ひっそりと開催されていた香港での一帯一路サミット

 香港での抗議活動が続く中、9月11日~12日に予定されていた「一帯一路サミット」が無事に行われるのだろうか、習近平氏は出席して演説をするのだろうか、と私は注目していました。結果は、「一帯一路サミット」は予定通り9月11日~12日に香港で開催され、香港の林鄭月娥行政長官が挨拶をしましたが、習近平氏は出席しませんでした。習近平氏については「ビデオメッセージで演説」ということもなかったようです。

 私が一番びっくりしたのは、この「一帯一路サミット」について、「人民日報」も中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」も全く報じなかった、ということでした。「人民日報」ホームページ内にある「一帯一路」の特設サイトに入ると香港で「一帯一路サミット」が開かれた事実が報じられた記事も載っていましたが、ほとんど「ベタ記事扱い」のような簡単に事実関係を伝えるものでした。「一帯一路」は習近平氏が言い出し始めた一大プロジェクトですので、これまでの「一帯一路サミット」には習近平氏が参加し演説を行って、中国国内でも大々的に報じられてきました。それに比べると今回の香港での「一帯一路サミット」は開催されたのかどうか中国の人々でも気付かない程度に「ひっそりと」行われたようです。開催を内外に宣伝することにより、抗議活動をする人たちにとって「格好の宣伝の場」となり、抗議活動を高揚させる効果があるだろうと思われていたので、中国当局は意図的に宣伝を抑えて「ひっそりと」開催することにより抗議活動の高まりのきっかけとなることを避けたかったのかもしれません。

 前週に林鄭月娥行政長官が抗議活動のきっかけとなった「逃亡犯条例改正案」の完全撤回を表明したのは、この「一帯一路サミット」の開催を前にして抗議活動の鎮静化を図るためのものだった、と見られていたことから、結果的に香港での「一帯一路サミット」が開催されたのかどうかわからないほどに「ひっそりと」開かれたことは私には意外でした。「一帯一路サミット」は「習近平氏の鳴り物入りのプロジェクトを内外に宣伝する場」のはずですから、開催されたのに大々的に報じられないのだったら、そもそも開催する意味がありません。今回は「一帯一路サミット」の開催を大々的に報じないことによるデメリットより、香港での抗議活動を拡大したくない、という意図の方が強かった、ということなのでしょう。

 ただ、香港で開かれた「一帯一路サミット」に習近平氏が出席しなかった(ビデオメッセージも発しなかった)ことにより、習近平氏の「メンツが潰れた」のと同時に、習近平氏の対外的に発言する機会がまたもスキップされ、結果的に「習近平氏が重要政策課題について何も発言しない時間帯」が継続されることとなりました(例え対外的な発言の場で「香港情勢」や「対米貿易戦争」について何も言及しなかったとしても「言及しなかった」こと自体が重要なメッセージだったはずですので、その機会も失われたことは重要です)。

 一方、全く関係ない話ですが、9月9日には「中央全面深化改革委員会第十回会議」(習近平氏が主宰、李克強氏らが出席)が開催され、以下の点が議論されました。

○先進的製造業及び現代的サービス産業を深く融合的に発展させることに関する意見

○民営企業の改革発展を支持する環境をさらに進展させることに関する意見

○品質の高い貿易を推進するための指導意見

○労働力と人材の社会的流動性を促進するための体制機構改革に関する意見

○小中学校の教師の負担を軽減しさらに一歩教育教学環境を良くするための若干の意見

○重要農産品の保障に関する戦略的指導意見

○インフラ金融の管理監督を統括する方策

○安定的な中国の建設を支える科学技術イノベーションに関する意見

○グリーン・ライフ建設創造行動グランドプラン

○国有金融資本に対する出資人の職責に関する暫定規定

○プラスチック汚染の改善をさらに一歩進めるための意見

 いずれも重要な政策課題だとは思いますが、あれもこれもと政策課題を集めた総花的ものであり、「緊急政策課題」という観点からは「焦点が絞られていないピンボケ感」は否めません。

 「貿易推進」や「重要農産品の保障に関する戦略的意見」などが含まれているので、この会議の後に明らかになった対米貿易交渉におけるアメリカ産大豆等に関する輸入拡大や対米制裁関税の一部品目についての適用除外など、今まさに緊要の課題となっている対米交渉の対処方針についてこの会議で議論された可能性もあるのですが、議題のリストを見る限り、焦点が全く絞られておらず、そもそも「中央全面深化改革委員会」を立ち上げた習近平氏が何をやりたいと考えているのか、さっぱり見えてきません。意地悪な見方をすると、中国政府の各担当の役所の官僚たちが自分たちがやろうとしている政策に「お墨付き」をもらおうとしてみんなで自分たちが担当する政策をこの「中央全面深化改革委員会」の議題に押し込もうとしており、それを習近平氏がコントロールできていない、とも見えてしまいます。

 中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」では、通常この手の会議については、アナウンサーが内容を伝えるとともに、同じ文言を文字として画面に表示するのが通例となっています。私のように中国語のヒアリング能力が不十分な人にとっては、文字も表示されるのは非常に助かります。これは中国では方言しか話さない人や中国語がネィティブではない少数民族の人もいるため、テレビで重要な会議について報じる場合には、アナウンサーの共通語(普通話)を聞き取るのが苦手な人にもきちんと伝わるように画面で文字も表示するのが通例になっているからです。しかし、9月9日に開かれた「中央全面深化改革委員会第十回会議」については、トップニュースで伝えられはしたのですが、文字表示がありませんでした。これは私には中国中央電視台が「習近平氏が主宰する会議なのでトップニュースとして伝えるが、中身はたいしたことないので文字表示は省略しました」と言っているように思えました(翌日の「人民日報」の1面トップ記事にもなっていたのでじっくり読んでみましたが、実際「中身はたいしたことない会議」だったと私は思いました)。。

 最近、このブログで毎週書いていますが、最近の中国での報道は、内外に重要な政策課題が山積する中、国家主席の習近平氏が全く何も発言しない一方、夏休み明け最初に甘粛省の敦煌(とんこう)研究院を視察したりバスケットボール・ワールドカップ開会式に出席する習近平氏を大々的に報じたり、まるで「これだけ内外に重要な問題を抱えているのに、習近平氏の言動はピンボケだよね」と意図的に宣伝しているようにさえ見えます。今、もっとも重要な交渉相手であるアメリカのトランプ大統領の行動が全く「予測不能」であるため、仮に習近平氏が重要な意思決定を表明した後でトランプ氏に「ちゃぶ台返し」をされて習近平氏にキズが付くのを避けるため、あえて習近平氏は重要課題について何も発言しないでポイントを避けた「ピンボケ」な行動をしているのだ、という見方もあるのかもしれませんが、中国の人々はどう感じているのでしょうか。私には、習近平氏が既にレームダック化している(中国共産党内部も中国政府の官僚機構もコントロールできていない)ようにしか見えないのですが。

 このような習近平氏の言動や世界から「どうやって平穏に開催するのか」と注目されていた香港での「一帯一路サミット」について、予定通り開催したけれども、「人民日報」や「新聞聯播」で全く報道せず、「へ? 『一帯一路サミット』ってそんなに重要なイベントでしたっけ?」としらばっくれるような中国政府のやり方がいいのか悪いのかは、これからおそらく中国の人々が判断していくことになるのだろうと思います。

 

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2019年9月 7日 (土)

気になる習近平政権幹部の「発言の少なさ」

 報道によれば、昨日(2019年9月6日(金))、中国を訪問中のドイツのメルケル首相との共同記者会見で李克強首相が最近の香港情勢について「中国政府は一国二制度と香港の高度な自治を断固として守る」「香港政府が法に基づいて暴力と混乱を収束させることを支持する」「中国人は自らのことを解決する能力と知恵を持っている」と述べた、とのことです。最後の部分はドイツを含めた諸外国に対して「香港問題については内政干渉するな」と言っているわけですが、いずれもこれまで伝わってきている中国政府の「公式見解」であり、何ら新しい部分はありません。問題なのは、日本での報道でも触れられていますが、これが香港での混乱が顕在化して以降の習近平政権幹部の政治家による最初の発言だ、ということです。香港での抗議デモが始まったのは6月であり、三ヶ月目に入ろうとしている今に至るまで、習近平政権幹部の政治家による発言が全くなかった、というのは、いかに中国とは言えども、問題だと思います(これまで中国政府の見解として伝わってきたのは外交部スポークスマンなどの「役人」の発言です)。

 なお、李克強総理とメルケル首相の会談について伝える今日(9月7日(土))付けの「人民日報」の記事には、香港情勢についての記述が全くなく、「李克強総理とメルケル首相は、共通に関心がある国際地域情勢について意見を交換した。」とあるだけでした。香港問題については、中国側としては「触れたくない案件」であることは明らかです。しかし自分たちの都合で「触れたくない」と考えるのだとしても、国家の指導的立場にある政治家がその問題について「全く触れない」のは、情報発信が非常に重要な政治ツールであるはずの現在の国際社会の中では通用しないと思います。

 確かに中国は、他の民主主義国とは異なる政治体制ですが、1986~1988年(トウ小平氏と胡耀邦・趙紫陽~趙紫陽・李鵬時代)と2007年~2009年(胡錦濤・温家宝時代)の二回の北京駐在経験のある私の印象としても、習近平・李克強時代の現在は国家指導者レベルの発言は少なすぎる、という印象です。

 「対外的な場で話すのが好きか嫌いか」という各政治家個人の個性は確かにあるとは思います。私は胡耀邦氏については「ずいぶん大風呂敷を広げて将来の夢を語るなぁ」という印象がある一方、李鵬氏が演説以外の場面でテレビカメラの前で話している姿をほとんど覚えていません。温家宝氏については、2008年の大寒波の時に鉄道が止まって大勢の人があふれかえっている駅頭に行って「今、鉄道部門は懸命に復旧作業に取り組んでいます。皆さん、寒いでしょうがもうしばらく待ってくださ~い。」と人々に訴え掛ける場面がニュースで流れたのを覚えているし、2008年の国連総会出席のために訪米した時にはCNNの単独インタビューを受けています。それらと比較すると習近平氏も李克強氏もテレビカメラの前で話す機会が圧倒的に少ない、外国要人との会談後の共同記者会見など「外国人記者からの質問から逃れられない場面」で発言する場合であっても従来からの「公式見解」から一歩も踏み出さない発言に終始するケースが多い、という印象が私には非常に強いのです。経済シンポジウムでパネルディスカッション等に登壇する機会が多い李克強氏の方は、外国人に向かって話す機会が比較的多いという印象はありますが、習近平氏の方は話す機会が極端に少ない上に発言する場合でも「公式見解」をはみ出す部分が全くなく、本音が見えない、という印象を強く受けます。

 民主主義国では、選挙を戦い抜く過程で「国民に訴えかけることが得意でなければ選挙に勝てない」というフィルターを必ず通過しなければなりませんので、「対外的な場で話すのが嫌い」というような人はそもそも政治指導者にはなれません。国民の支持を得るためにメディアをうまく活用する能力というのは、映像メディアが登場した20世紀中盤以降の各国の政治家の必須条件でしょう。中国においても、毛沢東やトウ小平は、人民の心を引きつける話術を持っていたからこそ政治指導者になれた、と言えるでしょう。トランプ大統領のツィッターの使い方がよいのか悪いのかは意見が分かれるところだと思いますが、ロシアのプーチン大統領がメディアにいろいろな形で登場してメディアをうまく活用しているのは間違いないと思います。それらに比べると、習近平氏は、「人前で話すのが得意」のようには見えないし、メディアの使い方もうまいとは思えません。最近の中国のテレビニュースを見ていると「習近平氏は皇帝のように偉ぶって行動しているけれども、実際は何もできないんじゃないの?」という印象を受けてしまいます。

 上に書いたように胡錦濤・温家宝時代は、少なくともメディアを使って自分たちをアピールしよう、という姿勢はありました。東シナ海での石油開発に関して日中間の緊張が高まり、ネットで「日本はケシカラン」といった論調が増えた頃、胡錦濤主席が「人民日報」ホームページ上にある掲示板「強国論壇」に登場してネットワーカーとやりとりしたことがありました。温家宝総理も全人代の開催前の時期に「強国論壇」にリアルタイムで登場したことがありました。結果的にうまくいったかどうかは別にして、胡錦濤・温家宝政権は、人々にアプローチしよう、という姿勢があった、という印象を私は強く持っています。それに比べると、習近平・李克強政権からは、必要最低限のメディアでの露出はありますが、自分たちから積極的に人民にアピールしようという姿勢を感じません。そもそも習近平主席と李克強総理との間に協力関係があるようには見えず、李克強氏の方が「習近平氏のお手並み拝見」という態度をとっているとの印象がある点も胡錦濤・温家宝政権との大きな違いです。

 香港では、9月4日、林鄭月娥行政長官が抗議活動の発端となった「逃亡犯条例改正案」の完全撤回を発表しましたが、この週末も抗議活動が収束する兆しは見えていません。9月11日から香港で開催予定の(習近平主席も出席予定の)「一帯一路サミット」が無事開かれるのかどうか予断を許しません。9月5日、劉鶴副首相は米中貿易協議について9月上旬に予定されていたアメリカとの協議を10月初旬に行うことでアメリカ側と合意した旨述べました。これも「決裂かと思われた米中協議が行われることが決まった」としてポジティブに受け止める人が多いようですが、別の見方をすると「10月1日の建国七十周年の国慶節が終わるまでは何が起こるかわからないのでそれまで協議はできない」と中国側が考えているからである可能性もあるわけで、私はそんなにポジティブな話ではないと受け止めています。

 香港についても米中貿易戦争についても、習近平主席が「全く何も発言しない」という状態をいつまで続けるつもりでしょうか。

 9月3日、習近平氏は2019年秋の中央党校の開講式に出席し、次のように述べました(通常、中央党校の開講式には担当の政治局常務委員が出席するのが普通だと思うので、総書記自らが開講式に出席して発言するのは、結構異例のことだと私は感じています)。

「今、世界は百年間で初めてのような大変局に直面している。」

「我々は難しい歴史上のチャンスに遭遇していると同時に、一連の重大なリスクと試練にも直面している。」

「現在とこれからの一時期、我が国の発展は、各種のリスク・挑戦が絶え間なく蓄積し集中的に顕在化する時期に入ってきている。直面する重大な闘争は少なくなく、経済、政治、文化、社会、生態文明の建設・国防・軍隊の建設、香港マカオ台湾問題への対処、外交課題への対処、党の建設等の多方面に存在し、ますます複雑になってきている。」

「指導幹部は『一葉の色変わるを見て天下の秋を知る』のようなわずかな兆しから物事の進展方向を判断する能力を身につける必要があり、潜在的なリスクを科学的に予見し、リスクがどこにあるかを知り、闘争する必要がある闘争をしなければならない。」

(注)『 』内の慣用句は普通は「一葉落ちて天下の秋を知る」ですが、ここで「色が変わるのを見て」としているのは、中国でよく使われる「カラー革命」(2000年代以降の一連の自由主義的革命(ウクライナのオレンジ革命など))を意識しているからである可能性があります。

 習近平氏は、「昨今の事態についての危機感を顕わにし、それを将来の中国共産党の幹部候補生に指摘した」とは言えるのですが、自分自身が今その問題に対処する責任者なのですから、具体的に「私はこうすべきだと考える」と述べて、それを実行する必要があると思います。習近平氏が種々の課題について「何も言わない」日々を続けていると、外国から「習近平氏は何を考えているのかわからない」と疑問を呈されているうちはまだよいとして、中国国内でも求心力を低下させてしまうことになるのではないかと思います。

 

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2019年8月31日 (土)

「新聞聯播」で香港駐留の人民解放軍交代を報じる意味

 香港での抗議活動が長期化する中、香港当局や北京の中国政府の「対応」に意味不明のものが多くなっています。そもそも事態解決のための話し合い等が行われる様子がなく、香港政府や北京の中央政府が事態を解決しようと意図しているのかどうかすら疑わしい状況が続いています(事態がエスカレートして、人民解放軍を投入するのもやむを得ないと思えるような事態になるのを待っているようにさえ見える)。昨日(2019年8月30日(金))には、香港当局は2014年の「雨傘運動」の時のリーダーだった黄之鋒氏や周庭氏を一時拘束しました(夕方には釈放)。日本での報道では「抗議活動に参加すると逮捕される可能性を示して抗議活動参加者を威嚇する意図があったものと思われる」などと報じられていますが、普通に考えたら、こういった行動は、抗議活動の火に油を注ぐような行為であって、香港当局が本気で事態を収束させようと思っていないのではないか、とさえ疑いたくなります。

 最近「異例」だと感じるのは、香港情勢に関する「人民日報」や中国中央電視台の夜七時のニュース「新聞聯播」での報道ぶりです。通常、中国の報道機関は、中国共産党政権にとって都合の悪いニュースは報じないか、報じたとしても事実関係をあっさり伝えるだけのケースが多いのですが、香港情勢が悪化して以降の報道ぶりは、しつこいくらいに「暴力行為は法に基づいて処罰されるべき」とか「香港の安定は早急に回復されるべき」とかいった論評をかなりの分量流しています。「新聞聯播」は通常30分が放送枠ですが、最近は放送枠を拡大して香港に関する「暴力行為に反対する各界の声」といったものを流すケースが増えています。

 一部、日本でも報じられていますが、8月29日(木)の「新聞聯播」では、香港駐在及びマカオ駐在の人民解放軍の交代の様子(部隊の移動の様子)が報じられました。駐香港部隊の交代は「22回目」、駐マカオ部隊の交代は「20回目」と報じており、今年は香港返還から22年目、マカオ返還から20年目であることを考えると、この部隊の交代は一年に一度の定例のものであることがわかります。しかし、「年に一度の部隊の交代」には全くニュース性はないはずであり、今のタイミングで「新聞聯播」で部隊交代の映像を流すのは、「必要があればいつでも部隊を移動できますよ」と香港市民に訴える「威嚇」の意味があることは明らかです。

 「新聞聯報」で報じられた「部隊交代」の様子では、多数の兵士が隊列を組んで移動する場面、装甲車をはじめとする車両部隊が高速道路や橋の上を移動する場面(交通標識なども映っており、香港市民なら場所を特定できるような映像になっています)、港に着岸した輸送艦から多数の隊員が上陸する場面、大型ヘリコプターで隊員を輸送する場面、などが続いており、明らかに「どこかで部隊の移動を邪魔しようとしても、様々なルートで大陸部から大量の人員と車両を輸送することは可能だぞ」ということをアピールするような映像でした。

 併せて駐香港人民解放軍副参謀長が直立不動の姿勢でインタビューに答えて「我々は、断固として中国共産党中央と党軍事委員会の指揮に従い、断固として『一国二制度』を貫徹し、断固として香港基本法と駐軍法を貫徹し、断固として国家の主権を維持し、安全と発展利益を守ります。」と宣言する映像も流されていました(注:人民解放軍は「中国共産党の軍隊」なので、中国政府の指揮によって動くわけではないことに注意)。

 問題は、こういったニュース映像がなぜ「新聞聯播」で流されたか、ということです。「新聞聯播」は中国中央電視台が制作する夜7時のニュースですが、同時刻に中国全土の各地方の放送局(北京電視台とか河北電視台とか)も同時に流します。中央と地方の全ての放送局が同時に伝えるニュースなので「新聞聯播」という名前が付いているのです。そのため「新聞聯播」は「世界で一番視聴者数の多いテレビニュース番組」と言われています。従って「新聞聯播」で流すという意味は、香港市民に見てもらいたい、というよりは、中国全土の人民に見てもらいたい、と中国共産党宣伝部が考えているのだ、と判断することができます。要するに、ネット等で「香港は抗議活動で大変らしい」と大陸部の中国人民は知っているので、中国共産党宣伝部としては、香港市民を威嚇する意味だけでなく、「いざとなったら中国共産党中央は香港に対して毅然とした処置をとる」ことを大陸部の中国人民にも知ってもらいたいのでしょう。しかし、このことは、裏を返せば「香港でかなりの混乱が起きているのに人民解放軍が動かない」という事態になった場合、大陸部の中国人民に対して「中国共産党中央は優柔不断で弱腰だ」ということを「宣伝」してしまう結果をもたらすことになります。

 従って、この映像が「新聞聯播」で流されたのを見て、私は「まるで軍部が習近平主席(=党中央軍事委員会主席)に対して『まさかあなたは香港が混乱する事態が起きた場合でも人民解放軍を動かす勇気はない、なんていうことはないでしょうね』と包丁を突きつけて脅しているようだ」と感じてしまったのでした。

 一方、昨日(8月30日(金))の「新聞聯播」では、上に述べた2014年の「雨傘運動」のリーダーだった黄之鋒氏や周庭氏の逮捕のニュースも伝えていました。「新聞聯播」が放映された日本時間30日夜8時過ぎの時点では黄之鋒氏や周庭氏は既に釈放されていました。ニュースとしてはすんでのタイミングで「行き違い」になってしまったわけです。通常の国の報道機関ならば、「中央電視台は香港警察が両氏をその日のうちに釈放するとは思っていなかった」で済むのでしょうが、「中国共産党の舌と喉」と称される中国の報道機関としては、「中央電視台と香港警察とでは全然連携が取れてないのね」という印象を中国全土の人民に与える結果となってしまいました(通常の感覚だと、連携が取れてなくて、それが当然だと思いますが)。これは結果として、北京の中央政府と香港当局との連携がうまくいっていないことを中国の全人民に「宣伝」する結果となったと私は思いました。

 私は毎日「人民日報」と「新聞聯播」をチェックしていますが、そこでの報道ぶりと習近平氏をはじめ中国政府の政治家レベルの人が香港情勢について何もコメントしないのを見ていると、中国政府は香港情勢に対する対応能力を既に失っているのではないか、とさえ感じています。普通に考えれば、軍隊を動かす映像を流して香港市民を威嚇したり、過去の抗議活動のリーダーを一時逮捕したりせず、例えば、北京から高いレベルの政治家を香港に派遣して香港当局と対応を協議するとか、具体的な対応は難しくても「具体的な対応を模索している様子を見せる」ことくらいはするはずです。私が一番恐れているのは、事態が悪化した時のケースを見越して、香港当局は「北京の指導に従う」と考えており、北京の中央政府は「まずは香港当局が対応すべき」と考えていて、結局はどちらも事態対応の責任から逃げている可能性です。これは1989年の「六四天安門事件」の時、趙紫陽氏ら穏健派も李鵬氏らの強硬派もどちらも「最後はトウ小平氏に決めてもらおう」と最終責任から逃げようとしていた状態を思い起こさせます。

 現時点においては、「最終責任」が習近平氏にあることは明らかです。問題は、今、中国共産党内部において、習近平氏が全責任を持って政策を決断できる状態にあるのか、ということです(日本の報道では、習近平氏を追い詰めるために「反習近平派」が意図的に香港情勢をエスカレートさせるような行動に出ている、との見方も紹介されています)。

 昨日(2019年8月30日(金))、中国共産党政治局会議において10月に中国共産党中央委員会第四回全体会議(四中全会)が開かれることが決まりました。通例として重要政策を決める党中央委員会全体会議(通常は「三中全会」、今期は2018年初に憲法改正のための「三中全会」を開いてしまったので重要政策を決める会議は「四中全会」)は党大会の翌年の秋に開かれるのですが、去年(2018)は開かれなかったので、重要政策について党内がまとまっていないのではないか、とも言われていました。今回、四中全会が開かれることが発表されたので、報道では「習近平氏は8月上旬に開かれた中国共産党の旧幹部も集まった『北戴河会議』をなんとか乗り切って、重要政策を話し合う四中全会が開催できるまでに党内をまとめることに成功した」とも言われていますが、私は「議題が具体的な政策課題ではなく『中国共産党の内規』のようなもので、重要政策課題について方向性がまとまったようには見えない」「通常、この時期『10月○○日から開催する』と開催日を特定することが多いにも係わらず、今回は『10月』とだけされており具体的日程はまだ決まっていない」という点で、「習近平氏が具体的に党内で物事を決められるようになったわけではないのではないか」と疑っています。

 今日(2019年8月31日(土))の「新聞聯播」では、昨日(8月30日)夜、習近平氏が北京で開かれているバスケットボール・ワールドカップの開会式に出席し、国際バスケットボール連盟幹部と会談した、というニュースを10分間も掛けて長々と伝えていました。今、この時間、香港では、警察が集会やデモを禁じる中、街に繰り出した抗議する人々と警察当局が攻防戦を繰り広げているところです。バスケットボール関係者には申し訳ないですが、率直に言って、このタイミングで習近平氏に関するこういうニュースが長々と流される状態って、大丈夫なんですかね、と思います。

 先週のこのブログで「北戴河会議」の後の習近平氏に関する最初のニュースが「甘粛省を視察し、敦煌(とんこう)遺跡等を訪れた」ことだったことに対し私は「習近平主席は、今は、甘粛省を視察しているような場合ではなかったと思います。」と書きました。こう感じたのは私だけではなかったようです。。8月29日(木)付けの産経新聞9面のコラム「石平の China Watch」では、石平氏が「習主席の『逃げの政治』」というタイトルを掲げて、夏休み明けの最初の習近平主席の動向が「甘粛省視察で、敦煌(とんこう)遺跡等を訪問」だったことについて「多くの中国国民は、多大な違和感を覚えたはずだ。」と指摘していました。「新聞聯播」は「今の国家主席はこんなんで大丈夫?」と中国人民に思わせるような報道を意図的にやっているのではないか、などと勘ぐるのは考えすぎでしょうか。

 

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2019年8月24日 (土)

習近平政権が「決められない政権」になっている可能性

 先週の日曜日(2019年8月18日)、香港で大規模な抗議集会が開かれました。主催者発表では170万人、警察発表でも12万人の人が集まりました。私はCNNでビクトリア・パークからの生中継を見ていましたが、映像をパッと見た限り警察発表の12万人で収まるような人数ではないことは明らかでした。CNNでは、集会に向かう人々の様子も報じていましたが、「若者たち」というよりは、普通の「おじさん・おばさん」たちもたくさんいたように見受けられました。

 同じ日、香港政府支持・警察による抗議活動取り締まり支持の人たちによる集会も開かれました。日本のマスコミではほとんど報じられていないようですが、この日(8月18日)の夜の中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」では報じられていました(もちろん「新聞聯播」では、抗議する側の集会については全く報じませんでした)。「新聞聯播」の映像を見る限り、「政府支持」の集会の方にも1万人以上は人が集まっているようでしたが、抗議集会に集まった人たちの数に比べると圧倒的に少ないことは映像を見た印象でも明らかでした。

 今はインターネットの時代ですから、中国大陸部の人たちもネット等を通じて外国メディアが報じる抗議集会の様子の映像も見ることができたと思います。映像を見た印象から受ける圧倒的な人数の差を見れば「政府側が完敗」であることは明らかでした。

 8月18日の抗議集会(とそれに続く自然発生的な街頭でのデモ行進)は、主催者側が「非暴力」を強く訴えていた上、警察側も許可していなかった街頭でのデモ行進に対して強制排除の姿勢を示さなかったことから、衝突は起きずに、平和裏に終わりました。その点はよかったのですが、これだけの大規模な集会を目にして、その後の今日(8月24日(土))までの一週間、香港政府も北京の中央政府もこの集会やデモで表明された香港市民の不満に対して、全く何の対応策も示しませんでした。対応に苦慮していることはわかるのですが、「何も対応しない」ことは、政府としての行政執行能力に疑問符が付くと言われてもしかたがないと思います。

 一連の香港での抗議活動について、北京の中央政府の様々な部署の報道官クラスの人物が「暴力行為は法に基づき厳正に対処する」といった発言を繰り返しているし、「人民日報」や「新聞聯播」で抗議活動に伴う暴力行為を非難する論評が連日流されているのですが、中央政府の政治家レベル(国家指導者や大臣クラス)が何のコメントもしない、という状況が続いています。これは「普通の国」ではあり得ないことです。最近は、あの北朝鮮ですら、キム・ジョンウン委員長がいろいろコメントする場面が報じられるケースが多いので、中国の政治家が香港情勢について「何も言わない」状態を続けているのは非常に奇異に感じられます。そんな様子から私は、香港情勢対応については、中国共産党内部でも議論が紛糾し、習近平政権内部が「何も決められない政権」の状態になっているのではないかと危惧しています。

 習近平政権が「何も決められない政権」と化しているとの認識は、対米貿易戦争対応についても見受けられます。トランプ大統領が対中追加関税第四弾を9月1日から発動する旨をツィッターに書き込んだのは8月1日でしたが、それに対する中国側の報復措置(中国による対米追加関税)は昨日(日本時間8月23日21時)になってようやく発表されました。中国政府部内で慎重に検討し、アメリカ側とも水面下で交渉を行おうとしたがうまくいかなかったのでやむを得ず報復措置を発動した、といった事情もあるのかもしれませんが、外部から見ていると「反応が遅すぎる」という印象は否めません。この中国側の報復措置に対してトランプ大統領は2時間後の日本時間23時過ぎに「対抗措置を午後に発表する」とツィッターに書き込みました。そしてアメリカ政府は具体的な対抗措置(追加関税第三弾の25%から35%への引き上げ、第四弾の10%から15%への引き上げ)を中国側発表の約9時間後の日本時間今日(8月24日)未明に発表しました。トランプ大統領の怒りにまかせたような「ああ言えばこう言う」的な即座の対応もいかがなものかと思いますが、アメリカ側の即座の対応に比べて中国側の対応の遅さが気になります(トランプ政権は、中国政府の対応の遅さ(おそらく中国政府内部での調整に時間が掛かっている)ことを印象付けるために、あえて報復処置に対する対抗措置をスピーディに打ち出したのかもしれません)。

 8月上旬、中国では中国共産党の現役幹部と引退した元幹部が集まる「北戴河会議」が開かれるので、国家指導者がニュースに登場しなくなります。今年の「北戴河会議」は、8月13日(火)まで行われていたようです。というのは、8月14日(水)に中国共産党序列第三位の栗戦書氏が北京で開かれた座談会に出席し、8月15日(木)に序列二位の李克強氏が定例の国務院常務会議を開いたことが伝えられていたからです。ところが習近平主席は、その後もしばらくニュースに登場しませんでした。一昨日(8月22日(木))になってようやくニュースに登場し「習近平氏は8月20日~22日まで甘粛省を視察した」と報じられました。習近平氏はシルクロードの遺跡等を研究する敦煌(とんこう)研究院なども視察したそうです。「北戴河会議」終了後、国家主席が地方視察に行き、地方視察が終わった時点でニュースに登場する、というのは、ある意味「毎年のこと」なので別に構わないのですが、対米貿易戦争や香港情勢など国家主席がリーダーシップを発揮すべき重要課題が山積する中、長期間ニュースに登場せず、登場したと思ったら「敦煌の研究施設を視察」というのでは、国家のトップのイメージとしてピンボケ過ぎるのではないかなぁ、と私は思います。李克強総理の方は、国務院常務会議で中小企業への融資対策、高齢者ケアサービスの発展方策、豚コレラ問題で揺れる豚肉の増産と豚肉価格の問題対策などを決めたり、黒竜江省に行って就業対策に関する会議に出席したり、と人々の関心の高い政策課題に対して「タイムリーに仕事をこなしている感」がありありであるだけに、習近平氏の行動の「ピンボケ感(今それやってる場合ではないでしょ感)」が目立ちます。

 「経済発展を最優先にしたい企業家でもある中国共産党内部の有力者」「経済改革を進めたい官僚グループ」「地方の貧困層の底上げを最優先課題にすべきだと考える良心的中国共産党幹部」「党による締め付けを強化すべきと考える軍部」などの様々な勢力を有する中国共産党にあって、どの勢力の支持も維持したい習近平氏は、どの勢力の反対も押し切れずに具体的な政策を決められない状態に陥っているのかもしれません。しかし、米中貿易戦争による中国経済の鈍化と人民元の先安感による資金流出の可能性、香港情勢の泥沼化とそれに伴う香港からの資本・人材の流出、などどれをとってもいたずらに時間を掛ければ掛けるほど事態が悪化しそうな課題が山積しています。少なくとも、「習近平政権は『何も決められない政権』になってしまったのではないか」と見られること自体が習近平政権にとって大きなマイナスであるはずですから、ビシッとした政策方針を早急に打ち出して欲しいものだと思います。

 まずは9月11日~12日に香港で開催が予定されている「一帯一路サミット」を前に香港政府と北京の中央政府は抗議活動にどう対処するか、が問題になるでしょう。抗議活動をしている人たちは「一帯一路サミット」は参加する各国首脳や各国メディアに対する格好のアピールの場と考えるでしょうし、中国政府側はそうさせてはならない、と考えるでしょう。1989年4月15日に始まった「六四天安門事件」の運動が5月15~16日のソ連のゴルバチョフ書記長訪中を迎えるのと同じような状況になるのではないか、と誰もが考えていると思います。

 甘粛省の方々には申し訳ないと思うし、中西部の貧困地域向けの政策が重要であることはわかるし、敦煌の遺跡保存も重要な政策課題だとは思いますが、習近平主席は、今は、甘粛省を視察しているような場合ではなかったと思います。

 

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2019年8月18日 (日)

香港の一番暑い夏

 「六四天安門事件」をリアルタイムで知っている世代の中には、今(2019年8月中旬)の香港は1989年5月下旬頃の北京に似ている、と感じる人が多いのではないでしょうか。私が「似ている」と感じる点を列記してみたいと思います。

○リーダーがいないのに多くの若者たちが集まり、「現状」に対する異議申し立てをしているが、参加者が要求する事項は必ずしも明確ではない。しかし、「俺たち・私たちの声を聞いてくれ」という願いが最も根本的な要求であるように見える。

○当局は「暴力的行為には反対する」と主張する一方で、多くの若者たちが何を不満に思って抗議活動をしているのかを聞こうとするそぶりも見せない。外部からは当局は事態解決のために具体的に何もしていないように(無為無策のように)見える。

○人民解放軍(武装警察)の部隊が待機しているとの情報が流れ、当局は何かがあったら武力鎮圧するぞ、という姿勢を見せている(多くの人は、それは「威嚇」のためであって、実際に人民解放軍(武装警察)が武力鎮圧のために出動することはないだろう、と考えている)。

 当局側が抗議する若者たちから「何が不満なのか」を聞こうともせず「無為無策」であるように見えるのは、おそらくは若者たちの本心は「自分たちの声を聞き、必要に応じて政策を調整するシステムを確立して欲しい」ということであり、中国共産党側はそういうシステムは絶対に受け入れられないと考えているため、最初から解決策がないからだと思います。何らかの政策変更による解決策があるのならば、当局側も抗議する若者側も何を要求し何が改善できるか話し合う余地があるのですが、当局側は「抗議する者の意見を聞いて政策を調整する」ことが中国共産党による支配システムを壊すと考えているため、抗議する若者たちの意見を聞くということすらしないのです。中国共産党の指示に従うしかない香港当局は、事態解決のために自ら選択できる政策の余地がなく、最初から当事者能力はない、と見られてもしかたがないと思います。

 私は、1986年12月に安徽省合肥で始まり上海等へ拡大した(北京への拡大は当局側が事前に阻止した)学生の運動をよく知っています。その時私は北京に駐在しており、「北京の天安門前広場でもデモがある」とウワサされた1987年1月1日に実際に天安門前広場に行き、学生が集まる前に武装警察によって事前に占拠されていた天安門前広場を自分の目で見ているからです。上海に学生の運動が広がった時、当時の上海市長(上海市党書記に次ぐナンバー2)だった江沢民氏は、デモをしている学生の中に出ていき「役人の腐敗反対を訴える君たちの気持ちはわかる。しかし、デモをしていても事態は変わらない。キャンパスに戻って欲しい。」と訴えました。当時の学生たちは「自分たちのデモのことはVOAやBBC(アメリカやイギリスの短波ラジオ放送)のニュースで聞くのに、中国のテレビ局は一切報じないのはおかしい。」と訴えていました。その後、中国中央電視台のテレビニュースは上海での学生デモについて、批判を交えず事実関係のみを伝える形で報じました。

 この1986年12月の学生デモは、北京での当局によるデモ抑止措置に成功したことと1987年1月に当時の中国共産党総書記の胡耀邦氏が辞任したことにより終息しました。背景には、当時の江沢民上海市長が実際に学生デモの現場に出向いて学生たちの声を聞いたことや中国中央電視台が学生デモについて報じるなど、当局自身が「聞く耳を持っている」ことを示したことが大きかったのではないかと私は考えています。

 しかし、1986年12月の学生デモはいったんは終息したものの、1989年4月に「六四天安門事件」の運動として再燃します。この経験を通じて、おそらく中国共産党の側は「若者たちの抗議を聞く耳を持っている」という姿勢を示せば、その場の抗議活動は収まるかもしれないが、また何かがあると別の形で抗議活動が始まり、際限がなくなって結局は中国共産党による支配構造が危うくなる、ということを学んだのかもしれません。「六四天安門事件」に際しては、当局側は「抗議する人たちの声を聞く耳を持っている」との姿勢をほとんど示しませんでした(それどころか4月26日付け人民日報社説で「旗幟を鮮明にして動乱に反対しよう」と主張し、運動の初期の段階で抗議活動を「動乱」と決めつけてしまったのでした)。

 抗議活動について「暴力行為は法律により処罰する」と述べるだけで、何が不満なのかを聞く耳を持たなければ、事態は何ら解決せず、抗議活動が長期化するか、武力によって強制的に鎮圧するかのいずれかの結果しかなくなってしまいます。抗議活動が長期化し、一般の市民の生活に支障が出るようになれば、抗議の内容について市民の間に強い共感がない場合には、一般市民の間に抗議活動に対する不満が高まって、抗議活動は自然消滅します。2014年の香港での「雨傘運動」はこれに近かったと言えるでしょう。「雨傘運動」の最大の要求事項は「市民による行政長官の直接選挙の実施」でしたが、一般市民の中には必ずしも行政長官の直接選挙を強力に求める機運は強くなかったのかもしれません(そもそも1997年以前のイギリスの植民地時代は香港政府のトップを選挙で選ぶこと自体ができなかったわけですから、直接選挙などなくてもかまわないと考える香港市民は多かったのかもしれません)。

 しかし、今回の香港での抗議活動の発端となった「逃亡犯条例改正案」は、犯罪者を中国当局に引き渡すことを可能にする条例改正であり、香港市民の誰もが「法律違反だ」と言われれば中国当局に送還される可能性を生じさせるものであるため、一般市民の中にも抗議活動に共感を感じる気運が高いのかもしれません。抗議活動が始まってから既に2か月以上が経過し、観光をはじめとする各種ビジネスに影響が出ているにも係わらず、今の時点で一般市民による抗議活動への反感があまり高まっているようには見えません。

 今の香港での事態の今後は、香港当局の事態解決のための当事者能力がない状況を踏まえると「話し合いによる解決」は望みようがありません。考えられるシナリオは、抗議活動が長期化することによって一般市民からの反発が強まって抗議活動が自然に下火になる(おそらく北京の中国政府が一番望んでいるシナリオ)か中国本土からの部隊(武装警察)の導入による力による鎮圧しかなくなります。

 今日(2019年8月18日(日))、抗議活動を行うグループは大規模なデモを計画しているようです。警察側を支持する人たちの集会も予定されているようです。抗議活動は、明確なリーダーシップの下で行われているわけではないだけに、抗議活動をする人と警察、または抗議活動をする人とそれに反対するグループの人たちが衝突し、ケガ人等が出ることにより、それをきっかけにした(それを理由にした)中国本土からの武装警察の越境介入も考えられますが、そうした事態にはならないように祈るしかありません。

 「六四天安門事件」の際、部隊本隊の突入に先立って、一部の武装していない人民解放軍の兵士を北京市内に移送しようとした際、それに気付いた一部の北京市民がそれら人民解放軍兵士の移動を実力で阻止しようとして人民解放軍兵士が負傷する事態が起こったとされています。これについては「人民解放軍の兵士が襲撃されるという暴乱が起きた」として人民解放軍部隊の本隊の市内突入のきっかけとするために当局側が仕組んだ挑発行為だったのではないか、との見方もあるようです。多くの人は「挑発行為には乗ってはならない」とはわかっているとは思いますが、百万人単位の人々が動く場合、どこかで不測の衝突が起きる可能性は小さくないと思います。

