34年間の呪縛

 木曜日(2024年2月22日)、東京株式市場で日経平均株価が1989年12月29日のバブル最盛期につけた史上最高値(終値で3万8,915円87銭)を34年ぶりに更新しました(2月22日の終値は3万9,098円68銭)。日経平均株価を構成する225銘柄は定期的に入れ替えが行われており、1989年と現在とではかなり異なりますので、単純に指数を比較してもあまり意味がないことですが、「時代が変わった」「歴史の次のステップに入った」という「雰囲気を示す」という意味ではひとつの大きな節目でした。日本経済新聞は翌2月23日の朝刊一面に「もはや『バブル後』ではない」という評論を掲載しました。

 この34年間、日本では「多数の大きな銀行が離合集散して三メガバンクに統合された」とか「政治の世界では自民党と社会党とによる55年体制が崩壊し、何回か政権交代が起きた」といった変化が起きました。日本がもし今まで「バブル後」という呪縛に捕らわれていたのだとしたら、今回の日経平均株価の史上最高値更新をきっかけにして、その呪縛が解けるよう願いたいものだと思います。

 一方、1989年と言えば、中国では「六四天安門事件」が起きた年ですが、中国では「六四天安門事件後の呪縛」は当面解けそうにありません。中国の場合、「34年間の呪縛が解ける」どころか、習近平氏は「六四天安門事件」に至るまでの1978年以降の「改革開放期」を否定して、それ以前の毛沢東時代に戻ることを指向しているようにさえ見えます。

 中国の現在の最も重要な政策課題は不動産バブル崩壊に対する対処ですが、現時点まで大胆な抜本対策は打ち出されていません。一応、1月末以降、「ホワイトリストによる不動産企業への融資の拡大」という政策が進められてはいます。現在までに中国各地の様々な不動産企業の3,000を超えるプロジェクトが「ホワイトリスト」に掲載され、銀行からの融資の拡大が行われているようです。しかし、前にも指摘しましたが(このブログの2024年2月3日付け記事「ホワイトリストによる不動産企業への融資の問題点」参照)、この「ホワイトリスト」の作成は中央政府が主体となって行われているものではなく、地方政府が行っているものであって、「地方政府と不動産開発企業と各地方を担当する国有銀行との癒着」という不動産バブル形成に至った根本原因にメスを入れるものには全くなっていません。また、この「ホワイトリスト」に基づく融資の実行は、単に爛尾楼(販売予約契約を結んで顧客から資金を事前に受け取っているにも係わらず開発企業の資金不足のために建設工事が中断して完成しないマンション)の建設を進めて顧客にマンションを引き渡すことを目的にして行われているものであり、不動産企業に関連する不良債権を処理するためのものではなく、不動産バブル崩壊に伴う問題を解決するものにはなっていません。

 そもそも中国の不動産バブルは、「土地は公有(国有または地方の集団が所有)である」という社会主義の原則に基づき、地方政府(=中国共産党地方幹部)が補償金を支払って農民から農地を収用し、その土地使用権を開発業者に売却し(その資金は国有銀行が融資し)、土地使用権売却収入を使って地方政府がインフラ投資等を行うことによってその地方のGDPを押し上げ、その結果として中国共産党地方幹部が出世する、という中国共産党地方幹部の権力行使システムによって形作られてきたものです。従って、中国の不動産バブルを抜本的に防ぐためには、中国共産党地方幹部の権力システムの構造を変える必要があり、現在の中国共産党の中央と地方とを結ぶ権力ピラミッド構造を変革する必要があります。今回、不動産企業に対する融資の「ホワイトリスト」の作成を地方政府(=中国共産党地方幹部)に任せたということは、習近平政権は、この中国共産党の中央と地方を結ぶ権力ピラミッド構造を変革するつもりはないと意思表示したのと同じだと私は考えています。

 日本における平成バブル崩壊後の34年間の呪縛は解消されつつあるのかどうかはわかりませんが、少なくとも日本においては「バブル崩壊後の呪縛」を解消するための努力は続けられてきました(これからも続けられていくことになるでしょう)。しかし、中国においては、1989年の「六四天安門事件」によって凝り固まった中国共産党統治体制という呪縛については、そもそも「解消しようとする動き」すら起きていません(というか「解消しようという意思」そのものがない)。習近平氏は、呪縛による矛盾が表面化しないようにむしろ呪縛を強化しようとしているように見えます。

 中国における不動産バブル崩壊の状況を見て、よく「中国も日本の平成バブル崩壊後と同じような道をたどるのか」という疑問が呈されていますが、習近平氏が中国における不動産バブルを起こした根本原因のひとつである「中国共産党の権力ピラミッド構造」を変革させようという意思を持っていないのであれば、中国は日本と同じ道を歩むことにはなりません。日本よりももっとひどい経済的・社会的混乱を招くことになるでしょう。

 中国における不動産バブルの現状を踏まえて、日本の平成バブル崩壊後の動きを参考にして考えれば、今後の中国の状況は以下のようになると考えられます。

○(地方政府が「新築マンションの値下げ販売禁止令」を維持したとしても中古マンションションの販売価格の下落は止められないので)不動産企業や不動産に投資した多くの企業が所有している数多くのマンションの資産価値の下落が明確になり、中国において多額の不良債権の問題が表面化するのはむしろこれからである(日本の場合、株価のピークは1989年年末だったが、土地価格が下落し始めたのは1992年頃であり、不良債権の問題が表面化し始めたのは1995年頃(第二地銀だった兵庫銀行が破綻したのは1995年8月)、住専(住宅金融専門会社)への公的資金注入について国会で議論になったのは1996年、各銀行の不良債権処理のための預金保険機構の各銀行への支援金額がピークに達したのは2000年だった)。ただし、不良債権の問題については、中国の場合、「世論の動向」や「国会での議論」を気にする必要がないので、中国人民銀行による迅速かつ強力な資金支援で日本よりうまく対処できる可能性はある。

○土地使用権売却収入が減少した地方政府は景気下支えのためのインフラ投資等に対する余力が減り、場合によっては住民に対する各種行政サービスも抑制せざるを得なくなり、経済の低迷と地方政府による行政サービスの低下により住民の不満が高まる(これは日本にはなかった現象)。

○(仮に不動産バブルの問題をうまく処理できない地方政府の幹部を腐敗追放の名目で処分したりすれば)「中国共産党の中央と地方を結ぶ権力ピラミッド構造」が崩れ、中国共産党中央と中国共産党地方幹部との間で緊張関係が生まれ、中国共産党内部の権力闘争において混乱が生じる可能性がある(これも日本にはなかった現象)。

 よく「中国共産党は日本の平成バブル崩壊の過程をよく研究しているから、日本の経験を参考としてうまく対処できるはずだ」という見方がなされます。しかし、もし仮に中国共産党が日本の平成バブル崩壊をよく研究していて、不動産バブルを崩壊させてはならない、と考えているのだったら、もっと早い段階(例えば2014年をピークにして不動産価格が下がった段階)でそれ以上のバブル膨張を防ぐ手段を講じただろうと私は考えています。しかし、実際は習近平政権は、2015年頃の「チャイナ・ショック」の時期の後、新型都市化計画や雄安新区開発プロジェクトを推進するなど「バブルに対処するために新たなバブルを作る」政策を推進してきました。なので私は、中国共産党は確かに日本の平成バブル崩壊をよく勉強して頭ではわかっているけれども、中国共産党の中央と地方の権力ピラミッド構造を壊したくないので、今後も適切な対処はできないだろう、と考えています。

 中国の不動産バブルは、中国共産党の権力構造にその原因がある以上、中国共産党に自身の権力構造を変更する意思がない限り、適切には対応できないでしょう。日本は、これからバブル崩壊後の34年間の呪縛を超えて新しい時代に入っていく可能性がありますが、中国は、中国共産党が自らの権力構造の維持に固執するために、むしろこれから「六四天安門事件後の34年間の呪縛」のツケを支払うための本格的な苦悩の時代を迎えることになるのだと思います。

 

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2024年2月17日 (土)

習近平氏の「経済より国家安全」方針の自己矛盾

 この木曜日(2024年2月15日)の産経新聞の1面トップ記事は、垂秀夫前駐中国大使へインタビュー記事でしたが、見出しは「中国 経済より『国家安全』」でした。今の習近平氏の方針が「経済より『国家安全』」であることは誰もがそう思っているところだと思います。

 日本語の「国家安全」は中国語でも「国家安全」ですが、中国で意味する「国家安全」とは「中華人民共和国の安全」ではなく「中国共産党による統治の安全」です。習近平政権においては、守るべきなのは「習近平同志を核心とする中国共産党」なので、今は「国家安全」とは「習近平氏の権力の安全」と置き換えた方が理解がしやすいと思います。

 中華人民共和国の政治において「国家安全、即ち中国共産党による統治の安全」が最も重要な政策課題であったことは、建国以来変わっていないことで、習近平政権だけの特徴ではありませんが、少なくともトウ小平氏から始まった改革開放の時代の江沢民政権、胡錦濤政権時代までは「経済より『国家安全』」ではありませんでした。かといって胡錦濤政権までは「『国家安全』より経済」だったわけでもありません。なぜなら、そもそもトウ小平氏が始めた改革開放の時代は「経済を発展させることが即ち『国家安全』を達成するための最も有効な手段である」と考えられていたからです。

 1980年代にトウ小平氏が「経済を発展させることが即ち『国家安全』を達成するための最も有効な手段である」と考えていた理由は以下の二つです。

(1)毛沢東時代は経済的発展よりも理想的な共産主義社会を目指すことが重視されていた。そのため中国共産党が目指すものと、自分たちの生活を向上させたいという数多くの人民の願いとにかい離が生じた。この党と人民とのかい離が象徴的に表れたのが、人々が「四人組」の支配に対して不満を表明した1976年の「四五天安門事件」だった。党と人民とのかい離に危機感を覚えた中国共産党は同年10月に「四人組」を逮捕し、その後、党内での様々な議論を経て、経済発展を重視する改革開放政策に舵を切った。なぜなら、経済を発展させて人民の生活を豊かにすれば、人民は中国共産党による統治を支持するようになり、中国共産党による統治はより強力なものになると考えたからである。

(2)アメリカが世界の中で最も強力な発言権を有しているのは世界最大の軍事力を持っているからではない。アメリカは世界最大の経済大国であり、そのことがアメリカの国際社会における発言権を大きなものにしている。その証拠に、アメリカと肩を並べる軍事力を有するソ連は、アメリカに比べて経済が立ちおくれているため、国際社会の中で大きな発言権を持つことができていない。一方、日本は、軍事的には見るべきものがなく、安全保障は完全にアメリカの傘下に置かれているものの、アメリカに次ぐ世界第二位のGDPを持つという経済力によって、国際社会の中で大きな顔をしている。今後、中国が国際社会の中でアメリカと並ぶ発言権を持つためには、まず経済力を発展させる必要がある。多くの人口と広い国土を持つ中国は、経済的に発展する余地は大いにあり、経済力を発展させることによって、中国の国際社会における発言権を大きくすることは十分に可能である。

 「経済力が国際社会における発言権の大きさを決める」というトウ小平氏の見方は、かつて世界第二位のGDPを誇っていた日本が、2010年に中国に抜かれて第三位になり、2023年にはドイツにも抜かれて第四位になったことを考えれば実感が持てるのではないかと思います。

 つまり、トウ小平氏は決して「『国家安全』より経済発展を重視していた」のではなく、「経済の発展が『国家安全』の進展のための必要条件であると考えていたから経済発展を重要視した」のです。

 私は感覚的にこのようなトウ小平氏の考え方に同意できます。私は1986年10月~1988年9月まで北京に駐在していましたが、その頃、北京の街では「紅旗」などの中国製の自動車や日本から輸入されたトヨタの「クラウン」、西ドイツのフォルクスワーゲンが上海に作った合弁企業において中国で生産された上海フォルクスワーゲン「サンタナ」、ソ連製の「ボルガ」などが入り交じって走っていました。どう見てもデザインが野暮ったい「ボルガ」がガタガタ走る姿は、「クラウン」や「サンタナ」と比べて完全に見劣りしていました。こうした「世界各国の見本市」みたいな改革開放期初期の北京の街を見て、中国の人々も「まずは経済を発展させることが世界の中で中国の立場を高めるために重要なのだ」と感じていただろうと思います。

 私は、このトウ小平氏の「経済を発展させることによってこそ『国家安全』の強化が図れる」という考え方は、今(2020年代)でも変わっていないと思います。従って、習近平氏がもし本当に「経済よりも『国家安全』の方が大事だ」と考えて経済発展のための政策を軽視しているのだとしたら、その方針は自己矛盾していると言わざるを得ません。経済発展が鈍れば、それは国際社会における中国の発言権の低下をもたらし、結果的に中国の「国家安全」にはマイナスになるからです。

 自らへの権力の集中にのみ関心を寄せ、その結果、民間企業における経済活動の活性化が失われつつある現在の習近平政権においては、むしろ経済の停滞によって中国の国際社会における発言権が低下し、結果として中国の「国家安全」の基盤が脆弱になっていく危険性があります。また、経済の停滞は数多くの中国人民に中国共産党に対する失望をもたらすことになり、「中国共産党による統治の維持」という意味での「国家安全」にとってもマイナスの影響を与えることになると思います。

 習近平氏が次々と繰り出す「自分への権力集中を強化する方策」は、経済の停滞を通じて自らの政権基盤を揺るがすことになり、結果的に中国共産党による統治の基盤自体を脆弱化させることになる「自分で自分の首を締める方策」だと思います。

 

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2024年2月10日 (土)

株価が下落したので証券監督管理委員会主席を解任

 中国経済の低迷が中国でビジネスを展開する諸外国の企業の業績に対して影響していることが明確になりつつある一方、上海や香港の株価の低落傾向が続いています。こうした中、ブルームバーグが火曜日(2024年2月6日)「習近平氏は規制当局から本土の金融市場に関する説明を受ける予定で、急落している株価の下支えについて検討される模様だ。」と報じました。この報道を受けて、ネット上等では「経済対策、株価対策で習近平氏は何か新しい効果的な対策を打ち出してくるかもしれない」という期待と、「習近平氏は経済のことがよくわかっていないからスタッフから現状の説明を受けても的確な対策を指示することはできないだろう」という「あまり期待しない方がよい」という見方とが交錯していました。

 結果として出てきた「株価下落に対する対応策」に関するニュースは以下の通りです。

○中国政府系投資会社の中央匯金投資がA株(人民元建てで取引される銘柄)への投資を強化すると発表した。

○中国証券監督管理委員会は株券転貸を抑制する等の株の空売り規制の強化を発表した。

○国務院は、中国証券監督管理委員会主席の易会満氏を退任させ、後任に呉清上海市共産党委員会副書記を充てる人事を発表した。

 国家主席の習近平氏にまで相談して打ち出す「対策」なのだから、さらなる金融緩和とか公共事業等への財政支出の拡大とか中国経済の活発化を狙った対策が出てくるのではないか、という見方もあったのですが、結果的には上の三つでした。上の二つは完全なPKO(Price Keeping Operation)です。政府系ファンドが株を買って買え支えるならば株価は下がらないだろうし、借りた株を売る空売りを規制する一方お金を借りて株を買う信用買いは規制しないのならば『売り』が減って『買い』は減らないので株価の下落スピードは緩和するだろうことは明らかです。しかし、「株価は経済の善し悪しを示す指標のひとつ」であることを考えれば、経済活性化の対策を図らないで行う単なる「株価下支え対策」は経済対策としては全く何もやっていないのに等しいと言えます。さらに証券監督管理委員会主席の交代は単に今までの主席が「株価下支え対策」に失敗したために習近平氏の怒りを買っただけのようにも見えます(何の対策にもなっていません)。

(ただし、株式市場の規制当局のトップの交代は2015年の株価下落の局面でも行われたので、この交代は、中国の投資家には「中国共産党中央は本気で株価対策をやるつもりのようだ」というメッセージとして受け取られたようで、このニュースを受けて上海の株価は上がりました。もっとも、香港の株式市場では外国人投資家が多いので「こんなんじゃ何の対策にもなっていない」と受け取られたからか、その後も株価は下がり続けました。)

 正直言って、証券監督管理委員会の主席が交代するとのニュースを知って、私は大いにずっこけてしまいました。例えて言えば、プロ野球で巨人が負けてばかりいるので、巨人ファンのコミッショナーが審判をクビにしたようなものだからです。巨人が負け続けているのは巨人が弱いからであって審判のせいではありません。もし審判をクビにしてしまったら、後任の審判は「巨人を勝たせなければまた自分がクビになってしまう」と考えて、中立公正な立場でなければならない審判が巨人に有利な判定をしてしまうようになるかもしれません。そんなことをやったら野球の試合は全く面白くないものになり、結果的にお客さんに見放されてプロ野球業界全体は低迷してしまうことになるでしょう。

 申し訳ないですが、上記のような対策をやるならば「やらない方がずっとマシだった」と私は思います。というのは、繰り返しますが、経済政策の観点から言ったら、上記の対策は全く「対策」になっていないからです。習近平氏に相談した上でこうした対策しか出てこないのだとしたら、それは「習近平氏は本当に経済のことが全くわかっていない」もしくは「習近平氏は、株価が下がらないようにしたいと考えてはいるものの、低迷する中国経済を活性化させようという意思は全くない」ことを示すことになるからです。しかも、春節休みに入る直前の一週間でこうした対策が出てきたことは「株価下落にあせってあわてて対応した」というイメージを与えて、非常に印象がよくありません。

 よく「中国の不動産バブル崩壊は日本の平成バブル崩壊後と同じような経済の低迷を招くのではないか」という懸念が取り沙汰されていますが、全ての権限を掌握している習近平氏が「経済のことを全くわかっていない」または「経済の低迷を何とかしようという意思が全くない」のだとしたら、「不動産バブル崩壊後の中国経済は平成バブル崩壊後の日本経済よりずっとひどいとんでもないことになる」ことは明らかです。「春節休み期間中に何か抜本的で効果的な経済対策が打ち出される」という期待もあるようですが、今まで経緯を見てみれば、それは単なるないものねだりの「願望」に過ぎないと思います。

 中国では今日(2024年2月10日(土))から春節の連休に入り、この春節期間中に延べ90億人が移動すると中国政府は推計しています。しかし、よく聞くと90億人のうち公共交通機関を利用する人が18億人で自家用車等で移動する人が72億人なのだそうです。中国では春節期間中は高速道路が無料になるのでこういう推計を出しているようですが、このことは、これまで巨額の資金を費やして空港や高速鉄道網を整備してきたのに一年で最も「かき入れ時」の春節期間中に飛行機や高速鉄道を利用する人はそれほど多くならないことを意味します。私はこの春節期間中の人の移動の数字も中国政府特有の「経済は低迷していないことを示すための数字のマジックのひとつ」なのではないかと疑っています。

 冒頭に書いたように相次いで発表される日本やアメリカの企業の決算を見てみると、中国におけるビジネスは相当程度に低迷しているようです。春節が明けて経済活動が平常に戻る過程で、中国経済がコロナ前の水準と比較してどの程度に回復していくかは注意深く見ていく必要があると思います。少なくとも上に書いたように習近平氏の打ち出す「対策」は「私は経済のことをわかっていません」または「私は経済の活性化を図ろうという意思はそもそもありません」ということを示すようなものばかりなので、内外の投資家の失望を誘って春節明け以降の上海や香港の株式市場の株価はこれからも低迷が続くことになるのではないかと私は懸念しています。

 なお、株価に関してですが、今、日本では「平成バブル崩壊後最高値の更新」が、アメリカでは「史上最高値の更新」が続いています。今や中国経済は世界経済の重要な一部になっているのに、中国経済が低迷しているにも係わらず日米で株価の上昇が続いているのは大丈夫なのかなぁ、という感じがします。前にも書いたことがありますが、1989年、4月15日の胡耀邦前総書記の死去から始まった学生・市民の運動が6月4日に人民解放軍による武力弾圧という事態にまで発展したのに、この年の日本の株価は上昇を続け、日経平均株価は1989年年末に「史上最高値」を付けたのでした。日本の株価の上昇と「六四天安門事件」との因果関係については私はよくわからないのですが、もしかすると1989年も香港経由で中国に入っていた投資マネーの一部が日本に回ってきて日本の株高を演出した要素もあったのかもしれません。だとすれば、今(2024年)、中国経済の低迷が本格化・長期化する見込みの中で日米の株価が上昇を続けていることに対してはもっと警戒感を持って見ていた方がよいのかもしれないなぁ、という気もします。

 

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2024年2月 3日 (土)

ホワイトリストによる不動産企業への融資の問題点

 月曜日(2024年1月29日)、香港の高等法院は、七回延期されていた中国恒大の清算に関する審理を行い、中国恒大に対して清算命令を出しました。今後、裁判所が選任する管財人の下で、中国恒大の資産の整理が行われ、可能な範囲で債権者に対する支払いが行われることになるのでしょう。その際、中国恒大の資産の多くが存在している中国大陸部の裁判所が清算手続きに対してどのような判断を下すのかよくわからないところがあるので、中国恒大の精算処理と債権者への返済がどのように進められるのかは現時点ではまだ不透明な部分が多く残っています。

 ただ、ひとつ明確に言えるのは、アメリカのリーマン・ブラザーズ級の(見方によってはそれより巨大な)中国恒大の清算処理が裁判所から命じられたという案件に関して、中国政府(及び中国共産党)が完全に「だんまり」であるということです。

 日本の平成バブル崩壊に対する日本政府の対応ぶりがよかったかどうかの議論はいろいろあるにせよ、日本政府は平成バブル崩壊に対して様々な対応をしてきました。不良債権が積み上がった住専(住宅金融専門会社)の処理に関して1996年の国会が大揉めに揉め、この年の国会が「住専国会」と呼ばれたことを記憶している人も多いと思います。リーマン・ショックに対応して、アメリカ政府やFRB(連邦準備制度理事会)が前例のない様々な措置を講じたことを記憶している人も多いと思います。

 ごく直近の例では、昨年(2023年)3月、アメリカのシリコン・バレー・バンク(SVB)が破綻した際には、アメリカ政府はSVBを救済することはしませんでしたが、破綻が明らかになると直ちに「SVBの預金は全額が保護される」と宣言し、銀行システムに対する不安が国民の間に広がらないようにしました。その直後、スイス第二の銀行であるクレディ・スイスの経営不振が問題視されると、スイス最大の銀行のUBSがクレディ・スイスを買収することを発表しましたが、その発表の記者会見には、スイスの大統領とスイス国立銀行(中央銀行)の総裁も同席して、このUBSによるクレディ・スイスの買収がスイス政府の後押しによるスイスという国家を上げての対応だったことを世界にアピールしました。

 「各企業の経営は政府とは独立しており、政府が個々の企業の問題に口出しすることはない」というのが原則の資本主義国家においてすら、経済全体に影響を及ぼす可能性のある企業に問題が生じた時には中央政府は前面に出て対応を図るものなのです。社会主義を標榜する中華人民共和国において、中国恒大という中国経済全体に大きな影響を与える企業に問題が生じたとき、中国政府も中国共産党も「何もしない」「何も言わない」で済むのでしょうか。むしろ今回の中国政府や中国共産党が「何もしない」「何も言わない」のは、実際は「何もできない」ことを意味しているのではないか、という印象を中国内外に与えたのではないかと私は懸念しています。

 タイミングからしておそらく「中国恒大に対する清算命令」が出されたことに対する対応としてなされたのが、中国国内の不動産企業に対する「ホワイトリスト」に基づく融資の実行です。報道によれば、中国政府の住宅都市農村建設部は1月26日に会議を開いて各地方政府に対して融資ができる不動産企業の「ホワイトリスト」を作成して銀行に融資を実施させるよう指示を出し、それに対応して重慶市と広西チワン族自治区の南寧市においてそれぞれの地方政府が作成した「ホワイトリスト」に基づく不動産企業への融資が実行されたとのことです。

 この「ホワイトリスト」に基づく不動産企業に対する融資の実行に関しては、昨年(2023年)11月にブルームバーグが「中国当局がホワイトリストを作成中」と報じた時、私は「融資可能な不動産企業を列記したホワイトリストは中央政府が作成する」ものだと思っていました。なぜなら、通常の融資の場合、どの企業に融資し、どの企業に融資しないかは、銀行が自分でリスクを取って判断するもの(それが銀行の本来の姿だから)ですが、どの企業に融資してよいかを政府が決めるのならば、「貸し倒れ」のリスクは銀行から政府に移ることになり、「貸し倒れ」に対応できる能力を有する「最後の貸し手」である中央銀行(中国の場合は中国人民銀行)を統括することができるのは中央政府しかないからです。しかし、実際は違っていました。「ホワイトリスト」は地方政府が作成することになっているようです。

 ということは、本来は銀行が担うべき「貸し倒れリスク」は、ホワイトリストの作成により地方政府が担うことになります。「ホワイトリスト」に従って融資した先の不動産企業の経営が破綻して融資が焦げ付いた場合、融資した銀行はホワイトリストを作成してこの企業に「融資してよい」と判断したのは地方政府であるから、貸し倒れになった責任は我々銀行ではなく地方政府が取るべきだ、と主張することは火を見るより明らかです。その際、地方政府はどう責任を取るのでしょうか。

 地方政府が作成したホワイトリストに基づいて実行された融資が焦げ付いた場合、中央政府が採るだろうと思われる対応は以下の二つです。

(1)「最後の貸し手」である中国人民銀行が焦げ付いた融資をした銀行を支援する。

(2)「誤った判断に基づいてホワイトリストを作成した」として地方政府の幹部を処罰する。

 仮に中央政府が(1)の対応をするつもりなのだったら、「ホワイトリスト」の作成は地方政府に任せずに中央政府が自ら作成したはずです。「ホワイトリスト」を地方政府に作成させたのは、中央政府は(2)の対応をするつもりだからでしょう。(2)のような対応をできるのは、地方政府の幹部は中国共産党の地方幹部であり、中央政府(中国共産党中央)は地方政府の幹部を処罰する権限を有している、という中国独特の政治システムがあるからできることです。民主主義国家では、地方政府のトップにはその地方の住民が選挙で選んだ人が就任しており、地方政府のトップを処罰する権限は中央政府にはありません。

 今回、「ホワイトリストの作成は地方政府が行うのだ」と報じられて私が認識したのは、不動産企業に対する銀行からの融資が焦げ付いてもそれに対応する責任を中国の中央政府は取るつもりがない、という実態です。つまり、中国恒大集団に代表される中国の不動産企業の危機的状態に関して、中国政府(中国共産党)が「何もしない」「何もしない」のは、「何もできない」からではなく、「何をするつもりもない(責任を取るつもりがない)」からであるわけです。

 私は「さすがにこれはマズい」と思います。政権を取っているはずの中国共産党中央が不動産危機という中国経済にとって最大級の危機に対して「責任を取るつもりがない」と受け取られるような対応をすることは、自ら政権担当を放棄することに等しいからです。

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 融資は、貸し手側が「借り手側が返せなくなるかもしれない」というリスクを承知の上で借り手側に資金を融通する行為です。通常、貸し手側が借り手側から受け取る利子は、いわば「融資している期間、貸し倒れになるかもしれないというリスクを負担することに対する報酬」と考えることができます。近年、資本主義諸国でも、中央銀行が強引に金融市場に介入して金利をゼロ近辺に抑え付けることが多かったので忘れ去られがちになっていますが、「金利はリスクを負担することに対する報酬」という考え方は資本主義経済における最も根本的な考え方です。社会主義を標榜する中国においても、経済が資本主義的原理で回っている以上、この考え方は同じはずです。もし、「中国では銀行は貸し倒れリスクは負わない。それが『中国の特色のある金融文化』なのだ。」というのであれば、貸し倒れリスクは政府が(最終的には中国共産党が)負う、ということでなければなりません。

 今回の「融資できる不動産企業のホワイトリストを地方政府が作成する」というやり方は、融資に関するリスクを誰が負うのか(銀行が負うのか、地方政府が負うのか、中央政府が負うのか)を曖昧にする極めて危険なやり方です。「融資した不動産企業の全て100%が耳を揃えて借りた資金を返す」ことができないかぎり、貸し倒れのリスクは誰かが負わなければなりません。貸し倒れのリスクを最終的に背負えるのは、人民元を無限に印刷する能力を有する中国人民銀行しかありません。上に書いたように、過去の銀行の経営危機の問題でアメリカやスイスの中央政府が出てきたのは、中央政府は中央銀行という「最後の貸し手」を持っているからです。

 今回の「地方政府にホワイトリストを作成させて銀行から不動産企業に融資させる」という政策は、おそらくは貸し倒れリスクを地方政府に押しつけたい中央政府(中国共産党中央)が考えたのだろうと思います。しかし、この政策が実行されていることを考えれば、中国の中央政府(=中国共産党中央)は、資本主義経済システムにおける融資とリスク負担の基本的考え方と中央銀行の「最後の貸し手」としての役割を理解していないことを自ら表明しているのと同じです。最も重要なのは、中国国内と世界の経済主体が私が感じているのと同じように「中国の中央政府(中国共産党)は資本主義経済システムの基本を理解していない」「中国共産党は不動産危機の責任を取るつもりがない」と感じているだろう、ということです。そのように感じる中国国内と世界の経済主体は、そういう中国政府(中国共産党)が統治している中国のリスクを認識し、中国国内でビジネスをやることをやめ、自らの資産・資金を中国から海外に移転しようと考えるだろう、と思います。

 中国共産党が今まで曲がりなりにも1949年以来中華人民共和国を統治してきたのは、「いろいろ難しい問題はあるが、中国共産党ならば何とか対処できるだろう」と皆が思ってきたからです。「どうやら中国共産党は『何とか対処する』やり方も知らないようだし、その意思もないようだ」と皆が思うようになってしまえば、それは中国共産党による統治が終わることを意味します。

 私は、今回の中国恒大に対する清算命令でさらに一歩ステージが進んだ中国の不動産危機は、中国共産党にとって、そのくらい重大な問題であると認識しています。

 

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2024年1月27日 (土)

具体的な経済対応策が見えない習近平政権

 先週(2024年1月20日)のこのブログで、「人民日報」が連日「金融」に関する評論を掲載していることを書きました。先週このブログを書いた後も、「人民日報」では下記のような「金融」に関する評論文が連日掲載されました。

☆1月21日付け「人民日報」1面右側「金融の高レベルの対外開放を推進しよう~習近平総書記の省部クラス幹部研究会における重要講話の学習貫徹を論ずる~」

☆1月21日付け「人民日報」1面右側の二番目「新時代の金融政策の新しい局面を絶え間なく切り開こう~省部クラス幹部に対する金融の質の高い発展に関する研究会に学んだ人たちは習近平総書記の重要講話を深く学習した~」

☆1月22日付け「人民日報」1面右側「中国の特色のある金融文化を積極的に育成しよう~習近平総書記の省部クラス幹部研究会における重要講話の学習貫徹を論ずる~」

☆1月22日付け「人民日報」1面右側二番目「強国の建設と民族の復興という偉業のためにさらに金融の力量を貢献させよう~省部クラス幹部に対する金融の質の高い発展に関する研究会に学んだ人たちは習近平総書記の重要講話の共通認識を集め、力量を集約させた~」

☆1月22日付け「人民日報」1面右側三番目「金融政策の機能をいかに活用し、その効能を向上させるか(政策問答:2024年の中国経済をどのように進めていくのか)

☆1月23日付け「人民日報」1面右側「自信を固いものにし、このやり方を使っていけば、歩めば歩むほど道は広くなる(習近平総書記の省部クラス幹部研究会開会式での講話を細かく観察する)

☆1月23日付け「人民日報」1面右側二番目「新しい時代の金融の答案を書き写す~省部クラス幹部に対する金融の質の高い発展に関する研究会傍聴記~」

☆1月23日付け「人民日報」2面「金融の高い品質の発展の新しい章を書き起こす~習近平総書記の省部クラス幹部研究会開会式における重要講話は確信を強化し方向性を明確にした~」

☆1月24日付け「人民日報」1面下「金融の品質の高い発展をもって強国建設と民族の復興という偉業の助けとしよう」

☆1月25日付け「人民日報」6面「中国人民銀行が示した~経済運行のために良好な貨幣金融環境を創造する(権威発布)」

☆1月27日付け「人民日報」1面トップ「マクロ政策が質の高い発展のための有力な支えとなる」

 これだけ連日の「金融政策は重要だキャンペーン」が何のために行われたのか私にはよくわかりません。「人民日報」で様々な論評が数多く掲載されるのは結構なことですが、この一週間、伝えられた具体的な金融に関する政策は以下の通りです。

○1月24日、中国人民銀行は預金準備率を0.5%引き下げて2月5日から適用すると発表した。同時に地方と小規模企業向け再貸出金利と再割引金利を1月25日から0.25ポイント引き下げることも発表した。

 これとは別に、1月23日、ブルームバーグが低迷する中国の株式市場の救済策として、国有企業が本土外に持つ口座にある2兆元(約40兆円)を原資として株価の安定化基金を設置することを検討していると報じました。これらを受けて、この一週間、上海と香港の株価は急速に持ち直しました。

 こういった動きについて、世界の経済関係者はどう見ているのかなぁ、と私は感じています。

 私の感想は「連日、『人民日報』で大々的な金融に対するキャンペーンをやっているのに対し、具体的に出てきた政策は『預金準備率の引き下げ』という『いつもと同じ対策』だった(0.5%の引き下げ幅は『いつも』よりは大幅だったようですが)」「国有企業の資金を使って株価を下支えするというのは、露骨なPKO(Price Keeping Operation)であり、株価下落に対して何の根本対策にもなっていない」「こんなやり方では『中国政府は経済低迷に対して効果的な手段を打つつもりはありません』と内外に向けて宣伝しているようなものだ」というものです。

 もうすぐ春節(今年の旧暦元旦は2月10日)ですので、おそらくはこのまま春節の大型連休に突入していくのでしょう。1月29日(月)に行われる予定の香港の裁判所における恒大集団の清算審理がどのような結論を出すのか、それが中国経済にどのようなインパクトを与えるのかは私にはわかりません。ただ、上に書いた一連の動きを見ていると、これからも「人民日報等で『金融政策は大事だ』というキャンペーンが大々的に展開されたとしても、効果的な大きな具体策は出てこないだろう」ということが想像されます。経済の低迷に対して中国政府は具体的な対応策を出さないだろう、という見通しそのものが中国経済に対する不安を増長させるのではないか、と私は心配しています。

 もしかすると、これから金融に関する大物が反腐敗闘争の一環として摘発される、といった事態が起こるのかもしれませんが、そういった話は、政治的には意味があるのかもしれませんが、低迷する中国経済をプラスに持って行く、という観点では何の効果もありません。「習近平氏はそもそも低迷する中国経済を何とか上向かせようという意思があるのか」という根本的な部分に疑問を持つ人が中国の内外で増えて行くのではないかと私は考えています。

 最近、中国中央電視台夜7時のニュース「新聞聯播」では「3820戦略」に関するシリーズ報道をやりました。習近平氏が福建省福州市の党書記だった1990年代前半、習近平氏が「3年後、8年後、20年後を見据えて戦略を立てよ」と指導して、その結果福州市は発展した、という「報道」で、習近平氏の若い頃の功績を讃えるものでした。私は1980年代から断続的に「新聞聯播」を見ていますが、こういう「個人崇拝」を宣伝するような報道の仕方は習近平氏より前にはなかったことです(そもそも毛沢東時代の反省の上に立ってトウ小平氏は個人崇拝の傾向を強く否定していた)。

 「中国中央電視台では習近平氏に対する個人崇拝を煽るテレビニュースが流れ」「人民日報には空虚な(中身のない)金融に関する論文が大量に掲載され」「経済低迷に対する具体的で効果的な政策は全く出てこない」という三点セットを見せつけられると、ハッキリ言って私は「中国はこれで大丈夫だろうか」と感じてしまいます。「中国の人たちはどう感じているのかなぁ」というのが、現在のところ私が最も心配しているホンネです。

 

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2024年1月20日 (土)

ここへ来て中国で金融に関する動きが活発化

 先週土曜日(2024年1月13日)に行われた台湾での総統選挙で民進党の頼清徳氏が当選したことについて、中国がどのようなリアクションを示すのか世界が注目していましたが、私の感覚では「中国の反応は意外と抑制的だった」と感じます。総統選挙の翌日の1月14日付けの「人民日報」では、「民進党は台湾の民意を代表してない」「この選挙によって両岸関係(大陸と台湾の関係)が変わることはない」とコメントしています。「民進党は台湾の民意を代表してない」の部分は、総統選挙では三人の候補者に票が割れ頼清徳氏は40%の得票しか得られなかったことと、立法院(台湾の国会に相当)の選挙では民進党は議席を減らして過半数を維持できなかったことを背景にしていると思われます。ただ、このコメントは、中国共産党も「台湾で行われた選挙は正当に行われ、選挙結果は台湾の民意を反映しているものだ」と自ら認めたことになります。このことに関しては、今日(1月20日(土))付けの産経新聞9面のコラム「風を読む」で同紙論説員の榊原智氏が「独裁中国の滑稽な総統選批判」と題して皮肉っています。

 この一週間、私は「台湾総統選挙に対する中国の反応が意外に抑制的だった」と感じた一方で、中国では金融に関するニュースがやたらに多かったなぁ、と感じました。この一週間の中国における金融に関するニュースは以下の二つです。

○国務院が「中国人民銀行金融政策委員会条例」を改正して、中国人民銀行の業務のやり方及び金融政策決定会合に関する規定を変えた(2024年1月13日決定。新華社がこの決定を伝えたのは1月18日。)

(注)中国語では「中国人民銀行貨幣政策委員会条例」ですが、日本銀行の例や他国の中央銀行の同様な会議に対して使っている日本のマスコミ用語を参考にすれば、日本語にすれば「金融政策委員会」と訳すのが適切だと思います。

○1月16日~1月19日に中央党校において省や部クラスの幹部に対する「金融の質の高い発展に関する研究会」が開かれ、16日の開講式には、ダボス会議のために海外出張中の李強総理を除く中国共産党政治局常務委員全員と国家副主席の韓正氏が出席し、習近平氏が重要講話を行った。

(注)いつものことですが、こういう金融に関する重要な会議をどうして李強総理が海外出張で出席できないタイミングで開催するのかなぁ、と疑問に思います。まるで、意図的に重要な経済・金融政策に関して「李強はずし」をしているように見えます。

 これらに関連して、ここ数日、「人民日報」は金融に関する論評を連日掲載しています。下記に列記します。

☆1月19日付け「人民日報」1面右側(一面トップに次ぐ重要性を示す場所)「金融の品質の高い発展を推進して、金融強国を建設しよう~習近平総書記の省部クラス幹部研究会における重要講話の学習貫徹を論ずる~」

☆1月20日付け「人民日報」1面右側「金融リスクの発生防止と解消に力を入れよう~習近平総書記の省部クラス幹部研究会における重要講話の学習貫徹を論ずる~」

☆1月20日付け「人民日報」1面右側の二番目「中国の特色のある金融の発展の道を迷うことなく確実に進めよう~省部クラス幹部に対する金融の質の高い発展に関する研究会に学んだ人たちは習近平総書記の重要講話を深く学習した~」

 これらの論評では、具体的な政策手段についての言及はなく、「中国の特色のある金融の発展」といった「わかったようなわからないような」用語を並べているだけなので、あんまり論ずる意味はないと思いますが、「金融リスクの発生防止と解消に力を入れる」ことに繰り返し言及しているところを見ると、不動産危機を受けて、中国国内で金融危機のリスクが現実問題として高まっていることを想像させます。

 上に書いた1月13日に決定され1月18日に公表された「中国人民銀行金融政策委員会条例」の改正については、今日(1月20日(土))付けの産経新聞が5面で「習政権、金融統制を強化 党指導徹底 中銀の存在感低下」という見出しで報じています。

 今回の「中国人民銀行金融政策委員会条例」の改正のポイントは以下の通りです。

・金融政策委員会の業務においては、中国共産党による指導を堅持し、健全な現代的な金融政策の枠組みを推進し、重要事項に関しては党中央と国務院に報告する。

・金融政策委員会のメンバーは以下の通りとする
「中国人民銀行総裁」「国務院副秘書長(一人)」「国家発展改革委員会副主任(一人)」「財政部副部長(一人)」「中国人民銀行副総裁(二人)」「国家金融監督管理委員会主席」「中国証券監督管理委員会主席」「国家統計局局長」「国家外国為替管理局局長」「中国銀行協会会長」「専門家委員(三人)」(金融策委員会を構成する機関と人員の調整は国務院が決定する)。

・金融政策委員会は定例会制度とし、三ヶ月に一度開催する。ただし、金融政策委員会の主席または1/3以上の委員の要求により臨時会議を開催することができる。

・中国人民銀行は、金融政策委員会の定例会が開催された後、様々な方法を用いて市場における将来予想と市場への情報提供を強化する。

 最後の「金融政策委員会を定例開催する」「定例会の後、中国人民銀行は市場への情報提供を強化する」という部分については、日米欧などの中央銀行の金融政策決定会合と同じようにやる、という意味ですので、これは評価してよいと思います。しかし、(今日付の産経新聞の記事でも指摘しているのですが)「中国人民銀行は中国共産党の指導を受け、重要事項は党中央と国務院に報告する」という部分と金融政策委員会のメンバーを見れば、先進国で担保されている「中央銀行の政府からの独立性」が中国人民銀行の場合は全くないことがわかります。

 このブログで過去に何回も書いたことがありますが、中国人民銀行の総裁は、1993年からは朱鎔基氏だったし、その後、周小川氏のように西側でも一定の評価を得て信頼もされていたエコノミストが歴任していたので、制度上「中国共産党からの独立」は明記されていなかったとしても、金融政策は独立した立場で判断されてきました。私が北京に駐在していた2007年の10月頃をピークとして、北京オリンピックを前にして膨張していた株と不動産がバブル状態からやや「バブル破裂」のような様相を示した時、多くの中国の経済関係者は金融緩和を期待したのですが、時の中国人民銀行総裁の周小川氏は、あえて金融緩和を行わず「小さなバブルは潰す」という判断をしたのでした。その頃、ネット上等では「周小川総裁を更迭させるべきだ」といった動きがある、といったウワサすらありました。

 日米欧で中央銀行の政府からの独立性が規定されているのは、中央銀行が「増税をせずに財政支出を増やしたい」という誘惑に駆られがちな政府の言いなりになると、過度な金融緩和や国債の中央銀行による買い取り(財政ファイナンス)などを行うことにより、ハイパーインフレ等の破局的な金融情勢の混乱を招くことを各国とも過去の経験からよく知っているからです。世界各国におけるそうした経験を無視して、習近平氏が「中国の特色のある金融政策」と称して、中国人民銀行を中国共産党の「言いなり」の機関にしようとしているのは、ある意味では非常に「危険な賭」に出ていると言えます。

 この一週間「台湾問題よりも金融政策の方が目立った」という点については、上にも触れましたが、不動産危機に起因する中国内部における金融危機の萌芽が私たちが知っているよりももっとずっと深刻に進展していることの表れかもしれません。かねてより経営不振が伝えられていた中国の資産運用大手の中植企業集団が2024年1月5日、北京の裁判所に破産申請をしました。「政府が救済するのではないか」とも見られていたのですが、結局中国政府は何もしませんでした。

 中植企業集団はいわゆる「シャドーバンク」のひとつですが、このことに関連して、1月19日(金)に放送された日経CNBC「朝エクスプレス」の中の「2024年のチャイナ・リスク」と題する「ゲストトーク」のコーナーで東京財団政策研究所の柯隆氏は「大手不動産企業がデフォルト(債務不履行)を起こした昨年(2023年)までが金融危機の第一ステージとすれば、(シャドーバンクが破綻した)現在は第二ステージにある。来年(2025年)になればこれが中小の銀行にまで波及する第三ステージに進展する可能性がある」「1990年代の日本の平成バブル崩壊後の経過を見てもわかるように、金融危機はそれくらいの長い時間経過を経て進展するものだ」と解説していました。もしかすると、この一週間の金融に関する様々な動きを見ていると、中国共産党内部にも、柯隆氏と同じような「金融危機に対する危機感」が共有されているのかもしれません。

 もしかすると、現在の中国は「経済の低迷や金融危機に対する対処で目一杯であり、台湾を武力侵攻するような余裕はとてもない」というのが現状なのかもしれません。習近平氏が2024年「新年賀詞」において、台湾問題について「祖国統一は歴史的必然だ」と述べたことに関して、「必ず私がやる」と言っていないことを捉えて「むしろトーンは低くなった」と見る専門家もいるようです。

 中国共産党が現在の不動産危機に起因する金融危機に本気で対応しようとしているのは評価すべきなのですが、「中国人民銀行を中国共産党の『言いなり』にして適切な金融政策が採れるのか」「経済・金融政策の要となるべき李強総理をはずして重要会議を開いたしりて大丈夫なのか」という感じもします。やはりポイントは、習近平氏自身が「不動産危機を金融危機に発展させない」という危機感を持って対応する意思があるのか、という点に尽きると思います。

 今、日本経済新聞朝刊の最終面の「私の履歴書」では、元財務省事務次官の武藤敏郎氏が執筆していますが、武藤氏の文章を読んで改めて感じるのは、1990年代の平成バブル崩壊後の日本社会の混乱は相当なものだったということです。民間では、数多くあった多くの銀行が現在の三メガバンクに集約されたり、政府機関では金融庁が大蔵省から独立し、霞が関の各省庁の大きな再編があった(大蔵省は財務省となった)ほか、1990年代には非自民連立政権による政権交代があるなど、日本の社会は大きく変わりました。2003年にあったりそな銀行への公的資金注入や足利銀行の一時国有化なども含めれば、日本の平成バブル崩壊への対応はそれこそ十数年以上の時間が掛かったと言えます。今年(2024)に入ってから日本の株価が「バブル崩壊後の最高値を更新」と浮かれた報道も多いのですが、この機会に日本が平成バブル崩壊後に辿った経緯をもういちど振り返って、中国においてこれから何が起こるかを考えることも重要だと思います。

 上に書いた東京財団政策研究所の柯隆氏は、おそらく「日本の平成バブルでは1989年末が株価のピークで、1990年には株価が下がりはじめ、1991年に入ると地価が下がり始めた」という事実を踏まえて、現在の中国は平成バブル期の日本の1991年頃のステージにある、と考えているのだろうと思います。日本で非自民連立政権の細川内閣が成立したのが1993年、霞が関の省庁の大幅改編があったのが2000年、現在の三メガバンクが成立するのは2001~2006年ですから、中国における「不動産バブル崩壊対応」も同じ程度の(あるいはそれ以上の)時間が掛かるかもしれません。問題は、中国共産党体制が日本のような政権交代を許さないシステムだ、ということです。中国の現在のシステム(=習近平氏が総書記をやっている中国共産党体制)は、平成バブル崩壊後の日本に比べて圧倒的に硬直的ですので、危機的状態に対して迅速に対応できるかどうか、私たちは今一度日本の平成バブル崩壊後の歩みを振り返りながら、注目していく必要があると思います。

 

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2024年1月13日 (土)

革命の輸出・低賃金の輸出・デフレの輸出

 最近の中国関連のニュースで目を引いたものに「2023年の中国の自動車の輸出台数は491万台だった。『自動車の輸出台数』で中国は日本を抜いて世界一になった」というものがありました。中国経済の世界経済の中に占める比重の大きさには改めて驚かされます。

 このニュースでもうひとつ「びっくり」だったのは、2023年の中国の自動車の輸出台数の491万台は、対前年比で57.9%の増加だった、ということです。輸出台数が伸びるのはいいとして、この増加率は大き過ぎませんかね。コロナ禍からの反動という側面はあるにせよ、世界の自動車の需要がそんなに急に増加するわけではありませんので、このことは、別の見方をすれば、中国の自動車生産能力が中国国内販売台数に比べて非常に大きい(つまり供給能力が余剰である)ことを示しています。

 同時に発表された数字によれば、2023年の中国国内での新車販売台数は3,009万台で、始めて3,000万台の大台を超えた、とのことです。決して中国国内の自動車需要が少ないというわけではないのですから、この中国の自動車輸出台数の急速な伸びは、中国国内の自動車製造能力があまりに大き過ぎることを示しています。

 中国はいまだにタテマエ上「社会主義経済」を標榜していますが、その実態は「計画経済」とは全く言えないものです。中国の過去の経済データを見てわかることは、「何か売れる商品があると、多くの企業が新規参入して同業の企業が雨後の竹の子のように増えるが、すぐに生産能力が過大になり過ぎて、多くの企業が倒産する」ということが繰り返されてきたことです。2010年代に嵐のように急増してすぐにバブルが破裂するように流行が去った「レンタル自転車」などがその典型例です。私は前に中国の農産品の生産量のグラフを見たことがあるのですが、1990年代から、多くの農産品で生産量が大きな波のように増減を繰り返していることがわかりました。少しでも「この商品は儲かる」という話があると、中国ではネコも杓子もその商品を作ろうとするので、あっという間に「生産能力過剰状態」になって、価格が下落し、結局は多くの人がその商品の生産から去って行くのです。

 最近の例では、豚の病気の蔓延で豚肉の生産量が激減して豚肉価格が高騰したことから、政府が音頭をとって豚肉生産施設の増設を図ったところ、今は生産過剰になって豚肉価格が急速に下落しています(中国の消費者物価指数がここのところマイナスが続いていることの背景には、食品価格のうち大きな比重を占める豚肉価格が下落していることが重要な要素として存在しています)。

 「儲かる」と見られた分野に多くの人が殺到して供給過剰状態になり、それが結局はバブル崩壊状態になる、という現象は、不動産業界に端的に表れていますが、中国では数多くの分野で同様の「バブルの形成と崩壊」が繰り返されてきました。政治の世界では、毛沢東時代の「極端な左」の政策がトウ小平時代になって「ほとんど自由経済の状態」にまで急旋回したように、振り子が短時間のうちに急激に両極端に振れてしまう、というのは、中国社会のひとつの特徴かもしれません。

 毛沢東の時代の中国共産党は「国際共産主義運動」を唱えていましたから「世界の人民を大団結させて、各国で革命を起こさせる」ことをひとつの理想としていました。中国共産党自身、ロシア革命の後、「革命の輸出」に熱心だったソ連共産党が中心になって設立されたコミンテルンの働きかけで立党されたという歴史的な経緯があります。ただ、中国の場合、国内での革命体制の確立に重点を置いたため、東欧諸国等に共産主義政権を樹立することに成功したソ連とは異なり、中国による「革命の輸出」は実際にはなされませんでした。中国が「中国の一部である」と自認する香港や台湾にすら革命を及ぼすことができなかったことがそれを端的に示しています。

 毛沢東の時代が終わって、トウ小平氏の「改革開放の時代」になると、中国は「革命の輸出」には関心を示さなくなった一方、西側諸国との関係を改善させて、多くの外資系企業を中国国内に進出させました。中国は中国人民の安い大量の労働力を活用して「労働集約・輸出型製造業」を大いに発展させて、「世界の工場」となりました。欧米や日本の製造業企業の多くが中国に製造拠点を移した結果、世界各国では賃金の上昇が抑制されるようになりました。各国である製品の製造のための賃金が高いならば、その製品の製造は中国に任せればよいからです。この現象については「中国が低賃金を世界に輸出した」と表現されました。

 2020年代に入って世界がコロナ禍から回復する過程で、サプライチェーンの分断や人の移動の制限により、部品や労働力の供給に制限が掛かったことから、世界でインフレが進行しました。2024年になったばかりの現時点では、日本を除く各国では中央銀行による利上げによってこのインフレに対抗しようとしつつあるところです。一方、中国では不動産危機による国内経済の低迷でデフレ基調が強まっています。中国では国内需要が伸びない中、生産能力の過剰感が目立ってきたからです。生産能力があるのに国内で売れないならば、中国企業は輸出に活路を見いだすことになります。インフレに悩む各国の消費者は、中国が安い製品を輸出してくれるなら歓迎するでしょう。2024年は、たぶん中国からの安い製品が大量に各国に輸出され、それが結果的に欧米や日本で進むインフレを中和することになるかもしれません。これが現在進行中の「中国によるデフレの輸出」です。

 アメリカを中心にして、ハイテク分野については、中国とのデカップリングが進んでいますが、安全保障にクリティカルに関係するわけではない分野においては、世界経済と中国との「デカップリング」は事実上無理です。一般家電やEV(高レベルの自動運転などの機能が付いたものは除く)など汎用技術を応用した製品においては、「中国からの輸出による各国インフレの中和」(別の言い方をすれば「中国からのデフレの輸出」)は2024年の世界経済を記述する上での重要なキーワードになると思います。

