2017年6月24日 (土)

中国共産党大会へ向けてのスケジュール

 中国共産党全国代表大会は、原則として5年に一度開催されます。今年(2017年)は第19回大会が開催予定ですが、開催日はまだ公表されていません。公式には「2017年後半に開催予定」とされているだけです。ただ、過去の例を見ると、大体、10月中下旬から11月上中旬までの間に開催されることが多いようです(前々回の第17回大会は2007年10月15日~21日、前回の第18回大会は2012年11月8日~14日に開催された)。

 今、世界の多くの経済関係者は「中国共産党大会が終わるまでは『なんとしても経済を減速させてはならない』との党中央の意志により、公共事業の実施等により中国の景気は下支えされているが、共産党大会終了後はそうした『下支え』がなくなるので、おそらく中国経済は共産党大会開催前後をピークとして2017年後半は落ち込んでいくだろう」と見ています。中国経済は世界経済に極めて大きな影響を与えますので、今後の世界経済の動向を考える上では、「今年の中国共産党大会はいつ開催されるのか」という日程が非常に重要な意味を持つことになります。

 今年(2017年)の大会では、習近平総書記の交代は想定されていないので、原則5年二期=十年間の総書記の任期の中間の時期の大会という意味では、今年の第19回大会は2007年の第17回大会と類似性があると言えます。私は中国共産党第17回全国代表大会が開かれていた期間中、北京に駐在していましたので、当時のメモを基に、御参考までに、2007年の第17回大会の時の日程等を御紹介しておきたいと思います。

2007年7月7日:
 私の職場が使っていたインターネット・プロバイダー会社から「重要なお知らせ」が来ました。「『敏感な時期』になるので、ネット上において、政治的に敏感な情報のアップロードや賭博・銃砲・麻薬等の売買等違法行為をしないように」というものでした。指摘しているような内容がアップロードされていた場合は、インターネット・プロバイダーの判断でその記載を削除することがある、その責任は顧客の側にある、というものでした。インターネット・プロバイダーが顧客に対してインターネットを用いて反社会的あるいは違法な行為をしないように注意喚起をするのは、どの国でも共通のある意味「当然のこと」だろうと思いますが、ことさらこの「お知らせ」に「敏感な時期なので」という「理由」が付いていた点については、私は「いかにも中国らしい」と感じたことをよく覚えています。「敏感な時期」とは何を意味するのかの解説はこの「お知らせ」にはありませんでしたが、「政治的に敏感な情報をアップロードしないように」という注意内容から察するに、この「敏感な時期」とは「中国共産党大会の開催時期が近いので」という意味であるのは明らかでした。

2007年8月8日:
 内モンゴル自治区成立60周年記念式典が開催されました(内モンゴル自治区の成立は1947年5月1日なのに、記念式典はわざわざこの日(=北京オリンピック開会式のちょうど一年前)に開催された)。この件については、このブログの2007年8月9日付け記事「なぜ8月8日に内モンゴル自治区成立60周年記念式典なのか」で指摘したところです。このブログのこの日の記事では「胡錦濤総書記・国家主席(党内序列ナンバー1)と温家宝国務院総理(党内序列ナンバー3)は、なぜか今週月曜日から全くテレビのニュースに出てきていません。」とも書きました。おそらくはこの時期、中国共産党幹部(引退した老幹部も含む)が避暑地の河北省北戴河に集まって行ういわゆる「北戴河会議」が開かれていたからだと思われます。時期的に言って、この時の「北戴河会議」では、10月に開催される党大会のための「根回し」が行われていたものと思われます。それを考えると、この日ブログに書いたように、内モンゴル自治区成立60周年記念式典に中国共産党政治局常務委員で国家副主席の曽慶紅氏(党内序列ナンバー5)が参加していたことは、相当に「意味深長」であったと言えます。というのは、この「記念式典」のニュースは、曽慶紅氏(江沢民元国家主席の側近だった)が「北戴河会議」に参加しておらず、10月の党大会において曽慶紅氏は中国共産党政治局常務委員に再任されない方針であることを中国全国に伝えたのと同じ意味を持つからです。実際、曽慶紅氏は10月の党大会で政治局常務委員に再任されませんでした。表向きの理由は年齢的に「68歳定年制」に引っ掛かったからだ、とされています(なお、2007年の党大会で曽慶紅氏が政治局常務委員に再任されなかったことについては、このブログ内にある「中国現代史概説」の第4章第2部第6節「第一期胡錦濤政権の勢力分布」を御覧ください)。

2007年8月28日:
 第17回中国共産党全国代表大会が10月15日に北京で開催されることが正式に発表されました(いつまで何日間開催されるのかは発表されなかった)。直前の10月9日から準備のための中国共産党中央委員会が開催されることも同時に発表されました。国慶節(10月1日から一週間程度)の連休の後、間を置かずに中央委員会が開催されることから、私はこの時、共産党大会の大体の大枠はこの時既に固まっており、議論が紛糾するようなことはないだろうなぁ、と思いました(ただし、何日間開催されるのかを事前に公表しないのは、議論が紛糾して開催期間を延長したとしても「会議が揉めて延長した」ことが外部にわからないようにするためだろうなぁ、とも思いました)。

2007年10月15日~21日:
 第17回中国共産党全国代表大会開催

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 今、2007年のこのブログの記事や当時のメモを読み返してみると、2007年の8月上旬の「北戴河会議」で10月の党大会へ向けての「根回し」が行われ(その中で曽慶紅氏は政治局常務委員に再任しないことの合意が得られ)、「根回し」が完了したことから、8月28日に10月の党大会の開催日が公表されたのだろうと推察することができます。2007年の時は、党大会直前の国慶節の時期、当時の胡錦濤総書記は地方視察に出掛けており、「総書記が党大会の根回しのために直前まで各方面との調整に忙殺されていた」という雰囲気は全くなかったので、2007年の党大会ではかなり順調に「事前根回し」が完了していた、と言えると思います。

 一方、2012年の前回の大会(第18回大会)は、開催日が11月8日~14日と2007年の大会より三週間ほど後に設定されていたことと、9月に次期総書記に就任することが確実視されていた習近平氏が二週間ほど公の場から姿を消した時期があったこと(当時は「病気説」や「趣味の水泳をやっていて背中を痛めた説」などが飛び交っていた)を考えると、少なくとも9月頃までは党大会へ向けての「根回し」のための様々な動きがあったのではないかと思われます。

 今年(2017年)の党大会では、習近平総書記(国家主席)と李克強総理との力関係とそれに基づく党政治局常務委員の人事が最大の関心事項です。習近平氏と李克強氏の「不仲節」については、多くの人が論じているし、このブログでも何度も取り上げてきましたが、最近のニュースに登場するお二人を見ていると、相当に落ち着き払っており、「既に勝負あった」という雰囲気です(既に現時点で、習近平氏関連のニュースの時間(及び「人民日報」のスペース)は、李克強氏関連ニュースの時間(及び「人民日報」のスペース)を大きく上回っています)。胡錦濤政権の時代には大きな力を発揮していた江沢民氏も既にかなりの御高齢であり、習近平氏が党内(軍も含めて)をほぼ完全に掌握したと言っていいのでしょう。8月上旬に行われるであろうと思われる今年の「北戴河会議」で揉めることがなければ、今年の党大会は意外に「すんなりと」物事が決まることになるのかもしれません。

 2007年と2012年の例に鑑みれば、今年(2017年)の党大会の開催時期は、そんなに「揉めない見通し」ならば10月中旬開催、「少し揉めるかもしれない」ならば11月上旬開催、ということになるのでしょうか。いずれにせよ8月上旬の「北戴河会議」の時期が過ぎれば、ある程度「見通し」ができるようになるのかもしれません(別の言い方をすれば、そうであるならば、8月上旬までは「中国経済の減速」は目に見えるものとしては現れない、ということになるのかもしれません)。

P.S.

 今日(2017年6月24日(土))、中国の四川省で大規模な土砂崩れが発生し、120人以上の行方不明者が出ているようです。今日の中国中央電視台夜7時のニュース「新聞聯播」でも、現場からのインターネット中継映像も含めたニュースを伝えていましたが、この土砂崩れのニュースは、習近平主席が山西省視察で貧困対策等について議論したり、軍関連施設を視察したりしたニュースを19分間程度流した後の「二番目のニュース」扱いでした。今年の党大会では「貧困対策」が重要な議題になるのだろうということはわかりますが、こういうニュースの組立の仕方は(昔からこうですけど)、人民の生命よりも中国共産党の政策の方が大事なのだ、というイメージを中国人民に与えることになり、中国共産党にとってもよくないことだと私は思います。

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2017年6月17日 (土)

中国のインフラ投資のスピード感

 先週日曜日(2017年6月11日)付の日本経済新聞朝刊13面に「官民投資 中国で乱立 地下鉄など総額230兆円 『民』の実態は国有? 不良資産拡大も」という記事が載っていました。今、中国各地の都市で地下鉄建設等が急ピッチで進められていますが、その多くが「官民パートナーシップ(PPP)」と呼ばれ、その多くで、完成後の運営権の民間移転を前提とした「民間資金」の導入を利用していることが紹介されています。

 「官民パートナーシップ方式(PPP)」は、税金負担を少なくするという観点から、最近、日本でも多くのプロジェクトでこの方式が採られるようになっていますが、中国の場合「民間資金」と言ってもかなりの割合で国有企業の資金が投入されています。中央政府の方針によって地方政府が設立する「地方融資平台」(地方インフラ投資会社)が使えなくなっている現在、PPPが銀行から資金を借りて地方でインフラ・プロジェクトを進めるための地方政府の新たな「仕掛け」になっている、とこの記事は指摘しています。

 この記事では、都市部での地下鉄建設を例に挙げて解説していますが、私の感覚としても、最近(=リーマン・ショック以降)の中国での地下鉄建設ラッシュは「危険なほど速い」と感じています。

 私は1986年10月に一回目の北京駐在を開始しましたが、その時点では、北京の地下鉄は東西に走る1号線(「苹果園駅」から「復興門駅」まで)と2号線(環状線)の南半分と北半分だけでした(天安門前の長安街の下には地下鉄はまだなかった。環状の2号線はまだ環状運転していなかった。2号線が環状運転を開始したのは、私の北京駐在期間中の1987年12月24日)。私は2007年4月に二回目の北京駐在を開始しましたが、この時点でも、既に開通していた2号線に加えて、1号線(天安門前の長安街を含む全線)、13号線と八通線が開通していただけでした。

(注)北京の地下鉄の路線番号は、路線を区別するための番号であり、開通の順番とは一致しない。また、地上を走る路線も「地下鉄(中国語で「地鉄」)」と表記される。例えば、13号線は北方郊外を逆U字型に走る路線だが全線地上を走っているほか、空港線は、市街地は地下を走るが途中で地上に出て、空港付近まで高架を走る構造になっている(第一ターミナル駅、第二ターミナルの駅の部分では再び地下に潜る)。

 その後、2008年8月の北京オリンピックを前に、5号線の一部、8号線の一部、10号線の一部と空港線が開通しました。ウィキペディアの「北京地下鉄」の項目によると、現在、北京の地下鉄は19路線あるそうです。ウィキペディアにある一覧表を見ていただければ、上に書いた以外の路線は全て2009年以降に開通していることがわかります。北京以外の中国の都市の地下鉄については、私はよく知りませんが、オリンピックがあった関係もあって北京は比較的先行して地下鉄建設が進んでいたはずなので、北京オリンピックの時点(2008年)では北京以外の都市ではあまり地下鉄建設は進んでいなかったと思います。それを考えると、中国各地の都市の地下鉄はリーマン・ショック以降に猛烈なスピードで建設が進んでいると言えます。

 一方、現在、中国全国を結ぶ高速鉄道網もものすごいスピードで建設が進んでいます。中国全国を覆う「四縦四横」という計画は、私が二回目の北京駐在を終えた2009年頃でもあまり聞かなかった計画ですが、現在はさらに進んだ「八縦八横」計画が進行中なのだそうです。いくら中国は国土が広いとは言え、これは「やり過ぎじゃないの?」と思えるし、これらがここ10年間という短い期間で進んでいることを考えると「建設スピードは明らかに速過ぎ」だと思います。中国の高速鉄道建設の「速過ぎ」については、2017年6月10日号の「週刊東洋経済」も「ミスターWHOの少数異見」のコーナーで「中国国民もついていけない高速鉄道の急拡大事情」として指摘しています。

 地下鉄も高速鉄道も中国の一般庶民が使うものですから、料金はそんなに高くは設定できません(上記「週刊東洋経済」の記事によると、北京-上海間の高速鉄道の料金は所要6時間で550元(約9,000円)とのことです)。なので、建設資金が回収できるのかどうかわかりません。去年(2016年)7月19日付けでアップされたネット上の日本経済新聞の記事によると、最も基幹路線とされる北京-上海間の高速鉄道は2011年に営業運転を初めて以来2015年12月期に初めて黒字になったとのことです(ということは他の路線は全て赤字ということ)。

 また、ウィキペディアによると、現在の北京地下鉄の料金は初乗り(6kmまで)3元(約48円)、空港線は25元(約400円)だそうです。私が駐在していた2007年頃は一律3元(オリンピック前に市民の利便を考えて2元に値下げ)、空港線は開通当初から25元でしたので、既に10年近く経っているのに、ほとんど値上げしてないようですね。北京市民としてはありがたいと思っているのでしょうが、これでは建設費は回収できないのではないでしょうか。

  中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」では、最近、こういった中国高速鉄道網や都市部地下鉄網の急速な発達について、「習近平主席の業績」として誇らしげに報じています。「都市の地下鉄や高速鉄道網の建設費は回収できるのか?」といった批判的意見は誰も言いませんが、膨大な中国の地下鉄や高速鉄道の建設費は巨大な「不良債権」に化ける可能性はかなり大きいのではないかと私は思います(かつて日本の国鉄が巨大な負債に苦しんでいたことは一定年齢以上の方ならよく覚えておられると思います)。

 今、中国のインフラ投資については「スピードを落とすと急減速してしまうのではないかという不安があるのでスピードを落とせない」という状況になっているとの懸念があります。この懸念が「ほんものの懸念」なのか「杞憂」なのか、中国の外の人間にはわかりにくいのですが、そうした「中国経済への懸念」が、世界の人々に不安感を抱かせ、その不安感が投資や消費を鈍らせて、世界経済を発展させるための阻害要因のひとつになっているのだと思います。

 今日(2017年6月17日(土))の日本経済新聞朝刊18面には「中国経済懸念、市況に影 銅・亜鉛や鋼材、1~2割安」との見出して、今後の中国経済に対する懸念から商品市況が悪化していることを伝えています。「中国のインフラ投資のあまりに速いスピード感から来る恐怖感」が既に世界の実態経済にマイナスの影響を与え始めているのではないかと私は思います。

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2017年6月10日 (土)

中国によるアメリカ国債購入と「コナンドラム」との関係

 6月6日(火)、10年物アメリカ国債の金利が低下しました。よくある日々の金利の上下動のひとつですが、これに関し、6月7日(水)にテレビ東京「Newsモーニング・サテライト」の中でニューヨーク証券取引所からレポートしていた大和証券キャピタル・マネジメント・アメリカのシュナイダー恵子氏は、「中国による米国国債の追加購入観測の報道により金利が下がった」と伝えていました。

 今、6月13~14日に開かれるアメリカのFOMC(連邦公開市場委員会)で追加利上げの実施が確実視される中、アメリカ国債の金利が上がらない(むしろ低下傾向にある)状況が生じています。2004~2006年の利上げ時にも同様の現象が起きましたが、この時、当時のFRB議長のグリーンスパン氏はこの現象を「コナンドラム(理解できないナゾ)」と表現しました。そのことを引き合いに出して、現在のFRB議長のイエレン氏にちなんで現在の状況を「イエレン・コナンドラム」と表現する人もいるようです。

 アメリカ長期国債の金利は、アメリカ経済の先行きの見通しはもちろん、国際情勢やアメリカ国内の政治情勢によっても上下しますので、単純に「謎解き」をすることは困難ですが、現在のアメリカ国債の最大の保有者が中国(日本が二番目)であることを考えると、中国によるアメリカ国債の購入動向がアメリカ国債の金利に大きな影響を与えていることは間違いないと思います。

 単純化すれば、「アメリカ経済で景気がよくなりつつある(FRB(アメリカ連邦準備制度理事会)は利上げをしようとする)」→「アメリカの産業活動が活発になり『世界の工場』である中国から輸入する製品が増える」→「中国の貿易黒字が増える」→「貿易黒字によって増えた外貨準備を運用するため中国はアメリカ国債の購入を増やす」→「アメリカ国債の金利が下がる」という図式になります。もし本当にこういう図式が成り立つならば、FRBが利上げをする状況になった場合にアメリカ国債の金利が低下するのは、「コナンドラム(ナゾ)」でもなんでもなく「当然の帰結」ということになります。

 アメリカでトランプ氏が大統領選挙で当選して以降のここ7か月間のアメリカ10年物国債の金利動向と中国の動向を見ると大まかにいって以下のような状況になっています。

【2016年11月初~2017年第一四半期】

中国の人民元の対米ドル・レートは低下傾向にあり、中国当局は強力に「人民元買い・外貨売り」の為替介入を行っていた模様。その原資とするために中国は保有していたアメリカ国債を売っていた模様で、中国の外貨準備は減少した(3兆ドルギリギリまで減った)。この間、アメリカ国債10年物の金利は1.85%から2.60%まで上昇した。

【2017年第一四半期~現在(2017年6月初)】

中国は強力な資本管理を実施して人民元の国外流出を抑えることに成功し、人民元の対米ドル・レートは下げ止まった(むしろ人民元高がジリジリと進行)。このため中国当局による為替介入は減った模様。他方で中国の輸出は対前年度で大幅に回復しており、外貨準備にも余裕ができて、2017年2月~5月は四ヶ月連続で外貨準備は増加している。(たぶん中国によるアメリカ国債の売却は減少(場合によっては買い増している可能性あり))。アメリカでは、2015年12月に引き続いて2016年12月と2017年3月に追加利上げし、6月にも追加利上げすることが確実視されているのに、アメリカ国債10年物の金利は2.60%から2.15%程度にまで低下した。

 上に書いたようにアメリカ国債の金利は様々な要因で変動しますが、ここ7か月間の状況を鑑みれば、「中国がアメリカ国債を売却する傾向があるとアメリカ国債金利は上昇し、その逆だと低下する」という図式は、かなり単純に当てはまっているように見えます。

 アメリカ国債は、中国が最大の保有者であるとは言え、日本や世界各国の公的機関や機関投資家、企業・個人が持っていますので、中国による購入・売却だけを取り出して議論するのはおかしいと思いますが、私が気にしているのは、中国による購入・売却の「動機」が他のアメリカ国債保有者とは異なるのではないか、という点です。

 基本的に、民間の機関投資家や企業・個人は、運用目的でアメリカ国債を保有していますので、金利動向やその時点での価格を考慮して、運用成績(=儲け)が最大になるようにアメリカ国債を売ったり買ったりすると思います。各国の公的機関は、「運用成績がよくなるように」という発想に加えて、自国経済や世界経済の安定化のために必要と考える場合にアメリカ国債を売ったり買ったりします。

 どの国の公的機関も時々の自国政権の都合を「忖度」することもあるかもしれませんが、公的機関の資産は基本的にはその国の国民の財産であり、公的機関が運用成績や経済へのインパクトを無視してその時の政権を利するような「御都合主義」の運用を行う場合には、世論の反発が起こります。

 一方で、中国の場合、経済や金融を担当する部署は(中国人民銀行も含めて)全て中国共産党の指導下にあります。中国当局及び中国の公的機関が世界経済の流れに反して、中国共産党政権に都合のよい政策を採ったとしても、当局や公的機関に対する反対世論は起こりません(というか、そうした世論を起こすことは許されていない)。

 中国経済や世界経済にとってよくない政策を採れば、結局は中国経済が悪化し、中国共産党政権に対する中国人民の反発が強まりますので、長期的視点から見れば、中国当局と言えども中国共産党政権にとって都合のよい「恣意的な」政策ばかりを採用することは困難です。しかし、短期的視点で見れば、中国当局は、「中国経済や世界経済にとってはマイナスだけれども、中国共産党政権にとってプラスになる政策」を採ることはありえます。人民元をIMFによるSDR(特別引き出し権)対象通貨に採用させるため、人民元レートの基準値を市場に合わせる形で変更した2015年8月の政策変更の例はその典型例です。「人民元をIMFのSDR対象通貨にする」という政治目的のためのこの変更は、「世界同時株安」という形で世界経済を揺るがせました。2015年夏、上海株バブルがはじけた時、中国共産党政権に対する人民の反発を避けるために実施された強力な(強引な)「株価下支え対策」もその典型例のひとつだと言えます。

 今の中国当局の喫緊の(短期的な)目的は、中国経済の改革でも、世界経済への貢献でもなく、今年(2017年)秋に開かれる中国共産党大会を順調に開催させるため、なんとしても中国共産党大会終了までは経済を下押しさせるような事態にはしないこと、です。「2017年秋まで中国経済を下押しさせないこと」は一見世界経済全体にとってもプラスとなる目的のように見えますが、「現在の経済の状況如何に関係なく『とにかく経済を減速さないようにすること』」という目的達成のため、例えば必要以上に公共投資という「カンフル剤」を打ち続ける、とか、国有企業や政府系ファンドの総力を結集して株価が下がらないように買い支える、とか「中国共産党大会終了後になるとツケが回って来るような政策」が党大会までは実施が継続されることになる可能性があります。

 「中国によるアメリカ国債購入」について見ると、秋の中国共産党大会終了までは、「資本管理強化による人民元の海外流出を阻止する」「アメリカの利上げに対抗してアメリカ国債を購入することによってアメリカの金利上昇を阻止する(=アメリカの利上げ継続により人民元が対ドルで安値方向に動いて人民元の先安感が出ることを阻止する)」政策が続く可能性があります。逆に言うと、秋の中国共産党大会が終わると、これらの政策が終了して「人民元の対ドル・レートが急落する」「中国によるアメリカ国債の購入が減るのでアメリカ国債金利が急騰する」可能性があります。また、公共事業が縮小されて中国の景気が一気に冷え込み、結果としてそれが世界経済によくないインパクトを与える可能性があります。

 中国当局の関係者には優秀なエコノミストがたくさんいるので、経済の実情に逆らった無理な経済政策は採りたくない、と思っている人もたくさんいると思います。しかし、中国当局の担当者にとっては「長期的観点で中国経済の改革を進めること」よりも「とにかく中国共産党大会開催の前に経済の下押しは起こせない」というプレッシャーの方が強いと思うので、「後からツケが回って来ることはわかっているが、中国共産党大会までの期間は無理してでも経済を減速させない経済運営を続けてしまう」のではないか、というのが今私が最も心配している点です。

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2017年6月 3日 (土)

1989年の遺産

 毎年、6月第一週になるとテニスの全仏オープンが開催されますが、私は個人的にはどうしてもこの時期は1989年の全仏オープンを思い出してしまいます。錦織圭選手のコーチにマイケル・チャン氏が就任してからは特にそうです。

 私自身はそんなにテニスの試合をテレビで見る人ではないのですが、やはり1989年の全仏オープンの印象はいまだに覚えています。1989年の全仏オープンで、当時無名だった17歳のマイケル・チャン選手は、世界の強豪が次々と繰り出すスマッシュを追い掛け、右に左に振らされながら必死で打ち返す試合を続けました。結局、マイケル・チャン選手は、粘って粘って粘り抜いて勝つ試合を続けて、この年の全仏オープンで優勝したのでした。

 マイケル・チャン氏は、アメリカ生まれのアメリカ人ですが、私を含めて世界の多くの人は、同じ時期、1989年6月4日の北京で倒れた中国の若者たちの姿とマイケル・チャン選手の粘って粘って粘って結局は勝ち抜く姿を重ねていたと思います。1989年6月4日未明の北京からのニュースは、中国の若者の将来への「夢」を打ち砕いたと同時に、前年まで二年間北京に駐在し、それからも中国との関係の仕事をしていくことになるのだろうなぁ、と思っていた私自身の「夢」をも打ち砕きました。銃弾によって「将来の夢」を打ち砕かれた私自身の気持ちに対して、マイケル・チャン選手が「粘って粘って粘って粘り抜けば結局は勝つのだ」と訴えているように私には見えたのでした。

 「六四天安門事件」は、中国においては「改革・開放路線」の大きな転換点であったと同時に、ソ連・東欧圏における政治体制の変革に大きな影響を与えた事件でもありました。このブログ内にある「中国現代史概説」の中でも書いたのですが、1989年10月9日、旧東ドイツのライプチヒで市民らによる「月曜デモ」が行われようとしていた時、デモに参加する市民の側も当局の側も「4か月前の北京の天安門前での悲劇をここで繰り返してはならない」という同じ思いを持っていたとのことです(2008年1月12日放送NHK・BSドキュメンタリー「証言でつづる現代史~こうしてベルリンの壁は崩壊した~」(前編:ライプチヒ市民たちの「反乱」))。ドイツでは、この日のライプチヒでの「月曜デモ」の一ヶ月後の11月9日、東ベルリン市民が雪崩を打って西ベルリンに流入し、「ベルリンの壁」が崩壊することになるのです。

(注)このブログ内の「中国現代史概説」については、左側にある「中国現代史概説の目次」をクリックして御覧ください。

 現在のドイツの首相のメルケル氏は、旧東ドイツで育ち、「ベルリンの壁の崩壊」を切っ掛けとして政治の世界に入ったとのことです。彼女のEUに対する思い入れや「壁」を築こうとするアメリカのトランプ大統領に対する反発を理解する上では、この彼女の「生い立ち」は重要だと思います。今やメルケル首相はG7の首脳の中でもリーダー的存在ですが、彼女の原点は1989年にあると言えるのでしょう。

 1989年は日本の年号で言えば「平成元年」です。今、天皇陛下の退位に関する法律案が国会で議論されています。この法律が国会で成立すれば、近いうちに「平成」は終わることになるのでしょう。そういった意味も含めて、最近、新聞や雑誌で「平成を振り返る」という企画が多くなっています。5月20日付けでこのブログでも取り上げた週刊東洋経済2017年5月20日号の特集「最後の証言:バブル全史」もそうでした。今、産経新聞では「平成30年史」という連載企画を掲載しています。産経新聞の連載では、ちょうど今「第5部 バブル、それから・・・」が掲載されています。この時期、1989年という年とバブルについて思い返すことは意義のあることかもしれません。

 今、中国の大陸部では客観的に1989年を振り返ることはできません。「六四天安門事件」は中国国内では「1989年の政治風波」と呼ばれますが、中国共産党による「公式見解」以外の情報は中国の大陸部のネット等には存在しないからです(中国大陸部以外にある「六四天安門事件」に関する情報にはアクセス制限が掛かっていてネットで見ることはできないようになっている。ただし、台湾からは当然のこととして、「ネットの壁」の外側にある香港・マカオからはアクセスは可能)。

 今、日本の人たちは1989年を振り返って「バブルとは何だったのか」を反省することができます。ドイツや旧ソ連・東欧の人たちも1989年に何があったのかを調べて「ベルリンの壁崩壊とは何だったのか」「ソ連・東欧革命とは何だったのか」を振り返ることができます。しかし、大多数の中国大陸部の人たちは1989年を客観的に振り返ることができません。政治情勢にしろ経済情勢にしろ、「過去の経験」は人々にとって判断材料となる貴重な「遺産」です。今、多くの中国大陸部の人たちにそうした判断材料となる「1989年の遺産」が欠落していることは、今後の中国の人々の判断を誤らせることになる可能性がある点で重大です。

(注)1989年当時、5月下旬に「戒厳令」が出されたこと、その後「戒厳部隊」が「暴乱」を鎮圧したことは中国国内でも報道されましたが、6月4日未明以降の人民解放軍による武力鎮圧については中国国内では映像その他の詳細は報道されなかったので、当時、北京で実態を直接見聞きした人(またはその人から状況を聞いた人)でない限り、大陸にいる中国人は当時を知りうる年齢の人であっても「六四天安門事件」の全容についてはほとんど知りません。「六四天安門事件」の直後、仕事で地方に滞在していた日本人職員に対して帰国指示が出された時、その日本人職員から「へぇ~? なぜ? 何かあったの? 中国側も普通に仕事してますよ。」という反応が帰って来たことをよく覚えています。

 1989年に世界で起きたできごとについては、人によって評価が分かれるでしょう。しかし、「何があったかという事実」に対してアクセスできない状況を続けることは、結局は中国の将来にとって大きな禍根を残すことになると私は思います。

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2017年5月27日 (土)

中国国債の格下げとビットコイン価格の急騰

 アメリカの格付け会社ムーディーズは、2017年5月24日、中国の長期国債の格付けをそれまでの「Aa3」から一段階引き下げて「A1」にしました(一方で、見通しをそれまでの「ネガティブ(弱含み)」から「安定的」に変更しました)。

 「引き下げ」とは言っても、例えばムーディーズの日本国債に対する格付けは安倍総理が消費税再増税延期を表明した直後の2014年12月に「A1」に引き下げられていましたから、今回中国の長期国債が「A1」に引き下げられたのは、日本国債と同じになった、というだけで、これから「とんでもないこと」が起こるわけではありません。

 また、2014年12月に日本国債の格付けが引き下げられた時にこの格付け引き下げによって日本のマーケットに大きな混乱が起きたわけでもないことに見られるように、今回のムーディーズによる中国の長期国債の格付け引き下げが、中国のマーケットに混乱を引き起こすことはないと思います。

 ただ、バブル崩壊からデフレ時代の中に長く浸っている日本国民にとっては、「日本国債の格付けが下がった」と言われても「やっぱ、そうでしょうね」と思うだけでしょうけど、現在急速に成長中であり中国経済が世界経済を引っ張っていると言える、という感覚を持っている中国の人々にとっては、この「格下げ」はちょっとショックだったかもしれません(特にムーディーズによる中国国債の格付け引き下げは「六四天安門事件」のあった1989年以来ですから、それなりの「心理的ショック」はあったのではないかと思います)。

 そうした「中国の人々に対する心理的ショック」があることは、格付けの引き下げに対して中国財務省が直ちに反論のコメントを出したことでも伺えます(ちなみに、2014年12月にムーディーズが日本国債の格下げをした時は、日本の財務省は無視しました(2002年5月の格付け引き下げの時は日本の財務省は格付け会社に対して反論レターを出したのですけどね))。

 私も今回のムーディーズによる中国の長期国債の格付け引き下げにより「心理的ショック」を超えて大きな実態的な影響が出てくるとは思っていませんが、格下げ発表後の上海株式市場の株価の値動きがかなり不自然だったので、そちらの方が気になっています。格付け引き下げがあった5月24日、上海総合指数は安く始まって午前中に前日比1.3%安まで下がる場面もあったのですが、その後盛り返し、結局はこの日は0.1%高で終えました。翌5月25日は対前日比1.4%高で引け、5月26日(昨日)も0.07%高で引けました。株式市場は、様々な要素で上がったり下がったりするので、国債の格付け引き下げの影響だけを考えるのは正しくないのですが、こうした動きはまるで「国債格付け引き下げによって株価が下がらないように政府系ファンドが株式市場で買い支えをしている」ように見えます(実際、政府による買い支えが実施されているようだ、といった観測記事も出ているようです)。

