日報「人民網」では、山西省の悪徳レンガ工場の事件の方がトップに出てきます。一方、ネットで見られる日本語版人民日報は、日中関係に関する記事が中心で、山西省の悪徳レンガ工場の事件も、上記の胡錦濤主席が吉林省の軍区に視察に行った話も出てきません。紙に印刷されている人民日報と、中国語のネット版「人民網」と、日本語のネット版「人民日報」とは中身が全然違います。ほかに「海外版人民日報」というのもありますが、これも記事の中身は全然違います。要するに見ている読者によって、記事の内容を変えているのです。インターネットで人民日報の記事を御覧になる方は、このあたりに気を付けて見る必要があります。

(参考URL)

ペーパー版(国内向け)「人民日報」(2007年6月15日付け)
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2007-06/15/node_17.htm

ペーパー版(海外向け)「人民日報」(2007年6月15日付け)
http://paper.people.com.cn/rmrbhwb/html/2007-06/15/node_34.htm

ネット版人民日報「人民網」(中国語)(毎日更新されます)
http://www.people.com.cn/

ネット版人民日報日本語版「人民網(日本語版)」(毎日更新されます)
http://www.people.ne.jp/

 中国国内で売られている人民日報の紙面を御覧になりたい方は、一番上のアドレスにアクセスし、日付のところを見たい日付にすると見られます。

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2007年6月15日 (金)

山西省の悪徳レンガ工場での強制労働事件

 今日の中国の新聞・テレビでは、誘拐されたこどもや農民などを無賃金で強制労働させていた山西省の悪徳レンガ工場のニュースが大々的に報道されています。人民日報では、少なくとも1000人の誘拐されたこどもが働かされていたと見られる、と伝えています。現在のところ、強制労働させられていた農民やこどもたちは、河南省などから連れてこられたとのことで、現在までに既に379人が解放されたとのことです。

(参考1)ネット版人民日報「人民網」2007年6月15日付け記事
「少なくとも1000人のこどもが誘拐され悪徳レンガ工場で強制労働させられていたと見られる」
http://society.people.com.cn/GB/1062/5867781.html

 下記のネット版人民日報「人民網」の記事によると、地方労働局の監察員がこどもを「転売」し、一人あたり300元(約5400円)の「仲介料」を受け取っていた、とのことです。

(参考2)ネット版人民日報「人民網」2007年6月15日付け記事
「百組以上の父母が悪徳業者の跡を追って我が子を探している 山西省の労働監督関係者がこどもの労働者を転売」
http://society.people.com.cn/GB/1062/5867779.html

 中央電視台(中央テレビ局)の下記のホームページに載っている写真はかなりショッキングなもので、これらの報道は、これだけ近代化され経済的に発展した中国の中でまだこんなことが行われていたのか、と中国国内に大きなショックを与えています。

(参考3)中国中央電視台ホームページにある2007年6月7日に山西新聞ネットに掲載された写真
「山西省の悪徳レンガ工場の労働者が過ごしてきた『奴隷』生活」(写真集)
http://news.cctv.com/society/20070607/102570.shtml

 人民日報の記事によると、この事件については、5月末から6月上旬に掛けて、当局による摘発と労働者の解放が行われた、とのことです。党や中央政府も本件を重視し、関係者の徹底摘発と強制労働させられていた労働者の全面解放を命じています。

 この事件は、5月頃には、既に河南電視台の取材陣が取材を始めていたようですし、最近、この手の社会問題を告発する記事や番組が新聞やテレビによく載るようになりました。オリンピックを1年後に控えているのですが、「オリンピックで浮かれている場合じゃない」というような事件が次々に報道されています。こういう事件が闇に葬られないで大々的に報道されるようになった、という点では、大きな前進だと思うのですが、ということは、今までこういう事件はあったけれども報道されなかっただけではないのか、今もほかに報道されない同じような事件が起きているのではないのか、といった疑問はぬぐい去ることができません。

