「三自一包」批判と新「五反運動」

 5月に入ってから、毛沢東時代にあった古いスローガンに接する機会が相次ぎました。ひとつは「『三自一包』批判」であり、もうひとつは「五反運動」です。

 「三自一包」は、私がたまたま見たテンセント網・房産チャンネルにアップされていた動画「毛主席の1965年の神預言」に出てきていました。

 「三自一包」は、1960年代初頭に劉少奇とトウ小平が進めた経済調整政策を象徴する表現で、「自由市場、自留地、自負盈虧、包産到戸」を指します。1958年に毛沢東が提唱して始まった人民公社の運動は、同時期に進められた大躍進政策と相まって、農村における農業生産の停滞を招き、1958~1960年の三年間で数千万人に上る餓死者を出したと言われています。その時期の政策の反省の上に立って1960年代初頭に劉少奇やトウ小平が進めた経済調整政策は、人民公社のやり方を一部緩和して、農民の「やる気」を喚起するものでした。

 人民公社では、全ての生産物が共同で生産され、国家の計画に従って販売されるのが原則です。しかし、経済調整政策では、一部余剰に生産された生産物に関しては、公的販売ルート以外の販売ルートである「自由市場」での販売を認めました。また、農民が人民公社が管理する農地とは別に自分の住宅の周辺のスペース(これを「自留地」と言います)を利用して農産物を生産することも認めました。

 「自負盈虧」の「盈虧」(yingkui)は「損と得」という意味で、「自負盈虧」とは、自らの損得を自らの責任で管理する経済主体のことです(「虧」の中国語の簡体字は、「つくり」の部分だけで、しかも、縦棒が下の横線のところで止まっている)。理想的な人民公社は全て国家の計画に従って経済活動を行いますが、一定程度、経済主体自身による損得判断で経営を調整してもよいだろう、という考え方が経済調整期には認められるようになりました。

 「包産到戸」の「包産」とは「請負生産」のことで、「包産到戸」とは農業生産を人民公社ではなく各農家に戸別に請け負わせることです。請負を受けた各農家は、頑張って働いて、様々な工夫をして生産を上げれば自分の収入が増えるので、結果的に生産性は向上します。農業における「包産到戸」、即ち日本語で言えば「農家戸別生産請負制度」は、1980年代に人民公社が解体された後の改革開放期の農業における「改革のキモ」となる制度です。

 本来の人民公社の制度を緩めて若干の修正をしようとしていた経済調整期の政策については、毛沢東は不満であり、1964年頃から毛沢東は「三自一包」を「資本主義へ進む道だ」として厳しく批判するようになります。この批判の運動は、1965年に始まった「政治を清め、経済を清め、組織を清め、思想を清める」の「四清運動」や上海の「解放」誌の編集長だった姚文元が「新編歴史劇『海瑞免官』を評す」という評論文を書いたことをきっかけにして始まった文芸批判の運動と合わせて、1966年に大々的な大衆運動として盛り上がり、文化大革命に発展していったのでした。

 私がテンセント網・房産チャンネルで見た「毛沢東の1965年の神預言」という動画では、1965年秋に行った毛沢東による「三自一包」批判の講話を取り上げていました。この動画では次のように解説していました。

○毛沢東は1965年深秋、「三自一包」を批判する講話を行った。この当時毛沢東は既に72歳であり、この毛沢東の話については「誇張のしすぎだ」「老人が語る古い理論だ」と言う人もいた。毛沢東の話は以下の通り。

・「三自一包」の路線を歩んではならない。決して資本主義の道を歩んではならない。

・もし人民公社の制度を改変するのであれば、一時的には収入が上がる可能性はあるが、十年も経たないうちに、小役人は大儲けをし、高級幹部は巨額の富を得、官職のないものは利益を得られないことになり、腐敗勢力が社会を陰に陽に支配することになる。苦痛を受けるのは一般庶民である。

・最終的には両極分化が進み、一般庶民は、心が離れ、徳を失い、団結力は失われるだろう。そして、外国勢力が侵入してくることになるだろう。

○数十年が経過した今、私たちは何を見ているのだろうか。毛沢東は農民出身であり、農民、一般庶民の労苦をよく理解していた。毛沢東は、農民の代言人であり、一般庶民の代言人だったのだ。

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 この動画は「毛沢東礼賛」の内容なので「検閲削除」の対象とはなっていないようです。私が見たのはアップされてから既に一週間が経過した時点でした。この時点で「224万人が視聴しました」の表示が出ていました。他の動画と比較してもかなり高い「視聴率」です。

 しかし、「三自一包」は、1960年代初頭に劉少奇やトウ小平が進めた経済調整政策の「キモ」であり、1978年以降にトウ小平が「毛沢東は一部の誤りを犯した」として文化大革命や人民公社を否定して経済調整政策を復活させる方向で進めた「改革開放政策」のキモでもあります。この動画のようなあからさまな「『三自一包』批判」は、現在も中国共産党が進める改革開放政策に対する批判であり、「トウ小平の進めた政策が格差を広げて一般庶民を苦しめることになった」という「トウ小平批判」になっています。

 4月30日の中国共産党政治局会議においても「改革開放は重要な『法宝』(神通力のある宝物)である」としており、改革開放をロコツに批判するこの動画は現在の中国共産党の政策を批判するものです。それなのにもかかわらずこの動画が削除されずに数百万人の人が視聴しているという現状は、現在の中国においては「改革開放を批判すること」は許される範囲内であることを示しています。これは、1980年代の「トウ小平の時代」に北京に駐在した経験がある私としては「信じられない事態」です。背景として考えられるのは、中国共産党政治局会議の公式な表現としては「改革開放は大事だ」としているものの、習近平氏自身は実際は改革開放政策に批判的だ、という可能性です。

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 一方、「五反運動」に関しては、ジャーナリストの林愛華氏が書いたネット上の現代ビジネスの記事「げに恐ろしや、習近平の恐怖政治『布告文』が発表された!」(2024年5月14日07:02配信)と5月22日付け産経新聞5面記事「反スパイ・反分離主義 中国『五反闘争』 内外憂慮、毛時代に回帰」で報じられています。

 これらの記事では、中国共産党幹部の養成機関である中央党校の機関紙「学習時報」が4月29日付けの一面に「国家安全保障の揺るぎない保護」と題する国家安全部トップの陳一新氏の署名入り論文が掲載されていたことを報じています。陳一新氏は、この論文で、「『反転覆』(政権を転覆させない)、『反覇権』(覇権国家に対抗していく)、『反分裂』(中国を分裂させない)、『反恐怖』(テロを取り締まる)、『反間牒』(スパイを取り締まる)という『五反闘争』を広く展開しよう」と呼びかけているそうです。

 中国共産党の歴史を知っている人ならば、誰でも毛沢東が中華人民共和国成立直後の1951年に始めた「三反運動」(「汚職、浪費、官僚主義」の三つに反対する運動)と1952年に始めた「五反運動」(「賄賂、脱税、仕事の手抜きと材料のごまかし、国家財産を騙し取ること、国家の経済情報を盗むこと」の五つに反対する運動)を知っています。このため陳一新氏が提唱した「五反闘争」は「新『五反運動』」と呼ばれるようになっているようです。

 毛沢東による「三反運動」「五反運動」は、建国直後の中国にあって残っていた資本主義的考え方を持つ人たちを徹底的に排除するという「革命成立直後の粛清運動」の意味もあったと考えられています。また、この陳一新氏の論文が掲載されたのが中央党校の機関紙「学習時報」であることも意味深です。基本的に中国語の「学習」は日本語の「学習」と意味は同じですが、現在の中国では「学習」とは「習(近平)を学ぶ」という意味もあるからです。ですから、林愛華氏は自分が書いた記事に「げに恐ろしや、習近平の恐怖政治『布告文』が発表された!」というタイトルを付けたのでしょう。

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 上に紹介した「三自一包」批判と新「五反運動」は「たまたま見掛けた二つのエピソード」に過ぎませんが、7月に三中全会が開催されて「何か新しい方針が打ち出されるかもしれない」と多くのチャイナ・ウォッチャーが関心を高めている中にあっては「見過ごしてはならないエピソード」である可能性があります。さすがに習近平氏と言えども、経済上の困難を無視して、改革開放をうち捨てて毛沢東時代に戻ろうという方針を打ち出すとは思えませんが、上記に紹介した「毛沢東の1965年の神預言」で見られるように、改革開放方針に基づく経済発展が結果的に例えば不動産企業のトップたちのような「大富豪」を生む一方で、中国社会の中の格差が耐えられないほどに広がった、という感覚は、一般の中国の人たちの間にかなり大きく広がっている可能性があります。従って、7月に開催予定の三中全会では、不動産バブル崩壊という現状を踏まえて、かなり大胆な(社会主義の原則に立ち帰る方向での)方針転換が打ち出される可能性はゼロではないと思います。

 「7月に三中全会が開かれる中で習近平氏はどういう『次の一手』を打ってくるのか」と目を光らせているチャイナ・ウォッチャーの間では、5月22~24日に習近平氏が山東省を視察し、済南市で企業と専門家の座談会を主催したことが着目されているようです。この座談会で習近平氏が「中国式現代化の推進を妨げる思想観念や体制的・制度的弊害を断固として排除し、深いレベルの体制的・制度的障害や構造的矛盾の解決に力を入れ、中国式現代化に絶えず力強い原動力を注入し、有力な制度的保障を提供する必要がある」(この日本語訳は「人民日報ホームページ日本語版」5月24日付けの記事による)と述べているからです。

 「この座談会をなぜ北京ではなく山東省済南市で行ったのか」「この座談会には、政治局常務委員の王滬寧氏と蔡奇氏、国務院副総理の何立峰氏が参加しているのに、政治局常務委員で国務院総理の李強氏はなぜ参加していないのか(同じ時期、李強氏は山東省のすぐ隣の河南省を視察している)」などにも何か意味があるのかもしれません。中国共産党のトップが、北京ではなく、地方に行ったときに何か重要なメッセージを出すことは過去にも何回もあったからです(1966年7月突然武漢に現れて揚子江を遊泳して見せた毛沢東の動きが文化大革命始動の「のろし」だった、1992年の春節期間にトウ小平が南部の沿海地域で行った講話が「南巡講話」として「六四天安門事件」後の中国の政策の方向性を確定させた、2000年2月に江沢民が広州で行った講話が後に「三つの代表重要思想」として党規約改正にまで発展した、などの例があります)。トップが地方にいる間は北京にいる「反対勢力」が対応できないからでしょう。

 現在の不動産バブル崩壊による中国経済の困難な現状と党内で本当にリーダーシップが取れているのかどうか疑問な習近平氏を考えると、過去の中国共産党トップの動きを参考にはできないのかもしれませんが、これから7月の三中全会まで、どのような新しい方針が打ち出されるのか(あるいはそんなに目新しい方針が打ち出されるわけではないのか)注目していく必要があると思います。

P.S.

 5月20日に行われた台湾の頼清徳総統の就任演説に対応する形で台湾周辺で行われていた人民解放軍の演習を伝える中国中央電視台夜7時のニュース「新聞聯播」の報道ぶりは結構刺激的でした。この手の演習のニュースでは、演習に参加している現場の兵士が直立不動で決意を語るのが「通例」なのですが、今回は「断固として台湾独立勢力を消滅させる決意です」と語っている兵士がいました。また、演習のシミュレーションでは、台湾の地図上にミサイルや砲弾が着弾して爆発する図も登場させたりしています。通常、この手の演習では、誰が見ても「仮想敵国」がどこであるかが明白な場合であっても、公式見解としては「この演習は特定の国を念頭に置いているものではありません」と発言するのが「お作法」だと思うのですが、現在の中国に関してはこうした「お作法」は全くないということなんだと思います(中国側の理屈から言えば「台湾問題は中国の国内問題なんだから『外交的配慮』なんかする必要は全くない。」ということなんだと思いますが)。まぁ、在日中国大使の発言(日本が台湾独立に加担すれば日本の民衆は火の中に連れ込まれる)を聞いていれば、現在の中国に「外交的配慮」を期待すること自体が無理なのだ、ということなんだと思います。

 前にも書いたことがありますが、1980年代、靖国問題とか日中間で様々な問題がある中で、トウ小平氏が「中国と日本とは立派な独立国同士だ。独立国同士の関係で『全く問題がない』という状態はむしろ異常だ。二つ三つ問題があってもそれを交渉で解決するというのが外交というものだ。」と悠然と語っていた頃を懐かしく思い出しています。

 

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2024年5月18日 (土)

中国の地方政府による在庫マンション買い取り策

 中国の何立峰副総理は昨日(2024年5月17日(金))午前「『保交房』対策を確実にうまくやるための全国オンライン会議」を開催しました(「保交房」とは、不動産開発企業の資金不足で建設が途中で止まってしまったマンションの建設工事を再開させて完成させ、契約者にきちんとマンションを引き渡すこと:「房」はマンション、「交」は引き渡すこと(交付すること)、「保」は「交房」のきちんとした実行を確保すること)。

 このオンライン会議の結果はすぐに新華社が報じたほか、午後には国務院が政策発表会を開いて決まった内容を報道陣に説明しました。

 今日(5月18日(土))付けの「人民日報」の報道等によれば、このオンライン会議で決まった内容は以下のとおりです。

1.マンションの「保交房」を確実に実行し、マンション建設工事が途中で止まるリスクを防ぐため、「ホワイト・リスト」に載ったマンション建設プロジェクトについては、銀行による融資を支持し、建設を推進させる。

2.都市の不動産に対して融資を行う金融機関と協調して、不動産開発企業の合理的な融資の要求を満足させるようにする。

3.都市の地方政府が、地方の国有企業とグループを組織して、低所得者用住宅にするために合理的な価格でマンション在庫を購入しすることを認める。

4.地方政府が不動産開発企業に土地使用権を売却した土地のうち、現在未開発または未着工のままで残っている土地については、地方政府が買い戻して、不動産企業の債務圧力を軽減するようにする。

 さらに中国人民銀行は個人向け住宅ローンに関する以下の三つの緩和措置を行う。

(1)住宅ローン設定の際の頭金割合を一軒目については15%、二軒目については25%に引き下げる(従来は一軒目は20%、二軒目は30%だった)。

(2)住宅公積金(雇用主と雇用者が折半して積み立てる社会保険的な住宅資金積み立て制度)による住宅ローンの金利を0.25%引き下げる。

(3)各銀行が設定する住宅ローンの最低金利を撤廃する。

 さらに中国人民銀行は3,000億元(約6兆3,000億円)の低所得者住宅向け融資枠を設立し、全国を対象に営業する21の銀行に対し、金利1.75%、期限1年の融資を四回に分けて実施することとする。

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 私はこれまでこのブログで不動産バブル崩壊対応として、断固とした政治的決断の下で行う複数の政策を組み合わせた「政策パッケージ」を打ち出さないままに、個別の対応策をさみだれ式に打ち出しても効果は出ない、と批判的に書いてきました。今回決定した複数の政策は、ようやく出てきた「政策パッケージ」ではあるのですが、私としては以下のような不満があります。

○政策の目的があくまで「保交房」(建設が途中で止まったマンションをきちんと完成させて契約者に引き渡すこと)であって、結局は「対症療法」の域を出ておらず、不動産バブル崩壊に起因する不良債権問題等の経済問題の全体的な解決にはなっていない。

○問題解決の責任を地方政府と地方の金融機関に「丸投げ」しており、中央政府が自ら責任を取って対処しようという意思が見られない(断固たる政治的決断がない)。

○結局は不動産企業が抱えているリスクを地方政府(及び地方政府の呼び掛けに応じた地方の国有企業)と地方の金融機関に移転するだけであり、リスクの全体を解消するものにはなっていない。中国人民銀行が行うのは、あくまで「融資」であって、中国人民銀行から融資を受けた銀行がそれを返済するための資金をどうやって集めるのか先行きが明示されておらず、当面今目の前にある「保交房」の問題の解決にはなるにしても、不動産開発企業が抱えている借金が解消されるわけではない。

 日本経済新聞も同じような問題意識を持っているようです。上記の件を伝える今日(2024年5月18日(土))付け日本経済新聞朝刊1面中段の記事「中国、住宅在庫買い取り 下限金利は撤廃」と11面の記事「中国、銀行頼みの住宅支援 融資、不良債権化の懸念 ローン下限金利も撤廃」では、結局は、不動産企業がマンション建設を完了できていないという現在の問題を「不動産企業と在庫マンションを買い取る地方政府への融資」「住宅ローンの金利低下による銀行経営への圧迫」との二つの面で銀行に押しつける結果になっている、と指摘しています(日経新聞がこの記事を一面中段に掲載していることは、日経新聞自身がこの案件を非常に重要視していることを表しています)。

 一方、私が見るところ、中国におけるこの案件の報道ぶりには思わせぶりな「配慮」がなされています。

 一つ目の「配慮」は、「人民日報」でこの案件を伝える二面の紙面のすぐ隣では、財政部が5月17日に400億元(約8,400億円)の期限30年、表面利率2.57%の2024年超長期特別国債の第一期分を発行することを発表したことが報じられています。中国の超長期特別国債は、全人代での政府活動報告でも今年(2024年)1兆元(約21兆円)発行されることが言及されていて、期限20年、30年、50年のものが発行されることになっており、今回発表されたのはその一部の発行です。超長期特別国債は、景気下支えのためのインフラ投資等に用いられる資金を調達するものであって、上記に紹介した地方政府による在庫マンション買取りとは関係ないのですが、この二つを伝える記事が「人民日報」で並んでいると、多くの人に「地方政府の財政状況は非常にひっ迫しているのだから、超長期特別国債で調達した資金は在庫マンション買い取りのための資金として地方政府に回っていくのではないか」と思わせるに十分です。

 テンセント網・房産チャンネルにアップされている動画の中にも「地方政府による在庫マンション買い取り策については、財源が明記されていないが、超長期特別国債で得た資金を使うのではないか」との考えを示しているものもありました。

 こうした報道の仕方は、おそらくは「地方政府に在庫マンションを買い取らせる。だけどその資金はどこから調達するのか。」と不安に思っている中国の人々に対して「超長期特別国債で借りた資金を使うんだ」と「勘違い」させて、「それなら地方政府による在庫マンション買い取りはうまくいくだろう。だったら、マンション市場は早期に安定するだろう。」と思わせようとしているからではないか、と私は勘ぐっています。

 二つ目の「配慮」は、、今回の決定を決めた「オンライン会議」が金曜日の午前中に行われ、その結果が13:30に新華社で報じられ、また午後には住宅都市農村建設部や中国人民銀行による政策発表会が行われたことです。通常、マーケットに大きな影響を与える可能性がある決定は、金曜日の午後に行って、金曜日の夜、マーケットが閉まってから発表されることが多いのですが、今回はマーケットがまだ開いている時間帯に発表が行われました。これは今回の決定内容はマーケットに好感されるだろうと見た中国政府がわざと市場が開いている時間帯に発表を行った結果だと思います。その思惑通り、5月17日(金)の上海や香港の株式市場では、不動産関連の株価は大きく上昇して引けています。

 三つ目の「配慮」は、ロシアのプーチン大統領の訪中のタイミングで今回の決定と発表が行われた、ということです。中国にとってプーチン大統領の訪中は大きなイベントですから、テレビの「新聞聯播」でも「人民日報」でもトップ記事はプーチン大統領訪中関連のものです。これは、おそらくは今回の「地方政府による在庫マンションの買い取り」等の政策決定は、マーケット関係者には関心を持ってもらいたいけれども、多くの一般の中国人民にはあまり宣伝したくない案件だったからだろうと思います。「地方政府による在庫マンションの買い取り」等は、不動産バブルを崩壊させたという中国政府の失敗の尻拭い策のひとつであり、かつ、うまく効果が上がるかどうかもよくわからないので、中国政府のホンネとしては、不動産にあまり関心を持たない一般の人々の関心はあまり引きたくなかったのだろうと思います。

 地方政府及び地方政府の呼び掛けに応じた地方の国有企業が売れ残っている在庫マンションを買い取ってそれを低所得者用賃貸住宅にする、というやり方は、私はあまりうまく行かないだろうと思っています。この点については、このブログの4月13日付けの記事「マンションの『以旧換新』策は弥縫策ではないのか」にも書きました。売れ残っているマンションの間取りや場所が低所得者のニーズとマッチしているかどうか疑問だし、中国では既にマンション価格が高騰し過ぎていて、賃料利回り(マンションを賃貸に出して得られる年間賃料をマンション購入価格で割った値)が非常に低くなっており、地方政府が在庫マンションを買い取ってそれを賃貸用にしたとしても、賃料で購入資金を回収するには相当程度長い年月が掛かってしまうからです。

 同じような疑問は中国の人たちも持っているようで、テンセント網・房産チャンネルにアップされている解説動画では、この「地方政府が在庫マンションを買い取って低所得者用賃貸住宅として貸し出す」というやりかたがうまくいくかどうかは、実際をよく観察していく必要がある、と指摘しているものがありました。

 繰り返しますが、私がもっとも問題だと考えているのは、北京の中央政府が自らの責任で問題に対処しようとせず、問題解決の責任を地方政府と地方の金融機関に押しつけている点です。このやり方は、究極的には「物事がうまく行ったら私の功績だ。うまく行かなかったら部下の責任だ。」とする姿勢がミエミエの習近平氏の態度から出発していることは明らかです。

 今のところ上海や香港の株式市場では、中国政府もいよいよ不動産バブル崩壊の問題に対して本腰を入れて対応し始めているようだ、という点を好感しているようですが、私は、ただでさえ土地使用権売却収入が途絶えてひっ迫している地方政府の財政状況をさらに悪化させるような「地方政府による在庫マンションの買い取り」がうまく行くとは思っていません。また、仮に中国政府が「最終的には超長期特別国債で調達した資金を地方政府による在庫マンション買い取りのための資金に使う」ことまで本気で考えているのだとしたら、それは不動産企業の借金とリスクを地方政府に移転し、結局はそれを中央政府が背負うことを意味します。そういったリスクを中央政府が背負うことを多くの人が心配すれば、超長期特別国債は売れなくなり、結果的に金利は上昇します。なので今後は、これから発行が進むことになる中国の超長期特別国債の売れ行きにも注目していく必要があると思います。

 なお、最後の問題は、実は中国のことを心配するより日本自身が心配すべき問題です。GDP比では既に中国の何倍もの巨額の公的債務を抱えている日本政府がその収入の3割以上を国債発行に依存し、支出の約3割を収益が得られるわけではない社会保障費に充てている現状を踏まえると、昨今の「超円安」の状況の根っこには日本の財政事情に対する不信感があるからかもしれないからです。私は個人的には、日本の超長期国債は中国の超長期国債よりは最終的な信用力は高いと考えています。民主主義に基づく日本の政治システムが今後50年間壊れることはないだろうと多くの人は考えているのに対し、現在の中国共産党統治体制は50年後も健在なのか、と問われると疑問に思う人が多いだろうと思うからです。

 今回の「地方政府による在庫マンション買い取り策」がうまく行くかどうかも、結局は中国共産党政権の「信用」に掛かっています。中国の人々が中国共産党政権の将来を信用していれば、現在の政策に基づいて、自分の今後数十年間の人生を左右する住宅購入を決断するだろうし、もし中国の人々が中国共産党政権の将来が信用できなければ、いくら中国政府が様々な政策を講じても中国の人々は安心して住宅のような「自分の人生を賭けた買い物」はしないだろうからです。

 今回発表された「地方政府による在庫マンション買い取り策」は、まずは実際に地方政府による在庫マンション買い取りが進むのかどうか、それを受けて新築及び中古マンションの価格が下げ止まるかどうか、最終的には今まで積み上がってきたマンションがらみの不良債権がうまく解消されていくのかどうか、しばらくは様子を見ていく必要があると思います(株式市場はごく短期的な目線でしか判断しませんから、上海や香港の株価が上昇しているからといって、今回の「地方政府による在庫マンション買い取り策」がうまく効果を上げるだろうと楽観的に見るべきではない、と私は考えています)。

 

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2024年5月11日 (土)

マンション購入制限措置全廃は問題解決に繋がるのか

 メーデーの連休が明けた後の5月9日までに、杭州と西安でそれまであった住宅購入制限措置が全廃されました。中国の各都市においては、投機目的による住宅購入を抑制するため、住宅購入に関しては「購入できるのはその都市の戸籍を有する者に限る」とか「その都市以外の戸籍の者も購入できるが、三年以上その都市に定住して社会保障費用を継続して支払っていることを条件とする」とか様々な制限が掛かっていました。しかしながら、住宅販売の低迷が深刻化していることから、これらの「住宅購入制限措置」を全廃する都市が南京、成都、武漢、寧波などと続いていました。今般、杭州と西安が全廃したことで、「住宅購入制限措置」が残っている都市は一線級都市(北京、上海、広州、深セン)と天津、珠海(広東省)の6都市だけとなりました。これら残っている6都市でも「住宅購入制限措置」が残っているのは、例えば北京の場合なら五環(第五環状線)の内側だけ、といった特定の区域だけなのだそうです。

 これまで中国政府は「住宅は住むものであって投機の対象とすべきものではない」という方針を打ち出し、投機目的の住宅購入を抑制するための様々な制限を講じてきました。しかしながら、住宅の販売不振の傾向が止まらないことから、こうした投機目的の住宅購入を抑制する措置は段々緩和されてきたのでした。今回、6都市以外の全ての都市での住宅購入制限措置が全廃されたことで、中国の多くの人はハッキリとは口では言いませんが、「中国政府はもはや『投機目的であっても住宅を買ってよい』というように政策の方向転換をしたのだ」と感じているようです。

 住宅購入制限措置を全廃する都市が相次いでいることに対しては、中国の人々も非常に高い関心を持っているようです。今日(2024年5月11日(土))私が閲覧したテンセント網・房産チャンネルにアップされていた解説動画では「緊急特集」と題して「多くの都市での住宅購入制限措置全廃が今後の住宅市況にどういう影響を与えるのか専門家に解説してもらいました」という内容のものでしたが、私が見た時点はこの動画がアップされてから一時間ちょっとしか経過していなかったにもかかわらず、既に「23万人が視聴しました」という表示が出ていました。

 中国国家統計局が発表した主要70都市の住宅価格動向によると、2024年3月は、新築住宅については価格が対前月比で下落してるのが57都市、対前年同月比で下落しているのが58都市、中古住宅については価格が対前月比で下落しているのが69都市、対前年同月比で下落しているのが70都市(全ての都市で下落している)とのことです。こうした中、ある解説動画によると、ある都市で住宅購入制限措置の全廃が発表された翌日には、不動産仲介業者への問合せ電話が殺到したとのことです。

 これらの解説動画で専門家の人たちがアドバイスしているのは「結婚などのために今すぐ家が欲しい、といった事情がないのであれば、市場の動向やどういう政策が今後出されるかを冷静に見極めるべきだ」というものが多くなっています。

 4月30日に開催された中国共産党政治局会議において、中期的な経済政策を議論する三中全会(中国共産党中央委員会第三回全体会議)を7月に開催することが決まったことから、この7月の三中全会において、不動産バブル崩壊に対する何らかの大きな政策が打ち出されるのではないか、という期待も高まっているようです。また、「住宅購入制限措置」を全廃する都市が相次いでいることは、中国共産党もようやく不動産バブル崩壊対策に本腰を入れ出したようだ、と受け取る人も多いようで、そのためかメーデー連休明けの上海や香港の株式市場の株価は大幅な上昇を見せています。

 住宅購入制限措置の全廃が相次いでいることについては、今後「不動産バブル崩壊対策」として効果的な政策が出てきそうだ、と期待する見方と、対症療法に過ぎず、根本的な解決策になっていない、という冷めた見方の両方があるだろうと思います。私は後者の見方をしています。その理由は以下の通りです。

○住宅購入制限措置は「投機目的の住宅購入を抑制するためのもの」だったわけだが、それを全廃することは「投機目的で住宅を買ってもいいですよ」というメッセージにほかならない。しかし、現在の新築及び中古マンションの価格の下落は、マンション等の供給が需要を上回っていることを如実に表しており、需要が弱くて在庫がはけない現状において投機目的でマンションを買おうという人が数多くいるとはとても思えない。

○不動産バブル崩壊対策として住宅購入制限措置の全廃を進めるのであれば、それは「バブルに対処するのに新たなバブルを作ることをもってする」ということであり、根本的な解決策にはなっていない。2014年にマンション・バブルがはじけかけた時、中国政府は投機資金が株式市場に向かうように仕向けたが、上海株式市場では株価は急上昇した後、2015年6月をピークとして暴落した(結果的にそれが「中国発世界同時株安」(いわゆる「チャイナ・ショック」)となった)。マンションと株のバブルがはじけたことに対して、習近平政権は2017年4月に雄安新区(北京に隣接する河北省に新しく副都心を建設するプロジェクト)を打ち出し、まさに「バブルに対処するのに新たなバブルを作ることをもってする」を実践したが、それが根本的な解決にはなっておらず、さらに大きくなって2021年以降不動産バブルが本格的に崩壊したことは中国内外の誰もが知っていることである。

○住宅購入制限措置の全廃は、2016年暮の中央経済工作会議で打ち出された「住宅は住むためのものであり、投機目的で売り買いするためのものではない」(中国語では「房子是用来住的、不是用来炒的」)を取り消すことに等しい。例えば「ゼロコロナ政策」をある日突然撤回するなど、中国共産党の政策は何の説明もなしにある日突然ひっくり返されることはよくあることなのだ、と言えばそれまでだが、このような重要な政策方針を何の説明もなく突然真逆の方向に転換することが相次ぐと、どんな政策を打ち出しても中国の人々や外国企業は「どうせまた時間が経てばこの政策はひっくり返るんでしょ」と考えて中国共産党の政策を信用しなくなる。こういう事態が続くと、中国共産党がどのような政策を打ち出しても誰もその政策の継続性を信用しなくなり、結果的にどのような政策も有効な効果をもたらすことができなくなるおそれがある。

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 このブログでも何回も書いてきましたが、不動産バブル崩壊のような危機的な状況に対しては、対症療法的な個別の政策を小出しにしていては効果は上がりません。昨年(2023年)7月の中国共産党政治局会議では二軒目の住宅購入のための住宅ローンに対する制限措置を緩和しました。また、住宅購入制限措置の全廃も、各個別都市でさみだれ式に打ち出されています。このように「対策を小出しにさみだれ式に打ち出すと効果が出ない」ということは世界の政策担当者はよく知っていることです。2013年4月に異次元の量的質的金融緩和を始めた日銀の黒田総裁(当時)は記者会見で「戦力の逐次投入はせず、現時点で必要な政策をすべて講じた」と述べました。政策を小出しにしても効果が出ないことを知っていたからです。中国共産党による不動産バブル崩壊対応策は、政策の打ち出し方からしてあまりに拙劣に過ぎると思います。

 「習近平氏に直言できる経済ブレーンがいない」「習近平氏自身が明確な政策方針を自分の言葉で語らない」「打ち出される対策が小粒のものばかりで、しかもタイミング的にさみだれ式に出されるため、効果があるようにはとても見えない」ことから、「中国の不動産バブル崩壊は日本の平成バブル崩壊と同じようなことにはならない。日本よりもっとずっとひどいことになる。」という認識が多くの人の間で広がっているようです。中国経済に詳しい柯隆氏も、最近出版した「中国不動産バブル」(文春新書)や「文藝春秋」最新号(2024年6月号)の中に掲載されている座談会の中で似たような認識を示しています。

 この一週間、中国の貿易統計が改善した(5月9日発表)、消費者物価がややプラスに持ち直した(5月11日発表)、といった経済統計が出ていることから、中国経済は底を打ったのではないか、という見方も出始めているようです(だからこそ上海や香港の株価が上がっているのでしょう)。しかし、上に書いたように、私は中国経済の先行きについては決して楽観視してはいけない、と考えています。

 

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2024年5月 4日 (土)

中国の住宅在庫削減政策と地方財政

 中国共産党政治局は2024年4月30日に会議を開き、第20期中国共産党中央委員会第三回全体会議(三中全会)を7月に北京で開催することを決めました。重要な経済政策について議論する「三中全会」は、党大会が開かれた翌年の秋に開催されるのが通例でしたが、2022年秋の党大会で習近平氏の総書記としての三期目続投が決まった後、2023年秋には開催されませんでした。なので、私は、習近平氏は「一人独裁」を進め、党内の重要な政策決定プロセスである中央委員会全体会議も開催せずに済ませるつもりなのではないか、と疑っていたのですが、さすがにそこまで「党内プロセスを無視した一人独裁」を進めようとしているわけではないようなので少し安心しました。ただ、「三中全会」の開催が遅れたことについては、不動産バブル崩壊など議論対象には困難なものが多いので、党内での調整に手間取ったために予定通りの日程では開催できなかったからではないか、など様々な憶測が流れています。

 この「三中全会」の7月開催を決めた4月30日の中国共産党政治局会議の主要議題は経済政策に関するものでした。この政治局会議の開催結果を伝える5月1日付けの「人民日報」の記事では、この会議で指摘された事項に関する記述の冒頭に「改革開放は党と人民の事業が大きく踏み出して歩んできた時代の重要な『法宝』である」と書かれています。手元の電子辞書によると「法宝」とは道教でいうところの「神通力のある宝物」のことなのだそうです。習近平氏自身はどう考えているのかは知りませんが、少なくとも中国共産党政治局の認識としては「改革開放は『神通力のある宝物』である」と認識しているということを示すこの記述は、私には非常に示唆に富むものだと感じました。なぜなら、習近平政権は、トウ小平氏が始めた「改革開放」の政策を阻害するような様々な施策を講じてきているにもかかわらず、中国共産党政治局としては「改革開放は非常に大事だ」と認識していることを改めて示しているからです。

 この政治局会議では、「積極的な財政政策と穏健な金融政策をうまく実施し、早いうちに超長期特別国債と併せてプロジェクト債の発行進度を加速させ、必要な財政支出の強度を維持する」と指摘して、経済の下支えを行っていく方針を示しています。また、「重点領域のリスクの防止と解消を確実に進めなければならない」として不動産市場の問題にも触れています。ここでは、地方政府、不動産企業、金融機関がそれぞれ責任を持って「保交楼」(ストップしたマンション建設工事を再開して契約者にきちんとマンションを引き渡すこと)を確実に進めるべきことを強調しています。併せて、住宅在庫の解消と住宅を適切に増やす政策(中国語では「優化増量住房的政策措置」)を統一的に実施する、と指摘しています。

(ここでは私は「優化増量住房的政策措置」を「住宅を適切に増やす政策」と訳しましたが、この言葉は中国の人にとってもわかりにくいようで、テンセント網・房産チャンネルにアップされていた今回の政治局会議の内容について解説する解説動画でも「優化増量住房的政策措置」って具体的にどういうことなんでしょうか、と疑問を呈しているものもありました)。

 4月30日の中国共産党政治局会議のここの部分(住宅在庫を適切にコントロールすること)を実行に移す政策がこのメーデー連休中に住宅都市農村建設部から地方政府に対する通知として打ち出されました。この通知では、住宅在庫解消に36か月以上掛かる都市においては、住宅用の土地使用権売却を暫定的に停止するよう求めているとのことです。中国の多くの地方政府では、土地使用権売却収入が財政収入の大きな柱ですから、多くの住宅在庫を抱える都市に対しては、この通知は大きな影響を与えることになるだろうことが予想されます。

 現在、各地方の住宅在庫が解消するまでに必要とする期間は平均で18.36か月なのだそうです。今まで住宅販売が順調に行われていた頃は、解消するのに14ヶ月程度かかるのが適正な住宅在庫の水準なのだそうですので、今はそれよりは「在庫過剰」の状態になっているようです。テンセント網・房産チャンネルにアップされていた解説動画によると、現在、住宅在庫解消に36か月以上掛かる都市は41か所あるそうです。具体的に日本でも知られているいくつかの有名な都市について住宅在庫解消に必要な月数を掲げると以下の通りです。

西寧◎※(青海省):113.3か月
洛陽(河南省):96.0か月
ハルビン◎※(黒竜江省):95.0か月
常州(江蘇省):54.4か月
徐州(江蘇省):47.3か月
無錫(江蘇省):46.8か月
福州◎※(福建省):42.7か月
武漢◎※(湖北省):41.6か月
パオトウ※(内モンゴル自治区):41.0か月
南通(江蘇省):40.2か月
昆山(江蘇省):39.1か月
丹東(遼寧省):38.6か月
東莞(広東省):37.5か月
保定(河北省):36.9か月
昆明◎※(雲南省):36.5ヶ月

◎:各省・自治区の人民政府がある都市(日本で言う県庁所在地)
※:各省・自治区の最大都市

 上記のリストを見てもわかるように、今回の住宅都市農村建設部の通知の対象となっているのは「地方の小さな都市」ではなく、各省の省都クラスの大きな地方都市も含まれていますし、無錫、南通、東莞など日本企業も数多く進出しているそれなりに大きな地方都市も含まれています。今回の住宅都市農村建設部の通知は、これらの都市の財政事情に大きな影響を与え、各都市の行政機能にも、従ってこれらの都市で生活する人々に対してもかなり大きな影響を与えることになると予想されます。

 私がかねてこのブログで何回も書いてきていることですが、不動産バブル崩壊は、中国の経済・社会に対して大きな影響を与えている事象です。平成バブル崩壊を経験している日本の皆さんには身をもってわかると思います。なので、「保交楼」とか「住宅在庫の解消」とか「不良債権の経済への悪影響の防止」とかを総合的に考えた大きな政治的決断に基づく一連の「政策パッケージ」がないとこの困難な事態には対応できません。住宅都市農村建設部のような各担当部署が自分の所掌範囲に関する部分だけについて対処すればよい、という性質のものではありません。今回の「住宅在庫の多い都市に対する住宅用の土地売却を暫定的に停止する通知」も地方都市に対する中央政府からの財政的支援とパッケージでないとうまく行かないことは明らかです。

 本来、住宅都市農村建設部とか財政部とかいう中国政府内部の縦割りの組織を越えて、横断的で統一的な政策パッケージを組み立てることができるのが中国共産党であり、そういう中国共産党が各行政部署の上に立って統一的な政策の指示を出せることが中国共産党体制の「強み」であるはずです。ところが上記の例を見てわかるように、中国共産党政治局は政策方針を決めるのはよいとして、その具体的実施を住宅都市農村建設部のような各個別機関に「丸投げ」しているのが実情です。上に紹介した政治局会議の内容を伝える報道でわかるように、もっとも中国の人々にとって関心が高い「保交楼」の問題についても各地方政府、不動産企業、金融機関にその具体的な実施については任せています。これは、社長が現場に対して「何とかしろ」と指示を出すものの、具体的な対応措置については現場に任せるため、困った現場が「何とか」するために不正を働く、といった問題企業で発覚する組織ガバナンス機能不全の問題と同じ種類の問題です。

 民主主義国ならば、政府のやり方がまずければ、マスコミが「そんなの政府の機能不全だ」と批判する論陣を張り、野党は政権与党に対してその点を激しく追及します。国民が「政府は機能不全に陥っている」と感じれば、政権与党は次の選挙で負けることになります。株式会社でも、組織ガバナンスが機能不全に陥っているような会社の株価は下落しますし、株主総会で株主たちから会社幹部の交代要求を突きつけられるかもしれません。

 中国共産党は、もともと機能不全の部分を外部からの批判によって修正するというフィードバック機能を持たない組織ですので、こうした組織ガバナンス不全が起こりうる本質的な問題点を最初から抱えている組織です。今まで急速な経済成長を続けてきた中では、そうした中国共産党が持つ「ガバナンスの機能不全に陥りやすい性質」はほとんど目立ちませんでした。しかし、今般、不動産バブル崩壊とそれに伴う経済の停滞という建国以来最大とも言える危機に直面して、中国共産党の組織ガバナンス不全は外からも見えるような状態になっているのが現状です。「三中全会」がなかなか開催できなかった、ということ自体、中国共産党の組織ガバナンスが機能低下し始めている証拠のひとつだと言えるでしょう。

 今回紹介した住宅都市農村建設部による住宅在庫の多い都市に対する住宅用土地売却の暫定的停止を求める通知は、現実問題として、地方都市における財政危機を表面化させる可能性のある政策です。中国共産党の組織ガバナンスの機能不全は、これからは政策における一貫性・統一性の欠如の結果として、例えば財政困難による地方政府の行政機能低下のような具体的な問題として表面化していくフェーズに入っていくことになるのだろうと思います。

 

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2024年4月27日 (土)

急速に進む「超円安」と中国経済

 経済専門週刊誌「週刊エコノミスト」の最新号(2024年4月30日・5月7日合併号)の表紙特集のタイトルは「崖っぷち中国 本当の成長率は1.5%? 不動産バブル崩壊 地方政府の隠れ債務 習近平『経済ブレーン不在』の危うさ 排外主義を強め『文革』再来も」でした。現在の中国経済の状況を象徴する「キーワード」を集めた特集になっているなぁ、と私は感心しました。気を付けなければいけないひとつの重要なポイントは、現在の中国経済は確かに「崖っぷち状態」ではあるけれども、今すぐ急速に「奈落の底に落ちるような状態」になるわけではない、ということでしょう。日本の平成バブル崩壊の過程を振り返って見ればわかるとおり、バブル崩壊の過程は、かなりの長期間、それこそ十年、二十年といった時間経過を辿りながら、経済全体に大きな低迷をもたらすプロセスだからです。

 一方、この一週間、日本の方で「急激な変化」が起きました。昨日(2024年4月26日(金))の日銀金融政策決定会合を受けて始まり、日本時間今朝(4月27日(土)早朝)終わったニューヨーク外国為替市場では、一時、1ドル=158円44銭まで円安が進みました。4月10日に1ドル=152円台に突入してからの円安の進行スピードはもはや「異常事態」と言えるレベルの速さです。

 日本には様々な自由度を持つ政治システムがありますし、欧米との連携も密にしていますので、このような急速な円安が起きても、必要があれば国際協調をしながら、日本はそれなりに対応していけるだろうと思います。日本の平成バブル崩壊の過程を振り返ってみれば、日本では1993年に非自民連立政権の細川内閣が誕生しましたし、1990年代以降の大手銀行の再編や2001年の大規模な省庁再編などもありました。「崖っぷちの中国経済」が日本と比較して最も異なるのは「様々な対策をやってみるという政治的・社会的自由度が中国にはない」「自らの困難を国際協調の中で解決していこうという発想が中国にはない」ということです。

 重要な点は、中国経済は1980年代のトウ小平氏による改革開放政策により自由主義経済を基調とする国際経済の中に組み込まれていったにもかかわらず、中国の経済政策は「中国共産党による一党独裁体制」を前提にしているため、金融政策や資本の国際化の点で自由度がないことです。李克強氏ら一部の中国共産党幹部は、国際経済システムに合わせて中国の経済政策も改革して行こうという意図を持っていたのかもしれませんが、習近平氏はそうした方向性を完全にブロックし、実態的には中国経済は既に大きく国際経済の中に組み込まれているにもかかわらず、経済政策の自由度を国際標準に合わせようという方向には全く向かっていません。

 中国の為替制度は市場動向に任せる変動相場制ではなく、中国人民銀行が毎日決める基準レートの±2.0%の範囲内でのみの変動を認めるという「管理変動相場制」ですし、人民元と外貨との交換や中国内外での資本の移転にも国際的な標準とは異なる様々な制限があります。

 急激に進んだ「超円安」を踏まえて私が今考えているのは、人民元の対日本円レートの変化が中国経済にどのような影響を与えるのだろうか、という点です。私が1986~1988年に北京に駐在していた頃のレートは1人民元=35円くらいでした。この頃は日本と中国の経済力には大きな差がありましたから、この頃のことはあまり参考にはなりません。2007~2009年に私が二度目の北京駐在をしていた頃には1人民元=15円くらいでした。その後、リーマン・ショック後の超円高の時期には1人民元=12円くらいになりましたが、今朝(2024年4月27日)の時点では1人民元=21円77銭となっています。

 現在の「急激な超円安」は、中国側から見れば「急激な対日本円での人民元高」です。これは、中国への日本からの輸入については価格が安くなるのでやりやすくなりますが、中国製品は日本円に換算すると割高になるので、中国から日本への輸出は難しくなります。

 通貨と財・サービスとの関係性を見れば、デフレ傾向にある国の通貨は高くなり、インフレ傾向にある国の通貨は安くなるので、不動産バブル崩壊によりデフレ傾向が強まっている中国の通貨(人民元)がインフレになりかけている一方でまだ金利は上げていない日本の通貨(円)との対比で相対的に高くなるのは自然の流れです。

 1990年代の日本の平成バブル崩壊後のデフレ期にはかなりの円高が進み、日本国内の製造業による輸出には大きなブレーキが掛かりました。しかし、ちょうどこの頃の日本は「これから経済成長を始めようとする中国」がすぐ隣にいたので、日本の数多くの製造業企業は、中国に工場を移転して中国で製品を製造して世界に輸出するというビジネス・モデルを構築することにより、バブル崩壊期の苦境を何とか乗り切ったのでした。

 時代が変わって、今(2024年)の時点では、中国で不動産バブルが崩壊し、一方で日本で超円安が進んでいますが、「中国の企業が日本に工場を建設して日本から世界に製品を輸出する」ということにはなりません。日本には安い土地も安い労働力もないからです。一方で、「日本の企業が中国に建設した工場で生産した製品を世界に輸出する」というこれまでのビジネス・モデルの利点はもはや相当程度小さくなったと言えます。これからは中国の工場で生産するのは中国国内で販売する製品だけとし、世界に売る製品は他のアジア諸国や日本国内の工場で生産する、というビジネス・モデルが主流になるのかもしれません。

 1980年代の改革開放の開始から現在まで日本は中国の急速な経済成長に大きな役割を果たしてきました。しかし、中国では不動産バブルが崩壊し、日本では超円安が進行していくであろうこれからは、日本の中国経済と関係する度合いは段々と縮小していくのだろうと思います。別の言い方をすれば「これからは日本は中国から足抜けする」ということです。「平成バブル崩壊期の苦境を中国との協力関係を構築することで乗り切ってきた日本が、今度は中国で不動産バブルが崩壊したら中国を見捨てて『足抜け』するとはあまりにも冷たいではないか」と批判されそうですが、不動産バブルによって沈没する中国に引きずり込まれないようにするのは日本にとって必要なことだと私は思います。

 「週刊エコノミスト」が「崖っぷち中国」という特集記事を掲載した同じ週に「異常事態」とも言える「超円安」が進行したこの一週間、日本と中国の経済関係に関して、私はそんなことを考えたのでした。

 

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2024年4月20日 (土)

「人民日報」が「中国経済は順調だ」と主張する理由

 火曜日(2024年4月16日)、中国国家統計局は2024年第一四半期の中国のGDPの実質成長率について、対前年同期比+5.3%だったと発表しました。これは市場予想を上回るもので、2023年第四四半期の+5.2%から若干加速したことを示しています。

 一方、3月のデータには軟調なものが目立ち、特に2024年3月の不動産投資は対前年同月比マイナス16.8%で1-2月期のマイナス9.0%からマイナス幅が拡大しており、不動産販売も2024年3月は対前年同月比マイナス23.7%と1-2月期のマイナス20.5%からマイナス幅が拡大しています。

 そもそも世界各国の政府が定期的に経済統計データを発表しているのは、各経済主体(個人や企業)に現在の経済の状況を伝え、それぞれの経済主体に現在の経済の状況に応じた対応をとって欲しいからです。飛行機の操縦席の前に表示される各種の計器データがパイロットに飛行機の飛行状況を正確に伝えてパイロットがそれに基づいて適切な判断をできるようにするのと同じように、経済統計データは、個人や企業が現状を踏まえて適切な判断ができるようにするための重要な基本情報です。