 問題は、「中国からのデフレの輸出」が「世界各国のインフレの中和」で終わるのか「世界各国をデフレに引っ張り込む」ところまで行くのかどうか、です。インフレに対抗するために歴史的にも非常に高い水準に金利を引き上げている各国(日本を除く)の中央銀行にとっては、これからが「金利の手綱さばき」の腕の見せ所になると思います。

 毛沢東時代の「中国による革命の輸出」は、理念としてはあったとしても実際は行われなかったので(「輸出」どころか香港や台湾にすら「革命」は及ばなかったので)、世界では何も問題は起きませんでした。

 トウ小平時代以降の「中国による低賃金の輸出」は、世界各国に「経済は成長するけれどもインフレは起きない」という安定した経済状況をもたらしました。一方で、各国の内部において、経済成長の恩恵を受ける一部の層と賃金が増えないために経済成長の恩恵から取り残される層とが二つに分断されるという「国内における分断」が定着しました。その分断状態に不満を持つ取り残された側の国民がもたらしたのがイギリスのEU離脱でありアメリカにおけるトランプ現象だと言えると思います。

 2024年年初の段階で明確になりつつある「中国によるデフレの輸出」が世界に何をもたらすかは、まだよくはわかりません。「中国によるデフレの輸出」を遮断するためには、中国との経済関係を絶つことが必要ですが、それは現実にはどの国にもできないでしょう。

 少なくとも言えることは、毛沢東時代から世界も中国も大きく状況が変化しているのに、習近平氏が毛沢東時代の「革命の輸出」の理念を引っ張り出してきて、中国共産党による台湾への影響力拡大をもくろむ可能性が非常に懸念されている、ということです。今日(2023年1月13日)行われた台湾での総統選挙の結果を受けて、習近平氏が時代錯誤の「革命の輸出」の論理を力尽くで押し出して来ないかどうか、世界が注目しています。

 「習近平氏が考える中国共産党による台湾の統一」は、一見して毛沢東時代の「革命の輸出」のように見えるものの、その実態は強大になった中国の王朝が周辺へその影響力を拡大してきた「中華帝国の拡大」にほかなりません。それを考えれば、「習近平氏は毛沢東時代に先祖返りした」という表現は適切ではなく、「習近平氏は、清の乾隆帝、明の永楽帝、さらに言えば前漢の武帝にまで時代を遡る『先祖返り』をしようとしている」と表現した方が適切なのかもしれません。

 「中国によるデフレの輸出」にどのように対処するか、「中国による革命の輸出」をいかにしてさせないようにするか、が世界と中国との関係における2024年のキーワードになると思います。

 

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2024年1月 6日 (土)

習近平氏の「皇帝気分」に中国の人々は耐えられるか

 昨年の大晦日(2023年12月31日)の晩、習近平氏は毎年恒例の「新年賀詞」を発表しました。今年の「新年賀詞」で私が着目したのは、現在の中国経済の困難な状況に関して語った以下の部分です。

「前途に『風あり雨あり』というのが常である。一部の企業は経営圧力に直面しており、一部の大衆は就業と生活の面で困難に直面している。一部の地方では、洪水や台風・地震等の自然災害が発生している。これらについて、私は全て気に掛け心に留めている。皆さんは、風雨を恐れず、希望を持って相互に助け合い、困難を克服するための戦いに挑んでおり、私は深く感動した。つらい労働に携わる農民、苦しい仕事に没頭する労働者、果敢に困難と立ち向かう創業者、我が国の防衛に従事する兵士たち、それぞれの分野で、それぞれの仕事で、人々は皆、汗水を流している。一人一人の平凡な人たちが、皆それぞれが、非凡な貢献を作り出しているのである! 人民こそが永遠に我々が一切の困難に対する挑戦に勝利するために最も大きく依存しているものなのである。」

 上記の様々な現在の中国の困難を列記した後の「私は全て気に掛け心に留めている」の中国語の原文は「我都牽挂在心」です。中国語の原文のニュアンスを理解するのは本当は難しいのでしょうが、この部分、私は以下のようにイメージしました。私の感覚で、勝手に( )付きで私のイメージを付け加えました。

「(中国経済は現在困難な状態に直面しているが)困難に直面することはいつの時代でもある話である。経済的困難や自然災害について、私は全部気に掛け心に留めている(無視はしていない)。農民、労働者、起業家、兵士の皆さんは、皆それぞれ一生懸命頑張っている。そういう頑張っている皆さんこそが、我が国の発展のために最も頼りにしているものなのだ。」

 これは「現在中国は困難に直面しているが、中国人民皆さんのガンバリこそが最も重要なのだ」と中国人民を鼓舞しているようにも聞こえるのですが、一方で「人民の皆さんは頑張ってね。私は皆さんの努力を心に掛けていますからね。」と言っているようにも聞こえ、「自分がこの困難に何とか対処する」という習近平氏の意気込みが全く感じられないなぁ、と私は思いました。私にはここの部分の表現ぶりは、習近平氏が「国を引っ張って行くリーダーとしての政治家」ではなく「権威ある(しかし具体的な政策の執行は自分ではやらない)皇帝陛下のお言葉」のように聞こえました。

 私がイメージする「偉大な政治家」「一国のリーダー」は、「私はこの国を発展させるために先頭に立って尽力する決意だ。だから、国民の皆さんも一人一人がそれぞれの立場で最大限の力を発揮して欲しい。」と訴えかけるだろうと思います。

 有名なアメリカのケネディ大統領の就任演説(1961年)の有名な一節には以下のような部分があります。

「米国民の同胞の皆さん、あなたの国があなたのために何ができるかを問わないでほしい。 あなたがあなたの国のために何ができるかを問うてほしい。」(在日アメリカ大使館「アメリカンセンターJapan」のホームページより)

 習近平氏はもしかすると、これと同じようなことを中国の人々に言いたかったのかもしれません。しかしそれならば、習近平氏は、「この国の将来をどちらの方向に持って行くのかは、中国人民の皆さんの判断に掛かっているのです!」というフレーズを続けなければなりません。今の中国では「これから中国が歩んでいく方向は中国共産党が(ということは習近平氏が)決めるのであって、中国人民の皆さんが決めるわけではない」というのが実情ですから、習近平氏がケネディ大統領と同じ文脈で中国の人々に呼びかけることはあり得ないことです。

 私は、これまで、皇帝のように振る舞う習近平氏の言動をニュースで見るにつけ「中国共産党の宣伝部門が習近平氏を『皇帝のように権威のある者』に見せようとしているのだろうなぁ」と思っていました。しかし、上に紹介した「2024年新年賀詞」を聞いたら、私は習近平氏自身が本気で「皇帝気分」に浸っていることがわかりました。「新年賀詞」の文章は、スピーチライターが下書きを書いたのだとしても、習近平氏自身がじっくり読んで、自分の気に入るように筆を加えているはずですから、「新年賀詞」の表現は習近平氏自身の「ホンネ」だと言って差し支えないからです。

 私自身は、日本やアメリカなどの民主主義国家の政治家の演説を聞き慣れているので、それとは異なる習近平氏の「2024年新年賀詞」を聞いて、「習近平氏自身は完全に『皇帝気分』になっているなぁ」と感じました。中国語ネイティブで中国共産党幹部の演説に慣れている中国の人々が同じように受け取ったかどうかはわかりませんが、少なくとも私は毛沢東やトウ小平や江沢民氏や胡錦濤氏の演説を聴いていて、これらの過去の中国の指導者たちが「皇帝気分になっているなぁ」と感じたことは一度もありません。毛沢東のことを「皇帝のようだった」と言う人もいますが、毛沢東は全てを自分で判断し、自分が実際に行動を起こして中国を動かしてきましたから、具体的な政策について「何も言わない」「何もしない」習近平氏とは全く違います。

 私は、習近平氏の「皇帝気分」のような発言に関して、中国の一般の人々のみならず中国共産党内部にも違和感を持つ人が多いのではないか、と想像しています。

 一昨日(2023年1月4日(木))の中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」と昨日(1月5日(金))の「人民日報」はトップニュースとして、1月4日に開催された中国共産党政治局常務委員会が全人代常務委員会、国務院、全国政治協商会議、最高人民法院、最高人民検察院の中国共産党組織から活動報告を受け、中国共産党中央書記処から活動報告を聴取したことを報じていました。これらの組織からの活動報告聴取は、第18回党大会(習近平氏が総書記になった党大会)以来、原則として年初に行われる恒例行事ですが、これらの活動報告では「習近平の新時代の中国の特色のある社会主義思想を指導理念とし、党中央の権威と統一的な指導を堅持している」かどうかが報告されます。つまり、言葉を換えれば、この会議での報告は中国の立法と行政と司法のトップ機関が習近平氏に忠誠を誓って活動してきたかを報告するものであると言えます。こういうある意味では「内輪の会議」をトップニュースとして報じているのは、中国の全人民に「中国の立法と行政と司法のトップ組織は習近平氏に忠誠を誓って活動しているのだぞ」と声高に示す意図があるためだと言えます。逆に言えば、そういうことを声高に宣伝しないと、「中国の立法や行政や司法の中には習近平氏に忠誠を誓わない人がいるかもしれない」という疑いを多くの人が持ってしまうからだろうと私は考えています。

 私は三年前の年初にこのブログに以下のように書きました(このブログの2021年1月2付け記事「人民共和国が中国共産党帝国になった日」参照)。

「(前略)実態に合わせて国名を表現すれば、現在の中国は『中国共産党帝国』と呼ぶことが適切だ、と言えます。」

 今、習近平氏自身が「皇帝気分」になっており、中国共産党内部が習近平氏への忠誠を誓うことが求められる(忠誠を誓わない者は排除される)のであれば、上記の言葉は、もっとハッキリ言えば「現在の中国は『習近平帝国』と呼ぶことが適切だ、と言えます。」ということになるのでしょう。

 太平洋の反対側の国では「現在のアメリカの共和党は『トランプ党』と呼ぶことが適切だ、と言えます」という状態なので、「どっちもどっち」だとは思うのですが、アメリカではアメリカ国民が選挙で「『トランプ党』はイヤだ」と判断すれば、アメリカは「トランプ帝国」にはなりません。人々が決めることができない中国においては、中国人民の多くが「習近平帝国はイヤだ」と考えた時には何が起こるのか、が問題になります。

 中国経済が順調であれば、中国が習近平氏が「皇帝気分」に浸っていたとしても中国の人々は多分我慢するでしょう。しかし、仮に中国経済が現在よりも悪化していくようであれば、中国の人々は習近平氏の「皇帝気分」にいつまでも耐えていることができるのでしょうか。

 「2024年新年賀詞」を聞いて、私は習近平氏自身は、自分の「皇帝気分」に中国の人々が耐えられなくなるかもしれないという危機感を現時点では全く持っていない、と感じました。ひとつのポイントは、中国共産党内部にそうした危機感を感じる人が増え、何らかの形で習近平氏の「皇帝気分」を修正する動きを中国共産党内部でできるか、という点だと思います。

 毛沢東が亡くなった1976年頃には、中国人民の間には「文革路線」に対する不満が高まっていました。その不満が噴出したのが1976年4月の「四五天安門事件」(第一次天安門事件)でした。中国共産党は毛沢東が亡くなった直後の1976年10月に「文革派」と呼ばれたいわゆる「四人組」を逮捕し、その後、トウ小平氏を復活させて1978年末に「改革開放路線」に方向転換しました。中国共産党は人々が不満を持っている危機感を察知して、党自身が路線を変更したのです。中国共産党が今後も長期にわたり政権を維持していくためには、1970年代後半に持っていたこのような危機察知能力と自己修正能力を現在も持っているかどうかがカギとなります。経済が悪化し、中国の人々の不満が高まるであろう2024年は、そうした中国共産党の自己修正能力が試される年になるだろうと思います。

 

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2023年12月30日 (土)

「中国式現代化」は毛沢東路線からの離脱だ

 この火曜日(2023年12月26日)、中国では、習近平総書記をはじめとする政治局常務委員全員が参加した「毛沢東同志生誕130年記念座談会」が開催されました。この座談会で行われた習近平氏の演説は、習近平氏の考え方をまとめて表明したものとして私は重要だと思います。

 この「毛沢東同志生誕130年記念座談会」での習近平氏の演説については、ジャーナリストの福島香織氏が今日(2023年12月30日)11:02配信のJBPressに「中国・習近平が目論む『個人崇拝』、毛沢東の夢は『オレが実現』?」と題して分析する記事をアップしています。

 福島氏はこの記事で十年前の「毛沢東生誕120年記念座談会」での習近平氏の演説と比較して、毛沢東について「偉大なる国際主義者だ」という評価を追加していることを指摘していました。そして、習近平氏は、今回の生誕130周年の演説では「毛沢東同志を最もよく記念するには、彼が始めた事業を継続して前へと推進させることだ」と述べるとともに、「毛沢東同志を最もよく記念する方法は、彼が開始した事業を継承して前進することだ。中国式現代化を全面的に推進して強国を建設し、民族復興の偉大なる事業を進めることが、全党全国各民族人民の新時代の新たな道のりの中心任務だ。これは毛沢東ら先輩革命家がついになし得なかった事業で、いまの中国共産党人の圧倒的歴史的責任である。」と述べることによって、習近平氏が「毛沢東がなしえなかった夢を私(習近平氏)がかなえる」と強調しているように見えると指摘しています。「中国式現代化」とは、習近平氏が最近強調している言葉で、いわば習近平氏のキャッチ・フレーズだからです。

 しかし、たぶん多くの人も同じように感じていると思いますが、習近平氏が進めている路線は毛沢東とはかなり異なっています。私は、習近平氏が強調する「中国式現代化」はむしろ毛沢東路線から離脱するものだと考えています。

 今回の「毛沢東生誕130周年座談会」の演説の中の毛沢東の功績を述べる部分で、習近平氏は「マルクス主義の中国化(または中国化されたマルクス主義)」という言葉を7回使っています。一方、習近平氏が総書記になった第18回党大会以降に関する部分については「中国式現代化」という言葉を18回使っています。習近平氏は「毛沢東同志がマルクス主義の中国化を推し進めたことを受けて、私(習近平氏)は『中国式現代化』を進めるのだから、私(習近平氏)は毛沢東同志の後継者だ」と強調したい考えていることは明らかです。しかし私は「マルクス主義の中国化」と「中国式現代化」とは同一延長線上にはないと考えています。

 マルクス主義は、そもそも産業革命後のヨーロッパにおいて、機械を用いた大規模工場を経営する資本家がその工場で働く労働者の生み出した利益を搾取している、そのために大多数の労働者は苦しい生活を強いられている、という発想から出発しました。従って、マルクス主義による革命は、主に都市部で働く工場労働者たちが団結して立ち上がり、資本家たちが作り上げた政府を転覆させることをイメージしていました。しかし、辛亥革命で清朝が倒れた後の20世紀初頭の中国では資本主義はまだ十分には発達しておらず、苦しい生活を強いられていた大多数の中国人民は農民でした。そのため毛沢東は、都市部の工場労働者たちが立ち上がって革命を実現させたロシア革命とは異なり、まず大地主の下で苦しんでいた貧農(小作農)たちに働き掛けて解放区を作り「農村が都市を包囲する」という方法で中国における共産主義革命を進めました。中国の実情に合わせて革命のやり方を変えた、という意味で、これはまさしく「マルクス主義の中国化」でした。

 一方、習近平氏が主張する「中国式現代化」とは、周恩来が政府工作報告で使い始め、トウ小平が強力に推し進めた「四つの現代化」の延長線上にあるものだろうと私は考えています(農業・工業・国防・科学技術の近代化を進めるべきという考え方は、日本語では「四つの近代化」と言うのが普通ですが、中国語では「四個現代化」です)。「四つの現代化」は、文化大革命時代には「経済優先主義だ」として批判された考え方で、毛沢東の目指した理想像とは方向性が異なると私は考えています。毛沢東の考え方の基本は、全ての人が平等で落ちこぼれのない生産と生活が実現される理想的な共産主義社会を目指すことであり、経済を発展させ、近代装備を備えた国防力を強化することに関しては優先順位は高くなかったからです。

 さらに毛沢東を「国際主義者」と評価するのであれば、それは抑圧された人民が国境を越えて団結することにより共産主義運動を世界に広げたいと考えているという意味での「国際主義」であって、中国という国家の力を国際社会の中で強化したいと意味ではないと私は考えています。天安門の毛沢東の肖像の隣に書かれているスローガンは、一つは「中華人民共和国万歳!」ですが、もうひとつは「全世界人民大団結万歳!」です。今でも中国共産党の主要行事で演奏される曲「インターナショナル」は、日本語の歌詞では「立て飢えたる者よ」で始まることでわかるように、「国境を越えて人民は団結すべし」と呼びかける国際共産主義運動を象徴する曲です。国際共産主義運動の背景にある発想は「全世界の人民の大団結は『国家』という概念を超える」というものです。「中国という国家が国際社会の中でリーダー的存在になる」という考え方は「国家中心主義」であって、毛沢東の時代の革命家たちが目指した国際共産主義運動とは全く方向性が異なります。

 さらに言えば、習近平氏が唱える「中国式」とは、毛沢東が否定しようとしていた「中国古来の伝統的考え方」を含んでいるように私には見えます。毛沢東は、儒教に代表されるような「古い権威には従順に従うべきだ」とか「男尊女卑」とかいう中国古来の考え方から人民を解放し、社会の下層の人々や弱い立場の女性たちが自分たちの考えを主張して、古い社会システムを打破すべきだ、と主張していました。一方、習近平氏は「男女平等」は強調しているものの、例えば、今回の毛沢東生誕130周年座談会の演説の中では、「我々は、マルクス主義の基本原理を中国の具体的な実情と結合させることを堅持すると同時に、中華の優秀な伝統文化とも結合させ、中国式現代化建設規律を深く探索しなければならない」と述べるなど、「中国の伝統的な価値観」を重視することも強調しています。この点は、「中国の古い考え方を打破すべき」と考えていた毛沢東とは全く逆方向の発想です。

 ついでに言えば、例えば、昨日(2023年12月29日)付けの「人民日報」に掲載されていた「広く女性たちを組織的に動員して女性の能力を中国式現代化建設に貢献させるべき」と題する論文では、男女平等を強調するとともに、「広大な女性たちに中華民族の伝統的な美徳を高揚させるよう導くとともに、良好な家風の方面での独特の役割を樹立すること」も強調されています。このあたりは、従来から女性の地位向上に取り組んで来た人たちからは「考え方が古すぎるんじゃないの?」と批判される可能性があると思います。毛沢東だったら、こういった表現は絶対にしなかったと思います。

 私は、習近平氏が主張する「中国式」の考え方の中に、「広い中国を統治するには強力な権力が必要だ」と主張して自ら中華帝国皇帝になろうとした袁世凱(中華民国の初代大総統)のような発想が含まれているように感じています。古い中国的発想を徹底的に壊そうと考えていた毛沢東は、そんな考え方は絶対に許さなかったでしょう。

 習近平氏は、今回の毛沢東生誕130周年記念座談会における演説において、「毛沢東はマルクス主義の中国化を実現した。自分(習近平氏)は中国式現代化を進めようとしている。だから私(習近平氏)は毛沢東の後継者なのだ。」と主張したかったのだろうと思いますが、上に書いたように、私は習近平氏の「中国式現代化」の路線は、毛沢東の路線とは全く異なると受け止めています。毛沢東については、私などよりずっとずっとよく知っている中国の人たちはどのように考えているのでしょうか。

 今は「習近平批判」は許されない中国ですが、習近平氏が進める「中国式現代化」について、「それって違うと思うぞ」という中国の人々の感覚が水面下で広がっていく可能性はかなり大きいのではないかと私は考えています。

 

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2023年12月23日 (土)

中国の隣に「急速に成長する中国」は存在しない

 水曜日(2023年12月20日)に年末恒例になっている外務省による外交文書の公開がありました。30年を経過した外交文書を外務省が公開するものですが、今年(2023年)の外交文書公開のひとつの「目玉」は、1992年10月の天皇皇后両陛下(当時)の訪中に関するものでした。

 これらについては、新聞各紙に様々に論ずる記事が掲載されています。概ね「天皇訪中に積極的な外務省チャイナスクールの官僚たちと根強い反対論を展開する自民党保守派の間で判断が揺れる宮沢首相(当時)」という図式で論評されています。私の感覚で言うと、この論評の中からは「1989年の六四天安門事件にも関わらず、中国との関係改善を急ぎたい日本の経済界の姿」が抜け落ちています。ある意味でそれは当然のことです。公開されたのは「外交文書」であり、そこに記録されているのは必然的に外国とのやり取りや外務省官僚と政治家(特に与党の自民党の政治家)との間のやり取りが中心であり、当時の日本の経済界の意向は「外交文書」には記録されていないからです。

 日本の経済界は、1972年の日中国交正常化でスタートし1978年暮れに中国が「改革開放」の方向に政策転換して以降本格化した中国とのビジネス展開を1989年の六四天安門事件で腰折れさせたくなかったのです。なぜなら、中国への投資案件は1980年代に本格化し、1989年の六四天安門事件発生の時点では「投資案件が進行する真っ最中」であり、このタイミングで日中間の経済関係がストップしては、それまで中国に投資された資金が無駄になるし、政治体制がどうなるかは別としてこれから大きく経済的に発展することは間違いない中国とのビジネス・チャンスを失うことになるからです。

 それに加えて、1990年代初頭にはじけた日本の「平成バブル」で傷ついた日本経済を立ち直らせるためには、中国とのビジネスの拡大は日本経済にとって是非とも必要なことでした。なので私は実態はよくは知らないものの、おそらくは当時の日本の経済界は中国との関係正常化を進めるように自民党に相当程度のプレッシャーを掛けていたのだろうと想像しています。だから、日本の保守陣営の論客はよく「六四天安門事件から時間も経過していない時点で天皇訪中という日本政治としては『最大の切り札』を切るよう仕向けた外務省のチャイナスクール官僚はケシカラン」という論陣を張りますが、外務省官僚を批判するならば、表に出ずに中国との関係改善へ向けて政治家たちにプレッシャーを掛け続けた日本の経済界も批判されるべきだと私は考えています。

 同じ趣旨の話は、三年前に外務省が六四天安門事件に関する大量の外交文書を公開した時点で私がこのブログに書いた記事「天安門事件関連外交文書の公開と日本の役割 」(2020年12月26日)でも書きました。それに加えて言えるのは、天皇陛下訪中があった1992年は、平成バブルが崩壊した直後であり、日本経済の立て直しのためにはこの時点ではまだほとんど未開拓だった中国というビジネスチャンスの場を活用することが日本の経済界にとっては是非とも必要だったことです。さらに、1992年の時点では、まだ欧米が六四天安門事件に対する批判の観点から中国との経済関係を正常化することが難しい中、「長年懸案だった天皇陛下の中国訪問」という日本にしかできない最大級の「切り札」を切ることによって日本が他国を出し抜いて中国との関係を改善し、ビジネスの観点で欧米勢に対して大きな先手を打てることは、日本の経済界にとって大きな魅力だったのだろうと思います。

 「日本経済が平成バブル崩壊の痛手から立ち直るために中国との経済関係がどのくらい役に立ったのか」については、経済的な様々なデータを検討して分析する必要があると思いますが、直感的に言って、急速に発展した1992年以降の中国との経済関係がなければ、平成バブル崩壊後の日本経済の推移はもっとずっとひどいことになっていだろうと言えると思います。少なくとも、大手金融機関の破綻等があり、日本経済が危機的状況にあった1998年の時点ですら日本の貿易収支が大幅な黒字だったのは、中国での工場建設に伴う日本から中国への工業用機械・設備の輸出額が大きく寄与したことは間違いないからです。

 似たような話はリーマン・ショック後のアメリカについても言えると思います。2008年9月のリーマン・ショックによりアメリカ発の世界経済危機が起きた時、中国は極めて迅速に同年11月に「四兆元の経済対策」を打ち出して世界経済を牽引しました。もちろんアメリカ金融当局の数次に渡る量的緩和の実施やアメリカのネット企業の活躍、アメリカにおけるシェール・オイル産業の勃興など様々な要因はあったものの、その後のアメリカ経済が日本の平成バブル崩壊後のような「失われた時代」に陥ることがなかった背景としては、既に巨大な経済圏となってGDPの面で日本を追い抜き「世界の工場」であり続けた当時の中国経済が世界経済を支える大きな柱のひとつになっていたことは指摘できると思います。

 今、中国の不動産危機に起因する中国経済の不振に関連して、「日本の平成バブル崩壊後と同じような状態になるのか」といった議論やアメリカのリーマン・ショックとの違いについての議論がよく行われますが、重要なポイントは、日本の平成バブル崩壊後やアメリカでのリーマン・ショック後の経済危機をプラスの方向で支えた「成長しつつある巨大な成長圏である中国」と同じような経済圏は、現在の中国の周辺には存在していない、ということです。

 中国共産党内部の優秀なエコノミストたちは日本の平成バブル崩壊やアメリカのリーマン・ショック後の状況をいろいろ研究していると思いますが、「中国の隣には『急速に成長する中国』は存在しない」という事実はどうしようもありません。その意味で、現在の不動産危機に起因する中国の経済の危機的状況は、日本の平成バブル崩壊期やアメリカのリーマン・ショック期よりも現在の中国にとっての周辺環境は格段に悪いと言わざるを得ません。

 そうした中、昨日(2023年12月22日)、これも年末恒例なのですが、中国共産党政治局の「民主生活会」が開催されました。中国共産党の政治局員がそれぞれ日頃の行動について発言してお互いに批判するとともに自己批判する、という会合ですが、近年の様子を見ていると、要するにこの「民主生活会」は「政治局メンバーの習近平氏に対する忠誠心を再確認する会(=習近平氏に対する忠誠心を強要する会)」になっています。

 今年の「民主生活会」の「目玉」は私が見るところ「政治的ではないリスクを政治リスクに転化させてはならない」という部分だと思います。これについて私は「不動産危機に起因する経済危機にうまく対処できないからといって、それをもって習近平氏を批判して党を分裂させるようなことをしてはならない」という意味なんだろうなぁ、と解釈しています。経済的危機が本格化している中でも、様々な対処方法について虚心坦懐に議論することを許さず、「習近平氏を批判してはならない」と強要するこのやり方は、私は中国共産党自体の危機だと思うのですが、中国の人々はそうは思わないのでしょうか。

 国家の危機に対しては、様々な意見を自由闊達に交わして対策を論じ、従来の意見や立場を超えて有用な人材を登用する必要があります。日本における幕末・明治維新期の対応がその典型的な例です。今の習近平体制の中国はそうした体制とは真逆の状態になっています。来年(2024年)の中国は、経済的には不動産に起因する経済危機にどのように対応していくか、政治的には年明け早々に行われる台湾総統選挙の結果に対して中国共産党がどのように反応するのか、という点で、予測が難しい不安定な状態の年になりそうな気配がします。

 

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2023年12月16日 (土)

習近平氏は中央経済工作会議に最後までは出ないのね

 今年(2023年)の中央経済工作会議は、12月11日、12日の二日間にわたって開催されました。私が最初に印象に残ったのは、そのスケジューリングでした。

 先週、12月8日に中国共産党政治局会議が開催されて、来年(2024年)の経済政策についても議論されたので、私も中央経済工作会議は近々開かれるだろうとは思っていました。しかし、習近平氏は12月12~13日にベトナムを訪問する予定だったので、私は中央経済工作会議は習近平氏のベトナム訪問の後に開催されるのだろうと思っていたのです。しかし、実際は、中央経済工作会議は11日から開催され、冒頭、習近平氏も出席して演説を行った一方、12日も引き続いて中央経済工作会議は開催されていたのに、習近平氏はこの日予定通りベトナムを訪問しました。習近平氏がハノイに到着したのは12日の正午頃だったので、習近平氏が中央経済工作会議の二日目に出席していないことは明らかでした。

 確かにこれまでの中央経済工作会議では「総書記・国家主席は最初から最後まで出席した」と明示的に報じられたことはなく、実際は、今までも総書記は冒頭の部分だけ出席して演説をして、後は国務院総理など関係者による議論に任せ、総書記は最後までは出席していなかったのかもしれません。しかし、今回のようにあからさまに「中央経済工作会議の二日目に習近平総書記は外国訪問のために出席していませんよ」と示すようなスケジュールだったことは記憶にないなぁ、と私は思ったのでした。

 しかも、今確認したら、十年前の2013年の中央経済工作会議は四日間の日程で行われたのに対し、今年(2023年)の中央経済工作会議は二日間だけの日程でした。こういうスケジューリングから見えることは、明らかに習近平政権が進むに従って、中央経済工作会議の位置付けが「軽いもの」に変化してきたのは間違いないと思います。

 さて、今回の会議の中身ですが、今年(2023年)の中央経済工作会議の内容で目に付くのは、やはり不動産市場、地方財政及び金融に関するリスクに対する対応でしょうか。今回の中央経済工作会議の内容を伝える12月13日付けの「人民日報」の記事では、「不動産産業、地方債務、中小金融機構等のリスクを統一的政策で解消させ、システミック・リスクを発生させないという基本線を断固として守る。」と表現しています。これまでのこの種の会議では「リスクの発生を防止し・・・」といった表現であったことを考えると、ここの表現は、中国共産党としても「不動産産業、地方債務及び中小金融機構においては、既にリスクが発生している」ことを自ら認めた内容になっていると読めます。

 ここの部分は、さらに「不動産産業のリスクを積極的かつ穏当に解消し、『一視同仁』で異なる所有制の不動産企業の合理的な融資の要求を満足させ、不動産産業の平穏かつ健康的な発展を促進させる。」としています。「一視同仁」とは「全てのものを平等に見る」という意味の四字成句で、国有企業も民営企業も区別なく合理的な資金要求には応えていく、という意味です。ここの部分は、最近報道されているように、国有企業であるか民営企業であるかに関係なく、比較的健全な不動産企業に対しては銀行からの融資により支援していくという方針を党と政府の方針として正式に決めた、と見ることができます。

 私としては、ここの部分は危機的状態とも言える現在の中国の不動産産業に対する中国政府の係わり方の観点で非常に重要な部分であり、こういう重要な方針を決めた中央経済工作会議には、習近平氏は最後まで出席して「この方針は私が決めた方針である」と内外に示して欲しかったなぁ、と思います。実際には、習近平氏は、一日目の冒頭で演説はしたものの「あとは李強総理以下担当の者に任せた」とばかり、二日目はベトナムへ行ってしまった、という事実により、「習近平氏は経済政策を軽視している」というメッセージを内外に発してしまった、と私は認識しています。

 12月12日の中国中央テレビ夜7時のニュース「新聞聯播」や翌13日の「人民日報」のトップニュースは中央経済工作会議について伝えていましたが、翌日からは「新聞聯播」も「人民日報」も習近平氏のベトナム訪問のニュース一色になってしまいました。イメージとしては、習近平氏は不動産危機対応等の重要な経済政策よりも、ベトナムで盛大な歓迎を受けて、ベトナムでの様々な外交イベントに参加することの方を重要視していると受け取られてしまっても仕方がないと思います。

 こうした一連のイベントのスケジューリングと報道の仕方を見ていると、習近平氏の本心は「私は自分で責任を持って中国の経済政策を決めたくない。ただ、皇帝のように他国での歓迎行事に参加したいのだ。」というものだと感じられてしまいます。

 ここの部分は、同じように「独裁者」と見られているロシアのプーチン大統領との大きな違いです。プーチン大統領は、今年も年末恒例の「長時間会見イベント」を開いて、自らの政策を説明するとともに、新聞記者や一般市民からの質問に答えています。報道によれば、ある女性から「生活者としては最近の卵の価格は高すぎて困る」と言われたプーチン大統領は「生産量が少ないからだ。その点は謝罪します。」と素直に述べたそうです。こういった話はあらかじめ事前に筋書きが決められた「茶番のお芝居」なのだと思いますが、少なくともプーチン大統領は「全ての政策を私が責任を持って決めている」ということを内外にアピールしたいからこそ、こうした「お芝居イベント」を開催しているのでしょう。

 それに比べると、習近平氏の言動からは「全ての政策を自分が責任を持って決めているのだ」とアピールしたいという意欲を全く感じません。逆に「個々の政策は部下の担当者に任せている」という姿勢が明確です。これは「個々の政策が失敗したらそれは担当した部下の責任だ」「一方、政策がうまく行ったらトップに立つ自分(習近平氏)の功績だ」と主張したいという意図がミエミエです。こういうリーダーに人々はついていくでしょうか。私ももちろん「ロシアのプーチン大統領はリーダーとして優秀だ」と言うつもりは毛頭ありませんが、ただ、メディアの発達した21世紀の現代においては、「自分を優れたリーダーだと人々に見せるテクニック」は、独裁国家だろうが民主主義国家だろうが政治家として重要でしょ、と私は言いたいのです。

 一連の政治イベントとその報道ぶりを見ていると、習近平氏は、権力基盤を強化した上で自らの信念に基づいて自らの判断で政策を決定し実行していった毛沢東やトウ小平のようなタイプのリーダーではなく、具体的な政策は宰相その他の「部下」に任せ、自らは中華帝国の威厳を体現することに専念した明や清の時代の皇帝のようになりたい、と考えていると誰が見ても見えてしまうと思います。でもそれって、中華民国の初代大総統でありながら、自ら本気で中華帝国の皇帝になろうとした袁世凱と同じじゃないですか。袁世凱は諸外国のみならず中国の人々からも見放されて失意のうちに病没したのですが、習近平氏はそうなりたいんでしょうかね。

 ところで、アメリカのイエレン財務長官は、12月14日にワシントンで開かれた米中ビジネス協議会のイベントで講演しました。NHKの報道によればイエレン氏は「中国が直面している不動産市場の低迷やそれに伴う地方政府の債務問題について言及し」「中国の経済政策は広い範囲に影響が及び、アメリカの政策立案にも極めて重要だとして、こうした課題や予期せぬ事態が起きたときに中国政府がどう対応しようとしているか説明を求めていく考えを示した」とのことです。このブログで前にも指摘しましたが、経済学者で前FRB議長のイエレン氏は、中国が巨額なアメリカ国債を保有していることから、中国の不動産危機や地方政府の債務問題について非常に懸念しているのだと思います。習近平氏は、こうした他国の経済閣僚までもが心配している不動産危機や地方政府の債務問題を議論している中央経済工作会議に最後まで出ないで外国訪問に行っちゃって、ほんとによかったんですかね(少なくとも中央経済工作会議よりもベトナム訪問を重視していると見られないようにスケジュール調整をすべきだったのではないのですかね)というのが私の率直な感想です。

 中央経済工作会議の翌日の上海と香港の株式市場では株価が下がりました。投資家たちが中央経済工作会議の結果に失望したからだ、というのが一般的な見方のようです。プーチン大統領のマネをしろ、というわけではありませんが、私は、習近平氏には、もっと「中国の困難な政策課題について(部下に任せるのではなく)自らの責任で取り組んでいるんだ」という姿勢をアピールして欲しいと思います。そうでないと、中国の人々から見放されてしまうのではないかと心配です。私は、別に習近平政権を応援するつもりはありませんが、隣国の日本としては、習近平氏が中国の人々から見放されて、中国国内の政治が混乱することが一番困る、と考えているからです。

 最近、日本をはじめ諸外国が中国におけるビジネスを見直そうという動きが強まっています。それに加えて、中国の経済界の人たちまでもが中国国内でビジネスを展開するよりも、諸外国でビジネス・チャンスを探す方がよい、と考えるようになったらどうするのでしょうか。党大会の翌年秋に開かれて重要政策を議論する「三中全会」も開催されないようですし、中央経済工作会議も以前と比べて「軽く」なり、極端に言えば実質的に形骸化してしまい、習近平氏自身は具体的な政策課題については興味がない、というのだったら、中国の政策は今後誰が責任を持って舵取りをしていくのでしょうか。私は最近だんだんそういう心配をするようになってきています。

 

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2023年12月 9日 (土)

独裁なのに統一的・迅速・果断な対応ができない

 昨日(2023年12月8日(金))、中国共産党政治局会議が開催され、来年(2024年)の経済政策の基本的方針について議論が行われました。この政治局会議は、例年12月に開催される中央経済工作会議に先立って開催される毎年恒例のものです。

 通常、具体的な経済政策は中央経済工作会議で表明され、直前に行われる政治局会議では大まかな基本方針が示されるのですが、今年の政治局会議を伝える「人民日報」等の報道を見て私が感じた印象は「大まかな『基本方針』とは言え、インパクトがないなぁ」というものです。日本における報道では、「積極的な財政政策については、適度に力を加え」としている部分に着目して、「今までよりも積極的に財政支出を行って経済を下支えする方針が示された」と伝えているものもありますが、現在の中国経済の危機的低迷の状況を踏まえれば、「適度に財政支出をする」だけでは、新鮮味やインパクトはないなぁ、という印象を私は受けたのでした。

 現在の中国経済は、「ゼロコロナ政策」に伴うダメージに加えて、不動産バブル崩壊が現実化し、非常に厳しい危機的状況にあります。今まではこうした経済危機に対する対応としては、一党独裁の中国共産党体制では民主主義国家と比べて統一的で迅速で果断な対応を打ち出すことが容易なので、中国は意外にうまく対応できるのではないか、という期待を込めた見方がありました。実際、2008年9月のアメリカ発のリーマン・ショックという経済危機に対しては、中国の胡錦濤政権は同年11月に「四兆元の経済対策」というインパクトのある経済政策を世界に先駆けて迅速に打ち出し、結果として、世界経済を救う役割を中国が果たすことに成功したのでした。

 しかしながら、「ゼロコロナ政策の痛手+不動産バブルの崩壊」という中国自身に起因する今回の中国経済の危機的状況に対する習近平政権の対応は、二軒目マンション購入時の条件緩和などの対策は打ち出されてはいるのですが、政策としてはインパクトに欠けるものであり、政策が打ち出されるタイミングもとても「迅速」とは言えません。「統一的対応」という点でも疑問符が付く対応が目立っています。例えば、不動産市場を巡る最近の話題では、四川省成都市で、ある不動産企業がそれまでの相場より四割安い価格で新築マンションを販売開始したところ、成都市政府が「値引き販売禁止指示」を出し、既に販売された案件についても契約を破棄させた、という案件が発生している一方、江蘇省蘇州市では、新築マンションの値引き販売を認める方針が打ち出されたりしています。「新築マンションの値引き販売を認めるのかどうか」といった基本的な方針に関しても、各地方政府の自主的な判断に任されており、北京の中央政府が統一的な方針を決めて国全体として対応に当たる、という姿勢が見えていません。

 経済の危機的な状況に対してインパクトのある対策が迅速に打ち出されていない最も大きな原因は、「全ての権限を習近平氏一人に集中させる」という方針が進められている一方で、その習近平氏自身が具体的な政策方針について「何も言わない」「何もしない」姿勢を続けているためです。中国政府の各担当部署は習近平氏の意向を「忖度」して政策を打ち出すため、各部署の対応がバラバラで統一が取れておらず、タイミングとしても迅速さに欠け、対応の中身も「当たり障りのないインパクトに欠ける政策」ばかりで、とても「果断な対応」とは言えないものばかりです。

 12月7日にテレビ東京で放送されたNewsモーニング・サテライトに出演していたAISキャピタルの肖敏捷氏は、「2022年の党大会で習近平氏の三期目続投が決定し、習近平氏の権力基盤が万全なものになったので、それ以降は政治権力闘争は終わり、習近平政権は経済政策に専念すると期待していたのだが、今になっても『反腐敗闘争』という政治権力闘争は続いている。各部署の政策担当者は、どうしたら習近平氏に気に入ってもらえるか、という点ばかりを気にしており、経済政策に集中できていない。2024年の中国経済が希望が持てるものになるか失望に終わるかは、結局は、こうした政治の動きがどうなるか、に掛かっている。」と指摘していました。

 ところが、昨日(12月8日)の政治局会議の内容は肖敏捷氏の期待に反するものでした。昨日の政治局会議の内容は、ひとつは「2024年の経済政策に関する分析・検討」だったのですが、もうひとつは「各部署における清廉な政治風土の建設と反腐敗工作に関する検討」でした。「反腐敗工作」とは「各部署における腐敗した幹部を摘発・排除する」というものですが、「習近平の新時代の中国の特色のある社会主義思想を主題とする教育を行うことによって・・・」という前提が付いていることを考えれば、要するに「腐敗分子の摘発・排除」とは、習近平氏に忠誠を誓わない者の摘発・排除、というふうに見えます。

 上に書いたように、一党独裁体制の中国では、様々な利害関係者による議論を経ることが必要な民主主義国家と異なり、思い切った統一的な政策を迅速に果断に実行できるはずだ、と見られてきました。しかし、残念ながら現在の習近平政権はこの「独裁の利点」を発揮できていません。「習近平氏の一人独裁体制」がその実「習近平氏の顔色ばかり伺っている体制」になっているからです。

 日本の平成バブル崩壊やアメリカのリーマン・ショックの経験を経て、最近ではむしろ民主主義国家の方が経済危機に対して、迅速・果断な対応を取る例が多くなっています。最近の「経済危機対応の実例」を下記に掲げてみます。

【経済面での新型コロナ対応】

 2020年3月3日、急速な新型コロナウィルス感染症の拡大が経済に対して与える影響について議論するため、G7財務大臣・中央銀行総裁が電話会談を行い「新型コロナウィルスの経済への影響に対してはあらゆる手段を講じて対処する」との声明を発表した。その直後、アメリカFRB(連邦準備制度理事会)は0.50%の緊急利下げを発表した。

 3月15日、日曜日にも関わらずFRBは臨時会合を開催して、金利をさらに1%引き下げて0.00~0.25%にする(ゼロ金利にする)ことを発表した。同時に世界の6つの中央銀行(アメリカFRB、ヨーロッパ中央銀行、日本銀行、カナダ銀行、イングランド銀行、スイス国立銀行)は協調して民間銀行に対する米ドル供給金利を引き下げ従来より長い期間の供給を認める方針を決定した。

 さらに日本銀行は、3月18~19日に開催予定だった金融政策決定会合を前倒しで16日12時から会合を開催し、ETF(上場投資信託)の買い入れ枠を従来の年間6兆円から12兆円に倍増する、企業が発行するコマーシャル・ペーパーや社債の買い入れ枠を増加する等の追加緊急緩和措置を決定した。

【イギリスのポンド危機】

 2022年9月、イギリスのトラス首相による大規模減税策とアメリカFRBによる急速な利上げ決定を受けて、イギリスポンドとイギリス国債が大量に売られてイギリス国債の金利が急騰した。この事態に対応して、9月28日、イングランド銀行は二週間の期限付きでイギリスの長期国債を無制限に購入する方針を発表した。

 10月20日、ポンドの下落、イギリス国債の金利の急騰に対してイギリス国内からの批判だけでなく国際機関(IMFなど)からも批判があり、イギリスのトラス首相は辞意を表明した。後任の首相となったスナク氏は、トラス前首相が打ち出した大規模減税策を撤回した。

【アメリカのシリコン・バレー・バンクの破綻】

 2023年3月10日、アメリカのシリコン・バレー・バンクが破綻した。これを受けて、3月12日、アメリカ財務省とFRBは「シリコン・バレー・バンクの預金者の預金は全額保護される」等の声明を発表した(アメリカでは銀行が破綻した場合の預金保護金額は一人あたり25万ドルだが、信用不安を拡大させないため、「預金の全額保護」という特例措置を講じたもの)。

【クレディ・スイスの買収】

 スイス第二の大手銀行であるクレディ・スイスはかねてから経営不振が報じられていたが、2023年3月15日、クレディ・スイスの筆頭株主であるサウジ・ナショナル・バンクがクレディ・スイスへの追加出資に否定的だとの報道がなされ、クレディ・スイスの株価が急落した。

 3月19日、スイス最大の銀行UBSがクレディ・スイスを買収することを発表した。この発表の記者会見には、UBSの社長はもちろん、スイスの大統領とスイス国立銀行の総裁も同席しており、スイスという国家を挙げての買収劇だったことが世界に対してアピールされた。

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 これらに比べて、中国の不動産危機に対する中国政府の対応は「遅すぎ、ぬるすぎ」ではないのですか? 中国の不動産大手の恒大集団が米ドル債に関して債務不履行状態になったのは2021年のことであり、その後もいくつかの不動産企業が債務不履行に陥りました。最大手の碧桂園は今年(2023年)10月、米ドル建て債に関して債務不履行状態と認定されました。しかしながら、恒大集団については、破綻させるのか、政府が救済するのか、どちらともつかない状態が現在も続いています。恒大集団の債権者が精算処理を求めている件について、12月4日、香港の裁判所は最終的な判断を示すものと見られていましたが、判断はまたも次回来年1月29日の審理まで先送りされました。

 不動産企業に対する支援についても、「中国当局は支援の対象となる比較的経営状況が健全な50社のホワイト・リストを作成中」という報道がなされてから半月くらい経ちますが、いまだに具体的な支援の内容も「ホワイト・リスト」なるものも公表されていません。

 中国の不動産企業は、その負債の規模があまりにも巨大であるために、政府が救済するにしろ、清算処理させるにしろ、問題は簡単ではないことは事実ですが、過去の経験からすれば、この手の経済危機への対応は「迅速さ」「果断さ」が重要です。「ズルズルと先送り」が最もよくないことは誰もが知っていることです。

 習近平氏にしてみれば、「中国の不動産の問題は江沢民政権時代の1998年のマンションの商業販売が始まった時から継続している問題であり、自分(習近平氏)に過去の歴代政権が残した課題の責任を押しつけられても困る」という感覚はあるのかもしれません。しかし、中国共産党の中央経済工作会議が不動産問題を認識して対策を打ち出したのは2016年12月であり、翌2017年12月の中央経済工作会議の時点では「レバレッジ率」(借金に頼る率)のコントロールが指摘されていました。ところが、恒大集団や碧桂園の借金拡大による「高レバレッジ経営」はむしろ2018年以降加速して現在のような問題の悪化を招いています。問題点を認識しながら、不動産企業の暴走を止められなかった、という点は、習近平政権の責任であると言えます。

 また、習近平氏への権力集中と「反腐敗工作」の強力な推進によって、中国共産党と中国政府の内部に「習近平氏に忠誠心を見せるためだけに行動する」という風潮を蔓延させ、結果的に党と政府の機能不全をもたらしているのだとしたら、それは間違いなく習近平氏の責任です。

 昨日(2023年12月8日)の中国共産党政治局会議において、「(1)経済的危機に対してインパクトのある政策方針が打ち出されなかったこと」「(2)引き続き『反腐敗工作の進展』が強調されたこと」が並列して打ち出されたことは、今後とも中国政府が不動産危機に対して、統一的で迅速で果断な措置を講ずることはない(できない)だろう、という予想を私にもたらしました。

 以前見たテンセント網・房産チャンネルにアップされていた動画で次のように解説している人がいました。

「現在の中国の不動産に関する問題は、1990年代の日本の状況を想起させると言う人がいるが、私はこれからの中国が1990年代の日本と同じようになるとは思わない。これからの中国は、1990年代の日本のようにひどいことにはならないか、そうでなければ1990年代の日本よりもっとずっとひどいことになる、のどちらかだ。『中間』はない。」

 習近平政権が独裁体制の利点を活かした「統一的で迅速で果断な」対応ができないのであれば、これからの中国は1990年代の日本と比べて「もっとずっとひどいこと」にならざるを得ないと思います。

 

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2023年12月 2日 (土)

中国の不動産危機を巡る様々なニュース

 中国の不動産を巡る危機的状況については様々報道されていますが、最近日本経済新聞に掲載されたいくつかの記事をピックアップすると以下の通りです。

○2023年11月25日付け日本経済新聞朝刊16面記事

「中国投資会社が債務超過 中植企業集団、最大5.4兆円 不動産不況響く 信託商品焦げ付きか」

 中国の民営複合企業である中植企業集団が11月23日までに負債が資産を上回る債務超過に陥っていることを明らかにした、という報道です。中植企業集団の傘下の企業が投資家から預かった資金を不動産等で運用する信託商品と呼ばれる金融商品を販売していたが、不動産投資からの資金回収が難しくなり、一部の信託商品が償還停止となって、投資家が抗議行動を行う事態となっている、という話です。

 この件に関しては、公安当局が中植企業集団の系列会社の複数の関係者を違法行為の疑いで拘束した、といった続報も報じられています(12月1日付け日本経済新聞朝刊10面記事「中国企業トップ 音信不通相次ぐ 中植問題で逮捕・拘束か」)。

○2023年11月25日付け日本経済新聞夕刊3面記事

「中国不動産の万科 2段階格下げ」

 アメリカの格付け会社ムーディーズが11月24日に中国不動産大手の万科企業の格付けを「投資適格級」の下限となる「Baa3」に2段階格下げした、という報道です。

 万科については、11月6日に筆頭株主の深セン市地鉄集団(万科の株主の27.18%を保有する)から100億元を超える支援を受ける見通しだと発表されたのですが(このブログの2023年11月11日付け記事「中国共産党直轄による金融政策はうまくいくのか」参照)、ムーディーズはそれを踏まえても「格下げ」の判断をしたようです。

○2023年11月30日付け日本経済新聞朝刊17面記事

「中国恒大を子会社提訴 銀行が強制執行の資産 補填求める」

 経営再建中の不動産大手の中国恒大集団の傘下にある恒大物業集団が、11月28日、銀行に差し押さえられた資産について親会社の恒大集団に補填を求める訴訟を起こした、という報道です。

 系列企業内部での訴訟という恒大集団内部の「泥仕合」ぶりを象徴するようなニュースです。

○2023年11月30日付け日本経済新聞朝刊17面記事

「外貨建て債務再編案 中国奥園集団 債権者から承認」

 不動産開発の中国奥園集団は、11月29日、外貨建て債務の再編案について債権者から承認を受けた、と発表した、という報道です。

○2023年12月1日付け日本経済新聞朝刊10面記事

「米ドル債の償還延長同意 万達集団の債権者」

 不動産を含めた複合企業である万達集団は、2024年1月に満期を迎える6億ドルの米ドル債について、11月21日に最大11か月の償還延長を要請していたが、債権者が延長に同意したことが11月30日に香港取引場に届け出た文書でわかった、という報道です。

 最後の二つは、「とりあえず目先の借金の返済については待ってもらうことになってよかったね」ということですが、単に「解決が先送りになっただけ」であって、資金繰りが苦しいという状況は何も解決していません。

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 「お隣の国の話」なので、日本経済新聞では「この程度」しか報道されていませんが、テンセント網・房産チャンネルを見ていると、日本では報道されないような様々な不動産関連のニュースが連日中国では報じられています。例えば、江蘇省蘇州市で土地開発会社が製鉄所の跡地を買い取って住宅や小学校・幼稚園を建設したところ、後になって土壌から汚染物質が見つかり、土地開発会社が製鉄会社や蘇州市を相手取って約2,000億円の損害賠償訴訟を起こした、といった話とか、河南省鄭州市で買ったマンションが爛尾楼(建設工事が途中で止まったマンション)になり住宅ローンの返済に苦しんでいる話をネットで公開して資金的支援を募った夫婦が「違法な資金集めだ」として逮捕された事件とか、いろいろです。こういった「ひどい話」を連日聞かされている中国の人たちの多くが「今、マンションを買うのはやめておこう」と考えるようになっているのは、むしろ当然のことだと思います。

 買ったマンションが爛尾楼になってしまったが、住宅ローンの支払いは始まっているので、それに加えて今まで住んでいた賃貸住宅の家賃も払い続けるわけにもいかないので、電気や水道も通っていない未完成の爛尾楼に住み着いてしまった、といった人たちの苦労については、日本でも2021年10月にNHK-BS1で「BS1スペシャル『廃墟になったマイホーム~中国『鬼城』住民の闘い」として放送されました。こうした「やむを得ず爛尾楼に住み着いた人たち」の悲惨な状況については、中国国内でも数多くがSNS上にアップされているようです。

 今日(2023年12月2日)私がテンセント網・房産チャンネルで見た動画でも、こうした買ったマンションが爛尾楼になってしまった人々の現状をレポートするものがありました。この動画では、民間研究機関が発表した爛尾楼となっているマンションの建設面積から2022年の時点で中国全土で231万戸が爛尾楼となっていると推算していました。この動画では、「土地を売った(地方政府の)責任、マンションを完成させる(開発業者の)責任、開発業者に資金を融資した(銀行の)責任」が果たされていない、マンション開発業者や銀行は破産していないのに、マンションを買った普通の個人が「家は完成しない」「住宅ローンは支払う義務を負わされている」という意味で実質的に破産状態に突き落とされているのはおかしいと主張していました。

 あんまり地方政府等を直接的に批判するのははばかれるからか、こうした解説の途中にテレビドラマ「三国演義」の中に出てきた劉備玄徳が「私はいまだかつてこのような厚顔無恥の人に会ったことはない!」と怒っている場面が挿入されていました。

 検閲削除されてしまうような「直接的な政府批判」はありませんが、こうした一連の動画を見ていると、「地方政府が安い補償金で農民から農地を収用して、その土地使用権をマンション開発業者に売り渡して地方政府が巨額の財政収入を得ている。マンション開発業者に対しては国有銀行が資金を融資している。」という中国の経済成長を強力に推進してきた土地財政のシステム自体に対して多くの中国人民が「そんなのおかしい」と考えるようになってきていることは明らかです。こうした動画が削除されずにいるところを見ると、中国当局も、この種の動画の全てを検閲削除することはもはやできない、と考えているように見えます。

 とは言え、地方政府幹部(=中国共産党地方幹部)が自らの権限をもって農地の収用とその土地使用権の開発業者への販売を行い、自らの政治的影響力を使ってその地域の国有銀行から開発業者への融資を促し、その結果得られた財政収入によってその地方のGDPアップを図っている、という土地財政システムは、中国共産党がその権力基盤を使って強力に経済成長を促進するための大きな原動力のひとつです。その意味で、現在の中国の不動産危機は、中国共産党の権力と経済の融合に関わる基本システムと中国の人々の不満との正面衝突が社会現象として表面化しているものだと言えます。だから私は今の中国の不動産危機は中国共産党の危機だと考えているのです。

 日々報じられるマンションに関する様々なニュースの中で、中国の人々の中ではマンション開発企業に対する不信感が高まっています。人々はマンション購入に非常に慎重になっていますから、今後は、今までのようなペースでマンションが建設され販売され続けることはないでしょう。それは、関連産業も含めると中国のGDPの約三割を占めると言われているマンション関連産業が今までのペースに戻ることはない、ということを意味します。習近平政権は今後「マンション建設に頼らない中国経済」を構築しなければなりませんが、どうやってそうした経済政策の大きな方向転換を図ることができるのか、中国経済はおそらく十年単位の厳しい状況を続けることになるだろうと思います。

 中国不動産企業の中で最も危機的状況にある恒大集団について、債権者からの清算申し立てを受けて審理を続けてきた香港の裁判所は、12月4日に次回の審理を開きます。前回の10月の審理で、裁判所は次回(12月4日)の審理で具体的な再建計画の修正案を提示できなければ清算命令を出す可能性があるとしていました。今日(2023年12月2日)11:15配信のロイター通信は「中国恒大が債務再編で新提案 株式交換、清算回避狙う」と報じています。この新提案について、香港の裁判所がどう受け止め、12月4日の審理でどういう判断が示されるのかが注目されます。

 中国の不動産危機については、日々、様々なニュースが飛び交いますので、これからも私たちはそれらのニュースを注意深くチェックしていく必要があると思います。

 

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2023年11月25日 (土)

あれ?風向きが変わったのかな?