 今日(6月15日)付けの「新京報」は、この事件を取り上げた社説で、次のように厳しく指摘しています。「この手の事件は前からあったが、こういった事件がなくならないのは、背後に何らかの『保護の傘』があるからだ。実質的に地方の権力者が悪徳業者を『見逃し』ているからだ。」「恐れるべきは悪徳業者ではなく、悪徳業者に対して公権力が無関心であったり、甚だしきは公権力が悪徳業者とぐるになることである」。さらにこの社説は、600年前の京劇の話に出てくる「悪徳役人と悪徳業者」の癒着の話でもあるまいし、法治国家を目指そうとしている現在の中国にとって、こういった地方権力者は絶対に許せない、と激しく憤慨しています。

(参考4)「新京報」2007年6月15日付け社説
「『悪徳レンガ工場』を治したいと思うならば、まず先に『官』を治さなければならない」
http://comment.thebeijingnews.com/0728/2007/06-15/021@021254.htm

 中華人民共和国が成立してからもうすぐ60年になろうとしているのに、このように封建時代のような権力構造がまだ地方に残っている、というのが中国の現実です。大きな、そして最も重要な「救い」は、中国自らが、そういったことがまだあることを認識し、「何とかしなければならない」と考え、問題解決へ向けて努力しようとしていることだと思います。

 多くの中国の人々は、これらの報道に接して、どう考えているのでしょうか。あるいは、現在の中国全体の権力構造が、こういった地方の権力構造を温存させる役割を果たしてきてしまったのではないか、と考え始めているのかもしれません。私は、そういったことが、去る5月18日付けの「経済観察報」の社説「根本は政治体制改革にある」という考え方に結びついているような気がしています(この「経済観察報」の社説については、5月30日付けのこのブログの記事を参照)。

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2007年6月13日 (水)

北京の住宅立ち退き問題で住民投票

 中国では、今、都市部などで古い住宅を壊して新しいビルを建てるプロジェクトがものすごいスピードで進展していますが、ビルを建てようとする開発業者と立ち退きを求められる住民との間でのトラブルが絶えません。立ち退きに当たっては、一定の補償金が支払われますが、退職して年金で暮らしている高齢者などの中には、住み慣れた場所から出たくない、と思っている人も大勢います。収入が低く、補償金をもらっただけでは新しく住む場所を買ってそこに住み替えることが簡単にはできない人もいます。多くの人が移転に同意しても、少数の移転反対者が居座ってプロジェクトがストップし、先に移転に同意して既に住む家を取り壊された人が困ってしまった、という事態も起きています。

 開発業者の中には、こういった移転反対の住民に対して、日本で言う「地上げ屋」を雇って移転反対者に対して強圧的な態度で臨むこともあります。住民側も防衛対策を取り、開発業者に雇われた「地上げ屋」と住民側が衝突し、負傷者が出る暴力事件も多発しています。

 このあたりの話は、時々日本のマスコミでも報道されていますので、御存じの方も多いと思います。このような暴力事件の多発に対し、先日、北京のある新聞では「今、政府の執政能力が試されている」とまで書いていました。

 こういった問題を解決するひとつの方策として、6月9日、北京市北東部にある酒仙橋地区で、中華人民共和国成立以来初めて、と言われる都市開発問題に関する住民投票が行われました。この住民投票は、老朽家屋を取り壊し都市開発を行う計画に関するひとつの対処案に対する賛否投票という形で行われました。結果は、5473戸の対象住民中、投票したのが3711戸(投票率67.8%)、投票の結果は対処案に賛成が2451票、反対が1228票、無効票が32票でした。投票総数のうち反対が66.0%、反対が32.6%で、住民投票の結果としては、対処案に従った移転賛成が多数を占めたのですが、この投票結果は、結構複雑なものとして受け取られました。というのは、投票しなかった人が3分の1いたために、賛成票を投じた人は、対象住民の44.8%に過ぎず、過半数に達しなかったからです。また、ブロックごとに賛否の割合が異なり、最低のブロックでは投票数の33%しか対処案に従った移転に賛成しませんでした。