 1987年1月1日、「デモが起きるようだ」というウワサを察知した当局が事前に天安門広場を占拠してデモが起きることを未然に防止できた理由の一つは、この日の北京は非常に寒かったことが挙げられると思います(この時、天安門前に行った私の感覚では、気温は零下十度以下だったのではないかと思います)。願わくば今日(2019年8月18日(日))の昼間、香港では大雨が降って、抗議する人たちも抗議に反対する人たちもあまり大勢は集まれない天候状況になればいいなぁ、とも思います。

 毎年恒例の「北戴河会議」(中国共産党の旧幹部と現役幹部が集まる非公式会議)は終わったようです(一昨日(8月16日(木))には李克強総理(序列ナンバー2)が定例の国務院常務会議を開いていますし、序列ナンバー3の栗戦書氏も座談会等に出席しています)。しかし、習近平主席は、昨日(8月17日(土))まで二週間ほど中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」には登場していません。香港における非常に緊迫した状況の中において、トップである習近平氏が全く何のメッセージも発していない、というのは、さすがにまずいのではないかと思います。対応に苦慮しているのだと思いますが、習近平氏の冷静なリーダーシップを望みたいと思います。

 

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2019年8月10日 (土)

アメリカによる中国の「為替操作国」認定と香港危機

 先週このブログに「近々、1米ドル=7人民元の心理的節目を超えるかもしれません。」と書きました。私自身は中国当局は一定程度人民元安に行かないように防衛すると思っていたのですが、実勢レートでは8月5日(月)に、中国人民銀行が毎日設定する「基準値」ベースでは8月8日(木)に1米ドル=7人民元をあっさりと人民安の方向に突破してしまいました。

 8月5日(月)に実勢レートで1ドル=7ドルを超えて人民元安が進んだことに対してトランプ大統領は相当に怒ったようで、トランプ政権は即座に中国を「為替操作国」に認定しました。今市場では人民元安方向に圧力が掛かっており、中国当局はむしろあまり急激に人民安が進まないように「米ドル売り・人民元買い」の(人民元高方向への)為替介入をやっていると思われますが、今回は1ドル=7人民元を死守するほどに「必死で人民元買いの介入をしなかった」というのが実態でしょう。トランプ大統領が言っているように「中国は人民元安になるように為替操作をしている」というのは全く事実ではないと思われますが、トランプ政権の場合「事実かどうかなんかどうでもいい」ので、そういった細かい話は気にしないようです。

 このタイミングでのアメリカによる中国の「為替操作国認定」は、アメリカが既に対中追加関税を実行中であることを考えると、「認定したことによって何かが変わる」という性質のものではなく、アメリカが「中国はケシカラン国だと認定した」という象徴的な意味しか持ちません。しかし、中国はこのアメリカによる「為替操作国認定」に猛反発しました。「人民日報」も中国中央テレビの夜7時のニュース「新聞聯播」も多くの紙面や時間を割いて、為替操作国認定に対する反論やアメリカの決定の理不尽さの解説等を展開しています。こうした激しい反論を中国の人々に示していることを考えると、当面、中国がアメリカとの協議を進めて一定の妥協に至る、という雰囲気は全くありません(というか、ほとんど「トランプ氏が大統領をやっている限り中国はアメリカには絶対に妥協しない」と言っているように見える)。

 「新聞聯播」で連日放送されているアメリカによる「為替操作国認定」に対する反論解説の中で私が気になったのは、昨日(2019年8月9日(日)に放送された国家外国為替管理局の担当者へのインタビューです。「アメリカの為替操作国認定は国際的基準から考えたら間違っている」という反論はいいとして、「最近、外国から中国への投資や中国国債市場の状況は非常に安定している」とも主張しました。後者はアメリカが中国を「為替操作国」に認定したこととは全く関係がありません。この部分は、為替レートが1米ドル=7人民元を超えて人民元安に動いていることやアメリカが中国を「為替操作国」に認定したことが中国経済の将来に対する不安を呼び起こして中国から外国への資金流出(キャピタル・フライト)を引き起こすことになるのではないかという懸念に対して「そんなことはない」と中国当局が反論したものだと見ることができます。してみると、「人民日報」や「新聞聯播」が連日「為替操作国認定」に声を大にして反論しているのは、中国当局が国内からの資金流出に対して大いに懸念を抱いていることの裏返しであるとも考えられます。

 中国から外国への資金流出を考える上で重要なのは香港の位置付けです。香港と中国本土とは極めて密接な経済関係がありますから、物やサービスの交易を通じて日常的に香港ドルと人民元の交換が行われています。一方、香港ドルは1米ドル=7.75~7.85香港ドルの範囲内に固定されているので(香港ドルの米ドル・ペッグ制)、人民元と米ドルの兌換が管理されている状況下においては、将来の長期的な人民元安が想定される場合には、多くの中国の資産家は人民元を香港ドルに替えて香港に資産として保有しておき、いざとなった時に香港ドルを米ドルに替えられるように備えておこうとするでしょう。ただし、そのためには「香港経済が将来にわたって安定していること」が絶対条件となります。従って、香港における政治情勢の混乱は、多くの香港に資産を持っている中国の資産家の動揺を招く可能性があります。

 香港におけるデモに対しては、中国当局の対応は強硬姿勢を強めています。「人民日報」や「新聞聯播」は、香港でデモが始まった最初の頃は徹底して「無視」していましたが、デモ隊が議会を占領したり、中国の徽章を汚したり国旗を引きずり下ろしたりするようになった以降は、「暴力的な行為には断固として対応する」という観点で、香港の親中派の議員や市民の「怒りの声」を報じたり、「違法行為には断固として対処すべき」といった論評をしたりすることが多くなっています。「香港での暴力行為には厳しく対処すべき」との報じ方は、2014年の「雨傘革命」の時とは比べものにならないほど厳しいものになっている、と私は感じています。

 毎年8月上旬の今頃、即ち「北戴河会議」が開かれている頃の「人民日報」や「新聞聯播」は、各種会議や国家指導者の動静に関するニュースがないので「○○の生産が順調」といった平和なニュースが多いのですが、今年(2019年)は米中貿易戦争や「香港の違法行為は断固取り締まれ」といったニュースの量がかなり多くなっています。それを考えると、現在の中国は「普通じゃない」状況だと言えると思います。

 そうした中、昨日(2019年8月9日(金))、中国当局は香港の航空会社キャセイ・パシフィックに対して「デモに参加した従業員が中国大陸部へのフライトに関する業務に従事することは認めない」「中国大陸部に関するフライトに従事する従業員の情報を提供するように」との指示を出しました。このニュースは、日本での報道の大きさはまだ大きくないのですが、私はこれは結構重大なニュースだと思っています。というのは、キャセイ・パシフィックは香港が誇る世界的な民間企業であって、香港の人々は「我らがキャセイ・パシフィック」といった親近感を持っていると思われるからです。その会社に北京の中国当局が企業の存続に係わるようなほとんど「無理難題」とも言えるような強圧的な指示を出してきた(しかも、まるでデモ参加者をテロリストのように考えるような指示を出してきた)ことに対して、香港の人々の中国当局に対する怒りに「火に油を注ぐ」結果になるのではないかと私は考えています。

 それにこの通知は、親中派が多い香港のビジネス・パーソンの間に「反中国政府」の気運を盛り上げてしまう可能性があります。今、香港のどの企業も、自らの政治的考え方に関係なく、従業員がデモに参加することに対して、承認するのか抑制するのかについて難しい判断をしながら日々の経営をしていると思います。従業員のデモ参加を禁止するような企業に対しては香港市民からのボイコットが来るかもしれないし、従業員のデモ参加を容認するような態度を会社が示せば中国大陸部とのビジネスが難しくなるかもしれないからです。そうした中、中国当局がキャセイ・パシフィックに対して強硬な指示を出したことは、他の会社(外国系企業も含めて)にも「次はウチの会社にも同じような強硬な指示が来るかもしれない」という恐れを抱かせ、中国当局に対する反発を惹起することになるかもしれません。政治的に中立な外国系企業の中にも「中国当局から強硬な指示が来るかもしれないのだったら、香港でのビジネスは非常にやりにくくなるので、香港での事業から撤退しよう」と考えるところも出てくるかもしれません。

 たぶんこのキャセイ・パシフィックに対する中国当局の強硬な指示は、後々「さすがにあの指示はまずかった」と振り返ることになると思います(ちょうど、「六四天安門事件」の運動が盛り上がりつつあった1989年4月26日の「人民日報」に「旗幟を鮮明にして暴乱に反対しよう」という社説を掲載して、そのことがかえって運動に参加している人々の反発の火に油を注いで、事態の鎮静化を不可能にしたのと同じようなことになる可能性があります)。

 これまでの中国共産党政権の歴史を振り返ると、「人々が望むことや周辺状況とは関係なく、中国共産党による政権を維持することのみを最優先事項とする」という考え方に基づいて政策が選択されるので、柔軟な政策選択ができず、事態をうまく収拾することができない(人民解放軍による鎮圧のような最終的な力による鎮圧まで進んでしまう)状況に陥りやすい傾向があると言えます。今回の対米貿易戦争と香港情勢については、この二つが「中国国内から外国への資金流出」という観点で非常に密接に関連している上、中国当局が(「中国共産党による政権維持」が最優先政策目的であるため)従来と同じように柔軟な対応ができずに強硬路線しか選択肢が選べない状況に陥りつつあることが懸念されます。

 「1ドル=7人民元を突破する人民元安」「アメリカによる中国の『為替操作国認定』」が現実のものとなった今、「香港デモ収拾のための人民解放軍の出動」「中国が保有するアメリカ国債の売却」といった「さすがにそれはないだろう」と思われていたオプションが現実のものになる可能性は小さくなくなった、と見るべきだと思います。

  2015年の「チャイナ・ショック」は「北戴河会議」が終わったと思われるタイミングの8月11日に中国人民銀行が突然の人民元切り下げを発表したのがその始まりでした。今年(2019年)については来週(8月12日から始まる週)がそれと同じタイミングに該当しますので、来週以降、何らかの動きが出てくることになるのかもしれません。

 

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2019年8月 3日 (土)

中国から他国への生産拠点の移転は簡単ではない

 最近、1984年4月に対中投資環境調査団(メンバー40名)の一員として二週間で北京、上海、福州、広州、深セン、香港を回った時のことをよく思い出します。今から35年も前の話です。当時、戦前、三菱金属の技師として中国に渡り、戦後もずっと北京に残って中華人民共和国の成立や文化大革命を経験してきた山本市朗氏の「北京三十五年」(岩波新書)を愛読していましたが、思えば同じ「35年」が経過したのですが、山本氏に比べて私自身はこの35年間何もしてこなかったなぁと今痛感しています。

 1984年の対中投資環境調査団は、日本の様々な企業の幹部がメンバーとなった訪中団で、各地の地方政府や当時はまだ数が少なかった中国と外国企業との合弁企業を訪問して回り、中国への投資の将来性を探る目的のものでした。最も印象に残ったのは地下足袋のトップメーカーである力王が江蘇省南通市に作った合弁の工場でした。この合弁の工場は、当時の中国の国営企業の雰囲気とは全く異なり、生産ラインごとに生産量や不良品発生率などのグラフが壁に張り出されていて、従業員たちはキビキビと作業をしていました。中国人従業員の間には「従業員同士で競争をさせられてしんどい」というよりは「作業に習熟すればするほど給料が上がるので自分の意思で頑張る」という雰囲気があり、職場には活気があふれていました。この様子を見て、当時の対中投資環境調査団のメンバーは、中国に工場を作って生産することの将来性を強く印象付けられました。

 1980年代以降、日本をはじめ世界各国の企業が中国に投資して工場を作り、中国は「世界の工場」と呼ばれるようになりました。ゼロの状態から生産拠点を立ち上げる場合、合弁企業の場合は中国側のパートナー企業と交渉し、工場用地や必要な許認可について中国政府の担当部局と交渉し、中国人の従業員を雇い、設備についてや工場の運営のやり方を教育し、原材料の調達と製品の搬出のルートを確立するなど、数多くの分野において多くの人々の長年にわたる苦労が必要でした。いろいろな形での(例えば製品の輸送は鉄道を使えといった)現地政府(=現地の中国共産党委員会)の「指導」への対応に苦慮したり、日本人と異なって多くの従業員は技術を習得するとちょっとでも給料の高い他社に移転したがる(いわゆる「ジョブ・ホッピング」)のような文化的違い等に苦労しながら、各社各様の様々な努力があっただろうと思います。

 私自身の二回の北京駐在(1986年~1988年と2007年~2009年)については、私自身が「ゼロからの立ち上げ」をやった訳ではありませんが、北京駐在期間中には、様々な企業や組織の方々の「立ち上げの際の苦労話」をたくさん聞きました。いろいろな難しさはあるのですが、結局は、中国側の関係企業の担当者や中国人従業員との間の日常的な喜怒哀楽の人間関係の積み重ねが生産拠点の立ち上げと稼働という成果として出てくるのです。生産拠点の立ち上げと稼働開始のプロジェクトは、十年単位の様々な仕事の積み重ねで、多くのビジネス・パーソンにとっては、その職業人生の大部分をつぎ込むことになるほどの期間にわたる「大仕事」です。

 今地下足袋メーカーの「力王」のホームページを見たら、対中投資環境調査団が1984年に見学した中国の生産拠点は2014年に既に東南アジアに移転しているようです。「どの国に工場を作り生産するか」は、各企業にとって自社の死活に関わる重要な経営判断です。生産拠点をある国から別の国に移す場合、その企業は自社の存続を賭けて、多くの資金と社員の大きな労力を割いて生産拠点移行プロジェクトを実行します。

 従来から中国における人件費の高騰等により、生産拠点の中国から他国への移転は進んできましたが、今、アメリカによる対中追加関税の本格化で、その動きは相当程度に加速しそうです。もし、本来、移転する必要のなかった生産拠点がアメリカによる対中追加関税のために他国へ移転することになった場合、そのために費やされる資金と関係企業の社員の労働力は「本来必要とされなかったコスト」としてその企業に重くのしかかることになります。

 日本時間の昨日(2019年8月2日(金))、アメリカのトランプ大統領は、今年5月に対中追加関税第三弾の税率を10%から25%に引き上げた時と同様に、9月1日から対中追加関税第四弾対象製品について追加税率10%を発動する旨ツィッターに書き込みました。中国との交渉次第によっては、「第四弾の税率は25%に引き上げる」とツィッターされることになるかもしれないし、あるいは「交渉がうまく行ったので第四弾の追加関税はやめた」となるかもしれません。しかし、生産拠点の中国から他国への移転は、スマホをポチッとタップしてすぐにできるようなものではありません。企業にとっては社の命運を賭けた、担当者にとっては自分の職業人生の時間の大部分を費やした「大事業」です。ある日突然ツィッターで政策が変わるような時代においては、どの企業もどの社員も「新たなプロジェクトはやめておこう」と思うようになるでしょう。

 追加関税第四弾対象製品に対する10%の関税の額自体も決して小さくはありませんが(日本で消費税が8%から10%に上がるだけでこれだけ大騒ぎしているのですから)、それ以上に政策の変更によって生じる「本来必要とされなかったコスト」とツィッターのひと言で政策がコロッと変わる不確実性に起因する投資の手控えは、世界経済にボディブローのようにズシリと効く大きくて重いブレーキになるでしょう。

 最近、スマホでツィッターに書き込むのと同じような気軽さで「中国から他国への生産拠点の移転を考えることになるんでしょうね」といった論調で語る人が多いように思えたので、今回は35年前の対中投資環境調査団の話をしてみました。

 トランプ大統領がこのタイミングで対中追加関税第四弾発動を発表したのは、今が「北戴河会議」直前のタイミングであることを意識しているからなのかどうかはわかりません。一方で、香港情勢は、行政機関の職員がデモをするなど、事態は深刻化しています(1989年の「六四天安門事件」の時、5月に入ってから「人民日報」の記者たちも天安門広場に集まり始めたことを思い起こさせます)。習近平主席は、党長老が集まる「北戴河会議」で結構しんどい状況に陥る可能性があります。日本ではあまり報じられていませんが、最近、退役軍人に対する給付金の引き上げを発表するなど、中国国内でも一定程度不満が蓄積されつつある兆候が見られますので。

 トランプ大統領が対中追加関税第四弾発動をツィッターに書き込んでから、人民元の対米ドル・レートが急激に人民元安の方向に動き始めています。近々、1米ドル=7人民元の心理的節目を超えるかもしれません(人民元安は、アメリカによる追加関税引き上げを中和する効果がある一方で、中国国内からの資金流出を引き起こす恐れがあり、人民元安容認を意図的に実行するとすれば中国にとってそれは非常に危険な「賭け」です)。後世の歴史家から「2015年夏のチャイナ・ショックは実は小さな前触れだったのだ」と語られることになるような事態が2019年夏の今、これから起こることになるのかもしれません。

P.S.

 7月29日(月)に行われた李鵬元総理の葬儀には、党政治局常務委員全員と王岐山氏と江沢民元国家主席が参列しました。江沢民氏は、介助の人に両側から支えられながらの参列でした。「六四天安門事件」の後、江沢民国家主席-李鵬国務院総理の体制になったわけですから、江沢民氏としては何としても参列したかったのでしょう。一方、胡錦濤前国家主席は「外地から花輪を送り哀悼の意を表した」と伝えられただけで、葬儀には参列しませんでした。「『外地』ってどこ?」と思いますし、健康状態が悪いのでしょうか。ちょっと気になるところです。

 

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2019年7月27日 (土)

李鵬元総理死去を伝える「訃告」から見えること

 7月22日、国務院元総理の李鵬氏が死去しました。90歳でした。私が最初に北京に赴任していた時(1986年10月~1988年9月)の期間中に国務院総理になった方です。当時は毎日のようにテレビのニュースにも登場していたので、私も個人的に「時が経ったなぁ」と感じるニュースでした

 李鵬氏は1988年~1998年に国務院総理、1998年~2003年には全人代常務委員長を務めましたが、多くの人には1989年の六四天安門事件の時に戒厳令を発表した人として記憶されていると思います。この時点での中国共産党総書記は趙紫陽氏でしたが、戒厳令発布直前、趙紫陽氏は党内では内々に辞意を表していたので、戒厳令発令時には李鵬氏は事実上の中国共産党のトップでした(実質上戒厳令発令を決めたのはトウ小平氏(当時は中国共産党中央軍事委員会主席)でしたが)。

 この辺の事情について、李鵬氏の死去を伝える新華社の「訃告」は次のように書いています。

「1989年の春夏之交の政治風波の中で、トウ小平同志を代表とする古老のプロレタリア階級革命家による断固たる支持の下、李鵬同志は旗幟を鮮明にして、中国共産党中央政治局の大多数の同志と道を同じくして、動乱を制止する措置を果断に採り、反革命暴乱を終息させ、国内の時局を安定させて、この状況における党と国家の前途の命運に関係する重大な闘争の中において重要な役割を果たした。」

(注)1989年の「六四天安門事件」については、このブログの左にある「中国現代史概説の目次」の中にある「第二次天安門事件」の項目を御覧ください(「第二次」とあるのは、1976年の「四五天安門事件」も中国人民が「四人組」に反旗を翻した重要な転機であったとの認識から、私自身としては1976年の「四五」を「第一次」、1989年の「六四」を「第二次」の「天安門事件」と呼んで、ともに中国現代史における重要な事件であると考えているからです)。

 上記の新華社の「訃告」の中にはいろいろな言葉が登場します。まず「動乱」は一連の動きの中では1989年4月26日付けの「人民日報」社説「必ずや旗幟を鮮明にして動乱に反対しよう」で初めて登場した言葉で、暴力的な行為が何もなかったこの時点で「動乱」という言葉を使ったことに対して、天安門広場に集まった人々の怒りをむしろ増加させた言葉でした。「反革命暴乱」は1989年6月3日午後6時(人民解放軍の北京中心部への進軍の直前)、テレビ、ラジオが「緊急通告」として「反革命暴乱への反撃」を予告し、市民に外出しないように呼びかけたのが最初に使われたタイミングでした。

 実際に「動乱」「暴乱」に該当する事態が起きた、というよりは、「天安門前広場に集まる行為は『動乱』と認定されるからすぐに解散するように」「『暴乱』と認定される行為が起きたからこれから人民解放軍を進軍させる」というそれぞれのタイミングにおける中国共産党側の都合で使われた言葉といってもよいと思います。

 おそらく「動乱」や「反革命暴乱」という言葉に対しては、中国国内にも(おそらくは中国共産党内部にも)反発を感じる人が多いのではないかと私は想像しています。そもそも「六四天安門事件」について中国共産党がやむを得ず触れなければならない場面では(例えば外国人記者から質問された場合など)、「1989年の政治風波」という「良い悪い」のイメージのない言葉を使うことが多いからです。「六四天安門事件は動乱であり反革命暴乱だ」というのが中国共産党内部の(一般党員も含めた)コンセンサスならば、「政治風波」と言い換える必要はないはずです。

 さらに「春夏之交」という言葉は、私は2007年~2009年の二度目の北京駐在期間中には中国共産党色の薄い経済専門紙などで使われることはあっても、「人民日報」や中国共産党の公式文書で使われたのを見たことはありませんでした。しかし、以前このブログにも書きましたが、昨年(2018年)12月の「改革開放四十年年代記」において「人民日報」は「六四天安門事件」について「春夏之交」と表現しました。「春夏之交」という表現は、4月15月に始まり6月4日の人民解放軍による武力弾圧で終わった「六四天安門事件」について、参加した若者たちの「青春」と「夏」で表現される軍事力との交叉、というイメージも加えた表現であり、「良い悪いを表さない中立的な表現」を超えて、一種の哀切のイメージを持つ言葉だと私は思っています。なので、今回、李鵬元総理の「訃告」という形で新華社が出した「中国共産党の公式文書」に近い文書でこの言葉が使われたことに対し、私はこの「春夏之交」という言葉の中に「訃告」を書いた新華社の人及びそれを許可した中国共産党の関係者の中にある「六四天安門事件」に対する「痛切の情」を感じたのでした。

 「六四天安門事件」は、若者たちの国の未来を思う熱い気持ちを武力で鎮圧した中国共産党の冷徹さを物語る出来事として記憶されていますが、同時に、東西南北から北京市内に入って天安門を目指すように命じられた戒厳令部隊のうち西側から入った部隊を除く三つの部隊は途中で市民の抵抗を前にして進軍を止めたことで見られるように、中国共産党や人民解放軍の中にも「痛恨の事態だった」と「痛み」を感じている人が少なくないことは忘れてはならないと思います。今回の李鵬氏の死を伝える「訃告」の中にある「トウ小平同志を代表とする古老のプロレタリア階級革命家による断固たる支持の下」や「中国共産党中央政治局の大多数の同志と道を同じくして」とある部分は、「痛み」を感じている現在の中国共産党内部の人々が(最高責任者である趙紫陽氏が辞意を示したので)戒厳令の布告と武力弾圧の実施という非情な命令を自分が発せざるを得なかったという李鵬氏の当時の立場を慮った表現だと私は感じました。

 李鵬氏の死去で、当時の中国共産党指導者は、戒厳令発令に反対だったと言われる胡啓立氏以外は全て亡くなりました。江沢民元国家主席は、六四天安門事件当時は上海市党書記で、党中央の方針に従って胡耀邦氏を追悼する座談会について掲載しようとした雑誌の編集長を解任したりしましたが、六四天安門事件の戒厳令発令を決める立場にはいませんでした。李鵬氏が存命中の間は、六四天安門事件の戒厳令発令を批判することは李鵬氏の判断を批判することになるので、年長者を敬う気持ちの強い中国の社会においては議論することははばかられる雰囲気があったと思います。しかし、李鵬氏の死去により、中国国内においても、六四天安門事件について客観的に考えられるような雰囲気は少しずつ生まれてくると思います。

 もちろん江沢民氏をはじめ歴代中国共産党幹部は「六四天安門事件の際の中国共産党の対応は正しかった」という路線の上を今まで歩いてきましたから、実質的に戒厳令発令を決めたトウ小平氏や実際に戒厳令発令の当事者だった李鵬氏は既に亡くなったのだから、と言って従来の評価をがらりと変えるわけには行かないと思います。しかし、習近平氏も李克強氏も六四天安門事件の際の判断には何らタッチしていないのですから、もっと自由に客観的に六四天安門事件について考えられるはずです。折しももうすぐ中国共産党の老幹部も集まって意見交換すると言われている北戴河会議が開かれる時期になります。今回の李鵬氏の死去を一つのきっかけにして、過去の経緯にとらわれずに、もう少し自由に中国の将来について議論できる雰囲気が生まれることを望みたいと思います。

 ちなみに戒厳令の発令日時を決めた翌日の1989年5月19日午前5時頃、天安門広場でハンストを続けている学生たちの前に、趙紫陽氏と李鵬氏が突然現れました(当時、中国共産党弁公庁主任だった温家宝氏も同行していた)。趙紫陽氏の死後に香港で出版された「趙紫陽極秘回想録」によると、この時、李鵬氏は趙紫陽氏が天安門前広場へ行くことに反対したが、趙紫陽氏は「私は絶対に行く。私一人でも行く。」と強硬に主張した、ということです。この時、しかたなく李鵬氏は趙紫陽氏とともに天安門前広場へ行ったが、広場へ到着するとすぐに李鵬氏は姿を消してしまいました。温家宝氏は趙紫陽氏とともに残りました。趙紫陽氏がハンドマイクで学生らに語りかけるすぐ横に温家宝氏がいるのを写したAFPの写真は有名で、「趙紫陽極秘回想録」の日本語版の表紙にも使われていますが、この温家宝氏が後に国務院総理にまでなったことの意味は大きいと私は思っています。

 もちろん党弁公庁主任(党の事務局長)だった温家宝氏が(辞意を持っていたとは言え)当時はまだ総書記の地位にいた趙紫陽氏に同行するのは事務方として立場上当然のことであって、別に温家宝氏が趙紫陽氏の考え方に同調していたわけではない、といった考え方も可能なのですが、温家宝氏は総理在任中の2010年4月15日(胡耀邦氏は1989年4月15日に亡くなり、これをきっかけにして六四天安門事件の運動が始まった)の「人民日報」に胡耀邦氏を偲ぶ文章「興義へ再び戻って胡耀邦氏を思う」を掲載しています。温家宝氏が「六四天安門事件」を本心から「反革命暴乱」だと考えているならば、こんな文章は書かないでしょう。温家宝氏は総理退任後ほとんど公の場に登場しませんが、人望のある政治家ですし、そもそも胡錦濤前国家主席と10年間コンビを組んでいたことを考えれば、中国共産党内での影響力は現在でも小さくないと思います。

 私は今回の李鵬氏の死去を伝えれる新華社の「訃告」の中の「動乱」や「反革命暴乱」の部分が修正される日も来るのではないかと考えています。過去を振り返ると、1976年9月9日の毛沢東の死去を伝える「全党・全軍・全国各民族人民に告ぐる書」のような中国共産党の歴史上最も重要な「訃告」が中国共産党の歴史から消されているからです(私は2007~2009年の二度目の北京駐在中、中国共産党関係文書のあるホームページをいろいろ探したのですが、どこにもありませんでした)。この1976年9月9日の「全党・全軍・全国各民族人民に告ぐる書」は「四人組」が中国共産党中央を取り仕切っていた時に書かれたものであり、この中の毛沢東の功績を並べた中で「プロレタリア文化大革命の中でトウ小平の修正主義を打倒し・・・」といった表現が出てくるため、現在の中国共産党政権にとって「都合が悪い」のでこの毛沢東の死を伝える「訃告」は「なかったこと」になっているのです。中国は、今は世界第二の経済大国で国連常任理事国なのですから、「その時の政権の都合によって自国の過去の歴史を消す」ような国から脱却し、客観的に自らの歴史を語れる国に早くなって欲しいと思います。

 

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2019年7月20日 (土)

中国経済のリスクと中国共産党体制の官僚主義的性質

 この一週間のテレビ東京「Newsモーニング・サテライト」では、月曜日が「海の日」でお休みだったのですが、放送された4日分のうち2日の「プロの眼」のコーナーが「中国ネタ」でした(以下の二つ)。

○7月17日(火)放送分:「『科創板』設立の目的と裏テーマ」(AIS CAPITALの肖敏捷氏)

 肖敏捷氏は、7月22日(月)に上海株式市場で始まる「科創板」(科学技術創新ボード:新興企業を対象とする新しい株式市場で「中国版ナスダック」と言われる)について、本来の目的は「新しい中国経済を担う芽となりうる新しいイノベーションを起こす企業に対する資金供給を促すため」であるが、裏のテーマとして、相変わらず不動産市場(マンション市場)に流れ込んでいる投機マネーを新興企業を育てる資金に回すことも意図していると指摘していました。

 肖敏捷氏は、中国の最近のマンション市場について、北京、上海、深センのマンション価格は落ち着いてきているものの、内陸部では依然として二桁の価格上昇が続いているところもあり(例えば、2019年6月の新築分譲住宅価格は対前年同月比で、西安は25.2%、武漢は14.6%、重慶は12.1%、成都は13%上昇している)、米中貿易摩擦で中国金融当局が緩和政策を採る中、だぶついた資金がマンション等への投機に向かわないようすることも「科創板」新設のひとつの目的ではないか、と指摘していました。

○7月19日(金)放送分:「民間債務拡大 チャイナ・ショック再び?」(BNPパリバ証券の中空麻奈氏)

 中国の民間債務が拡大していることは従来から指摘されていますが、中空氏は、2017年12月の中央経済工作会議でデレバレッジ(重大な債務リスクの緩和・解消)の方針が決まって以降、「ゾンビ企業」は適切に処理されるべきとの方針の下、2018年と2019年には債務不履行が件数・金額とも増加しており(2019年は年央にして件数・金額とも2018年を上回る勢い)、中国のクレジット市場の状況については今後とも注意深く見守っていく必要があると指摘しています。

 最近の中国での債務不履行の増加については、7月13日(土)付け日本経済新聞朝刊10面の記事「中国、債務不履行3倍 社債で9500億円 1~6月」でも指摘されています。

 ただ、BNPパリバ証券の中空氏は上記の番組の中で、今年5月に公的管理下におかれた内モンゴル自治区の包商銀行については中国金融当局が迅速に資金注入等を行って今のところ事態を拡大させていないことに見られるように、中国の金融当局は現時点では金融市場をコントロール下に置いていることも指摘しています。

 米中貿易戦争による圧力もあって中国経済がはらむリスクは大きくなりつつあるが、現時点では中国当局によりなんとかコントロールされている、というのが現状なのだと思います。

 私も、中国の金融当局の対応ぶりについては、過去の事例を踏まえてもかなり迅速かつ適切に行動してきているというイメージを持っています。そもそも中国人民銀行の設立は中華人民共和国成立前の1948年12月です。中国人民銀行は、国民党との国共内戦の期間中、例えば「ヒエ・アワ本位制(人々が中国人民銀行が発行する人民元紙幣を解放区の中国共産党本部に持っていくと定められた量のヒエやアワと交換してくれる)」を実行して「人民元」に対する人々の信用を確立することに成功しましたが、私はこのことが内戦の混乱の中でハイパーインフレを起こした国民党の金融政策との比較において、金融政策の面で人々の信頼を国民党から中国共産党に移す大きな力になったと考えています。中国共産党内部でもそのような認識はあると考えられ、中国共産党内部における金融政策に対する認識は諸外国から見ている以上にレベルの高いものだと私は思っています。

 ただ私が懸念しているのは、高度な認識と現実的な行動ができる中国金融当局に対して、中国の行政機関、特に地方政府の行政機関が経済的な変化に対して迅速かつ適切に対応できるだろうか、という点です。というのは、中国共産党中央自身が問題意識を持っているように、行政機関、特に地方政府機関の官僚主義的・形式主義的傾向(何のために政策を実行しているのかという自覚に乏しく、形式的に規則や上部機関からの指示通りに実行すれば事足れりとする態度)がかなり深刻になっているのではないかと思われるからです。このことは、選挙によって行政機関のトップが入れ替わることがなく、政府の行動を監視し批判する報道機関が存在しないという「中国共産党方式の行政」が持つ最も根源的な欠陥に起因しているので、党中央がいくら「官僚主義・形式主義を排除しよう」と声高にキャンペーンを張っても改善されていないのです。

 それを象徴するできごとが、相次ぐ化学工場での大爆発だと私は思っています。昨日(2019年7月19日)にも河南省三門峡市の化学工場で大爆発が起きました(今見た共同通信のニュースによると死者は現時点までで15名に達しているとのことです)。2015年8月の天津港での化学物質倉庫での大爆発、今年(2019年)3月の中国江蘇省塩城市での化学工場大爆発など同様の事故が続いていますが、民主主義の国なら「工場を取り締まるべき政府が機能していない」として政権がひっくり返ってもおかしくないような状況だと思います。基本的に、どの地方においても、化学工場を取り締まるべき地方政府にとっては、化学工場は雇用を維持し税金を納める重要な存在ですので、どうしても地方政府と工場とは癒着しやすくなり、「取り締まり」はやってはいるものの形式的なものになってしまっているのでしょう。

 今、インターネットで「中国共産党新聞」のページを開くと習近平主席や李克強総理に関するニュースがずらずら出てきますが、多くの国家指導者のニュースが二つづ掲載されています。「人民日報」の記事と「新華社」の記事があるからですが、重要な事項に関するニュースは「公式見解」なので「人民日報」の記事と「新華社」の記事は全く同じ文章です。「人民日報」も「新華社」も両方とも権威ある報道機関であって両方の顔を立てる必要があるので、両方の記事を載せざるを得ないということなのでしょう。同じ文章の記事なのですが、記事の最後に「責任編集」として載っている記事を書いた固有名詞は異なっています。「人民日報」の担当者と「新華社」の担当者の名前なのだと思います。こういうのは「官僚主義」「形式主義」って言わないんですかね? 中国共産党の一部機関である「中国共産党新聞」のホームページがこんな様子なので、中国共産党の関連機関の全てで同じような官僚主義的・形式主義的仕事がなされているのだろうなぁ、と容易に想像できます。誰も批判しないので直そうという気もないのでしょう。

 私は、1991年のソ連崩壊に至る経緯の中で起きた1983年9月の大韓航空機撃墜事件(千島列島付近をソウルに向かって飛行していた大韓航空の旅客機が「領空侵犯した」としてソ連空軍機に撃墜された事件)と1986年4月のチェルノブィル原子力発電所事故をソ連共産党システムの中ではびこった官僚主義・形式主義が遠因となって起きた象徴的な事件だ、と考えています。前にも書きましたが、ソ連は成立後74年後の1991年に崩壊しています。今年、中華人民共和国は成立70周年ですが、選挙もない、政府を批判する報道機関もない、というソ連と同じような状況下で、現場レベルで、現在の中国でも1980年代のソ連と同じような官僚主義・形式主義という「制度疲労」が蓄積しつつあることはおそらく間違いないと思います。これから何か経済的な出来事が起こった場合、中央の当局は適切に政策を打ち出したとしても、官僚主義・形式主義に凝り固まった現場の行政部門が柔軟に対応できない可能性がある、という点が現在の中国の最大のリスクかもしれません。

 

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2019年7月13日 (土)

現在の習近平氏の党内掌握の程度と組織内党組織の問題

 昨年(2018年)の全人代でそれまで二期だった国家主席の任期を無制限にする憲法改正をした習近平氏は、党内の独裁体制を確立した、と見られていたのですが、日々の報道を見ている限り、現在、習近平氏が中国共産党内部を強力に掌握して「一人独裁」の権力基盤を確立した、とはとても見えません。それどころか、中国共産党内部において、表面上は習近平氏に忠誠を誓っているように見えても、それは表面上だけで、党内の多くが習近平氏の意向に従っていないように見える報道が相次いでいます。

 一部についてはこれまでも折りに触れてこのブログに書いてきましたが、それを象徴するできごととして私が注目しているのは今年(2019年)の中盤になって開催された以下の三つの会議です。

○5月31日:「初心を忘れない、使命を銘記する」というテーマの教育工作に関する会議

○7月5日:中国共産党と中国の国家機構の改革深化に関する総括会議

○7月9日:中央・国家機関の党建設工作会議

 最初の会議は「中国共産党設立時の理想をもう一度確認しよう」と呼びかける運動を進めるもので、自分の中国共産党内での地位を自分のビジネス等に利用しようとする風潮を戒めるもので、「最近の中国共産党内部での金儲け主義が背景にあるのだろうなぁ」とは思うものの、ある意味で「まっとうな」運動だと思います。二番目は、党と国家機関の機構改革の話で、これも時代に合わせて党と政府機関の機構改革をやろう、ということですので、悪い話ではないと思います。三番目の会議の開催を見て、私は「あれ~、おかしいなぁ。中華人民共和国にあって国家の中央にある各機関の内部にしっかりとした中国共産党の組織があるのは当然のことであり、今更、国家機関の中における党建設に関する会議をやろうというのは、中国共産党の国家機関に対する指導がうまくいってないからかなぁ」と感じたのでした。

 前から感じていることですが、習近平氏がいろいろな機会で行う「重要講話」の中で繰り返し述べられる「党の指導を強化する」ことの意味は、「習近平氏を核心とする中国共産党中央の指導を強化する」という意味であり、こう繰り返し述べられるということは、習近平氏を核心とする中国共産党中央による指導が徹底されていないからだ、ということなのだと思います。

 私がこういった一連の会議や重要講話の中で「党の指導の強化」が繰り返されることに対して、「なんだか変だなぁ」という違和感を感じるのは、1986~1988年に最初に北京に駐在していた頃は、こうした話は全く聞かなかったからです。当時は、中国共産党軍事委員会主席のトウ小平氏が「最高実力者」として存在しており、改めて「党の指導の強化」を強調しなくても、みんなトウ小平氏の言うことを聞いていました。そもそも1980年代には「トウ小平氏を核心とする中国共産党中央」などという言い方が強調されることはありませんでした。そんなことを言わなくてもトウ小平氏が中国共産党の核心であることは、中国国内外を問わず疑う人など誰もいなかったからです。現在の中国では、タテマエ上、全ての国家機関や地方政府や国有企業はその組織内にある中国共産党の組織を通して「習近平氏を核心とする党中央」の指揮下にあるはずなのですが、ほとんどの組織では、表面上は「そういうことにしてある」のだが、実際の組織の行動は、それぞれの組織がやりたいように行動している、ということなのだと思います。

 ここには、中華人民共和国の国内組織における「組織管理部門と組織内の中国共産党組織との二重権力関係」という最も根本的な問題が内在しています。「普通の国」では、会社のトップは社長、地方政府のトップは知事とか市長とか呼ばれる人、中央政府の機関のトップは大臣とか長官とか呼ばれる人、で、それらの人々が組織の最高責任者であることが明確ですが、中国の場合、会社、地方政府、中央政府機関等にはそれぞれ中国共産党組織があり、その党のトップ(党書記)は、組織のトップとは別人です(場合によっては同一人物が組織のトップと党書記を兼ねている場合もある)。

 例えば、中国人民銀行のトップ(総裁)は、2018年3月まで周小川氏でしたが、周小川氏は、中国人民銀行の中国共産党組織の党書記でもありました。ところが、周小川氏の後任になった易綱氏は、総裁ではありますが党書記ではありません。現在の中国人民銀行の党組織の党書記は郭樹清氏(中国銀行保険監督管理委員会主任でもある)です。通常、地方政府の場合、例えば、上海市には、市長と市の党書記がいますが(通常は別人)、地方政府の場合は明らかに党書記の方が上位です。なので、中国人民銀行の場合、現在、最終権限があるのは郭樹清氏ということになり、易綱氏が総裁の肩書きでG20財務相・中央銀行総裁会議のような国際会議に出ても彼の発言が中国の中央銀行の最終権限者の発言ではない、ということになるので、非常にやっかいです。