 私が「気になる」のは、不動産バブルの膨張を懸念して、不動産価格の抑制を図るための様々な政策が打ち出されいている今の時点で、政府が株式市場を下支えしているとの観測が出てくると、中国人投資家の間に「政府は秋の中国共産党大会までマーケットの暴落を絶対に許さないはずだから、今、株式市場に投資して党大会の前に売り抜けば必ず儲かる」などといった「思惑」を生んで、価格抑制策で不動産市場に入れない余剰資金が株式市場に流入して、株式市場の方に「新たなバブル」を生んでしまうのではないか、ということです(実際、2014年秋~2015年6月までの「上海株バブル」は、それ以前の不動産バブルの沈静化によってあふれた資金が不動産市場から株式市場に回ってきたため、と言われました)。

 一方、私がもうひとつ気にしているのはビットコインの価格動向です。ビットコインの価格は、2017年年初に暴落しましたが、それは中国当局がビットコイン取引の管理を厳しくしたからだ、と言われました。今、5月初め頃からビットコインの価格が急激に上昇してきています。中国国債の格付け引き下げよりずっと前からビットコインの価格高騰は始まっていたので、ビットコイン価格と今回のムーディーズによる中国国債の格付け引き下げの間に因果関係はないことは明らかですが、ビットコインの価格の急上昇の背景には中国国内の事情(例えば、不動産市場に入っていた投機資金の一部がビットコイン市場に回ってきているなど)がある可能性があります。

(注)ビットコインの価格急騰については、アメリカのトランプ政権の先行きが不透明、ヨーロッパのユーロの先行き不安も払拭されたわけではない、ということで、欧米の投資家が米ドルやユーロを売ってビットコインを買っているからかもしれません。日本でも5月15日から日本最大と言われるビットコイン取引所であるビットフライヤーが地上波テレビでのCM放映を開始したり、5月22日に格安航空会社(LCC)ピーチ・アビエーションがビットコインで航空券などを購入できるシステムを導入する予定と発表したりしていますので、日本でもビットコインの認知度が高まり日本人の間で買う人が増えたのでビットコインの価格が上昇している可能性もあります。

 5月25日付けの「人民日報」は10面でムーディーズの中国国債格付け引き下げについて「評価引き下げの方法は不当である」と題する財務部関係者の反論記事を載せていますが、一方で21面には「ビットコインは『デジタル・ゴールド』になった」(中国語は「比特幣成了『数字黄金』」)と題する解説記事を載せています。これはビットコイン価格が急騰し金(ゴールド)の価格を超えたことを切っ掛けとした解説記事です。この解説記事は、特段ビットコインの購入について推奨するわけでも批判するわけでもなく、中立的に現状やリスクについて解説しています。

(注)この記事の中では「現在、アメリカ、日本、中国、ヨーロッパの各国・地域での一日あたりの交易規模は、それぞれ7,300万ドル、7,300万ドル、4,500万ドル、3,140万ドルである」と紹介されています。日本での報道では「中国での交易量が世界で最も多い」とされていますが、日本での報道とこの「人民日報」の解説とのどちらが正しいのかは私にはわかりません。

 先週、ビットコインの価格は1ビットコイン=2,500米ドル程度まで上昇したようですが、この「人民日報」の記事には次のような記述があります。

○2020年までに、ビットコインの交易規模は30億ドルを超え、その交易価格は1万ドルに達する可能性もある。

○ビットコインは一種のバーチャルな『デジタル・ゴールド』と見なすこともできるが、黄金(ゴールド)のような高い流動性、低いリスク、価格の安定性とコントロール可能性といった属性を具備しておらず、一種のハイリスク・ハイリターンの投資品と言える。

○貨幣のイノベーションという視点でデジタル属性に注目することもできるが、慎重な投資姿勢により黄金(ゴールド)のような属性を持つかどうか見極めるべきである。

とも書いてあり、リスクについても解説してありますので、この記事は別にビットコインの購入を推奨しているものではないと言えるでしょう。しかし、投資好きの中国の読者に対して、今2,500ドルまで急騰したビットコインについて「2020年までにその交易価格は1万ドルに達する可能性もある」などと紹介したら結果的に「煽っている」ことになるんじゃないかなぁ、と私は思います。

 2015年6月をピークにしてはじけた上海株バブルの時も、春頃に「人民日報」が株投資を煽っていた、と批判されたことがありました。今回のビットコインに関する「人民日報」の解説記事を切っ掛けにして、価格抑制策がなされた中国の不動産市場や政府系ファンドに価格変動をコントロールされている中国の株式市場から押し出された資金がビットコイン市場に過度に流入し始めるのではないか、と心配になります。

 この他、「人民日報」のホームページ「人民網」の「財経チャンネル」に載っていた中国経済網の記事「鋼材の価格上昇の嵐 石炭の奇跡の再演なるか 今年の業種の利益は去年を超えている」(2017年5月23日アップ)も気になっています。この記事では、中国語でいう「螺紋鋼」(建築用コンクリートに入れる鉄筋)の価格が4月19日以来20%以上高騰しており、株式市場でも関心を集めていることを伝えています。「螺紋鋼」の価格が高騰しているのは、市場関係者がマンション等の建設による需要が今後とも高いレベルを維持すると見ていることを示しています。中国政府は、マンション・バブルの抑制のための政策をいろいろとっていますが、「どうせ党大会の前にマンション販売の低迷を出現させるわけにはいかないので、党大会まではマンション建設ラッシュは続くだろう」と中国の市場関係者は中国共産党の「足元」を見ているのかもしれません。

 この記事の最後は「鋼鉄株は去年の『石炭の奇跡』の再演なるか 刮目(かつもく)して待つべし」と締めくくっています。去年(2016年)は、中国政府の「生産能力削減」の政策により、石炭の生産量が減りましたが、一方でマンション建設等に使う鉄鋼の需要は堅調だったことから、石炭の品薄感が急激に広がって石炭(製鉄に使う原料炭)の価格が高騰しました。この記事はこの「石炭の奇跡」が今年は鉄鋼で起きるのか、と期待を持って書いているわけです。私はなんか競馬新聞の予想記事を読んでいるような気分になりますが、少なくともこの記事の読者である中国の投資家の皆様は、去年の石炭や鋼材価格の乱高下に全然懲りていないようですね(というか、そういう価格の乱高下を投資のチャンスとして待っているようにすら感じる)。

 今、日本をはじめ世界の経済関係者は、「中国経済バブル崩壊にどう対処すべきか」と身構えているところだと思いますが、中国には上のような「投資新聞」の記事を読んで不動産や株や商品(鉄鋼、石炭、銅など)(場合によってはビットコインなども含めて)に投資している血気盛んな投資家の皆さんがとんでもない数おられることを念頭においておく必要があると思います。

 今日(2017年5月27日(土))付け日本経済新聞朝刊1面には「人民元の急落防止 中国、基準値算出方法を見直し」という記事が、9面には「中国、資本流出を警戒 人民元の急落防止 米追加利上げにらむ」という記事が掲載されています。国外への資本流出と人民元の急落を防ぐため、中国が人民元レートを定める基準値の算出方法を見直す、という記事です。9面の記事では、24日のムーディーズによる国債の格付け引き下げを受けて「25日には一定規模の為替介入があったもよう」(外国銀行)との指摘も紹介されています。

 「不動産価格の高騰を抑制する」「国外への資金流出を阻止する」という政策を同時に進めた場合、不動産市場からあふれた資金は中国国内の「どこか」へ向かいます。上に書いてきたように、その「どこか」とは中国国内の株式市場、鉄鋼、石炭等の商品市場あるいはビットコイン市場かもしれません。仮に「不動産バブル」を抑えることに成功したとしても、不動産市場にあった資金が移動した先の「どこか」でまた新たなバブルが発生することになるのかもしれません。中国が国外への資金流出を阻止することは、中国国内のバブルが外国に輸出されることを防ぐことになるので、諸外国にとってはよいことなのかもしれませんが、「ガス抜き栓」をふさがれた資金の圧力が中国国内に溜まってバブル破裂のエネルギーが蓄積されるのではないか、という恐怖感も湧いてきます。

 5月26日(金)付けの日本経済新聞朝刊11面のコラム「NIKKEI ASIAN REVIEW」では、米クレアモント・マッケナ大学教授のミンシン・ペイ氏の「中国企業 不透明な経営 急膨張 資本規制で転機か」という文章が掲載されています。この文章の中でペイ氏は「歴史上の信用崩壊後の惨状に通じる人なら、こうした一見結びつきのない諸報道が金融危機の前兆だと認識するだろう。」と書いています。今回も上に書いてきたいろいろなことがらは、後から見ると「中国経済バブル崩壊の前兆現象だった」「壁が大崩壊する前にミシミシなっていたきしむ音だった」と顧みることになるのかもしれません。

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2017年5月20日 (土)

世の中「中国経済バブル崩壊準備モード」に突入

 週刊東洋経済2017年5月20日号の特集は「最後の証言:バブル全史」でした。日本の1980年代末~1990年代初のバブル形成と崩壊の過程を当時の関係者の証言で綴るものでした。

 「なぜ今このタイミングで『バブル全史』の特集なのか」と問われれば、やはり現在の世界経済の状況が「バブルらしき様相」であるからでしょう。最も懸念されているのが中国の不動産バブルです。一昨年(2015年)夏、上海株のバブルがはじけたことを思い出せば、1989年末をピークにしてまず「株バブル」がはじけ、二年くらい掛けて「土地バブル」がはじけた日本のバブルを思い出さざるを得ません。たまたま偶然ですが、バブル最盛期に始まった「平成」が「そろそろ終わりそうだ」ということも、そういった連想を助長しているのかもしれません(昨日(2017年5月19日)「天皇の退位等に関する皇室典範特例法案」が閣議決定されました)。

 で、私がちょっとショックだったのは、週刊東洋経済2017年5月20日号の「編集部から」の欄に「当時中学生だった私にとってバブルの記憶といえば・・・」と書かれていた編集部の方の言葉でした。これを読んで「あちゃ~、就職後十年目でバブルに遭遇した私はもう『お年寄り』の部類なのかなぁ」と思ってしまったのでした。ということで、このブログを読んでいる方にも「日本のバブルの実体験がない」方も多いと思うので、「日本のバブルでは何があったのか」について、私の経験や私の知っている話をお話しして、来るべき「中国経済バブルがはじける時」に何が起こるのかを考える上での参考にしていただければ、と思います。

 まず、バブルに至る過程で私が印象に残っているのは「急速な円高の進展」でした。私は1986年10月~1988年9月に一回目の北京駐在を経験していますが、海外駐在員にとって、為替レートは日常生活にも直接影響する一大関心事項です。当時、中国では、朝7時前に中国人民銀行が決める各外貨と人民元との為替レートを中央人民広播電台(中央人民ラジオ局)が放送していましたが、私は毎朝そのラジオ放送で流れる為替レートを聞き取ってメモするのが日課になっていました(非常によい中国語のディクテーション(聴音書き取り)教材でした)。なので、プラザ合意(1985年9月)の後、数年間にわたって怒濤のごとく進んだ円高は「日々の衝撃」として私の記憶に残っています。

 当時新聞等では急激な円高に伴う日本の輸出企業の苦境が報じられていましたが、私が思っていたのは「物価は全く下がらないのだから、原材料を輸入している企業はボロ儲けしているのだろうなぁ」ということでした。確かに円高に苦しむ輸出企業の裏側で、円高で相当儲けた輸入関係企業もあったはずで、そうした「あまり話題にならない中で円高によって積み上がった余裕資金」がいろいろな資産に投機として投入されて、それが後でバブル化した面もあるのだと思います。

 苦しんでいる企業は対策を打つようにいろいろ政府に働き掛けをするので、新聞等でそれらの動きを目にすることも多いのですが、「意外に儲かっていて資金に余裕がある企業」は基本的に「だんまり」なので目に付きません。「あんなところにも金が余っていたのか」といった話はバブルがはじけた後でわかる話です。「バブルが形成されつつある間は気がつかないが、意外なところに意外な資金が貯まっていてバブルがはじけた時に悪さをする」ことがあり得ることには注意しておく必要があると思います。

 もうひとつ印象に残っているのは、1980年代前半は相当に金利が高く、例えば郵便局の定額貯金は金利が年利7%を越えていたことでした。定額貯金は満期10年なのですが複利なので年利7%ちょっとで10年後まで途中解約しないでいれば元本が2倍の金額になったのでした。1980年代後半は円高が進んだこともあり、日本の物価はそれほど上がりませんでした。バブルの頃は、給料がそんなに上がったわけでもないのですが、「貯金しておけば結構な額の金利が付く」という意識があったので、結構気楽にお金を使う「気分」になっていたような記憶があります。今、「個人消費が伸びない」のが日本経済の重要なマイナス要因になっていますが、ゼロ金利下で「利子という余裕資金」が全く存在しない現状が消費しようとする「気分」に水を差しているのは間違いないと思います。

 今、多くの中国の人々は「マンション」という資産を持っており、「自分の持っているマンションの価格は将来上がる」という認識の下で消費行動をとっています。「想定しているマンション価格の上昇」は、自分の意識の中では「余裕資金」として存在していると思います。従って、今後、中国の不動産市場において「バブル崩壊」とまではいかなくても、「マンションの価格は上昇しない」という状況が生じた場合、現在の中国の人々が持っている「マンション所有による余裕資金があるという感覚」は消滅し、中国の人々の消費意欲を急激に冷やす可能性があります。その場合、中国人旅行者による日本での購入や中国国内での消費に期待している日本の企業は打撃を受ける可能性があります。

 さらに「今思えば」と後になって気がついたのは、1980年代後半、日本政府に「バブルに対する危機意識」がなく、むしろ政策によって「バブルを煽った」面があったのではないか、ということです。冒頭に紹介した週刊東洋経済2017年5月20日号の特集「最後の証言:バブル全史」では、早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問の野口悠紀雄氏が1987年11月26日号の週刊東洋経済に掲載した文章「バブルで膨らんだ地価~地価引き下げのための緊急対策を~」について紹介しています。この1987年の記事の中で野口氏は「現在の地価は投機のバブル(泡)で膨らんだ異常な水準である。」と書いています。「バブル」に「(泡)」とわざわざカッコ書きで書いているほど、日本経済の状況を「バブルだ」とする認識は1987年当時は一般的ではなかったのでしょう(なお、経済のある状況を指す言葉としての「バブル」はガリバー旅行記を書いたスウィフトが初めて使ったとされており、18世紀からある言い方です)。余裕資金を用いて地方活性化を図ろうとする総合保養地域整備法(通称「リゾート法」)は1987年制定ですが、この法律は企業によるリゾート開発等のいわゆる「財テク」を促進させることになり、結果的に政府が率先して当時のバブル的状況をさらに膨らませる結果になりました(それを「政策の誤りだった」と批判することは「バブルがはじけた後だから言えること」だと思いますけど)。

 こうした政府の政策の背景には、1985年に民営化されたNTT(旧電電公社)の株式売却(1987年2月に上場)においてNTT株が想定より高値で売却できた(政府の収入が想定より多かった)という点もあったと思います。「NTT株が想定より高く売れた」のは、後から振り返って見れば当時既に日本経済が「バブル化」していたからだと言えますが、当時の日本政府は「今はバブルだ。今のままでは危険だ。」とは認識していなかったのだと思います(だから適切な対策は講じなかった)。政府に危機意識がなかったからこそ、野口悠紀雄氏は上記のように警告を発する記事を書こうと思ったのでしょう。

 ここで問題なのは、「政府に『今の状況はバブルである』という認識があれば、適切な措置を講じてバブルがはじけるのを避けることができたのか」という点です。今の中国政府には、現在の不動産市場の状況が「バブル的である」との懸念は持っており、もし政府が適切な状況認識を持って適切な措置を講じることができれば、中国の不動産バブルも「はじける」ことは回避できることになるのでしょう。

 しかし、2008年のリーマン・ショックのことを考えると「政府が『バブルかもしれない』という危機感を持っていれば事前に適切な措置を講じることによりバブルがはじけることは回避できる」ことには必ずしもならないことは明らかでしょう。21世紀に入って、日本のバブル崩壊については、アメリカ政府担当者を含めて世界の政策担当者はよく知っていたし、アメリカの住宅市場に関して「サブ・プライム・ローンは危ないのではないか」といった認識は2007年頃からあったにも係わらず、アメリカ政府はリーマン・ショックという「バブルの突然の崩壊」を防ぐことはできませんでした。

 中国経済で「バブル崩壊」が起きると中国共産党政権自体が揺らぎかねませんので、中国共産党は日本のバブルを含めて過去のバブルについては相当熱心に(真剣に)勉強しています。なので、「中国共産党はバブルを崩壊させることなくソフトランディングさせることができる(はず)」と多くの人が考えています。しかし、問題は、中国共産党の経済政策を考える経済学者が「バブル退治」の処方箋を仮に持っていたとしても、実際の政策としてそれを実行できるのか、という問題があります。政策を決定する中国共産党員自身が「利害関係者」であるために、有効な政策決定ができないことがあり得るからです。例えば、不動産バブルを沈静化させるための「マンション保有税」(日本の固定資産税に相当)も政策手段としてあるはずなのですが、中国共産党の会議や全人代ではまだ議論すらされていません。それどころか、先に発表された新副都心「雄安新区」プロジェクトなど、むしろバブルを助長させるような方向の政策も打ち出されています。

 まとめると以下のとおりになると思います。

 日本のバブルは、バブル崩壊まで(野口氏のような一部の学者を除いて)日本政府や経済界の中に「今の状況はバブルで危険だ」という危機意識はなかった。

 アメリカのリーマン・ショックにおいて、アメリカの政策担当者は日本のバブルについて既に学んでおり、サブ・プライム・ローンの危険性についてある程度の危機意識は持ってはいたが、適切な対策を適切なタイミングで採ることができずにリーマン・ショックを起こしてしまった。

 中国の経済政策担当者は、日本のバブルもアメリカのリーマン・ショックもよく学んでおり、現在の中国の不動産市場についてバブル的要素があり一定程度の危険性があると認識いている(公式見解は「現在の状況はコントロール可能」というものだが)。中国経済において「バブルがはじけることを回避する」ことができるかどうかは、現時点ではわからない。

 一方、日本のバブルがはじけた後の状況を「世界の工場」へ向けて急速に発展した中国経済は後ろから支えた(1980年代から始まった中国のインフラ投資等に対する日本の経済協力(円借款など)が結果的に中国経済の急速な発展を通じて日本のバブル崩壊からの回復を手助けした)。バブル崩壊後の日本が苦しんだのは事実ですが、すぐ隣に急速に発達する中国が存在していなかったら、日本経済の状況はさらに悪いものになっていたと思います。

 アメリカのリーマン・ショックに始まる世界経済危機に対して中国政府が実施した四兆元の超大型経済対策は結果的に世界の需要を下支えし、世界経済のリーマン・ショックからの回復に大きなプラスの役割を果たした。

 中国経済のバブルが今後崩壊すると想定した場合に「バブル崩壊後の日本を支え、リーマン・ショック後の世界経済を支えた中国と同じような役割を果たす者」は現在の世界には存在しない。

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 いくら過去のことを学んでも「もし中国の経済バブルがはじけたらどう対応したらよいか」はわからないのですが、「何も知らないよりは、過去の経験を知っていた方がケガは小さいだろう」と思うので、やはり今回週刊東洋経済が「最後の証言:バブル全史」という特集を組んだのは非常にタイムリーでよかったと思います。

 先週までのブログにも書いたように、日本経済新聞も最近「中国経済バブル警戒モード」に入っていると私は感じています。今日(2017年5月20日(土))まで、日本経済新聞朝刊は「変わる鉄鉱石市場」という短期連載コラムを掲載していました。鉄鉱石、原料炭、銅などの価格やビット・コインの価格の変動は、「中国経済の現状の何か」を表している可能性があるので、注意深く見ている必要があると思います(もちろんこれらは「投機筋の思惑」で動くので、価格変動が「何を意味しているか」を安直に判断することは難しいと思いますが)。中国でビジネスを展開する企業の日々のコメントにも注意を払う必要があると思います。

 これまでも何回も書いてきましたが、「『バブル』とははじけた後で初めて気付くものであって、『今はバブルだ』と感じているのなら、今はバブルではない。」という考え方は中国については通用しないので、警戒は緩めずにいる必要があると思います。(とは言え、一昨年(2015年)8月に「中国発世界同時株安」が起きた時は、私自身、結構びっくりしました。「バブルが崩壊した時にびっくりしないように事前に準備する」ことなど実際には誰にもできないのかもしれません)。

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2017年5月13日 (土)

「一帯一路国際フォーラム」の後に来るもの

 明日(2017年5月14日)から二日間、北京で「一帯一路国際フォーラム」が開催されます。28か国から首脳級が参加する他、日本を含め代表団を派遣する国は130か国を越えているようです。

 経済力が大きくなった中国が「陸と海のシルクロードの復活」という概念の下、中央アジアや東南アジアのインフラ投資に協力し、これらの地域の経済発展を図る、という発想は悪くはないですし、特に中央アジア諸国については、旧ソ連崩壊後、ロシアの支援が弱くなっていますから、中央アジア諸国の経済発展を支援することは、間接的に貧困から来るイスラム過激派の勢力拡大を食い止めることになり、中国自身の安全保障上プラスになるだけでなく、世界にとってもよいことだと思います。

 一方で、旧ソ連の崩壊で中央アジアの面倒まで見られなくなったロシアや混迷するヨーロッパ、「自国第一主義」になってしまったアメリカを尻目にして、国際社会の中で発言力を強化しようという中国の意図がミエミエなのは気になります。1970年代、80年代にトウ小平氏が「中国は絶対に超大国にはならない」と何回も繰り返していたことをよく覚えている私としては「話が違うんじゃないの?」という気分にもなります。

 それにしても習近平氏は「世界各国から首脳を招いて行う巨大国際イベント」が相当にお好きなようですね。2008年の北京オリンピックや2010年の上海万博のようなものが当面ないので、無理して自分で作っているように見えます。2014年11月には「APEC首脳会議」を北京で、2015年9月には「抗ファシスト勝利70周年記念軍事パレード」を北京で、2016年9月には「G20首脳会議」を杭州で開いたのに引き続いての今回の「一帯一路国際フォーラム」です。これまでの「国際イベント」と同じように、ここ数日、「人民日報」や中国中央電視台夜7時のニュース「新聞聯播」では、「一帯一路国際フォーラム」自体とフォーラムに参加するために中国を訪問している各国要人と習近平氏との会談の様子を連日大々的に報じています。

 ニュースを見ていていて感じるのは、これまでの「APEC首脳会議」「抗ファシスト勝利70周年記念軍事パレード」「G20首脳会議」と比べて、李克強氏と各国首脳との会談の様子なども結構多く報じられているなぁ、という点です(去年9月の「G20首脳会議」の時は李克強氏はニュースに全く登場しなかった)。秋の党大会を前にして、習近平氏と李克強氏の間では一定の手打ち(合意)ができているのかもしれません(例えば、李克強氏は国務院総理を退き全人代常務委員会委員長になるが、李克強氏と同じ中国共産主義青年団出身の胡春華氏(現・広東省党書記)を政治局常務委員にすることで、習近平氏と李克強氏は既に「手を握っている」とか)。

 もし今回の「一帯一路国際フォーラム」が習近平氏のリーダーシップを示すと同時に、習近平氏と李克強氏が「お互いに協力して今後とも仲良く中国の政権運営を担当していきますよ」ということを内外に示す場となるのだったら、それはそれでハッピーなことなのかもしれません。

 ただ、ちょっと気になるのは、中国経済の現状です。中国の不動産バブルが相当危機的状況になってきていることは、累次このブログでも書いてきたところです。それに加えて私が気になっているのは以下の点です。

○上海株式市場の上海総合指数のグラフを見ると、4月上旬、河北省に建設される新副都心「雄安新区」プロジェクトの発表を機に急騰した上海の株価が、「投機的な動きは許さない」という当局の姿勢を受けて急落に転じ、日々のグラフを見る限り「相当に危なっかしい格好」をしていること。ここ数日は、大きく下げそうになると「まるで誰かが買い支えているかのように」下げ幅を縮めたり、前日比わずかに上昇して引けたりしており、「一帯一路フォーラム」を前にして、「国家隊」(政府系ファンド等)による買い支えが行われているのではないかと思われること(もしそうなら「一帯一路フォーラム」が終わって「買い支え」がなくなると株価はさらに下落する可能性がある)。

○海外への資金流出圧力は弱まっていないと思われるにも係わらず、今年(2017年)2月~4月の中国の外貨準備はわずかに増加し「3兆ドル」という心理的節目を前にして「わざとらしいくらい」減少がストップしていること。これは政治的な意図により経済的な状況を無視して資金の中国外への送金を強制的に抑制していることが原因である可能性がある。もし資金の外国への送金を無理に規制しているなら、国際的企業の中国でのビジネス活動にブレーキを掛けてしまうことになる(今日(2017年5月13日(土))付け日本経済新聞夕刊1面の記事によると、麻生財務大臣はイタリアで開かれているG7財務相・中央銀行総裁会合でIMFに対して中国の資本規制への監視を強めるよう要請したとのことです。麻生財務大臣のこうした要請の背景には、中国当局の国外への送金規制に困惑する日本企業の怨嗟の声があるのだと思います)。

○需要の面で中国が世界最大の割合を占めている鉄鋼の原料(鉄鉱石と原料炭)や銅の価格がここへ来て急落している(つまり中国の需要が減っている(または投資家が中国の需要は今後減るという見通しを立てている))こと。(参考:日本経済新聞5月10日(水)付朝刊22面「銅の国際価格5%安 直近高値比 中国の需要減観測で」、5月13日(土)付朝刊24面「製鉄原料が一段安 豪の供給トラブル解消」

 これらの状況は、「中国経済はこれまで不動産やインフラ投資で景気が下支えされてきたが、中国当局が投資の過熱で経済がバブル化することを懸念してブレーキを掛け始めたため現実の景気は減速傾向にある。一方、直近の『一帯一路フォーラム』と秋に開かれる党大会を前にして中国当局が『意図的な株価の下支え』と『人民元安阻止と外貨準備減少阻止の同時実現のための資金の国外流出に対する強制的な規制』を強めている。」ことを表している可能性があります。今のところまではなんとか「もたせる」ことができていますが、このような「株価の下支え」や「強制的な資本規制」を秋の共産党大会まで続けることは相当に難しいのではないかと思われます。

 これらの懸念は、上記に日経新聞の記事をいくつか紹介しことでもわかるとおり、単に「私が気になっている」のではなく、日本経済新聞も同様の懸念を持っているようです。「日本経済新聞の懸念」を示す典型的な記事が昨日(2017年5月12日(金))の夕刊5面に並んで掲載されていました。ひとつは「アジア・ラウンドアップ」にあった「上海株、監督強化に揺れる」(NQN香港:柘植康文氏)とその下の「十字路」の欄にあった「日本のバブルと中国のバブル」(中前国際研究所代表中前忠氏)です。

 今、足元では上海株が連日「年初来安値」を続ける一方、香港ハンセン指数は「年初来高値」を続けています。本来、上海と香港の株式市場は両方とも同じように中国の景気動向を反映するならば株価も同じような動きをするはずですが、今は、上海と香港で株価が全く逆の動きをしているのです。この点について、上記の「上海株、監督強化に揺れる」の記事の中では、「当局の規制が及びにくい香港市場に資金を移す投資家は増えているようで、上海からの香港株の買越額は増加している。」と指摘されています。「日本経済新聞の懸念」と書きましたが、もしかすると中国人投資家自身も同じような懸念を持っているのかもしれません。

 「日本経済新聞の懸念」即ち「市場動向を無視した政治的意図による無理な『下支え』の継続は難しく、2017年後半は、秋の党大会というビッグ・イベント前後を切っ掛けとして中国経済が大きく後退する」という懸念は、かなり広く共有されているのかもしれません。今日(2017年5月13日(土))付け日経新聞朝刊7面の日本の企業の決算の状況を伝える記事においては「企業、中国景気に懸念」という見出しが付いていました。

 報道によれば、「一帯一路フォーラム」に参加する日本の代表団のヘッドである自民党の二階幹事長は、明日(5月14日(日))、習近平主席と会談できるよう最終調整の段階にある、とのことです。二階幹事長は、安倍総理の親書を携えて行っているようですし、会談できれば日中関係にとってよいことだと思います。冒頭に書いたように中国が「一帯一路国際フォーラム」を成功裡に開催すること自体は悪い話ではないと思います。ただ、中国が「一帯一路国際フォーラム」というイベントをうまく成功させるために、無理をして株式市場を支えており、無理を承知で資本規制で外貨準備を減らさずに人民元安を防いでいるのだとしたら、後から来る「市場からのしっぺ返し」には警戒しておく必要があると思います。特にこうした「無理」を秋の党大会まで続けることは非常に難しいと思うので、「無理がたたった市場からのしっぺ返し」が党大会の前に発生して、党大会へ向けて中国が政治的に混乱する、というようなことにはなって欲しくないと思います。

 私の場合、ちょうど10年前には北京に駐在していたので、どうしても「10年前(2007年)と今(2017年)を比較した話」が多くなります。今、一番重要なのは、2008年にアメリカ発のリーマン・ショックで世界経済が危機に陥った時、中国は四兆元の大型経済対策で世界経済を救いましたが、もし2017年に中国発の世界経済危機が発生したとしても、アメリカには世界経済を救う力はない(というか「アメリカだけよければ」の発想で世界経済を救うつもりはない)だろうということです。もっとも、それよりも最悪なのは「中国経済がコケる前にアメリカのトランプ大統領がコケること」ですが、それだけはぜひとも避けて欲しいと思います。

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2017年5月 6日 (土)

中国のマンション市場に「状況変化」の気配

 人民日報ホームページ「人民網」の「財経チャンネル」では、メーデー連休期間中のマンション販売動向に関するいくつかの記事が載っていました。例えば以下の二つです。

○2017年5月2日アップ:経済参考報の記事「四つの制限がメーデー連休期間中のマンション市場を二分化:大都市(第一線都市)は様子見、中小都市(二、三線級都市)は依然としてホットなまま」

○2017年5月3日アップ:人民日報海外版の記事「マンション市場の『冷熱』局面が静かに逆転 『悪循環』の打破が招くもの」

 記事末の「編集責任者」の欄に同一人物の名前が載っているので、これらは同じ系統の記事だと思います。

 これらの記事では、概ね以下のような点を報じています。

○マンション・バブルを防ぐための政策(「購入制限」「住宅ローンに対する制限」「価格制限」「販売量の制限」の「四限」)により、メーデー連休期間は北京のマンション市場にとっては冷めた連休期間となった。