 アパートを借りて住んでいる人、平屋建てを借りて住んでいる人、持ち家の人などいろいろな立場の人がいるので、事情は複雑です。なお、そもそも中国の場合、土地の所有権は国にあり、住民が持っているのは「土地使用権」だけですので、「持ち家」とはなんぞや、というところが、日本とは異なることには留意が必要です。

 この投票結果については、「そもそも設問が『対処案』に対する賛否だったため、移転には賛成だけれども『対処案』に示された条件ではイヤだ、という人も反対票を投じたので、住民投票の設問の設定の仕方がおかしかった」とか、「住民投票で大多数が移転に賛成したからと言って、それで少数者の権利を奪うわけにはいかない。だからこの問題はそもそも住民投票では解決できなかったのではないか」とか、いろいろな意見が新聞で論じられています。

 6月13日付けの人民日報でも、この件について報じています。この開発計画は、北京市政府の許可を得て進められてきたものですが、この人民日報の報道では、12日に記者会見した北京市朝陽区酒仙橋街道事務所工事委員会副書記が次のように言っています。 「この投票結果は、住民の都市計画の条件に対する意見を表しているものであって、計画そのものに対する反対を示しているのではない。この種の要求は理解できるが、開発業者ができる対応策にも限界がある。住民と開発業者との間の最もよい『妥協点』を見い出すしかない。」

 これに対して、この日の人民日報の記事は「このような『妥協点』とは、いったいどこにあるのだろうか?」という言葉で終わっています。

 この手のプロジェクトにおいて、住民に立ち退いてもらう問題は、非常に難しい問題です。日本でも、過去に様々な場所で問題が起きました。この種の問題は、上記の議論のように、住民投票をすれば解決する問題ではありません。一方、現在の中国において、住民自らが自由な投票によって意思表示をする機会を与えられ、その投票結果が率直に報道された、ということ自体、極めて画期的だ、という見方もできます。

 オリンピックを約1年ちょっと後に控え、各地で過熱気味の建設ラッシュが続き、バブル崩壊の懸念が高まる中、首都北京で、このような住民投票が行われ、各新聞、なかんずく中国共産党の最も権威ある機関誌たる人民日報までもが大きな紙面を割いてこれを詳細に報道しているのはなぜでしょうか。そしてその人民日報の記事が「『妥協点』は、いったいどこにあるのだろうか?」と解決の方向が全く見えない形の終わり方をしていることをどう捉えたらよいのでしょうか。この点は、私もよくわかっていません。考えられるのは、以下の点です。

○本来は移転賛成が圧倒的多数を占め、その結果をもって少数の移転反対者を排除するつもりだったが、予想外に反対票が多過ぎた(賛成票が少な過ぎた)ので、当局は困惑している。

○そもそも、党中央としては「暴力的な『地上げ行為』で住民を追い出すのは不当だ。住民投票をはじめとして様々な手段で住民の意見を聞くべきだ」と開発業者に釘を刺すメッセージを一般国民向けに出すことにより、国民の間で高まっている党や政府に対する不満を柔らげる狙いがあった。

○そもそも、「多くの住民を平和的に納得させて移転計画を進めるのには非常に手間と時間が掛かるので、投資としてはそれほどメリットは大きくない」というメッセージを開発業者に向けて出すことにより、過熱気味の建設ラッシュへの投資に水を差す狙いがあった。

○そもそも、開発業者と住民との間の暴力事件が多発する中、「党や政府は何もしていない」との批判を避けるため、すぐに解決に結びつけることは難しいことはわかっていたが「住民投票」というこれまでにない新しい試みを実施し、問題解決に党も政府も努力している、という姿勢を見せる狙いがあった。

○そもそも、実社会の事態は複雑で「住民投票をすれば解決する」というわけにはいかない、という実例を広く知らしめることにより、政治の民主化(自由立候補及び自由投票による選挙)を求める一部の国民に対し、「今の中国ではまだ無理だ」ということを示す狙いがあった。