 中国の組織に国際的な「付き合い」がなかった時代には、こうした「組織のトップと党書記が別人で、どちらの権限が上なのか」はそれほど問題にならなかったのですが、中国の世界における地位が向上し、中国の各組織が国際的に活躍するようになると、「組織のトップと組織内党組織のトップ(党書記)との権限関係」は、非常にやっかいな問題となります。

 それにそもそも「組織のトップが二人いてどちらが最終決定権限者なのかあいまい」というのは組織運営上は致命的な弱点になり得ます。私が二度目の北京駐在をしていた2007年~2009年頃には、中国の各組織の人たち自身は既にそれを自覚していました。なので、制度上、組織内に党組織を置き党書記を決めているのですが、組織内では国際的に認められているトップ(企業なら社長)を最終権限者として扱っている、という例を数多く見ました。

 中国の場合、組織と付き合う時には「会食」が重要な協議の場になりますが、党書記と組織トップ(社長など)が同じ会食に出る場合、1980年代は党書記の方が「上座」に着席しました(というか、1980年代は「党書記」は組織内の「黒子」であって、外国人との会食に出てくるケースはあまり多くなかった)。しかし、2000年代には、党書記と組織トップが同じ会食に出る場合、着席の際に「あなたが上座にどうぞ」などと席を譲り合うのですが結局は組織トップが上座に着席するケースを何回も経験しました。外国と付き合いのある「ちゃんとした」組織であればあるほど、組織のトップと党書記の二重権力状態は組織マネジメントの観点で非常によくないことを自覚しており、規則上「党書記を任命すること」となっているので任命はしているが実際は党書記の職にはトップよりちょっと年齢が下の人を当てておいて、実際はトップが組織の全てを最終的に決めている、と組織内で約束しているらしいふうに見えるケースもありました(このあたり、具体的にどこの組織がこうだった、と書くと、その組織に迷惑が掛かる可能性があるので、どこの組織がそうだったかは、ここではわからないようにしておきます)。

 今、中国の習近平政権は、国内企業に対する補助金の問題など「中国共産党方式の統治のあり方」が国際標準と異なる部分についてトランプ政権と「貿易戦争」という形で争っていますが、一方で国内に対して「中国共産党による指導の強化」を進めることについては、組織マネジメントを国際標準と同じやり方にしたい(=組織内にいる中国共産党党書記を無力化したい)と考えている国内の各組織との間で抗争を繰り広げることになるでしょう。

 国際的に活動をする中国の組織(行政組織にしろ企業にしろ)内部の中国共産党組織をどうするか(どこまで組織経営の管理に関与させるのか)は、米中貿易戦争とは関係なく中国国内で整理しなければならない問題です。中国の各組織が今後とも国際的に活躍することを考えた場合、アメリカとの対立よりも、「中国共産党方式」の組織統括はもはや時代遅れであると感じている中国国内の各組織の組織人たちからの反発により、「中国共産党方式の統治」はその基盤が揺らいでいくことになるのかもしれません。

 

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2019年7月 6日 (土)

トランプ氏が開けた「パンドラの箱」の今後

 先週6月29日(土)に大阪で行われた米中首脳会談後の記者会見でトランプ大統領は「ファーウェイ社へのアメリカ企業からの部品の輸出を認める」と発言しましたが、その後、アメリカ政府高官から「安全保障上の問題点のない部品に限り、年間総額10億ドル以内の範囲で認める」との発言があり、ファーウェイ社に対する制裁を解除するわけではないことが明らかになりました。トランプ政権内部で詳細な具体的方針がハッキリ決まっていないようでもあり、一方、ファーウェイ制裁の一部を緩和することについて中国側がアメリカ側に何を譲歩したのかもいまひとつハッキリしません。今回の大阪での米中首脳会談においてはアメリカ側による「対中追加制裁完全第四弾」の開始は当面回避されることになったものの、米中対立が緩和の方向に向かっているのか、依然として対立激化の状況が続いているのか、米中双方から出てくる情報を見る限り、その方向性はいまだにハッキリしていません。

 トランプ大統領自身がどの程度中国共産党政権に打撃を与えようと考えているのかは今一つハッキリしないのですが、一連のアメリカ側が打ち出した米中対立路線は、明らかに「中国共産党政権はアメリカを中心とする現在の世界的経済秩序とは共存できない」という認識に立って中国共産党政権が行う一連の政策を変えさせようとしているものだと認識されています。折しも六四天安門事件から30年の節目のタイミングでもあったことから、世界の多くの人々が「アメリカは中国共産党政権の独自の政策のやり方を変えさせようとしている」と認識して、それに対応する動きが徐々に様々な方面に広まりつつあるように見えます。香港での「逃亡犯条例」に反対する運動も、一部、若い人々による「行き過ぎ」の行動も見られるものの、そうした「中国共産党政権のやり方は変えられるべきだ」という世界的な動きを反映しているものと思われます。

 一方、トランプ大統領自身は、自らが開けた「パンドラの箱」の影響が想定より大きいものになってアメリカ自身の経済に悪影響が出るようなことになっては困るし、北朝鮮問題に関しては中国側の協力も得る必要があるので、中国共産党政権に対する圧力については、必要に応じて適度に緩めることを考えているようにも見えます。しかし、一度開いていしまった「パンドラの箱」は、トランプ氏の意向に係わらず、世界の歴史を大きく動かすことになるでしょう。

 大阪での米中首脳会談の翌日の6月30日(日)、日本経済新聞は「米中は今度こそ貿易戦争止めよ」と題する社説を掲げました(通常二本ある社説の欄ですが、この日はこの社説一本だったので、日経新聞社がこの問題を重要視していることが伺えます)。この社説の一部に以下のような部分がありました。

「そもそも摩擦の根源は、共産党の一党独裁下で異質な国家資本主義を貫く中国側にある。知的財産侵害や技術移転の強要は悪質で、巨額の補助金を投じる産業政策は世界経済をゆがめかねない。」

 「二国が対峙する問題については極力両国から等距離を置いて論評する」「内政不干渉の大原則があるから他国の国内政策について一方的に批判することはすべきではない」というのが「オトナの新聞」の基本スタンスのはずです。日頃、冷静・中立な立場を維持している日本経済新聞にしてはこの社説は結構「率直に本音を言ったなぁ」と私は思いました。この思いは、単に日経新聞がそう考えているわけではなく、おそらくは中国以外の世界の経済人が持っている「中国とビジネスをやっている関係上大きな声では言いにくいが常に抱いている懸念」だと思います。

 私は、中国に駐在している頃、たまにシンガポール等に出張に行くと、非常に饒舌になる自分に気がつきました。日本に帰国した時のみならず中国共産党政権の勢力の範囲から脱出した時には、大きな声で「王様の耳はロバの耳ぃ~!」と叫びたい衝動に駆られたのです。「王様の耳はロバの耳ぃ~!」の内容とは、まさに上記のように日経新聞が社説で表現した内容です。

 トランプ政権は中国共産党政権について「王様はハダカだ!」と大声でハッキリ言ってしまったのです。そのために今まで黙っていた回りの人々は「そうなんだ。遠慮する必要はない。王様がハダカだ、と言ってもいいんだ。」と改めて感じて、様々な動きが出てきているのだと思います。

 世界には、軍事独裁政権の国もあり、王族が実質的に国全体をコントロールしている国もありますが、やはり国連常任理事国であり世界第二の経済大国である中国がNHKやBBCやCNNのテレビニュースを「検閲ブラックアウト」するような国であってはまずいと私は思います。アジアやアフリカや中南米の小さな国でも選挙が行われているのに、13億人の人口を有する中国で選挙が行われていない(それだけ多数の人の意見が反映される政治システムが存在していない)のはやはりまずいでしょう。私は、1980年代には、中国もゆっくりではあるが世界の共通認識に合致する国に変化していくだろう、と思っていました。実際、1980年代までは(1989年の六四天安門事件までは)中国も経済の市場化をはじめ様々な変化を自ら進めてきました。1987年の第13回中国共産党大会において、全体会議をテレビで生中継したり、要人が生中継しているテレビカメラを前にして外国人記者から質問を受けるような記者会見を開いたりしたことは、そうした中国の変化を実感させるものでした。

 しかし、1989年の六四天安門事件の後、中国は私が期待していた「変化」を止めてしまいました。中国の「変化」は経済面だけに限り、政治システムについては中国は全く他の世界とは同調できない独自のやり方を進めてきたのですが、中国とビジネスを進めたい世界各国をそうした中国のやり方を容認してきてしまったのでした。しかし、そうした経済面は自由化し政治面では全く自由化を進めないというやり方は、いずれはどこかで必ず行き詰まることになることは最初からわかっていました。その「行き詰まり」は、最終的には2047年の香港において「香港が中国化するのか、中国が香港化するのか」に対する答として、必ず明確にする必要があったのです。

 そうした事情を踏まえれば、2019年の時点で、トランプ氏が今まで皆が怖がって開けなかったパンドラの箱を開けて「王様はハダカだ。中国と世界はいったいどうするつもりなんだ。」と問い掛けたのは歴史的には重要なことだったと私は思います。この問題は、中国自身がどう変化するのかという問題とともに、中国以外の国々も、もし中国共産党政権が現状を維持し続けるのだとしたら世界はそれを許し続けるのか、という世界に対する問い掛けであることを認識する必要があります。

 今日(2019年7月6日(土))の「人民日報」の一面トップは、昨日(7月5日(金))開かれた中国共産党と中国の国家機構の改革深化に関する総括会議に関する記事でした。この会議は習近平氏による党と国家機構の「引き締め」のための会議だと思いますが、最近、習近平氏がこうした会議を開いたり「初心に帰り、使命を胸に刻む」というテーマの教育活動を展開したりしているのは、逆説的に言えば、中華人民共和国が成立70年を経過して結構「タガが緩んできた」証拠だと言えます(タガが緩んでいないのだったら引き締める必要はないはずだからです)。巨大な権力機構は、時間が経過すると、権力を握る人たちが既得権益層に変化し、政治システムは形骸化して、国家組織全体のタガが緩む状態になります(選挙による政権交代がある民主主義国では、選挙を機に緩んだタガを締め直すシステムが機能していると言えます)。1980年代、建国70年を前にして当時のソ連において「タガの緩み」が見えてきたことを中国共産党政権はよく知っています。習近平氏は、建国70年を迎える中国自身が今変わらなければならないタイミングを迎えていることを自覚していると言えます。ただし、習近平氏は、ソ連のタガの緩みを自覚して改革しようとしたけれどもできなかった(逆にソ連を崩壊に追い込んでしまった)ゴルバチョフ氏の前例がありますので、タガが緩み始めた長期権力構造を引き締めるのは簡単なことではないことも自覚していると思います。

 中国は自身をどう変えていくのか、中国が変わらなかった場合に世界はそうした中国との共存を続けていけるのか、トランプ氏がフタを開けた「パンドラの箱」をどうするかについて、(トランプ氏自身の意図とは全く関係なく)中国と世界は答を探って行かざるを得ない状況になっていると私は思います。

 

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2019年6月29日 (土)

習近平氏の自我革命精神と中国共産党の企業家党員との関係

 今日(2019年6月29日(土))昼間、大阪で行われたG20サミットの機会を利用した米中首脳会談が行われました。報道によるとこの首脳会談では「貿易協議は継続」「追加の制裁関税引き上げは当面見送る」ことが合意されたとのことで、記者会見ではトランプ大統領は「ファーウェイ社へのアメリカ企業からの部品の輸出を認める」と述べた、とのことです。

 「人民日報」ではここのところ連日「アメリカはケシカラン」という雰囲気の論評のオンパレードだったので、私は習近平主席が予想以上の強硬姿勢に出るのではないかと心配していたのですが、大方の予想通り「協議継続」「追加関税は当面見送り」のラインで収まってホッとしました。ですが、トランプ大統領がアメリカ企業によるファーウェイへの部品の輸出を認めると述べたことについては私には意外でした。アメリカ側はその見返りに何かを得たのでしょうか? 今見た限りの報道では、大量のアメリカの製品及び農産品を中国が輸入する約束をした見返り、ということのようですが、そうだとするとトランプ大統領自身は「ファーウェイ制裁」の本質論を最初からわかっていなかったのかもれません(ファーウェイ制裁問題は「国家覇権」の問題であり、貿易赤字問題とは全く別次元の問題のはずです)。トランプ大統領には「ファーウェイ制裁」が中国共産党政権の中枢部を直撃する痛打であってアメリカ側が取った極めて重要な「一本」であるとの認識がなく、アメリカの一部の有権者が喜ぶならそれでいいや、との理由でこの部分を簡単に「譲った」のだとしたら、これは「中国側の大勝利」だと思います。

 今回の米中首脳会談の結果を見ると、アメリカ内部の「対中強硬派」の中に「世界と中国共産党政権とは共存できないから、この機会に中国共産党政権に痛烈な打撃を加えるべき」という考える人がいるのだとしても、トランプ大統領自身は対中対立は来年の大統領選挙のための「道具」に過ぎず、必要に応じて締めたり緩めたりするだけの話であって、最終的に「中国共産党政権の力を削ごう」とまでは考えていないことがはっきりしたと言えます。そうであれば中国側は、ケース・バイ・ケースで必要に応じて譲歩に報じる「条件闘争」のフェーズに入ればよいので、「中国共産党政権の存続を賭けて戦う」というほどにリキむ必要はなくなった、と相当程度に安堵したかもしれません。

 ただ、私は、今回の米中対立をきっかけにして、中国共産党内部で路線闘争が激化しているのではないか、という点に懸念を持っています。というのは、習近平氏が最近、党の会議で「初心に帰れ。自我革命精神を忘れるな。」といった党の指導方針の中核をなすような思想的訓示を繰り返しているからです。この訓示は「中国共産党は金儲けのための組織ではない。貧しい人々を引き上げることこそが最も重要である。」ことを意味しており、自らの経済活動に有利になることを目的として中国共産党の党員になった企業家党員にとっては耳の痛い訓示だからです。中国共産党内部での路線闘争が激烈なものになれば、「耳が痛い」と言って済む話ではなく、企業家党員は、よくて党から追放、悪くすると「党の方針に反した」として失脚させられ、最悪の場合には何らかの罪名をかぶせられて逮捕される懸念もあるわけですから、これは安閑とはしていられない問題です。

 中国共産党は、もともとはプロレタリアート(無産階級:土地を持たない貧農や労働者)を中心とするグループです。目指す政策として、毛沢東のような純粋な共産主義を目指すグループと劉少奇やトウ小平のように経済発展のためには一定程度の自由な経済活動を認めるグループがありました。1978年にトウ小平は大胆な改革開放政策を打ち出しましたが、1980年代までは、「自由な経済活動」とは言っても、業種としては飲食店や旅行代理店のようなサービス業に限る(製造業のような事業に必要な資本財の私有は認めない)、企業規模としては従業員が数名程度まで、など様々な制限がありました。その制限は、徐々に解除されていき、現在では大規模な製造業を営む民営企業があるし、株式を通して人々が「企業を所有する」ことも可能になりました(株式等を通して企業を所有する者は「資本家」であり、社会主義体制では本来は存在するはずのない人たちです)。

 企業が巨大化し、企業を経営する者(または企業を所有する者)の社会的発言力が大きくなってくると、これらの人々を中国共産党の外に置いておくべきか、中国共産党の内部に取り込むべきかが問題となりました。江沢民氏は、中国共産党総書記の任期の終盤にこれらの「企業家・資本家」を中国共産党の内部に取り込む方向に舵を切りました。この考え方を「三つの代表論」と呼びます。「三つの代表」とは、中国共産党が人民の支持を集めてきた理由として、中国共産党は、(1)中国の先進的な社会生産力の発展の要求を代表し、(2)中国の先進文化の前進の方向を代表し、(3)中国の最も幅広い人民の根本的な利益を代表する存在だったからだ、とする考え方です。ポイントは三つ目で、この部分は「中国共産党はプロレタリアートではない人々の利益も代表する」との考え方で、この考え方に基づき、2002年の党大会における党規約の改正において、中国共産党員になれる者について「満18歳以上の中国の労働者、農民、軍人、知識分子その他の革命分子」という部分を「満18歳以上の中国の労働者、農民、軍人、知識分子及びその他の社会階層の先進分子」に改正し、実体的に私営企業経営者、会計士、弁護士等も中国共産党の党員になれる道を開いたのでした。

 既にこの党規約改正から17年が経過しており、現在、中国共産党内部において「企業経営者」の占める勢力がどの程度なのかは私にはわかりません。しかし、先日、中国の電子商取引最大手アリババの創始者である馬雲(ジャック馬)氏が中国共産党員であることが明らかになったように、中国経済の中核を担う企業の幹部には中国共産党の党員である人も多数存在すると思われます。これらの企業家党員は、経済政策策定の過程で中国共産党の会議の中で自分の意見を述べるようになってきていると思うので、企業家党員の意見をどの程度尊重するか、は中国共産党の運営上極めて重要な課題になっていると思います(そうなることは江沢民氏が企業家を党員にすることを認める党規約改正をやった時点からわかっていたことでしたが)。

 今回、トランプ大統領が始めた米中対立において、中国共産党内部にも「企業活動の自由化などアメリカからの要求の中には中国経済発展にとってプラスのものもあるのだから、一定程度アメリカの要求を受け入れて中国国内の経済の改革を進めるべきだ」とする考え方が企業家党員を中心に出てきているだろうことは想像に難くありません。一方、ファーウェイ制裁等、人民解放軍の力を削ぐようなアメリカ側の対応に対しては、軍人等の党員を中心にアメリカには妥協すべきではない、とする強硬な意見を持つ人も多数いるだろうことも想像されます。これらの異なる勢力は、中国共産党の内部でかなり厳しい論争を引き起こしているのではないかと思います。今回の米中交渉においては、劉鶴副首相がいったんアメリカ側と合意した内容を中国共産党政治局が拒否したたことがアメリカ側の「合意を覆した」との怒りを引き起こした、とも報じられています。この報道が事実ならば、企業活動の自由化を指向する劉鶴副首相の考え方が、対米強硬派が多数を占める政治局で拒否された、といった構図が現在の中国共産党の現実の姿なのかもしれません。

 時系列で見ると、4月19日に開かれた中国共産党政治局会議で対米強硬派の主張が通った可能性があります。ウィキペディアの「中国大陸におけるウィキペディアへのアクセス封鎖」によると、中国大陸部から全言語のウィキペディアにアクセスできない状態になったのは4月23日だったとのことで、このことを踏まえると4月19日の政治局会議で対米強硬路線が決まったと考えて良いと思います。この中国大陸部におけるウィキペディア封鎖について5月18日(土)付け産経新聞は1面トップ記事で「中国、ウィキ全言語遮断 ネットの百科事典 天安門事件30年を前に」と伝えていますが、この封鎖は「天安門事件30年を前に」というのが主要な理由ではなく、対米強硬路線の方針を採ったことに基づく国内の情報引き締めのために行った、と考える方が自然だと私は思います。

 「対米強硬路線」を決めた政治局の意向も踏まえ、習近平氏は5月下旬「長征」ゆかりの地である江西省を訪れて「長期的観点でじっくり考えて動こう」と述べて対米路線の「長期忍耐戦」を示唆しました(江西省はレアアースの主要産地でもあります)。習近平氏は、5月31日には「『初心を忘れない、使命を銘記する』というテーマの教育工作に関する会議」を開催し、「中国共産党による長期執政が最も依存している階級の基礎と群衆の基盤を堅牢なものにしなければならない。」と述べました(このブログの2019年6月 1日 (土)付け記事「三十年目の六四を前に中国共産党政権の継続可能性について考える」参照)。この時にこのブログにも書きましたが、習近平氏がこの時「階級」という言葉を使ったことは重要だと思います。というのは、トウ小平氏が改革開放路線を進める中でも守るべき「四つの基本原則」(「社会主義の道」「プロレタリア独裁」「共産党による指導」「マルクス・レーニン主義と毛沢東思想」)のうち「プロレタリア独裁」の部分は江沢民氏による「三つの代表論」の導入により企業家や資本家(プロレタリア階級ではない人々)も中国共産党員になれるようにする過程で「人民民主主義独裁」という言葉に置き換えられてきたからです。このことを考えると、習近平氏は、江沢民氏による「中国共産党内に企業家・資本家の存在を認める」との方針を否定し、中国共産党を再び「プロレタリア階級独裁の党」に先祖返りさせることを狙っているように見えます。

 この部分は極めて重要です。というのは、習近平氏が本気で中国共産党を「プロレタリア独裁の党」に先祖返りさせようと思うのならば、現在中国共産党内にいる企業家・資本家等の「プロレタリアではない党員」は駆逐されることになってしまうからです。現在、中国共産党内にいる企業家・資本家の数は既に「駆逐しても党全体の大勢には影響しない程度の少数」とは言えないレベルに達していると思われますので、もし中国共産党が強引に「プロレタリア独裁の党」に先祖返りしようとするならば、党を二分する大問題に発展する可能性があります。

 私は、今回の米中首脳会談でトランプ大統領が事前に言っていたように「中国側が譲歩しないならば追加関税第四弾を発動するぞ」との言葉が「ハッタリ」ではなく実際にそのように強気に出てくるなると、対米強硬路線に固まった中国共産党政治局をバックにした習近平主席も後に引けなくなり、協議は決裂し、それが中国共産党内部の改革派(企業家や改革派経済官僚等)と対米強硬派の対立を激化させ、結構エラいことになる(中国共産党内部で路線対立による混乱が生じる)と心配していました。しかし、現時点での報道を見る限り、トランプ大統領はファーウェイ制裁についても柔軟な態度を示しているようであり、米中の決定的な決裂状態は避けられたようです。そうれあれば、中国共産党内部の対立も、当面は表面化せずに中国共産党内部にも「2020年11月のアメリカの大統領選挙までは、あぁだこうだといいながら時間稼ぎをして、大統領選挙の結果を見てから次の作戦を考えよう」という考え方が大勢を占めることになるでしょうから、当面は「エラいこと」にはならないと思われます。

 ただ、いずれにせよ、中国共産党内部で大きな力を持つようになってきているだろう企業家・資本家の党員の動向には今後は注目する必要があります。彼らが「党内にいて中国共産党を改革できる」と考えているならば中国共産党を時代に併せて変化させることも期待できますが、彼らが「党内にいては経済改革はできない」と中国共産党から飛び出すようだと、中国共産党内部には強硬派だけが残ることになり、中国共産党自身は時代の流れに取り残された時代遅れの体質を保持してしまうことになるからです。

 6月27日付け「人民日報」1面には、人民日報評論員による「越是長期執政, 越不能喪失自我革命精神」と題する評論文が載っていました。まるで「『越~越~』構文」について問う中国語の試験問題のようなタイトルですが、日本語にすると「長期政権になればなるほど、ますます自己改革精神を喪失しないようにしなければならない。」ということです。これは6月24日に開かれた中国共産党政治局会議の際に行われた集団学習会の席で習近平総書記が語った言葉を解説したものです。習近平氏が語っている「自己改革精神」とは、どちらの方向への「改革」なのかこの評論だけではよくわからないのですが、昨今の習近平氏の言葉から推察するに「中国共産党の初心に帰れ。金儲けに走ってはならない。」ということなので、この中国共産党の自己改革とは「企業家・資本家の声が大きくなりすぎた党をもとの一般大衆の利益を考える路線に戻す」という意味だと私は感じています(その方が習近平氏は一般大衆からの支持を得やすいと考えられるからです)。ひとくちに「企業家」といっても純粋民営企業のトップと国有企業のトップとでは全然考え方が違うでしょう。政治局全体が対米強硬路線に傾いているところを見ると、中国共産党内部では、まだ企業の自由な経済活動を求めるような民営企業トップ型の党員の数は十分には多くないのかもしれません。今回の大阪での米中首脳会談の結果は「当面は一時休戦」なので、今後急激に何かが変わることはないと思いますが、米中対立の過程で明らかになった中国共産党内での改革派と強硬派との路線対立は、今後の中国の政局を見ていく上で非常に重要な視点になると思います。

 

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2019年6月22日 (土)

香港市民の中国共産党政権に対する嫌悪感は歴史を動かす

 今回の香港における「逃亡犯条例」反対の運動は、私の想像を超えて、強硬であり、長引いています。香港当局は、逃亡犯条例については「議会の会期末まで審議しない」と宣言し、事実上の「条例案」の凍結・撤回を決めたのにも係わらず、多くの若者たちが「運動を暴動呼ばわりしたことの撤回」や「行政長官の辞任」を求めています。これは今回の運動が単に「逃亡犯条例を撤回する」ことに留まらず、中英共同声明で定められた2047年の「香港の特別な地位の期限」の撤廃を求めるものに繋がっていく可能性があります。テレビで見るプラカードの中には「一国二制度撤回」というものもありますが、これは「2047年の香港の中国への完全編入反対」を意味するものであり、中国共産党政権が最も嫌がる「香港独立」の主張とほぼ同意義だとも言えます。

 もともと香港は1997年7月に中国に返還されるまではイギリスの植民地であり、香港市民に参政権はありませんでした。資本主義経済体制や言論の自由が維持されている限り、支配しているのがイギリス政府から中国共産党政権に変わっただけなのであれば、香港市民の生活に変化はありませんから、香港市民の多数が「新しく民主的な参政権を与えよ」という考えを持っているのでなければ、今回のような民衆運動は起きなかったでしょう。今回の運動の背景には、2047年7月には「資本主義経済体制と言論の自由の維持」という香港に与えられた地位が終了する、即ち、香港が中国の大陸部と同じようになることに対する香港市民の強烈な嫌悪感があるのだと思います。

 私は北京に二回合計4年3か月、ワシントンD.C.に2年の駐在経験がありますが、同じ外国に住むと言っても、中国大陸部とアメリカとでは全く違います。中国大陸部に住んでいる時の「自由にモノが言えない」「自由にネットや印刷物の情報にアクセスできない」ことから来る圧迫感には相当なものがあります。中国共産党政権に都合が悪いニュースを流す時にNHK国際放送やCNN、BBC等のテレビ放送の画面が突然「検閲ブラックアウト」によって真っ黒になる現象は、初めて見た人は相当にショックを受けると思います。実際にメールや電話を盗聴されているのかどうかは私は知りませんが、例えばウィキペディアで「六四天安門事件」を検索すると、インターネット接続がブチッと切断されたりするのは、やはりネットアクセスを監視されているように感じて私は非常に嫌でした。天安門広場に入る際には公安当局から「荷物チェック」を受けるのですが、爆発物等の危険物を持っていないかをチェックされるのならばわかるのですが、持っている書類を広げて見せろなどと言われると、中国大陸部には「持っていてはいけない書類」があることを再認識させられます(おそらく公安当局者は天安門広場で政治的なビラがまかれたりすることを警戒しているのでしょう)。もともと大陸部で生まれ育った人ならば慣れているので気にならないかもしれませんが、自由な香港で生まれ育った人たちは、香港がもしそういった大陸部と同じような世界になるのだったら香港から逃げ出したい、と思っているのかもしれません。特にネット世代の人たちは、大陸部でのネットの不自由さは我慢ができないと思います。

 2014年の「雨傘運動」は、運動が長引くにつれ、日常的な商売や経済活動に影響が出てきたことから、次第に商店街の人々やビジネス界の人々が運動から離れていき、結局は特段の成果を得られずに終わってしまいました。今回の運動で気が付くのは、ビジネス界の人々の中にも運動を支持している人たちが多いように見えることです。この変化の背景には、2014年の「雨傘運動」は、要求していたのが「行政庁長官の直接選挙」という理念的なものであったのに対し、今回は法律違反者の中国共産党政権への引き渡しに関する条例についてであって「経済的なルール違反者も大陸部に引き渡される可能性がある」としてビジネス界の人々が「自分たちの問題」と捉えていることが背景にあるのかもしれません。

 私は、「政治的システムとしての民主主義」と「市場原理に基づく自由な経済活動」とは「経済ルールの策定と係争時の裁定(裁判)」という部分で強く結びついていると考えています。「A社の商品AとB社の商品Bとは一定の経済ルールの下で消費者の自由な選択により選択される」という自由経済は、「経済ルールにおいてA方式を採用するかB方式を採用するかは市場参加者(=有権者)の選択により決定される」という民主主義的な政策決定システムと本質的に同じだからです。特にこれからネット社会・デジタル社会の進展により新しい経済ルールを策定することの重要性が増していく中、こうした自由経済と民主主義的政治システムの一体性は非常に重要になっていくと思います(例えば、デジタル通貨をどう規制するか、は、経済の全ての参加者による民主的な政策決定システムにより「みんなでルールを決めてみんなでルールを守る」ことにしないと、うまく社会が回っていきません)。香港のビジネス関係者が「もし香港において、経済ルールの策定に自分たちが関与できず公平な係争時の裁定システムが期待できないのであれば、香港ではビジネスはできない」と考えるようになったら、資本と人材は香港から流出していくことになります。

 香港の将来を決める中英共同声明の枠組みについてトウ小平氏とイギリスのサッチャー首相が話し合っていた1980年代前半、私はアジアとの通商関係を担当する職場にいましたが、当時は「2047年まではまだまだ(60年以上も)時間がある。それまでの間には中国が香港化するか、香港が中国化するかのどちらかだが、どちらにせよゆっくりとどちらかの方向に変化していくだろう」とのんきに考えていました。しかし、2047年まであと30年以下しか残されていない現在に至っても状況は全く変わっていません(「変化」の兆しすらない)。現在香港に住んでいる人たち(特に2047年を働き盛りで迎える現在の若い人たち)は、「全く現状が変わらないまま2047年に強制的に香港が中国共産党政権の世界に組みいられれてしまうかもしれない」という危機感を強く意識してきているのだと思います。「何もしなければ時間だけが経過して2047年が来てしまう」と香港の人たち(特に若い人たち)が考えるのはならば、今回の香港での運動は収まらないでしょう。

 香港政府と北京政府は「とりあえず騒ぎを大きくしてG20に影響を与えてはならない。G20を通過しても10月1日の中華人民共和国成立70周年の記念日まではコトを大きくしたくない」と考えて、一定程度妥協して時間を稼ぐ戦術に出るかもしれません。しかし、2047年という「最終デッドライン」が決まっている以上、時間稼ぎは何の解決策にもなりません。ここでさらに重要なのは、いたずらに時間だけが経過すると「経済ルールの策定プロセスへの自分たちの参加と裁判の公平性の確保」という香港のビジネス界の要求が中国大陸部のビジネス界に広がっていく可能性があることです。今、中国共産党の党員の中にはビジネスパーソンが多数いますから、こういった中国大陸部のビジネス界の要求は、中国共産党自身をも変化させていく可能性があります。従って、香港の問題は中国共産党は自分自身の問題として解決策を打ち出す必要性に迫られていると言えます(習近平氏が中国にとって大問題であるはずの今回の香港の問題について何も言わない(何も言えない)のは、中国共産党内部に社会主義指向の保守派の党員とビジネスの活発化を望むビジネスパーソンの党員との両方が存在していて、党内で方針が決められないからかもしれません)。

 香港の問題については、最終的には「2047年のデッドラインを一定期間(例えば30年間)先延ばしする」といった究極の時間稼ぎ戦術も可能ですが、そういった時間稼ぎ戦術は、結局は中国共産党の強硬路線が民衆の運動によってズルズルと形骸化していくことになる可能性が大きいと言えます。今回の香港市民の運動は、後から振り返ると歴史的には非常に重要な出来事だったと捉えられることになるかもしれません。

 

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2019年6月15日 (土)

習近平氏の国内掌握力の今後

 先ほど(日本時間2019年6月15日(土)16時)、香港の林鄭月娥行政長官が記者会見し、刑事事件の容疑者を中国本土に引き渡せるようにする「逃亡犯条例」の改正を延期する旨発表しました(撤回ではない)。この条例の改正に当たっては、香港市民の間で大規模な反対のデモが起こり、香港における自由な経済活動の維持の観点から国際的にも懸念が広がっていたことから、この条例改正の延期は妥当な判断だろうと私は思います。

 香港の行政長官と北京政府の現実的な力関係から言ったら、今回の決定は北京政府の了承の下で行われたものと思われます。香港社会の安定のためには今回の決定は歓迎すべきことだと私は思いますが(明日6月16日(日)に予定されている反対デモがどうなるか今の時点ではわかりませんが)、今回の香港行政長官の決定は、中国国内の政治状況にはかなりのインパクトを与えるかもしれません。というのは、北京政府は今回の条例改正に当たって幾度となく支持を表明してきましたし、改正に対する懸念を表明したアメリカに対しては外務次官が在北京アメリカ大使を呼んで「内政干渉するな」と抗議をしたりしていましたので、今回の改正延期は、中国国内の強硬派から「香港市民のデモの勢いに負けた」「諸外国からの圧力に屈した」として批判が出る可能性があるからです。

 私自身は、今回の香港での「逃亡犯条例」の改正について北京政府が無理に強行突破しようとしない香港政府に了承を与えた点はプラスに評価すべきだと思いますが、客観的に言って、昨今の習近平政権の種々の政策判断からは、いささか政策の一貫性を欠き、腰が据わっていないという印象を受けます。アメリカとの貿易交渉については、アメリカ側の主張を鵜呑みにすれば、それまで一定の妥協の方向を向いていた中国政府の態度がこの4月頃に急に強硬な方向に方針変更があったように見えます。トランプ大統領による「追加関税第三弾(2,000億ドル相当)の税率の10%から20%への引き上げ」「追加関税第四弾(3,000億ドル相当)の発動へ向けての具体的な検討の開始」といった圧力に対し、中国側はアメリカ製品600億ドル相当分に25%の報復関税を課しましたが、それ以上の報復措置は現時点では実行していません。レアアースの輸出禁止をちらつかせていますが、発動には至っていません。「人民日報」にはアメリカを非難する評論が連日掲載されていますが、具体的にどういう措置を採るつもりなのか、中国政府の腹の内が見えてきません。よく言えば「慎重に検討しているところ」なのでしょうが、別の見方をすると「中国政府内部で議論が百出していて方向性が決められない」ようにも見えます。まるで習近平総書記が中国共産党政治局内の意見をまとめることができていないように見えるのです。

 通信機器大手ファーウェイに対するアメリカによる制裁措置については、ファーウェイという会社にとっては会社の存続に係わる大問題であると同時に、ファーウェイの機器を多く使用していると思われる人民解放軍や中国公安当局にとっても大問題だと思うのですが、この問題に対しても中国政府がどういう対応を取ろうとしているのか、全く見えてきません。これも「慎重に対応を検討している」というよりも「困惑してどう対処してよいの中国共産党内部で意見がまとまらない」のではないか、と外からは見えてしまいます。

 そうした中、中国共産党中央弁公庁と国務院弁公庁は6月10日「地方政府のプロジェクト債券の発行とプロジェクト融資の業務に関する通知」を発出しました。6月11日付けの「人民日報」1面にその全文が掲載されていますが、この通知では、景気サイクルの変動調整を強化し、地方政府によるプロジェクト債券の重要な役割をさらによく発揮させるため、リスクを防止し、ジャブジャブの金融緩和になることがないようにし、新規の隠れた債務によるプロジェクトが増えないようにすることを前提に、高速鉄道や高速道路のようなインフラ投資のための地方政府による借金を支援する旨が書かれています。この通知については、日本経済新聞が6月13日(木)付け朝刊11面の記事で解説しています(見出しは「中国の債務最高に 貿易戦争で景気対策、GDPの2.5倍 地方政府にインフラ投資促す 借金拡大へ政策修正」)。要するにデレバレッジ(債務削減)のために地方政府の「隠れ借金」を厳しく禁止していた政策を転換し、景気対策のため、「新しい隠れ借金は増やさない」という前提の下で、収益性のよいインフラ投資については今までになされた「隠れ借金」によるプロジェクトの継続を認める、というものです。アメリカとの貿易戦争による景気腰折れにより失業が増えたりすることがないようにするための苦肉の策だと思いますが、この政策変更は、中国国内で中央政府の権威が失墜したと見られるのではないかと私は心配しています。

 この通知の最初の部分には「中央指導同志の同意を得て、以下のとおり通知する」とあります。この種の通知で同じような表現がなされているのかどうか私は他の例はよく知らないのですが、中国共産党中央弁公庁と国務院弁公庁が中央指導同志(具体的には政治局常務委員であり最終的には習近平総書記)の同意を得ないで重要な通知を出すことなどあり得ない訳ですから、この表現からはかなり不自然な印象を受けます。この通知を発した中国共産党と国務院の事務方が「この通知はちゃんと習近平氏の同意を得ているのですぞ」「『今までの政策方針と全く逆方向じゃないか。どういうつもりだ。』といった文句があるなら習近平氏に言ってくれ」と言っているように見えます。

 このブログにここのところ何回も書いていますが、米中貿易戦争、ファーウェイ制裁、そして今回の香港の逃亡犯条例改正の問題、と中国政府にとって非常に重要で頭の痛い問題が続いている中で、ニュースに出てくる習近平氏はロシア訪問やキルギスで開かれている上海条約機構首脳会議等の外交案件においてまるで「君臨すれども統治せずの皇帝」のように外交儀礼には登場するものの重要な国家的案件について具体的には何も言及しません。こういう状態で習近平氏は中国国内政治をしっかりと掌握し続けることができるのでしょうか。その意味で二週間後に迫った(6月28~29日開催の)大阪でのG20首脳会議での習近平氏の言動は非常に重要だと思います。トランプ大統領との個別会談がセットされるのかどうか、現時点では明らかではありませんが、習近平氏が各国首脳を前にして、米中貿易戦争、ファーウェイ制裁、香港の逃亡犯条例改正等の問題についてビシッとした考えと対応方針を示すことが、中国国内向けにも非常に重要になってくると思います。

 

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2019年6月 8日 (土)

六四報道に見るトランプ大統領が押した米中対決のボタンの重さ

 私は十年前のこの時期は中国に、二十年前はアメリカに駐在していたので、「六四天安門事件」の十年ごとの節目の日に日本にいるのは今年(2019年)が初めてでした。十年前も二十年前もインターネットはあったし、少し遅れて届く日本の新聞も読んでいたのですが、私の印象としては、今年の「三十年目の節目」における日本での「六四天安門事件」を振り返る報道は、過去の十年ごとの節目と比較して私が想像していたよりは充実していたと思います。

 というのは、私は、一貫して日本のマスコミや言論界は「六四天安門事件」に対する報じ方が総じて淡泊で現在の中国共産党政権に遠慮しているのではないか、という印象を持っていたからです。「六四天安門事件」の直後、NHKでは何度にもわたって「NHKスペシャル」等で「六四天安門事件」を伝える番組を放送した(私はその多くを見た)のにもかかわらず、今それらの「六四天安門事件」を扱った番組を「NHKオンデマンド」や「NHK公開ライブラリー」で検索してもヒットしないし、1995年~1996年に放送されたNHK「映像の世紀」には「六四天安門事件」は出てきませんでした。1980年に刊行された岩波新書の「北京三十五年」(山本市朗著)は1980年代には「中国駐在員のバイブル」とまで言われていたのに、その後岩波書店が絶版にしてしまっていました。こうしたことで私は「日本のマスコミや言論界は現在の中国共産党政権に遠慮しているのではないか」と印象を持っていたのです。

(注1)2016年に放送された「新・映像の世紀」では「六四天安門事件」の場面は出てくるようです。過去に放送した番組の公開については、著作権の問題もあるし、映像に出てきた中国の人々の安全に配慮して公開できない、という面もあると思いますが、NHKの番組資産について「天安門事件」で検索してもほとんど何も出てこないのは非常に残念です。

(注2)岩波新書の「北京三十五年」は、1980年刊行ですからもちろん「六四天安門事件」に関する記述は何もありませんが、戦争中に鉱山技師として中国に入り、その後一貫して北京で暮らしてきた山本市朗氏が描いた1958年~1960年の「大躍進時代」や山本氏自身がスパイ容疑で拘束されていた文化大革命の時期についての記述については現在の中国共産党政権の意にそぐわない面があると思われるので、私は岩波書店が現在の中国共産党政権の意向を「忖度」して絶版にしてしまったのではないか、と今でも勘ぐっています。「北京三十五年」は1980年代の岩波新書のベストセラーの一つで、山本氏の中国に対する愛情があふれる好著で(実際、1980年代、中国人の方々からもこの本は非常に好意的に受け止められていた)、中国の人々の心情を理解するのに非常に役にたつので今でも売れるはずだと思うので(私は対中ビジネスをやる人必読の本だと今でも思っているので)、ビジネスの観点から言ったら岩波書店が絶版にする理由はないはずだと私は思っています。