○中国のマンション市場は「両高」:即ち、一方で大都市(一二線都市)ではマンション価格が高い一方、中小都市(三四線都市)ではマンションの在庫レベルが高い、という状況だった。しかし、今年のメーデー連休期間は、この「氷と火」の局面に逆転現象が起きている。

○例えば、北京やアモイでは様子見状態(中国語で「観望」)になりマンション成約が減った一方、鄭州では寝袋を持ってマンション販売に並ぶ行列が連夜見られた。

○あるデータによれば、2017年第一四半期、大都市(一線都市)の新築マンション成約数は対前年同期比16.3%減少したのに対し、小都市(三線都市)では35.84%増加した。価格については、3月17日にマンション販売規制が強化された北京では、18か月間で初めて下落したのに対し、3月のマンション価格は(中小都市である)広東省清遠では18.28%上昇し、福建省ショウ州(「ショウ」はさんずいに「章」)では15.76%上昇した。

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 このように、現在の中国では、マンション市場が過熱した地域では政策的な制限が掛けられて熱が冷めつつある一方、在庫が多い中小都市では販売の過熱と価格の上昇が同時に起きているようです(この記事では、例として、江蘇省の南京都市圏にある鎮江では、まだマンション政策が相対的に緩やかであるため、多くの専門家が鎮江地区のマンション価格は今後上昇すると見ていることを紹介しています。北京に二回、合計四年以上駐在していた私ですら名前を聞いたこともない小さな都市のマンション価格が急上昇している、という現状は、やはり「大丈夫かなぁ」と思わせますね)。

 このような状況について、北京科技大学管理学院経済貿易系の何維達主任は、各地方ごとの状況に応じた対応政策について、「一つの都市ごとに一つの政策といった『対症療法的服薬』が必要である」と述べています。

 一方、あるアナリストは、「引き締め」と「緩和」を繰り返す周期的な政策の変化は短期的な応急手段に過ぎず、マンション市場の周期的な「悪循環」から抜け出すためには、真に長期的に効果のある規制が必要である、と述べています。これに関して、何維達主任は、「長期的に効果のある規制」とは何かあるひとつの政策を指すのではなく、全国的な不動産情報ネットワークの確立や金融政策・財政税制政策の総合利用を含む一連の系統的な政策群である、と述べています。

 記事の最後では、「例えば、固定資産税のような科学的な徴税によって投機のためのコストを収益よりも大きくすることによって、マンションを『(投機のためのものではなく)真に住むためのもの』に回帰させなければならない」と述べています。

 この最後の文章に見られるように、記事は極めて冷静で「まとも」なのですが、3月の「全人代」では「固定資産税(マンション保有税)」については議論されませんでした。「全人代」で票決を行う「全国人民代表」は「全国の人民の代表」ではなく、その多くがマンション所有者で、マンション保有税には反対だと思われるので、たぶん何年待っても「マンション保有税」はできないと思います。なので、いくら経済学者や「人民日報」の記者が「まともな」議論を展開しても、中国のマンション市場の問題を解決する政策はいつまで待っても出てこないと思います。

 中国のマンション・バブルの問題を考える時、「最も有効な手段はわかっているが、その有効な手段は講じられることはない」という現状を改めて認識する必要があると思います。

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 上に書いたように、この記事では、このメーデー連休期間中、北京やアモイでは「様子見状態」(中国語で「観望」)になっている、と指摘されています。私が「観望」という単語を知ったのは、2007年の北京駐在時のマンション・バブルの時期でした(このブログの2007年12月22日付け記事「中国の不動産ブームはピークを越えたのか?」参照)。

 2007年の頃も「今の中国のマンション市場はバブルではないのか?」と言われていました(2007年12月頃に一度ピークを打ってその後価格は下がったが、ほどなく上昇に転じ、「バブル的状況」は現在に至るまで続いている)。2007年の頃と今(2017年)の違いは以下のとおりです。

○2007年前後のマンション価格のピークは、党大会(2007年10月)後の2007年12月頃だったが、今(2017年)は、秋に開かれる予定の党大会の半年前の時点で既に一部の地域でピークを打つ兆候が出ている。

○2007年のマンション市場の過熱は北京や上海などの大都市に関するものであり、中小都市(三四線都市)ではマンション建設は問題とはなっていなかった。一方、2017年は、大都市(一二線都市)と中小都市(三四線都市)の両方で、事情が異なる中、マンション市場が過熱化しており、マーケット状況は非常に複雑化している。

○2007年の時点では、翌2008年に北京オリンピック、2010年に上海万博を控えており、マンション以外にも投資先がたくさんあった。一方、人民元には先高感があり、外国から中国への資金流入圧力が強かった。2017年は、鉄鋼業・石炭産業等において過剰生産設備が問題となっているなど、中国国内の有望な投資先は少ない。2017年は、人民元には先安感があり、中国から外国への資金流出圧力が強いが、急激な人民元安と資金の海外流出を防ぐため、当局が資金流出規制を強力に実施しており、行き先のない資金がマンションや株などの市場に滞留している。

(注)中国共産党が先に打ち出した河北省の新副都心「雄安新区」のプロジェクトは、10年前にあった北京オリンピックや上海万博のような「投資案件」を作り出そうとする意図が背景にあると思われます。実際、上記に紹介した記事では、「雄安新区」設置の発表後、充電した携帯電話の電池パックを1日で2個使い切ってしまったという河北省の不動産業者の話を紹介しています。

○(この点が最も重要)2008年の北京オリンピック終了の後にはバブルがはじけるのではないかという懸念があったが、たまたまこの時期にアメリカで発生したリーマン・ショックによる世界的経済危機対応のため、中国政府は2008年11月に四兆元の大規模経済対策を打ち出したため、2007年前後の「バブル的状況」ははじけることなく「先送り」となった。しかし、2017年は、おそらく2008年にあったような「バブル的状況を先送りすることを許す状況」は起きないだろうと思われる。

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 上に述べたように、10年前の中国共産党大会があった2007年頃の「バブル的状況」と比較して、今年(2017年)の中国共産党大会を前にしての「バブル的状況」の危険性は格段に大きいと言えます。今日(2017年5月6日(土))付け日本経済新聞朝刊の1面トップ記事は「中国バブル再び 資本規制、マネー氾濫 上海住宅・年収の20倍超 最盛期の東京上回る」でした。おそらく日本経済新聞社の方々も「中国バブルの危険性」について、相当に危機感を持っているのでしょう。

 明日(2017年5月7日)、フランス大統領選挙の決戦投票がありますが、今年2017年は今までいろいろありましたが、やはり世界経済の最大のリスク要因は、フランス大統領選挙でも、トランプ大統領でも北朝鮮問題でもなく、「中国経済のバブルがどうなるか」なのかもしれません。目先の不安要素に右往左往することなく、もう一度中国のバブルの状況をチェックしよう、というのが、おそらくは今日の日経新聞1面トップ記事の意図なのだと思います。

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2017年4月29日 (土)

中国共産党政治局で金融安全について議論

 中国共産党中央は4月25日(火)に政治局会議を開きましたが、同じ日に開催された「集団学習会」において、金融安全を維持するための政策についての議論も行われました。中国共産党中央は、政治局会議を開催してなにがしかの決定を行った同じ日に、「集団学習会」を開いて、特定の政策トピックに関して議論することがよくあります(というか、それが通例)。取り上げた政策トピックについて、政治局員どうしで認識共有を図る、という意味もあるのでしょうが、議論されたことを報道することによって、現在、党中央がどういう政策トピックについて関心を持って議論しているかを全国人民に知らせる、という意味もあると思います。

 その意味で「金融安全を維持するための政策」が議論され、そのことがテレビや「人民日報」で報道されたことは重要だと思います。中国共産党中央が国内に対し「党中央は金融リスクに対して十分に議論しており、必要があれば適切な政策を採る用意がある」とのメッセージを出した、と考えられるからです(実際、この報道を受けて、株に関する管理監督が強化されるのではないか、との懸念から、一時、上海総合指数が下げる場面がありました)。

 この「集団学習会」においては、中国人民銀行総裁、中国銀行業監督管理委員会主席、中国証券監督管理委員会主席及び中国保険監督管理委員会主席が報告を行い、議論が行われました。

 「人民日報」の4月26日付けの記事によれば、この「集団学習会」で習近平総書記は以下のように述べた、とのことです。

○2012年の第18回党大会以来、我々は繰り返し金融リスクをコントロールすることに重要な位置付けを与えることを強調し、システミック・リスクを発生させないという最低限のラインを断固として守り、一連の金融監督管理強化の措置を採り、金融リスクを防ぎ・緩和させ、金融の安全と安定を維持し、発展の大勢を維持しなければならない、と強調してきた。

○総体的に見て、我が国の金融状況は良好であり、金融リスクはコントロール可能である。同時に、国際経済・国内経済において下押し圧力要素が存在するという総合的な影響の下、我が国の金融の発展は、少なからずリスクと挑戦に直面している。経済のグローバル化がさらに深化し発展している今日、国外に影響を与える金融危機が突発するという国際金融リスクは依然として小さくない。ひとつの国の貨幣政策・財政政策の調整が外国に影響を与えるリスクとなり、我が国の金融安全に対して外部からの衝撃を与えることになる可能性もある。金融リスクが存在するという点について、我々はしっかりと認識し、リスクに備える意識を強めなければならない。

 ここの部分については、今、アメリカFRBが利上げを続けようとしており(量的緩和で拡大したFRB資産の縮小についても議論が始められており)、量的金融緩和を続けるヨーロッパ中央銀行においても資産縮小の議論がそのうち始まるかもしれず、量的質的金融緩和を続ける日本銀行も(黒田総裁はいまだに「時期尚早」と言い続けているが)そのうち「出口」を議論せざるを得ない状況になるだろうという現時点において、そうした状況を中国もよくわかっており、外国の金融政策が中国に与えるインパクトに対しても中国共産党は十分備えている、と表明している点で、極めて重要だと私は思います。

 習近平総書記は、この「集団学習会」で、金融安全に関する下記の6項目の対策を指示しています。

○金融改革の深化、金融業会社のガバナンス改革など

○金融に対する管理・監督の強化

○リスク対策処置の実施(レバレッジ率のコントロール、市場における違法・規律違反行為の取り締まりの強化など)

○実体経済のための良好な金融環境の創造

○指導幹部層の金融政策能力の向上

○党による金融政策に対する指導の強化

 具体的に何をやるかはあまり明確ではないのですが、上の四つは、日本を含めた「普通の国」の金融のための政策とそれほど違うものではないと思います。一方、最後の二つは中国ならではのものだと思います。「指導幹部層の金融政策能力の向上」とは、地方政府や国有企業の幹部が金融リスクを顧みずに「ハイリスク・ハイリターン」の投資を行わないようによく勉強させることを意味しているのだと思うし、最後の「党による金融政策に対する指導の強化」は、地方政府や国有企業が党中央の意志に反して金儲けのためにハイリスクの政策運営・企業経営をやらないように党中央がしっかり監視するぞ、という意味だと思います。

 最後の2項目に関して、地方政府との関係については、習近平総書記が最後に述べた次の表現に凝縮されていると思います。

「各レベルの地方の党委員会と地方政府は、中央の決定に従って、それぞれの地区の金融の発展と安定のための政策をうまくやらなければならず、それぞれの地域に対する責任を持って、全国全体としての金融リスク防止体制を形成しなければならない。」

 要するに、各地方政府(及び地方の中国共産党幹部)は、各地方の利益のために勝手に動かないで、きちんと党中央の言うことを聞けよ、ということです。これは、逆に言えば、今、各地方が党中央の言うことを無視して勝手に動いていて困っている、という現状を表しているのだと思います。

 総論の中で習近平総書記は、外国の金融政策変更が中国に与えるインパクトについて指摘していますが、個々の項目の中に「レバレッジ率のコントロール」なども含まれていることを考えると、この日の「金融安全に関する集団学習会」開催の背景には、中国国内における経済のバブル化に対する危機意識があったことは間違いないと思います。それを考えると、今回の「集団学習会」で習近平総書記が示した「6項目の指示」は、私には、1990年3月に日本の大蔵省(当時)が出した「土地取引に関する総量規制」の行政指導がだぶって見えます。1990年3月の「土地取引に関する総量規制」の行政指導は、バブル対策だったのですけれども、後から見ると日本のバブルをはじけさせる切っ掛けであったとも言われています。

 今日(2017年4月29日(土)から、中国ではメーデーの春の連休期間に入ります。中国共産党が金融安全に対する集団学習会をメーデーの連休期間の直前というタイミングで開いたのは、金融機関や企業が休みになるのであわてて過激な反応することのないタイミングで「バブル対策をやるぞ」というメッセージを出すことにより、市場が冷静に受け止める時間を稼いだ高等戦術だった、と言えるかもしれません(たぶん、それは考え過ぎだと思いますけど)。

 いずれにせよ、秋の党大会へ向けて、いかにバブルをはじけさせることなく、やわらかくバブルの過熱を防ぐ方策を採っていくか、中国共産党にとっては、非常に微妙な舵取りを余儀なくされる難しい日々が続くと思います。

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2017年4月22日 (土)

李克強総理のテレビ登場が減ったと思っていたら

 今日(2017年4月22日(土))の「人民日報」1面トップ記事は、習近平主席が広西チワン族自治区を視察した時の様子を伝えるものでした。昨日(4月21日(金))の中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」のトップ・ニュースも同じネタでした。中国では、国家指導者が地方を視察し、地元住民と言葉を交わす様子が「人民日報」に掲載されたり、テレビ・ニュースで報道されたりすることは、しょっちゅうあることですが、そこでちょっと気になったのは、中国共産党ナンバー2の李克強総理の地方視察のニュースを最近見てないなぁ、ということでした。

 中国共産党政治局常務委員(現在は7人)の日々の動向の記録は、「中国共産党新聞」のホームページの「高層動態」というところに載っているので、そこでチェックできます。そこには「会議への出席」「重要講話」「視察」「外国要人との会談」などの項目が載っています。そこで李克強総理のところをチェックしたら、李克強氏の前回の地方視察は、今年1月の雲南省、その前は去年10月のアモイ、その前は去年8月の江西省、その前は去年7月の湖北省武漢でした。一方、習近平主席は、前回は今年2月の北京(北京市南方の新空港建設現場への視察)、その前は今年1月の河北省張家口(2022年の冬のオリンピック・パラリンピック準備状況の視察)、その前は去年8月の青海省、その前は去年7月の河北省唐山でした。

 回数からすると、李克強氏、習近平氏ともにそれほど違いはないのですが、李克強氏の去年10月のアモイ訪問は、何かのセレモニーのついでの視察したので、「純粋な地方視察」ではなかったのと、今年に入ってからは習近平氏の方の地方視察ばかりが続いたので、私は「最近は、地方視察は習近平主席ばかりで、李克強総理の地方視察はあまり見ていないなぁ」という印象を持ってしまったようです。

 それに、これまでは李克強総理の「指定席」のようになっていた毎年冬にスイスで開かれるダボス会議(世界経済フォーラム)には今年は習近平主席が出席したし、毎年3月に海南島で開かれるボアオ・アジア・フォーラムには今年は張高麗副総理が出席したので、李克強総理の出番が減ったなぁ、という印象を私は持ったのでした。

 李克強総理は、3月の全人代では、政府活動報告や内外記者会見をこなしたし、3月にはオーストラリア・ニュージーランド訪問をやっていますし、原則毎週やっている国務院常務委員会を主宰していますので、テレビに登場しなくなったわけではないのですが、私には、李克強氏は、なんとなく「中国共産党ナンバー2」ではなく、「習近平氏ではない政治局常務委員の一人」になってしまったように感じられるようになりました。

 もう一つ言えば、毎年恒例の「植樹イベント」に李克強氏が参加しなかったことが気になっていました。「新聞聯播」では、毎年3月下旬頃に、政治局常務委員全員が北京の郊外で青少年ボランティアと一緒に植樹するという「緑化推進イベント」のニュースを放映します。毎年この季節恒例のイベントで、単に「春になりましたねぇ」という以上のニュース価値はないと思うのですが、今年の「植樹イベント」では、李克強氏だけが欠席だったので、私は「なんか変だなぁ」と思ったのでした。李克強氏は、このときオーストラリア・ニュージーランド訪問中だったので、「植樹イベント」に欠席でも何の不思議もなかったのですが、もしこの「植樹イベント」に「いろいろ派閥争いはあるが、政治局常務委員は全員仲良く仕事をしていますよ」というメッセージを中国の全国人民に伝える意味があるのだとしたら、政治局常務委員全員が参加できる日に設定すべきだったと思います。なのに「植樹イベント」をわざわざ李克強氏が参加できない日に設定したことは、それなりの「意図」があったのだろうなぁ、と私は思ったのでした。

 私が2007年4月~2009年7月に北京に駐在していた頃は、当時の胡錦濤主席と温家宝総理は、だいたい同じくらいの頻度でテレビに登場していた記憶があるし、この二人は常に非常によいコミュニケーションを取っていて、協調して政権運営に当たっていた、という印象を私は持っていました。それに比べると、今の習近平主席・李克強総理の政権では、テレビのニュースを見ていると、だんだんに、習近平主席の比重は大きく、李克強総理の比重は小さくなってきているなぁ、というのが私の印象です。

 と、ここまで書いてきて、今、今日(4月22日(土))の「新聞聯播」を見ていたら(日本でも「スカパー!」で見られます)、トップは広西チュワン族自治区訪問中の習近平氏がこの地区に展開する軍の部隊を訪問するニュースでしたが、二番目のニュースは李克強総理が山東省を視察しているニュースでした。この二人はまたまた全く同時期に全く別の地方を視察したようです。上に書いたように、去年8月にも、習近平氏が青海省に、李克強氏が江西省に全く同じ時期に視察したことがあり、地方視察においても、「張り合う二人」の状況は変わっていないようです(胡錦濤・温家宝時代は、四川省大地震対応などの特殊な事情がある場合を除いては、二人が同時に北京を空けて地方を視察するということはありませんでした)。

 先日、「選挙」で香港行政長官に「選出」された林鄭月娥氏が北京に来た時も、習近平主席と李克強総理は別々に林鄭氏と会っており、二人の両方ともが「北京行政府のトップは私だ」と思っている状況は変わっていないようです。

 もっとも、習近平主席の広西チワン族自治区訪問については、昨日のニュースでは国家主席としての視察、今日のニュースでは中国共産党軍事委員会主席としての視察のニュースだったのに対し、李克強氏の山東省訪問についてのニュースはたぶん今日だけだと思うので、二人の間に「ニュースに登場する時間の差」は既に明らかについていると思います(ちなみに、今日(4月22日(土))の放送では、習近平氏のニュースが約6分間、李克強氏のニュースが約3分間でしたので、今の時点では既に「軍配」は習近平氏の方に上がっているようです)。

 もし、現時点で、「来年3月の全人代での李克強氏の国務院総理からの降板(おそらくは全人代常務委員会委員長(=名誉職的意味があるが行政権限としては国務院総理よりは影響力を行使できない)への転出)が「既に決まった路線」であるならば、李克強氏のテレビ・ニュースへの出方はもっと減っていると思うので、現時点では、実際、まだ決まっていないのかもしれません。だとすると、秋の党大会本番まで、まだ「揉める」可能性もあるわけで、中国の政治情勢はまだ目が離せないようです(李克強氏が来年(2018年)以降も国務院総理を続けるかどうかの「結論」については、たぶん引退した幹部らも参加する8月の「北戴河会議」が最後の「ヤマ場」になるのでしょう)。

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2017年4月15日 (土)

「雄安新区」は21世紀版の「都(みやこ)造り」

 「人民日報」では、北京の「非首都機能」を移転して河北省に新しい都市「雄安新区」を設置するプロジェクトについて、昨日(2017年4月14日)も今日(4月15日)も大きく紙面を割いて解説記事を載せていました。昨日は、1面トップと2面の全部を使って「雄安新区」設立決定に至る中国共産党内での議論について長々と解説していましたし、今日は、2面の3分の1を使って「雄安新区」に関する張高麗副総理へのインタビュー記事を掲載していました。

 昨日(4月14日)付けの記事で私が印象に残ったのは、以下の記述です。

「構想の一番上にあるのは、志は千年にある、ということ。

西暦1153年、金は燕京(北京の旧名)に都を置き、北京という都市の860年以上の都(みやこ)としての歴史を開始させた。

西暦2017年、河北省の雄安新区の計画が決まり、北京という都市のさらに新しい一ページが開かれることになる。」

「『このことは確実に千年の大計、国家の大事である』。北京の副都心と雄安新区の計画的建設は、千年の歴史の検証を通じて行われなければならず、これは我々の世代の中国共産党の人々が子孫の代に対して遺す歴史的遺産である、と習近平氏は強調した。」

 この記事の後の方に、外国における新都市建設の例のひとつとして、日本の筑波研究学園都市も掲げられているのですが、日本が筑波に研究学園都市を作った時には、上に紹介した「人民日報」の記事が書いているような「千年の大計、国家の大事」と強調するほどに「大げさな」表現は使わなかったと思うなぁ、と私は感じました。

 上の記事にも垣間見えますが、この「雄安新区」という都市建設プロジェクトは、習近平氏のリーダーシップで打ち立てられた、ということが相当強く強調されています。

 今日(4月15日)付け「人民日報」紙面にある張高麗副総理に対するインタビュー記事で、張高麗氏は、次のように「習近平総書記自らが・・・」と何度も繰り返して強調しています。

 「『雄安新区』設立の決定は、習近平総書記自らが企画し、自らの決定の下で推進し、習近平主席自らが大いに心血を注いだものであり、習近平総書記の本件を担当する使命感と深い戦略的眼光と超越的な政治的知恵とを大いに体現したものである。」

 「自らが・・・」の部分は、中国語では「親自」ですが、日本語としては「御自ら(おんみずから)」と訳した方がいいのかもしれませんね。ここの部分「偉大なる習近平総書記様が、おそれおおいことに、御自らの手で進められまして・・・」というふうに聞こえるので、ちょっと鼻白む感じもします。

 昨日(4月14日)の「人民日報」の1面トップの記事では、習近平総書記自身が「雄安新区」の現地で大きな地図を前に回りの人たちに指差して指示している写真が掲載されています。時期が時期だけに、私は、この写真を見て「習近平総書記は、北朝鮮のキム・ジョンウン委員長と同じになってしまったのか」と思わずため息が出てしまいました(1980年代の改革・開放政策初期の中国を知る私は「中国は近代的な国家として歩み始めており、北朝鮮とは全然違うのだ」と信じていたいのですけどね)。

 古今東西、政治家が自らの権力掌握を誇示するために「都(みやこ)造り」を発案し、実行することはよくあることです。日本では、平城京、平安京への遷都や平清盛の福原遷都もそうでしょう。明治政府が京都から東京に首都を移したのも、同じ発想でしょう。中国の歴史でもそうした例は山ほどありますが、一番目に付くのは、やはり明王朝の三代目・永楽帝(明の創始者・洪武帝の四男)が都を南京から今の北京に遷したことでしょうね。永楽帝は、初代・洪武帝の長男の子の二代・建文帝と戦って帝位を得ましたが、自らの権力掌握を誇示するために、南京にあった首都を自らの勢力基盤のあった北京に遷したのでした。

 「雄安新区」については、「(トウ小平氏の)深セン特区、(江沢民氏の)上海浦東新区に次ぐ国家的都市建設」と強調されています。同じ「三代目」なので、中国共産党自身が「雄安新区」の設立について、明の永楽帝による北京遷都を意識している可能性があります。中国共産党総書記には、トウ小平氏時代の胡耀邦・趙紫陽氏の後は、江沢民氏、胡錦濤氏、習近平氏が順に就任しています。1989年の「六四天安門事件」で失脚した趙紫陽氏は「いないこと」になっていると考えれば、習近平氏は「四代目」です。ここで「トウ小平時代、江沢民時代に次いで三代目」と強調することは、暗に「三代目の胡錦濤氏は後世に残る実績を残さなかったのでいなかったのと同じ」と主張しているようにも見えるので、習近平氏が設立を決めた「雄安新区」について「三つ目」を強調するのは、政治的に大きな意味があるのかもしれません(胡錦濤氏及び胡錦濤氏に近い勢力(=李克強総理も含む))は、いないのと同じですよ、と聞こえるので)。

 永楽帝は、政敵を残虐に粛清するとともに明の版図を当時としては最大に拡大し、海洋についても宦官の鄭和に大航海を命じるなど、陸と海において中国の勢力圏を大いに広めた皇帝として有名です。腐敗した勢力を徹底的に排除し、周辺諸国に中国の影響力を誇示する「一帯一路」構想に熱心なところをみると、もしかすると習近平氏は、本気で自らを永楽帝になぞらえようとしているのかもしれません。

 上に紹介した張高麗副首相の発言で「習近平総書記自らが・・・」と何回も強調しているところは、自分の上司におべっかを使っているようにも聞こえますが、別の見方をすれば、「雄安新区」のプロジェクトが仮にうまく行かなかったらそれは習近平氏お一人の責任ですからね(中国共産党全体の失策ではない)、と念を押しているようにも聞こえます。

 習近平氏の代になってから、全人代などの会議で総書記が座る席は、中央の階段の前になりました。以前は、総書記を真正面からカメラで捉えると、後列に座っている政治局員の顔が複数映っていたのですが、今の総書記の席は階段の前なので、習近平氏の後ろには階段が見えるだけで、他の中国共産党幹部の顔はカメラのフレームには入ってきません。「習近平氏は他の中国共産党幹部とは別格で偉いのだ」というイメージを作りたいのかもしれませんが、私には「習近平氏がふと振り向くと、後ろには誰もいなかったのだった」という状況なのだ、というふうに見えてしまいます。習近平氏が皇帝のように権力を集中させることは、逆に何か情勢が変化した時に自分だけが孤立してしまう(面従腹背だった取り巻き連中が途端にそっぽを向く)危険性をはらんでいると思います。

 「一帯一路」「中華民族の偉大な復活」を強調し続ける中で、今回「雄安新区」を「千年大計・国家大事」と強調している状況を見てみると、習近平氏は、まるで中華人民共和国を明・清の時代の「中華帝国」にし、自らがその「皇帝」になろうとしているように見えます。しかし、おそらく21世紀という時代に生きる中国人民は、「中華帝国」や「皇帝」の復活は認めないと思います。習近平氏は、そのあたりはよくわかっていると思いますが、ぜひ21世紀という現代にマッチした政治を遂行して欲しいと思います。

(注)「雄安新区」に関しては、李克強総理の影が非常に薄いことも重要です。「雄安新区」の推進は、秋の中国共産党大会へ向けて、李克強氏のフェード・アウト(段階的引退)のためのひとつの動きの一環である可能性があります。

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2017年4月 8日 (土)

「雄安新区」は「最後のバブル先送り策」か

 日本時間の今朝(2017年4月8日朝)まで、アメリカのフロリダで二日間にわたって米中首脳会談が開かれていました。おそらく習近平主席としては、ここでトランプ大統領と二人並んでテレビの前に登場することにより、「これからの世界はこの二つの大国がリードしていくのだ」と示したかったのだと思います。ところが、まさに習近平主席との夕食会をやっている最中にトランプ大統領は化学兵器を使用したとしてシリアにミサイル攻撃を実施し、世界の目は習近平主席との米中首脳会談よりもシリア情勢の方に向いてしまいました。習近平主席はタイミング的に「運が悪かった」と言えますが、心の中では「トランプ大統領にメンツを潰された」と感じたと思います。

 今回の米中首脳会談では、会談終了後の共同記者会見はありませんでした。通常、政治家は、会談の成果を自国民にアピールしたいと思うのが普通で、そのための舞台装置として、会談後の共同記者会見は重要なイベントであるはずです。それが今回共同記者会見が設定されなかったのは、中国側が首脳会談中のシリアへのミサイル攻撃を快く思わなかったためかもしれません(共同記者会見を開かないことにより、中国側は国際社会に対してアメリカによるシリアへのミサイル攻撃に賛成しない、との意思表示をした、とも捉えられると思います)。

 また、報道によれば、米中貿易問題については、両首脳は中国の対米貿易黒字是正に関して議論する「100日計画」の設置で合意した、とのことです。表面上は、習近平主席がトランプ大統領の要請を受け入れた格好になっており、習近平主席がトランプ大統領から「一本取った」という部分はなかったように見えます。

 こうした結果を見ると、習近平主席にとっては、今回のトランプ大統領との会談については、当初中国国内向けにアピールしたいと考えていた「米中首脳会談の成果」はあまり得られなかったのではないかと思います(実際、今日(4月8日)の中国中央電視台夜7時のニュース「新聞聯播」では、米中首脳会談関連のニュースは、夫人の活動の部分も含めて9分間程度であり、習近平主席の主要国訪問時のニュースにしては異様に短かったと私は感じました。イギリス訪問時には、いつもの放送時間(30分間)を延長して長々報じていた記憶があります)。

 今回の米中首脳会談は、おそらくは中国側から会談実現を要望したものと思われますが、習近平主席がこの時期にトランプ大統領に会いたいと考えたのは、国内的に、今年秋に開かれる中国共産党大会へ向けて、外交面で成果を上げ、自分の存在感をよりいっそうアピールしたかったからだと思います。

 同じ理由で国内政策の面でも習近平主席のリーダーシップを強調するのを目的とするような決定が先週なされました。それは、4月1日に中国共産党中央と国務院が決定した「雄安新区設立の決定」です。この決定は、肥大化する北京の政治的首都機能以外の機能を分散させるため、北京の南に位置する河北省の雄県、容城、安新の三つの県と周辺地区に新しい都市を建設する、というものです。

 「雄安新区」の具体的な姿はまだ必ずしも明確ではありませんが、「人民日報」の記事によると、以下のようなキーワードがちりばめられています。

○「世界一流の」「グリーンで」「近代的な」「インテリジェントな(中国語で「知恵」)」都市を建設する。

○生態環境に優れ、青と緑が織りなす、清新で明るい、水と都市が融合した生態都市(エコ・シティ)を造る。

○先端的で高度な新産業を発展させ、イノベーションの基となる資源を集積し、新しい運動エネルギーを培う。

○優れた公共サービスを提供し、優れた公共施設を建設し、都市管理の新しいモデルを創る。

○高速・高効率交通網を整備し、グリーンな交通体系を打ち立てる。

○規制改革を行い、資源配分においてマーケット・メカニズムに力を発揮させるとともに、政府の役割をよりよく発揮させ、市場活力の活性化を図る。

○全方位に対外開放を拡大し、新しく高度な開放を拡大して、外国との協力の新しいプラットフォームを造る。

 これらのキーワードから想像するに、例えば日本の筑波研究学園都市や韓国のテジョン(太田)広域市のように大学や政府系研究機関を政策的に集中立地することにより、先端産業の企業が立地するような都市を目指すのかもしれません。