 一方、今回、中国国家統計局が発表した数多くの経済統計データに関し、「人民日報」は次のような様々な解説記事を連日のように掲載しています。

○4月17日付け3面:「工業は回復上昇、サービス業は好調、前向きの要素が数多く積み重なっている~中国経済は平穏で穏やかな中にも前進する歩みを始めている(権威発布)」

○4月18日付け1面:「経済の回復上昇と好転の態勢を全力を挙げて確固としたものとし増強しなければならない」(「仲音」署名の評論)

○4月18日付け2面:「国務院新聞弁公室は新聞発表会を開催して現在の経済情勢について解説した~中国経済の回復上昇と好転の態勢は絶え間なく確固たるものになるだろう(権威発布)」

○4月18日付け3面:「中国経済の良好な局面は世界経済にとって重要な好影響をもたらす」(「和音」という名のコラム)

○4月19日付け2面:「スマート製造設備産業の規模は3.2兆元、5Gの普及率は6割を超えた~工業経済は平穏で良好かつモデル転換が加速している(権威発布)」

○4月19日付け3面:「中国経済は安定的に成長する巨大な潜在力を有している」(「国際論壇」という評論)

○4月20日付け1面:「第一四半期の社会用電力量は対前年同期比9.8%増だった」(「新データ、新観点」という評論)

○4月20日付け2面:「第一四半期の外資の実際使用額は3,016.7億元だった~ビジネスの運行は総体的に平穏であり、構造は高度化している(権威発布)」

○4月20日付け3面:「第一四半期の農業・農村経済は穏やかで健全な展開だった(権威発布)」

 私は「人民日報」の記事については、「鶏肉の生産が順調」という記事が出ればこれは「豚肉の生産が不振だ」という意味なんだな、と読むクセがついているので、上記のように連日「中国経済は順調だ!」と声高に叫ぶ論評が掲載されると「中国経済はよっぽど悪い状態なんだろうなぁ」と感じてしまいます。おそらくは「若者の就職難が改善していない」「不動産価格の下落傾向が止まらないためにマンションを所有している多くの人は自分たちが持っている資産の価値の将来的な下落に対して大きな不安を持っている」といったことから中国の人々の間に「中国経済の将来に対する不安」が相当程度に広がっているため、「人民日報」としては、上記のような「中国経済はこういう面では好調なのだ」と強調するような記事を書かざるを得なくなっているのだと私は想像しています。

 中国の人々が実際にどう考えているのかは、外からはなかなかわかりにくいのですが、今はネットというツールがあるので、それを利用すると中国の人々の間の「雰囲気」の一端は知ることができます。

 私は、毎日のようにテンセント網・房産チャンネルにアップされている不動産市場に関する解説動画を見ていますが、これらの解説動画は基本的に個人がアップしているものですので、「人民日報」のような官制メディアとは異なり、よいデータも悪いデータも使った客観的な解説が多くなっています。しかも、動画には「これまで○○○人が視聴しています」という表示が出るので、どういう解説動画に対する中国の人たちの関心が高いかもわかるので、非常に参考になっています。

 今日(2024年4月20日)見た解説動画では、マンション価格の下落傾向が止まらないことを受けて、大雑把に2億人が富裕層、4億人が中間所得層、8億人が低所得者層と言われる中国において、今後資産の多くをマンションとして保有している中間所得層の資産が減少していくために中間所得層が分解して、富裕層と低所得者層のM字型分化(二極分化)が起こるだろう、と解説していました(この解説動画の中では「バブル崩壊を経てM字分化が進んだ日本と同じようになるわけだ」と解説されていたのは考えさせられました)。

 この動画で「不安を感じた中間所得層は、こどもたちに高度な教育を与えて、必死になって将来は国家公務員に就職させようとしている。これでは中国で千数百年にわたって続いた『士農工商』の時代への逆戻りだ。」と指摘していたのには妙に納得してしまいました。現在の中国経済の状況と現在の習近平政権の方向性を見て、中国の人たちも「『商』の部分、即ちこれまでの中国の急速な経済発展を支えてきた民間企業には先がない」と感じているようです。

 「人民日報」は、こうした中国の人々の間にある中国経済の将来に対する不安に対して、「いやいや、中国経済にはこんな順調な部分もあるのだぞ。」と強調したいと考えているのでしょう。しかし、そうした「よい部分しか強調しない」という「人民日報」の書き方に対しては、おそらくは中国の人々はシラケた感覚を強めているのではないかと思います。

 このブログの過去の記事を御覧いただければわかりますが、「人民日報」は昔から「中国経済は順調だ」と繰り返し主張するだけの新聞だったわけではありません。「人民日報」は中国共産党の機関紙ですが(「中国共産党の機関紙だから」といった方が適切なのかもしれませんが)、かつては現在の中国社会の課題と思われる諸点について評論やルポルタージュを載せることが時々ありました。例えば私が気が付いてこのブログに書いたものに次のようなものがあります。

☆2007年8月12日付けのこのブログの記事「炎天下の農民工:人民日報のルポ」

☆2008年12月5日付けのこのブログの記事「『人民日報』上での政治の民主化を巡る議論」

☆2013年9月3日付けのこのブログの記事「中国の不動産バブルの現状を『人民日報』がレポート」

 最後に掲げた2013年9月のものは習近平政権が始まった後のものですが、私の感覚では、これ以降、「人民日報」が現在の中国の経済・社会の問題点を指摘するようなルポや評論はだんだんと減ってきているように感じます。最後の記事で紹介しているのですが、2013年9月3日付けの「人民日報」には1面に「盲目的な『都市建設』(中国語で「造城」)は断固として抑制しなければならない」という「人民日報」評論員による社説が載っていました。この頃は李克強氏が様々な改革を打ち出して、世界から「リコノミクス」ともてはやされた頃です。わずか十年前の話ですが、「人民日報」はずいぶん変わったなぁ、という印象は否定できません。この「人民日報」のレポートが掲載された2013年以降、中国のマンション・バブルはむしろより巨大に膨れ上がってしまったのは残念でなりません。

 どんな組織でも、問題が起きていることには目をつぶり、「うちの組織は順調にいってますよ」と宣伝ばかりするような組織は、その組織のメンバー自身に「ウチの組織はこれじゃダメだな」という感覚を生み、自己崩壊の道を歩むことになります。中国共産党の機関紙である「人民日報」が、よくない点には目をつぶり、よい点ばかりを強調する記事を評論を連日掲載するようになっているということ自体が中国共産党という組織内部に自己崩壊の兆しが見え始めている証拠だと私は考えています。

 

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2024年4月13日 (土)

マンションの「以旧換新」策は弥縫策ではないのか

 先の全人代での政府活動報告でも掲げられているのですが、消費が低迷する中国経済に対して、中国政府は現在、企業の設備や個人の耐久消費財に関して新しい機能のものへの更新などの新旧買い換えを促進しようとしています。中国語では「以旧換新」と言いますが、中国では今、この「以旧換新」が一種のブームになっているようです。

 私がよく見ているテンセント網の房産チャンネルでは、最近、地方政府によるマンションに関する「以旧換新」策が話題になっています。今、中国では新築マンションの販売不振が続いていますが、初めてマンションを買う人が新築マンションを買うのはハードルが高いので、現在既にマンションを保有している人たちに対して、現有のマンションを売り出してその資金を使って新築マンションを買うといういわゆる「買い換え需要」を掘り起こそうとして、数多くの地方政府が様々な施策を打ち出しているのです。

 マンションの買い換え需要を喚起するための「以旧換新」策には様々なタイプがありますが、例えば次のようなものです。

(1)現有のマンションを売って得た資金を活用して新築マンションを買いたいと考えている人には地方政府が一定の補助金(または家具や家電を買うためのクーポン券)を支給するというもの。

(2)地方政府自身または各地方の優良な国有企業が中古マンションを買い取って低所得者向けの賃貸住宅として貸し出す事業を促進するというもの。

 上記の(1)は新築マンションの販売促進になりますし、家具・家電等の住宅関連産業の振興策にもなっています。一方、現在、数多くの中古マンションが売りに出されていてなかなかよい値段で売れないという現状があるので、(2)のように地方政府や国有企業が売りに出されている中古マンションを買い上げてそれを低所得者向けの賃貸住宅として貸し出せば、マンションの買い換えも進むし、マンションを買えない低所得者層も賃貸住宅に住むことができるようになり、一挙両得の策だと考えられているようです。

 しかし、これらのマンションの「以旧換新」策は、私はパッと聞いただけで「うまく行かないんじゃないかなぁ」と感じました。なぜなら、そもそも地方政府が新築マンションの販売拡大に躍起になっているのは、マンション開発業者に土地使用権を売却して得られる財政収入が減っているからであって、地方政府の財政には多額の補助金を支出する余裕はないはずです。なので、地方政府自身は資金を出さずに、地元の優良な国有企業に「行政指導」して中古マンションを購入させようとしている地方もあるようなのですが、低所得者層からはあまり高額な家賃は取れないので「中古マンションを買って賃貸として貸し出す」というのは事業としてはあまり儲からないと思います(もし儲かるのなら、地方政府が国有企業に「指導」しなくても民間企業が積極的に自分でやり始めるはずです)。「中古マンションを買い取って低所得者層に賃貸に出す」という儲からない事業を国有企業にやらせると、結局はその国有企業の体力を消耗させ、その国有企業が行っている本来業務にも悪い影響が出て、その地方の経済全体には悪影響が出る可能性があるので、この政策はよくない政策だとは私は考えています。このやり方は、結局は「不動産バブル崩壊」のマイナスの部分を不動産とは関係のない優良な国有企業に拡散させて薄めようとする政策なので、中国経済全体からすれば全くプラスになっていないからです。

 さらに細かいことを言えば、中間所得層(その多くは自家用車を持っている)が一度買って中古マンションとして売り出した物件は間取りや立地条件(地下鉄・バスの便がよいか、など)が低所得者層の希望と合致するのかどうかはわかりません。そもそも中国では既にマンション価格が高騰し過ぎていて、賃料利回り(マンションを賃貸に出して得られる年間賃料をマンション購入価格で割った値)は銀行預金金利より低くなっており、「中古マンションを買ってそれを賃貸に出す」という事業はほとんど確実に「儲からない事業」です(このブログの2017年9月30日付け記事「中国のマンションにおける『住む価値』と価格との差」参照)。

 従って、上に書いたような地方政府によるマンションの「以旧換新」策は、新築マンションが売れない現状について「何とかしろ」と言われた地方政府がやむにやまれず「とりあえず当面新築マンションが少しでも売れるようにするための方策」として考えた弥縫策(びほうさく=根本的解決策になっていない一時しのぎの策)のように私には見えます。

 私は「経済全体にとってはプラスの効果はないんじゃないかなぁ」「効果があったとしても長い期間継続することは不可能な策だよなぁ」と思うと同時に、ここには中国における中央政府(=中国共産党中央)と地方政府(=中国共産党地方幹部)との間にある組織上のガバナンスの欠陥が存在していると見ています。上の組織が下の組織に「何とかしろ」と指示し、下の組織では対応に困って当面の弥縫策を講じる、という図式は、社長が現場に「何とかしろ」と強く指示し、それを受けた現場がやむなく不正をし、それが発覚した後で社長が「確かに『何とかしろ』とは言ったが『不正をしてもよい』と言った覚えはないぞ」と怒るような日本の不正を起こした企業と同じ構図です。中国共産党の中央と地方との関係において、このような組織ガバナンス上の問題点があるのだとしたら、それは不動産バブル崩壊という非常に難しい課題に対して中国共産党が組織としてうまく対応できないだろうということを予見させるものです。

 日本の平成バブル崩壊の過程を知っている人たちは、土地バブル崩壊の後に来るものは、土地に関連する不良債権の増加に伴う銀行の経営悪化、土地価格の下落に伴う各企業のバランスシート(資産構造)の毀損、それに起因する経済活動の停滞とデフレであることはよくわかっています。仮に中国共産党が日本の平成バブル崩壊の過程をよく勉強しているのであれば、現在行われているようなその場しのぎの弥縫策ではなく、不良債権の増加や各企業のバランスシートの毀損を食い止めるための「断固たる措置」を講じているはずです。中国共産党にそれができないのであれば、不動産バブル崩壊が既に明確になっている中国経済は、平成バブル崩壊後の日本経済よりも「ひどい状態」になる可能性はかなり大きいと言えます。

 日本経済新聞は月曜日(2024年4月8日)付け朝刊の13面に「中国地銀、膨らむ不良債権 不動産向け1年で3割」という見出しの記事を掲載しました。日本経済新聞は、平成バブル崩壊の過程をつぶさに報じてきた日本を代表する経済紙として、現在の中国経済の「危うさ」を日本の経済関係者に対して注意喚起したかったのだと思います。テレビの経済番組などを見ていると、中国政府が発表する経済データに基づいて「不動産における不振は続いているものの、中国政府が打ち出す政策も徐々に効果を上げてきており、中国経済の低迷も底打ちが近いのではないか」などとコメントする「専門家」の方々もおられます。私は中国経済の「専門家」ではありませんが、中国における不動産バブル崩壊に起因する中国経済の低迷は、中国共産党の(中国共産党の名誉のために申し上げれば正確には「習近平体制の」)組織ガバナンスの欠如と相まって、「そんなに簡単に底打ちするものではない」と私は考えています。

 

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2024年4月 6日 (土)

中国の不動産バブル崩壊対応は対症療法ばかり

 4月1日にブルームバーグ通信が報じた中国房産信息集団(CRIC)の速報データによると、中国の大手不動産企業100社の2024年3月の新築住宅販売額は前年同月比46%減だったのだそうです。2月は対前年同月比60%減だったので、それよりは減少幅が縮小したとは言えるのですが、春節が終わっても中国の新築マンション販売の低迷は回復の兆しが見えていないようです。

 そうした中、テンセント網・房産チャンネルで話題になっている最近の住宅政策の変化に以下のようなものがありました。

○広東省深セン市で「9070政策」を撤廃。

○北京市で離婚後の夫婦は離婚後三年間はマンションを購入してはならないという制限を撤廃。

 「9070政策」(「7090政策」と呼ばれることもある)は、住宅開発会社が地方政府から土地を購入して住宅開発をする場合、建設する住宅のうち90平方メートル以下のものを70%以上にする必要がある、という政策です。90平方メートルを超える住宅は一種の「ぜいたく」であり、あまり所得の多くない人も買えるような実際に住むための90平方メートル以下の住宅をたくさん建設べきだ、という考え方から出てきた政策です。2006年頃からいろいろな地方で導入されてきた政策のようです。

 「離婚後の一定期間のマンション購入禁止」は、既に住むためのマンションは保有しているが投資用として二戸目のマンションを買いたい夫婦が「一世帯で買えるマンションは一戸まで」という制限をかいくぐるため、「偽装離婚」して「二世帯になったのだからマンションは買えるはずだ」と主張してマンションを買うことを防ぐための措置です。この措置は、「偽装離婚」ではなく、実際に夫婦が不和になって離婚した場合でも適用されるため、離婚後に住む場所を購入できないケースが出たりして評判の悪い政策でした。

 これらの「制限撤廃」は、「マンションが売れなくて困っているので、販売を制限するような政策はどんどん撤廃しよう」という流れの中で出てきたものですが、前者は明らかに「90平方メートル超の大きめの(ちょっとぜいたくな)住宅を大量に建設して販売しても構わない」というものですし、後者は「偽装離婚して投資用マンションを買ってもいいですよ」と政府が承認しているようにも聞こえます。「マンションが売れない」という現状に困った政府がなりふり構わずマンション販売促進をしたいと考えているのがミエミエの政策変更であると言えます。

 中国共産党は現在でもタテマエ上「マンションは住むものであって投機対象としてはならない」と主張していますが、これまでも実際のマンション販売のかなりの割合は投資用だったこともあり、これらの政策変更は、マンション販売の不振に直面して「投資用でも何でもいいから買ってくれ」と言っているようにも聞こえます。こういった政策変更は、中国共産党自体がマンション販売の供給量が需要を大きく上回っていることを認めていることになるので、そうであれば今後マンション価格が上昇することは考えにくいので、「投資用として買ってもいいですよ」と言われても投資用に買う人が増えるとも思えません。これらの政策変更は「苦し紛れ」のように見えます。

 投資用も含めてマンションに対する需要が強くてマンション価格が上昇を続けていた頃には「マンションは投資用としては買うな」と主張し、政策的にも「共同富裕」を打ち出して一部の高所得者層が資産運用のためにマンションを購入することを批判するようなことを言っておきながら、バブルがはじけてマンション価格が下落しマンション販売が低迷するようになると「投資用でもいいからもっと買って」と勧めるような政策変更をし、「共同富裕」という理念も引っ込めた感じになっている中国共産党のやり方は、中国の人々から見ても「ご都合主義」「その場しのぎの対症療法」と見られているのではないかと思います。

 昨年秋頃から中国では、マンションの販売数が減少しマンション開発企業の収入が減って建設代金が払えなくて建設途中で工事がストップしてしまうマンション(爛尾楼)が多発している問題に対処するため、「ホワイトリスト」を作成して銀行にマンション開発企業への融資を促す政策を採っています。この政策自体、「マンションが売れないのならマンション開発企業は融資を受けた銀行にどうやって借金を返すのか」ということを考えていない「その場しのぎ」の政策だと言えます。また、マンション開発企業に土地を販売できなくなって財政が苦しくなった地方政府を救うため、中央政府は地方債の発行枠を増やしたり、中央政府が国債の発行を増やして地方政府に融通する資金を確保したりしていますが、将来にわたって地方政府の収入が増える方策を考えないのであれば、地方債や国債を償還するための資金を確保するメドは立たないことになります。これも「とりあえず借金して今の苦しい状況を何とかする」という「その場しのぎ」の政策だと言えます。

 「とりあえず借金してその場をしのぐ」というやり方は、政府だろうと企業だろうと個人だろうと、貸し手から「どうもあいつからは金を返してもらえなさそうだ」と思われた瞬間、新たな借金をすることができなくなって破綻します。今まで、多くの人は「中国共産党ならなんとかするさ」と思ってきたのですが、そろそろ「中国共産党と言えども借金が返せなくなりそうだ」と皆が気付き始めるタイミングが近づきつつあるように思います。

 各国の中央政府は、その国の通貨の紙幣を無限大に印刷できる中央銀行を抱えており、必要があれば法律に基づく強制措置を講ずる権限を有していますので、最終的には「何とか」できます(経済がメチャクチャになるのでどこの国も実際にはやりませんが、極端なことを言えば「今までの借金はなかったことにする!」と宣言するいわゆる「徳政令」を出すこともできます)。しかし、通常、政府の強制措置がその国の経済に対して破滅的なダメージを与えることにならないように、各国政府は一定の段階で「処置方針の表明と段階的な強制措置の実施」を行います(例:平成バブル崩壊後の日本政府による住宅金融専門会社への公的資金の注入、リーマン・ショック後のFRB(アメリカ連邦準備制度理事会)によるゼロ金利政策と量的緩和の実施、アメリカ政府による大手銀行や大手企業への公的資金の導入など)。

 客観的に言って、今の中国の不動産バブル崩壊は既にこの「処置方針の表明と段階的な強制措置の実施(別の表現をすれば「断固たる措置」)」を必要とする段階に至っていると思われるのに、中国政府は「その場しのぎの対処療法」を繰り返すだけで「断固たる措置」を取りそうな気配がありません。それどころか「断固たる措置」を実施すべき中心人物であるはずの国務院総理の李強氏の存在感が日に日に薄くなってきています。

 今、アメリカのイエレン財務長官(前FRB議長)が中国を訪問中です。イエレン氏は何回も訪中していますが、私が知る限り、アメリカの財務長官がこれだけ頻繁に訪中するのは聞いたことがありません(通常、米中間で問題になるのは外交問題や通商問題であり、国務長官や商務長官、通商代表が何回も訪中するのならわかるのですが)。イエレン財務長官の度重なる訪中は、アメリカ政府も中国の不動産バブル崩壊問題を重く見ており、中国政府に「何とかしろ」とプレッシャーを掛ける意図があるのだろうと私は思っています。中国共産党が不動産バブル崩壊問題をうまく処理できずに中国経済が破綻したら、アメリカ経済も大きな打撃を受けますし、経済破綻による国内の混乱を避けるために中国共産党が台湾の武力解放といった無茶な政策選択をする可能性も排除できないからです。

 この週末、東京の桜は満開で、たまたま中国の清明節の連休と重なったので、東京の桜の名所には多くの中国人観光客も来ているようです。不動産バブル崩壊の過程が進行中とは言っても、中国経済はまだそれほど「メチャクチャな」状態にはなっていないのでしょう。逆に言えば、今の段階ならば、まだうまく対処できる可能性は大きいと思います。中国共産党としては、上の方で紹介したような姑息なその場しのぎの対症療法的政策をパラパラと実施するのではなく、党中央が断固たる決意を持って不動産バブル崩壊に対処する姿勢を見せて欲しいと思います。「断固たる決意を見せる」だけでも市場は安心するものです。このまま「その場しのぎの対症療法」を断続的に打ち出すだけでは「中国共産党は不動産バブル崩壊にうまく対処する能力がないのではないか」という疑心暗鬼が広がってしまいます。それは習近平氏にとって最も避けるべき事態だと思いますので、習近平氏には一刻も早く不動産バブルに対して「断固たる措置を講じる」という決意をもって効果的な施策を打ち出して欲しいと思います。

 仮にそれができないのだとすると、それは習近平氏自身がそれほど経済には強くないから、というより、習近平氏に対して「ここは不動産バブル崩壊に対して早急に断固たる措置を講じなければ政権にとって危ういことになる」と進言できる経済に強いスタッフが周囲に誰もいない(そういう体制に習近平氏自身がしてしまった)からだと思います。そして、たぶんそのことが習近平氏にとって致命傷になるのだろうと思います。

 

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2024年3月30日 (土)

中国経済における消費低迷と中国政府の対応

 中国経済を知る上で必要なデータに関しては「中国政府が発表する経済統計は信用できない」という声が多いものの、貿易相手国側の統計を使うことによって検証できる貿易統計や外資系企業の決算発表によってかなりの程度中国経済の「方向性」を把握することができます。2022年12月の「ゼロコロナ政策撤廃」後の中国経済については、これら「信頼度の高い経済データ」を使ってもその低迷はハッキリしています。日本の自動車各社やアメリカの電気自動車大手テスラ、さらには高級ブランドのLVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)などの決算発表を見ると、もちろん中国の消費者が「外国の高級ブランドから中国産ブランドに乗り換えるようになった」という傾向はあるにせよ、中国における消費が相当程度冷え込んでいることは間違いないと言えます。

 こうした中、国務院総理の李強氏は木曜日(2024年3月28日)、「大規模設備更新と消費財の新旧買い換えの促進に関するテレビ会議」を開催しました。企業における設備更新と個人における耐久消費財の買い換え需要を喚起することは、先に閉幕した全人代で行われた政府活動報告でも指摘されていたことです。日本などにおけるデジタル化推進(いわゆるDX推進)と同じような意味合いであるので、時代に合わせた新しい製品の消費を拡大する政策は、中国に限った政策ではありませんが、ここへ来て「更新」「新旧買い換え」を強調しているということは、「未開拓の巨大市場」と見られていた中国においても「既に新規の需要は飽和状態にあり、これからは『更新』『新旧買い換え』が需要の中心になる」という意味で「時代が変わった」ことを象徴する意味があると思います。

 1986~1988年の私の最初の北京駐在の頃、北京日本商工会の会合で、日本の下着メーカーの人が「中国の女性の胸の大きさを測りまくっている」という報告をしているのをオジサン駐在員たちがニタニタしながら聞いていたことを思い出しますが、この頃、中国におけるブラジャーの普及率はほぼゼロでした。何億人もの中国の女性たちが全くゼロの状態からファッショナブルな下着を身に付けるようになる過程で、最初は日本で生産された製品を中国に輸出し、途中からは日本でデザインされた製品を中国で生産して販売することによって、日本経済は大きな利益を得てきたのでした。そうした中、去年(2023年)、花王が中国における紙おむつ生産の終了を発表したことは、時代の変化を象徴するできごとだったと私は考えています。

 最近読んだ本に「中国農村の現在~『14億分の10億』のリアル~」(田原史起著、中公新書)がありますが、この本の中に「農村住民の耐久消費財保有数(100世帯当たり)」というグラフが載っています。2021年の時点で「携帯電話が一世帯当たり2.5台超」というのは私も想像できました。2008年頃の私の二度目の北京駐在の時点で、北京で働く「農民工」の携帯電話保有率は100%でした。農民工にとって、明日の働く場所を探すために携帯電話は必須アイテムだったからです。しかし、2021年時点で、エアコンが1世帯あたり0.9台超、洗濯機がほぼ1.0台、冷蔵庫が1.0台超というのは私にとって驚きでした。私にとって「中国の農民は貧しい」というイメージが強かったからです。洗濯機や冷蔵庫は「生活必需品」なので一家に一台あっても不思議ではないのですが、エアコンがほぼ全世帯に普及しているというのは驚きでした。1988年の最初の北京駐在の時点で、北京でエアコンがあるのは外国人が利用するホテルやオフィスビルだけで、中国政府の局長クラスの自宅にもこの頃はエアコンはなかったと記憶しています(ちなみに、この頃、固定電話すら、中国政府の局長クラスの自宅にはあるが、課長クラスの自宅にはない、というのが「相場」でした)。1988年8月に遼寧省の瀋陽に出張した時、外国人が泊まるホテルにすらエアコンがなくて難儀した記憶があります(瀋陽は北緯42度付近にあり、日本で言えば北海道の函館の少し北あたりの緯度です)。

 国民の間に耐久消費財が普及して、「新規需要」が頭打ちとなり、以後は「買い換え需要」が中心となる、という状況はどの国でも起きる現象です。企業の戦略や政府の経済政策を考える上では、こうした「時代とともに変化する需要構造」に応じた柔軟な対応が必要です。上に紹介した国務院による「大規模設備更新と消費財の新旧買い換えの促進に関するテレビ会議」においても、古い設備や耐久消費財に関連するリサイクル産業の推進を重要な政策課題として掲げており、中国政府も「時代とともに変化する中国の人々の需要構造の変化に対応する産業構造の変化」を目指しているように見えます。

 しかし、現在の中国経済における消費低迷の主要因は「需要が飽和したことによる新規需要の頭打ち」ではなく、以下の三つであることは明らかです。

○不動産バブル崩壊による逆資産効果(マンション価格下落によるマンションを資産として抱えている都市住民の消費抑制)

○不動産バブル崩壊による新築マンションの減少に伴う住宅関連需要の低迷

○不動産バブル崩壊に伴う経済活動全般の低迷による失業者(特に若年失業者)の増加

 今回の国務院の会議で議論された「大規模設備更新と消費財の新旧買い換えの促進」は、単なる対症療法に過ぎません。

 3月19日、過去の決算報告における売り上げ金額水増しに起因して中国規制当局は恒大地産及び恒大集団創業者の許家印氏に対して罰金の支払い等を命じました。3月24日、恒大は昨年(2023年)8月に提出していたアメリカ連邦破産法第15条の適用申請を撤回しました。3月28日、碧桂園は予定されていた2023年通算決算の発表を延期すると発表しました。このため、イースター休暇明けの4月2日以降、香港証券取引所において碧桂園の株の売買は停止される見込みです。このような不動産最大手の恒大と碧桂園を巡るニュースが相次ぐような状況下において、中国政府が消費拡大のための対処療法的な対応しかできないようでは、現在の中国経済の低迷に歯止めを掛けることは難しいと思います。

 今日(2024年3月30日(土))付け日本経済新聞朝刊14面では、「中国不動産、苦境深まる」という見出しで、中国不動産企業の苦境とそれに伴う中国大手銀行における不良債権の増加を報じています。

 そういう状況の中、習近平氏は、3月27日、北京で開かれたシンポジウムに出席するため訪中していたアメリカ企業の経営者らと会談し、「中国経済は健全で持続可能だ」と強調し、中国市場へのさらなる投資を呼びかけたそうです。企業家たちにとっては「国家主席がそう言うのは結構だが、それより、具体的で効果的な政策を打ち出して、外国企業が中国での投資を拡大したいと思うような環境を作って欲しい」と思ったことでしょう。

 習近平政権の経済政策については、「経済を好転させたい」という意図があることはある程度は感じられるものの、効果的な(少なくとも「効果的であるように見える」)政策が全然出てこない、というのが実情だと思います。

 毎年春に海南島のボアオで開催される「ボアオ・アジア・経済フォーラム」に今年参加した中国政府のトップは趙楽際氏でした。趙楽際氏は中国共産党序列三位ですが、全人代常務委員長であり、「経済フォーラム」に参加する中国側代表としては、ちょっと担当が違います。「ボアオ・アジア・経済フォーラム」には、基本的には国務院総理が参加するのが通例であり(実際、昨年(2023年)は李強氏が参加した)、国家主席の胡錦濤氏や習近平氏が参加したこともあります。

 一方、昨日(3月29日(金))には月末恒例の中国共産党政治局の会議が開催されましたが、今回の議題は「国有企業等に対して習近平氏の思想が浸透しているかどうかをチェックする二巡目の『中央巡視』の状況に関する総合報告」でした。これを見れば、習近平氏は、中国経済の状況よりも、国有企業等に自分の思想が浸透しているかどうか(要するに国有企業等がきちんと自分(習近平氏)に忠誠を誓う体制になっているかどうか)をチェックすることの方を重要視していることは明らかです。

 こうした一連の習近平氏の動きを見ていると、習近平氏が中国経済の低迷を何とかしたいと本気で考えているのかどうかその熱意(=本気度)が全く伝わってこない、というのが実情でしょう。経済の基調は「景気」と呼ばれるくらい「気分的なもの」に支えられています。習近平氏から「本気で中国経済をよくしたい」という熱気が伝わってこない以上、中国経済の低迷はまだしばらくは続くのだろうと思います。

 

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2024年3月23日 (土)

中国政府の地方政府債務問題に対する危機感

 IMF(国際通貨基金)が昨年(2023年)10月に発表した金融安定報告書で中国の地方政府の巨額債務問題に懸念を示して対策の必要性を訴えるなど、中国の地方政府が抱える借金の問題については、国際的にも関心が高まっています。中国のマンション・バブルの崩壊や外国企業による中国への直接投資の減少により、住宅や工場を建設するための土地に対する需要が減ってきており、土地使用権売却収入に大きく依存してきた中国の地方政府の財政事情が非常に厳しくなっていることが背景にあります。

 中国政府自身もこの問題については危機感を持っており、先に閉幕した今年(2024年)の全人代での政府活動報告においても、「一部の地方においては、マンション、地方債務、中小金融機関等における隠れたリスクが表面化している」との認識を示した上で、「包括的な地方債務の解消策を制定・実施して、金融リスクの分類ごとに処置を行い、システミック・リスクを発生させないという最低ラインを守る」とされていました。

 こうした基本方針を受け、昨日(2024年3月22日(金))、マンション・バブル対応と地方債務問題に関する二つの会議が開かれました。以下の二つです。いずれの会議も国務院総理の李強氏が主宰しています。

○国務院常務会議

 この会議では、「保交楼(建設がストップしているマンションを完成させて購入者にきちんと引き渡すこと)を持続的に進め、民生を安定させるようにする」「『市場+保障』(市場で取引されるマンションと政府が建設する低所得者用住宅の建設)によって住宅の供給システムの改善を加速させる」といったことが指摘されてます。

○国務院が主催する地方債務リスクを解消させる施策に関するテレビ会議

 この会議では、「新規の債務リスクの増加を厳格に防ぐ」「各種の政策資源を投入して、債務の解消の推進方策を実施する」「地方融資平台の債務リスクを解消するため、融資平台の数と債務規模の圧力の減少を加速させ、長期にわたって借金を返せない企業の清算を進める」「各地区・各部門は、一刻を争って、『時は自分を待たない』という緊迫感を持って(中国語の原文は「只争朝夕、時不我待的緊迫感」)、脇目も振らず努力して成果を出し、経済回復へ向けての体制を増強し固めなければならない」と指摘しています。

 この会議では、財政部と中国人民銀行のほか、天津市政府、内モンゴル自治区政府、貴州省政府、江蘇省政府の関係者が発言していますので、これらの地方における債務の問題が厳しい状態にあるということなのでしょう。

(注)「地方融資平台」とは、地方政府による債務発行が認められていなかった頃に地方政府が設立した「借金の受け皿となる第三セクター的機関」のことです。「融資平台」の借金は、地方政府の帳簿上は出てこないので、「隠れ債務」などと言われることがあります。

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 全人代での政府活動報告や上の二つの会議に見られるように、不動産バブル崩壊と地方債務の問題は、中国政府としても非常に重要視しており、緊急に対処しなければならない、という危機感を持っていることはわかるのですが、残念ながらこれらからは「具体的にどうするのか」という方策が見えてきません。どこかの国のエラい人の発言ではありませんが「しっかりと対処してまいる所存」という決意以上のものが見えないのです。

 私が最も「大丈夫かなぁ」と感じているのは、政府活動報告の中の地方債務対応策について述べている部分で「企業の主体的責任、監督部門の責任及び地方に属する責任を全うさせる」としている点です。「借金を作ったところは自分で責任を取れ」というのは真っ当な主張なのですが、「金融危機」になるかもしれないという危機的状況においては、「借金を作ったヤツは自分でなんとかしろ」と言うだけではダメで、中央政府自らが前面に出て断固として対処する姿勢を見せることが必要です。納税者の意見を気にせざるを得ない民主主義国と違って、一党独裁の中国ならば中央政府による「断固たる措置」を講ずることはできるはずなのですが、中国の中央政府は現段階ではまだそうした「断固たる決断」はしていません。

 中国の規制当局は、3月19日、恒大集団の不動産部門である恒大地産に対して「2019年と2020年分の決算報告において売上高を水増しして公表していた」として42億元(約870億円)の課徴金を課し、創業者・許家印氏に対して個人として4,700万元(約9億8,000万円)の罰金を課すとともに生涯にわたる証券市場への参加禁止処分を下しました。このように個別の案件に関して個別の担当部署が個別の処分を下すのはいいのですが、結局、中国政府は恒大集団を破産させようとしているのか、生き長らえさせて未完成のマンションの完成をさせるつもりなのか、中国政府全体としての対処方針がサッパリわかりません。

 上に紹介した昨日(3月22日(金))開かれた二つの会議を見てわかることは「マンション・バブル崩壊と地方債務の問題に関しては、中国政府としても危機感を持っているが、具体的にどのように対処したらよいかわからない状態である。」ということだと思います。しかし、危機が発生した時、対応にあたる政府が迅速に具体的方策を示すことができず、結果的に「政府としてもどうしたらよいかわからないのだ」と自白するのと同じ結果になってしまうことは、関係者に不安を与えることになるので、危機対応としては非常にマズいと私は思っています。

 マンション・バブル崩壊と地方債務問題は、対応が難しい問題であることは間違いないのですが、包括的な対応方針が示されないままに時間だけがジリジリと経過していくというのは、最も悪いパターンです。

 昨日(3月22日)、中国人民銀行は人民元の対ドルレートの基準値を前日より人民元安に設定したため、市場での人民元の対ドルレートは、心理的節目と思われていた1ドル=7.2元を超えて人民元安が進みました。中国人民銀行が定めたこの日の基準値(1ドル=7.1004元)と比べて市場で取引される人民元はかなり人民元安の方向にかい離しています。これは市場では人民元安方向への強い圧力が掛かっていることを示しています。

 一昨日と昨日で、日本の日経平均株価、アメリカのダウ、S&P500、ナスダックはいずれも史上最高値を更新しました(日本のTOPIX(東証株価指数)は平成バブル崩壊後の高値を更新しました)。株式市場の世界においては、中国から資金が抜けて日本やアメリカにシフトしていると言われて久しいのですが、中国政府がマンション・バブル崩壊や地方債務問題に対して「ビシッ」という対応をしない限りこの傾向は続くでしょう。私は2008年の時点で北京に駐在していましたが、リーマン・ショックの直後の2008年11月、中国政府が「四兆元の経済対策」という世界が驚く「ビシッ」とした政策を打ち出したことをよく覚えているだけに、今の「マンショ・バブル崩壊と地方債務危機」という中国自身の問題に対して中国政府が「ビシッ」とした政策を打ち出せていないことに私は大きなもどかしさを感じています。

 昨日(3月22日(金))、中国の商務省は、2024年1-2月期の企業による内外投資状況に関する統計データを発表しました。それによると、2024年1-2月の海外から中国への直接投資(FDI)は対前年同期比19.9%の減少だったとのことです。同じ商務省の統計データ発表について同日の中国中央電視台夜7時のニュース「新聞聯播」では「非金融部門の中国企業の対外投資は対前年同期比10%の増加でした」と伝えていました。「新聞聯播」の統計データの報道ぶりは「中国共産党にとって都合のよい数字は報じる。都合の悪い数字は報じない。」ということで一貫しているので「いつものこと」ではあるのですが、こういう報道を見ていると、中国当局は目下の厳しい中国経済の現状に対してまじめに対応しているようにはとても見えない、と私は改めて感じました。

 中国政府がマンション・バブル崩壊と地方債務問題に対して「危機感を持っている」ことは「危機感を持っていない」状況に比べれば「まし」であることは間違いありませんが、具体的対策を迅速に打ち出せていないことは中国でビジネスをしている個人や企業に対して大きな不安を与えていると思います。それが「中国への直接投資の減少」や「人民元レートの人民元安方向への圧力」として現れてきていると思います。江沢民氏が唱えた「三つの代表重要思想」に基づいて、現在では多くの企業家が中国共産党の党員になっています。中国では日米欧のような国民が政治に参加する民主主義制度はありませんが、習近平政権が経済問題に適切に対処できていないことに対する不満が中国共産党の数多くの党員の間で高まれば中国共産党内部の権力構造の力学にも変化が生じると思います。

 上に紹介した昨日(3月22日(金))開催された国務院主催の二つの会議は、今後打ち出される具体的な方策の前提となる会議だったのかもしれません。だとすれば、「具体的な方策」はまもなく出てくるのかもしれません。もし仮に、今後も具体的かつ効果的な政策が打ち出されることなくただ時間だけが経過するようなことになるのであれば、マンションは中国の中間層の人々の資産の約7割を占めていると言われますし、土地使用権売却収入に頼っていた地方政府の債務問題に対する抜本的な解決策が講じられないのであれば、人々の生活に直結する地方の行政サービスが滞ることになり、中国の人々の不満は高まりますので、それは経済問題というよりは社会的・政治的問題に発展する可能性が大きいと考える必要があると思います。

 

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2024年3月16日 (土)

国務院ばかりか中国共産党自体形骸化していないか

 今回(2024年)の全人代で、国務院総理の記者会見がなかったことと、中国共産党による指導を明記した国務院組織法改正が成立したことで、国務院の地位が低下し、国務院(=中国政府)が完全に中国共産党の「下請け機関」となってしまったことを指摘する声が上がっています。中国の政府機関は、もともと「中国共産党の指導の下で活動する」という前提ですから、改めて根本原理が変わったわけではないのですが、習近平氏が、中国共産党の役割を最低限に抑えて各機関の自主性を発揮させる方針を推進していた「トウ小平路線」とは完全に反対方向に舵を切っていることは明らかです。

 私は、今年(2024年)の全人代で李強氏が行った政府活動報告を昨年(2023年)の全人代で李克強氏が行った政府活動報告と比較して、次の二つの異なる点に着目しました。

○昨年はなかった「過去一年に得られた成果は、根本は習近平総書記の指導と舵取りによるものである(中国語原文では「根本在于習近平総書記領航掌舵」)」という表現が盛り込まれていること。

○過去一年間に実施した政府の行動の中に、昨年はなかった「習近平新時代の中国の特色のある社会主義思想をテーマとする教育の学習貫徹を深く展開したこと(中国語原文では「深入開展学習貫徹習近平新時代中国特色社会主義思想主題教育」)」が入っていること。

 従来から「習近平同志を核心とする中国共産党中央の強力な指導の下」といった「飾り言葉」は何回も使われてきましたが、「政府の活動」が「党の指導と舵取りによるもの」ではなく「習近平総書記の指導と舵取りによるもの」と明記していることは特筆すべきだと思います。中国政府の活動が中国共産党の指導による「一党独裁」ではなく、習近平氏による「一人独裁」であることを明記しているからです。

 また、党の活動ではなく、政府(国務院)の活動として「習近平新時代の中国の特色のある社会主義思想をテーマとする教育の学習貫徹を深く展開したこと」が明記されていることは、政府(国務院)が完全に中国共産党の「下請け機関」であることを表明していると言えます。

 これら一連の表現ぶりを見ていると、習近平政権になってから打ち出された「習近平総書記を党中央の核心として維持することを堅持する」「政軍民学、東西南北中、党が一切を指導することを堅持する」とは、実際は「中国共産党という集団による独裁」ではなく「習近平氏という個人による独裁」であることが明確になってきたと言えるでしょう。

 そうした観点から、習近平氏が総書記になった2012年10月以降の動きを振り返ってみると以下の通りです。

2013年11月:
第18期三中全会(第18期中国共産党中央委員会第三回全体会議)が開催され、「市場原理に資源配分における決定的作用を果たさせ、政府の役割をさらによく発揮させるようにする」という基本方針が打ち出された(この方向性は、習近平氏の主張というより、李克強氏の考え方に近い)。一方、この第18期三中全会で決定された「改革の全面的深化における若干の重大な問題に関する中共中央の決定」に基づき、中央全面深化改革領導小組が設置された。

2018年3月:
第13期全国人民代表大会第一回会合で憲法が改正され、それまで二期に限られていた国家主席の任期の期限が撤廃された(習近平氏が三期目以降も国家主席に就任し続けることが可能となった)。この時期、党と国家機構の組織改正が行われ、党の組織である中央全面改革深化領導小組、中央財経領導小組等の「小組」が「委員会」に格上げされた。これは経済改革や財政・経済政策が国務院によって決定されるのではなく、中国共産党の「委員会」で決定されるようになったことを意味する。

2019年10月:
通常、党大会が開催された翌年秋に開催されるはずの三中全会に相当する会議(憲法改正の議論のために一回余計に中央委員会全体会議が開かれたのでこの期に関しては四中全会)は2018年秋には開かれなかったが、一年後の2019年10月に開催された。しかし、そこで議論されたのは経済政策ではなかった。第19期四中全会で決まったのは、「習近平総書記を党中央の核心として維持することを堅持する」「必ずや政軍民学、東西南北中、党が一切を指導することを堅持する」という原則を中央委員会による決定として位置付けることだった。

2022年10月:
第20回中国共産党大会で習近平氏が総書記として三期目も続投することが決まった。

2023年3月:
第14期全国人民代表大会第一回会議で、習近平氏が国家主席として三期目も続投することが決まった。

2024年3月:
通常、党大会の翌年秋に開かれて経済政策が議論されてきた三中全会は今の時点ではまだ開催されていない。

 この過程で見えることは、2013年11月の第18期三中全会での決定に従って党内に設置された「小組」が2018年以降は「委員会」に格上げされて、実質的にそれまで国務院が担ってきた財政・経済政策などの決定権限を党直属にし、しかも、従来は経済政策を議論してきた三中全会が開催されていない(2019年10月の四中全会では「経済政策」は議論されていない)ことを考えると、中国共産党が直轄するといっても中央委員会での議論を経ることをせず、実質的に習近平総書記直轄の「委員会」で決定するようにしてきたことがわかります。つまりこの流れは、政策の決定権を国務院から中国共産党に吸い上げ、党に吸い上げられた政策決定権限を中国共産党中央委員会ではなく習近平氏の直轄にする方向にしてきたわけです。習近平氏は、国務院という中国政府の機関を形骸化させるだけでなく、中国共産党内部の議論と政策決定プロセスも形骸化して、「自分直結」、即ち「一人独裁」のシステムを作り上げようとしているのでしょう。

 また単に2013年11月の第18期三中全会以降「政策を議論する三中全会に相当する会議」が開催されていないだけでなく、毎年年末に開催される中国共産党の翌年の経済政策を議論する中央経済工作会議で議論された事項が実際の政策として実行されてきたかどうかを振り返ることで、「中国共産党の議論と政策決定プロセス」が実質的に形骸化していると言える、と私は考えています。

 具体的に言えば、2016年末の中国共産党の中央経済工作会議において「住宅は住むためのものであり、投機目的で売り買いするためのものではない」という考え方が打ち出され、翌2017年末の中央経済工作会議において不動産セクターにおけるデレバレッジ(借金体質の解消)が打ち出されたのに、実際には効果的な不動産投機抑制策や借金体質に染まる不動産開発企業に対する締め付けが行われなかったことを見れば、中国政府の実際の政策は中国共産党の正式な議論・政策決定プロセスによる指導に従っていなかったことは明らかです(借金体質の不動産企業に対する強力な締め付けは2020年8月のいわゆる「三つのレッドライン」で初めて具現化しました)。

 それどころか、2016年末の中央経済工作会議でマンション・バブルを警戒する方針が打ち出されているのに、習近平氏は2017年4月に巨大副都心建設計画「雄安新区」プロジェクトを打ち出しています。このこと自体、習近平氏自身が中国共産党内部の政策の議論・決定プロセスを軽視していることの表れだと言えると私は考えています。これは習近平氏が、三期目続投を決めるためにバブルの甘い汁を吸い続けてきている中国共産党の地方幹部の反発を恐れて、本気でバブル潰しをやらなかった結果だと私は見ています。見方を変えれば、総書記の習近平氏は、中国経済の将来よりも自分の三期目続投の方を重視したために、中国共産党が組織として決めた経済政策の方針をあえて無視した、とも言えると思います。

 しかし、国務院(=中国政府)のみならず中国共産党自体の政策議論・決定システムを形骸化しようとしている習近平氏が世界第二の経済大国であり国連常任理事国の一つである中国をうまく仕切っていくためには、習近平氏はスーパーマンである必要があります。

 かつての毛沢東はスーパーマン的存在ではありましたが、毛沢東自身は、自分が全てを仕切れるわけではないことはよくわかっていました。なので、具体的な行政実務の執行は周恩来総理とその下にいる官僚集団たちに任せていたのでした。多くの人は、同じように習近平氏は、腹心の李強氏を国務院総理に就任させて、具体的な行政実務は李強氏に任せるのだろうと思っていました。しかし、実際はそうではありませんでした。

 中国の不動産バブル崩壊のプロセスは日々進行しています。

 今年(2024年)になってから、1月29日に香港の裁判所が恒大集団の清算処理を命令しました。2月27日には、碧桂園の一部の債権者が香港の裁判所に清算処理を求める請求を行いました(香港の裁判所は5月17日に清算に関する審理を行う予定)。ブルームバーグ通信の報道によると、碧桂園は3月12日に支払期限が来た人民元建て債券の支払いができなかったとのことです(その後30日間の「支払い猶予期間」に入っている)。碧桂園はドル建て債券の利払いができなかったことはありましたが、人民元建て債券の利払い不能は初めてだとのことです。

 全人代開催期間中に行われた3月9日の記者会見で、住宅都市農村建設部長の倪虹氏は債務問題が懸念される不動産企業について「法律の原則及び市場原理に従って、破産すべきは破産させる、再編すべきは再編させる」と述べました。そうした中、3月11日、格付け会社のムーディーズが万科の社債の格付けを「投資適格級」から「ジャンク級」に引き下げました。ロイター通信の報道によると、中国の規制当局は3月11日、万科の問題に関して金融関係者と協議し、大手銀行に万科を支援するよう要請した、とのことです。