 こうした中、今回の「六四天安門事件三十年目」の2019年6月4日の各テレビ局や新聞の報道は、私の想像を超えて中身が濃かったと思います。思うに、現在、通商問題やファーウェイ問題など「米中対立」がホットなニュースとして日々報じられている中、「六四天安門事件」は米中対立を考える上で非常に重要な要素の一つなので、各報道機関は「六四天安門事件」について今日的案件である「米中対立」の背景情報としてきちんと伝える必要があると判断したからでしょう。

 してみると、多くの人々に対して「六四天安門事件」の問題点を再認識させた、という点で、「米中対立」を始めたトランプ大統領についても一定の評価を与える必要があるのかもしれません。私もトランプ大統領のやり方は乱暴過ぎるしとても賛成できるものではないと思っていますが、歴代の世界の政治家が知っているけれども見ぬふりをしていた「六四天安門事件」を今でも正当化し続けている中国共産党政権に対して、「王様はハダカなんだ!」と大声でわめきだして改めて問題提起したトランプ少年の行為は、後世の歴史家から見ると結構大きな行為だったと指摘されることになるのかもしれません。トランプ大統領自身は、そんな重大なことをやったという認識はないかもしれませんが、「六四天安門事件を起こし、現在でもそれを正当化している現在の中国共産党政権と世界とは本当に共存可能なのか?」という問題意識を改めてハッキリと世界に提示したことの意義は非常に大きいと私は思います。

 「六四天安門事件」を起こしその行為を正当化し続けている中国共産党政権を容認してきた日本をはじめとする世界各国の「オトナの政治家」の皆さんは「中国を世界経済に組み入れて経済発展を遂げさせれば中国共産党政権も民主化への動きを進めるものと思っていた」などと「言い訳」をしてますが、少なくとも私の中にあったこのような考え方は1989年の「六四天安門事件」を見せらた時点で既に崩壊していました。「中国を国際的に孤立させてはならない」「経済的に発展すれば将来は中国も民主化するはずだ」という考え方は、巨大なマーケットでビジネスを展開したいと考える世界各国の経済界(特にバブル崩壊で苦しんでいた日本の経済界)が中国とビジネスを続けるための「自らに言い聞かせる言い訳」に過ぎなかったのだ、と私は思っています。

 「外からは見えない政策決定プロセス」「法の下の平等や個人情報の保護を守る必要のない社会」というルールの下にある中国の企業と競争する場合、民主主義ルール下の諸外国の企業は不利になるケースがあり得ます。今日(2019年6月8日)から筑波で開かれているG20貿易・デジタル経済相会合で世耕経済産業大臣は「国際的なデータの自由な流通の確保は世界全体の発展のために必要だ。」と呼びかけたそうですが、これなど「中国も世界と同じルールで経済活動をしよう」と呼び掛けているに等しく、突き詰めれば中国に対して「中国共産党的な経済政策をやめて世界標準ルールに合わせろ」と言っているのに等しいと私は思います。この呼び掛けは背景には「民主主義と自由経済を基調とする世界は現在のやり方の中国共産党政権とは共存できない」という認識に立脚していると私は思います。今まで「内政不干渉」という外交上の大原則の観点からハッキリ言えなかったこのようなことを真正面から議論しよう、という雰囲気になったのは、トランプ氏が「米中対立」という重いボタンを(たぶん御自身はそんなに重大なものだとは認識せずに)押したことがきっかけになったのだと言えるでしょう。

 トランプ大統領自身は、「対中追加関税の発動」「ファーウェイへの制裁の発動」「移民問題解決のためのメキシコからの輸入品に対する関税引き上げ」など、全て外国との問題を解決するための手法のひとつであり、来年(2020年)の大統領選挙へ向けて有権者の支持を集めるための手段であり、成果が得られればいつでも引っ込めることができる、と思っている可能性があります(実際、メキシコからの輸入品に対する関税引き上げについては、今日(日本時間6月8日)、移民対策に関してメキシコと合意した、として撤回しています)。しかし、「対中追加関税」と「ファーウェイ制裁」は、一度ボタンが押されて世界各国が動き出してしまった以上、もはやトランプ氏の都合で撤回することはできない段階に既に至っていると私は思います。

 世界は「中国共産党政権と協力する地域とそれ以外の地域とが分離する」道を選ぶか、「中国共産党政権が世界共通ルールを導入するまで中国共産党政権に圧力を掛け続ける」道を選ぶのか、二者選択の道に既に入っていると思います。いずれの場合であっても、世界は「強権的な中国共産党政権のやり方には目をつぶって経済活動を続ける」ことはもはやできず、今後の世界は政治的な混乱や経済活動にブレーキが掛かることは避けることはできない状況に入ってきていると思います。

 「米中対立」の背景にある「現在の中国共産党政権と民主主義と自由経済を基調とする世界とは共存できない」という認識は、おそらくはアメリカでは共和党と民主党の共通認識であり、トランプ氏が2020年の選挙で勝っても負けても変わることはないでしょう。今まで「起きる結果が重大過ぎて誰も押すことができなかった中国共産党政権との対決を開始するボタン」を無邪気に押してしまった時点で、トランプ氏の歴史的任務は既に終わったのかもしれません。

 

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2019年6月 1日 (土)

三十年目の六四を前に中国共産党政権の継続可能性について考える

 「六四天安門事件」(第二次天安門事件)のニュースを見た時、私は「もはや世界は中国共産党政権と共存することはできない」「中国共産党政権の継続可能性はこれで絶たれた」と思いました。

 1986年10月~1988年9月の最初の北京駐在の頃、私は「北朝鮮政権が今後長期にわたって継続するとは思えない」と思っていましたが、ソ連の共産党政権や中国の共産党政権は一定程度継続する可能性はあるだろうと思っていました。中国共産党政権については、1984年に香港返還を定めた英中共同声明をまとめたときにイギリス政府が考えていただろうことと同様に、私も中国に返還された後も香港での資本主義体制が維持される期限である2047年までは、中国共産党政権は継続するんだろうなぁ、と漠然と思っていました。

 「北朝鮮政権には継続可能性はないが、中国の共産党政権は一定程度継続する可能性がある」と思っていた背景は、政治システムの継続性の観点で重要な「状況に対応して変化する柔軟性」と「問題が生じたときに修正する自己修正フィードバックシステム」が北朝鮮の政権にはないが、中国共産党政権には一定程度ある、と思っていたからです。当時のソ連はゴルバチョフ書記長の下で改革を進めてきましたが、トウ小平氏の指導の下で強力に改革開放路線を進める中国に比して、ソ連の改革のスピードは非常に遅かったので、ソ連の共産党体制は今すぐ崩壊することはないだろうが、中国共産党政権はソ連よりは長生きするだろう、と思っていました。北朝鮮の体制は、当時のトップだった金日成が死去すればほどなく崩壊するだろう、と思っていました。

 しかし、実際はソ連の共産党政権は1991年に崩壊し、北朝鮮と中国の体制は現在(2019年)に至るまで継続しています。

 「六四天安門事件」で衝撃的だったのは、どの国でも一定程度市民が時の政権に反対して運動を展開することはあるものですが、アジア、中南米、アフリカ等の「軍事政権」と呼ばれる国であっても、治安部隊がデモ隊を鎮圧する際には「催涙弾」「放水車」が使われ、銃を構えた軍隊が出動した場合にも、兵士は空に向かって威嚇射撃をして群衆を解散させるのが「普通の鎮圧のやり方」だと思ってたのに対し、「六四天安門事件」では、人民解放軍が実弾を使った銃で民衆に対して水平射撃をして鎮圧したことでした。

 ここ数日、日本の新聞にも「六四天安門事件三十年」を前にして当時の様子を再録する記事が掲載されていますが、それらに登場する当時現場にいた中国の人たちも「(空に向かって威嚇射撃するのではなく)まさか兵士が群衆に向かって発砲するとは思っていなかった」「水平射撃している銃の砲弾はゴム弾だと思っていた」と証言していました。

 1976年4月5日に起きた「四五天安門事件」(第一次天安門事件:故周恩来総理を偲ぶ形で一般市民が当時の中国共産党中央の実権を握っていた「四人組」に対する反発を表明した運動)でも、民兵は棍棒や皮のムチを使って集まった民衆を追い払いました。「人民解放軍による武装していない一般大衆に対する実弾による直接の射撃」は、世界の歴史の中でも例を見ない許されざる行為だったのです。「そのような行為に及んだ中国政府を世界各国は許すはずがない」「そうした行為に及んだ中国共産党政権を中国人民は許すはずがない」と思ったので、私は「もはや世界は中国共産党政権と共存することはできない」「中国共産党政権の継続可能性はこれで絶たれた」と思ったのでした。

 しかし、現実は異なりました。世界各国は、「六四天安門事件」を受けて、一時的に中国との経済関係をストップさせましたが、まず日本が、それに続いて各国が経済関係凍結を解除していき、結局は、中国共産党政権は「六四天安門事件」を発生させた時の体制を維持したまま、国際社会に復帰していったのです(「復帰」どころか国連における常任理事国の地位を維持したまま現在に至っています)。つまり、世界の側が「六四天安門事件を起こした中国共産党政権を許した」のです。

 中国との関係改善を急いだ当時の日本政府の考え方は「中国に強力な経済制裁を掛けると中国が国際社会の中で孤立して何をするかわからないので、あまり追い詰めない方がよい」というものだったようです。一方で、背景にはバブル崩壊により苦しむ経済状況を新しい巨大市場である中国を活用することによって打破したい、という日本の経済界の考えもあったことは間違いないと思います。その後、2001年に中国はWTO(世界貿易機関)に加盟し、世界は中国の急速な経済発展の恩恵を受けてきたのです。

 しかし、私が1989年6月4日に感じた「もはや世界は中国共産党政権と共存することはできない」状況は今も何も変わっていません。その点に目をつぶったまま中国との経済関係強化による経済的恩恵を受け続けてきた世界は、中国共産党政権と「自由経済の民主主義」を基調とする世界との間の矛盾をどこかの時点で解消する必要がある、という「宿題」を背負い続けてきました。今、その「宿題」に直面せざるを得ない状況になったと言えるでしょう。

 「自由経済と民主主義を基調とする世界と中国共産党政権とが共存できなくなった原因」は、世界が中国から最も恩恵を受けてきた経済の分野で以下のような問題点が出現したからです。

○民主主義国の政府は各企業から独立した中立の立場に立たねばならないので、各国政府は特定企業のみを支援することはできないのに対し、中国共産党政権下では各企業間の平等を保つ必要はないので中国政府は特定企業だけを選んで強力な支援をすることができる。このため世界の競争現場では、中国企業の方が有利になるケースが出てくる。

○民主主義国では国民の人権保護の観点から一定の制限(例えば企業による個人情報へのアクセス制限)があるが、民主主義を採らない中国では企業による個人情報へのアクセスは容易である。この結果、個人情報(及びそれらの集合体であるビック・データ)を用いる企業の場合、世界の競争現場では中国企業の方が有利になるケースが出てくる。

○民主主義国では政府支出(軍事部門も含む)は一定の情報公開が求められ、株式市場に上場する企業は株主に対する経営情報の開示が義務づけられるが、中国共産党政権では軍事部門に対する政府予算支出の情報公開をしないことができるため非上場企業と軍が結合すると外部からの情報アクセスを遮断した形での技術の研究開発が可能となる。このため世界の競争現場では、一定程度の情報公開が求められる世界の企業は情報公開を求められない中国企業と比べて不利になるケースが出てくる。

 つまり、世界経済の同じルールの中でゲームをやっている以上、参加者は全て同じルールでゲームに参加しなければフェアな試合が成立しないのに、現在の世界では国際社会が中国国内にだけ中国共産党政権による特別ルールを適用することを承認してしまったため、中国の企業だけが有利な条件でゲームができる素地ができ上がっているのです。これらの諸点は、中国の経済規模がまだ小さかった時期には「大目に見る」ことで見過ごされてきましたが、中国が国際競争上の有力なプレーヤーに成長した今日、どこかの時点で中国共産党政権に対して「世界と共通のルールにしろ」と要求する日は必ず来るはずだったのです。

 「世界と共通のルールでゲームをしろ」とは、中国に対しても自由経済と民主主義(一定のルールに基づく国民の人権保護と政府情報の公開)を求める、ということです。現在の中国共産党政権にとっては、この要求は「中国共産党による政権維持をやめろ」というのに等しく、受け入れることはできないでしょう。

 今まで各国政府はこの問題は認識はしていたものの「やり出すとコトが大きくなり過ぎるので手を付けられない」として先送りしてきたのですが、アメリカのトランプ政権は(トランプ大統領が自覚しているかどうかは別にして)、この現在の世界が抱える大問題(中国に「中国共産党政権方式の政権運営」をやめさせるよう要求すること)に手を付けてしまいました。私はトランプ政権のやり方には賛成はできませんが、「中国政府に中国共産党政権方式の政権運営をやめさせる」という課題は、いつかはやらなければならない世界史的問題だと認識していましたので、この時点でトランプ政権がこの問題を開始したことは、歴史を前に進めるためにやむを得ない選択だった、と前向きに捉えようと思っています。

 中国にとってしても「中国共産党政権方式の政権運営」は、継続可能性のない政権運営方式だと考えられることから、この機会に政権のあり方を変えることを考える必要があると思います。もっとも、そのためには中国国内の既得権益層との政治的調整が必須であり、相当の「痛み」を伴うことを覚悟する必要がありますが。

 現在の中国共産党方式の政権運営は、次のような「政権システムの継続性」の観点での致命的な欠点を持っています。

○政権システムの柔軟性がない

 生物にしろ政権にしろ会社組織にしろ、環境の変化に応じて自らを変える柔軟性があるか、が長い期間にわたり生き残るための必須条件です。実際、中国共産党自身、毛沢東時代の文化大革命路線をトウ小平氏が改革開放路線に変革させることができたからこそ、今まで政権を維持できてきたのです。であれば、世界経済の状況、自国民の求めるところ等の変化に応じて、中国共産党政権自身も変わる必要があります。しかし、今、習近平政権は変革を拒否しています(それどころか自らの体制を二期十年間以後も維持できるように憲法を変えてしまった)。自らを変えられない組織は、いずれ環境の変化の中で滅んでいきます。

(注1)全く変化する兆しのない北朝鮮の体制がいまだに継続しているのは驚異的ですが、北朝鮮が生き延びているのは中国による経済的・政治的なバックアップがあったからでしょう(最近の韓国を見ていると、韓国国内にも北朝鮮の体制維持に協力している勢力がいるのかもしれません)。

(注2)「イギリスのEU離脱」「アメリカでのトランプ大統領の誕生」も状況(世界の状況と国民の要求)に対応できない政治に対して変化を求めている、という点で、民主主義システムの変化に対する柔軟性の発露だ、と考えてよいと思います。

○誤りを訂正するフィードバックシステムがない

 中国共産党は党内民主主義が有効に機能している限り、一定程度のフィードバック機能を有している、と言えます。1958~1960年の「大躍進政策」が失敗した後、それを指導した毛沢東自身が党の会議で「自己批判」をしていることにもそれは現れています。しかし、私は中国共産党党内フィードバックシステムは「六四天安門事件」によって大幅に機能が低下したと考えています。「誤りを正そう」という動きが人民解放軍という武力で鎮圧されてしまう前例を作ってしまったからです。

 1980年代に社会的に問題になっていた炭鉱での事故が2000年代になってもあまり減っていない、2007年に中国から輸出されたメラミン入りペットフードがアメリカで大問題になったのに2008年にメラミン入り粉ミルクが中国国内で販売される事件が起きた、2015年に天津で化学薬品倉庫の大爆発があったのに2019年中国江蘇省塩城市で化学工場の大爆発が繰り返される、など中国では過去の問題が全く教訓として活かされていない事項が多過ぎます。政治システムをはじめ社会全体でのフィードバック・システムが機能しないと、問題のある部分が排除されず、それが蓄積してより大きな問題を起こす可能性がり、結局は体制の崩壊を招く危険性があります。

 いろいろ課題はあるとは言え、問題のあった政策を進めた政治家は次の選挙で落選する、社会の問題点を伝えるメディアが存在する、という通常の民主主義国家にあるフィードバック・システムは、社会全体をよりよい方向に変えていくための重要な原動力になっていると私は思います。

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 中国共産党は昨日(2019年5月31日)、「『初心を忘れない、使命を銘記する』というテーマの教育工作に関する会議」を開催しました。今年は中華人民共和国成立七十周年の年であり、アメリカとの貿易戦争も激化しており(そしてたぶん六四の三十年目の日を来週に控えていることもあり)、思想引き締めのために党内を再教育する、という目的で開かれた会議でしょう。習近平氏はいつにない険しい表情で講話をしていました。この講話は、平たく言えば「人民の要望を汲み上げ解決するという中国共産党の初心に帰れ」「特権意識を振りかざして金儲けに走るんじゃない」と中国共産党内にゲキを飛ばしたものです。私は、この講話の以下の部分が習近平氏の危機意識を表していると思います。

「群衆が最も関心を持っている現実的利益の問題を着実に解決し、人民群衆の党に対する信任と信用を絶え間なく増強させ、中国共産党による長期執政が最も依存している階級の基礎と群衆の基盤を堅牢なものにしなければならない。」

 「中国共産党による長期執政の基礎・基盤を堅牢なものにする」という表現は長期政権七十年説(清朝が1840年のアヘン戦争の71年後の1911年に倒れた、ソ連が1917年のロシア革命の74年後の1991年に崩壊した、で、今年は中華人民共和国成立70周年)を気にしているのではないかと私は勘ぐっています。久々見ていなかった「階級」の文字が出てきていることにも私は注目しています。江沢民元総書記は「三つの代表」論を展開して、資本家(企業家)も中国共産党員になれる道を開きましたが、今の中国共産党は資本家(企業家)の発言ばかりが目立ち、一般大衆(もともと中国共産党の基盤だったプロレタリアート(無産階級:農民や労働者))から遊離しているのではないか、という習近平氏の危機感が感じられるからです。この部分、毛沢東時代への「先祖返り」を思わせる部分であり、アメリカからの「中国共産党的政権運営をやめろ」という圧力に対して、習近平氏は、毛沢東時代に逆戻りする方向に党内を引き締めようとしている可能性がある点には注意する必要があると思います。

 この会議で話す習近平氏の表情からはアメリカから「貿易戦争」「ファーウェイ制裁」の挑戦を受け、これを「中国共産党方式の政権運営をやめろ」との要求だと受け取って「これは体制の危機だ」とする危機意識が読み取れました(というか、中国人民にそう受け取って欲しいと思って、ニュース映像を流しているのだと思います)。これは、アメリカが代表する「自由経済と民主主義」と中国共産党政権との全面対決を意味すると思うのですが、この対決を始めたトランプ大統領自身はそう思っていない可能性があることが非常に気がかりです。アメリカが本気で中国共産党政権と対決する気なら、アメリカの全精力を傾けるとともに同盟国とも協調して対応しなければならない重大事項だと思うのに、トランプ大統領は全く同時期にイランとも対決し、昨日(日本時間2019年5月31日)には「移民政策にきちんと対応しなければメキシコからの全輸入品の関税を引き上げる」と宣言したり、対中対決に全力を傾けるという雰囲気が全く感じられません。アメリカが全精力を傾ければ、中国人民も必ずしも中国共産党政権の味方だとは思わないので、アメリカの意向は通る可能性がありますが、アメリカ自身が対中対決に集中するつもりがないのであれば、中国共産党政権の側は反撃することは可能だと思います。

(注)1970年代初、ベトナム戦争を終結させる目的のために当時「敵同士」だった中国に急接近したアメリカのニクソン大統領の戦略は当然中国自身がよく知っていますので、どこの国と対決するのが最も重要なのかよくわからないトランプ大統領の「焦点ピンボケ対外政策」については、中国は戸惑っているかもしれませんが、「今のアメリカ大統領には戦略がない。組みやすし。」と感じているかもしれません。

 日本の年号と世界史とは全く関係ないはずなのですが、平成元年(1989年)は、ポーランド政府が対話路線に転換し、ハンガリー政府が国境の鉄条網を撤去し、11月にはベルリンの壁が崩壊するなど「東欧・ソ連革命」が始まった年でした(ソ連は1991年12月完全に崩壊)。私は平成元年の時点で「ソ連が2年後に崩壊する」なんて全く予想していませんでした。今、令和元年(2019年)に本格化したアメリカによる「貿易戦争」「ファーウェイ(軍民融合産業の強力な一角)に対する制裁」は、もしかすると意外な急展開を見せる世界史的動きの序章なのかもしれません。鍵を握るのは中国人民ですが、今、中国の都市部の住民や有力大学の学生たちは「中国共産党政権を支える側」にいると思うので、三十年前のソ連と同じようなことになるとは思えません。ただ、トランプ政権の動きにより今後世界経済が大きな混乱に陥った場合、中国の国内経済も混乱することになると思うので、歴史の歯車は意外な速さで展開することになるのかもしれません。

(注)「六四天安門事件」の経緯については、このブログの左側の「中国現代史概説の目次」をクリックして「第4章:改革開放政策下で急激な経済成長を遂げる中国」の中にある「第二次天安門事件」の項目を御覧ください。

 

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2019年5月25日 (土)

中国の安全保障を直撃するファーウェイ制裁に中国はどう対応するか

 アメリカによる中国の電子通信機器大手ファーウェイ(華為)に対する制裁について「米中貿易摩擦」の中の一つとして伝える報道も結構多いのですが、アメリカによるファーウェイ制裁は中国の安全保障を直撃しているという観点をもっと重視すべきだと私は思います(もちろん中国側は「国防の中核部分を直撃されて痛い痛い」と言うわけにはいかないので冷静に対応していますが、実際は相当に苦慮していると思います)。

 この一週間で、グーグルがファーウェイに対するスマホOS(アンドロイド)のアップデートをはじめとする各種ソフトウェアの更新を停止する旨発表しましたし、イギリスの半導体設計大手のアームがファーウェイとの取引を停止することにしたと報じられています。日本の携帯電話会社もファーウェイ製スマホの販売を停止する旨決めたようです。

 私も中国の人民解放軍の装備(誘導ミサイルや軍事作戦用の通信システム等)にどの程度ファーウェイ製のものが使われているのか、今伝えられている各国のソフトや設計や部品関連企業のファーウェイとの取引停止が人民解放軍の設備や運用にどの程度影響するのかは全く知りませんが、一般常識的に考えて「全く影響ない」とは言えないでしょう。例えコアとなる武器(誘導ミサイル等)や軍事作戦用通信設備については外国企業による取引停止は影響しないとしても、ロジスティクス(必要品の調達や運搬等)の部門まで広げればファーウェイ製のスマホやパソコン等が使われていないはずはありませんから、今回のアメリカの制裁に端を発した各外国企業のファーウェイとの取引停止は、人民解放軍の活動に相当の影響を及ぼすことが想像されます。

 また、そもそも中国政府や中国共産党の組織や職員はファーウェイ製のスマホ、パソコン、その他の電子機器を大量に使用していると思われますので、これらが今まで通り使えなくなったら、中国政府の機能が麻痺する恐れもあります。日本を含め中国以外の国なら、ファーウェイ製のスマホを韓国のサムソン製やアメリカのアップル製のものに替えればいい、で済みますが、中国の政府機関や中国共産党関係機関は、そんなことをやったら中国の安全保障上はむしろマイナスになってしまいます。

 ZTEをはじめ中国国内にはファーウェイ以外にも電子機器メーカーはありますが、今回アメリカがファーウェイに対して行ってきたような制裁措置をいつ他の中国の電子機器メーカーにするかわからない、という現状では、中国政府や中国共産党にとっては例え代替品を中国の他のメーカーが作っていたとしても「ファーウェイ社製のものを他の中国メーカーの製品に替えればいい」で済む話ではないことは明らかです。

 そもそも1978年に改革開放を初めてから1980年代までは、中国は「対ソ連包囲網」という観点では日米韓や西欧諸国の「仲間」でした。なので、文化大革命を終了した中国は積極的に日米欧と(1992年の国交回復以降は韓国とも)協力し、技術を導入し、社会と経済の基盤を発展させてきたのでした。

 1989年の「六四天安門事件」の時、日米と西欧諸国は「中国は『仲間』として協力してよい相手ではないのではないか」と疑問に考え、中国との経済関係を一時的に停止しました。しかし、日本を筆頭として「膨大な人口を抱える中国は非常に魅力的なビジネス相手だ」という考えの方が強かったので、特に1992年のトウ小平氏による南巡講話(改革開放政策を再確認する)の後は、日米欧諸国及び韓国は競うようにして中国との経済関係を緊密化させていったのでした。

(注)1989年6月4日の「六四天安門事件」による西側諸国からの経済的制裁の後、1991年には円借款を再開し、1992年には当時の天皇陛下(現在の上皇陛下)の訪中を実現するなど、日本が先頭に立って中国を「西側諸国の仲間」として再び引き入れていった経緯を忘れてはなりません。私は「六四天安門事件」を受けて中国共産党政権はもはや「仲間」とは呼べない政権だと思っていましたから、日本政府による中国との急速な関係改善には私自身は個人的には反対でした。

 こうした経緯から、中国は「日米欧韓諸国とは決定的な対立に陥ることはない」という前提の下で経済社会の基盤を整備してきたのでした。私は中国が人民解放軍を中心とする安全保障の分野でどの程度「外国に頼らないで自立的に活動できる体制」を築いてきたのかは知りませんが、少なくとも外国人が見て見える範囲の現在の中国の経済社会基盤については「日米欧韓と縁が切れたら自立できない」状態であることは明らかです(1980年代に中国関係の仕事をし北京駐在も経験している私は、北京市の電話交換機システムが日本政府の円借款と電電公社(当時)の協力で、中国最大の製鉄所である宝山製鉄所が日本政府の円借款と新日鉄(当時)をはじめとする日本の経済界の協力で整備されたことをよく覚えています)。

 「日米欧韓諸国とは決定的な対立に陥ることはない」と信じて改革開放後の国家建設を進めてきた中国において社会インフラの一つを担う企業に成長したファーウェイに対して「取引停止」のような措置を講じることは、アメリカにとって「やるぞ、やるぞという脅しには使えるが、実際には抜くことはない伝家の宝刀」だったはずです(実際に抜いたら影響が大きすぎるからです)。その「伝家の宝刀」を戦争でもないのに抜いてしまったアメリカの今回のやり方は、事態の収拾を致命的に困難にしたと思います。

 今回の措置などの一連の動きを捉えて「新冷戦」という言い方をよくします。しかし、実際は冷戦時代と現在とは全く異なります。冷戦時代のソ連や毛沢東時代の中国は「日米欧韓諸国と決定的な対立に陥る可能性は十分にあり得る」という前提で軍の整備をはじめ社会インフラを構築してきましたが、現在の中国はそうではないからです。

 今回のアメリカによるファーウェイ制裁を受けて、中国も旧ソ連のように「日米欧韓諸国と決定的な対立があっても自立できる社会」を目指すように舵を切るのでしょうか。旧ソ連や毛沢東時代の中国を振り返ればわかるように日米欧諸国と縁を切った「自力更生」路線に立ち戻るためには数十年単位の時間が必要ですし、「自力更生」が完成したとしてもその技術のレベルは西側諸国にはとても及ばないことは明らかです(1986~1988年の北京駐在時、トヨタやフォルクスワーゲン・サンタナが北京の街をさっそうと走る横で、東ヨーロッパ系の大使館の人が運転していると思われるソ連製の乗用車「ボルガ」(この頃まだ「三角窓」が付いてた)がガタゴト走っているのを見たことを思い出します)。

 明治維新以降の日本は「諸外国と決定的な対立があっても自立できる社会」を目指していました。そもそも黒船到来の前年の1852年に佐賀藩が藩内に、最初の黒船が来た1853年に江戸幕府が韮山に「反射炉」を作ったのは、外国の助けを借りずに日本だけで大砲に使う鉄を作るためでした。

 「反射炉」は、鉄の原料(鉄鉱石や砂鉄など)とコークスを別の部屋に入れ、コークスを燃やすことにより発する赤外線を炉内の壁に反射させて鉄の原料を溶かして製鉄するための炉で、作られた鉄の炭素含有量を減らすことができます。大砲に使う鉄は薬きょうの爆発に耐えてかつ運搬しやすいように軽くなければいけませんから、炭素含有量の小さい強靱な鉄でなければならないのです。そのことを理解していた幕末期の日本の技術レベルにはもっと注目すべきだと私は常々思っています(「黒船が来たので目が覚めた」のではなく、黒船が来た時点では既に「反射炉」の技術が日本の安全保障上極めて重要であることを当時の日本人は理解していたのです)。

 明治政府も、外国技術を導入するに際し「お雇い外国人制度」を活用して「技術の基本は教えてもらうけれどもコアの製品は自分で(日本国内で)作る」という方針で日本国内での技術蓄積を図ってきました。それでも日露戦争(1904~1905年)の際にロシアのバルチック艦隊と戦った日本海軍の軍艦はイギリスから購入したものでした。この時点でも日本では自国内で軍艦を完成させる技術はなかったのです。

 数多くの高度な技術の組み合わせで成り立っている21世紀においては、「コアとなる技術を全て自国で備え諸外国と対立しても自立できる技術システムを自国内だけで確立する」ことはそもそもほとんど不可能です。それを理解している多くの中国人は、「優れた技術はその技術を持っている者(社)から買えばよい」と考え、「自主技術の確立」には必ずしもそれほど熱心ではありません。それが変化の速い現在における中国の強みなのですが、逆に「自主技術が弱い」点は中国の弱点でもあります(このあたりは「現代中国の産業」(丸川知雄著:中公新書2007年)が参考になります)。中国自身もその「弱点」は認識しており、だからこそコア技術の自国での確立を目指す「中国製造2025」といった政策を進めようとしているのです(幕末(19世紀半ば)の時点でコア技術の自国内確立に躍起だった日本に比べて遅すぎる、という見方もできますが)。

 今回のアメリカによるファーウェイ制裁は、「中国製造2025」が起動する前に中国が持つ「コアとなる技術分野での自主技術が弱い」という弱点を真正面から突いたものです。「柔道の試合で、格上の選手が格下の選手の左足がケガをしていることを知ってそのケガをしている左足を攻撃した」と言ったら例えが悪いかもしれませんが、それだけ「格上の選手(アメリカ)」が自信を失ってきている証拠なのかもしれません。いずれにせよ、これで試合は「泥仕合」の様相を示すことになりそうです。

 ファーウェイ制裁発動から1週間以上経過しましたが、中国は現時点では有効な対応を示すことができていません。「人民日報」や中国中央テレビの「新聞聯播」では、「中国からアメリカへの輸出の半分は外資系企業が製造したもので、その外資系企業の多くがアメリカ企業だ。アメリカの関税は自国企業に被害を与えている」という中国政府高官の発言やアメリカ国内での関税反対に対する声を紹介したりしています。しかし、ファーウェイ制裁に対しては、何と言って反論したらよいかについても悩んでいるように見えます(ファーウェイの創業者が外国のメディアで反論しているのはいいとして、ファーウェイ制裁に対する中国政府の明確な対応方針がいまだに見えてきていません)。

 今日(2019年5月25日)付けの「人民日報」の1面の下の方には、先日、江西省を視察した時の習近平主席の発言を伝える「最も重要なのは我々の自分たち自身のことをうまくやることだ」との評論が載っていました。習近平氏は次のように述べたそうです。

「現在、我が国はさらに発展するための重要な戦略的チャンスの時期に当たっているが、一方で、直面する国際情勢は日々錯綜し複雑になってきている。我々は、国際的、国内的な各種の不利な要素の長期性、複雑性についてよく認識し、各種の困難な局面にうまく対応できるように準備をうまくやり、計画を検討する部署においては、よくはかった上で動き、十分な蓄積の上に少しずつ行動しなければならない。戦略を保持して、我々自身のことをうまくやることに精力を集中する必要がある。」

 江西省は、中国共産党が革命の最中で最も困難に直面していた「長征」が始まった場所ですので、それを踏まえて「長期的観点でじっくり考えて動こう。まずは自分たち自身のことをうまくやっていくことに集中しよう。」と言いたかったのだと思いますが、中国国内の皆さんがこういう言い方に納得しますかねぇ。「生ぬるい」「動きが遅い」とかいう批判は出ないのでしょうか(批判は出ても削除されるので、批判が出ているのかどうかは外部にはわかりませんが)。

 私が最も心配しているのは、ファーウェイ制裁(これは上に書いたように人民解放軍内部に致命的な影響を与えている可能性がある)の対応に苦慮する習近平氏が迅速・的確に対応できないために、中国国内の政治状況が流動化することです。ヨーロッパ、アメリカに引き続き中国国内でも政治状況が流動化してしまっては、世界経済が目も当てられない状況になってしまうおそれがあります。

 トランプ大統領は、今(2019年5月25日夜)の時点で東京にいますが、トランプ氏はファーウェイ問題を米中通商交渉において取引材料にする意向を示唆する発言もしているようです。ですが、ファーウェイ制裁は、上に書いてきたように中国の安全保障に極めて重大な影響を与える問題です。中国にとって通商交渉の取引材料にできるような性質のものではありません。トランプ大統領自身が自らが発したファーウェイ制裁のコトの重大性を認識していない可能性がある点が最大の懸念材料なのかもしれません。

 

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2019年5月18日 (土)

アメリカは「中国共産党と共存する世界の終了」を目指すのか

 アメリカのトランプ政権は5月10日に中国からの輸入品2,000億ドルに相当する品目(対中制裁関税第三弾)に対する税率を10%から25%に引き上げたのに引き続き、5月13日、残りの約3,000億ドルに相当する品目(対中制裁関税第四弾)についての具体的な対象品目と今後のスケジュールを発表しました。それに加えて、5月16日には中国通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)へのアメリカ製品の輸出を事実上禁じる規制を発動しました。

 追加関税措置は、「アメリカの対中貿易赤字を削減する」「中国の不公正な貿易慣行を是正する」という「目的」がありますが、ファーウェイに対する措置は、表向きは「安全保障上のリスクを取り除く」であり、実態上は「5G時代における中国企業の優位を阻止する」というものであり、これらは全く異なる目的を持った政策です。もちろんファーウエィに対する規制は「貿易交渉を有利に進めるための圧力の道具として使っているだけ」との見方もありますが、これらの一連のアメリカ・トランプ政権の政策の最終目標は「中国による『中国共産党的経済政策』をやめさせる」ためのものだということが明らかになったと言えます。もし、本当にトランプ政権の目標がそうであるならば、中国政府(=中国共産党)は絶対に受け入れることができないものであり、事態は既に「交渉により何とか決着できる」というレベルを超えて、「どちらかがあきらめるまで続く泥沼状態」に入ってしまったと言えるでしょう。

 知的財産権問題や企業に対する補助金問題は、必ずしも「中国共産党体制」に特有のものではなく(例えば、企業に対する補助金に関しては、ヨーロッパ各国政府によるエアバス社への補助金などの例もあり)、米中が交渉により一定の妥協に到達することは可能だったでしょう。しかし、ファーウェイは企業の皮は被っているものの実体的には人民解放軍と中国共産党と一体となった人民解放軍や公安当局が用いる電子機器の研究開発・製造を担当するする組織であり、中国政府と中国共産党にとってファーウェイが代替不可能な組織であることを考えれば、アメリカ政府がそのファーウェイの能力を落とす政策を採ってきた以上、既に「交渉で妥協に達する」ことは不可能になった、と考えるべきでしょう。アメリカにおけるファーウェイ製品の排除やファーウェイに対するアメリカ企業の製品の事実上の禁輸というところまで施策が具体化した以上、中国側はアメリカが中国共産党政権の「本丸」部分にミサイルを撃ち込んできた、と認識するだろうからです。ファーウェイは人民解放軍の基幹的機器の供給者ですから、人民解放軍の中には「これはアメリカによる人民解放軍に対する直接的な攻撃だ」とまで受け止める人も結構多いのではないかと思います。それだけに習近平政権は、国内から「軟弱」と捉えられるような対応策は採ることが難しくなっている可能性があります。

 通常、中国共産党では、毎月月末に「政治局会議」を開いて重要事項を議論していますが、最近の「中国共産党政治局会議」は4月19日と5月13日に開催されています。通常のスケジュールより間隔を詰めて開かれているので、この二つの会議ではアメリカに対する対応方針が議論された可能性があります(というか、このタイミングでの開催ならば、アメリカに対する対応方針について議論されていないはずはないと思います)。

 最近「人民日報」には、米中貿易交渉に関する論評を数多く掲載していますが、重要と思われるものを列記すると以下の通りです。

○5月11日付け3面の無署名の「鐘声」というコラムの評論:「中国はいかなる極限的圧力にも屈服しない」(「貿易戦」という語は使用せず)

○5月13日付け1面の下の部分の国紀平というペンネームでの評論:「いかなる挑戦も中国の前進の歩みを止めることはない」(「貿易戦」の語を使用)

○5月17日付け1面の下の部分の鐘軒理というペンネームでの評論:「いかなる力量をもってしても中国人民の夢を実現しようとする歩みを阻止することはできない」(「貿易戦」の語を使用)

 「国紀平」は「人民日報国際部」の、「鐘軒理」は「中国共産党宣伝部理論局」のペンネームだとされています。「任仲平」(「人民日報重要論評」を意味するペンネーム)よりまだ「ペンネームのレベル」としては低い感じですが、中身は段々と厳しくなってきている感じがします。

 5月17日付けの論評には「中国共産党中央の堅強な指導、中国の特色のある社会主義の制度の優越性、国家意思の高度な統一、全国人民の緊密な団結こそが、我々が貿易摩擦に対応するにあたっての最大の優位な点であり、根本的な保証となるものである。」とありますが、私はこれを読んだとき、「こんな北朝鮮みたいな主張で、本当に中国人民を鼓舞できるのかなぁ。」と疑問に感じました。私は、個人的には、今回の米中の争いには、かなりの部分「アメリカ側が無理難題を言っている。自由な貿易を守りたいとする中国側には一定に理がある。」と思っているのですが、「人民日報」の論評がこういった「あくびの出るような決まり文句」しか書けず、中国人民の心に訴えかける文章が書けていないことが、中国共産党内部にも様々な意見があって、党内の意思統一が現時点ではなされていないことを示唆しているのではないかと感じるのです。

 こういう動きのあった5月15日、北京では「アジア文明対話大会」が開催され、多くの国の代表団を前にして習近平主席が演説を行いました。アジア地域の文化交流の促進を目指した大会で、非常に結構な「大会」だとは思うのですが、米中が危機的に対立するこのタイミングでの開催は、私には「タイミング的には完全にピンボケ」と映りました。習近平氏は「自らの文明が優れていると考え、他を改造するのは愚かだ」と述べて、明らかにアメリカを当てこすった発言をしたのですが、私としては、一国のトップの政治家ならば、「あてこすり」ではなく、きちんと貿易問題、ファーウェイ問題について自国の立場を述べて「アメリカはケシカラン」と言ってほしかったです。私は中国人民も同じように思っているのではないかと感じて、ちょっと心配になりました。「心配」になったのは、中国人民の間に「我らが習近平主席はアメリカに対してやることをやってないし、言うことを言ってないじゃないか」という気持ちが高まるのではないかと思ったからです。

 あと半月くらいすると「六四天安門事件」から30年目の日がやってきます。アメリカ国内の対中強硬派の中には「このタイミングを捉えて、中国共産党の理不尽さを攻撃すれば、中国国内に動揺が走るかもしれない」と考えている人がいるのかもしれません。しかし、それは公正と正義を基本とするアメリカの精神からすればアンフェアでしょう。私は中国共産党が「六四天安門事件」に対して行った対応に強烈に反対していますが、かといって経済的優位性を傘にして「今のタイミングで攻めれば中国国内は動揺するはずだ」と考えてアメリカ側が攻撃を掛けているのだとしたら、それは「六四天安門事件」で「アメリカの民主主義の理想」に憧れて「はりぼての自由の女神」を作って天安門前広場に据えた当時の運動への参加者に対する侮辱だと思います。

 アメリカが中国からの全ての輸入品に制裁関税を掛ける準備をし、中国最大の通信機器大手企業ファーウェイに企業経営に致命的なダメージを与える可能性のある措置を発動し、ここ二週間人民元の対米ドルレートが急激に人民元安に動いているにも係わらず、アメリカの株価はそれほど下げません。それどころか、5月17日にはニューヨーク株式市場に中国の新興コーヒーチェーンの「ラッキン・コーヒー」が新規上場を果たし、初値を47%上回る株価を付けました。マーケットは脳天気過ぎませんか? 米中両国、ひいては世界経済に大きなダメージを与えるかもしれないし、対応の仕方によっては中国の習近平政権に対してかなりのダメージを与えるかもしれないことをアメリカが既に実行しているのだ、ということを、まだ多くの人が自覚していないのかもしれません(一番問題なのは、トランプ大統領自身がコトの重大さを認識していない可能性があることです)。

P.S.