 北京では、市の北西部に位置する北京大学・清華大学のキャンパスとその周辺の中国科学院の研究所群を中心にハイテク企業等が急速に集積するようになった中関村地区が既に有名です。しかし、北京は街全体が「世界遺産」みたいな街ですので、中心部(第二環状路の内側)では高層ビルの建設が制限されていますし、東京の首都高のような高速道路も作れません(日本では京都を想像するとよいと思います)。従って、北京の市街地周辺では発展の余地が限られるので、北京の市街地の南方に新しい空港を建設中であることも考慮して、北京南方の河北省の平原地帯に人工的に新しい都市を作ろうという考えなのかもしれません。

 こうした新しい都市を作るという政策は、悪くない考え方ですし、あってもいいと思うのですが、打ち出し方がかなり「わざとらしいくらい大仰」です。「大仰さ」をわかってもらうために、決定を報じる4月2日付け「人民日報」1面の記事の冒頭をそのまま訳してみましょう(「2017年4月1日北京発新華社電」です)。

「数日前、中国共産党中央と国務院は、河北雄安新区の設立を決定したとの通知を発した。これは、習近平同志を核心とする党中央が作り出したひとつの重大な歴史的戦略の選択であり、深セン経済特区と上海浦東新区に続く全国的に意義のある新区であり、千年の大計、国家の大事である。」

 ここの部分について、日本の新聞などは、「習近平同志を核心とする党中央」というフレーズを使うとともに、1980年代にトウ小平氏が設立を決めた深セン経済特区と1990年代に江沢民氏が設立を決めた上海浦東新区に次ぐ新区、と表現することにより、習近平主席がトウ小平氏、江沢民氏に次ぐ偉大な指導者なのだ、ということを強調するものだ、と論じています。私の個人的な感覚としては、この新区建設は確かに巨大なプロジェクトだとは思いますが「千年の大計、国家の大事」というのは、さすがに大げさ過ぎる表現だと思います。まるで、習近平主席を、南京から北京に首都を移した明の第三代皇帝・永楽帝になぞらえているように見えます。

 「人民日報」は、4月2日付け紙面の1面で「雄安新区」の設立決定を伝えて以降、今日(4月8日)付け紙面まで、連日「雄安新区」に関する解説記事を掲載しています。「新しい開発区の設立を決定した」というニュースにしては「人民日報」の扱いが「重すぎる」ことは、この「雄安新区設立」は、日本の新聞が解説しているように、「習近平主席のリーダーシップを強調する」という政治的目的が強いことを示していると思います。

 中国では、4月4日まで「清明節」の連休でしたが、連休明けの上海株式市場は、この「雄安新区」設立決定をはやして連日上昇しました。ロシア・サンクトペテルブルクでの地下鉄爆破テロや北朝鮮による弾道ミサイル発射、さらにはアメリカによるシリアへのミサイル攻撃があり、日本の株式市場は右往左往して株価は相当に下げましたが、上海の株式市場は、世界の動きとは関係なく上昇しました。「雄安新区」という「新しい金の成る木」が相当にうれしかったようです(というか、習近平政権は意図的にそういう株価上昇を狙ったのでしょう。トランプ大統領との会談を前にして株価が下がったのでは、習近平主席の立つ瀬がありませんので。本来ならば、併せてトランプ大統領との首脳会談の成功を大々的に宣伝したかったのでしょうが、米中首脳会談の方は冒頭に書いたように習近平主席の思うようには運ばなかったようです)。

 一方、「雄安新区」設立決定の発表により、関連地区では有象無象の不動産投機マネーが動き始めているようです。報道によれば、張高麗副首相は、「雄安新区」地域での不動産開発を厳しく管理するよう指示した、とのことです。ただ、2008年11月のリーマン・ショック対策のために実施した「四兆元の経済対策」の時も、始めた時は「バブルにならないように厳しく管理する」と言っていましたが、結局はバブル化しましたので、今回の「雄安新区」も「新しいバブルのネタ」になることは間違いないと思います。

 私は、2008年の「四兆元の経済対策」が発表された時「史上最大のバブルの予感」と書きました(このブログの2008年11月28日付け記事「『史上最大のバブル』の予感」参照)。「四兆元の経済対策」の結果として肥大化した鉄鋼業やセメント業については、去年(2016年)3月の全人代の段階では「生産能力過剰産業の削減」を強く打ち出しましたが、今年秋の党大会を前にして大規模な人員削減をするわけにもいかず、結局は「次のバブルの計画」を打ち出すことによって、2008年から始まったバブルの問題を先送りすることにした、と言えると思います。

 今まで中国はこうした「バブルの先送り」を過去に何回もやってきましたので、「あ、またか」という気もしないでもないのですが、さすがに今回の「雄安新区」は「最後のバブル先送り策」になると私は思います。その理由は、中国の人々自身がこの「雄安新区」の設立について「問題となっているバブルを先送りするためのものだ」と考えていると思われるからです。

 4月6日付け「人民日報」3面には「雄安新区」に関する河北省党書記の趙克志氏の話が掲載されていますが、趙克志書記はわざわざ「新区は、イノベーションの盛んな地域になるのであって、不動産で投機をやったり金儲けをしたりする場所ではない」と発言しています(後半部分の中国語は「不是炒房淘金的地方」。「房」はマンション、「炒」は「中華鍋で炒めるように売ったり買ったりすること」。「淘金」は砂金を探すこと。)。河北省党書記がわざわざこう言っている(かつ、それを「人民日報」が掲載している)ということは、中国の人々の多くが「雄安新区」は、マンションで投機したり、金儲けをしたりする場所だと思っているからでしょう。

 東京オリンピック・パラリンピックの次は万博だ、カジノだと言っている日本もエライコトは言えないのですが、「雄安新区」のような「土地開発」にばかり力を入れているようでは、中国経済の先行きはないと思います。過去の膨大な「土地開発」に投入された資金が「借金」として積み上がっていて全然回収される見込みのない現状において、また新たに巨大な「雄安新区」の構想を打ち出してどうしようというのでしょうか。今年秋の共産党大会までは、中国の人々は「雄安新区」がバラまいた夢を見ながら過ごすのでしょうが、共産党大会が終わって夢が覚めた時、中国経済がどうなるのか、相当に心配です。

 中国共産党の幹部の方々は「習近平主席は核心だ」と習近平氏をおだてておいて、バブルがはじけるタイミングになると「全ては習近平主席の指示だった。私はその指示に従っていただけだ。」と言って逃げることになるのかもしれませんね。「バブルの先送り策」がどうなるかについて最も用心しなければならないのは、もしかすると習近平主席自身なのかもしれません。

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2017年4月 1日 (土)

香港「残された時間」の5分の2が既に経過

 先週の日曜日(2017年3月26日)に行われた選挙人による選挙において香港の行政長官に林鄭月娥氏が当選しました。北京政府が林鄭氏を支持していたと伝えられていましたので「予想通り」の結果でした。

 香港は1997年にイギリスから中国に返還されました。香港返還を定めた1984年の中英共同声明においては「香港における資本主義制度は返還後50年間維持する」ことが合意されていました。今年(2017年)で、その「50年間」のうち5分の2が経過することになります。

 1980年代前半、サッチャー首相率いるイギリスと最高実力者トウ小平氏が牛耳っていた当時の中国とが香港返還について協議している頃、私は中国との通商貿易を担当する部署で仕事をしていましたが、当時は「香港が返還される1997年の50年後は2047年であり、その頃には世界も中国も想像できないほど変わっているだろう。だから、2047年の時点では、香港と大陸部の中国は円滑な形で融合することになるだろう。」と漫然と思っていました。世の中の多くの人は(香港に住んでいる人でさえ)そう思っていたのではないかと思います。

 しかし、中英共同声明で香港返還が合意されて今年で33年が経過しますが、中国と香港を取り巻く状況は全然進歩していません。

 10年前の2007年4月、私は二回目の北京駐在を開始しました。その時点ですら「10年経てば香港の状況は少しは変わるかもしれないなぁ。」とうっすらと思っていました。実際、2007年12月、全人代が「2017年の第5期の行政長官と全ての立法議会議員に対する直接選挙を実施することを認識した上で、2012年には行政長官と職能団体推薦枠議員に関する直接選挙は行わない」との決定を行ったことから、一部で、2017年には香港で住民による直接選挙が行われるのではないか、との期待が生まれました。

 しかし、2017年の行政長官選挙について、中国政府は住民による直接投票を実施する方針ではあったものの立候補者に対して様々な条件を課す方針だったため、「実質的な制限選挙だ」と反発する香港市民も多く、2014年秋の自由選挙を求める香港住民による「雨傘運動」を経て、結局は選挙方法の改正は行われず、2017年の行政長官選挙は従来通りの方法で行われました。こうした経緯を踏まえると、当面、香港における選挙は従来通りのやり方(一定の条件の下に立候補した候補者に対する選挙人による投票=住民による直接投票ではない)が継続する可能性が高まったと私は思います。結局のところ、中英共同声明が定めた「資本主義制度の維持」の期限である2047年まであと30年ですが、たぶんそれまで何も変わらないのかもしれません。

 1980年代と今とを比べると、旧ソ連は崩壊して冷戦は終わり、ヨーロッパでは今はイギリスがEUからの離脱を宣言し、自由主義経済の雄だと思っていたアメリカの大統領が今は保護主義を唱える時代になっています。世界はこれだけ激動しているのに「中国共産党が支配する中国」は本質的には全然変わっていません(もちろん中国は、経済的には発展し、社会は大きく変革しましたが、政治体制は基本的に全く微動だにしていません。逆に最近は習近平氏の「皇帝化」が進んでいて時代が逆行しているようにさえ感じます)。

 中国は大きな国ですので、変わるためには相当長い時間が必要なのかもしれません。例えば、1861年に西太后が清の実権を握りましたが、この時点で、既に列強各国による中国の半植民地化は進みつつあり、清朝の政権はもう長くはないような状況だったのに、実際に清朝が倒れたのは1911年の辛亥革命によってでした。西太后の権力掌握は50年近く続いたのでした。それを考えると、2047年までのこれからの30年間、香港の状況は本質的には何も変わらないまま継続するのかもしれません。

 問題は、今の状態が今後も相当期間変わらないだろうと思われる(しかも2047年以降はどうなるかわからない)香港の状況について、香港に住んでいる人々がどう考えるか、香港で経済活動を展開している外国企業がどう考えるか、です。一定程度の資産を持って香港経済を支えている香港の人の中には、2047年以降は、香港も大陸と同じような政治制度に組み込まれるのではないかと考えて、その前に香港を脱出しようと考えている人がいるかもしれません。また、今後、香港で活動する外国企業の中には「2047年以降」を見据えて、企業戦略を考え始めるところが出てきてもおかしくありません。

 幸か不幸か、香港に住んでいる人々は、自分たちと全く同じような文化を持った人々が台湾やシンガポールで自由な経済活動を享受していることをよく知っています。アメリカや日本にも中華系の経済人がたくさんいます。2047年へ向けて、今後、北京政府は「香港の大陸化」を進めて行くかもしれませんが、そういう圧力を強めれば強めるほど、特に経済的に力を持っている香港の人々(及び香港に拠点を置く外国企業)は、香港を離れて行ってしまうことになるでしょう。

 もしかすると、香港の人々にとっても北京政府にとっても、香港については「今と全く同じ状況が今後も(場合によっては2047年以降も)続く」ことが最も好ましい選択肢なのかもしれません。ただし、ヨーロッパやアメリカを含めた世界が少しずつ変化していく中で「あと何十年も今と同じ状態を続けること」が本当に中国と香港にとってよい選択肢なのかどうかはわかりません。

 少なくとも、私の個人的な感覚としては、「将来はきっとよい方向に変わるだろう」と思っていた1980年代の自分の気持ちと2017年の現実との違いを突きつけられて、相当に「残念だなぁ」という「気分」が強いことは否定はできません。私としては、やはり「未来は今よりきっとよくなる」と思い続けていたいと思うので。

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2017年3月25日 (土)

「北京のマンションは私には買えない」との記事

 「人民日報」のホームページ「人民網」の「財経チャンネル」に3月24日付けでアップされた「中国新聞ネット」の記事として「中国銀行業監督管理委員会の元副主席が語る:北京のマンションは私には買えない」というタイトルの記事が載っていました。

 この記事では、今日(2017年3月15日)から海南島で開催中の「ボアオ・アジアフォーラム2017」に参加している中国銀行業監督管理委員会元副主席の蔡ガク生氏(「ガク」は「顎」の作りの右側に「おおざと」)の語った言葉が紹介されています。記者が尋ねた時、蔡ガク生氏は、からかったように「(マンションの)販売抑制政策をやるのもいいし、やらないのもいいが、いずれにせよ北京のマンションは私には買えない。」と語ったそうです。

 ここで言う「私には買えない」の部分は、中国語では「我買不起」です。私が持っている電子辞書によると「(動詞+)不起」は「財的・肉体的・精神的などの負担能力や資格がなくてできないこと、堪えられないことを表す。」とあります。この文脈では、普通は「北京のマンションは高すぎて私には支払う財産的余裕がないので買えない」と理解するのが正しいのだと思います。しかしながら、これを語ったのが「中国銀行業監督管理委員会元副主席」ですので、この方はある程度お金は持っていると思われる一方で、マンション市場を巡る状況については一般の人に比べて格段に熟知していると思われるので、ここの部分は「北京のマンションを巡る状況はバブル的であり、今後、北京のマンションの価格が暴落する可能性は否定できないので私には恐くて買えない」というニュアンスを感じる人もいるのだろうなぁ、と私は思っています。

 おそらく、世界から経済関係者が集まる今年の「ボアオ・アジアフォーラム」では、中国の不動産バブルの問題も参加者の関心を持って議論されるのでしょう。こういった記事がネットに出ていることを見ると、中国のマンションのバブル的状況については、中国の人々の間でも「そろそろヤバイんじゃないの?」という感覚が出始めているのではないかと思います。もっとも、バブルが恐くて市場から撤退するような「やわ」な心臓の持ち主は中国では生きていけないので、みんなが「これはバブルじゃないの?」と心配しつつも、中国の人々は最後まで買い続けるのかもしれませんけどね。

 なお、昨日(2017年3月24日(金))テレビ東京で放送された「Newsモーニング・サテライト」では、韓国の不動産バブルについて報じていました。私は、これだけ国境を越えた資本移動が自由化されている現在の世界においては、各国の不動産市場は各国の中で完全に閉じているわけではなく、もしある国で不動産バブルの崩壊が起きれば、多少なりとも他の国の不動産市場に影響を与えるだろうと考えています。例えば、中国の不動産を買っている投資家は外国の不動産も同時に買っている可能性があり、中国の不動産バブル崩壊が諸外国の不動産市場におけるそうした中国系投資家の投資行動に影響を与える可能性があるからです。韓国のマンション市場の状況は、韓国自身の政治的・経済的状況に原因がありますが、仮に世界の不動産市場が一定程度繋がっているのだとすれば、どこかの国で発生した不動産バブルの崩壊が他国に伝播する可能性は小さくないと思います。

 日本でも、需給とは関係なく相続対策で建築されたアパートがバブル化しているのではないか、などの懸念はあります。日本は平成バブルを経験しているので、多くの企業や個人は不動産取引には相当に慎重になっていますので、日本の現在の不動産市場の状況はそれほど懸念すべき状況にあるとは私は思いませんが、中国の不動産市場で大きな動揺が起きるとすれば、いろいろな経路で日本へも影響を与えることになると思うので、中国の状況は注意深くモニターしていく必要があると思っています。

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2017年3月19日 (日)

中国不動産バブルと中国共産党大会のタイミング問題

 3月15日(水)、中国の今年の全人代が終わりましたが、私の印象は「今年の全人代はインパクトがないなぁ」というものでした。去年(2016年)の全人代では過剰生産設備削減問題と「ゾンビ企業」に対する対処がかなり強調されていましたが、それに対応するようなものが今年は見当たりません。全人代で採択された「政府活動報告」の中でも「ゾンビ企業の措置」という文言は一ヶ所で出てきただけでした。

 一方、私が気にしているのは、不動産バブル問題です。一昨年(2015年)12月の中央経済工作会議では、過剰な不動産在庫に対処する問題が議論されました。去年(2016年)12月の中央経済工作会議の段階では「政策の効果が上がって不動産の在庫が減った」というような報道がなされていたのですが、今回の全人代の最中になされた発表では、不動産投資は再び増え始め、不動産在庫も結局は増加傾向になっている、とのことでした。

 3月15日に「人民日報」ホームページ「人民網」の財経チャンネルにアップされた「経済参考報」の記事「不動産開発投資は再び8%以上に増加し、在庫も反転増加している」では、前日3月14日の国家統計局が発表した数字を基にして次のような内容を報じています。

○2017年1-2月の全国不動産開発投資の名目増加率が8.9%で、昨年同期より2%増加している。

○住宅施工面積は2.1%増、住宅新規工事開始面積は14.8%増、住宅竣工面積は15.3%増だった。

○中小都市(中国語で「三四線級城市」)については、在庫削減政策の効果が上がって不動産販売は明確に加速しているが、一方で、昨年は企業が続々と開発に参入し、新規に工事を開始したプロジェクトが明確に増加している。

○中原地産の首席アナリストの張大偉氏は、「住宅在庫は数ヶ月持続的に減ってきていたが、ここへ来てまた増加傾向が出てきていることに注意する必要がある」と述べている。国家統計局の数字によると、2月末現在、販売用不動産待機面積は70,555万平方メートルで、昨年末比1,015万平方メートル増であるが、そのうち住宅販売待機面積が468万平方メートル増加、オフィスビル販売待機面積が155万平方メートル増加、商業営業用不動産販売面積が260万平方メートルの増加である。

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 こういった中国の不動産市場の状況について、3月14日(火)に放送された日経CNBCの番組「夜エクスプレス」に出演していた第一生命経済研究所の嶌嶺義清氏は、次のような趣旨のことを述べていました。

「中国の一二線級都市では不動産価格が上がりすぎたために三四線級都市の不動産価格が割安に見えてしまい、『三四線級都市の価格も今後は上がるだろう』との見込みの下、新規マネーが三四線級都市に入って来ているようだ。日本のバブル期の経験を振り返ってみれば、これはバブルの末期症状だと言える。」

 中国政府は、農民工に都市戸籍を与えて三四線級都市に住まわせたいと考えているので、「頭数」の観点では三四線級都市の住宅需要は強いはずなのですが、農民工の収入と現実のマンション価格の差は明らかで農民工がマンションを買えるとはとても思えないので、現在三四線級で建設が進んでいるマンション群の多くは、例え一旦は投機を目的とする人に売れたとしても実際に住む人は現れず、結局は今までも中国各地に出現してきた「鬼城」(住んでいる人のいないマンション群)となる可能性が大きいと私は思っています。

 さらに、3月18日(土)に中国国家統計局が発表したところによれば、主要70都市のうち2月の新築住宅価格が前月比で上昇した都市が56となり、1月の45より増加した、とのことです。中国政府は住宅価格を抑制したいと考えて、住宅ローンに対する規制を掛けたりいろいろな方策を採っていますが、効果は一時的で住宅価格の上昇の圧力はまだまだ強いようです。

 おそらくは、これは中国人民が「中国共産党は秋の共産党大会まで不動産価格が下落するような局面は作りたくないはずだから、少なくとも秋まではまだ不動産価格は上がるはずだ」と考えているからだろうと思います。

 前回の中国共産党大会のあった2012年は、リーマン・ショック後の四兆元の大規模経済対策が効いていた時期なので参考にならないのですが、その前の2007年の状況を振り返ってみると、中国共産党大会があったのが2007年10月で、不動産価格がピークを打ったのは2007年12月頃でした(上海株のピークは10月だった)。10年前は2008年に北京オリンピック、2010年に上海万博を控えていた時期でしたが、今(2017年)は、そのようなビッグ・イベントは予定されていません(2022年の冬季オリンピック・パラリンピック北京大会がありますが、まだ時間的に先)。なので、私は今回は共産党大会の前に不動産価格がピークを打ってしまうのではないか、と心配しています。そうなると、社会的・政治的に不安定な状況になり、中国経済全体が今までにない変調をきたすことになる可能性があります。

 中国の不動産市場の状況は、鉄鋼需要を通じて、鉄鉱石や石炭の国際価格に影響します。また、中国不動産に投資している中華マネー(中国本土、香港、台湾、シンガポール等の資金)は日本やアメリカ・カナダ・オーストラリア・イギリス等にも投資していると思うので、中国の不動産バブルがもし崩壊すると、他の先進国の不動産市況に影響を与える可能性も懸念されます。

 「中国の不動産バブル」は10年以上前から「危ない、危ない」とウワサされているけれども「バブルが崩壊して大混乱」といった状況にはなっておらず、完全に「狼少年状態」なのですが、中国経済が世界経済の中に組み込まれている度合いは以前に比べて格段に大きくなっているので、中国の不動産を巡る状況については、今後とも十分な注意を払ってウォッチしていく必要があると思います(今まで大丈夫だったから、今年も大丈夫だろう、と安易に考えるのは危険だと思います)。

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2017年3月11日 (土)

中国経済と法的安定性との関係の問題

 今開かれている中国の全人代(第12期全国人民代表大会第五回会議)では「民法総則(草案)」の議論がなされています。報道によると中国は2020年をメドに民法典を制定する予定で、今回の「民法総則(草案)」はそれへ向けての議論の一つのステップだと考えられています。

 そもそも中華人民共和国は革命によってそれまでの社会制度を破壊した上に建国された国ですし、建国後も例えば文化大革命の時期(1966年~1976年)など法律を無視したような政治が行われてきた時期もあったので、他の国に比べて法律の体系的整備が遅れているのはやむを得ないことだと思います。

 例えば、住宅用マンションの売買などは1990年代から行われていましたが、土地の私有が認められていない中国において、購入したマンションに関する権利(土地については土地使用権)が法的に明示的に規定されたのは、2007年の全人代で制定された「物権法」によってでした。中国の場合、実態上のビジネスがまず先行し、それに合わせるように法律を後から制定する、ということがよくあります。その一環として、複雑な経済活動が発展する中、個人の財産権等を含め、様々な民事上の権利関係を整理するため、現在、包括的な民法典の制定を目指しているのだと思います。

 翻って日本を見てみると、日本で民法が制定されたのは1896年(明治29年)でした。その後、様々な具体的ケースに関する裁判の判例も積み重なっているので、日本における民法上の権利関係は社会の中で既に安定的に確立されていると言ってよいと思います(もちろん社会の変化に応じて、日本の民法も改正がなされてきていますが)。

 毎週土曜日のお昼過ぎにNHK総合テレビで「バラエティー生活笑百科」を放送しています。「笑百科」と銘打っていますが、中身は民法上のトラブルについて回答者が回答し最後に弁護士が解説する、という番組で、法律的には結構高度なものも含まれていると私は思っています。私はこの番組を見るたびに、こうした法律知識に関する案件を「バラエティー」と称して笑って勉強できるテレビ番組があることについて、「日本はテレビ番組の作り手も視聴者の側も法律問題に関するレベルが結構高いよなぁ」と感心するのでした。

 中国で暮らしたり中国の会社と仕事をしたことのある人なら誰でもわかると思いますが、中国においては、ある案件について法律上はどう判断されるのか、人によって言うことが違ったり、地域によって違ったり、時期によって違ったりします。「中国は急速に発展している最中の社会なので、法制度もどんどん変わっていくのだ」と言えばそれまでですが、中国でビジネスをやる際にはこの「法的安定性」の問題が日本と中国とでは全然違う、という点を念頭に置く必要があります。

 日本を含め、欧米型民主主義の政治体制を採る先進国にあっては、国民や会社の権利や義務に関する規定は、全て議会で議決された法律に基づきます(アメリカの大統領令など法律に基づいて大統領(行政府)に国民の権利義務に関する決定権限を委任しているケースもありますが、それは例外的なもの)。従って、個人や会社の権利義務に関する法律が変更されるためには、法律の改正案が議会に提案され、一定の時間を掛けて議会で議論がなされる必要があります。なので、権利義務に関する法律が変更される場合には、国民は一定の時間的余裕を持ってそれを前もって知ることができるので、何らかの準備をすることが可能です。

 中国もタテマエ上は法律に基づいて行政が行われ、法律は全人代が決めるのですが、国民や会社の権利義務に関する規定の多くは行政府に決定権限が委任されているほか、重要事項は全て中国共産党が決めるので、国民生活にとって重大な事項が突然中国共産党の会議で決まったりします。

(例1)日本の場合「国民の祝日」は国会の議決を経た法律で決められますが、中国の場合は行政府の一部である国務院が決めて発表します(毎年12月に翌年の祝日を発表します)。例えば、中国では、清明節、端午節、中秋節は2009年から休日になったのですが、この決定が発表されたのは2008年12月でした。なので、私の勤めていた事務所では職場の年間休日計画は毎年年末に決めていました(中国のカレンダー業者がどうしているのかは、私は知りません)。

(例2)中国の場合「議会の審議を経ないで突然決まる」ことはよくあります。例えば、2008年の北京オリンピック期間中、交通量を減らすため、ナンバープレート末尾の偶数奇数によって市内を走れる車を制限しましたが、この措置が発表されたのは実施される二週間前でした。その期間中仕事で使う車の確保に苦労したのを覚えています(中国でビジネスをやる際には、常にこうしたリスクがあることを認識する必要があります)。

(例3)日本でも報道されたとおり、「一人っ子政策の終了」(こどもは二人目までを持つことを認める)は2015年秋の中国共産党大会で決まりました(法律上は、2015年12月27日の全人代常務委員会で決まり、2016年1月1日から施行された。日本等では重要な法律の場合、一般国民が混乱しないように一定の期間「周知期間」を置いてから施行することが多いのですが、中国の場合は「決定してすぐに施行」という例が結構あるので、この点も中国でビジネスをやる際には要注意)。

(注)中国の全人代の全体会議は年一回(最近は通常3月に行われる)ですが、多くの法律は全人代常務委員会(通常偶数月の最終週に開かれる)に決定が委任されています。全人代常務委員会で決定された法律が翌年3月の全人代全体会議の前に施行されることもあるので、この点も要注意です。

 中国のこうした法律制定と施行のやり方は、「情勢の変化に迅速に対応することが可能」というメリットもあるのですが、中国でビジネスをやる観点からは「制度が予想もしていなかったように突然変更されてしまう」というリスクもあります。中国企業の経営判断の決定スピードが速いのは、こうした中国の政策決定の特性も背景にあると私は思っています。

 中国に限らず、経済・社会が発展途上にある国においては、このように「制度が突然変わってしまう」ことは結構あります(2016年11月にインドのモディ首相が突然高額紙幣の廃止を宣言したのはその一例)。発展途上にある国においてはやむを得ない面もあるのですが、やはりビジネスの観点から言ったら「法的安定性」は重要です。中国は既に世界第二位の経済規模を誇るほど大きな国になったのですから、法律を決める際には時間的余裕をもって広く告知することや、決めてから施行するまでの「周知期間」の重要性をもっと認識するようになって欲しいと思います。それも重要なビジネス上の環境整備の一環だと私は思います。

(参考)アメリカのトランプ大統領は「大統領令」を連発していますが、こうしたやり方は、アメリカ社会の「法的安定性」に疑問符を投げかけ、長期的に見れば、多くの企業に「アメリカはいつ法制度が変わるかわからないのでビジネスがやりにくい」と思わせることになり、アメリカ経済にはマイナスになると思います。

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2017年3月 4日 (土)

全人代を経て経済政策の「調整」は進むか

 明日(2017年3月5日(日))から北京で全国人民代表大会が開かれます。毎年恒例の全人代ですが、今年は事前に経済関係の政府機関のトップの人事異動がいくつか発表され、経済政策における「人事刷新」とそれに伴う経済政策の「調整」がどの程度行われるかに対して注目が集まっています。

 「人事刷新」と言えば、今年秋に予定されている中国共産党大会で党の重要人事が刷新され、政府機関幹部の人事は来年(2018年)の全人代で決まる、というのが基本的な形ですが、今年の全人代を前にした幾人かの経済閣僚の交代は、来年決まる習近平体制第二期の政府幹部人事の「刷新」を予感させるものです。

 来年(2018年)の全人代では李克強総理と周小川中国人民銀行総裁が続投するのかどうかがポイントとなるでしょう(基本的に今年秋の党大会が終わった時点で見通しは立っているはずだと思いますが)。李克強氏と周小川氏が経済政策の前面から退くと経済政策の舵取りがどうなるか心配だ、との見方もありますが、中国には優秀な人材がたくさんいるので、習近平氏が自分に近い人物だけを任命する、といった過ちを犯さすことなく、実力のある者を適切なポストに就けることができれば、中国の経済政策が迷走することは避けられると思います。

 私がそういう印象を持ったのは、3月2日に就任後初の記者会見を行った中国銀行監督管理委員会の郭樹清主席の発言が結構ポイントを突いた鋭いものだったからです。郭樹清主席の記者会見については、「人民日報」ホームページ「人民網」の銀行チャンネルにも記事が出ていますが、その記事によると、郭樹清主席は以下のように発言しています。

「各種の金融の乱れた現象は断固として管理しなければならない。目下のところ、一部で市場をまたがった金融商品が層をなして積み重なった状態にあり、下層の資産については底が見えない、最終的に向かう方向は誰も知らない、といった状況がある。この種の現象が発生しているのは、多くの程度、監督制度が欠けていることに原因がある。これはいわば『牛小屋で猫を飼うようなもの』で、完全で健全な監督制度がなければ、銀行の業務経営は必ずや厳重なリスクにさらされることになる。」

 私は、これは中国の政府機関のトップとしては非常にハッキリとしたものいいであり、今後の改革実行に期待を持たせる発言だと思いました。郭樹清主席は、「『一行二会』及びその他の政府関係機関との間で情報共有と統一的な協調を深化させることに積極的に参加する」とも語っており、彼が中国政府の金融行政に縦割り行政の弊害があることを強く認識していることを示しています。

(注)「一行二会」とは、中国人民銀行、中国銀行業監督管理委員会、中国証券監督管理委員会のこと。さらに中国保険監督管理委員会も加えて「一行三会」ということもある。中国の金融行政が複数の部署に別れて執行されており、統一的な政策執行ができていないのではないか、という問題点は以前から指摘されている。

 そもそも中国経済は、タテマエ上は全てのプレーヤーを中国共産党がコントロールしていることになっていますが、実態的には中国共産党のグリップが強い国有企業等と中国共産党による指導に従っている(たぶん「従っているふりをしている」だけの)民間企業との混合体です(このことについて、昨日(2017年3月3日(金))付け日本経済新聞朝刊29面「経済教室」の「中国経済をどうみるか(下)純粋民営企業 世界に挑む」で学習院大学教授の渡辺真理子氏は「中国経済は一つの個体に異質な遺伝子が同居する『キメラ』である。」と表現しています)。こうした中国経済をうまく舵取りしていくためには、相当に難しい(時によってはアクロバティックな)経済政策運営が必要だと思います。その意味で、今年及び来年の全人代で固まることになる経済政策担当者の人事の刷新と具体的な経済政策の「調整」は重要です。