 こうした動きの中で、テンセント網・房産チャンネルの解説動画を見ると、多くの人々が「不動産企業のうち、どの会社が救済されて、どの会社が破産処理させられるのか」といった疑心暗鬼の状態になっているようです。こういう状態になった場合は、政府のトップは、自ら決然とした態度で不動産バブル崩壊に対する対処方針を語る必要があります。ところが、習近平氏は逆に「全人代閉幕時の国務院総理の記者会見を廃止する」という決定を下しました。総理記者会見を廃止し、国務院を形骸化し、組織としての中国共産党の政策議論・決定プロセスを形骸化し、全てを自分の決定下で行う、という判断を習近平氏がしたのだとしたら、全ての政策方針は習近平氏自身が語らなければならないはずだ、と私は考えます。

 国務院や中国共産党の組織が形骸化して「一人独裁」が進行する一方、「一人独裁」をしている習近平氏が「何も言わない」「何もしない」というダンマリ戦術に沈むのであれば、個人や企業などの経済主体は、将来がどうなるかわからないので投資や消費を控えることになるでしょう。不動産バブル崩壊で不良債券問題が水面下で蓄積しているであろう現状に加えて、こうした政治的な状況から来る投資や消費の低迷は、中国経済に大きなダメージを与えることになると思います。これから中国経済で起こる事態に対しては、私たちは相当程度の覚悟をしておく必要があるのだろうと思います。

 

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2024年3月 9日 (土)

全人代での総理記者会見廃止は改革開放終焉の象徴

 今年(2024年)の全人代で最も注目を集めた案件は、政府活動報告でも閣僚人事でもなく、全人代開幕前日に発表された「国務院総理の記者会見のとりやめ」だったと思います。ネットや報道で既に様々な立場の人がコメントしていますが、私の個人的印象としては、この「全人代での総理記者会見の廃止」は、「習近平氏による改革開放の終焉」を象徴するできごとだったと思っています。

 なぜなら、1987年の第13回中国共産党大会と翌1988年の全人代で始まった「会議のテレビ生中継」と「トップの参加者(党大会における中国共産党総書記、全人代における国務院総理)の記者会見」は、当時、トウ小平氏によって進められていた「改革開放路線」の象徴的イベントだったと私は考えているからです。

 私は、1982年の第12回中国共産党大会が開催されていた時には通産省通商政策局北アジア課に勤務していて、1987年の第13回中国共産党大会が開催されていた時には北京に駐在していましたので、この二つの党大会の間で「中国共産党大会」の雰囲気が全く変わったことをよく覚えています。第12回党大会までは、中国共産党大会と言えば、今で言えば北朝鮮の労働党大会と同じで、「開催された翌日の党の機関紙一面トップに大々的に報じられているので、非常に重要な会議であることはわかるが、実際にどういう会議が開催されいているのかサッパリわからないナゾの会議」というイメージだったのです。それが1987年の第13党大会になると、「冒頭の全体会議はテレビで生中継する」「党大会直後の一中全会(第一回中央委員会総会)で総書記が選ばれた後は、その総書記が内外記者会見を行う(しかもその記者会見は中国語-英語の通訳付きで外国人記者も質問できる)」という形式に変わったからです。この 1987年の党大会のやり方を見て、世界の人々は「中国共産党大会のイメージが変わった」と痛感したのでした。

 これは、トウ小平氏が世界に向けてそういうイメージ発信をしようと意図していたことが成功したことを意味しています。

 前にもこのブログに書いたことがあったと思うのですが、1987年の第13回中国共産党の開会直前にひとつのエピソードがありました。この時点で、トウ小平氏は中国共産党軍事委員会主席ではあったのですが、政治局員の序列としては真ん中くらいで、党大会のひな壇で座る席も最前列ではありませんでした。党大会の開会前、総書記代行だった趙紫陽氏ら党の幹部が入場する前の既に内外のテレビカメラが撮影を開始していた時点で、トウ小平氏は既にひな壇の何列目かの自分の席についていて、タバコをくゆらせながら難しい顔をして机の上の書類を読んでいました。そこにひな壇に座っている幹部のためのお茶を配る担当者がやってきました。トウ小平氏のところへお茶を置く時に、この担当者はトウ小平氏に何やら耳打ちしました。そうすると、トウ小平氏は苦笑いしながらタバコをもみ消したのでした。実は中国共産党では、この第13回党大会以降、党の会議は全て禁煙とする、という決定をしていたのでした。ヘビースモーカーとして有名なトウ小平氏はいつもの習慣で会議の席上でタバコを吸ってしまったが、お茶を配る担当の人から「トウ小平同志、この会議は禁煙ですよ」と耳打ちされて、あわててタバコをもみ消した、という話でした。日本の新聞は「お茶を配る担当者が『トウ小平批判』」と面白おかしくこのエピソードを伝えたのでした。

 ちょっとしたハプニングなんですが、私は、これはトウ小平氏によるテレビカメラの前での意図的な自作自演だったのではないかと思っています。「党の実質的な最高実力者でヘビースモーカーとして有名なトウ小平氏であっても、党が決めた『会議は禁煙』という規則に従わなければならない」「トウ小平氏のような党の最高幹部が間違ったことをしているのであれば、例えばお茶を配る担当者のような立場の人であってもハッキリと意見を言ってよいのだ」ということを示すことによって「中国共産党は変わったのだ」ということを内外にアピールする意図がトウ小平氏にはあったのだろう、と私は考えているからです。

 この第13回中国共産党大会のテレビ生中継を見たり各種報道を読んだりした直後の1988年1月、北京駐在中の私は東京の本社あてに「1988年年頭所感」と題する文章を送りました。その文章は今も私の手元にありますので、その中にある第13回中国党大会に関する記述を以下に紹介したいと思います。

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 (前略)ただこの党大会で印象付けられたのは、その公開性である。大会初日の趙紫陽氏の報告は、延々とテレビで生中継されていたし、大会期間中、内外プレスに対する記者会見が毎日行われ(記者会見は中国語-英語の通訳付き)、その内容は毎日テレビで放映された。その中には外国記者からの要望で実現したチベット地区代表の記者会見も含まれていた。その記者会見では、

外国人記者:「トウ小平氏の引退の後の中国の体制はどうなるのか?」

中国側スポークスマン:「え~、その問題については、まあ、第15回大会、16回大会、というより、17回大会、18回大会で話し合うことになるでしょう」(笑い)

というような対話も行われた。その昔、国慶節のパレードを前にして天安門の上に並ぶ指導者たちの並ぶ順序を双眼鏡で覗いて、内部の政争の様子をあれこれ推測していた頃から見れば隔世の感がする。

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 こういった流れを受けて、翌年1988年に開催された全人代では、全体会議など主要な会議はテレビで生中継され、全人代閉幕後には、全人代で正式に国務院総理に指名された李鵬氏が内外記者を相手とする記者会見(中国語-英語通訳付き)を行ったのです。その後、全人代終了後の国務院総理記者会見は、1990年代からは毎年行われる「恒例行事」となったのでした。

 また、1988年の全人代で私が印象に残っているのは、「人民日報」が中国政府や全人代に参加している全国人民代表に批判的な記事を書いていたことです。1988年の全人代では、前年に公開された映画「ラストエンペラー」で国宝の故宮を安易に映画ロケに使わせているのは問題ではないか、と全国人民代表が文化部を追及したことが報じらました(映画を御覧になった方はおわかりと思いますが、「ラストエンペラー」では、普段は立ち入り禁止の乾清殿の中にある本物の玉座に俳優を座らせて撮影がなされています)。また別の記事では、「全国人民代表が乗ってきた車が駐車しているところを見たが、みんながみんなトヨタの車ばかりだった。なぜ中国国産の車を使わないのか。」と批判している記事を読んだ記憶があります。

 1987年秋の第13回中国共産党大会や1988年春の全人代で、意図的に「公開性」をアピールする演出がなされたのは、1987年1月に当時の中国共産党総書記だった胡耀邦氏が前年1986年末に起きた学生デモに対する対応が適切ではなかったとして総書記辞任に追い込まれたことも背景にあったのだろうと私は考えています。1987年1月の胡耀邦氏の総書記辞任は突然のことであり、諸外国に対しては「中国共産党内部の事情はサッパリわからない」という強烈な印象を与えました。胡耀邦氏の総書記辞任を伝える中国中央電視台夜7時のニュース「新聞聯播」のアナウンサーが普段の背広姿ではなくこの日だけは中山服(日本のマスコミ用語で言えば「人民服」)姿でニュースを伝えたことで、諸外国は「中国はまた文化大革命時代に戻ったのか」と色めき立ったのですが、胡耀邦氏のあとを次いで総書記代行となった趙紫陽氏をはじめとする中国共産党幹部は機会を捉えて「中国の改革開放の方針は全く変わっていない。文化大革命時代に逆戻りすることなどあり得ない。」と内外に繰り返しアピールしました。そうした中で行われた1987年秋の党大会と1988年春の全人代における「公開性」を強調する演出は、外国との経済関係を強化して経済発展を図りたいと考えていたトウ小平氏による改革開放路線を進めるための重要なイメージ発信の一つだったのだと私は認識しています。

 全人代閉幕後の国務院総理の記者会見もそうした「改革開放の推進」を強調するアピールの重要な要素の一つだったのは明らかです。

 今回の(2024年の)全人代で国務院総理の記者会見が廃止されたことについては、様々な憶測がなされています。例えば「トップを自認する習近平氏はナンバー2の李強氏が記者会見で目立つことを嫌ったのだ」とか「記者会見に慣れていない李強氏が失言をするのを避けたかったからだ」とか「習近平氏は中国共産党主導の政策運営をしようとしており、国務院の役割を縮小させようという方針の延長線上に国務院総理の記者会見廃止があるのだ」とかいう評価がなされています。私にはどれが正しいのかはよくわかりませんが、少なくとも言えることは、1988年の全人代でトウ小平氏が意図したのと全く逆方向のメッセージを2024年の全人代で習近平氏が出したのに等しい、ということです。

 習近平氏も各種の演説では「対外開放を推進する」と言っていますが、全人代終了時の国務院総理の記者会見廃止という習近平氏が実際にやっていることを見れば、習近平氏は「対外開放を進めることなんか重要視していません」と宣言しているのに等しいと私は思います。

 上に、1988年当時私自身が書いた文章を紹介しましたが、それを今改めて読んで見て感じるのは、習近平氏の時代になって、中国は1980年代より前の時代に逆戻りしてしまったなぁ、ということです。一方、ネット空間を見ていれば、現在の中国の人々は1980年代に比べて格段に自由な発想で様々なことを見たり聞いたり考えたりしていることがわかります。1980年代の改革開放以前に先祖返りしてしまった習近平氏と、様々な情報の中で確実に21世紀的感覚で生きている中国の人々との間のギャップは、いずれ調整不可能な「軋轢(あつれき)」として表面化してくることは間違いないと私は思います。

 「全人代終了後の総理記者会見」は、確かに全人代関連のイベントの一つに過ぎないのですが、それを廃止したことが示す意味は、相当程度に大きいと思います。また、習近平氏がどういう意図で総理記者会見廃止を決めたのかは私にはわかりませんが、少なくとも、習近平氏が「総理記者会見などなくてもよい」と考えていることは確かですから、この廃止自体が「習近平氏の思考パターン」を考える上で非常に重要なできごとであることは間違いないと思います。

 

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2024年3月 2日 (土)

中国の不動産バブル崩壊は次のステージへ

 中国では来週火曜日(2024年3月5日)から全国人民代表大会が開催されます。現状の不動産バブル崩壊に対する対応についても議論されるだろうと思いますが、抜本的な対策は出ないだろうと見られています。不動産バブル崩壊に対する対処は非常に難しく、景気刺激策のような対策で問題が解決するほど単純ではないからです。

 中国のシンクタンクである中国指数研究院によると、中国のトップ100の不動産開発企業による2024年1~2月の住宅販売金額は、昨年同期比で51%の減少だったのだそうです。昨年(2023年)の1月~2月は「ゼロコロナ政策」が終わった直後で、住宅販売についてもゼロコロナ期の反動増があったと思うので、単純に比較することはできないと思いますが、2024年に入っても、中国の新築マンション販売は回復ペースには戻っていないことは間違いなようです。「新築」ではなく「中古」のマンションに関してはそれなりに売れており、「住宅需要が蒸発した」というわけではないようですが、中古マンションの販売価格も下落傾向が続いており、中国政府による様々な住宅販売刺激策にも係わらず、中国のマンション市場の低迷は長期化しつつあるように見えます。

 中国のマンション市場に関するニュースで私が最近最も気になったのは、2024年1月の各種の「法拍房(裁判所によって競売に付される住宅)」が10.04万戸で、前年同月比48.2%の急増だった、というものです。マンション等の競売については、住宅ローンを返済できなくなった個人の所有するマンションが裁判所によって差し押さえられるケースや、企業が融資を受ける際の担保として差し出していた企業所有のマンションが借金返済に行き詰まって差し押さえられるケースが考えられます。テンセント網・房産チャンネルにアップされていたある解説動画では「個人が住宅ローン返済に行き詰まって差し押さえられるケースはそれほど急増するとは考えられない。これだけの競売数の急増は、保有するマンションを担保に設定していた企業の借金返済の行き詰まりが増えているからではないか。」と分析していました。つまり、このことは「マンション価格の低迷」が「企業の保有資産の減少」を招き、銀行から担保価値の減少を理由に借金返済を迫られた企業が苦境に陥るという日本の平成バブル崩壊期によくあった現象が中国でも起き始めていることを示唆しています。

 一方、「週刊東洋経済」(2024年3月2日号)の「中国動態」の欄で、大阪経済大学教授の福本智之氏は「脆弱な中小銀行の整理が加速」と題して、中国当局が農村部にある小規模の銀行(村鎮銀行)の解散・統合を進めていることを報告しています。これも日本の平成バブル崩壊期と同じように、中国においても住宅価格の下落が経営基盤が弱い小規模の銀行の経営を圧迫しつつあることを示している可能性があります。

 つまり、これらのことは、中国における不動産バブル崩壊は、不動産開発企業の経営不振やマンション建設工事に携わる建設会社の業績不振といった「マンションが売れないことが直接に影響を与える範囲」を超えて影響が広がっており、マンション等を企業資産として抱える企業の債権の不良債権化や関係している金融機関の経営圧迫といった「社会全体の不良債権の拡大や金融機関への影響拡大」という「第二ステージ」に入りつつあることを示していると思われます。

 中国当局は、社会全体での不良債権の拡大や金融機関の経営への圧迫が「金融危機」にまで発展しないように最大限の措置をこれから講じることになると思います。昨日(2024年3月1日(金))付け「人民日報」5面には「強大な中央銀行を建設すべき(新論)」と題する金融関連の研究者による評論が掲載されていました。タイミングから言って、もしかすると今回の全人代で金融関係の機能強化についても議論がなされるのかもしれませんが、この評論の掲載は「何か問題が起きても中国当局は強力に金融安定化のための施策を講じる用意がある」という当局の姿勢を見せる意味があったのかもしれません。

 一方、世界に目を転じると、日本の株式市場では日経平均株価が2月22日にバブル期の高値を超えた後も連日のように史上最高値を更新しているほか、アメリカやヨーロッパでも株価の史上最高値が続いています。さらに、暗号資産のビットコインも2021年11月に付けた史上最高値に接近する高値を付けています。もしかすると、中国における不動産バブル崩壊の進行に伴い、中国から資金が抜けて、それが世界の株や暗号資産に流れ込んでいるのが現在の状況なのかもしれません。

 一年半程前の2022年7月、経済マーケット専門チャンネルの日経CNBCでソニー銀行が提供している番組「GINZA CROSSING Talk」にゲストとして出演していた投資コンサルタント会社・複眼経済塾の塾頭のエミン・ユルマズ氏は次のような興味ある指摘をしていました。

○日経平均株価が史上最高値を付けた1989年12月末がベルリンの壁崩壊(1989年11月)と同じタイミングだったのは偶然ではない。日本経済の高度成長が、朝鮮戦争特需から始まったことを考えれば、日本経済は「冷戦構造」の中で発展した、と言える。

○冷戦終結により、中国とロシアが世界経済の中に開放された。世界のマネーは、未開拓の中国とロシアに流れ込んだ。このため、日本が「置き去り」にされて日本経済は停滞期に入った。

○中国は低賃金の労働力を、ロシアは低価格の資源を提供することにより、世界は「労働力と資源は中国とロシアにまかせる」という形で、物価が安い状態のままで経済を進展させる、という「ディスインフレ(モノの価格や賃金が上昇しない状態)の時代」に入った。

○欧米(及び日本)は、中国の安い労働力とロシアの安い資源を利用するために、中ロ国内における人権や環境破壊等の問題には目をつぶって、中国とロシアを世界経済の中で泳がせてきた。中国とロシアは次第に経済力を付けて、欧米主導のやり方に反発し、自分のやり方をやり始めた(一帯一路など)。欧米は、中ロの人権問題等については今までは大目に見てきたのだけれども、自分たちのやり方に異議を唱え始めた中国・ロシアを見て「私たちのルールに従えないのだったらバスから降りてください」と言い始めた。

 このエミン・ユルマズ氏の考え方を延長すれば、現在の日米欧の株高やビットコイン価格の上昇は、1990年頃の冷静終結以降の30年間はロシアや中国へ世界の資金が流入していたものが、ロシアのウクライナ侵攻や中国の不動産バブル崩壊を受けて今は逆流しつつあることを示すひとつの現象なのかもしれません。

 ここでひとつ思い出さなければならない重要なことは、1990年以降の日本の平成バブル崩壊期には、日本は1992年に「天皇陛下訪中」という最大級の切り札を切って1989年の「六四天安門事件」以来停滞していた中国との関係を改善して、急速に発展する中国経済に乗っかる形で日本のバブル崩壊後の危機を何とか乗り切った、という事実です。留意すべきなのは、これから中国が不動産バブル崩壊に伴う様々な問題(例えば数多くの企業の不良債権や金融システムに対する圧迫の問題)に対処するに際して、中国には「利用できる隣国」がないことです。不動産バブル崩壊後の諸問題に中国が苦しむとしても、おそらく日本も欧米各国も中国に手を差し伸べることはしないと思います。私も、習近平氏による中国共産党統治体制を手助けすることはすべきではないと思います。ですが、全世界のことを考えれば、中国が最悪の状態になることは誰も望んでいないと思うので、何らかの形で中国との関係を改善して手助けする(そうすれば必然的にプーチン氏のロシアを孤立させることができる)ことも検討すべきではないかとも思います。

 中国は、アメリカとの関係では対立関係を維持していますが、最近、「新聞聯播」や「人民日報」では、トップニュース扱いで「習近平氏がアメリカの高校生の訪中団が送って来た手紙に返信した」といったニュースを流しています。これは「中国としても対米関係を改善したいと考えている」という一種のメッセージかもしれません。実際、中国は、経済関係を踏まえれば、欧米や日本と徹底的な対立関係に陥っては困る、とも考えていると思います。中国がこれから不動産バブル崩壊に起因する様々な問題で苦しむであろうとことを想定して、言い方はよくありませんが、むしろそうしたこれから起こるであろう中国の苦境を「利用」して、欧米や日本としては、中国を「国際社会における『我々の側』に引きずり戻す」ための方策を考える必要があるのかもしれません。逆説的になりますが、習近平氏が不動産バブル崩壊にうまく対処できないことが日米欧にとってはむしろプラスに作用するかもしれない、ということです。

 

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2024年2月24日 (土)

34年間の呪縛

 木曜日(2024年2月22日)、東京株式市場で日経平均株価が1989年12月29日のバブル最盛期につけた史上最高値(終値で3万8,915円87銭)を34年ぶりに更新しました(2月22日の終値は3万9,098円68銭)。日経平均株価を構成する225銘柄は定期的に入れ替えが行われており、1989年と現在とではかなり異なりますので、単純に指数を比較してもあまり意味がないことですが、「時代が変わった」「歴史の次のステップに入った」という「雰囲気を示す」という意味ではひとつの大きな節目でした。日本経済新聞は翌2月23日の朝刊一面に「もはや『バブル後』ではない」という評論を掲載しました。

 この34年間、日本では「多数の大きな銀行が離合集散して三メガバンクに統合された」とか「政治の世界では自民党と社会党とによる55年体制が崩壊し、何回か政権交代が起きた」といった変化が起きました。日本がもし今まで「バブル後」という呪縛に捕らわれていたのだとしたら、今回の日経平均株価の史上最高値更新をきっかけにして、その呪縛が解けるよう願いたいものだと思います。

 一方、1989年と言えば、中国では「六四天安門事件」が起きた年ですが、中国では「六四天安門事件後の呪縛」は当面解けそうにありません。中国の場合、「34年間の呪縛が解ける」どころか、習近平氏は「六四天安門事件」に至るまでの1978年以降の「改革開放期」を否定して、それ以前の毛沢東時代に戻ることを指向しているようにさえ見えます。

 中国の現在の最も重要な政策課題は不動産バブル崩壊に対する対処ですが、現時点まで大胆な抜本対策は打ち出されていません。一応、1月末以降、「ホワイトリストによる不動産企業への融資の拡大」という政策が進められてはいます。現在までに中国各地の様々な不動産企業の3,000を超えるプロジェクトが「ホワイトリスト」に掲載され、銀行からの融資の拡大が行われているようです。しかし、前にも指摘しましたが(このブログの2024年2月3日付け記事「ホワイトリストによる不動産企業への融資の問題点」参照)、この「ホワイトリスト」の作成は中央政府が主体となって行われているものではなく、地方政府が行っているものであって、「地方政府と不動産開発企業と各地方を担当する国有銀行との癒着」という不動産バブル形成に至った根本原因にメスを入れるものには全くなっていません。また、この「ホワイトリスト」に基づく融資の実行は、単に爛尾楼(販売予約契約を結んで顧客から資金を事前に受け取っているにも係わらず開発企業の資金不足のために建設工事が中断して完成しないマンション)の建設を進めて顧客にマンションを引き渡すことを目的にして行われているものであり、不動産企業に関連する不良債権を処理するためのものではなく、不動産バブル崩壊に伴う問題を解決するものにはなっていません。

 そもそも中国の不動産バブルは、「土地は公有(国有または地方の集団が所有)である」という社会主義の原則に基づき、地方政府(=中国共産党地方幹部)が補償金を支払って農民から農地を収用し、その土地使用権を開発業者に売却し(その資金は国有銀行が融資し)、土地使用権売却収入を使って地方政府がインフラ投資等を行うことによってその地方のGDPを押し上げ、その結果として中国共産党地方幹部が出世する、という中国共産党地方幹部の権力行使システムによって形作られてきたものです。従って、中国の不動産バブルを抜本的に防ぐためには、中国共産党地方幹部の権力システムの構造を変える必要があり、現在の中国共産党の中央と地方とを結ぶ権力ピラミッド構造を変革する必要があります。今回、不動産企業に対する融資の「ホワイトリスト」の作成を地方政府(=中国共産党地方幹部)に任せたということは、習近平政権は、この中国共産党の中央と地方を結ぶ権力ピラミッド構造を変革するつもりはないと意思表示したのと同じだと私は考えています。

 日本における平成バブル崩壊後の34年間の呪縛は解消されつつあるのかどうかはわかりませんが、少なくとも日本においては「バブル崩壊後の呪縛」を解消するための努力は続けられてきました(これからも続けられていくことになるでしょう)。しかし、中国においては、1989年の「六四天安門事件」によって凝り固まった中国共産党統治体制という呪縛については、そもそも「解消しようとする動き」すら起きていません(というか「解消しようという意思」そのものがない)。習近平氏は、呪縛による矛盾が表面化しないようにむしろ呪縛を強化しようとしているように見えます。

 中国における不動産バブル崩壊の状況を見て、よく「中国も日本の平成バブル崩壊後と同じような道をたどるのか」という疑問が呈されていますが、習近平氏が中国における不動産バブルを起こした根本原因のひとつである「中国共産党の権力ピラミッド構造」を変革させようという意思を持っていないのであれば、中国は日本と同じ道を歩むことにはなりません。日本よりももっとひどい経済的・社会的混乱を招くことになるでしょう。

 中国における不動産バブルの現状を踏まえて、日本の平成バブル崩壊後の動きを参考にして考えれば、今後の中国の状況は以下のようになると考えられます。

○(地方政府が「新築マンションの値下げ販売禁止令」を維持したとしても中古マンションションの販売価格の下落は止められないので)不動産企業や不動産に投資した多くの企業が所有している数多くのマンションの資産価値の下落が明確になり、中国において多額の不良債権の問題が表面化するのはむしろこれからである(日本の場合、株価のピークは1989年年末だったが、土地価格が下落し始めたのは1992年頃であり、不良債権の問題が表面化し始めたのは1995年頃(第二地銀だった兵庫銀行が破綻したのは1995年8月)、住専(住宅金融専門会社)への公的資金注入について国会で議論になったのは1996年、各銀行の不良債権処理のための預金保険機構の各銀行への支援金額がピークに達したのは2000年だった)。ただし、不良債権の問題については、中国の場合、「世論の動向」や「国会での議論」を気にする必要がないので、中国人民銀行による迅速かつ強力な資金支援で日本よりうまく対処できる可能性はある。

○土地使用権売却収入が減少した地方政府は景気下支えのためのインフラ投資等に対する余力が減り、場合によっては住民に対する各種行政サービスも抑制せざるを得なくなり、経済の低迷と地方政府による行政サービスの低下により住民の不満が高まる(これは日本にはなかった現象)。

○(仮に不動産バブルの問題をうまく処理できない地方政府の幹部を腐敗追放の名目で処分したりすれば)「中国共産党の中央と地方を結ぶ権力ピラミッド構造」が崩れ、中国共産党中央と中国共産党地方幹部との間で緊張関係が生まれ、中国共産党内部の権力闘争において混乱が生じる可能性がある(これも日本にはなかった現象)。

 よく「中国共産党は日本の平成バブル崩壊の過程をよく研究しているから、日本の経験を参考としてうまく対処できるはずだ」という見方がなされます。しかし、もし仮に中国共産党が日本の平成バブル崩壊をよく研究していて、不動産バブルを崩壊させてはならない、と考えているのだったら、もっと早い段階(例えば2014年をピークにして不動産価格が下がった段階)でそれ以上のバブル膨張を防ぐ手段を講じただろうと私は考えています。しかし、実際は習近平政権は、2015年頃の「チャイナ・ショック」の時期の後、新型都市化計画や雄安新区開発プロジェクトを推進するなど「バブルに対処するために新たなバブルを作る」政策を推進してきました。なので私は、中国共産党は確かに日本の平成バブル崩壊をよく勉強して頭ではわかっているけれども、中国共産党の中央と地方の権力ピラミッド構造を壊したくないので、今後も適切な対処はできないだろう、と考えています。

 中国の不動産バブルは、中国共産党の権力構造にその原因がある以上、中国共産党に自身の権力構造を変更する意思がない限り、適切には対応できないでしょう。日本は、これからバブル崩壊後の34年間の呪縛を超えて新しい時代に入っていく可能性がありますが、中国は、中国共産党が自らの権力構造の維持に固執するために、むしろこれから「六四天安門事件後の34年間の呪縛」のツケを支払うための本格的な苦悩の時代を迎えることになるのだと思います。

 

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2024年2月17日 (土)

習近平氏の「経済より国家安全」方針の自己矛盾

 この木曜日(2024年2月15日)の産経新聞の1面トップ記事は、垂秀夫前駐中国大使へインタビュー記事でしたが、見出しは「中国 経済より『国家安全』」でした。今の習近平氏の方針が「経済より『国家安全』」であることは誰もがそう思っているところだと思います。

 日本語の「国家安全」は中国語でも「国家安全」ですが、中国で意味する「国家安全」とは「中華人民共和国の安全」ではなく「中国共産党による統治の安全」です。習近平政権においては、守るべきなのは「習近平同志を核心とする中国共産党」なので、今は「国家安全」とは「習近平氏の権力の安全」と置き換えた方が理解がしやすいと思います。

 中華人民共和国の政治において「国家安全、即ち中国共産党による統治の安全」が最も重要な政策課題であったことは、建国以来変わっていないことで、習近平政権だけの特徴ではありませんが、少なくともトウ小平氏から始まった改革開放の時代の江沢民政権、胡錦濤政権時代までは「経済より『国家安全』」ではありませんでした。かといって胡錦濤政権までは「『国家安全』より経済」だったわけでもありません。なぜなら、そもそもトウ小平氏が始めた改革開放の時代は「経済を発展させることが即ち『国家安全』を達成するための最も有効な手段である」と考えられていたからです。

 1980年代にトウ小平氏が「経済を発展させることが即ち『国家安全』を達成するための最も有効な手段である」と考えていた理由は以下の二つです。

(1)毛沢東時代は経済的発展よりも理想的な共産主義社会を目指すことが重視されていた。そのため中国共産党が目指すものと、自分たちの生活を向上させたいという数多くの人民の願いとにかい離が生じた。この党と人民とのかい離が象徴的に表れたのが、人々が「四人組」の支配に対して不満を表明した1976年の「四五天安門事件」だった。党と人民とのかい離に危機感を覚えた中国共産党は同年10月に「四人組」を逮捕し、その後、党内での様々な議論を経て、経済発展を重視する改革開放政策に舵を切った。なぜなら、経済を発展させて人民の生活を豊かにすれば、人民は中国共産党による統治を支持するようになり、中国共産党による統治はより強力なものになると考えたからである。

(2)アメリカが世界の中で最も強力な発言権を有しているのは世界最大の軍事力を持っているからではない。アメリカは世界最大の経済大国であり、そのことがアメリカの国際社会における発言権を大きなものにしている。その証拠に、アメリカと肩を並べる軍事力を有するソ連は、アメリカに比べて経済が立ちおくれているため、国際社会の中で大きな発言権を持つことができていない。一方、日本は、軍事的には見るべきものがなく、安全保障は完全にアメリカの傘下に置かれているものの、アメリカに次ぐ世界第二位のGDPを持つという経済力によって、国際社会の中で大きな顔をしている。今後、中国が国際社会の中でアメリカと並ぶ発言権を持つためには、まず経済力を発展させる必要がある。多くの人口と広い国土を持つ中国は、経済的に発展する余地は大いにあり、経済力を発展させることによって、中国の国際社会における発言権を大きくすることは十分に可能である。

 「経済力が国際社会における発言権の大きさを決める」というトウ小平氏の見方は、かつて世界第二位のGDPを誇っていた日本が、2010年に中国に抜かれて第三位になり、2023年にはドイツにも抜かれて第四位になったことを考えれば実感が持てるのではないかと思います。

 つまり、トウ小平氏は決して「『国家安全』より経済発展を重視していた」のではなく、「経済の発展が『国家安全』の進展のための必要条件であると考えていたから経済発展を重要視した」のです。

 私は感覚的にこのようなトウ小平氏の考え方に同意できます。私は1986年10月~1988年9月まで北京に駐在していましたが、その頃、北京の街では「紅旗」などの中国製の自動車や日本から輸入されたトヨタの「クラウン」、西ドイツのフォルクスワーゲンが上海に作った合弁企業において中国で生産された上海フォルクスワーゲン「サンタナ」、ソ連製の「ボルガ」などが入り交じって走っていました。どう見てもデザインが野暮ったい「ボルガ」がガタガタ走る姿は、「クラウン」や「サンタナ」と比べて完全に見劣りしていました。こうした「世界各国の見本市」みたいな改革開放期初期の北京の街を見て、中国の人々も「まずは経済を発展させることが世界の中で中国の立場を高めるために重要なのだ」と感じていただろうと思います。

 私は、このトウ小平氏の「経済を発展させることによってこそ『国家安全』の強化が図れる」という考え方は、今(2020年代)でも変わっていないと思います。従って、習近平氏がもし本当に「経済よりも『国家安全』の方が大事だ」と考えて経済発展のための政策を軽視しているのだとしたら、その方針は自己矛盾していると言わざるを得ません。経済発展が鈍れば、それは国際社会における中国の発言権の低下をもたらし、結果的に中国の「国家安全」にはマイナスになるからです。

 自らへの権力の集中にのみ関心を寄せ、その結果、民間企業における経済活動の活性化が失われつつある現在の習近平政権においては、むしろ経済の停滞によって中国の国際社会における発言権が低下し、結果として中国の「国家安全」の基盤が脆弱になっていく危険性があります。また、経済の停滞は数多くの中国人民に中国共産党に対する失望をもたらすことになり、「中国共産党による統治の維持」という意味での「国家安全」にとってもマイナスの影響を与えることになると思います。

 習近平氏が次々と繰り出す「自分への権力集中を強化する方策」は、経済の停滞を通じて自らの政権基盤を揺るがすことになり、結果的に中国共産党による統治の基盤自体を脆弱化させることになる「自分で自分の首を締める方策」だと思います。

 

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2024年2月10日 (土)

株価が下落したので証券監督管理委員会主席を解任

 中国経済の低迷が中国でビジネスを展開する諸外国の企業の業績に対して影響していることが明確になりつつある一方、上海や香港の株価の低落傾向が続いています。こうした中、ブルームバーグが火曜日(2024年2月6日)「習近平氏は規制当局から本土の金融市場に関する説明を受ける予定で、急落している株価の下支えについて検討される模様だ。」と報じました。この報道を受けて、ネット上等では「経済対策、株価対策で習近平氏は何か新しい効果的な対策を打ち出してくるかもしれない」という期待と、「習近平氏は経済のことがよくわかっていないからスタッフから現状の説明を受けても的確な対策を指示することはできないだろう」という「あまり期待しない方がよい」という見方とが交錯していました。

 結果として出てきた「株価下落に対する対応策」に関するニュースは以下の通りです。

○中国政府系投資会社の中央匯金投資がA株(人民元建てで取引される銘柄)への投資を強化すると発表した。

○中国証券監督管理委員会は株券転貸を抑制する等の株の空売り規制の強化を発表した。

○国務院は、中国証券監督管理委員会主席の易会満氏を退任させ、後任に呉清上海市共産党委員会副書記を充てる人事を発表した。

 国家主席の習近平氏にまで相談して打ち出す「対策」なのだから、さらなる金融緩和とか公共事業等への財政支出の拡大とか中国経済の活発化を狙った対策が出てくるのではないか、という見方もあったのですが、結果的には上の三つでした。上の二つは完全なPKO(Price Keeping Operation)です。政府系ファンドが株を買って買え支えるならば株価は下がらないだろうし、借りた株を売る空売りを規制する一方お金を借りて株を買う信用買いは規制しないのならば『売り』が減って『買い』は減らないので株価の下落スピードは緩和するだろうことは明らかです。しかし、「株価は経済の善し悪しを示す指標のひとつ」であることを考えれば、経済活性化の対策を図らないで行う単なる「株価下支え対策」は経済対策としては全く何もやっていないのに等しいと言えます。さらに証券監督管理委員会主席の交代は単に今までの主席が「株価下支え対策」に失敗したために習近平氏の怒りを買っただけのようにも見えます(何の対策にもなっていません)。

(ただし、株式市場の規制当局のトップの交代は2015年の株価下落の局面でも行われたので、この交代は、中国の投資家には「中国共産党中央は本気で株価対策をやるつもりのようだ」というメッセージとして受け取られたようで、このニュースを受けて上海の株価は上がりました。もっとも、香港の株式市場では外国人投資家が多いので「こんなんじゃ何の対策にもなっていない」と受け取られたからか、その後も株価は下がり続けました。)

 正直言って、証券監督管理委員会の主席が交代するとのニュースを知って、私は大いにずっこけてしまいました。例えて言えば、プロ野球で巨人が負けてばかりいるので、巨人ファンのコミッショナーが審判をクビにしたようなものだからです。巨人が負け続けているのは巨人が弱いからであって審判のせいではありません。もし審判をクビにしてしまったら、後任の審判は「巨人を勝たせなければまた自分がクビになってしまう」と考えて、中立公正な立場でなければならない審判が巨人に有利な判定をしてしまうようになるかもしれません。そんなことをやったら野球の試合は全く面白くないものになり、結果的にお客さんに見放されてプロ野球業界全体は低迷してしまうことになるでしょう。

 申し訳ないですが、上記のような対策をやるならば「やらない方がずっとマシだった」と私は思います。というのは、繰り返しますが、経済政策の観点から言ったら、上記の対策は全く「対策」になっていないからです。習近平氏に相談した上でこうした対策しか出てこないのだとしたら、それは「習近平氏は本当に経済のことが全くわかっていない」もしくは「習近平氏は、株価が下がらないようにしたいと考えてはいるものの、低迷する中国経済を活性化させようという意思は全くない」ことを示すことになるからです。しかも、春節休みに入る直前の一週間でこうした対策が出てきたことは「株価下落にあせってあわてて対応した」というイメージを与えて、非常に印象がよくありません。

 よく「中国の不動産バブル崩壊は日本の平成バブル崩壊後と同じような経済の低迷を招くのではないか」という懸念が取り沙汰されていますが、全ての権限を掌握している習近平氏が「経済のことを全くわかっていない」または「経済の低迷を何とかしようという意思が全くない」のだとしたら、「不動産バブル崩壊後の中国経済は平成バブル崩壊後の日本経済よりずっとひどいとんでもないことになる」ことは明らかです。「春節休み期間中に何か抜本的で効果的な経済対策が打ち出される」という期待もあるようですが、今まで経緯を見てみれば、それは単なるないものねだりの「願望」に過ぎないと思います。

 中国では今日(2024年2月10日(土))から春節の連休に入り、この春節期間中に延べ90億人が移動すると中国政府は推計しています。しかし、よく聞くと90億人のうち公共交通機関を利用する人が18億人で自家用車等で移動する人が72億人なのだそうです。中国では春節期間中は高速道路が無料になるのでこういう推計を出しているようですが、このことは、これまで巨額の資金を費やして空港や高速鉄道網を整備してきたのに一年で最も「かき入れ時」の春節期間中に飛行機や高速鉄道を利用する人はそれほど多くならないことを意味します。私はこの春節期間中の人の移動の数字も中国政府特有の「経済は低迷していないことを示すための数字のマジックのひとつ」なのではないかと疑っています。

 冒頭に書いたように相次いで発表される日本やアメリカの企業の決算を見てみると、中国におけるビジネスは相当程度に低迷しているようです。春節が明けて経済活動が平常に戻る過程で、中国経済がコロナ前の水準と比較してどの程度に回復していくかは注意深く見ていく必要があると思います。少なくとも上に書いたように習近平氏の打ち出す「対策」は「私は経済のことをわかっていません」または「私は経済の活性化を図ろうという意思はそもそもありません」ということを示すようなものばかりなので、内外の投資家の失望を誘って春節明け以降の上海や香港の株式市場の株価はこれからも低迷が続くことになるのではないかと私は懸念しています。

 なお、株価に関してですが、今、日本では「平成バブル崩壊後最高値の更新」が、アメリカでは「史上最高値の更新」が続いています。今や中国経済は世界経済の重要な一部になっているのに、中国経済が低迷しているにも係わらず日米で株価の上昇が続いているのは大丈夫なのかなぁ、という感じがします。前にも書いたことがありますが、1989年、4月15日の胡耀邦前総書記の死去から始まった学生・市民の運動が6月4日に人民解放軍による武力弾圧という事態にまで発展したのに、この年の日本の株価は上昇を続け、日経平均株価は1989年年末に「史上最高値」を付けたのでした。日本の株価の上昇と「六四天安門事件」との因果関係については私はよくわからないのですが、もしかすると1989年も香港経由で中国に入っていた投資マネーの一部が日本に回ってきて日本の株高を演出した要素もあったのかもしれません。だとすれば、今(2024年)、中国経済の低迷が本格化・長期化する見込みの中で日米の株価が上昇を続けていることに対してはもっと警戒感を持って見ていた方がよいのかもしれないなぁ、という気もします。

 

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2024年2月 3日 (土)

ホワイトリストによる不動産企業への融資の問題点

 月曜日(2024年1月29日)、香港の高等法院は、七回延期されていた中国恒大の清算に関する審理を行い、中国恒大に対して清算命令を出しました。今後、裁判所が選任する管財人の下で、中国恒大の資産の整理が行われ、可能な範囲で債権者に対する支払いが行われることになるのでしょう。その際、中国恒大の資産の多くが存在している中国大陸部の裁判所が清算手続きに対してどのような判断を下すのかよくわからないところがあるので、中国恒大の精算処理と債権者への返済がどのように進められるのかは現時点ではまだ不透明な部分が多く残っています。

 ただ、ひとつ明確に言えるのは、アメリカのリーマン・ブラザーズ級の(見方によってはそれより巨大な)中国恒大の清算処理が裁判所から命じられたという案件に関して、中国政府(及び中国共産党)が完全に「だんまり」であるということです。

 日本の平成バブル崩壊に対する日本政府の対応ぶりがよかったかどうかの議論はいろいろあるにせよ、日本政府は平成バブル崩壊に対して様々な対応をしてきました。不良債権が積み上がった住専(住宅金融専門会社)の処理に関して1996年の国会が大揉めに揉め、この年の国会が「住専国会」と呼ばれたことを記憶している人も多いと思います。リーマン・ショックに対応して、アメリカ政府やFRB(連邦準備制度理事会)が前例のない様々な措置を講じたことを記憶している人も多いと思います。

 ごく直近の例では、昨年(2023年)3月、アメリカのシリコン・バレー・バンク(SVB)が破綻した際には、アメリカ政府はSVBを救済することはしませんでしたが、破綻が明らかになると直ちに「SVBの預金は全額が保護される」と宣言し、銀行システムに対する不安が国民の間に広がらないようにしました。その直後、スイス第二の銀行であるクレディ・スイスの経営不振が問題視されると、スイス最大の銀行のUBSがクレディ・スイスを買収することを発表しましたが、その発表の記者会見には、スイスの大統領とスイス国立銀行(中央銀行)の総裁も同席して、このUBSによるクレディ・スイスの買収がスイス政府の後押しによるスイスという国家を上げての対応だったことを世界にアピールしました。

 「各企業の経営は政府とは独立しており、政府が個々の企業の問題に口出しすることはない」というのが原則の資本主義国家においてすら、経済全体に影響を及ぼす可能性のある企業に問題が生じた時には中央政府は前面に出て対応を図るものなのです。社会主義を標榜する中華人民共和国において、中国恒大という中国経済全体に大きな影響を与える企業に問題が生じたとき、中国政府も中国共産党も「何もしない」「何も言わない」で済むのでしょうか。むしろ今回の中国政府や中国共産党が「何もしない」「何も言わない」のは、実際は「何もできない」ことを意味しているのではないか、という印象を中国内外に与えたのではないかと私は懸念しています。

 タイミングからしておそらく「中国恒大に対する清算命令」が出されたことに対する対応としてなされたのが、中国国内の不動産企業に対する「ホワイトリスト」に基づく融資の実行です。報道によれば、中国政府の住宅都市農村建設部は1月26日に会議を開いて各地方政府に対して融資ができる不動産企業の「ホワイトリスト」を作成して銀行に融資を実施させるよう指示を出し、それに対応して重慶市と広西チワン族自治区の南寧市においてそれぞれの地方政府が作成した「ホワイトリスト」に基づく不動産企業への融資が実行されたとのことです。

 この「ホワイトリスト」に基づく不動産企業に対する融資の実行に関しては、昨年(2023年)11月にブルームバーグが「中国当局がホワイトリストを作成中」と報じた時、私は「融資可能な不動産企業を列記したホワイトリストは中央政府が作成する」ものだと思っていました。なぜなら、通常の融資の場合、どの企業に融資し、どの企業に融資しないかは、銀行が自分でリスクを取って判断するもの(それが銀行の本来の姿だから)ですが、どの企業に融資してよいかを政府が決めるのならば、「貸し倒れ」のリスクは銀行から政府に移ることになり、「貸し倒れ」に対応できる能力を有する「最後の貸し手」である中央銀行(中国の場合は中国人民銀行)を統括することができるのは中央政府しかないからです。しかし、実際は違っていました。「ホワイトリスト」は地方政府が作成することになっているようです。

 ということは、本来は銀行が担うべき「貸し倒れリスク」は、ホワイトリストの作成により地方政府が担うことになります。「ホワイトリスト」に従って融資した先の不動産企業の経営が破綻して融資が焦げ付いた場合、融資した銀行はホワイトリストを作成してこの企業に「融資してよい」と判断したのは地方政府であるから、貸し倒れになった責任は我々銀行ではなく地方政府が取るべきだ、と主張することは火を見るより明らかです。その際、地方政府はどう責任を取るのでしょうか。

 地方政府が作成したホワイトリストに基づいて実行された融資が焦げ付いた場合、中央政府が採るだろうと思われる対応は以下の二つです。

(1)「最後の貸し手」である中国人民銀行が焦げ付いた融資をした銀行を支援する。

(2)「誤った判断に基づいてホワイトリストを作成した」として地方政府の幹部を処罰する。

 仮に中央政府が(1)の対応をするつもりなのだったら、「ホワイトリスト」の作成は地方政府に任せずに中央政府が自ら作成したはずです。「ホワイトリスト」を地方政府に作成させたのは、中央政府は(2)の対応をするつもりだからでしょう。(2)のような対応をできるのは、地方政府の幹部は中国共産党の地方幹部であり、中央政府(中国共産党中央)は地方政府の幹部を処罰する権限を有している、という中国独特の政治システムがあるからできることです。民主主義国家では、地方政府のトップにはその地方の住民が選挙で選んだ人が就任しており、地方政府のトップを処罰する権限は中央政府にはありません。

 今回、「ホワイトリストの作成は地方政府が行うのだ」と報じられて私が認識したのは、不動産企業に対する銀行からの融資が焦げ付いてもそれに対応する責任を中国の中央政府は取るつもりがない、という実態です。つまり、中国恒大集団に代表される中国の不動産企業の危機的状態に関して、中国政府(中国共産党)が「何もしない」「何もしない」のは、「何もできない」からではなく、「何をするつもりもない(責任を取るつもりがない)」からであるわけです。

 私は「さすがにこれはマズい」と思います。政権を取っているはずの中国共産党中央が不動産危機という中国経済にとって最大級の危機に対して「責任を取るつもりがない」と受け取られるような対応をすることは、自ら政権担当を放棄することに等しいからです。

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 融資は、貸し手側が「借り手側が返せなくなるかもしれない」というリスクを承知の上で借り手側に資金を融通する行為です。通常、貸し手側が借り手側から受け取る利子は、いわば「融資している期間、貸し倒れになるかもしれないというリスクを負担することに対する報酬」と考えることができます。近年、資本主義諸国でも、中央銀行が強引に金融市場に介入して金利をゼロ近辺に抑え付けることが多かったので忘れ去られがちになっていますが、「金利はリスクを負担することに対する報酬」という考え方は資本主義経済における最も根本的な考え方です。社会主義を標榜する中国においても、経済が資本主義的原理で回っている以上、この考え方は同じはずです。もし、「中国では銀行は貸し倒れリスクは負わない。それが『中国の特色のある金融文化』なのだ。」というのであれば、貸し倒れリスクは政府が(最終的には中国共産党が)負う、ということでなければなりません。

 今回の「融資できる不動産企業のホワイトリストを地方政府が作成する」というやり方は、融資に関するリスクを誰が負うのか(銀行が負うのか、地方政府が負うのか、中央政府が負うのか)を曖昧にする極めて危険なやり方です。「融資した不動産企業の全て100%が耳を揃えて借りた資金を返す」ことができないかぎり、貸し倒れのリスクは誰かが負わなければなりません。貸し倒れのリスクを最終的に背負えるのは、人民元を無限に印刷する能力を有する中国人民銀行しかありません。上に書いたように、過去の銀行の経営危機の問題でアメリカやスイスの中央政府が出てきたのは、中央政府は中央銀行という「最後の貸し手」を持っているからです。