 今日(2019年5月18日(土))の産経新聞の1面トップ記事は「中国、ウィキ全言語遮断 ネットの百科事典 天安門事件30年を前に」でした。この記事によると、現在、中国国内で全ての言語の「ウィキペディア」へのアクセスが遮断されているそうです。

 中国のインターネット検閲遮断システム「金盾」(「グレイト・ファイアーウォール・オブ・チャイナ」等とも呼ばれる)は、日々刻々変化します。私の経験からすると、日本語ウィキペディアについては、2007年2月の時点で完全にアクセス不可、2007年6月頃の時点では、アクセス可能となったが「六四天安門事件」を検索しようとするとインターネットが遮断される、という状態でした。北京オリンピックが終わった2008年12月1日には中国国内からも「六四天安門事件」の項目は閲覧できるようになりました(ダライ・ラマ14世がワシントンを訪問している期間中はホワイトハウスやアメリカ国務省のホームページにアクセスできなくなる、など中国の「金盾」システムは検閲対象を非常にこまめに変えています)。私は10年前のこの時期(2009年5月)、つまり「六四天安門事件」20周年直前の時期に北京にいましたが、この頃は日本語ウィキペディアは中国国内から閲覧できたし、「六四天安門事件」の項目も閲覧できました。従って、今(2019年5月)の時点で、産経新聞が伝えるように「全ての言語のウィキペディアが中国国内から閲覧できない」のは、「六四天安門事件」30年だから、ではなく、米中貿易戦争(及びファーウェイに対する措置)に対する対応で、中国共産党内部が非常に神経質になっているからだと思います。

 なお、この産経新聞の記事では「ウィキペディアの中国語版は2015年から閲覧できなくなっていたが」との記述がありますが、ウィキペディア中国語版は、私が北京に駐在していた時期(2007年4月~2009年7月)はずっと一貫してアクセス不可でした。

 

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2019年5月11日 (土)

米中貿易戦争が習近平政権への打撃になっている可能性

 アメリカのトランプ政権は昨日(2019年5月10日)、中国からの輸入品2,000億ドルに相当する品目に掛けいてた追加関税の10%を25%に引き上げる措置を発動しました。今回はアメリカでの通関のタイミングではなく、5月10日以降中国から輸出される物に対して関税を25%に上げる、ということなので、実際に25%の関税が掛かるタイミングは船便等がアメリカに到着するまでの期間が経過した後、ということになりますが、実際に中国からアメリカに輸出される品物の商談においては5月10日以降は25%の関税を前提とした契約となるわけですから、米中間の貿易には昨日以降実体的な影響が既に発生していると考えてよいと思います。

 これまで米中通商協議は難航しつつも合意に向けて進展している、と皆思っていましたので、今回の追加関税引き上げの判断が5月5日のトランプ大統領によるツィッター発言で急に出てきたことに対し、中国側のみならずアメリカ側の関係者も含めて「驚き」が広がったようです。外国との通商交渉においては「通商交渉によって国際関係を悪化させないようにする観点からどんなに厳しい交渉でも相手国には一定の敬意を払いつつ進める」「国内の利害関係者への影響をできるだけ避けるために一定の時間的余裕をもって交渉の進展の方向性を国内に説明する」といったルールがあるものですが、いわば「シロウトさん」のトランプ大統領にとっては、そんな「お上品な昔からの通商交渉のルールなんか関係ない」ということなんでしょう。ですが、実際に貿易に携わっているアメリカの企業関係者の中には、こんな急に方針変更が出されては、ビジネス上の実体的な影響を受ける、として困っている人は少なくないと思います。

 今回のトランプ大統領のやり方については、通商交渉の進め方としてはほとんどルール違反で日本やヨーロッパにも批判的な見方があると思いますが、中国の習近平政権に対しては現実的な打撃になっている可能性があります。アメリカが国際戦略上、意図的に習近平政権に打撃を与えるために通商交渉をその道具として使っている可能性もあるので、今回の米中貿易戦争は、単なる経済上の交渉ごと、という枠を超えて、世界の二つの大国間の深刻な対立に発展していく可能性があると私は思っています。

 今回の米中貿易戦争に関する動きが習近平政権への打撃になっている可能性があると私が考えている理由は以下のとおりです。

○「人民日報」等の報道ぶりに「狼狽(ろうばい)」が見られること

 追加関税第三弾(2,000億ドル相当分)の関税を5月10日から10%から25%に引き上げることを表明したのはアメリカ時間5月5日(日)(極東時間5月6日早朝)のトランプ大統領のツィッター発言においてですが、中国に関する重大なニュースであるにも係わらず「人民日報」も中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」もこのツィッターについて報道していません。日本での報道によると中国国内では一定の「報道管制」が敷かれていた模様で、5月6日(月)上海株式市場で総合指数が対前営業日比5.58%下げる中で、多くの中国人投資家は「なぜ株価が暴落するのか」とわからなかった人も多かったようです。このことは、外国の事情に通じている一部の人(おそらく中国共産党関係者とコネがある人が多いと思われる)は早めに株を売れたが、何も知らない一般投資家は売りそびれて損をした、というような状況を発生させていると考えられ、一般投資家が中国共産党による情報統制に対して「恨み」を抱くことになる可能性があります。それを考えれば、この種の「情報統制」は、中国共産党政権にとっては「誤った対応」です。そうした「誤った対応」をしてしまうほどに、中国当局が突然のトランプ大統領のツィッター発言で「泡を食ってあわてふためいた」可能性があります。

 上海総合指数が5.58%暴落した翌日の5月7日付けの「人民日報」は1面トップに「中国経済の発展の強靱性は十分である」と題する評論記事を載せました。いろいろな数字を上げて、現在の中国経済は強靱である、と主張するものです。長年「人民日報」を読んでいる私のような者は(おそらくは一般の中国の人も同じだと思いますが)、「人民日報」が1面トップで「中国経済は強靱だ!」と大声で主張する、ということは、「中国経済は実際は脆弱なんだ」ということを示している、と感じます。実際に中国経済が強靱ならば、「人民日報」が改めて1面トップで主張する必要はないはずだからです。トランプ大統領のツィッターと上海総合指数の暴落を受けたこの日の「人民日報」1面トップの評論記事も、中国政府が実際に「うろたえている」ことを示していると私は感じています。

 なお、今日(2019年5月11日(土))付けの「人民日報」は2面に「中国はいかなる極限的な圧力にも屈服しない」と題する論評を掲載しています。「原則問題については決して妥協しない」と主張していますが、一方でアメリカに対する非難は抑制的であり、「共同の努力により、平等の立場での協議により問題を解決し、ウィン-ウィンの協力の大原則の上に未来を創造しなければならない」と主張していて、あくまで合意を目指すという中国側の考え方を示しています。

○1日遅れとは言え交渉担当の劉鶴副首相がワシントン入りし、習近平主席がトランプ大統領に書簡を送ったことに、「交渉を決裂させたくない」という中国側の困惑した考え方が強くにじみ出ていること

 通商交渉の「常識」から言ったら品性を欠くので普通はやりませんが、仮に「品がよいとか悪いとか言ってられない」という状況であったとしても、交渉を有利に進めるために発するのだとしたら「譲歩しなければ追加関税を25%に引き上げるぞ!」という「仮定つきの脅し」でしょう。8日、9日に交渉をやることが決まっている時点で「10日に追加関税を25%に引き上げることにした」と宣言してしまっては、相手を怒らせるだけで、交渉にも何にもなりません。そうした状況の下、予定より1日遅れて9日-10日に交渉を行うため交渉担当の劉鶴副首相がワシントン入りしました。初日の交渉が終わった日の夜に「追加関税を25%に引き上げるぞ」とアメリカ側が宣言している中で、です。通常のメンツを重んじる中国だったら、こんなことはあり得ません。「ナイフを突きつけられた状況で交渉などできない」と言い放ってワシントン入りを拒否するのが普通でしょう。そうした状況の下で(ある意味「恥をしのんで」)劉鶴副首相がワシントン入りしたのは、「交渉決裂は避けたい」「少なくとも交渉継続については合意したい」という中国側の意向の現れだと思います。

○劉鶴副首相が交渉過程でアメリカ側と合意した事項が中国共産党政治局内で拒否されている可能性があること

 今日(2019年5月11日(土))付け日本経済新聞朝刊3面の記事では「劉鶴氏が米国と折り合った協定案を、共産党指導部の政治局が拒んだ」という米中交渉筋の見方を報じています。もしこれが事実ならかなり重大です。というのは、劉鶴氏は、習近平氏の経済ブレーンであり、おそらく交渉の都度、劉鶴氏は習近平氏と緊密に連絡を取って習近平氏の意向も踏まえながら交渉を行っていたはずで、もしその劉鶴氏がアメリカと合意した協定案を中国共産党政治局が拒否したということならば、中国共産党政治局が習近平総書記が了承した方針を拒否したことを意味するからです。こんな話が日本の新聞に書かれていること自体、習近平氏の中国共産党内部での権威(求心力)が揺らいでいることを示していると言えます。

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 私が「習近平氏の中国共産党内部での権威が揺らいでいるのではないか」と感じたもう一つの理由は、「人民日報」が5月8日付けの2面の紙面に掲載した李克強総理による「国務院第二回廉政(政治の清浄化))工作会議での講話」(4月23日に行われたもの)を読んだからです。中国政府は最近、経済活性化のため、様々な企業に対する減税措置、社会保障費の企業負担分の低減、様々な手続き上の規制緩和等を進めていますが、それらを実行に移すのは地方政府です。これらの政策を地方政府が具体的な企業に適用させる場合において手加減や不公平等の腐敗があってはならないと李克強総理は強調しています。これらの政策は、国務院が決めた政策ですので、それを地方政府がきちんと実行せよ、と話すのは国務院総理である李克強氏の役割であり、全然おかしくないとは言えるのですが、本来「反腐敗工作」は習近平氏の「一丁目一番地」の政策方針であり、その「反腐敗工作の地方政府への徹底」を「国務院による政策の確実な実行」という名目の下、李克強氏が強調している、という点で、私には「地方政府を監督する実権が一定程度習近平氏から李克強氏に移りつつある」と見えたのです。

※米中通商協議の中で、企業に対する補助金をやめることに関し「中国の中央政府の補助金はやめることはできるが、地方政府による補助金は経済振興の観点もあるため米国とやめることにつき合意することはできない」と中国が主張していると報じられています。この中国側の主張の背景には「中国の地方政府はいつも勝手なことをやっており、北京の中央政府は地方政府をコントロールできていないので、仮にアメリカと北京の政府が『地方政府による企業への補助金をやめる』ことにつき合意したとしても、北京の中央政府はその合意を地方政府に守らせることができない」という中国国内の(ある意味情けない)事情が背景にある可能性があります。この点と上記の李克強総理の講話とを関連付けて考えると興味深いものがあります。「人民日報」が5月8日の時点で李克強氏が4月23日に行ったこの講話を掲載したのは、アメリカに対して「中国における北京の政府と地方政府との関係(北京の中央政府は現実問題として地方政府をコントロールできていない)も考慮に入れてよ」と求めるメッセージの意味があった可能性があるからです。

 最近の習近平氏は「一帯一路国際会議」等での外国要人と会談するニュースが多く、ほとんど「皇帝」扱いなのですが、現実的・実務的政策の面ではいつも李克強氏が表に出てきます。そうした中、今回、習近平氏のブレーンと言われる劉鶴副首相が主導する米中通商交渉が中国側にとってうまく進んでいないことは、中国政権内部での習近平氏の求心力の低下を勢い付かせることになるのではないかと私は思っています。

 トランプ大統領自身がどう考えているのかはわかりませんが、現実政治についてはほとんど「シロウト」のトランプ大統領を利用して貿易交渉を通じて習近平氏の政権内部での立場を弱くしようと考えている勢力がアメリカ国内にいる可能性があります。習近平氏の周辺もその当たりを感づいているのだとしたら、むしろ「絶対に妥協はできない」と習近平氏周辺は考えるでしょう。米中貿易戦争は、単なる経済問題を超えて、かなりやっかいな(解決の見通しがつかない)二つの大国間の国際戦略上の重大問題に発展する可能性があると思います。国際社会における中国の台頭を抑制する、という発想はあってもよいとは思いますが、アメリカが世界経済を人質に取ってまで暴走することがないように、日本やヨーロッパはうまくアメリカと中国との間の「仲介役」的役割を果たす必要があると思います。

 

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2019年5月 4日 (土)

百年目の五四と愛国主義

 今日(2019年5月4日)は、中国で「五四運動」(1919年)が起きてから百年目の日に当たります。「五四運動」は、第一次世界大戦の終戦処理を議論するベルサイユ会議において、かつてドイツが支配し第一次世界大戦中に日本が支配下に入れていた山東半島について、中国は戦争が終われば当然中国に返還されるものと認識していたのに対し、列強各国は日本がドイツの権益を引き継いで戦後も支配を続けることを認めたことから、怒った中国の学生や民衆が1919年5月4日に始めた大衆運動です。この「五四運動」は、反帝国主義、反日、反軍閥政府、反買弁資本家(=列強各国と協力する中国の民族資本家)の性質を持っていました。この「五四運動」は2年前に起きたロシア革命(1917年)の影響を受けていて、この運動の中の反資本主義の部分が発展して二年後の1921年の中国共産党結党に繋がることから、現在の中国では「五四運動」は共産主義革命の始点となった民衆運動として重要視されています。「五四運動」は、1919年5月4日に北京大学の学生が天安門へ向けてデモを始めたことから始まるのですが、学生デモの出発点となった当時の北京大学紅楼(故宮北門の約400m東にあった)の前の道路は今でも「五四大街(ウースーターチェ)」と呼ばれています。

 こういった経緯があることから、5月4日は中国では「青年節」と呼ばれています。「五四運動」は中国共産党結党へ向けての重要な民衆運動であったし、共産主義革命運動は青年による旧体制に対する反発を重要なエネルギー源として発展してきましたから、歴代の中国共産党政権は「青年節」を重要視してきました。

 「毛沢東語録」には「青年」と題する節があって、「世界はきみたちのものだ。またわたしたちのものだ。だが、結局、きみたちのものだ。」といった毛沢東の言葉が収められています。「五四運動」のスローガンは、「愛国、進歩、科学、民主」ですが、胡錦濤前主席が提唱していた「科学的発展観(=中国語では「科学発展観」)」も「五四運動」のスローガンを念頭においたものだろうと私は考えています。

 しかし、これは私の個人的な印象ですが、習近平主席の時代になってからこの「五四青年節」の扱いが軽くなったような気がしています(このブログの2015年5月10日付け記事「対華21か条要求受諾100周年より対独戦勝利70周年」、2016年5月7日付け記事「習近平体制は『五四運動』ではなく『中華帝国』を目指すのか」参照)。さらに今年(2019年)の年頭の辞で習近平主席は「去年(2018年)は改革開放40周年、今年(2019年)は中華人民共和国建国70周年」と言及したのに「今年は五四運動100周年」とは言及しませんでした。これついて、私は、習近平氏が袁世凱に代表される軍閥政治のような強権的政権を目指し、「青年による既存の体制への批判」を嫌っていることから、「五四青年節」は重要視する気持ちにはなれないからではないか、と考えています。

 しかし、五四運動を軽視することは、中国共産党の結党の歴史から言ってあり得ないので、やはり100年目の記念日が近づくと、習近平氏も「五四運動100周年」についていろいろ発言するようになりました。まず、4月19日に開催された中国共産党政治局会議に際して開かれた「集団学習会」では「五四運動」が取り上げられ、習近平総書記は「五四運動の精神」をよく学ぶように、との講話を行いました。また、4月30日には「五四運動100年記念大会」が開かれ、多くの参加した青年を前に習近平氏は「五四運動の精神」を重要視することについて改めて強調しました。

 中国共産党総書記が100周年の記念日を機に「五四運動の精神」を改めて強調することは、中国共産党結党の経緯から言って至極当然のことだと思います。ただ、習近平氏が行った五四運動100年記念大会での講話のうち「現在の中国においては、愛国主義の本質は、愛国と愛党を堅持することを堅持し、社会主義による高度な統一を愛することである。」とある部分には私は違和感を感じます。というのは、1949年に成立した中華人民共和国は、中国共産党の指導の下、中国共産党による指導を認める各種会派の協力により建国されていることを考えると、「国を愛すること」と「中国共産党を愛すること」が同一であるとするならば、中国共産党以外の建国に協力した各会派を疎外することになるからです。もちろん「中国共産党以外の会派の存在と活動を認める」と言っても「中国共産党が指導的立場にあることを容認する」ことが大前提であり、実質的に今の中国では「中国共産党が全て」なのは事実ですが、だからといって中国共産党のトップが中国共産党以外の会派をないがしろにして「タテマエ」を破壊するようなことを言ってはいかんでしょう、と私には思えます。

 習近平氏の講話でも「現在の中国においては」と断りが入っているいますので、習近平氏自身、今自分が話していることは、百年前の「五四運動」をやっていた人々が考えていた「愛国」とは異なるものである、とわかって話をしているのかもしれません。

 この「国を愛することは、中国共産党を愛することだ」という考え方は、最近習近平氏が言い始めたものではありません。今から10年前の2009年4月15日付け「人民日報」の1面に「愛国主義を時代の光として輝かせよう」というタイトルの論文が掲載されました。そこには次のような趣旨のことが主張されています。

「愛国主義は、国を愛し、党を愛し、社会主義による統一を愛することであり、社会主義価値体系の核心と中国の特色のある社会主義を統一することであり、民族精神と時代の精神とを統一することである。」

 この表現は、今回の習近平総書記による「五四運動100年記念大会」での講話とほぼ同じであり、今回、習近平氏は2009年4月15日の「人民日報」の論文の表現をなぞった講話を行ったということができます。

 ここで2009年の「人民日報」の論文が掲載された日付に注目です。2009年4月15日は、胡耀邦元総書記が死去して20年目の日、即ち1989年の「六四天安門事件」の運動が始まった日から20年目の日だったのです。つまり2009年4月15日の「人民日報」の論文は、「今日は六四天安門事件の運動が始まってから20年目の日であるが、中国共産党を愛し、社会主義による統一を乱すような六四天安門事件の運動のような動きをしてはならない」という主張であったのだ、と私は思っています。同じ趣旨の表現を今回習近平総書記が行ったということは「今年(2019年)は五四運動100年であり、かつ六四天安門事件30年目の年であるが、五四運動100年だからといって青年による既存の体制を脅かすような六四天安門事件のような運動はしてはならない」というメッセージだったのだ、と私は思ったのでした。

 現在の先進各国の民主主義の実情を見てみると、中国の青年たちが「民主主義を目指すべきだ」と感じているかどうかいささか自信がないのですが、青年による社会改革のエネルギーを用いて革命を進めてきた中国共産党が今は青年に対して体制改革に向けて動いてはならないと訴えている現状については「時の流れ」を感じます。今、中国の青年たちは、どのような未来を夢見ているのでしょうか。「愛国とは中国共産党を愛することだ」と言われて「そうだ、その通りだ」と感じているのでしょうか。「世界はきみたちのものだ。またわたしたちのものだ。だが、結局、きみたちのものだ。」という毛沢東の言葉は実に味わい深い言葉だと私は今でも思っています。

 

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2019年4月27日 (土)

一帯一路会議はまるで習近平皇帝への謁見式のよう

 今週北京で開かれていた「一帯一路」構想に関する二回目の国際シンポジウムや首脳会議は、私自身この会議自体に特段異を唱えるつもりはありませんが、「人民日報」や中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」が伝える伝え方は、まるで「中華帝国皇帝習近平陛下が各国代表団に謁見の場を与えている」という感じのニュースのオンパレードなので、いささか辟易します。「新聞聯播」は通常30分の放送時間を延長してこの会議の様子やこの会議のために訪中した各国首脳と習近平主席との会談のニュースばかり伝えていますし、今日(2019年4月27日(土))の「人民日報」などは紙面全部が「一帯一路会議」関連の記事でした。

 中国は世界の中の重要な大国ですから、世界各国のトップ級の人が北京を訪れ、国家主席と会談することが多いのは、以前からそうで、習近平氏が国家主席になってから急にそうなったわけではありません。しかし、私は1980年代にも胡錦濤政権時代にも「人民日報」を読んだり「新聞聯播」を見たりしてきましたが、習近平主席になってからの、まるで「中国の国家主席は世界各国の首脳より格上の世界の皇帝のような存在だ」と言っているような報道ぶりには明らかに過去とは違う演出が目立つという印象を持っています。

 「一帯一路首脳会議」には前回(2017年)に引き続き今回もロシアのプーチン大統領が参加していますが、プーチン大統領に対しては2018年の中国訪問時に中国は「友好勲章」を授与し、今回は「清華大学名誉博士号」を授与しました。中ロ友好を強調する演出の一つですが、こう続けざまに「習近平主席臨席の下、プーチン大統領に勲章や名誉博士号を授与した」という映像を見せられると、古代の中国の皇帝と朝貢国国王との関係のようにさえ見えます。数年前、北京でマルチの国際会議があった機会を捉えて中国・ロシア・カザフスタンの三カ国首脳会議をやったのですが、習近平主席が巨大な丸テーブルの頂点の位置に座り、プーチン大統領とカザフスタンの大統領が正三角形の底辺の二つの頂点の位置に座っていた場面をニュースで見たことがあります。私はいくらなんでも、これではプーチン大統領に対して失礼ではないのかなぁ、と感じたことを覚えています。

 プーチン大統領は現実的な賢い政治家なので、世界に対して中ロ蜜月関係を強調する演出ならばそれはロシアにとってもプラスだ、と考えて、イベントの演出の仕方に特段注文を付けたりはしないでしょう。しかし、「習近平主席は世界に冠たる中華帝国皇帝なのだ」「世界各国の首脳は習近平主席と会ったり、習近平主席から勲章をいただいたりすることをありがたがっている」と言いたげな演出の仕方は、中国の国際的なイメージを悪くするのでやめた方がよいと私は思います。「一帯一路首脳会議」には、第一回に引き続き今回もギリシャのチプラス首相が参加していますが、2015年に債務問題でEUと揉めていた頃には頻繁に日本のニュースにも登場したチプラス首相が習近平主席からの招聘に応じて毎回北京を訪れる様子を見ると、誰が見ても「中国のカネの力はやはりすごいなぁ」という印象を受けるのは否めませんからね。

 G20にしろAPECにしろ、どの国が主導権を握っている、といった話にならないように、開催地は毎年「持ち回り」になっています。一方「一帯一路」は「海と陸のシルクロード」と言われる通り、発想の最初から漢や明といった歴代の「中華帝国」が中心になるというイメージを持っていて、会議の場所は北京に固定されています。習近平主席は「中華民族の偉大な復興」を提唱し、それを実現するためのプロジェクトとして「一帯一路」を進めているのですから、「衣の下から鎧が見える」のではなく、あからさまに鎧を着て「中華帝国の復権」を意図しているのを中国は隠すつもりはないのだと言えます。なので、警戒を強める国も出てくるわけです(今回はアメリカは政府高官を派遣しませんでした)。もし、中国の「一帯一路構想」が、習近平主席が中国人民に対して「私は世界の中で中華帝国皇帝のように振る舞っているのだぞ」と見せたいための手段に過ぎないのだとしたら、世界各国は「一帯一路構想」に対しては一定の距離を置いて対応すべきでしょう。もし、中国が「一帯一路構想」は「中華帝国の復権」を意図しているわけではなく国際協調による発展を目的としているのだと真に考えるならば、習近平主席を「中華帝国皇帝」のように見せるような演出はやめるべきだと思います。

 

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2019年4月20日 (土)

現在の中国共産党の最優先課題は「経済」

 中国共産党は原則として毎月後半に「政治局会議」を開いてその時々の重要政策課題について議論します。昨日(2019年4月19日)も中国共産党政治局会議が開かれたのですが、昨日の議題は「当面の経済情勢と経済政策」「2018年における脱貧困政策の成果に関する状況」「中国共産党宣伝工作条例について」でした。「脱貧困政策」も「中国共産党の思想宣伝業務」についても一般人民の不満を広げないようにするという意味では当面の経済政策と密接に関連していますので、現在の中国共産党は、米中貿易戦争等の状況も踏まえ、現在の経済の状況を非常に重要視していることがこの議題からも伺えます。

 4月17日に発表された2019年第一四半期の中国のGDPは前年比6.4%増となり、2018年第四四半期と横ばいで、一部には中国経済は底を打った可能性がある、との見方もあるようですが、中国共産党自身はまだまだかなり慎重に見ているようです。中国共産党の現在の経済に対する認識は、昨日の政治局会議の内容を伝える今日(2019年4月20日)付けの「人民日報」1面に掲載されている新華社の記事の報道ぶりにも伺えます。この新華社の報道が伝える中国共産党政治局会議での経済の現状に対する認識のポイントは以下のとおりです。

○今年(2019年)に入ってから、複雑で厳しい情勢に直面し、質の高い発展を推進することを迷うことなく堅持し、供給サイドの構造的改革を深化させ、「公害対策」「金融リスク対策」「脱貧困」の三つの戦いを継続し、積極的な財政政策と穏健な金融政策を継続的に実施し、適時に適度なマクロ政策と逆周期調整(反循環的な調整)を実施し、主要な経済指標を合理的な水準に保持し、マーケットの信用を明らかに向上させてきた。

○これまでの成果を十分に肯定すると同時に、経済運営には依然として少なからざる困難と問題が存在すること、外部的な経済環境は総体的に緊迫していること、国内経済には下押し圧力が存在すること、なかんずく既存の景気循環的要素だけでなく、構造的、体制的な要素もさらに存在することを明確に認識しなければならない。

○供給サイドの構造的改革が安定的に求められていることに重ねて注意し、構造的なデレバレッジを堅持し、質の高い発展を求める中で金融リスクの防止・解消を進めなければならない。

○マクロ政策は質の高い発展に立脚したものでなければならず、質的向上を重視し、市場活力の活発化を重視し、積極的財政政策の効率を高め、穏健な金融政策は適度なものにしなければならない。

○製造業においては高品質な発展を穏やかな成長のよりどころとし、伝統的な産業のレベルアップを加速させ、新興産業を強化しなければならない。

○民営企業と中小企業の発展を効果的に支持し、金融の構造的改革を加速させて、融資難、融資コストが高すぎ、という問題を着実に解決し、優秀な民営企業のレベルアップを推進しなければならない。

○「マンションは住むものであって投機するものではない」との考え方を堅持し、各都市ごとに政策を実施し、各都市の責任において長期的に有効なコントロールをしなければならない。

 従来自らの経済政策が順調であることを誇示することの多かった中国共産党が上記のように慎重に現在の経済情勢を見ている点は重要だと思います。とは言え、私は最後のマンション価格安定化政策について、各都市の地方政府に対策を「丸投げ」している感がある部分については、「大丈夫かなぁ」という心配を持っています。全国一律の政策を打つのではなく、各都市の状況に合わせて柔軟な政策を選択することは大事だとは思いますが、「デレバレッジを進める」方針の下で「積極的な財政政策と穏健な金融政策」を進める、という政策運営は非常に微妙なさじ加減を要求されるものであり、マンション価格安定化政策について「各都市の地方政府の責任だ」と丸投げしてしまうと結果的にロクな結果にならない可能性があるからです。

 景気下支え策の一環として、中国におけるマンション建設も今また息を吹き返しているのかもしれませんが、「『投機目的の購入』が制限される中で大量に供給される高層マンションを誰が買うのか」「マンション建設の推進とマンション価格の安定という二つの政策は矛盾なく進められるのか」「マンション価格が高騰するのは問題だが、価格が高騰しないならば多くの人は急いでマンションを買いたいと思わなくなるのではないか」など今の「景気下支え策」がもたらすマンション建設投資がどういう結末を見るのかわからない部分が多々あります。

 4月18日(木)の日本経済新聞朝刊11面には山東省カ沢市(「カ」は「くさかんむり」に「河」)の不動産ブームに関する記事が載っていました(見出しは「住宅バブル曲がり角 『地上げ』今年急減へ 中国山東省『国母』の街」(「国母」とあるのは、この町が習近平主席の夫人の彭麗媛氏の故郷であるため))。この記事では「棚改」と呼ばれる地方政府主導の古い低層住宅を取り壊し高層マンションを建てるプロジェクトについて報じています。私は1986年~1988年と2007年~2009年の二回北京駐在を経験し、この手の「棚改」がとんでもない規模で中国各地で行われているのを自分の目で見てきました。これらは日本の高度経済成長期のマンション建設とは比べものにならない規模とスピードで行われてきたのです(しかも、一見して、道路や地下鉄等の整備等のインフラ整備と整合的に行われているとは思えないところも多い)。

 日本経済新聞では、今回、山東省カ沢市のような(こう言っては失礼かもしれませんが)名もない小さな地方都市について報じていますが、こうした状況は中国全土に非常に数多く存在することは容易に想像できます。中国共産党自身が現在の中国経済の状況を楽観視しているわけではない、という点は評価すべきだとは思いますが、私たちは、多くの課題を抱える中国経済の今後について、「GDPが下げ止まったから安心だ」などと安易に考えてはならないのだと思います。

 

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2019年4月13日 (土)

中国経済の景気サイクルの大きさと周期の変化

 どの国でもどの時代でも経済は好況と不況を循環的に行き来するサイクルを描くものですが、中国経済の景気サイクルの波動の大きさと周期については、他の国のそれに比べて「波動の変動幅は大きく、周期は短い」と感じている人が多いのではないでしょうか。2007年の二度目の北京駐在開始時に、久しぶりに中国の各種統計をじっくり見てみたとき思わず笑ってしまったのは、1990年代以降の多くの農産物の生産量の推移を示すグラフが「絵に描いたような周期変動」を描いていたことでした。1990年代以降、中国の経済発展に伴い、一般の人々の所得水準が上昇するにつれて、ニンニク、鶏卵、豚肉といった農産物に対する需要が急増し、そのたびに全国一斉に特定の農産物が増産され、その後短い期間の間に「作り過ぎ」により生産量が減少する、というパターンを描く農産物が目につきました。

 どの国でもどの時代でも「ブーム」というものは存在し、ある商品が短期間に大量に出回るようになり、「ブーム」が去るとその生産量が激減する、というパターンはあるものですが、中国の場合、「ブーム」が巻き起こす生産拡大の量が半端ではなく、かつそれが「廃れる」までの周期も非常に短い、という印象があります。ごく最近の典型的な例では「シェア自転車サービス」があります。スマホの普及に伴って始まった「乗り捨て自由のシェアバイクのサービス」は、中国では2015年頃から急拡大しましたが、多数の会社が一斉に参入したため、自転車のメンテナンスなどの問題が生じ、多くの企業は数年程度の短期間で撤退することとなりました。こういう光景は私にとっては「デジャブ(既視感)」のように思えました。というのは、例えば、最初の北京駐在時の1987年頃の中国には「地ビール・ブーム」というのがあり、所得の向上や冷蔵庫の普及の開始に伴って、各地方に地ビール製造会社が乱立したのですが、品質管理に問題のあるブランドも多く、「ブーム」で乱立したブランドの多くがあっという間に消え去ったことがあったからです。

 「起業家精神が旺盛な文化的背景」とか「とにかく新しいことをやってみることを奨励する政府の政策意図」とかいろいろ背景はあるのでしょうが、各分野における小さなバブルの発生と崩壊の繰り返しは、中国経済のバイタリティの源泉であり、否定的に見る必要はないのだろうと思います。逆に言うと、各産業、各商品(各サービス)において「バブルの発生と崩壊」を繰り返しているからこそ、中国経済全体を見ればバブル的に見えたとしても全体が崩壊することはない、とも言えるのかもしれません。

 ただ、過去の先進各国がそうであったように、短期間の「ブーム」の発生と終焉は、「資源を浪費する」とか「技術や経験が蓄積しない」とかいう問題があるので、政府は「ブーム」の変動をできるだけなだらかにするようにコントロールしようとする方向で政策の舵を取ります。従って、かつて変動幅が大きく、周期が短かった「ブームの繰り返し」的動きは、だんだんと変動の振れ幅は小さく、周期も長い「安定的な動き」に変化していきます。実際、中国の各種農産物の生産量は、2000年代以降は、かなり安定的に推移するようになっています。

 2008年のリーマン・ショック後の日米欧の経済は「急速に拡大しているわけでもないが急速に縮小しているわけでもない状態がダラダラと長く続いている」ように見えます。各種政策や経済のグローバル化による各国間の景気変動の平滑化などにより、各国経済の変動が見えにくくなっているのが現状なのかもしれません。中国の経済も今「変動の変動幅は小さく、変動周期は長く」なるように変化しつつあるのかもしれません。よく「過去の景気後退時にはこうだった」などという分析が行われますが、経済の変動周期が消えてしまう状態になった場合には、過去の景気変動時の経験則は使えなくなるかもしれません。

 今「中国の景気は2018年第四四半期を底にして底入れしたのかもしれない」といった期待感が世界中を覆っているように見えますが、「景気が底入れした後には必ず景気は上昇基調に入る」という過去の経験則は、中国についても既に適用できなくなっている時代になっているかもしれない、という点には注意が必要だと思います。

 

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2019年4月 6日 (土)

日本の新年号に関する報道に見る「中国も小さくなったなぁ」感

 日本の新しい年号が「令和」に決まりその出典が中国の古典ではなく万葉集だったことについて、中国の「環球時報」が「中国の痕跡は消せない」と報じたことが日本で報道されました。私はこの報道を見て「日中間の認識ギャップ」というよりは「世代間ギャップ」を感じました。というのは、私より上の年代(毛沢東や周恩来をリアルタイムで知っている年代)の中国人記者ならばこういう記事は書かなかっただろうなぁ、と思ったからです。

 そもそも西暦ではなく漢字二字(時として四字)の「年号」を用いて年を表記するやり方は日本が中国のやり方をまねたわけですし、「どういう漢字を使うか」が常に意識されるし、今回の「令和」の出典となった万葉集の記述も原文は漢文(万葉仮名で表記した「やまとことば」ではない)なので、今回日本の年号が「令和」になりその原点が中国の古典ではなかったとしても、日本の新元号が「中国の文化的背景から逃れられていない」ことは誰が見ても明らかです。なのにことさら中国の報道機関が「中国の痕跡は消せない」とやっきになっている姿は、やや滑稽ですらあります。

 私が1980年代に付き合っていた中国の人たちの日本感は、ちょっと意地悪な言い方をすれば「最近日本は経済的に羽振りがよいが、所詮は中国の文化を受けて育った周辺少数民族が作った国家にすぎない」という感じのものでした。1972年の日中国交正常化時に田中角栄総理が表敬訪問した際に毛沢東主席が言った言葉「(周恩来総理と)もうケンカは済みましたか?」や「古来中国は日本に二つの迷惑を掛けた。それは(こどもたちに習得の負担を掛ける)漢字と(男尊女卑などの封建的な思想を広げた)儒教だ。」と言った言葉については、私はよく言えば「大陸的な大局的な視点」を感じたし、意地悪く言えば「日本はお釈迦様の手の届く範囲を超えられなかった孫悟空のように所詮は中国の影響の範囲内を飛び回っているに過ぎない」という中国の古来からの日本感があるようにも感じていました。

 なので、今回、「『令和』という年号が中国古典ではなく万葉集を出典として決められた」ことに対して中国の新聞が「中国の痕跡は消せない」と躍起になって主張する姿を見て、「中国も小さくなったなぁ」「中国には(良い悪いは別にして)もっと大所高所から『アジアのリーダー』としての自負を持って欲しいなぁ」と私は感じたのでした。

 毛沢東が始めた中国の共産主義革命は、ソ連のコミンテルンが始めた「国際共産主義運動」に則ったものでした。「国際共産主義運動」とは、帝国主義が各国のナショナリズムに基づいて戦争を進めていた19世紀から20世紀初頭の世界において、「世界のプロレタリアート(資産を持たない一般人民)は国境を越えて団結せよ」という呼びかけに基づいて進められたもので、この呼び掛けが第一次世界大戦を戦っていた各国の人々の間に一定程度の共感を呼び、ロシア帝国、オーストリア・ハンガリー帝国、ドイツ帝国が崩壊してこれらの帝国が始めた第一次世界大戦は終わったのでした。第一次世界大戦の戦後処理を話し合うベルサイユ会議において参加各国がドイツが占領し第一次世界大戦中にその権益を日本が引き継いでいた遼東半島を中国に返還しないことを認めたことが、1919年5月4日に始まる中国の「五四運動」を引き起こし、五四運動によって広がった中国全体の動きの中で1921年に中国共産党が誕生したのでした。このことを考えても「全世界人民よ団結せよ」というスローガンに象徴される「国際共産主義運動」は中国共産党の基本理念であるはずです。今、天安門に掲げられている毛沢東の肖像の左側には「中華人民共和国万歳」と書かれていますが、右側には「世界人民大団結万歳」と書かれていますし、中国共産党の重要会議(党大会など)の時には「国際共産主義運動」の象徴である歌「インターナショナル」が斉唱されるのも中国共産党が今でも少なくともタテマエ上は「国際共産主義運動」を進めていることを示しています。

 その中国は、少なくともトウ小平氏の時代まで(1980年代まで)は、「中国は米ソ超大国には追随せず、発展途上国である第三世界をリードする立場にある」という自負を持っていたと思います。しかし中国の経済力が現実的に世界経済を支配できるほどの力を蓄えるようなってからは、中国は「世界各国のリーダーになる」という革命第一世代が求めた姿ではなく、「世界を中国の支配下におく」という革命以前の中華思想的発想に先祖返りしているように見えます。特に習近平政権になってからはその傾向が顕著です。トウ小平氏は一貫して「中国は決して超大国にはならない」と主張してきました。しかし、習近平主席がアメリカのオバマ大統領との会談で「中美両個大国・・・」(中米二つの大国が・・・)と切り出したのを聞いた時、私は中国の国際社会における立ち位置が変わった(各国をリードするリーダー国を目指すのではなく、各国を支配する中華帝国としての位置を目指す)と感じました。習近平主席が提唱する「一帯一路構想」や「中華民族の偉大な復権」は、明言はしていませんが、シルクロードを軸に繁栄を築いた武帝時代の漢や乾隆帝の頃の清のような巨大な力で周辺諸国に影響力を及ぼす中華帝国を目指していることは明らかです。これは中国共産党の出発点だった「国際共産主義運動」や党大会の時に歌う「インターナショナル」の理念とは全く異なります。

 今回、「環球時報」が日本が新元号「令和」を決めたことに対して「中国の痕跡は消せない」と書いたのは、日本が今の中国が進める「中華帝国樹立」に反する動きをしたことを牽制する意図があったものと思われますが、逆に言うと、そのこと自体が、今の中国が「国際社会のリーダー」を目指しているのではなく「中華帝国」を目指していることを表していると思います。

 毛沢東や周恩来のような革命第一世代やトウ小平のような革命第二世代は、中国の国際的地位を高めることを目指していましたが、決して「中華帝国」を目指しているわけではありませんでした(というより革命世代の彼らにとっては「中華帝国」は打倒されるべき古い概念だった)。今の中国には、革命が始まった頃に目指していた「国際社会における中国の立ち位置」をもう一度見つめ直して欲しいと思います。