 一方、3月1日、台湾のホンハイ精密工業とその傘下になったシャープが出資する液晶パネルメーカーによる8K対応の高画質大型液晶パネルの工場の起工式が広州で行われました。この起工式にはホンハイの郭台銘会長や広東省党書記の胡春華氏も出席したそうです。このニュースは同日夜の中国中央電視台の7時のニュース「新聞聯播」でも報じられました。このニュースは、もはや「中国共産党の指導」の枠の外にあるプレーヤーが中国経済において重要な役割を果たしていることを端的に示したものだと言えるでしょう。

 上に書いた日経新聞の記事では、渡辺真理子教授は、アリババや華為(ホアウェイ)などの純粋民間のグローバルな中国企業が中国経済の大きな部分を占めていることを指摘しています。この点は、おそらくは現在の中国が旧ソ連とは全く異なる点で、中国の現体制の強靱さを示していますが、同時に「中国共産党によるコントロール」がどこまで効くのか、という中国の現体制の根幹に関わる問題と関係してきます。「人民日報」は今でも「中国共産党による指導」という「タテマエ」を声高に強調していますが、実態的には他の資本主義諸国と同じように法令による経済主体のコントロールの重要性は今後高まっていくと思います。もしそうだとすれば、中国においても、中国共産党大会よりも法律を決める全国人民代表大会の方が重要性が増していくことになるはずです。もしそうではなく、あくまで「中国共産党大会が最強の決定機関」であり続けるのであれば、たぶんそうした体制は徐々に中国経済の実態とはかけ離れたものになっていくことになるのでしょう。

 今年と来年の全人代は、習近平主席が自らに権力を集中させる方向での「変革」を図っていくだろう、という見方もあります。経済実態が「党による統治から法による統治への変革」を求めている中国の現状において、習近平氏が「党(=総書記である習近平氏自身)による統治」へ向かうのか、それとも「法による統治」に向かうのか、今年と来年の全人代は、今後の中国の行方を占う上で、いつにも増して重要なものになると私は思っています。

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2017年2月25日 (土)

中国経済の公共事業頼みはどこまで

 昨日(2017年2月24日(金))の中国中央電視台夜7時のニュース「新聞聯播」のトップ・ニュースと今日(2月25日(土))の「人民日報」の1面トップの記事は、習近平主席が北京市内で2022年の冬のオリンピックに備えて工事が進む新しい北京空港の建設現場を視察した時の様子などを伝えるものでした。私の二回目の北京駐在の途中に完成した現在使用されている北京首都空港(北京市街地の北東の郊外にある)の第三ターミナルは、ターミナル・ビルの全長が3kmにも及ぶという巨大なものだったので、最初に行った時にはその大きさに圧倒されたのですが、今、北京市街地の南郊外に建設中の新しい空港の建設現場は、テレビの画面で見てもその巨大さに驚くような規模のものでした。

 2008年の北京オリンピックを前にして完成した北京首都空港第三ターミナルは、非常に巨大なものでしたが、北京首都空港は滑走路はその時点で既に「満杯」状態で、私も北京首都空港から出発する時、飛行機の扉が閉まってから滑走路が空いて離陸するまで長時間待たされることなどしょっちゅうありました。今、東京には成田空港と羽田空港があり、上海には浦東空港(主に国際線)と虹橋空港(主に国内線)がありますが、北京には今は大型機が使える空港は北京首都空港一つしかないので、北京にもう一つ空港を建設する、というのは、中国の経済発展の状況を考えればある意味当然の話だと思います(むしろ「遅すぎた感」すらある)。

 とは言え、新しい北京空港の巨大な建設現場の様子をテレビのニュースで見て、私は、「中国ではまだまだ巨大な公共事業の工事があちこちで進んでいるのだなぁ。だとすると中国で鉄鋼の需要が強い(従って、鉄鉱石や製鉄に使う原料炭の値段が上がる)のは無理もないよなぁ。」と思ったのでした。「新聞聯播」では、同じく現在建設中の港珠澳大橋(香港とマカオをつなぐ海上の道路橋)の建設の様子も節目節目で紹介していますが、この工事も私は「とんでもない巨大公共事業」だと思います。

 1997年に完成した東京湾横断道路(東京湾アクアライン)は全長15.1kmで、私は相当巨大な公共事業だったと思うのですが、現在建設中の港珠澳大橋はトンネル部分も含めると全長55kmです。中国には、他にも2008に完成した杭州湾海上大橋(全長35.7km)、2011年に開通した青島膠州湾大橋(全長41.6km)など「巨大公共事業」はいくつもありました(なお、日本の青函トンネル(1988年開通)は全長53.9kmです)。

 そもそも公共事業には、「巨大な道路や橋を完成させることにより、その後の経済発展の基盤を作る」という意味と、「建設作業に巨額の資金を投じることにより、建設時点での経済の活性化と雇用の維持を図る」という目的とが存在します。公共事業については、経済発展効果に比べて投下される資金が膨大過ぎて「建設会社にメシを食わせるために事業をやっているのではないか」などと批判されることは、どの国でもある話です。日本でも、例えば、本州四国連絡橋は3つのルートの全てを建設する必要があるのか、といった議論もありましたし、青函トンネルも、新函館北斗まで北海道新幹線が開通したのが去年(2016年)であったことを考えれば、急いで1988年のタイミングで開通させる必要はなかったのではないか、といった議論もなされることがあります。

 こういった「公共事業を巡る議論」は、中国に限らず、どの国でもある話ですが、私の感覚では、中国では「野党による政権与党に対する批判」もないし「報道機関による政府批判」もないので、中国の公共事業においては、「完成することによる経済基盤としてのメリット」はあまり重要視されず「建設工事を進めることによる経済の活性化と雇用の創出」を主な目的とするものがかなり多いのではないかという印象を持っています。2009年前半、リーマン・ショック対応の公共事業が始まった頃、私は北京の街で、前年オリンピックのためにきれいに整備された歩道をまた掘り返して透水性舗装に変える工事をやったり、1980年代の私の前回の北京駐在の時に新築されたアパート群を2009年の時点で取り壊してまた作り直す工事をやっているところなどを目の当たりにしたので、特にそういう印象があるのかもしれません。

 今、中国政府は、今年(2017年)秋に開かれる中国共産党大会の開催までは、経済の水準を維持して、失業者を大量に発生させるようなことは絶対に避けたいと考えて、経済実態とは関係なく、大量の公共事業を行っているように見えます。経済効果をあまり生まない公共事業は、資金や資源の無駄となるばかりでなく、将来、経済発展に伴う税収増がないのに維持費ばかりかさんで、結果的に国全体の経済の重荷になる可能性をはらんでいます。また、共産党大会が終了したとたんに公共事業をやめてしまう、というようなことになるのだったら、党大会が終わる2017年秋頃から中国経済は急速に減速してしまうことになるでしょう。適切な批判と監視がない状況で進む「公共事業頼みの中国経済」は、問題を抱えたまま肥大化することになります。中国のそうした状況を理解しないで、例えば、2016年半ばから2017年に掛けて、今、中国経済には回復の兆しがあるのだ、と認識するのは危険かもしれません。

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2017年2月18日 (土)

中国経済の現状と原料炭・鉄鉱石の価格との関係

 ここのところ鉄鉱石と原料炭(製鉄に使うコークスの原料となる石炭)の価格が急激に上がってきています。原料炭については去年(2016年)11月頃をピークにして現在も高値圏にあるようですし、鉄鉱石価格は今でもまだ上昇基調にあるようです(参考:昨日(2017年2月17日(金))付け日本経済新聞朝刊3面記事「鉄鉱石急騰 国際価格、1年で2倍 中国で鋼材値上がり 日本の製鉄に影響も」)。

 鉄鉱石も原料炭及びそれらで生産される鉄鋼は、世界の中では生産量・消費量ともに中国が極めて大きな割合を占めていますが、中国経済の現状(鉄鋼も石炭も過剰生産能力削減に努力中、鉄鋼の需要先である鉄道やマンション建設等の投資も過度にならないようにコントロール中)を考えると、この鉄鉱石や原料炭の価格の急上昇は、私には腑に落ちません。この先、何か「ワナ」が待っているような不安を覚えます。

 一部に、この鉄鉱石や原料炭価格の上昇はアメリカのトランプ大統領が掲げるインフラ投資拡大による鉄鋼の需要増を見込んだもの、との見方もありますが、原料炭と鉄鉱石の価格の上昇は去年(2016年)の半ば頃以降、トランプ大統領誕生の前から始まっており、原料炭と鉄鉱石の価格の上昇をトランプ大統領の誕生と結びつけることは必ずしも正しくないと思います(また、鉄鋼需要のアメリカと中国との大きさを考えても、中国の方が圧倒的に規模が大きいので、アメリカの政策の影響はあってもあまり大きくはないはず)。

 こうした資源の価格は、最終需要(鉄鉱石と原料炭の場合は最終的には鉄鋼の需要)の現状と今後の見通しのほか、生産の状況(例えば、大きな炭鉱で生産トラブルが起きて生産量が一時的に落ちた、など)や「投機筋」の動向などが複雑に絡むので、単に最終需要が増える見通しだから価格が上がる、最終需要が減る見通しだから価格が下がる、といった単純なものではありません。

 例えば、原油価格はリーマン・ショック直前に1バーレル150ドル近くまで急騰した後、リーマン・ショックで30ドル台まで急落し、その後100ドル超まで上昇した後、去年(2016年)初に20ドル台まで下落したことは記憶に新しいところです。これらは世界景気の動向という需要面やシェール・オイルの開発といった供給面の動きを素直に受けて動いた、というよりは、そうした需要面・供給面の先行きをにらんだ「投機筋」の思惑で実際の需給関係以上に価格が大きく変動した結果だ、と言えるでしょう。

 現在の鉄鉱石と原料炭の価格の急騰は、中国政府による石炭や鉄鋼の過剰生産能力削減の政策により特に原料炭の生産量が絞られたからだ、とする見方もあります。もしこの見方が正しいのだとしたら、中国政府の過剰生産能力削減は石炭だけはきちんとやったが、鉄鋼については過剰生産削減の方はあまりうまくできなかった、ということになります(製鉄所での需要があるからこそ、鉄鉱石や原料炭の価格が上がるのだと思われるからです)。

 鉄鉱石と原料炭の価格の高騰に併せて、現在、鉄鋼価格も高くなっているようですが、今、鉄鋼の最終需要の状況はどうなっているのでしょうか。私はよくわかっていません。一口に「鉄」と言っても、ビルや橋梁等の建設に使うH型鋼と自動車のボディーに使う高張力鋼板とでは需要動向が全く異なると思います。どういう分野で「鉄」の最終需要が増加しているから(あるいは増加する見通しがあるから)鉄鉱石価格と原料炭価格が高くなっているのか、は私はよく知りません。ただ、少なくとも「鉄」の世界最大の需要国である中国においては、既に「新常態」の時代になっているので、今後急激に現在以上に鉄道建設やマンション建設が増えるとは思えないので、そんな中で鉄鉱石と原料炭の価格が上昇しているので、私には「なんか変だなぁ」という感じがするのです。

 ちょっと心配なのは、鉄鉱石や原料炭の価格は、実需とは全くかけ離れた「投機筋」の「思惑」によって高くなっているだけなのではないか、ということです(ハッキリ言えば、「バブル」ではないのか、ということです)。その意味で気になる記事が昨日(2017年2月17日(金))付け日本経済新聞夕刊5面に載っていました(アジア・ラウンドアップの欄 香港「割安な中国金融株に資金」)。この記事では、中国マネーの流入により香港株式市場に上場されている中国金融株の株価が上がっている、と指摘しているのですが、この記事の中に「中国当局が資本規制の一環で海外M&A(合併・買収)などに目を光らせているため、持て余した資金が香港株に流れるとの思惑もある。」との記載がありました。私が気になったのは、中国当局が中国から外国への資金流出を強力に規制していることから、行き場を失った中国の「投機マネー」の一部が鉄鉱石や原料炭などの資源商品価格市場に流入して、実需の見通しを越えて鉄鉱石や原料炭の価格を必要以上に押し上げているのではないか、という点です。

 鉄鉱石と原料炭(及びそれらを用いた最終製品である鉄鋼)は、生産量及び消費量の両方において、中国が世界の中で非常に大きなシェアを占めています。もし仮に、鉄鉱石や原料炭の価格を左右する「投機筋」の資金の中に占める「中国マネー」の割合が大きいのだとしたら、鉄鉱石と原料炭の価格については「生産」「消費」「投機」の全ての面において中国国内のプレーヤーの動向に左右されてしまうことになります。そうだとしたら、中国の外からは見えない中国国内の「思惑」によって鉄鉱石や原料炭の価格が動いてしまうことになります。これは世界経済にとって非常に危うい状況なのではないでしょうか。

 リーマン・ショック前後(及びリーマン・ショック後から現在まで)の原油価格の変動については、中国の需給要因や「投機筋」における「中国マネ-」の存在は世界全体の中における比重はそれほど大きくはなかったと思われます。しかし、鉄鉱石と原料炭の価格については、中国の占める比重は原油価格に比べて格段に大きいと思われるので、世界経済は鉄鉱石価格と原料炭価格を通じて中国に振り回されることにないよう注意する必要があると思います。

 その意味で、ネットで興味ある中国での報道を見つけました。「人民日報」ホームページの「財経チャンネル」に載っていた2月16日付け「経済参考報」の記事「鉄鋼価格の高騰に関して政府五機関が価格コントロールに関する文書を発出 専門家は資本による投機的取引を防ぐ点を指摘」です。

 この記事では、最近、中国政府の発展改革委員会、工業・情報化部、国家品質監督検査検疫総局、中国銀行業監督管理委員会、中国証券監督管理委員会の5つの機関が共同で「さらに保持・圧力政策を進めて鋼材市場の均衡ある進展を促進することに関する通知」を出したことを伝えています。この「通知」では、大手鉄鋼企業に対して、「鋼材出荷価格を科学的に決めること」を求め、価格を合理的範囲に積極的に引導して「風向計」「安定器」になるよう求めています。

 この記事では、この政策は、最近の鋼材価格の上昇は速すぎるし激しすぎて基本状況から離れているので、一方では鉄鋼業における過剰生産能力削減の政策を進めつつも、別の一方で過剰生産能力削減に名を借りた鋼材価格の過度に投機的な価格設定を防止するためのものである、とするあるアナリストの指摘を載せています。

 この記事にあるように、中国政府自身が、最近の鉄鋼価格の上昇が「速すぎるし激しすぎて基本状況から離れいている」と認識しており、この価格上昇が「投機的価格設定」による部分がある、と懸念していると思われる点は非常に重要だと思います。現在の鉄鉱石や原料炭の価格の上昇について、「世界経済が景気循環の回復過程に入って需要が増えた(増える見通しだ)からだ」との見方をする人もいるようですが、たぶん中国政府はそういう楽観的な見方はしていないのだと思います。

 2008年の原油価格の「バブル的急騰」とリーマン・ショックとがどういう関係にあったのかについてはいろいろ議論があるところだと思いますが、今の「鉄鉱石」「原料炭」及び「鉄鋼」の価格の上昇が次の世界経済における「大変動」の前兆現象であるのかないのか、慎重に見究めていく必要があると思います。特に原油と違って、「鉄鉱石」「原料炭」及び「鉄鋼」については、中国の比重が非常に大きいので、「今、中国がどうなっているのか(今後どうなっていくのか)」を見究めることが特に重要になってくると思います。

 

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2017年2月11日 (土)

「金融リスクの防止」は2017年の中国のキーワード

 2月6日付け「人民日報」18面に「融資プラットフォームの『上着の着替え』は安全か?~ホットな焦点・金融リスクをどうやって防ぐか~」と題するシリーズものの解説が載っていました。この記事の冒頭は、「『リスクを防ぐこと』が2017年の中国の経済領域におけるキーワードである」という文章で始まっています。おそらくは3月初めから開かれる全人代で議論される政策課題の中の最重要課題として「金融リスクの防止」が挙げられることから、その点を解説したものと思われます。

 この記事は、2015年の時点で100以上の市レベル、400以上の県レベルの地方政府が債務率が100%を越えている、という現状認識からスタートしています。

 この解説では、2015年1月1日以降、地方政府は地方政府債の発行によってのみ借金をすることができ、それまでのように地方政府が「融資プラットフォーム」を通じて借金をすることができなくなったので、リスク管理はできるようになった、と強調しています。また、2015年以降、地方政府は「融資プラットフォーム」に対する債務保証をすることはできなくなり、地方政府が「融資プラットフォーム」の償還責任を負わないことになった、とも強調しています。

 また、この解説記事によると、地方政府が負うべき2014年末までの負債は15.4億元であり、この債務は、今後3年程度のうちに地方政府が債券を発行して借り換えることにより、予算の範囲内で管理され、期限までに償還されるだろう、としています。

 この解説記事では、こららの改革により、新たな「政績プロジェクト」(地方政府幹部による自分の出世のための成果を強調するために実施されるプロジェクト)に起因する負債を生み出すことは避けられる、としています。この記事を見ると、中国共産党中央は、地方政府債務問題の本質(地方政府幹部(=中国共産党の地方幹部)が自分の出世のための功績を挙げるため無理をして借金をしてプロジェクトを実施する傾向があること)はきちんと理解しているようです。

 で、私が気にしているのは、「地方政府による借金漬けの『政績プロジェクト』の実施が抑制されると、投資に過度に依存している中国経済全体にブレーキが掛かってしまうことにならないのか。」という点です。今年(2017年)秋に中国共産党大会が予定されていますが、そこで決まる人事査定でよい評価を得るために、地方政府幹部(=中国共産党地方幹部)は、借金をして無理をしてでもプロジェクト投資にいそしんできたわけですが、2017年秋の党大会へ向けての動きは既に一段落していると見られることに加え、上記の解説記事にあるように、2015年以降は地方政府による借金のやり方にも規制が加わっていることから、おそらくは最近は地方政府によるプロジェクト投資にはブレーキが掛かっているものと思われます。従来より、中国経済は「投資」に依存する割合が高すぎる、と懸念されているところですが、そうした状況においては(他に経済の牽引役が育っていない現状においては)、地方政府によるプロジェクト投資が減少すると、中国経済全体が失速するおそれがあります。

 先頃発表された貿易統計によると、2017年1月の中国の貿易額は輸出入とも対前年比で増えているようであり、幸いにして世界経済の復活基調に伴って、2017年については、貿易による中国経済の下支え効果はある程度期待できそうです。従って、アメリカのトランプ大統領が中国に対して貿易上の無理難題を吹き掛けない限り、とりあえず2017年中は、中国経済は一息付けることになるかもしれません。

 問題は、今年秋の党大会の後どうなるか、です。地方政府幹部による「政績プロジェクト」への投資がヤマを超え、地方政府の借金のやり方にも「タガ」がはめられるようになった今後は、今までのような「経済ファンダメンタルズ(経済的基礎条件)とは関係ない地方政府幹部の政治的意図による投資」には期待できなくなるわけで、そうした中で中国経済を前に進めるパワーをどこに求めるかが問題となります。その中で「今までふくれあがった借金の返済」が問題となっていくわけです。

 「金融リスクの防止が2017年の中国経済のキーワード」というこの「人民日報」の解説は全く正しいと思います。3月初旬の全人代を通して、中国政府が「金融リスク防止」に対する有効な政策運営をしていくことを期待したいと思います。

 その際、トランプ大統領の対中通商政策と並んで、アメリカFRBによる利上げの動きと関連した人民元相場の動きにも注意が必要です。人民元安は、中国企業が抱える外貨建て債務の負担を大きくするからです。2017年に入って、人民元の対ドル相場は安定していますが、先頃発表された中国の2017年1月末の外貨準備高は「節目」と考えられていた3兆ドルを割り込みました。減少するスピードは鈍化しているので、あわてる必要はないと思いますが、今後の動きには注意が必要です。

 先週日曜日(2017年2月5日)付けの産経新聞9面の「日曜経済講座」には「外貨準備と人民元が混迷~中国が直面する『3と7のカベ』」と題する上海支局長の川崎真澄氏の記事が載っていました。「3」とは「外貨準備3兆ドル割れ」のことですが、これは実際に3兆ドルを割ったことが確認されました。「7」とは人民元の対米ドルレートが1ドル=7元を超えて人民元安になることです。これについてはいろいろな見方がありますが、「人民日報」ホームページ「人民網」の財経チャンネルに掲載されていた「経済参考報」の2月10日付けの記事「人民元は、こちら岸とあちらの岸の両方から圧力を受けている」の中では、「2017年末には人民元は対米ドルで1ドル=7.3人民元付近まで下落する可能性がある」との専門家の見方を紹介しています。

(注)この記事は、中国から外国への資金流出の圧力と、「香港-深センの株取引相互流通開始」やEU離脱後を見据えてイギリスが目指している「上海-ロンドン間の金融流通」を通した外国から中国への資金流入の圧力の両方が存在している、と指摘しています。要は「中国からの資金流出ばかりを心配する必要はない」との中国当局の主張を背景にした記事なのですが、その記事の中ですら、2017年末の時点で1ドル=7.3人民元まで元安が進む、との見方が紹介されている点は注目する必要があると思います。こうした見方は人民元の先安感に基づく中国からの資金流出圧力を「後押し」するからです。

 日本時間の今朝(現地時間2017年2月10日)、ワシントンでトランプ大統領と安倍総理との日米首脳会談が行われました。このお二人は、これからフロリダ州のトランプ大統領の別荘でゴルフをするようですが、当面、世界経済は「中国共産党がどういう政策をとるか」よりも「トランプ大統領が何を言うか、何をするか」に右往左往することになるのでしょう。ただ、トランプ大統領は、昨年末「中国の出方によっては『ひとつの中国政策』も再考する」といったことをツィッターで書きながら、昨日行った習近平主席との電話会談ではいともあっさりと「アメリカは『ひとつの中国政策』を堅持する」と表明するなど、「トランプ大統領はツィッターでいろいろ『発言』するけど、その『発言』って意外に軽いんじゃない?」という見方も今後広がると思います。トランプ大統領の「ツィッター発言」に右往左往しないで、中国の経済の状況を含め、経済の実態を見落とさないようにしっかりチェックしていくことが改めて重要だと認識する必要がありそうです。

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2017年2月 4日 (土)

中国における最恵国待遇・内国民待遇の歴史

 アメリカのトランプ大統領は声高に「アメリカ人を雇え!」と叫んでいます。私は1990年代末にアメリカ駐在をしていますが、アメリカでは、全ての企業は人を雇う場合、「性別、年齢、人種、宗教、国籍で差別してはならない」ということに細心の注意を払っていました。採用試験を受けに来て落ちた人が「差別で就職を断られた」と裁判に訴えるリスクを常に意識しているからです。そのアメリカの大統領に「雇用に当たってはアメリカ国籍の人を優先しろ!」と主張されると、私は「わけわからん」状態になってしまいます。

 そもそも現代国際社会においては、その国の法律を遵守する限りにおいて、外国人や外国企業であっても自国民や自国企業と同様に適切な保護が与えられることが大原則になっています。また、状況において外国人や外国企業に対して一定の規制を掛けることもあり得ますが、その際も国によって差別しないことが大原則です(例えばA国人やA国の企業はOKだけど、B国人やB国企業はダメ、といった恣意的な規制を掛けてはならない)。これらの原則は「内国民待遇」(内外無差別:原則としてその国の国民と外国人とを差別しない)と「最恵国待遇」(ある国に対しては原則として他の最も優遇された国に与えられたのと同様の待遇を与える(=国によって差別しない))と呼ばれます。

 「最恵国待遇」と「内国民待遇」は、基本的に国と国との間の条約で決められますが、日本の場合は、19世紀半ば、幕末に欧米列強各国と結んだ「和親条約」と「修好通商条約」がこれらを定めた条約の「はしり」でした。

 「最恵国待遇」は「国によって差別しない」ことなので、発展初期の段階の国においても比較的受け入れられやすいのですが、「内国民待遇」の方は、遅れた自国民が進んだ外国人より不利な立場に置かれやすい、という理由で、当初は認められないことが多いようです。幕末の修好通商条約でも外国人の通行できる範囲は開港された港の周辺に限られ、外国人は日本人と同じようには行動できませんでした。

 日本と中華人民共和国とは1972年に国交が樹立しましたが、当初は日本人は中国人と同じようには中国国内を移動することはできませんでした。私が最初に訪中した1983年2月の時点では、外国人が自由に移動できる範囲(外国人開放区)は、例えば北京においては北京の市街地部分だけでした。盧溝橋(北京の西南にある)の西詰めの場所には「ここから先は外国人は立ち入り禁止」という立て札が立てられていて、人民解放軍の兵士が銃剣を持って見張っていました(その脇を中国の人たちは、立て札の下を全く気に掛けずに行き来していました)。

 1980年代は、中国では、経済活動でも明確な「内外差別」がありました。外国人は、中国人が使う貨幣の「人民元」は持つことは原則認められず、外貨から兌換した「外貨兌換券」しか持つことが許されませんでした。「外貨兌換券」は外国人専用の商店やホテルでしか使えませんでしたから、外国人は買い物をする場所も限られていました。(もっとも、「外貨兌換券」の方が「輸入品が買える」というメリットがあったので、中国人用の商店でもむしろ喜んで受け取ってくれたので実際には中国人用の商店でも買い物はできたんですけどね。またそうした中国人用の店で高額の「外貨兌換券」で買い物をすると、おつりは通常の「人民元」で返ってくるので、実際は外国人の手元にも「人民元」は入って来ました)。

 北京市内の外国人専用の商店「友誼商店」に行くと、入口に係の人が立っていて、中国人が店の中に入らないように見張っていました。私の場合は顔を見ただけでは中国人か日本人か区別が付かないらしく、「友誼商店」の入口の係の人からよく「何しにきた」という目でじジロリを見られたことがありました。そういう時は、日本のパスポートを見せると、途端に「いらっしゃいませ」というニコニコした顔になって入れてくれたのを覚えています。「外国人排撃」とは全く逆の現象なんですけど、中国人と外国人とで差別する、っていうのは、よくないよなぁ、とその時感じたことを覚えています。

 また、1980年代には中国には「外国人値段」というのがあり、例えば一羽30元の北京ダックを買おうとしてこちらが外国人だとわかると「50元だ。30元では外国人には売れない。」と言われることもありました(外国人は金持ちだから、外国人からはお金はたくさん取れるはずだ、という発想です)。

 2007年に二回目の北京駐在を始めた時には、個人レベルの活動における「内外差別」は基本的には消えていました。軍事施設周辺など特殊な場所を除けば「外国人が行ってはいけない場所」はなくなっていましたし、「外貨兌換券」は1995年に廃止されていました。100元札を持って行けば、外国人だろうと中国人だろうと全く同じように扱ってくれるようになっていたのです。(ただし、それは個人の生活上の話であって、外国企業による投資や営業活動などに対する制限は現在の中国でもまだまだ多いのが現状です。だいたいフェース・ブックやツィッターが中国では認められていない(それに代わる中国系企業のSNSが発達している)ことを見てもわかるように、企業経済活動の面での「内外差別」は現在の中国には厳然と存在しています)。

 なお、1986~1988年と2007~2009年の二回の北京駐在を通して、「最恵国待遇」になっていなかった事例(例えば、アメリカならOKだけど、日本だからダメといったケース)は、思い浮かびません(逆の例として、1980年代、対共産圏輸出統制(いわゆる「ココム」)のため、日本からアメリカへの輸出は自由だけれど、日本から中国への輸出には制限が掛かる、といった品目があり、中国側が日本に不満を述べる例はありました(特に1987年に発生した「東芝機械ココム事件」は、対ソ連輸出で問題が起きたのに、対中国輸出でも輸出審査が厳しくなって事件に無関係な中国が迷惑を被った、という事例でした))。

 こういった私の経験からすると、ある国が「内外差別」を実施するのは、その国の発達が初期段階であるからであるので、「内外差別の存在」はその国の後進性を意味する、という印象があります。ですので、世界で最も進んだ国であるはずのアメリカの大統領が堂々と「(実質的に)内外差別をするぞ!」と叫んでいることには、無茶苦茶違和感を感じます。

 さらに「最恵国待遇」は、日本では江戸幕府が当時の国際社会から教えられた「近代国際社会の大原則」です。それなのにトランプ大統領は「メキシコや中国からの輸入には他の国とは異なる高い関税を掛けるぞ!」と主張しているわけで、これは日本で言えば江戸時代以前に戻るとんでもない時代錯誤であると言えます。(アメリカが「最恵国待遇」を無視するなら、仮に中国が政治的問題で日本だけをターゲットにした経済的規制を掛けてきたとしても文句が言えなくなってしまいます)。

 私はこのブログで、中国政府が採る様々な「国際的ルールとは異なるやり方」に対して批判的なことを書いてきましたが、もしトランプ大統領が主張していることを本当にアメリカが実行するならば、中国政府の政策の問題点など全く「取るに足らない小さな問題」ということになってしまいます。世界をリードするはずのアメリカが国際社会の土台となる大原則を破壊してしまうことがないよう、世界各国は協調して対応する必要があると思います。

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2017年1月28日 (土)

春節の中国人訪日客と中国国内旅行者

 今日(2017年1月28日)は、春節(旧正月)の元旦です。中国は長期連休中なので、日本各地で中国人訪日客を目にする機会も多いと思います。円高是正に伴って、中国から日本への訪問客は急増していますけど、この機会に中国国内の中国人国内観光客の多さについても想像をたくましくしてみてはいかがかと思います。

 中国の観光地に行かれたことのある方はよく御存じだと思いますが、中国の観光地にはもちろん外国人観光客もいますけど、中国人国内観光客が相当数います。「どこも混雑しているなぁ」という感想を持った方も多いと思います。

 春節と言えば、私が一番最初に中国へ行ったのは1983年2月の春節の時期でした。仕事の出張で行ったのですが、なぜこの時期に出張するようなスケジュール調整になったのか記憶にないのですが、中国側は春節休みを返上して我々訪中チームのために対応してくれた記憶があります。春節は中国人にとって一年で最も重要な時期ですが、1980年代前半は、「外資系企業によって沿岸部に建設された工場で働く農民工」もまだいなかったし、「農民工が数多く働く都会のビル建設現場」もありませんでした。中国の人々は基本的に自分が住んでいるところで働いていたので、「大学生が帰郷する」「都会で働く人が田舎の両親の元に帰る」といったケースはもちろんありましたが、中国国内を億人単位の旅行者が大移動する、という雰囲気ではなかったように記憶しています。