 11月15日、APEC首脳会談に参加するために訪米した中国の習近平主席は、サンフランシスコでアメリカのバイデン大統領と米中首脳会談を行いました。この米中首脳会談が行われたタイミングと前後して、中国に関して「風向きが変わったのか?」と思わせるような出来事がいくつかありました。今回はそれを列記してみたいと思います。

○「人民日報」等での反米キャンペーンが米中友好促進モードに急転換した

 習近平氏が各国の首脳と会談をする際には「いつものこと」なのですが、今回も、米中首脳会談に合わせるように、「人民日報」等の論調が「反米キャンペーン」から「米中友好促進モード」に急転換しました。「いつものこと」ではあるのですが、こうした論調の急転換を見せられる中国の人々はどう感じているのかなぁ、と思います。今回は「米中友好促進モード」の一つとして、第二次世界大戦中にアメリカが中国を支援するために派遣した空軍軍人による「フライング・タイガーズ」が話題に上りましたが、この時アメリカが支援したのは蒋介石の中華民国であって、中国共産党ではないのですよ、ということを考えると、この話題を取り上げること自体に「白々しさ」を感じた人も多いと思います。

 多くの人は、中国の現在の経済状況を考えると、アメリカとの経済関係をこれ以上悪化させることは避けたいという意図が中国側にもあるのだろうなぁ、と感じたと思います。

○李強氏による中央金融委員会の主宰

 11月20日に中国共産党の中央金融委員会が開催されましたが、この会議を主催したのは国務院総理の李強氏でした。この会議を伝える翌11月21日付けの「人民日報」1面記事では、李強氏は「中央金融委員会主任」として紹介されていました。私もこのブログで書いてきましたが、最近の中国国内の動きは「李強はずし」と思えるようなものがあり、特に金融関係については、国務院総理の李強氏をすっ飛ばして副総理の何立峰氏を重用する報道が目立っていました。それがここへ来て「李強氏が中央金融委員会の主任であり、その李強氏が主宰して中央金融委員会を開催した」ということは、何か「風向きが変わったのかなぁ」と思わせるものでした。

 なお、この11月20日の中央金融委員会の開催については、21日付けの「人民日報」では1面でトップ記事に次ぐ位置で報じられているのですが、中央電視台夜7時のニュース「新聞聯播」では報じられませんでした。基本的に「人民日報」と「新聞聯播」は、同じ案件を同じような順番で伝えるのが基本ですので、この報じ方の違いはウラに何かあるのかなぁ、と私は思ってしまいました。

○不動産開発企業に対する中国政府の支援の姿勢が明確になった

 11月17日、中国人民銀行等金融関係の三部門は共同で会議を開き、不動産企業の資金調達の支援を確実に行うこと、経済成長を支えるために金融機関は地方政府と協力して債務の返済期限延長や借り換えを促進するとの方針を決めたとのことです。また、別の報道によれば、現在、中国当局は、金融機関が支援すべき経営が比較的健全な不動産企業50社からなる「ホワイト・リスト」を作成中とのことです。11月23日付けのブルームバーグ通信の報道によれば、先頃米ドル建て債についてデフォルト(債務不履行)状態に入った碧桂園もこの「ホワイト・リスト」50社の中に含まれているとのことです(恒大は含まれていないようです)。

 中国当局は2020年8月に「三つのレッドライン」を出して、借金体質の不動産企業に対する融資を厳しく制限するようになったのですが、今回の会議の結果は、「三つのレッドライン」を事実上完全に撤廃し、不動産企業が倒れないように中国政府として支える姿勢を明らかにしたと言えます。

 ただし、この方針転換については、保交楼(建設途中で工事がストップしたマンションの建設工事を再開させ契約通りに購入者にマンションを引き渡すこと)を確実に進めて民生を安定させるために不動産企業を支援するものだと思われますが、マンション販売が低迷している現状を踏まえれば不動産企業の収益が今後改善する見込みはなく、銀行による不動産企業への融資は結局は銀行にリスクを背負わせることになる、という懸念が残ります。

○人民元の対米ドル相場が「人民元高・米ドル安」方向に急転換した

 中国経済の不振からここのところ人民元は対米ドルで人民元安の方向に圧力が掛かっていましたが、米中首脳会談直前の11月14日頃から急に人民元高の方向に動きました(11月13日の時点では1ドル=7.3人民元程度だったものが、11月21日には1ドル=7.15人民元程度になった)。これは11月14日に発表されたアメリカの消費者物価指数の伸びが市場予想よりも小さく、アメリカのインフレが収まる傾向が鮮明になり、FRBによる利上げはもうない(来年(2024年)に入れば利下げも視野に入る)という考え方が急速に台頭してドル安になったから、という面があります(そのため日本円についても急速に円高が進んだ)。また、11月15日に米中首脳会談が無事に行われたことにより、米中間の鋭い対立は当面は回避されるのではないか、という期待が膨らんだこともあったかもしれません。いずれにせよ、このまま人民元安が進むと、中国国内から国外への資金流出圧力が高まりますから、ここへ来て人民元が元高方向に戻ったことは中国当局をホッとさせているものと思われます。

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 習近平氏は、自らの政治的基本方針を自分の口からは「何も言わない」という姿勢なので、上に掲げたような案件が習近平政権の方針に変更があったことを示すのかどうかはわかりません。しかし、習近平氏の「民間企業を厳しく規制し、国有企業を重視するような政策」は、結果的に中国経済の低迷を招き、社会に広く不満が広がっていることは確かなので、習近平氏が自らの基本方針をいくぶんか軌道修正した可能性はあります。

 特にマンションの売れ行き不振に伴う土地売却収入の減少による地方政府の財政困難は相当程度深刻なようです。昨日(2023年11月24日)私が見たテンセント網・房産チャンネルの解説動画では、以下のような地方政府の財政困難を示す事象を紹介していました。

○四川省楽山市の楽山大仏(ユネスコの世界遺産に登録されている)の30年間の経営権(入場料収入等)が17億元で売却された。

○河南省鄲城県では財政難から公共バスが運休している。

○黒竜江省鶴崗市ではこれから冬場に向かうのに地域暖房供給が停止される計画が示された。

○河北省、貴州省、甘粛省では地方公務員の給与が半年支払われていないところがある。

○黒竜江省ハルビン市や山西省、湖北省のいくつかの都市では20%を超える人員削減が行われた。

 テンセント網・房産チャンネルでは、このほか、地方財政が厳しい地区において地方が整備した道路を有料化した、などということも話題に上っています。全国で多数の爛尾楼(販売済みで購入者からは既に代金は受け取っているのに開発企業の資金難により建設工事が途中でストップしてしまったマンション)が発生して人々の不満が溜まっている中、地方政府の財政難により地方公務員の給与が満足に支払われなかったり、地方政府による生活に密着した行政サービスが滞ったりすることによって、人々の間の不満が現実問題として相当程度高まって来ているのではないかと思われます。

 一般庶民の間だけでなく、中国社会を支える経済活動の中枢を担う経済界の間にも相当程度の不満が高まっている可能性があります。11月22付けの現代ビジネスのネット上の記事「いくらバイデンと会っても、習近平独裁は中国人にとって『もう限界!』」(筆者は林愛華氏)では中国のメディアの財新網が11月4日に「改革が新たな突破をするべきだ」と題する社説を掲載したことを紹介しています。この社説では、「長江と黄河は逆流することはない」という李克強前首相の発言を引用して、李克強氏が首相になったばかりの2013年の党大会で指摘されていた様々な改革を進めるべきだと強調しているとのことです。

 週刊東洋経済2023年11月4日号には「法治主義を強化し、民間企業いじめをやめよ」と題する「財新周刊」10月16日号の社説が紹介されています(この社説が掲載されたのは李克強氏が亡くなる前です)。

 今日(11月25日)私が見たテンセント網・房産チャンネルの「解説動画」の中には、中国政府が不動産企業支援のための50社の「ホワイト・リスト」を作成中であり、この「ホワイト・リスト」の中に国有企業だけでなく民間の不動産企業も含まれることが見込まれることに関連して、「今まで不動産業界においても民間企業に対する締め付けを強化する傾向があったが、今までの中国経済は国有企業、民間企業、国と民間の資金が混じった混合企業が共存して発展してきたのであるから、その方針を今後も続けることが重要である。『長江と黄河は逆流することはない』のだ。」と主張しているものがありました。

 これら財新の主張やテンセント網・房産チャンネルの「解説動画」は、習近平氏がこれまで行ってきたネット企業や学習塾業界の規制に見られる「民間企業いじめ」や国有企業を重視するような政策を正面から批判するものになっています。こういう現政権が行う政策方針をかなり真正面から批判する論調がメディアやネットにアップされているということ自体、私にとって「あれ?風向きが変わったのかな?」と感じさせる状態です。

 これは私の推測ですが、民間企業に対する締め付け強化と2022年までの「ゼロコロナ政策」の強行とが相まって習近平氏の政策が中国経済の活力を失わせたことに対して、一般の人々だけではなく、これまで中国共産党政権を支えてきた経済界の主流派の中にも習近平氏に対する不満が蓄積してきており、その不満が10月27日の李克強氏の死去をきっかけとして一気に吹き出し、習近平氏としてもそれを力で抑え込むことは得策ではない、と考えるようになったのではないかと思います。そういった習近平政権を取り巻く環境の変化が上に掲げたような「風向きが変わった」と思わせるような様々な現象に現れているのではないかと思います。

 「死せる李克強氏、生ける習近平氏を走らす」とまでは言えないかもしれませんが、結果的に見て、李克強氏の死去がかたくなな習近平氏の政策を柔軟化させるきっかけになるのかもしれません。

 もうすぐ11月が終わりますが、結局は「通常党大会の翌年の秋に開かれて重要政策が議論される三中全会(中国共産党中央委員会第三回全体会議)」は開催されそうもありません。このことは、今の中国共産党の内部が三中全会を開催できるほどまとまっていないことを示すかもしれないので要注意です。

 習近平氏が一般の人々や経済関係者の不満を受けて、従来の路線の軌道修正を図るような柔軟性を持っているとしたら、それはそれで評価すべきなのですが、ハッキリ言って、現在の不動産企業の経営問題とそれに起因する地方財政の危機的状況は、ちょっとやそっとの政治的努力で解決できるほどの簡単な問題ではありません。習近平氏が周囲の不満を受けて軌道修正できる柔軟性を持っているのならば、「一人独裁」はやめて、中国共産党全体の「知恵」を活用できるようにトウ小平氏時代の「集団指導体制」を復活させてもらいたいものだと思います。(「集団指導体制」を復活させるとなると、中国共産党内部の各勢力が様々にうごめいて党内で揉めごとが起こるかもしれませんけどね。「一人独裁」でも「集団指導体制」でもダメなのだったら、それなら「中国共産党一党独裁体制」自体をやめて欲しい、というのが私のホンネです)。

 

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2023年11月18日 (土)

習近平氏を空港でイエレン財務長官が出迎えた意味

 習近平氏は11月14日から今日(2023年11月18日)まで、APEC首脳会義への出席とバイデン大統領との米中首脳会談等のためサンフランシスコを訪問していました。14日にサンフランシスコの空港で習近平氏を出迎えたのはイエレン財務長官でした。これまでもこのブログで何回も書いてきましたが、今年(2023年)の米中関係の進展の中での中心人物は第一はもちろんブリンケン国務長官だったわけですが、それに次いで回数多く登場したのはイエレン財務長官でした。アメリカの場合、通常、外国との経済関係については商務長官とか通商代表とかが出てくる場合が多いことを考えると、本来は国内業務が主に担当であるはずの財務長官が表立って中国との関係改善の場面で出てきたことには何か意味があるのだろうなぁ、と私は考えています。

 特に今の財務長官が通常の政治家ではなく、経済学者のジャネット・イエレン氏であるところがポイントだと私は考えています。私には、イエレン氏は「前のFRB(連邦準備制度理事会)の議長」というイメージが強く残っているからです。

 2008年のリーマン・ショックによってアメリカ経済が大きな打撃を受けた時、当時のFRB議長だったバーナンキ氏は、ゼロ金利政策を導入するとともに、三回にわたる量的緩和(QE)を実施してアメリカ経済を立て直そうとしたのでした。イエレン氏は2014年2月にバーナンキ氏のあとを引き継いでFRB議長に就任した後、量的緩和の終了とゼロ金利の終了を模索しました。2015年にはゼロ金利を終了して利上げを始めると思われていたのですが、その2015年8月、いわゆる「チャイナ・ショック」と呼ばれる中国発世界同時株安が起きました。FRB議長としてのイエレン氏は、「チャイナ・ショック」の状況を慎重に見極めた上で2015年12月にゼロ金利を終了して0.25%の利上げを行ったのですが、その後も続く中国発の経済不安の影響を見極めるため、その後の一年間は利上げをせず、じっと様子を見続けました。FRBが次の利上げを行ったのは1年後の2016年12月でした。なので、私にはイエレン氏は「チャイナ・ショックの状況をじっくりと見極めて、アメリカの利上げ政策を極めて慎重にコントロールしていた時のFRBの議長」という印象が強く残っています。

 なので、今回、バイデン大統領が中国との関係においてイエレン氏を前面に押し出して対応してきた背景には、アメリカとしては現在の中国の経済・金融関係を非常に高い関心を持って見ており、中国側との間で金融面での情報交換を密にし、必要があればアメリカとしても中国の金融政策がうまく行くように協力する用意がある、というメッセージを打ち出したい、という意図があるのではないかと私は考えています。これは、逆に言えば、例えば、中国が台湾へ武力侵攻するようなアメリカにとって認められない行為に出た場合、例えば香港ドルと米ドルとの交換を停止する、など金融面で中国を締め付けることも考えているぞ、という中国に対する「脅し」のメッセージの意味もある、と言えます。

 中国は日本に次ぐ世界第二位のアメリカ国債保有国なので、アメリカとしてはできれば中国との間でコトを起こしたくない、というのがホンネだと思います。なので、アメリカとしては「中国の金融面にアメリカは非常に強い関心を持って注視しているぞ」というメッセージを中国側に送りたいのだと思います。李克強氏が国務院総理を退任するまでは、中国の経済・金融政策は国務院のエコノミスト官僚たちがコントロールしており、彼らは経済学に精通していて、アメリカと同じ言葉で話ができるのでそれほど心配はしていなかったのに対し、習近平政権三期目に入って、習近平氏は金融政策も中国共産党の直轄にしようとしており、国際金融に関する共通の言葉で習近平政権の金融担当者と話ができるのかアメリカ側が不安に感じていることも背景にあると思います。

 このようにアメリカは意図的に「中国の金融面に関心を持っているぞ」というメッセージを出しているという見方は、おそらくは経済関係者の中では広く共有されているのではないでしょうか。昨日(2023年11月17日(金))付け日本経済新聞朝刊は、3面の紙面でサンフランシスコでの米中首脳会談の内容を伝えている一方、2面の「真相深層」の欄で「香港『米ドル連動』の正念場」と題して米ドル・ペッグ制を敷いている香港ドルについて書いています。この紙面構成を見て、私は、日本経済新聞は「これからの米中関係の一つの重要な課題は金融である。その一つの主戦場となるのが香港ドルである。」と認識しているんだろうなぁ、と感じました、

 現在、香港ドルは1ドル=7.75~7.85香港ドルの範囲内に収まるように管理されています。一定の変動幅の中で米ドルに「釘付け」されているという意味で「米ドル・ペッグ制」と呼ばれます。香港とアメリカで金利差が開くと金利の低い香港ドルは売られ、金利の高い米ドルは買われますから、香港では金利差による売買が強く起きないように基本的にアメリカの金利動向に合わせて香港での金利を上下させています。ここ1年半のアメリカの急速な利上げに合わせて、香港でも急速な利上げが行われているのですが、香港経済の実態と関係なく利上げが行われているため、例えば、香港域内での不動産販売の急激な減少などの現象が起きているのが現状です。上記の日本経済新聞の記事では、今後は香港ドルが米ドルにペッグ(釘付け)されている現在の制度を続けることが難しくなるのではないか、との懸念が出ていることを紹介しています。

 本来、中国大陸部が中国共産党統治下の経済にある一方、いわゆる「一国二制度」によって香港では自由な経済活動が行われているのであれば、米ドルと自由に交換できる香港ドルの存在は、中国にとって非常に使い勝手のよい「世界への窓口」である香港の存在価値を高めるものです。しかし、2020年6月30日から施行された香港国家安全維持法に基づき、香港での経済活動が中国大陸部と同じようになるのであれば、米ドルと自由に交換できる香港ドルはむしろ大陸内部の人民元を国外に流出させる「抜け穴」の役割が大きくなり、香港ドルの存在は中国共産党政権にとって「メリットよりデメリットの方が大きい存在」になる可能性があります。それが極端に進めば、中国共産党政権は、香港ドルの米ドル・ペッグ制の廃止、究極的には香港ドルを廃止して香港でも人民元を流通させるようにするかもしれません。

 香港ドルが廃止されれば、香港に存在する諸外国の企業の資産にどのような影響を与えることになるのかわかりませんし、国際経済にも大きな影響を与えることになると思います。ですから、アメリカとしては、中国共産党政権が香港ドルをどういう方向に持って行こうと考えているのかは、常に情報を把握しておきたいと考えているはずです。

 ここに来て、元FRB議長で経済学者のイエレン財務長官が中国との関係で前面に出てきているのは、そういったバイデン政権の考え方が背景にあるのだろうと私は思います(上の紙面構成を見る限り、日本経済新聞も同じように考えているのではないかと思います)。

 今、中国に関しては「台湾をどうするのか」が非常に注目されていますが、現実に変化が起こりそうな問題としては「香港をどうするのか」の方が重要かもしれません。仮に香港ドルが廃止されることになれば、国際経済にとって大きな衝撃になりますが、それ以上にひそかに自分の資産を香港ドルに換えて香港で保有している大勢の中国共産党幹部にとっても大きな衝撃になると思われます。従って、香港をどうするか、香港ドルをどうするか、は国際経済上の重要な問題であると同時に、中国共産党にとって党内の基盤を揺るがすおそれがある大問題なのです。

 最近、不動産関連情報が集まるテンセント網・房産チャンネルに香港の不動産に関する解説動画がアップされていました。この動画では、上に書いたように、アメリカの利上げに伴い、米ドル・ペッグ制を採用している香港ドルの宿命として香港での利上げも行われている結果、香港での不動産の売り上げが低迷していることについて解説していました。この解説の中では、「イナゴに食われるような香港経済の内部分裂が起きつつあり」「新型コロナの三年間で経済が低迷し」「香港国家安全維持法の制定で高度人材が香港から流出しており」「香港の国際金融上の橋頭堡としての地位はゆっくりと削り取られている」「香港からは人も逃げ、資金も逃げている」と極めて正直に説明していました。そしてこの動画は「1997年のアジア通貨危機の際には香港の回復に6年掛かったが、現在の香港の状況の回復には何年掛かると思いますか?」という問い掛けで終わっていました。

 「香港は今後どうなるのか」は、アメリカが関心を持っている以上に、中国の人々の関心も高いと思います。台湾については、習近平氏が周辺状況を無視して武力侵攻を始めない限り「現状維持」が継続する可能性は高いのですが、香港については、既に変化が始まっており、「香港の中国化(国際金融窓口としての地位の喪失)」や「香港ドルの廃止」など「現状が維持されない方向での動き」がゆっくりですが時間の経過とともに進展する可能性があると私は考えています。

 今回はサンフランシスコの空港での習近平氏の出迎えのためにイエレン財務長官が派遣されたことをきっかけにして、ちょっと「深読み」をしてみました。

 

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2023年11月11日 (土)

中国共産党直轄による金融政策はうまくいくのか

 昨日(2023年11月10日(金))の中国中央電視台夜7時のニュース「新聞聯播」のトップニュースと今日(11月11日(土))付け「人民日報」1面トップ記事は、習近平氏による北京市と河北省の7月末~8月初の洪水被災地への視察の様子についてでした。習近平氏は、北京市の永定河流域及び河北省のタク州地区という洪水の最も被害のひどかった地域を訪れて、復興の様子などを視察したのでした。

 誰でもそう感じると思うのですが、私の第一印象は「なぜ今のタイミングで?」「いくらなんでも遅すぎるでしょ」というものでした。ニュース映像では、住民の人々が習近平氏に洪水当時の写真を見せて「こんなにひどかったんですよ」と説明する場面もありました。次の私の印象は「このニュースの政治的目的は何?」でした。政治家は、自分の活躍を人々にアピールするために視察を行いそれをテレビカメラで撮影させるものですが、習近平氏は、何の目的でこのタイミングでこういう映像を撮らせているのかわからないなぁ、というのが私の印象でした。洪水から3か月も経ってから現地へ入り、住民から3ヶ月前の被災時の写真を見せられて説明を受けているということは、「習近平氏は洪水被災地の現場の様子を知らなかった」ということをアピールする映像であり、それを中国全土に放送することは習近平氏に何のプラスになるのか?と思ったからでした。もしかすると、10月27日に李克強前総理が亡くなって「李克強氏は庶民の味方だった」といった追悼の言葉がネットを飛び交っているので、「自分も庶民のことを考えているぞ!」とアピールするために、時期を失したとは言え、今さらながら被災地へ行ったのかもしれません。

 習近平氏は、自分の政治的意図を言葉にして何も語らないので、何を目的にして行動しているのかサッパリわからない人物です。昨今の具体的政策で言えば、先の全人代において、金融政策を国務院から中国共産党直轄にし、最近になって中央金融工作会議を開催するなど、金融政策に関する動きについても「習近平氏が何をやろうとしているのか意図がわからない」ことのひとつです。

 先週、私がこのブログに書いた「現職総理李強氏はずし」の動きに関連して、11月9日(木)付け産経新聞9面に評論家の石平氏が「石平の China Watch」の欄に「始まった『李強首相はずし』」と題して書いています。石平氏は、ロイターとブルームバーグが報じた10月24日の習近平氏の中国人民銀行と国家外貨管理局の視察には何立峰政治局員・副首相が同行していたが李強総理が同行していなかったことを指摘して、国務院が担当してきた金融政策の実施機関への習近平氏の視察の場に李強総理がいない(外国訪問スケジュールの関係で李強氏が同行できない日に視察を行った)ことについて「李強総理はずし」ではないのか、と指摘しているのです。

 先月には、中国共産党の中央財経委員会弁公室の主任に何立峰副首相が就任したことが報じられ、今月になって中央金融委員会弁公室の主任に何立峰氏が就任したことが報じられました。10月30~31日には中央金融工作会議が開催されましたが、この会議において何立峰氏は中央金融委員会の書記という肩書きで登場しました。中央金融工作会議には李強氏も出席しましたが、これらの動きを見れば、金融政策は国務院ではなく中国共産党の直轄とすることが明確になり、経済政策の舵取りも国務院ではなく中国共産党が主導権を握ってコントロールする方向になったことは明らかです。金融政策・経済政策が実質的に中国共産党の直轄でその主要ポストに何立峰氏が就任したことを見れば、李強氏は国務院総理という肩書きは持っているものの、金融政策・経済政策をコントロールする実権は既に失ったと見るべきでしょう。中国人民銀行総裁から国務院総理になった朱鎔基氏の時代及び朱鎔基氏や李克強氏と関係が深かった周小川氏が中国人民銀行総裁だった時代(2018年まで)と比較すると、もはや国務院は中国の経済金融政策の司令塔ではなくなった、ということです。

 11月10日07:30アップのネット上の現代ビジネスの記事「習近平が金融まで完全掌握...そして中国経済が死んでいく!」の中で筆者のジャーナリストの林愛華氏は、これまでほぼ5年に一度開催されてきた「全国金融工作会議」が今回は「中央金融工作会議」という名称で開催されたことについて、中国では国務院主催の会議を「全国~~会議」と呼び、中国共産党主催の会議を「中央~~会議」と呼ぶのが通例であることから、今回の名称変更は金融政策をコントロールする主体が国務院から中国共産党直轄に変更になったことを端的に表していると指摘しています。

 10月24日の習近平氏の中国人民銀行・国家外貨管理局視察について、ロイターとブルームバーグは報じているものの、中国国内メディアが報じていないことには非常に奇妙な印象を受けます。習近平氏が自らこれらの機関を視察したことは、習近平氏が金融政策を重要視していることを示すものであり、国内的にもアピールしてよい話だと思うからです。もしかすると、金融政策を国務院からはずして中国共産党直轄にすることについて、中国国内にも異論があり、この問題は政治的にも微妙な問題なのかもしれません。

 ここに来て金融政策について動きが出てきているのは、不動産危機と関係していることは間違いないと思います。不動産危機は、土地使用権が今まで通りに売却できない、という意味で地方政府の財政危機に直結しているからです。今年1月~9月までの間における「法拍房」(裁判所が差し押さえて競売に出されているマンション)は58.4万戸で、これは前年同期比32.3%増なのだそうです。今、不動産市況は非常に冷え込んでいますから、差し押さえマンションを売却して現金化することも困難な状態になっていると思います。だとすると、借金の抵当として銀行が接収した差し押さえマンションが売れないとなると、借金の貸し倒れで損失を蒙った銀行の損失が補填されないことになります。つまり、中国の不動産危機は、建設業・家具家電産業等の住宅関連産業だけでなく、地方財政や銀行の経営の問題にも波及し、全国規模の金融・財政にも影響を及ぼしつつあるのです。従って、習近平政権がこのタイミングで金融政策について動き出したのはある意味当然のことだと言えると思います。

 日本ではあまり報道されていないようですが、11月7日(火)、中国人民銀行、中国住宅都市農村建設部、金融監督管理層局、中国証券監督管理委員会は合同で不動産企業を集めて融資座談会を開催しました。参加した不動産企業は、万科、保利、華潤、中海、金地、龍湖などで碧桂園、恒大、融創は呼ばれなかったようです。詳細はわかりませんが、この座談会は「まだ健全性を保っている不動産企業について政府や国有企業が共同で支援するから、なんとか不動産業界全体が破綻することは避けられるようにしよう」という趣旨で開かれたのかもしれません。

 この座談会の前日の11月6日(月)、万科は筆頭株主の深セン市地鉄集団(万科の株主の27.18%を保有する)から100億元を超える支援を受ける見通しだと発表しました。深セン市地鉄集団(「地鉄」は日本語で言えば地下鉄)は深セン市傘下の地方国有企業ですので、この発表は、国有企業が資本参加している不動産企業には国有企業が支援する姿勢を示したという意味で、翌日に開かれた不動産企業座談会も併せて考えれば、習近平政権は、まだ健全な(=再建可能な)不動産企業に対しては、国有企業の資金を投じる等の方法で支援をしていく姿勢を示したと言えます。

 これは私の勝手な推測なのですが、このタイミニングでのこうした動きは、習近平氏の訪米と米中首脳会談とも関係していると思います。習近平氏がサンフランシスコで開催されるAPEC首脳会談出席のために訪米しバイデン大統領と会談することについては、昨日(11月10日(金))に発表されました。この首脳会談に先立って、上に出てきた中国共産党の金融関連の機関のトップに就任したことが明らかになったばかりの何立峰副首相が訪米しイエレン財務長官と会談を行っています。米中首脳会談の「前さばき」の閣僚レベルの会談が通商関係者ではなく金融関係者だったことから、私は不動産危機とそれに対する中国の金融政策は米中首脳会談の重要な話題のひとつになるだろうと考えています(話し合われたとしてもその内容は公表されないと思いますが)。なぜなら、中国の金融政策は、不動産企業の米ドル建債返済問題、中国からの資金流出問題や米ドルと人民元の為替レートの問題に関連し、アメリカによる利上げに大きく影響を受け、中国は日本に次ぐ世界二番目のアメリカ国債の保有者ですので、金融問題に関する米中政府関係者の情報交換と意思疎通は両国にとって極めて重要な課題だからです。

 不動産危機やそれに起因する地方政府財政問題や金融危機防止対策に関連して、今まで「何も言わない」「何もしない」だった習近平政権が米中首脳会談を前にして動き出したのは、よい兆候だ、と期待したいところです。ただし、改革開放以来、朱鎔基氏(中国人民銀行総裁、国務院総理を歴任)や周小川氏(元中国人民銀行総裁)らのエコノミスト官僚らが国務院という組織を使ってコントロールしてきた金融政策を中国共産党直轄にしてうまく行くのか、という点が私にはちょっと不安です。これまでの経緯から、国務院内部には胡錦濤氏、李克強氏らの出身母体である中国共産主義青年団(共青団)関係者が多いから、という政治的な理由で習近平氏が金融政策の実権を国務院から取り上げて中国共産党直轄にしようとしているのだとしたら、それはうまく行かない可能性が高いと思われるからです。

 上に元国務院総理の朱鎔基氏の名前が何回も出てきましたが、朱鎔基氏は、今から四十年前の1983年2月に私が最初に訪中した時に歓迎の宴会を主催してくれた方です。この時朱鎔基氏は国家経済委員会副主任でした。朱鎔基氏はその後三十年間にわたって中国政府の中枢で金融・経済政策を担ってきたのです。トウ小平氏の改革開放によって始まった中国の経済成長が、その後、六四天安門事件という大きな事件があったにも係わらず留まることなく進展して、中国を世界第二位にまで押し上げたのは、多数の中国の人々の努力があったことはもちろんですが、国務院内部にいた多数のエコノミスト官僚たちが、継続的に諸外国との様々な交渉を繰り広げつつ、金融政策をはじめとする各種経済政策の舵取りを担ってきたからです。もし仮に、「共青団に近い人が多いから」という理由で習近平氏が国務院内部のエコノミスト官僚たちを金融政策から排除しようとするのであれば、これからは状況に応じた適時適切な金融政策を機動的に打つことができなくなり、中国経済は混乱の状態に入ってしまうと思います。

 「金融政策を国務院から引き剥がして中国共産党の直轄にする」というやり方は、客観的に言ってうまく行くようには思えません。中国の金融政策は、中国だけのものではなく、世界経済全体に影響を及ぼしますから、習近平氏には「政治の論理」ではなく、純粋に「経済にとってプラスかどうか」で判断して欲しいと思います。

 

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2023年11月 5日 (日)

習近平による「李強はずし」が意味するもの

 今回のタイトルは誤植ではありません。先日亡くなった前総理の「李克強はずし」ではなく、現職総理の「李強はずし」です。

 これまでこのブログで何回か書いてきたことですが、最近、李強総理の「影の薄さ」が気になります。李強氏は、ここ数ヶ月の間、インドで開かれたG20首脳会義やキルギスタンで開かれた上海条約機構首脳(首脳級)会合に出席するなど、外交面ではそれなりに目立っているのですが、内政面ではあまり「活躍の場」がありません。スケジュール的に見ても、習近平氏が意図的に「李強はずし」あるいは「李強氏軽視」をしているのではないかと思われる会合が相次いでいます。過去のこのブログの記述と一部だぶりますが列記すると以下の通りです。

○5月10日、習近平氏の雄安新区(河北省内にある「新副都心」計画が進められている地区)への視察に李強氏も同行した(胡錦濤政権、習近平政権を通じて、国家主席と国務院総理が同時に同じ地方を視察することはなかった(2008年5月の四川省巨大地震対応の際を除く)ので、この同行は李強氏が習近平氏の「子分」であることを強く印象づけた)。

○10月9日に開催された中国工会第18回全国代表大会の開会式に李強氏は出席しなかった(他の政治局常務委員は全員出席した。この日、李強氏は浙江省杭州市で開かれていたアジア大会の閉会式に参加し、ついでに浙江省を視察していたので北京にいなかった)。

○10月12日、習近平氏が江西省視察の途中に南昌で開催した「長江経済ベルトの質の高い発展のさらなる推進に関する座談会」に李強氏も出席した(前週、李強氏は江西省の東隣の浙江省を視察していたが、この週は、南昌で開催されたこの座談会に参加するだけのためにわざわざ北京から南昌まで出張している)。

○10月27日(李克強前総理が死去した日)に開催された中国共産党政治局会議(東北地方の振興策について議論した)に李強氏は出席しなかった(李強氏はキルギスタンを訪問しており、この日の午後に北京に戻ったため。政治局会議の日程を一日ずらせば李強氏も出席できたはずなのに、そうしなかった)。

 前にも書きましたが、今中国政府のホームページに行っても、出てくるのは国家主席の習近平氏の写真ばかりで、国務院総理の李強氏の写真が見つからない、など、中国の一般人民に対する宣伝方法としても、意図的に李強氏の存在を軽く見せるようにしているように見えます(李克強氏が国務院総理だった頃は中国政府のホームページ内に「国務院総理」というページがあって、李克強氏の活動が詳細に掲載されていた)。

 毎日の中国中央電視台夜7時のニュース「新聞聯播」を見ていても「李強氏は軽く扱われている」という印象を受けます。例えば11月3日(金)の「新聞聯播」が伝えたニュースの順番は以下の通りです。

(1) 習近平氏が訪中したギリシャの首相と会談した。

(2) 習近平氏がドイツ首相とオンライン会談を行った。

(3) 習近平氏が中米友好都市大会を祝する手紙を送った。

(4) 李強氏が国務院常務会議を開催した。

(5) 李強氏がギリシャ首相の歓迎式典を行った。

(6) 李強氏がギリシャ首相と会談した。

(7) 全人代常務委員長の趙楽際氏(政治局常務委員序列第三位)がギリシャ首相と会談した。

 ギリシャには大統領がいるので、ギリシャについては外交儀礼上の習近平国家主席のカウンターパートは大統領であり、ギリシャ首相の中国側のカウンターパートは李強総理になるので、歓迎式典は李強総理が行ったのでした。とは言え、名誉職的な大統領がいるけれども実際の政治は首相がとりまとめているギリシャやドイツのような国については、首相が国家主席の習近平氏と会談することはよくあることです。また、訪中した外国要人が(一応形式的には「立法機関の代表」という意味で)全人代常務委員長と会談することもよくあることです。なので、昨日のニュースは何ら不自然なところはないのですが、こういうニュースを毎日見せられると「李強氏は国務院総理ではあるけれども、所詮は『習近平氏ではない政治局常務委員の一人』に過ぎない」という印象を強く受けます。

 李克強氏が国務院総理だった頃は「李克強氏の権限をなるべく限定したい習近平氏が李克強氏の存在をできるだけ小さく見せようとしている」ということで、それなりに「納得」していたのですが、李強氏については「習近平氏に近い側近」であることは誰もが知っているので、あえて「小さく見せよう」とする必要はないはずです。だとすれば、考えられるのは、習近平氏は「国務院総理という個人を小さく見せよう」としているのではなく、そもそも国務院の役割を小さくしようと意図しているのだろうということです。

 習近平氏は、最初の二期の政権担当期間中、中央財政委員会、中央国家安全委員会、中央外事工作委員会などの中国共産党内部の組織を立ち上げて、本来は国務院が担当すべき中国政府の政策決定を中国共産党が直接担う体制を築き上げてきました。私は、これは習近平氏が李克強前国務院総理の権限を弱めようとする意図で行ってきたのだろうと思っていたのですが、どうやらそうではないようです。自分の意のままに動く李強氏を国務院総理に据えることに成功して以降も李強総理の存在感を弱めようという動きをしているところを見ると、習近平氏は、国務院が中核となっている中華人民共和国政府自体の役割を弱め、極端に言えば中国政府を形骸化させようとすらしているのだと思います。

 実際、現在、解任された秦剛外相と李尚福国防相の後任はまだ決まっていません。外交については王毅政治局員が外相を兼務していますし、軍事については中国共産党軍事委員会が統括していますから、国務院の外相や国防相はいなくたってよいのでしょう。

 そもそも日本のマスコミが「中国軍」と称している人民解放軍は中国共産党の軍隊であって中華人民共和国という国家の軍隊ではありません。現在の中国では「中国共産党が全てであって、中華人民共和国という国家も中華人民共和国政府も中国共産党が中国を統治するための道具に過ぎない」というが現実なのです。習近平氏は、もしかすると、中華人民共和国政府の機能をその「現実」に合わせるように改めて、全ての政策決定を中国共産党の直轄にしようとしているのかもしれません。

 通常は党大会の翌年の秋には開催されることが通例となっている重要政策を議論する三中全会(中国共産党中央委員会第三回全体会議)は今のところ開催される気配がありませんが、憶測をもう一歩進めると、習近平氏は、中国共産党の中央委員会も形骸化しようとしているのかもしれません。中国の全ての政策を中国共産党の直轄にした上で、中国共産党内部の決定を全て自分(習近平氏)の直轄にしようとしている、というわけです。よく習近平氏について「皇帝のようだ」と言われますが、この表現は、習近平氏が意図していることを正確に表現している言葉なのかもしれません。

 しかし、中国に限らず世界の歴史が示しているように、「全てを一人の直轄にする」というやり方は成功しません(一時的に成功したとしても短期間で終了します)。今では中国の独裁者のように言われることが多い毛沢東自身は、そのこと(一人独裁は長続きしないこと)をよく自覚していたと私は考えています。思想的には自分とは全く異なる周恩来を常に側に置いていましたし、文革後期(林彪が失脚した後)には「四人組」に代表される文革派と考え方が全く異なるトウ小平氏を副首相に登用していました。1976年1月に周恩来が死去した後も、後任の総理を自分の考えに近い「四人組」の中から選ばずに、公安畑出身の(思想的には無色透明の)華国鋒氏を指名しました。毛沢東は、自分の考えに沿った党運営を望んでいた一方、自分と同じ考えの者が党の全ての権力を握ったのでは様々な考え方を持つ多数の人間からなる中国共産党という集団がまとまらないことをよく理解していたのだと思います。

 この考え方はトウ小平氏も引き継ぎました。自分の考えに近い改革派の胡耀邦氏と趙紫陽氏を党総書記と国務院総理にする一方、保守派の重鎮の陳雲氏らとは論争はしましたが決して保守派を排撃することはしませんでした。1986年末に安徽省合肥から始まった学生運動が上海などへの広がった事態に対して、トウ小平氏は胡耀邦氏の責任を問うて辞任させましたが、これは学生らの動きを放任していては党内保守派が反発して党が分裂状態になることを危惧したからだと私は考えています。

 以後、中国共産党は、党内の分裂を避けるため、様々な考え方を持つ党内勢力それぞれに配慮した一定程度バランスが取れた体制を続けてきました。1998年まで国務院総理だった李鵬氏は保守派に分類される人でしたが李鵬氏の後任の国務院総理になった朱鎔基氏は改革思想を実践する経済エコノミストでした。2002年からスタートした胡錦濤体制の政治局常務委員は、胡錦濤氏に近い人の数は少なく、むしろ江沢民氏の息の掛かった人が多数を占めていました。

 李克強氏が国務院総理を務めていた2023年3月までの習近平体制も形の上では「バランスの取れた配置」になっていました。しかし、2022年10月の党大会で決まった党内体制と2023年3月に決まった中国政府の体制は「習近平一色」となり、文革後期の毛沢東時代から続いてきた「党内勢力のバランスに配慮した体制」は崩壊しました。

 上に書いたような「影の薄い李強総理」の姿を見ていると、習近平氏にとっては国務院総理は「自分に強く反対する人でなければ誰でもよかった」のかもしれません。問題は、そういう習近平氏の姿勢を感じて、李強氏自身がやる気を失わないか、ということです。同じように「党内勢力のバランスを無視した一人への権限集中体制」は、おそらくは中国共産党内部の活力を失わせると思います。

 10月27日の李克強氏の死去の後、若い頃に彼が過ごした合肥の住居に多くの追悼の花束等が捧げられているのを見て、日本のマスコミでは胡耀邦氏の死去に対する追悼の動きが大きな運動に発展した1989年の「六四天安門事件」が再来するのではないか、という見方が報じられています。私は1988年9月まで北京に駐在していましたが、当時の中国と現在の中国とでは状況が全く違いますから「六四の再現」は私はないと思います。しかし、李克強氏の突然の死去は多くの人々(特に中国共産党内部の人々)に「中国共産党の党内勢力のバランスを無視して一人への権限集中を図ろうとしている習近平氏」を改めて意識させることになったと思います。

 毛沢東にしろトウ小平氏にしろ彼らは「自分の考えを強力に進めること」と同時に「党内バランスを重視して中国共産党のまとまりを維持すること」を重視していました。それは中国共産党による統治をできるだけ長く継続させたいという思いがあったからでしょう。文化大革命の混乱期以降の中国共産党トップには、習近平氏のように「党内バランスを無視してでも自分一人への権力集中を進める」ことを目指した人はいませんでした(よく日本のマスコミでは「習近平氏は毛沢東になることを目指している」と表現することがありますが、文革後期の毛沢東は上に書いたように党内の統一も重要視していましたから、この表現は正しくないと私は思います)。その意味で、李克強氏の死去は「六四の再現」はないとしても、後から見て「歴史の大きな転換点」になる可能性はあると私は思っています。

 

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2023年10月28日 (土)

李克強氏の死去と動き出した中国の経済対策

 昨日(2023年10月27日(金))未明、国務院前総理の李克強氏が心臓発作のため亡くなりました。中国の国営メディアがこのニュースを伝えたのは日本時間9時半頃でした。中国のテレビではどう伝えているのかなぁ、と思って、スカパー!の大富チャンネルで放送している日本時間13時(北京時間正午)からの中国中央電視台の「中国新聞」を見ました(このお昼の「中国新聞」は、中国国内と同時生放送です)。

 冒頭、「中国新聞」のロゴが流れた後、いつもどおり男女のキャスターが登場しましたが、男性キャスターは黒っぽいネクタイをしていました。女性キャスターが「中国共産党の第17期、18期、19期政治局常務委員で国務院前総理の李克強同志が、上海で静養中に突然の心臓発作を起こし、治療を受けたが2023年10月27日0時10分上海で死去しました。68歳でした。」と伝えた後、このキャスターは「fugao houfa」と言いました。そして再び「中国新聞」の冒頭のロゴが流れ、続いて「中国政府は防災等のために1兆元の国債を追加発行することになりました」という通常ニュースになりました。

 私は「えっ、李克強氏の死去についてのニュースはこれだけ?」と驚きました。女性キャスターが最後に言った「fugao houfa」は意味がわからなかったので電子辞書を引きました。そしたら、これは「訃告后発」(正式な訃報はあとで発表されます)ということでした。その後、日本時間の16時頃、ネットで「人民日報」ホームページや中国共産党のホームページを確認しましたが、この時点でも李克強氏の死去については、「中国新聞」でキャスターが伝えたのと同じ事実関係を短く伝える文章(これは日本時間9:30頃発表になった新華社電の文章)が載っているだけでした。

 夜になって日本時間20時に「新聞聯播」が放送された時点では、中国共産党中央委員会、全国人民代表大会常務委員会、国務院、中国全国政治協商会議が連名で出した「訃告」が出されていたので、「新聞聯播」ではアナウンサーが重々しい声でこの「訃告」を伝えていました。

 要するに、中国の公的機関では「正式な訃告」が出されるまでは、軽々しく「おくやみの言葉」を言ってはならない、ということだったようです。「おくやみの言葉」は、どの世界でも、どの場面でも、表現は非常に難しく、「挨拶文」の中でも最も神経を使うものですが、中国の場合は、「訃告」は極めて政治的にセンシティブな問題を含みますので、「正式な訃告」は、最終的には習近平氏のOKをもらうまで出せない、ということだったのだろうと思います。それにしても、例えば日本では午前11時頃に行われた松野官房長官の記者会見で李克強氏の死去に対する「おくやみのコメント」がなされたように、いくら政治的に難しいとは言っても、亡くなった方に対して即座に素直に「おくやみの言葉」を発することは、人間として当然のことだと思います。「おくやみの言葉」であっても、政治的な意味合いを含むので習近平氏の許可がなければ言えない、というような、そういう社会に私は住みたくないと改めて思いました。

 昨日(10月27日(金))の「新聞聯播」は、トップニュースはこの日に行われた中国共産党政治局会議についての報道、続いてキルギスタンで開かれた上海協力機構首脳(首相級)会議に出席していた李強氏に関するニュースで、三番目が李克強氏の死去に関する「訃告」でした。「訃告」の内容は、李克強氏の経歴を紹介し、業績を語った上で、最後は「李克強同志は永遠に不滅です!」で締めくくられたもので、李克強氏に対する敬意あふれるものだったのですが、このニュースがトップニュースじゃなくて、三番目のニュースなんですかねぇ、というのが私の率直な感想です。「新聞聯播」は、習近平氏関連のニュースが必ずトップで、国務院総理関連のニュースがあるならそれがその次、「その他のニュース」は三番目以降、というのが「お決まり」なのですが、李克強氏死去のニュースが「その他のニュース」なんですかねぇ、と私は思いました。たぶん中国の多くの人も同じような感想を持ったと思います。

 そうした人々の感想があったからかどうか知りませんが、今日(10月28日(土))付けの「人民日報」では、李克強氏の「訃告」が一面のトップでした。中国共産党政治局会議開催に関する記事は「人民日報」というタイトルの右側の位置(ニュースの順番としては「二番目」の扱い)でした。おそらく李克強氏の死去のニュースが「人民日報」の扱いでも「三番目以下」だったら、多くの人民からの反発を買う、と考えたからだろうと思います。

 「訃告」の内容は、例えば「李克強同志は、経済体制改革を継続して推進し、政府と市場との関係をうまく処理し、資源配分における市場が果たす決定的作用を利用して政府の役割をうまく発揮させた」「李克強同志は、人民大衆に対する感情を抱いて、一般大衆の就業問題、教育、住宅、医療、養老等の分野の突出した課題にうまく対処し、民生のボトムラインを守り、絶え間なく一般人民大衆の獲得感、幸福感、安全感を向上させた」など率直に李克強氏の功績を讃えるものになっています。一方で、「(2023年3月に)指導者としての地位を退いて以降、李克強氏は習近平同志を核心とする党中央の指導を断固として守り、党と国家の事業の発展に関心を寄せ、党の清廉な政治建設と反腐敗闘争を断固として支持していた」とも述べています。(このほか、この「訃告」における李克強氏の業績や姿勢に関しては「習近平同志を核心とする党中央の強力な指導の下で」という表現が二回、「習近平同志を核心とする党中央の周囲に団結し」「習近平の新時代の中国の特色のある社会主義思想を全面的に貫徹し」といった表現がそれぞれ一回づつ出てきます)。

 この「訃告」の内容は、李克強氏の業績を高く評価したものになっていますので、1976年の「四五天安門事件」を引き起こした「(四人組が牛耳っていた)党中央は亡くなった周恩来前総理を邪険に扱っている」とか1989年に「六四天安門事件」の運動のきっかけとなった「党中央は亡くなった胡耀邦前総書記に対して冷たい」とかいうのと同じような感情は人々の間には出てこないと思います。ただ、これからの習近平政権の政権運営の行方によっては「李克強氏がもうちょっと長生きしてくれたらなぁ」という思いを多くの中国人民に抱かせることになるので、習近平氏は、一層心を引き締めて政権運営に当たる必要があると思います。

 特に現在は、不動産市場を巡る中国経済の状況がかなり深刻であり、中国の人々が習近平政権が適切に経済政策の舵取りを行うのかどうか注目しているタイミングです。例えば、10月26日、世界の主要金融機関が参加する「クレジット・デリバティブ決定委員会」が、不動産最大手の碧桂園が発行した一部のドル建て社債について、デフォルト(債務不履行)が生じたとする判断を示し、2021年にデフォルト状態に陥った恒大集団と合わせて、中国の不動産大手二社がいずれもデフォルト状態に陥ったことがハッキリしました。不動産市場の危機的状況にうまく対応できなければ「建設業等の不動産開発に関連する様々な産業分野が低迷して失業者が増加する」「不動産企業に対する融資が焦げ付いて金融危機が起こる」「爛尾楼(建設工事が途中でストップしたマンション)を購入した多数の人々が困窮する」「土地使用権の売却が進まない地方政府が財政危機に陥る」「格差が拡大し社会の中に不満が蓄積して社会的安定が損なわれる」といった様々な問題が生じることを中国の人々はよくわかっています。

 李克強氏が死去した今となっては、「仮に李克強氏がもう少し長く国務院総理を続けていれば」という「たられば」の気持ちを多くの中国の人々が持つようになる素地ができたと言えます。実際は、李克強氏が総理を続けていても、現在の中国経済の状況に適切に対処することは相当に難しかっただろうと思いますが、李克強氏が亡くなったことが結果的に「やっぱり習近平氏では経済政策はうまく行かない」という感覚を強める作用をもたらす可能性があります。

 従って、習近平政権は、現在の不動産危機に起因する経済情勢を何とか立て直さなければなりません。習近平氏もそのあたりは自覚していると思います。そのためか、これまでの習近平政権は経済政策についてはほとんど「何もしない」「何も言わない」という態度だったのですが、ここに来て少しずつ具体的政策が打ち出されるようになりました。

 そのうちのひとつが、昨日(10月27日)、李克強氏が亡くなったその日に開かれた中国共産党政治局会議で東北地方(黒竜江省、吉林省、遼寧省及び内モンゴル自治区)の振興を打ち出したことです。中国の東北地方は、「重厚長大」の国有企業が多く、広大な穀倉地帯を抱えていることから、「共和国の長子」と呼ばれてきました。中華人民共和国建国の初期段階で中国の経済建設に大きな役割を果たしてきたからです。一方で、大連などのほかは有力な港を持たない、21世紀に入ってからの電子産業化、ネット産業化の動きの中で産業構造の変革が進んでいない等の理由で、中国の東北地方のGDPは伸び悩み、人口流出も進んでいます。中国の東北地方の産業振興はこれからの中国経済発展の重要な課題ですので、そこに着目した今回の党政治局会議の議論は重要だと思います(ただし、今回の会議の内容からは、具体的な東北地方の産業振興策が見えてきません。こらから打ち出される具体的な産業振興策が機能するかどうかが問題だと思います)。