 その意味で、習近平主席が中国共産党誕生の原点である「五四運動」の百周年にあたる今年の5月4日にどのような発言をするか私は注目しています。今年(2019年)の年頭の辞で習近平主席は「去年は改革開放40周年だった」「今年は中華人民共和国建国70周年に当たる」と述べましたが、「五四運動100周年に当たる」とは言及しませんでした。「五四運動」のスローガンは「民主と科学」だったのですが、少なくとも胡錦濤前主席はこれを重要視していました。習近平主席が「革命の初心」を目指すのか「中華帝国」を目指すのか、今年の中国の5月4日に注目したいと思います。

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2019年3月30日 (土)

相次ぐ化学工場大爆発の背景には中国共産党指導の行政構造がある

 3月21日(木)に起きた中国江蘇省塩城市にある化学工場での大爆発事故については、死者が78人に達したとのことですが、中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」では、3月25日(月)の「現場での捜索救援活動は基本的に終了した」というニュースを最後に続報は伝えられなくなりました。その後については「原因や誰に責任があったのか等については調査中なので、新しい情報はない」ということなのでしょう。ただ、習近平主席の欧州訪問や李克強総理のボアオ経済フォーラム参加のニュースが続くと、まるで中国中央電視台が「化学工場大爆発の話は終わりました」と宣言しているように私は感じてしまいます。

 中国には独自で宇宙ステーションを打ち上げて運営する技術もあるし、中国での2回合計4年3か月の駐在期間中に結構飛行機で中国国内を移動しましたがロストバゲッジ(託送荷物の行方不明)は私は一度も経験していないので(逆に行った回数が圧倒的に少ないヨーロッパでは1度ロストバゲッジを経験しているので)、私には技術の面や職員の執務能力の点で中国が他の国に劣っているというイメージはありません。しかし、企業の産業保安や環境対策に対する取り組みについては、他国に比べて中国は相当程度にレベルが落ちると思っています。2007年に19年ぶりに二回目の北京駐在をしていた期間中、多くの犠牲者が出る炭鉱事故が相次いで起こり、私は「前回駐在していた頃の1980年代から全く進歩してないじゃないか」と感じたことを思い出します。

 日本でも高度経済成長期の昭和30年代には多数の犠牲者を出す炭鉱事故が相次いでいました。しかし当時の日本では、企業も行政もそうした事故についてかなりの危機感を持って受け止め、その後炭鉱の安全対策のレベルは急速に高まりました。それは「当時の日本人は優秀だった」というよりも、事故を起こしても改善しない企業は株主からの批判が高まれば会社の経営陣はクビになるし、行政のトップに立つ政治家は改善策に消極的なら有権者から批判され次の選挙で落選してしまうため、企業や行政は産業保安対策をせざるを得ない状況にあったことが大きいと思います。日本で公害が社会問題になってからの環境対策も同様で、有権者が公害の被害をひどいと感じているのであれば、政治家は選挙で勝つためには公害企業に甘い顔をするわけにはいきません。しかし、中国では、企業と行政が癒着していても人民は行政トップの政治家を辞めさせられないし、株式公開をしている国有企業であっても一般株主が持っている株は発行株式の一部にしか過ぎないので一般株主が企業トップのクビをすげ替えるという事態は基本的に起こり得ません。なので、中国では企業の側に産業保安や環境対策にまじめに力を入れようというインセンティブが働かないのです。

 2007~2009年の二度目の北京駐在の期間中に汚水処理を専門にする日本企業の方に聞いた話ですが、中国では世界水準と同等のレベルの厳しい環境水準があり、それに違反すると罰金等の罰則が科せられる制度がきちんとあるのだが、多くの地方では基準通りの排水対策を講じている企業は半数に満たないとのことでした。罰金より排水対策を講じるお金の方が高いので罰金を払い続けてでも汚水を流し続ける企業もあるとのことでした。地方政府の側も汚水を流す企業に対して改善を要求はするのだけれども、企業が操業をやめてその地方の雇用が失われたり地方政府の税収が減ったりするのも困るので、地方政府の企業に対する環境対策指導には腰が入らない、とのことでした。公害の被害は、その地域の住民が被るわけですから、住民が選挙を通じて企業に甘い行政府トップの政治家に文句が言える、という民主主義のシステムは、企業の環境対策に対する行政からのプレッシャーという面では致命的な役割を果たすのだと私は思います。

 私が2007年の二度目の北京駐在時に読んだ米国議会の「米中経済安全保障レビュー委員会」2006年年次報告には「ある村では村営企業が『ニセモノ』を作っている。知的財産権について取り締まる側に立つべき地方政府が自ら『ニセモノ』を作っているのだから、取り締まれるはずがない。」という部分があったことを思い出しました。

 これも北京駐在期間中にある日本のある企業の人から聞いた話ですが、自社のニセモノ製品を作っている工場を突き止めて、その地の地方政府と話し合おうと現地に行ったところ、現地入りした日の夜に当地の公安担当者がホテルにやってきて「我々はあなた方外国人を保護するのが役目だが、この地方は治安がよくないので、北京にお帰りになることをお勧めする。」と言われたとのことです。要するにニセモノを作っている企業とその地方の政府と公安とがみんなグルだというわけです。

 中国共産党の地方幹部が地方政府の幹部になっている上に、各企業は中国共産党の指導の下で動くことが義務付けられている中国では、「取り締まるべき地方政府と企業とが癒着し、労働者の安全や住民に影響を与える環境対策や知的財産に関する法律遵守がおろそかになりがちになる」という現象は、中国共産党が全てを指導するという行政システムの必然的な結果であると言えます。

 今、アメリカと中国とが通商交渉をやっていますが、もしアメリカ側がこうした中国における政府と企業との構造関係にまで改善を要求しているのだとすると、これは中国共産党による行政支配の根本に係わる問題ですので、中国側としては絶対に受け入れられないでしょう。しかし、産業保安の問題にしろ、環境対策の問題にしろ、知的財産の問題にしろ、対策をおろそかにすればそれらは結局は社会全体のコストとなって社会全体の効率を下げてしまうことになります。中国共産党の内部にさえ、アメリカからの「外圧」を利用して、地方政府と企業との癒着の問題を解決するシステムを作るべきだ、という考え方もあると聞きます。一方、地方政府と企業とを完全に分離してしまっては「中国共産党が全てをコントロールする」という大原則が崩れてしまいます。今回の江蘇省塩城市の化学工場大爆発に対する中国の中央政府のあまりの「静けさ」は、そうした中国共産党中枢部分での根源的な「悩み」を反映しているのではないか、と私は感じています。

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2019年3月23日 (土)

化学工場大爆発は2015年8月のチャイナ・ショックのデジャブーか

 中国江蘇省塩城市にある化学工場で3月21日午後大きな爆発があり、現在までにわかったところでは64人の方が亡くなり多くの負傷者が出ているとのことです。化学工場で火災が発生し、それによって大爆発が起きたようで、周辺住民が大爆発の瞬間を撮影した動画を日本のテレビニュースでもやっていました。数キロ離れていたところから撮影した動画では、爆発の後、数十秒して爆風によりガラス窓が壊れる様子も映っていましたから、爆発の規模は相当に大きなものだったようです。

 中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」では、中国国内のかなり大きな事故でも報じないことが多いのですが(中国人ですら「新聞聯播」には「新聞(中国語では「ニュース」を意味する)がない。旧聞ばかりだ。」などと陰口を叩く人もいる)、さすがにこれだけ社会的に大きなインパクトを与える事故は無視するわけにもいかないようで、発生当日の21日の放送でも伝えていました(ただし、ニュースを伝える順番は番組の後半の方でフィギュア・スケート世界選手権で中国人ペアが優勝したニュースの後でした)。事故の大きさがはっきりしてきた翌22日の「新聞聯播」の放送では、トップで習近平主席がヨーロッパ訪問の最初の訪問国であるイタリアに到着した事実を短く伝えた後、結構長い時間を掛けてこの化学工場爆発のニュースを伝えていました。レポーターによる現場からの報告やヘリコプターまたはドローンからのものと思われる爆発現場の上空からの映像も伝えられました。上空からの映像によると、爆発によるクレーターと思われる直径100メートルほどの水たまりも映っていました。中国中央電視台が事故をしっかり伝えようという姿勢は感じました。

 しかし、この化学工場大爆発事故に対する中国政府の「緊迫感」は伝わってきません。ヨーロッパ訪問中の習近平主席や李克強総理は事故への対応いついての「重要指示」を出したと伝えられていますが、現場に向かったのは王勇国務委員(政治局常務委員(いわゆる「チャイナ・セブン」)ではない)でした。李克強総理は、22日は北京市内の財政部を視察しており、「通常業務」をしているように見えました。

 多くの人は、今回の江蘇省塩城市での化学工場の大爆発は、2015年8月の天津での化学工場大爆発事故(死者165人)を思い出したと思います。ほとんどデジャブー(既視感)のように感じた人もいると思います。中国では結構「よくあること」なのですが、現場の担当者の安全意識が低く、過去の他の場所での大事故の教訓を活かすことなく、大規模な産業災害が繰り返されます。産業事故に限らず、2007年にメラミン入りペットフードがアメリカに輸出されて国際的な問題になったのに、2008年には乳児用粉ミルクや一般消費者用の牛乳にメラミン入り生乳が使われる事件が起きるなど、「過去に起きた事件を教訓にして状況を改善しようなどとは誰も(政府も企業も)思っていないのではないか」と思わせるような事件事故の連鎖が中国ではよく起きます。

 今回の江蘇省での化学工場爆発事故では、中国政府の対応には「これでいいのかなぁ」と思わせるものがあります。習近平主席や李克強総理が即座に対応について現場に指示を出したのはいいとして、現場の救急隊員たちが必死に活動しているのは伝えられているものの、中央政府が今回の化学工場の爆発について緊急に対応しているという姿が見えないのです。私の目には、これは「中国だから」ではなく「習近平政権だから」と見えてしまいます。私は胡錦濤主席・温家宝総理時代の2007年~2009年に北京に駐在していました。2008年1月(春節直前の交通煩雑期)の華南地方での大寒波の時には温家宝総理自ら湖南省に飛んで現地での情報の収集と対応の指示に当たりました。2008年5月の四川省での巨大地震の時には、地震発生1時間後のまだどういう状況なのかネット上でも情報が錯綜している段階で「胡錦濤主席の指示により温家宝総理が四川省へ向かって出発した」というニュースが流れました。2009年7月に起きた新疆ウィグル自治区での暴動の時は、ヨーロッパ訪問中の胡錦濤主席はG8サミットへの出席をキャンセルして急遽帰国しました。巨大な自然災害や民族暴動と産業保安上の事故とはもちろん性質が違いますが、「緊急時対応」という意味では、習近平-李克強体制は、胡錦濤-温家宝体制に比べてかなり「反応が鈍い」という印象を私は受けています(習近平主席と李克強総理が「チーム」を形作っていないことがハタ目にも明らかだからです)。多くの中国の人々も同じような印象を持つのではないでしょうか。

 2015年の天津市での化学工場大爆発(8月12日に発生)とその後の中国政府の対応ぶりがちょっと変だったことは、爆発事故の前日(8月11日)に株価バブルが崩壊する中で中国人民銀行が人民元基準値の引き下げを突然発表したこととも合わせて、中国政府の事態対応能力に疑問符を付けることになり、それが、8月下旬に世界を襲った「中国発世界同時株安(後に「チャイナ・ショック」と呼ばれるようになる)」の背景にあったのではないかと私は考えています(このブログの2015年8月22日付け記事「天津港大爆発事故への中国政府の対応が少し変」参照)。

 2019年3月最終週は、イギリスではEU離脱に際して「合意なき離脱」を回避できるかどうか重要な動きがありそうです。アメリカでは「ロシア疑惑」を巡るモラー特別検察官の報告書がまとまって政治的に大きなインパクトが生じるかもしれません。昨日(3月22日(金))のニューヨーク株式市場では、発表された欧米の経済指標が悪かったことと、アメリカ債券における長期金利と一部の短期金利の逆転現象(いわゆる「逆イールド現象」。景気後退を前触れ現象と言われる。)が起きたことからニューヨークの株価指数は大きく下げました。週明けの中国市場にも動揺が広がるかもしれませんが、もしそうなっても、中国政府には内外に対して「中国政府内部は一致団結して迅速に困難な事態に対処している」という姿を見せて、内外の人々を安心させて欲しいと思います。そうでないと(今回は「中国発」ではないので「チャイナ・ショック」とは呼ばれることはないでしょうが)、2015年8月のような世界を何周もする「世界同時ショック」がまた起きてしまうことになるかもしれません。

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2019年3月16日 (土)

中国における中古マンションの資産価値維持の問題

 昨日(2019年3月15日)、中国国家統計局は2019年2月の主要70都市の新築住宅価格の状況を発表しました。これによると前月比で下落した都市の数は9で1月より1つ増えたとのことです。これを伝える日経新聞の記事によると「『3級』と呼ばれる地方都市の下落が目立った」とのことです。

 毎月発表される中国主要70都市の新築住宅価格の状況を見ると、価格上昇の勢いは相当鈍っているものの、急激に下落しているわけでもなく、中国の主要メディアが報じているように「マンション価格は安定的に推移している」状態であるようです。これは急激なマンション価格急騰を防ぐための各地方政府によるマンション価格上昇抑制策が効いているためと思われます。

 新築マンションの価格が落ち着いているのはよいとして、私が最近気にしているのは、新築マンションの販売契約数と中古マンション価格の状況です。最近私は「人民日報」ホームページ(人民網)の房産(マンション資産)チャンネルで以下のような記事を見ました。

○2019年3月12日付け「証券日報」の記事:「2月分の一線都市の新築マンション成約面積は前月比年率換算48%の下落」

 この記事では2019年2月の典型的な40都市の新築住宅成約面積が前月比年率換算39%、前年同月比13%減少(そのうち一線都市は前月比年率換算48%、前年同月比33%の減少、二線都市は前月比年率換算41%、前年同月比12%の減少、三四線都市は前月比年率換算30%、前年同月比20%の減少)していることを伝えています。春節(旧正月)の時期のマンション販売動向は春節の時期が関係してくるので年によって大きくバラつくため数字だけで単純に判断することはできないのですが、この記事では「2018年年末に住宅都市建設部が『穏やかな地価、穏やかなマンション価格、穏やかな予想』の要求を出したことを考えれば、2019年上半期の40都市のマンション契約面積は萎縮が継続するだろう」とする専門家の見方を伝えています。

○2019年3月15日付け「新京報」の記事:「中古マンション価格は二年で10%以上下落」

 「新京報」は北京で人気のある日刊紙で、結構鋭い分析記事も載せるので、私は2007年~2009年の北京駐在期間中は毎日読んでいました。この記事によると、北京における中古住宅の推計価格は2016年に史上最高値を記録した後、2017年3月に出されたマンション価格抑制政策が効いて9か月連続下落し、2018年春節後はやや回復基調となり8か月連続上昇した後、再び下落に転じた結果、2019年2月の北京の中古マンション価格は1平方メートル当たり59,898元(約99万円)となり、2019年3月の高値から11.3%下落したことになる、とのことです(1平米当たり約100万円となると、50平米のマンションで5,000万円になりますので、立地条件などにもよると思いますが、東京と比較しても相当に高過ぎると私は思います。なお、中国の場合、マンションの各戸の面積は通常共用部分を均等割した面積も含むので比較する際には注意が必要です)。

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 どこの国でも事情は同じですが、中古マンションの場合「共用部分のメンテナンスがきちんと行われる等の資産価値の維持が適切に行われているか」が重要になります。北京に駐在している時にしょっちゅう日本と行き来して気になったのは、日本のマンションは夜になると煌々と明かりが点いているのに対し、北京のマンションは真っ暗な部屋が多過ぎる、ということでした(このブログの2007年10月17日付け記事「夜8時半過ぎの北京のビルの稼働率」参照)。マンションで夜になっても暗い部屋が多いのは「値上がりを期待して投機目的でマンションを購入して実際には住んでいない人」が多いためと思われます。住んでいない所有者はマンションのメンテナンスに対する関心が低くなりがちで、そういう住んでいない所有者が多いマンションは管理の目が行き届かず、結果的にマンションの資産価値を下げてしまう可能性が大きくなります。中国では、これまで急速にマンション建設が進んで来ていて、投機目的でマンションを買った人たちも、結構短期間で転売を繰り返していたので気にならなかった可能性がありますが、価格の上昇ペースが鈍って転売するまでの期間が長期化すると「長期にわたるメンテ不足でマンションとしての資産価値が下がる」という問題が中国で今後顕在化してくる可能性があります。

 昨日(3月15日)全人代が終わりましたが、中国政府は、経済の急減速を避けるため、金融政策を緩和的なものにし、不動産を含めた投資のレベルも維持する方針のようです。実際、不動産投資は、以前に比べれば落ち着いてはいますが、依然として高いレベルが維持されています。上記の新聞記事で報じられているように、新築マンションの販売面積が減少し、中古マンション価格も下落傾向になる中、依然としてマンション建設投資は一定のレベルが維持されている現状は、どこかの時点でマンションの需要と供給のアンバランスが生じることを予見していると思います。それに加えて投機目的のマンション購入が多い(=所有者が部屋に住んでいないケースが多い)ことによるメンテ不足による中古マンションの資産価値の低下の問題が中国のマンション市場の状況を日本のバブル崩壊期より悪い状況にしてしまう可能性があります。

 日本の高度経済成長期の住宅建設の主体は、政府系の日本住宅公団(現在の独立行政法人都市再生機構の前身)と民間開発業者の二本立てでした。住宅公団では「投機目的の購入」は認められませんでしたし、民間開発業者も私鉄関連企業が多く「住宅を買った人が実際に住むこと」が前提になっていました。私鉄関連の住宅開発会社は、住宅を買って住んでもらって、系列会社の鉄道で通勤してもらって、ターミナル駅にある系列会社のデパートで買い物をしてもらって、系列会社が経営する球団の野球を見てもらう(または系列会社が経営する遊園地や動物園に来てもらう)、というのが一つのビジネス・モデルでした。西武、阪急、阪神、近鉄、南海、西鉄と言えば、鉄道であり、デパートであり、(今は西武と阪神だけですがかつては)プロ野球球団でした(私は宝塚歌劇団を経営しているのが阪急電鉄だと知ったとき、このビジネス・モデルの徹底ぶりに感心した記憶があります)。中国の場合、社会主義を標榜しているにも係わらずマンション建設は民間主体であり、しかも「マンションは買ってもらえばいい。人が住むかどうかは問題ではない。」というデベロッパーが多いことが日本の場合より中国のマンション市場を「たちの悪いもの」にしています。

 「メンテナンス」は目立たないのですが非常に重要な問題です。日本車が世界で人気を博しているのは、適切にメンテすれば性能が維持され、中古車で売るときに高く売れるから、という背景があるようです。中国では建設されてからそれほど時間が経過していないのに「古いビルだなぁ」という印象を与えるビルが数多くあります。東京にある36階霞が関ビルは去年(2018年)開業50周年を迎えましたが、内装はもちろんエレベーターも新たしいものになっており50年前に建てられたことを感じさせません。日本でも高度経済成長期に建てられたマンションの老朽化が社会問題になりつつありますが、中国の中古マンションの資産価値維持のためのメンテナンスの問題が経済問題として大きくクローズアップされることになることは間違いないと思います。

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2019年3月 9日 (土)

経済成長率6%への対応能力が試されることになる中国

 現在開催中の全人代の冒頭(2019年3月5日)、李克強総理は「政府活動報告」を読み上げましたが、その中で今年の中国の経済成長率の目標として6~6.5%という数字を掲げました。経済成長率を今までより低く設定したことについては、中国がこれだけ大きく経済成長を続けて来た結果、高度経済成長期が終わって、経済成長率が安定的に推移する時期が来ることは必然である、との見方が一般的です。ただ、中国はこれから経済成長率が6%程度になった場合に社会の底辺を支える層(=経済成長の恩恵をあまり受けられない層)の不満が高まらないようにするという難しい問題に直面することになります。

 中国が急激な経済成長を続けていた2000年代は「保八」と言って、経済成長率8%を確保することが至上命題だとされていました。経済成長の過程では、どうしても格差が生じることになりますが、成長率8%以上を達成していれば、社会の底辺を支える層であっても対前年比では何らかのプラスの恩恵を受けることができることから、社会的に不満が鬱積する状況にはならないと考えられていたからです。

 私は2007年4月~2009年9月に二度目の北京駐在をしていましたが、この駐在期間の最初の頃にはその当時の急速な経済成長のスピードが鈍化した時に起こるであろう問題点についても、既に議論は行われていました。例えば、2007年5月23日付けの中国の英字紙チャイナ・ディリーは、解説ページで「急速な都市化は『多すぎで、速すぎ』」と題する記事を掲載し、その当時の都市化のスピードが速すぎることに対して警告を発する考え方を示していました。

 この記事の中で、ある専門家は次のように述べていました。「もし、いつかGDPの成長率が正常な値と思われる5~6%に落ちる日が来たら、そこには1000万人の土地を持たない農民が取り残され、恐ろしいことになるだろう。」(このブログの2007年6月1日付け記事「中国の急速な都市化は『多すぎで、速すぎ』」参照)。この発言は、地方政府が農民に補償金を与えて農民から土地を収用し、その土地で工場団地等の建設工事を行ってそこで土地を失った農民の雇用を確保しているから当面は問題はないが、経済成長のスピードが5~6%に落ちれば建設工事は一段落し、土地を失った農民は働く場所を失い社会的な問題が生じることになる点を警告したものでした。

 私は、2007年当時、中国共産党宣伝部の指導の下にあるチャイナ・ディリーがこうした率直な警告記事を書いていることに感心した記憶があります。この記事から12年が経過し、問題となる可能性はなくなったのか、と問われれば、答えはノーです。一定の補償金を払って農民から土地を収用してそれを開発業者に売って財政収入を得る地方政府の土地財政政策は今も続いていますので、「土地を失った農民」は増え続けています。今、そうした「土地を持たない農民」の多くは、高速鉄道や高速道路、都市部の地下鉄等の建設の工事に従事しており、現在は雇用の問題は生じていませんが、中国全体の経済成長率が鈍化し、インフラ工事も山場を超えれば、こうした建設現場で働いていた人々は職を失うことなります。2000年代は、中国の一つの経済成長ドライバーは労働集約型製造業でしたので、そうした製造業に従事する人々も多数いました。今、中国の産業構造は労働集約型製造業を中心とするものから変化しつつあり、米中貿易戦争も起こっている中、現在の(2019年の)雇用を巡る情勢は2000年代よりむしろ厳しくなっていると思います。そうした中、中国は6~6.5%という2007年の時点でチャイナ・ディリー紙が雇用の問題を心配していた成長率の時代に限りなく近づこうとしているのです。

 今回の李克強総理による「政府活動報告」を見る限り、雇用の問題は最も重要な政策課題であると認識されているようです。李克強氏は大盤振る舞いの(中国語では「大水漫灌」)景気刺激策はやらない、と繰り返し述べていますが、一方で地方政府が発行する地方債を去年より8,000億元(約13兆円)増やすとも述べています。これは、地方政府によるインフラ工事等を引き続き進めて雇用を確保したい意図があるものと思われます。ただ、引き続き地方政府の「借金」を増やすことは、地方政府が今だに「農民から収容した土地を開発業者に売って収入を得る」という「土地財政」に大きく頼っている現状を考えると、こうした政策は持続可能ではありません。なぜなら借金を返そうとして土地財政を進めると「土地を持たない農民」を増やすことになり、雇用確保の問題の根本的な解決にはならないからです。

 李克強総理は「政府活動報告」の今年の成長率を述べる部分の導入部分では次のように述べています。

「国内外の情勢を総合的に分析すると、今年の我が国の発展が直面する環境はさらに複雑でさらに厳しくなっており、予想できるリスクと予想できないリスクによる挑戦はさらに多くさらに大きくなっており、しのぎを削る激戦をうまく戦い抜く十分な準備をしなければならない。」「困難を低く見積もってはならず、信念を動揺させてはならず、気を緩めることがあってはならない。」

 この表現からは、中国が直面する問題が容易ならざるものであることをきちんと自覚していることが伺えます。ただ具体策となると問題の解決が見通せるようなビシッとした方策は打ち出せていないように見えます(重要課題の不動産税については「着実に立法化を進める」と述べるに留まっています)。

 2007年当時の中国共産党系の英字紙チャイナ・ディリーの警告記事を読み返してみると、この12年間、問題点はわかっていたが解決策を提示できなかった中国共産党の姿が見えてきます。「今までうまくやってきた中国共産党だから、現在直面する困難な問題に対しても中国共産党はうまく対処していくだろう」と期待するのはよいとは思いますが、問題への対処はそうは簡単ではないことは認識すべきだと思います。

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2019年3月 2日 (土)

またまた中国株バブルが始まったのか

 アジア時間の月曜日(2019年2月25日)、アメリカのトランプ大統領はツィッターで米中貿易協議が進展しているため3月1日としていた対中追加関税の引き上げ期限を延期することを表明しました。これを受けてこの日の上海株式市場の上海総合指数は対前週末比5.6%高と急騰しました。翌2月26日(火)も中国の株式市場は活況となり、この日のA株(上海と深センで取引されている人民元建ての株式。もともとは中国国内投資家向けだったが現在は一定の条件の下で海外機関投資家も投資できるようになっている)の売買代金は初めて1兆元の大台を超えました。

 2月26日(火)の上海総合指数は対前日比で若干下げて引けましたが、「人民日報」ホームページ「人民網」の財経チャンネルに載っていた2月27日の華商報の記事「上海株式市場は巨大な取引量だったが反落 どちらの方向へ向かうのか?」によると、いくつかの証券会社では、この日、売買を注文するお客が殺到したため取引サーバーの限度を超える場面もあったとのことです。

 その後、上海総合指数は戻り高値圏で上下しており、「急騰」の状態が続いているわけではありませんが、25日(月)の指数の急騰と26日(火)の取引量の増大で、私は「中国株にまたバブルが来たのか?」と思ってしまいました。

 よく「バブルはその最中には気が付かないが、崩壊した後になって『ああ、あれはバブルだったのだ』と気付くものなのだ」などと言われます。ただ、今まで多くの人が世界中の様々なバブルを見てきているので、最近は、バブル崩壊前に「これってバブルじゃないの?」と感じる人が多くなっています。2017年12月にピークを付けた「ビットコイン・バブル」の場合も、ビットコインの価格が上昇する過程で既に多くの人が「これってバブルでしょ? そのうち価格は暴落しますよ。」とわかっていました。

 中国の株式市場は、バブル的上昇過程の時点で「こりゃバブルでしょ。そのうち崩壊しますよ。」というのが比較的わかりやすいマーケットです。私は、2007年4月に北京での二度目の駐在を始めましたが、この年2月頃から始まっていた上海総合指数の上昇のスピードは結構尋常ではなかったので、2007年5月の時点で私は「上海株のバブルは2008年8月の北京オリンピックの前にはじける」と思っていました。実際、この時の上海株のピークは2007年10月でした。2014年11月頃から上昇し始めた次の上海株バブルについても、2015年5月頃には「上海株はバブルだから、そろそろはじける」と思っていました(このブログの2015年5月3日付け記事「上海株バブル崩壊のタイミングとその影響」参照)。この時の「株バブル」は6月12日をピークにして崩壊し、2015年8月末と2016年年初には二度の「中国発世界同時株安」を発生させ、「チャイナ・ショック」と呼ばれたことは記憶に新しいところです。

 今回(2019年2月25日)は、まだ1日だけ対前日比5.6%上げただけですので、これだけ見て「上海株はまたバブルになった」と判断するのは、いくらなんでも気が早過ぎますが、今回の上昇がきっかけとなって次の中国株バブルが始まっていく可能性は一定程度あると思います。理由は以下のとおりです。

○中国経済の減速に直面して中国の金融当局がデレバレッジ(債務削減)は後回しになってもよいから当面は緩和的金融政策を行う方針であることがはっきりしていること(李克強総理が「これは『ジャブジャブ』ではない」と否定するほどに多くの人は『ほとんどジャブジャブの緩和だ』と感じている(このブログの先週2月23日付け記事「最近の中国の金融政策と不動産市場の状況」参照))。

○現在、中国のマンション市場は、政府当局の価格抑制政策がよく効いていて下落傾向に入っていることから、それまで不動産市場に向かっていた資金が株式市場に流れ込む可能性があること(2014年末のマンション市場の冷え込みが2015年前半の株バブルを誘発したことの再現になる可能性がある)。

○3月5日から始まる全人代において経済活性化のための様々な政策が打ち出されることが期待されること。

○株式指数を開発・算出するアメリカMSCIが2月28日に「新興国株式指数」に採用している中国A株の比率を現行の5%から11月までに段階的に20%に引き上げると発表したが、このことがMSCIの新興国株価指数を運用指標にしている世界の機関投資家からの資金流入を呼び込む可能性がある上、中国人投資家の中にもそれを見込んで「買い」を入れる人が増える可能性があること。

 ただし、中国の政策当局も2015年の経験がありますから、今回は、株価がバブル的に上昇しそうになったら、株式市場を冷やすように「口先介入」をしたり、国有企業などのいわゆる「国家隊(ナショナル・チーム)」に持ち株を売却させるなどして市場を冷ますことになると思います。ただ、中国当局は、2015年の時も「バブル的上昇であぶない」ことがわかっていながら株価の急上昇を止められず、6月12日にピークを打った後の急落場面でも有効な手立てを打つことができず、2016年年初にはサーキット・ブレーカー制度を導入してかえって市場を混乱に陥れるような失態を演じました(このブログの2016年1月9日付け記事「中国株式市場『熔断』の『ドタバタ』と『朝令暮改』」参照)。中国当局としても、この時の経験があるのでそれなりの対応策は考えていると思いますが、もし今回また株式市場がバブル化した場合に巨大な数の市場参加者が怒濤のように翻弄する株式市場をうまくコントロールできなくなる可能性は否定できないと思います。

 少なくとも、客観的に言って、今(2019年春)は、2015年~2016年年初より周辺状況は悪いと思います。企業や地方政府の債務はさらに巨大化していますし、最大の貿易相手国であるアメリカとは厳しい貿易協議を継続中です。これまで中国経済を引っ張ってきた自動車やスマートフォンの市場には「飽和感」がある一方で、自動車の電動化や通信機器の5G(第五世代)はまだ本格化していません。当面の経済を強力に引っ張っていく明確な「機関車」が今はまだハッキリしていないのです。

 一番気になるのは、中国の雇用情勢ですが、最近、中国の雇用情勢に関する以下のような報道が目立っています。

・2月28日(木)付け日本経済新聞朝刊11面:「中国で採用、3割が抑制 景気減速、賃金低下も 今年、30社調査 消費の重荷に」

・3月1日(金)付け日本経済新聞朝刊15面:「フォード 中国で2,000人減 主力合弁、販売4割減 昨年:市場縮小、人員減拡大も」

・3月1日(金)付け朝日新聞朝刊9面:「通商紛争 中国の雇用に影 製造業指数悪化続く 解雇の動きも」

 こうした中、3月5日(火)からの全人代を前にして、習近平氏による中国共産党内の引き締めを図る動きが目立っています。

☆中国共産党中央は「党の政治建設の強化に関する意見」を発令(2019年1月31日付け:2月28日付「人民日報」1面トップで報道)。

☆中国共産党中央は「中国共産党の重大事項の報告と指示を仰ぐことに関する条例」を発令(2019年3月1日付「人民日報」で報道)。

 こういう「意見」や「条例」の発令は、現実問題として、今、中国共産党中央が地方の党組織をうまくコントロールできていない(地方の党組織が党中央の意向に反して勝手なことをやっている)ことを表していると思います。習近平指導部が強権的に地方の党組織を「締め付け」たとして、巨大な国有企業や巨額の借金を抱える地方政府、機会があれば株バブルで一儲けしようと熱を上げる膨大な数の株式市場参加者をうまくコントロールしていくことができるのかどうかわかりません。中国当局によってかなりの程度コントロールされているとは言っても、中国の株価指数は、そうした「動き」の一端を表す指標であることには間違いがないので、今後とも注意深くモニターしていう必要があると思います(ネットで見られる上海総合指数のリアルタイムの動きを見てみると、例えば昨日(2019年3月1日(金))の上海総合指数は、14:40時点では対前日比+0.07%であったものが16:00の引けの時点では+1.80%まで急騰しており、非常に激しい値動きになっていることがわかります)。

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2019年2月23日 (土)

最近の中国の金融政策と不動産市場の状況

 最近、中国の金融政策に関する報道が多くなっています。今日(2019年2月23日(土))付けの日本経済新聞朝刊の9面には「中国 資金調達が再加速 『影の銀行』規制棚上げ 1月残高伸び率1年半ぶり拡大」という記事が載っていました。

 こうした動きに関連して、「人民日報」ホームページ(人民網)の「財経チャンネル」には2月21日付けの北京青年報の記事「穏健な金融政策は変えることはない 決して『じゃぶじゃぶ』(中国語で「大水漫灌」)にはしない」が載っていました。この記事では2月20日に開催された国務院常務会議において、李克強総理が次のような発言をしたことが報じられています。

「我が国が最近実施している一連の金融政策は、外界世論、特に市場参加者からは積極的な評価を得ているところであるが、これは量的緩和ではないのか、との疑問の声も出ている。私はここで重ねて申し上げるが、穏健な金融政策は不変であり、決して『じゃぶじゃぶ(大水漫灌)』にすることはない。」

 逆の見方をすれば、李克強総理のこのような会議での発言をわざわざ報じているところから見ても、中国国内にも「これって『じゃぶじゃぶ』の金融緩和政策じゃないの?」という声があるのだと思われます。李克強総理は否定していますが、上に紹介した今日付けの日経新聞の記事で報じられている「償還期限のない『永久債』の発行」と「中国人民銀行が投資家の購入した永久債と人民銀手形との交換に応じる仕組み」は素直に見れば、日米欧の中央銀行が行っていた(行っている)国債等の購入と同じような「量的緩和」のように私には見えます。

 中国でビジネスをしている個別企業の業績の現状と見通しに関する発言や中国と各国との貿易のデータを見ていると、現在の中国経済は相当に減速していることは間違いないと思われます。だからこそ中国は「『じゃぶじゃぶ』じゃないの?」と感じられるほどに金融政策を緩和的にしてきているのだと思います。こういった金融政策の舵取りがなされるのは、債務拡大を防ぐ観点から行われてきたデレバレッジ(債務削減)施策が経済にブレーキを掛けることになり、それが米中貿易戦争による影響とも相まって習近平政権に危機感を与えているからだと思います。このブログの1月26日付け記事「中国の省部級幹部勉強会に見た習近平氏の危機感」で書いたように、「経済バブル崩壊や金融危機の発生を防ぐ」ことは現在の習近平政権の最重要課題になっているようです。2月20日付け「人民日報」は9面に「重大リスクを緩和し防ぐことを重大な課題にしなければならない」と題する中央党校習近平新時代中国特色社会主義思想研究センターの論文を掲載していました。この論文の中では「我々は『ブラックスワン』の事象に高度の警鐘を鳴らすとともに『灰色のサイ』の事象をも防がなければならない」と習近平氏自身が省部級幹部勉強会で指摘した問題意識を繰り返し指摘していました。

 「灰色のサイ」事象として懸念されていることのひとつに中国のマンション市場の動向があります。中国のマンション市場は「バブル化しているのではないか」との見方はもう十年以上続いており、「みんながそこにいることを知っているが、暴れ出さないので誰も気にしていない」という意味では「灰色のサイ」と表現される典型的な例のひとつです。昨日(2019年2月22日)、中国統計局は1月のマンション価格動向を発表しました。これについて中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」では「1月の住宅価格は総体的に安定していた」と報じていました。一方、「人民日報」ホームページの「財経チャンネル」で見たところ、今日(2月23日)付けの「人民日報海外版」では「大都市(一線二線都市)の中古住宅価格は下落」という見出しで報じていました。「新築住宅価格は都市によってマチマチ、大都市の中古住宅価格は下落傾向」なので、両方の報道とも間違いではなく、要するに「どこに焦点を当てて見出しを作っているか」の違いです。今までも中国のマンション価格は、上昇したり下落したりしているので、今すぐ何かがどうなるわけではないと思いますが、「人民日報」ホームページの「房産(マンション)チャンネル」には春節期の動向に関する記事として2月19日付けの証券日報の記事「40都市で新築マンションの成約数が激減(中国語で「跳水」) 三、四線都市における帰郷者によるマンション購買は大幅に冷え込む(中国語で「大降温」)」も掲載したりしているので、ちょっと気になります。

 日本でも中国のマンション市場の動向を気にしている人は多いと思います。先週日曜日(2019年2月17日)の日本経済新聞朝刊の1面トップ記事は「中国企業 ドル調達苦戦 資金繰りの圧迫 市場のリスクに 社債金利1年で2%上昇」でした。この記事では、利率が10%を超す事例も増えており、それが不動産に携わる企業で目立つことが指摘されていました。この記事では期間1.5年の社債で金利が15.5%に達している例も紹介されていました。こういった事例を日経新聞が1面トップ記事で書いていること自体が「現実は既に相当なレベルになっている」ことを示していると私は感じています。

 「中国企業が発行するドル建て社債の金利が上昇している」との日経新聞の記事に関しては、最近、人民元の対米ドルレートが「人民元高・米ドル安」の方向に動いていることが気になります。「米ドル社債を発行している中国企業にとっては人民高・米ドル安の方がいいんだから、現状はむしろ歓迎すべきでしょ」という意見もあると思いますが、ここ数年の動きを踏まえると、最近のかなりの程度の強い「人民元高・米ドル安」に対しては私は「何か不自然」という感覚が否めないのです。現在、米中貿易交渉が大詰めを迎えていますが、対米交渉を有利に持っていきたい中国がかなり無理をして「人民元高・米ドル安」に誘導しているのではないかとの疑いが拭えないからです。もしこうした「無理な動き」が限界を迎えて、急激な人民元安の動きが始まると、中国企業のドル建て社債を通じて中国のマンション市場という「灰色のサイ」が暴走を始める「引き金」が引かれることになる可能性があります。

 今世界の政治は、アメリカのトランプ政権にしろ、イギリスのメイ政権にしろ、「自由で自然な流れに沿った経済政策」とは全く異なる相当に強引な政治運営を進めています。何が「引き金」になるのか予想はできませんが(中国での出来事が直接的に「引き金」を引くことにはならないかもしれませんが)、中国経済が抱える巨大な債務は何らかの「引き金」が引かれた時に巨大なエネルギーを放出して爆発する可能性があります。私は現時点でその「臨界点」にかなり接近しているような気がしています。世界の政治指導者たちはそのリスクにもっと敏感になる必要があると思います。

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2019年2月16日 (土)

中国の民営企業への金融サービス強化に関する意見

 昨日(2019年2月15日)付けの「人民日報」1面の記事によると、中国共産党弁公庁と国務院弁公庁は「民営企業への金融サービス強化に関する若干の意見」を発表しました。最近見られる民営企業に対する「貸し渋り」を是正するため、様々な方法で民間企業の資金調達を支援するよう求める意見です。

 中国では昨年秋以来、民営企業に対する支援を強化する様々な方策が採られてきました(このブログの2018年11月10日付け記事「相次ぐ民営企業支援策に見える中国経済減速の影」参照)。春節明けのこの時期に改めて民営企業に対する金融サービス強化を求める「意見」が出されたのは、民営企業を巡る資金繰りの状況が改善していないことの表れでしょう。昨日(2月15日)に発表された中国の2019年1月の卸売物価指数(PPI)は対前年同月比で+0.1%に低下しており、来月発表の2月分のデータではマイナスに落ち込む可能性が大きいと思われます。中国の公式な報道では「中国経済は安定的に推移している」とされていますが、実際に出てくる統計データや中国政府が打ち出す政策からは明らかな中国経済の減速の度合いが見て取れます。