 今回の「地方政府にホワイトリストを作成させて銀行から不動産企業に融資させる」という政策は、おそらくは貸し倒れリスクを地方政府に押しつけたい中央政府(中国共産党中央)が考えたのだろうと思います。しかし、この政策が実行されていることを考えれば、中国の中央政府(=中国共産党中央)は、資本主義経済システムにおける融資とリスク負担の基本的考え方と中央銀行の「最後の貸し手」としての役割を理解していないことを自ら表明しているのと同じです。最も重要なのは、中国国内と世界の経済主体が私が感じているのと同じように「中国の中央政府(中国共産党)は資本主義経済システムの基本を理解していない」「中国共産党は不動産危機の責任を取るつもりがない」と感じているだろう、ということです。そのように感じる中国国内と世界の経済主体は、そういう中国政府(中国共産党)が統治している中国のリスクを認識し、中国国内でビジネスをやることをやめ、自らの資産・資金を中国から海外に移転しようと考えるだろう、と思います。

 中国共産党が今まで曲がりなりにも1949年以来中華人民共和国を統治してきたのは、「いろいろ難しい問題はあるが、中国共産党ならば何とか対処できるだろう」と皆が思ってきたからです。「どうやら中国共産党は『何とか対処する』やり方も知らないようだし、その意思もないようだ」と皆が思うようになってしまえば、それは中国共産党による統治が終わることを意味します。

 私は、今回の中国恒大に対する清算命令でさらに一歩ステージが進んだ中国の不動産危機は、中国共産党にとって、そのくらい重大な問題であると認識しています。

 

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2024年1月27日 (土)

具体的な経済対応策が見えない習近平政権

 先週(2024年1月20日)のこのブログで、「人民日報」が連日「金融」に関する評論を掲載していることを書きました。先週このブログを書いた後も、「人民日報」では下記のような「金融」に関する評論文が連日掲載されました。

☆1月21日付け「人民日報」1面右側「金融の高レベルの対外開放を推進しよう~習近平総書記の省部クラス幹部研究会における重要講話の学習貫徹を論ずる~」

☆1月21日付け「人民日報」1面右側の二番目「新時代の金融政策の新しい局面を絶え間なく切り開こう~省部クラス幹部に対する金融の質の高い発展に関する研究会に学んだ人たちは習近平総書記の重要講話を深く学習した~」

☆1月22日付け「人民日報」1面右側「中国の特色のある金融文化を積極的に育成しよう~習近平総書記の省部クラス幹部研究会における重要講話の学習貫徹を論ずる~」

☆1月22日付け「人民日報」1面右側二番目「強国の建設と民族の復興という偉業のためにさらに金融の力量を貢献させよう~省部クラス幹部に対する金融の質の高い発展に関する研究会に学んだ人たちは習近平総書記の重要講話の共通認識を集め、力量を集約させた~」

☆1月22日付け「人民日報」1面右側三番目「金融政策の機能をいかに活用し、その効能を向上させるか(政策問答:2024年の中国経済をどのように進めていくのか)

☆1月23日付け「人民日報」1面右側「自信を固いものにし、このやり方を使っていけば、歩めば歩むほど道は広くなる(習近平総書記の省部クラス幹部研究会開会式での講話を細かく観察する)

☆1月23日付け「人民日報」1面右側二番目「新しい時代の金融の答案を書き写す~省部クラス幹部に対する金融の質の高い発展に関する研究会傍聴記~」

☆1月23日付け「人民日報」2面「金融の高い品質の発展の新しい章を書き起こす~習近平総書記の省部クラス幹部研究会開会式における重要講話は確信を強化し方向性を明確にした~」

☆1月24日付け「人民日報」1面下「金融の品質の高い発展をもって強国建設と民族の復興という偉業の助けとしよう」

☆1月25日付け「人民日報」6面「中国人民銀行が示した~経済運行のために良好な貨幣金融環境を創造する(権威発布)」

☆1月27日付け「人民日報」1面トップ「マクロ政策が質の高い発展のための有力な支えとなる」

 これだけ連日の「金融政策は重要だキャンペーン」が何のために行われたのか私にはよくわかりません。「人民日報」で様々な論評が数多く掲載されるのは結構なことですが、この一週間、伝えられた具体的な金融に関する政策は以下の通りです。

○1月24日、中国人民銀行は預金準備率を0.5%引き下げて2月5日から適用すると発表した。同時に地方と小規模企業向け再貸出金利と再割引金利を1月25日から0.25ポイント引き下げることも発表した。

 これとは別に、1月23日、ブルームバーグが低迷する中国の株式市場の救済策として、国有企業が本土外に持つ口座にある2兆元(約40兆円)を原資として株価の安定化基金を設置することを検討していると報じました。これらを受けて、この一週間、上海と香港の株価は急速に持ち直しました。

 こういった動きについて、世界の経済関係者はどう見ているのかなぁ、と私は感じています。

 私の感想は「連日、『人民日報』で大々的な金融に対するキャンペーンをやっているのに対し、具体的に出てきた政策は『預金準備率の引き下げ』という『いつもと同じ対策』だった(0.5%の引き下げ幅は『いつも』よりは大幅だったようですが)」「国有企業の資金を使って株価を下支えするというのは、露骨なPKO(Price Keeping Operation)であり、株価下落に対して何の根本対策にもなっていない」「こんなやり方では『中国政府は経済低迷に対して効果的な手段を打つつもりはありません』と内外に向けて宣伝しているようなものだ」というものです。

 もうすぐ春節(今年の旧暦元旦は2月10日)ですので、おそらくはこのまま春節の大型連休に突入していくのでしょう。1月29日(月)に行われる予定の香港の裁判所における恒大集団の清算審理がどのような結論を出すのか、それが中国経済にどのようなインパクトを与えるのかは私にはわかりません。ただ、上に書いた一連の動きを見ていると、これからも「人民日報等で『金融政策は大事だ』というキャンペーンが大々的に展開されたとしても、効果的な大きな具体策は出てこないだろう」ということが想像されます。経済の低迷に対して中国政府は具体的な対応策を出さないだろう、という見通しそのものが中国経済に対する不安を増長させるのではないか、と私は心配しています。

 もしかすると、これから金融に関する大物が反腐敗闘争の一環として摘発される、といった事態が起こるのかもしれませんが、そういった話は、政治的には意味があるのかもしれませんが、低迷する中国経済をプラスに持って行く、という観点では何の効果もありません。「習近平氏はそもそも低迷する中国経済を何とか上向かせようという意思があるのか」という根本的な部分に疑問を持つ人が中国の内外で増えて行くのではないかと私は考えています。

 最近、中国中央電視台夜7時のニュース「新聞聯播」では「3820戦略」に関するシリーズ報道をやりました。習近平氏が福建省福州市の党書記だった1990年代前半、習近平氏が「3年後、8年後、20年後を見据えて戦略を立てよ」と指導して、その結果福州市は発展した、という「報道」で、習近平氏の若い頃の功績を讃えるものでした。私は1980年代から断続的に「新聞聯播」を見ていますが、こういう「個人崇拝」を宣伝するような報道の仕方は習近平氏より前にはなかったことです(そもそも毛沢東時代の反省の上に立ってトウ小平氏は個人崇拝の傾向を強く否定していた)。

 「中国中央電視台では習近平氏に対する個人崇拝を煽るテレビニュースが流れ」「人民日報には空虚な(中身のない)金融に関する論文が大量に掲載され」「経済低迷に対する具体的で効果的な政策は全く出てこない」という三点セットを見せつけられると、ハッキリ言って私は「中国はこれで大丈夫だろうか」と感じてしまいます。「中国の人たちはどう感じているのかなぁ」というのが、現在のところ私が最も心配しているホンネです。

 

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2024年1月20日 (土)

ここへ来て中国で金融に関する動きが活発化

 先週土曜日(2024年1月13日)に行われた台湾での総統選挙で民進党の頼清徳氏が当選したことについて、中国がどのようなリアクションを示すのか世界が注目していましたが、私の感覚では「中国の反応は意外と抑制的だった」と感じます。総統選挙の翌日の1月14日付けの「人民日報」では、「民進党は台湾の民意を代表してない」「この選挙によって両岸関係(大陸と台湾の関係)が変わることはない」とコメントしています。「民進党は台湾の民意を代表してない」の部分は、総統選挙では三人の候補者に票が割れ頼清徳氏は40%の得票しか得られなかったことと、立法院(台湾の国会に相当)の選挙では民進党は議席を減らして過半数を維持できなかったことを背景にしていると思われます。ただ、このコメントは、中国共産党も「台湾で行われた選挙は正当に行われ、選挙結果は台湾の民意を反映しているものだ」と自ら認めたことになります。このことに関しては、今日(1月20日(土))付けの産経新聞9面のコラム「風を読む」で同紙論説員の榊原智氏が「独裁中国の滑稽な総統選批判」と題して皮肉っています。

 この一週間、私は「台湾総統選挙に対する中国の反応が意外に抑制的だった」と感じた一方で、中国では金融に関するニュースがやたらに多かったなぁ、と感じました。この一週間の中国における金融に関するニュースは以下の二つです。

○国務院が「中国人民銀行金融政策委員会条例」を改正して、中国人民銀行の業務のやり方及び金融政策決定会合に関する規定を変えた(2024年1月13日決定。新華社がこの決定を伝えたのは1月18日。)

(注)中国語では「中国人民銀行貨幣政策委員会条例」ですが、日本銀行の例や他国の中央銀行の同様な会議に対して使っている日本のマスコミ用語を参考にすれば、日本語にすれば「金融政策委員会」と訳すのが適切だと思います。

○1月16日~1月19日に中央党校において省や部クラスの幹部に対する「金融の質の高い発展に関する研究会」が開かれ、16日の開講式には、ダボス会議のために海外出張中の李強総理を除く中国共産党政治局常務委員全員と国家副主席の韓正氏が出席し、習近平氏が重要講話を行った。

(注)いつものことですが、こういう金融に関する重要な会議をどうして李強総理が海外出張で出席できないタイミングで開催するのかなぁ、と疑問に思います。まるで、意図的に重要な経済・金融政策に関して「李強はずし」をしているように見えます。

 これらに関連して、ここ数日、「人民日報」は金融に関する論評を連日掲載しています。下記に列記します。

☆1月19日付け「人民日報」1面右側(一面トップに次ぐ重要性を示す場所)「金融の品質の高い発展を推進して、金融強国を建設しよう~習近平総書記の省部クラス幹部研究会における重要講話の学習貫徹を論ずる~」

☆1月20日付け「人民日報」1面右側「金融リスクの発生防止と解消に力を入れよう~習近平総書記の省部クラス幹部研究会における重要講話の学習貫徹を論ずる~」

☆1月20日付け「人民日報」1面右側の二番目「中国の特色のある金融の発展の道を迷うことなく確実に進めよう~省部クラス幹部に対する金融の質の高い発展に関する研究会に学んだ人たちは習近平総書記の重要講話を深く学習した~」

 これらの論評では、具体的な政策手段についての言及はなく、「中国の特色のある金融の発展」といった「わかったようなわからないような」用語を並べているだけなので、あんまり論ずる意味はないと思いますが、「金融リスクの発生防止と解消に力を入れる」ことに繰り返し言及しているところを見ると、不動産危機を受けて、中国国内で金融危機のリスクが現実問題として高まっていることを想像させます。

 上に書いた1月13日に決定され1月18日に公表された「中国人民銀行金融政策委員会条例」の改正については、今日(1月20日(土))付けの産経新聞が5面で「習政権、金融統制を強化 党指導徹底 中銀の存在感低下」という見出しで報じています。

 今回の「中国人民銀行金融政策委員会条例」の改正のポイントは以下の通りです。

・金融政策委員会の業務においては、中国共産党による指導を堅持し、健全な現代的な金融政策の枠組みを推進し、重要事項に関しては党中央と国務院に報告する。

・金融政策委員会のメンバーは以下の通りとする
「中国人民銀行総裁」「国務院副秘書長(一人)」「国家発展改革委員会副主任(一人)」「財政部副部長(一人)」「中国人民銀行副総裁(二人)」「国家金融監督管理委員会主席」「中国証券監督管理委員会主席」「国家統計局局長」「国家外国為替管理局局長」「中国銀行協会会長」「専門家委員(三人)」(金融策委員会を構成する機関と人員の調整は国務院が決定する)。

・金融政策委員会は定例会制度とし、三ヶ月に一度開催する。ただし、金融政策委員会の主席または1/3以上の委員の要求により臨時会議を開催することができる。

・中国人民銀行は、金融政策委員会の定例会が開催された後、様々な方法を用いて市場における将来予想と市場への情報提供を強化する。

 最後の「金融政策委員会を定例開催する」「定例会の後、中国人民銀行は市場への情報提供を強化する」という部分については、日米欧などの中央銀行の金融政策決定会合と同じようにやる、という意味ですので、これは評価してよいと思います。しかし、(今日付の産経新聞の記事でも指摘しているのですが)「中国人民銀行は中国共産党の指導を受け、重要事項は党中央と国務院に報告する」という部分と金融政策委員会のメンバーを見れば、先進国で担保されている「中央銀行の政府からの独立性」が中国人民銀行の場合は全くないことがわかります。

 このブログで過去に何回も書いたことがありますが、中国人民銀行の総裁は、1993年からは朱鎔基氏だったし、その後、周小川氏のように西側でも一定の評価を得て信頼もされていたエコノミストが歴任していたので、制度上「中国共産党からの独立」は明記されていなかったとしても、金融政策は独立した立場で判断されてきました。私が北京に駐在していた2007年の10月頃をピークとして、北京オリンピックを前にして膨張していた株と不動産がバブル状態からやや「バブル破裂」のような様相を示した時、多くの中国の経済関係者は金融緩和を期待したのですが、時の中国人民銀行総裁の周小川氏は、あえて金融緩和を行わず「小さなバブルは潰す」という判断をしたのでした。その頃、ネット上等では「周小川総裁を更迭させるべきだ」といった動きがある、といったウワサすらありました。

 日米欧で中央銀行の政府からの独立性が規定されているのは、中央銀行が「増税をせずに財政支出を増やしたい」という誘惑に駆られがちな政府の言いなりになると、過度な金融緩和や国債の中央銀行による買い取り(財政ファイナンス)などを行うことにより、ハイパーインフレ等の破局的な金融情勢の混乱を招くことを各国とも過去の経験からよく知っているからです。世界各国におけるそうした経験を無視して、習近平氏が「中国の特色のある金融政策」と称して、中国人民銀行を中国共産党の「言いなり」の機関にしようとしているのは、ある意味では非常に「危険な賭」に出ていると言えます。

 この一週間「台湾問題よりも金融政策の方が目立った」という点については、上にも触れましたが、不動産危機に起因する中国内部における金融危機の萌芽が私たちが知っているよりももっとずっと深刻に進展していることの表れかもしれません。かねてより経営不振が伝えられていた中国の資産運用大手の中植企業集団が2024年1月5日、北京の裁判所に破産申請をしました。「政府が救済するのではないか」とも見られていたのですが、結局中国政府は何もしませんでした。

 中植企業集団はいわゆる「シャドーバンク」のひとつですが、このことに関連して、1月19日(金)に放送された日経CNBC「朝エクスプレス」の中の「2024年のチャイナ・リスク」と題する「ゲストトーク」のコーナーで東京財団政策研究所の柯隆氏は「大手不動産企業がデフォルト(債務不履行)を起こした昨年(2023年)までが金融危機の第一ステージとすれば、(シャドーバンクが破綻した)現在は第二ステージにある。来年(2025年)になればこれが中小の銀行にまで波及する第三ステージに進展する可能性がある」「1990年代の日本の平成バブル崩壊後の経過を見てもわかるように、金融危機はそれくらいの長い時間経過を経て進展するものだ」と解説していました。もしかすると、この一週間の金融に関する様々な動きを見ていると、中国共産党内部にも、柯隆氏と同じような「金融危機に対する危機感」が共有されているのかもしれません。

 もしかすると、現在の中国は「経済の低迷や金融危機に対する対処で目一杯であり、台湾を武力侵攻するような余裕はとてもない」というのが現状なのかもしれません。習近平氏が2024年「新年賀詞」において、台湾問題について「祖国統一は歴史的必然だ」と述べたことに関して、「必ず私がやる」と言っていないことを捉えて「むしろトーンは低くなった」と見る専門家もいるようです。

 中国共産党が現在の不動産危機に起因する金融危機に本気で対応しようとしているのは評価すべきなのですが、「中国人民銀行を中国共産党の『言いなり』にして適切な金融政策が採れるのか」「経済・金融政策の要となるべき李強総理をはずして重要会議を開いたしりて大丈夫なのか」という感じもします。やはりポイントは、習近平氏自身が「不動産危機を金融危機に発展させない」という危機感を持って対応する意思があるのか、という点に尽きると思います。

 今、日本経済新聞朝刊の最終面の「私の履歴書」では、元財務省事務次官の武藤敏郎氏が執筆していますが、武藤氏の文章を読んで改めて感じるのは、1990年代の平成バブル崩壊後の日本社会の混乱は相当なものだったということです。民間では、数多くあった多くの銀行が現在の三メガバンクに集約されたり、政府機関では金融庁が大蔵省から独立し、霞が関の各省庁の大きな再編があった(大蔵省は財務省となった)ほか、1990年代には非自民連立政権による政権交代があるなど、日本の社会は大きく変わりました。2003年にあったりそな銀行への公的資金注入や足利銀行の一時国有化なども含めれば、日本の平成バブル崩壊への対応はそれこそ十数年以上の時間が掛かったと言えます。今年(2024)に入ってから日本の株価が「バブル崩壊後の最高値を更新」と浮かれた報道も多いのですが、この機会に日本が平成バブル崩壊後に辿った経緯をもういちど振り返って、中国においてこれから何が起こるかを考えることも重要だと思います。

 上に書いた東京財団政策研究所の柯隆氏は、おそらく「日本の平成バブルでは1989年末が株価のピークで、1990年には株価が下がりはじめ、1991年に入ると地価が下がり始めた」という事実を踏まえて、現在の中国は平成バブル期の日本の1991年頃のステージにある、と考えているのだろうと思います。日本で非自民連立政権の細川内閣が成立したのが1993年、霞が関の省庁の大幅改編があったのが2000年、現在の三メガバンクが成立するのは2001~2006年ですから、中国における「不動産バブル崩壊対応」も同じ程度の(あるいはそれ以上の)時間が掛かるかもしれません。問題は、中国共産党体制が日本のような政権交代を許さないシステムだ、ということです。中国の現在のシステム(=習近平氏が総書記をやっている中国共産党体制)は、平成バブル崩壊後の日本に比べて圧倒的に硬直的ですので、危機的状態に対して迅速に対応できるかどうか、私たちは今一度日本の平成バブル崩壊後の歩みを振り返りながら、注目していく必要があると思います。

 

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2024年1月13日 (土)

革命の輸出・低賃金の輸出・デフレの輸出

 最近の中国関連のニュースで目を引いたものに「2023年の中国の自動車の輸出台数は491万台だった。『自動車の輸出台数』で中国は日本を抜いて世界一になった」というものがありました。中国経済の世界経済の中に占める比重の大きさには改めて驚かされます。

 このニュースでもうひとつ「びっくり」だったのは、2023年の中国の自動車の輸出台数の491万台は、対前年比で57.9%の増加だった、ということです。輸出台数が伸びるのはいいとして、この増加率は大き過ぎませんかね。コロナ禍からの反動という側面はあるにせよ、世界の自動車の需要がそんなに急に増加するわけではありませんので、このことは、別の見方をすれば、中国の自動車生産能力が中国国内販売台数に比べて非常に大きい(つまり供給能力が余剰である)ことを示しています。

 同時に発表された数字によれば、2023年の中国国内での新車販売台数は3,009万台で、始めて3,000万台の大台を超えた、とのことです。決して中国国内の自動車需要が少ないというわけではないのですから、この中国の自動車輸出台数の急速な伸びは、中国国内の自動車製造能力があまりに大き過ぎることを示しています。

 中国はいまだにタテマエ上「社会主義経済」を標榜していますが、その実態は「計画経済」とは全く言えないものです。中国の過去の経済データを見てわかることは、「何か売れる商品があると、多くの企業が新規参入して同業の企業が雨後の竹の子のように増えるが、すぐに生産能力が過大になり過ぎて、多くの企業が倒産する」ということが繰り返されてきたことです。2010年代に嵐のように急増してすぐにバブルが破裂するように流行が去った「レンタル自転車」などがその典型例です。私は前に中国の農産品の生産量のグラフを見たことがあるのですが、1990年代から、多くの農産品で生産量が大きな波のように増減を繰り返していることがわかりました。少しでも「この商品は儲かる」という話があると、中国ではネコも杓子もその商品を作ろうとするので、あっという間に「生産能力過剰状態」になって、価格が下落し、結局は多くの人がその商品の生産から去って行くのです。

 最近の例では、豚の病気の蔓延で豚肉の生産量が激減して豚肉価格が高騰したことから、政府が音頭をとって豚肉生産施設の増設を図ったところ、今は生産過剰になって豚肉価格が急速に下落しています(中国の消費者物価指数がここのところマイナスが続いていることの背景には、食品価格のうち大きな比重を占める豚肉価格が下落していることが重要な要素として存在しています)。

 「儲かる」と見られた分野に多くの人が殺到して供給過剰状態になり、それが結局はバブル崩壊状態になる、という現象は、不動産業界に端的に表れていますが、中国では数多くの分野で同様の「バブルの形成と崩壊」が繰り返されてきました。政治の世界では、毛沢東時代の「極端な左」の政策がトウ小平時代になって「ほとんど自由経済の状態」にまで急旋回したように、振り子が短時間のうちに急激に両極端に振れてしまう、というのは、中国社会のひとつの特徴かもしれません。

 毛沢東の時代の中国共産党は「国際共産主義運動」を唱えていましたから「世界の人民を大団結させて、各国で革命を起こさせる」ことをひとつの理想としていました。中国共産党自身、ロシア革命の後、「革命の輸出」に熱心だったソ連共産党が中心になって設立されたコミンテルンの働きかけで立党されたという歴史的な経緯があります。ただ、中国の場合、国内での革命体制の確立に重点を置いたため、東欧諸国等に共産主義政権を樹立することに成功したソ連とは異なり、中国による「革命の輸出」は実際にはなされませんでした。中国が「中国の一部である」と自認する香港や台湾にすら革命を及ぼすことができなかったことがそれを端的に示しています。

 毛沢東の時代が終わって、トウ小平氏の「改革開放の時代」になると、中国は「革命の輸出」には関心を示さなくなった一方、西側諸国との関係を改善させて、多くの外資系企業を中国国内に進出させました。中国は中国人民の安い大量の労働力を活用して「労働集約・輸出型製造業」を大いに発展させて、「世界の工場」となりました。欧米や日本の製造業企業の多くが中国に製造拠点を移した結果、世界各国では賃金の上昇が抑制されるようになりました。各国である製品の製造のための賃金が高いならば、その製品の製造は中国に任せればよいからです。この現象については「中国が低賃金を世界に輸出した」と表現されました。

 2020年代に入って世界がコロナ禍から回復する過程で、サプライチェーンの分断や人の移動の制限により、部品や労働力の供給に制限が掛かったことから、世界でインフレが進行しました。2024年になったばかりの現時点では、日本を除く各国では中央銀行による利上げによってこのインフレに対抗しようとしつつあるところです。一方、中国では不動産危機による国内経済の低迷でデフレ基調が強まっています。中国では国内需要が伸びない中、生産能力の過剰感が目立ってきたからです。生産能力があるのに国内で売れないならば、中国企業は輸出に活路を見いだすことになります。インフレに悩む各国の消費者は、中国が安い製品を輸出してくれるなら歓迎するでしょう。2024年は、たぶん中国からの安い製品が大量に各国に輸出され、それが結果的に欧米や日本で進むインフレを中和することになるかもしれません。これが現在進行中の「中国によるデフレの輸出」です。

 アメリカを中心にして、ハイテク分野については、中国とのデカップリングが進んでいますが、安全保障にクリティカルに関係するわけではない分野においては、世界経済と中国との「デカップリング」は事実上無理です。一般家電やEV(高レベルの自動運転などの機能が付いたものは除く)など汎用技術を応用した製品においては、「中国からの輸出による各国インフレの中和」(別の言い方をすれば「中国からのデフレの輸出」)は2024年の世界経済を記述する上での重要なキーワードになると思います。

 問題は、「中国からのデフレの輸出」が「世界各国のインフレの中和」で終わるのか「世界各国をデフレに引っ張り込む」ところまで行くのかどうか、です。インフレに対抗するために歴史的にも非常に高い水準に金利を引き上げている各国(日本を除く)の中央銀行にとっては、これからが「金利の手綱さばき」の腕の見せ所になると思います。

 毛沢東時代の「中国による革命の輸出」は、理念としてはあったとしても実際は行われなかったので(「輸出」どころか香港や台湾にすら「革命」は及ばなかったので)、世界では何も問題は起きませんでした。

 トウ小平時代以降の「中国による低賃金の輸出」は、世界各国に「経済は成長するけれどもインフレは起きない」という安定した経済状況をもたらしました。一方で、各国の内部において、経済成長の恩恵を受ける一部の層と賃金が増えないために経済成長の恩恵から取り残される層とが二つに分断されるという「国内における分断」が定着しました。その分断状態に不満を持つ取り残された側の国民がもたらしたのがイギリスのEU離脱でありアメリカにおけるトランプ現象だと言えると思います。

 2024年年初の段階で明確になりつつある「中国によるデフレの輸出」が世界に何をもたらすかは、まだよくはわかりません。「中国によるデフレの輸出」を遮断するためには、中国との経済関係を絶つことが必要ですが、それは現実にはどの国にもできないでしょう。

 少なくとも言えることは、毛沢東時代から世界も中国も大きく状況が変化しているのに、習近平氏が毛沢東時代の「革命の輸出」の理念を引っ張り出してきて、中国共産党による台湾への影響力拡大をもくろむ可能性が非常に懸念されている、ということです。今日(2023年1月13日)行われた台湾での総統選挙の結果を受けて、習近平氏が時代錯誤の「革命の輸出」の論理を力尽くで押し出して来ないかどうか、世界が注目しています。

 「習近平氏が考える中国共産党による台湾の統一」は、一見して毛沢東時代の「革命の輸出」のように見えるものの、その実態は強大になった中国の王朝が周辺へその影響力を拡大してきた「中華帝国の拡大」にほかなりません。それを考えれば、「習近平氏は毛沢東時代に先祖返りした」という表現は適切ではなく、「習近平氏は、清の乾隆帝、明の永楽帝、さらに言えば前漢の武帝にまで時代を遡る『先祖返り』をしようとしている」と表現した方が適切なのかもしれません。

 「中国によるデフレの輸出」にどのように対処するか、「中国による革命の輸出」をいかにしてさせないようにするか、が世界と中国との関係における2024年のキーワードになると思います。

 

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2024年1月 6日 (土)

習近平氏の「皇帝気分」に中国の人々は耐えられるか

 昨年の大晦日(2023年12月31日)の晩、習近平氏は毎年恒例の「新年賀詞」を発表しました。今年の「新年賀詞」で私が着目したのは、現在の中国経済の困難な状況に関して語った以下の部分です。

「前途に『風あり雨あり』というのが常である。一部の企業は経営圧力に直面しており、一部の大衆は就業と生活の面で困難に直面している。一部の地方では、洪水や台風・地震等の自然災害が発生している。これらについて、私は全て気に掛け心に留めている。皆さんは、風雨を恐れず、希望を持って相互に助け合い、困難を克服するための戦いに挑んでおり、私は深く感動した。つらい労働に携わる農民、苦しい仕事に没頭する労働者、果敢に困難と立ち向かう創業者、我が国の防衛に従事する兵士たち、それぞれの分野で、それぞれの仕事で、人々は皆、汗水を流している。一人一人の平凡な人たちが、皆それぞれが、非凡な貢献を作り出しているのである! 人民こそが永遠に我々が一切の困難に対する挑戦に勝利するために最も大きく依存しているものなのである。」

 上記の様々な現在の中国の困難を列記した後の「私は全て気に掛け心に留めている」の中国語の原文は「我都牽挂在心」です。中国語の原文のニュアンスを理解するのは本当は難しいのでしょうが、この部分、私は以下のようにイメージしました。私の感覚で、勝手に( )付きで私のイメージを付け加えました。

「(中国経済は現在困難な状態に直面しているが)困難に直面することはいつの時代でもある話である。経済的困難や自然災害について、私は全部気に掛け心に留めている(無視はしていない)。農民、労働者、起業家、兵士の皆さんは、皆それぞれ一生懸命頑張っている。そういう頑張っている皆さんこそが、我が国の発展のために最も頼りにしているものなのだ。」

 これは「現在中国は困難に直面しているが、中国人民皆さんのガンバリこそが最も重要なのだ」と中国人民を鼓舞しているようにも聞こえるのですが、一方で「人民の皆さんは頑張ってね。私は皆さんの努力を心に掛けていますからね。」と言っているようにも聞こえ、「自分がこの困難に何とか対処する」という習近平氏の意気込みが全く感じられないなぁ、と私は思いました。私にはここの部分の表現ぶりは、習近平氏が「国を引っ張って行くリーダーとしての政治家」ではなく「権威ある(しかし具体的な政策の執行は自分ではやらない)皇帝陛下のお言葉」のように聞こえました。

 私がイメージする「偉大な政治家」「一国のリーダー」は、「私はこの国を発展させるために先頭に立って尽力する決意だ。だから、国民の皆さんも一人一人がそれぞれの立場で最大限の力を発揮して欲しい。」と訴えかけるだろうと思います。

 有名なアメリカのケネディ大統領の就任演説(1961年)の有名な一節には以下のような部分があります。

「米国民の同胞の皆さん、あなたの国があなたのために何ができるかを問わないでほしい。 あなたがあなたの国のために何ができるかを問うてほしい。」(在日アメリカ大使館「アメリカンセンターJapan」のホームページより)

 習近平氏はもしかすると、これと同じようなことを中国の人々に言いたかったのかもしれません。しかしそれならば、習近平氏は、「この国の将来をどちらの方向に持って行くのかは、中国人民の皆さんの判断に掛かっているのです!」というフレーズを続けなければなりません。今の中国では「これから中国が歩んでいく方向は中国共産党が(ということは習近平氏が)決めるのであって、中国人民の皆さんが決めるわけではない」というのが実情ですから、習近平氏がケネディ大統領と同じ文脈で中国の人々に呼びかけることはあり得ないことです。

 私は、これまで、皇帝のように振る舞う習近平氏の言動をニュースで見るにつけ「中国共産党の宣伝部門が習近平氏を『皇帝のように権威のある者』に見せようとしているのだろうなぁ」と思っていました。しかし、上に紹介した「2024年新年賀詞」を聞いたら、私は習近平氏自身が本気で「皇帝気分」に浸っていることがわかりました。「新年賀詞」の文章は、スピーチライターが下書きを書いたのだとしても、習近平氏自身がじっくり読んで、自分の気に入るように筆を加えているはずですから、「新年賀詞」の表現は習近平氏自身の「ホンネ」だと言って差し支えないからです。

 私自身は、日本やアメリカなどの民主主義国家の政治家の演説を聞き慣れているので、それとは異なる習近平氏の「2024年新年賀詞」を聞いて、「習近平氏自身は完全に『皇帝気分』になっているなぁ」と感じました。中国語ネイティブで中国共産党幹部の演説に慣れている中国の人々が同じように受け取ったかどうかはわかりませんが、少なくとも私は毛沢東やトウ小平や江沢民氏や胡錦濤氏の演説を聴いていて、これらの過去の中国の指導者たちが「皇帝気分になっているなぁ」と感じたことは一度もありません。毛沢東のことを「皇帝のようだった」と言う人もいますが、毛沢東は全てを自分で判断し、自分が実際に行動を起こして中国を動かしてきましたから、具体的な政策について「何も言わない」「何もしない」習近平氏とは全く違います。

 私は、習近平氏の「皇帝気分」のような発言に関して、中国の一般の人々のみならず中国共産党内部にも違和感を持つ人が多いのではないか、と想像しています。

 一昨日(2023年1月4日(木))の中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」と昨日(1月5日(金))の「人民日報」はトップニュースとして、1月4日に開催された中国共産党政治局常務委員会が全人代常務委員会、国務院、全国政治協商会議、最高人民法院、最高人民検察院の中国共産党組織から活動報告を受け、中国共産党中央書記処から活動報告を聴取したことを報じていました。これらの組織からの活動報告聴取は、第18回党大会(習近平氏が総書記になった党大会)以来、原則として年初に行われる恒例行事ですが、これらの活動報告では「習近平の新時代の中国の特色のある社会主義思想を指導理念とし、党中央の権威と統一的な指導を堅持している」かどうかが報告されます。つまり、言葉を換えれば、この会議での報告は中国の立法と行政と司法のトップ機関が習近平氏に忠誠を誓って活動してきたかを報告するものであると言えます。こういうある意味では「内輪の会議」をトップニュースとして報じているのは、中国の全人民に「中国の立法と行政と司法のトップ組織は習近平氏に忠誠を誓って活動しているのだぞ」と声高に示す意図があるためだと言えます。逆に言えば、そういうことを声高に宣伝しないと、「中国の立法や行政や司法の中には習近平氏に忠誠を誓わない人がいるかもしれない」という疑いを多くの人が持ってしまうからだろうと私は考えています。

 私は三年前の年初にこのブログに以下のように書きました(このブログの2021年1月2付け記事「人民共和国が中国共産党帝国になった日」参照)。

「(前略)実態に合わせて国名を表現すれば、現在の中国は『中国共産党帝国』と呼ぶことが適切だ、と言えます。」

 今、習近平氏自身が「皇帝気分」になっており、中国共産党内部が習近平氏への忠誠を誓うことが求められる(忠誠を誓わない者は排除される)のであれば、上記の言葉は、もっとハッキリ言えば「現在の中国は『習近平帝国』と呼ぶことが適切だ、と言えます。」ということになるのでしょう。

 太平洋の反対側の国では「現在のアメリカの共和党は『トランプ党』と呼ぶことが適切だ、と言えます」という状態なので、「どっちもどっち」だとは思うのですが、アメリカではアメリカ国民が選挙で「『トランプ党』はイヤだ」と判断すれば、アメリカは「トランプ帝国」にはなりません。人々が決めることができない中国においては、中国人民の多くが「習近平帝国はイヤだ」と考えた時には何が起こるのか、が問題になります。

 中国経済が順調であれば、中国が習近平氏が「皇帝気分」に浸っていたとしても中国の人々は多分我慢するでしょう。しかし、仮に中国経済が現在よりも悪化していくようであれば、中国の人々は習近平氏の「皇帝気分」にいつまでも耐えていることができるのでしょうか。

 「2024年新年賀詞」を聞いて、私は習近平氏自身は、自分の「皇帝気分」に中国の人々が耐えられなくなるかもしれないという危機感を現時点では全く持っていない、と感じました。ひとつのポイントは、中国共産党内部にそうした危機感を感じる人が増え、何らかの形で習近平氏の「皇帝気分」を修正する動きを中国共産党内部でできるか、という点だと思います。

 毛沢東が亡くなった1976年頃には、中国人民の間には「文革路線」に対する不満が高まっていました。その不満が噴出したのが1976年4月の「四五天安門事件」(第一次天安門事件)でした。中国共産党は毛沢東が亡くなった直後の1976年10月に「文革派」と呼ばれたいわゆる「四人組」を逮捕し、その後、トウ小平氏を復活させて1978年末に「改革開放路線」に方向転換しました。中国共産党は人々が不満を持っている危機感を察知して、党自身が路線を変更したのです。中国共産党が今後も長期にわたり政権を維持していくためには、1970年代後半に持っていたこのような危機察知能力と自己修正能力を現在も持っているかどうかがカギとなります。経済が悪化し、中国の人々の不満が高まるであろう2024年は、そうした中国共産党の自己修正能力が試される年になるだろうと思います。

 

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2023年12月30日 (土)

「中国式現代化」は毛沢東路線からの離脱だ

 この火曜日(2023年12月26日)、中国では、習近平総書記をはじめとする政治局常務委員全員が参加した「毛沢東同志生誕130年記念座談会」が開催されました。この座談会で行われた習近平氏の演説は、習近平氏の考え方をまとめて表明したものとして私は重要だと思います。

 この「毛沢東同志生誕130年記念座談会」での習近平氏の演説については、ジャーナリストの福島香織氏が今日(2023年12月30日)11:02配信のJBPressに「中国・習近平が目論む『個人崇拝』、毛沢東の夢は『オレが実現』?」と題して分析する記事をアップしています。

 福島氏はこの記事で十年前の「毛沢東生誕120年記念座談会」での習近平氏の演説と比較して、毛沢東について「偉大なる国際主義者だ」という評価を追加していることを指摘していました。そして、習近平氏は、今回の生誕130周年の演説では「毛沢東同志を最もよく記念するには、彼が始めた事業を継続して前へと推進させることだ」と述べるとともに、「毛沢東同志を最もよく記念する方法は、彼が開始した事業を継承して前進することだ。中国式現代化を全面的に推進して強国を建設し、民族復興の偉大なる事業を進めることが、全党全国各民族人民の新時代の新たな道のりの中心任務だ。これは毛沢東ら先輩革命家がついになし得なかった事業で、いまの中国共産党人の圧倒的歴史的責任である。」と述べることによって、習近平氏が「毛沢東がなしえなかった夢を私(習近平氏)がかなえる」と強調しているように見えると指摘しています。「中国式現代化」とは、習近平氏が最近強調している言葉で、いわば習近平氏のキャッチ・フレーズだからです。

 しかし、たぶん多くの人も同じように感じていると思いますが、習近平氏が進めている路線は毛沢東とはかなり異なっています。私は、習近平氏が強調する「中国式現代化」はむしろ毛沢東路線から離脱するものだと考えています。

 今回の「毛沢東生誕130周年座談会」の演説の中の毛沢東の功績を述べる部分で、習近平氏は「マルクス主義の中国化(または中国化されたマルクス主義)」という言葉を7回使っています。一方、習近平氏が総書記になった第18回党大会以降に関する部分については「中国式現代化」という言葉を18回使っています。習近平氏は「毛沢東同志がマルクス主義の中国化を推し進めたことを受けて、私(習近平氏)は『中国式現代化』を進めるのだから、私(習近平氏)は毛沢東同志の後継者だ」と強調したい考えていることは明らかです。しかし私は「マルクス主義の中国化」と「中国式現代化」とは同一延長線上にはないと考えています。

 マルクス主義は、そもそも産業革命後のヨーロッパにおいて、機械を用いた大規模工場を経営する資本家がその工場で働く労働者の生み出した利益を搾取している、そのために大多数の労働者は苦しい生活を強いられている、という発想から出発しました。従って、マルクス主義による革命は、主に都市部で働く工場労働者たちが団結して立ち上がり、資本家たちが作り上げた政府を転覆させることをイメージしていました。しかし、辛亥革命で清朝が倒れた後の20世紀初頭の中国では資本主義はまだ十分には発達しておらず、苦しい生活を強いられていた大多数の中国人民は農民でした。そのため毛沢東は、都市部の工場労働者たちが立ち上がって革命を実現させたロシア革命とは異なり、まず大地主の下で苦しんでいた貧農(小作農)たちに働き掛けて解放区を作り「農村が都市を包囲する」という方法で中国における共産主義革命を進めました。中国の実情に合わせて革命のやり方を変えた、という意味で、これはまさしく「マルクス主義の中国化」でした。

 一方、習近平氏が主張する「中国式現代化」とは、周恩来が政府工作報告で使い始め、トウ小平が強力に推し進めた「四つの現代化」の延長線上にあるものだろうと私は考えています(農業・工業・国防・科学技術の近代化を進めるべきという考え方は、日本語では「四つの近代化」と言うのが普通ですが、中国語では「四個現代化」です)。「四つの現代化」は、文化大革命時代には「経済優先主義だ」として批判された考え方で、毛沢東の目指した理想像とは方向性が異なると私は考えています。毛沢東の考え方の基本は、全ての人が平等で落ちこぼれのない生産と生活が実現される理想的な共産主義社会を目指すことであり、経済を発展させ、近代装備を備えた国防力を強化することに関しては優先順位は高くなかったからです。

 さらに毛沢東を「国際主義者」と評価するのであれば、それは抑圧された人民が国境を越えて団結することにより共産主義運動を世界に広げたいと考えているという意味での「国際主義」であって、中国という国家の力を国際社会の中で強化したいと意味ではないと私は考えています。天安門の毛沢東の肖像の隣に書かれているスローガンは、一つは「中華人民共和国万歳!」ですが、もうひとつは「全世界人民大団結万歳!」です。今でも中国共産党の主要行事で演奏される曲「インターナショナル」は、日本語の歌詞では「立て飢えたる者よ」で始まることでわかるように、「国境を越えて人民は団結すべし」と呼びかける国際共産主義運動を象徴する曲です。国際共産主義運動の背景にある発想は「全世界の人民の大団結は『国家』という概念を超える」というものです。「中国という国家が国際社会の中でリーダー的存在になる」という考え方は「国家中心主義」であって、毛沢東の時代の革命家たちが目指した国際共産主義運動とは全く方向性が異なります。

 さらに言えば、習近平氏が唱える「中国式」とは、毛沢東が否定しようとしていた「中国古来の伝統的考え方」を含んでいるように私には見えます。毛沢東は、儒教に代表されるような「古い権威には従順に従うべきだ」とか「男尊女卑」とかいう中国古来の考え方から人民を解放し、社会の下層の人々や弱い立場の女性たちが自分たちの考えを主張して、古い社会システムを打破すべきだ、と主張していました。一方、習近平氏は「男女平等」は強調しているものの、例えば、今回の毛沢東生誕130周年座談会の演説の中では、「我々は、マルクス主義の基本原理を中国の具体的な実情と結合させることを堅持すると同時に、中華の優秀な伝統文化とも結合させ、中国式現代化建設規律を深く探索しなければならない」と述べるなど、「中国の伝統的な価値観」を重視することも強調しています。この点は、「中国の古い考え方を打破すべき」と考えていた毛沢東とは全く逆方向の発想です。

 ついでに言えば、例えば、昨日(2023年12月29日)付けの「人民日報」に掲載されていた「広く女性たちを組織的に動員して女性の能力を中国式現代化建設に貢献させるべき」と題する論文では、男女平等を強調するとともに、「広大な女性たちに中華民族の伝統的な美徳を高揚させるよう導くとともに、良好な家風の方面での独特の役割を樹立すること」も強調されています。このあたりは、従来から女性の地位向上に取り組んで来た人たちからは「考え方が古すぎるんじゃないの?」と批判される可能性があると思います。毛沢東だったら、こういった表現は絶対にしなかったと思います。

 私は、習近平氏が主張する「中国式」の考え方の中に、「広い中国を統治するには強力な権力が必要だ」と主張して自ら中華帝国皇帝になろうとした袁世凱(中華民国の初代大総統)のような発想が含まれているように感じています。古い中国的発想を徹底的に壊そうと考えていた毛沢東は、そんな考え方は絶対に許さなかったでしょう。

 習近平氏は、今回の毛沢東生誕130周年記念座談会における演説において、「毛沢東はマルクス主義の中国化を実現した。自分(習近平氏)は中国式現代化を進めようとしている。だから私(習近平氏)は毛沢東の後継者なのだ。」と主張したかったのだろうと思いますが、上に書いたように、私は習近平氏の「中国式現代化」の路線は、毛沢東の路線とは全く異なると受け止めています。毛沢東については、私などよりずっとずっとよく知っている中国の人たちはどのように考えているのでしょうか。

 今は「習近平批判」は許されない中国ですが、習近平氏が進める「中国式現代化」について、「それって違うと思うぞ」という中国の人々の感覚が水面下で広がっていく可能性はかなり大きいのではないかと私は考えています。

 

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2023年12月23日 (土)

中国の隣に「急速に成長する中国」は存在しない

 水曜日(2023年12月20日)に年末恒例になっている外務省による外交文書の公開がありました。30年を経過した外交文書を外務省が公開するものですが、今年(2023年)の外交文書公開のひとつの「目玉」は、1992年10月の天皇皇后両陛下(当時)の訪中に関するものでした。

 これらについては、新聞各紙に様々に論ずる記事が掲載されています。概ね「天皇訪中に積極的な外務省チャイナスクールの官僚たちと根強い反対論を展開する自民党保守派の間で判断が揺れる宮沢首相(当時)」という図式で論評されています。私の感覚で言うと、この論評の中からは「1989年の六四天安門事件にも関わらず、中国との関係改善を急ぎたい日本の経済界の姿」が抜け落ちています。ある意味でそれは当然のことです。公開されたのは「外交文書」であり、そこに記録されているのは必然的に外国とのやり取りや外務省官僚と政治家(特に与党の自民党の政治家)との間のやり取りが中心であり、当時の日本の経済界の意向は「外交文書」には記録されていないからです。

 日本の経済界は、1972年の日中国交正常化でスタートし1978年暮れに中国が「改革開放」の方向に政策転換して以降本格化した中国とのビジネス展開を1989年の六四天安門事件で腰折れさせたくなかったのです。なぜなら、中国への投資案件は1980年代に本格化し、1989年の六四天安門事件発生の時点では「投資案件が進行する真っ最中」であり、このタイミングで日中間の経済関係がストップしては、それまで中国に投資された資金が無駄になるし、政治体制がどうなるかは別としてこれから大きく経済的に発展することは間違いない中国とのビジネス・チャンスを失うことになるからです。

 それに加えて、1990年代初頭にはじけた日本の「平成バブル」で傷ついた日本経済を立ち直らせるためには、中国とのビジネスの拡大は日本経済にとって是非とも必要なことでした。なので私は実態はよくは知らないものの、おそらくは当時の日本の経済界は中国との関係正常化を進めるように自民党に相当程度のプレッシャーを掛けていたのだろうと想像しています。だから、日本の保守陣営の論客はよく「六四天安門事件から時間も経過していない時点で天皇訪中という日本政治としては『最大の切り札』を切るよう仕向けた外務省のチャイナスクール官僚はケシカラン」という論陣を張りますが、外務省官僚を批判するならば、表に出ずに中国との関係改善へ向けて政治家たちにプレッシャーを掛け続けた日本の経済界も批判されるべきだと私は考えています。

 同じ趣旨の話は、三年前に外務省が六四天安門事件に関する大量の外交文書を公開した時点で私がこのブログに書いた記事「天安門事件関連外交文書の公開と日本の役割 」(2020年12月26日)でも書きました。それに加えて言えるのは、天皇陛下訪中があった1992年は、平成バブルが崩壊した直後であり、日本経済の立て直しのためにはこの時点ではまだほとんど未開拓だった中国というビジネスチャンスの場を活用することが日本の経済界にとっては是非とも必要だったことです。さらに、1992年の時点では、まだ欧米が六四天安門事件に対する批判の観点から中国との経済関係を正常化することが難しい中、「長年懸案だった天皇陛下の中国訪問」という日本にしかできない最大級の「切り札」を切ることによって日本が他国を出し抜いて中国との関係を改善し、ビジネスの観点で欧米勢に対して大きな先手を打てることは、日本の経済界にとって大きな魅力だったのだろうと思います。

 「日本経済が平成バブル崩壊の痛手から立ち直るために中国との経済関係がどのくらい役に立ったのか」については、経済的な様々なデータを検討して分析する必要があると思いますが、直感的に言って、急速に発展した1992年以降の中国との経済関係がなければ、平成バブル崩壊後の日本経済の推移はもっとずっとひどいことになっていだろうと言えると思います。少なくとも、大手金融機関の破綻等があり、日本経済が危機的状況にあった1998年の時点ですら日本の貿易収支が大幅な黒字だったのは、中国での工場建設に伴う日本から中国への工業用機械・設備の輸出額が大きく寄与したことは間違いないからです。