(注)キルギスタンで開催されていた上海協力機構首脳会義(首相級)に出席していた李強総理が北京に戻ったのは27日午後でした。なので、李強総理はこの日開かれた政治局会議に出席していないものと思われます。重要な経済政策を議論する政治局会議に国務院総理が出席しないでいいんですかね、と思いますが、こういった会議開催のスケジューリングを見ても、習近平氏は李強氏をあまり重く扱ってはいないように感じます(というか、外部から「習近平氏は李強総理を軽く扱っているように見える」と思われてマズいと思わないんでしょうか)。

 二つ目は、10月24日に全人代常務委員会が承認した一兆元の国債追加発行です。これまでの中国の景気対策は、地方政府の資金でインフラ投資等を行うことが中心でしたが、土地使用権売却収入が減少して地方財政が苦しくなっている現状において、今回は中央政府自らが国債を発行して景気刺激を図ろうということのようです。一兆元の国債発行の名目は「洪水等の自然災害を蒙った地域の復興と今後の防災対策」であり、要するにロコツに言えば不動産投資の低迷で疲弊する「コンクリート産業」を支援するためのものだと言えるでしょう。一兆元という金額は、2008年にリーマン・ショック対策で打ち出された「四兆元の経済対策」よりは額は少ないものの、2008年の対策は「地方の資金を中心とした四兆元」であったの対し、今回は「中央政府が用意する一兆元」なので効果はかなり期待できる、という見方もあります。

 この一兆元の国債追加発行に関しては「コンクリート産業への投資に使っても経済成長への効果は一時的だ」「巨額な国債発行による財政出動は国家財政を圧迫し通貨価値の下落(=インフレ)をもたらす危険性がある」などの批判はありますが、これまで「何もしなかった」習近平政権としては前進だ、という見方をすることもできます。

 三つ目は、8月の国務院常務会議で決定された「保障性住宅の建設」が具体的に動き出したことです(最近、この政策を促進するよう指示する文書が地方政府に対して発出されたようです)。「保障性住宅の建設」とは、政府が主導して低所得者向けの住宅を建設することです。不動産不況により民間企業による不動産投資が停滞している中、「住宅が買えない」という多数の人々の不満を解消するため、これまでも実施してきた政府主導による「保障性住宅」の建設を一層促進しようというものです。これは「住宅が買えない人々の不満を解消する」ことを目的とすると同時に、民間企業による不動産投資の低迷で困窮する建設業やセメント・鉄鋼、家電・家具等の関連産業を活性化することによる景気刺激も目的としています。ただし、これは民間企業が建設したマンションが売れない(=供給過剰な)状況にあってさらに政府が住宅を供給することになりますから、民間部門のマンション価格(新築及び中古)をさらに引き下げることになり、不動産危機の問題を根本的に解決するものにはなりません。

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 1976年1月の周恩来首相の死去は同年4月の「四五天安門事件」を引き起こし、同年9月の毛沢東主席の死去は翌10月の四人組逮捕に結びつき、1989年4月の胡耀邦前総書記の死去は「六四天安門事件」の運動が始まるきっかけとなりました。なので、ここれまで中国当局は死去した過去の有力者に対する追悼の動きが人々の不満を表面化させるきっかけにならないよう細心の注意を払ってきました。そのため1997年のトウ小平氏、2008年の華国鋒氏(元党主席・総理)、2019年の李鵬氏(元総理)、2022年の江沢民氏(元総書記・国家主席)の死去の後は人々の不満が噴出するような動きはありませんでした。ただ、昨年(2022年)11月末の江沢民氏の死去の直後に「ゼロコロナ政策」の突然の解除があったように、「人々の不満を表面化させないように」という配慮に基づいて、有力者の死去がそれまでの硬直的な政策を変更するきっかけになることはあり得ると思います。今回、李克強氏が68歳という若さで亡くなったことは残念でしたが、李克強氏の死去をきっかけにして、習近平政権が「何も言わない」「何もしない」状態から脱却して、低迷する経済状況下の中国の人々の「息詰まる思い」を解消する方向で新しい政策が的確に打ち出されるようになればいいなぁ、と私は願っています。

 

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2023年10月21日 (土)

習近平氏の「寝そべり」状態は相当に深刻

 この一週間は、10月17日(火)~18日(水)に北京で「一帯一路」の国際会議があり、習近平氏はこの国際会議で基調演説を行ったほか、18日にロシアのプーチン大統領と首脳会談を行ったのをはじめとして、国際会議に出席するために訪中した数多くの各国首脳との個別会談を行いました。そういう多忙な一週間を過ごした習近平氏に対して「寝そべり」状態とはこれいかに、とお考えになるかもしれません。私が「習近平氏は『寝そべり』状態だ」と考えている理由は以下の通りです。

(注)「寝そべり」は中国語では「タン平」(「タン」は「身」へんに「尚」)。本来は、明るい将来を見通せないために「結婚もしない」「仕事もしない」で寝そべってばかりいる若者を指して言う言葉です。

○10月18日、習近平氏はプーチン大統領と中ロ首脳会談を行った。プーチン氏は会談終了後、記者会見を行って、イスラエルとガザ地区を実効支配するハマスとの間の戦争状態に関連したコメントも発したが、習近平氏は記者会見を行わなかった。多数の国々の首脳との会談が予定されていて時間がなかった、というスケジュール上の都合があったとは言え、ちょうどこの日、アメリカのバイデン大統領がイスラエルに飛んでネタニヤフ首相と会談していることを考えれば、政治家として中国人民及び世界に対してアピールしたいと思うのだったら、絶好の機会であったはずなのに、プーチン氏との会談後に記者団の前に登場しないという習近平氏は「政治家としてやる気がない」と見られてもしかたがないのではないか。

○10月18日夜、習近平氏は「一帯一路」国際会議に出席のため訪中した国連のグテーレス事務総長と会談したが、少なくとも報道されている範囲では、緊迫しているガザ地区を巡る情勢に関して習近平氏は何も言及しなかった。5か国しかない国連安保理常任理事国のひとつの国のトップとして、ガザ地区を巡る情勢に関して「何も言わない」というのは無責任ではないのか(上に書いたように、プーチン氏は記者からの質問に答える形でコメントしている。ガザ地区が緊迫する中、本来は中国に来る時間はなかったはずのグテーレス事務総長がわざわざ北京まで出向いてきたのであるから、何らかのコメントをするのが中国の国連に対する責務だと私は考える)。

○党大会の翌年の秋には三中全会(中国共産党中央委員会第三回全体会議)を開いて、その時点での重要政策について議論するのが中国共産党の通例であったが、習近平氏は昨年(2022年)の党大会で総書記三期目の続投を決めたのに三中全会を開く気配を全く見せていない。中国共産党のトップとして、重要政策について議論する気がないのではないか。

 一方、習近平氏が国内の個別の政策案件については国務院総理の李強氏に全てを任せていて自分は「寝そべり」状態にある、というのならまだわかるのですが、個別の政策案件については李強氏に任せている、というわけでもないところが問題だと私は考えています。

 今日、久しぶりに中国政府のホームページを見て、ちょっとビックリしました。李克強氏が国務院総理をしていた時期の中国政府のホームページには「国務院総理」というページがあって、そこを開くと李克強氏の写真が大きく載っていて、李克強総理は今日何をやった、昨日はこういう会議に出席した、といった国務院総理の動向に関する情報がズラズラと出てきたのですが、今、中国政府のホームページを見ていろいろクリックしましたが李強総理の写真はどうやっても出てきません。もちろん「李強総理が国務院常務会議を開催した」といった記事はあるのですが、李強氏の記事はその他の記事と全く同列扱いです。このホームページを見る限り「李強氏が中国政府を総理している」というふうには全く見えません。

 中国政府のホームページのトップの写真が国家主席の習近平氏であるのはいいとして、「さらに見る」というところをクリックしてその他の様々な場面の写真を見ましたが、ビックリしたことに全てが習近平氏の写真ばかりで、どこにも李強氏の写真がありません。この中国政府のホームページを見ている限り、習近平氏は「個別の政策事項については李強総理に任せている」という形になっていないどころか、「全ての政策事項は自分(習近平氏)が決めている」とアピールするような構成になっているのです。そうした状態なのに、現実的には習近平氏が「寝そべり」のような態度を取っているので、私は「こんなんで中国政府は大丈夫かな」と感じました。

 こういう感覚は私だけのものではないようです。最近、テレビ等で見る中国の専門家の中には「習近平氏は自信を失っているように見える」とコメントする人もいました。10月18日(水)にテレビ東京で放送された Newsモーニング・サテライトに出ていたAISキャピタルの肖敏捷氏は「プロの眼」のコーナーで次のように言っていました。

・以前は経済政策は企画立案から執行まで国務院が担当しており、世界の経済関係者は国務院総理の発言に注目していた。しかし、習近平政権になってから国務院の役割は徐々に小さくなり、今の総理の李強氏の言動はあまり伝えられなくなった。

・以前は経済政策は専門の官僚集団に任されていたが、今は政治の論理が優先され、専門家集団ではなくトップに忠誠心を持つ者の意見だけが通ってしまっている。

・現在、中国経済は減速しているが、「経済の減速」は恐くはない。「減速の原因となる問題の解決がなされないこと」の方が真の問題である。

 参考までに李強氏が主宰している国務院常務会議で議論されている内容を下記に書き出してみましょう。国務院常務会議は、李克強氏の時代には原則として週に一回開催されていましたが、李強氏の代になってから月に2回程度に開催頻度が減っています。最近の三回の国務院常務会議で議論された内容は以下の通りです。

2023年9月20日開催分
・新型工業化の推進(デジタル化の推進等)
・欠損企業の整理について
・未成年の有害なネットからの保護について

10月10日開催分
・低収入の人々の人口動態の把握について
・高齢者に対する食料補助サービスについて
・特許の活用について

10月20日開催分
・処罰事項の取り消しについて(規制緩和)
・人体臓器の提供・移植に関する条例の改正案について

 いずれも重要な政策課題であるとは私も思います。しかし、李克強氏が総理だった頃の国務院常務会議では「新型コロナ感染症拡大下での中小企業の支援について」「若年層の就業促進について」など外国人の私が見ても「そうだよなぁ。今の中国ではここがポイントだよなぁ」ということがわかる政府全体に関するタイムリーな政策課題の議論が多かった、という印象があります。現在の国務院常務会議の議題は、関係する範囲があまり広くない、ということから、「政府部内の各部署の官僚が自分の担当に関する課題を持ち込んだ政策案を議論している」のであって、「李強氏が自分の意思で指示して官僚に検討させた政策案を議論している」ようにはとても見えません。

 現在の李強氏については「寝そべり」とまでは言いませんが、国務院常務会議の開催頻度が低いことを別にしても、「ちょっと元気がないなぁ」という印象を私は持っています。その理由は以下の通りです。

○李強氏は、10月7~9日に浙江省を視察しているが、これは浙江省杭州市で開催されていたアジア大会の閉会式に出席した「ついで」に視察を行ったものである。二週間前には、アジア大会の開会式に出席した習近平氏が浙江省を視察しており、李強氏の浙江省視察は完全に「二番煎じ」であって政治的には全くインパクトはなかった。この浙江省視察のため、10月9日に北京で開催された中国工会第18回全国代表大会の開会式に李強氏は出席しなかった(習近平氏をはじめとする他の政治局常務委員は全員が出席している)。「工会」は日本で言えば「労働組合」であり、中国共産党にとってはこの大会は重要な会議であると考えられるのに、李強氏が出席しなかったことによって、「まるで李強氏はのけ者にされているみたい」という印象を私は持った。

○10月12日に習近平氏が江西省視察中に南昌市で開催した「長江経済ベルトの質の高い発展のさらなる推進に関する座談会」に李強氏も出席した。江西省は浙江省の西隣の省であり、前週に浙江省を視察したばかりの李強氏が再び江西省南昌市に飛んだのは不自然に見えた(浙江省は「長江経済ベルト」を構成する省の一つであることから、前週の李強氏による浙江省視察は習近平氏から完全に無視された格好になったため)。

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 いずれにしても、毎週このブログに書いていますが、ほとんど「危機的状況」となり、IMF(国際通貨基金)なども懸念している(先日は中曽前日銀副総裁もニューヨークでの講演で懸念を示していた)中国の不動産市場の現状について、習近平氏も李強氏も「何も言わない」「何もしない」状態が続いていることに対して、「中国は大丈夫か」という受け止め方が徐々に広まってきているのではないかと思います。

 10月18日、中国不動産最大手の碧桂園(カントリー・ガーデン)の9月に利払い予定だったドル建てオフショア債について一ヶ月の猶予期間が終了しましたが、支払いは確認されませんでした。債務不履行(デフォルト)の状態になったと見られています。この碧桂園についても、既に2021年にデフォルト状態になり先月(2023年9月)には創業者の許家印氏が拘束された恒大集団についても、政府による救済もなされず、破産宣告がなされて清算段階に入ることもなく、ズルズルと現状の状態が継続しています。一方で、政府系ファンドが株価の下落を抑えようと株の買い支えをしているのに上海総合指数は年初来安値を更新して下げ続け、中国人民銀行が人民元安を防ぐべく毎日高めに為替レートの基準値を設定しているのに市場では毎日のように人民元安の圧力が掛かり続けています。Newsモーニング・サテライトに出演していたAISキャピタルの肖敏捷氏が指摘していたように、経済状態が悪化していること自体よりも、それに対して適切な対応を何もしない習近平氏や李強氏の「寝そべり」状態の方が「中国は大丈夫か」という懸念を引き起こす意味で重要であると認識される状態になっていると思います。

 今のような習近平氏の「寝そべり」状態が続くのであれば、11月にアメリカで開催予定のAPEC首脳会義に習近平氏は出席しない(従って、バイデン大統領との米中首脳会談も行われない)ことになる可能性が高いと思います。

 

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2023年10月14日 (土)

中国の不動産危機は当面の「景気」の重しに

 今回のタイトルは「『景気』とは経済の先行きに対する気分の問題である」ことに着目して付けました。

 この一週間、中国の不動産市場に関連しては二つのニュースが「重し」になりました。ひとつは、10月10日に中国の不動産大手の碧桂園が「アメリカドルを含む全ての外貨建て債務について資金調達が難しい状況にあり、期日までに支払えない可能性がある」と発表したことであり、もうひとつはマンション販売において一年で最大の「かき入れ時」であるはずの国慶節連休期間中も中国のマンション販売はさえなかったことです。

 中国の不動産市場の低迷は、中国経済への下押しを通じて、世界経済全体へも影響を及ぼします。10月10日に発表されたIMF(国際通貨基金)の世界経済見通しに関する四半期報告では、2024年の世界の経済成長見通しを前回7月の報告から0.1%下方修正した2.9%とし、2024年の中国の経済成長見通しを前回7月の報告から0.3%下方修正した4.2%としました。IMFは下方修正の原因のひとつとして中国の不動産危機を挙げています。中国の不動産市場を巡る状況は、既に世界経済にとって「他人事」とは言えない状況になってきているのです。

 9月28日に恒大集団が創業者の許家印氏に対して「強制措置」がなされていることを発表したことに加えて、10月10日に碧桂園が外債について期日までに支払えない可能性があると自ら発表したことで、中国不動産企業が破綻して清算の過程に入る可能性が現実問題として浮上してきました。中国国内のネット上では、恒大集団に資金を貸している銀行のリストが出回っているようで、報道によれば、10月7日、河北省にある地方銀行の滄州銀行で取り付け騒ぎが起きた、とのことです。

 8月に打ち出された住宅ローンの頭金比率や金利の引き下げと二軒目以降と認定する基準の緩和(いわゆる「認房不認貸」:詳細についてはこのブログの先週(2023年10月7日付け)の記事「中国不動産危機への対処は重大な段階に入った」参照)というマンション市場活性化策にも係わらず、国慶節連休期間中のマンション販売は地域によってバラツキはあるものの、総体的に見れば「低迷が続いている」という状況だったようです。

 不動産市場の状況についてとりまとめている中国指数研究院は、今年(2023年)の国慶節連休期間中のマンション販売動向の速報を発表しているようです。テンセント網・房産チャンネルにアップされている「解説動画」によると、この中国指数研究院がとりまとめた国慶節連休中の新築マンションの一日当たりの平均販売量(面積ベース)の増減は、概ね以下のような状況なのだそうです。

○一線級都市

<前年(2022年)の国慶節連休との比較で>

上海:+159%、広州:+129%、北京:-31%、深セン:-46%

<コロナ禍前の2019年の国慶節連休との比較で>

上海:わずかなプラス、広州:わずかなプラス、北京:-25%、深セン:-27%

○二線級都市

<前年(2022年)の国慶節連休との比較で>

蘇州と武漢はプラスだがその他はマイナス。寧波、温州、瀋陽、合肥は-50%以下、青海省の西寧は-95%、南京、南昌、杭州、済南は-10~-20%。二線級都市全体で-14%。

<コロナ禍前の2019年の国慶節連休との比較で>

二線級都市全体で-28~-30%。

○三、四線級都市

<前年(2022年)の国慶節連休との比較で>

プラスは福建省の寧徳(+112%)、広東省の東莞(+63%)、広東省の梅州(+33%)、広東省の湛江(わずかなプラス)だけで、あとは全てマイナス。三、四線級都市全体で-50%。

(注)福建省の寧徳には中国最大の電気自動車用バッテリー製造会社である寧徳時代新能源科技(CATL)の本社がある。

<コロナ禍前の2019年の国慶節連休との比較で>

三、四線級都市全体で-59%。

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 各地域ごとの事情に応じてバラツキはありますが、中国政府によるマンション購入刺激策によっても、市場全体は活性化したとは言えない状況です。特に三、四線級都市(地方の中小都市)の販売低迷がキツいですが、碧桂園は三、四線都市の比重が大きく(販売数の60%が三、四線級都市と言われている)全体の売り出し戸数も恒大よりも多いことから、三、四線級都市での販売不振は、碧桂園にとっては大きな痛手だと言われています。

 中国の不動産企業のトップ2である碧桂園と恒大については、テンセント網・房産チャンネルに「解説動画」をアップしている不動産専門家の王波氏が現時点での経営状況について(破綻したらどうなるかも含めて)数字を交えて解説していましたので、ポイントを紹介したいと思います。

【恒大集団】

・2023年1~5月、恒大は爛尾楼(建設が途中でストップしていたマンション)のうち約12.2万戸、面積にして1,389万平方メートルを購入者に引き渡した。しかし、6月以降は購入者に引き渡しているのは毎月1万戸以下である。恒大は、爛尾楼として合計で162万戸、1,000近いプロジェクトを抱えている。

・恒大は128行の銀行と121社の非銀行系金融機関から融資を受けている。

・恒大の外貨建て債券は190億ドルである。借り入れをした時の人民元レートは1ドル=6.3元だった。現在は1ドル=7.3元だから、金利負担に加えて、為替変動に起因する負担が増えている。

・この外貨建て債券発行に対して担保を提供しているのは中国国内の銀行である。外国の融資元は中国国内で担保を設定しても債券の償還ができなかった場合の「担保の取り立て」をすることができないので、外貨建て債券の発行に当たっては、中国の銀行が担保を提供し、中国の銀行は中国国内の恒大の資産を担保として押さえている。このように中国の銀行が仲立ちして、中国国内にある担保物権を使って外貨建て債券を発行して資金調達するやり方を「内保外貸」と呼ぶ。

・恒大が外貨建て債券を償還できなくなったら、外国の融資元は担保を提供した中国の銀行から資金を回収することになる。中国の銀行は担保として設定した中国国内の恒大の資産を接収することになるが、もしその恒大の資産が爛尾楼だったら、中国の銀行は資金を回収できなくなってしまう。そうなったら中国の銀行は中国国内で債券を発行して資金を調達することになるが、その資金調達が難しくなれば中国の銀行を支えるためにその債券を中央銀行である中国人民銀行が買い取ることになるだろう。つまりは、最後の最後は、恒大の経営破綻のツケは中国人民が支払う、ということになるのだ。もし「清算」ということになるのならば、恒大だけでなく、碧桂園、佳兆業、融創も結局は同じような話になる。

【碧桂園】

・碧桂園の米ドル建て債券は15本、合計93億ドル(680億元)である。2024年に期日が来るのはこのうち2本で、2024年1月期日のものが9.65億ドル(70億元)、4月期日のものが5.37億ドル(39億元)である。

・碧桂園の2023年1~3月の売上高は1,549.8億元(対前年同期比-43.9%)だった。売上高は2022全年で4,303.7億元、2021年全年で6,074億元、2020年全年で7,888億元だったから、売上高が急激に減少していきていることは明らかである。

・碧桂園の負債率は2022年末で40%だったが、2023年6月には50.1%に上昇している。2023年6月末の負債総額は1.4兆元、保有現金総額は1,305億元である。

・人民元建て債券1,470億元については債権者との間で支払いを延期することで合意している。2022年に爛尾楼だったもののうち70万戸を購入者に引き渡し、2023年第一~第三四半期の間に42万戸を購入者に引き渡すなど、碧桂園は保交楼(爛尾楼の購入者への引き渡し)について努力していることは間違いない。

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 中国政府が発表する経済統計の数字にはハッキリしないものがありますが、恒大にしろ碧桂園にしろ、香港証券取引場に上場している企業ですので、経営の財務状況については適時公表する義務があり、その財務状況については公開されています。なので、中国の人々はこれらの不動産企業について実際に「清算」となる可能性がどの程度あるのか、これらの財務状況の数字から判断することができます。

 上に書いたように恒大に融資をしていると伝えられた地方銀行で取り付け騒ぎが起きているように、中国の人々の間ではこれらの不動産企業が実際に「清算」という事態になる、ということは、かなりの現実味を持って受け止められてきているようです。その事実は、「不動産企業が本当に清算の段階に入るのか」とは別の問題として、中国の「景気」を考える上で非常に重要です。中国経済の先行きについて、中国の多くの人々が悲観的に見る見方が広がっているとすると、人々は将来の経済変動に備えて消費に慎重になり、そのことがまた中国経済の低迷を長引かせることになるからです。中国の人々が消費に慎重になる、ということは、中国国内での製品の販売を通じて、あるいは中国人観光客によるインバウンド消費を通じて、日本経済にも直接的な影響を及ぼすことなります。

 別の「解説動画」では、もし仮に不動産企業が「清算」という事態になった場合には中国国内の銀行や地方財政に大きな影響を及ぼす可能性があることを解説した最後に「我々は、冬は既に到来している、春はまだ遠い、と考えるべきなのだろうか」と締めくくっています。大手不動産企業が実際に破綻し「清算」の段階にまで至るのかどうかはまだわかりませんが、少なくとも中国の人々の中国経済に対する「センチメント」(信頼感、先行き感)は既に相当程度悪化しているのは間違いないと思います。

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 10月11日、中国の政府系ファンドのひとつである中央匯金投資は、4大国有銀行の株式を買い増し、今後も購入を続ける計画だと発表しました。いわゆる「国家隊(ナショナル・チーム)」による株価買い支え策です。

 10月12日付けの香港発ロイター通信によると、中国証券監督管理委員会は、中国国内の証券会社とその海外部門に対して、海外取引サービスで中国本土の新規顧客を受け入れることを禁止したとのことです。中国国内から外国への資金流出を防ぐためと思われます。

 これらの諸施策は「姑息な手段」だとは言えますが、中国当局が中国の人々のセンチメント悪化とそれによる資金の中国国内から外国への流出加速を懸念していることの表れだと見ることもできます。

 一方で、「根本的な対策」は何もなされていません。10月12日、習近平主席は江西省南昌市で「長江経済ベルトの質の高い発展のさらなる推進に関する座談会」を開催しました。この座談会には李強総理も参加しています。この「座談会」は、習近平氏の江西省視察活動の一環として開催されたのですが、李強氏は、この座談会に出るためだけに北京から南昌へ出張したようです。前にも書いたことがありますが、李克強氏が国務院総理だった時期には、習近平氏の地方視察に李克強氏が同行したことは一度もありませんでした。李強氏の動きを見ていると、「李強氏は習近平氏の『子分』であり、経済政策も習近平氏が自分でコントロールするのだ」ということを内外にアピールする意図があるように思います。

 李強氏は、この江西省での座談会の前には国務院常務会議を主催し、江西省での座談会の後の昨日(10月13日)には経済関係者との座談会を開いているのですが、これらの経済に関する会議に関する「人民日報」等の報道では不動産市場に関しては何も触れられていません。要するに習近平氏も李強氏も不動産市場に関しては「何も言わない」「何もしない」という状況が続いています。

 中国政府の経済政策のトップが「何も言わない」「何もしない」一方で、政府系ファンドが銀行株を買い支えするというような「姑息な手段」で中国の人々の間に蔓延するセンチメントの悪化に対処しようとしている、という現状自体が「中国経済はこの先大丈夫か」という不安を煽ることに繋がっていると私は考えています。

 

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2023年10月 7日 (土)

中国不動産危機への対処は重大な段階に入った

 外交・内政ともに「チグハグさ」が目立つ習近平政権ですが、現在の中国国内の最も重要な課題である不動産危機に対する対処についても「チグハグさ」が目立ちます。先週のこのブログで恒大集団の創業者の許家印氏が中国当局に拘束されたことを書きました。中国国内では許家印氏の拘束について「当局は恒大集団に自助努力で『保交楼』(中断した建設工事を再開して契約通りに購入者にマンションを引き渡すこと)をさせるのはムリだと諦めたことを意味する」との認識が広がっています。その一方で、香港証券取引所は国慶節連休明けの10月3日から恒大集団の株の取引を再開しました。株の取引再開を認める、ということは、会社としての活動の継続を認める、ということですから、許家印氏の拘束と恒大の株の取引再開により、当局は恒大集団を今後どうしようとしているのかサッパリわからない、という状態になりました。

 累次このブログで何回も書いてきましたが、最近の中国政府の政策は、様々な部署が打ち出す対応がバラバラで、中国政府全体としてどちらの方向に持って行きたいのかサッパリわからない、という案件が多いのですが、今回の恒大集団に対する対応もそのひとつだと言えるでしょう(中国政府の「バラバラ感」「チグハグ感」については、私は行政の最高責任者である習近平氏が個別の具体的政策課題について「何も言わない」という姿勢でいるのが最大の原因だと思っています)。

 中国では来週(10月9日(月)の週)から国慶節連休明けの様々な活動が再開します。この連休中の各都市での新築・中古マンションの販売状況に関する情報も出てくるでしょう。現時点でのマンションの「売れ行き動向」を踏まえて、中国政府が不動産市場の危機的状況に対して、次にどのような対応をしてくるのか、重大な段階に入ったと言えると思います。

 そこで今回は、この夏以降の中国での不動産市場を巡る様々な動きをまとめておきたいと思います。過去のこのブログに書いたことと一部重複する部分もありますが、その点は御容赦ください。

【2023年】

7月17日:
 恒大集団は延期していた2021年と2022年の決算を発表した。2021年及び2022年の純損失はそれぞれ4,760億3,500万元、1,059億1,400万元だった。2022年末の総資産は約1兆8,400億元、負債総額は2兆4,374億元であり、大幅な債務超過であることが明らかになった。

7月24日:
 中国共産党政治局会議において「我が国マンション市場の需給において発生している重大な変化という新しい情勢に適応して、重点領域のリスクの拡大防止と解消を切実に行う必要がある。」という認識が打ち出された。従来使われていた「マンションは投機の対象ではない」(房子不是用来炒的)という文言が使われなかったことは、一部に「投機目的のマンション売買の制限を緩和するのではないか」との見方をもたらした。

8月9日:
 不動産企業最大手の碧桂園が二つのドル建て債の利息の支払い(総額2,250万ドル)を履行できなかった、と発表した。

8月14日:
 国有企業系で中堅どころの中国不動産企業の遠洋集団(英語名:シノ・オーシャン)が2023年1~6月期の純損益が最大200億元(約4千億円)の赤字になる見通しだと発表した。また、利払いが滞っていた同社の米ドル建て社債の取引が停止となった。

 同日、香港メディアが中国の信託大手である中融国際信託の顧客企業の一部が、期限を迎えた信託商品の支払いが滞っていることを明らかにしたと報じた。中融国際信託の主要株主は中国の資産運用大手の中植企業集団で、この案件は不動産バブル崩壊に関連した同社の流動性危機が関連しているという憶測が広がった。

8月17日:
 恒大集団は、アメリカにおいて外国企業が破産手続きを行うためのアメリカ連邦破産法第15条の適用をニューヨークの裁判所に申請した。

8月25日:
 中国人民銀行、中国金融監督管理総局、中国住宅都市農村建設部の三者が連名で「一軒目か二軒目以降かを判定する基準の変更の基本方針」(従来の「認房又認貸」を「認房不認貸」に変更する)を打ち出した。

(注)投機目的のマンション売買を抑制するため、従来より、二軒目以降の購入については高い頭金比率や高い住宅ローン金利が適用されている。どういう場合に「二軒目以降」と判断するかについては、従来は「認房又認貸」で判断していた(現在マンションを保有している、または過去に住宅ローンを設定した経歴がある人の新規購入は「二軒目」と認定する)。それを今後は「認房不認貸」(現在、当該都市でマンションを保有している人の新たな購入は「二軒目」と判断するが、現在、当該都市でマンションを保有していない(他の都市で保有していても構わない)人であれば、過去に住宅ローンを設定した経歴があったとしても「一軒目」と認定する)に変更することとした。他の都市からの住み替えや同じ都市内におけるよい条件の住宅への住み替えなどの場合でも「一軒目」としての緩い基準を適用することで、住み替え需要によるマンション購入を促進しようというもの。

8月28日:
 延期されていた決算発表が行われたことから、香港証券取引所は恒大集団の株の取引を再開した。

8月30日:
 碧桂園は2023年1~6月期の連結決算について489億元の赤字、売上高は対前年同期比39%増の2,263億元、負債総額は1兆3,642億元だと発表した

8月31日:
 中国人民銀行と中国金融監督管理総局が連名で以下の三つの方針を打ち出した。

・住宅ローンの頭金比率を全国一律で一件目20%以上、二件目30%以上に引き下げる。

・住宅ローン金利のLPR(優遇貸出金利)上乗せ分を引き下げる(具体的な上乗せ分は都市によって異なる)

・既存の(金利の高い)住宅ローンを違約金なしで低金利の新しい住宅ローンに切り替えることを認める(9月25日から各個人は銀行に申請可能。ただし、具体的な新しい住宅ローンの条件は各銀行と各個人との交渉によって決まる。)

 同日、広州市と深セン市が「二軒目以降の判定基準」として「認房又認貸」を「認房不認貸」に変更すると発表。

9月1日:
 北京市と上海市が「二軒目以降の判定基準」として「認房又認貸」を「認房不認貸」に変更すると発表。

9月5日:
 碧桂園はこの日までに8月に支払いができなかったドル建て社債の利息の支払いを実行した。

9月8日:
 南京市が投機目的のマンション売買を抑制するために採られていた様々な購入制限を撤廃した(これ以降、様々な都市でマンションの購入制限の撤廃が相次いだ)。

9月15日:
 恒大集団の傘下にある生命保険会社「恒大人寿保険」が新たに設立される海港人寿保険に売却されることが中国国家金融監督管理総局によって承認された。海港人寿保険は、深セン市の政府系投資会社が51%、中国保険保証基金と大手保険会社が49%の出資をして設立する会社である(つまり政府主導で恒大集団の生命保険会社を切り出して売却させた)。

 同日、遠洋集団が全ての外貨建て債券の返済を債務の再編が実行されるまで一時的に停止すると発表した。

9月16日:
 深セン市の公安当局は恒大集団の富裕層向け資産管理部門、恒大財富の「杜某」を拘束したと発表した(報道によれば拘束されたのは資産管理部門の責任者の杜亮氏)。

9月19日:
 中国の大手(碧桂園、恒大に次ぐ三位グループの)不動産企業の融創中国がアメリカ連邦破産法第15条の適用申請をした(8月17日に恒大が申請したのと同じ行為)。

 碧桂園はこの日までに、返済期限が来ていた8本の人民元建て社債の全てについて債権者との間で3年間の返済期限延長について合意した。

9月22日:
 恒大集団は延期されていて8月に開催予定だったものが9月25日に再延期されていたドル建て債務に関する債権者会議を「住宅販売が予想より振るわないため」との理由で再々延期した(延期後の日程は設定されず)。

 同日、中国の不動産投資会社、中国泛海控股(チャイナ・オーシャンワイド・ホールディングス:英領バミューダ諸島で登記、香港株式市場に上場)は、アメリカでの開発事業の支払いを巡って英領バミューダ諸島の裁判所から清算命令を受けた(このため香港株式市場において9月25日から中国泛海の株式の売買が停止された)。

9月24日:
 恒大集団は、子会社の恒大地産集団が情報開示を巡って証券監督当局から捜査を受けているため新規の社債を発行できない、と発表した。

9月25日:
 中国のメディア財新が、恒大集団の元CEO(最高経営責任者)の夏海鈞氏と元CFO(最高財務責任者)の潘大栄氏が当局に拘束されたと報じた。

 同日、恒大集団はこの日が支払い期限だった人民元建て債券40億元の元利金を支払えなかった。

9月28日:
 恒大集団は創業者の許家印氏に対し「強制措置」が採られたと発表した。同日、香港証券取引所は恒大集団の株の取り引きを停止した。

10月3日:
 香港証券取引所は恒大集団の株の取引を再開した。

10月4日:
 中国の不動産企業の中駿集団(SCEグループ)がドル建て社債の元利金6,100万ドルの支払いが滞ったことが原因でデフォルト(債務不履行)に陥ったと発表し、18億ドル相当の4本のドル建て社債の取引を停止した。

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 このほか、9月に入ってからいくつかの都市でマンション販売価格の制限(値下げ禁止令)の撤廃が広がっているようです。このような価格制限撤廃や南京から始まった様々な購入制限の撤廃は、頭金比率や住宅ローン金利の引き下げ、ニ軒目以降を判断する基準の緩和(「認房又認貸」から「認房不認貸」への変更)によってもマンション販売があまり活性化しておらず、多くの都市においてさらなるマンション販売促進策が必要になったことを意味しています。

 一方、この夏以降、中古マンションの売り出し数が激増しているのだそうです。9月21日に見たテンセント網・房産チャンネルにアップされていた「解説動画」では、中古マンション売り出し件数は、上海47万軒、北京19万軒、広州13万軒、深セン8万軒、重慶27万軒、西安17万軒、成都15万軒で合肥、瀋陽、天津、南京は10万軒を超えていると紹介していました。2022年一年間の上海でのマンション販売数は、新築で9.2万軒、中古で15.8万軒だったことから、これらの中古マンション売り出し数は多すぎる、とこの「動画解説」で解説している人は言っていました。

 上に書いた当局によるマンション購入促進策がアナウンスされた後、中古マンションの売り出し数が増えている原因としては、次の二つがあると別の「解説動画」では解説していました。

・当局による「住み替え需要喚起策」を好感して、大都市への移住やこどもの成長などの環境変化で住み替えを検討していた人たちが現在住んでいるマンションを売りに出して新しいマンションへの住み替えをやり始めたため。

・マンション購入刺激策が出されたため、需要が増えるだろうと見込んで「売り時」を見計らっていた投機目的のマンション保有者が一斉に売りに出たため。

 前者ならばよいのですが、後者だとすると、今後、中古マンションがだぶついて中古マンションの価格が下落する可能性があります。

 さらに最近テンセント網・房産チャンネルで話題に上っているのが、「9月21日に北京市朝陽区の住宅建設委員会が手持ちのマンション154戸(個別価格70~130万元)を売り出した(総額10億元)」「9月25日に済南市発展集団資産運営管理有限公司が手持ちのマンション1,341戸を売り出した(総額28億元)」という案件です。売却の理由としては「資産配置の合理化」「所有するマンションを売却することにより現金を獲得して資産問題を緩和するため」としている、とのことです。中国のネット上では「公的機関自身が『これからマンション価格は下落するから今のうちに売っておこう』と考えているのではないか」「土地使用権売却収入が減少して地方財政が苦しくなっていることの表れではないか」といった疑心暗鬼が広がっているようです。

 こういった案件がネットで話題になるくらい、現在中国でマンションを保有している人の多くは「マンション価格はまだまだ下がるのではないか」という不安にさいなまれているのではないでしょうか。一方、今マンションを持っていない人にとってはマンション価格は下がった方がよいのですが、マンション価格が下がって不動産市場の活気が失われることは中国経済にとってよくないと警告を発する「解説動画」もあります。

 ある「解説動画」では、「マンション市場の救済が行われなければ、それがどのような重大な結果をもたらす可能性があるのか?経済の基盤が崩壊するのか?」と題して解説しています。この「解説動画」では、仮にマンション市場が救済されなかったら「経済の減速と失業の増加」「金融リスクの拡大」「消費市場の一層の萎縮」「地方政府の財政収入減少」「貧富の格差拡大による民生の低下と社会の不安定の増大」が起こる可能性があると警告を発し、「だからこそマンション市場は必ず救済されなければならない」と主張しています。

 飛ぶ鳥を落とす勢いで中国の経済成長における「チャイナ・ドリーム」の体現者だとみなされていた恒大集団の創業者の許家印氏が当局に拘束されたことは、中国の人々にとっては大きな衝撃だったようです。「なぜこうなったのか」といった議論がネット上で飛び交っています。

 許家印氏の奥さんだった丁玉梅氏は、恒大の株の24.74%を持った状態で既に許家印氏と離婚し、現在はカナダのパスポートを取得してカナダに滞在していると言われています。こうしたことから許家印氏に対しては、家族を使って個人の資産を海外に逃避させているのではないか、といった疑いもなされています。なので、ネット上では許家印氏個人に対して「巨大な会社のトップは社会的責任を果たすべきだ」といった非難が飛び交っています。

 その一方で、こうした恒大集団に対して安易に資金を融資した銀行に対する批判やあまり明示的には言ってはいないものの恒大集団のこれまでの動きを許してきた行政当局の「甘さ」を暗に批判する発言もネット上ではなされています。

 今日(10月7日(土))見た「解説動画」では、「許家印が目的ではない、背後にいる木喰い虫を根こそぎ退治しなければさらにひどいことになる」と題して、「国家財政を食い物にする木喰い虫をえぐり出さなければならない」と主張していました。この「解説動画」では「木喰い虫」とは具体的に何を指すのかは必ずしも明確ではないのですが、最後は「この考え方が広がっていけるのか。はたまた封殺されるのか。一切を天命に任せようではないか(聴天由命)。」と結んでいました。

 最後の言い方ですが、私は「誰が皇帝になるかは天が決める」「天命を失った皇帝は失脚し、新たに天命を得た者が皇帝になる」という中国の「易姓革命」の考え方を連想してしまいました。

 マンションは人々が安心して生活できる場所であり、日々苦労して稼いで貯めたお金でようやく買えた人生最大の財産です。また中国経済の大きな部分が不動産業に支えられていることを中国の人々はよくわかっています。だからこそ、中国の人々の不動産市場の問題に対する関心は高いのです。国慶節の連休が明けて、連休中のマンションの売れ行き状況が明らかになって以降、中国政府がマンション市場の状況に対して相当強力な対応策を打ち出さないと、中国の人々の中に溜まった不満はこれからますます高まって行くことになるでしょう。

 私は日々中国のネット空間のごく一部を見ているだけですが、中国の人々の不満は臨界点に達しつつあるような雰囲気を感じます。こうした状況において、習近平氏は「何も言わない」「何もしない」という姿勢を今後も続けるのでしょうか。私はそろそろ「何も言わない」「何もしない」では済まない段階に入ってきていると感じています。

 いずれにせよ、国慶節の連休明けに何か動きがあるかどうか、今後とも注目していきたいと思っています。

 

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2023年9月30日 (土)

恒大集団の会長・許家印氏の拘束の次に起きること

 経営危機に陥っている中国の不動産大手の恒大集団の会長で創業者の許家印氏の動向については、9月に入ってから、中国のネット上では「許家印氏は広州の恒大集団の本社に出社しているようだが、彼のサインが必要な決済文書は担当者が彼のところに持って行って決済してもらっているようで、外部の人間は許家印氏には会っていない。許家印氏は実質的に中国当局の監視下に置かれているのではないか。」というウワサが流れていました。こうした中、9月27日、ブルームバーグ通信が「許家印氏は中国当局に拘束されいているようだ」と報じました。ここまでは「ウワサ」の類の話でしたが、9月28日、恒大集団は「当社の会長・許印家に犯罪行為があったとして当局が『強制措置』をとった」と発表しました。この恒大集団自身の発表により、許家印氏の拘束が「ウワサ」ではなく「事実」であることがハッキリしたので、中国国内には衝撃が走っているようです。許家印氏は、恒大集団をゼロから創ったワンマン経営者であり、彼がいなくなったら恒大集団は会社としては何もできなくなってしまうのではないか、と思われるからです。

 許家印氏の拘束との因果関係はわかりませんが、同じ9月28日、香港証券取引所は8月28日から再開されていた恒大集団の株の取引を再び停止しました。

 私が今日(2023年9月30日(土))の正午頃見たテンセント網・房産チャンネルには「国家はなぜ今のタイミングで手を動かして許家印を拘束したのか」と題する「解説動画」がアップされていました。アップされたのは日本時間の9月29日22:15で、私が見た時点ではまだ14時間も経過していませんでしたが、既に「43万人が視聴した」という表示が出ていました。この案件は、中国国内でも非常に関心が高いようです。

 この解説動画で解説している人は「国家はなぜ今のタイミングで手を動かして許家印を拘束したのか」という問に対して「答えは簡単だ。恒大を救って活かしておくことができなくなったからだ。」と説明していました。ほかにも許家印氏の拘束を受けて「何があったのか」「これからどうなるのか」についての「解説動画」が多数アップされていて、私も全部は見切れていないのですが、多くの「解説動画」で指摘しているのは、2021年に恒大がドル建て社債のデフォルト(債務不履行)を起こしていながら中国当局がこれまで強制措置を講じてこなかったのは、恒大に経営再建への努力をさせ、数多く発生させている「爛尾楼」(資金不足により建設途中で工事が停止して購入者に引き渡すことができないマンション)の工事を自力で再開させ、予約販売において既に資金を振り込んでいる購入者にきちんとマンションを引き渡すこと(中国語で「保交楼」)を実行させようとしてきたからだ、という見方です。

 9月16日、中国恒大集団の富裕層向け資産管理部門、恒大財富の責任者の杜亮氏が中国当局に拘束されました。また、9月25日、中国メディアの財新は、中国恒大集団の元CEO(最高経営責任者)の夏海鈞氏と元CFO(最高財務責任者)の潘大栄氏が中国当局に拘束されたと報じました。同日、恒大集団は支払い期限が来た人民元建て債券40億元の元利金を支払えませんでした。これら一連の動きを見ていると、中国当局は、恒大に「自助努力による『保交楼』の完了」をやらせることはもはや不可能になったと判断した可能性があります。

 一方、8月に発表された恒大集団の経営情報資料において、恒大集団の株の24.74%を保有する許家印氏の奥さんについて「当集団と独立した個人」と表現していたことから、中国のネット上では「許家印氏は奥さんと既に離婚しているということか」「この離婚は『技術的離婚』であって資産の一部を『元奥さん』に託して国外に移転しようとしているのではないか」といった見方が出ていました。今回、一部の報道によると恒大集団の関連子会社の幹部である許家印氏の次男も当局に拘束されたということで、許家印氏は「自助努力」と称して集めた資金を「爛尾楼」の建設工事再開に回さずに自分の資産として家族を通じて国外に退避させようとしているのではないか、という疑いがネット上で指摘されていました。こうした事情から、中国当局も恒大による「自助努力の経営再建」はもはや不可能だと判断したのかもしれません。

 そうなると中国の人たちにとって気になるのは「これから恒大集団はどうなるのか」「まだ大量に残っている『爛尾楼』はきちんと完成されるのか」ということです。ある「解説動画」によると、恒大が作り出した「爛尾楼」は620万戸にも上るのだそうです。中国当局が恒大の自助努力による経営再建はもはやムリだと判断しているのならば、社会の安定の観点から、中国当局は恒大集団の資産を接収するなどして、大量に残っている「爛尾楼」の完成を政府の力で実施するのではないか、という見方をする「解説動画」も複数ありました。「党と政府は一般庶民の方を向いているはずだ。私たちは党と政府を信頼している。」と言っている「解説動画」もありました。

 ただ、問題は、こうした巨大企業の経営危機の問題が発生した時、被害に遭った数多くの人たちを救済するために政府が介入することになったとしても、全ての人を100%救済することは不可能で、「一部または全部が救済対象外」に置かれる人たち(いわば「ババを引く人たち」)が必ず発生する、ということです。

 2008年に表面化したアメリカのサブ・プライム・ローンの問題に関しては、アメリカ政府とFRB(連邦制度理事会)はベアー・スターンズは救済しましたが、リーマン・ブラザーズは救済しませんでした。今年(2023年)3月、スイスの二大銀行の一つクレディ・スイスの経営危機の問題が発生した時、スイス政府とスイス国立銀行はクレディ・スイスの株主については持ち分の一部を保護しましたが、AT1債(劣後債の一種)の保有者に対しては全てを負担させました(この点については、銀行の経営破綻時の損失負担の優先順位の観点で問題だという裁判が現在提起されているようです)。

 中国の不動産企業の場合、「爛尾楼」の問題だけでなく、建設工事を請け負ったのに建設代金が支払われていない建設会社(それに関連して給与を支払われていない建設会社の労働者)やその他の恒大に対する「売掛金」を持つ多数の企業がありますから、誰を救済し、誰に損失をかぶってもらうか、は非常に難しい問題です。「誰をどの程度救済するか、誰に損失をかぶってもらうか」については、普通の(民主主義の)国では、国会で議論した法律に基づいて決定され、その決定に不満を持つ利害関係者は裁判を提起して争う方法がありますが、中国のように「政策も裁判も全ては中国共産党が決める」体制の場合は、「誰をどれだけ救済するか」については、決めるのは簡単ですが、決めた後が大変です。数多くの利害関係者に意見を言うチャンスがないからです。最後は人民解放軍を出動させて「黙れ!中国共産党が決めたことに従え!」と中国人民を抑え付けることになるのでしょうが、そうやって抑え込まれた中国14億人の人民の不満の矛先は、結局は中国共産党に向かうことになります。

 中国の不動産企業の経営危機の問題については、恒大集団というひとつの巨大企業が作り出した負債の問題だけに留まりません。恒大とトップを競っていた碧桂園やその他多数の中小不動産企業も大なり小なり同じような問題を抱えているからです。政府が介入するにしても「A社には政府が介入した」「B社に対しては政府は何もしなかった」という問題は必ず生じます(2008年のアメリカにおける「ベアー・スターンズは救済した」「リーマン・ブラザーズは救済しなかった」のように)。現実問題として、中国には数多くの不動産企業がありますから、政府が介入するとしても、対象はたぶん少数の「大手」だけであって、大多数の中小の不動産企業については中国政府は「潰れるがまま」にするしかないと思います。

 さらに中国の不動産問題の場合にやっかいなのは、地方政府がその財政収入の多くを土地使用権売却収入に頼ってきたという事実です。不動産企業の破綻の問題は、すぐに中国の地方政府の財政破綻の問題に直結します。さらに、この問題は中国の地方政府が主体となって実施してきた各種のインフラ投資が今後どうなるかにも繋がっていきます。

 この国慶節連休を前にして、福建省の福州と厦門を結ぶ高速鉄道が開通しました。中国のテレビのニュースでは海の上に架かる長大な鉄道橋の上を走る高速列車の映像を放映していました。中国では「八縦八横」と呼ばれる縦横に走る高速鉄道網が建設中です。しかし経営的に黒字化できる高速鉄道路線は北京-上海線くらいだと言われており、これらの高速鉄道網が日本の旧国鉄と同じ運命をたどる可能性は小さくありません。中国各地で建設されている高速道路網や空港も同様です。

 借金体質の拡大にストップを掛け、過去の借金を整理するに際しては、どうしても誰かが一定程度の被害をかぶる「血の出る改革」が必要となります。日本の経験で言えば、1980年代の国鉄改革に際しては数多くの旧国鉄労働者が苦しい思いを強いられましたし、1990年代の平成バブル崩壊後の不良債権処理では、いろいろな人がいろいろな形で「血を流した」のでした。中国の人たちは、今の段階では「中国共産党が何とかしてくれる。私たちは党と政府を信頼している。」と言っていますが、おそらくは全員が「自分だけは『血を流す』ことはないはずだ」と考えていると思います。

 私は今、「借金を整理するに際しての『痛み』」について「血を流す」という比喩的な表現を使いましたが、中国に関してはこれは「言ってはならない比喩」だったかもしれません。1980年代の改革開放路線の軌道修正の過程の1989年6月に実際に数多くの中国の人々の「血が流れた」からです。

 既に今日(9月30日)あたりは街中で大きな旅行カバンを押しながら歩く中国人観光客らしき人たちを数多く見掛けました。この国慶節の連休中、この夏に打ち出されたマンション購入のための様々な制限緩和(頭金規制の緩和や住宅ローン金利に引き下げ)を受けてマンション見学をする中国の人たちも多いと思います。国慶節の連休が明けて、連休期間中の中国国内でのマンションの売れ行きぐあいがどうだったのか、というニュースが流れる頃には、「恒大を巡る次の動き」即ち恒大の清算や中国政府の介入による「保交楼」の促進といった話が出てくるかもしれません。逆にそういった「政府の介入」がもしこれから何もないのだとしたら、たぶんそれは今の時点では「我々は党と政府を信頼している」と言っている中国の人たちの期待を裏切ることになると思います。

 恒大集団の会長・創業者の許家印氏の拘束により、中国の不動産危機を巡る情勢は、明らかに「次のフェーズ」に進んだと言えると思います。

 

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2023年9月23日 (土)

台湾有事よりも中国共産党有事の方が心配なのかも

 中国の習近平政権の「ちょっと変な動き」が続いています。特に外交関係で打ち出されるメッセージが「方向性が統一されておらずバラバラ」で、中国共産党内部に組織的問題があるのではないか、と伺わせます。私が「ちょっと変だ」と感じている点は以下の諸点です。

○日本のALPS処理水の海洋放出に関して強烈な対日批判を展開している一方で、9月3日の「抗日戦争勝利記念日(日本の降伏文書署名の日を記念する日)」や9月18日の「(満州事件のきっかけとなった)柳条湖事件記念日」には特段の動きはなく、むしろ通常の年よりも平穏なくらいだった。

○ニューヨークでの国連総会に韓正国家副主席が出席し、9月18日に韓正氏がアメリカのブリンケン国務長官と会っている同じタイミングで、王毅外相はモスクワを訪問して中ロの緊密な関係を演出していた。このタイミングで人民日報は9月20日、一面トップで「習近平氏が抗日戦争中のアメリカ義勇軍航空隊を賞賛する返信の手紙を送った」と報じて米中関係改善を望む姿勢を打ち出した。

○9月21日、中国海事局が天然ガス掘削船を尖閣諸島付近の日中中間線より日本側に曳航する旨の発表を行ったが、翌22日に日本の松野官房長官が記者会見で中国側に申し入れを行った旨を述べた直後、中国側はこの発表を取り消した。報道によれば、中国側は日本政府に対して「入力ミスだった」と連絡してきた由。

 三番目の案件は、中国側が釈明していることを踏まえれば、純粋に「事務的ミス」だった可能性もありますが、「事務的ミス」だったとしても、海事局が外交上大問題となるような案件をホームページ上にアップするのを事前にチェックできなかった、という点で「組織上のたるみ」がある、と言われてもしかたがないと思います。特に海事局がこの発表を行った日は、習近平氏が杭州で開かれるアジア大会開会式に出席することの正式発表があったのと同じ日であり、意地悪く勘ぐれば、習近平氏に反対する勢力が、アジア大会開会式に出席してアジア諸国との友好関係をアピールしたいと考えている習近平氏に対する「当てつけ」の嫌がらせをしたという見方もできます。同じような指摘は今年(2023年)2月にアメリカのブリンケン国務長官が訪中する直前にアメリカ本土上空に偵察用と見られる中国の気球が出現した時にも言われました。