 今日(2019年2月16日)付けの日本経済新聞朝刊9面には「中国、住宅市場に変調 大手4社、1月販売額3割減 価格頭打ち 投資急減速」という記事が出ていました。中国のマンション市場については、このブログの今年1月12日付けの記事「ジェットコースターのような中国マンション市場の実例」でも書きましたが、地方によっては価格の頭打ち感(というより下落傾向)が出ているのかもしれません。企業の中には「所有する不動産を担保にした借入金」のあるところもあると思いますので、こうした不動産価格の状況も今回打ち出された「民営企業への金融サービス強化に関する若干の意見」の背景にあるのかもしれません。

 今週北京であった米中間の閣僚級通商協議については、来週、ワシントンで継続協議が行われると報じられています。昨日(2月15日)行われた習近平主席とアメリカのライトハイザー通商代表、ムニューシン財務長官との会談は、今日付けの「人民日報」1面に写真入りで報じられています。交渉期限は3月1日で、中国では3月5日から全人代が始まります。3月1日の期限までには合意できずに「継続協議(協議が続いている間はアメリカは追加関税の引き上げは行わない)」ということになる可能性も高いのですが、現在進行形の米中通商協議は現在進行形の中国経済の減速傾向に非常に大きな影響を与えると思われますので、まだしばらくは目の離せない状況が続きそうです。ただ、もし、トランプ大統領が「全ての企業は中国共産党の指導を受ける」という中国の根本原則の問題まで改善を求めるのであれば、米中協議は決着しないでしょう。トランプ大統領が米中経済の「共倒れ」のリスクをどの程度認識しているのか、が重要なキーファクターになりそうです。

 なお、本来は、今年(2019年)の全人代では、不動産税の導入に関する議論等も行われてもおかしくないのですが(不動産税については昨年(2018年)の全人代の時期に導入時期は明示されなかったものの李克強総理は検討する旨の言及をしていた)、現在の中国経済の状況を考えると、今、これだけ重大な制度変更に関する議論を行うのは難しいかもしれません。

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2019年2月 9日 (土)

中国経済は既に「ハードランディング」の状況になっているとの認識

 先週月曜日(2019年2月4日)に放送されたテレビ東京「Newsモーニング・サテライト」でAIS CAPITALの肖敏捷氏が解説した「プロの目」のコーナーのタイトルが「中国:ハードランディングその先の光」だったのは衝撃的でした。肖敏捷氏は、現在の中国のマクロ経済データはそれほど落ち込んではいないものの、工業用ロボット、工作機械、自動車、スマホなどのミクロのデータの2018年10-12月期の落ち込みはリーマン・ショックの時期並であることから中国は既に「ハードランディング」の状態にあると言っても差し支えないとの考えを示したのでした。この考え方は、1月17日に業績見通しを発表した際に日本電産の永守会長が発した「2018年10月~12月期の変化は尋常ではない」「単月の落ち込みは私が経験したことのないレベルだ」「この変化を甘く見てはいけない」との言葉とも符合するものだと思います。

 肖敏捷氏は、今中国で習近平氏が1月21日の省部級幹部勉強会で発した「最低限のライン(中国語で「底線」)」が盛んに言及されていることを指摘していました。中国国内でも多くの人がこの日の省部級幹部勉強会での習近平氏の発言ににじみ出ていた危機感にただならぬものを感じたのだと思います(このブログの2019年1月26日付け記事「中国の省部級幹部勉強会に見た習近平氏の危機感」参照)。

 そもそも通常ならば党大会の翌年の秋に開かれるはずの中国共産党中央委員会全体会議(通常は「三中全会」、2018年の場合は1月に憲法改正のためのイレギュラーな一回が開催されたので開かれるとすれば「四中全会」)が開かれなかったことは軽視すべきではないと思います。重要な中長期的政策課題について議論すべき中央委員会全体会議が開かれなかったのは、緊急に対応すべき課題が目の前にあるためにそれへの対処が優先され、現時点で中長期的な重要政策を議論できるほどの状況に至っていないからだと考えられるからです。

 今、私が感じているのは、私が北京に駐在していた2008年との類似性です。もちろん、中国がまだ急速なスピードで成長しつつあった2008年と既に高度成長期から安定成長期に入りつつある現在(2019年)とでは状況は全く異なりますが、2008年が「安い賃金に基づく労働集約型産業に頼る産業構造からの転換期」という重要な変化の節目であったのと同様に、2019年の中国は大きな変化の節目にあると思われるからです。

 2007年の10月に株価が、2007年暮れ頃には不動産価格が当時のピークをつけた後、2008年の春節明け頃から沿岸部の労働集約型輸出産業に変調が目立つようになりました。今考えると、2008年の春節明けのころには既にリーマン・ショックに繋がる世界的な景気のピークアウトが中国の当時の労働集約型輸出産業に影響を与えていたからだと思います。

 当時、私は北京に駐在していて、かなり頻繁にこのブログに記事を書いていましたので、その当時の記事を読み返すと、いろいろ気の付くことがあります。6月には国内航空需要の激減で激安航空券が売り出されました(このブログの2008年6月23日付け記事「中国国内航空:便によっては激安?」)。7月には沿岸部の労働集約型輸出産業の変調に対して、時の胡錦濤政権の幹部が相次いで関係する地方を訪問しています(2008年7月28日付け記事「中国経済は既に『オリンピック後』に突入」)。北京オリンピック開催期間中の8月中旬には、不動産屋さんからの「意外な営業」にびっくりしました(2008年8月15日付け記事「夏休みの時期の不動産屋さんの必死の営業」)。これらの記事を書いたのは私自身が当時「なんか変だな」と思ったからですが、今、考えると、2008年は5月の四川省巨大地震や8月の北京オリンピックというイレギュラーな出来事があったので状況が単純ではなかったのですが、私が「なんか変だな」と感じたのは、2008年9月に顕在化することになるリーマン・ショックに向けて変調を来していた世界経済の影響を受けて、2008年年初頃から中国経済が実際に「変」になっていたからだと思います。

 今、日本電産の永守会長が「尋常ではない」という言葉を使ったり、肖敏捷氏があえて「ハードランディング」という言葉を使っているのは、彼らなりに今「なんか変だな」と感じているからだと思います。というか、米中貿易戦争が真っ最中であり(中国からアメリカへの輸出品の約半分の品目に現時点で既に10%の追加関税が掛かっている、交渉で合意できなければこれを25%に上げるとアメリカ大統領が言っている)、イギリスがEUから離脱する期限まで50日を切ったのに「離脱の仕方」について現時点では合意できそうな雰囲気が全くない、という現在の状況は、誰かに指摘されるまでもなく、明らかに「変」(=異常事態)なのです。こういった状況が長く続いているので、こうした異常事態に慣れてしまった感じはあるのですが、現在の世界の状況が「異常事態」であることは再認識する必要があると思います。

 来週から(2019年2月11日(月)から)、中国では春節明けで様々な活動が再開します。2008年の春節明けがそうであったように、故郷に帰った労働者が春節明けに行く場所がなくなった、など、様々な問題点がだんだんと目に見えるようになってくる可能性があります。今は「不透明要素」の数が多すぎて、どのように身構えればよいのかよくわからないのですが、「春節明け」というのは、問題が顕在化するタイミングの一つになり得るので、要注意だと思います。

 なお、2008年の頃は「北京オリンピックが終わったら中国経済バブルがはじけるのではないか」と盛んに危惧されていました。「北京オリンピック終了直後」というタイミングは予想通りだったのですが、実際に起きたのは「アメリカで発生したリーマン・ショック」だったので、世界中がびっくりしたのでした。「何かが起こる」という危機感はあったとしても「予想もしない意外な場所」に問題が発生して虚を突かれることも気を付けないといけないと思います。その意味もあって、最近の日本経済新聞は、例えば日本の地方銀行の問題点など、様々な部分に注意を怠らないように警鐘を鳴らすような記事が多くなっているように感じます。今、チャイナマネーは、日本の地方をはじめ世界各国で不動産投資をしたりしていますので、実際、中国を含めた世界経済の「ひずみ」は、いつ、どこで吹き出すかわかならい、というのが現状だと思います。なので、「中国経済が心配だ」と思っている人も、その懸念が中国以外の場所で吹き出す可能性もある点には気を付けておいた方がよいと思います。

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2019年2月 2日 (土)

中国のいつまでも続く景気対策の行方

 先週火曜日(2019年1月29日)付けの日本経済新聞朝刊3面に「中国、景気対策40兆円超 減税やインフラに 債務問題への警戒なお」という記事が載っていました。経済の減速を懸念する中国政府による最近の景気刺激策について報じた記事ですが、私は「まだやるのか」「永遠に続くと思われるような繰り返される中国の『景気刺激策』の先には何があるのか」を改めて考えざるを得ませんでした。

 中国は2008年のリーマン・ショック後、4兆元(2008年~2010末までの投資額。当時のレートで約60兆円)の超大型経済対策を発動しました(このブログの2008年11月28日付け記事「『史上最大のバブル』の予感」参照)。「チャイナ・チョック」と呼ばれた2015年~2016年初に掛けての経済の急激な減速に対する対策としては、2016年5月に中国国家発展改革委員会が「交通インフラ設備重要プロジェクト建設3年行動計画」を発表しました(2016~2018年の3年間に鉄道、地下鉄、空港、道路などに4.7兆元(当時のレートで約78兆円)を投資するもの。このブログの2016年5月28日付け記事「今夏の中国はまた『大都市不動産バブル崩壊』か」参照)。これらと比較しても、今回、日経新聞が報じている「40兆円超の景気対策」は、相当に巨大なものだと言えます。

 今回の日経新聞の記事によると、「景気対策2兆5,000億元(40兆円)超」という数字は、2019年に行われる1.3兆元の減税措置も含む数字なので、過去の景気対策と数字だけ単純に比較するのは適切ではないかもしれませんが、2018年10月~12月に国家発展改革委員会が認可したインフラ投資が合計1兆1,600億元(主役は鉄道投資)という額を踏まえると、基本的には、今まで何回も発動されてきた公共投資型の景気刺激策も依然として大きな柱になっていると言えます。今回の日経新聞の記事でさらに気になるのは「大手銀行の中国銀行が1月25日に償還期限のない特殊な債券を400億元発行し、中国人民銀行(中央銀行)が間接的に債券を引き受ける」旨を報じている部分です。これって一種の「ヘリコプターマネー政策」(中央銀行による貨幣のバラマキ)ではないんですかね。(もちろん「償還期限のない特殊な債券」とは、株式みたいなものだと思われますので、ETF(上場投資信託)買いを通じて間接的に銀行の株を買っている日本銀行と同じようなことをしているだけ、と見ることも可能ですが)。

 もともと中国の場合、農民に補償金を支払って土地を収用して工業用地を整備しその土地を開発業者に売って財政収入を得るという地方政府による「土地財政施策」が長年続けられてきています。農民に補償金を支払うために地方政府が債券を発行し、それを銀行が引き受け、最終的には間接的に中央銀行である中国人民銀行が引き受ける形になるのだとすると、それも一種の「ヘリコプターマネー政策」と言えないことはないと思います。こういった中国の金融政策・財政政策が持続可能なものであるかどうかは、経済成長率や金利や物価の動向によって決まってくるのだと思います(経済成長が停滞し、金利が上がるか物価が下がれば、経済成長による借金の返済ができなくなるので、こうした政策は破綻することになる)。

 アメリカ時間1月30日(水)に出されたFRB(アメリカ連邦制度理事会)のFOMC(連邦公開市場委員会)の結果は、市場予想より「ハト派的」(金融の緩和方向に好意的)なものだったと受け止められているようです。「中国のいつまでも続く景気対策」が持続可能なのかどうかは、中国自身の経済や政策の動向だけでなく、世界的な経済の動向、さらには世界的な金融政策の動きにも依存していると思います。昨日(2019年2月1日(金))付け日本経済新聞朝刊6面の「オピニオン」のページでは日経新聞コメンテーターの梶原誠氏が「『超々バブル』跳ね返す使命」と題する文章を書いています。この文章では特段中国については言及していませんが、梶原氏は、リーマン危機時に「スーパーバブル」についての警告があったことに言及して、世界の債務総額がリーマン危機以降も増加を続けていることから「スーパーバブルは『スーパー・スーパー(超々)バブル』への道を歩んでいる」と指摘しています。

 リーマン危機は「百年に一度の危機」と呼ばれましたが、今(2019年年初)がその時と同じような(あるいはそれ以上の)危機の可能性を含んでいるのかどうかについては、私はわかりません。ただ、米中貿易戦争やイギリスのEU離脱問題の解決の方向が見えない中、「もしかすると、今は大きな危機が潜んでいるのかもしれない」との警戒感を抱いて、投資や消費を手控えている企業や個人が多く存在し、そのことの方が世界経済にとって実体的にマイナスの力を及ぼしている可能性があります。世界各国の指導者が危機感を共有して「何か問題が起きたら世界各国で協調して対応する」という共通の意思表示をするだけで、「危機があるかもしれないという恐怖感に起因する本物の危機」は避けられるかもしれません。

 先週、このブログで、中国の習近平氏が抱く「ブラックスワン」「灰色のサイ」に対する危機感について書きました。今、世界の政治指導者たちは、その危機感を共有して(中国の問題なんだから中国が自分で解決してよ、と突き離さないで)、協調して危機に対応する意思を示してほしいと思います。

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2019年1月26日 (土)

中国の省部級幹部勉強会に見た習近平氏の危機感

 中国の昨年(2018年)の12月及び通年のGDPが発表された1月21日夜の中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」が伝えたトップニュースは、中国共産党の中央党校で開催された省部級主要指導幹部の勉強会の開会式に関するものでした。私はこのニュースを見て「相当に危機感のある勉強会だな」と思いました。というのは、この勉強会のタイトルが「最低限のラインの思索を堅持し重大リスクを防ぎ取り除くことに関する特定テーマのグループ討論会」だったからです。中央党校で開かれる幹部の勉強会は、結構しょっちゅう行われており、珍しい話ではないのですが、今回の勉強会のタイトルは「尋常ではない」と思いました。

 そもそもこのイベントの中国語の表記は「研討班」で、日本語で「勉強会」と訳すとちょっと緊張感がないかもしれません。「グループ討論会」でも弱すぎるし、参加しているのが学者ではなく公務員なので「シンポジウム」というのもおかしいし、そもそも中国で行われるこの手の会合は、「上の人」が演説するのを参加者が一生懸命メモを取りながら聞いている、というスタイルなので「研討班」と言っても「参加者が自由に意見を交換する会」というのとは雰囲気が違います。数日間にわたって行われるこの「研討班」の開会式に政治局常務委員7人が勢揃いして参加して、習近平総書記が初っぱなに「重要講話」をする、という雰囲気も、非常に緊張感のあるものでした。

 「重大リスクを防ぎ取り除く」の部分は中国語では「防範化解重大風険」ですが、これは「経済バブル崩壊リスクを防ぐ」「金融危機のリスクを防ぐ」という時に使う用語で、実際、これを伝える翌22日付けの人民日報1面トップ記事の冒頭の解説は次のように書き始めています。

「奇っ怪で怪しげな国際情勢と複雑で敏感な周辺環境並びに極めて困難かつ責務の重い改革の進展を安定的に行うという任務に直面し、我々は終始高度の警戒感を保持し、『ブラックスワン』事象に対する高度の警戒感を持つだけでなく、『灰色のサイ』の事象をも防がなければならない。」

 「ブラックスワン」「灰色のサイ」は、「滅多に起こらないと思われるが起こると大変なことになる事態」「普段その存在は皆が知っているがそれほど問題視してないことが突然暴れ出して大変なことになる事態」のことで、ともに経済バブル崩壊や金融危機など経済的な危機に関する表現です。「『ブラックスワン』の発生を防止することはもちろん、『灰色のサイ』のリスクの発生も防止しなければならない。」という表現は、2017年11月22日付けの「人民日報」に掲載された当時の中国人民銀行の周小川総裁の論文に出てきた表現です(このブログの2017年12月25日付け記事「『人民日報』掲載の周小川中国人民銀行総裁の論文」参照)。

 今回の「勉強会」の対象者である「省部級主要指導幹部」は、中国の地方政府の省・直轄市・自治区や中央政府の部(日本の各省に相当)のトップ幹部クラスの人たちで、中央と地方の実際の行政を司る公務員の最高幹部たちです。彼らを一同に集めて、数日間にわたって「勉強会」を開催し、しかもその冒頭の開会式に政治局常務委員7人全員が出席して習近平総書記自らが冒頭の重要講話を行う、ということ自体、習近平政権が現在の中国の現状に関して「ブラックスワン」「灰色のサイ」と呼ばれる「経済バブル崩壊」や「金融システムの危機」に対する相当の危機感を持っていることの表れでしょう。

 この「勉強会」がもたらした「危機感」については、この日発表された2018年の中国のGDPが「六四天安門事件」の余波で世界との連携が崩れて経済が混乱した1990年以来の低水準だったこととも相まって、日本のマスコミも大きな関心を寄せたようです。この「勉強会」開会式翌日の1月22日付けの日本経済新聞朝刊は、1面トップに「中国経済の減速鮮明 18年成長率28年ぶり低水準 主要指標、秋以降に急変」との記事を掲げましたし、8面には「中国 地方の開発投資失速 隠れ借金摘発 寂れる街 『工事全部止まった』」との記事を掲げています。8面の記事には「『灰色のサイ警戒を』 習氏、地方債務念頭か」との記事もあり、日経新聞も「勉強会」開会式での習近平氏の「重要講話」に着目した解説を書いています。

 さらに私が気になったのは、昨日(1月25日(金))、習近平氏は、中国共産党政治局会議を開催しましたが(通常、月末に開催される)、その際に行われる「集団学習会」の一環として、中国共産党政治局の主要メンバーが「人民日報社」を訪問して、「メディアの融合」について議論した、ということでした。通常、中国共産党政治局が開かれる日には、政治局のメンバーによる「集団学習会」が行われ、ホットな政策テーマについて議論が行われるのですが、「何について議論されるか」で、中国共産党中央の幹部がその時点でどういう案件を重要視しているのかわかるので、議論されるテーマについては、私はいつも関心を持って見ていました。今回は「メディアの融合」がテーマでしたが、今回の特徴は中国共産党本部がある中南海を出て、政治局の主要メンバーがマイクロバスで「人民日報」本社まで移動して視察と議論を行ったことでした。そもそも「人民日報」は中国共産党宣伝部の傘下にありますから、中国共産党の機関の一部と言っても差し支えないのですが、それでも習近平総書記をはじめ政治局の主要メンバーがうち揃って本社に視察に来たとなると、「人民日報」社の現場のスタッフたちは相当のプレッシャーを感じたと思います。

 ここで言う「メディアの融合」とは、例えば紙媒体の新聞とネット媒体の融合のような話ですが、私が「気になった」と感じたのは、「ブラックスワン」や「灰色のサイ」即ち「経済バブル崩壊」や「金融システムリスクの発生」においては、メディアの果たす役割が非常に重要だからです。今、平成が終わりを迎えようとしている中、日本の新聞では「平成を振り返る」企画が多くなされていますが、その中で、1997年に北海道拓殖銀行や山一証券が破綻した際、日本のいくつかの銀行に預金者が殺到し「取り付け騒ぎ」的なことが起きたが、当時の新聞等のメディアは騒ぎが大きくなることを懸念して、あえて支店に殺到した預金者の様子を写した写真等を紙面に掲載しなかったことを当時の記者が「実はあのときこうだった」と振り返るものが見られます。当時は、まだ携帯電話にカメラは付いていませんでしたが、今は、もし銀行の取り付け騒ぎが起きたら、例え新聞やテレビが報じなくても、多くの人々がスマホ等で撮影した写真や動画を一斉にネット上に拡散させることになるでしょう。私は、中国共産党政治局の主要メンバーが「人民日報」本社を訪れ「メディアの融合」について議論したということは、こうした危機的状況になった場合の情報管理のあり方について現場も含めて危機感を持って事前に準備をするようにすべきである、という中国共産党中央の危機感の表れの一つだと感じたのでした。

 また、これら「省部級主要指導幹部」の勉強会での重要講話や政治局主要メンバーによる「人民日報」本社訪問は、「経済バブル崩壊リスクや金融システム危機リスクに対する危機管理」についても、李克強総理ではなく自分(習近平氏)がリーダーシップを取るぞ、という習近平氏の政治的メッセージとしての意味もあったと思います。中国経済の危機は、もし発生すれば中国共産党の支配体制そのものの危機になりますから、経済の危機に対する対応については、習近平氏と李克強氏のリーダーシップ争いといったレベルの話ではなく、中国共産党内部全体で危機感が共有されていると思います。今回の中国共産党の一連の動きは、中国経済に対する「危機感」が真摯に対応しなければならない程度に高まっていることを改めて認識させるとともに、「中国共産党も危機意識を持っており、危機感を持って経済危機のための対応の準備をしているぞ」というメッセージを中国の内外に発したという意味で、ポジティブに評価してよいと私は思っています。

 もっとも、毎度言っていますが「危機感を持って準備しているぞ」と内外に示すことと、実際に事態が発生したときに適切に対応できるかどうかは別問題なので、中国経済において「ブラックスワン」や「灰色のサイ」の危機が起こることに対しては、世界中の全てのプレーヤーが注意深く準備しておく必要があると私は思っています(「中国共産党だから必ずうまく処理してくれるはずだ」と安易に考えるのは危険だと思います。1989年6月3日までは私も「うまく処理してくれるはずだ」と思っていました。しかし、実際には中国共産党は多くの人々による「六四天安門事件」の運動をうまく処理できずに結局は人民解放軍による武力鎮圧の実行という最も避けなければならない手法を選択せざるを得なかったわけですから)。

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2019年1月19日 (土)

習近平氏による「形式的独裁の確立」と垣間見える「変化のきざし」

 昨年(2018年)の全人代で憲法を改正し、国家主席としての任期を事実上撤廃させ「独裁体制が確立した」とされる習近平氏ですが、日常的に流れてくるニュースを見ている限り、「習近平氏による一人独裁が確立した」というような雰囲気は全く感じません。1月4日、低迷する経済に対する刺激策として中国人民銀行は預金準備率を1ポイント引き下げましたが、マーケットが反応したのはこの日の昼間大手銀行を視察した国務院総理の李克強氏による「経済対策としては減税や預金準備率の引き下げがある」との預金準備率引き下げを事前に示唆したとも取れる発言でした。通常経済に関する具体的な政策は毎週行われる国務院常務会議で議論されますので、必然的に中国経済の先行きを心配する中国と世界の経済関係者の注目は、外国要人との会談で友好関係を強調する皇帝のような習近平氏の言動より、具体的な政策について言及する李克強総理の発言に集まることになります。

 「独裁」を実体的に実行するためには、最低限「独裁しているように見せること」が必須要件になります。国民に「あの独裁者の意向に反する言動をしたら自分の身が危ない」と思わせるようにならないと「独裁」はその有効性を保てません。「形式的には独裁しているように見えるけれども、実際には独裁できていないよね」と国民に思われた時点で、既に「独裁」は実行できていない、ということになります。その意味で習近平氏による独裁は現時点では実効的ではないと思われます。実際に独裁的実行支配ができない状況において、格好だけ独裁しているように見せかけることは、「君臨すれども支配せず」というイギリスの女王陛下や日本の天皇陛下が「国民統一の象徴」と位置付けられているように、習近平氏も単なる「中国共産党による支配の象徴」としての存在になってしまう可能性も否定できないと思います。

 憲法改正によって任期を撤廃したのに習近平氏の「独裁体制」が「形式的な独裁」のように見えてしまうのは、米中貿易戦争の下で苦闘を続ける中国経済に対処するには、中国共産党内の数多くのエコノミストの知恵と官僚機構の政策実行力を活かすとともに、既に中国共産党員として党内でも一定の発言力を持ってきていると思われる中国経済を動かす多くの経済人たちの意見を汲み上げる必要があります。中国の置かれた現状を踏まえれば、「一人独裁」が現在の中国の問題を対処するためには全くふさわしくないのは明らかだと思います。

 先日、中国最大のインターネット販売事業を営むアリババのCEOの馬雲(ジャック馬)氏が中国共産党員であることが明らかになりました。1月16日に放送された中国中央電視台夜7時のニュース「新聞聯播」によると、李克強氏は1月15日「専門家及び経済界人との座談会」を開催して、3月の全人代で議論する政府活動報告案について意見を聞いたとのことですが、この座談会には、社会科学院や清華大学のエコノミストとともにジャック馬氏も参加していました。「新聞聯播」で李克強氏が主催する座談会でジャック馬氏が自分の意見を述べる姿を見た中国の人々は、今、中国政府が「習近平氏による独裁の状態にある」とはとても思えなかったでしょう。

 一方、1月15日と16日、習近平氏は「中央政法工作会議」を開催しました。中国共産党中央は「中国共産党政法工作条例」を発表し、その全文が今日(2019年1月19日)付の「人民日報」に掲載されましたが、その第一条は「党の政法工作に対する絶対的指導を堅持・強化する」というものでした。私のようにひねくれた者は、こうした「工作条例」が大々的に決定・発表されるのを見ると、中国共産党の内部では、実際はよっぽど「絶対的指導」が徹底されていないのだろうなぁ、と感じてしまうのでした。

 こうした一連の「新聞聯播」の報道を見ていると、「習近平氏は必死になって、党による絶対的指導を確立し、党内を締め付けようとしている」「李克強氏は、経済学者や有力な企業人から意見を聞きながら困難に直面している中国経済に対する具体的対処方策を日々検討し実行しようとしている」という印象を受けてしまいます。

 もうひとつ最近私の印象に残った報道は、1月10日(木)にテレビ東京「Newsモーニング・サテライト」で紹介されていた山東省青島の機械工場の社長の話でした。この工場は主にアメリカ向けの機械部品を輸出しているのですが、トランプ大統領による対中関税引き上げで非常に困っているとのことでしたが、この社長は「しかしながら、アメリカが圧力を加えることにより、中国政府の政策が改善されるのだとしたら、我々にとっては歓迎すべきことなので、私はトランプ大統領の対中政策に賛成している。」と語っていました。「トランプ大統領による『外圧』によって中国国内における改革が進むならそれは歓迎すべきことだ」という考え方が中国国内にあることは日本のほかの報道でも見たことがあります。私がびっくりしたのは、地方の企業の社長がこうした話を外国のテレビ局のインタビューに答えてヘラヘラ(=極めて素直に)話していたことでした。たぶんこうした話をする雰囲気は、今の中国国内の一般的な「空気」であり、インタビューに答えた社長も特段特別なことを言ったわけではないと認識しているだろうと思います。しかし、1980年代、個人的な宴会の席であっても末端の一般市民まで中国共産党中央の統一見解と同じことしか言わなかった中国を知っている私としては、「中国もずいぶん変わったなぁ」という印象を持ったのでした。

 政府が設定した場を利用して政策について自分の意見を述べるジャック馬氏や外国メディアに素直に現状を説明し自分の考え方を述べる地方の社長の姿は、中国全体に既に広まった「変化のきざし」を象徴していると思います。多くの経済人は既に中国共産党員として党内でいろいろ意見を言っているだろうし(注)、そうした経済界のリーダーがたちがいる以上、中国共産党員ではない地方の企業経営者たちも、中国政府の政策について改善すべき点について様々な場で意見を表明するようになっていると思います。私には、李克強氏は、そうした「変化のきざし」をうまく捉えて、「自分は様々な意見を聞く耳を持っているぞ」という姿勢をアピールしようとしているのだと思います。そうした「変化のきざし」を「時代の流れ」と捉えるならば、強権的な「一人独裁」を指向する習近平氏は時代の流れに全くマッチしていないと言えます。

(注)有力な経済人が中国共産党員になって中国共産党内部で経済界に有利になるように意見を言い、実際の中国政府の政策の方向性を変えることになる可能性については、2002年の党規約改正に江沢民氏が提唱した「三つの代表論」が盛り込まれ、経済界のリーダー(「資本家」なのでそれまでは中国共産党員にはなれなかった人たち)も中国共産党員になれる道を開いた時点から意識されてきたことでした。従来は、有力国有企業の幹部が中国共産党内部でも大きな声で意見をいうことにより国有企業に有利な政策が実行されることが多かったのですが、ジャック馬氏のような純粋民間企業の有力幹部が中国共産党員になることにより、今後は民営企業に有利な政策(=大手国有企業の活動を制限する可能性のある政策)も「中国共産党による政策」の一環として打ち出されてくる可能性はあると思います。

 最近、複数の中国の専門家から「中国経済の動向のみならず、中国の政治動向にも注意を払う必要がある」との指摘を聞きます。米中の通商交渉の今の時点での期限は2月いっぱいです。3月に入ると中国では全人代が開かれます。3月まで、中国については、経済の動向のみならず、政治の動向にも注意が必要だと思います。

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2019年1月12日 (土)

ジェットコースターのような中国マンション市場の実例

 長年にわたってバブル化していると言われる中国のマンション市場ですが、場所によって各地方政府のマンション価格抑制策がいろいろなので地域によって状況は違うし、タイミング的にも猫の目のようなサイクルで強気相場と弱気相場が短期間に入れ替わるので、「中国のマンション市場の現状」を一言で表現するのは非常に難しいと思います。ただ、現在の状況を示す一つの例として、今年の年初にある北京近郊の状況の例をレポートした記事を見ましたので、ちょっと紹介してみたいと思います。

 2019年1月6日付けで「人民日報」ホームページ内の房産(マンション資産)チャンネルに載っていた「工人日報」(「工人」は労働者の意味)の記事です。タイトルは「『ジェットコースター』の状況の下での北京近郊のマンションを買う人:マンション価格が4万元から2万元に足らない価格に」(中国語原文を日本式の漢字で書くと「『過山車』之下的燕郊購房人:房価従4万到不足2万」)です。この記事では、北京市の東、天津市との間にある河北省廊坊市三河市燕郊鎮の状況についてレポートしています(廊坊市は「地級市」、三河市は「県級市」で、三河市は廊坊市の中にある)。

 北京の市街地から約30km離れているこの地は、北京に通勤する人にとっての「ベッドタウン」として人気が高いのですが、この記事によると、過去10年以上にわたり、燕郊のマンション価格は「ジェットコースターのようだった」とのことです。2017年3月以前は、1平方メートルあたり4万元(64万円)以上していたのが、現在は1平方メートルあたり2万元(32万円)に届かない価格になっているとのことです。この地でマンション購入希望者を案内する仕事をしている人は、2016年と2017年初の頃は月に1万元(16万円)以上稼いでいたのだそうですが、今はお客が減って収入が激減しているそうです。

 このあたりは、北京市街地からの地下鉄計画が進行中である関係から、2017年初までにマンション価格が急騰したため、地元政府は2017年4月に地元に戸籍のない人が購入できるマンションの数を一つに限定し頭金比率も引き上げ、2017年6月には地元以外の戸籍の人にはマンション購入時に3年間の社会保険料支払い及び納税証明書類を必要とすることにし、地元戸籍の人についても購入できる数を2つまでに限定したとのことです。この購入制限により、北京市の戸籍を持つ人または北京で働いている北京以外の戸籍を持つ人がマンションを購入することは難しくなり、投資目的でマンションを買う人たちは他の地区に行ってしまったたため、燕郊のマンション市場は冷え込み、例えばある89.07平米の2LDKのマンションは2018年3月には295万元(4,720万円)で売れたのに、同じタイプのマンションの2018年11月の販売価格は155万元(2,480万円)だったそうです。

(注)今、北京地下鉄の初乗り料金(6kmまで)は3元(48円)だそうです。私は、2007年4月~2009年7月の北京駐在時、自分が住むアパートメントを探すためと、一時、事務所の引っ越しも検討していたので、いろいろ物件は見て回りましたが、鉄道・地下鉄網、コンビニやスーパーマーケットやその他生活に必要なお店の存在を考えたら、北京と日本の都市との「都市インフラ」の整備状況には、まだまだ格段の差があると思います(今は私が駐在していた十年前よりは相当によくなっているとは思いますが)。従って、同じ広さの同じような間取りのマンションが北京と東京とで同じ価格なのだとしたら、北京の方が格段に高すぎる、というのが私の印象です(ちなみに私は1998年10月~2000年12月のアメリカ駐在時にはワシントンD.C.近郊の北部バージニア州にアパートメントを借りて住んでいましたが、アメリカの住宅物件の価格は東京における感覚とそれほど隔たりはなかったという印象を持っています(ワシントンD.C.はニューヨークなどの大都市とは異なり日本で言うと「地方都市」のイメージですけどね))。

 「過去のよかった頃」の話として、ある人が2009年に1平米4,000元のマンションを一つ買って値上がりした後で売却したら60万元(今のレートで960万円)以上の純利益があり、この人が2015年に1平米1.5万元の価格の物件に投資したら2016年には1平米3.5万元で売れ、200万元(今のレートで3,200万円)の純利益があったそうです(最近の中国経済全体を概観すると、2014年暮に一度マンション・バブルがピークを打ち、翌2015年には株価の急騰と株バブル崩壊があり、2016年初頃に中国経済は底を打って、2016年春以降、中国政府のインフラ投資拡大等の景気刺激策で景気が持ち直して現在に至っている(おそらくは2018年央をピークとして現在(2019年初)は既に下り坂に入っている)と言えると思います)。

 中国全体のマンション価格動向の数字を見ると、昨年(2018年)末頃の時点では、中国全体のマンション価格が下落傾向に入った、とまではまだ言えないようですが、自動車販売の不振、小売り売り上げ高の伸び率の鈍化、日本から中国への設備投資関連の受注の減少などを見ると、上の記事で紹介されている「北京市近郊の河北省廊坊市三河市燕郊鎮」というピンポイントでのマンション価格下落の傾向は、次第に中国全体に波及していく可能性は小さくないのではないかと私は思っています。

 中国では、上の記事で紹介されているようなマンション価格抑制のための購入制限の政策を採る地方が多くなっているほか、都市のバラック住宅の住民に補償金を払って立ち退かせてマンションを建てて補償金をもらった住民に買わせる政策や貧困地区の貧しい農民に政府が移転費用を補助して地方都市の新しい住宅に住まわせる政策を進めたりしています(先日、NHK-BSで「中国史上最大の移住政策」というドキュメンタリー番組を放送していましたね)。問題は、このような政策がとても「持続可能な政策」には思えないことです。立ち退き補償金や補助金をもらって住宅を買う人たちの動きはあくまで一時的なものですし、そもそも「投資用に買ったけれども誰も住んでいないマンション」はどこかのタイミングで不良債権化します(私が北京に駐在していた十年前ですら、投資用として買ったけれども誰も住んでいない部屋が多いマンションは共有部分の管理が不十分になって資産価値が落ちる、といった問題をよく聞きました。当時、私は何回も北京と日本を行き来していましたが、夜になると真っ暗な部屋が多い北京のマンションと多くの部屋に電気が付いている日本のマンションとの差は歴然でした)。

 今、上の文章を書くために、ネットで現在の北京の地下鉄の状況を見てみましたが、改めてびっくりしました。私が十年前に住んでいた「オリンピック終了後の北京」に比べても、お化けのように地下鉄網が増えているからです。おそらくリーマン・ショック後の十年間、中国の各都市では、とんでもない勢いで地下鉄等の交通インフラの整備が進んできたのだと思います。昨年末、12月28日の中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」では「今年(2018年)、鉄道、道路(高速道路や農村道路)など交通インフラに3兆元が投資された」というニュースをやっていました。「これだけ公共投資して人民生活の向上に努めているのだぞ」と宣伝したかったのだと思いますが、これだけ多額の公共投資を行いながら2018年後半以降中国経済が失速しつつある現状を踏まえると、これからは(2019年は)相当大変なことになる(経済の減速を支えきれなくなる)という「逆宣伝」になっているなぁ、と私は感じました。

 もうこれ以上「投資」を増やすことは難しいので、2019年は「減税による消費の刺激」に重点を置くことになるようですが、これまでマンション建設や交通インフラ投資建設に従事していた労働者の雇用は大丈夫なのでしょうか。マンション価格の動向のみならず、これまで「爆進」してきた中国経済の様々な矛盾点がトランプ大統領が引き起こした米中貿易戦争をきっかけとして2019年に一気に吹き出すことになるのではないかと非常に懸念されるところです。

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2019年1月 5日 (土)

平成元年は中国にとっても時代の大きな転換点だった

 今年(2019年)は、平成の改元があってから30年目の年であり、しかも5月1日をもって天皇陛下の代替わりと改元があるので、元日以来の新聞紙面でも、この30年間を振り返る企画記事が多くなっています。「天皇陛下の代替わりと改元」というのは日本ローカルの話であり、世界にとっては関係ない話なのですが、平成改元の時は、日本で「平成バブルの形成と崩壊」があっただけでなく、1989年に中国で「六四天安門事件」があり、1989年に始まった「ソ連東欧革命」は1991年末の「ソビエト社会主義共和国連邦の崩壊」にまで繋がったので、平成元年(1989年)は、世界史的にも「時代の変化の節目」でした。そして今、アメリカのトランプ政権による対中強硬姿勢により「米中新冷戦」が始まりつつあるとされ、2019年という日本の改元の年は、今回も世界史的な意味での「時代の節目」になる可能性が大きいと思われます。

 今の中国政府(中国共産党)のスタンスは、1989年の「六四天安門事件」は「反革命暴乱」であり、中国政府(中国共産党)の政策は1978年暮れに始まった改革開放政策で一貫しており、1989年の前後で何らの変化も起こしていない、というものです。しかし私の目からすると、中国政府(中国共産党)の政策は、1989年を境に大転換しています。1989年(=平成元年)は中国にとっても大きな時代の節目の年だったのです。現在の日本を含めた世界の政府や企業(マスコミも含む)は、中国での経済活動をスムーズに行いたいという意向から、中国政府(中国共産党)のスタンスに一定程度配慮して、あからさまに「中国の政策は1989年の前後で大きく変わった」とは声高には言わない、という方針をとっているように私の目からは見えます。なので、年の初めに当たり、私が考える「1989年の前後で中国が大きく変わった点」を改めて指摘しておきたいと思います。

○集団指導体制から一人による権力集中体制への変化

 1980年代、中国では、中国共産党のトップ(総書記)、人民解放軍の最高司令官(中国共産党軍事委員会主席)、国家主席、国務院総理は、全て別々の人が就任していました(国家主席は、名誉職的な国家元首で、実際の行政は国務院総理が総括していた)。それは、1978年暮れに始まった改革開放政策が、毛沢東に全ての権力が集中していた文化大革命時代の反省の上に成り立っていたからです。しかしこの集団指導体制は、1989年の「六四天安門事件」に対する対処の際、党内に方針の対立を生み(穏健に対処したいとする趙紫陽総書記と強硬対処を主張する李鵬国務院総理らの対立を生み)、人民の運動に対して迅速に対応策を採ることができず、いたずらに時間が経過する中で人々の運動の一部が先鋭化する傾向を見せ(トウ小平氏への実質的な権力集中を非難する人々も出始め)、結局は人民解放軍による武力鎮圧を招きました。このため、「六四天安門事件」の武力鎮圧後に解任された趙紫陽氏に代わって中国共産党総書記になった江沢民氏の体制の下では、中国共産党総書記、中国共産党軍事委員会主席、国家主席は同一人物が就任することとなりました(外交的トップ交渉は国家主席が行うなど、国家主席の権限が強化され、国務院総理は国家を代表するというより国内行政の実務の処理という官僚的な役割の比重が高まった)。