(参考)2007年6月13日付け人民日報記事「移転『票決』の道は難航」

http://society.people.com.cn/GB/1062/5856851.html

 いずれにせよ、今回の老朽家屋を取り壊し都市開発を行う計画の対処案に対する住民投票は、現在の中国の社会における、ひとつの画期的なできごとだった、と私は思っています。

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2007年6月11日 (月)

北京で大学生の自殺相次ぐ

 6月初旬は、中国の受験シーズンです。今年、中国の大学入試の受験者数が1000万人を超えた、というのが最近ニュースになりました。これだけ受験生が多くなると、競争も熾烈です。大学に入ってからも、競争が激しいので、中国の大学生の中にはプレッシャーを強く感じている人がいるようです。

 5月第1週は中国でもメーデーの連休ですが、この5月の連休明け、北京の大学では学生の飛び降り自殺が相次ぎました。北京の新聞記事よると、以下の飛び降り自殺があったとのことです。

5月8日:北京石油化学工学院で2年生が
5月14日早朝:精華大学の女子学生が
5月14日午後:中国農業大学西校区で2年生の男子学生が
5月15日北京師範大学で女子学生が
5月16日中国人民大学でドクター研究生が

(参考URL)
ネット版人民日報「人民網」2007年5月21日付け記事
「学生の飛び降り自殺相次ぐ 大学側、緊急に心理的危機の調査を実施」
http://edu.people.com.cn/GB/5754327.html

 複数の人に聞いたところ、最近の大学生の心理については、下記のような背景がある、とのことです。

○地方出身で北京の大学に入学した学生は、例えば地元の県(日本の県より小さい地方行政単位)で1番の秀才として選ばれて大学に入ったが、北京の大学に入ると、自分が普通の学生の一人に過ぎないことを知り、そのギャップに悩む。

○北京では、平凡な(自分より優秀ではない)学生でも、パソコンの使い方に慣れているのに対し、自分はパソコンに触ったこともない、といった地方出身の学生は、焦りを感じる。

○地方出身の学生は、例えば借金をして入学金を支払う場合もあり、親や地元の期待もあって、「頑張らなければ」という強いプレッシャーを受けている。

○都市部と地方とでは物価水準が違うので、北京の学生が気楽に行ける遊び場所は値段が高すぎて地方出身の学生は一緒に遊びに行けないので、「オフ」の部分でも地方出身の学生は都市部出身の学生とのギャップに悩むことになる。

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 中国には「農村戸籍」と「非農村戸籍」があり、農村戸籍の人は原則として都市部に出て就職して定住することはできません。成績が非常に優秀で、一定のレベルの研究者になる、などの条件を満たさない限り、都市戸籍は取得できません。北京の大学に通学しているだけでは北京の戸籍は取得できないのです。都市戸籍を取得することができなければ、地方出身の学生は地方に帰らざるを得ません。つまり、大学での成績によって、住む場所も含めて自分の将来が決まるので、学生は必死に勉強せざるを得ない環境になっているのです。中国の学生に、日本の学生に比べて、ハングリー精神があり優秀な人が多いのは、こういった背景も関係しているようです。

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2007年6月 9日 (土)

スローライフというぜいたく

 私が、

http://folomy.jp/heart/

の「テレビフォーラム」に5月12日にアップした文章をこちらのココログにも掲載します。

 folomyは、かつての@ニフティのフォーラムを運営していた人たちが集まって運営しているサイトで、メールアドレスを持っている方ならば誰でも無料で登録できます。私がfolomyに書いたものの再アップは、折りを見て時間のあるときに行います。従って、例えばfolomyに掲げた文章のアップは1か月程度遅れると思います。最新の文章を御覧になりたい方は、ぜひ、御自分で上記のアドレスからfolomyに登録して、御覧いただくよう御願いします。

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アップ場所:
http://folomy.jp/heart/
「テレビフォーラム(ftv)」-「喫茶室『エフ』」-「『ドナウ川の蚊柱』の続き」