 「中国人の国内旅行」として私が強烈に印象に残っているのは、2007年5月1日に北京の故宮博物館に行った時のことです。メーデー連休の最中なので、故宮博物館は大混雑でしたが、そのほとんどは中国人の国内旅行客でした。混雑ぶりは、ちょうど日本で言えば「大晦日の仲見世」とか「元日の初詣客でにぎわう明治神宮」といった雰囲気で、何かにつまづいて転ぶと後ろから押し寄せる人並みで押しつぶされそうな、生命の危険を感じるほどの混雑ぶりでした。この日はあまりに混雑がひどいので、故宮に入るのはあきらめたのでした。

 1980年代、私は北京駐在中に日本からの出張者へのつきあいなどで故宮博物館には40回近く行っていますが、「生命の危険を感じるほどの混雑」を経験したことはありませんでした。1980年代を通じて、中国人民は急速に豊かになりましたが、多くの人々は増えた収入でカラーテレビを買ったり冷蔵庫を買ったりしましたが、休みの期間に中国国内に旅行に出掛けるほど生活の余裕のある人はあまり多くはなかったのです。しかし、2000年代も後半になると、かなり内陸に住んでいる人でも一定以上の収入が得られるようになり、生活必需品や食べ物の不自由はなくなって、「今度の連休には北京に旅行しようか」と考える人が増えたのです。中国政府も旅行業の発展は各地方の経済発展にも繋がるので、観光業の発展は奨励していましたので、中国人の国内旅行客数は急速に増加しました。このため、私が駐在していた2007~2009年頃は、一定以上の収入のある人の中には「中国国内の観光地は、どこへ行ってもすごい混雑なので、ちょっとイヤだなぁ」と考える人が多かったようです。

 2013年以降、それまでの「超円高」が是正され始めると、「中国国内の観光地は混雑しているのでイヤだ」と考えている一定数の余裕のある中国の人々は日本を訪問するようになりました。彼らは「中国国内の観光客で混雑している中国国内の観光地から押し出されて日本に来た」と見ることもできます。従って、日本を訪問する観光客の数十倍(あるいは数百倍?)の人数の中国人観光客が中国国内の観光地を訪問していると考えることも可能です(ちなみに中国国家発展改革委員会の推計によると今年(2017年)の春節期間の旅客数(人数×回数)は29億7,800万人次だそうです。これは半端な数ではありません)。

 今年の春節に関しては、中国中央電視台の夜のニュース「新聞聯播」では各高速道路の渋滞の状況などを伝えていました。1983年の春節の北京を知っている私としては、隔世の感があります。

 中国政府の政策にはいろいろな批判もありますが、多数の中国人民を「食べるのがやっと」の状態から、「テレビや冷蔵庫が買える状況」に変え、さらに「たまには国内旅行をしようか。」という人々を増やし、中には「国内は混雑しているので外国に観光旅行に行こう」と考える人々を大量に生み出した、という点では、それなりに評価されるのではないか、と思います。別の言い方をすれば、そういう「生活の向上」があるからこそ、中国人民は中国政府のやり方にいろいろ不満はあるけれども、それが爆発するところまでは圧力が高まっているわけではない、と言えます。

 昨今の中国からの資金流出懸念を踏まえて、中国当局は、年間一人当たり5万ドルの外貨兌換枠について、外貨購入手続きを厳格化はしましたが、5万ドルの金額枠自体を減額することはしませんでした。特に経済的に重要な役割を果たしている富裕層の人々が持っている「休みには日本など外国へ旅行がしたい」という願望を押しつぶすわけにはいかなかったからだと思います。

(注)日本では前の東京オリンピックがあった1964年に海外旅行が自由化されましたが、この時の外貨持ち出し制限は一人当たり500ドル(当時は1ドル=360円)でした。

 改革開放後の約40年間、中国の人々は「食べるのがやっと」→「電化製品を買えるようになった」→「時々(まずは国内へ、余裕が出れば外国へ)旅行に行けるようになった」という生活の向上を経験してきました。今、中国経済は、ひとつの「踊り場」に来ています。人々の生活が今までと同じようなスピードで向上し続けることができなくなった場合(そして例えば物価だけが上昇するようになった場合)、中国人民の大きなエネルギーはどこへ向かうのか、を考えることは、これからの中国を考える上での極めて重要になると思います。

 この春節期間中、日本におられる方々も中国人訪日客のエネルギーを感じる機会が多いと思いますが、その機会にそのエネルギーの数十倍(あるいは数百倍?)のエネルギーを持った旅行客が中国国内を移動していることを想像して、今後中国がどう動くのか、それに対して日本はどう対応していくべきなのか、考えてみるのもよろしいかと思います。

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2017年1月21日 (土)

中国経済はもはや「無視してよい『空気抵抗』」ではない

 斜面や空気中を移動する物体の運動に関する高校の物理の試験問題ではよく「斜面と物体との摩擦は無視する」「空気抵抗は無視するものとする」といった設定がなされます。これは試験問題は学生が力学の基本的原理を理解しているかどうかを問うものであって、複雑で中身がよくわからない摩擦現象や空気抵抗を考慮すると、問題が解けなくなってしまうからです。

 しかし、実際の物体の運動に関しては、「斜面と物体との摩擦」や「空気抵抗」は、大きな存在であり、時としてこれらは運動の状況を決める際に致命的な役割を果たすファクターだったりします。しかし、試験問題で「摩擦や空気抵抗は無視する」というものが多いためか、多くの人が「現実の摩擦や空気抵抗も無視して構わないほど物体の運動に与える影響は小さい」と誤解しているフシがあります。

 昨今、特にトランプ氏が大統領選挙で当選して以降、トランプ氏の政策を1980年代のレーガン政権と比較するなど、「世界経済における中国経済が与える影響」について無視した議論を多く見かけます。1980年代、1990年代、2000年代、2010年代のそれぞれのステージで、世界経済における中国経済の比重は急速に重くなってきており、1980年代には中国経済の影響を無視することは可能だったとしても、現在は中国経済を無視することは不可能です。中国経済を無視した議論は、たぶん、誤った結論を導きます。

 やっかいなことに、中国経済は「自由主義経済における常識的プレーヤーとは異なるルールで動くプレーヤーの集合体」です。中国の国有企業は「株主の利益を最大限にする」ことを目的としていない場合が多く、時として「企業としては損失を出してでも雇用の最大化を目指す」といった行動を取ります。また、各レベルの政府の政策の目的も「住民の福利を最大限にすること」ではなく「地方政府幹部の中国共産党内部における昇進」が最大の目的だったりします。

(注)欧米や日本等の「自由主義経済圏」の企業の行動の目的も、必ずしも「株主の利益を最大限にする」ことではなく、「当面の損失は覚悟しながら市場におけるシェア拡大を目指す」とか「社長の野望を実現する」だったりするので、そう単純でありません。また、民主主義国家の政治リーダーの目的は「選挙で勝つこと」であり、「住民の福利を最大限にすること」は、その手段に過ぎないことには留意する必要があります。

 「通常とは異なるルールでプレーするプレーヤーの集合体」である中国経済も、1980年代のように、その規模が非常に小さい時には無視することは可能だったと思います。でも、現在の中国のGDPは世界第二位であり、中国経済は「無視することができない」どころか「中国経済がどういうリアクションを起こすか」は、各国の経済政策を実行する上において、効果を左右する重要なファクターになったと言えるでしょう。

 ところが、中国経済は「統計が信用できない」「経済政策の目的が『国民の福利の向上』ではなく『中国共産党による政権の維持』であるためどういう政策を採るのか予測が難しい」といった外からはわかりにくいものになっているため、摩擦や空気抵抗ではないけれど「複雑で中身がよくわからないので影響は少ないだろうと勝手に推測して無視してしまう」ことがよくあります。

 昨年(2016年)11月8日のアメリカ大統領選挙でトランプ氏が当選して以来、アメリカ国債長期金利の上昇とドル高が続いています。このドル高により、人民元安を避けたい中国当局が外貨準備として持っているアメリカ国債を売っている、という議論があります。これは実は、中国からの資金流出による人民元安を避けたい中国当局が為替介入をする原資にするために手持ちのアメリカ国債を売却しており、そのためにアメリカ国債の金利が上がり、その結果としてドル高になっているのかもしれません。「中国当局の動きの影響は無視できるほど小さい」と考えれば、ドル高は中国の為替介入の原因と考えてよいのですが、「中国の影響が支配的である」と考えれば、ドル高は中国の為替介入の結果と考えるべきです。

 今年(2017年)に入って、10年ごとに繰り返す世界経済の危機についての議論をよく聞きます。1987年にはブラック・マンデーがあり、1997年~1998年には「アジア通貨危機」「ロシア危機」があり、2007年~2008年には「パリバ・ショック」「リーマン・ショック」がありました。それぞれの時点での中国経済の状況を考えると、「これらの10年ごとの世界経済の危機の原因のひとつに中国の状況がある」と考えるのは適当ではないと私も思います。しかし、西暦下一桁が7の年は「中国の政権中間期における中国共産党大会が開かれる年」であることが「単なる偶然の一致」なのかそれとも何らかの因果関係があるのかについて慎重に議論する必要があるのではないかと私は考えています(1980年代は胡耀邦・趙紫陽の政権、1990年代は江沢民政権、2000年代は胡錦濤政権、2010年代は習近平政権)。

 各政権の中間期において「7の付く年」に行われる中国共産党大会で各地方政府幹部の「中間評価」がなされてそれが中国共産党内部での人事に反映されることになります。中国の地方政府幹部は、経済実態とは関係なく、自らの任期中のイメージをアップするためのプロジェクトに投資する傾向がある、とよく言われます。それが中国経済において「7の付く年」に向けてバブルを膨らませるひとつの原動力になっている可能性があります。

 今年(2017年)後半には第19回中国共産党全国代表大会が開かれますが、その党大会へ向けて「今、中国は無理して経済を『ふかして』いないか?」という視点で注視することは重要だと思います。

 ちなみに、前回の「7の付く年」の2007年に私は北京に駐在していましたが、この年の第17回中国共産党全国代表大会は10月15日~21日に開かれました。上海株式市場の上海総合指数はこの党大会の期間中にピークを付け、リーマン・ショック前の2008年8月には約三分の一になりました。マンション価格は、私の記憶では2007年の年末頃がピークだったと思います。

 今回(2017年)の場合、上海総合指数の「バブル的ピーク」は2015年6月でしたし、マンション価格は既に去年(2016年)10~12月期にピークを打っている可能性があります。中国当局は、何が何でも党大会の開催までは「経済が下向きになった」というような状況は作りたくないと思うので、必死で様々な政策を講じると思いますが、状況は10年前の2007~2008年よりよくないと思います(10年前は2008年の北京オリンピックと2010年の上海万博という目標となるような「大イベント」があったのに対し、今はそのようなものはありません。反対に今中国経済は2008年にリーマン・ショック対策で発動した四兆元の大規模投資の負の遺産に苦しめられています。また、今年春には香港行政長官選挙があり、香港で政治的混乱が起こる可能性があります)。

 世界経済を議論するに当たっては、「中国経済の実態と中国の経済政策はよくわからないので、とりあえず無視する(あるいは「今までと同じであると仮定する」「中国共産党はうまくソフトランディングさせるはずであると考える」)ことはもはや許されないと思います。

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2017年1月14日 (土)

習近平国家主席の2017ダボス会議出席の意味

 毎年スイスのダボスで開かれる世界経済フォーラム(通称「ダボス会議」)は、今年は1月17日から開かれますが、中国からは今回は習近平主席が参加します。今までは国務院総理の李克強総理が参加していたので、今回初めて習近平主席が出席することについて、様々な憶測を呼んでいます。

 昨日(1月13(金))放送されたテレビ東京の「Newsモーニング・サテライト」の中の「中国 Now Cast」のコーナーでは、今回、習近平主席がダボス会議に出席することにした背景には次の二つがあると指摘していました。

(1)今回のダボス会議には就任直前のアメリカのトランプ新大統領は出席できないので、習近平主席が出席して自由貿易の重要性を主張することにより、世界経済における中国の存在感を世界にアピールすることができる。

(2)今年秋の中国共産党大会に向けて、中国国内向けに、習近平主席のリーダーシップをアピールする狙いがある。

 (1)については、「保護主義を掲げるアメリカのトランプ新大統領に対抗して、中国の習近平主席が自由貿易の重要性を世界にアピールする」というのは、ほとんど「あべこべの世界」のように思えますが、現状を考えれば、これは「あり」でしょうね。11日のトランプ次期大統領の記者会見の様子を見ていると、「アメリカのトランプ新大統領より中国の習近平主席の方が世界をリードしていく政治指導者として立派に見える」というのは客観的に言って事実だと思いますので。

 (2)については、テレビ東京はツィッター発信とは違って責任ある報道機関ですので、「ウラの取れないウワサの類は放送しない」という考え方に基づきハッキリは言わなかったのでしょうが、「習近平主席のリーダーシップをアピールする狙い」とは「毎年ダボス会議に出席していた李克強総理はもはや経済政策において中国を代表する人物ではありませんよ、とアピールする狙い」と言い換えても間違いないことは明らかだと思います。

 去年秋の六中全会以降、李克強総理が中国共産党の重要会議を欠席する、といったことはなくなりましたが、習近平主席と李克強総理が協調体制にない、という状況は続いています。昨年末、香港とマカオの行政長官が年末恒例の北京政府への状況報告を行いましたが、この時も、香港・マカオの行政長官は、習近平主席に報告した後、全く同じようなスタイルで李克強総理にも報告しています(その様子は中国中央テレビのニュースで伝えられました)。まるで「北京政府のトップ」が二人いるような雰囲気でした。

 一方、今中国を訪問中のベトナム共産党書記長との会談に関しては、一昨日、習近平氏が会った後、昨日には、李克強氏、張徳江氏、王岐山氏が会っています。このスケジューリングは習近平氏が他の政治局常務委員(李克強氏も含む)に比べて一段と「エライ」のだ、ということを強調しているように見えます。

(注)なお、李克強氏は国務院総理(党内序列二位)、張徳江氏は全人代常務委員長(党内序列三位)なので、ベトナム共産党書記長がこの二人に会うのは特段不自然ではないのですが、ここで序列第六位の王岐山氏が会っているのは、ちょっと「不自然」です。王岐山氏は腐敗撲滅運動の先頭に立っており、本来、この秋の党大会では年齢上は引退するはずなのですが、こういった扱いは王岐山氏が年齢に関する慣例を破って政治局常務委員として続投する「含み」があるのかもしれません。

 習近平主席は、もし自分の第二期政権(2018年の全人代(3月頃)~2023年の全人代(3月頃))まで李克強氏に国務院総理を続けてもらって経済政策を担当させるつもりならば、今年のダボス会議にも李克強氏を派遣したと思います(ダボス会議は「世界経済フォーラム」なんですから)。そうしなかった、ということは、習近平氏は自分の二期目の政権においては、李克強氏に国務院総理をやらせるつもりはない、と考えている可能性があります。というか、今回、ダボス会議に李克強氏ではなく習近平氏が参加することになったことを受けて、世界の多くの人がそう感じたと思います。

 今年(2017年)、中国経済は下記の二つの点で大きな試練を迎えます。

○アメリカにトランプ新大統領が誕生することにより、中国にとってはアメリカから厳しい貿易上の要求を突きつけられることになる可能性がある。

○今年秋の中国共産党大会を前にして、地方政府幹部が国有企業のリストラを嫌がり、むしろ公共事業を拡大することによって無理矢理経済の水準維持を図っていることから、党大会の前後にその「ツケ」が回って来る可能性がある。特に在庫が大量にあるのに建設が進められているマンション等不動産の価格は、おそらくは去年(2016年)10月~12月期がピークであり、今後は価格の低迷が進み、コントロールを誤ると不動産バブルの崩壊を招く可能性がある。

 こうした難しい経済政策が求められている中で、仮に国務院総理を李克強氏から別の人物に替えるとなると、中国は経済の難しい局面を乗り切れなくなる可能性があります。もっとも、に国務院総理が交代するとしても、今年秋の党大会での方針決定を受けて、毎年3月頃に開かれる来年(2018年)の全人代で正式決定することになるので、今から人事交代の準備をしておけば、それほど混乱なく国務院総理の交代は可能かもしれません。ただし、そのためには、国務院総理交代の方針を早めに示すとともに、李克強氏も納得ずくであることを内外に示して無用の混乱を避ける必要があると思います。

 もしかすると、今回のダボス会議の出席者が李克強氏ではなく習近平氏であるということ自体、「国務院総理のスムーズな交代」のひとつのプロセスである可能性があります。その意味で、今回のダボス会議に習近平氏が出席することの意味は、非常に大きいと考える必要があると思います。

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2017年1月 7日 (土)

中国資金流出阻止攻防戦:当局対人民・投機筋

 今年(2017年)の年初、中国からの資金流出が加速し、人民元安が急速に進む懸念がありました。このブログでもそのことを昨年末に書きましたが、中国当局も相当に懸念を持っていたようで、様々な準備を行っており、実際に様々な措置を講じた模様です。その結果、2017年の最初の一週間が終わった段階では、中国当局による資金流出阻止、人民元安阻止の「作戦」は功を奏しているようです。

 中国当局が資金流出加速の防止と人民元の急落を阻止するために行った一連の措置は以下のとおりです。

○個人の人民元売り・外貨買いの兌換措置の手続き厳格化(対中国人民)

 2017年1月6日付け日本経済新聞朝刊7面記事「中国、資本流出阻止に躍起」の中にある「政府、個人にも資本規制」の部分によれば、12月30日、中国上海のある大手銀行の企画担当者は、中国人民銀行から翌日行う個人による外貨購入に関する手続きの新ルールに関する説明会に出席するよう求められた、とのことです。新ルールでは、外貨購入を希望する個人は申請書の提出を義務付けられ、申請書には「海外で不動産や証券、保険を購入してはならない」と明記されている、とのことです。

 この「新ルール」に関して、1月3日に人民日報ホームページ「人民網」の財経チャンネルにアップされた「外国為替管理局が明らかにした:個人の外貨購入において境外(外国及び香港等)で不動産を購入することは認められない、というのは新しい政策ではない」というタイトルの解説記事によると、12月31日の夜、外国為替管理局は「国家外国為替管理局の責任者による個人外貨情報申請の管理に関する記者からの質問に対する答」を発表したのことです。この「答」では「5万米ドルという個人の年間外貨限度額に変化はない。個人が兌換した外貨は海外における不動産購入や投資等の許可されていない項目への使用は認められないことも改めて説明されているが、ここの部分は多くのメディアが誤って伝えているような今年新たに加わった『新しい制度』ではない」ことが説明されている、とのことです。

 中国では、一人当たり年間5万米ドルの外貨への兌換が認められているので、毎年年が明けると限度はリセットされ、各個人は新しい年の分の5万ドル分を外貨に替えることができるようになります。資金流出懸念が強まっている中、多くの中国人民は「5万ドルの限度額が削減されるのではないか」との懸念を持っていたのではないかと思います。上記のように「人民網」に「解説記事」が掲載されたということは、そういった状況の中で年末ギリギリになって外貨購入の際の「手続きに関する新ルール」が示されたので、外貨兌換限度額が減額になったのではないか、という「誤解」が中国国内に広まったことを示唆しています。

○オフショア市場での人民元供給の絞り込み(対投機筋)

 昨年末、「年が明けたらたら人民元相場は急落する可能性がある」との見方があったことから、多くの投機筋が人民元の「空売りポジション」を持っていたようです。

【説明】手元に人民元を持っていない人がどこからか人民元を借りてきてそれを売って外貨を買っておくことを「人民元の空売りポジションを持つ」と言います。このポジションを持っている状態で人民元相場が下落すれば、持っていた外貨で安くなった人民元を買い戻して借りてきたところに返せば、売買の時の相場の差の分だけ外貨が手元に残って儲かることになります(相場が逆に動けば損をすることになる)。ただし、相場が予想したように「人民元安」に動いていたとしても、人民元を借りている期間の金利は払わなければならないので、人民元を借りている間の金利として支払う人民元より、売買で手元に残る外貨の額の方が大きいことが「儲かる」ための条件となります。

 一方、去年IMFのSDR(特別引き出し権)の対象通貨になった人民元ですが、まだまだ「国際通貨」としての地位は確立していませんので、大量の人民元を持っている銀行は香港に立地している中国の国立銀行くらいのものです。従って、中国人民銀行が中国の国立銀行を「指導」すれば、外国に存在する人民元の量をコントロールすることは実態的にできてしまいます(この点が、既に国際通貨としての地位を確立させていたイギリス・ポンドについて投機筋が「ポンドの空売り」でイングランド銀行を打ち負かした1992年のポンド危機の時のイギリス・ポンドと現在の人民元との「立ち位置」の違いです)。

 上記の日経新聞の記事によると、中国人民銀行の意向を受けた中国の国有銀行などが香港での人民元の供給を絞ったため、人民元の流通量が減り、香港銀行間取引金利(HIBOR)翌日物が1月5日、前日の16.9%から38.3%に急騰し、午後には100%を越える取引もあった、とのことです。金利が急騰すると、人民元を借りている投機筋は金利負担が膨らんでしまうので、あわてて損失覚悟で「人民元の空売りポジション」の解消(=外貨売り・人民元買い戻し)をした投機筋が多かったようです。このためオフショア(中国本土外)の人民元対ドル相場は1月4日と5日の二日間で2%上昇し、1月5日の香港外国為替市場の終値は1ドル=6.82元台となりました。

 中国当局は、急速な人民元安が進んだら外貨準備を取り崩してでも「人民元買い・ドル売り」の為替介入をやるつもりだったと思います。ただ、上記の日経新聞の記事によると、あわてた投機筋による「空売りの解消」によってむしろ人民元高になったことから、外国為替市場での中国当局による大規模な「人民元買い・ドル売り」の為替介入は見送られたようです。

○2016年12月末の外貨準備高のコントロール(対市場マインド)

 今日(2017年1月7日)中国人民銀行が発表したところによると、2016年12月末現在の中国の外貨準備高は前月比410億ドル減の3兆105億ドルだった、とのことです。節目の3兆ドルを下回ると、市場の「外貨準備が底をつく懸念」を強めてしまうので、中国当局は12月末の時点で3兆ドルを下回らないように慎重にコントロールした可能性があります。昨年11月9日にアメリカでトランプ氏が次期大統領になることが決まって以降、アメリカ国債の長期金利は継続して上昇傾向にありますが、12月に入ると「一服感」が出ました。もしかすると、12月に入ってから中国が為替介入の原資とするためのアメリカ国債の売却のスピードを緩めたからなのかもしれません(それが12月末時点で外貨準備高が3兆ドルを割らなかった理由かもしれません)。

 今日(2017年1月7日(土))付けの日本経済新聞朝刊7面の記事「人民元基準値0.9%高く 対ドル 中国、05年以来の上げ幅」では、2017年第一週の人民元の対ドル相場が人民元高に推移していることを伝えていますが、その中に「5日はドル全面安という幸運も重なり、香港市場で元が急騰」という記述があります。しかし、アメリカ国債の大量の保有者としての中国は、アメリカ国債を大量に売買することにより、アメリカ国債金利に影響を与えることが可能であり、アメリカ国債金利の上下を通じて、ある程度ドル相場に影響を与えることも可能なので、5日にドル全面安となったのは「幸運」ではなく、中国当局が意図的にドル安(=元高)に持って行きたかったのでアメリカ国債の売りを控えた(あるいはアメリカ国債を買った)からだ、と考えることも可能だと思います。

 もちろん、中国当局と言えども、ドル相場を全面的に、または、長期間にわたりにコントロールする力はありません。しかも、アメリカ国債を売り続けて外貨準備が減ってしまえばコントロールする力も衰えてしまいますので、中国当局も相当慎重に人民元相場と相対していると思います。ただ、1月20日にトランプ大統領が正式に就任して、対中国政策を明らかにするまでの間は、市場で急激な人民元安の状態が起きてしまったり、中国当局による為替介入の形跡が露骨に見えてしまうようなことになったりして、トランプ氏に中国攻撃の口実を与えるような事態はなんとしても避けたいと考えているはずです。

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 最初に書いたように、2017年の最初の一週間は、外国為替市場では人民元安にはならずにむしろ人民元は対ドルで高くなりました。その意味で「中国資金流出阻止攻防戦:当局対人民・投機筋」の第一ラウンドは、今のところ中国当局の「完勝状態」となっています(むしろ効果が「出過ぎた」くらい)。しかし、ここで問題なのは、中国当局が必死になって「人民元安・中国からの資金流出の阻止」の措置を多方面で行っている実態が表面化してしまったことです。「当局が必死になって対応している」ことは、即ち、中国当局自身が中国からの資金流出を真剣に懸念しており、今後の人民元安を恐れていることを示しています。

 多くの中国人民や中国企業は、中国当局自身が「将来安くなるかもしれない」と考えている人民元を持ち続けるのはイヤだと思うでしょうから、認められた限度額の範囲内で早めに外貨に替えておきたい、と考えるでしょう。特に、もし中国国内で不動産バブルが崩壊するかもしれないと考えるのであれば、資産保護のため、早急に中国国内の不動産を売って外貨に替えておきたいと考える中国人民や中国企業もいるでしょう。そうした状況の下で、中国当局の懸念や中国人民の気持ちを利用して一儲けしようと狙う投機筋は、まだまだ今後も機会を捉えて「人民元の空売り」を仕掛けてくるかもしれません。

 1月20日にトランプ氏が大統領に正式就任して対中国政策を明らかにするまでは、中国当局は「現行作戦」を継続すると思いますが、中国国内に「人民の先安懸念」が存在する限り、「人民元安」と「中国からの資金流出」の圧力は掛かり続けます。生産者物価指数がマイナスから急速にプラスに転換した最近の中国の国内経済状況やトランプ氏の当選以降急速に進む人民元安・ドル高による輸入物価の上昇で、今後中国国内でインフレが進む可能性がありますが、「将来のインフレ予想」は「人民元の先安感」を更に強化します。トランプ氏が正式に大統領に就任して以降、「中国資金流出阻止攻防戦」(と裏側で進む「急激な人民元安を避けたい一方外貨準備の急減も避けたい中国当局の神経戦」)は第二ラウンドに入り、まだしばらくは「熾烈な攻防戦」が継続するのだと思います。

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2016年12月24日 (土)

中国からの資金流出と財産保護に対する信頼感

 ここのところ、中国の通貨人民元の継続的な下落と外貨準備の減少、中国国債の金利上昇(価格の低下)を見て、マスコミでも複数の経済専門家が中国におけるトリプル安(株安、通貨安、債券安)や中国からの資金流出のリスクについて強く指摘しています(例:2016年12月20日(火)放送の日経CNBC「昼エクスプレス」における岡崎良介コメンテーター、12月22日(木)放送のテレビ東京「Newsモーニング・サテライト」におけるニッセイ基礎研究所の矢嶋康次氏)。

 一方、たまたまですが、昨日(2016年12月23日(金))付けの日本経済新聞朝刊には、以下の三つの記事が載っていました。

○1面「中国事業2300億円で売却 米マクドナルド CITICなどに」

○15面「農業・乳業 中国で売却 アサヒ、保有資産見直し 十数億円」

○11面「ソニー、工員ストを金銭解決 『供給維持へ現実策』 争議不可避・市場は魅力 中国法人トップに聞く」

 三番目のソニーの件は、広州にある工場を中国企業に売却するにあたって、雇用は守られるにもかかわらず従業員がストを起こしたのだが、それをどのように解決したのか、という話です。上記の三件とも、中国でのビジネスをやめるわけではなく、中国とのビジネス関係は維持しつつ、中国に投下した資本を中国の企業に売却するというものです。各企業の「中国でのビジネスは魅力的だが、中国に巨額の資本を置いておくというリスクは避けたい」という考え方が反映しているように思えます。

 私は、1986年10月~1988年9月と2007年4月~2009年7月の二回北京駐在を経験しています。一回目の駐在の頃、日本や欧米の各企業は、中国への投資開始を真剣に検討していました。またこの頃「話のネタ」として開店したばかりのケンタッキー・フライド・チキンの北京一号店(和平門店)に行った時のことを思い出します(この時点では、マクドナルド・ハンバーガーはまだ北京に進出していなかった)。また、二回目の駐在の時には、北京日本商工会の会議などで中国の拡大する中間所得層を狙った日本の食品メーカーの中国進出の話をよく聞きました。それを考えると、上記のような日米企業の中国からの「資本引き上げ」に関するニュースには時代の流れを強く感じます。たぶん今、中国経済の動く方向性を示す針が大きな音を立てて方向転換をしつつあるのだと思います。

 この「中国経済の方向性の大転換」については、中国企業や中国の人々自身が感じていると思います。昨今、中国企業による外国企業の買収案件をよく聞くのも、中国企業自身が資金を中国国内に置いておくより外国に持っていた方が安心だと考えているからでしょう。最近の報道によると、インターネット上の仮想通貨であるビットコインの取引が急増しており、その取引の9割を中国が占める、とのことです。中国は資本規制が厳しいので、あの手、この手で資金を海外に持ち出そうとしている人が多いようです。

 中国は一昨年(2015年)6月をピークにした「株バブル崩壊」を経験しました。日本では、1989年末をピークとする「株バブル崩壊」のあと、1991年頃をピークとする「土地バブルの崩壊」を経験しました。日本の経験を踏まえて、「上海株バブル崩壊」の二年後の来年(2017年)、中国で「不動産バブル崩壊」があるのではないか、と見る人もいるようです。しかし、日本のバブル崩壊時期においては「日本からの資金流出」といった状況は起きておらず、日本のバブル期を現在の中国の状況にそのまま当てはめて理解することには無理があると思います。

 そもそも中国においては、毛沢東時代の共産主義の理想社会においては「財産は公有」が原則でしたから、私有財産権に関する社会通念自体がまだ「建設途上」です。中国でもマンションの売買は行われていますが、土地について売買されているのは「土地使用権」です(土地の所有権は国または村などの集団にある)。また建物等の物件について法律上明記した「物件法」が制定されたのは2007年でした。中国共産党中央と国務院は、先月(2016年11月4日)、「財産権保護を確立し法に基づいて財産権を保護することに関する意見」を提出しています。個々人の権利関係の基本となる「民法総則草案」については、2016年12月現在、全人代常務委員会で議論中です。明治31年(1898年)に民法が施行され既に120年近くが経過して様々な判例も確立している日本と現在の中国とを単純に比較することはできないと思います。

 土地に関する権利関係も中国においては「発展途上(つまりまだ揺れ動いていて定まっていない)」です。農地に関しては、1978年の改革開放政策の導入以降、所有権は村などの集団にあるのもの「農業生産請負権」は各農民にある、とされてきました。それに加えて、最近の「農業三権改革」により、「農業生産請負権」は「請負権」と「生産権」の二つに分離され、それぞれ別個に貸し出したり、譲渡したり、担保としたりすることができる、とされるようになりました。また、ごく最近、20年の期限付きの「土地使用権」について、手続きなし、延長費用なしで、期限延長が認められたことが中国の新聞で報じられました。マンションが高額で売買される一方で、土地に関する権利関係がその時の政策によっていろいろ変わることが現在の中国では起こりうるのです。中国共産党中央と国務院が先月「財産権保護を確立し法に基づいて財産権を保護することに関する意見」を出したのも、土地を含めた権利関係が今後揺れ動くのではないか、という中国人民の不安感を払拭する狙いがあったものと思われます。