○国際的位置付けが「反ソ包囲網の一員として西側諸国との友好関係を重視する」から「アメリカと一線を画する独自路線」へと変わった

 1971年、国連での「中国」としての代表権はそれまでの台湾当局から中華人民共和国に変更されましたが、1970年代、中華人民共和国は文化大革命期間中だったこともありオリンピックへは参加しませんでした。1978年末の改革開放政策への転換により、中華人民共和国のオリンピック参加も近い、と考えられるようになったのですが、1980年のモスクワ・オリンピックについては、ソ連によるアフガニスタン侵攻に抗議してオリンピックをボイコットした西側諸国と同調して、中国はモスクワ・オリンピックには参加しませんでした。次の1984年のロサンゼルス・オリンピックにおいて中国は初参加を実現させることになります。1979年1月1日にアメリカと国交を回復させた中華人民共和国は、この頃「ソ連の覇権主義反対」を叫んでおり、1980年代の中国は、まるで「反ソ包囲網を形作る西側諸国の一員」のように見えました。しかし、「六四天安門事件による西側諸国からの制裁」と「1991年のソ連の崩壊」を経て、中国は、西側諸国とは路線を異にする独自の外交路線を歩むことになりました。現在、アメリカとロシアに日本を含めた各国が協力して運営している国際宇宙ステーションに中国は参加せず、中国独自の宇宙ステーション計画を進めているのも、この1989年以降の中国の外交政策の路線の延長線上にあると言えるでしょう。

○日本に対する対応が「過去の日本の軍国主義には反対するが現在の日本とは友好関係を進める」から「過去の軍国主義を精算していない現在の日本についても反対する」に変化した

 毛沢東、周恩来、トウ小平ら1980年代までの歴代の中国の指導者は「日本の人民も日本軍国主義の被害者だった」との立場を公言しており、中国の人々も同じ考えだったことから、1980年代は現在の日本に対する「反日」はありませんでした。もちろん戦前の日本を肯定的に捉えて発言する一部の日本の政治家に対しては1980年でも中国は厳しく批判していましたが、現在の日本(及び日本人)に対しては「友好第一」であり、1980年代には中国で反日運動が起きるなどという雰囲気は全くありませんでした。中国において「現在の日本に対する反日」の雰囲気が盛り上がったのは1990年代以降です。これは、江沢民政権が市場経済的政策を強力に推進する中で「なぜ中国共産党が現在も政権を担っているのか」の根拠付けとして「革命前の中国から日本の勢力を追い出したのは中国共産党だから中国共産党にこそ中国を支配する正当性がある」と強調する必要があり、そのためには「反日」を前面に打ち出す必要があったからだ、と私は理解しています。「江沢民時代からの脱却」を目指した胡錦濤・温家宝体制においては「反日」は非常に抑制され、「胡錦濤時代とは違う」ことを協調する習近平氏が意図的に再び反日を強調するようになっている、と私は感じています(胡錦濤氏の直系の後継者である李克強総理はそれほど反日を強調する意図は持っていない、と私は理解しています)。

○「中国共産党自身のことについても批判すべきことは客観的に批判し議論すべきである」との観点から「中国共産党に誤りはないので中国共産党自身のことについて議論する必要はない」へと変化した

 1980年代の改革開放政策が1981年6月の「建国以来の党の若干の歴史問題に関する決議」(文化大革命を「誤り」とした)に基づいていたため、中国共産党自身についても問題点について議論することは正しいことである、との認識が1980年代にはありました。例えば1986年版の「中国統計年鑑」には、建国以来の中国の人口統計のグラフが載っていて、1958~1959年頃の「大躍進時代」に人口が激減したことは一目でわかりました(この頃、強力な「人民公社化」の推進や無謀な鉄鋼生産拡大政策により農業生産が停滞し数千万人オーダーで餓死者が出たと言われています)。しかし、「中国共産党の政策であってもよくないことは変えるように議論できる」という雰囲気が結果的に多数の人民が参加する「六四天安門事件」の運動を起こしたことから、「六四天安門事件」の武力鎮圧後は、中国共産党の政策について党の外で議論することは抑圧されるようになりました(人々も「自主規制」して政策について議論することをやめてしまった)。私が2007年に二度目の北京駐在を始めてがっかりしたのは、この頃の「中国統計年鑑」の人口統計のグラフは1978年の改革開放以降のものしか載っておらず「大躍進時代の人口の激減」は「中国統計年鑑」を見てもわからないようになっていたことでした。(それでも、2000年代後半の新聞各紙では、「中国共産党に対する批判」にならない範囲において、社会の様々な問題についての議論はなされており、「議論して政策を改善する」動きは死んではいない、と感じられたことは、私には「救い」でした。)

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 ここで強調しておきたいのは、1989年の「六四天安門事件」の前後で中国の政策のやり方は上に述べたように大きく変わったのに、日米欧の各国は、「六四天安門事件」直後の数年間を除き、基本的に中国との関係を変えなかった、という点です。「集団指導体制から一人への権限集中に変わった」(つまり「民主化」からは遠ざかった)、「西側の一員だったものが独自外交路線に変わった」のだったら、日米欧の各国は、「六四天安門事件」後の「変わった中国」に対して、もっと冷たい態度を採る、という選択肢はあったと思います。しかし、そうしませんでした。理由は簡単で、日米欧各国は、1980年代と同じように中国とビジネスを続けたかったからです。比較的安い賃金で一定程度の教育水準を有する勤勉な労働者が億人単位で存在し、それらの人々が巨大な数の消費者になりうる中国は、ビジネス相手としては「冷たい態度を採る」ことができなかったのです。

 去年(2018年)あたりになってから、「中国は経済が発展すれば民主化が進むと思っていたのに、そうはならなかった。裏切られた。だから今後は中国には厳しく対応する。」という論調が目立つようになっています。「六四天安門事件」を知らない若い世代の人たちに言いたいのは、こうした「オトナ」の理屈にだまされてはいけない、ということです。「中国では経済が発展したとしても民主化は進まない」ことは1989年の「六四天安門事件」の時点で既に火を見るより明らかでした。それがわかっていながら中国との関係を続けたのは、日米欧の諸国が「安い労働力と巨大な市場を使って自分たちが儲けたかった」からです。今になって急に中国に厳しい態度を示すようになったのは「賃金が上がって労働力市場としての魅力が低下した」「中国の技術レベルが向上して日米欧の企業のライバルにまで成長してしまった」ために、もはや中国とのビジネスで甘い汁を吸えなくなったどころか、中国の力がこれ以上大きくなると自らの立場が危うくなる、と日米欧各国が思うようになったからにほかなりません。

 次の日本の改元が「歴史の節目」となりそうな中国と世界との関係は、「『六四天安門事件』の武力鎮圧を誤りであったとは絶対に認めなくない中国」と「今までさんざん中国でのビジネスで儲けてきたのに中国が脅威になるまで成長したために中国たたきに方向転換した日米欧諸国」というプレーヤーの複雑な関係です。「中華圏での売り上げの予想外の減少」を理由に業績を下方修正したアップル社の発表が年初の世界のマーケットを大激動に落としたことが、この現在の複雑な関係を象徴しています。アップル社は「日本等で作った部品を使って中国で生産したiPhoneを中国国内及び世界各国に売って儲けているアメリカの会社」です。1989年までの東西冷戦時代の世界に比べて、現在の世界においては、中国とその他の国々は複雑に絡み合っており、単純な「対立構造」を作ることはできません。なので、今年(2019年)が次の「世界の歴史の節目」になるのだとしても、平成元年頃の「東西冷戦の終焉」とは全く異なる予想不可能な状態になるのかもしれません。ただ言えるのは、平成初期の頃にあっという間にソ連が崩壊したことに見られるように、人々が予想するよりも圧倒的に速いスピードで世界が変化する可能性がある、ということです。そういう認識の上に立って、私も、今年はいろいろな方面にアンテナを張って行きたいと思っています。

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2018年12月29日 (土)

相手は中国という国家ではなく中国共産党であるという認識

 1986年~1988年の二年間北京に駐在した経験のある私が2007年に二回目の北京駐在を始めたときに気付いたのは、使われている中国語の表現がこの20年の間に微妙に変化していたことでした。どこの国でも「言葉は時代とともに変化する」ものであって、中国語も例外ではありません。例えば、レストランでウェイター、ウェイトレスに呼びかける際には1980年代には「同志(tongzhi)」と呼びかけるのが普通でしたが、2000年代では「服務員(fuwuyuan)」と呼びかけるのが一般的になっていました(一時期「小姐(xiaojie)」も使われたようですが、「おねぇちゃん!」という感じの語感なので、あまり品がよくないということで使われなくなったようです)。

 もうひとつ私が気になったのは、例えば国家指導者が人民日報社などを視察する際に職員を激励する時の呼びかけ「党のため、国家のため、人民のために頑張ってほしい」という表現でした。初めて聞いたとき「党のため、国家のため、人民のため」って順番が逆でしょ、と私は感じたのでした。しかし、そのうち、現在の中国では、人民よりも国家が上であり、国家よりも中国共産党の方が大事である、という認識が一般的になり、それが国家指導者の挨拶文の中にも現れるようになったのだ、と思うようになりました。

 1980年代は、改革開放政策が文化大革命の時期の反省からスタートしているという関係上、「中国共産党が全ての上にある」という考え方は極力表立っては言わないようにしていたと思います。1988年4月、東単の交差点(東四大街と長安街の交差点)にあった真っ赤な地に白抜きの字で書かれた「偉大なマルクス・レーニン主義、毛沢東思想万歳!」という大きなスローガンの看板は、青や白の字を使った「自力更生、刻苦創業、社会主義経済建設をやり遂げよう!」という看板に塗り替えられました。「中国共産党が全ての上にある」という実態に変化はなかったものの、表面上はなるべくそれを強調しないようにしよう、という雰囲気が1980年代にはあったのです。ところが、2000年代になると、むしろ意図的に「中国共産党が全ての上にある」ことを強調する表現が政治指導者の口から出るようになりました(この12月18日の「改革開放40周年慶祝記念大会」の演説の中で習近平氏が述べた「党政軍民学、東西南北中、党が一切を指導する」という表現がその最たるもの)。これは、最近は、経済の中に占める純粋民間企業の役割が非常に大きくなっているので、ことさら中国共産党が全ての上にあることを強調する必要性を中国共産党自身が感じているからだと思います。

 しかし、私は国家指導者が使う「党のため、国家のため、人民のため」という言葉の中には中国の政治指導者たちの認識が極めて率直に表れていると考えています。この言葉は、中国は「中華人民共和国」という政府を形作っていますが、この国をリードする指導者の目的意識の中には、人民のために何かをすることよりも、中華人民共和国という国家のために何かをするということの方が重要であり、さらにそれよりも中国共産党による支配を維持強化することこそが最も重要である、との認識があることを示しています。中国共産党は、中国人民の生活を向上させるための様々な政策を講じていますが、結局はそれは中国の人民が中国共産党に反発して中国共産党による支配の体制を脅かすようなことにならないようにするための一つの手段に過ぎない、と見ることができます。

 このあたりは、民主主義国の政治家が人々の生活の向上のための政策を推進しているのは、人々がそれら政治家のやり方に反発して次の選挙で落選しないようにするための一つの手段に過ぎない、と表現することと本質的には同じとは言えます。しかし、実際には本質的な違いがあります。中国共産党による支配の維持強化と人民生活の向上とが二律背反になるようなケースが生じた場合、中国共産党は人民の生活を犠牲にしてでも中国共産党による支配の維持強化のための方策の方を選択するからです。民主主義国では、人々の生活向上を犠牲にするような政治家は選挙では勝てないので「選挙で勝つこと」と「人々の生活の向上」とには密接な因果関係があり、基本的に二律背反の事態は起きません(このため、長期的には人々の生活向上に役立つものであっても、目前の生活を苦しくする可能性のある増税政策を進めることは民主主義国では非常に難しい)。

 「いくらなんでも中国共産党と言えども自分の支配体制の維持のために人民に犠牲を強いることはあり得ないだろう」と思われるかもしれませんが、1989年の「六四天安門事件」は、まさに中国共産党が自分の支配体制の維持のために人民解放軍の銃口を中国人民に向けた事件だったのです。

 そもそも人民解放軍は中国共産党の軍隊であって中華人民共和国の軍隊ではありません。つまり、もし仮に中国政府が政治的変革の中で中国共産党の指導に反するような政策を打ち出すようなことになれば、人民解放軍は中国政府に対して銃口を向ける、ということになります(「そんなのあり得ない」と言う人もいると思いますが、「六四天安門事件」で人民解放軍は実際に人民に銃口を向けたのですから、人民解放軍が中国政府に銃口を向けるという話もあり得ない話ではないと私は思っています。なお、旧ソ連のソ連軍はソ連という国家の軍隊であってソ連共産党の軍隊ではありませんでした。この点が旧ソ連と現在の中国とが大きく異なる点です)。

 今ヒートアップしている米中間の経済対立については「トランプ大統領も株価が暴落したりアメリカ経済に実態的なマイナスが及ぶようになれば、2020年の大統領選挙で負けるわけにはいかないので、どこかの時点で妥協を図るだろう」「中国政府も経済減速が本格化して中国人民に政府に対する不満が溜まるようになっては困るので、どこかの時点で妥協を図るだろう」という見方があります。トランプ大統領に対する見方はおそらく間違ってはいないと思います。米中間の対立が「貿易問題」「知的財産権問題」といった経済問題の中に留まっている間は、中国に関する見方も間違ってはいないと思います。しかし、米中間の対立が華為(ファーウェイ)問題に代表される安全保障に関連する技術の問題や中国国内の企業に対する中国共産党の関与の問題といった「中国共産党による支配体制」に直接関連する問題にまで広がる場合には、中国政府(というかその背後にいる中国共産党)は、例え経済後退が深刻化して中国人民の間に不満が溜まるような事態になったとしても絶対にアメリカには妥協しないと思います。中国共産党にとって、人民の不満よりも中国共産党による支配の維持の方が重要な問題だからです。

 華為(ファーウェイ)は、立場上は通信機器等を研究開発・製造販売する民間企業ですが、実態的には人民解放軍の技術的装備や中国の公安当局が使う各種機器(人工知能を搭載した顔認証システム等)を開発製造する組織です。世界各国が様々な機器(例えば携帯電話の基地局)から華為製品を排除するような動きに出ると、それを「中国共産党の支配体制を支える華為という人民解放軍や公安当局の一部門とも言うべき組織に対する攻撃だ」と捉える中国側内部の勢力が強硬な対応を主張することになる可能性があります。

 来年(2019年)は「六四天安門事件」30周年の年ですので、世界の多くの人々の中に「中国共産党は自身の支配体制への攻撃に対する反撃ならば、自国の人民に銃口を向けることすら厭(いと)わない組織である」ことを思い起こす機会が多くなると思います。今後、米中対立への対応を考える場合、トランプ大統領が「中国共産党による支配体制の維持」という「ハード・コア」にどこまで針を刺すつもりなのか、を見極める必要があると思います。

 なお、中国共産党の内部には「中国共産党の支配の維持のためだからといって中国人民に銃口を向けることは間違っている(間違っていた)」と考える人々も確実に存在すると私は思っています。1989年6月4日未明、東西南北から北京の中心部に進もうとした人民解放軍の部隊のうち東・南・北から進んだ部隊は、人民による抵抗を前にして北京中心部への侵入を断念し、天安門広場まで到達したのは西から侵入した部隊のみだった、という事実もそういった中国共産党及び人民解放軍内部の事情を表していると思います(「六四天安門事件(「第二次天安門事件」ともいう))」の詳細な経緯については、このブログの「中国現代史概説」の中にある「第二次天安門事件」に関する項目を御覧ください)。

 よく「中国共産党による一党独裁」という言葉が使われますが、中国共産党による支配体制は「ヒットラー独裁」や「スターリン独裁」のような「一人独裁」ではありません(習近平氏は「一人独裁」を目指している可能性はありますが、現時点では中国共産党内部において習近平氏による「一人独裁」が確立しているとは思えません)。中国共産党による支配体制には「人民による民主主義」はありませんが、中国共産党員による「党内民主主義」は一定程度機能していると私は考えています(毛沢東ですら、中国共産党内部の「党内民主主義」を超えて自分による独裁を確立するためには文化大革命(紅衛兵運動等)の大衆運動を起こす必要があった、と私は考えています)。

 アメリカとの対立において中国側が(=中国共産党が)極めて強硬な姿勢に出てきた場合であっても、中国共産党内部の「党内民主主義」に期待して、中国共産党内部の様々な勢力に働きかけることは有効である可能性があるので、様々な解決策を模索する余地はあると私は思っています。シンガポールをはじめ世界各国に存在している中国共産党とは立場を異にする華人(中国系)有力者も仲介役として期待できるかもしれません。ただし、トランプ大統領がアメリカが有している「中国をよく知る有識者」や中国共産党との各種パイプをうまく活用することができそうにないのが心配です。来年(2019年)は、米中関係は、一定の緊張関係が続くのはやむを得ないにしても、破滅的な対立にはならないでほしい、と願うのみです。

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2018年12月22日 (土)

「人民日報」の「改革開放四十年年代記」における八十年代の記述

 私がこのブログを書いている最も大きな動機は、1986年~1988年(六四天安門事件の前)と2007年~2009年の二回北京に駐在した経験を踏まえて、現在中国政府が意図的に消している1980年代の中国の実情を多くの人に知ってもらいたいと思っていることです。そうした観点もあり、今年(2018年)は中国がトウ小平氏が主導して「改革開放路線」(文化大革命路線からの転換)を始めてから40年の節目に当たることから、中国政府としても当然この40年間の「振り返り」をする機会があるはずで、その際、1980年代をどのように記述するのかが私の大きな関心事項でした。

 改革開放40周年に関する最も公式な行事は12月18日に開かれた「改革開放40周年慶祝記念大会」でした。習近平主席が長い演説を行いましたが、その演説の中ではこの40年間の経済的社会的発展については述べたものの「1980年代に何があったか」については触れられませんでした。

 10年前の2008年12月の時点で私は北京に駐在していましたが、この時の「改革開放30周年記念大会」における演説では当時の胡錦濤主席は「『東ヨーロッパの激変』『ソ連の解体』『厳しい国内の政治風波』などを例に挙げて、これらに対して党と人民が心を一つにして対処してきた」と述べていました(このブログの2008年12月21日 (日)付け記事「改革開放30周年記念日が終了」参照)。10年前のこのタイミングは、ちょうど後にノーベル平和賞を受賞することになる劉暁波氏らが起草した「08憲章」がインターネット上で公表された直後であり、党中央としては、民主化運動に関する過去の出来事の記述については神経質な時期だったと思います(実際、この時期、「人民日報」に「6つのなぜ」と称して、なぜ今も中国共産党が指導しなければならないのか、といった極めて根本的な問いに関する記事が掲載されました(このブログの200812月 8日 (月)付け記事「『なぜ今も中国共産党なのか』に対する答」参照))。現在(2018年12月)は「なぜ今も中国共産党なのか」といった疑問を議論するような雰囲気は全くないので、習近平主席も改革開放40周年記念大会の演説の中で「六四天安門事件」を含む1980年代に関する事項に触れる必要性は全く感じなかったのでしょう。

 一方、12月14日に「改革開放40周年記念文芸の夕べ」が開かれました(習近平主席、李克強総理ら党の幹部も観覧)。中国中央テレビ夜7時のニュース「新聞聯播」ではその「さわり」の部分が紹介されていましたが、改革開放40年の歴史を紹介する映像では、最初はトウ小平氏が登場し、次に江沢民氏、次に胡錦濤氏、最後に習近平氏が登場し、1980年代の中国共産党総書記だった胡耀邦氏と趙紫陽氏は登場しませんでした。胡耀邦氏は1987年1月に総書記を辞任し(1986年暮れの学生運動に対する対処が甘かったと指摘されて詰め腹を切らされたという見方が一般的)、趙紫陽氏は1989年6月に「六四天安門事件」対処の過程で戒厳令発令に反対したため失脚していたからです。10年前の胡錦濤氏による改革開放30周年記念大会での演説でも、この時期行われていた「中国対外開放30周年回顧展」の展示の中でも胡耀邦氏と趙紫陽氏の名前には触れられていませんでした。

 胡耀邦氏については、1987年1月に党の総書記を自らの意思で辞任したものの解任されたわけではない(従って「失脚」したわけではない)こともあり、その後は徐々に名誉が回復されつつあります。胡耀邦氏の21年目の命日にあたる2010年4月15日付けの「人民日報」には、当時の温家宝総理が胡耀邦氏を偲ぶ文章「興義へ再び戻って胡耀邦氏を思う」が掲載されました。2015年11月20日には習近平総書記も参加して「胡耀邦氏生誕100周年記念座談会」も開かれました。私は胡耀邦氏については、ほぼ完全に名誉回復がなされたのかと思っていたのですが、やはり「改革開放40周年記念文芸の夕べ」の中の回顧映像の中に復活するほどには現在でも名誉回復はなされていないようです。

 「現在の中国当局が1980年代についてどう記述するか」を見る上で参考になる記事が「人民日報」に載っていました。今回の改革開放40周年を巡る報道の一つとして2018年12月17日付け「人民日報」の5面に掲載された「改革開放四十年年代記」です。この中の私の興味を引いた記述をいくつか紹介します。

「1982年9月12~13日:中国共産党第12期中央委員会第一回全体会議(十二期一中全会)で胡耀邦氏が中央委員会総書記に選出された。」

【解説】単なる事実関係の記述なので不自然なところはありません。

「1986年12月30日:トウ小平氏がいく人かの党中央の同志に語った談話の中で、旗幟を鮮明にして四つの基本原則を堅持し、ブルジョア(資産階級)自由化に反対すべきことを指摘。1987年1月28、中国共産党中央は『当面のブルジョア自由化反対に関する若干の問題に関する通知』を発出。」

【解説】この記述は1986年12月5日に安徽省合肥市の中国科学技術大学で始まり、上海にまで広がった民主化を求める学生運動(当局が警備人員を天安門広場に事前に配置し、この運動が北京に飛び火することを阻止した)に対する中国共産党中央の対応に関する記述です。「学生運動があった」という記述がないので、初めてこの部分を読んだ中国の人は何のことかさっぱりわからないと思います。「四つの基本原則」とは「社会主義の道、人民民主主義独裁(当初はプロレタリアート独裁)、中国共産党の指導、マルクス・レーニン主義と毛沢東思想」の四つです。「ブルジョア自由化に反対する」とは、実際の通知の中には書かれていませんが、要するに「民主化を要求するようなデモはするな」という意味です。この時の学生運動に対する対処について批判された胡耀邦氏が1987年1月17日に党総書記を辞任したことについては、この「人民日報」の「改革開放四十年年代記」には記されていません。

「1987年11月2日:中国共産党第13期中央委員会第一回全体会議(十三期一中全会)で趙紫陽氏が中央委員会総書記に選出された。」

【解説】これも単なる事実関係なので、書かれていてもおかしくないのですが、前任の胡耀邦氏がどうなったか(実際にはこの年の1月17日に辞任)については何も触れられいません。

「(1989年に関する記述の冒頭部分の記述)年初、東欧ポーランドとソ連において前後して社会の動揺が発生。1990年代初までの間に、ソ連と東欧のユーゴスラビア、ルーマニア、ポーランド、ハンガリー、ブルガリア、東ドイツ、チェコスロバキア、アルバニア等の社会主義国家において政治と経済の制度に根本的な変化が起きた。ソ連等の国家は解体され、東ドイツは西ドイツに編入された。第二次世界大戦終結後に形成された世界の体制には重大な変化が発生した。9月4日、トウ小平氏は、党中央のいく人かの同志に話した談話の中で、中国は自らが選択した社会主義の道を徹底して進むべきことを指摘した。中国だけが負けることなく世界の5分の1の人口において社会主義を堅持することになった。我々は、社会主義の前途に満ちあふれる自信を持っている。国際情勢については、冷静に観察し、落ち着いて先頭に立ち、沈着に対応しなければならない。着実に仕事をすることに専念し、ひとつひとつの我々自身のことをきちんとやる必要がある。」

【解説】その年の全体のことについて年頭部分に記載しているのは1989年だけです。中国には、1989~1991年の東欧・ソ連による社会主義体制の崩壊は、アメリカの「さしがね」によるものであって、中国だけがその動きを防いだ、という認識が強くあります。昨今、アメリカのトランプ政権からの中国に対する強力な圧力があることを踏まえると、この部分の「人民日報」の年代期の記述は、中国自身が1989年の出来事(六四天安門事件の運動を武力で鎮圧したこと)を現在でも非常に重要視していることの表れだと思います。

○(4月~5月の出来事が書かれる場所の記述)春夏の交、北京とその他のいくつかの都市で政治風波が発生。党と政府は人民をよりどころにして、旗幟を鮮明にして動乱に反対し、北京で発生した反革命暴乱を終息させ、社会主義国家の政権を守り、人民の根本利益を守り、改革開放と社会主義現代化建設の継続的な前進を確かなものにした。6月9日、トウ小平氏は、首都戒厳部隊軍に接見した際に「北京で発生した政治風波は、国際的な大きな気候と中国自らの小さな気候によるものであり、党の十一期三中全会以来制定されてきた基本路線、方針、政策と発展戦略は正確なものであって、変えることなくしっかりと続けていく必要がある」と強調した。

【解説】「六四天安門事件」についての記述ですが、「全く触れないということはなく、きちんと触れた」というだけでも評価すべきなのかもしれません。客観的事実に照らせば「人民をよりどころにして」の部分は「人民解放軍をよりどころにして」と書いた方が正確だと思いますけどね。「春夏之交」「政治風波」は、中国の新聞等では過去にも使われてきた用語ですが、「春夏之交」という用語については、私は、1989年4月15日に始まり6月4日の武力弾圧で終わった「六四天安門事件」について、運動に参加した若者たちの「春」と人民解放軍という激しい「夏」の「交わり」という意味で、この言葉を使う中国の人たちの哀切の気持ちを感じています。

○5月16日:トウ小平氏が訪中したソ連最高会議主席・ソ連共産党中央総書記のゴルバチョフ氏と会見し、中ソ関係の正常化が実現した。

【解説】この日、ゴルバチョフ氏は趙紫陽氏とも会っています。この日の時点では、中国共産党総書記(党の最高のトップ)は趙紫陽氏で、トウ小平氏(当時は中国共産党軍事委員会主席)との会見は「表敬訪問」的な意味合いのものでした。従ってこの部分「中ソ関係の正常化」について書きたいならば、ゴルバチョフ氏が趙紫陽氏と会見したことを記述すべきところです。

○6月23~34日:中国共産党第13期中央委員会第四回全体会議(十三期四中全会)が開催され、「趙紫陽同志が反党反社会主義動乱の中で犯した誤りについての報告」が採択され、江沢民氏が中央委員会総書記に選ばれた。

【解説】この時の十三期四中全会では、趙紫陽氏の総書記解任と江沢民氏の総書記就任が決定されたのですが、「趙紫陽氏を解任」と記述していないところは「ずるい」と言わざるを得ないと思います。ただ、読めば「この会議で趙紫陽氏は解任された」ことはわかるので、「人民日報がはっきり趙紫陽氏の解任について記述した」だけで評価すべきなのかもしれまん。

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 来年(2019年)は、中国にとって中華人民共和国建国70周年であり、中国共産党結党のきっかけとなった大衆運動「五四運動」100周年でもありますが、同時に「六四天安門事件」30周年でもあります。来年になれば、日本をはじめ世界(香港、台湾を含む)で「六四天安門事件」を振り返る記事や動画が流されると思います。インターネット全盛の時代で中国の人々が外国に出る機会も多くなっている今日、中国政府としても「六四天安門事件」について「何もなかった」とは言えないし、中国の人々に「何も知らせない」わけにもいかないのでしょう。そういう意味もあり、今回、「人民日報」の「改革開放四十年年代期」では、(もちろん現在の中国政府の立場からの記述ではありますが)私の印象としてはかなりきちんと「六四天安門事件」について記述していると思います。中国では、インターネットやその他のメディアに対する検閲が強烈ですが、それらの検閲は完全ではありません。個人ベースで外国から情報を得る機会も多くなっている中国の人々が「六四天安門事件」に対してどう考えていくのかについては、私たちは今後も関心を持ち続けていく必要があると思います。

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2018年12月15日 (土)

華為幹部の逮捕が中国の権力構造の核心を突いた可能性

 中国の通信機器大手企業の華為(HUAWEI:ファーウェイ)の最高財務責任者兼副会長の孟晩舟氏がアメリカからの要請に基づきカナダで逮捕された件について、日本の新聞では「米中ハイテク摩擦の先鋭化」という捉え方がされています。それは事態の一つの側面ではありますが、私はもっと深刻だと思っています。華為は単なる民間企業ではないからです。形式上は「民間企業」ですが、人民解放軍の通信関係機器や中国政府の公安当局の監視機器等の技術開発や納入を通じて、華為は実質的に人民解放軍や中国の公安当局の電子機器分野における開発・製造部門を担っているからです。その意味で、華為は、国有企業を前身とするとは言いながら株式市場に上場し企業情報の公開を義務づけられ株主からの監視を受けているZTEとはその組織が持つ位置付けは全く異なります。アメリカがカナダの協力を得て華為の幹部を逮捕したことは、中国の巨大な権力構造の核心部分に直接に「槍を刺した」という意味で非常に重大な事件であると私は思っています。

 今回の事件を通じて、日頃あまり表に出てこない華為という企業とその幹部の実態が報道されるようになっています。逮捕された孟晩舟氏は、カナダに二つの自宅を持っており、10代のこどもがアメリカの学校に通っている、といった話は、中国の有力者なら誰でもありそうな話ですが、「CFO(最高財務責任者)がカナダに二つ自宅を持っている」といった話は、(日産の元会長のゴーン氏と比較するわけではありませんが)上場している企業ならば株主から疑問の声が上がってもおかしくない話だと思います(特に孟晩舟氏は華為の創業者の娘ですし)。また、報道によれば、孟晩舟氏は、7つのパスポート(4つの中国のパスポートと3つの香港のパスポート)を持っている、とのことです。パスポートの発行権限は中国政府及び香港当局にありますが、普通の民間人ならば、こうしたことは認められるはずがありません。孟晩舟氏が中国政府(及び香港当局)から「特別視」されていたことを伺わせる話です。

 また、孟晩舟氏が保釈された翌日、中国の領事館の職員が孟晩舟氏の自宅を訪れたそうですが、報道によれば、その際、花束を持って行ったそうです。

 中国では企業の役職など表面上のポストと実際の権力構造上の上下関係(例えば中国共産党内部での序列など)が一致しないケースがあるのですが、そういう場合は、私は、セレモニーや会食での席順や社会儀礼上の行為(例えば、お葬式の際の花輪を並べる順序、など)で「実際の権力構造上の上下関係」を見る場合があります。中国の地方政府の場合、例えば、党書記と市長が同じセレモニーに参加する場合、党書記は市長より上席に座りますので、党書記の方が市長より「偉い」のだということがわかります。2008年8月8日の北京オリンピック開会式の時、IOCのロゲ会長(当時)の隣には胡錦濤国家主席が座りましたが、その隣は江沢民前主席で、その隣に党政治局常務委員が並びました。私はこれを見て2008年の時点では引退したはずの江沢民氏が実際はまだ重要な地位を占めているのだということがわかったのでした。

 外国で逮捕され保釈された人のところに総領事館の職員が出向くのは、事情を聞くために必要なことなので何の不自然さもありませんが、普通の国なら総領事館の職員が民間企業の幹部のところに花束を持って行くことはあり得ないでしょう。今回の件で、中国政府の外交部の出先機関である中国の総領事館の職員が孟晩舟氏に花束を持って行ったということは、中国政府の外交部より「民間企業」であるはずの華為の幹部の方が「格が上」であることを示していると思います。中国では、中国共産党は中国政府より「格上」であり、人民解放軍は中国政府が指揮する軍隊ではなく、中国共産党の軍隊ですから、もし華為が「人民解放軍のひとつの部署」として扱われているならば、華為が中国政府外交部の出先機関である総領事館より「格上」であることは納得できます。つまり「総領事館職員が華為幹部のところに花束を持って行った」行為は、善意から出たことで何ら非難されることではないにしろ、「華為は企業とは言いながら中国国内では人民解放軍の一部(だから中国政府の外交部の出先機関である総領事館より格上)と見なされている」ことを世界に知らしめることになりました。

 華為が実質的に人民解放軍の技術開発・機器調達部門を担当しているといった関係は、相当以前からアメリカの情報機関は百も承知だったことでしょう。しかし、これまでアメリカの捜査当局が華為幹部の逮捕といった強硬手段に出てこなかったのは、華為が中国の権力構造の一部をなす重要な機関である以上、華為幹部の逮捕は米中関係に決定的な影響を与えることになり、トランプ氏以前の歴代大統領だったら、華為幹部の逮捕のような強硬な手段は認めなかった可能性があったからでしょう。米ソ冷戦終了後、対ロシア、対イラン等との関係を考えた場合、対中関係を決定的に悪化させることは、アメリカの国益を損なう可能性があったからです。しかし、トランプ大統領は「対中関係の決定的な悪化」を避けるつもりは全くない大統領なので、捜査当局も「安心して」華為幹部の逮捕という強硬な手段に出ることが可能だったのだと思います。

 中国側もアメリカがカナダの協力を得てカナダ国内で華為幹部を逮捕するというところまで強硬な手段に出て来るとは予想していなかったと思われ、多分、今、中国側は対応に苦慮しているところだと思います。中国政府が「遺憾な事態だとはいえ、華為は一民間企業なのだから、その幹部の逮捕と米中通商交渉とは別物である」と考えて米中通商交渉を進めようとすれば、華為に近い人民解放軍や公安当局の関係者から強い反発が出ることが予想されます。アメリカや日本やその他の「普通の国」(=現在のタイやエジプトのように軍部が政権を担っている国以外の国)においては、軍や公安当局も中央政府の管理下にありますから、軍や公安当局が不満に思っていたとしても、政府は対米交渉を進めることができます。しかし、中国は「中国共産党は中国政府より格上で人民解放軍は政府ではなく中国共産党の管理下にある」ために、中国政府が人民解放軍の意向を抑えて対米通商交渉を進めることは困難です(それが避けられる唯一のケースは、中国共産党と中国政府の両方のトップを兼ねる習近平氏が強力なリーダーシップを発揮して人民解放軍関係者の不満を抑えて対米通商交渉を進めることができるケース)。

 中国国内での権力状況を示す可能性のあるニュースが12月9日(日)の中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」と12月10日(月)付けの「人民日報」にありました。私の知る限り日本のマスコミ(ネットニュースを含む)では報じられていないようですが、この日の「新聞聯播」と「人民日報」では、10月4~6日に山東省で起きた退役軍人による抗議デモに関連して公安当局に乱暴行為を働いた10名が逮捕されたことが報じられました。中国では退役軍人が待遇に不満を持っていて抗議デモが多数起きていることは日本のマスコミでは時々報じられますが、私は中国のメディアで退役軍人の抗議デモについて報じられたのを見たのは初めてでした。「新聞聯播」では、結構長い時間を掛けて、警備当局が撮影した動画も使いながら、退役軍人たちが警備車両に消火器を吹きかけるなど騒動の様子を報じていました。「人民日報」の記事によると、逮捕された10名の中には麻薬吸引等の罪で逮捕された前科がある者も含まれていたとのことで「善良な退役軍人が騒ぎを起こしたわけではない」ことを強調したい意図も感じましたが、「建前上社会の模範とされるべき元軍人」が集団で騒ぎを起こす様子を長々とテレビのニュースで伝える光景は、中国のテレビのニュースを長年見てきている私にとって相当の衝撃がありました。

 10月4~6日に起きた事件をなぜ12月9日になって報じるのか、というタイミングが非常に気になります。「捜査の結果、容疑者を特定して逮捕したので報道した」ということなのでしょうけれども、華為幹部の逮捕の件とのタイミングを考えると、私はこの退役軍人による抗議デモで逮捕者が出たとのニュースは「軍に関係の深い華為幹部の逮捕を防げなかった習近平政権に対して軍関係者は不満に思っているかもしれないけれども、軍の関係者と言えども不穏な動きをすれば処罰するぞ」というメッセージだったのではないかと勘ぐってしまったのでした。

 華為幹部の逮捕について、中国政府が苦慮していると思われる根拠は、ほかにもいくつかあります。列記すると以下のとおりです。

○公式メディアでの報道が極めて少ない。在カナダ中国大使館が逮捕後直ちに抗議し、外交部報道官も記者会見で抗議のコメントをしているが、「人民日報」では12月9日(日)付けの紙面で抗議する論評を掲載したのみ(環球時報など他のメディアでは報じられているようだが)。テレビの「新聞聯播」では事実関係すら伝えていない。

○中国政府の対応もワンテンポ遅く、レベルも低い。孟晩舟氏の逮捕が公表されたのは北京時間で12月6日(木)だが、中国外交部の次官が在中国カナダ大使を呼んで抗議したのは8日(土)、同じく次官が在中国アメリカ大使を呼んで抗議したのは9日(日)。本件について王毅外相が講演でカナダとアメリカを非難したのは11日(水)。習近平主席や李克強総理のコメントはいまだに(12月15日(土)時点では)聞こえてこない。通常ならば、逮捕が明らかになったら、直ちに外務大臣が在中国カナダ大使、在中国アメリカ大使を呼んで抗議するのが「普通」だと思われるが、中国政府の対応が外交上の慣例から見てちょっと「変」(アメリカのトランプ大統領やカナダのトルドー首相が本件についていろいろコメントしているのと比べても、中国政府幹部からの表向きの反応が静か過ぎる感じがする。これだけ重大な案件なのに初めての大臣級のコメントが外務大臣のシンポジウムでの講演、というのもちょっと変な感じ)。

 トランプ大統領自身が今回の華為幹部逮捕についてどう考えているのかはわかりませんが、華為幹部逮捕が本当に中国の権力構造の核心部分を鋭く突いてしまったのだったら、コトは相当にやっかいです。本件の対応に際し、中国政府自体が、自らの国内での不満を抑えるのに苦労するだろうと想像されるからです。

 中国政府は昨日(12月14日)、1日の米中首脳会談に基づき、アメリカ産自動車に課していた追加関税を2019年1月1日から三ヶ月間停止すると発表しました。一方で中国は、カナダ人二人を拘束しており(孟晩舟氏の逮捕に対する報復措置と見られている)、中国政府の対応に「ちぐはぐ感」を感じます。アメリカ側では、トランプ大統領が孟晩舟氏の逮捕に関して政治的に介入する可能性について言及する一方、ポンペオ国務長官が本件は法的に措置し政治的な介入はしない旨表明していて、アメリカ政府の対応も「ちぐはぐ」なのですが、トランプ政権は内部での対応が「ちぐはぐ」なのは前からわかっている話なのに対し、習近平氏への権力が集中しているはずの中国政府の対応が「ちぐはぐ」に見えてしまうのには強い懸念を感じます。

 昨日(12月14日)に中国が発表した2018年11月の小売売上高は前年同月比8.1%増で、2003年5月以来の15年半ぶりの低い伸びだったのだそうです。2003年5月と言えば、SARS(重症急性呼吸器症候群)騒動で外国人駐在員が引き上げたり中国でも多くの市民が外出を控えたりした時期でした。その時期以来の低い伸びだということは、中国経済に今実際かなりのブレーキが掛かっていると言えるでしょう。トランプ大統領は、中国経済が不調になったのは自分が関税引き上げなどの措置を講じたからだ、と自慢しているそうです。こうした状況を踏まえると、トランプ大統領自身は華為幹部の逮捕という「中国の権力構造の核心を突く措置」の重大性を認識していない可能性があります。中国政府が対応に苦慮しているのも「トランプ大統領がコトの重大性を認識していない可能性がある」ことがわかっているからだとも言えるかもしれません。

 華為幹部という重大な展開を受けて、米中両国政府が「ちぐはぐ」な対応を取っている(しかも片方の当事者であるトランプ大統領がコトの重大性を認識していないらしい)ことは、世界の市場関係者に大きな不安をもたらしているようです。昨夜のニューヨーク株式市場でも株価が大きく下がりました。

 中国との関係を考える上では、中国共産党は中国政府の上にあるという事実を再確認する必要があります。中国政府は中国経済を順調に推移させることを目指していますが、中国共産党は「中国共産党による支配が揺らぐ」ことと「中国経済が減速する」こととが二律背反になった場合には「中国経済が減速してもよいから中国共産党による支配を断固として守る」ことの方を選択をすることになることを忘れてはなりません(1989年の「六四天安門事件」がそれを証明しています)。アメリカのトランプ政権においては、そうした事情もよく考えた上で、冷静に対中政策を進めて行ってほしいと思います。

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