 二番目の「習近平氏が抗日戦争中のアメリカ義勇軍航空隊を賞賛する返信の手紙を送った」という案件もいささか意味不明です。この「アメリカ義勇航空隊」の案件とは1941年に当時のアメリカの退役軍人らが抗日戦争中の中国に対してフライング・タイガーズ(中国名「飛虎隊」)を組織して支援したことを指すのだそうです。これを記念して1998年に「中米航空遺産基金」という団体が設立され、今回は習近平氏がこの団体の関係者に返信の手紙を出した、ということなのだそうです。当時のアメリカは蒋介石の中華民国を支援したのであって中国共産党を支援したわけではない、といった細かい話は脇に置いて置くとしても、このタイミングで習近平氏が返信の手紙を出したことを「人民日報」の1面トップに掲載したことは、中国がアメリカに対して「関係改善の意思がある」というメッセージを出したかったからだということは明らかです。最近の中国による一連の「日本たたき」が日米韓の連携強化に対する反発なのだとしたら、今回の「アメリカとの関係改善の意思の表明」は、中国の外交姿勢に全く一貫性がないことを印象づけるものだと私は感じました。

 さらにこの「中米航空遺産基金」に対する習近平氏の手紙の件については、9月20日付けの「人民日報」の2面に「飛虎隊の精神を代々伝承させよう」という解説記事が載っていたのに、翌9月21日付け「人民日報」2面にも「飛虎隊精神を伝承して中米民間友好を推進させよう」という解説記事が掲載されていたのを見て私は「変だな」と感じました。私は最初に21日付けの紙面を見たとき「あれ?昨日と同じ記事が載っているぞ」と思ったからでした。よく読むとこの二つの記事は全く同じではなく、前者は新華社の記者が書いたもの、後者は人民日報の記者が書いたものでした。別人が書いた記事なので全く同じではないのですが、同じ案件に関する記事なので情報としては重複する部分が多く、二日にわたって記事を掲載する意味を全く感じないものでした。日本でも、同じ案件に対して共同通信と時事通信がそれぞれ記事を書くことは日常的になされていますが、同じ新聞が両通信社の記事を両方載せるようなことはしないでしょう。「人民日報」があまり違わない内容の記事を二日連続で掲載した意味は不明です。アメリカとの関係改善を呼びかけるような記事の掲載自体が唐突でしたが、同じような記事の二日連続での「人民日報」への掲載も意味不明でした。背景にアメリカに対する対応方針に関する派閥争いのようなものがあるのだろうか、と私は勘ぐってしまいました。

 秦剛外交部長の突然の退任とか、李尚福国防部長の三週間にもわたる所在不明とか、最近の習近平政権には「意味不明」の動きが目立ちすぎます。日本のマスコミではどこも取り上げていませんが、7月25日の中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」は、スカパー!の大富チャンネルで日本国内向けに録画放送された時には冒頭のニュースが放送されませんでした(冒頭の部分だけ「中国風景」という風景動画が流されていた)。「新聞聯播」は、中国中央電視台のホームページで見ることができますので、ネットで確認すると、スカパー!の大富チャンネルで放送されなかったのは、同日開催された中国共産党政治局第七次集体学習において軍の強化に関する議論がなされたことを報じる部分でした。ちょうどこの頃ロケット軍の幹部の交代があった時期なので、映像を提供する中国中央電視台の側かあるいは日本国内で放映する大富チャンネルの側かどちらかが何らかの考えに基づいて「日本国内で放映するのはマズい」と考えてこの部分だけカットしたのだと思います。日本のNHK等の報道を中国国内での放映時に「検閲カット」することは私は何回も経験していますが、日本国内で放映される中国国内で製作されたニュースが「検閲カット」されたのを見たのは私は初めてでした。軍を含めた中国国内で「何かが起きている」ことを想像させるような案件でした。

 2024年1月の台湾での総統選挙をきっかけとした中国共産党による台湾の武力統一行動、いわゆる「台湾有事」が懸念されていますが、著名なエコノミストのリチャード・クー氏は週刊東洋経済2023年8月5号の記事で「『バランスシート不況』の中国に台湾に侵攻する余裕はない」と言っていますし、アメリカのバイデン大統領はベトナム訪問時の9月11日、中国について「厳しい経済問題を抱えていることが台湾への侵攻に向かわせることになるとは思わない。おそらくはむしろ逆で経済問題を抱えていることにより台湾への侵攻の意欲が弱くなるかもしれない。」と語っています。

 アメリカは、おそらくは中国の内部で「何かが起きている」という情報を持っているのだろうと私は想像しています。アメリカと中国は昨日(2023年9月22日)、経済と金融に関する作業部会を設置することを発表しました。私はここに「金融」が含まれていることがキーだと考えています。今年7月、ブリンケン国務長官に続いて訪中したのが商務長官ではなくイエレン財務長官だったことからもアメリカは中国との関係について「通商・貿易問題」よりも「金融問題」の方を重視していると私は見ています。日本に次ぐ金額の大量のアメリカ国債を中国が保有していることを考えた時、現在進行中の中国の不動産バブルの崩壊現象が金融危機にまで発展することは、アメリカにとっては「他人事」ではなく完全な「自分の問題」であることがわかっているからです。

 中国の不動産企業がドル建て社債を償還ができなくなりそうな時、中国人民銀行は緊急のドル融資をするかもしれませんが、そのためのドルを手当てするために中国が持っているアメリカ国債を売却するかもしれません。中国による急激なアメリカ国債の売却は、アメリカ国債金利の急騰をもたらし、アメリカ経済のみならず世界経済に大きな衝撃を与えます。ですから、アメリカはそういうことにならないように中国と情報を交換し、必要があれば中国を支援する(例えば今は米中間では通貨スワップ協定はありませんが、アメリカFRBが中国人民銀行が発行する人民元を担保として中国人民銀行に米ドルを緊急融資するなど)ことも考えているかもしません。

 上に書いたように、今、習近平政権内部では「何か変なこと」が起きているような気配がしているのですが、アメリカにとっては「台湾有事」が起きても困るが、一方で中国共産党内部で深刻な権力闘争が起きて中国政治が混乱して中国国内の不動産バブル崩壊が金融危機にまで発展しても困るのです。なので、アメリカは「台湾有事」が起きないように努力するとともに、中国共産党内部の危機的な権力闘争、いわば「中国共産党有事」が起きないように今最大限の努力を傾注しているのだと思います。全く変な話なのですが、おそらくアメリカは「習近平政権がコケないように陰ながら支える」という役割を果たそうとしているのだと思います。

 9月19日(火)の産経新聞9面の「田中秀男の経済正解」の欄「中国金融危機 米国は今度こそ放置するのか」の中で、筆者の同紙編集委員の田中秀男氏は、8月14日にアメリカ金融資本最大手のJPモルガン・チェースが香港株式市場で中国不動産最大手の碧桂園の株を買い増して株式の5%以上を保有したことを指摘しています。今、中国の不動産企業の株価は暴落して「紙くず同然」になっていますから、JPモルガン・チェースにとっては、碧桂園の株を買い増しすることの負担はそれほど大きくないと思いますが、田中氏はこの記事で「バイデン政権が習政権に助け船を送る構図が透けて見える」と書いています。

 問題は、こういう「アメリカのバイデン政権が国内の不動産危機で苦悩する習近平政権が倒れないように支えようとしている」ことが明らかになってくることが中国国内にどういう反応をもたらすか、です。中国国内には「習近平氏は対米強硬路線を行っているからこそ支持してきた」という人もいるだろうし、逆に「中国経済の活性化のためには毛沢東時代に戻るような習近平氏のやり方ではなく、トウ小平氏のように『対外開放と経済の市場化』を進めてアメリカとの関係も改善すべきだ」と考える人もいると思います。こうした中で「実はアメリカは習近平政権が倒れないように支えているのだ」ということがハッキリしたら、中国国内では外からは想像できない波紋が広がるかもしれません。

 昨日(2023年9月22日(金))、習近平氏は浙江省杭州市で、杭州アジア大会開会式に参加するために訪中しているシリアのアサド大統領と会談しました。習近平氏がどの国の首脳と会うかは習近平氏の勝手ですが、ロシアの支援を受けているアサド大統領と会うことが示す外交的メッセージは明白です。このことを見ても、私には「習近平氏が外交的にどの方向を目指しているのかサッパリわからない」と思えます。アメリカに対抗する姿勢を強く見せたいのであれば、9月20日の「人民日報」1面トップの「抗日戦争中のアメリカ義勇軍航空隊を賞賛する返信の手紙を送った」という記事は何だったのか、と思えるからです。

 今ネットを見たら、習近平氏は、同じく杭州を訪問している韓国のハン・ドクス首相と会談し、韓国が現議長国として年内開催を目指す「日中韓サミット」について「適切な時期の開催を歓迎する」と表明した、とのニュースが流れていました。韓国や日本との関係をあまり悪化させたくないと考えているのだったら、日本産水産物の全面輸入禁止を何とかして欲しいなぁ、と思いますね。

 中国の不動産市場に関しては、これから重要な数週間が始まります。9月25日(月)から既存の住宅ローンの低金利のものへの切り替えに関する住宅ローン設定者の銀行への申請が始まります。4,000万人と言われる住宅ローン設定者が銀行に殺到して混乱が起きないか、重要な収入源である住宅ローン金利を一斉に引き下げることにより各銀行の経営状況が悪化しないのか、など今後どうなるかを見極める必要があります。10月1日からの国慶節の連休は、中国のマンション業界にとっては一年中で最大の「かきいれ時」です。8月末~9月初の住宅ローンの頭金比率や金利の引き下げ、二件目購入の際の条件緩和などのマンション購入刺激策がどの程度効果があるかが連休を経過すればある程度わかってくると思います。

 今晩(2023年9月23日夜)、アジア大会杭州大会の開会式が行われました。何回も言いますが、習近平氏には、こういうセレモニーに出席するのもいいですが、それより外交・内政ともに具体的な政策の方向性について、明確に自分の考えを示して欲しいと思います。そうでないと、仮に習近平氏自身が具体的な政策を打ち出さない一方で「金融危機が起きないようにアメリカが習近平政権を陰ながら支えている」というような認識が中国国内に広まってしまっては、習近平氏にとって極めてよくないことになる、と私は思います。

 

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2023年9月16日 (土)

第20期三中全会はいつやるのだろうか

 9月も半ばを過ぎたので、今日のブログでは「党大会のあった翌年の10月頃には三中全会(第三回中央委員会全体会議)が開かれて重要政策について議論されます。通常、9月半ば頃には三中全会の日程が発表になります。今年はまだ日程が発表になっていませんが、今度の(「第20期の」=「第20回中国共産党大会で選出された中央委員による」)三中全会は、いつ開かれ、どのようなことが議題になるのでしょうか。」と書こうと思っていました。「党大会の翌年の秋には三中全会が開かれ重要政策が議論される」というのは、私はずっと「そういうもの」だと思っていたのですが、習近平政権になってからを振り返ってみると、必ずしも「そういうもの」ではないことに気が付きました。

 ここ二十年間の三中全会の日程と内容は以下の通りです。

第16期三中全会(胡錦濤政権一期目):2003年10月11日~14日、社会主義経済体制整備について議論された。

 前年の第16回党大会で、三つの代表論(江沢民氏が提唱したプロレタリアート以外の者(企業経営者等)も中国共産党員になれる、という考え方)が党規約に盛り込まれたことをきっかけとして、中国共産党が指導する経済体制の中で民間企業等の位置付けをどのようにするかが議論されました。

第17期三中全会(胡錦濤政権二期目):2008年10月9日~12日、土地制度改革について議論された。

 前年(2007年)の全人代で「物権法」が制定されて、都市住民がマンション等の住居として利用する土地使用権を保有することが正式に法的に認められたことなどにより土地制度を改めて議論する必要があったために土地制度改革が議論されました。特に、農民が農地使用権(耕作権)を担保として資金の融資を受けることを認め、農家の若い働き手が都会に出て「農民工」として働いているために発生する耕作放棄地の農地使用権を出資する形で「合作社」を組織し、(個々の農家ではなく)その「合作社」が農業経営を行う、などの新しい農業のあり方について議論されました(このブログの2008年10月28日付け記事「第17期三中全会決定のポイント」参照)。

第18期三中全会(習近平政権一期目):2013年11月9日~12日、不動産税立法、都市戸籍改革、計画生育の緩和(二人目以降のこどもを生むのを認める)などが議論された。

 習近平政権の発足に当たり、この時点で問題になっていた重要事項について議論されました。なお、不動産税立法については、この三中全会で実施が議論されたのですが、今もって(2023年9月の時点で)立法化はなされていません。不動産税の導入は、マンション市場のバブル化を防ぐための(かつ土地使用権売却収入に代わる地方政府の有力な収入源になる)強力な手段だと考えられているのですが、中国共産党員の多くがマンションを保有していて不動産税の導入には消極的、といった理由があるからか、今もって法制化がなされていません。不動産税の導入がなされなかったことが、その後のマンション市場のさらなるバブル化を招き、現在(2023年時点で)問題となっている不動産市況の状況を招く一因になったと考えることもできます。

第19期四中全会(習近平政権の二期目):2019年10月28~31日、中国の特色のある社会主義制度の堅持及び国家の統治体系と統治能力の現代化について議論された。

 「習近平総書記を党中央の核心として維持することを堅持する」「政軍民学、東西南北中、党が一切を指導することを堅持する」「『軍隊の非党化、非政治化』と『軍隊の国家化』という誤った政治観点に断固として反対する」などが議論さました(このブログの2019年11月9日付け記事「第19期四中全会の統治に関する決定のポイント」参照)。

 第19期だけが「三中全会」ではなく「四中全会」で、開催時期も党大会の翌年ではなく二年後だったのには理由があります。通常、党大会の直後に一中全会が開催されて政治局常務委員等の党の人事が決定され、翌年の全人代の直前に二中全会が開かれて全人代で議論される議題が中国共産党として議論されます。なので、通常、党大会の翌年秋に開かれる三中全会がその期(党大会で決まった体制が続く五年間)における具体的な重要政策について議論されるのが通例となっていました。しかし、2017年の第19回党大会の後は通常のケースに加えて全人代の前に国家主席の任期を二期に限定していた憲法の規定を改正して三期目以降も国家主席を継続できるようにする件を議論するための中央委員会全体会議が一回付け加わっているため、通常なら「三中全会」だったものが第19期だけは「四中全会」になっているのです。

 上の「概要」を御覧になっていただければすぐわかるように、通常の期の党大会の翌年秋の「三中全会」は「その時点で課題になっている具体的な政策事項」が議論になっているのに、第19期四中全会で議論されたのは「具体的な政策事項」ではなく「中国共産党が全てを指導すること」、別の言い方をすれば「習近平氏が全てをコントロールすること」を改めて議論したという形になっています。この時に行われたのは「四中全会」であって「三中全会」ではなかったので、具体的な政策内容は議論されなかったのだ、という考え方もあるのかもしれませんが、結果として第19回党大会から第20回党大会までの間には「具体的な政策課題」を議論する中央委員会全体会議は開催されなかったことになります。

 2020年10月には「第19期五中全会」が開かれましたが、これは五カ年計画に関する議論で、通常の「五中全会」と同じような内容でした(このブログの2020年10月31日付け記事「意外にソフトだった五中全会」参照)。2021年11月には「第19期六中全会」が開かれましたが、これは新しい「歴史決議」を決めた会議でした(このブログの2021年11月20日付け記事「2021年の『歴史決議』に対する見方」参照)。こうやって確認すると、第19期(習近平政権二期目)以降、「具体的な重要政策」について議論する中国共産党中央委員会全体会合は開催されなかったことは明白です。このことが「習近平氏は具体的な政策を何も打ち出していない」「習近平氏は具体的政策として何をやりたいのかサッパリわからない」といった印象を与えているのかもしれません。

 習近平氏が中国共産党総書記になってそろそろ11年になりますが、この11年間を振り返ってわかることは「習近平氏は自分が中国共産党の全てを仕切る体制を確立し、自分が三期目の総書記と国家主席になること」を目指して来ましたが、結局は「習近平氏がやりたい具体的な政策は何か」が今もってハッキリしない、ということです。もしかすると、習近平氏の目的は「自分の権力を確立し、三期目以降も中国共産党のトップでいること」だけであり、「中国共産党のトップに長く居てやりたいこと」は実は何もないのかもしれません。「三期目の総書記と国家主席になる」という目的を達成してしまったので、習近平氏にとってもはや何もやりたいことはないのかもしれません。そのためにジャーナリストの福島香織氏の言葉を借りれば「習近平氏はやる気を失った」ように見えるのかもしれません。

 私は個人的には「習近平氏が自分に対する権力集中を成し遂げた後に本当にやりたいと思っていることは台湾の武力解放なのである」ということではあって欲しくないと強く願っています。

 不動産市場の問題をはじめ、今の中国には非常に重要な政策課題がたくさんあります。是非とも、できるだけ早く「第20期三中全会」を開催して、中国共産党中央委員会全体でそれらの重要な政策課題についてしっかりと議論をして欲しいと思います。

 もし、今年(2023年=第20回党大会の翌年)のうちに「第20期三中全会」が開催されないのだとしたら、それは習近平氏が実現したいと思っている具体的な政策は何もないことを意味し、それはもしかすると習近平氏の「本当にやりたいこと」とは「台湾への武力侵攻」であることを意味するかもしれないので、警戒心を高める必要が出てくるのかもしれません。

 

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2023年9月 9日 (土)

中国共産党は機能不全状態を自己修正できるか

 日本のALPS処理水の海洋放出に対する中国側の反応を見て、日本の多くの人(普段は中国にあまり関心を持っていない人も含めて)は「習近平政権の中国の反応は常識的に見てもちょっとおかしいんじゃないかなぁ?」と感じたと思います。最近の中国の政策は、結果的に中国自身にとってマイナスになっている部分があったり、打ち出される複数の政策の間に矛盾があったりすることが多いからです。例えば、処理水の海洋放出に反対する機運を盛り上げるのが「アメリカ寄りの日本に対する対抗措置のため」なのだしたら、8月に諸外国に対する団体旅行の解禁を行った時、日本も含めて解禁したのはなぜか、という疑問が生じます。日本に対する団体旅行解禁除外は、日本に打撃を与える有効な外交カードとして使えたはずだからです。

 このほかにも、最近の習近平政権の政策は、学習塾における営利活動の禁止やIT企業への締め付けの強化など、経済活動にマイナスの効果をもたらす政策が次々に打ち出されて、まるで自分で自分の首を絞めているようにさえ見えます。基本方針として「共同富裕」を掲げる一方で、この7月には中国共産党と国務院が「民営経済の発展強化を促進するための意見」を打ち出すなど、民間企業が営利目的で活動を活発化させることを奨励するのかしないのか中国政府が進める政策の方向性がサッパリわかりません。

 これは様々な分野を担当する中国政府の各担当部署を横串で貫いて総合調整を図るべき中国共産党が機能を果たしていないことを意味していると私は考えています。

 私は1986年~1988年にも北京に駐在していましたが、この頃の日中間では、尖閣諸島問題や日本の政治家の靖国神社参拝問題など今に続く問題があったほか、光華寮問題、東芝ココム問題、雲の上の人発言問題など(下記注参照)様々な問題がありました。しかし、これらの諸問題についてトウ小平氏は「中国も日本もれっきとした独立国だ。二つの独立国の間では二つや三つの問題が生じることは自然なことだ。全く問題のないことの方がおかしい。個々の問題については話し合いで解決する、それが外交というものだ。」と発言して、様々な個々の問題があるからといって日本との関係を悪化させてはならない、という方向性を明確に打ち出していました。この当時中国がこういう対日姿勢を示していたのは、1980年代の中国が経済発展のために日本の資金と技術を必要としていたからです。トウ小平氏の中国共産党は、このように中国の国益に立脚して全体を貫く大きな方向性を中国政府の各担当部署に明確に示していたのです。

(注)

光華寮問題:1972年の日中国交正常化前から京都にあった留学生の寮について日本の裁判所が1972年以降も台湾当局が所有権を持つことを認定した問題

東芝ココム問題:東芝機械が機微技術を含む製品を旧ソ連向け輸出した事件をきっかけとして日本政府が中国向け輸出管理も強化した問題

雲の上の人発言問題:日本の外務省幹部がトウ小平氏のことを「雲の上の人になったみたいだ」と発言したことに対して中国側が反発した問題

 昨今の様々な問題について多くの人が気付いているように、中国が抱える様々な問題について、習近平氏は何もコメントしないので、中国共産党及び中国政府の個々の担当者は、それぞれが抱える問題点に対して「習近平氏はこう考えているんじゃないかなぁ」と自分で推測して(習近平氏の意向を忖度(そんたく)して)対処しているように見えます。各担当者がそれぞれバラバラに「忖度」して対処しているので、中国政府が打ち出す様々な政策が統一性のないバラバラなものに見え、それぞれの政策が中国の国益にとってどういう目的を持つのかが全くわからないような状況になっているのだと思います。

 この点については、このブログの2023年7月8日付け記事「何も言わない皇帝を忖度(そんたく)する官僚たち」に書いたところです。最近、多くのチャイナ・ウォッチャーが同じように「習近平氏は何も言わない。各個別の担当者が習近平氏の意向を勝手に忖度してバラバラな政策を打ち出している」という認識について書くようになりました。7月8日の時点で書いた私の見方は、たぶん多くのチャイナ・ウォッチャーの間の共通認識として定着しつつあるのだろうと思います。

 中国共産党や中国政府の各担当者がそれぞれバラバラに習近平氏の意向を忖度して政策を進めることにより、中国共産党も中国政府も組織としての対応が全然できていない、ということを図らずも露呈させてしまったのが7月末に北京周辺を襲った大雨による洪水でした。

 7月末の大雨によって、北京や河北省で洪水が発生し、特に河北省のタク州市(「たく」は「豚」の「月」を「さんずい」に替えた字)での浸水被害がひどかったことは日本でも報道されました。北京に隣接する河北省の平原地帯では、以前から、北京での浸水被害を防ぐため海抜の低い地域が「遊水区」として指定されて、大雨が降った時には「遊水区」に水を誘導するように河川の水門等が設置されていました。ところが2017年以降、以前は「遊水区」として設定されていた湿地帯周辺地域が習近平氏肝入りの副都心都市「雄安新区」として開発されてしまったため、今回の大雨ではタク州市周辺の住民に避難指示を出した上で、意図的にタク州市周辺に水が向かうように水門の開閉を行ったのだそうです。雨の量が想定外に多かったので、タク州市の浸水地域は想定より大きくなってしまった、というのが被害の実態だったようです。

 問題だったのは、洪水が起きた後で「雄安新区」を視察した河北省中国共産党委員会書記の倪岳峰(日本語読みで「げい・がくほう」)氏が「(河北省は)断固として北京を守る外堀となる」と発言したことです。この話は「週刊東洋経済」(2023年8月26日号)の「中国動態」のページでジャーナリストの田中信彦氏が「洪水の元凶『忖度政治』に怒り拡大」と題してレポートしています。同じ話は以下のネット上の二つの記事でも取り上げられています。

☆「北京を守るのに地方100万人を犠牲に、大洪水で露見した中国の非人道的な治水」
(2023年8月19日11:02アップ JBPress 福島香織氏)

☆「習近平主導プロジェクト『雄安新区』を守るため犠牲となって沈んだ町、北京の隣・タク州市水害の死者…実は数千人規模?」 (2023年8月30日 6:04アップ 現代ビジネス 北村豊氏)

 この事態から見えてくることは、中国共産党や中国政府の幹部は、「中国人民の生命・財産を守り生活を向上させること」、「中華人民共和国の国益にとってプラスになること」はもちろんのこと「中国共産党政権の維持強化のためにプラスになること」すらどうでもよく、ただひたすらに「習近平氏に気に入ってもらえるようなこと」のみを目指して行動している、ということです。なぜなら、河北省党書記の倪岳峰氏の「(河北省は)断固として北京を守る外堀となる」という発言は、人民の心を中国共産党から離反させ、中国共産党政権の維持強化のためにはマイナスであることは明らかだからです(河北省党書記がそのことを自分で気付いていないのだとしたら、既に中国共産党という組織の終わりが見えた、といっても過言ではないと思います)。

 この河北省の洪水を巡る一件は、おそらく中国共産党の内部でも問題になっただろうし、タイミングから言って、直後に行われた北戴河会議でも問題視された可能性があります。だからこそ、習近平氏も李強氏も河北省の洪水被災地に視察に行かなかったという想像もできます(視察に行ったら被災地の人たちから何を言われるかわかりませんからね)。

 最近、習近平氏がテレビのニュースに登場する回数がめっきり減ったことや今インドで開催されているG20に習近平氏が欠席した(李強氏が代わりに出席している)ことの背景には、この洪水を巡って中国共産党内部で習近平氏に対する冷たい風が吹いていることがあるのかもしれません。

 上の記事でも紹介したジャーナリストの福島香織氏は、ネット上の JBPress の別の記事「中国・習近平が『やる気』喪失?BRICSでの弱々しい姿に憶測飛び交う」(2023年8月27日11:02アップ)で、消息筋の話として、様々な問題の発生について担当者を問い詰めた習近平氏が「誰ひとり、積極的な意見を言わず、責任ある態度もとろうとしないことに習近平は腹を据えかね、『君たちが何もしないなら、私も何もしたくない』」と「寝そべり宣言」をした、とまで書いています。

 この福島香織氏が書いている話が本当なのかどうかは私にはわかりませんが、まぁ、「自分が中国のリーダーとして世界を引っ張って行くのだ」という気力と気概があるのだったら、堂々とインドでのG20に出席しただろうなぁ、と私は思いますね。

 習近平氏は、昨日(2023年9月8日(金))の中国中央電視台夜7時のニュース「新聞聯播」に「習近平氏は黒竜江省を視察した」というトップニュースの中で登場していました。私が見る限り、特段外国出張に行けないような健康上の問題があるようには見えませんでした。

 今回の習近平氏の黒竜江省視察の内容は以下の通りでした。

・大興安嶺地区の自然森林地区で、森林管理や山火事防火・消防対策の状況について視察した

・中国最北端の村を訪れ、生態に密着した産業・観光業等の実情について視察した。

・洪水被害を受けた農村を訪れ、イネの被害状況や被災した住宅の復旧建築現場を視察した。

・ハルビン工業大学を視察して、国防科学技術に対する貢献についての状況を視察した。

 黒竜江省は、7月末~8月初旬の台風五号が変化した熱帯低気圧による洪水被害がひどかった地域の一つなのですが、「いつもの地方視察と同じようなニュース映像」でした。私の率直な感想は「洪水被害が中国国内でこれだけ問題になっている中、被災してから一ヶ月以上経過してから被災地を訪問するのはあまりにタイミングが遅すぎる」「ニュースでの報じ方においても洪水関係に全く重点が置かれていない」「『水をかぶったけれども何とか成長しているイネを見たり、住宅の復旧建築現場を見たりするだけで、洪水被害のひどさがわかるのか!』と感じる視聴者が多かったのじゃないかなぁ」というものでした。

(注)習近平氏の自然災害被災地の視察って、いつも「こんなもん」です。2020年8月の洪水被災地の訪問において、自ら長靴を履いて住宅から泥を掻き出す作業をしている住民と直接言葉を交わした李克強氏の洪水被災地視察との様子の違いについては、このブログの2020年8月22日付け記事「習近平氏の安徽省視察と李克強氏の重慶市視察」をご参照ください。

 G20の欠席や黒竜江省視察を含めて一連の習近平氏の言動から私が感じているのは以下の点です。

○習近平氏は重要な具体的政策課題について何も言わないのは、自分が責任を取りたくないからだ。外国首脳との原稿なしの直接対決となる会談(場合によってはそれをテレビカメラの前でやらざるを得ない)が避けられないG20には出たくない、と習近平氏は考えたのだ。

○中国共産党及び中国政府の各担当者が自分(習近平氏)に忖度してそれぞれがバラバラな判断をしているのだが、習近平氏はその状態を是正することができない(組織運営の改善について相談できる側近が周囲にいない)。

 「習近平氏は責任あるリーダーで、自分で責任を持って諸問題を解決しようとそれぞれの担当者たちと懸命に検討している」という「リーダー像」を中国人民の前に見せたいのだったら、そういうふうな地方視察スケジュールを組んで、そういうふうなテレビニュースの映像を編集するでしょ、それができていないのだから少なくとも「優れたPR担当の側近」が習近平氏の周囲にいないことは私にもわかります。

 最も大きな問題は、不動産企業の経営危機問題から出発して、金融危機の発生や地方政府の財政破綻の問題が懸念される中、迅速で大きな判断を必要とするこれらの問題に対処するための機能を習近平氏の中国共産党は持っているのだろうか、という懸念が中国国内でも広まっているのだろうと想像されることです。様々な危機を警告するサインが出ている中で、習近平政権は、タイムリーかつ有効な手段を打てていないからです。

 8月30日、中国人民銀行と中国金融監督管理総局が住宅ローンの頭金比率と金利の引き下げの方針を示し、9月1日までに北京、上海、広州、深センの四つの「一線都市」が一件目よりも条件が厳しくなる「二件目以降」の認定基準を緩和したことにより、この一週間、北京や上海では新築及び中古マンションの販売が急速に増えているそうです。ただし、多くの不動産の専門家は、この動きは短期的かつ住み替え需要が強い「一線都市」の範囲に留まると見ており、全国規模の不動産市場の危機的状況を根本的に変えることにはならないだろうと見ています。

 こうした中、今、外国企業や中国の富裕層による中国国外への資産の持ち出し(キャピタル・フライト)が現実化しているのではないかと懸念されています。中国人民銀行は人民元の対米ドルレートがあまり下がらないように様々な手段を講じていますが、人民元安の圧力は収まっていません(今日(2023年9月9日(土)付け日本経済新聞朝刊11面記事「人民元15年9ヵ月ぶり安値 対ドル、米との金利差拡大で 中国、過度な変動阻止へ」参照)。私はこうしたキャピタル・フライトの背景には「仮に金融危機のような状態が起きても習近平政権は適切に対応できないのではないか」という懸念が広まっていることがあるのではないかと見ています。

 1976年10月、中国共産党は自ら「四人組」を逮捕することによって文革派グループの支配による中国共産党の機能不全を阻止しました。トウ小平氏を復活させて、1981年6月に「文革」を批判する「歴史決議」を打ち出すまで、約5年の年月を掛けて、中国共産党は「文革体制」から「改革開放」の体制に自らを自己修正したのでした。仮に現在の習近平体制に中国共産党の組織としての機能不全をもたらす状況があるのだとしても、それを自ら修正する能力を中国共産党は持っていないのでしょうか。

 一番問題なのは、「文革」から「改革開放」までの中国共産党の自己修正には5年の年月が掛かったの対し、現在、目の前に存在している不動産企業の経営危機から金融危機・地方政府の財政破綻への移行の危機は、それだけの時間待ってはくれない、ということです。1990年の日本の平成バブル崩壊も2008年のアメリカのリーマン・ショックも、その対応は適切ではなかったかもしれませんが、少なくともこの時点で日本やアメリカの政府は「通常モード」で機能していました。現在の中国共産党の内実が「機能不全」の状態にあるのだとしたら、仮にそこに金融危機のような状態が発生したら世界は今まで経験したことのない混乱に陥ることになるのかもしれせん。

 人民元安に現れている中国国内からの資金流出(キャピタル・フライト)は、中国国内にいる企業や富裕層がそういう事態になることを懸念して起きているかもしれないことを私たちは軽く考えてはいけないと思います。

 

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2023年9月 2日 (土)

中国マンション市場に蔓延する不安の行方

 ここのところ、私は毎日ネットでテンセント網・房産チャンネルをチェックしていますが、この一週間、以下の二つの「解説動画」が目に付きました。日本語としては適切な表現ではありませんが、中国のネットの雰囲気を知って頂くために、あえて中国語を直接的に日本語に置き換えたタイトルを下記に掲げます。

○日本の核排水の海洋放出は沿海地区のマンション市場に影響を及ぼすのか?(2023年8月28日アップ)

○日本の核排水は5日間で既に千トンを超えているが、これは沿海都市のマンション価格に影響を及ぼす可能性はあるのか?(2023年8月29日アップ)

 タイトルは刺激的ですが、この「解説動画」で解説されている内容は極めて「まとも」です。これらの「解説動画」でなされている解説のポイントは以下の通りです。

・沿海都市部における海産物を扱う飲食業、観光業、養殖業等に影響が出る可能性はあるが、居住環境に直接影響するわけではないので、沿海地区におけるマンション市場に与える影響は小さいと考えられる。

・沿海部のマンションを買う人の中には「おいしい海産物を食べたいから」という人もいるだろうが、多くは「海の見える家で落ち着いた気分で住みたい」と考えて沿海部にマンションを買っているのだろうから、日本の「核排水」の海洋放出が沿海部のマンション市場に影響を及ぼすとは思えない。

・多くの場合、時間の経過によって、今回の海洋放出のような案件に対する懸念は段々に薄れてくるので、直近はある程度の影響があったとしても、将来的には影響は小さくなっていくだろう。

・沿海部の海の見えるマンションを購入している人の多くは投機目的であり、実際に住みたいと考えてマンションを買う人は必ずしも海が見える沿海部のマンションにはこだわらない。大連等においては、投機目的の購入者が減ったことにより、沿海部のマンションの売れ行きは既に落ちているので、日本の「核排水」の問題がこれから沿海部のマンション市場に直接の影響を及ぼすとは考えられない。

・政府による最近のマンション市場に対する政策の動向の方が最も着目すべき重要な事項である。

 上記の二つ目の動画は、最初の部分で「日本の核排水は5日間で既に千トンを超えているが、これは沿海都市のマンション価格に影響を及ぼす可能性はあるのか?」というタイトルが表示された後、その表示の上に「×」印が表示されて、タイトルのような問いを否定する立場であることを明示していました。

 「解説動画」は「まとも」なのだとしても、どうしてこういう解説動画がアップされるのか、という点がポイントだと私は思います。おそらくはネット上には日本のALPS処理水の海洋放出が中国の沿岸部のマンション価格の暴落を招くのではないか、と本気で心配している中国の人々がたくさんいるからこそ、それに対する答えとして、上記のような解説動画がアップされているのでしょう。私が感じたことを率直に言わせてもらえば、これは、中国のマンション市場に関心のある人の間には、昨今の中国のマンション市場の状況を踏まえて、相当程度に「戦々恐々たる不安心理」が既に蔓延していたことが背景にあるのだろうなぁ、ということです。

 中国政府がどういう目的意識で日本によるALPS処理水の海洋放出に対する反対気運を煽っているのか私には理解できていません。こういった中国政府のやり方は、中国社会の中の様々な方面において人々の不安心理を高めているように見えますが、それが中国政府にとってプラスであるとはとても思えないからです。「日本を不安・不満のはけ口にしようとしているのだ」と考えている人もいるようですが、塩が買い占められたり、中国産の海産物も売れなくなったり、沿岸部のマンション価格が下落するのを心配するような人が増えたりすれば、中国政府にとってプラスになることは何もないと思います。

 中国の巨大不動産企業のトップ2である碧桂園と恒大がともに経営破綻するかもしれない、という厳しい状況にある中、この問題に対する中国政府の対応が鈍いことが中国の人々が抱く不安の根本的な原因だと私は思っています。普通の国では、こうした人々が不安を抱くような経済低迷が起こった時、人々を落ち着かせるために政府のトップ政治家はテレビカメラの前で演説し「断固としてこの危機的な状況に対応していく決意だ」と人々に訴えかけるものだと思います。それは、どの国でも(ロシアのプーチン大統領でさえ)同じでしょう。しかし、中国の習近平氏は、そういう訴えかけを全くしません。「訴えかけをしない」どころか、そもそもテレビのニュースに登場しません。

 私は毎日スカパー!の「大富チャンネル」で中国中央電視台夜7時のニュース「新聞聯播」を見ています。「新聞聯播」のトップニュースは毎日ほとんど必ず「習近平氏は・・・」で始まるのですが、これらは過去の視察時の映像等を使って「習近平氏の指示によりこれだけよくなった」といったたぐいの話がほとんどです。「新聞」(ニュース)という意味では、2023年8月は習近平氏は(過去の視察時の録画映像等を除けば)「新聞聯播」にその姿を見せたのは三つの場面しかありませんでした。8月22日からの南アフリカでのBRICS首脳会義関連の会議に出席した時、8月26日に南アフリカからの帰途に新疆ウィグル自治区に立ち寄って視察した時、8月31日に北京で開かれた第11回全国帰国華僑・華僑家族代表大会に出席した時の三つです。この8月は洪水被災地の視察もありませんでした。

 7月24日の中国共産党政治局会議の後、結局、習近平氏は、不動産市場が直面する危機的状況については何もコメントしないまま時間が経過しています。

 こうした中、8月31日、中国人民銀行と金融監督管理総局は連名で、住宅ローンの頭金比率の引き下げ、住宅ローン金利の引き下げ及び既存の住宅ローンの返済者が新しい低い金利のローンに借り換えできるように銀行と交渉できるようにすることを発表しました。さらに、先に方針が示されていた「一件目の購入か二件目以降の購入かを判定する基準」を緩和し、例えば、他の都市で住宅を持っていた人が大都市に住み替える場合、またはよい条件の住宅に住み替える場合には「二件目」(条件が厳しい)ではなく「一件目」(条件が緩い)として判断するようにする、といった政策変更も実行に移されることになりました。

 これらの新しい政策について、テンセント網・房産チャンネルの解説動画では「過去の中で最も有利な条件が示された」と評価しています。これまでは、投機目的のマンション購入を抑制するため、二件目以降の購入については非常に厳しい条件が課されていたからです。ただ、今回の政策変更がマンション販売の大幅な促進に繋がるかどうかは評価が分かれています。「住み替え需要は大きいので今回の政策変更は明らかにマンション市場にとってプラスだ」という見方がある一方、「マンション市場に対する信頼感が失われたのが最大の原因なのだから、今回の政策変更によってはマンション市場の難局を打開するのは難しい」とする見方もあります。

 いずれにせよ、国慶節の大型連休を挟む9月と10月は、中国のマンション業界では「金九銀十」と言われるように、マンション販売の「かきいれ時」なので、これから二ヶ月の中国のマンションの販売動向がどうなるのかに注目する必要があると思います。

 ただ、私が一番気になっているのは、今回のような「頭金比率や金利の引き下げなどの住宅ローンにおける条件の緩和」は個人の住宅購入には影響を与えるだろうが、これまで多くの企業が行ってきた「企業資産としてのマンション購入」には今回の政策変更は影響しない、ということです。これまでマンションの資産価値は一貫して上昇してきたので、中国の多くの企業では、業績が好調で資金に余裕がある時にマンションを購入しておき、資金が必要になった時には保有しているマンションを担保にして銀行から資金を借りる、というのを日常的な企業経理活動の一環として行ってきたと思われます。私は、このブログの2023年3月4日付け記事「習近平政権三期目の喫緊の課題は不動産市場対応」の中で、中国のネット上の記事に以下のような部分があったことを紹介しました。

「これまでの住宅市場の活況の中では、企業が最大の『炒房』(投機目的のマンションの売買)の主体だった。新華ネットのデータによると、2017年のA株を上場している企業3,582社のうち1,656社(46.23%)が投資用マンションを保有しておりその時価総額は9,904億6,600万元だったが、2019年第三四半期末には、上場企業3,743社のうち1,826社(48%)が投資用マンションを保有しておりその時価総額は1兆3,340億元に増加していた。多くの上場企業は本来業務ではなく投資用マンションの売買で利益を上げ、上場企業としての地位を保っていた。」

 上の記事で言っている企業による「炒房」(投機目的のマンションの売買)は個人向け住宅ローンの対象ではありませんから、今回の政策変更では何の影響も受けません。従って、今回の政策変更によっては企業による投機目的のマンション購入は復活しないでしょう。だとすると、今後、「値下げ禁止令」を緩和すれば、やはりマンション価格は下落するでしょう。そうなると、企業が保有しているマンションの資産価値は下落し、バランス・シートの悪化によりその企業の経営は難しいものになるでしょう。これが中国全体に広がれば、いわゆる「バランス・シート不況」になります。

 この「バランス・シートの問題」については、日本経済新聞は非常に重要視しているようです。昨日(2023年9月1日(金))付け日本経済新聞朝刊1面には「中国主要不動産 債務超過リスク 11社、開発用地3割評価減なら」と題する記事が掲載されています。現在、経営危機に陥っている中国の主な不動産企業11社の資産のうち「開発用不動産」が6兆3,495億元あるが、この「開発用不動産」の評価額が3割下がるならばこれらの不動産企業は債務超過に転落する、とこの記事は書いています。

 中国の土地は公有であり、「土地使用権」を地方政府が不動産企業に売却し、現時点では地方政府がその土地に建てられたマンションの価格を下げないよう「値下げ禁止令」を出している、というのが現状です。つまり、中国の場合、土地の自由な売買は行われていませんから、土地の資産評価額は実際の経済上の価値を表しておらず、極端なことを言えば、土地の評価額は「単に帳簿の上に適当に置いただけの数字」に過ぎません。現在、マンションがなかなか売れない状況の中、「値下げ禁止令」を解除すれば、マンション価格や土地の評価額はすぐにでも3割程度は下落するかもしれません。そうなれば、日経新聞が書いている11社の大手不動産企業は全て債務超過状態になる、ということです。

 この話は「不動産業界」だけに留まりません。上に書いたようにA株を上場している企業の半分近くが投資用マンションを保有しているという現在の中国経済の状況を踏まえれば、マンション価格が何割か下落すれば、バランス・シートが悪化する企業は、不動産業界以外の多くの分野で出現する可能性があります。

 日本経済新聞が一面の記事で中国不動産企業のバランス・シート問題について取り上げているのは、この問題は、中国経済の根幹を揺るがす極めて大きな問題であると認識しているからこそ、日本の経済関係者に警鐘を鳴らしたいと考えたからだと思います。

 一方、8月31日に打ち出された上に書いた住宅ローンの金利引き下げ等の政策は、もうひとつ別のインパクトをもたらします。それは中国の銀行の経営環境の悪化の問題です。テンセント網・房産チャンネルにアップされている解説動画によると、現在、中国で住宅ローンを抱えている家庭は4,000万戸超あり、そのローン残高総計は38.6兆元にも上るのだそうです。単純計算すれば、住宅ローン金利が1%引き下げられれば銀行収入が約4,000億元(約8兆円)減ることになります。今回の住宅ローン金利引き下げ等に併せて、銀行の預金金利も引き下げられるようですが、それにしても中国の銀行の経営には相当のプレッシャーが掛かると思います。銀行貸し出しの担保として差し入れられていた住宅200万戸が裁判所によって競売に出されている、という現状も気になるところです。マンション市況の低迷により、差し押さえた住宅が競売で売れなければ銀行は貸し倒れの損失をそのままかぶってしまうことになるからです。

 9月1日(金)、上海の株式市場では、最近の中国政府による株価押し上げ策に加えて、8月31日に打ち出された住宅ローン金利引き下げ等のマンション市場活性化策を好感して株価が上昇しました。私は銀行株に敏感な香港株式市場はどう反応するかなぁ、と思っていたのですが、9月1日(金)の香港株式市場は台風接近のため臨時の休場でした。海外投資家が多い香港株式市場が週明けの9月4日(月)にどういう反応を示すのか注目して見てみたいと思います。

 金融危機を引き起こさないようにするためには政府は非常に難しい舵取りが求められるのですが、最も重要なことは、政府が断固とした姿勢を示して危機を起こさないという決意を示し、素早く対応することです。1990年の平成バブル崩壊時の日本政府や2008年のリーマン・ショック時のアメリカ政府の対応は成功と言えるものではありませんでしたが、ごく最近、「小さな危機の芽」を何とか乗り切った事例がありました。以下の二つです。

★2022年10月、イギリスのトラス政権が「バラマキ政策」を発表した際、国際マーケットはイギリスの財政破綻を懸念して、イギリス国債売り、イギリス・ポンド売りが急速に進んだ。これを受けて、イングランド銀行は緊急の国債買い入れを行うとともにトラス首相は辞任して後任のスナク首相は前任者による「バラマキ政策」の撤回を決定した。このため、ポンドの急落、イギリス国債金利の急騰というパニック的状況は収まった。

★2023年3月、スイスの二大銀行の一つであるクレディ・スイスが経営破綻の危機に陥った時、スイス国立銀行が緊急融資を行うとともに、スイス政府が仲介してスイス最大の銀行UBSによるクレディ・スイスの買収を成立させた。これにより、クレディ・スイスの破綻による金融危機の発生は回避された(その過程で、クレディ・スイスのAT1債を保有していた投資家は損失を蒙った(結果的にAT1債保有者を犠牲にすることによって、金融危機への発展を防いだ))。

 いずれも、一週間程度の短い期間における素早い決断と実行でした。

 国際会議とか外国要人との会見とか、ほとんど「皇帝による儀式のような場面」でしかテレビのニュースに登場しない習近平氏にこの種の「金融危機に対する対応」ができるのだろうか、という感覚が、たぶん中国の不動産市場を見ている人が抱いている不安の最も大きな根本原因だと私は思っています。

 経済政策のプロだった朱鎔基氏が中国人民銀行総裁や国務院総理をやっていた頃、あるいは世界のエコノミストからも一目置かれていた周小川氏が中国人民銀行総裁であり李克強氏が国務院総理をやっていた頃には、私自身はこの種の不安感を持ったことはありませんでした(この頃は中国経済が順調に成長していたからでもありますが)。現在の中国人民銀行の幹部や現国務院総理の李強氏の「本当の実力」を私はよく知らないのですが、現在の習近平政権の体制で、今膨らみつつある「不動産問題に起因する金融危機の萌芽」にうまく対処できるのかなぁ、という不安を私は持っています。その不安感は、おそらくは中国の不動産市場に蔓延している不安感と共通のものだと思います。

 今回打ち出された住宅ローン金利引き下げ等の政策が効果を上げるのには半年とか1年とかの時間が掛かると思います。一方、恒大も碧桂園も次から次へと債券の償還期限を迎えます。何を目的にして政策を打っているのかよくわからない現在の中国政府ですが、中国の人々のためだけでなく、世界経済への影響を与えないようにするためにも、現在見え隠れする「金融危機の萌芽」を本物の「危機」にしないように何とかうまく対応して欲しいものだと思います。「本物の危機」になってしまったら、それは習近平体制自体の「危機」になるでしょう。問題は、それを認識して「金融危機の萌芽を本物の危機にしないための方策」を考え実行して習近平体制の「危機」を救うために働く側近が習近平氏の周辺にいるのか、ということです。もしいないのだとしたら、それは危機の時に体制を救うための人材を自ら切り捨ててしまった習近平氏自身の責任、ということになると思います。

 

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2023年8月26日 (土)

マンション価格の下落容認は正しい対策なのか

 不動産企業の経営危機の問題に対して、中国政府はパンチのある有効な手立てを打ち出していません。7月24日に開かれた中国共産党政治局会議の後、各地方政府ベースで、住宅ローンを組む際の頭金比率の引き下げや住宅ローン金利の引き下げ、住み替えのためのマンション購入の際の規制の緩和、手続きに関連する税金の低減などが打ち出されていますが、人々のマンション購入意欲が上向いたというところまでは行っていないようです。

 むしろ8月に入ってから、不動産企業最大手の碧桂園が社債の利息が払えないといった話や業界二位の恒大集団がアメリカの裁判所にアメリカ連邦破産法第15条の適用申請をするなど、事態が悪化しているように見えるニュースが続いていて、人々のマンション購入に対する慎重な姿勢はむしろ強まってきているようにさえ見えます。

 こうした中、ここに来て「値下げ禁止令でマンション価格を値下げさせないようにする政策をやめて、不動産企業が自主的判断で値下げ販売をできるようにし、値下げしてマンションを販売して得られた資金で建設が中断したマンション(爛尾楼)の建設を再開させるなど、不動産企業が自らを救う努力ができるようにすべきではないか」という議論が活発になってきています。これまでは、マンションの供給が需要より多くなっている現状にもかかわらず、中国の多くの地方政府は「マンション値下げ禁止令」を出してマンション価格が下がらないようにしてきているからです(このブログの2023年5月13日付け記事「中国経済の失速と習近平氏の対応」参照)。

 「マンションの値下げ販売の容認」が議論されるようになった理由は、最近、北京大学国家発展研究院の姚洋院長が「不動産企業が値下げ販売をすることを容認して、資金回収の道を開いて不動産企業が自主救済をしやすくすべきだ」という意見を発表したことと、中国地産報も同じような意見の評論を掲載したからです。中国地産報は、不動産業界のトップ紙で中国政府の住宅都市農村建設部と密接な関係があると考えられていることから、「値下げ禁止令をやめてマンションの値下げ販売を容認する」という方法は中国政府の内部で検討されている方策なのだろう、と多くの人が考えているようです。

 実際、マンションの値上がりがひどかった広東省珠海市で一部の不動産企業がマンションの値下げ販売を開始し、珠海市当局もその値下げを容認しているようだということが伝えられています。このことから、マンションの値下げ販売容認が今後中国全土に広がるのではないか、という見方が出つつあるようです。

 問題は、こうした動きが出ると、現在「様子見」をしている中国の消費者が「もう少し待てば自分が買いたいと思っている地域のマンション価格も下がるかもしれない」と考えて、さらに「様子見」を続けてしまい、結局は相当程度マンション価格が下がるまでマンションが売れない、という状況になるかもしれないので、「マンション価格下落容認」が現在の中国のマンション市場の問題を解決することになるかどうかはわかりません。

 そもそもマンションの供給過剰が明らかになる中、多くの地方政府が「値下げ禁止令」を出して、値引き販売をした開発業者を処罰する例も出たりしているのはなぜか、と中国の多くの人は考えているようです。多くの人は「今のマンションは価格が高過ぎるから買えないのであって、値段が下がればマンションは売れるようになり、問題は解決するはずだ」と考えているからです。

 その「なぜ中国の地方政府はマンション値下げ禁止令を出すのか」という疑問に直接的に答える「解説動画」がテンセント網・房産チャンネルにアップされていたのでポイントをご紹介します。この動画で解説している「値下げ禁止令が出される理由」は以下の四つです。

(1)「群体性事件」を懸念しているため

 不動産企業がマンションの値下げ販売を開始すると、周辺で既にマンションを購入した既存所有者が自分たちが持っているマンションの価値が下がるとして反対し、「群体性事件」(集団でデモを行って不動産企業に値下げしないよう訴える事件)を起こす可能性がある。そのような「群体性事件」はこれまで多くの地区で実際に起きている。地方政府はこういう「群体性事件」が起こることを避けたいと考えているため。

(2)システミック金融危機が起こるリスクを避けるため

 保有しているマンションを担保にして銀行から資金を借りている個人や企業は、マンション価格が下がれば担保価値が下がるので、銀行から借金返済または追加担保の差し入れを要求される。また、マンション価格が下がれば、これから資金を借りようとする個人や企業に対して、銀行はマンションを担保にして貸し出す資金の金額を引き下げる(いわゆる「貸し渋り」)。これが全国に広がれば、資金ショートが広がり、システミック金融危機を引き起こすリスクがあるため。

(3)価格低下によるマンションの品質の低下を避けるため

 販売されるマンションの価格が低下すると、開発企業はコスト削減を行って、結果的に販売されるマンションの品質が低下する可能性がある、また開発企業によるメンテナンス等のアフターサービスの質も低下する可能性があるため。

(4)土地財政収入の減少を避けるため

 地方政府は、土地使用権をマンション開発業者に売ることにより得られる収入を重要な財政収入源としている。マンション価格が下がれば、その分、マンション建設用に販売する土地使用権の価格も下げなければ売却できなくなり、結果として地方政府の財政収入が減るため。

 この解説動画では、そもそも不動産業界が死んでしまっては上の四つの理由について議論する意味すらなくなってしまうのだから、一定程度の「痛み」は伴うにしても、マンションの値下げ販売を容認して開発企業の資金回収を容易にし、開発企業の自救努力を促すべきではないか、と主張していました。

 仮に今後、地方政府が「マンションの値引き販売禁止令」を解除して、開発企業による値引き販売を容認するようになると、上記の4つの「懸念事項」が現実のものとして表面化してくる可能性があります。特に(2)と(4)は中国全体にとってクリティカルに重要な問題です。(4)の地方政府の土地財政収入の減少は、地方政府及び地方政府の傘下にある融資平台の巨額の債務の返済を困難にし、(2)の民間部門の資金ショートと相まって、中国全体の「利用できる資金の欠如」、いわゆる「流動性危機」を引き起こす可能性があります。マンションの値引き販売を容認するにしても、この「流動性危機」に至るまで事態が進展しないようにコントロールしながら状況を改善していくことは至難の業だと思われます。