 日本のバブル崩壊期には「日本からの資金流出懸念」はなかったのに、現在の中国において「中国からの資金流出懸念」があるのは、中国国内における「財産権の保護」に関して、外国企業や外国人のみならず中国企業や中国人自身が中国政府(=中国共産党)の政策に信頼を置いていないからだ、と見ることもできます。中国からの資金流出が中国の社会経済に大きな打撃を与えないようにするためには、適切な金融政策のほかにも「中国国内でも財産はきちんと保護されるという中国人・中国企業自身による信頼感が確立されること」が非常に重要だと思います。

(注)中国共産党が革命の過程で、大土地所有者から農地を没収し、資本家から工場や機械設備を没収し、都市部の中小商店から所有権を没収した(ただし営業継続は許可した)のは「共産主義革命」なのですから「当然」だとは言えます。しかし、大土地所有者から貧農に分け与えられた農地は、1949年の中華人民共和国建国後、「農業の社会主義化」の過程で再び農民から召し上げられ公有化されました。その後、1978年の改革開放後には「農業生産請負権は各農民にある」とされましたが、土地開発計画が持ち上がった地方では、一定の補償金を支払った上で農民は農地から追い出されました。「財産権の保護」に関して言えば、中国政府(=中国共産党)は、日本等他の国の政府に比べて自国民・自国企業に圧倒的に信頼されていない、というのが私の印象です(そしてそれこそが中国経済の最大の弱点だと私は思っています)。

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2016年12月18日 (日)

中国不動産バブルに関する中央経済工作会議の議論

 12月14日(水)~16日(金)、中国の中央経済工作会議が開かれました。中央経済工作会議は、毎年12月に翌年の経済政策について議論する重要な会議ですが、今年は「不動産バブルのリスクの防止」が大きな柱のひとつでした(12月17日(土)付け日本経済新聞朝刊8面記事「不動産バブル抑制 前面に 党大会にらみ安定優先 中国、来年の経済運営」参照)。

 中国の不動産バブルの危険性については、もう十年以上も言われ続けて来ていますが、今回経済政策を議論する中国の最高ランクの会議である「中央経済工作会議」で主要議題として議論されたことは、それだけ「不動産バブル」の問題が緊急を要する重要な問題だからでしょう。

 住宅の問題については、去年(2015年)暮の中央経済工作会議でも議論されました。この去年の中央経済工作会議では、2.5億人に上る都市部で働く農村戸籍の労働者(いわゆる「農民工」)を中小都市に誘導して都市戸籍を与えることにより、過剰な住宅不動産在庫を解消させよう、という方向性が議論されました(このブログの2015年12月26日付け記事「中国の『露骨』だけど『素直で正直な』新しい住宅政策」参照)。今年(2016年)の中央経済工作会議では、もっと露骨に「不動産バブルのリスクの防止」について議論されているわけですが、それは、去年の中央経済工作会議で議論した方策があまりうまく進んでいないことを意味していると言えます(今の中国のマンション価格と「農民工」の収入を考えたら、「農民工」にマンションを買わせること自体に無理があることは最初からわかっていることだと思うのですが)。

 現在の中国の不動産バブルの状況を大まかに言うと以下のとおりです。

○大量の「住宅在庫」が存在する(2015年末の段階で建設中のものも含めて21億平方メートル(約6,300万人分)の在庫があり、2016年11月末で(おそらく建設中のものは含まない数字で)6億9,095万平方メートル(約2,000万人分)の在庫がある(いずれも中国中央電視台夜7時のニュース「新聞聯播」での報道による)。

○大都市(北京、上海、広州、深センなど)での住宅価格は急騰している一方、中小都市(中国語では「三四線城市」)では在庫が積み上がっている。

※この問題については、今年10月30日に放送されたNHKスペシャル「巨龍中国 1億大移動 流転する農民工」で、河南省許昌市ではマンションは建っているものの、ほとんど人が住んでいない様子が紹介されていました(このブログの2016年11月6日付け記事「中国の新型都市化計画と農地三権改革」参照)。また、昨日(2016年12月17日)付け「人民日報」1面トップ記事として掲載されいている中央経済工作会議の内容について伝える記事でも「中小都市(中国語で「三四線城市」)の不動産在庫過多の問題を重点的に解決しなければならない」としています。

○マンションを自分が住むためではなく、投資目的で購入する人が多い。

※昨年12月26日付け記事「中国の『露骨』だけど『素直で正直な』新しい住宅政策」で書いたように、2015年12月25日の「新聞聯播」の報道によれば、中国社会科学院の「社会青書」では、都市部住民の91.2%は自分の住宅を所有しているが、一方で19.7%は二件以上の住宅を所有しているとのことです。この件に関し、今回の中央経済工作会議の内容を伝える「人民日報」の記事では、「『住宅は住むためのものであり、投機目的で売り買いするためのものではない』との考え方を堅持する必要がある」としています。

(参考)「住宅は住むためのものであり、投機目的で売り買いするためのものではない」の部分は、中国語では「房子是用来住的、不是用来炒的」です。中国語のわかる人なら、人民日報の超まじめな記事にこうした用語が出てくると「笑っちゃう」と思います。「炒(chao)」は、中華鍋で「炒飯」(chaofan:チャーハン)を炒めるように株やマンションを「売ったり買ったりする」意味の俗語的表現だからです。

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 「人民日報」の記事によれば、中央経済工作会議では、不動産市場について、「我が国の国情に符合し市場に適応した規律的基礎的制度と長期間有効なシステムを急いで検討して確立し、不動産バブルを抑制し、価格の暴騰や暴落の出現を防がなければならない」としています。私が北京に二度目の駐在をしていた2007~2009年頃にもマンション・バブルに対する懸念はありましたが、党や政府の公式な文書で露骨に「バブル」だの「崩壊」だのの文字を見ることはなかったのですが、今回の(2016年の)中央経済工作会議では、相当に「素直に」問題を表現しているようです。それだけ喫緊に対応せざるを得ない問題であると認識されているのでしょう。また「長期間有効なシステム」について言及していることは、今までの対策の多くは「短期間しか効かない」「場当たり的な」対策だったことを中国共産党自身が認めている、と読むことも可能でしょう。

 今回の中央経済工作会議で、不動産市場の安定的発展のために、対策として掲げられているのは以下のような点です。

○自分で住む住居の購入を支持する金融政策を採り、投資性・投機性住宅購入に対する貸出は厳格に制限する。

○人口流動状況に基づいた建設用地の分配を行う。

○地方政府の主体的責任において、不動産価格の上昇圧力の強い都市においては、都市の遊休土地を利用するなど、住宅用地の供給を増加させる。

○大都市の機能移転を促進し、周辺の中小都市の発展を促す。

○賃貸住宅市場に関する立法を加速し、住宅賃貸企業の発展を加速させる。

 これらの政策の一部は、私には「マンション価格が暴騰しないようにマンションをもっとたくさん作れ」と言っているように見えて、不動産バブル対策としては全然対策になっていないように思えます。

 そもそも中国には、日本の固定資産税や相続税に相当する制度がないので、多くの人が自分の資産保全の一環としてマンションを買います。なので、固定資産税、相続税導入の議論があってもよさそうですが、たぶんそれは無理でしょう。固定資産税や相続税の議論を始めた途端、多くの人がマンションを売ろうとして、それこそそれが切っ掛けとなってマンション・バブルが崩壊してしまうかもしれないからです(多くの人はマンションを売って、中国国外に資産を移すでしょう)。また、中国共産党の党員自身が多くの不動産を所有しているわけですが、固定資産税や相続税など中国共産党党員自身の負担を強いることになる制度を中国共産党が決めることはまずできないと思います。

 一方、12月15日付け日本経済新聞朝刊6面の記事「中国、不動産バブル抑制へ 人民銀、金融引き締め」によると、中国人民銀行は、不動産バブルを抑制するため、不動産向け融資の増加ペースを抑えるよう銀行に指導した、とのことです。最近の新規融資の7~8割が住宅ローンで、これが大都市の不動産バブルに繋がっているので、これを抑える狙いがある、とのことです。ただ、住宅ローンの貸出を絞ると、マンションの売れ行きが抑制され、在庫のマンションも減らなくなります。また、この方針は、上記に示すような中央経済工作会議で決まった「価格が高騰する都市では建設用地の供給を増やせ」との方針とは矛盾します。「全国ベースでは大量の在庫が存在する中で、一部の大都市では異常な値上がりが続く状態」である現在の中国の不動産市場をうまくコントロールすることは、既に相当に難しい状況になっているのだと思います。

 なお、不動産バブルに関しては、非常に興味深い記事が12月12日付けの「人民日報」に掲載されていました。12月12日(月)付けの「人民日報」19面に掲載されていた「マンション市場には『崩壊』のリスクは存在しない」というタイトルの不動産企業最大手の万科の総裁である都亮氏に対するインタビュー記事です。「人民日報」では、党や政府で議論される重要な課題について、前もって記事にするケースがよくあるのですが、この記事も、14日~16日の中央経済工作会議で不動産バブル問題が議論されることに関して前もって記事にされたものだと思われます。

 この記事は、実際の不動産売買をやっている万科企業の総裁の発言だけに、現在の中国の不動産市場の状況の一面をよく表していると私は思いました。

 このインタビュー記事の中で、都亮総裁は「今後一年以内に、全国の住宅の契約量は大幅に減少する可能性がある。これまでマンション価格が上昇してきた都市においても、価格が下落する可能性がある」と述べる一方、市場が「崩壊」するリスクは我が国には存在しない、と述べています。

 さらに、都亮総裁は、この記事で以下のようにも言っています。

「人口の集まり方の変化に伴い、都市間のマンション市場の違いが加速している。北京、上海、広州、深セン以外にも、上昇傾向にある都市として合肥、鄭州、武漢など一部の高速鉄道が開通した省都(省政府がある都市)が出てきている。それに反して、長春、瀋陽、大連、唐山などの都市は、万科においても在庫圧力が比較的大きくなっている。一部の小都市(中国語で「四、五線城市」)では、売れない期間が3年~10年のマンションもある。金がないのではない。買う人がいないのだ。」

 この記事は中国共産党機関紙「人民日報」の記事(=中国政府にとって都合の悪いことは書かないはず)であり、この中で万科企業総裁の都亮氏は「マンション・バブル崩壊のリスクは存在しない」と言っているのにも関わらず、私はこの記事は「相当にコワイ」と感じました。「在庫が多くなっている都市」の具体名が出ているし、「10年売れていないマンション」なんて資産価値は相当下がっていると思われるからです。12月12日(月)の上海株式市場の上海総合指数は2%以上下落しましたが、この下落は、この記事にある万科の都亮総裁の発言によって不動産株が下落したのも一因、という見方を伝えた報道もありました。

 2017年後半には第19回中国共産党全国代表大会が開かれます。中国共産党は、党大会が開かれるまではなんとかして不動産バブルが崩壊することを避けるように様々な方策を採ってくると思いますが、逆に党大会までバブル崩壊を防げたとしても、党大会が終わった後どうなるか相当に心配です。2017年は、春に香港の行政長官選挙があって香港政治が混乱する可能性もあるし、アメリカのトランプ新大統領が中国に対してどう出てくるか全くわからないし、来年(2017年)の中国経済は相当に大変なことになることは覚悟しなければならないと私は思っています(それなのに今、日米の株式市場は「トランプ・ラリー」と称してユーフォリア(根拠のない幸福感)状態ですが、これはかなりヤバイと私は思っています)。

P.S.

 アメリカ財務省によると、今年(2016年)10月末時点のアメリカ国債の保有額は、中国が大幅に減って二位となり、減少額が少なかった日本が一位になったとのことです(2016年12月17日(土)付け日本経済新聞朝刊8面記事「米国債保有2位に 中国、為替介入で大幅減少」参照)。この記事では、中国が保有するアメリカ国債を減らしたのは外貨準備として保有していたアメリカ国債を売却してドル売り・人民元買いの為替介入をやったからだ、としています。11月末の中国の外貨準備は大幅に減少していることから、11月も中国はアメリカ国債を大量に売却した可能性があります。ということは、昨今のアメリカ国債の金利の上昇(それによってドル高・円安が進んでいる)の原因のひとつとして中国のアメリカ国債の売却がある可能性があります。そうだとすると、アメリカ国債の金利上昇(とそれに伴うドル高・円安)の一部は、経済の基礎条件(ファンダメンタルズ)に基づくわけではない可能性があります。それを考えても現在の「トランプ・ラリー」と称する現象は要注意だと思います。

 このブログの11月19日付け記事「『トランプ相場』が中国経済に与える影響」で以下のように書きました。

 「もし、仮に『中国がアメリカ国債を売っている』という事実が判明したら、それは『中国当局が損得を考える以上に人民元安を食い止める為替介入の方が重要だと考えている(それだけ人民元安圧力(=資金流出圧力)が強い)』ことを示すことになるので、コトは重大だと思います。」

 既に現時点で「コトは重大」になっているのかもしれません。

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2016年12月10日 (土)

来年(2017年)年初に人民元の急落はあるのか

 トランプ氏がアメリカ大統領選挙で勝利して以来、外国為替市場ではドル高が急速に進みました。中国の通貨人民元もかなり下落しました。しかし、ここのところの人民元安は「ドル高」が原因であって、人民元がドル以外の他の通貨に比べて特段安くなっているわけではありません。実際、日本円と人民元とを比較すると、日本円の方が下落スピードが速いので、トランプ氏当選以降で見れば、人民元高・日本円安の方向に動いています。

 こうした動きの中、2016年11月28日付けの「人民日報」は、18面に「為替レートの変動によって外貨に替える必要はあるのか~ここ一ヶ月強、外国為替市場の変動幅は大きくなっており、人民元の対米ドルの値は連続して下降している~」と題する解説記事を掲げています。

 この記事のポイントは以下のとおりです。

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○最近の人民元の下落の主な要因は米ドルが強くなっていることである。人民元は外貨バスケットの中では基本的に安定的に推移しており、長期的に人民元が下落する理由は存在しない。

○アメリカ大統領選挙の影響を受けて、米ドル・インデックスは短期間に最大6%上昇したが、米ドルは日本円に対しては10%程度高く、ユーロに対しては8~10%高くなっているのに対し、人民元の対ドル下落幅は4.5%程度に過ぎない。

○近年、日本円の対米ドル・レートは年率平均10%超変動しており、人民元の年間変動率はこれに比べれば非常に小さい。もし、年初1ドル=6.5人民元だったとして、それが年末に1ドル=7.0人民元になったとしても、変動率は7%程度であり、必要以上にパニックになる必要はない。

○足もと米ドル・インデックスが連続して100以上になっているのは、今年のFRB(アメリカ連邦準備理事会)の再利上げが念頭にあるからだが、もしこの12月に再利上げがなされても、米ドル・インデックスは上昇したとしてもしばらくすれば一段落すると考えられ、FRBによる再利上げの影響を市場が徐々に消化すれば、今後とも人民元の米ドル以外の通貨との関係は安定的に推移するだろう。

○それぞれの個人は、それぞれの外貨を必要とする度合いに応じて兌換すべきであり、風説によって闇雲に外貨に兌換するのはよくない。もし、短期的に必要性がないのならば、前もって外貨に替えておく必要はない。

○現在、国家外貨管理局は、各人毎年5万ドルを兌換限度額に設定しているが、5万ドルあれば足りないということにはまずならないことは簡単に理解していただけると思う。合理的合法的な必要性があれば、必要証明書類とともに申請すれば兌換することは可能だし、近年は国外でクレジットカードを使って消費した後で人民元で支払うことも可能で、大量の紙幣を持って外国に行く必要もなくなっている。

○外貨建て金融商品もあるが、銀行が元本を保証している人民元建て金融商品(訳注:金融商品は中国語では「理財産品」)の利率は3.5%前後であるのに対し、米ドル建て金融商品の利率は1.5~2%前後であり、外貨建て金融商品の方が利率は低い。また外貨買い・外貨売りの際の為替レートに差がある。従って、金融商品の利率の高低や為替変動による損失リスクを考えると、良質の人民建て金融商品の方を選択する方がよい。

○人民元建て金融商品の収益率は外貨建て金融商品の収益率より依然として高く、市場に出回っている外貨建て金融商品は相対的に少ないので、流動性の点で見ても収益率の点で見ても、人民元建て金融商品は外貨建て金融商品とは比べものにはならない。その上、人民元が大幅に下落する余地は少なく、人民元による投資の収益率が為替下落リスクを超える可能性は非常に大きいので、普通の投資者にとっては、やはり人民元建ての金融商品の方がよい。

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 この記事を読んで、善良なる中国人民は「はぁい。わかりました。『人民日報』が勧めるように、外貨建て金融商品はやめて、人民建て金融商品を買いまぁす。」と思うのでしょうか(この記事は、2013年6月頃、銀行預金より利率の高い「理財商品」がいろいろ問題になったことは全く無視しているようです。また、この記事にある「利率3.5%前後(=預金金利より高い)の銀行が元本を保証している人民建て金融商品」というのがいかなるものなのかは、私は知りません(預金より金利が高いのに銀行が元本を保証している、っていう理屈が私にはわかりません)。

 「どの金融商品を選ぶかは各個人の責任において判断するのが当然。新聞や政府が『投資のやり方として○○した方がよい』などと勧めることは絶対にあり得ない」という「自由主義経済」に慣れきっている世界の人たちからすると、この「解説記事」には「強烈な違和感」を感じると思います。

 私は、最初に北京に駐在していた1988年、ちょうど中国で急激な物価上昇があった頃、「人民日報」に「我が国経済において鉄道輸送の重要性が増してきている」という記事が出てしばらくすると鉄道運賃が値上げされ、「鶏肉の生産が順調!」という称賛記事が出てしばらくしたら豚肉が足りなくなって豚肉が値上げになった(この年、豚肉について配給制が復活した)、という状況を経験しています。そのため、どうしても「人民日報」に記事が出ると、中国共産党宣伝部は、なぜ、今、このタイミングでこの記事を書かせたのだろうか、と「記事の裏側」について思いを巡らせるクセがついています。なので、上の解説記事を読んで「きっと、中国人民の間で人民元の先安観測がかなり強くなっており、人民元を外貨に兌換したり、外貨建て金融商品を買ったりしたいと思う人が増えているのだろうなぁ」と私は思いました。

 そもそも今の急激なドル高は、アメリカのトランプ次期大統領の政策に対する「期待」に基づくものであり、トランプ氏がツィッターにドル高を牽制する発言を書いただけで急激にしぼんでしまうような性質のものである可能性が高いので、上記「人民日報」の解説記事が指摘しているように、人民元が対米ドルで大きく下落するような条件は存在していない、というのは事実かもしれません。ただ、仮に中国人民が「2017年は人民元レートは大幅に下がる可能性がある」と考えているのだとしたら、年が明けて2017年になったら、2017年分の一人5万ドルの外貨兌換枠を使えるようになるので、多くの中国人民が一斉に人民元を外貨に替えようとするかもしれません。上記の「人民日報」の「解説記事」は、そういうことにならないように事前に予防線を張ろうとして書かれたのだ、と考えることも可能だと私は思います。

 なお、ネットで見た12月9日付けのロイター電によると、「中国国家外為管理局は9日、外国企業の利益の『通常の』海外送金は制限しないとの方針を示した。」とのことです。こうした方針が示されたのは、中国国内からの資金流出の拡大を防止するため今後中国当局が外国への送金を制限することになるのではないか、との懸念が外国企業の間で広がっているので、それを打ち消そうとしたことが理由かもしれません。

 また、12月7日に中国人民銀行が発表したところによると、中国の2016年11月末の外貨準備高は3兆516億ドルで、前月末より691億ドル減少し、5年8か月ぶりの低水準となった、とのことです。この外貨準備高の減少は、市場の人民元先安懸念に対抗するため、中国人民銀行が外貨準備を使って「人民元買い・外貨売り」の為替介入を行っているためと考えられます。それだけ、現時点でも、人民元の先安懸念は強いのだと思います。(人民元の先安懸念が強いと、人民元を持っていると損をしてしまうので、中国国内に資産を持っている企業や個人は、早めに人民元を外貨に替えようとするため、市場では人民元売り・外貨買いが活発になり、人民元に下落圧力が掛かります。中国当局が人民元の先安感を払拭するために急激な人民元安を防止しようと考える場合には、この市場の動きに対抗するため、「人民元買い・外貨売り」の為替介入をすることになるのです)。

 日本時間12月15日(木)未明にアメリカのFRBがFOMC(連邦公開市場委員会)の結果を発表します。上記「人民日報」の解説記事で述べているように、仮にFRBが再利上げを決めたとして、年内にドル高傾向の動きが落ち着けばいいのですが、年を越えても「今後もドルがどんどん高くなる」といった雰囲気が残っている場合には、来年(2017年)年が明けたら外貨兌換枠がリセットされた多くの中国人民による人民元売り・外貨買いの動きが強まり、年初に人民元安が急速に進む可能性があります(この場合、米ドルとともに日本円も買われるので、日本円については円高方向に動く可能性がある)。

 中国では、年末までの間、来年(2017年)の経済政策を議論する中央経済工作会議が開かれると見込まれていますが、中国当局には、これから年末・年始に掛けて、現在のトランプ相場による急激なドル高、FRBによる再利上げを通過して、中国人民による年初の外貨兌換請求が急速に強まらないように、うまくコントロールして欲しいと思います。

 それにしても、中国当局が人民元の急落な下落を避けるため「人民元買い・外貨売り」の為替介入をやっている一方で、選挙期間中はいざしらず、当選後の今になっても「中国は為替操作をやってケシカラン」と言っているトランプ氏は、大統領になったらちゃんと経済政策をコントロールできるのかどうか不安ではあります。

(注)「中国の為替操作がケシカラン」という論理は、中国が人民元を市場で決まるレートより不当に安くなるように為替介入をやっているので、中国製品が不当に安くアメリカ市場に入ってきてアメリカの労働者の職が奪われるからケシカラン、という意味です。「中国当局が意図的に人民元を安くしようとしていた」のは改革開放初期(1980年代からせいぜい1990年代)の話であって、今は中国当局はむしろ人民元が急速に安くならないように買い支えしているのが実情だと思います。トランプ氏が「事情はよく知っているが大衆の受け狙いのためにテレビのバラエティー番組のようなノリで『中国の為替操作はケシカラン』と言っている」のならいいのですが、もしこれから大統領になる方が「実は国際経済の現在の実情をよく知らない」のだったら、これは相当にコワイ話だと思います。

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2016年12月 3日 (土)

「メンツ潰し」で始まったトランプ米次期大統領の対中政策

 昨日(2016年12月2日(金))、中国の習近平国家主席は北京を訪問中のアメリカのヘンリー・キッシンジャー元国務長官と会談しました。一方、日本時間今朝(12月3日(土)朝)、アメリカのトランプ次期大統領は台湾の蔡英文総統と電話会談を行いました。

 キッシンジャー氏はニクソン大統領(共和党)の時代に大統領補佐官・国務長官を務めました。1972年のニクソン大統領訪中へ向けての調整の立役者で、現在93歳です。習近平国家主席との会談は、通常ならば「米中関係のかつての功労者による表敬訪問」で済むでしょうが、今のタイミング(共和党候補だったトランプ氏が勝利した後の政権移行準備期間中)を考えたら、共和党におけるアメリカ外交の「レジェンド」的存在のキッシンジャー氏の訪中と習近平主席との会談は、トランプ次期大統領の中国へ向けてのメッセージだと捉えるのが普通でしょう。

 中国側もキッシンジャー氏の訪中をそのように重要なものと考えたからこそ、習近平主席との会談をセットし、かつ、会談の様子を当日(12月2日)の中央電視台の夜のニュース「新聞聯播」で大きく伝えると共に、翌日(12月3日)の「人民日報」1面に写真付きで大きく報道したのでしょう。

 ところがトランプ氏は、習近平-キッシンジャー会談の直後、台湾の蔡英文総統と電話会談を行いました。トランプ氏のツィッターによると蔡英文総統の方から電話が掛かってきた、とのことですが、このタイミングでの蔡英文総統との電話会談は、明らかに習近平-キッシンジャー会談を意識したものだと思います。「トランプ氏は北京と台湾とでバランスをとった」「アメリカの歴代政権の対中政策とは一線を画して既存の枠組みにとらわれないトランプ氏の独自性を示した」という評価もあるのでしょうが、私は「中国のメンツを潰した」という意味で大失策だったと思います。中国側はキッシンジャー氏を大歓迎することによってアメリカ次期政権に対して中国の好意を示したのに、その直後にトランプ氏が「『ひとつの中国』に対する認識」の問題で中国と一定の距離を置く蔡英文総統と電話会談を行ったことについては、中国側が「トランプ氏は中国の好意をあだで返した」と受け取ってもしかたがないからです。

 中国と仕事をしたことのある人なら誰でも知っていますが、「中国側のカウンターパートのメンツを潰さないようにすること」は対中ビジネスにおいて「イロハのイ」です。「最初はハッタリかますくらいの戦闘モードで始めた方が交渉はうまく行く」というのがトランプ流のビジネスのやり方なのかもしれませんが、そういうやり方で中国とうまく交渉をやりきった人の話を私は知りません。

 中国との関係において「中国側のメンツを潰す」のは、相当にしこって、回復には大きな努力が必要です(場合によっては回復不可能となる)。

 日本の例を上げれば、2012年9月、当時の野田総理がAPEC首脳会議の開かれていたウラジオストックで胡錦濤国家主席(当時)と会って話をした際、当時話が進んでいた尖閣諸島の国有化問題について胡錦濤主席から反対する旨の意向表明があったにも関わらず、その翌日に国有化を決定した例が挙げられます。島の国有化がいいか悪いかの問題を別にして、国家主席が反対の意向を示した翌日に国有化の決定を行ったことは、明らかに胡錦濤主席のメンツを潰しました(たぶん中国国内における胡錦濤主席の立場を悪くした)。この時の島の国有化決定のタイミングは、問題を必要以上にこじらせました。当時の野田総理は「中国側のメンツを潰すこと」がもたらすマイナスの影響を過小評価していたと思います。

 トランプ氏の今回の台湾の蔡英文総統との電話会談は、「あまり大陸側の反応を考慮せずに蔡英文総統から掛かってきた電話を受けた」のか「大陸側に牽制球を投げるためにあえて戦略的にこのタイミングで蔡英文総統との電話会談を行った」のか、どちらなのかわかりませんが、前者なら今後のトランプ氏の外交手腕に疑問を投げかけますし、後者だったとしても「中国のメンツを潰した」という点で戦略的には誤りだったと思います。

 キッシンジャー氏と言えば、1971年7月「忍者外交」で秘密裏にパキスタンから北京に入って毛沢東主席と会談して世界を驚かせたことで有名ですが、「NHK・BSドキュメンタリー『証言でつづる現代史~世紀の外交・米中接近~』」(2008年3月9日放送)の中のインタビューでキッシンジャー氏自身が語ったところによれば、ニクソン大統領は、1969年1月に大統領に就任した当初からキッシンジャー氏に対して中国と国交正常化への道を探るよう指示していた、とのことでした。

 ニクソン大統領の最大の政策課題は「ベトナム戦争からアメリカが名誉ある撤退をすること」でしたが、アメリカが当時ソ連と鋭く対立していた中国と接近することはベトナムを強く牽制することになるので、ベトナム戦争終結を有利に進めるためにニクソン大統領は中国との接近を計ろうとしたのでした(詳細は、このブログの画面の左側にある「中国現代史概説の目次」をクリックして、ブログ内にある「中国現代史概説」の中の「ニクソンによる米中接近への動き」を御覧ください)。

 ヘンリー・キッシンジャー氏と言えば、このようなニクソン大統領の「国際戦略」を実際に実行した人物として歴史に名を残しているのです。トランプ次期大統領も対中政策を始めるに当たってキッシンジャー氏という「米中関係における重要な顔」を利用したわけですが、ニクソン大統領のような深く考え抜かれた戦略をトランプ氏も持っているかどうかは、今のところはなはだ疑問であると言わざるを得ません。

 「メンツを潰す」ということは中国との関係においては、ほとんど致命的なので、トランプ氏が大統領を務めている間は、米中関係は修復できないかもしれません(逆にトランプ氏が大統領を退いた時点で、後任者が誰であろうと、手のヒラを返したように中国は米国との関係を修復させる可能性があります(1972年6月に佐藤栄作総理が辞めて田中角栄総理に代わった途端に関係が急転し、たった3か月で国交正常化まで持っていった日中関係の前例があります)。少なくともトランプ氏は2020年までアメリカの大統領をやることになるわけですので、その間、冷却状態が続く米中関係の中で日本はどういう立ち位置を採るべきか、今から考えておく必要がありそうです。

P.S.