 似たような話はリーマン・ショック後のアメリカについても言えると思います。2008年9月のリーマン・ショックによりアメリカ発の世界経済危機が起きた時、中国は極めて迅速に同年11月に「四兆元の経済対策」を打ち出して世界経済を牽引しました。もちろんアメリカ金融当局の数次に渡る量的緩和の実施やアメリカのネット企業の活躍、アメリカにおけるシェール・オイル産業の勃興など様々な要因はあったものの、その後のアメリカ経済が日本の平成バブル崩壊後のような「失われた時代」に陥ることがなかった背景としては、既に巨大な経済圏となってGDPの面で日本を追い抜き「世界の工場」であり続けた当時の中国経済が世界経済を支える大きな柱のひとつになっていたことは指摘できると思います。

 今、中国の不動産危機に起因する中国経済の不振に関連して、「日本の平成バブル崩壊後と同じような状態になるのか」といった議論やアメリカのリーマン・ショックとの違いについての議論がよく行われますが、重要なポイントは、日本の平成バブル崩壊後やアメリカでのリーマン・ショック後の経済危機をプラスの方向で支えた「成長しつつある巨大な成長圏である中国」と同じような経済圏は、現在の中国の周辺には存在していない、ということです。

 中国共産党内部の優秀なエコノミストたちは日本の平成バブル崩壊やアメリカのリーマン・ショック後の状況をいろいろ研究していると思いますが、「中国の隣には『急速に成長する中国』は存在しない」という事実はどうしようもありません。その意味で、現在の不動産危機に起因する中国の経済の危機的状況は、日本の平成バブル崩壊期やアメリカのリーマン・ショック期よりも現在の中国にとっての周辺環境は格段に悪いと言わざるを得ません。

 そうした中、昨日(2023年12月22日)、これも年末恒例なのですが、中国共産党政治局の「民主生活会」が開催されました。中国共産党の政治局員がそれぞれ日頃の行動について発言してお互いに批判するとともに自己批判する、という会合ですが、近年の様子を見ていると、要するにこの「民主生活会」は「政治局メンバーの習近平氏に対する忠誠心を再確認する会(=習近平氏に対する忠誠心を強要する会)」になっています。

 今年の「民主生活会」の「目玉」は私が見るところ「政治的ではないリスクを政治リスクに転化させてはならない」という部分だと思います。これについて私は「不動産危機に起因する経済危機にうまく対処できないからといって、それをもって習近平氏を批判して党を分裂させるようなことをしてはならない」という意味なんだろうなぁ、と解釈しています。経済的危機が本格化している中でも、様々な対処方法について虚心坦懐に議論することを許さず、「習近平氏を批判してはならない」と強要するこのやり方は、私は中国共産党自体の危機だと思うのですが、中国の人々はそうは思わないのでしょうか。

 国家の危機に対しては、様々な意見を自由闊達に交わして対策を論じ、従来の意見や立場を超えて有用な人材を登用する必要があります。日本における幕末・明治維新期の対応がその典型的な例です。今の習近平体制の中国はそうした体制とは真逆の状態になっています。来年(2024年)の中国は、経済的には不動産に起因する経済危機にどのように対応していくか、政治的には年明け早々に行われる台湾総統選挙の結果に対して中国共産党がどのように反応するのか、という点で、予測が難しい不安定な状態の年になりそうな気配がします。

 

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2023年12月16日 (土)

習近平氏は中央経済工作会議に最後までは出ないのね

 今年(2023年)の中央経済工作会議は、12月11日、12日の二日間にわたって開催されました。私が最初に印象に残ったのは、そのスケジューリングでした。

 先週、12月8日に中国共産党政治局会議が開催されて、来年(2024年)の経済政策についても議論されたので、私も中央経済工作会議は近々開かれるだろうとは思っていました。しかし、習近平氏は12月12~13日にベトナムを訪問する予定だったので、私は中央経済工作会議は習近平氏のベトナム訪問の後に開催されるのだろうと思っていたのです。しかし、実際は、中央経済工作会議は11日から開催され、冒頭、習近平氏も出席して演説を行った一方、12日も引き続いて中央経済工作会議は開催されていたのに、習近平氏はこの日予定通りベトナムを訪問しました。習近平氏がハノイに到着したのは12日の正午頃だったので、習近平氏が中央経済工作会議の二日目に出席していないことは明らかでした。

 確かにこれまでの中央経済工作会議では「総書記・国家主席は最初から最後まで出席した」と明示的に報じられたことはなく、実際は、今までも総書記は冒頭の部分だけ出席して演説をして、後は国務院総理など関係者による議論に任せ、総書記は最後までは出席していなかったのかもしれません。しかし、今回のようにあからさまに「中央経済工作会議の二日目に習近平総書記は外国訪問のために出席していませんよ」と示すようなスケジュールだったことは記憶にないなぁ、と私は思ったのでした。

 しかも、今確認したら、十年前の2013年の中央経済工作会議は四日間の日程で行われたのに対し、今年(2023年)の中央経済工作会議は二日間だけの日程でした。こういうスケジューリングから見えることは、明らかに習近平政権が進むに従って、中央経済工作会議の位置付けが「軽いもの」に変化してきたのは間違いないと思います。

 さて、今回の会議の中身ですが、今年(2023年)の中央経済工作会議の内容で目に付くのは、やはり不動産市場、地方財政及び金融に関するリスクに対する対応でしょうか。今回の中央経済工作会議の内容を伝える12月13日付けの「人民日報」の記事では、「不動産産業、地方債務、中小金融機構等のリスクを統一的政策で解消させ、システミック・リスクを発生させないという基本線を断固として守る。」と表現しています。これまでのこの種の会議では「リスクの発生を防止し・・・」といった表現であったことを考えると、ここの表現は、中国共産党としても「不動産産業、地方債務及び中小金融機構においては、既にリスクが発生している」ことを自ら認めた内容になっていると読めます。

 ここの部分は、さらに「不動産産業のリスクを積極的かつ穏当に解消し、『一視同仁』で異なる所有制の不動産企業の合理的な融資の要求を満足させ、不動産産業の平穏かつ健康的な発展を促進させる。」としています。「一視同仁」とは「全てのものを平等に見る」という意味の四字成句で、国有企業も民営企業も区別なく合理的な資金要求には応えていく、という意味です。ここの部分は、最近報道されているように、国有企業であるか民営企業であるかに関係なく、比較的健全な不動産企業に対しては銀行からの融資により支援していくという方針を党と政府の方針として正式に決めた、と見ることができます。

 私としては、ここの部分は危機的状態とも言える現在の中国の不動産産業に対する中国政府の係わり方の観点で非常に重要な部分であり、こういう重要な方針を決めた中央経済工作会議には、習近平氏は最後まで出席して「この方針は私が決めた方針である」と内外に示して欲しかったなぁ、と思います。実際には、習近平氏は、一日目の冒頭で演説はしたものの「あとは李強総理以下担当の者に任せた」とばかり、二日目はベトナムへ行ってしまった、という事実により、「習近平氏は経済政策を軽視している」というメッセージを内外に発してしまった、と私は認識しています。

 12月12日の中国中央テレビ夜7時のニュース「新聞聯播」や翌13日の「人民日報」のトップニュースは中央経済工作会議について伝えていましたが、翌日からは「新聞聯播」も「人民日報」も習近平氏のベトナム訪問のニュース一色になってしまいました。イメージとしては、習近平氏は不動産危機対応等の重要な経済政策よりも、ベトナムで盛大な歓迎を受けて、ベトナムでの様々な外交イベントに参加することの方を重要視していると受け取られてしまっても仕方がないと思います。

 こうした一連のイベントのスケジューリングと報道の仕方を見ていると、習近平氏の本心は「私は自分で責任を持って中国の経済政策を決めたくない。ただ、皇帝のように他国での歓迎行事に参加したいのだ。」というものだと感じられてしまいます。

 ここの部分は、同じように「独裁者」と見られているロシアのプーチン大統領との大きな違いです。プーチン大統領は、今年も年末恒例の「長時間会見イベント」を開いて、自らの政策を説明するとともに、新聞記者や一般市民からの質問に答えています。報道によれば、ある女性から「生活者としては最近の卵の価格は高すぎて困る」と言われたプーチン大統領は「生産量が少ないからだ。その点は謝罪します。」と素直に述べたそうです。こういった話はあらかじめ事前に筋書きが決められた「茶番のお芝居」なのだと思いますが、少なくともプーチン大統領は「全ての政策を私が責任を持って決めている」ということを内外にアピールしたいからこそ、こうした「お芝居イベント」を開催しているのでしょう。

 それに比べると、習近平氏の言動からは「全ての政策を自分が責任を持って決めているのだ」とアピールしたいという意欲を全く感じません。逆に「個々の政策は部下の担当者に任せている」という姿勢が明確です。これは「個々の政策が失敗したらそれは担当した部下の責任だ」「一方、政策がうまく行ったらトップに立つ自分(習近平氏)の功績だ」と主張したいという意図がミエミエです。こういうリーダーに人々はついていくでしょうか。私ももちろん「ロシアのプーチン大統領はリーダーとして優秀だ」と言うつもりは毛頭ありませんが、ただ、メディアの発達した21世紀の現代においては、「自分を優れたリーダーだと人々に見せるテクニック」は、独裁国家だろうが民主主義国家だろうが政治家として重要でしょ、と私は言いたいのです。

 一連の政治イベントとその報道ぶりを見ていると、習近平氏は、権力基盤を強化した上で自らの信念に基づいて自らの判断で政策を決定し実行していった毛沢東やトウ小平のようなタイプのリーダーではなく、具体的な政策は宰相その他の「部下」に任せ、自らは中華帝国の威厳を体現することに専念した明や清の時代の皇帝のようになりたい、と考えていると誰が見ても見えてしまうと思います。でもそれって、中華民国の初代大総統でありながら、自ら本気で中華帝国の皇帝になろうとした袁世凱と同じじゃないですか。袁世凱は諸外国のみならず中国の人々からも見放されて失意のうちに病没したのですが、習近平氏はそうなりたいんでしょうかね。

 ところで、アメリカのイエレン財務長官は、12月14日にワシントンで開かれた米中ビジネス協議会のイベントで講演しました。NHKの報道によればイエレン氏は「中国が直面している不動産市場の低迷やそれに伴う地方政府の債務問題について言及し」「中国の経済政策は広い範囲に影響が及び、アメリカの政策立案にも極めて重要だとして、こうした課題や予期せぬ事態が起きたときに中国政府がどう対応しようとしているか説明を求めていく考えを示した」とのことです。このブログで前にも指摘しましたが、経済学者で前FRB議長のイエレン氏は、中国が巨額なアメリカ国債を保有していることから、中国の不動産危機や地方政府の債務問題について非常に懸念しているのだと思います。習近平氏は、こうした他国の経済閣僚までもが心配している不動産危機や地方政府の債務問題を議論している中央経済工作会議に最後まで出ないで外国訪問に行っちゃって、ほんとによかったんですかね(少なくとも中央経済工作会議よりもベトナム訪問を重視していると見られないようにスケジュール調整をすべきだったのではないのですかね)というのが私の率直な感想です。

 中央経済工作会議の翌日の上海と香港の株式市場では株価が下がりました。投資家たちが中央経済工作会議の結果に失望したからだ、というのが一般的な見方のようです。プーチン大統領のマネをしろ、というわけではありませんが、私は、習近平氏には、もっと「中国の困難な政策課題について(部下に任せるのではなく)自らの責任で取り組んでいるんだ」という姿勢をアピールして欲しいと思います。そうでないと、中国の人々から見放されてしまうのではないかと心配です。私は、別に習近平政権を応援するつもりはありませんが、隣国の日本としては、習近平氏が中国の人々から見放されて、中国国内の政治が混乱することが一番困る、と考えているからです。

 最近、日本をはじめ諸外国が中国におけるビジネスを見直そうという動きが強まっています。それに加えて、中国の経済界の人たちまでもが中国国内でビジネスを展開するよりも、諸外国でビジネス・チャンスを探す方がよい、と考えるようになったらどうするのでしょうか。党大会の翌年秋に開かれて重要政策を議論する「三中全会」も開催されないようですし、中央経済工作会議も以前と比べて「軽く」なり、極端に言えば実質的に形骸化してしまい、習近平氏自身は具体的な政策課題については興味がない、というのだったら、中国の政策は今後誰が責任を持って舵取りをしていくのでしょうか。私は最近だんだんそういう心配をするようになってきています。

 

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2023年12月 9日 (土)

独裁なのに統一的・迅速・果断な対応ができない

 昨日(2023年12月8日(金))、中国共産党政治局会議が開催され、来年(2024年)の経済政策の基本的方針について議論が行われました。この政治局会議は、例年12月に開催される中央経済工作会議に先立って開催される毎年恒例のものです。

 通常、具体的な経済政策は中央経済工作会議で表明され、直前に行われる政治局会議では大まかな基本方針が示されるのですが、今年の政治局会議を伝える「人民日報」等の報道を見て私が感じた印象は「大まかな『基本方針』とは言え、インパクトがないなぁ」というものです。日本における報道では、「積極的な財政政策については、適度に力を加え」としている部分に着目して、「今までよりも積極的に財政支出を行って経済を下支えする方針が示された」と伝えているものもありますが、現在の中国経済の危機的低迷の状況を踏まえれば、「適度に財政支出をする」だけでは、新鮮味やインパクトはないなぁ、という印象を私は受けたのでした。

 現在の中国経済は、「ゼロコロナ政策」に伴うダメージに加えて、不動産バブル崩壊が現実化し、非常に厳しい危機的状況にあります。今まではこうした経済危機に対する対応としては、一党独裁の中国共産党体制では民主主義国家と比べて統一的で迅速で果断な対応を打ち出すことが容易なので、中国は意外にうまく対応できるのではないか、という期待を込めた見方がありました。実際、2008年9月のアメリカ発のリーマン・ショックという経済危機に対しては、中国の胡錦濤政権は同年11月に「四兆元の経済対策」というインパクトのある経済政策を世界に先駆けて迅速に打ち出し、結果として、世界経済を救う役割を中国が果たすことに成功したのでした。

 しかしながら、「ゼロコロナ政策の痛手+不動産バブルの崩壊」という中国自身に起因する今回の中国経済の危機的状況に対する習近平政権の対応は、二軒目マンション購入時の条件緩和などの対策は打ち出されてはいるのですが、政策としてはインパクトに欠けるものであり、政策が打ち出されるタイミングもとても「迅速」とは言えません。「統一的対応」という点でも疑問符が付く対応が目立っています。例えば、不動産市場を巡る最近の話題では、四川省成都市で、ある不動産企業がそれまでの相場より四割安い価格で新築マンションを販売開始したところ、成都市政府が「値引き販売禁止指示」を出し、既に販売された案件についても契約を破棄させた、という案件が発生している一方、江蘇省蘇州市では、新築マンションの値引き販売を認める方針が打ち出されたりしています。「新築マンションの値引き販売を認めるのかどうか」といった基本的な方針に関しても、各地方政府の自主的な判断に任されており、北京の中央政府が統一的な方針を決めて国全体として対応に当たる、という姿勢が見えていません。

 経済の危機的な状況に対してインパクトのある対策が迅速に打ち出されていない最も大きな原因は、「全ての権限を習近平氏一人に集中させる」という方針が進められている一方で、その習近平氏自身が具体的な政策方針について「何も言わない」「何もしない」姿勢を続けているためです。中国政府の各担当部署は習近平氏の意向を「忖度」して政策を打ち出すため、各部署の対応がバラバラで統一が取れておらず、タイミングとしても迅速さに欠け、対応の中身も「当たり障りのないインパクトに欠ける政策」ばかりで、とても「果断な対応」とは言えないものばかりです。

 12月7日にテレビ東京で放送されたNewsモーニング・サテライトに出演していたAISキャピタルの肖敏捷氏は、「2022年の党大会で習近平氏の三期目続投が決定し、習近平氏の権力基盤が万全なものになったので、それ以降は政治権力闘争は終わり、習近平政権は経済政策に専念すると期待していたのだが、今になっても『反腐敗闘争』という政治権力闘争は続いている。各部署の政策担当者は、どうしたら習近平氏に気に入ってもらえるか、という点ばかりを気にしており、経済政策に集中できていない。2024年の中国経済が希望が持てるものになるか失望に終わるかは、結局は、こうした政治の動きがどうなるか、に掛かっている。」と指摘していました。

 ところが、昨日(12月8日)の政治局会議の内容は肖敏捷氏の期待に反するものでした。昨日の政治局会議の内容は、ひとつは「2024年の経済政策に関する分析・検討」だったのですが、もうひとつは「各部署における清廉な政治風土の建設と反腐敗工作に関する検討」でした。「反腐敗工作」とは「各部署における腐敗した幹部を摘発・排除する」というものですが、「習近平の新時代の中国の特色のある社会主義思想を主題とする教育を行うことによって・・・」という前提が付いていることを考えれば、要するに「腐敗分子の摘発・排除」とは、習近平氏に忠誠を誓わない者の摘発・排除、というふうに見えます。

 上に書いたように、一党独裁体制の中国では、様々な利害関係者による議論を経ることが必要な民主主義国家と異なり、思い切った統一的な政策を迅速に果断に実行できるはずだ、と見られてきました。しかし、残念ながら現在の習近平政権はこの「独裁の利点」を発揮できていません。「習近平氏の一人独裁体制」がその実「習近平氏の顔色ばかり伺っている体制」になっているからです。

 日本の平成バブル崩壊やアメリカのリーマン・ショックの経験を経て、最近ではむしろ民主主義国家の方が経済危機に対して、迅速・果断な対応を取る例が多くなっています。最近の「経済危機対応の実例」を下記に掲げてみます。

【経済面での新型コロナ対応】

 2020年3月3日、急速な新型コロナウィルス感染症の拡大が経済に対して与える影響について議論するため、G7財務大臣・中央銀行総裁が電話会談を行い「新型コロナウィルスの経済への影響に対してはあらゆる手段を講じて対処する」との声明を発表した。その直後、アメリカFRB(連邦準備制度理事会)は0.50%の緊急利下げを発表した。

 3月15日、日曜日にも関わらずFRBは臨時会合を開催して、金利をさらに1%引き下げて0.00~0.25%にする(ゼロ金利にする)ことを発表した。同時に世界の6つの中央銀行(アメリカFRB、ヨーロッパ中央銀行、日本銀行、カナダ銀行、イングランド銀行、スイス国立銀行)は協調して民間銀行に対する米ドル供給金利を引き下げ従来より長い期間の供給を認める方針を決定した。

 さらに日本銀行は、3月18~19日に開催予定だった金融政策決定会合を前倒しで16日12時から会合を開催し、ETF(上場投資信託)の買い入れ枠を従来の年間6兆円から12兆円に倍増する、企業が発行するコマーシャル・ペーパーや社債の買い入れ枠を増加する等の追加緊急緩和措置を決定した。

【イギリスのポンド危機】

 2022年9月、イギリスのトラス首相による大規模減税策とアメリカFRBによる急速な利上げ決定を受けて、イギリスポンドとイギリス国債が大量に売られてイギリス国債の金利が急騰した。この事態に対応して、9月28日、イングランド銀行は二週間の期限付きでイギリスの長期国債を無制限に購入する方針を発表した。

 10月20日、ポンドの下落、イギリス国債の金利の急騰に対してイギリス国内からの批判だけでなく国際機関(IMFなど)からも批判があり、イギリスのトラス首相は辞意を表明した。後任の首相となったスナク氏は、トラス前首相が打ち出した大規模減税策を撤回した。

【アメリカのシリコン・バレー・バンクの破綻】

 2023年3月10日、アメリカのシリコン・バレー・バンクが破綻した。これを受けて、3月12日、アメリカ財務省とFRBは「シリコン・バレー・バンクの預金者の預金は全額保護される」等の声明を発表した(アメリカでは銀行が破綻した場合の預金保護金額は一人あたり25万ドルだが、信用不安を拡大させないため、「預金の全額保護」という特例措置を講じたもの)。

【クレディ・スイスの買収】

 スイス第二の大手銀行であるクレディ・スイスはかねてから経営不振が報じられていたが、2023年3月15日、クレディ・スイスの筆頭株主であるサウジ・ナショナル・バンクがクレディ・スイスへの追加出資に否定的だとの報道がなされ、クレディ・スイスの株価が急落した。

 3月19日、スイス最大の銀行UBSがクレディ・スイスを買収することを発表した。この発表の記者会見には、UBSの社長はもちろん、スイスの大統領とスイス国立銀行の総裁も同席しており、スイスという国家を挙げての買収劇だったことが世界に対してアピールされた。

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 これらに比べて、中国の不動産危機に対する中国政府の対応は「遅すぎ、ぬるすぎ」ではないのですか? 中国の不動産大手の恒大集団が米ドル債に関して債務不履行状態になったのは2021年のことであり、その後もいくつかの不動産企業が債務不履行に陥りました。最大手の碧桂園は今年(2023年)10月、米ドル建て債に関して債務不履行状態と認定されました。しかしながら、恒大集団については、破綻させるのか、政府が救済するのか、どちらともつかない状態が現在も続いています。恒大集団の債権者が精算処理を求めている件について、12月4日、香港の裁判所は最終的な判断を示すものと見られていましたが、判断はまたも次回来年1月29日の審理まで先送りされました。

 不動産企業に対する支援についても、「中国当局は支援の対象となる比較的経営状況が健全な50社のホワイト・リストを作成中」という報道がなされてから半月くらい経ちますが、いまだに具体的な支援の内容も「ホワイト・リスト」なるものも公表されていません。

 中国の不動産企業は、その負債の規模があまりにも巨大であるために、政府が救済するにしろ、清算処理させるにしろ、問題は簡単ではないことは事実ですが、過去の経験からすれば、この手の経済危機への対応は「迅速さ」「果断さ」が重要です。「ズルズルと先送り」が最もよくないことは誰もが知っていることです。

 習近平氏にしてみれば、「中国の不動産の問題は江沢民政権時代の1998年のマンションの商業販売が始まった時から継続している問題であり、自分(習近平氏)に過去の歴代政権が残した課題の責任を押しつけられても困る」という感覚はあるのかもしれません。しかし、中国共産党の中央経済工作会議が不動産問題を認識して対策を打ち出したのは2016年12月であり、翌2017年12月の中央経済工作会議の時点では「レバレッジ率」(借金に頼る率)のコントロールが指摘されていました。ところが、恒大集団や碧桂園の借金拡大による「高レバレッジ経営」はむしろ2018年以降加速して現在のような問題の悪化を招いています。問題点を認識しながら、不動産企業の暴走を止められなかった、という点は、習近平政権の責任であると言えます。

 また、習近平氏への権力集中と「反腐敗工作」の強力な推進によって、中国共産党と中国政府の内部に「習近平氏に忠誠心を見せるためだけに行動する」という風潮を蔓延させ、結果的に党と政府の機能不全をもたらしているのだとしたら、それは間違いなく習近平氏の責任です。

 昨日(2023年12月8日)の中国共産党政治局会議において、「(1)経済的危機に対してインパクトのある政策方針が打ち出されなかったこと」「(2)引き続き『反腐敗工作の進展』が強調されたこと」が並列して打ち出されたことは、今後とも中国政府が不動産危機に対して、統一的で迅速で果断な措置を講ずることはない(できない)だろう、という予想を私にもたらしました。

 以前見たテンセント網・房産チャンネルにアップされていた動画で次のように解説している人がいました。

「現在の中国の不動産に関する問題は、1990年代の日本の状況を想起させると言う人がいるが、私はこれからの中国が1990年代の日本と同じようになるとは思わない。これからの中国は、1990年代の日本のようにひどいことにはならないか、そうでなければ1990年代の日本よりもっとずっとひどいことになる、のどちらかだ。『中間』はない。」

 習近平政権が独裁体制の利点を活かした「統一的で迅速で果断な」対応ができないのであれば、これからの中国は1990年代の日本と比べて「もっとずっとひどいこと」にならざるを得ないと思います。

 

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2023年12月 2日 (土)

中国の不動産危機を巡る様々なニュース

 中国の不動産を巡る危機的状況については様々報道されていますが、最近日本経済新聞に掲載されたいくつかの記事をピックアップすると以下の通りです。

○2023年11月25日付け日本経済新聞朝刊16面記事

「中国投資会社が債務超過 中植企業集団、最大5.4兆円 不動産不況響く 信託商品焦げ付きか」

 中国の民営複合企業である中植企業集団が11月23日までに負債が資産を上回る債務超過に陥っていることを明らかにした、という報道です。中植企業集団の傘下の企業が投資家から預かった資金を不動産等で運用する信託商品と呼ばれる金融商品を販売していたが、不動産投資からの資金回収が難しくなり、一部の信託商品が償還停止となって、投資家が抗議行動を行う事態となっている、という話です。

 この件に関しては、公安当局が中植企業集団の系列会社の複数の関係者を違法行為の疑いで拘束した、といった続報も報じられています(12月1日付け日本経済新聞朝刊10面記事「中国企業トップ 音信不通相次ぐ 中植問題で逮捕・拘束か」)。

○2023年11月25日付け日本経済新聞夕刊3面記事

「中国不動産の万科 2段階格下げ」

 アメリカの格付け会社ムーディーズが11月24日に中国不動産大手の万科企業の格付けを「投資適格級」の下限となる「Baa3」に2段階格下げした、という報道です。

 万科については、11月6日に筆頭株主の深セン市地鉄集団(万科の株主の27.18%を保有する)から100億元を超える支援を受ける見通しだと発表されたのですが(このブログの2023年11月11日付け記事「中国共産党直轄による金融政策はうまくいくのか」参照)、ムーディーズはそれを踏まえても「格下げ」の判断をしたようです。

○2023年11月30日付け日本経済新聞朝刊17面記事

「中国恒大を子会社提訴 銀行が強制執行の資産 補填求める」

 経営再建中の不動産大手の中国恒大集団の傘下にある恒大物業集団が、11月28日、銀行に差し押さえられた資産について親会社の恒大集団に補填を求める訴訟を起こした、という報道です。

 系列企業内部での訴訟という恒大集団内部の「泥仕合」ぶりを象徴するようなニュースです。

○2023年11月30日付け日本経済新聞朝刊17面記事

「外貨建て債務再編案 中国奥園集団 債権者から承認」

 不動産開発の中国奥園集団は、11月29日、外貨建て債務の再編案について債権者から承認を受けた、と発表した、という報道です。

○2023年12月1日付け日本経済新聞朝刊10面記事

「米ドル債の償還延長同意 万達集団の債権者」

 不動産を含めた複合企業である万達集団は、2024年1月に満期を迎える6億ドルの米ドル債について、11月21日に最大11か月の償還延長を要請していたが、債権者が延長に同意したことが11月30日に香港取引場に届け出た文書でわかった、という報道です。

 最後の二つは、「とりあえず目先の借金の返済については待ってもらうことになってよかったね」ということですが、単に「解決が先送りになっただけ」であって、資金繰りが苦しいという状況は何も解決していません。

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 「お隣の国の話」なので、日本経済新聞では「この程度」しか報道されていませんが、テンセント網・房産チャンネルを見ていると、日本では報道されないような様々な不動産関連のニュースが連日中国では報じられています。例えば、江蘇省蘇州市で土地開発会社が製鉄所の跡地を買い取って住宅や小学校・幼稚園を建設したところ、後になって土壌から汚染物質が見つかり、土地開発会社が製鉄会社や蘇州市を相手取って約2,000億円の損害賠償訴訟を起こした、といった話とか、河南省鄭州市で買ったマンションが爛尾楼(建設工事が途中で止まったマンション)になり住宅ローンの返済に苦しんでいる話をネットで公開して資金的支援を募った夫婦が「違法な資金集めだ」として逮捕された事件とか、いろいろです。こういった「ひどい話」を連日聞かされている中国の人たちの多くが「今、マンションを買うのはやめておこう」と考えるようになっているのは、むしろ当然のことだと思います。

 買ったマンションが爛尾楼になってしまったが、住宅ローンの支払いは始まっているので、それに加えて今まで住んでいた賃貸住宅の家賃も払い続けるわけにもいかないので、電気や水道も通っていない未完成の爛尾楼に住み着いてしまった、といった人たちの苦労については、日本でも2021年10月にNHK-BS1で「BS1スペシャル『廃墟になったマイホーム~中国『鬼城』住民の闘い」として放送されました。こうした「やむを得ず爛尾楼に住み着いた人たち」の悲惨な状況については、中国国内でも数多くがSNS上にアップされているようです。

 今日(2023年12月2日)私がテンセント網・房産チャンネルで見た動画でも、こうした買ったマンションが爛尾楼になってしまった人々の現状をレポートするものがありました。この動画では、民間研究機関が発表した爛尾楼となっているマンションの建設面積から2022年の時点で中国全土で231万戸が爛尾楼となっていると推算していました。この動画では、「土地を売った(地方政府の)責任、マンションを完成させる(開発業者の)責任、開発業者に資金を融資した(銀行の)責任」が果たされていない、マンション開発業者や銀行は破産していないのに、マンションを買った普通の個人が「家は完成しない」「住宅ローンは支払う義務を負わされている」という意味で実質的に破産状態に突き落とされているのはおかしいと主張していました。

 あんまり地方政府等を直接的に批判するのははばかれるからか、こうした解説の途中にテレビドラマ「三国演義」の中に出てきた劉備玄徳が「私はいまだかつてこのような厚顔無恥の人に会ったことはない!」と怒っている場面が挿入されていました。

 検閲削除されてしまうような「直接的な政府批判」はありませんが、こうした一連の動画を見ていると、「地方政府が安い補償金で農民から農地を収用して、その土地使用権をマンション開発業者に売り渡して地方政府が巨額の財政収入を得ている。マンション開発業者に対しては国有銀行が資金を融資している。」という中国の経済成長を強力に推進してきた土地財政のシステム自体に対して多くの中国人民が「そんなのおかしい」と考えるようになってきていることは明らかです。こうした動画が削除されずにいるところを見ると、中国当局も、この種の動画の全てを検閲削除することはもはやできない、と考えているように見えます。

 とは言え、地方政府幹部(=中国共産党地方幹部)が自らの権限をもって農地の収用とその土地使用権の開発業者への販売を行い、自らの政治的影響力を使ってその地域の国有銀行から開発業者への融資を促し、その結果得られた財政収入によってその地方のGDPアップを図っている、という土地財政システムは、中国共産党がその権力基盤を使って強力に経済成長を促進するための大きな原動力のひとつです。その意味で、現在の中国の不動産危機は、中国共産党の権力と経済の融合に関わる基本システムと中国の人々の不満との正面衝突が社会現象として表面化しているものだと言えます。だから私は今の中国の不動産危機は中国共産党の危機だと考えているのです。

 日々報じられるマンションに関する様々なニュースの中で、中国の人々の中ではマンション開発企業に対する不信感が高まっています。人々はマンション購入に非常に慎重になっていますから、今後は、今までのようなペースでマンションが建設され販売され続けることはないでしょう。それは、関連産業も含めると中国のGDPの約三割を占めると言われているマンション関連産業が今までのペースに戻ることはない、ということを意味します。習近平政権は今後「マンション建設に頼らない中国経済」を構築しなければなりませんが、どうやってそうした経済政策の大きな方向転換を図ることができるのか、中国経済はおそらく十年単位の厳しい状況を続けることになるだろうと思います。

 中国不動産企業の中で最も危機的状況にある恒大集団について、債権者からの清算申し立てを受けて審理を続けてきた香港の裁判所は、12月4日に次回の審理を開きます。前回の10月の審理で、裁判所は次回(12月4日)の審理で具体的な再建計画の修正案を提示できなければ清算命令を出す可能性があるとしていました。今日(2023年12月2日)11:15配信のロイター通信は「中国恒大が債務再編で新提案 株式交換、清算回避狙う」と報じています。この新提案について、香港の裁判所がどう受け止め、12月4日の審理でどういう判断が示されるのかが注目されます。

 中国の不動産危機については、日々、様々なニュースが飛び交いますので、これからも私たちはそれらのニュースを注意深くチェックしていく必要があると思います。

 

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2023年11月25日 (土)

あれ?風向きが変わったのかな?

 11月15日、APEC首脳会談に参加するために訪米した中国の習近平主席は、サンフランシスコでアメリカのバイデン大統領と米中首脳会談を行いました。この米中首脳会談が行われたタイミングと前後して、中国に関して「風向きが変わったのか?」と思わせるような出来事がいくつかありました。今回はそれを列記してみたいと思います。

○「人民日報」等での反米キャンペーンが米中友好促進モードに急転換した

 習近平氏が各国の首脳と会談をする際には「いつものこと」なのですが、今回も、米中首脳会談に合わせるように、「人民日報」等の論調が「反米キャンペーン」から「米中友好促進モード」に急転換しました。「いつものこと」ではあるのですが、こうした論調の急転換を見せられる中国の人々はどう感じているのかなぁ、と思います。今回は「米中友好促進モード」の一つとして、第二次世界大戦中にアメリカが中国を支援するために派遣した空軍軍人による「フライング・タイガーズ」が話題に上りましたが、この時アメリカが支援したのは蒋介石の中華民国であって、中国共産党ではないのですよ、ということを考えると、この話題を取り上げること自体に「白々しさ」を感じた人も多いと思います。

 多くの人は、中国の現在の経済状況を考えると、アメリカとの経済関係をこれ以上悪化させることは避けたいという意図が中国側にもあるのだろうなぁ、と感じたと思います。

○李強氏による中央金融委員会の主宰

 11月20日に中国共産党の中央金融委員会が開催されましたが、この会議を主催したのは国務院総理の李強氏でした。この会議を伝える翌11月21日付けの「人民日報」1面記事では、李強氏は「中央金融委員会主任」として紹介されていました。私もこのブログで書いてきましたが、最近の中国国内の動きは「李強はずし」と思えるようなものがあり、特に金融関係については、国務院総理の李強氏をすっ飛ばして副総理の何立峰氏を重用する報道が目立っていました。それがここへ来て「李強氏が中央金融委員会の主任であり、その李強氏が主宰して中央金融委員会を開催した」ということは、何か「風向きが変わったのかなぁ」と思わせるものでした。

 なお、この11月20日の中央金融委員会の開催については、21日付けの「人民日報」では1面でトップ記事に次ぐ位置で報じられているのですが、中央電視台夜7時のニュース「新聞聯播」では報じられませんでした。基本的に「人民日報」と「新聞聯播」は、同じ案件を同じような順番で伝えるのが基本ですので、この報じ方の違いはウラに何かあるのかなぁ、と私は思ってしまいました。

○不動産開発企業に対する中国政府の支援の姿勢が明確になった

 11月17日、中国人民銀行等金融関係の三部門は共同で会議を開き、不動産企業の資金調達の支援を確実に行うこと、経済成長を支えるために金融機関は地方政府と協力して債務の返済期限延長や借り換えを促進するとの方針を決めたとのことです。また、別の報道によれば、現在、中国当局は、金融機関が支援すべき経営が比較的健全な不動産企業50社からなる「ホワイト・リスト」を作成中とのことです。11月23日付けのブルームバーグ通信の報道によれば、先頃米ドル建て債についてデフォルト(債務不履行)状態に入った碧桂園もこの「ホワイト・リスト」50社の中に含まれているとのことです(恒大は含まれていないようです)。

 中国当局は2020年8月に「三つのレッドライン」を出して、借金体質の不動産企業に対する融資を厳しく制限するようになったのですが、今回の会議の結果は、「三つのレッドライン」を事実上完全に撤廃し、不動産企業が倒れないように中国政府として支える姿勢を明らかにしたと言えます。

 ただし、この方針転換については、保交楼(建設途中で工事がストップしたマンションの建設工事を再開させ契約通りに購入者にマンションを引き渡すこと)を確実に進めて民生を安定させるために不動産企業を支援するものだと思われますが、マンション販売が低迷している現状を踏まえれば不動産企業の収益が今後改善する見込みはなく、銀行による不動産企業への融資は結局は銀行にリスクを背負わせることになる、という懸念が残ります。

○人民元の対米ドル相場が「人民元高・米ドル安」方向に急転換した

 中国経済の不振からここのところ人民元は対米ドルで人民元安の方向に圧力が掛かっていましたが、米中首脳会談直前の11月14日頃から急に人民元高の方向に動きました(11月13日の時点では1ドル=7.3人民元程度だったものが、11月21日には1ドル=7.15人民元程度になった)。これは11月14日に発表されたアメリカの消費者物価指数の伸びが市場予想よりも小さく、アメリカのインフレが収まる傾向が鮮明になり、FRBによる利上げはもうない(来年(2024年)に入れば利下げも視野に入る)という考え方が急速に台頭してドル安になったから、という面があります(そのため日本円についても急速に円高が進んだ)。また、11月15日に米中首脳会談が無事に行われたことにより、米中間の鋭い対立は当面は回避されるのではないか、という期待が膨らんだこともあったかもしれません。いずれにせよ、このまま人民元安が進むと、中国国内から国外への資金流出圧力が高まりますから、ここへ来て人民元が元高方向に戻ったことは中国当局をホッとさせているものと思われます。

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 習近平氏は、自らの政治的基本方針を自分の口からは「何も言わない」という姿勢なので、上に掲げたような案件が習近平政権の方針に変更があったことを示すのかどうかはわかりません。しかし、習近平氏の「民間企業を厳しく規制し、国有企業を重視するような政策」は、結果的に中国経済の低迷を招き、社会に広く不満が広がっていることは確かなので、習近平氏が自らの基本方針をいくぶんか軌道修正した可能性はあります。

 特にマンションの売れ行き不振に伴う土地売却収入の減少による地方政府の財政困難は相当程度深刻なようです。昨日(2023年11月24日)私が見たテンセント網・房産チャンネルの解説動画では、以下のような地方政府の財政困難を示す事象を紹介していました。

○四川省楽山市の楽山大仏(ユネスコの世界遺産に登録されている)の30年間の経営権(入場料収入等)が17億元で売却された。

○河南省鄲城県では財政難から公共バスが運休している。

○黒竜江省鶴崗市ではこれから冬場に向かうのに地域暖房供給が停止される計画が示された。

○河北省、貴州省、甘粛省では地方公務員の給与が半年支払われていないところがある。

○黒竜江省ハルビン市や山西省、湖北省のいくつかの都市では20%を超える人員削減が行われた。

 テンセント網・房産チャンネルでは、このほか、地方財政が厳しい地区において地方が整備した道路を有料化した、などということも話題に上っています。全国で多数の爛尾楼(販売済みで購入者からは既に代金は受け取っているのに開発企業の資金難により建設工事が途中でストップしてしまったマンション)が発生して人々の不満が溜まっている中、地方政府の財政難により地方公務員の給与が満足に支払われなかったり、地方政府による生活に密着した行政サービスが滞ったりすることによって、人々の間の不満が現実問題として相当程度高まって来ているのではないかと思われます。

 一般庶民の間だけでなく、中国社会を支える経済活動の中枢を担う経済界の間にも相当程度の不満が高まっている可能性があります。11月22付けの現代ビジネスのネット上の記事「いくらバイデンと会っても、習近平独裁は中国人にとって『もう限界!』」(筆者は林愛華氏)では中国のメディアの財新網が11月4日に「改革が新たな突破をするべきだ」と題する社説を掲載したことを紹介しています。この社説では、「長江と黄河は逆流することはない」という李克強前首相の発言を引用して、李克強氏が首相になったばかりの2013年の党大会で指摘されていた様々な改革を進めるべきだと強調しているとのことです。

 週刊東洋経済2023年11月4日号には「法治主義を強化し、民間企業いじめをやめよ」と題する「財新周刊」10月16日号の社説が紹介されています(この社説が掲載されたのは李克強氏が亡くなる前です)。

 今日(11月25日)私が見たテンセント網・房産チャンネルの「解説動画」の中には、中国政府が不動産企業支援のための50社の「ホワイト・リスト」を作成中であり、この「ホワイト・リスト」の中に国有企業だけでなく民間の不動産企業も含まれることが見込まれることに関連して、「今まで不動産業界においても民間企業に対する締め付けを強化する傾向があったが、今までの中国経済は国有企業、民間企業、国と民間の資金が混じった混合企業が共存して発展してきたのであるから、その方針を今後も続けることが重要である。『長江と黄河は逆流することはない』のだ。」と主張しているものがありました。

 これら財新の主張やテンセント網・房産チャンネルの「解説動画」は、習近平氏がこれまで行ってきたネット企業や学習塾業界の規制に見られる「民間企業いじめ」や国有企業を重視するような政策を正面から批判するものになっています。こういう現政権が行う政策方針をかなり真正面から批判する論調がメディアやネットにアップされているということ自体、私にとって「あれ?風向きが変わったのかな?」と感じさせる状態です。

 これは私の推測ですが、民間企業に対する締め付け強化と2022年までの「ゼロコロナ政策」の強行とが相まって習近平氏の政策が中国経済の活力を失わせたことに対して、一般の人々だけではなく、これまで中国共産党政権を支えてきた経済界の主流派の中にも習近平氏に対する不満が蓄積してきており、その不満が10月27日の李克強氏の死去をきっかけとして一気に吹き出し、習近平氏としてもそれを力で抑え込むことは得策ではない、と考えるようになったのではないかと思います。そういった習近平政権を取り巻く環境の変化が上に掲げたような「風向きが変わった」と思わせるような様々な現象に現れているのではないかと思います。

 「死せる李克強氏、生ける習近平氏を走らす」とまでは言えないかもしれませんが、結果的に見て、李克強氏の死去がかたくなな習近平氏の政策を柔軟化させるきっかけになるのかもしれません。

 もうすぐ11月が終わりますが、結局は「通常党大会の翌年の秋に開かれて重要政策が議論される三中全会(中国共産党中央委員会第三回全体会議)」は開催されそうもありません。このことは、今の中国共産党の内部が三中全会を開催できるほどまとまっていないことを示すかもしれないので要注意です。

 習近平氏が一般の人々や経済関係者の不満を受けて、従来の路線の軌道修正を図るような柔軟性を持っているとしたら、それはそれで評価すべきなのですが、ハッキリ言って、現在の不動産企業の経営問題とそれに起因する地方財政の危機的状況は、ちょっとやそっとの政治的努力で解決できるほどの簡単な問題ではありません。習近平氏が周囲の不満を受けて軌道修正できる柔軟性を持っているのならば、「一人独裁」はやめて、中国共産党全体の「知恵」を活用できるようにトウ小平氏時代の「集団指導体制」を復活させてもらいたいものだと思います。(「集団指導体制」を復活させるとなると、中国共産党内部の各勢力が様々にうごめいて党内で揉めごとが起こるかもしれませんけどね。「一人独裁」でも「集団指導体制」でもダメなのだったら、それなら「中国共産党一党独裁体制」自体をやめて欲しい、というのが私のホンネです)。

 

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2023年11月18日 (土)

習近平氏を空港でイエレン財務長官が出迎えた意味

 習近平氏は11月14日から今日(2023年11月18日)まで、APEC首脳会義への出席とバイデン大統領との米中首脳会談等のためサンフランシスコを訪問していました。14日にサンフランシスコの空港で習近平氏を出迎えたのはイエレン財務長官でした。これまでもこのブログで何回も書いてきましたが、今年(2023年)の米中関係の進展の中での中心人物は第一はもちろんブリンケン国務長官だったわけですが、それに次いで回数多く登場したのはイエレン財務長官でした。アメリカの場合、通常、外国との経済関係については商務長官とか通商代表とかが出てくる場合が多いことを考えると、本来は国内業務が主に担当であるはずの財務長官が表立って中国との関係改善の場面で出てきたことには何か意味があるのだろうなぁ、と私は考えています。

 特に今の財務長官が通常の政治家ではなく、経済学者のジャネット・イエレン氏であるところがポイントだと私は考えています。私には、イエレン氏は「前のFRB(連邦準備制度理事会)の議長」というイメージが強く残っているからです。

 2008年のリーマン・ショックによってアメリカ経済が大きな打撃を受けた時、当時のFRB議長だったバーナンキ氏は、ゼロ金利政策を導入するとともに、三回にわたる量的緩和(QE)を実施してアメリカ経済を立て直そうとしたのでした。イエレン氏は2014年2月にバーナンキ氏のあとを引き継いでFRB議長に就任した後、量的緩和の終了とゼロ金利の終了を模索しました。2015年にはゼロ金利を終了して利上げを始めると思われていたのですが、その2015年8月、いわゆる「チャイナ・ショック」と呼ばれる中国発世界同時株安が起きました。FRB議長としてのイエレン氏は、「チャイナ・ショック」の状況を慎重に見極めた上で2015年12月にゼロ金利を終了して0.25%の利上げを行ったのですが、その後も続く中国発の経済不安の影響を見極めるため、その後の一年間は利上げをせず、じっと様子を見続けました。FRBが次の利上げを行ったのは1年後の2016年12月でした。なので、私にはイエレン氏は「チャイナ・ショックの状況をじっくりと見極めて、アメリカの利上げ政策を極めて慎重にコントロールしていた時のFRBの議長」という印象が強く残っています。

 なので、今回、バイデン大統領が中国との関係においてイエレン氏を前面に押し出して対応してきた背景には、アメリカとしては現在の中国の経済・金融関係を非常に高い関心を持って見ており、中国側との間で金融面での情報交換を密にし、必要があればアメリカとしても中国の金融政策がうまく行くように協力する用意がある、というメッセージを打ち出したい、という意図があるのではないかと私は考えています。これは、逆に言えば、例えば、中国が台湾へ武力侵攻するようなアメリカにとって認められない行為に出た場合、例えば香港ドルと米ドルとの交換を停止する、など金融面で中国を締め付けることも考えているぞ、という中国に対する「脅し」のメッセージの意味もある、と言えます。

 中国は日本に次ぐ世界第二位のアメリカ国債保有国なので、アメリカとしてはできれば中国との間でコトを起こしたくない、というのがホンネだと思います。なので、アメリカとしては「中国の金融面にアメリカは非常に強い関心を持って注視しているぞ」というメッセージを中国側に送りたいのだと思います。李克強氏が国務院総理を退任するまでは、中国の経済・金融政策は国務院のエコノミスト官僚たちがコントロールしており、彼らは経済学に精通していて、アメリカと同じ言葉で話ができるのでそれほど心配はしていなかったのに対し、習近平政権三期目に入って、習近平氏は金融政策も中国共産党の直轄にしようとしており、国際金融に関する共通の言葉で習近平政権の金融担当者と話ができるのかアメリカ側が不安に感じていることも背景にあると思います。

 このようにアメリカは意図的に「中国の金融面に関心を持っているぞ」というメッセージを出しているという見方は、おそらくは経済関係者の中では広く共有されているのではないでしょうか。昨日(2023年11月17日(金))付け日本経済新聞朝刊は、3面の紙面でサンフランシスコでの米中首脳会談の内容を伝えている一方、2面の「真相深層」の欄で「香港『米ドル連動』の正念場」と題して米ドル・ペッグ制を敷いている香港ドルについて書いています。この紙面構成を見て、私は、日本経済新聞は「これからの米中関係の一つの重要な課題は金融である。その一つの主戦場となるのが香港ドルである。」と認識しているんだろうなぁ、と感じました、

 現在、香港ドルは1ドル=7.75~7.85香港ドルの範囲内に収まるように管理されています。一定の変動幅の中で米ドルに「釘付け」されているという意味で「米ドル・ペッグ制」と呼ばれます。香港とアメリカで金利差が開くと金利の低い香港ドルは売られ、金利の高い米ドルは買われますから、香港では金利差による売買が強く起きないように基本的にアメリカの金利動向に合わせて香港での金利を上下させています。ここ1年半のアメリカの急速な利上げに合わせて、香港でも急速な利上げが行われているのですが、香港経済の実態と関係なく利上げが行われているため、例えば、香港域内での不動産販売の急激な減少などの現象が起きているのが現状です。上記の日本経済新聞の記事では、今後は香港ドルが米ドルにペッグ(釘付け)されている現在の制度を続けることが難しくなるのではないか、との懸念が出ていることを紹介しています。