記載日時:2007年5月12日

【スローライフというぜいたく】

 今日(5月12日)のNHK総合テレビの夜7時のニュースで「ロハス」について報道していました。「ロハス」とは、地球や環境のことを考えて、健康と持続可能なライフスタイルを考えよう、という主張のことです。あくせく働くことをせず、スローライフで行こう、という考え方もこれに含まれていると思います。

 今、私は中国にいますが、今の中国では、みんながセカセカしています。20年前の中国では、経済発展は始まりつつありましたが、まだだいぶのんびりしていたところがありました。今は、朝の出勤時間帯には、オフィス・ビルのエレベーターに乗ると、せっかちに「閉」のボタンを押す人が多くなりました。他人より少しでも早くやらないと儲け損なう、という一種の殺気立った雰囲気が街中にあります。ほんとうは「活気がある」と言うべきなのでしょうが、13億人の中国の人々がみんなこんな感じなのかなぁ、と考えると、「活気がある」を通り越して、やっぱり「殺気立っている」と感じてしまいます。

 高度成長期や「24時間戦えますか」が流行したバブル時代の日本に来た外国人も「殺気立っている」と感じていたのでしょうか。今の日本で「ロハス」とか「スローライフ」とか言われるようになったのは、「余裕が出てきた」のでしょうか、それとも「頑張っても勝てないから、ゆっくり行こうや。」という「あきらめの心境」なのでしょうか。

 「ちょっとでも多く儲けよう」と思ってセカセカすることや、「ゆっくり行こうや」とのんびりすることは、いずれも「少なくとも食べることには不自由はしない」ということが前提ですので、飢え死にすることはまず心配しなくてよい中国や日本は恵まれている方だと思います。中国では、多くの人が自分の国のことを「いやいやまだまだ中国は発展途上国です」と謙遜半分・交渉の手段として半分で言いますが、少なくとも都市部では食べ物や物資はあふれるほどあります。昨日の中国のテレビでは、あるレストランでは、金額にして年間に使われる金額の10%が「残飯」として廃棄されている、これはもったいない(中国語で「可惜」)、省エネ・省資源の方針に反する、と伝えていました。

 「もっと儲けよう」とセカセカできることは幸せですが、「もっと儲けよう」と思わなくて「ロハス」や「スローライフ」を目指そうとしてもそこそこ暮らしていくことができる状況にいることはもっと幸せだ、と思った方がよいと思います。日本でも「格差社会」が問題になっていますが、中国の農村と都市の格差の問題に比べれば、日本の格差問題は小さく見えてしまいます。「ロハス」や「スローライフ」は、地球のことを考えている、というのは確かだと思うのですが、それは一種の相当な「ぜいたく」なのだ、ということにも思いを巡らせる必要があると思います。

(2007年5月12日、北京にて記す)

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2007年6月 2日 (土)

中国における地上波テレビの威力

 私が

http://folomy.jp/

の「テレビフォーラム」に5月6日にアップした文章をこちらのココログにも掲載します。
folomyは、かつての@ニフティのフォーラムを運営していた人たちが集まって運営しているサイトで、メールアドレスを持っている方ならば誰でも無料で登録できます。私がfolomyに書いたものの再アップは、折りを見て時間のあるときに行います。従って、例えばfolomyに掲げた文章のアップは1か月程度遅れると思います。最新の文章を御覧になりたい方は、ぜひ、御自分で上記のアドレスからfolomyに登録して、御覧いただくよう御願いします。

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アップ場所:
http://folomy.jp/
「テレビフォーラム(ftv)」-「喫茶室『エフ』」-「『ドナウ川の蚊柱』の続き」

記載日時:2007年5月6日

【地上波テレビの威力】

 ここ2、3日、中国の中央電視台のニュースを見ていて、中国国内のニュースが非常に少ないことに気付きました。国際関係のニュースでは、フランスの大統領選挙の決選投票の話とか、日中韓財務大臣会談の話とか、普通に流しているのですが、中国国内のニュースとしては、「なんとか祭りが開催された」とか「最近の中国の○○技術は国際的にも高い評価を受けるようになった」とか、そういうニュースばかりでした。日本と同じようにメーデーの「黄金週」の連休中なので、政府関係の動きもお休みで、ニュース・ネタがなかったからだと思います。