 現在、おそらく中国内外の多くの企業や個人は、この不動産問題に端を発した中国における「流動性危機」の懸念を意識し始めていると思います。このため、資金を中国の国外に移すことができる企業や個人は、既に中国からの資金の退避を進めつつあるものと思われます。その状況は、外国為替市場において人民元レートに対する元安圧力として働きます。中国人民銀行は、かなりロコツに人民元安を食い止めるため、人民元を買い支えたり、(投機筋による人民元売り仕掛けをさせないようにするため)オフショアでの人民元の吸い上げを実施している模様です((参考)2023年8月21日19:17配信ロイター通信「中国国有銀、オフショア人民元の流動性吸収 人民元安阻止か」、2023年8月22日10:31配信ブルームバーグ通信「中国、人民元安への対応強化-調達コスト引き上げや中心レートで」)。

 毎度書いているのですが、私が一番心配しているのは、こうしたかなり厳しい状況にある中国の不動産市場の状況に対して、習近平主席や李強総理が「何もコメントしない」どころか、改善へ向けて動いている雰囲気すら感じられないことです。習近平氏は、8月になってからその姿を中国中央電視台夜7時のニュース「新聞聯播」に見せたのは(過去の視察等の録画を除けば)8月22日にBRICS首脳会義に出席するために南アフリカのヨハネスブルグに到着した時のものが最初でした。

 そもそも習近平氏や李強氏が中国が抱える重要な政策課題について「何もしない」姿勢はちょっとひどすぎると思います。

 日本のALPS処理水の海洋への放出に対する中国政府の対応は相当程度常軌を逸しており、日本産水産物の全面輸入禁止や日本産水産物の加工食品への使用禁止などの措置は「科学的根拠がない」どころか「理屈が立たない」と言えるほどだと私は思うのですが、これらについて李強氏も習近平氏も何もコメントしていません(コメントしているのは日本で言えば「官僚レベル」の外交部報道官)。そもそも日本が行った処理水の海洋放出に対して中国が対抗措置を出した8月24日、習近平氏は南アフリカにおり、李強氏は広東省を視察中で、二人とも北京にはいませんでした。

 8月初旬に北京・河北省や東北三省を襲った大規模な洪水被害についても、李強氏は8日に国務院常務会議を開催して洪水対応について議論し、習近平氏は8月17日に中国共産党政治局常務委員会を開催して洪水対応について議論していますが、二人とも何のコメントも出していないし、洪水の被災現場にも出向いていません。

 世界中の経済関係者が懸念している不動産市場の問題については、習近平氏も李強氏も何もコメントしないし、これらに対応する会議も開かれていません(政府関係部局の担当者の会議についてはいくつか報道されていますが、7月24日の政治局会議の後、習近平氏や李強氏が参加した会議で不動産企業の問題について議論されたという報道はありません)。

 上で紹介した「マンション価格の下落を容認する政策」についても、習近平氏や李強氏が検討の議論に参加しているという話は聞こえてきません。マンション市場への対処に関しては住宅都市農村建設部、人民元安と資金流出の件については中国人民銀行に任せ、これらの政策がうまくいかなかったらそれぞれの担当部署のせいだ、と主張するつもりなのでしょうか。様々な行政上の政策については国務院総理である李強氏が、その他も含めて全ての中国の行動については国家主席であり中国共産党総書記である習近平氏がトップとして全ての責任を取る、という姿勢を見せていないことが、今の中国の習近平体制の最も重大な問題であると私は考えています。

 習近平氏は、これまで「うまく行ったら自分の功績だ」「うまく行かなかったら担当した部下の責任だ」というふうに対処してきたように見えます。これからもそのように振る舞うのだろうと思いますが、それで中国の人々はついて行くのでしょうか。

 不動産企業の危機の問題は、最終的な中国経済全体の「流動性危機」にまで発展するのか、それともそれを防ぐことができるのか、結局はそれはトップとしての習近平氏の責任である、ということを是非とも内外に示して欲しいと思います。

 

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2023年8月19日 (土)

中国版リーマン・ショックのプロセスが始まった模様

 米国時間の木曜日(2023年8月17日)、中国不動産企業大手の恒大(英語名:エバー・グランデ)がアメリカ連邦破産法第15条の適用をニューヨークの裁判所に申請しました。この案件自体は、かねてより経営危機が深刻化している恒大集団がアメリカにおける経営再建を図るための手段としてアメリカの法律を利用した、ということなのですが、「連邦破産法」という法律の名前が多くの人にショックを与えたようです。このニュースをきっかけにして日本のテレビでも中国の不動産企業の経営危機問題に関するニュースを集中して放送するようになっています。

 この一週間、中国経済の状況に関する懸念が一気に広がったのは、先に米ドル建て債券の利息の支払いができなかったことを発表した碧桂園(英語名:カントリー・ガーデン)や恒大の問題のほかに、中国の資産運用会社の中植企業集団関連の高利回りの投資商品の支払いが滞っていることが明らかになったからです。中植集団の件については、ブルームバーグが8月18日付けで「中国の隠れた金融リスク、影の銀行巡る急展開で露呈-安定試す試練に」と題する記事を配信しています。

 以前から懸念されていたことですが、複数の大手不動産企業の経営危機が金融関連にも影響を及ぼし始めているという点で、多くのマスコミ等では「中国版リーマン・ショック」のプロセスがいよいよ始まった、という捉え方をするようになっています。本当の「ショック」になるかどうかは、これからの中国政府の対応いかんに掛かっていると思います。

 複数の出来事がさみだれ式に報じられていますので、事実関係について、現在までのところの状況をまとめて列記しておきたいと思います。

【2023年】

8月9日(水):
 かつて中国不動産企業の最大手だった碧桂園が8月6日に支払い期限を迎えていた二つのドル建て債の利息の支払い(総額2,250万ドル)を履行できなかった、と発表した。2021年に業界二位の恒大集団においてドル建て社債の利息を支払えないことが明らかになったことが恒大集団の経営危機の問題が表面化するきっかけになったので、多くの人が「ついに碧桂園も恒大と同じ道を歩むことになった」と受け取った。

8月10日(木):
 碧桂園は、8月10日、今年(2023年)1~6月の最終利益が450~550億元(約9,000億円~1兆1,000億円)の赤字になる見通しだと発表した。

8月13日(日):
 碧桂園は、香港証券取引所に対し、14日(月)から同社と関連会社が発行する人民元建て社債11本の取引を停止する、と届け出た。14日(月)、ブルームバーグ通信は、碧桂園が9月2日に償還期限を迎える人民元建て債の支払い期限を延長し3年間にわたって分割で支払う案について、一部の債券保有者に打診していると報じたが、この件が社債取引停止の背景にあると思われる。

8月14日(月):
 中堅どころの中国不動産企業の遠洋集団(英語名:シノ・オーシャン)が2023年1~6月期の純損益が最大200億元(約4千億円)の赤字になる見通しだと発表した。また、利払いが滞っていた同社の米ドル建て社債の取引が停止となった。遠洋集団は中国政府系の不動産開発企業であり、民営か政府系かに関係なく不動産企業が苦境に陥っていることが改めて浮き彫りとなった。

8月15日(火):
 産経新聞が朝刊2面で「中国信託大手支払い遅延」との見出しで、香港メディアが14日、中国の信託大手である中融国際信託の顧客企業の一部が、期限を迎えた信託商品の支払いが滞っていることを明らかにしたと報じた、と書いた。この産経新聞の記事では「中融国際信託の主要株主は中国の資産運用大手、中植企業集団で、同社の流動性危機が支払い遅延と関連しているという憶測が広がっているという。」としている。また、この記事では「中植危機の根底には不動産バブル崩壊がある」と指摘している。

 同じく15日、中国人民銀行は事実上の政策金利であるLPR(ローン・プライム・レート)を計算するベースとなる市中銀行向け1年物金利(MLF:ミディアムターム・ファンディング・ファシリティ)を0.15%引き下げて2.50%にした。また、同じく15日、中国国家統計局が2023年7月の経済統計データを発表したが、その際、これまで発表してきた年齢層別失業率の発表を一時停止すると発表した。

8月16日(水):
 日本経済新聞は朝刊1面トップで「世界景気、中国変調が影 7月の生産鈍化 若年失業率公表せず」という見出しの記事を掲げた。

 同じく16日、中国国家統計局は2023年7月の主要70都市の住宅価格を発表した。それによると、新築住宅価格は70都市中49都市で下落、中古住宅価格は70都市中63都市で下落した、とのことである。

8月17日(木)(米国時間):
 中国恒大集団は、アメリカにおいて外国企業が破産手続きを行うためのアメリカ連邦破産法第15条の適用をニューヨークの裁判所に申請した

8月19日(土)
 日本経済新聞は朝刊1面トップで「中国金融 膨らむ火種 不動産大手・恒大、米で破産法申請」という見出しの記事を掲げた。この記事の中で「17日の上海外国為替市場で一時1ドル=7.318元と22年11月に付けた安値(7.328元)に迫った」と報じた。

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 「主要70都市の住宅価格」などのような中国政府が発表する不動産市況に関するデータは意図的に「隔靴掻痒」(かっかそうよう)なものにしている(わざとわかりにくい数字を出している)ように見えますが、中国のネット上には結構詳細でストレートなデータがアップされています。このブログでもたびたび紹介しているテンセント網・房産チャンネルにアップされる不動産専門家の王波氏による「解説動画」では具体的な数字を掲げて解説しているので、参考までに最近の王波氏の「解説動画」で示された不動産市況に関連する具体的数字をご紹介したいと思います。

【2023年8月13日アップ「マンション市場で五大変化が発生 市場はどちらへ向かうのか」に出てきた数字】

○マンション市場の規模は2021年がピークだった。2021年上半期のマンション販売面積は8億平方メートルで、通年では18億平方メートル近く、販売金額は18兆元を超えていた。一方、2022年上半期の販売面積は6.8億平方メートル、2023年上半期の販売面積は5.9億平方メートルと明らかに減少している。販売金額は30%減少している。

○全国のマンション販売面積は2003年には3億平方メートルには達していなかったが、2021年に18億平方メートルになり、これがピークになると思われる。専門家の分析によると、都市人口の状況を踏まえれば、新規需要や住み替え需要等により毎年10億平方メートル程度の需要は今後も続くと思われる。

○マンションの全国平均販売価格は2021年までは上昇してきたがその後は下落傾向にある。2023年は5年前と同じ水準であり、全国平均価格で言えば一平方メートル当たり10,139元が9,433元に下落している。価格の下落傾向が厳しい四線、五線都市(地方の小規模都市)では、現在の価格は7~8年前の水準に戻っている。

○消費者の購買意欲は減退している。あるアンケート調査によると住宅購入を検討していた家庭の6割が購入計画の延期または取り消しをしており、3割が住宅購入自体を断念したとしている。

○投機目的の住宅購入者はマーケットから去った。このため中古市場における投げ売りが激増している。主要13都市(北京、上海、広州、深セン、重慶、成都、南京、天津、武漢、西安、瀋陽、杭州、合肥)では今199万戸の中古マンションが売りに出ている。2023年初には159万戸だったことを考えると25%の増加である。これに加えて、200万戸の法拍房(裁判所が差し押さえて競売に出しているマンション)があることを考慮する必要がある。

○投げ売り戸数が多いTOP3の都市は、重慶22万戸、上海20万戸、成都18万戸であり、増加スピードのトップ3は、上海+82%、武漢+72%、西安+40%である。

○現在「保交楼」(建設工事が停止したマンションの建設工事を再開して住宅購入者に確実にマンションを引き渡すこと)が最も重要な課題であるが、全国に1,100か所ある爛尾楼(建設工事が停止したマンション)プロジェクトのうち2023年5月の時点で「保交楼」が実現したのは34%である。政府は「保交楼」を促進するための政策を講じているがその効果は遅い。地域によってもばらつきがあり、華南では56%、華東では40%、華中では16%、西南では15%である。

【2023年8月15日アップ「遠洋の『爆雷』はさらに不安を増大させるのか マンション市場は深みにはまった」に出てきた数字】
(タイトルの中国語原文は「遠洋爆雷更可強怕 楼市進入深水区」)

○8月14日早朝、遠洋集団が13日に支払い期限が来た2,094米ドルの社債の利息を支払えなかったと発表した。これまで碧桂園、恒大、融創などトップ30の不動産企業の中で20社が「期限通りに支払いができなかった」と発表している。

○2023年時点で、トップ3の不動産企業が抱えている負債は恒大2.4兆元、碧桂園1.4兆元、融創1兆元である。

○中国の不動産企業が「期限通りに支払いができなかった」米ドル建て債は、2021年には244.78億ドル、2022年には486.98億ドルだった。2023年には770億ドルが見込まれている。

 テンセント網・房産チャンネルには、王波氏によるもののほかにも数多くの「解説動画」がアップされていますが、ほとんどの「解説動画」でアドバイスされているのは「本当に住む必要がある方だけマンション購入を検討してください」ということです。また、多くの「解説動画」では「あわてずに政府の政策の効果がどのように出るかを慎重に見極めてください」とアドバイスしています。

 また、現在の中国のマンション市場の状況が中国経済全体にどのような影響を及ぼす可能性があるかを解説した「解説動画」も数多くあります。深刻な影響が出る可能性について率直に解説がなされており、中国経済の状況を知りたい日本の人にも参考になると思うので、そのいくつかを下記にご紹介します。

☆マンション開発企業の多くが負債を抱えて建設工事がストップしていることにより、建設業者への支払いが滞り、従って建設業者で働く労働者の賃金の支払いも滞っている。一方、代金を支払ったのにマンションを引き渡してもらえない購入者は引き続き住宅ローン返済に苦しんでいる。こうして、中国全体で数多くの人々が支出を控えざる得ない状況になっており、これが中国全体の消費の低迷を招いている。

☆「爛尾楼」の購入者の間に「マンションを引き渡してもらえないのだから、住宅ローンの返済をストップする」という人が増えているが、これは銀行の大きな収入源の一つである住宅ローン返済金が減ることであり、この傾向が広まると銀行の経営にも支障が生じることになる。

☆中古マンションの投げ売りが増えていることから、法拍楼(裁判所が差し押さえて競売に出しているマンション)も売れない。法拍楼は、銀行が借金の抵当として差し押さえたものであるから、法拍楼を売って現金化することができなければ銀行は借金の貸し倒れで蒙った損失の補填ができない。従って、法拍楼が現金化できない状態が続けば、銀行の経営にも問題が生じることになる。

 私は最後の指摘は非常に重要だと思います。そもそも現在の法拍楼200万戸の中には住宅ローンを返せなくなった個人がマンションを銀行に差し押さえられたケースもあると思いますが、企業が保有するマンションを担保として銀行から借金をし、それが返せなくなったために企業保有のマンションが裁判所によって差し押さえられたというケースも数多くあると思います。つまり、中国の企業では「業績がよくて余剰金がある時にマンションを購入しておき、資金が必要になった時には保有するマンションを担保として銀行から借金をする」ということが多く行われていたと思われます。「解説動画」の中でも「投機目的でマンションを購入しているのは個人というよりは企業の方が多い」と指摘している人もいました。企業が資産保有の一環としてマンションを数多く所有しているという状況は、マンション市況の低迷がマンション業界とは関係のない一般の業界においても「バランス・シート不況」を直接的に広めることになります。それを考えると、日本の平成バブル崩壊期にも話題になった、不動産市況の低迷に伴う「バランス・シート不況」は既に中国でも始まっていると考えるべきだと思います。

(参考)野村総合研究所主席研究員のリチャード・クー氏は「週刊東洋経済」(2023年8月5日号)の「台湾リスク」に関するインタビュー記事の中で「『バランスシート不況』の中国に台湾に侵攻する余裕はない」と発言しています。

 ある「解説動画」では、中国の著名なエコノミストの馬光遠氏と任沢平氏が恒大と碧桂園の救済を主張していることを紹介していました。巨大企業を政府が救うことには反対の意見があることを承知しつつ、彼らは巨大不動産企業の破綻によって金融危機が発生することにより多くの人々が苦しむことになるのは避けるべきだ、と主張しているのです。たぶん、経済学者なら誰でも知っている「2008年3月にアメリカ政府はベアー・スターンズは救済したが、同年9月にリーマン・ブラザーズは救済しなかったことがリーマン・ショックという金融危機を招いた」という事実を彼らが念頭に置いていることは間違いありません。

 こういう状況を踏まえれば、2023年の中国がリーマン・ショックの起きた2008年のアメリカと同じような状況にあることは間違いないと思います。

 問題は、冒頭に書いたように、こういう状態に対して、中国政府がどのような対応策を講じるか、です。「中国共産党は日本の平成バブル崩壊もアメリカのリーマン・ショックもその経験をよく学習している」と言われてきました。なので、何とか対処できるのではないか、と考える人もいるようです。ただ、私は「もし仮に中国共産党が日本の平成バブル崩壊やアメリカのリーマン・ショックの経験を本当によく学んでいるのだったら、中国の不動産バブルがここまで大きくなる前の段階で何らかのバブル防止策を講じたはずだ」と考えています。なので、中国政府が現在の状況に適切に対処できず、「中国版リーマン・ショック」が実際に起きてしまう可能性はかなり大きいと覚悟しておくべきだと私は考えています。

 なお、今日の文章では「中国版リーマン・ショック」という表現を使いましたが、実際は、中国のマンション・バブル崩壊に起因する経済危機の過程は、おそらく2008年のアメリカのリーマン・ショックよりも1990年以降長期にわたって事象が展開した日本の平成バブル崩壊に似たプロセスをたどることが予想されます。その理由は以下の通りです。

○「リーマン・ショック」は、健全だと思われていたリーマン・ブラザーズが突然経営破綻し、世界に衝撃が走った。一方、中国の不動産企業の経営危機は、かなり以前からそのリスクは認識されており、外国の関係者は相当程度の警戒感を持って中国の不動産企業との関係を築いていたものと思われるので、「リーマン・ショック」のような「驚きによる衝撃」は少なく、「危機」が拡散することになったとしても、そのスピードは急激なものではなく、一定の時間を掛けたものになるだろうと予想される。

○リーマン・ブラザーズは全世界の企業や投資家とビジネス関係を持つグローバルな会社であったことから、その破綻は世界全体に一気に拡散した。それに対し、中国の不動産企業や金融関連企業は、基本的に中国国内でのビジネスが中心であり、中国以外の国々との関係はそれほど深くない。この点、「バブル崩壊」の影響が基本的に日本国内に留まった日本の平成バブル崩壊の方に類似性がある(ただし、現在の中国の不動産危機が日本の平成バブル崩壊と同じようなプロセスをたどる場合は、その影響の規模は日本の平成バブル崩壊の影響を遙かに上回る大規模なものになることには注意が必要である。諸外国の企業や投資家が中国の不動産企業や金融関連企業と直接の関係を持っていなかったとしても、巨大な中国経済が深刻な低迷に陥ることにより、全く別の分野で中国と関係している諸外国の企業や投資家に対して通常のビジネスを通じた影響が及ぶ可能性があるからである)。

 そして最も重要なのは、この危機の萌芽が明らかになっている現状に対して、中国政府が(ということは中国共産党が)どのように対応するか、ということです。世界中が中国経済の状況に対して懸念を持っているのに、習近平主席も李強総理も何もコメントしていません(コメントしないどころか、習近平氏は8月になってから録画のものを除いて一度もテレビのニュースにその姿を見せていません)。

 行政トップによるコメントがないどころか、中国国家統計局は、8月15日の月例の経済指標発表の席において、従来発表していた年齢別の失業率のデータの発表を一時取りやめると発表しました。これは世界に対して「中国政府は経済危機にまじめに対応するつもりはありません」と宣言しているのに等しい行為だと私は思っています。中国政府が(というよりそれを支える中国共産党が)経済危機に対してまじめに対応するつもりがない(ようにしか見えない)という点こそが、現在の中国の経済危機が日本の平成バブル崩壊やアメリカのリーマン・ショックを超える世界に対する最も重大な危機であると私は考えています。

 

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2023年8月12日 (土)

外から見えてしまう中国国内での習近平氏への不満

 台風5号とそれが変化した熱帯低気圧がもたらした北京・天津・河北省と東北三省(遼寧省、吉林省、黒竜江省)での大雨・洪水被害はかなりひどいもののようです。先週土曜日(2023年8月5日)の中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」では、トップニュースとして、10分以上の時間を費やして、この洪水被害に対応する地方政府や人民解放軍などの活動を報じていました。

 大雨や洪水は、毎年、中国のどこかの地域で必ず起きる自然災害ですが、結構大きな被害が出ても「新聞聯播」のトップニュースで災害の状況の映像を流すことは滅多にありません。普通はトップでは「習近平氏は人命救助を最優先に災害に対応するよう関係機関に指示した」などと報じるだけで、現場の映像がトップニュースとして流れることはほとんどありません(通常は、トップで「習近平氏が対応を指示した」と伝えた後、その他のニュースを報じた後の中盤くらいで現場の状況を伝える映像が放送される)。一方、2008年の四川巨大地震のような「本当にとんでもない自然災害」の場合はトップニュースとして現場の映像が流れることもあるので、それを考えると今回の北京・天津・河北と東北三省の大雨・洪水被害は相当に「とんでもない自然災害」だったのだろうと想像されます。

 この大雨・洪水のニュースは翌8月6日(日)付けの「人民日報」の1面トップ記事としても伝えられたのですが、改めて「人民日報」の記事を読んで、私は「あれっ?」と思いました。というのは、この日の「人民日報」の記事では、「北京では7月29日20時頃から8月2日7時頃まで大雨が降り続き・・・」といった説明が書かれていたからでした。中国のテレビニュースや「人民日報」などの自然災害の報道は「どれだけの被害が出て、何人の死者・行方不明者が出たか」という事実関係の情報よりも、「中国共産党地方組織や地方政府、人民解放軍は災害復旧に全力を尽くしています」という内容が報道の中心なので、他国のマスコミよりも迅速性に欠けるのですが、それにしても8月2日朝まで降った大雨の被害のニュースを5日夜のテレビニュースと6日の「人民日報」で報じるのは、中国の自然災害の報道のタイミングに慣れている私の感覚から言っても「遅すぎる」と感じたのでした。

 もうひとつ気が付くのは、これだけ大きな自然災害なのに、国家主席の習近平氏や国務院総理の李強氏がテレビの画面に全く登場しない、ということです。現場での映像に登場したのは「習近平氏の委託により派遣された張国清副総理」でした。張国清氏は、政治局常務委員(いわゆる「チャイナ・セブン」)ではない中央政治局委員です。何か災害が起きた時に国家主席や国務院総理が現場に行かず、習近平氏の指示を受けた政治局常務委員ではない国務院副総理が現場に駆けつける、というのは、習近平政権になってからは「普通のパターン」なので、今回もそれに従っただけ、ということなのだと思います。ただ、2007年~2009年に北京に駐在していて、何か災害や事件が起きるとすぐに温家宝総理が現場に駆けつけた胡錦濤政権とはだいぶ違うなぁ、という印象を私は持っています(2008年5月の四川省巨大地震の時は、地震発生1時間後に四川省に向かった温家宝総理に代わって数日後に胡錦濤主席自身が四川省の現場に入りました)。

 今回、私が個人的に「これは災害対応時の初期報道としてはまずかったんじゃないかぁ」と思ったのは、8月3日夜の「新聞聯播」で政治局常務委員の蔡奇氏が河北省の北戴河にいる専門家を慰問したというニュースを流したことでした。北戴河は河北省の渤海湾沿いの避暑地で、毛沢東時代から、中国共産党の現役と引退した幹部が避暑のために北戴河に集まることが定例化していました。そこで自然発生的に新旧幹部の交流が行われ、重要な案件の「根回し」的なことも行われているのではないか、との推測に基づき、諸外国のマスコミは、中国共産党の新旧幹部が北戴河に集まることを「北戴河会議」と称して注目してきました。実態は形式ばった「会議」というようなものではないと思われるし、通常「北戴河会議」が開催されたというような報道発表もないのですが、毎年この時期(8月上旬)、「政治局常務委員が北戴河に集まった専門家たちを慰問した」というニュースが流れると、「あぁ、今年も『北戴河会議』が今開かれているんだなぁ」と内外にわかる、というのが通例です。

 今回のニュースに出てきた蔡奇氏は、中国共産党中央弁公庁主任という総書記の秘書官的な役割の人でもあるので、彼が北戴河にいるということは、総書記の習近平氏も北戴河にいるんだろうなぁ、と内外にすぐわかったのでした。私が「まずいんじゃないかなぁ」と思ったのは、首都北京を含めた地域で大雨・洪水の大きな被害が出ているのに、党と政府のトップの習近平氏が避暑地の北戴河にいる(ということは休暇中である)ことを内外に「宣伝」しちゃっていいのかなぁ、と思ったからでした。中国国内でも「これだけ大きな自然災害が起きているのに、習近平氏は北戴河で休暇中とはケシカラン」という不満が出たために、ちょっとタイミングは遅くなってしまったけれども、8月5日の「新聞聯播」と6日の「人民日報」のトップニュースとして、「党と政府は全力を挙げて洪水災害に対処している」と報じることになったのではないか、と私は想像しています。

 李強総理は、テレビの画面には登場しないのですが、8月8日に国務院常務会議を開いて大雨・洪水災害に対処について議論したことが報じられました。8月初めから8月15日くらいまでは夏季休暇期間なので、国務院常務会議は開催しないのが通例だと思うので、この8月8日の国務院常務会議は、通常とは異なる形で臨時に開いた会議だったのではないかと思います。このことも、「習近平主席と李強総理の体制は洪水対応が遅い」という批判が中国国内で起きたことに対するリアクションなのではないかと私は想像しています。

 大きな事故や自然災害が起きた時に中央政府のトップが現場に駆けつけるのがいいか悪いかは議論のあるところです。日本を含めて多くの国のトップの政治家は政治的パフォーマンスとして事故や災害の現場に迅速に駆け付けてテレビでその姿を全国に放送させる方が政治的にはプラスだと考えていると思いますが、習近平氏にはそういう発想は全くないようです。このことは「習近平氏は政治家というより皇帝のようだ」というイメージを内外に植え付けることに大いに寄与していると思います。

 さらに、昨日(8月11日(金))の「新聞聯播」のトップニュースは「習近平氏は砂漠化防止・緑化対策に尽力してきた」というニュースでした。その次のニュースが「大雨・洪水被害の復旧作業に関する続報」だったので、「なんで現在の洪水のニュースの前が過去の習近平氏の砂漠化防止のニュースなんだ。違和感あるなぁ。」と私は感じたのでした。それで思ったのは、これは習近平氏が食糧増産を目的とした「退林還耕」(胡錦濤政権までの砂漠化防止のために傾斜地の耕地を森林に戻す「退耕還林」政策を逆回転させる政策)を進めているので、これに対して「習近平氏も砂漠化防止・緑化対策には尽力してきましたよ」という言い訳をする意味があるのだろう、と私は想像したのでした。こうした「言い訳」を放送しているということは、中国国内に「習近平氏は『退林還耕』を進めて洪水対策を怠った」という批判が出ていることの裏返しだと私は想像したのです。

 こういうふうに「中国国内で習近平氏に対する批判や不満が高まっているようだ」ということが外から見て簡単にわかってしまう、というのが習近平政権の特徴かなぁ、と私は感じました(それに対し、私の経験からすれば、毛沢東政権末期に文革グループ(四人組)が進める路線に対する不満が中国国内の人々の間に高まっていたことは、少なくとも私の目には全く見えていませんでした)。「白紙運動」が起きてすぐに「ゼロコロナ政策」をスパッとやめたように、「人々が習近平氏に対する不満を高めている」ことを感じ取って、結構柔軟にスパッと路線を転換することが習近平政権の特徴なのかもしれません。

 そう考えると一昨日(2023年8月10日)、中国政府がコロナ感染対策として停止していた日本を含む諸外国への団体旅行を解禁したのも、人々の不満に対する対応策だったのかもしれません。現在中国はアメリカや日本に対して「戦狼外交」とも言える強硬路線を採っていますし、経済政策上も、資金の国外流出と人民元安を助長し、低迷する国内消費にとってはマイナスの効果がある外国への団体旅行解禁は、中国政府は本当は今はやりたくないはずです。それでも他の政策の方向性と一貫性のない国外団体旅行の解禁に踏み切ったのは、経済低迷で鬱積する中国国内の人々の不満を少しでも発散させる目的があったのではないか、と私は勘ぐっています。

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 大きな自然災害に対する対応は、習近平氏だけでなく、どの国でもどの政権でも国民から批判を受けやすいものですが、それに加えて、習近平氏が経済政策において「失敗」と思われるような政策を採っている(あるいは有効な政策を採ることができていない)ことが中国国内において習近平氏に対する不満が高まる最も大きな原因になっていると思います。

 8月8日、中国の不動産大手の碧桂園(英語名:カントリー・ガーデン)が8月6日に支払い期限を迎えていた二つのドル建て債の利息の支払い(総額2,250万ドル)を履行できなかった、と発表しました。30日間の支払い猶予期間があるので、すぐにはデフォルト(債務不履行)の宣言は出ませんが、「利息が払えない」のだったら元本を返せるはずはないだろう、とすぐに想像できます。2021年に恒大集団(英語名:エバー・グランデ)の問題が起きた時も、最初は「ドル建て債務の利息が払えない」ということから始まったので、碧桂園も恒大と同じような状態になるのだろう、と多くの人が想像しています。

 2021年に恒大集団の問題が起きたとき「中国の不動産大手(販売実績で二位)の恒大集団が・・・」と報じられました。この時点で販売実績で一位だったのが碧桂園です。恒大の問題が起きた時、碧桂園は恒大よりは財務体質が健全な方だと考えられていました。遅かれ早かれ、恒大以外の不動産企業でも同様の問題が生じるだろうと多くの人が想像していましたが、かつて業界トップだった碧桂園も恒大と同じ道を歩むことになりそうだ、という状況になって、テンセント網・房産チャンネルでは、碧桂園に関する話題が多く報じられています。

 碧桂園が実際にデフォルト(債務不履行)と認定されることになれば、それは恒大の時よりも衝撃は大きいと考える人もいるようです。というのは、碧桂園は、現在、中国全土で3,127件のプロジェクトを抱えているなど手がけているマンションの数が非常に多く、特に三線都市、四線都市と呼ばれるマンションの販売状況が芳しくない中小都市の案件を多く手掛けていること、三線都市、四線都市のマンション購入者は北京や上海のような大都市に比べると収入があまり多くないという観点で、碧桂園の経営困難が引き起こす社会的インパクトは恒大より大きいものになるかもしれない、と考えられるからです。

 2021年に恒大の問題が表面化し、その後、去年(2022年)には爛尾楼(工事中断により完成しないマンション)を購入した人が住宅ローンの返済を拒否する運動を起こし、それに対処するために中国政府が不動産企業に対する無利子融資等の方策を実施したにもかかわらず碧桂園の問題を解決できなかった、という事実は、習近平政権の不動産市場の問題に対する対策が有効ではなかったことを明らかにしてしまいました。今、多くの中国の人々は、不動産企業のトップの二つの企業が問題を起こしているのだから、他の企業も同じような状態になることは避けられないだろうと感じていると思います。

 今日(2023年8月12日)見たテンセント網・房産チャンネルにアップされていた「解説動画」は、恒大集団が経営困難に至るまでの経緯を解説しているものなのですが、その中に次のようなフレーズがありました。

「恒大は次から次へと巨大なプロジェクトを開始し『戦無不勝』(戦って負けることがない)の状況を生み出した。」

「こうした恒大が今死にかけているのはなぜか。それはひとことで言えば『強人崇拝』だからだ。」

 中国人の方々はどう受け取るのかは私にはわからないのですが、少なくとも私は「戦無不勝」と言えば、中国共産党本部がある中南海の長安街に面した正門「新華門」に大きく書かれたスローガン「戦無不勝的毛沢東思想万歳」を思い出してしまいます。また、この解説動画の人は恒大集団のトップのワンマン経営を批判しているのですが、そうは言っても「強人崇拝」と言えば私はやっぱりどうしても習近平氏を思い出してしまいます。

 この手のネット上の解説動画は、閲覧数を伸ばすために「ウケ狙い」の表現をすることもあります。仮にこうした表現が中国の人々の間で「ウケる」のであれば、それは中国の人々の間に習近平氏に対する不満が鬱積していることを示しているのだと思います。

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 アメリカのバイデン大統領は8月10日にユタ州で行われた集会で、中国経済について「時限爆弾だ」と表現したそうです。私は、このニュースを聞いて「大統領は情報機関から聞いた中国経済の現状をそのまま素直に表現したんだろうな」と思いました。もっとも、ハッキリ言って、CIAでなくても「現在の中国経済は時限爆弾だ」というのは誰にでもすぐわかると思いますけどね(ただし、ニューズウィーク日本語版が2012年10月18日付けで「不良債権 中国金融が抱える時限爆弾」という記事を配信していたことでわかるように、「時限爆弾」と言ってもすぐに破裂するのかどうかは誰にもわからないということには注意する必要があります。)

 人によって捉え方はいろいろだと思いますが、少なくとも私の経験からすれば、1986~1988年に最初の北京駐在をしていた時は「中国国内にトウ小平氏に対する不満が高まっていた」という状況ではなかったし、2007年~2009年に二回目の北京駐在をしていた時は「中国国内に胡錦濤氏に対する不満が高まっていた」という状況ではなかったと私は思っています。なので、外から見ているだけの今の私が「中国国内に習近平氏に対する不満が高まっているように見える」という今の状況は、たぶんこれまでとは異なる状況に今の中国はあるのだろうと私は想像しています。

 

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2023年8月 5日 (土)

「根本的な対策にはなっていない」という認識

 このブログの先週(2023年7月29日)の記事「中国共産党政治局会議の経済政策対応方針」では、7月24日の中国共産党政治局会議で打ち出された今年後半の経済政策対応方針が中国国内では私の予想よりかなりポジティブに受け取られたことを書きました。

 先週書いたように、7月24日の政治局会議の後、7月27日に住宅都市農村建設相が「住み替え」のためのマンション購入を促進させるための方策を発表しました。その後、7月29日(土)夜9時に北京市当局が住宅ローンを組む際の頭金比率やローン金利の引き下げの方針を発表しました。8月1日には中国人民銀行(中国の中央銀行)が不動産企業への支援と商業銀行に対して住宅ローン金利引き下げを引き続き指導する旨を表明しました。夏休みの時期なのに、これだけ矢継ぎ早に(しかも北京市当局は勤務時間外に)こうした具体的政策を次々打ち出していることは、ある意味では中国政府側の「あせり」を感じさせるものとも言えます。

 時間が経過するにつれ、中国政策当局の「あせり」にも似た矢継ぎ早のマンション販売促進策打ち出しを受けて、中国国内ではむしろ「従来と同じようなマンション販売促進策では現在の中国のマンション市場の状況に対応できないのではないか」という認識が高まってきているようにも見えます。

 その背景のひとつに中国のマンション市場の状況が思っている以上に深刻なことを示すデータが出てきたことが挙げられます。中国の不動産関連データの分析を行っている中指研究院の最近の発表によると、2023年7月の中国のマンション市場関連のデータは以下の通りなのだそうです。

○2023年7月のマンション販売成約量(新築及び中古:面積ベース)

一線都市:前月比-14.5%、対前年同月比-18.4%

二線都市:前月比-55.4%、対前年同月比-47.6%

三線都市:前月比-59.2%、対前年同月比-86.4%

○2023年7月のトップ100の不動産企業の販売額は対前月比-33.8%

 このデータを伝える記事の中には「TOP30房企的銷售業績,清一色環比下跌!」(TOP30のマンション企業の販売業績は、全てが対前月比下落だった!)と表現しているものもありました(「環比」は「対前月比」、これに対して「同比」は「対前年同月比」)。

(注)ヤボを承知でマージャンを知らない人のために解説すると「清一色(チンイーソー)」とは同じ種類の数字のパイだけを集めて「あがり」にするもので、「役満貫」ではない通常の「役」では最も点数の倍率が高い「役」です。

 マンション販売成約量は「対前年同月比」も大幅にマイナスになっていますが、去年(2022年)の今頃はまだ「ゼロコロナ政策」を厳格に運用していた頃ですから、それと比べて大幅にマイナスになっていることを考えると、現在の状況がいかに悪いかがわかります。これらの数字を見れば「中国ではマンション・バブルが崩壊した」と表現することが全く間違っていないことが理解できると思います。特に三線都市(地方の中小都市)の下落率が顕著になっています。大きな産業がなく、将来の人口の増加が見込めない地方の中小都市にまで大量のマンションを建設したツケが今になって回ってきていることは明らかです。

 これら中国のマンション市場を巡る厳しい数字や中国政府の様々な政策対応に対して、「マンション価格はまた上昇基調に戻るかもしれない」と思っている人も一部にはいるようですが、テンセント網・房産チャンネルにアップされる様々な「解説動画」は概ね冷静です。今年(2023年)後半から来年(2024年)前半くらいまで政府によるマンション購入促進策がどの程度効果を上げるかを冷静に見ていく必要がある、という論調が多くなっているように私には思えます。

 私が見た「解説動画」の中には、中国政府のやり方にかなり批判的な目を向けるものもあります。マンションへの投機が過熱するとマンション購入抑制策を強化するのに、景気が悪くなってくるとマンション関連産業の活性化によって経済の浮揚を図ろうとしてマンション購入促進策に転じる、という政策の「ご都合主義」を皮肉るものもあります。現在の中国のマンション市場の状況をもっと深刻に捉えて、「恒大集団で表面化した不動産企業の資金繰りの苦境は氷山の一角に過ぎず、警戒すべきは流動性危機である」と警告を発する「解説動画」もあります。

 今日(8月5日)見た「解説動画」では、「今後5年間、半分以上の人は誤ったマンション購入により新たに貧困への道を歩くことになるだろう」とまで忠告していました。この「解説動画」では、「マンションの価格が今後上がるか下がるかも重要だが、それ以上に、これまでの中国のインフレ環境においては住宅ローンの負担は時間の経過とともに軽減してきたが、これからデフレの時代になるのだとしたら、借金は時間の経過とともにその返済圧力が増加することを考える必要がある」と指摘していました。2023年6月の中国の消費者物価指数は対前年同月比0.0%にまで低下しており、今後はデフレになる可能性もかなりあることから、この指摘は非常に重いと私は感じました。

 上に紹介したように「解説動画」で解説されている中身は極めて「まとも」です。経済学的に正しい議論なので、少しくらい政府の方針を皮肉ったからと言って、中国の検閲当局も削除はできないと思います。これらの「解説動画」の多くは「以上が私の考えです。皆さんはどうお考えですか? 皆さんの御意見をお寄せください。」と視聴者からの意見を募る形で終わっています。おそらくはこれら「解説動画」を見た中国の人々の様々な意見が「解説動画」の作者のもとには集まっていることでしょう。

 ある「解説動画」では、寄せられた意見を使って「網友(ネットユーザー)の中には、政府の対応策は『頭痛医頭, 脚痛医脚』(根本的な病気の原因を治療しない対症療法)だ、と言っている人がいます」などと紹介していました。「バブル崩壊」の様相を呈している現在の中国のマンション市場に対して、頭金規制の緩和やローン金利の低減などといった従来からのマンション購入促進策ではなく、もっと抜本的な対応策が必要だ、と感じる中国の人たちも増えているのだろうと思います。

 中国のマンション市場の現状には厳しいものがあるのは事実である一方、上に紹介したネット上にアップされている「解説動画」や「解説動画」の作者に様々な意見を送っている中国の人々の状況を見ていると、現在の中国の社会はそれなりの健全さを維持しているように感じます。私が最初に北京に赴任していた1980年代には、中国の人々が自分の意見を表明する方法としては「壁新聞」しかありませんでしたからね(もちろん許可なく「壁新聞」を張り出すことは許されていなかった)。

 私が「解説動画」を見ているテンセント網・房産チャンネルは、トップページは6月末の時点で更新がストップしていますが、中のページへの「解説動画」のアップや最新の記事の掲載は続けられています。中国の検閲当局も、さすがにこれらのページの完全凍結や閉鎖はインパクトが大きすぎてできないのでしょう。政府が打ち出す政策に対する「まともな解説動画」がきちんとアップされ、それに対して中国の人々が意見を寄せることができるネット空間が維持できている現状は、あるいはマンション・バブル崩壊で行き詰まってしまった中国の社会を変える大きな原点になる可能性があります。

 問題は、この「マンション・バブル崩壊」が次のステップに移行したらどうなるか、です。「次のステップ」とは、中国の企業が保有するマンションの資産価値の減少による企業資産の毀損に対応せざるを得なくなる状況(いわゆる「バランス・シート不況」)になることです。「バランス・シート不況」になると、企業は得られた収入は借金の返済に回し、新たな設備投資や研究開発投資等には回さないので、経済全体の成長が停滞する、日本で言う「失われた三十年」の段階に入ります。

 このブログの2023年3月4日付け記事「習近平政権三期目の喫緊の課題は不動産市場対応」の中で紹介したネット上の評論には以下のような記述がありました。

「新華ネットのデータによると、2017年のA株を上場している企業3,582社のうち1,656社(46.23%)が投資用マンションを保有しておりその時価総額は9,904億6,600億元だったが、2019年第三四半期末には、上場企業3,743社のうち1,826社(48%)が投資用マンションを保有しておりその時価総額は1兆3,340億元に増加していた。多くの上場企業は本来業務ではなく投資用マンションの売買で利益を上げ、上場企業としての地位を保っていた。」

 仮にこれらの企業が保有しているマンションの資産価値が下落したら、中国経済は間違いなく「バランス・シート不況」の段階に進みます。今「マンションの資産価値が下落したら」と書きましたが、現在はまだ中国の地方政府による「値下げ禁止令」が効いているので、表面上の価格はそれほど下がっていませんが、現実的には多くの中国の企業が保有しているマンションの資産価値は実質的には既に下がっていることでしょう(「値下げ禁止令」によって現在はまだそれが表面化していないだけ)。

 おそらく今週は習近平氏は河北省の北戴河にいて、多くの中国共産党の引退した老幹部から様々な「忠告」を受けているのだろうと思います(そうではなく、習近平氏が、そうした老幹部からの「忠告」には一切耳を貸さない、という態度を取るのだったら、それはそれで大問題だと思います)。

 中国は現在、アメリカとの関係で難しい立場に立たされていますが、それ以上に、ネット上で不満を募らせる中国の人々、「バランス・シート不況」に陥る直前まで追い詰められている多くの中国の企業を前にして、国内をどうやってまとめて行くか、習近平氏は苦しい立場に置かれていると思います(私は、アメリカにはそれがわかっているからこそ、中国に対して強硬な態度を示しているのだろう、と想像しています)。

 7月28日、日本の産業用機械のトップメーカーであるファナックが決算発表を行いました。日本経済新聞の報道によると「2024年3月期の連結純利益が前期比34%減の1131億円になる見通しだと発表した。従来予想から240億円下方修正した。景気減速が続く中国で設備投資需要が鈍り、主力の工場自動化(FA)部門が失速する。」なのだそうです。日本としても、中国経済の厳しい状況を正確に把握して、それぞれの立場で、これから中国で起こるであろう様々なことを想定しながら、対応策を考えていく必要があると思います。

(注)ファナックは、日本を代表する工業用ロボット等の産業用機械のメーカーです。四十年前、私が通産省通商政策局北アジア課にいた頃、中国から来る経済関係訪日団の多くはファナック訪問を希望していました。ファナックは、当時、中国が最も必要としていたNC(Numerical Control:数値制御の)工作機械のトップメーカーですし、工場が山梨県の富士山麓にあるので、中国の経済関係者は非常に強い訪問希望を示していたのでした(今でもそうだと思います)。私が毎回このブログで中国の状況を書いているのは、中国ではこれから大きな変化が起こる可能性があるし、その変化する中国にどのように対応していけるかが日本にとってクリティカルに重要だと考えるからです。

 

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2023年7月29日 (土)

中国共産党政治局会議の経済政策対応方針

 毎年7月末に開催される中国共産党政治局の会議は、その年前半の経済関係の統計が出揃ったのを受けて、その年の後半における経済政策を議論することが多いので毎年注目されます。特に今年(2023年)は、ゼロコロナ政策が終了したのに期待したように経済回復が進まず、不動産市場が「マンション・バブル崩壊」と言える状況になっていることから、政治局会議でどのような方針が打ち出されるのか注目されていました。

 今年(2023年)7月の中国共産党政治局会議は、月末に世界ユニバーシティ大会(ユニバーシアードから改称)が四川省の成都で開催され、習近平氏もその開会式に出席する予定だったことが関係していたからか、例年より少し早めの7月24日に開催されました。開催当日の夜の中国中央電視台夜7時のニュース「新聞聯播」で報道された内容を聞いた時、私の第一感は「マンション・バブル崩壊という現状はきちんと認識しているものの、対応策として挙げられているのは従来通りの方法による『景気刺激策』であり、抜本的な対策とは言えないので、明日(25日)のマーケットは失望して株価は下げるだろうなぁ」というものでした。

 しかし、実際の翌7月25日(火)の中国の株式市場は、上海総合指数が対前日比+2.12%、香港ハンセン指数が対前日比+4.10%で引けるという大幅なプラスの反応となりました。ネット等における「解説」によると「市場の期待値が低かったことから『予想以上にポジティブな対応策だ』という印象を与えたようだ」とのことでした。

 もともと中国共産党政治局会議で示されるのは基本的な方針であり、あまり詳細な具体策は示されないことが普通です。今回も「具体策」というよりは「基本方針」というようなものでした。私が「マーケットは失望するだろうなぁ」と感じたのは、現在の中国の経済の状況は「マンション・バブル崩壊」という経験したことのない構造的な困難に直面しているのだから、それに対応する対応方針としては、例えば「民間不動産企業を国有化する(または国有企業が買収する)」といった業界全体の抜本的改革を示すようなものが必要だと私は考えていたのですが、そうした抜本策が出されなかったからでした。

 一方、中国の株式市場の関係者は、経済の活性化にほとんど関心がないかのように見える習近平氏の最近の言動を受けて、政治局会議でも経済に対しては冷淡な対応が示されるのではないか、と思っていたようです。ところが、実際に報道された今回の政治局会議の内容を見て、中国の市場関係者は以下の諸点で「非常にポジティブだ」と感じたようです。テンセント網・房産チャンネルに政治局会議の後にアップされた複数の「解説動画」で解説者が指摘していた点を踏まえてポイントをまとめると以下の通りです。

○今回の政治局会議では、中国経済の現状について、極めて厳しい状態にあることを率直に認めていること。

 今回の政治局会議では、まず中国経済の現状について以下のような認識が述べられいます。

「現在、経済の進行は新たな困難と挑戦に直面している。主に国内の需要が不足しており、一部の企業は経営困難に直面している。重点領域におけるリスクとまだ表に現れていない病巣が比較的多く存在しており、外部環境は複雑で厳しい。」

 日頃、「中国経済はゆっくりと回復しつつある」といった前向きな表現しかしない「新聞聯播」や「人民日報」の報じ方に慣れていると、この政治局会議の認識は「厳しい現状を極めて非常に率直に受け止めている」という印象を受けます。

○政治局会議は経済関係者が懸念している重要な問題点についてきちんと把握していて、それに対する対応策を議論していること。

 今回の政治局会議では、次の諸点について言及しています。

・マクロ経済政策

・国内需要拡大策

・デジタル経済・先進製造業とサービス産業の融合、人工知能(AI)やプラットフォーム企業の発展

・国有企業の競争力と民営企業の発展環境の向上

・不動産市場の活性化

・民生の推進、特に就業問題への対応

 経済界が持つ問題意識とはあまり関係のない「中国の伝統文化保護の強化」といった経済界から見れば「ピンボケ」な案件が多い普段の習近平主氏宰の会議に比べると、今回の政治局会議は、経済界が懸念している諸問題にドンピシャと焦点を当てて議論していることから、多くの市場関係者は非常にポジティブに受け取ったようです。

○政治局会議が経済関係者が抱いている「不安感」をきちんと感じ取っていること。

 今回の政治局会議を伝える「人民日報」などの報道では、会議において議論された方針として「資本市場を活性化させ、投資者の安心感を向上させる」と明記されています。経済には関心がないように見える日頃の習近平氏の言動によって、多くの中国の経済関係者は、中国経済の将来について不安を感じていると思います。特に株式市場関係者は、順調に株価が上がるアメリカや日本の株式市場と比べて、上海や香港の株価がずっと横ばい圏で低迷しているのは、多くの投資家が中国経済の将来性に不安を感じて、資金をアメリカや日本に移しているからではないか、と感じていたと思います。そうした中で、中国共産党政治局が「投資家の安心感の向上」にスポットを当てたことは、中国のマーケット関係者には非常にポジティブな印象を与えたと思います。

○政治局会議では、不動産市場における「マンション・バブル崩壊」のような状況をきちんと認識していること。

 今回の政治局会議を伝える報道では、以下のように述べられています。

「我が国マンション市場の需給において発生している重大な変化という新しい情勢に適応して、重点領域のリスクの拡大防止と解消を切実に行う必要がある。」

「人々の住宅に住みたいという底堅い需要と住居を改善したいという需要をさらにうまく満足させるため、マンション市場の安定的で健康的な発展を促進させる。」

「保障性住宅(低所得者用住宅)の建設と供給を拡大し、都市内部の旧街区の改造を積極的に行い、『平時・緊急時両用』の公共インフラ建設を積極的に推進する。」「各種の使われていない住宅の活用を図る」「地方債券のリスクの拡大防止と解消を有効に図り、債券の一括化方策を実施する」「金融監督を強化し、リスクの高い中小金融機関の改革を穏やかに推進する」

 最初の部分の「我が国マンション市場の需給において発生している重大な変化」という表現は、私に言わせれば「マンション・バブルが崩壊した」を中国共産党政治局ふうに表現した、ということだと思います。中国共産党政治局自身が中国のマンション・バブルが崩壊フェーズに入ったことを自ら認識している、という点で、ここの部分は非常に重要だと私は考えています。「バブル崩壊」という言葉は使ってはいないけれども、テンセント網・房産チャンネルにアップされている「動画解説」の解説者の多くも、この部分は非常に大きな意味を持つ、と指摘しています。

 また、日本の新聞等でも報道されていますが、不動産市場に関する記述において「マンションは投機の対象ではない」(房子不是用来炒的)という文言が全く登場していないことを中国の関係者は非常に高い関心を持って受け止めています。この文言は、2016年12月の中央経済工作会議で使われて以来、中国共産党が示す不動産市場に対する政策を述べる部分ではこれまで必ず使われていた文言です。この文言がなかったことで、二件目、三件目以降のマンション購入を制限する政策(例えば、住宅ローンを組む場合に、二件目以降のマンション購入の際には頭金比率を高くする、とか、二件目以降のマンション購入用の場合はローンの金利を高めに設定する等)は今後緩和されるのではないか、という期待も出ているようです。

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 今回の政治局会議が打ち出した経済政策方針に対する「初期反応」は以上の通りですが、時間が経過するにつれて、中国国内でも「あんまり期待しすぎてはいけないのではないか」という冷静な対応も目立ってきています。実際、政治局会議の翌々日の7月26日(水)の株式市場では、上海総合指数は対前日比-0.26%、香港ハンセン指数は対前日比-0.35%で引け、前日の上昇分の一部を消してしまいました。

 政治局会議で示されるのは「基本方針」であり、具体的な政策は、各地方の実情に合わせて各地方政府が具体的に示すことになります。テンセント網・房産チャンネルにアップされる解説動画でも「これから各地方で出される具体的な政策変更を冷静に見ていく必要がある」とする解説が多くなっています。

 具体的な政策に関しては、7月27日に報じられたところによると、中国の住宅都市農村建設相は、関係者を集めた座談会において、以下のような今後の政策修正の考え方を示したとのことです。

・住宅ローン設定時の頭金比率及びローン金利の低減

・住み替え時のマンション購入に関連する税の軽減

・二件目以降のマンション購入に際しての住宅ローン設定時の頭金割合や金利が厳しくされる場合の「二件目以降」の定義として、これまでは「過去に住宅ローンを組んだことのある人が新たに住宅ローンを借りる場合」だったのを「現在住宅を持っていない人が住宅ローンを借りる場合」に変更する(つまり一件目のマンションを売却した(手放した)上で二件目を購入する「住み替え」の場合には、「二件目」ではなく「一件目」の購入時と同じ住宅ローン条件を適用する)

 三番目の政策修正は、これまでこどもの成長や進学する学校の関係で住み替えをするために二件目のマンションを購入したいと思っていた人に対する住宅ローン設定の制限を緩和する、という意味なので、北京、上海等の大都市圏ではマンションの需要拡大に寄与することが期待されいているようです。