 本来、中国大陸部が中国共産党統治下の経済にある一方、いわゆる「一国二制度」によって香港では自由な経済活動が行われているのであれば、米ドルと自由に交換できる香港ドルの存在は、中国にとって非常に使い勝手のよい「世界への窓口」である香港の存在価値を高めるものです。しかし、2020年6月30日から施行された香港国家安全維持法に基づき、香港での経済活動が中国大陸部と同じようになるのであれば、米ドルと自由に交換できる香港ドルはむしろ大陸内部の人民元を国外に流出させる「抜け穴」の役割が大きくなり、香港ドルの存在は中国共産党政権にとって「メリットよりデメリットの方が大きい存在」になる可能性があります。それが極端に進めば、中国共産党政権は、香港ドルの米ドル・ペッグ制の廃止、究極的には香港ドルを廃止して香港でも人民元を流通させるようにするかもしれません。

 香港ドルが廃止されれば、香港に存在する諸外国の企業の資産にどのような影響を与えることになるのかわかりませんし、国際経済にも大きな影響を与えることになると思います。ですから、アメリカとしては、中国共産党政権が香港ドルをどういう方向に持って行こうと考えているのかは、常に情報を把握しておきたいと考えているはずです。

 ここに来て、元FRB議長で経済学者のイエレン財務長官が中国との関係で前面に出てきているのは、そういったバイデン政権の考え方が背景にあるのだろうと私は思います(上の紙面構成を見る限り、日本経済新聞も同じように考えているのではないかと思います)。

 今、中国に関しては「台湾をどうするのか」が非常に注目されていますが、現実に変化が起こりそうな問題としては「香港をどうするのか」の方が重要かもしれません。仮に香港ドルが廃止されることになれば、国際経済にとって大きな衝撃になりますが、それ以上にひそかに自分の資産を香港ドルに換えて香港で保有している大勢の中国共産党幹部にとっても大きな衝撃になると思われます。従って、香港をどうするか、香港ドルをどうするか、は国際経済上の重要な問題であると同時に、中国共産党にとって党内の基盤を揺るがすおそれがある大問題なのです。

 最近、不動産関連情報が集まるテンセント網・房産チャンネルに香港の不動産に関する解説動画がアップされていました。この動画では、上に書いたように、アメリカの利上げに伴い、米ドル・ペッグ制を採用している香港ドルの宿命として香港での利上げも行われている結果、香港での不動産の売り上げが低迷していることについて解説していました。この解説の中では、「イナゴに食われるような香港経済の内部分裂が起きつつあり」「新型コロナの三年間で経済が低迷し」「香港国家安全維持法の制定で高度人材が香港から流出しており」「香港の国際金融上の橋頭堡としての地位はゆっくりと削り取られている」「香港からは人も逃げ、資金も逃げている」と極めて正直に説明していました。そしてこの動画は「1997年のアジア通貨危機の際には香港の回復に6年掛かったが、現在の香港の状況の回復には何年掛かると思いますか?」という問い掛けで終わっていました。

 「香港は今後どうなるのか」は、アメリカが関心を持っている以上に、中国の人々の関心も高いと思います。台湾については、習近平氏が周辺状況を無視して武力侵攻を始めない限り「現状維持」が継続する可能性は高いのですが、香港については、既に変化が始まっており、「香港の中国化(国際金融窓口としての地位の喪失)」や「香港ドルの廃止」など「現状が維持されない方向での動き」がゆっくりですが時間の経過とともに進展する可能性があると私は考えています。

 今回はサンフランシスコの空港での習近平氏の出迎えのためにイエレン財務長官が派遣されたことをきっかけにして、ちょっと「深読み」をしてみました。

 

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2023年11月11日 (土)

中国共産党直轄による金融政策はうまくいくのか

 昨日(2023年11月10日(金))の中国中央電視台夜7時のニュース「新聞聯播」のトップニュースと今日(11月11日(土))付け「人民日報」1面トップ記事は、習近平氏による北京市と河北省の7月末~8月初の洪水被災地への視察の様子についてでした。習近平氏は、北京市の永定河流域及び河北省のタク州地区という洪水の最も被害のひどかった地域を訪れて、復興の様子などを視察したのでした。

 誰でもそう感じると思うのですが、私の第一印象は「なぜ今のタイミングで?」「いくらなんでも遅すぎるでしょ」というものでした。ニュース映像では、住民の人々が習近平氏に洪水当時の写真を見せて「こんなにひどかったんですよ」と説明する場面もありました。次の私の印象は「このニュースの政治的目的は何?」でした。政治家は、自分の活躍を人々にアピールするために視察を行いそれをテレビカメラで撮影させるものですが、習近平氏は、何の目的でこのタイミングでこういう映像を撮らせているのかわからないなぁ、というのが私の印象でした。洪水から3か月も経ってから現地へ入り、住民から3ヶ月前の被災時の写真を見せられて説明を受けているということは、「習近平氏は洪水被災地の現場の様子を知らなかった」ということをアピールする映像であり、それを中国全土に放送することは習近平氏に何のプラスになるのか?と思ったからでした。もしかすると、10月27日に李克強前総理が亡くなって「李克強氏は庶民の味方だった」といった追悼の言葉がネットを飛び交っているので、「自分も庶民のことを考えているぞ!」とアピールするために、時期を失したとは言え、今さらながら被災地へ行ったのかもしれません。

 習近平氏は、自分の政治的意図を言葉にして何も語らないので、何を目的にして行動しているのかサッパリわからない人物です。昨今の具体的政策で言えば、先の全人代において、金融政策を国務院から中国共産党直轄にし、最近になって中央金融工作会議を開催するなど、金融政策に関する動きについても「習近平氏が何をやろうとしているのか意図がわからない」ことのひとつです。

 先週、私がこのブログに書いた「現職総理李強氏はずし」の動きに関連して、11月9日(木)付け産経新聞9面に評論家の石平氏が「石平の China Watch」の欄に「始まった『李強首相はずし』」と題して書いています。石平氏は、ロイターとブルームバーグが報じた10月24日の習近平氏の中国人民銀行と国家外貨管理局の視察には何立峰政治局員・副首相が同行していたが李強総理が同行していなかったことを指摘して、国務院が担当してきた金融政策の実施機関への習近平氏の視察の場に李強総理がいない(外国訪問スケジュールの関係で李強氏が同行できない日に視察を行った)ことについて「李強総理はずし」ではないのか、と指摘しているのです。

 先月には、中国共産党の中央財経委員会弁公室の主任に何立峰副首相が就任したことが報じられ、今月になって中央金融委員会弁公室の主任に何立峰氏が就任したことが報じられました。10月30~31日には中央金融工作会議が開催されましたが、この会議において何立峰氏は中央金融委員会の書記という肩書きで登場しました。中央金融工作会議には李強氏も出席しましたが、これらの動きを見れば、金融政策は国務院ではなく中国共産党の直轄とすることが明確になり、経済政策の舵取りも国務院ではなく中国共産党が主導権を握ってコントロールする方向になったことは明らかです。金融政策・経済政策が実質的に中国共産党の直轄でその主要ポストに何立峰氏が就任したことを見れば、李強氏は国務院総理という肩書きは持っているものの、金融政策・経済政策をコントロールする実権は既に失ったと見るべきでしょう。中国人民銀行総裁から国務院総理になった朱鎔基氏の時代及び朱鎔基氏や李克強氏と関係が深かった周小川氏が中国人民銀行総裁だった時代(2018年まで)と比較すると、もはや国務院は中国の経済金融政策の司令塔ではなくなった、ということです。

 11月10日07:30アップのネット上の現代ビジネスの記事「習近平が金融まで完全掌握...そして中国経済が死んでいく!」の中で筆者のジャーナリストの林愛華氏は、これまでほぼ5年に一度開催されてきた「全国金融工作会議」が今回は「中央金融工作会議」という名称で開催されたことについて、中国では国務院主催の会議を「全国~~会議」と呼び、中国共産党主催の会議を「中央~~会議」と呼ぶのが通例であることから、今回の名称変更は金融政策をコントロールする主体が国務院から中国共産党直轄に変更になったことを端的に表していると指摘しています。

 10月24日の習近平氏の中国人民銀行・国家外貨管理局視察について、ロイターとブルームバーグは報じているものの、中国国内メディアが報じていないことには非常に奇妙な印象を受けます。習近平氏が自らこれらの機関を視察したことは、習近平氏が金融政策を重要視していることを示すものであり、国内的にもアピールしてよい話だと思うからです。もしかすると、金融政策を国務院からはずして中国共産党直轄にすることについて、中国国内にも異論があり、この問題は政治的にも微妙な問題なのかもしれません。

 ここに来て金融政策について動きが出てきているのは、不動産危機と関係していることは間違いないと思います。不動産危機は、土地使用権が今まで通りに売却できない、という意味で地方政府の財政危機に直結しているからです。今年1月~9月までの間における「法拍房」(裁判所が差し押さえて競売に出されているマンション)は58.4万戸で、これは前年同期比32.3%増なのだそうです。今、不動産市況は非常に冷え込んでいますから、差し押さえマンションを売却して現金化することも困難な状態になっていると思います。だとすると、借金の抵当として銀行が接収した差し押さえマンションが売れないとなると、借金の貸し倒れで損失を蒙った銀行の損失が補填されないことになります。つまり、中国の不動産危機は、建設業・家具家電産業等の住宅関連産業だけでなく、地方財政や銀行の経営の問題にも波及し、全国規模の金融・財政にも影響を及ぼしつつあるのです。従って、習近平政権がこのタイミングで金融政策について動き出したのはある意味当然のことだと言えると思います。

 日本ではあまり報道されていないようですが、11月7日(火)、中国人民銀行、中国住宅都市農村建設部、金融監督管理層局、中国証券監督管理委員会は合同で不動産企業を集めて融資座談会を開催しました。参加した不動産企業は、万科、保利、華潤、中海、金地、龍湖などで碧桂園、恒大、融創は呼ばれなかったようです。詳細はわかりませんが、この座談会は「まだ健全性を保っている不動産企業について政府や国有企業が共同で支援するから、なんとか不動産業界全体が破綻することは避けられるようにしよう」という趣旨で開かれたのかもしれません。

 この座談会の前日の11月6日(月)、万科は筆頭株主の深セン市地鉄集団(万科の株主の27.18%を保有する)から100億元を超える支援を受ける見通しだと発表しました。深セン市地鉄集団(「地鉄」は日本語で言えば地下鉄)は深セン市傘下の地方国有企業ですので、この発表は、国有企業が資本参加している不動産企業には国有企業が支援する姿勢を示したという意味で、翌日に開かれた不動産企業座談会も併せて考えれば、習近平政権は、まだ健全な(=再建可能な)不動産企業に対しては、国有企業の資金を投じる等の方法で支援をしていく姿勢を示したと言えます。

 これは私の勝手な推測なのですが、このタイミニングでのこうした動きは、習近平氏の訪米と米中首脳会談とも関係していると思います。習近平氏がサンフランシスコで開催されるAPEC首脳会談出席のために訪米しバイデン大統領と会談することについては、昨日(11月10日(金))に発表されました。この首脳会談に先立って、上に出てきた中国共産党の金融関連の機関のトップに就任したことが明らかになったばかりの何立峰副首相が訪米しイエレン財務長官と会談を行っています。米中首脳会談の「前さばき」の閣僚レベルの会談が通商関係者ではなく金融関係者だったことから、私は不動産危機とそれに対する中国の金融政策は米中首脳会談の重要な話題のひとつになるだろうと考えています(話し合われたとしてもその内容は公表されないと思いますが)。なぜなら、中国の金融政策は、不動産企業の米ドル建債返済問題、中国からの資金流出問題や米ドルと人民元の為替レートの問題に関連し、アメリカによる利上げに大きく影響を受け、中国は日本に次ぐ世界二番目のアメリカ国債の保有者ですので、金融問題に関する米中政府関係者の情報交換と意思疎通は両国にとって極めて重要な課題だからです。

 不動産危機やそれに起因する地方政府財政問題や金融危機防止対策に関連して、今まで「何も言わない」「何もしない」だった習近平政権が米中首脳会談を前にして動き出したのは、よい兆候だ、と期待したいところです。ただし、改革開放以来、朱鎔基氏(中国人民銀行総裁、国務院総理を歴任)や周小川氏(元中国人民銀行総裁)らのエコノミスト官僚らが国務院という組織を使ってコントロールしてきた金融政策を中国共産党直轄にしてうまく行くのか、という点が私にはちょっと不安です。これまでの経緯から、国務院内部には胡錦濤氏、李克強氏らの出身母体である中国共産主義青年団(共青団)関係者が多いから、という政治的な理由で習近平氏が金融政策の実権を国務院から取り上げて中国共産党直轄にしようとしているのだとしたら、それはうまく行かない可能性が高いと思われるからです。

 上に元国務院総理の朱鎔基氏の名前が何回も出てきましたが、朱鎔基氏は、今から四十年前の1983年2月に私が最初に訪中した時に歓迎の宴会を主催してくれた方です。この時朱鎔基氏は国家経済委員会副主任でした。朱鎔基氏はその後三十年間にわたって中国政府の中枢で金融・経済政策を担ってきたのです。トウ小平氏の改革開放によって始まった中国の経済成長が、その後、六四天安門事件という大きな事件があったにも係わらず留まることなく進展して、中国を世界第二位にまで押し上げたのは、多数の中国の人々の努力があったことはもちろんですが、国務院内部にいた多数のエコノミスト官僚たちが、継続的に諸外国との様々な交渉を繰り広げつつ、金融政策をはじめとする各種経済政策の舵取りを担ってきたからです。もし仮に、「共青団に近い人が多いから」という理由で習近平氏が国務院内部のエコノミスト官僚たちを金融政策から排除しようとするのであれば、これからは状況に応じた適時適切な金融政策を機動的に打つことができなくなり、中国経済は混乱の状態に入ってしまうと思います。

 「金融政策を国務院から引き剥がして中国共産党の直轄にする」というやり方は、客観的に言ってうまく行くようには思えません。中国の金融政策は、中国だけのものではなく、世界経済全体に影響を及ぼしますから、習近平氏には「政治の論理」ではなく、純粋に「経済にとってプラスかどうか」で判断して欲しいと思います。

 

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2023年11月 5日 (日)

習近平による「李強はずし」が意味するもの

 今回のタイトルは誤植ではありません。先日亡くなった前総理の「李克強はずし」ではなく、現職総理の「李強はずし」です。

 これまでこのブログで何回か書いてきたことですが、最近、李強総理の「影の薄さ」が気になります。李強氏は、ここ数ヶ月の間、インドで開かれたG20首脳会義やキルギスタンで開かれた上海条約機構首脳(首脳級)会合に出席するなど、外交面ではそれなりに目立っているのですが、内政面ではあまり「活躍の場」がありません。スケジュール的に見ても、習近平氏が意図的に「李強はずし」あるいは「李強氏軽視」をしているのではないかと思われる会合が相次いでいます。過去のこのブログの記述と一部だぶりますが列記すると以下の通りです。

○5月10日、習近平氏の雄安新区(河北省内にある「新副都心」計画が進められている地区)への視察に李強氏も同行した(胡錦濤政権、習近平政権を通じて、国家主席と国務院総理が同時に同じ地方を視察することはなかった(2008年5月の四川省巨大地震対応の際を除く)ので、この同行は李強氏が習近平氏の「子分」であることを強く印象づけた)。

○10月9日に開催された中国工会第18回全国代表大会の開会式に李強氏は出席しなかった(他の政治局常務委員は全員出席した。この日、李強氏は浙江省杭州市で開かれていたアジア大会の閉会式に参加し、ついでに浙江省を視察していたので北京にいなかった)。

○10月12日、習近平氏が江西省視察の途中に南昌で開催した「長江経済ベルトの質の高い発展のさらなる推進に関する座談会」に李強氏も出席した(前週、李強氏は江西省の東隣の浙江省を視察していたが、この週は、南昌で開催されたこの座談会に参加するだけのためにわざわざ北京から南昌まで出張している)。

○10月27日(李克強前総理が死去した日)に開催された中国共産党政治局会議(東北地方の振興策について議論した)に李強氏は出席しなかった(李強氏はキルギスタンを訪問しており、この日の午後に北京に戻ったため。政治局会議の日程を一日ずらせば李強氏も出席できたはずなのに、そうしなかった)。

 前にも書きましたが、今中国政府のホームページに行っても、出てくるのは国家主席の習近平氏の写真ばかりで、国務院総理の李強氏の写真が見つからない、など、中国の一般人民に対する宣伝方法としても、意図的に李強氏の存在を軽く見せるようにしているように見えます(李克強氏が国務院総理だった頃は中国政府のホームページ内に「国務院総理」というページがあって、李克強氏の活動が詳細に掲載されていた)。

 毎日の中国中央電視台夜7時のニュース「新聞聯播」を見ていても「李強氏は軽く扱われている」という印象を受けます。例えば11月3日(金)の「新聞聯播」が伝えたニュースの順番は以下の通りです。

(1) 習近平氏が訪中したギリシャの首相と会談した。

(2) 習近平氏がドイツ首相とオンライン会談を行った。

(3) 習近平氏が中米友好都市大会を祝する手紙を送った。

(4) 李強氏が国務院常務会議を開催した。

(5) 李強氏がギリシャ首相の歓迎式典を行った。

(6) 李強氏がギリシャ首相と会談した。

(7) 全人代常務委員長の趙楽際氏(政治局常務委員序列第三位)がギリシャ首相と会談した。

 ギリシャには大統領がいるので、ギリシャについては外交儀礼上の習近平国家主席のカウンターパートは大統領であり、ギリシャ首相の中国側のカウンターパートは李強総理になるので、歓迎式典は李強総理が行ったのでした。とは言え、名誉職的な大統領がいるけれども実際の政治は首相がとりまとめているギリシャやドイツのような国については、首相が国家主席の習近平氏と会談することはよくあることです。また、訪中した外国要人が(一応形式的には「立法機関の代表」という意味で)全人代常務委員長と会談することもよくあることです。なので、昨日のニュースは何ら不自然なところはないのですが、こういうニュースを毎日見せられると「李強氏は国務院総理ではあるけれども、所詮は『習近平氏ではない政治局常務委員の一人』に過ぎない」という印象を強く受けます。

 李克強氏が国務院総理だった頃は「李克強氏の権限をなるべく限定したい習近平氏が李克強氏の存在をできるだけ小さく見せようとしている」ということで、それなりに「納得」していたのですが、李強氏については「習近平氏に近い側近」であることは誰もが知っているので、あえて「小さく見せよう」とする必要はないはずです。だとすれば、考えられるのは、習近平氏は「国務院総理という個人を小さく見せよう」としているのではなく、そもそも国務院の役割を小さくしようと意図しているのだろうということです。

 習近平氏は、最初の二期の政権担当期間中、中央財政委員会、中央国家安全委員会、中央外事工作委員会などの中国共産党内部の組織を立ち上げて、本来は国務院が担当すべき中国政府の政策決定を中国共産党が直接担う体制を築き上げてきました。私は、これは習近平氏が李克強前国務院総理の権限を弱めようとする意図で行ってきたのだろうと思っていたのですが、どうやらそうではないようです。自分の意のままに動く李強氏を国務院総理に据えることに成功して以降も李強総理の存在感を弱めようという動きをしているところを見ると、習近平氏は、国務院が中核となっている中華人民共和国政府自体の役割を弱め、極端に言えば中国政府を形骸化させようとすらしているのだと思います。

 実際、現在、解任された秦剛外相と李尚福国防相の後任はまだ決まっていません。外交については王毅政治局員が外相を兼務していますし、軍事については中国共産党軍事委員会が統括していますから、国務院の外相や国防相はいなくたってよいのでしょう。

 そもそも日本のマスコミが「中国軍」と称している人民解放軍は中国共産党の軍隊であって中華人民共和国という国家の軍隊ではありません。現在の中国では「中国共産党が全てであって、中華人民共和国という国家も中華人民共和国政府も中国共産党が中国を統治するための道具に過ぎない」というが現実なのです。習近平氏は、もしかすると、中華人民共和国政府の機能をその「現実」に合わせるように改めて、全ての政策決定を中国共産党の直轄にしようとしているのかもしれません。

 通常は党大会の翌年の秋には開催されることが通例となっている重要政策を議論する三中全会(中国共産党中央委員会第三回全体会議)は今のところ開催される気配がありませんが、憶測をもう一歩進めると、習近平氏は、中国共産党の中央委員会も形骸化しようとしているのかもしれません。中国の全ての政策を中国共産党の直轄にした上で、中国共産党内部の決定を全て自分(習近平氏)の直轄にしようとしている、というわけです。よく習近平氏について「皇帝のようだ」と言われますが、この表現は、習近平氏が意図していることを正確に表現している言葉なのかもしれません。

 しかし、中国に限らず世界の歴史が示しているように、「全てを一人の直轄にする」というやり方は成功しません(一時的に成功したとしても短期間で終了します)。今では中国の独裁者のように言われることが多い毛沢東自身は、そのこと(一人独裁は長続きしないこと)をよく自覚していたと私は考えています。思想的には自分とは全く異なる周恩来を常に側に置いていましたし、文革後期(林彪が失脚した後)には「四人組」に代表される文革派と考え方が全く異なるトウ小平氏を副首相に登用していました。1976年1月に周恩来が死去した後も、後任の総理を自分の考えに近い「四人組」の中から選ばずに、公安畑出身の(思想的には無色透明の)華国鋒氏を指名しました。毛沢東は、自分の考えに沿った党運営を望んでいた一方、自分と同じ考えの者が党の全ての権力を握ったのでは様々な考え方を持つ多数の人間からなる中国共産党という集団がまとまらないことをよく理解していたのだと思います。

 この考え方はトウ小平氏も引き継ぎました。自分の考えに近い改革派の胡耀邦氏と趙紫陽氏を党総書記と国務院総理にする一方、保守派の重鎮の陳雲氏らとは論争はしましたが決して保守派を排撃することはしませんでした。1986年末に安徽省合肥から始まった学生運動が上海などへの広がった事態に対して、トウ小平氏は胡耀邦氏の責任を問うて辞任させましたが、これは学生らの動きを放任していては党内保守派が反発して党が分裂状態になることを危惧したからだと私は考えています。

 以後、中国共産党は、党内の分裂を避けるため、様々な考え方を持つ党内勢力それぞれに配慮した一定程度バランスが取れた体制を続けてきました。1998年まで国務院総理だった李鵬氏は保守派に分類される人でしたが李鵬氏の後任の国務院総理になった朱鎔基氏は改革思想を実践する経済エコノミストでした。2002年からスタートした胡錦濤体制の政治局常務委員は、胡錦濤氏に近い人の数は少なく、むしろ江沢民氏の息の掛かった人が多数を占めていました。

 李克強氏が国務院総理を務めていた2023年3月までの習近平体制も形の上では「バランスの取れた配置」になっていました。しかし、2022年10月の党大会で決まった党内体制と2023年3月に決まった中国政府の体制は「習近平一色」となり、文革後期の毛沢東時代から続いてきた「党内勢力のバランスに配慮した体制」は崩壊しました。

 上に書いたような「影の薄い李強総理」の姿を見ていると、習近平氏にとっては国務院総理は「自分に強く反対する人でなければ誰でもよかった」のかもしれません。問題は、そういう習近平氏の姿勢を感じて、李強氏自身がやる気を失わないか、ということです。同じように「党内勢力のバランスを無視した一人への権限集中体制」は、おそらくは中国共産党内部の活力を失わせると思います。

 10月27日の李克強氏の死去の後、若い頃に彼が過ごした合肥の住居に多くの追悼の花束等が捧げられているのを見て、日本のマスコミでは胡耀邦氏の死去に対する追悼の動きが大きな運動に発展した1989年の「六四天安門事件」が再来するのではないか、という見方が報じられています。私は1988年9月まで北京に駐在していましたが、当時の中国と現在の中国とでは状況が全く違いますから「六四の再現」は私はないと思います。しかし、李克強氏の突然の死去は多くの人々(特に中国共産党内部の人々)に「中国共産党の党内勢力のバランスを無視して一人への権限集中を図ろうとしている習近平氏」を改めて意識させることになったと思います。

 毛沢東にしろトウ小平氏にしろ彼らは「自分の考えを強力に進めること」と同時に「党内バランスを重視して中国共産党のまとまりを維持すること」を重視していました。それは中国共産党による統治をできるだけ長く継続させたいという思いがあったからでしょう。文化大革命の混乱期以降の中国共産党トップには、習近平氏のように「党内バランスを無視してでも自分一人への権力集中を進める」ことを目指した人はいませんでした(よく日本のマスコミでは「習近平氏は毛沢東になることを目指している」と表現することがありますが、文革後期の毛沢東は上に書いたように党内の統一も重要視していましたから、この表現は正しくないと私は思います)。その意味で、李克強氏の死去は「六四の再現」はないとしても、後から見て「歴史の大きな転換点」になる可能性はあると私は思っています。

 

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2023年10月28日 (土)

李克強氏の死去と動き出した中国の経済対策

 昨日(2023年10月27日(金))未明、国務院前総理の李克強氏が心臓発作のため亡くなりました。中国の国営メディアがこのニュースを伝えたのは日本時間9時半頃でした。中国のテレビではどう伝えているのかなぁ、と思って、スカパー!の大富チャンネルで放送している日本時間13時(北京時間正午)からの中国中央電視台の「中国新聞」を見ました(このお昼の「中国新聞」は、中国国内と同時生放送です)。

 冒頭、「中国新聞」のロゴが流れた後、いつもどおり男女のキャスターが登場しましたが、男性キャスターは黒っぽいネクタイをしていました。女性キャスターが「中国共産党の第17期、18期、19期政治局常務委員で国務院前総理の李克強同志が、上海で静養中に突然の心臓発作を起こし、治療を受けたが2023年10月27日0時10分上海で死去しました。68歳でした。」と伝えた後、このキャスターは「fugao houfa」と言いました。そして再び「中国新聞」の冒頭のロゴが流れ、続いて「中国政府は防災等のために1兆元の国債を追加発行することになりました」という通常ニュースになりました。

 私は「えっ、李克強氏の死去についてのニュースはこれだけ?」と驚きました。女性キャスターが最後に言った「fugao houfa」は意味がわからなかったので電子辞書を引きました。そしたら、これは「訃告后発」(正式な訃報はあとで発表されます)ということでした。その後、日本時間の16時頃、ネットで「人民日報」ホームページや中国共産党のホームページを確認しましたが、この時点でも李克強氏の死去については、「中国新聞」でキャスターが伝えたのと同じ事実関係を短く伝える文章(これは日本時間9:30頃発表になった新華社電の文章)が載っているだけでした。

 夜になって日本時間20時に「新聞聯播」が放送された時点では、中国共産党中央委員会、全国人民代表大会常務委員会、国務院、中国全国政治協商会議が連名で出した「訃告」が出されていたので、「新聞聯播」ではアナウンサーが重々しい声でこの「訃告」を伝えていました。

 要するに、中国の公的機関では「正式な訃告」が出されるまでは、軽々しく「おくやみの言葉」を言ってはならない、ということだったようです。「おくやみの言葉」は、どの世界でも、どの場面でも、表現は非常に難しく、「挨拶文」の中でも最も神経を使うものですが、中国の場合は、「訃告」は極めて政治的にセンシティブな問題を含みますので、「正式な訃告」は、最終的には習近平氏のOKをもらうまで出せない、ということだったのだろうと思います。それにしても、例えば日本では午前11時頃に行われた松野官房長官の記者会見で李克強氏の死去に対する「おくやみのコメント」がなされたように、いくら政治的に難しいとは言っても、亡くなった方に対して即座に素直に「おくやみの言葉」を発することは、人間として当然のことだと思います。「おくやみの言葉」であっても、政治的な意味合いを含むので習近平氏の許可がなければ言えない、というような、そういう社会に私は住みたくないと改めて思いました。

 昨日(10月27日(金))の「新聞聯播」は、トップニュースはこの日に行われた中国共産党政治局会議についての報道、続いてキルギスタンで開かれた上海協力機構首脳(首相級)会議に出席していた李強氏に関するニュースで、三番目が李克強氏の死去に関する「訃告」でした。「訃告」の内容は、李克強氏の経歴を紹介し、業績を語った上で、最後は「李克強同志は永遠に不滅です!」で締めくくられたもので、李克強氏に対する敬意あふれるものだったのですが、このニュースがトップニュースじゃなくて、三番目のニュースなんですかねぇ、というのが私の率直な感想です。「新聞聯播」は、習近平氏関連のニュースが必ずトップで、国務院総理関連のニュースがあるならそれがその次、「その他のニュース」は三番目以降、というのが「お決まり」なのですが、李克強氏死去のニュースが「その他のニュース」なんですかねぇ、と私は思いました。たぶん中国の多くの人も同じような感想を持ったと思います。

 そうした人々の感想があったからかどうか知りませんが、今日(10月28日(土))付けの「人民日報」では、李克強氏の「訃告」が一面のトップでした。中国共産党政治局会議開催に関する記事は「人民日報」というタイトルの右側の位置(ニュースの順番としては「二番目」の扱い)でした。おそらく李克強氏の死去のニュースが「人民日報」の扱いでも「三番目以下」だったら、多くの人民からの反発を買う、と考えたからだろうと思います。

 「訃告」の内容は、例えば「李克強同志は、経済体制改革を継続して推進し、政府と市場との関係をうまく処理し、資源配分における市場が果たす決定的作用を利用して政府の役割をうまく発揮させた」「李克強同志は、人民大衆に対する感情を抱いて、一般大衆の就業問題、教育、住宅、医療、養老等の分野の突出した課題にうまく対処し、民生のボトムラインを守り、絶え間なく一般人民大衆の獲得感、幸福感、安全感を向上させた」など率直に李克強氏の功績を讃えるものになっています。一方で、「(2023年3月に)指導者としての地位を退いて以降、李克強氏は習近平同志を核心とする党中央の指導を断固として守り、党と国家の事業の発展に関心を寄せ、党の清廉な政治建設と反腐敗闘争を断固として支持していた」とも述べています。(このほか、この「訃告」における李克強氏の業績や姿勢に関しては「習近平同志を核心とする党中央の強力な指導の下で」という表現が二回、「習近平同志を核心とする党中央の周囲に団結し」「習近平の新時代の中国の特色のある社会主義思想を全面的に貫徹し」といった表現がそれぞれ一回づつ出てきます)。

 この「訃告」の内容は、李克強氏の業績を高く評価したものになっていますので、1976年の「四五天安門事件」を引き起こした「(四人組が牛耳っていた)党中央は亡くなった周恩来前総理を邪険に扱っている」とか1989年に「六四天安門事件」の運動のきっかけとなった「党中央は亡くなった胡耀邦前総書記に対して冷たい」とかいうのと同じような感情は人々の間には出てこないと思います。ただ、これからの習近平政権の政権運営の行方によっては「李克強氏がもうちょっと長生きしてくれたらなぁ」という思いを多くの中国人民に抱かせることになるので、習近平氏は、一層心を引き締めて政権運営に当たる必要があると思います。

 特に現在は、不動産市場を巡る中国経済の状況がかなり深刻であり、中国の人々が習近平政権が適切に経済政策の舵取りを行うのかどうか注目しているタイミングです。例えば、10月26日、世界の主要金融機関が参加する「クレジット・デリバティブ決定委員会」が、不動産最大手の碧桂園が発行した一部のドル建て社債について、デフォルト(債務不履行)が生じたとする判断を示し、2021年にデフォルト状態に陥った恒大集団と合わせて、中国の不動産大手二社がいずれもデフォルト状態に陥ったことがハッキリしました。不動産市場の危機的状況にうまく対応できなければ「建設業等の不動産開発に関連する様々な産業分野が低迷して失業者が増加する」「不動産企業に対する融資が焦げ付いて金融危機が起こる」「爛尾楼(建設工事が途中でストップしたマンション)を購入した多数の人々が困窮する」「土地使用権の売却が進まない地方政府が財政危機に陥る」「格差が拡大し社会の中に不満が蓄積して社会的安定が損なわれる」といった様々な問題が生じることを中国の人々はよくわかっています。

 李克強氏が死去した今となっては、「仮に李克強氏がもう少し長く国務院総理を続けていれば」という「たられば」の気持ちを多くの中国の人々が持つようになる素地ができたと言えます。実際は、李克強氏が総理を続けていても、現在の中国経済の状況に適切に対処することは相当に難しかっただろうと思いますが、李克強氏が亡くなったことが結果的に「やっぱり習近平氏では経済政策はうまく行かない」という感覚を強める作用をもたらす可能性があります。

 従って、習近平政権は、現在の不動産危機に起因する経済情勢を何とか立て直さなければなりません。習近平氏もそのあたりは自覚していると思います。そのためか、これまでの習近平政権は経済政策についてはほとんど「何もしない」「何も言わない」という態度だったのですが、ここに来て少しずつ具体的政策が打ち出されるようになりました。

 そのうちのひとつが、昨日(10月27日)、李克強氏が亡くなったその日に開かれた中国共産党政治局会議で東北地方(黒竜江省、吉林省、遼寧省及び内モンゴル自治区)の振興を打ち出したことです。中国の東北地方は、「重厚長大」の国有企業が多く、広大な穀倉地帯を抱えていることから、「共和国の長子」と呼ばれてきました。中華人民共和国建国の初期段階で中国の経済建設に大きな役割を果たしてきたからです。一方で、大連などのほかは有力な港を持たない、21世紀に入ってからの電子産業化、ネット産業化の動きの中で産業構造の変革が進んでいない等の理由で、中国の東北地方のGDPは伸び悩み、人口流出も進んでいます。中国の東北地方の産業振興はこれからの中国経済発展の重要な課題ですので、そこに着目した今回の党政治局会議の議論は重要だと思います(ただし、今回の会議の内容からは、具体的な東北地方の産業振興策が見えてきません。こらから打ち出される具体的な産業振興策が機能するかどうかが問題だと思います)。

(注)キルギスタンで開催されていた上海協力機構首脳会義(首相級)に出席していた李強総理が北京に戻ったのは27日午後でした。なので、李強総理はこの日開かれた政治局会議に出席していないものと思われます。重要な経済政策を議論する政治局会議に国務院総理が出席しないでいいんですかね、と思いますが、こういった会議開催のスケジューリングを見ても、習近平氏は李強氏をあまり重く扱ってはいないように感じます(というか、外部から「習近平氏は李強総理を軽く扱っているように見える」と思われてマズいと思わないんでしょうか)。

 二つ目は、10月24日に全人代常務委員会が承認した一兆元の国債追加発行です。これまでの中国の景気対策は、地方政府の資金でインフラ投資等を行うことが中心でしたが、土地使用権売却収入が減少して地方財政が苦しくなっている現状において、今回は中央政府自らが国債を発行して景気刺激を図ろうということのようです。一兆元の国債発行の名目は「洪水等の自然災害を蒙った地域の復興と今後の防災対策」であり、要するにロコツに言えば不動産投資の低迷で疲弊する「コンクリート産業」を支援するためのものだと言えるでしょう。一兆元という金額は、2008年にリーマン・ショック対策で打ち出された「四兆元の経済対策」よりは額は少ないものの、2008年の対策は「地方の資金を中心とした四兆元」であったの対し、今回は「中央政府が用意する一兆元」なので効果はかなり期待できる、という見方もあります。

 この一兆元の国債追加発行に関しては「コンクリート産業への投資に使っても経済成長への効果は一時的だ」「巨額な国債発行による財政出動は国家財政を圧迫し通貨価値の下落(=インフレ)をもたらす危険性がある」などの批判はありますが、これまで「何もしなかった」習近平政権としては前進だ、という見方をすることもできます。

 三つ目は、8月の国務院常務会議で決定された「保障性住宅の建設」が具体的に動き出したことです(最近、この政策を促進するよう指示する文書が地方政府に対して発出されたようです)。「保障性住宅の建設」とは、政府が主導して低所得者向けの住宅を建設することです。不動産不況により民間企業による不動産投資が停滞している中、「住宅が買えない」という多数の人々の不満を解消するため、これまでも実施してきた政府主導による「保障性住宅」の建設を一層促進しようというものです。これは「住宅が買えない人々の不満を解消する」ことを目的とすると同時に、民間企業による不動産投資の低迷で困窮する建設業やセメント・鉄鋼、家電・家具等の関連産業を活性化することによる景気刺激も目的としています。ただし、これは民間企業が建設したマンションが売れない(=供給過剰な)状況にあってさらに政府が住宅を供給することになりますから、民間部門のマンション価格(新築及び中古)をさらに引き下げることになり、不動産危機の問題を根本的に解決するものにはなりません。

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 1976年1月の周恩来首相の死去は同年4月の「四五天安門事件」を引き起こし、同年9月の毛沢東主席の死去は翌10月の四人組逮捕に結びつき、1989年4月の胡耀邦前総書記の死去は「六四天安門事件」の運動が始まるきっかけとなりました。なので、ここれまで中国当局は死去した過去の有力者に対する追悼の動きが人々の不満を表面化させるきっかけにならないよう細心の注意を払ってきました。そのため1997年のトウ小平氏、2008年の華国鋒氏(元党主席・総理)、2019年の李鵬氏(元総理)、2022年の江沢民氏(元総書記・国家主席)の死去の後は人々の不満が噴出するような動きはありませんでした。ただ、昨年(2022年)11月末の江沢民氏の死去の直後に「ゼロコロナ政策」の突然の解除があったように、「人々の不満を表面化させないように」という配慮に基づいて、有力者の死去がそれまでの硬直的な政策を変更するきっかけになることはあり得ると思います。今回、李克強氏が68歳という若さで亡くなったことは残念でしたが、李克強氏の死去をきっかけにして、習近平政権が「何も言わない」「何もしない」状態から脱却して、低迷する経済状況下の中国の人々の「息詰まる思い」を解消する方向で新しい政策が的確に打ち出されるようになればいいなぁ、と私は願っています。

 

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2023年10月21日 (土)

習近平氏の「寝そべり」状態は相当に深刻

 この一週間は、10月17日(火)~18日(水)に北京で「一帯一路」の国際会議があり、習近平氏はこの国際会議で基調演説を行ったほか、18日にロシアのプーチン大統領と首脳会談を行ったのをはじめとして、国際会議に出席するために訪中した数多くの各国首脳との個別会談を行いました。そういう多忙な一週間を過ごした習近平氏に対して「寝そべり」状態とはこれいかに、とお考えになるかもしれません。私が「習近平氏は『寝そべり』状態だ」と考えている理由は以下の通りです。

(注)「寝そべり」は中国語では「タン平」(「タン」は「身」へんに「尚」)。本来は、明るい将来を見通せないために「結婚もしない」「仕事もしない」で寝そべってばかりいる若者を指して言う言葉です。

○10月18日、習近平氏はプーチン大統領と中ロ首脳会談を行った。プーチン氏は会談終了後、記者会見を行って、イスラエルとガザ地区を実効支配するハマスとの間の戦争状態に関連したコメントも発したが、習近平氏は記者会見を行わなかった。多数の国々の首脳との会談が予定されていて時間がなかった、というスケジュール上の都合があったとは言え、ちょうどこの日、アメリカのバイデン大統領がイスラエルに飛んでネタニヤフ首相と会談していることを考えれば、政治家として中国人民及び世界に対してアピールしたいと思うのだったら、絶好の機会であったはずなのに、プーチン氏との会談後に記者団の前に登場しないという習近平氏は「政治家としてやる気がない」と見られてもしかたがないのではないか。

○10月18日夜、習近平氏は「一帯一路」国際会議に出席のため訪中した国連のグテーレス事務総長と会談したが、少なくとも報道されている範囲では、緊迫しているガザ地区を巡る情勢に関して習近平氏は何も言及しなかった。5か国しかない国連安保理常任理事国のひとつの国のトップとして、ガザ地区を巡る情勢に関して「何も言わない」というのは無責任ではないのか(上に書いたように、プーチン氏は記者からの質問に答える形でコメントしている。ガザ地区が緊迫する中、本来は中国に来る時間はなかったはずのグテーレス事務総長がわざわざ北京まで出向いてきたのであるから、何らかのコメントをするのが中国の国連に対する責務だと私は考える)。

○党大会の翌年の秋には三中全会(中国共産党中央委員会第三回全体会議)を開いて、その時点での重要政策について議論するのが中国共産党の通例であったが、習近平氏は昨年(2022年)の党大会で総書記三期目の続投を決めたのに三中全会を開く気配を全く見せていない。中国共産党のトップとして、重要政策について議論する気がないのではないか。

 一方、習近平氏が国内の個別の政策案件については国務院総理の李強氏に全てを任せていて自分は「寝そべり」状態にある、というのならまだわかるのですが、個別の政策案件については李強氏に任せている、というわけでもないところが問題だと私は考えています。

 今日、久しぶりに中国政府のホームページを見て、ちょっとビックリしました。李克強氏が国務院総理をしていた時期の中国政府のホームページには「国務院総理」というページがあって、そこを開くと李克強氏の写真が大きく載っていて、李克強総理は今日何をやった、昨日はこういう会議に出席した、といった国務院総理の動向に関する情報がズラズラと出てきたのですが、今、中国政府のホームページを見ていろいろクリックしましたが李強総理の写真はどうやっても出てきません。もちろん「李強総理が国務院常務会議を開催した」といった記事はあるのですが、李強氏の記事はその他の記事と全く同列扱いです。このホームページを見る限り「李強氏が中国政府を総理している」というふうには全く見えません。

 中国政府のホームページのトップの写真が国家主席の習近平氏であるのはいいとして、「さらに見る」というところをクリックしてその他の様々な場面の写真を見ましたが、ビックリしたことに全てが習近平氏の写真ばかりで、どこにも李強氏の写真がありません。この中国政府のホームページを見ている限り、習近平氏は「個別の政策事項については李強総理に任せている」という形になっていないどころか、「全ての政策事項は自分(習近平氏)が決めている」とアピールするような構成になっているのです。そうした状態なのに、現実的には習近平氏が「寝そべり」のような態度を取っているので、私は「こんなんで中国政府は大丈夫かな」と感じました。

 こういう感覚は私だけのものではないようです。最近、テレビ等で見る中国の専門家の中には「習近平氏は自信を失っているように見える」とコメントする人もいました。10月18日(水)にテレビ東京で放送された Newsモーニング・サテライトに出ていたAISキャピタルの肖敏捷氏は「プロの眼」のコーナーで次のように言っていました。

・以前は経済政策は企画立案から執行まで国務院が担当しており、世界の経済関係者は国務院総理の発言に注目していた。しかし、習近平政権になってから国務院の役割は徐々に小さくなり、今の総理の李強氏の言動はあまり伝えられなくなった。

・以前は経済政策は専門の官僚集団に任されていたが、今は政治の論理が優先され、専門家集団ではなくトップに忠誠心を持つ者の意見だけが通ってしまっている。

・現在、中国経済は減速しているが、「経済の減速」は恐くはない。「減速の原因となる問題の解決がなされないこと」の方が真の問題である。

 参考までに李強氏が主宰している国務院常務会議で議論されている内容を下記に書き出してみましょう。国務院常務会議は、李克強氏の時代には原則として週に一回開催されていましたが、李強氏の代になってから月に2回程度に開催頻度が減っています。最近の三回の国務院常務会議で議論された内容は以下の通りです。

2023年9月20日開催分
・新型工業化の推進(デジタル化の推進等)
・欠損企業の整理について
・未成年の有害なネットからの保護について

10月10日開催分
・低収入の人々の人口動態の把握について
・高齢者に対する食料補助サービスについて
・特許の活用について

10月20日開催分
・処罰事項の取り消しについて(規制緩和)
・人体臓器の提供・移植に関する条例の改正案について

 いずれも重要な政策課題であるとは私も思います。しかし、李克強氏が総理だった頃の国務院常務会議では「新型コロナ感染症拡大下での中小企業の支援について」「若年層の就業促進について」など外国人の私が見ても「そうだよなぁ。今の中国ではここがポイントだよなぁ」ということがわかる政府全体に関するタイムリーな政策課題の議論が多かった、という印象があります。現在の国務院常務会議の議題は、関係する範囲があまり広くない、ということから、「政府部内の各部署の官僚が自分の担当に関する課題を持ち込んだ政策案を議論している」のであって、「李強氏が自分の意思で指示して官僚に検討させた政策案を議論している」ようにはとても見えません。

 現在の李強氏については「寝そべり」とまでは言いませんが、国務院常務会議の開催頻度が低いことを別にしても、「ちょっと元気がないなぁ」という印象を私は持っています。その理由は以下の通りです。

○李強氏は、10月7~9日に浙江省を視察しているが、これは浙江省杭州市で開催されていたアジア大会の閉会式に出席した「ついで」に視察を行ったものである。二週間前には、アジア大会の開会式に出席した習近平氏が浙江省を視察しており、李強氏の浙江省視察は完全に「二番煎じ」であって政治的には全くインパクトはなかった。この浙江省視察のため、10月9日に北京で開催された中国工会第18回全国代表大会の開会式に李強氏は出席しなかった(習近平氏をはじめとする他の政治局常務委員は全員が出席している)。「工会」は日本で言えば「労働組合」であり、中国共産党にとってはこの大会は重要な会議であると考えられるのに、李強氏が出席しなかったことによって、「まるで李強氏はのけ者にされているみたい」という印象を私は持った。

○10月12日に習近平氏が江西省視察中に南昌市で開催した「長江経済ベルトの質の高い発展のさらなる推進に関する座談会」に李強氏も出席した。江西省は浙江省の西隣の省であり、前週に浙江省を視察したばかりの李強氏が再び江西省南昌市に飛んだのは不自然に見えた(浙江省は「長江経済ベルト」を構成する省の一つであることから、前週の李強氏による浙江省視察は習近平氏から完全に無視された格好になったため)。

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 いずれにしても、毎週このブログに書いていますが、ほとんど「危機的状況」となり、IMF(国際通貨基金)なども懸念している(先日は中曽前日銀副総裁もニューヨークでの講演で懸念を示していた)中国の不動産市場の現状について、習近平氏も李強氏も「何も言わない」「何もしない」状態が続いていることに対して、「中国は大丈夫か」という受け止め方が徐々に広まってきているのではないかと思います。

 10月18日、中国不動産最大手の碧桂園(カントリー・ガーデン)の9月に利払い予定だったドル建てオフショア債について一ヶ月の猶予期間が終了しましたが、支払いは確認されませんでした。債務不履行(デフォルト)の状態になったと見られています。この碧桂園についても、既に2021年にデフォルト状態になり先月(2023年9月)には創業者の許家印氏が拘束された恒大集団についても、政府による救済もなされず、破産宣告がなされて清算段階に入ることもなく、ズルズルと現状の状態が継続しています。一方で、政府系ファンドが株価の下落を抑えようと株の買い支えをしているのに上海総合指数は年初来安値を更新して下げ続け、中国人民銀行が人民元安を防ぐべく毎日高めに為替レートの基準値を設定しているのに市場では毎日のように人民元安の圧力が掛かり続けています。Newsモーニング・サテライトに出演していたAISキャピタルの肖敏捷氏が指摘していたように、経済状態が悪化していること自体よりも、それに対して適切な対応を何もしない習近平氏や李強氏の「寝そべり」状態の方が「中国は大丈夫か」という懸念を引き起こす意味で重要であると認識される状態になっていると思います。