 日本的感覚からすると、連休中でも事件・事故の類はたくさんあったので、それらがニュースに登場するはずなのですが、中国のテレビの国内ニュースでは、あまりそういうのは登場しません。中央電視台第1チャンネルのニュースでは、国際ニュースとしては、カメルーンでの飛行機墜落、アメリカでの竜巻、日本のジェットコースターの事故などは伝えていましたが、中国国内の事件・事故のニュースは報道されないか、されたとしても極めて簡潔なものでした。5月4日8時半に雲南省で起きた交通事故(トラックが衝突したはずみにバスを待っていた人々のところに突っ込み、16名が死亡、約45名が重軽傷を負った事故)のニュースは、私はまだテレビでは見ていません。5月5日に山西省で起きた炭鉱事故(15名が死亡)はテレビではアナウンサーが口頭で伝えただけ(映像なし)でした。いずれのニュースも、人民日報や中央電視台のホームページには載っており、報道が禁止されているわけではありません。おそらくは、これらのニュースはテレビで伝えると影響が大きいことから、その扱いについていろいろ議論がなされているためと思われます。

 中国は国土が広大なので、まだテレビが見られない地区があるのですが、2005年版の中国経済年鑑によると、そういう地区は既にほとんど解消され、2004年末現在で、テレビが見られる地区の人口は、は中国の全人口の95.29%にあたる12.38億人、テレビの台数は3.7億台なのだそうです。上記の4日に起きた雲南省の自動車事故のニュースは、ネット上では、公式報道として、きちんと流れているのですが、中国国内では、やはりテレビの影響力はネットなどに比べると格段に大きい、というふうに考えられているので、ネットとテレビとではニュースの流し方を変えているのだと思います。

 中国では、衛星放送のテレビを受信するためには許可が必要です。従って、ほとんどの一般大衆は地上波を見ているので、地上波テレビの影響力は、まだまだ絶大なものを持っていると考えられているようです。中国でのニュースの扱い方を見て、他のメディアとは比べ物にならないほどのテレビの持つ威力の絶大さを改めて感じました。

(2007年5月6日、北京にて記す)
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(6月2日記載の追記1)

 上記の記載にある5月5日に起きた山西省の炭鉱事故は、1日程度立ってから画像付きで中国のテレビでも報道されました。雲南省の16人死亡の交通事故がその後テレビで報道されたかどうかは確認していません。いずれにせよ、この手の大きな事件・事故がその日のうちにテレビで報道されるのは中国では「まれ」です。外国の事件・事故のニュースは、日本における報道と同じようにほとんどタイムラグなく報道されるので、中国の人々も「テレビの国内報道は遅い」または「ものによっては報道されないこともある」ということはよく知っています。

 ちなみに確認はしていませんが、中国のニュース番組は「生放送」ではない可能性があります(下記注)。ニュースの中で「現場から生中継」をやっているのは、「今日、○○○会議が開催」という日の朝に会議の準備で慌ただしい現場からの中継をやっているのを見たことがありますが、事故・事件現場からの生中継は見たことがありません。外国の事件・事故だと、外国特派員からの電話レポートはしょっちゅうやっていますので、これを見ても、国際ニュースと国内ニュースで取り扱いの仕方を分けているのは明らかだと思います。

(注)先日、ニュースの始まる直前に、ニュースの中で放送される「予定」の天気予報の場面が一瞬放映されてしまったのを見たことがあります。放送事故のようでした。たぶん担当者がVTRの操作を間違ったのでしょう。ということは、ニュース本体もたぶん録画されたものだろうと思います(ただし国際ニュースの内容は新しいので、直前に録画されたものだと思います)。生放送でなく、録画して放送するのは、放送される内容が「まずいもの」でないかどうか、しかるべき者がチェックしているためと思われます。