 一方、この三番目の政策修正は、現在持っているマンションを保有した状態で新たにプラスしてマンションを購入する場合の住宅ローン設定に対する厳しい制限は継続することを意味しているので、これは「投資目的のマンション購入は認めない」という従来の政策意図の継続を示しており、政治局会議において「マンションは投機の対象ではない」という文言が示されなかったからといって、政府が投機目的のマンション購入を容認したわけではない点は注意すべきだ、と指摘している「解説動画」の解説者もいます。

 いずれにせよ、政治局会議での「基本方針」が出されたとは言え、今後、各地で出されるであろう具体的なマンション関連政策の修正を受け、それを人々がどのように受け止めて、新築マンション及び中古マンションの販売動向が実際に今後どのように変化するかを慎重に見極める必要がある、と指摘する「解説動画」の解説者もいます。

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 以下は私の個人的な考えですが、上に出てきた住宅ローン設定時の頭金比率やローン金利の調整や購入に関する税の調整は、いわば今までも何回も行われてきたマンション市場に対する政策の範囲内の政策修正であり、「バブル崩壊」の状況を呈している現在の中国のマンション市場の状況を抜本的に変えるものにはならないと思います。上に書いたテンセント網・房産チャンネルにアップされている「解説動画」の解説者が言っているように、実際に具体的にどのような政策が各地方政府から打ち出され、それを中国の人々がどのように受け止めて、実際に新築マンションや中古マンションの販売価格、販売戸数が今後どのように変化していくかを見ていく必要があると思います。

 恒大集団をはじめとする多くの不動産企業が経営不振と資金不足からマンションの建設工事を中断させている現状においては、実態的には、住宅ローン金利がどうのこうのというより、政府の指導に基づく金融機関からの融資を受けて、これら建設中のマンションの建設工事がきちんと終了し、まだ数多く残っている「爛尾楼」(建設工事中断中のマンション)が契約通りに購入者に引き渡されるかどうかがポイントになると思います。

 政治局会議の翌日の上海や香港の株式市場での株価上昇は、おそらくあくまで「初期反応」であって、これから多くの市場関係者が冷静になって状況を判断すれば、問題はそんなに簡単ではないと思うようになるでしょう。政治局会議の翌日の7月25日(火)に放送された日経CNBCの朝エクスプレスの中で、コメンテーターの岡崎良介氏は、高く始まった上海と香港の株価指数の状況を見て「日本では、平成バブル崩壊の後、日本政府は何回にもわたって小出しの景気刺激策を出したが、結局は日本経済はそれから何十年にもわたる経済の低迷の時代に入ったことを思い出す必要がある」とコメントしていました。おそらくは、平成バブルを経験している日本の関係者の方が中国の市場関係者より中国共産党政治局会議の経済政策方針が状況を一遍に改善することができるものではないことをよくわかっているのだろうと思います。

 日本のマスコミでも、現在の中国の経済状況と平成バブル崩壊後の日本とを比較して論ずる評論が多くなってきています。例を挙げると以下の通りです。

☆朝日新聞2023年7月18日付け朝刊4面記事
「『日本病』おびえる中国 バブル経済から停滞 そしてデフレへ?」
「遅れる景気回復 『日本の今日は中国の明日に・・・』」

☆日経CNBC「昼エクスプレス」内「Insight」2023年7月25日放送
「中国経済の悲観論を巡る論点整理」(みずほ証券チーフエコノミスト小林俊介氏)

☆NHKホームページ「ニュース」ビジネス特集2023年7月28日19:39アップ
「比較すると?日本化する中国?経済失速は“失われた30年”への入り口か」

 日本経済新聞では今三回にわたって「中国経済の現状と展望」という論説を掲載しています。7月27日付け朝刊27面では日本国際問題研究所客員研究員の津上俊哉氏が「(上)不振企業延命の副作用拡大」と題して、7月28日付け朝刊29面では神戸大学教授の梶谷懐氏が「(中)積極財政と年金拡充が急務」と題して書いています。

 津上俊哉氏は、上記の論説の中で「日本が経験したような大規模で急激なバブル崩壊が中国で起きる可能性は、依然として低い。中国政府が富と権力で市場メカニズムに介入してバブル崩壊を防いでいるからだ。」と書いています。津上氏は続けて「しかし、バブル崩壊を人の身体に例えれば、悪い物を食べて吐いたり下痢したりするようなものだ。苦しい『症状』は生体の防御反応でもある。それを妨げれば毒素が排出されずに体内に蓄積する。今の中国もバブルが崩壊しないように政府が介入する結果、別の形で健康がむしばまれている。」と書いています。多くの日本の関係者の解説の中で、私はこの表現が現在の中国経済の状況を最も的確に表現していると感じました。

 そしてもうひとこと書き加えれば、このブログでは何回も書いて来たことなのですが、最も重要なのは、日本は平成バブル崩壊後の「苦しみ」の中で、すぐ隣にあった「急速に経済成長する中国」を生産基地及び製品・サービスの市場として大いに活用して息をつくことができたのに対し、今の中国の隣には「急速に経済成長する中国」は存在しない、ということです。

 今回の中国共産党政治局会議で示された方針を受けて、これから中国国内では具体的な政策の修正が行われていくのでしょう。その結果、「金九銀十」と呼ばれるようにマンション販売の「かき入れ時」である9月から10月に掛けて、中国のマンション市場に好転の兆しが見えるかどうか、これから中国経済の実情をしっかりと見ていく必要があると思います。

 

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2023年7月22日 (土)

今の中国経済の低迷は「習近平不況」だという認識

 今日のタイトルはちょっと刺激的かなぁ、と思って、ネットで「習近平 不況」で検索してみたら、既に日本経済新聞が以下のような社説を掲載していましたね(日付はネットにアップされた日付なので、紙面に掲載された日付とはずれている可能性があります)。

2022年1月18日:中国は政策不況の根源を直視すべきだ

2022年3月6日:中国は「政策不況」脱却へ方向転換急げ

2023年1月17日:習近平第3期政権は明確な改革意思示せ

2023年4月18日:習近平政権は政策不況を繰り返すな

 去年(2022年)の社説の「政策不況」とは、経済を無視したゼロコロナ政策を批判したものですが、今年(2023年)に入ってからの社説は、ネット企業への締め付け等、経済の活性化に逆行するような習近平政権の方針に対して批判的な見方を示したものです。日本企業の多くは中国経済に大きな影響を受けますので、日本を代表する経済紙として日本経済新聞は習近平氏の「経済に冷たい」政策に「物言い」を付けたいと考えているのでしょう。

 私のこのブログでは、特に今年(2023年)4月以降に明確になってきた中国のマンション・バブル崩壊に起因する経済の低迷について、日本の一般マスコミももうちょっと深刻さを持って報じて欲しい、と何回も書いてきましたが、ここに来て、一般紙でも「中国経済は大丈夫か?」と言ったトーンの報道や評論も目立つようになっています。例えば、朝日新聞は7月18日付け朝刊で「中国の経済 透明さを高め抜本策を」と題する社説を掲載しました。この社説の冒頭の書き出しは「中国の経済が、おかしい。」という直接的な表現になっています。

 ここに来て日本の多くのマスコミが「中国経済は大丈夫か?」というトーンでの報道を強めているのは、この一週間の間に以下のようなニュースがあったからでしょう。

○7月17日、中国国家統計局は2023年4-6月期の実質GDPは昨年同期比+6.3%だったと発表した。ゼロコロナ政策によって上海でロックダウン(都市封鎖)が行われていた時期からの反動が含まれていることを考えると、多くの市場関係者が予想していた数字より弱い数字だった。また、この時の発表で、16~24歳の若年層の失業率が21.3%と前月よりさらに悪化したことが示された。

○7月17日、中国の不動産大手の恒大集団が延期していた2年分の決算を発表した。それによると2021年の最終赤字は1,059億元(日本円で約2兆650億円)、2022年の最終赤字は4,760億元(日本円で約9兆2,820億円)、2022年末の負債総額は2兆4,374億元(日本円で約47兆5,290億円)で、負債総額が保有資産を上回る債務超過となることが明らかとなった。

(参考)日本の旧国鉄の累積債務は37兆1,000億円だった。

 もちろん、中国の不動産市場が「マンション・バブル」のような状況になったのは、江沢民、胡錦濤、習近平の三つの政権の政策によるものであって、全ての責任を習近平氏にかぶせるような言い方は正しくありませんが、少なくとも2014年秋頃をピークとしてマンション価格が下落した局面において(人民元レートの切り下げ等により「チャイナ・ショック」と呼ばれる中国発世界同時株安を招いた局面において)、習近平政権が対処策として「新型都市化計画」「交通インフラ投資の促進」「雄安新区建設プロジェクトの開始」といった「新しいバブルを作ることによってバブルに対処する政策」を採ったことが事態をさらに深刻にしたことは間違いありません(中国のマンション・バブルの経緯については、このブログの2023年4月1日付け記事「中国のマンション・バブルはなぜ重要か」参照)。

 さらに、マンション・バブルの崩壊が明らかになっているのに、現時点(2023年7月22日の時点)で習近平政権が抜本的な対処方針を示していないことに対して、「政権の不作為」という観点で批判が高まりつつあるように思います。上記で紹介した7月18日付けの朝日新聞の社説でも「中国政府の動きは鈍い。」と書いています。

 背景としては、そもそも習近平氏が経済の活性化に熱心ではない、と見られていることが挙げられると思います。毛沢東の文革路線を否定したトウ小平氏は、諸外国との関係を改善して、中国の経済を成長させることを重視していました。江沢民氏も、朱鎔基総理に国有企業改革をやらせたり世界貿易機構(WTO)への参加を実現させたりして、中国経済の急速な成長を促しました。胡錦濤氏は「科学的発展観」を提唱して、「GDP一辺倒ではないバランスのとれた経済成長」を目指しましたが、「経済を成長させる」という方向性には全く変更はありませんでした。

 ところが習近平氏の政権になると「党政軍民学、東西南北中の一切を中国共産党が指導する」という方針の下、民間企業についても中国共産党の指導に従うことを強く求め、ネット企業の巨大化にブレーキを掛けるような政策を採るようになりました。「習近平氏は、経済成長よりも、経済分野に対する中国共産党の支配力強化の方を優先しているようだ」と多くの人が考えるようになったのです。

 こうした見方は、おそらくは中国国内でも広がっているのではないかと思います。7月18日に放送されたテレビ東京 News モーニング・サテライトに出演していたAISキャピタルの肖敏捷氏は「中国の本当の経済再開とは何か」と題して解説していました。肖敏捷氏は、去年(2022年)秋の中国共産党大会で習近平氏の三期目続投が決まり、ゼロコロナ政策が終了すれば、中国経済は回復に向かうと多くの人が考えていたが、実際はそうなっていない、と指摘していました。肖敏捷氏は、党大会が終わっても「習近平による新時代の中国の特色ある社会主義思想」を学習しようという政治運動が続いており、「大物政治家」の摘発が続いいるのを見れば、中国ではまだ「政治の季節」が続いている、「その状況を見て中国の企業家の間に政治の動向がどうなるか様子を見ていることによる『寝そべり(あえて新しい投資をしようとは思わない)』が蔓延している」とも指摘していました。

 肖敏捷氏は「今求められているのは、金利の引き下げとか不動産市場への刺激策とかではない。トウ小平氏が行った1978年12月の第11期三中全会(文革路線から改革開放路線に舵を切った会議)のような大転換である。」と述べていました。私は、率直に言って、日本の視聴者は肖敏捷氏のこのような「勇気ある発言」に最大限の敬意を表すべきだ、と思いました。これは私の想像ですが、肖敏捷氏は「自分の発言は、経済に携わっている中国の多くの経済人の気持ちを代弁するものである」という自負を持って発言されているのだと思います。

 おそらく、習近平政権の内部でも、現下の中国経済の低迷の原因が習近平氏の政策方針にある、という認識は共有されているものと思われます。その証拠の一つが7月14日に打ち出された中国共産党中央と国務院による「民営経済の発展強化を促進するための意見」です(この意見の発出の日付は7月14日ですが、報道されたのは7月19日です)。この「意見」は、習近平政権としても、民営企業の発展は重視していますよ、というメッセージにはなったと思います。しかし、31項目にわたるこの「意見」の中身は、「公平な競争のための政策を全面的に実行する」「市場メカニズムに基づく企業再生システムを構築する」「科学技術イノベーション能力の向上を支援する」など「普通の国」では「当たり前」のことばかりです。一方で「中国共産党による指導を堅持し強化する」などという項目もあり、結局は「何も変わっていない」という印象を私は受けました。市場の受け取り方も同様だったようで、この「意見」が発表されても、上海や香港の株価は全く反応しませんでした。

 たぶん、習近平政権下のエコノミスト官僚たちは、中国の企業家たちの間に「習近平氏は民営企業の活性化を重要視していないのではないか」という懸念が広がっていることを自覚しているので、今回「民営経済の発展強化を促進するための意見」をとりまとめたのだと思います。一方で、習近平氏自身は、現在低迷している経済を活性化させるためにはどうしたらよいか、といった点にはほとんど関心を持っていないように見えます。その証拠の一つが7月20日(木)に開催された中央財経委員会第二回会議です。この会議では、耕地の保護を着実に強化し、農業生産の潜在力を高めていくことが強調されました。農業の強化は、確かに重要な政策であることを否定はしませんが、「中央財経委員会」で議論する案件としては、現時点で中国の企業家たちが関心を持っていることとは相当にズレているだろうなぁ、と私は思いました。

 習近平氏の食糧生産に対する考え方に関連して、今日(7月22日(土))付け産経新聞の7面に「中国、進む食料安保強化 『退林還耕』公園を農地に」という記事が載っていました。この記事を読んで、習近平氏の関心は、経済の発展にではなく、安全保障にあるのだろうなぁ、と私は思いました。中国の多くの経済人も同じような感覚を持っていると思います。なので、おそらくは、今日のタイトルにした「今の中国経済の低迷は『習近平不況』だという認識」は、中国内部の多くの経済関係者の中に広がっているのではないかと私は想像しています。

 上に紹介した産経新聞が書いている「退林還耕」という言葉を最初にネットで見た時、私は大きな衝撃を受けました。なぜなら、胡錦濤政権までは、全く逆の「退耕還林」という政策だったからです。毛沢東時代に「人海戦術」で森林を切り開いて耕作地にした結果、森林が持つ保水作用が失われて国土の乾燥化が進展した、という反省に基づいて、1990年代末から、急斜面に作られた耕作地では、耕作をやめて森林を復活させる「退耕還林」政策が採られてきました。私自身、2008年に寧夏回族自治区へ行った時に見聞きした話をレポートに書いたことがあります。

(参考URL)
サイエンス・ポータル・チャイナ
コラム&リポート-北京便り
【08-008】寧夏回族自治区の「退耕還林」プロジェクト
https://spc.jst.go.jp/experiences/beijing/b080918.html

(注)上記のレポートの筆者はこのブログの筆者です。このレポートには、私自身が撮影した「退耕還林」が進む実態の写真も掲載されています。

 この政策においても、習近平氏は、改革開放時代に進めた政策を毛沢東時代に逆戻りさせようとしていることがわかります。

 習近平氏が「退耕還林」を「退林還耕」に逆回転させようとしているのは、もともとは戦争のような事態に備えた食糧安全保障を強化したいという意図から来ているのだと思いますが、「マンション・バブル崩壊対応」という観点でいうと、次のような意味を含んでいます。

○耕地を農民から収用してマンション用地として売り渡すような地方政府による政策は今後はできる限り抑制する。

○農村における耕地面積を維持し、農業生産を維持するため、農民が都市へ移動することは今後は奨励しない(従って、都市部におけるマンション需要は今後は増加させない方針である)。

 習近平氏自身がどう考えているのかはわかりませんが、私は、このタイミングで(マンション・バブル崩壊が大きな問題になっている現時点で)、中央財政委員会が「耕地の保護の強化」を改めて打ち出したことは、「マンション市場を救うことはしない」というメッセージになったのではないか、と考えています。

 「退耕還林」政策を全く逆方向の「退林還耕」に転換させる方針は、習近平氏からの何の説明もなしに進められています。また、習近平氏が「今は食糧安全保障が大事だから、農民は農業に従事させるべきであって、農民を都市部に移住させることは今後は奨励しない」と考えているのだとしたら、その方針は、習近平政権一期目、二期目で行っていた「新型都市化政策」に全く逆行します。「新型都市化政策」は、農民に都市戸籍を与えて中小都市に移住させようという政策だからです。これら重要な政策の方向性を何の説明もなしに逆方向にしてしまう、という習近平氏の政策実行スタイルは、政策の内容以前の問題として、全ての関係者を戸惑わせ、政策予見性を喪失させ、将来に対する投資をにぶらせることになるので、経済にとっては大きなマイナスです。

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 GDPの伸び悩みや若年層の失業率の上昇が止まらないといった経済指標の相次ぐ発表や恒大集団の決算発表で明示された巨大な負債総額は、中国国内にもかなりの衝撃を与えているようです。テンセント網・房産チャンネルでは、恒大集団の現状に関する解説動画が数多くアップされています。その中にあった「恒大は結局は救済すべきなのか 救済するとしてどのように救済するのか?」と題する解説動画では、恒大集団の現状について「棺桶の中に横たわっているが、まだフタは閉められていない状態」と表現していました。

 日々アップされる解説動画を見ていると、恒大による建設会社への未払い金が巨額に上っている、資金不足により建設工事がストップしているマンション(いわゆる「爛尾楼」)の購入者が住宅ローン返済を拒否している問題は銀行の資金繰りにも影響する、など、不動産企業の問題は中国経済全体に大きな影響を与えていることを説明する解説が多くなってきています。中国の人々もマンション・バブル崩壊が中国経済全体にどのような影響を与えつつあるのかを段々に認識するようになっているのだろうと思います。

 先日見た解説動画には「30年前にマンションを買った日本人は、現在どのような様子なのか?」という日本の状況を紹介する動画もありました(副題には「日本房奴、悲惨30年」とあります。「房奴」とは「マンションの奴隷」という意味の中国の(結構古い)新語です)。この動画では「住宅ローンを払うために65歳以上になっても働かなければならない」「日本では犯罪者の5分の1は高齢者である」「こどもたちは資産価値の下がった住宅を相続したくないため、日本の宅地の20%は所有者不明となっている」などを紹介しています。私が見た時点で既に27万人の人が視聴していました。中国の多くの人々は、現在の中国のマンション市況の状況を日本の平成バブル崩壊と重ねて見るようになっているようです。

 習近平氏が「経済は重視しない」「引き続き自分の権力基盤の強化を図ることを最優先にする」という政策を続けるのはそれで結構ですが、中国国内に「今の中国経済の低迷は『習近平不況』だという認識」がどんどん広がって行っているのだとしたら、どうするおつもりなのでしょうか。既に三期目続投を決めたので、今年の夏は中国共産党の老幹部が集まる「北戴河会議」は開催されないのかもしれませんが、中国共産党の内部でも習近平氏に対する不満が高まることにはならないのかちょっと心配になってきました。

 

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2023年7月15日 (土)

中国のマンション・バブル崩壊を示す具体的な数字

 引き続き中国経済の低迷を示す統計数字の発表が相次いでいます。この一週間では、7月10日発表の中国の2023年6月の消費者物価指数が対前年同月比±0.0%だった、7月13日発表の2023年6月の中国の貿易統計(ドルベース)では、対前年同月比で輸出がマイナス12.4%、輸入がマイナス6.8%だった、といった数字です。一方、こういった経済の低迷を示すデータが相次いでいる中で、「これだけ経済の低迷が明らかなのであれば、中国当局は何らかの景気刺激策を打たざるを得なくなるはずだ。だとしたら、今が経済の底で、これからはきっとよくなるはずだ。」という考え方も成り立ち得ます。

 その証拠にさえない貿易統計が発表された7月13日(木)の上海と香港の株式市場では株価が大幅に上昇しました。この日の株価上昇の要因としては、前日の7月12日に李強国務院総理が中国のネット・プラットフォーム企業の幹部を招いた座談会を開催し、業界関係者との意見交換を行ったことが、中国政府によるネット企業締め付けが終わったことを示すサインだ、と受け取られたことがありますが、それに加えて、この日発表された貿易統計について「これだけ数字が悪いのだから、中国当局は何らかの景気刺激策を講じるはずだ」という期待がマーケットで高まったからだと言われています。

 日本にも同じような見方をする人は多くいます。例えば、7月11日(火)にテレビ東京で放送された News モーニング・サテライトでは、コメンテーターが「中国経済の低迷は今が『底』で、今後打ち出される中国当局による景気刺激策により中国経済が復調することに期待してもよいと思う」と述べたのに対して、池谷亮キャスターは「今はもう十分しゃがみこんだから、あとはジャンプ、ということですね」と応えていました。しかし私はこの感覚は「あまりにお気楽すぎる」と感じています。なぜなら、現在の中国経済の状況は通常の景気の波の上下における「底」ではなく、1990年頃の日本の平成バブル崩壊直後のような「これまで経験したことのない構造的な変化の始まり」を示すものだと考えているからです。平成バブル崩壊後、日本政府が様々な対策を講じたにも係わらず、その後の三十年間、日本経済は低迷を続け、いまだにその低迷状態から抜け出せていないことを考えれば、現在の中国経済の状況が「当局が景気刺激策を講じれば、再び上昇傾向に戻る」と言えるような簡単なものではないことは明らかです。

 日本のエコノミストの中にも、現在の中国経済の状況は「バブル崩壊の始まり」と言ってもよい状況だと考える人も出始めています。例えば、三井住友DSアセットマネジメント・チーフファンドマネージャーの苦瓜達郎氏は、7月9日付けの「日経ヴェリタス」に「1990年代の日本に似てきた中国」、7月11日付けで日経電子版に「バブル崩壊後の日本に似てきた中国」と題する記事を書いています。

 中国の「公式メディア」はもちろん現在の中国経済の状況について「バブルが崩壊した」などとは報じていません。それどころか、2023年6月の数字がドルベースでは輸出も輸入も大幅減だった7月10日発表の貿易統計について、中国中央電視台夜7時のニュース「新聞聯播」では、「2023年1~6月の輸出入総額は人民元ベースの半年間の貿易総額としては史上初めて20兆元を超えた」というプラスの数字の部分だけをピックアップして報じていました。一方、マンション市場に関心を持つ一般の人々が参考にしていると思われるテンセント網・房産チャンネルにアップされている解説動画には、極めて具体的な数字を挙げて現状分析をしているものがあります。例として、最近私が見た解説動画を以下に二つ紹介します。いずれも不動産の専門家の王波という人の解説動画です。

○2023年6月20日アップ「なぜ爛尾マンション(建設工事が途中でストップして完成しないマンション)を買った人は住宅ローンの返済をやめられないのか」

・最近、法拍房(裁判所によって競売に出されるマンション)の件数が激増している。具体的には、アリババのプラットフォーム上で売りに出される法拍房の数は、2017年には5,000に過ぎなかったが、2018年には20,000件、2019年には5万件、2021年には162万件になり、2022年には200万件になった。

※王波氏は、この動画の中で、アメリカでは銀行が住宅ローンを組むとき、対象となる住宅を担保として設定するので、金融危機などで、ローンを組んだ人が返済不能に陥り、かつ住宅の価格が極端に下がった場合には、銀行も損失を蒙ることになる(銀行もリスクの一部を負担している)。これに対し、中国の銀行は、例えば、住宅ローンの対象となるマンションで建設工事が途中でストップして完成しない状況(いわゆる「爛尾楼」)になったとしても、銀行はローン設定者に最後までローン返済を要求する権利を有している(即ち、中国の銀行はリスクを負わない)ので、ローン設定者は他の財産を売り払ってでも住宅ローンを返済する必要に迫られる。従って、住宅ローンを組んでマンションを購入する場合には自分の資産状況等を勘案して慎重に検討する必要がある、と解説していました。

○2023年7月10日アップ「今年下半期のマンション市場の趨勢 市場はまだ底を探る必要があるのか?」

・私(王波氏)は最近よく次のような質問を受ける。

「今後のマンション価格は『ネギのように』(如葱)なるのか?(下記注1)」

「マンションを買った人は、落とし穴に落ちることになるのか?」

「マンションを持っている人は今すぐにでも売るべきなのか?」

 これらについて考えていることを解説する。

・大手不動産企業の万科の郁亮氏は「中国のマンション販売総額は18兆元が上限で12兆元が下限だ」と語ったとされている。今後18兆元を超えるのは無理だろう。一方、10兆元程度の市場規模は一定期間は維持されると考えられる。しかし、マンション市場の「熱狂の時期」は既に終わった(下記注2)。

・以下、具体的に一線都市(北京、上海、広州、深セン)と主要な二線都市(武漢(湖北省)、長沙(湖南省)、重慶(直轄市)、成都(四川省)、南京(江蘇省)、杭州(浙江省)、鄭州(河南省)、西安(陝西省)、済南(山東省)、青島(山東省))について見てみよう(下記注3)。

 2023年上半期の一線都市における新築マンション平均価格は以下の通り。

北京:対前年同期比+1%、44,748元/平方メートル

広州:対前年同期比+0.04%、24,652元/平方メートル

上海:対前年同期比-1%、51,171元/平方メートル

深セン:対前年同期比-13%、60,348元/平方メートル

 2023年上半期の一線都市における中古マンション平均価格は以下の通り。

北京:対前年同期比+2%、75,065元/平方メートル(下記注4)

広州:対前年同期比 0%、39,749元/平方メートル

上海:対前年同期比+4%、63,178元/平方メートル(下記注4)

深セン:対前年同期比-4%、64,179元/平方メートル

 主要な二線都市の2023年上半期の新築マンション価格は、長沙、成都、南京、杭州、西安は1%上昇し、武漢、重慶、成都、済南は1%下落した。青島は0.18%のわずかな下落だった。しかし、鄭州は9%下落した。

 主要な二線都市の2023年上半期の中古マンションの価格動向は以下の通り。最も安定していたのが成都であり、最も下落したのは鄭州である(下記注5)。

成都:対前年同期比 0%、18,811元/平方メートル

鄭州:対前年同期比-12%、15,604元/平方メートル

武漢:対前年同期比-5%、17,953元/平方メートル

以下、対前年同期比だけ見ると、青島が-4%、重慶が-4%、南京が-3%、西安が-2%、済南が-1%、杭州が-1%である。

・現在マンションを購入しているのは、実際に住む場所を必要としている人と収入が増えたりして住み替えをしようとしている人、それに少数の投資目的購入者である。

・もし今後強力な景気刺激策が打ち出されなければ、今年下半期の経済を救済することは極めて難しいと考えられる。

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(注1)

 「マンション価格が『ネギのように(如葱)なる』」の「如葱」は辞書には載っていません。「マンション価格が白菜のような価格になる」という表現はよく聞きますが。ネットで調べると、2017年頃、アリババの創業者の馬雲(ジャック・マー)氏がある会合で「8年後、マンション価格はネギのようになる」と言ったということで、そろそろその「8年後」が近づきつつある昨今、本当に馬雲氏の「予言」通りにマンション価格は「ネギのように」なるのか、というのがネット上で話題になっているようです。

(注2)

 動画ではハッキリとは言っていないのですが、この部分は「今後も中国では一定規模のマンション需要が続くと考えられるが、そのレベルはこれまで不動産企業が考えていた最低限の市場規模より下のレベルだ」と言いたいのは明らかです。

(注3)

 中国において新築マンションより中古マンションの方が価格が高いのは、

(1) 中国の場合、新築マンションはコンクリート打ちっぱなしの状態で販売され、購入者が自分の好みに応じて内装工事を行うのが普通なので、内装工事が終わった中古マンションの方が高くなる場合がある。

(2) 過去に建設されたマンションの方が都市の中心部の便利な場所にあることが影響している可能性がある。

(3) 新築マンションには、完成前のマンションについて購入契約を結んだ例が含まれる。中古マンションの場合は確実に既に完成しているので、最近問題になっている「爛尾楼」(建設工事が途中でとまっていつまでも完成しないマンション)の問題が影響して、「中古マンションの方が新築マンションより安心して買える」という心理が影響している可能性がある。

 なお、「中古マンション価格が新築マンション価格より高い」という状況は2016年頃までの一時的なマンション市場の冷え込みの後に出現した現象のようです。現在までの「中古マンションの価格は新築マンションより高い」という状況は、新築マンションを買って保持すれば、そのうちに新築マンションより高い価格で売れる、という心理を生んで、マンション市況を過熱させた一つの要因でもあったようです。現在の状況(大量の中古マンションが売りに出されている状況)を踏まえて、今後は常識的な状況である「新築マンション価格>中古マンション価格」になれば、「新築マンションを買えば黙っていても価値が上がる」という状況ではなくなるため、新築マンションの売れ行きは今後は伸びない、という見方も広がっているようです。

 また、対前年同期比の数字については、昨年(2022年)上半期は「ゼロコロナ政策」の真っ最中であり、特に上海では4~5月は完全な「ロックダウン(都市封鎖)状態」だったことを考慮する必要があります(ちなみに、2022年4月の上海での新車販売台数はゼロ(全く売れなかった)でした)。

(注4)

 現在の為替レートを1元=19.5円だとし、標準的な家族世帯が住むマンションを70平方メートルだとすると、その広さの中古マンション価格は北京が1億246万円、上海は8,624万円ということになります。なお、中国のマンションの面積表示は、共用スペースも含めた面積を入居戸数で割って算出するので、同じ平方メートル表示でも中国の場合は日本より10~15%程度狭いことを考慮する必要があります(つまり、日本の同じ平方メートルのマンションと比較するのだったら、中国のマンションは上の日本円表示の価格より10~15%高いと考える必要がある)。

 実際に住んだ経験で言うと、すぐ近くにJRや地下鉄の駅があり、スーパー、コンビニ、薬局がある、晴れた日の空は澄んだ青い空、ネットで何を書き込んでも捕まる心配がない、という東京と北京とを比べると、70平米で1億円以上するというマンション価格は私にとっては「話にならないとんでもない価格」だと感じます。なお、現在の北京の地下鉄の最低料金は3元(約60円)、北京のタクシー最低料金は20元(約400円)以下です。

(注5)

 二線都市がこういう状況であることを考えれば、もっと小規模な(=需要が少ない)三線都市、四線都市ではもっと価格が下落していることは容易に想像できます。

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 上に紹介した王波氏の解説動画「なぜ爛尾マンション(建設工事が途中でストップして完成しないマンション)を買った人は住宅ローンの返済をやめられないのか」(6月20日アップ)は私が閲覧した7月13日の時点では「52万人が視聴した」と表示が出ていました。中国中央電視台等の公式メディアが「現在の中国経済は穏やかに回復している」などと報道していても、中国の人々は現在の中国経済の状況をよく知っていると思います。

 上の具体的な数字を見ればわかるように、「中国の全国各地でマンション価格が暴落している」というわけではないので、「中国でマンション・バブルが崩壊した」という表現は正しくない、という見方もあろうかと思います。しかし、中古マンションの売り出し数が急増している、中古マンションの販売成約数が激減している、といった状況を考えれば、また、累次ご紹介しているマンション市場の現状を解説する「解説動画」の内容を見る限り、現時点で既に中国においてマンション・バブルの崩壊が始まっていることは明らかです。中国におけるマンション・バブル崩壊の進行は、経済面だけでなく、政治的にも世界に大きなインパクトを与える可能性がありますから、日本の一般マスコミももっと現状の深刻さを認識した上で報道して欲しいと思います。

 今まで長年にもわたって「中国のマンション・バブルは崩壊する」と言われながら、毎回「何とかなってきた」ので、今回も「何とかなるだろう」という見方もあるかもしれませんが、私は中国共産党と中国政府の機能が完全に硬直化してしまった習近平氏三期目体制では、現在進行中の危機的状況に対しては適切な対応はできないのではないかと危惧しています。とりあえず、7月末の中国共産党政治局会議で何らかの具体的かつ効果的な対応策が打ち出されるかどうかが注目されます。

 

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2023年7月 8日 (土)

何も言わない皇帝を忖度(そんたく)する官僚たち

 最近の習近平政権の政策について、私は「迅速な具体策が出てこない」「各種対応がチグハグで方向性がはっきりしない」「政府高官の発言に『非常識』なものが多い」と感じています。具体的に書くと以下の通りです。

○マンション・バブル崩壊に伴う経済の低迷に対する対応策が出てこない(0.1%の利下げといった小粒の対症療法的対応しか出てこない)

○習近平氏自身がマイクロ・ソフトのビル・ゲイツ氏と対等なスタイルで会談する一方、ブリンケン国務長官との会談では「皇帝が臣下と会うようなスタイル」で会談した→経済面でアメリカと協調したいのかどうかサッパリわからない。

○李強総理が夏季ダボス会議で中国経済の対外開放の促進と諸外国との経済的協力関係の強化を訴える一方、「人民日報」や「新聞聯播」では、連日のように反米・反日キャンペーンを行っている→日本やアメリカとの経済関係を強化したいのかしたくないのかサッパリわからない。

○河野洋平元衆議院議長・玉城デニー沖縄県知事らと李強国務院総理が会談して友好的な雰囲気を作った翌日、習近平氏は人民解放軍東部戦区を視察して「実戦的軍事訓練に大いに力を入れ、勝利する能力の向上を加速する必要がある」と語った→アジア諸国と友好関係を築きたいのか強硬姿勢で突っ張る方針なのかサッパリわからない。

○外交担当トップの王毅中国共産党共産党政治局員が日中韓の関係者が参加した会合で「(中日韓の人は)頭を金髪に染めても鼻を高くしても、西洋人にはなれない」「欧米人は中日韓の区別が付かない」「われわれは自分たちのルーツがどこにあるのか知るべきだ」と述べた→日本での滞在経験も長いベテラン外交官の言葉としては非常識過ぎる(「日本も韓国もしょせんは中国の子分だろ」という考え方がミエミエ)。

 上の件に象徴的に現れていますが、習近平政権の十年間を見てきて感じるのは、以下の諸点です。

☆中国の今後に大きな影響を与える具体的な政策については習近平氏自身は判断を示さない

例1)2019年6月に始まった香港でのデモに対して習近平氏が明示的な判断を明言しないまま2020年6月の全人代常務委員会で香港国家安全維持法が制定された。

例2)「ゼロコロナは断固として維持すべき」と言い続けてきた習近平氏が何も言わないまま、2022年12月7日、「国務院新型コロナ感染症対応防疫コントロール総合グループ」が実質的に「ゼロコロナ政策」を撤廃する通知を行った。

☆対外関係では「シッポを振って関係改善を求めてくる相手には寛大な姿勢を示すが、そうでない相手は冷たくあしらう」(つまり、「三跪九叩頭の礼」をしてくる朝貢国には恩恵を与えるが、そうではない国とは関係を拒否するというかつての中華帝国皇帝の発想で対応する)

☆具体的政策について何も言わない習近平氏に対し、各担当の官僚たちが自分たち自身の考えに基づいて習近平氏が考えているであろう方向性を「忖度」した言動をするので、時として外から見ると中国政府の対応がチグハグに見えたり非常識に見えたりする。

 このような状況を見ていると、習近平氏がトップをしている中国共産党及び中国政府は、組織として機能不全に陥っている可能性がある、と思えてきます。

 この感覚は私は以前からずっと持っていました。今、改めて、このブログの過去の記事をチェックしてみたら、「機能不全」という文言をタイトルに入れた記事は以下の5つありました。

2021年10月9日付け記事:中国国内の行政が機能不全に陥っていないか

2022年3月19日付け記事:習近平政権は機能不全に陥りつつあるように見える

2022年10月22日付け記事:習近平氏三期目で中国政府が機能不全となる可能性

2022年12月17日付け記事:中国政府機能不全と非習近平色の中央経済工作会議

2022年12月30日付け記事:中国共産党政権下の行政機能不全が世界のリスクへ

 私は「中国共産党及び中国政府が組織として機能不全に陥っているのではないか」という懸念は、アメリカも持っているのではないかと推測しています。アメリカのバイデン政権は、議会や世論における対中強硬姿勢に配慮して、具体的な政策では中国に対抗する様々な政策を打ち出していますが、一方で、先にブリンケン国務長官を訪中させ、直近ではイエレン財務長官を訪中させるなど中国政府との意見交換を積極的に行っており、習近平氏との首脳会談の実現へ向けて動いています。これは、習近平政権が国内政策でコケたり(例えば、マンション・バブル崩壊が中国国内の金融システム不安を引き起こす、など)、合理的な判断力を失って暴発したり(例えば、予想外のタイミングで台湾の武力侵攻を始める、など)するとアメリカ自身も困るので、できるだけ中国国内の関係者とのパイプを太くしておいて、不測の事態が起きないようにしたい、とバイデン政権が考えているからではないか、と私は推測しているのです。

 特に、ブリンケン国務長官に続く高官の訪中者が通商関係でも軍事関係でもなくイエレン財務長官だった、という点は、バイデン政権がマンション・バブル崩壊に伴う中国の金融システム不安を懸念している表れではないか、と私は見ています。中国は日本に次ぐ世界第二位のアメリカ国債保有国ですから、中国で金融システム不安が発生したら、それは直接的にアメリカ自身の問題に跳ね返ってきますからね。イエレン氏は、経済学者で、前のFRB(連邦準備制度理事会)議長だというのも国務長官に続いて訪中するアメリカ政府高官として選ばれた理由だと私は思います。

 中国政府が機能不全に陥っているのではないか、という感覚は、中国国内の人々も持っている可能性があります。7月4日(火)に放送された日経CNBCの昼エクスプレスの中で楽天証券研究所客員研究員の加藤嘉一氏は、三年半ぶりに中国に出張して感じた現地の感覚として、中国の多くの人が習近平氏が具体的にどのような政策を出してくるのか様子見をしている雰囲気が充満していた、と語っていました。

 習近平政権の一期目と二期目は李克強氏が国務院総理をしていたので、習近平氏がトップをしていても、具体的政策については李克強氏がうまく取り繕ってくれるだろうという思いもあったのですが、李克強氏が政権からいなくなった今、具体的政策を企画立案するのは誰なんだろう、という思いは、中国内外の多くの人が抱いている感覚だと思います。

 現在の中国経済は、マンション・バブル崩壊が進行中で、若者の就職環境も厳しい状況です。こうした中で、仮に「習近平政権下の中国政府は機能不全だ」との感覚が中国国内で広がったら、これはゆゆしき事態だと思います。一刻も早く、政府全体の方向性をビシッと示す「所信表明」が行われて、その方針に基づく具体的な政策群を打ち出す必要があると思います。(例えば、「共同富裕」というようなイメージ先行のスローンが語られる一方、それを具現化する具体的な政策が何も出てきていない、という点が中国の人々を「様子見」にさせている根本的な原因だと私は思っています)。

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 7月になってテンセント網・房産(マンション)チャンネルのトップページのニュースの更新が止まりました。いつかはこうなると思っていました。人民日報ホームページの房産チャンネルは、2021年4月頃からニュースの更新が滞りはじめた後、8月末をもってチャンネル自体が消滅してしまいましたし、民間のマンション関連ニュースサイトとして見ていた中国網の房産チャンネルも2022年6月頃からニュースの更新が滞るようになりました。マンション市場の状況が困難になる中、当局がニュース・サイトに対する締め付けを強化しているのは明らかです。

 その中でテンセント網・房産チャンネルはホットな情報が頻繁にアップされるので私は毎日のように見ています。テンセント網・房産チャンネルは、現在はトップページ(首頁)の記事は6月末のものから更新されていない状態になっていますが、「資訊」(日本語で言えば「情報」)のページには最新のニュースや解説動画が載っているので、今日(2023年7月8日(土))の時点では実質的な不便は感じていません。

 今日見たテンセント網・房産チャンネルの「資訊」の記事の中で目に付いたのは「マンションをタダであげます!」という話でした。ある人がSNSで「私のマンションをタダであげます」という書き込みをしたことが話題になっているという話です。「マンション価格は今後下がりそうだし、住宅ローンを返済し続けるのはツラいので、私のマンションをタダであげるから、今後の住宅ローンの返済はお願いします」というような書き込みだったようです。「ついにマンションをタダであげる時代になったのか」という記事もありました。

 解説動画の中には「既にマンションに対する熱狂の時代は終わった。コロナ禍と『三道紅線』(三つのレッドライン:借金体質の不動産企業に対する融資規制)で時代は変わったのだ。我々は若年層失業率が20%、これから人口が減少する時代を生きている。」といった内容のものもありました。

 こういうような内容のネット記事や解説動画を人々に見せたくない、という中国当局の考え方もよくわかりますが、こういったネットを規制しても問題は何も解決しないと思います。多額の財産をつぎ込んで購入したマンションの価値が今後どうなるかわからない、という不安を持ち始めた中国の人々の気持ちを力づくで抑え込むようなやり方はむしろ逆効果だと私は思います。

 こういったネットのサイトに対する規制についても、おそらくは検閲担当の係官は、自分がどういう方向でどの程度の厳しさでネットの規制をやったらいいかよくわかっていない(担当部署によって方針が統一されていない)のが現状だと思います。「何も言わない皇帝を忖度する官僚たちによって運営される機能不全の政府」のボロは、検閲部門で真っ先に表面化してくるのかもしれません。

 

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2023年7月 1日 (土)

人民元安と資産流出が続いているが対策は出ない

 中国の通貨・人民元の対米ドルレートがジリジリと人民元安の方向に動いています。日本円の円安も進行中ですが、人民元安のスピードの方がやや速く、日本円対人民元では、若干ながら「円高・人民元安」の方向に動いています。昨日(2023年6月30日(金))の時点では1ドル=7.27人民元となっており、2019-2020年の水準を超え、「ゼロコロナ」の最中だった2022年10月頃の人民元最安値(1ドル=7.375人民元)に迫っています。

 人民元安の理由は、基本的には、欧米各国がインフレ対応のために急速な利上げを行っている一方、中国では「ゼロコロナ」解除後の経済回復が進んでおらず、中国人民銀行が利下げの方向に金融政策を動かしているため、金利差拡大によって人民元が売られる傾向が強いからです。さらに、マンション・バブルの崩壊が明確となり、諸外国から中国に流入していた資金が流出するとともに、中国の富裕層なども中国経済の将来を悲観して資産を外国に移していることも原因のひとつと思われます。後者はキャピタル・フライト(資産流出)と呼ばれますが、将来的にも人民元安が続くという見方が定着すると、人民元を売って外貨を買って外国の資産を買おうとする動きが活発になるので、さらに人民元安圧力が強まる、という「負のスパイラル」に陥る危険性があります。

 ここのところ日本の株価が非常に高くなっていますが、これは諸外国の投資家がアジアに振り向けている資金のうち、中国に投資していた分を日本に振り向け直しているのもひとつの要因だ、という解説がなされています。また、ここのところ東京周辺でマンション価格が非常に高止まりしているのも、中国に投資していた外国人投資家や中国の富裕層が中国国内におけるマンション・バブル崩壊の状況を踏まえて、資金を日本に振り向けているからだ、という見方もなされています。

 6月18日(日)付けの経済投資専門週刊紙「日経ヴェリタス」30面に「不動産熱冷めぬシンガポール」と題する記事が載っていました。この記事によると、6月5日にシンガポール政府が突然180年を超える歴史を持つシンガポール唯一の競馬場「シンガポール・ターフ・クラブ」を閉鎖すると発表したとのことですが、これは、シンガポールでは不動産市場が過熱しているため、競馬場を閉鎖してできる120ヘクタールの跡地を不動産開発用地として活用する計画のためなのだそうです。

 この記事では、シンガポールの不動産市場の過熱は、投機によるものではなく、実需に基づくものなので、少々の不動産開発用地の供給増加では効果が出ないのでは、との見方を紹介しています。中国本土や香港の富裕層のシンガポールへの移住希望者が多いことが背景にあるようです。シンガポールは、中華系、マレイ系、インド系などの住民が入り混じった国際都市国家ですが、住民の9割は中華系だと言われています。私もシンガポールへ行ってタクシーに乗ったとき、タクシーの運転手さんに私の中国語が通じて感激したことを覚えています。中国の富裕層にとっては、おそらくシンガポールは非常に親近感のある住みやすい国だと感じるのでしょう。

 中国国内でマンション・バブルが拡大している間は中国国内に資産を増やすチャンスはたくさん転がっていたのだと思いますが、中国国内のマンション・バブル崩壊が明確になっている現状においては、中国の富裕層はシンガポールや日本やその他の諸外国に資産を移す動きを加速させているのだと思います。

 これらの状況に対して、習近平政権は、一向に対応策を打ち出す気配を見せていません。昨日(2023年6月30日(金))、中国共産党政治局会議が開催されたので、何か経済関係の政策が打ち出されるかなぁ、と期待してニュースを見ていたのですが、今回の会議で議題になったのは、現在進行中の雄安新区開発プロジェクトに関するものでした。私は「中国共産党政治局会議」とは政策の基本方針を議論する会議だと思っているのですが、そこでこういう個別プロジェクトに関する議論がなされた(=政策の基本方針に関する議論がなされなかった)ことにいささかがっかりしました(「中国共産党政治局会議」は、基本的に毎月一回月末に開催されるのですが、2023年の1月と5月は開催されなかった(あるいは開催されたけれども開催されたことが報道されなかった)こともあり、私は「習近平氏が三期目続投を決めてから、政治局会議の機能が低下したように見えるなぁ」と感じています)。

 先日、コロナ禍によりここ数年は開催が見送られていた世界経済フォーラム夏季会合(いわゆる「夏季ダボス会議」)が天津で開催されました。李強総理が出席してスピーチをしたので、ここで何か目新しい政策方針などが示されるのかなぁ、と期待していたのですが、この会議でも、李強総理は、3月の全人代で示された5%前後という今年(2023年)の経済成長を達成することに自信を示したものの、その根拠は明示せず、現在進行中のマンション・バブル崩壊に対する対応策も何も明らかにしませんでした。

 先ほどちょうど十年前の2013年7月頃のこのブログの記事を読み返したのですが、十年前、即ち、習近平政権が正式に発足した年の夏には、実に様々な具体的政策が打ち出されていました。以下のような諸点です。

・経済のバブル化を避けるため、国外からの投機マネーの流入を抑制するために「偽装輸出」を厳しく取り締まる。

・銀行金利の自由化のためにそれまで設けていた銀行貸出金利の下限を撤廃する。

・上海自由貿易試験区を設立する。

・都市間鉄道、都市郊外鉄道、資源開発用鉄道について、地方政府と民間資本に開放し、これらの鉄道の所有権と経営権を認める。

 特に最後の鉄道改革は、解放前の中国が外国資本により主要鉄道を押さえられていた(例えば日本が南満州鉄道を掌握していた)という経験を踏まえて鉄道は国有とすることを原則としてきた中華人民共和国にとっては、画期的な改革だと私は考えていました。しかし、十年経過した今、民間資本が所有したり経営したりしている鉄道があるとは私は聞いていないので、この改革は結局は「掛け声倒れ」に終わったようです(別の言い方をすれば、この改革を主導した李克強氏は、巨大利権集団化している中国政府の鉄道部門という「岩盤の既得権益グループ」を突き崩すことができなかった、ということです)。

 その後順調に改革が進んだかどうかは別として、少なくとも習近平政権の一期目の初期段階である2013年7月頃には、世界の人々が驚くほど様々な改革メニューが次々と打ち出されていたことが思い出されます(だからこそ、世界の多くの人々は、当時の中国の経済政策を国務院総理の李克強氏の名を借りて「リコノミクス」ともてはやしたのでした)。

 それに比べると、国務院総理が李強氏に交代した習近平政権の三期目は、新しい政策が驚くほど何も出てきていません。マンション・バブル崩壊が始まってしまった、という点で、現在(2023年)の方が十年前(2013年)よりも経済を巡る状況が格段に悪いにも係わらず、です。

 十年前のこのブログの記事を読み返して思い出したのは、当時の国務院総理だった李克強氏や中国人民銀行総裁だった周小川氏は、上に書いたような様々な改革を実行に移していた一方、習近平氏の方は「ぜいたく禁止令」とか「人民解放軍の文芸関連部署の人員が地方のテレビ局の『のど自慢』の類の番組に出演するのを禁ずる」とかいうことでしか目立っていなかったので、当時の私は「実際の政策は李克強総理が取り仕切っている」というイメージを持っていた、ということです。この当時(2013年7月頃)は、元重慶市党書記の薄煕来氏に対する裁判が進行中で、習近平氏はこちらの方面で多忙だった、という面があったのかもしれません。ただ、改めて感じるのは、習近平三期目政権では、李克強元総理や周小川元中国人民銀行総裁のような国際的にも「切れ者」と思われるような経済政策の実行者が見当たらないなぁ、ということです。

 マンション・バブル崩壊が明確になっている現状において、具体的数字として対ドルでの人民元安がジリジリと進行し、どうやら中国の富裕層などによる中国からの資産流出が起きているらしい、と見られる状況に対して、習近平政権が何も対応策を打ち出していない(打ち出そうという気配すらない)というはかなりマズいと私は思います。特に、「中央政府での経験がなくて大丈夫か」と心配されていた李強総理については、うまくいくかどうかは別にして、何か対応策を打ち出さないと、「やっぱり経験不足で具体策は何もできないようだ」と内外から思われてしまいかねません。

 毎年、7月末の中国共産党政治局会議では、その年後半の経済政策について議論されることが多いので、今月末の政治局会議までには具体的な経済政策が打ち出されることに期待したいものです。データ面では、現在進行中の人民元安がこれからもジリジリと進むのかどうかに注目すべきだと思います。具体的に言えば、中国では「ゼロコロナ」による経済停滞の底、かつ、利上げ予想で米ドル高のピークだった(円安もピークだった)去年(2022年)10月の最安値1ドル=7.375人民元を超えて人民元安が進んでしまうようなら、中国からのキャピタル・フライト(資産流出)が本格的になると考えて警戒を強める必要があると思います。

 

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2023年6月24日 (土)

中国のマンション・バブル崩壊が進行中

 この火曜日(2023年6月20日)、中国人民銀行は事実上の政策金利と言われる「最優遇貸出金利(LPR)」の一年物を0.10%引き下げて3.55%にしました。この利下げをNHKでは「不動産市場の低迷など景気の回復ペースが鈍るなか、利下げで需要を刺激する狙いだ。」と伝えました。各報道機関も同様の報道の仕方ですが、どこも「中国ではマンション・バブルの崩壊が始まったので」という表現はしていません。表現が刺激的だし、「何をもってマンション・バブルの崩壊が始まったのか」を断言できるかが明確ではないからです。ただ客観的に言えば、中国において「日本における平成バブルの崩壊またはそれを上回る不動産市場の資産価値下落の連鎖が始まっている」のは間違いありません。

 現在の中国の経済状況において「0.1%の利下げでは足りない」「財政出動などその他の景気刺激策が何も出てきていない」ということで「物足りない」として、中国の利下げ発表後、世界各国では株価が下落しました。今日(2023年6月24日(土))付け日本経済新聞朝刊の19面では、昨日(6月23日(金))の東京株式市場での株価下落について「日経平均、一時600円超安 中国景気の悪化懸念 嫌気」と題して書いています。この記事の中で、専門家による「中国経済が思うほど上向かず、景気不安の『チャイナ・リスク』が意識された感は否めない。」というコメントを紹介しています。これは私には「奥歯に物が挟まったようなコメント」のように聞こえます。私は現在の中国の不動産市場の状況は既に極めて明確なものになっており、一時的な景気後退ではなく、構造的で長期的な「巨大バブルの崩壊の始まり」と言えるものであって、日本の平成バブル崩壊が日本に「失われた十年」「失われた二十年」をもたらした以上のインパクトを中国の経済社会に与えるものだと考えています。

 現在は、資産としてマンションを保有している家計が将来の値下がりを懸念して中古市場にマンションを売り出す一方、不要不急の消費を抑制して、中国全体の消費が低迷している段階です。各地の地方政府がマンション市場での「安売り禁止令」を出しているために統計上に現れるマンション価格の下落幅はまだ小さいのですが、市場の状況を反映したマンション価格が定着するようになれば、多くの企業が資産として抱えているマンションやその他の不動産の資産価値が下がっていることが帳簿上表面化し、各企業の資金繰りの自由度に制限が掛かるようになる「バランス・シート不況」の段階に進みます。「週刊東洋経済」最新号(2023年6月24日号)の「ニュースの核心」の欄でコラムニストの西村豪太氏は「ピークチャイナ後に中国経済は日本化するのか」と題する文章を書いていますが、西村氏はこの中で中国がかつて日本が経験した「バランスシート不況」を迎えようとしているのではないか、と指摘しています。