 今のような習近平氏の「寝そべり」状態が続くのであれば、11月にアメリカで開催予定のAPEC首脳会義に習近平氏は出席しない(従って、バイデン大統領との米中首脳会談も行われない)ことになる可能性が高いと思います。

 

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2023年10月14日 (土)

中国の不動産危機は当面の「景気」の重しに

 今回のタイトルは「『景気』とは経済の先行きに対する気分の問題である」ことに着目して付けました。

 この一週間、中国の不動産市場に関連しては二つのニュースが「重し」になりました。ひとつは、10月10日に中国の不動産大手の碧桂園が「アメリカドルを含む全ての外貨建て債務について資金調達が難しい状況にあり、期日までに支払えない可能性がある」と発表したことであり、もうひとつはマンション販売において一年で最大の「かき入れ時」であるはずの国慶節連休期間中も中国のマンション販売はさえなかったことです。

 中国の不動産市場の低迷は、中国経済への下押しを通じて、世界経済全体へも影響を及ぼします。10月10日に発表されたIMF(国際通貨基金)の世界経済見通しに関する四半期報告では、2024年の世界の経済成長見通しを前回7月の報告から0.1%下方修正した2.9%とし、2024年の中国の経済成長見通しを前回7月の報告から0.3%下方修正した4.2%としました。IMFは下方修正の原因のひとつとして中国の不動産危機を挙げています。中国の不動産市場を巡る状況は、既に世界経済にとって「他人事」とは言えない状況になってきているのです。

 9月28日に恒大集団が創業者の許家印氏に対して「強制措置」がなされていることを発表したことに加えて、10月10日に碧桂園が外債について期日までに支払えない可能性があると自ら発表したことで、中国不動産企業が破綻して清算の過程に入る可能性が現実問題として浮上してきました。中国国内のネット上では、恒大集団に資金を貸している銀行のリストが出回っているようで、報道によれば、10月7日、河北省にある地方銀行の滄州銀行で取り付け騒ぎが起きた、とのことです。

 8月に打ち出された住宅ローンの頭金比率や金利の引き下げと二軒目以降と認定する基準の緩和(いわゆる「認房不認貸」:詳細についてはこのブログの先週(2023年10月7日付け)の記事「中国不動産危機への対処は重大な段階に入った」参照)というマンション市場活性化策にも係わらず、国慶節連休期間中のマンション販売は地域によってバラツキはあるものの、総体的に見れば「低迷が続いている」という状況だったようです。

 不動産市場の状況についてとりまとめている中国指数研究院は、今年(2023年)の国慶節連休期間中のマンション販売動向の速報を発表しているようです。テンセント網・房産チャンネルにアップされている「解説動画」によると、この中国指数研究院がとりまとめた国慶節連休中の新築マンションの一日当たりの平均販売量(面積ベース)の増減は、概ね以下のような状況なのだそうです。

○一線級都市

<前年(2022年)の国慶節連休との比較で>

上海:+159%、広州:+129%、北京:-31%、深セン:-46%

<コロナ禍前の2019年の国慶節連休との比較で>

上海:わずかなプラス、広州:わずかなプラス、北京:-25%、深セン:-27%

○二線級都市

<前年(2022年)の国慶節連休との比較で>

蘇州と武漢はプラスだがその他はマイナス。寧波、温州、瀋陽、合肥は-50%以下、青海省の西寧は-95%、南京、南昌、杭州、済南は-10~-20%。二線級都市全体で-14%。

<コロナ禍前の2019年の国慶節連休との比較で>

二線級都市全体で-28~-30%。

○三、四線級都市

<前年(2022年)の国慶節連休との比較で>

プラスは福建省の寧徳(+112%)、広東省の東莞(+63%)、広東省の梅州(+33%)、広東省の湛江(わずかなプラス)だけで、あとは全てマイナス。三、四線級都市全体で-50%。

(注)福建省の寧徳には中国最大の電気自動車用バッテリー製造会社である寧徳時代新能源科技(CATL)の本社がある。

<コロナ禍前の2019年の国慶節連休との比較で>

三、四線級都市全体で-59%。

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 各地域ごとの事情に応じてバラツキはありますが、中国政府によるマンション購入刺激策によっても、市場全体は活性化したとは言えない状況です。特に三、四線級都市(地方の中小都市)の販売低迷がキツいですが、碧桂園は三、四線都市の比重が大きく(販売数の60%が三、四線級都市と言われている)全体の売り出し戸数も恒大よりも多いことから、三、四線級都市での販売不振は、碧桂園にとっては大きな痛手だと言われています。

 中国の不動産企業のトップ2である碧桂園と恒大については、テンセント網・房産チャンネルに「解説動画」をアップしている不動産専門家の王波氏が現時点での経営状況について(破綻したらどうなるかも含めて)数字を交えて解説していましたので、ポイントを紹介したいと思います。

【恒大集団】

・2023年1~5月、恒大は爛尾楼(建設が途中でストップしていたマンション)のうち約12.2万戸、面積にして1,389万平方メートルを購入者に引き渡した。しかし、6月以降は購入者に引き渡しているのは毎月1万戸以下である。恒大は、爛尾楼として合計で162万戸、1,000近いプロジェクトを抱えている。

・恒大は128行の銀行と121社の非銀行系金融機関から融資を受けている。

・恒大の外貨建て債券は190億ドルである。借り入れをした時の人民元レートは1ドル=6.3元だった。現在は1ドル=7.3元だから、金利負担に加えて、為替変動に起因する負担が増えている。

・この外貨建て債券発行に対して担保を提供しているのは中国国内の銀行である。外国の融資元は中国国内で担保を設定しても債券の償還ができなかった場合の「担保の取り立て」をすることができないので、外貨建て債券の発行に当たっては、中国の銀行が担保を提供し、中国の銀行は中国国内の恒大の資産を担保として押さえている。このように中国の銀行が仲立ちして、中国国内にある担保物権を使って外貨建て債券を発行して資金調達するやり方を「内保外貸」と呼ぶ。

・恒大が外貨建て債券を償還できなくなったら、外国の融資元は担保を提供した中国の銀行から資金を回収することになる。中国の銀行は担保として設定した中国国内の恒大の資産を接収することになるが、もしその恒大の資産が爛尾楼だったら、中国の銀行は資金を回収できなくなってしまう。そうなったら中国の銀行は中国国内で債券を発行して資金を調達することになるが、その資金調達が難しくなれば中国の銀行を支えるためにその債券を中央銀行である中国人民銀行が買い取ることになるだろう。つまりは、最後の最後は、恒大の経営破綻のツケは中国人民が支払う、ということになるのだ。もし「清算」ということになるのならば、恒大だけでなく、碧桂園、佳兆業、融創も結局は同じような話になる。

【碧桂園】

・碧桂園の米ドル建て債券は15本、合計93億ドル(680億元)である。2024年に期日が来るのはこのうち2本で、2024年1月期日のものが9.65億ドル(70億元)、4月期日のものが5.37億ドル(39億元)である。

・碧桂園の2023年1~3月の売上高は1,549.8億元(対前年同期比-43.9%)だった。売上高は2022全年で4,303.7億元、2021年全年で6,074億元、2020年全年で7,888億元だったから、売上高が急激に減少していきていることは明らかである。

・碧桂園の負債率は2022年末で40%だったが、2023年6月には50.1%に上昇している。2023年6月末の負債総額は1.4兆元、保有現金総額は1,305億元である。

・人民元建て債券1,470億元については債権者との間で支払いを延期することで合意している。2022年に爛尾楼だったもののうち70万戸を購入者に引き渡し、2023年第一~第三四半期の間に42万戸を購入者に引き渡すなど、碧桂園は保交楼(爛尾楼の購入者への引き渡し)について努力していることは間違いない。

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 中国政府が発表する経済統計の数字にはハッキリしないものがありますが、恒大にしろ碧桂園にしろ、香港証券取引場に上場している企業ですので、経営の財務状況については適時公表する義務があり、その財務状況については公開されています。なので、中国の人々はこれらの不動産企業について実際に「清算」となる可能性がどの程度あるのか、これらの財務状況の数字から判断することができます。

 上に書いたように恒大に融資をしていると伝えられた地方銀行で取り付け騒ぎが起きているように、中国の人々の間ではこれらの不動産企業が実際に「清算」という事態になる、ということは、かなりの現実味を持って受け止められてきているようです。その事実は、「不動産企業が本当に清算の段階に入るのか」とは別の問題として、中国の「景気」を考える上で非常に重要です。中国経済の先行きについて、中国の多くの人々が悲観的に見る見方が広がっているとすると、人々は将来の経済変動に備えて消費に慎重になり、そのことがまた中国経済の低迷を長引かせることになるからです。中国の人々が消費に慎重になる、ということは、中国国内での製品の販売を通じて、あるいは中国人観光客によるインバウンド消費を通じて、日本経済にも直接的な影響を及ぼすことなります。

 別の「解説動画」では、もし仮に不動産企業が「清算」という事態になった場合には中国国内の銀行や地方財政に大きな影響を及ぼす可能性があることを解説した最後に「我々は、冬は既に到来している、春はまだ遠い、と考えるべきなのだろうか」と締めくくっています。大手不動産企業が実際に破綻し「清算」の段階にまで至るのかどうかはまだわかりませんが、少なくとも中国の人々の中国経済に対する「センチメント」(信頼感、先行き感)は既に相当程度悪化しているのは間違いないと思います。

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 10月11日、中国の政府系ファンドのひとつである中央匯金投資は、4大国有銀行の株式を買い増し、今後も購入を続ける計画だと発表しました。いわゆる「国家隊(ナショナル・チーム)」による株価買い支え策です。

 10月12日付けの香港発ロイター通信によると、中国証券監督管理委員会は、中国国内の証券会社とその海外部門に対して、海外取引サービスで中国本土の新規顧客を受け入れることを禁止したとのことです。中国国内から外国への資金流出を防ぐためと思われます。

 これらの諸施策は「姑息な手段」だとは言えますが、中国当局が中国の人々のセンチメント悪化とそれによる資金の中国国内から外国への流出加速を懸念していることの表れだと見ることもできます。

 一方で、「根本的な対策」は何もなされていません。10月12日、習近平主席は江西省南昌市で「長江経済ベルトの質の高い発展のさらなる推進に関する座談会」を開催しました。この座談会には李強総理も参加しています。この「座談会」は、習近平氏の江西省視察活動の一環として開催されたのですが、李強氏は、この座談会に出るためだけに北京から南昌へ出張したようです。前にも書いたことがありますが、李克強氏が国務院総理だった時期には、習近平氏の地方視察に李克強氏が同行したことは一度もありませんでした。李強氏の動きを見ていると、「李強氏は習近平氏の『子分』であり、経済政策も習近平氏が自分でコントロールするのだ」ということを内外にアピールする意図があるように思います。

 李強氏は、この江西省での座談会の前には国務院常務会議を主催し、江西省での座談会の後の昨日(10月13日)には経済関係者との座談会を開いているのですが、これらの経済に関する会議に関する「人民日報」等の報道では不動産市場に関しては何も触れられていません。要するに習近平氏も李強氏も不動産市場に関しては「何も言わない」「何もしない」という状況が続いています。

 中国政府の経済政策のトップが「何も言わない」「何もしない」一方で、政府系ファンドが銀行株を買い支えするというような「姑息な手段」で中国の人々の間に蔓延するセンチメントの悪化に対処しようとしている、という現状自体が「中国経済はこの先大丈夫か」という不安を煽ることに繋がっていると私は考えています。

 

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2023年10月 7日 (土)

中国不動産危機への対処は重大な段階に入った

 外交・内政ともに「チグハグさ」が目立つ習近平政権ですが、現在の中国国内の最も重要な課題である不動産危機に対する対処についても「チグハグさ」が目立ちます。先週のこのブログで恒大集団の創業者の許家印氏が中国当局に拘束されたことを書きました。中国国内では許家印氏の拘束について「当局は恒大集団に自助努力で『保交楼』(中断した建設工事を再開して契約通りに購入者にマンションを引き渡すこと)をさせるのはムリだと諦めたことを意味する」との認識が広がっています。その一方で、香港証券取引所は国慶節連休明けの10月3日から恒大集団の株の取引を再開しました。株の取引再開を認める、ということは、会社としての活動の継続を認める、ということですから、許家印氏の拘束と恒大の株の取引再開により、当局は恒大集団を今後どうしようとしているのかサッパリわからない、という状態になりました。

 累次このブログで何回も書いてきましたが、最近の中国政府の政策は、様々な部署が打ち出す対応がバラバラで、中国政府全体としてどちらの方向に持って行きたいのかサッパリわからない、という案件が多いのですが、今回の恒大集団に対する対応もそのひとつだと言えるでしょう(中国政府の「バラバラ感」「チグハグ感」については、私は行政の最高責任者である習近平氏が個別の具体的政策課題について「何も言わない」という姿勢でいるのが最大の原因だと思っています)。

 中国では来週(10月9日(月)の週)から国慶節連休明けの様々な活動が再開します。この連休中の各都市での新築・中古マンションの販売状況に関する情報も出てくるでしょう。現時点でのマンションの「売れ行き動向」を踏まえて、中国政府が不動産市場の危機的状況に対して、次にどのような対応をしてくるのか、重大な段階に入ったと言えると思います。

 そこで今回は、この夏以降の中国での不動産市場を巡る様々な動きをまとめておきたいと思います。過去のこのブログに書いたことと一部重複する部分もありますが、その点は御容赦ください。

【2023年】

7月17日:
 恒大集団は延期していた2021年と2022年の決算を発表した。2021年及び2022年の純損失はそれぞれ4,760億3,500万元、1,059億1,400万元だった。2022年末の総資産は約1兆8,400億元、負債総額は2兆4,374億元であり、大幅な債務超過であることが明らかになった。

7月24日:
 中国共産党政治局会議において「我が国マンション市場の需給において発生している重大な変化という新しい情勢に適応して、重点領域のリスクの拡大防止と解消を切実に行う必要がある。」という認識が打ち出された。従来使われていた「マンションは投機の対象ではない」(房子不是用来炒的)という文言が使われなかったことは、一部に「投機目的のマンション売買の制限を緩和するのではないか」との見方をもたらした。

8月9日:
 不動産企業最大手の碧桂園が二つのドル建て債の利息の支払い(総額2,250万ドル)を履行できなかった、と発表した。

8月14日:
 国有企業系で中堅どころの中国不動産企業の遠洋集団(英語名:シノ・オーシャン)が2023年1~6月期の純損益が最大200億元(約4千億円)の赤字になる見通しだと発表した。また、利払いが滞っていた同社の米ドル建て社債の取引が停止となった。

 同日、香港メディアが中国の信託大手である中融国際信託の顧客企業の一部が、期限を迎えた信託商品の支払いが滞っていることを明らかにしたと報じた。中融国際信託の主要株主は中国の資産運用大手の中植企業集団で、この案件は不動産バブル崩壊に関連した同社の流動性危機が関連しているという憶測が広がった。

8月17日:
 恒大集団は、アメリカにおいて外国企業が破産手続きを行うためのアメリカ連邦破産法第15条の適用をニューヨークの裁判所に申請した。

8月25日:
 中国人民銀行、中国金融監督管理総局、中国住宅都市農村建設部の三者が連名で「一軒目か二軒目以降かを判定する基準の変更の基本方針」(従来の「認房又認貸」を「認房不認貸」に変更する)を打ち出した。

(注)投機目的のマンション売買を抑制するため、従来より、二軒目以降の購入については高い頭金比率や高い住宅ローン金利が適用されている。どういう場合に「二軒目以降」と判断するかについては、従来は「認房又認貸」で判断していた(現在マンションを保有している、または過去に住宅ローンを設定した経歴がある人の新規購入は「二軒目」と認定する)。それを今後は「認房不認貸」(現在、当該都市でマンションを保有している人の新たな購入は「二軒目」と判断するが、現在、当該都市でマンションを保有していない(他の都市で保有していても構わない)人であれば、過去に住宅ローンを設定した経歴があったとしても「一軒目」と認定する)に変更することとした。他の都市からの住み替えや同じ都市内におけるよい条件の住宅への住み替えなどの場合でも「一軒目」としての緩い基準を適用することで、住み替え需要によるマンション購入を促進しようというもの。

8月28日:
 延期されていた決算発表が行われたことから、香港証券取引所は恒大集団の株の取引を再開した。

8月30日:
 碧桂園は2023年1~6月期の連結決算について489億元の赤字、売上高は対前年同期比39%増の2,263億元、負債総額は1兆3,642億元だと発表した

8月31日:
 中国人民銀行と中国金融監督管理総局が連名で以下の三つの方針を打ち出した。

・住宅ローンの頭金比率を全国一律で一件目20%以上、二件目30%以上に引き下げる。

・住宅ローン金利のLPR(優遇貸出金利)上乗せ分を引き下げる(具体的な上乗せ分は都市によって異なる)

・既存の(金利の高い)住宅ローンを違約金なしで低金利の新しい住宅ローンに切り替えることを認める(9月25日から各個人は銀行に申請可能。ただし、具体的な新しい住宅ローンの条件は各銀行と各個人との交渉によって決まる。)

 同日、広州市と深セン市が「二軒目以降の判定基準」として「認房又認貸」を「認房不認貸」に変更すると発表。

9月1日:
 北京市と上海市が「二軒目以降の判定基準」として「認房又認貸」を「認房不認貸」に変更すると発表。

9月5日:
 碧桂園はこの日までに8月に支払いができなかったドル建て社債の利息の支払いを実行した。

9月8日:
 南京市が投機目的のマンション売買を抑制するために採られていた様々な購入制限を撤廃した(これ以降、様々な都市でマンションの購入制限の撤廃が相次いだ)。

9月15日:
 恒大集団の傘下にある生命保険会社「恒大人寿保険」が新たに設立される海港人寿保険に売却されることが中国国家金融監督管理総局によって承認された。海港人寿保険は、深セン市の政府系投資会社が51%、中国保険保証基金と大手保険会社が49%の出資をして設立する会社である(つまり政府主導で恒大集団の生命保険会社を切り出して売却させた)。

 同日、遠洋集団が全ての外貨建て債券の返済を債務の再編が実行されるまで一時的に停止すると発表した。

9月16日:
 深セン市の公安当局は恒大集団の富裕層向け資産管理部門、恒大財富の「杜某」を拘束したと発表した(報道によれば拘束されたのは資産管理部門の責任者の杜亮氏)。

9月19日:
 中国の大手(碧桂園、恒大に次ぐ三位グループの)不動産企業の融創中国がアメリカ連邦破産法第15条の適用申請をした(8月17日に恒大が申請したのと同じ行為)。

 碧桂園はこの日までに、返済期限が来ていた8本の人民元建て社債の全てについて債権者との間で3年間の返済期限延長について合意した。

9月22日:
 恒大集団は延期されていて8月に開催予定だったものが9月25日に再延期されていたドル建て債務に関する債権者会議を「住宅販売が予想より振るわないため」との理由で再々延期した(延期後の日程は設定されず)。

 同日、中国の不動産投資会社、中国泛海控股(チャイナ・オーシャンワイド・ホールディングス:英領バミューダ諸島で登記、香港株式市場に上場)は、アメリカでの開発事業の支払いを巡って英領バミューダ諸島の裁判所から清算命令を受けた(このため香港株式市場において9月25日から中国泛海の株式の売買が停止された)。

9月24日:
 恒大集団は、子会社の恒大地産集団が情報開示を巡って証券監督当局から捜査を受けているため新規の社債を発行できない、と発表した。

9月25日:
 中国のメディア財新が、恒大集団の元CEO(最高経営責任者)の夏海鈞氏と元CFO(最高財務責任者)の潘大栄氏が当局に拘束されたと報じた。

 同日、恒大集団はこの日が支払い期限だった人民元建て債券40億元の元利金を支払えなかった。

9月28日:
 恒大集団は創業者の許家印氏に対し「強制措置」が採られたと発表した。同日、香港証券取引所は恒大集団の株の取り引きを停止した。

10月3日:
 香港証券取引所は恒大集団の株の取引を再開した。

10月4日:
 中国の不動産企業の中駿集団(SCEグループ)がドル建て社債の元利金6,100万ドルの支払いが滞ったことが原因でデフォルト(債務不履行)に陥ったと発表し、18億ドル相当の4本のドル建て社債の取引を停止した。

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 このほか、9月に入ってからいくつかの都市でマンション販売価格の制限(値下げ禁止令)の撤廃が広がっているようです。このような価格制限撤廃や南京から始まった様々な購入制限の撤廃は、頭金比率や住宅ローン金利の引き下げ、ニ軒目以降を判断する基準の緩和(「認房又認貸」から「認房不認貸」への変更)によってもマンション販売があまり活性化しておらず、多くの都市においてさらなるマンション販売促進策が必要になったことを意味しています。

 一方、この夏以降、中古マンションの売り出し数が激増しているのだそうです。9月21日に見たテンセント網・房産チャンネルにアップされていた「解説動画」では、中古マンション売り出し件数は、上海47万軒、北京19万軒、広州13万軒、深セン8万軒、重慶27万軒、西安17万軒、成都15万軒で合肥、瀋陽、天津、南京は10万軒を超えていると紹介していました。2022年一年間の上海でのマンション販売数は、新築で9.2万軒、中古で15.8万軒だったことから、これらの中古マンション売り出し数は多すぎる、とこの「動画解説」で解説している人は言っていました。

 上に書いた当局によるマンション購入促進策がアナウンスされた後、中古マンションの売り出し数が増えている原因としては、次の二つがあると別の「解説動画」では解説していました。

・当局による「住み替え需要喚起策」を好感して、大都市への移住やこどもの成長などの環境変化で住み替えを検討していた人たちが現在住んでいるマンションを売りに出して新しいマンションへの住み替えをやり始めたため。

・マンション購入刺激策が出されたため、需要が増えるだろうと見込んで「売り時」を見計らっていた投機目的のマンション保有者が一斉に売りに出たため。

 前者ならばよいのですが、後者だとすると、今後、中古マンションがだぶついて中古マンションの価格が下落する可能性があります。

 さらに最近テンセント網・房産チャンネルで話題に上っているのが、「9月21日に北京市朝陽区の住宅建設委員会が手持ちのマンション154戸(個別価格70~130万元)を売り出した(総額10億元)」「9月25日に済南市発展集団資産運営管理有限公司が手持ちのマンション1,341戸を売り出した(総額28億元)」という案件です。売却の理由としては「資産配置の合理化」「所有するマンションを売却することにより現金を獲得して資産問題を緩和するため」としている、とのことです。中国のネット上では「公的機関自身が『これからマンション価格は下落するから今のうちに売っておこう』と考えているのではないか」「土地使用権売却収入が減少して地方財政が苦しくなっていることの表れではないか」といった疑心暗鬼が広がっているようです。

 こういった案件がネットで話題になるくらい、現在中国でマンションを保有している人の多くは「マンション価格はまだまだ下がるのではないか」という不安にさいなまれているのではないでしょうか。一方、今マンションを持っていない人にとってはマンション価格は下がった方がよいのですが、マンション価格が下がって不動産市場の活気が失われることは中国経済にとってよくないと警告を発する「解説動画」もあります。

 ある「解説動画」では、「マンション市場の救済が行われなければ、それがどのような重大な結果をもたらす可能性があるのか?経済の基盤が崩壊するのか?」と題して解説しています。この「解説動画」では、仮にマンション市場が救済されなかったら「経済の減速と失業の増加」「金融リスクの拡大」「消費市場の一層の萎縮」「地方政府の財政収入減少」「貧富の格差拡大による民生の低下と社会の不安定の増大」が起こる可能性があると警告を発し、「だからこそマンション市場は必ず救済されなければならない」と主張しています。

 飛ぶ鳥を落とす勢いで中国の経済成長における「チャイナ・ドリーム」の体現者だとみなされていた恒大集団の創業者の許家印氏が当局に拘束されたことは、中国の人々にとっては大きな衝撃だったようです。「なぜこうなったのか」といった議論がネット上で飛び交っています。

 許家印氏の奥さんだった丁玉梅氏は、恒大の株の24.74%を持った状態で既に許家印氏と離婚し、現在はカナダのパスポートを取得してカナダに滞在していると言われています。こうしたことから許家印氏に対しては、家族を使って個人の資産を海外に逃避させているのではないか、といった疑いもなされています。なので、ネット上では許家印氏個人に対して「巨大な会社のトップは社会的責任を果たすべきだ」といった非難が飛び交っています。

 その一方で、こうした恒大集団に対して安易に資金を融資した銀行に対する批判やあまり明示的には言ってはいないものの恒大集団のこれまでの動きを許してきた行政当局の「甘さ」を暗に批判する発言もネット上ではなされています。

 今日(10月7日(土))見た「解説動画」では、「許家印が目的ではない、背後にいる木喰い虫を根こそぎ退治しなければさらにひどいことになる」と題して、「国家財政を食い物にする木喰い虫をえぐり出さなければならない」と主張していました。この「解説動画」では「木喰い虫」とは具体的に何を指すのかは必ずしも明確ではないのですが、最後は「この考え方が広がっていけるのか。はたまた封殺されるのか。一切を天命に任せようではないか(聴天由命)。」と結んでいました。

 最後の言い方ですが、私は「誰が皇帝になるかは天が決める」「天命を失った皇帝は失脚し、新たに天命を得た者が皇帝になる」という中国の「易姓革命」の考え方を連想してしまいました。

 マンションは人々が安心して生活できる場所であり、日々苦労して稼いで貯めたお金でようやく買えた人生最大の財産です。また中国経済の大きな部分が不動産業に支えられていることを中国の人々はよくわかっています。だからこそ、中国の人々の不動産市場の問題に対する関心は高いのです。国慶節の連休が明けて、連休中のマンションの売れ行き状況が明らかになって以降、中国政府がマンション市場の状況に対して相当強力な対応策を打ち出さないと、中国の人々の中に溜まった不満はこれからますます高まって行くことになるでしょう。

 私は日々中国のネット空間のごく一部を見ているだけですが、中国の人々の不満は臨界点に達しつつあるような雰囲気を感じます。こうした状況において、習近平氏は「何も言わない」「何もしない」という姿勢を今後も続けるのでしょうか。私はそろそろ「何も言わない」「何もしない」では済まない段階に入ってきていると感じています。

 いずれにせよ、国慶節の連休明けに何か動きがあるかどうか、今後とも注目していきたいと思っています。

 

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2023年9月30日 (土)

恒大集団の会長・許家印氏の拘束の次に起きること

 経営危機に陥っている中国の不動産大手の恒大集団の会長で創業者の許家印氏の動向については、9月に入ってから、中国のネット上では「許家印氏は広州の恒大集団の本社に出社しているようだが、彼のサインが必要な決済文書は担当者が彼のところに持って行って決済してもらっているようで、外部の人間は許家印氏には会っていない。許家印氏は実質的に中国当局の監視下に置かれているのではないか。」というウワサが流れていました。こうした中、9月27日、ブルームバーグ通信が「許家印氏は中国当局に拘束されいているようだ」と報じました。ここまでは「ウワサ」の類の話でしたが、9月28日、恒大集団は「当社の会長・許印家に犯罪行為があったとして当局が『強制措置』をとった」と発表しました。この恒大集団自身の発表により、許家印氏の拘束が「ウワサ」ではなく「事実」であることがハッキリしたので、中国国内には衝撃が走っているようです。許家印氏は、恒大集団をゼロから創ったワンマン経営者であり、彼がいなくなったら恒大集団は会社としては何もできなくなってしまうのではないか、と思われるからです。

 許家印氏の拘束との因果関係はわかりませんが、同じ9月28日、香港証券取引所は8月28日から再開されていた恒大集団の株の取引を再び停止しました。

 私が今日(2023年9月30日(土))の正午頃見たテンセント網・房産チャンネルには「国家はなぜ今のタイミングで手を動かして許家印を拘束したのか」と題する「解説動画」がアップされていました。アップされたのは日本時間の9月29日22:15で、私が見た時点ではまだ14時間も経過していませんでしたが、既に「43万人が視聴した」という表示が出ていました。この案件は、中国国内でも非常に関心が高いようです。

 この解説動画で解説している人は「国家はなぜ今のタイミングで手を動かして許家印を拘束したのか」という問に対して「答えは簡単だ。恒大を救って活かしておくことができなくなったからだ。」と説明していました。ほかにも許家印氏の拘束を受けて「何があったのか」「これからどうなるのか」についての「解説動画」が多数アップされていて、私も全部は見切れていないのですが、多くの「解説動画」で指摘しているのは、2021年に恒大がドル建て社債のデフォルト(債務不履行)を起こしていながら中国当局がこれまで強制措置を講じてこなかったのは、恒大に経営再建への努力をさせ、数多く発生させている「爛尾楼」(資金不足により建設途中で工事が停止して購入者に引き渡すことができないマンション)の工事を自力で再開させ、予約販売において既に資金を振り込んでいる購入者にきちんとマンションを引き渡すこと(中国語で「保交楼」)を実行させようとしてきたからだ、という見方です。

 9月16日、中国恒大集団の富裕層向け資産管理部門、恒大財富の責任者の杜亮氏が中国当局に拘束されました。また、9月25日、中国メディアの財新は、中国恒大集団の元CEO(最高経営責任者)の夏海鈞氏と元CFO(最高財務責任者)の潘大栄氏が中国当局に拘束されたと報じました。同日、恒大集団は支払い期限が来た人民元建て債券40億元の元利金を支払えませんでした。これら一連の動きを見ていると、中国当局は、恒大に「自助努力による『保交楼』の完了」をやらせることはもはや不可能になったと判断した可能性があります。

 一方、8月に発表された恒大集団の経営情報資料において、恒大集団の株の24.74%を保有する許家印氏の奥さんについて「当集団と独立した個人」と表現していたことから、中国のネット上では「許家印氏は奥さんと既に離婚しているということか」「この離婚は『技術的離婚』であって資産の一部を『元奥さん』に託して国外に移転しようとしているのではないか」といった見方が出ていました。今回、一部の報道によると恒大集団の関連子会社の幹部である許家印氏の次男も当局に拘束されたということで、許家印氏は「自助努力」と称して集めた資金を「爛尾楼」の建設工事再開に回さずに自分の資産として家族を通じて国外に退避させようとしているのではないか、という疑いがネット上で指摘されていました。こうした事情から、中国当局も恒大による「自助努力の経営再建」はもはや不可能だと判断したのかもしれません。

 そうなると中国の人たちにとって気になるのは「これから恒大集団はどうなるのか」「まだ大量に残っている『爛尾楼』はきちんと完成されるのか」ということです。ある「解説動画」によると、恒大が作り出した「爛尾楼」は620万戸にも上るのだそうです。中国当局が恒大の自助努力による経営再建はもはやムリだと判断しているのならば、社会の安定の観点から、中国当局は恒大集団の資産を接収するなどして、大量に残っている「爛尾楼」の完成を政府の力で実施するのではないか、という見方をする「解説動画」も複数ありました。「党と政府は一般庶民の方を向いているはずだ。私たちは党と政府を信頼している。」と言っている「解説動画」もありました。

 ただ、問題は、こうした巨大企業の経営危機の問題が発生した時、被害に遭った数多くの人たちを救済するために政府が介入することになったとしても、全ての人を100%救済することは不可能で、「一部または全部が救済対象外」に置かれる人たち(いわば「ババを引く人たち」)が必ず発生する、ということです。

 2008年に表面化したアメリカのサブ・プライム・ローンの問題に関しては、アメリカ政府とFRB(連邦制度理事会)はベアー・スターンズは救済しましたが、リーマン・ブラザーズは救済しませんでした。今年(2023年)3月、スイスの二大銀行の一つクレディ・スイスの経営危機の問題が発生した時、スイス政府とスイス国立銀行はクレディ・スイスの株主については持ち分の一部を保護しましたが、AT1債(劣後債の一種)の保有者に対しては全てを負担させました(この点については、銀行の経営破綻時の損失負担の優先順位の観点で問題だという裁判が現在提起されているようです)。

 中国の不動産企業の場合、「爛尾楼」の問題だけでなく、建設工事を請け負ったのに建設代金が支払われていない建設会社(それに関連して給与を支払われていない建設会社の労働者)やその他の恒大に対する「売掛金」を持つ多数の企業がありますから、誰を救済し、誰に損失をかぶってもらうか、は非常に難しい問題です。「誰をどの程度救済するか、誰に損失をかぶってもらうか」については、普通の(民主主義の)国では、国会で議論した法律に基づいて決定され、その決定に不満を持つ利害関係者は裁判を提起して争う方法がありますが、中国のように「政策も裁判も全ては中国共産党が決める」体制の場合は、「誰をどれだけ救済するか」については、決めるのは簡単ですが、決めた後が大変です。数多くの利害関係者に意見を言うチャンスがないからです。最後は人民解放軍を出動させて「黙れ!中国共産党が決めたことに従え!」と中国人民を抑え付けることになるのでしょうが、そうやって抑え込まれた中国14億人の人民の不満の矛先は、結局は中国共産党に向かうことになります。

 中国の不動産企業の経営危機の問題については、恒大集団というひとつの巨大企業が作り出した負債の問題だけに留まりません。恒大とトップを競っていた碧桂園やその他多数の中小不動産企業も大なり小なり同じような問題を抱えているからです。政府が介入するにしても「A社には政府が介入した」「B社に対しては政府は何もしなかった」という問題は必ず生じます(2008年のアメリカにおける「ベアー・スターンズは救済した」「リーマン・ブラザーズは救済しなかった」のように)。現実問題として、中国には数多くの不動産企業がありますから、政府が介入するとしても、対象はたぶん少数の「大手」だけであって、大多数の中小の不動産企業については中国政府は「潰れるがまま」にするしかないと思います。

 さらに中国の不動産問題の場合にやっかいなのは、地方政府がその財政収入の多くを土地使用権売却収入に頼ってきたという事実です。不動産企業の破綻の問題は、すぐに中国の地方政府の財政破綻の問題に直結します。さらに、この問題は中国の地方政府が主体となって実施してきた各種のインフラ投資が今後どうなるかにも繋がっていきます。

 この国慶節連休を前にして、福建省の福州と厦門を結ぶ高速鉄道が開通しました。中国のテレビのニュースでは海の上に架かる長大な鉄道橋の上を走る高速列車の映像を放映していました。中国では「八縦八横」と呼ばれる縦横に走る高速鉄道網が建設中です。しかし経営的に黒字化できる高速鉄道路線は北京-上海線くらいだと言われており、これらの高速鉄道網が日本の旧国鉄と同じ運命をたどる可能性は小さくありません。中国各地で建設されている高速道路網や空港も同様です。

 借金体質の拡大にストップを掛け、過去の借金を整理するに際しては、どうしても誰かが一定程度の被害をかぶる「血の出る改革」が必要となります。日本の経験で言えば、1980年代の国鉄改革に際しては数多くの旧国鉄労働者が苦しい思いを強いられましたし、1990年代の平成バブル崩壊後の不良債権処理では、いろいろな人がいろいろな形で「血を流した」のでした。中国の人たちは、今の段階では「中国共産党が何とかしてくれる。私たちは党と政府を信頼している。」と言っていますが、おそらくは全員が「自分だけは『血を流す』ことはないはずだ」と考えていると思います。

 私は今、「借金を整理するに際しての『痛み』」について「血を流す」という比喩的な表現を使いましたが、中国に関してはこれは「言ってはならない比喩」だったかもしれません。1980年代の改革開放路線の軌道修正の過程の1989年6月に実際に数多くの中国の人々の「血が流れた」からです。

 既に今日(9月30日)あたりは街中で大きな旅行カバンを押しながら歩く中国人観光客らしき人たちを数多く見掛けました。この国慶節の連休中、この夏に打ち出されたマンション購入のための様々な制限緩和(頭金規制の緩和や住宅ローン金利に引き下げ)を受けてマンション見学をする中国の人たちも多いと思います。国慶節の連休が明けて、連休期間中の中国国内でのマンションの売れ行きぐあいがどうだったのか、というニュースが流れる頃には、「恒大を巡る次の動き」即ち恒大の清算や中国政府の介入による「保交楼」の促進といった話が出てくるかもしれません。逆にそういった「政府の介入」がもしこれから何もないのだとしたら、たぶんそれは今の時点では「我々は党と政府を信頼している」と言っている中国の人たちの期待を裏切ることになると思います。

 恒大集団の会長・創業者の許家印氏の拘束により、中国の不動産危機を巡る情勢は、明らかに「次のフェーズ」に進んだと言えると思います。

 

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2023年9月23日 (土)

台湾有事よりも中国共産党有事の方が心配なのかも

 中国の習近平政権の「ちょっと変な動き」が続いています。特に外交関係で打ち出されるメッセージが「方向性が統一されておらずバラバラ」で、中国共産党内部に組織的問題があるのではないか、と伺わせます。私が「ちょっと変だ」と感じている点は以下の諸点です。

○日本のALPS処理水の海洋放出に関して強烈な対日批判を展開している一方で、9月3日の「抗日戦争勝利記念日(日本の降伏文書署名の日を記念する日)」や9月18日の「(満州事件のきっかけとなった)柳条湖事件記念日」には特段の動きはなく、むしろ通常の年よりも平穏なくらいだった。

○ニューヨークでの国連総会に韓正国家副主席が出席し、9月18日に韓正氏がアメリカのブリンケン国務長官と会っている同じタイミングで、王毅外相はモスクワを訪問して中ロの緊密な関係を演出していた。このタイミングで人民日報は9月20日、一面トップで「習近平氏が抗日戦争中のアメリカ義勇軍航空隊を賞賛する返信の手紙を送った」と報じて米中関係改善を望む姿勢を打ち出した。

○9月21日、中国海事局が天然ガス掘削船を尖閣諸島付近の日中中間線より日本側に曳航する旨の発表を行ったが、翌22日に日本の松野官房長官が記者会見で中国側に申し入れを行った旨を述べた直後、中国側はこの発表を取り消した。報道によれば、中国側は日本政府に対して「入力ミスだった」と連絡してきた由。

 三番目の案件は、中国側が釈明していることを踏まえれば、純粋に「事務的ミス」だった可能性もありますが、「事務的ミス」だったとしても、海事局が外交上大問題となるような案件をホームページ上にアップするのを事前にチェックできなかった、という点で「組織上のたるみ」がある、と言われてもしかたがないと思います。特に海事局がこの発表を行った日は、習近平氏が杭州で開かれるアジア大会開会式に出席することの正式発表があったのと同じ日であり、意地悪く勘ぐれば、習近平氏に反対する勢力が、アジア大会開会式に出席してアジア諸国との友好関係をアピールしたいと考えている習近平氏に対する「当てつけ」の嫌がらせをしたという見方もできます。同じような指摘は今年(2023年)2月にアメリカのブリンケン国務長官が訪中する直前にアメリカ本土上空に偵察用と見られる中国の気球が出現した時にも言われました。

 二番目の「習近平氏が抗日戦争中のアメリカ義勇軍航空隊を賞賛する返信の手紙を送った」という案件もいささか意味不明です。この「アメリカ義勇航空隊」の案件とは1941年に当時のアメリカの退役軍人らが抗日戦争中の中国に対してフライング・タイガーズ(中国名「飛虎隊」)を組織して支援したことを指すのだそうです。これを記念して1998年に「中米航空遺産基金」という団体が設立され、今回は習近平氏がこの団体の関係者に返信の手紙を出した、ということなのだそうです。当時のアメリカは蒋介石の中華民国を支援したのであって中国共産党を支援したわけではない、といった細かい話は脇に置いて置くとしても、このタイミングで習近平氏が返信の手紙を出したことを「人民日報」の1面トップに掲載したことは、中国がアメリカに対して「関係改善の意思がある」というメッセージを出したかったからだということは明らかです。最近の中国による一連の「日本たたき」が日米韓の連携強化に対する反発なのだとしたら、今回の「アメリカとの関係改善の意思の表明」は、中国の外交姿勢に全く一貫性がないことを印象づけるものだと私は感じました。

 さらにこの「中米航空遺産基金」に対する習近平氏の手紙の件については、9月20日付けの「人民日報」の2面に「飛虎隊の精神を代々伝承させよう」という解説記事が載っていたのに、翌9月21日付け「人民日報」2面にも「飛虎隊精神を伝承して中米民間友好を推進させよう」という解説記事が掲載されていたのを見て私は「変だな」と感じました。私は最初に21日付けの紙面を見たとき「あれ?昨日と同じ記事が載っているぞ」と思ったからでした。よく読むとこの二つの記事は全く同じではなく、前者は新華社の記者が書いたもの、後者は人民日報の記者が書いたものでした。別人が書いた記事なので全く同じではないのですが、同じ案件に関する記事なので情報としては重複する部分が多く、二日にわたって記事を掲載する意味を全く感じないものでした。日本でも、同じ案件に対して共同通信と時事通信がそれぞれ記事を書くことは日常的になされていますが、同じ新聞が両通信社の記事を両方載せるようなことはしないでしょう。「人民日報」があまり違わない内容の記事を二日連続で掲載した意味は不明です。アメリカとの関係改善を呼びかけるような記事の掲載自体が唐突でしたが、同じような記事の二日連続での「人民日報」への掲載も意味不明でした。背景にアメリカに対する対応方針に関する派閥争いのようなものがあるのだろうか、と私は勘ぐってしまいました。

 秦剛外交部長の突然の退任とか、李尚福国防部長の三週間にもわたる所在不明とか、最近の習近平政権には「意味不明」の動きが目立ちすぎます。日本のマスコミではどこも取り上げていませんが、7月25日の中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」は、スカパー!の大富チャンネルで日本国内向けに録画放送された時には冒頭のニュースが放送されませんでした(冒頭の部分だけ「中国風景」という風景動画が流されていた)。「新聞聯播」は、中国中央電視台のホームページで見ることができますので、ネットで確認すると、スカパー!の大富チャンネルで放送されなかったのは、同日開催された中国共産党政治局第七次集体学習において軍の強化に関する議論がなされたことを報じる部分でした。ちょうどこの頃ロケット軍の幹部の交代があった時期なので、映像を提供する中国中央電視台の側かあるいは日本国内で放映する大富チャンネルの側かどちらかが何らかの考えに基づいて「日本国内で放映するのはマズい」と考えてこの部分だけカットしたのだと思います。日本のNHK等の報道を中国国内での放映時に「検閲カット」することは私は何回も経験していますが、日本国内で放映される中国国内で製作されたニュースが「検閲カット」されたのを見たのは私は初めてでした。軍を含めた中国国内で「何かが起きている」ことを想像させるような案件でした。

 2024年1月の台湾での総統選挙をきっかけとした中国共産党による台湾の武力統一行動、いわゆる「台湾有事」が懸念されていますが、著名なエコノミストのリチャード・クー氏は週刊東洋経済2023年8月5号の記事で「『バランスシート不況』の中国に台湾に侵攻する余裕はない」と言っていますし、アメリカのバイデン大統領はベトナム訪問時の9月11日、中国について「厳しい経済問題を抱えていることが台湾への侵攻に向かわせることになるとは思わない。おそらくはむしろ逆で経済問題を抱えていることにより台湾への侵攻の意欲が弱くなるかもしれない。」と語っています。

 アメリカは、おそらくは中国の内部で「何かが起きている」という情報を持っているのだろうと私は想像しています。アメリカと中国は昨日(2023年9月22日)、経済と金融に関する作業部会を設置することを発表しました。私はここに「金融」が含まれていることがキーだと考えています。今年7月、ブリンケン国務長官に続いて訪中したのが商務長官ではなくイエレン財務長官だったことからもアメリカは中国との関係について「通商・貿易問題」よりも「金融問題」の方を重視していると私は見ています。日本に次ぐ金額の大量のアメリカ国債を中国が保有していることを考えた時、現在進行中の中国の不動産バブルの崩壊現象が金融危機にまで発展することは、アメリカにとっては「他人事」ではなく完全な「自分の問題」であることがわかっているからです。

 中国の不動産企業がドル建て社債を償還ができなくなりそうな時、中国人民銀行は緊急のドル融資をするかもしれませんが、そのためのドルを手当てするために中国が持っているアメリカ国債を売却するかもしれません。中国による急激なアメリカ国債の売却は、アメリカ国債金利の急騰をもたらし、アメリカ経済のみならず世界経済に大きな衝撃を与えます。ですから、アメリカはそういうことにならないように中国と情報を交換し、必要があれば中国を支援する(例えば今は米中間では通貨スワップ協定はありませんが、アメリカFRBが中国人民銀行が発行する人民元を担保として中国人民銀行に米ドルを緊急融資するなど)ことも考えているかもしません。

 上に書いたように、今、習近平政権内部では「何か変なこと」が起きているような気配がしているのですが、アメリカにとっては「台湾有事」が起きても困るが、一方で中国共産党内部で深刻な権力闘争が起きて中国政治が混乱して中国国内の不動産バブル崩壊が金融危機にまで発展しても困るのです。なので、アメリカは「台湾有事」が起きないように努力するとともに、中国共産党内部の危機的な権力闘争、いわば「中国共産党有事」が起きないように今最大限の努力を傾注しているのだと思います。全く変な話なのですが、おそらくアメリカは「習近平政権がコケないように陰ながら支える」という役割を果たそうとしているのだと思います。

 9月19日(火)の産経新聞9面の「田中秀男の経済正解」の欄「中国金融危機 米国は今度こそ放置するのか」の中で、筆者の同紙編集委員の田中秀男氏は、8月14日にアメリカ金融資本最大手のJPモルガン・チェースが香港株式市場で中国不動産最大手の碧桂園の株を買い増して株式の5%以上を保有したことを指摘しています。今、中国の不動産企業の株価は暴落して「紙くず同然」になっていますから、JPモルガン・チェースにとっては、碧桂園の株を買い増しすることの負担はそれほど大きくないと思いますが、田中氏はこの記事で「バイデン政権が習政権に助け船を送る構図が透けて見える」と書いています。

 問題は、こういう「アメリカのバイデン政権が国内の不動産危機で苦悩する習近平政権が倒れないように支えようとしている」ことが明らかになってくることが中国国内にどういう反応をもたらすか、です。中国国内には「習近平氏は対米強硬路線を行っているからこそ支持してきた」という人もいるだろうし、逆に「中国経済の活性化のためには毛沢東時代に戻るような習近平氏のやり方ではなく、トウ小平氏のように『対外開放と経済の市場化』を進めてアメリカとの関係も改善すべきだ」と考える人もいると思います。こうした中で「実はアメリカは習近平政権が倒れないように支えているのだ」ということがハッキリしたら、中国国内では外からは想像できない波紋が広がるかもしれません。

 昨日(2023年9月22日(金))、習近平氏は浙江省杭州市で、杭州アジア大会開会式に参加するために訪中しているシリアのアサド大統領と会談しました。習近平氏がどの国の首脳と会うかは習近平氏の勝手ですが、ロシアの支援を受けているアサド大統領と会うことが示す外交的メッセージは明白です。このことを見ても、私には「習近平氏が外交的にどの方向を目指しているのかサッパリわからない」と思えます。アメリカに対抗する姿勢を強く見せたいのであれば、9月20日の「人民日報」1面トップの「抗日戦争中のアメリカ義勇軍航空隊を賞賛する返信の手紙を送った」という記事は何だったのか、と思えるからです。

 今ネットを見たら、習近平氏は、同じく杭州を訪問している韓国のハン・ドクス首相と会談し、韓国が現議長国として年内開催を目指す「日中韓サミット」について「適切な時期の開催を歓迎する」と表明した、とのニュースが流れていました。韓国や日本との関係をあまり悪化させたくないと考えているのだったら、日本産水産物の全面輸入禁止を何とかして欲しいなぁ、と思いますね。