 ただし、朝のニュースでは冒頭で「今日は、○○について皆さんからのメールを募集」と携帯メールアドレスを紹介し、番組の後半で「こんな御意見が来ています」などと紹介しているので、番組自体は本当に生放送かもしれません。ただ、中国にいると「ホントに一般視聴者から寄せられたメールを読んでいるのだろうか」と疑り深くなってしまいます(たぶんほんとに一般視聴者から寄せられものを選択して放送しているのは間違いないと思いますが)

(6月2日記載の追記2)

 上記記事に「ほとんどの一般庶民は地上波を見ている」と書きましたが、中国は山間部などが多いので、衛星放送はかなり普及しています。地上波テレビ放送を衛星経由で再送信しているのです。従って、北京の住民が湖南省の地元テレビ局の番組が見られたりします。ただし、中国で普及している衛星放送受信装置は、画面の右上(あるいは左上)にある放送局のロゴマークを関知して、中国の放送局以外はカットする装置がついているそうで、「善良な一般庶民」は、CNN、BBCなどの外国の衛星放送は見ることはできません。

(注)携帯電話のショートメールに「衛星放送、映画、成人番組が見られます。詳しくは○○○○まで御連絡を」という無差別広告メールが頻繁に入りますので、かなりの数の「善良でない一般庶民」は、外国の衛星放送を見ているのではないかと想像されます(もちろん、中国ではこれは違法なことです)。

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2007年6月 1日 (金)

中国の急速な都市化は「多すぎで、速すぎ」

 2007年5月23日付けの中国の英字紙チャイナ・ディリーは、解説ページで「急速な都市化は『多すぎで、速すぎ』」("Rapid urbanization 'too much, too quickly'") と題する記事を載せていました。

この記事は、チャイナ・ディリーのホームページの下記のURLで読むことができます。
http://www.chinadaily.com.cn/cndy/2007-05/23/content_878321.htm

 この記事では、急激な都市化が、地方政府による農民からの土地の取り上げ、農村から流入した労働者による都市のスラム化を引き起こしている、という問題について、具体的な数字も盛り込んでかなり詳しく解説しています。政府関係者は都市化を進めるべしと主張し、学者はそれに対して警告を発している、というふうに、二つの意見があることを客観的に記述しています。

 チャイナ・ディリーは英字紙ですが、私の認識では、人民日報とともに党中央の「主流派」の意見を代表する新聞、と思っていましたので、このような率直な記事を見てびっくりしました。最近の各紙の論調を見ると、以下の二つの方向性が、大きく割れて議論がなされている(今の時点では意見が一本化されていない)ことが窺えます。

(1)高めの成長率(7~8%を超える成長率)の経済成長を維持し、場合によっては、二重戸籍制度を廃止して、農村人口の都市への流入も認める考え方

(2)高度成長はいつかは壁にぶち当たることを懸念し、経済成長を抑制し、二重戸籍制度は改革はするものの、今すぐに廃止することはしないでしばらくは継続し、農村から都市への人口移動を抑制しようという考え方

 今の政府の政策実行の担当部署においては、(2)の考え方では農村地域の人々の不満を解消することはできない、従って少なくとも2010年の上海万博までは(1)の考え方で行くしかない、と考えている、と私は推測しています。

 一方で、人民日報などの論調は(2)の考え方に近く、むしろ(2)よりずっと保守的な雰囲気で社会主義思想の重要性を強調しています。最近の人民日報は、20年前より更に古い雰囲気の論調が目立っており、政府の実際の政策と党の機関紙たる人民日報の論調が合っていないのではないか、という印象を受けることすらあります。今年秋の党大会へ向けて、党内でもかなりの論争が行われているのかもしれません。

 チャイナ・ディリーの記事では、具体的には下記のようなポイントのことが記されています。

○民政部の高官は、「中国は都市化の『非常に重要な段階』 ("crutial phase") にあり、そのペースを落としてはならない。なぜならそうしないと多くのよくないことが起こるからだ」と、最近、中国語の雑誌に書いている。