 私がマンション・バブル崩壊が重要だと考える理由は、2023年4月1日付けのこのブログの記事「中国のマンション・バブルはなぜ重要か」で書きました。それに加えて今回指摘したいのは次の点です。

 ひとつは、中国のマンション・バブル崩壊はその規模からして日本の平成バブル崩壊をしのぐ大きさである上に、それ以上に中国の政治システムがこれまで経験したことのない経済的危機に対応するだけの政治的柔軟性を持っていない、ということです。日本の平成バブル崩壊は日本の政治における「五十五年体制」の終焉、即ち1990年代の細川内閣(非自民連立内閣)の誕生をもたらしました。細川内閣に対する評価は様々だと思いますが、少なくとも言えるのは、日本は民主主義制度下にあり、危機に直面した際のひとつの選択肢として「政権交代」を選択できるという政治的柔軟性を持っていた、ということです。極めて硬直的な政治制度の中国において、政治的に危機に対する柔軟な対応ができるかどうかは極めて疑問です。

 1853年に黒船が来た時、その当時の江戸幕府は経験したことのない危機に直面して、藩や身分の枠を超えて幅広く多くの人々から建白書を募りました(そして目を引いた建白書を提出した無役の旗本だった勝海舟(当時31歳)を抜擢したのでした)。それでも江戸幕府は危機を乗り切れずに崩壊してしまったわけですが、現在の中国の習近平政権は幕末期の江戸幕府が持っていた程度の柔軟性すら持っていない点が非常に懸念されます。

 もうひとつは、マンション・バブル崩壊に伴う総需要の減退と各企業のバランス・シート悪化に対応して、中国共産党が強制的総需要の創出と全経済の強権的管理のために戦争を開始するというオプションが現実問題としてあり得るという点です。「台湾への武力侵攻」の可能性が存在しているからです。習近平氏の目指す最も重要な最終目標が「中国人民の幸福の向上」ではなく「自分がトップとなっている中国共産党による支配の維持・強化」なのであれば、「戦争の開始」は十分に選択される可能性のある政策オプションだと言えます。

 私の印象では、日本の中には中国のマンション・バブルの崩壊が既に始まっている状況がまだ「本気度」を伴って伝わっていないように思えます。現在の状況を示すために、最近、テンセント網・房産チャンネルで見たいくつかの記事の見出しを書いておきます。

○「価格を下げてもマンションを売れない中年の人:マンションによる利益を上げられない、のではなく、マンションによって損をした最初の世代」(6月19日アップ)

 この記事では、値下げしてもマンションが売れなくて、損失を出した人の実例をいくつか紹介しています。

○「中央財経領導小組弁公室前副主任が不動産市場の低迷について語る:変革しなければ金融危機を引き起こすだろう」(6月18日アップ)

 この記事では、6月17日に行われた第45回清華大学中国と世界の経済シンポジウムの席上、全国政治協商会議委員で前中央財経領導小組弁公室副主任の尹艶林氏が語った内容を報じています。尹艶林氏は、次のように語ったとのことです。

「マンション市場が経済に与える影響は決して軽視してはならない。マンション市場の低迷は次のような一連の問題を引き起こすからである。即ち、川上・川下の産業の市場回復を制約するだけでなく、貨幣の流動性の喪失によって実態経済に向かう流動性のチャンネルを失わせ、地方政府の債務問題を悪化させ、『灰色のサイ』の問題を『ブラック・スワン』に変化させるリスクを増大させるからである。」

(注)「灰色のサイ」は「普段その存在は皆が知っているがそれほど問題視してないことが突然暴れ出して大変なことになる事態」、「ブラック・スワン」は「滅多に起こらないと思われるが起こると大変なことになる事態」のことで、ともに経済バブル崩壊や金融危機など経済的な危機に関する表現です。

 尹艶林氏のような中国共産党の政策検討の中枢にいるエコノミストがこのような強い危機感を持っていることは重要なことだと思います。問題は、こうしたエコノミストたちの意見をきちんと聞いて、習近平氏が「正しい政治判断」をするかどうか、です。このブログで何回も指摘しているように、土地使用権売買と土地開発業者に対する国有銀行の融資決定は、中国共産党地方幹部の「権力行使」に係わる「メシの種」ですので、エコノミストたちの進言を聞き入れて抜本的な対策に切り込むためには、中国共産党という利益集団自体の体制にメスを入れる必要があるので、習近平氏が根本まで切り込んだクリアカットなバブル崩壊対応策をとれるかどうかは予断を許しません。

 世界のマーケットでは、現在の中国経済の低迷について、まだ「いつもある経済の上昇と低迷の波の一つであって、中国共産党は今までと同じように何らかの刺激策を講じて、ほどなく中国経済を上昇基調に戻すことはできるはずだ」と考えている人が多いと思います。しかしながら、私は現在の中国の状況は「既にマンション・バブルの崩壊が明確に始まった状況であり、日本の平成バブル崩壊と同じような構造的で不可逆的な変化が起きつつある状況である」と考えています。中国の場合、こうした経済的不可逆変化が大きな政治的変動を引き起こす可能性が大きいので、今回も改めてマンション・バブル崩壊について書かせていただきました。

 

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2023年6月17日 (土)

「中華民族の偉大な復興」における国際感覚

 マンション・バブル崩壊による中国経済の低迷は、いろいろなところで「目に見える形」で問題視されてきています。一昨日の木曜日(2023年6月15日)付けの日本経済新聞朝刊の1面トップ記事は「中国、深まる地方財政難 『隠れ債務』1,100兆円 不動産低迷で 景気の重荷に」でしたし、同日付の朝日新聞朝刊11面には「天下一の廃墟 過剰開発の果て 中国 地方の財政悪化に政権危機感 役人の実績作り採算性無視 債務返済『省の能力では無理』」という記事が載っていました。

 今日(2023年6月17日(土))閲覧したテンセント網・房産チャンネルにアップされていた中国地産報の記事(2023年6月17日付け)はタイトルが「千人のお客が見に来て成約は1戸! 杭州の中古マンション市場では投資者による投げ売り(中国語で「抛售」)が現れている」というものでした。この記事では、中国の電子商取引最大手のアリババが実施したリストラも影響して、アリババの本社がある浙江省杭州市では中古マンションの「投げ売り」が増えており、需要とのバランスが崩れて、なかなか中古マンションが販売できていない、ということを紹介していました。この記事によれば、通常は、10~20組のお客が見に来て1戸が売れる、という状況のところ、ここのところの杭州では千組のお客が見に来てようやく一戸が売れる、というような状況なのだそうです。

 マンション・バブルの崩壊は、建設業などの直接関係する業界のみならず、セメント、鉄鋼、家電など幅広い業界に影響し、中国の雇用情勢によくない影響を与え、土地使用権売却収入に依存する地方政府の財政危機をもたらすなど、中国の経済・社会に大きな影響を与える現象なのですが、現在のところ三期目に入った習近平政権は具体的な対応策を打ち出していません(「打ち出せない」というのが実情なのかもしれません)。

 その一方で、このところの「人民日報」や中国中央電視台夜7時のニュース「新聞聯播」でよく報じられているのは、習近平氏が6月初めに出席した「文化伝承発展座談会」に関連して「中国の伝統文化を伝承し発展させること」に関連するものです。中国の伝統文化を伝承させ発展させることは重要な案件だとは思いますが、経済の低迷を無視するようなこういったキャンペーンは、中国の人々の中のナショナリズム的感情を高揚させるという、二週間前に書いた「習近平氏が戦争の準備をしている可能性」の延長線上にあるようにさえ感じます。

 そもそも習近平氏は、政権トップに就いた最初の頃から「中華民族の偉大な復興」というテーマを前面に打ち出してきました。他方で経済面で進めている「一帯一路(海と陸のシルクロード)」のキャンペーンと併せて見るとき、習近平氏が思い描いているのは、陸のシルクロードを使って栄えた唐や東南アジアやアラビア半島からアフリカまで何回も大航海を行った鄭和に象徴されるような明の時代、あるいは広大な地域を支配して周辺諸国を圧倒していた清の時代の中国に戻る、というイメージのように思えます。

 このような発想は、中国の周辺諸国にとっては穏やかな話ではありません。なぜなら、清の時代の最大の領土の範囲は、現在の新疆ウィグル自治区やチベットはもちろん、現在のモンゴルも「清の一部」でしたし、ロシア極東地域においては沿海州(ウラジオストックやハバロフスクなどを含む地域)も「清の一部」でした。朝鮮、ベトナム、琉球は清の朝貢国でした。先頃、シルクロードの出発点と言われる西安で開催された中央アジア・サミットの様子をニュースで見ていると、まるで中国皇帝の習近平氏が「西方の諸民族国家」の首長を謁見しているようにさえ見えました。

 こういった警戒感は習近平政権になってから多くの周辺諸国が感じていたことだと思います。こうした中、6月4日の「人民日報」1面の中国文化の伝承に関する記事の中で、習近平氏が福建省の党書記だった頃に福州(福建省の省都)には当時の中国と琉球(現在の沖縄)が交流していたことを示す文物があることを知った、といった記事が載っていました。よい方に受け取ろうとすれば「中国と日本は歴史上ずっと以前から交流があった。だから日中間の交流は盛んにすべきだ。」という友好的なメッセージだとも取れますが、一方で「これは琉球がかつては中国の朝貢国だったことを示すもので、中国の沖縄に対する影響力を強調する意図があるのではないか」と感じた日本人もいたようです。この件については、いくつかの日本のマスコミでは警戒する論調で報じていました。

 尖閣諸島の問題はあるものの、公式見解としては中国は沖縄の領有権について主張したことは一度もなく、日本側が「警戒心」を持つのは「行きすぎ」だと私は思いますが、「人民日報」が一面トップの記事で(しかも「6月4日」という「敏感な日」の一面トップ記事で)「琉球」に言及したのは、何か意図があるのではないか、何かを示唆しているのではないか、とうがった見方をする人が出るのは仕方のないところです(習近平政権発足直後の2013年5月8日付けの「人民日報」には「歴史的に未解決の琉球(沖縄)問題を再び議論できる時が来た」という記事が掲載され、日本国内がざわついたことがありました)。客観的に言えば、中国が本心から日本との友好関係を重視する気持ちがあるのだったら、こうした「思わせぶりな」記事を「人民日報」の一面トップに掲載することは避けるだろう、と考えるのが普通だと思います。

 ここのところ、台湾や南シナ海といった従来からの中国政府の公式スタンスを超えて、現在確定している国際秩序に挑戦するかのような中国の関係者の言動が目立っていると思います。

 ひとつは、「週刊東洋経済」の最新号(2023年6月17日号)の「中国動態」のページで九州大学大学院教授の益尾知佐子氏が書いている案件です。最近開催された国際会議「アジアの未来」の中で中国社会科学院日本研究所の楊伯江所長が「サンフランシスコ体制はつくり替えるべきだ。中国は同条約を認めていない。東アジアの様々な問題はこれに起因する。」と発言したという件です。1951年のサンフランシスコ講和条約は、第二次世界大戦における日本と連合国側との「戦争状態」を最終的に終了させる条約で、この条約により日本は国際社会の中に独立国として復帰したのでした。中国(蒋介石が率いる中華民国も中華人民共和国も)この講話条約の会議には招待されなかったので、中国がサンフランシスコ講和条約に署名していないのは事実ですが(旧ソ連(現在のロシア)は会議には出席したが署名しなかった)、かといってこの講和条約を「作り替えるべきだ」と主張することは、日本を独立国として認めていないと主張するのと同じ意味であり、現在の国際秩序を否定するものです。

 もうひとつは、中国の在フランス大使が4月21日に放送されたテレビ局のインタビューでウクライナやバルト三国について「主権国家であることを定めた国際的な合意はない」と発言したことです。バルト三国は1991年のソ連崩壊へ至る過程で独立し、ウクライナも1991年12月の独立国家共同体の創立時に独立しました(ロシアも独立国家共同体の中の「ひとつの国家」でしたから、このウクライナの独立はロシア自身も認めていたことでした)。この在仏中国大使の発言は、こうした「過去に成立した現在の国際秩序」を否定するものでした(さすがにこの発言は、上に書いたような「一人の研究者の発言」とは違って、中国政府を代表する大使の発言でしたので、中国政府自身も問題視していた可能性があります。6月12日、香港の星島日報は、この在仏中国大使が近く異動になる、と報じています)。

 これらの発言は、中国国内にある「中国は現在の国際秩序を認めない」という考え方を反映しているように見えます。習近平氏は、最近、「現代化とは西欧が決めた通りにするものではない。中国は中国式現代化の道を歩む。」と盛んに言っています。現在、中国の公的な立場の人々は様々な場で「中国政府の立場を代表して発言する」のではなく、「習近平氏の考え方を忖度(そんたく)して発言する」傾向が強いので、おそらくは上記の二つの発言は、習近平氏が「現在の国際秩序(武力によって現状を変更してはならない)は20世紀の二つの世界大戦を通じて欧米諸国が築き上げたものであるので、中国はそれに従う必要はない」と考えているだろうと「忖度」してなされたのだろうと思います。

 仮に習近平氏が「現在の国際秩序は20世紀の二つの世界大戦を通じて欧米諸国が築き上げたものであるので、中国はそれに従う必要はない」と本気で考えているのだとしたら、それは世界にとって極めてゆゆしきことです。そもそも毛沢東の死後、トウ小平氏によって本格的に国際社会に復帰して発展を遂げてきた改革開放後の中国は「現在の国際秩序を尊重し、諸外国との友好関係を推進して、諸外国の協力を得て経済を発展させる」ことを基本路線としてきたのですから、仮に習近平氏が上に書いたように考えているのだとしたら、中国はこれまでの国際協調路線から離脱するつもりであることを意味するからです。

 たぶん習近平氏が盛んに主張している「中華民族の偉大な復興」は、中国を唐や明や清の時代のような「世界の大国」に復活させようという方向性を示して国内の人々をナショナリズムの感情によって一つにまとめようと意図していることから出発しているのであり、習近平氏自身は、諸外国と対立し、現在の国際秩序を無視しようとまでは考えてはいないと思います。しかし、習近平政権の十年間は、中国国内の人々に対して「全ては習近平氏の意向に沿うようにすべきだ。習近平氏が考えていることを忖度して実践することが『よいこと』なのだ」という気持ちを浸透させることに成功し過ぎてしまい、「習近平氏の意向を忖度した各方面の人々」が国際社会で摩擦を起こしているのが現状なのだと思います。

 6月15日(木)に放送されたテレビ東京の News モーニングサテライトでは、中国の大きな支援で建設された中国雲南省の昆明とラオスの首都・ビェンチャンを結ぶ鉄道(中老鉄道)を紹介していましたが、この鉄道のPR動画の中で使われている歌の中で「中老鉄道に乗って海へ行こう」と歌われていることを紹介していました。内陸国のラオスには海はありません。「海へ行こう」と歌っているのは、この鉄道が将来はタイ、マレーシアからシンガポールまで延長されることが(少なくとも中国側においては)想定されているからなのだそうです。「普通の国の人の感覚」だったら、国際的な最終決定がまだなされていないのに「将来はタイやマレーシアやシンガポールまで伸びるこの鉄道に乗って海に行こう!」などと歌うのは国際的に物議を醸すだろうと思うはずです。しかしながら、実際には平気でこうした歌がPR動画の中で使われているのは「習近平氏の考えを忖度すればそれでよい。外国の人がどう思うかなどは全く関係ない。」という現在の中国の人々の「国際感覚」を表していると思います。

 中国共産党が中国の人々に「どういう国際感覚を持って欲しいか」と考えているのかを示す最もよい例は、中国中央電視台夜7時のニュース「新聞聯報」の中の国際ニュースだと私は思っています。先日のG7広島サミットが開かれている期間、「新聞聯報」の国際ニュースでは、G7広島サミット自体はもちろん、各国首脳が広島平和祈念館を訪問したことやウクライナのゼレンスキー大統領も参加した会議が開かれたことは一切報道されませんでした。その代わり会場周辺で行われていた日本の市民団体によるG7広島サミット開催反対のデモの様子を報道していました。また、先日、WHOが新型コロナに関する「パンデミック終了宣言」をやった時のニュースでは、WHOのニュースの直後に「ロシアの関係者がアメリカがウクライナ国内で生物兵器の開発を行っている可能性があると指摘した」というニュースを流していました。要するに、国際ニュースの項目の選択と報道の仕方が「アメリカによる世界支配はケシカラン」というトーンで統一されているのです。

 中国をよくご存じない方に是非言っておきたいのは、中国では昔からこうだったというわけではない、ということです。以前の(習近平政権より前の)「新聞聯報」はこうではありませんでした。もちろん国際ニュースについては「中国からの視点」に基づく報道の仕方でしたが、胡錦濤政権の時代までは、中国が直接関係しない第三国関係の国際ニュースの報道は基本的に中立の立場で、私は日本における国際ニュースとはあまり変わらないと感じていました。

 さらに言えば、1980年代は、中国における国際報道はもっと「国際常識に基づくもの」でした。中国中央電視台の総合チャンネルでは1986年12月から夜10:10頃から「英語の時間」を放送していました。「英語の時間」では、英語による国際ニュースが伝えられていましたが、外国で起きた案件に関するニュースについては、アメリカABCやイギリスITNのレポーターによる報道をそのまま放映していました。私は、この頃の中国共産党は、文化大革命時代に世界から孤立して生活していた中国の多くの人々に「普通の国際的な感覚を身につけて欲しい」と考えていたから、こういうテレビ放送をしていたのだろうと考えていました。

 それを考えると、今の習近平氏の中国共産党が中国の人々に身につけて欲しいと思っている「国際感覚」が1980年代とは全く異なることに改めて驚愕します。1980年代は「世界のことを何も知らない中国人民に世界の様子を知って欲しい」と純粋に考えていたのでしょう。今の習近平氏の中国共産党は中国の人々に「今の世界はアメリカに支配されている。我々はアメリカが支配して作り上げた国際秩序を打破しなければならない。これからの国際秩序は中国が中心に築き上げるのだ。」という方向での「国際感覚」を植え付けようとしているように見えます。

 一方、1978年に始まった改革開放政策に基づき、多くの中国の人々が諸外国に留学したり、国際ビジネスを立ち上げたりしてきました。最近は観光で外国へ行く人も多くなっています。外国のことをよく知っている中国の人々は、習近平氏の中国共産党が人々に植え付けようとしている「国際感覚」が「国際的常識」から相当にズレていることをよく知っていると思います。中国の多くの人々が国際的常識からズレた国際感覚を身につけるのだとすれば、それは将来の中国が国際社会の中で生き抜いていく中で大きな障害となるでしょう。ビジネスや学術や文化の面で世界と共通の感覚の下で国際社会の中で生きて行きたいと考えている中国の人々が、現在の習近平氏が人々に植え付けようとしている「中国式の国際感覚」は結果的に中国自身のためにならない、という声を中国国内で上げて欲しいと思います。

 今日(2023年6月17日(土))付けの「人民日報」の一面トップの記事は、習近平氏とマイクロソフトのビル・ゲイツ氏との会談のニュースでした。そもそも皇帝のような習近平氏が一人の民間ビジネスマンと会談すること自体異例ですが、おそらくこれは、近く行われるアメリカのブリンケン国務長官の訪中(習近平氏も会見する可能性が大きい)を前にして、「中国はアメリカとの間で国家としては言いたいことは言うが、ビジネスの面ではアメリカ企業と友好的にやっていくつもりですからね」というメッセージなのでしょう。しかし、こういうやり方は「諸外国との付き合い方」としては、方向性が極めてチグハグです。習近平氏が「ビジネス面ではアメリカを含めて世界各国の企業と友好的に付き合っていくつもりだ」と考えているのなら大いに結構なことですが、それならばテレビの国際ニュースや「人民日報」の紙面での「アメリカによる国際支配はケシカラン」という反米キャンペーンをやめて欲しいし、現在の国際秩序を否定するような中国要人の発言については「それは中国政府(中国共産党の)公式な見解ではない」ときちんと否定するコメントを出して欲しいと思います。

 

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2023年6月10日 (土)

中国経済の低迷と日本の株高との相関性

 ここ一週間のニュースにおいても、最近の中国経済の低迷を示すものが多くありました。それらを掲げると以下の通りです。

○6月7日に中国税関総署が発表した2023年5月の中国の貿易統計によると、ドルベースの対前年同月比で輸出は7.5%減(4月の8.5%増から大幅に減少)、輸入は8.0%減(4月の7.9%減からはわずかに減少幅が縮小)だった。

○6月8日、中国の大手国有銀行は一斉に人民元建て預金金利を引き下げた。

○6月9日に中国国家統計局が発表した2023年5月の中国の物価指標は対前年同月比で、消費者物価指数がプラス0.2%(4月のプラス0.1%からわずかに上昇)、生産者物価指数はマイナス4.6%(4月のマイナス3.6%からマイナス幅が拡大)だった。

 この一週間、オーストラリアとカナダの中央銀行が政策金利を0.25%引き上げました。急速な利上げを続ける諸外国の中にあって、日本銀行が「異次元の量的質的金融緩和」を「維持」していることが目立っていますが、中国の場合は「維持」ではなく、金利引き下げの方向に動いています。消費者物価、生産者物価の動向を見ても、中国経済はデフレの一歩手前の「ディスインフレ状態」に入っていると言えます。特に比較対象となっている一年前の2022年5月はまだ上海が新型コロナによる「ロックダウン(都市封鎖)」の状態にあったことを考えると、この数字の低迷には深刻なものがあると言えます。

 中国経済の低迷の大きな要因の一つはマンション市場の落ち込みです。巨額な負債に苦しむ不動産開発企業の資金繰りは依然として厳しく、「保交楼」(停止したマンション建設工事を再開して購入代金を支払い済みの消費者に契約通りマンションを引き渡すことを確保すること)すら遅々として進んでいません。このため、新規にマンションを買おうと思っている人たちは「様子見」の姿勢に入り、投資用のマンションを持っている人たちの中には「売れる時に売っておこう」と手持ちのマンションを中古市場に売り出す人が増えて、「実態的な」マンション価格は低迷しています(一部の地域では地方政府が「値引き禁止令」を出しているので、表面上のマンション価格の統計数字は市場の実態を正確には表していません)。このため、マンションの新規建設が停滞する、家電など住宅用消費の販売が低迷する、マンション価値の下落を不安視する家計が消費全体を手控える、土地売却収入に頼る地方政府のプロジェクトが思うように進まない、といった形で中国経済を低迷させているのです。

 それに加えて気になるのは、上に掲げた貿易統計で中国の輸出が減少していることに見られるように、世界各国が利上げに走る中、世界経済の成長スピードも鈍化しつつあって、それに伴って「世界の工場」としての中国の経済活動も減速してきていることです。

 こうした中、日本の株価が理由不明の上昇を続けています。この火曜日(2023年6月6日(火))には日経平均株価とTOPIX(東証株価指数)がまた1990年以来のバブル崩壊後の高値を更新しました。日本でのここのところの株高については、「日銀の植田新総裁は思っていたよりハト派(利上げに慎重)だということがわかったから」とか「諸外国より少し遅れてコロナ後の経済回復が始まった日本経済はむしろこれからがよくなる時期だから」とかいろいろな解説がなされています。「諸外国の投資家がアジアにおける投資先について中国から日本に資金をシフトさせているようだ」という解説もなされるようになってきています。中国経済の低迷を示す経済データが相次いでいることから、「日本の景気がよいわけではないにしても、相対的に見れば中国よりは日本の方がよさそうだ」と考える外国の投資家が増えているのではないか、という見方です。

 6月9日(金)に放送された経済マーケット専門チャンネル日経CNBCの「昼エクスプレス」という番組の中では、「中国の個人投資家が投資している日経平均株価に連動するETF(上場投資信託)の時価総額が5月末時点で4月末時点の三倍に増えている」という6月7日付けのみずほ証券のレポートを紹介していました。これは、中国国内の個人投資家の中にも「中国より日本の方がよさそうだ」と考えている人が増えていることを示しているのかもしれません。

 短期的に見て「中国経済は低迷しており、日本経済は『よい』とは言えないにしても、中国経済よりは『まし』なので、同じアジアに投資するなら中国に振り向けてきた資金の一部を日本に振り向けよう」と考えている投資家が世界全体で多くなっているのかもしれません。ただ、この考え方はあくまで「短期的」な見方だと私は思います。なぜなら、日本企業の多くが中国に進出しており、中国市場でのビジネスに依存している日本企業も多いことから、中国経済の低迷が長く続けば、必ずやそのマイナスの影響は日本経済にも及ぶことになるだろうからです。

 最近の「中国経済の低迷」と「日本の株高」との間に因果関係があるのかどうかは私にはわかりません。ただ、数字上の現象として思い起こすのは、1989年後半の中国経済と日本の株価との状況です。

 1989年6月4日に起きた「六四天安門事件」により、世界は中国における政治リスクを目の当たりにしました。現実問題として、この日を境にして西側諸国の中国におけるビジネスには大きなブレーキが掛かりました。しばらくしてから日本は西側諸国の中で最も早く対中経済関係を元に戻そうとしたのですが、それでも日中間の経済関係が元の軌道に戻り始めたのは1992年になってからでした。

 「六四天安門事件」によって日本企業の対中ビジネスは大打撃を受けたのですが、それでも「バブル的熱狂」の中にあった日本の株価は何事もなかったかのように上昇を続け、ついにこの年(1989年=平成元年)の暮れの大納会(12月29日)に日経平均株価は終値ベースの史上最高値3万8,915円87銭を付けたのでした。

 当時の日本の株価は「六四天安門事件」の運動が起こるずっと前から上昇を続けていましたから、株価における平成バブルと中国経済との因果関係はない(日本の平成バブルは中国とは関係のない要因で起きた)と考えてよいと思います。しかし、私がずっと以前から気になっていたのは、6月4日に中国であれだけ大きな事件が起きて日本企業の中国ビジネスが大打撃を受けたにもかかわらず、その後も半年間、日本の株価が脳天気に「我が世の春」を謳歌するように上昇し続けたのはなぜか、ということです。

 もちろん、当時の中国の経済規模は今とは比べものにならないほど小さく、日本経済全体における「中国ビジネス」の比重は非常に小さかったので、中国で何が起ころうとも日本経済や日本の株価に影響を与えるものではなかった、というのがたぶん正しい見方なのでしょう。しかし、「六四天安門事件」の8か月前まで北京に駐在していた私は「その時点での中国ビジネスの規模は小さいものだったとしても、中国の巨大な市場は日本経済の将来にとって『目の前にある約束された大きな希望の星』だったはずだ。その『大きな希望の星』が『六四天安門事件』でもろくも崩れ去ったのを見ながら、なぜその後の半年間、日本株は浮かれて上昇を続けたのか。」と疑問に感じているのです。

 「バブルなんてそういうもんさ。バブルの時にはマイナスの要因なんか誰の目にも入らないものなのさ。」ということなんだろうと思います。

 1990年になってバブルの崩壊に気が付いた日本経済は、その時になって初めて「六四天安門事件」によって中国市場という「大きな希望の星」が消えてしまったことを深刻に考えるようになったのでしょう。その後、欧米各国が中国に対して厳しい姿勢を続ける中、日本は「六四天安門事件」を不問に付すように、対中経済協力を再開させ、1992年4月には江沢民総書記の訪日、同年10月には天皇皇后両陛下(現上皇上皇后両陛下)の訪中を実現させて、中国との経済関係を正常化させていったのでした。

 1980年代以降を振り返ってみれば日本と中国との経済関係は基本的には「正の相関関係」にあったのです。即ち、日本経済と中国経済は片方がプラスになればもう一方もプラスになり、逆に片方が停滞すればもう一方も停滞する、という関係だったのです。そうした中で1989年後半の「中国経済が『六四天安門事件』で凍結状態に陥った一方で、日本の株価は史上最高値を目指して急上昇していった」という状況は、明らかに「一時的な異常な状態」だったと思います。

 それを考えると、2023年4月以降の「中国経済はマンション・バブル崩壊で低迷状態にある一方、日本では理由不明の株高現象が起きている」というのは、私には「一時的な異常な状態」のように見えます。今の日本の株価については、私にはバブルなのかどうかを判断する材料はありませんが、中国のマンション・バブル崩壊の影響が長期化するだろうと予想される中、既に1989年当時とは比べものにならないくらい中国経済に依存している日本の株価がどんどん高値を更新しているのは「正常な状態」とは私には思えません。

 1989年の「六四天安門事件」の後、中国国内でも様々な政治的思惑が交錯し、改革開放路線を続けるべきとの勢力と中国共産党の原理原則に立ち返るべきという保守派との間で論争が続きましたが、1992年春、トウ小平氏が「南巡講話」において「改革開放を続けるべき」との考えを打ち出して、中国は「政治的には中国共産党による支配を維持・強化するけれども、経済的には世界各国と結びついた改革開放路線を継続する」という路線を続けることになりました。つまり、「六四天安門事件」の後の一時的な中国経済の低迷は三年弱で終了することになったのです。日本は政府による対中経済協力や日本企業の中国への大量進出によってこの「六四天安門事件」による中国経済の低迷からの回復を後ろから強力に支援することになったのでした。

 今(2023年6月)、中国経済はマンション・バブル崩壊による低迷の状況にあります。このブログで私が縷々書いてきたように、マンションと土地に係わるバブルは、中国共産党の支配体制の根本をなすシステムに起因するものであり、マンション・バブル崩壊からの経済の立ち直りのためには、中国共産党による支配体制を根本的に改革する必要があると私は考えています。従って、中国経済が今のマンション・バブル崩壊による低迷状況から脱するために要する時間は、数年では足りず、十年単位の時間が必要だと思います。それは日本で平成バブル崩壊後「失われた十年」「失われた二十年」などと言われたことでもわかります。

 株価というものは、中央銀行の利上げとか利下げとか、場合によっては解散総選挙があるとかないとかといった材料で上がったり下がったりするものであって、その時々の経済の状況を正確に反映するようなものではありませんので、株価の上下についてはいちいち気にしないようにするのが一番なのかもしれません。それにしても、中国経済の低迷を示すニュースが連日のように流れる中で日本の株価が連日のようにバブル崩壊後の最高値を更新している様子を見ていて、「六四天安門事件」で中国が大変なことになっている一方で、バブル最高値へ向けて陶酔状態の中で日本の株価が上昇し続けていた1989年後半の感じと似てるんじゃないかなぁ、と私には思えてきたので、今日は「中国経済の低迷と日本の株高との相関性」というタイトルで書かせていただきました。

P.S.

 昨日(2023年6月9日(金))も金曜日だけれども国務院常務会議は開かれませんでした。李強総理は、7日、8日と遼寧省へ地方視察に行っていたようですが、9日には北京に戻っていたはずなんですけどね。やはり李強氏の代になってからは国務院常務会議は「二週間に一度」の開催にしたようです(李克強総理の頃には一週間に一度開催が原則だった)。

 「人民日報」や中国中央電視台夜7時のニュース「新聞聯播」は、習近平氏の内モンゴル自治区視察や先週土曜日に開催された「文化伝承発展座談会」に関連する「中国文化の伝承」に関するニュースばかりを流していて、習近平三期目政権がどういう方向に経済政策を持って行こうとしているのか、今もってさっぱりわかりません。私がわからないだけならよいのですが、おそらくは中国国内の企業家の方々にも習近平政権の経済政策の方向性が見えていないと思います。マンション・バブル崩壊で経済が低迷していることが各種経済データで明らかなのに、具体的な経済政策が何も出てこない、経済政策の方向性も全く示されない、という状態が長く続くようだと、外国企業だけでなく中国国内の経済人たちも習近平政権に対して愛想を尽かすことになるのではないかと心配です。

 上に紹介しましたが、中国の個人投資家たちがETF(上場投資信託)を通して日本の株への投資を増やしているということを中国の政治家は真剣に考える必要があると思います。

 今年(2023年)に入ってから人民元の対ドル相場はジリジリと人民元安の方向に進んでいます。急速に利上げを進めているという米ドル側の理由もあるのですが、中国国内からの資金の逃避(キャピタル・フライト)を示している可能性もありますので、人民元の対ドルレートの動きには今後とも注意が必要です。

 

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2023年6月 3日 (土)

習近平氏が戦争の準備をしている可能性

 習近平氏の三期目政権がスタートしてそろそろ三ヶ月になろうとしていますが、習近平氏が三期目政権でやろうとしている具体的な政策の動きはまだ見えていません。前にも書きましたが、十年前の2013年3月の全人代で習近平国家主席・李克強国務院総理の体制がスタートした時は、6月頃以降「海外からの投機マネー流入の抑制」「経済のバブル化の抑制」「政府による規制をできるだけ少なくした市場原理に基づく経済の活性化」という方向性の政策が打ち出されました。これらの政策は十年前、李克強氏の名前を借りて「リコノミクス」と呼ばれたものです。それに対応するような「習近平氏の三期目体制」の具体的な政策は少なくとも私にはまだ見えていません。

 「私にはまだ見えていません」と書きましたが、客観的に言っても、習近平政権三期目の方向性は不明確です。基本的に毎月月末に開催される中国共産党政治局会議で議論される内容を見ていれば、どういう方向に政策を持って行こうとしているのか、それなりにわかるのですが、この5月は「政治局会議が開催されてこれこれが議論された」という報道がありませんでした。2023年になってから1月も「政治局会議が開催された」という報道がなされなかったことを前に書いたことがあります。「政治局会議は開催されなかった」のかそれとも「政治局会議は開催されたけれどもその内容は報道されなかった」のかどちらなのかは定かではありませんが、2023年の1月と5月は政治局会議が開催されたとの報道がなされていないことは事実です。通常、政治局会議が開催された後、それに引き続いて「集体学習」が行われるのが通例なのですが、2023年の1月と5月は「集体学習」が行われたことが報じられているにも拘わらず「政治局会議」の報道がないのです。「集体学習」をやっているということは、政治局のメンバーが一堂に会していることは間違いないので、普通に考えれば「政治局会議は開催されたけれども、その会議の内容については報道されていない」というのが実情なのだろうと想像されます。

 今回(2023年5月)の場合は、5月29日に教育に関する政治局の「集体学習」が開催されていると報じられているので、おそらくは同じ5月29日に政治局会議も開催されたのではないかと思います。一方、翌5月30日には第20期中央国家安全委員会の第一回会議が開催されています。これを考えると、29日の政治局会議では翌日に開催される中央国家安全委員会で議論される内容が討議されたのかもしれません。「国家安全」に関する議論だったので、政治局会議でどういう議論が行われたかは報じられなかった、という可能性もあります。

 5月30日の中央国家安全委員会の内容は報道されていますが、それは以下のようなものです。

○総体的な国家安全観を堅持し絶え間なく発展させ、国家安全指導体制と法治体制を推進し、戦略体系と政策体系を絶え間なく完全なものにし、国家安全作業の協調システムを有効に働かせ、地方の党委員会の国家安全システムで全国を覆い尽くし、国家主権、安全、発展の利益及び国家安全を全面的に強化しなければならない。

○我々が直面する国家安全に関する問題の複雑さの程度や困難さの程度は明らかに増大している。

○国家安全戦線においては、戦略の自信を確立し、必勝の信念を確固たるものにし、自分自身の優勢と有利な条件をしっかりと見据えなければならない。

○最低限必要な思考と極限的な思考を堅持し、危険で恐ろしい重大な試練に対して備えなければならない。

○国家安全体系の推進と能力の現代化を加速させ、実戦・実用の方向性を明確に打ち出し、法治の思考、科学技術能力、基層の基礎基盤を効率よく注意深く協同させ、各方面の建設を有機的に結合して連動させなければならない。

 ここでいう「国家安全」とは何なのか明確にはわからないのですが、上記の内容を見ると、これは「外国からの軍事侵攻から国家を守る」ということではなく、「中国共産党に反対する勢力を一掃し、中国共産党による支配を完全なものにする」ことなのだろうと想像されます。これを中国共産党の思考回路で考えれば、台湾は中国の一部であるにも係わらず、中国共産党の支配を拒絶する勢力が実効支配しているわけですから、上に述べられている「国家安全」の延長線上に「台湾の武力統一」が確実に視野に入っていると言えると思います。それを考えれば「危険で恐ろしい重大な試練に対して備えなければならない」というフレーズも理解できると思います。

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 私の認識では、現在の中国における最も喫緊の重要な政策課題は、不動産バブル崩壊に対する対処のはずです。不動産バブル崩壊により、マンション建設投資に急ブレーキが掛かり、マンションを所有する都市住民が自分が持っている財産価値に不安を抱きはじめ(その結果「負の資産効果」で消費が伸び悩み)、地方政府の財政状況が危機的状況に陥っているからです。にも係わらず、習近平三期目政権は、これに対して何ら実効性のある政策を打ち出していません。「政策を打ち出さない」どころか、江蘇省昆山市で起きたような「地方政府がマンションの割引き販売をした不動産開発企業を処分した」という事例に対して、「適切ではない」などのコメントを全くしておらず、不動産バブル崩壊に対しては、現在、ほとんど「無策」の状態です。

 「無策」というのはちょっと言い過ぎですが、対処療法的な対応策は打ち出されているが効果は十分出ていない、ということです。

 昨年(2022年)6月に「爛尾楼(マンション開発企業の資金不足により建設工事が中断していつまで経っても完成しないマンション)」に対するマンション購入者の住宅ローン返済拒否の運動が起こったことに対し、中央政府は去年(2022年)8月、国有銀行からマンション開発業者に対してマンション建設工事を完了させて購入者に引き渡することを確保する(中国語で「保交楼」)ために総額2,000億元の無利子融資を行わせましたが、2023年5月現在、中国各地の1,114か所の建設中断プロジェクトのうち実際に購入者にマンションが引き渡されたのは34%に過ぎないのだそうです(2023年5月28日に閲覧したテンセント網・房産チャンネルにアップされていた「『保交楼』調査、資金なし人なし信用なし 交付率わずかに34%」と題する「財経」の記事による)。

 一方、今日(2023年6月3日(土))付けの「人民日報」の1面を埋め尽くしているのは、習近平氏が北京市で開かれた「文化伝承発展座談会」に出席し「中国の伝統文化を伝承し発展させることの重要性」について強調した、というニュースでした。今日付の「人民日報」には、昨日、二週間ぶりに開かれた李強総理が主宰する「国務院常務会議」のニュースも載っているのですが、昨日の「国務院常務会議」で議論されたのは「新エネルギー自動車産業の振興施策」と「就学前児童の教育」に関する事項でした。これらは確かに重要な政策課題だとは思うのですが、目の前にある緊急を要する政策課題と比べると「なんかピントがずれているんじゃない?」と私は強く感じてしまいます。

 最近の言動からすると、習近平氏は現在の中国経済の問題点を解決することにはあまり大きな関心を持っていないように見受けられます。習近平政権の最初の十年間は、三期目続投を決める党大会を乗り切るため、地方の中国共産党幹部の支持を得るために中国経済の活性化は必要な事項でしたが、三期目続投を決めてしまった以上、習近平氏にとっては中国経済を活性化することはもはや「どうでもよいこと」になっているようにさえ見えます。三期目続投を決めた習近平氏の最大の関心事項は、自らがトップを務める中国共産党の権力をさらに強化・拡大することでしょう。それが「中華民族の偉大な復興」であり、その精神的バックボーンになるのが「中国の伝統文化の伝承・発展」であると考えれば、最近の習近平氏の言動には一本の筋が通っているように見えます。

 多くの人が指摘しているように、中国は、ここ数年間、穀物等の食糧や原油等の備蓄を大きく増やしており、その動向が世界の穀物市場、原油市場の動向に大きな影響を与えています。食糧や原油の大量の備蓄が台湾の武力解放の行動に直接結びつくわけではありませんが、中国が「いつそういう事態になってもよいように準備をしておく」と考えているのはたぶん間違いないだろうと思います。

 三期目続投を決めて長期政権を確立した習近平氏が、長期政権を確立することに成功したロシアのプーチン氏と同じような思考回路を持つようになるだろうということは容易に想像できるところです(ただし、中国共産党政治局中央委員会のような「組織としての決定」という党内ルールを持つ中国においては習近平氏はプーチン氏と同じようには動けないと思いますが)。

 5月31日に失敗した北朝鮮による「偵察衛星」と称する飛翔体の打ち上げについて、国連安全保障理事会では、中国はロシアとともに北朝鮮を擁護する発言を行った、とのことです。中国は、ロシアとも北朝鮮とも一定の距離を置くことが可能であるにも係わらず、ほとんどロシアや北朝鮮と一体となった行動を取っているのは「自分たちはアメリカを中心とする国際勢力に追い詰められている」という現在の中国の認識の裏返しだと思われます。

 来年(2024年)1月の台湾での総統選挙が終わるまでは中国共産党による台湾への武力侵攻はないと思いますが、台湾での総統選挙が終わって以降の情勢次第によっては、中国共産党による台湾への武力侵攻は単なる「頭の体操」では済まない話だと私は思っています。「客観的に冷静に考えれば中国にとって何のプラスにもならない台湾への武力侵攻など習近平氏が合理的に判断すれれば選択するはずがない」というのが一般的な見方なのでしょうが、私たちは2022年2月24日以前にはロシアのプーチン大統領に対してもそのように考えていたことを忘れてはならないと思います。

 今日のタイトルは「習近平氏が戦争の準備をしている可能性」というちょっと刺激的なものにしましたが、私はアメリカがかなり真剣にその「可能性」について懸念しているのではないかと思っています。ネット上で流れている報道によると、アメリカのCIA長官がこの5月に極秘裏に訪中したとのことです。またシンガポールで開催されいている「アジア安全保障会議」における演説で今日(2023年6月3日)、アメリカのオースチン国防長官が「台湾海峡で紛争が起これば壊滅的だ」と指摘した上で米中両国の衝突を回避するための危機管理の仕組みの重要性を強調したとのことです。ロシアによるウクライナ侵攻直前の時もそうでしたが、アメリカは「武力侵攻の準備をしているようだ」という情報を得るとむしろそれを積極的に使って(時には自分が得た情報を公開して)相手に思い留まらせようとする方策を打つ傾向があるようです。

 私は中国ではロシアと違って、国家の存続にとって重要な判断は、習近平氏個人ではなく、中国共産党という集団によって決定されるので、「とんでもないこと」にはならないと信じたいと思っています。しかし、「集団によって決定する」というシステムになっていたとしても、その決定責任を持つ中国共産党幹部の全員が判断する重い責任を自分で背負うことに耐えられず、結果的に最高のトップの個人の決定にゆだねることも起こりうる、ということは常に想起しておく必要があります。(1989年6月4日の前に当時中国共産党のトップ(総書記)だった趙紫陽氏は辞任して中国共産党政治局はその判断機能を失ってしまい、結局は最終的に当時中国共産党中央軍事委員会主席だったトウ小平氏の判断で武力鎮圧が執行されたという歴史を私たちは決して忘れてはならないと思います)。

 北朝鮮による「偵察衛星」打ち上げ失敗に関して、国連安全保障理事会で中国とロシアが北朝鮮を擁護する発言をしていることに対して、たぶん多くの人が「嫌な予感」を感じたと思います。仮にロシアによるウクライナへの軍事侵攻が継続している間に中国が台湾への武力侵攻を開始すると、ほとんどそれは「第三次世界大戦」となります。中国の一般の人々はそんなことは絶対に望んでいないと思います。中国の大多数の人々の考えが中国指導部の判断に影響を与えるようになって欲しいと願うばかりです。

 

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2023年5月27日 (土)

中国マンション市場低迷に対する政策議論

 ゼロコロナ政策終了後、一旦は回復基調にあるかと思われた中国のマンション市場が依然として厳しい状況に置かれていることについては、この一週間、下記のように日本経済新聞でも報じられています。

○2023年5月22日(月)付け朝刊13面記事「中国不動産、統制のひずみ 販売に制限、社債売り再燃」

 この記事では、5月のメーデー連休中に値下げ販売したことによりマンション開発企業が当局から処分を受けたという江蘇省昆山市の事例(このブログの2023年5月13日付け記事「中国経済の失速と習近平氏の対応」参照)を紹介して、債務危機に苦しむ不動産企業が手持ちのマンション資産を思うように売りさばけないことが投資家の警戒心を高めて不動産企業の社債の利回りが上昇していることを報じています。具体例として、事実上の債務不履行(デフォルト)となった合景泰富集団の金利が中国恒大集団などとともに急上昇していることを伝えています(この記事で使われているグラフを見ると、合景泰富集団の2024年償還米ドル債の利回りは1000%程度に達しています)。

○2023年5月27日(土)付け朝刊10面記事「中国金融市場 3つの逆風 景気回復鈍化 デフレ懸念 海外資金流出 株安・人民元安が進行」

 この記事では、住宅や耐久財の需要不足が鮮明になっており、不動産市況の回復遅れが土地財政に依存する地方財政を直撃していると指摘しています。また、需要不足によるデフレ懸念があり、外国投資家から見た中国の人気の剥落により、外国為替市場では人民元安が進んでいると報じています。

 また、最近私が見た中国のネット上のテンセント網・房産チャンネルでは以下のような見出しの記事が載っていました。

○2023年5月21日(月)閲覧「マンションが1平米19元? 鶴壁市の『白菜価格マンション』の真相」

○2023年5月22日(火)閲覧「マンション市場の復調が四つの『趨勢(すうせい)』により困難に」

(注)この記事が指摘する「四つの『趨勢』」とは「空室が多くなり、買い手が減少している」「値引き販売するマンションが段々増えている」「マンション開発企業の債務危機は解決が難しく、建設が中止して完成しないマンションの状況が常態化している」「賃貸に出せないマンションが段々増えており、借金の返済不能により裁判所が接収した担保マンションの現金化が難しくなってきている」の四つです。

○2023年5月26日(金)閲覧「中古マンションは涙を拭って値下げしても売れない 北京で売り出された中古マンションは12万戸と史上最高を更新 成約件数は5月も減少を継続」

 中古マンションの売り出し件数が増えているということは、投機目的でマンションを購入したが、今後価格が上昇しそうにないので、早く売り出して現金化したいと考えている人が増えていることを意味します。これは、中国のマンション市場が既にバブル崩壊のフェーズに入っていることを明確に示していると私は思っています。

 こういう状況の下、今日(2023年5月27日(土))見たテンセント網・房産チャンネルに掲載されていた専門家による解説動画に面白いものがありました。タイトルは「マンション市場の『死局』を切り抜けるための5つの提案」というものです。この専門家は、マンション市場活性化のための具体的な政策提案として以下の5つを掲げていました。

☆全国で「値下げ禁止令」「購買制限」「賃貸制限」「売却制限」をやめること。

☆全国で「学区房」を廃止すること。

(注)中国の都市部では小中学校について厳しい「学区制」を敷いています。教育競争の過熱により、こどもをよい学校に通わせたいと考える親は「名門校」と呼ばれる学校の学区内のマンションを買いたいと思うので、「名門校」の学区内にあるマンション(「学区房」と呼ばれる)は格好の投機対象となって非常に高い価格で売買されます。この専門家は「マンションに対する投機を抑制するためにはこの『学区房』をなくすべきだ」と主張しているのです。

☆全面的な住宅ローンの引き下げ

(注)この専門家は、日本の住宅ローン金利が0.8%程度であることを引き合いに出して、中国の住宅ローン金利は高すぎる、と主張しています。

☆都市部の老朽化住宅の改造政策の改善。

(注)中国では、都市の中で比較的所得の低い人々が集まって暮らしている古い住宅街を解体して新しいマンション群を立てることが各地で行われています。古い住宅街に住んでいた人々には補償金を支払った上で強制的に出て行ってもらうのですが、多くの旧住民は所得の低い人が多いので補償金をもらっても新しい立派なマンションは買えません。このため「売れないマンション」と「住む場所がない人々」を政策的に同時に作っているのが現状なのです。この不動産の専門家は、これを改善して、古い住宅から出てもらう人に対しては「金銭で補償する」のではなく「住宅を支給する」または「住宅入手票」のようなものを発行して自分が住みたい場所で新しい住居を取得してもらうようにしてはどうか、と提案しているのです。この専門家は「そうすれば、家具・家電など他の産業にもプラスの影響をもたらすだろう」と指摘しています。

☆不動産仲介企業による仲介費の引き下げ(この専門家は「地方都市(三四線都市)に比べて大都市(一二線都市)の仲介費用は高すぎる。それがマンション売買の大きな制約になっている。」と指摘しています)。

 これらの「提案」は、不動産業界を活性化したいという「不動産の専門家」の提案ですから、ある程度割り引いて考える必要がありますが、私が感心したのは「市井の専門家」が「政治的な意図とは全く関係なく率直に極めて具体的な政策提案をしている」ということです。なぜ「感心した」のかと言えば、こういった政策提案は「現在行われている中国共産党の政策がよくないと思うから、別の政策を提案している」ことを意味するので、私の感覚からすると「結構政治的に敏感な話」だと思うからです。

 私が北京に駐在していた2007年~2009年に読んだ新聞の中には、現行の政策に批判的な論調のものもありました。しかし、この頃の新聞では、例えば、「日本ではこういう制度になっている」と指摘して「暗に現在の中国の政策のやり方はよくないと読者に思わせる」という方法が採られていました。あからさまに「当局の政策はおかしい」とは言えないからでしょう。

 しかし、習近平政権になって言論統制が厳しくなっている状況の下ですが、ネット上などでは、私はむしろ「具体的な政策提言」という形は私がいた2007~2009年頃よりも進歩しているように感じることがあります。特に、例えば「マンション価格を一定程度以上値引きするのを地元政府が禁止し、違反したマンション販売企業は処分する」といった経済学的に見ても一般常識から考えても「明らかにおかしい」政策については「おかしい!」と声を挙げてよいのだという雰囲気が今中国全体に拡がりつつあるように見えます。

 これは「ゼロコロナ政策」という「明らかにおかしい」政策について、多くの人々が極めて率直に「おかしい!」と声を挙げたいわゆる「白紙運動」の結果、結果的に当局が「ゼロコロナ政策」を撤回したという経緯と関係があると思います。

 経済に関する具体的な政策は、その目的は「経済をよくする」ためのものですから、基本的に経済政策には「右」とか「左」とかの「政治の色」は付いていないはずです。ですから、中国共産党統治下の中国社会においても、経済政策について「こうすべきだ」「あれはやめるべきだ」と発言することは可能なはずです。それぞれの国の経済活動は、数多くの企業家と消費者及び労働者としての両方の顔を持つ大多数の人々で成り立っています。これらの多くの人々の「中国経済をよくするためにはどうしたらよいか」という政策提言は、中国共産党としても耳を傾けてもよいと思います。それがうまく行けば、制度的には中国共産党による統治を継続しつつも、個別具体的な政策選択については、多くの人々の意見を反映するという「実質的民主主義」を実現することが可能になると思います。もっとも、最大のポイントは、そういうふうになることを習近平氏が望んでいるか、ということですが。

 3月の全人代で習近平氏の三期目政権がスタートして二ヶ月が経過しましたが、新しい体制の習近平政権が具体的政策として何をやりたいのかは今のところまだ見えていません。気になるのは、国務院総理の李強氏が主宰する国務院常務会議の開催頻度が李克強氏の頃より減っていることです。定例開催日は金曜日だと思っていたのですが、昨日(5月26日)も国務院常務会議は開催されませんでした。李克強氏の時代にはほぼ毎週一回必ず開催されていたのですが、李強氏の代になってから二週間に一回程度になっています。十年前の2013年、李克強氏は国務院総理になると、まず「偽装輸出」の取り締まりを強化して外国から中国に入る投機マネーを抑制しました。続いて、上海自由貿易区の設置や銀行金利の自由化など当時「リコノミクス」と呼ばれた様々な改革を行いました。李強氏からは、そういった「新しい政策」が見えてきません。それどころか、中国政府のホームページに行っても国務院総理の李強氏の影は非常に薄く、習近平国家主席・李強国務院総理の体制が具体的政策においてどういう方向性を打ち出すつもりなのかまだ見えません。

 一方で、上に書いたようなマンション市場の回復の鈍化(というよりマンション・バブルが崩壊しつつある状況)は、中国経済や多くの人々(特にマンションを所有している都市住民)に大きな影響を与えつつあります。こうした中で、上で紹介したような「明らかにおかしい政策については『おかしい!』と声を挙げてよいのだ」という雰囲気が広まりつつあるのだとしたら、「何も具体的な政策を打ち出さない習近平政権」対「声を挙げる人々」という構図ができあがっていく可能性があります。この十年間、具体的な政策については「何も言わない」ことを貫いてきた習近平氏ですが、そろそろ「何も言わない」では済まされないタイミングを迎えつつあると私は感じています。

 

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