 中国の不動産市場に関しては、これから重要な数週間が始まります。9月25日(月)から既存の住宅ローンの低金利のものへの切り替えに関する住宅ローン設定者の銀行への申請が始まります。4,000万人と言われる住宅ローン設定者が銀行に殺到して混乱が起きないか、重要な収入源である住宅ローン金利を一斉に引き下げることにより各銀行の経営状況が悪化しないのか、など今後どうなるかを見極める必要があります。10月1日からの国慶節の連休は、中国のマンション業界にとっては一年中で最大の「かきいれ時」です。8月末~9月初の住宅ローンの頭金比率や金利の引き下げ、二件目購入の際の条件緩和などのマンション購入刺激策がどの程度効果があるかが連休を経過すればある程度わかってくると思います。

 今晩(2023年9月23日夜)、アジア大会杭州大会の開会式が行われました。何回も言いますが、習近平氏には、こういうセレモニーに出席するのもいいですが、それより外交・内政ともに具体的な政策の方向性について、明確に自分の考えを示して欲しいと思います。そうでないと、仮に習近平氏自身が具体的な政策を打ち出さない一方で「金融危機が起きないようにアメリカが習近平政権を陰ながら支えている」というような認識が中国国内に広まってしまっては、習近平氏にとって極めてよくないことになる、と私は思います。

 

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2023年9月16日 (土)

第20期三中全会はいつやるのだろうか

 9月も半ばを過ぎたので、今日のブログでは「党大会のあった翌年の10月頃には三中全会(第三回中央委員会全体会議)が開かれて重要政策について議論されます。通常、9月半ば頃には三中全会の日程が発表になります。今年はまだ日程が発表になっていませんが、今度の(「第20期の」=「第20回中国共産党大会で選出された中央委員による」)三中全会は、いつ開かれ、どのようなことが議題になるのでしょうか。」と書こうと思っていました。「党大会の翌年の秋には三中全会が開かれ重要政策が議論される」というのは、私はずっと「そういうもの」だと思っていたのですが、習近平政権になってからを振り返ってみると、必ずしも「そういうもの」ではないことに気が付きました。

 ここ二十年間の三中全会の日程と内容は以下の通りです。

第16期三中全会(胡錦濤政権一期目):2003年10月11日~14日、社会主義経済体制整備について議論された。

 前年の第16回党大会で、三つの代表論(江沢民氏が提唱したプロレタリアート以外の者(企業経営者等)も中国共産党員になれる、という考え方)が党規約に盛り込まれたことをきっかけとして、中国共産党が指導する経済体制の中で民間企業等の位置付けをどのようにするかが議論されました。

第17期三中全会(胡錦濤政権二期目):2008年10月9日~12日、土地制度改革について議論された。

 前年(2007年)の全人代で「物権法」が制定されて、都市住民がマンション等の住居として利用する土地使用権を保有することが正式に法的に認められたことなどにより土地制度を改めて議論する必要があったために土地制度改革が議論されました。特に、農民が農地使用権(耕作権)を担保として資金の融資を受けることを認め、農家の若い働き手が都会に出て「農民工」として働いているために発生する耕作放棄地の農地使用権を出資する形で「合作社」を組織し、(個々の農家ではなく)その「合作社」が農業経営を行う、などの新しい農業のあり方について議論されました(このブログの2008年10月28日付け記事「第17期三中全会決定のポイント」参照)。

第18期三中全会(習近平政権一期目):2013年11月9日~12日、不動産税立法、都市戸籍改革、計画生育の緩和(二人目以降のこどもを生むのを認める)などが議論された。

 習近平政権の発足に当たり、この時点で問題になっていた重要事項について議論されました。なお、不動産税立法については、この三中全会で実施が議論されたのですが、今もって(2023年9月の時点で)立法化はなされていません。不動産税の導入は、マンション市場のバブル化を防ぐための(かつ土地使用権売却収入に代わる地方政府の有力な収入源になる)強力な手段だと考えられているのですが、中国共産党員の多くがマンションを保有していて不動産税の導入には消極的、といった理由があるからか、今もって法制化がなされていません。不動産税の導入がなされなかったことが、その後のマンション市場のさらなるバブル化を招き、現在(2023年時点で)問題となっている不動産市況の状況を招く一因になったと考えることもできます。

第19期四中全会(習近平政権の二期目):2019年10月28~31日、中国の特色のある社会主義制度の堅持及び国家の統治体系と統治能力の現代化について議論された。

 「習近平総書記を党中央の核心として維持することを堅持する」「政軍民学、東西南北中、党が一切を指導することを堅持する」「『軍隊の非党化、非政治化』と『軍隊の国家化』という誤った政治観点に断固として反対する」などが議論さました(このブログの2019年11月9日付け記事「第19期四中全会の統治に関する決定のポイント」参照)。

 第19期だけが「三中全会」ではなく「四中全会」で、開催時期も党大会の翌年ではなく二年後だったのには理由があります。通常、党大会の直後に一中全会が開催されて政治局常務委員等の党の人事が決定され、翌年の全人代の直前に二中全会が開かれて全人代で議論される議題が中国共産党として議論されます。なので、通常、党大会の翌年秋に開かれる三中全会がその期(党大会で決まった体制が続く五年間)における具体的な重要政策について議論されるのが通例となっていました。しかし、2017年の第19回党大会の後は通常のケースに加えて全人代の前に国家主席の任期を二期に限定していた憲法の規定を改正して三期目以降も国家主席を継続できるようにする件を議論するための中央委員会全体会議が一回付け加わっているため、通常なら「三中全会」だったものが第19期だけは「四中全会」になっているのです。

 上の「概要」を御覧になっていただければすぐわかるように、通常の期の党大会の翌年秋の「三中全会」は「その時点で課題になっている具体的な政策事項」が議論になっているのに、第19期四中全会で議論されたのは「具体的な政策事項」ではなく「中国共産党が全てを指導すること」、別の言い方をすれば「習近平氏が全てをコントロールすること」を改めて議論したという形になっています。この時に行われたのは「四中全会」であって「三中全会」ではなかったので、具体的な政策内容は議論されなかったのだ、という考え方もあるのかもしれませんが、結果として第19回党大会から第20回党大会までの間には「具体的な政策課題」を議論する中央委員会全体会議は開催されなかったことになります。

 2020年10月には「第19期五中全会」が開かれましたが、これは五カ年計画に関する議論で、通常の「五中全会」と同じような内容でした(このブログの2020年10月31日付け記事「意外にソフトだった五中全会」参照)。2021年11月には「第19期六中全会」が開かれましたが、これは新しい「歴史決議」を決めた会議でした(このブログの2021年11月20日付け記事「2021年の『歴史決議』に対する見方」参照)。こうやって確認すると、第19期(習近平政権二期目)以降、「具体的な重要政策」について議論する中国共産党中央委員会全体会合は開催されなかったことは明白です。このことが「習近平氏は具体的な政策を何も打ち出していない」「習近平氏は具体的政策として何をやりたいのかサッパリわからない」といった印象を与えているのかもしれません。

 習近平氏が中国共産党総書記になってそろそろ11年になりますが、この11年間を振り返ってわかることは「習近平氏は自分が中国共産党の全てを仕切る体制を確立し、自分が三期目の総書記と国家主席になること」を目指して来ましたが、結局は「習近平氏がやりたい具体的な政策は何か」が今もってハッキリしない、ということです。もしかすると、習近平氏の目的は「自分の権力を確立し、三期目以降も中国共産党のトップでいること」だけであり、「中国共産党のトップに長く居てやりたいこと」は実は何もないのかもしれません。「三期目の総書記と国家主席になる」という目的を達成してしまったので、習近平氏にとってもはや何もやりたいことはないのかもしれません。そのためにジャーナリストの福島香織氏の言葉を借りれば「習近平氏はやる気を失った」ように見えるのかもしれません。

 私は個人的には「習近平氏が自分に対する権力集中を成し遂げた後に本当にやりたいと思っていることは台湾の武力解放なのである」ということではあって欲しくないと強く願っています。

 不動産市場の問題をはじめ、今の中国には非常に重要な政策課題がたくさんあります。是非とも、できるだけ早く「第20期三中全会」を開催して、中国共産党中央委員会全体でそれらの重要な政策課題についてしっかりと議論をして欲しいと思います。

 もし、今年(2023年=第20回党大会の翌年)のうちに「第20期三中全会」が開催されないのだとしたら、それは習近平氏が実現したいと思っている具体的な政策は何もないことを意味し、それはもしかすると習近平氏の「本当にやりたいこと」とは「台湾への武力侵攻」であることを意味するかもしれないので、警戒心を高める必要が出てくるのかもしれません。

 

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2023年9月 9日 (土)

中国共産党は機能不全状態を自己修正できるか

 日本のALPS処理水の海洋放出に対する中国側の反応を見て、日本の多くの人(普段は中国にあまり関心を持っていない人も含めて)は「習近平政権の中国の反応は常識的に見てもちょっとおかしいんじゃないかなぁ?」と感じたと思います。最近の中国の政策は、結果的に中国自身にとってマイナスになっている部分があったり、打ち出される複数の政策の間に矛盾があったりすることが多いからです。例えば、処理水の海洋放出に反対する機運を盛り上げるのが「アメリカ寄りの日本に対する対抗措置のため」なのだしたら、8月に諸外国に対する団体旅行の解禁を行った時、日本も含めて解禁したのはなぜか、という疑問が生じます。日本に対する団体旅行解禁除外は、日本に打撃を与える有効な外交カードとして使えたはずだからです。

 このほかにも、最近の習近平政権の政策は、学習塾における営利活動の禁止やIT企業への締め付けの強化など、経済活動にマイナスの効果をもたらす政策が次々に打ち出されて、まるで自分で自分の首を絞めているようにさえ見えます。基本方針として「共同富裕」を掲げる一方で、この7月には中国共産党と国務院が「民営経済の発展強化を促進するための意見」を打ち出すなど、民間企業が営利目的で活動を活発化させることを奨励するのかしないのか中国政府が進める政策の方向性がサッパリわかりません。

 これは様々な分野を担当する中国政府の各担当部署を横串で貫いて総合調整を図るべき中国共産党が機能を果たしていないことを意味していると私は考えています。

 私は1986年~1988年にも北京に駐在していましたが、この頃の日中間では、尖閣諸島問題や日本の政治家の靖国神社参拝問題など今に続く問題があったほか、光華寮問題、東芝ココム問題、雲の上の人発言問題など(下記注参照)様々な問題がありました。しかし、これらの諸問題についてトウ小平氏は「中国も日本もれっきとした独立国だ。二つの独立国の間では二つや三つの問題が生じることは自然なことだ。全く問題のないことの方がおかしい。個々の問題については話し合いで解決する、それが外交というものだ。」と発言して、様々な個々の問題があるからといって日本との関係を悪化させてはならない、という方向性を明確に打ち出していました。この当時中国がこういう対日姿勢を示していたのは、1980年代の中国が経済発展のために日本の資金と技術を必要としていたからです。トウ小平氏の中国共産党は、このように中国の国益に立脚して全体を貫く大きな方向性を中国政府の各担当部署に明確に示していたのです。

(注)

光華寮問題:1972年の日中国交正常化前から京都にあった留学生の寮について日本の裁判所が1972年以降も台湾当局が所有権を持つことを認定した問題

東芝ココム問題:東芝機械が機微技術を含む製品を旧ソ連向け輸出した事件をきっかけとして日本政府が中国向け輸出管理も強化した問題

雲の上の人発言問題:日本の外務省幹部がトウ小平氏のことを「雲の上の人になったみたいだ」と発言したことに対して中国側が反発した問題

 昨今の様々な問題について多くの人が気付いているように、中国が抱える様々な問題について、習近平氏は何もコメントしないので、中国共産党及び中国政府の個々の担当者は、それぞれが抱える問題点に対して「習近平氏はこう考えているんじゃないかなぁ」と自分で推測して(習近平氏の意向を忖度(そんたく)して)対処しているように見えます。各担当者がそれぞれバラバラに「忖度」して対処しているので、中国政府が打ち出す様々な政策が統一性のないバラバラなものに見え、それぞれの政策が中国の国益にとってどういう目的を持つのかが全くわからないような状況になっているのだと思います。

 この点については、このブログの2023年7月8日付け記事「何も言わない皇帝を忖度(そんたく)する官僚たち」に書いたところです。最近、多くのチャイナ・ウォッチャーが同じように「習近平氏は何も言わない。各個別の担当者が習近平氏の意向を勝手に忖度してバラバラな政策を打ち出している」という認識について書くようになりました。7月8日の時点で書いた私の見方は、たぶん多くのチャイナ・ウォッチャーの間の共通認識として定着しつつあるのだろうと思います。

 中国共産党や中国政府の各担当者がそれぞれバラバラに習近平氏の意向を忖度して政策を進めることにより、中国共産党も中国政府も組織としての対応が全然できていない、ということを図らずも露呈させてしまったのが7月末に北京周辺を襲った大雨による洪水でした。

 7月末の大雨によって、北京や河北省で洪水が発生し、特に河北省のタク州市(「たく」は「豚」の「月」を「さんずい」に替えた字)での浸水被害がひどかったことは日本でも報道されました。北京に隣接する河北省の平原地帯では、以前から、北京での浸水被害を防ぐため海抜の低い地域が「遊水区」として指定されて、大雨が降った時には「遊水区」に水を誘導するように河川の水門等が設置されていました。ところが2017年以降、以前は「遊水区」として設定されていた湿地帯周辺地域が習近平氏肝入りの副都心都市「雄安新区」として開発されてしまったため、今回の大雨ではタク州市周辺の住民に避難指示を出した上で、意図的にタク州市周辺に水が向かうように水門の開閉を行ったのだそうです。雨の量が想定外に多かったので、タク州市の浸水地域は想定より大きくなってしまった、というのが被害の実態だったようです。

 問題だったのは、洪水が起きた後で「雄安新区」を視察した河北省中国共産党委員会書記の倪岳峰(日本語読みで「げい・がくほう」)氏が「(河北省は)断固として北京を守る外堀となる」と発言したことです。この話は「週刊東洋経済」(2023年8月26日号)の「中国動態」のページでジャーナリストの田中信彦氏が「洪水の元凶『忖度政治』に怒り拡大」と題してレポートしています。同じ話は以下のネット上の二つの記事でも取り上げられています。

☆「北京を守るのに地方100万人を犠牲に、大洪水で露見した中国の非人道的な治水」
(2023年8月19日11:02アップ JBPress 福島香織氏)

☆「習近平主導プロジェクト『雄安新区』を守るため犠牲となって沈んだ町、北京の隣・タク州市水害の死者…実は数千人規模?」 (2023年8月30日 6:04アップ 現代ビジネス 北村豊氏)

 この事態から見えてくることは、中国共産党や中国政府の幹部は、「中国人民の生命・財産を守り生活を向上させること」、「中華人民共和国の国益にとってプラスになること」はもちろんのこと「中国共産党政権の維持強化のためにプラスになること」すらどうでもよく、ただひたすらに「習近平氏に気に入ってもらえるようなこと」のみを目指して行動している、ということです。なぜなら、河北省党書記の倪岳峰氏の「(河北省は)断固として北京を守る外堀となる」という発言は、人民の心を中国共産党から離反させ、中国共産党政権の維持強化のためにはマイナスであることは明らかだからです(河北省党書記がそのことを自分で気付いていないのだとしたら、既に中国共産党という組織の終わりが見えた、といっても過言ではないと思います)。

 この河北省の洪水を巡る一件は、おそらく中国共産党の内部でも問題になっただろうし、タイミングから言って、直後に行われた北戴河会議でも問題視された可能性があります。だからこそ、習近平氏も李強氏も河北省の洪水被災地に視察に行かなかったという想像もできます(視察に行ったら被災地の人たちから何を言われるかわかりませんからね)。

 最近、習近平氏がテレビのニュースに登場する回数がめっきり減ったことや今インドで開催されているG20に習近平氏が欠席した(李強氏が代わりに出席している)ことの背景には、この洪水を巡って中国共産党内部で習近平氏に対する冷たい風が吹いていることがあるのかもしれません。

 上の記事でも紹介したジャーナリストの福島香織氏は、ネット上の JBPress の別の記事「中国・習近平が『やる気』喪失?BRICSでの弱々しい姿に憶測飛び交う」(2023年8月27日11:02アップ)で、消息筋の話として、様々な問題の発生について担当者を問い詰めた習近平氏が「誰ひとり、積極的な意見を言わず、責任ある態度もとろうとしないことに習近平は腹を据えかね、『君たちが何もしないなら、私も何もしたくない』」と「寝そべり宣言」をした、とまで書いています。

 この福島香織氏が書いている話が本当なのかどうかは私にはわかりませんが、まぁ、「自分が中国のリーダーとして世界を引っ張って行くのだ」という気力と気概があるのだったら、堂々とインドでのG20に出席しただろうなぁ、と私は思いますね。

 習近平氏は、昨日(2023年9月8日(金))の中国中央電視台夜7時のニュース「新聞聯播」に「習近平氏は黒竜江省を視察した」というトップニュースの中で登場していました。私が見る限り、特段外国出張に行けないような健康上の問題があるようには見えませんでした。

 今回の習近平氏の黒竜江省視察の内容は以下の通りでした。

・大興安嶺地区の自然森林地区で、森林管理や山火事防火・消防対策の状況について視察した

・中国最北端の村を訪れ、生態に密着した産業・観光業等の実情について視察した。

・洪水被害を受けた農村を訪れ、イネの被害状況や被災した住宅の復旧建築現場を視察した。

・ハルビン工業大学を視察して、国防科学技術に対する貢献についての状況を視察した。

 黒竜江省は、7月末~8月初旬の台風五号が変化した熱帯低気圧による洪水被害がひどかった地域の一つなのですが、「いつもの地方視察と同じようなニュース映像」でした。私の率直な感想は「洪水被害が中国国内でこれだけ問題になっている中、被災してから一ヶ月以上経過してから被災地を訪問するのはあまりにタイミングが遅すぎる」「ニュースでの報じ方においても洪水関係に全く重点が置かれていない」「『水をかぶったけれども何とか成長しているイネを見たり、住宅の復旧建築現場を見たりするだけで、洪水被害のひどさがわかるのか!』と感じる視聴者が多かったのじゃないかなぁ」というものでした。

(注)習近平氏の自然災害被災地の視察って、いつも「こんなもん」です。2020年8月の洪水被災地の訪問において、自ら長靴を履いて住宅から泥を掻き出す作業をしている住民と直接言葉を交わした李克強氏の洪水被災地視察との様子の違いについては、このブログの2020年8月22日付け記事「習近平氏の安徽省視察と李克強氏の重慶市視察」をご参照ください。

 G20の欠席や黒竜江省視察を含めて一連の習近平氏の言動から私が感じているのは以下の点です。

○習近平氏は重要な具体的政策課題について何も言わないのは、自分が責任を取りたくないからだ。外国首脳との原稿なしの直接対決となる会談(場合によってはそれをテレビカメラの前でやらざるを得ない)が避けられないG20には出たくない、と習近平氏は考えたのだ。

○中国共産党及び中国政府の各担当者が自分(習近平氏)に忖度してそれぞれがバラバラな判断をしているのだが、習近平氏はその状態を是正することができない(組織運営の改善について相談できる側近が周囲にいない)。

 「習近平氏は責任あるリーダーで、自分で責任を持って諸問題を解決しようとそれぞれの担当者たちと懸命に検討している」という「リーダー像」を中国人民の前に見せたいのだったら、そういうふうな地方視察スケジュールを組んで、そういうふうなテレビニュースの映像を編集するでしょ、それができていないのだから少なくとも「優れたPR担当の側近」が習近平氏の周囲にいないことは私にもわかります。

 最も大きな問題は、不動産企業の経営危機問題から出発して、金融危機の発生や地方政府の財政破綻の問題が懸念される中、迅速で大きな判断を必要とするこれらの問題に対処するための機能を習近平氏の中国共産党は持っているのだろうか、という懸念が中国国内でも広まっているのだろうと想像されることです。様々な危機を警告するサインが出ている中で、習近平政権は、タイムリーかつ有効な手段を打てていないからです。

 8月30日、中国人民銀行と中国金融監督管理総局が住宅ローンの頭金比率と金利の引き下げの方針を示し、9月1日までに北京、上海、広州、深センの四つの「一線都市」が一件目よりも条件が厳しくなる「二件目以降」の認定基準を緩和したことにより、この一週間、北京や上海では新築及び中古マンションの販売が急速に増えているそうです。ただし、多くの不動産の専門家は、この動きは短期的かつ住み替え需要が強い「一線都市」の範囲に留まると見ており、全国規模の不動産市場の危機的状況を根本的に変えることにはならないだろうと見ています。

 こうした中、今、外国企業や中国の富裕層による中国国外への資産の持ち出し(キャピタル・フライト)が現実化しているのではないかと懸念されています。中国人民銀行は人民元の対米ドルレートがあまり下がらないように様々な手段を講じていますが、人民元安の圧力は収まっていません(今日(2023年9月9日(土)付け日本経済新聞朝刊11面記事「人民元15年9ヵ月ぶり安値 対ドル、米との金利差拡大で 中国、過度な変動阻止へ」参照)。私はこうしたキャピタル・フライトの背景には「仮に金融危機のような状態が起きても習近平政権は適切に対応できないのではないか」という懸念が広まっていることがあるのではないかと見ています。

 1976年10月、中国共産党は自ら「四人組」を逮捕することによって文革派グループの支配による中国共産党の機能不全を阻止しました。トウ小平氏を復活させて、1981年6月に「文革」を批判する「歴史決議」を打ち出すまで、約5年の年月を掛けて、中国共産党は「文革体制」から「改革開放」の体制に自らを自己修正したのでした。仮に現在の習近平体制に中国共産党の組織としての機能不全をもたらす状況があるのだとしても、それを自ら修正する能力を中国共産党は持っていないのでしょうか。

 一番問題なのは、「文革」から「改革開放」までの中国共産党の自己修正には5年の年月が掛かったの対し、現在、目の前に存在している不動産企業の経営危機から金融危機・地方政府の財政破綻への移行の危機は、それだけの時間待ってはくれない、ということです。1990年の日本の平成バブル崩壊も2008年のアメリカのリーマン・ショックも、その対応は適切ではなかったかもしれませんが、少なくともこの時点で日本やアメリカの政府は「通常モード」で機能していました。現在の中国共産党の内実が「機能不全」の状態にあるのだとしたら、仮にそこに金融危機のような状態が発生したら世界は今まで経験したことのない混乱に陥ることになるのかもしれせん。

 人民元安に現れている中国国内からの資金流出(キャピタル・フライト)は、中国国内にいる企業や富裕層がそういう事態になることを懸念して起きているかもしれないことを私たちは軽く考えてはいけないと思います。

 

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2023年9月 2日 (土)

中国マンション市場に蔓延する不安の行方

 ここのところ、私は毎日ネットでテンセント網・房産チャンネルをチェックしていますが、この一週間、以下の二つの「解説動画」が目に付きました。日本語としては適切な表現ではありませんが、中国のネットの雰囲気を知って頂くために、あえて中国語を直接的に日本語に置き換えたタイトルを下記に掲げます。

○日本の核排水の海洋放出は沿海地区のマンション市場に影響を及ぼすのか?(2023年8月28日アップ)

○日本の核排水は5日間で既に千トンを超えているが、これは沿海都市のマンション価格に影響を及ぼす可能性はあるのか?(2023年8月29日アップ)

 タイトルは刺激的ですが、この「解説動画」で解説されている内容は極めて「まとも」です。これらの「解説動画」でなされている解説のポイントは以下の通りです。

・沿海都市部における海産物を扱う飲食業、観光業、養殖業等に影響が出る可能性はあるが、居住環境に直接影響するわけではないので、沿海地区におけるマンション市場に与える影響は小さいと考えられる。

・沿海部のマンションを買う人の中には「おいしい海産物を食べたいから」という人もいるだろうが、多くは「海の見える家で落ち着いた気分で住みたい」と考えて沿海部にマンションを買っているのだろうから、日本の「核排水」の海洋放出が沿海部のマンション市場に影響を及ぼすとは思えない。

・多くの場合、時間の経過によって、今回の海洋放出のような案件に対する懸念は段々に薄れてくるので、直近はある程度の影響があったとしても、将来的には影響は小さくなっていくだろう。

・沿海部の海の見えるマンションを購入している人の多くは投機目的であり、実際に住みたいと考えてマンションを買う人は必ずしも海が見える沿海部のマンションにはこだわらない。大連等においては、投機目的の購入者が減ったことにより、沿海部のマンションの売れ行きは既に落ちているので、日本の「核排水」の問題がこれから沿海部のマンション市場に直接の影響を及ぼすとは考えられない。

・政府による最近のマンション市場に対する政策の動向の方が最も着目すべき重要な事項である。

 上記の二つ目の動画は、最初の部分で「日本の核排水は5日間で既に千トンを超えているが、これは沿海都市のマンション価格に影響を及ぼす可能性はあるのか?」というタイトルが表示された後、その表示の上に「×」印が表示されて、タイトルのような問いを否定する立場であることを明示していました。

 「解説動画」は「まとも」なのだとしても、どうしてこういう解説動画がアップされるのか、という点がポイントだと私は思います。おそらくはネット上には日本のALPS処理水の海洋放出が中国の沿岸部のマンション価格の暴落を招くのではないか、と本気で心配している中国の人々がたくさんいるからこそ、それに対する答えとして、上記のような解説動画がアップされているのでしょう。私が感じたことを率直に言わせてもらえば、これは、中国のマンション市場に関心のある人の間には、昨今の中国のマンション市場の状況を踏まえて、相当程度に「戦々恐々たる不安心理」が既に蔓延していたことが背景にあるのだろうなぁ、ということです。

 中国政府がどういう目的意識で日本によるALPS処理水の海洋放出に対する反対気運を煽っているのか私には理解できていません。こういった中国政府のやり方は、中国社会の中の様々な方面において人々の不安心理を高めているように見えますが、それが中国政府にとってプラスであるとはとても思えないからです。「日本を不安・不満のはけ口にしようとしているのだ」と考えている人もいるようですが、塩が買い占められたり、中国産の海産物も売れなくなったり、沿岸部のマンション価格が下落するのを心配するような人が増えたりすれば、中国政府にとってプラスになることは何もないと思います。

 中国の巨大不動産企業のトップ2である碧桂園と恒大がともに経営破綻するかもしれない、という厳しい状況にある中、この問題に対する中国政府の対応が鈍いことが中国の人々が抱く不安の根本的な原因だと私は思っています。普通の国では、こうした人々が不安を抱くような経済低迷が起こった時、人々を落ち着かせるために政府のトップ政治家はテレビカメラの前で演説し「断固としてこの危機的な状況に対応していく決意だ」と人々に訴えかけるものだと思います。それは、どの国でも(ロシアのプーチン大統領でさえ)同じでしょう。しかし、中国の習近平氏は、そういう訴えかけを全くしません。「訴えかけをしない」どころか、そもそもテレビのニュースに登場しません。

 私は毎日スカパー!の「大富チャンネル」で中国中央電視台夜7時のニュース「新聞聯播」を見ています。「新聞聯播」のトップニュースは毎日ほとんど必ず「習近平氏は・・・」で始まるのですが、これらは過去の視察時の映像等を使って「習近平氏の指示によりこれだけよくなった」といったたぐいの話がほとんどです。「新聞」(ニュース)という意味では、2023年8月は習近平氏は(過去の視察時の録画映像等を除けば)「新聞聯播」にその姿を見せたのは三つの場面しかありませんでした。8月22日からの南アフリカでのBRICS首脳会義関連の会議に出席した時、8月26日に南アフリカからの帰途に新疆ウィグル自治区に立ち寄って視察した時、8月31日に北京で開かれた第11回全国帰国華僑・華僑家族代表大会に出席した時の三つです。この8月は洪水被災地の視察もありませんでした。

 7月24日の中国共産党政治局会議の後、結局、習近平氏は、不動産市場が直面する危機的状況については何もコメントしないまま時間が経過しています。

 こうした中、8月31日、中国人民銀行と金融監督管理総局は連名で、住宅ローンの頭金比率の引き下げ、住宅ローン金利の引き下げ及び既存の住宅ローンの返済者が新しい低い金利のローンに借り換えできるように銀行と交渉できるようにすることを発表しました。さらに、先に方針が示されていた「一件目の購入か二件目以降の購入かを判定する基準」を緩和し、例えば、他の都市で住宅を持っていた人が大都市に住み替える場合、またはよい条件の住宅に住み替える場合には「二件目」(条件が厳しい)ではなく「一件目」(条件が緩い)として判断するようにする、といった政策変更も実行に移されることになりました。

 これらの新しい政策について、テンセント網・房産チャンネルの解説動画では「過去の中で最も有利な条件が示された」と評価しています。これまでは、投機目的のマンション購入を抑制するため、二件目以降の購入については非常に厳しい条件が課されていたからです。ただ、今回の政策変更がマンション販売の大幅な促進に繋がるかどうかは評価が分かれています。「住み替え需要は大きいので今回の政策変更は明らかにマンション市場にとってプラスだ」という見方がある一方、「マンション市場に対する信頼感が失われたのが最大の原因なのだから、今回の政策変更によってはマンション市場の難局を打開するのは難しい」とする見方もあります。

 いずれにせよ、国慶節の大型連休を挟む9月と10月は、中国のマンション業界では「金九銀十」と言われるように、マンション販売の「かきいれ時」なので、これから二ヶ月の中国のマンションの販売動向がどうなるのかに注目する必要があると思います。

 ただ、私が一番気になっているのは、今回のような「頭金比率や金利の引き下げなどの住宅ローンにおける条件の緩和」は個人の住宅購入には影響を与えるだろうが、これまで多くの企業が行ってきた「企業資産としてのマンション購入」には今回の政策変更は影響しない、ということです。これまでマンションの資産価値は一貫して上昇してきたので、中国の多くの企業では、業績が好調で資金に余裕がある時にマンションを購入しておき、資金が必要になった時には保有しているマンションを担保にして銀行から資金を借りる、というのを日常的な企業経理活動の一環として行ってきたと思われます。私は、このブログの2023年3月4日付け記事「習近平政権三期目の喫緊の課題は不動産市場対応」の中で、中国のネット上の記事に以下のような部分があったことを紹介しました。

「これまでの住宅市場の活況の中では、企業が最大の『炒房』(投機目的のマンションの売買)の主体だった。新華ネットのデータによると、2017年のA株を上場している企業3,582社のうち1,656社(46.23%)が投資用マンションを保有しておりその時価総額は9,904億6,600万元だったが、2019年第三四半期末には、上場企業3,743社のうち1,826社(48%)が投資用マンションを保有しておりその時価総額は1兆3,340億元に増加していた。多くの上場企業は本来業務ではなく投資用マンションの売買で利益を上げ、上場企業としての地位を保っていた。」

 上の記事で言っている企業による「炒房」(投機目的のマンションの売買)は個人向け住宅ローンの対象ではありませんから、今回の政策変更では何の影響も受けません。従って、今回の政策変更によっては企業による投機目的のマンション購入は復活しないでしょう。だとすると、今後、「値下げ禁止令」を緩和すれば、やはりマンション価格は下落するでしょう。そうなると、企業が保有しているマンションの資産価値は下落し、バランス・シートの悪化によりその企業の経営は難しいものになるでしょう。これが中国全体に広がれば、いわゆる「バランス・シート不況」になります。

 この「バランス・シートの問題」については、日本経済新聞は非常に重要視しているようです。昨日(2023年9月1日(金))付け日本経済新聞朝刊1面には「中国主要不動産 債務超過リスク 11社、開発用地3割評価減なら」と題する記事が掲載されています。現在、経営危機に陥っている中国の主な不動産企業11社の資産のうち「開発用不動産」が6兆3,495億元あるが、この「開発用不動産」の評価額が3割下がるならばこれらの不動産企業は債務超過に転落する、とこの記事は書いています。

 中国の土地は公有であり、「土地使用権」を地方政府が不動産企業に売却し、現時点では地方政府がその土地に建てられたマンションの価格を下げないよう「値下げ禁止令」を出している、というのが現状です。つまり、中国の場合、土地の自由な売買は行われていませんから、土地の資産評価額は実際の経済上の価値を表しておらず、極端なことを言えば、土地の評価額は「単に帳簿の上に適当に置いただけの数字」に過ぎません。現在、マンションがなかなか売れない状況の中、「値下げ禁止令」を解除すれば、マンション価格や土地の評価額はすぐにでも3割程度は下落するかもしれません。そうなれば、日経新聞が書いている11社の大手不動産企業は全て債務超過状態になる、ということです。

 この話は「不動産業界」だけに留まりません。上に書いたようにA株を上場している企業の半分近くが投資用マンションを保有しているという現在の中国経済の状況を踏まえれば、マンション価格が何割か下落すれば、バランス・シートが悪化する企業は、不動産業界以外の多くの分野で出現する可能性があります。

 日本経済新聞が一面の記事で中国不動産企業のバランス・シート問題について取り上げているのは、この問題は、中国経済の根幹を揺るがす極めて大きな問題であると認識しているからこそ、日本の経済関係者に警鐘を鳴らしたいと考えたからだと思います。

 一方、8月31日に打ち出された上に書いた住宅ローンの金利引き下げ等の政策は、もうひとつ別のインパクトをもたらします。それは中国の銀行の経営環境の悪化の問題です。テンセント網・房産チャンネルにアップされている解説動画によると、現在、中国で住宅ローンを抱えている家庭は4,000万戸超あり、そのローン残高総計は38.6兆元にも上るのだそうです。単純計算すれば、住宅ローン金利が1%引き下げられれば銀行収入が約4,000億元(約8兆円)減ることになります。今回の住宅ローン金利引き下げ等に併せて、銀行の預金金利も引き下げられるようですが、それにしても中国の銀行の経営には相当のプレッシャーが掛かると思います。銀行貸し出しの担保として差し入れられていた住宅200万戸が裁判所によって競売に出されている、という現状も気になるところです。マンション市況の低迷により、差し押さえた住宅が競売で売れなければ銀行は貸し倒れの損失をそのままかぶってしまうことになるからです。

 9月1日(金)、上海の株式市場では、最近の中国政府による株価押し上げ策に加えて、8月31日に打ち出された住宅ローン金利引き下げ等のマンション市場活性化策を好感して株価が上昇しました。私は銀行株に敏感な香港株式市場はどう反応するかなぁ、と思っていたのですが、9月1日(金)の香港株式市場は台風接近のため臨時の休場でした。海外投資家が多い香港株式市場が週明けの9月4日(月)にどういう反応を示すのか注目して見てみたいと思います。

 金融危機を引き起こさないようにするためには政府は非常に難しい舵取りが求められるのですが、最も重要なことは、政府が断固とした姿勢を示して危機を起こさないという決意を示し、素早く対応することです。1990年の平成バブル崩壊時の日本政府や2008年のリーマン・ショック時のアメリカ政府の対応は成功と言えるものではありませんでしたが、ごく最近、「小さな危機の芽」を何とか乗り切った事例がありました。以下の二つです。

★2022年10月、イギリスのトラス政権が「バラマキ政策」を発表した際、国際マーケットはイギリスの財政破綻を懸念して、イギリス国債売り、イギリス・ポンド売りが急速に進んだ。これを受けて、イングランド銀行は緊急の国債買い入れを行うとともにトラス首相は辞任して後任のスナク首相は前任者による「バラマキ政策」の撤回を決定した。このため、ポンドの急落、イギリス国債金利の急騰というパニック的状況は収まった。

★2023年3月、スイスの二大銀行の一つであるクレディ・スイスが経営破綻の危機に陥った時、スイス国立銀行が緊急融資を行うとともに、スイス政府が仲介してスイス最大の銀行UBSによるクレディ・スイスの買収を成立させた。これにより、クレディ・スイスの破綻による金融危機の発生は回避された(その過程で、クレディ・スイスのAT1債を保有していた投資家は損失を蒙った(結果的にAT1債保有者を犠牲にすることによって、金融危機への発展を防いだ))。

 いずれも、一週間程度の短い期間における素早い決断と実行でした。

 国際会議とか外国要人との会見とか、ほとんど「皇帝による儀式のような場面」でしかテレビのニュースに登場しない習近平氏にこの種の「金融危機に対する対応」ができるのだろうか、という感覚が、たぶん中国の不動産市場を見ている人が抱いている不安の最も大きな根本原因だと私は思っています。

 経済政策のプロだった朱鎔基氏が中国人民銀行総裁や国務院総理をやっていた頃、あるいは世界のエコノミストからも一目置かれていた周小川氏が中国人民銀行総裁であり李克強氏が国務院総理をやっていた頃には、私自身はこの種の不安感を持ったことはありませんでした(この頃は中国経済が順調に成長していたからでもありますが)。現在の中国人民銀行の幹部や現国務院総理の李強氏の「本当の実力」を私はよく知らないのですが、現在の習近平政権の体制で、今膨らみつつある「不動産問題に起因する金融危機の萌芽」にうまく対処できるのかなぁ、という不安を私は持っています。その不安感は、おそらくは中国の不動産市場に蔓延している不安感と共通のものだと思います。

 今回打ち出された住宅ローン金利引き下げ等の政策が効果を上げるのには半年とか1年とかの時間が掛かると思います。一方、恒大も碧桂園も次から次へと債券の償還期限を迎えます。何を目的にして政策を打っているのかよくわからない現在の中国政府ですが、中国の人々のためだけでなく、世界経済への影響を与えないようにするためにも、現在見え隠れする「金融危機の萌芽」を本物の「危機」にしないように何とかうまく対応して欲しいものだと思います。「本物の危機」になってしまったら、それは習近平体制自体の「危機」になるでしょう。問題は、それを認識して「金融危機の萌芽を本物の危機にしないための方策」を考え実行して習近平体制の「危機」を救うために働く側近が習近平氏の周辺にいるのか、ということです。もしいないのだとしたら、それは危機の時に体制を救うための人材を自ら切り捨ててしまった習近平氏自身の責任、ということになると思います。

 

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2023年8月26日 (土)

マンション価格の下落容認は正しい対策なのか

 不動産企業の経営危機の問題に対して、中国政府はパンチのある有効な手立てを打ち出していません。7月24日に開かれた中国共産党政治局会議の後、各地方政府ベースで、住宅ローンを組む際の頭金比率の引き下げや住宅ローン金利の引き下げ、住み替えのためのマンション購入の際の規制の緩和、手続きに関連する税金の低減などが打ち出されていますが、人々のマンション購入意欲が上向いたというところまでは行っていないようです。

 むしろ8月に入ってから、不動産企業最大手の碧桂園が社債の利息が払えないといった話や業界二位の恒大集団がアメリカの裁判所にアメリカ連邦破産法第15条の適用申請をするなど、事態が悪化しているように見えるニュースが続いていて、人々のマンション購入に対する慎重な姿勢はむしろ強まってきているようにさえ見えます。

 こうした中、ここに来て「値下げ禁止令でマンション価格を値下げさせないようにする政策をやめて、不動産企業が自主的判断で値下げ販売をできるようにし、値下げしてマンションを販売して得られた資金で建設が中断したマンション(爛尾楼)の建設を再開させるなど、不動産企業が自らを救う努力ができるようにすべきではないか」という議論が活発になってきています。これまでは、マンションの供給が需要より多くなっている現状にもかかわらず、中国の多くの地方政府は「マンション値下げ禁止令」を出してマンション価格が下がらないようにしてきているからです(このブログの2023年5月13日付け記事「中国経済の失速と習近平氏の対応」参照)。

 「マンションの値下げ販売の容認」が議論されるようになった理由は、最近、北京大学国家発展研究院の姚洋院長が「不動産企業が値下げ販売をすることを容認して、資金回収の道を開いて不動産企業が自主救済をしやすくすべきだ」という意見を発表したことと、中国地産報も同じような意見の評論を掲載したからです。中国地産報は、不動産業界のトップ紙で中国政府の住宅都市農村建設部と密接な関係があると考えられていることから、「値下げ禁止令をやめてマンションの値下げ販売を容認する」という方法は中国政府の内部で検討されている方策なのだろう、と多くの人が考えているようです。

 実際、マンションの値上がりがひどかった広東省珠海市で一部の不動産企業がマンションの値下げ販売を開始し、珠海市当局もその値下げを容認しているようだということが伝えられています。このことから、マンションの値下げ販売容認が今後中国全土に広がるのではないか、という見方が出つつあるようです。

 問題は、こうした動きが出ると、現在「様子見」をしている中国の消費者が「もう少し待てば自分が買いたいと思っている地域のマンション価格も下がるかもしれない」と考えて、さらに「様子見」を続けてしまい、結局は相当程度マンション価格が下がるまでマンションが売れない、という状況になるかもしれないので、「マンション価格下落容認」が現在の中国のマンション市場の問題を解決することになるかどうかはわかりません。

 そもそもマンションの供給過剰が明らかになる中、多くの地方政府が「値下げ禁止令」を出して、値引き販売をした開発業者を処罰する例も出たりしているのはなぜか、と中国の多くの人は考えているようです。多くの人は「今のマンションは価格が高過ぎるから買えないのであって、値段が下がればマンションは売れるようになり、問題は解決するはずだ」と考えているからです。

 その「なぜ中国の地方政府はマンション値下げ禁止令を出すのか」という疑問に直接的に答える「解説動画」がテンセント網・房産チャンネルにアップされていたのでポイントをご紹介します。この動画で解説している「値下げ禁止令が出される理由」は以下の四つです。

(1)「群体性事件」を懸念しているため

 不動産企業がマンションの値下げ販売を開始すると、周辺で既にマンションを購入した既存所有者が自分たちが持っているマンションの価値が下がるとして反対し、「群体性事件」(集団でデモを行って不動産企業に値下げしないよう訴える事件)を起こす可能性がある。そのような「群体性事件」はこれまで多くの地区で実際に起きている。地方政府はこういう「群体性事件」が起こることを避けたいと考えているため。

(2)システミック金融危機が起こるリスクを避けるため

 保有しているマンションを担保にして銀行から資金を借りている個人や企業は、マンション価格が下がれば担保価値が下がるので、銀行から借金返済または追加担保の差し入れを要求される。また、マンション価格が下がれば、これから資金を借りようとする個人や企業に対して、銀行はマンションを担保にして貸し出す資金の金額を引き下げる(いわゆる「貸し渋り」)。これが全国に広がれば、資金ショートが広がり、システミック金融危機を引き起こすリスクがあるため。

(3)価格低下によるマンションの品質の低下を避けるため

 販売されるマンションの価格が低下すると、開発企業はコスト削減を行って、結果的に販売されるマンションの品質が低下する可能性がある、また開発企業によるメンテナンス等のアフターサービスの質も低下する可能性があるため。

(4)土地財政収入の減少を避けるため

 地方政府は、土地使用権をマンション開発業者に売ることにより得られる収入を重要な財政収入源としている。マンション価格が下がれば、その分、マンション建設用に販売する土地使用権の価格も下げなければ売却できなくなり、結果として地方政府の財政収入が減るため。

 この解説動画では、そもそも不動産業界が死んでしまっては上の四つの理由について議論する意味すらなくなってしまうのだから、一定程度の「痛み」は伴うにしても、マンションの値下げ販売を容認して開発企業の資金回収を容易にし、開発企業の自救努力を促すべきではないか、と主張していました。

 仮に今後、地方政府が「マンションの値引き販売禁止令」を解除して、開発企業による値引き販売を容認するようになると、上記の4つの「懸念事項」が現実のものとして表面化してくる可能性があります。特に(2)と(4)は中国全体にとってクリティカルに重要な問題です。(4)の地方政府の土地財政収入の減少は、地方政府及び地方政府の傘下にある融資平台の巨額の債務の返済を困難にし、(2)の民間部門の資金ショートと相まって、中国全体の「利用できる資金の欠如」、いわゆる「流動性危機」を引き起こす可能性があります。マンションの値引き販売を容認するにしても、この「流動性危機」に至るまで事態が進展しないようにコントロールしながら状況を改善していくことは至難の業だと思われます。

 現在、おそらく中国内外の多くの企業や個人は、この不動産問題に端を発した中国における「流動性危機」の懸念を意識し始めていると思います。このため、資金を中国の国外に移すことができる企業や個人は、既に中国からの資金の退避を進めつつあるものと思われます。その状況は、外国為替市場において人民元レートに対する元安圧力として働きます。中国人民銀行は、かなりロコツに人民元安を食い止めるため、人民元を買い支えたり、(投機筋による人民元売り仕掛けをさせないようにするため)オフショアでの人民元の吸い上げを実施している模様です((参考)2023年8月21日19:17配信ロイター通信「中国国有銀、オフショア人民元の流動性吸収 人民元安阻止か」、2023年8月22日10:31配信ブルームバーグ通信「中国、人民元安への対応強化-調達コスト引き上げや中心レートで」)。

 毎度書いているのですが、私が一番心配しているのは、こうしたかなり厳しい状況にある中国の不動産市場の状況に対して、習近平主席や李強総理が「何もコメントしない」どころか、改善へ向けて動いている雰囲気すら感じられないことです。習近平氏は、8月になってからその姿を中国中央電視台夜7時のニュース「新聞聯播」に見せたのは(過去の視察等の録画を除けば)8月22日にBRICS首脳会義に出席するために南アフリカのヨハネスブルグに到着した時のものが最初でした。

 そもそも習近平氏や李強氏が中国が抱える重要な政策課題について「何もしない」姿勢はちょっとひどすぎると思います。

 日本のALPS処理水の海洋への放出に対する中国政府の対応は相当程度常軌を逸しており、日本産水産物の全面輸入禁止や日本産水産物の加工食品への使用禁止などの措置は「科学的根拠がない」どころか「理屈が立たない」と言えるほどだと私は思うのですが、これらについて李強氏も習近平氏も何もコメントしていません(コメントしているのは日本で言えば「官僚レベル」の外交部報道官)。そもそも日本が行った処理水の海洋放出に対して中国が対抗措置を出した8月24日、習近平氏は南アフリカにおり、李強氏は広東省を視察中で、二人とも北京にはいませんでした。

 8月初旬に北京・河北省や東北三省を襲った大規模な洪水被害についても、李強氏は8日に国務院常務会議を開催して洪水対応について議論し、習近平氏は8月17日に中国共産党政治局常務委員会を開催して洪水対応について議論していますが、二人とも何のコメントも出していないし、洪水の被災現場にも出向いていません。

 世界中の経済関係者が懸念している不動産市場の問題については、習近平氏も李強氏も何もコメントしないし、これらに対応する会議も開かれていません(政府関係部局の担当者の会議についてはいくつか報道されていますが、7月24日の政治局会議の後、習近平氏や李強氏が参加した会議で不動産企業の問題について議論されたという報道はありません)。

 上で紹介した「マンション価格の下落を容認する政策」についても、習近平氏や李強氏が検討の議論に参加しているという話は聞こえてきません。マンション市場への対処に関しては住宅都市農村建設部、人民元安と資金流出の件については中国人民銀行に任せ、これらの政策がうまくいかなかったらそれぞれの担当部署のせいだ、と主張するつもりなのでしょうか。様々な行政上の政策については国務院総理である李強氏が、その他も含めて全ての中国の行動については国家主席であり中国共産党総書記である習近平氏がトップとして全ての責任を取る、という姿勢を見せていないことが、今の中国の習近平体制の最も重大な問題であると私は考えています。

 習近平氏は、これまで「うまく行ったら自分の功績だ」「うまく行かなかったら担当した部下の責任だ」というふうに対処してきたように見えます。これからもそのように振る舞うのだろうと思いますが、それで中国の人々はついて行くのでしょうか。

 不動産企業の危機の問題は、最終的な中国経済全体の「流動性危機」にまで発展するのか、それともそれを防ぐことができるのか、結局はそれはトップとしての習近平氏の責任である、ということを是非とも内外に示して欲しいと思います。

 

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