○国家発展改革委員会都市化局の高官は、都市化は、農民の生活水準を高め、工業やサービス業を発展させ、「投資に基づく」経済から「消費に基づく」経済へ移行するために必要なのだ、と述べている。

○しかし政府のこういった都市化政策に対し、学者の中にはこのような速度での都市化に疑問を投げかけている人がいる。あまりにも急激な都市化は、都市貧困層を増やし、農地と5000万人の農民の居場所をなくしてしまう、と懸念しているのである。

○中国科学院のある学者は「1億3000万人の農村出身の労働者が『都市住民』としてカウントされているが、彼らは教育、住居、医療などの点で、都市住民が受けている便益を得られていない。」と指摘している。

○政府と学者の考え方の違いは、農民たちをどうするか、という点に集中している。都市化は、一方では出稼ぎ賃金を地方に流すという形で、地方経済を改善させるのに役立っている。

○「もし『二重戸籍制度』がなくなって、社会保障制度がうまく改革できたら、農民は自由に都市に住めるようになり、都市と地方のギャップは埋まるだろう」と発展改革委の高官氏は雑誌の寄稿の中で書いている。

○しかしながら、多くの地方政府は、農民から土地を取り上げて都市化を進めている。中国科学院の上記の学者は、2000年までに5000万人の農民が土地を失ったが、2001年から2004年までに670万人が土地を失い、このままの傾向が続けば、さらに6000万人が土地を失うだろう、と指摘している。

○よく行われているのは、地方政府が農民から土地を買い、それを開発業者に売ったり、インフラ建設にあてたりしていることである。農民は「最小限」の補償しか受けていないという。例えば、北京郊外では、1畝(ムー:667平方メートル)あたり10万元(12,821米ドル)という価格で農民から買い上げられ、1畝あたり数百万元で開発業者に売り渡されている、とのことである。上記の中国科学院の学者によると、更に1畝あたり3000元(384米ドル)で買い上げられている地方もあるという。

○彼は「もし、いつかGDPの成長率が正常な値と思われる5~6%に落ちる日が来たら、そこには1000万人の土地を持たない農民が取り残され、恐ろしいことになるだろう。」と述べた。

○中国都市計画設計院の別の学識経験者は、上記の中国科学院の学者の見方に賛成した上で「地方の土地を都市化することによって得ている収入は、地方政府の収入の3分の2にも上っている。」と述べた。

○彼は「都市化は労働力を供給するが、同時に『都市貧困層』を作り出している。これらの人々は、もともとは外地(農村)から来た労働者だったが、定職がなく、医療保障もなく、昇進の見込みもなく、出身地ごとに『村』を作って北京の中に住んでいる。」と述べた。
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 チャイナ・ディリーの記事は「これらの『村』は、公式にはそうは言われていないが、現実的にはスラムとなっている。」という言葉で結ばれています。このような解説記事が、最も権威ある英語の全国紙であるチャイナ・ディリーに掲載されたことを考えると、中国の社会は、現在、かなり深刻な状況にあり、党・中央もそれに対する対策を真剣に考えざるを得ない状況になっている、と考えてよいと思います。

 この記事は、最近、矢継ぎ早に出されているバブル警戒・インフレ対策のための諸施策に見られるように、中国政府の中心ベクトルが、経済「引き締め」の方向へ向かおうとしていることの現れだと思います。ただ、まだ上記の記事の中の政府高官の発言にもあるように、「引き締め」へ向かおうとする中心ベクトルはあるのだけれども、政府部内の各部署では、まだ当分高度成長を続けるべき、と考える人も多いのだと思います。

 いずれにせよ、こういった二つの見方が英字紙とは言いながら中国の全国紙に掲載される、ということは、中国政府が世論の反応を探っている、と考えることもできます。私は、政府関係者、学者、一般の人々などが虚心坦懐に議論して、最もしなやかで安定的な経済の舵取りの仕方を見つけることができることを期待しています。

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