 今年(2016年)、欅坂46が「サイレント・マジョリティー」という曲でデビューしました。この曲の作詞者の秋元康氏と私は同年代ですが、この年代の人なら「サイレント・マジョリティー」という言葉を「どこの国の大統領が、どういう場面で使ったか」は誰でも知っていると思います(「サイレント・マジョリティー」という言葉は、1969年11月、当時ベトナムからの即時撤退を主張するベトナム反戦運動のデモが激しく起こる中、ニクソン大統領が演説の中で「デモに参加していない『もの言わぬ多数派』(サイレント・マジョリティー)の皆さんに呼び掛ける」という文脈で使った言葉です)。

 ベトナムでの戦況やベトナムとの交渉が難航する中、1972年12月にはB52による大規模な「北爆」を実施するなど、ニクソン大統領のやり方には多くの批判がありますが、ニクソン氏が1968年の大統領選挙の期間中から訴えていた「ベトナムからの名誉ある撤退」を実際に1973年1月に実現したことについては、歴史家は一定の評価を与えるだろう、と私は思っています。キッシンジャー氏の「忍者外交」と米中接近は、このニクソン大統領の「ベトナムからの名誉ある撤退」の戦略の一環だったわけですが、2016年年末に至って、またまた93歳のキッシンジャー氏が現実の国際外交における役者として登場するとは私は思ってもみませんでした。

 秋元康氏が「サイレント・マジョリティー」という曲を作ったのは、今年7月の参議院選挙で選挙年齢が20歳から18歳に引き下げられたことを受けて、若い世代に「自分の政治的意見はきちんと表明しろ。サイレント・マジョリティーにはなるな。」というメッセージを伝えたかったからだと思います。そして今回、年末に至って、習近平-キッシンジャー会談とトランプ-蔡英文電話会談が再び米中関係を巡るニクソン大統領の戦略を思い起こさせることになったわけです。流行語大賞にはならなかったけれど、「サイレント・マジョリティー」は今年(2016年)のひとつのキーワードだったと言えるでしょう。秋元康氏が「現実の国際政治の舞台へのキッシンジャー氏の再登場」まで予想していたとは思えませんが、秋元康氏が持つ「時代を見る目の鋭い勘」には感心させられます。

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2016年11月26日 (土)

中国の「地方政府の債務リスク応急処置事前対策」

 「人民日報」は2016年11月15日付け紙面の2面で、この日の数日前に国務院弁公庁が発した「地方政府の債務リスク応急処置事前対策」について解説をしています。

 私はパッと読んで「こういうケースの問題が起きた時にはこのように対処する」というような明確なイメージがさっぱり湧かないのですが、「地方政府の債券は、地方政府が法に基づいてその全ての償還責任を負う」とありますので、「地方政府は借金でクビが回らなくなったからと言って、中央政府を頼ってはいけないぞ」と言っているのだろう、ということはわかります。本当はそんなことは改めて国務院弁公庁の文書で明記されなくても「当たり前」だと思うんですけどね。

 このタイミングでこのような文書が出されたのは、実際に地方政府の債務リスク問題の具体的案件が発生する可能性があると中国政府自身が認識している(具体例の発生リスクが結構差し迫って高まってきている)ことを示している点で重要だと私は思います。

 この件を含め、中国の地方政府の借金については、日本経済新聞が11月23日付け朝刊6面の記事「中国『隠れ借金』拡大 地方政府、債券発行27兆円 中央政府管理強化へ」と題する記事で解説しています。

 中国の地方政府の債務問題については、かなり前から問題視されて来ました(例えば、ニューズウィーク日本語版2012年10月18日付け記事「不良債権 中国金融が抱える時限爆弾」参照)。地方政府自身による債券発行が認められていなかった時期にも「融資平台」と呼ばれる組織を作ってそこが借入を行う形にした「借金」が多額に上ったりしていたからです。2013年6月頃に「影の銀行」「理財商品」などの問題がクローズアップされた時など何回も「どうやって解決するのか」との懸念が持ち上がったのですが、そのたびに様々な形での借り換え等によって「解決されたように見える」状態が続いています(私は単に先延ばししているだけで、全然解決されていない、と思っていますが)。

 中国の地方政府は、「土地は公有」という社会主義体制の「特色」を活かして、一定の補償金と引き替えに農民から土地を収用して開発業者に売ることで多くの収入を得てきました。なので恒常的な税収基盤は脆弱であり、中国の地方政府が全ての借金を返済することはできないだろうと思っています。だとすると将来起こり得る事態は次のいずれかだと思っています。

○金融危機:借金を返せなくなった地方政府が出てきた場合、そこへ資金を提供していた銀行が破綻したり、「理財商品」等の形で間接的に投資していた一般市民が損害を被る。

○中央政府による肩代わり:最終的には人民元の発行主体である中国人民銀行が破綻した地方政府の借金の肩代わりをする。これは借金返済を通じた一種の「ヘリコプター・マネー政策」になるので、これが乱発されると、人民元は暴落し、中国国内は強烈なインフレに襲われる。

 日本銀行は既に大量の日本国債を購入しているのだから中央銀行が中央政府の借金を実質的に肩代わりしている日本の方が中国より既に「タチの悪い状態」になっているのだ、との考え方もありますが、日本政府の場合、税収と支出の状況はハッキリしており、税金をいくら上げて、支出をいくら切り詰めれば状況は改善する、という計算をすることはできます。しかし、中国の地方政府の場合、「公有の土地を売って収入を得る」ことに代替できるほどに今後税収を上げることができるとはとても考えられず、借金を返せるメドはどうやっても立たない、と私は見ています。

 世界の多くの人は「中国共産党ならなんとかやってくれるはず」と思っているのでしょうが、たぶん誰も(中国共産党自身も)「どうすれば『なんとかなる』のか」はわかっていないと思います。アメリカのトランプ次期大統領は「中国製品に45%の関税を掛ける」などと勇ましいことを言っていますが、中国経済が破綻したら全世界が困ります。世界は、もっとこの「中国の地方政府の債務リスク」を強く認識して、遠慮しないで中国共産党に言うべきことは言って、協力すべきことは協力して、地方政府の債務リスクの累積が破滅的な結果を招かないような方策を探る必要があると思います。

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2016年11月19日 (土)

「トランプ相場」が中国経済に与える影響

 ドナルド・トランプ氏がアメリカの次期大統領になることが決まった日(日本時間2016年11月9日)以降、世界のマーケットは急激な変化を見せています。選挙以前は、トランプ氏が選挙で勝利すれば、経済政策や安全保障政策に対する不透明感から、投資家のリスク回避姿勢が強まり、各国の株価は暴落、外国為替市場では安全通貨の円が買われて急激な円高が進む、と言われていました。

 しかし、実際は全く異なる状況になっています。昨日(2016年11月18日(金))時点での状況は以下のとおりです。

○アメリカ国債の金利が急騰した(10年物国債金利が大統領選挙前日の1.8%から急騰し11月18日(金)は2.35%で引けた)。

○外国為替市場では、米ドルの独歩高が進み、メキシコ・ペソ、インドネシア・ルピア、マレーシア・リンギット、ブラジル・レアルなどの新興国通貨が急落した(日本円は、対米ドルでは急速な円安となった)。

○アメリカ、日本やヨーロッパ先進国の株価が急騰した。新興国の株式市場は急落したところが多い。中国の株価指数(上海総合指数)は、緩やかに上昇傾向にある。

○中国の人民元も下落したが、人民元は、米ドル、ユーロ、ポンド、日本円などのバスケットに対して基準値が定まるのであり、ドルが独歩高になれば、人民元は対ドルでは必然的に「ドル高・人民元安」になるので、人民元の下落は不自然ではない(新興国通貨に比べると、それほど急激な下げではない、とも言える)。

 市場が事前予想と異なる方向で動いている原因としては、「トランプ氏は実際に大統領になった後は選挙期間中とは異なり相当に『まともに』なるのではないか」「上下院を共に共和党が制したことにより、トランプ新大統領はビジネスに有利な政策を打ち出しやすくなるのではないか」「トランプ氏が主張してきた減税やインフラ投資拡大が実際の政策として実行されれば、アメリカ経済には非常にプラスに働くのではないか」といった期待が強まったからだ、と考えられています。

 アメリカ国債の金利が急騰し、米ドルが他の通貨と比較して急速に高くなると、新興国に投下されてきた資金がアメリカに還流するので、新興国経済が打撃を受けることになります。しかし、中国に関して言えば、上に書いたように、人民元は急速に下落はしていますが、「ドルが上がれば人民元はこの程度下がるのは必然」といった想定の範囲内に留まっています。また、中国の株式市場は下落していません。なので、今回のアメリカ大統領選挙後の急激な市場の変化(新聞等では「トランプ相場」と言っています)は、今のところ中国に対して大きなマイナスの影響は与えていないように見えます。

 しかし、私は、この「トランプ相場」は、今後(早ければ年内、おそらくは2017年前半)に中国経済に大きな影響を与え、場合によっては、それが「中国発の世界経済波乱」を巻き起こす可能性があるのではないかと思っています。

 ここで思い出すべきは、2013年5月~6月に起きた「バーナンキ・ショック」です。アメリカFRBの当時のバーナンキ議長が議会証言で量的金融緩和第三弾(QE3)の縮小(いわゆる「テーパリング」の開始)を示唆したことから、世界の金融界の動揺を招き、新興国からの急速な資金の引き上げが起きました。これが「バーナンキ・ショック」です。日本でも、2013年5月23日、当時「アベノミクス」で浮かれていた東証日経平均株価が一日で前日比1,143円28銭も下落したので、ご記憶の方も多いと思います。

 「バーナンキ・ショック」は、たまたま中国政府が「偽装輸出」による国内への不法な資金流入に対する取り締まりを強化していたタイミングと重なったことから、中国に対しては中国国内での流動性の急激な枯渇による金融の大変動をもたらしました。当時、中国当局が「影の銀行」や「理財商品」といった不透明な金融システムをコントロールしようとしていたことも背景にありました。この頃(2013年6月頃)、上海銀行取引金利(SHIBOR)が急騰したり、上海総合指数が急落したりしました。この時、中国人民銀行は、大量の流動性を市場に供給して、この事態を切り抜けました(「バーナンキ・ショック」直後の中国の状況については、このブログの2013年7月頃の記事を御覧ください)。

 「バーナンキ・ショック」は、結果的に中国に危機をもたらすことはありませんでしたが、この時(2013年6月頃)に垣間見せた中国の金融事情の脆弱性は、世界の市場関係者の記憶に残りました。それが、2015年8月の人民元切り下げや上海株急落を切っ掛けとした「中国発世界同時株安」の背景にあった、と私は認識しています。

 今回(2016年11月)の「トランプ相場」は、「バーナンキ・ショック」とは異なります(特に「トランプ相場」によるドル高や先進国での株高は「バーナンキ・ショック」時の反応とは全く逆)。ただ、12月のアメリカFRBによる再利上げ実施観測とも相まって、新興国からアメリカへの資金の還流、という点では、「バーナンキ・ショック」と似た側面もあります。

 中国に関しては、「バーナンキ・ショック」の時は中国国内では2008年のリーマン・ショック後の「四兆元の経済対策」の余韻がまだ残っていて投資の過熱状態が続いており、外国から中国国内への投機資金の流入が問題視されていました。また、当時は習近平-李克強体制が始まったばかりで(正式には2013年3月の全人代から新体制がスタートした)、改革に対する期待もありました(この頃、期待されていた改革に対して「リコノミクス」という言葉が生まれました)。

 しかし、今(2016年)は、来年(2017年)後半の中国共産党大会へ向けて、中央も地方も「無理をして経済を膨らませている状態」です(習近平主席と李克強総理の不仲が明白になったことから、「リコノミクス」という言葉も死語となってしまいました)。

 今は、資金の流れに関しては、将来の人民元安観測が強いことから、中国国内から外国への資金流出の圧力が強い状態になっています。中国経済の先行きが明るいならば、投機資金は中国国内の成長が期待される部分に集まるはずですから、そうではなく資金の海外流出圧力が強い、ということは、とりもなおさず、中国の人々自身が「中国経済の今後は明るくない」と思っている証拠だと思います。

 現在のところ、中国のGDPは対前年比プラス6.7%のレベルであり、数字上は「巡航速度」のように見えますが、輸出が対前年比で10%も減少する状態が続いていることを考えれば、現在の中国経済は「不自然に無理して健全さを保っているかのように見せている状態」であるように思えます。それを示す具体的な例を日本経済新聞が最近連日のように報じています。いくつか掲げれば以下のとおりです。

○2016年11月18日(金)付け朝刊19面記事「最高水準に迫る原料炭 中国に投機資金、騰勢拍車 政府、取引規制を強化」

【解説】中国政府は過剰生産削減のために石炭の生産を削減しましたが、一方で、マンション建設等は進めていることから、マンション建設等に必要な鉄鋼は生産する必要があり、鉄鋼業の方では生産の削減は進みませんでした。このため、製鉄に必要な原料炭が不足し、今年(2016年)後半、原料炭価格が高騰しています。この記事では、このような実際の需給関係に加えて、中国の投機資金が原料炭先物市場に入っているため、更に原料炭価格を急騰させている、との見方を指摘しています。この原料炭価格を巡る一連の動きは、生産削減の実施が石炭業と鉄鋼業とでちぐはぐであることを示しており、中国政府の経済政策遂行能力に問題があることを示しているのではないか、と私は見ています。

○2016年11月19日(土)付け朝刊9面記事「中国の車市場 減税バブル 新車販売3,000万台目前に 需要先食い、地元勢に焦り」

【解説】中国での新車販売は現在好調だが、これは2015年10月に導入された小型車減税(2016年内に打ち切り予定)による「需要の先食い」による「バブル」ではないか、とこの記事では指摘しています。中国メーカーの10月の新車販売が浙江吉利控股集団では対前年同月比94%増、長城汽車では31%増となっているのは「異常ともいえる」とこの記事では指摘しています。

 一方、次の記事も気になります。

○2016年11月19日(土)付け朝刊6面記事「中国住宅価格 勢い鈍る 深セン・成都 下落に転じる 10月前月比 購入制限が影響」

【解説】日経新聞では「伸びが鈍った」ことを強調していますが、ロイターによれば住宅価格は対前年比で見れば深センが31.7%上昇、上海が31.1%上昇、北京が27.5%上昇だとのことです。昨年末の段階で「住宅は需要二年分の在庫がある」とされていながら、価格が高騰し続けているのは、住宅価格が実需とは関係なく、投機目的で売買されているからでしょう。「投機目的の売買」とは「値段が上がると思うから買う」という状態ですから、日経新聞が指摘しているように「住宅価格 勢い鈍る」状態になったのであれば、今のような「住宅に関するバブルのような状態」は近々終了するのかもしれません。

 中国の貿易統計を見る限り、今の中国経済が「好調」であるとはとても思えません。一方で、来年(2017年)後半の中国共産党大会へ向けて、党中央、地方政府、国有企業のいずれもが「今は無理をしてでも経済を活発な状態に維持していなければいけない状態」にあります。しかし、無理して底上げした経済の状況を長続きさせることは困難です。そのため、私は、来年の中国共産党大会が終わった時点で中国経済は失速してしまうのではないか、と懸念していました。しかし、今回、「トランプ相場」によって急激なドル高が進んでいる現状を考えると、人民元の先安感が強まり、資金の中国国内からの流出圧力が強まることにより、「中国経済の失速」は、2017年後半の中国共産党大会の後ではなく、2017年前半にも発生するのではないか、と思うようになりました。

 特に、中国当局が、人民元安を食い止めるために外貨準備を使って「ドル売り・人民元買い為替介入」を強化することになった場合、仮に外貨準備として持っていたアメリカ国債の売却を増やすようなことがあれば、それはアメリカ国債の価格低下(金利上昇)をもたらし、更なるドル高を加速する、という悪循環を招く可能性があります。

 この点について、今日(2016年11月19日(土))付け日本経済新聞夕刊2面の「ウォール街ラウンドアップ」の欄の記事「米金利上昇、中国はどう動く」の中では、米国駐在の日本の外交官が「今の中国には、米国債を買う動機はあっても売る動機はない」と言っていることを紹介しています。アメリカ国債の金利が上がる(価格が下がる)のであれば、豊富な外貨準備を有利に運用したいと考えている中国にとって、アメリカ国債は買った方が得だからです。もし、仮に「中国がアメリカ国債を売っている」という事実が判明したら、それは「中国当局が損得を考える以上に人民元安を食い止める為替介入の方が重要だと考えている(それだけ人民元安圧力(=資金流出圧力)が強い)」ことを示すことになるので、コトは重大だと思います。

 新聞等では「トランプ相場」は、1980年代前半の「レーガノミクス」や2012年暮以降の「アベノミクス」の再来だ、といった言い方をする人もいるようですが、私は「トランプ相場」は「レーガノミクス」や「アベノミクス」とは全く異なると思っています。それは世界第二位の経済大国である今の中国の状況が「レーガノミクス」や「アベノミクス」の頃とは全く異なるからです。今は、上に書いたように3年前の「バーナンキ・ショック」の時を思い出しながら、「トランプ相場」が中国経済にどのような影響を与えるのか、注意深く見ていく必要があると思っています。

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2016年11月13日 (日)

中国を見ながら「人間はみな平等」を考える

 アメリカ大統領選挙で共和党候補のドナルド・トランプ氏が当選しました。6月のイギリスのEU離脱を決めた国民投票とこのアメリカ大統領選挙の結果は、多くの人に「まさか!」という気持ちをもたらしました。もしかすると、これらは歴史の大きな流れの転機一つであり、2016年は後年の歴史家に「イギリスとアメリカで変化が表面化した歴史的な年だった」と言われる年になるのかもしれません。

 「歴史的変化」とは、「17世紀、18世紀に始まった『人間はみな平等である』という価値観に基づく西欧型民主主義システムの変質」です。現在の西欧型民主主義システムが18世紀イギリスの「ピューリタン革命」「名誉革命」、18世紀のフランス革命やアメリカ独立戦争などの市民革命で始まったことを考えると、2016年、イギリスとアメリカの選挙で大きな変化が現れたことは象徴的な出来事だったのかもしれません。

 もともと17世紀、18世紀の市民革命では、王侯貴族と一般市民が生まれた時点で権利が異なるのはおかしい、という考え方から出発しました。現代では「人間は生まれた家系や生まれた場所、人種、宗教、性別などで差別されてはならない」という理念は普遍的価値だと考えられています。

 一方、イギリス国民投票でのEU離脱決定の背景には、移民の増加により職を奪われるのを嫌ったイギリス国民の考え方が背景にあると考えられます。アメリカでトランプ氏が当選したのも、アメリカ企業が海外に工場を移転して雇用がアメリカ国外に流出したことやアメリカに流入する移民によりアメリカ国内の雇用を奪われたことに怒った労働者層がこれまでの政治のやり方に反発したからだ、と言われています。

 「人間はみな平等である」という考え方に立てば、外国の労働者であろうが移民であろうが、その人たちが安い賃金でもよいから働きたい、と考えるのであれば、それらの人々に職が与えられるべきです。同じ仕事をやっているのにイギリス人やアメリカ人には高い給料を払い、外国人や移民には安い給料しか払わない状況を是認する考え方は「人間はみな平等」という基本理念に反します。もし「人間はみな平等」という基本理念をやめる方向に向かうのならば、それはもはや「西欧型民主主義システムの変質」と言わざるを得ないでしょう。

 長年、中国に関係する仕事をしてきた私にとって「異なる国の国民(日本人と中国人)の賃金が違う」という状況は日常的な風景でした。ただそれは、中国の経済がまだ発展途上であり、中国の人民元レートが相当に割安に設定されているため、中国人労働者がもらう人民元建ての給料を日本円に換算すると安くなってしまうだけでの話であって、将来、中国経済が発展して人民元レートが適切に調整されれば、「日本人の給料は高い。中国人の給料は安い」という「不平等」はなくなると思っています(実際、シンガポールについては、日本人とシンガポール人の間の賃金の違いは現在ではほとんど意識しない程度のレベルになっていると思います)。

 国によって経済発展の度合いが違うので、「異なる国の国民の賃金が違う状況」はどうしても発生してしまいます。その結果、同じ仕事なら、雇用は賃金の高い先進国から賃金の低い発展途上国へ流出します。ただ、「先進国の雇用を守るために賃金の安い発展途上国の労働者には仕事をさせない」といった方策は何の解決にもなりません。そうした施策は発展途上国の経済発展を阻害し、結果的に世界全体にマイナスになります。

 日本と中国を考えた場合、1972年の日中国交正常化以来、日本の製造業のかなりの部分が中国に移転しましたが、その結果、中国の経済が発展し、多くの中国人が豊かになったので、最近に至っては、多くの中国人が日本製の紙おむつを買ったり日本に観光に来てお金を落としたりしています。日本の人はそれをよく知っているので、発展途上国に雇用を奪われるのは困る、とはイギリス人やアメリカ人ほど考えていないのかもしれません。

 1980年代前半、私は日中の通商貿易に関する仕事をしていましたが、当時、中国の絹織物が大量に日本に輸入され、日本国内の絹織物業者が困る、という通商摩擦がありました。政府間や業界でいろいろな話し合いが行われ、急激な(集中豪雨的な)輸出は避けられるようなりましたが、中国から日本への絹織物の輸出を禁止する、というような話にはなりませんでした。日本の絹織物業者も中国というライバルが現れた以上、そうした競争環境下で自分たちも変化せざるを得ないと考えたのだと思います。

 私は1988年に西安郊外の絹織物の刺繍工場を見学したことがあります。この工場では、中国産の絹織物に日本のデザイナーが指定したデザインで中国の若い工員さんたちがきれいな刺繍を縫い込んでいました。製品はすべて日本に輸出されて新しいデザインの和服になる、とのことでした。こういった工場が中国に出現したことにより、たぶん何人かの日本の刺繍職人は職を失ったかもしれませんが、日本側はデザインや新しいタイプの和服の企画などを担当し、刺繍作業は中国の工場に任せることにより、より安い和服の生産が可能になりました。結果的にこういった日中分業は和服の生産を進化させたと思います。一方、日本の絹織物業界の方々は、外からは見えない様々な苦労をされてきたのだと思いますが、西陣織とか大島紬とか、日本古来の伝統の織物はブランド化されて生き残っています。

 発展途上国に雇用が移っていく過程で、先進国側も変化せざるを得ません。その変化は、結果的には、発展途上国の国民と先進国の国民とが平等化する過程の一部です。ただ、その変化においては、先進国側では旧来型の雇用が失われるという「痛み」を伴いますが、その「痛み」を緩和する方策を講じるのが政治の役割だと思います。「痛み」を避けるために発展途上国への雇用の移転を拒否し、自らが変化するのも拒否することは、世界経済の発展にブレーキを掛けるだけです。イギリスもアメリカも、痛みを避けるために自ら変化することをやめて先進国と発展途上国との間の不平等な現状を固定化する方向に動くのではなく、「人間はみな平等である」という基本理念の看板を下ろすことなく自国内に生じる「痛み」に対する緩和策を講じながら、自らも変化していって欲しいと思います。

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2016年11月 6日 (日)

中国の新型都市化計画と農地三権改革

 先週日曜日(2016年10月30日)NHKスペシャル「巨龍中国 1億大移動 流転する農民工」が放送されました。NHKスペシャルの「中国もの」はいつもタイムリーで優れたものが多いのですが、今回のものは現在の(2016年時点での)中国のホットな状況と問題点を的確に指摘した点で注目すべきものだと思います。

 この番組には非常に重要な点が含まれているので、私の個人的観点から解説してみたいと思います。

(なお、以下、番組の内容を紹介することになりますので、一種の「ネタバレ」となります。番組を見なかった方でも、現在、パソコン等で見られる有料サービス「NHKオンデマンド」で配信されていますので、そちらで見ることも可能です)。

○河南省鄭州市の農民工居住区「陳砦(ちんさい)地区」の再開発

 番組によれば、今年(2016年)7月、鄭州市は、農民工居住地区「陳砦地区」を再開発するため、「陳砦地区」に住んでいる農民工たちに対し、約1か月後を期限とした立ち退き指示を出した、とのことです。中国の場合、都市部の土地の所有権は国にあるで、「大家さん」である行政側が指示すれば、土地を借りて住んでいる住民は立ち退かなければならないのです。

 中国の行政担当者の感覚からすれば「中国では当たり前」のことかもしれませんが、こうした行為は「賃貸住宅の住民は大家さんの意向があった場合は、いつ何時でも立ち退かなければならない」との認識を中国人民に再認識させ、「賃貸住宅に住むリスク」を意識させることになります。

 中国では、買い手の付かないマンション(マンション在庫)が大量にありますが(下記注参照)、私は、最終的には中国政府(中央政府及び地方政府)は売れ残りのマンションを買い上げて賃貸住宅にするのではないかと思っています。そうなった場合、中国人民の中に強く存在する「賃貸住宅に住むリスクの感覚」は、そのような中国政府の賃貸住宅拡充施策の妨げになると思います。

(注)去年(2015年)12月25日(金)の中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」の解説によれば「現在建設中のものも含めると21億平方メートルの住宅不動産の在庫がある。この数字は、もし仮に今後全く住宅の建設が行われなかったとしても、2年間、住宅の需要をまかなえる数字である。」とのことです(このブログの2015年12月26日付け記事「中国の『露骨』だけど『素直で正直な』新しい住宅政策」参照)。

(なお、「大家さんには住民を追い立てる権利がある」という考え方は、日本にも江戸時代からありました(古典落語の「三軒長屋」に出てくる)。それではあまりに借家人が気の毒だ、ということで日本では借家人の権利を守るように法律改正がだんだんになされてきましたが、借家人の「居住権」が最終的に守られるようになったのは、1992年8月に施行された借地借家法によってですので、日本でもそれほど古い話ではありません。)

 番組では「陳砦地区」を再開発した跡地に何を作ろうとしているのか紹介していませんでしたが、おそらくはマンションか商業施設を作ることになるのでしょう。問題は、新しく作ったマンションを買う人がいるのか、新しく商業施設を作った場合に集まる客がいるか、ということです。私は北京に駐在している間(2007年4月~2009年7月)、夜になっても電灯がほとんど付かないマンションや立派だけどお客がほとんどいなくてガランとした商業施設をいくつも見ました。オリンピック前後の北京でそうだったのですから、今の鄭州では大丈夫なんだろうか、と思ってしまいます。少なくとも「陳砦地区」を追い出された農民工たちが、新しくできたマンションを買ったり、新しくできた商業施設に客として出入りしたりすることはないだろうなぁ、ということは容易に想像ができます。

○鄭州市から最終的には故郷の農村に帰った項さんのケース

 「陳砦地区」で小さな食べ物屋さんをやっていた項さんは、最初は、故郷の農村に帰って農業をやろうと思いました。しかし、故郷の農村では、こどもの数が減ったために幼稚園が閉園になっており、項さんは自分のこどもを幼稚園に通わせることができないことがわかりました。そのため、河南省内の中小都市・許昌市で食べ物屋さんを続けられないか物件を見て回りました。でも、空いている物件がある場所は、周辺にマンションは建っているものの、ほとんど人は住んでおらず、お客が多く来る見込みがないので、あきらめて結局は故郷に帰って農業をやることにしました。

 項さんは、農地があり、農業ができるのだから家族を食わせるには困らない、と言っていましたが、たぶん生活レベルは鄭州市にいた時よりは下がるでしょう。というのは、項さんは、鄭州市に出稼ぎに行った方がよい生活が送れるからこそ鄭州市に出ていたと思われるからです(一般に農業は他の産業に比べて労働生産性が低いので(同じだけ働いても得られる収入が少ないので)、どこの国でも、いつの時代でも、農村を出て都会で働きたいと思う人は多い)。

 最終的に項さんは故郷の農村に住むことにしましたが、鄭州から帰って来た家族が住むためには古くなった実家を改築する必要があり、その改築のために、鄭州で30年間にわたって貯めた150万円(10万元)以上を全部使ってしまうことになったそうです。それを考えても、項さんの生活レベルは鄭州にいた頃よりは下がってしまうことになるのでしょう。項さんのような人が中国全土にたくさん増えれば、結果的に、中国全体の消費が減ってしまい、中国の経済活動が全体的に低調になってしまうことになります。

 この項さんのケースで「中小都市の許昌市で店を開こうと思ったけれども、お客が来る見込みがないのであきらめた」という部分は非常に重要なメッセージです。番組でも紹介していましたが、今、中国政府は、大都市にいる農民工を中小都市に移住させ、都市戸籍を与えて定住させようという計画「新型都市化計画」を進めています。そのため、中小都市でのマンション建設等が盛んに行われているのですが、問題は中小都市に移住した農民工(都市戸籍を得れば「農民工」とは呼ばれなくなるのですが)の職はあるのか、という点です。中小都市において、マンションや道路などの建設が行われている間は、建設工事のために労働力は必要ですが、製造業などの産業が育っていなければ、農民工だった人々を中小都市に集めても、定職を与えることはできません。

 かつての沿岸部や揚子江流域ならば、外国への輸出を想定した労働集約型製造業の工場を建てることで大量の労働力を吸収できましたが、許昌のような内陸部の中小都市では、都市に集まった大量の「元農民工」を食わせるだけの産業が将来育つという見込みを立てるのは難しいと思います。この番組では、今、そうした中小都市でマンション建設等が次々に行われ、そこにこれまで株式等に流れていた投資マネーが流れ込んでいる、と紹介していました。もし、現在の(2016年の)中国経済の「持ち直し」がこうした中小都市でのマンション建設(及びそのために必要な鉄鋼やセメントの生産)に支えられているのだとしたら、一定期間終了後(たぶん来年(2017年)秋の党大会が終わったら)これら「経済の持ち直し」は夢のごとく消え去ってしまうことになるでしょう。それとともに流れ込んだ投資マネーによるバブルははじけることになります。

○鄭州市内の別の場所に住むことになった李さんのケース

 「陳砦地区」で惣菜屋さんをやっていた李さんは、病気の父親の病院通いとこどもの教育のために鄭州市の別の場所に住むことにしました。住む場所として中古マンションを買うことにしましたが、李さんはその資金として、故郷の農村にある「自分の農地」を担保にお金を借りることにしました。番組によれば、0.5haの農地を担保にして450万円(30万元)を借りるとのことでした。

 中国では、農地の「所有権」は村などの集団にあり、農民にはありません。李さんが担保にしようとしたのは、農地の「請負生産権」あるいは「農業経営権」です。

 中国では、文化大革命時代の「人民公社」の制度では、農民は「人民公社の社員」であり、農地に対する権利はありませんでした。1978年の改革開放後、「人民公社」は解体され、農民は農家ごとに分配された「生産請負」に応じて自分の裁量で農業経営ができるようになりました。今、中国共産党は、この現状を踏まえて、農民は「生産請負権」及び「農業経営権」を持っているのだ、と認定しています。即ち、農地に関しては「農地所有権」「請負生産権」「農業経営権」の三つがあり、「農地所有権」は村などの「集団」が保持するが、「請負生産権」「農業経営権」は農民が持っていて、農民が持っている「請負生産権」「農業経営権」は流動化できる、即ち譲渡したり担保にしたりできる、と認定しているのです。このような考え方を「農地三権改革」と呼んでいます。

 農地に関する農民の権利は、中国革命の根本理念ですので、中国共産党は、これまで累次農地に関する検討を進めてきました。その検討の結果を示すひとつの重要な文書に第17期三中全会で決まった「中国共産党中央による農村改革の発展の推進における若干の重大問題に関する決定」(2008年10月)があります。これについては、このブログの2008年10月28日付け記事「第17期三中全会決定のポイント」を御覧ください。

 今回、番組で紹介していた李さんは、こうした中国共産党の新しい考え方に基づき、自分の故郷の村の「請負生産権」「農業経営権」を担保にして450万円(30万元)のお金(その農地から得られる農産物の収入の三年分に相当する)を借りることにしたようです。

 この点について、私は以下のような問題点があると思っています。

(1)「請負生産権」「農業経営権」を担保にして資金を貸し出す際、貸し出す側(村当局なのか銀行なのかは番組では紹介していない)による資金の貸し付けが可能かどうかの審査が行われた形跡が番組では見られませんでした。日本などでも担保がある場合には貸し付けの際の審査が甘くなることはあると思われますが、ひとつ75円(5元)の惣菜を売る商売をしている李さんが450万円(30万元)を返済するのはかなり難しいのではないかと思われるのにもかかわらず、番組では「請負生産権」「農業経営権」を担保にする契約に署名・捺印する李さんの様子を紹介していました。もし、中国全土でこのような「貸し付け」が行われているのだとすると、大量の「貸し倒れ」が発生した場合に何が起こるのかを考える必要があるのではないか、というのが私の印象です。

(2)「請負生産権」「農業経営権」を担保にして資金を貸し出して結果的に「貸し倒れ」になった場合に、資金を貸し出した側(村または銀行)が接収した「請負生産権」「農業経営権」を資金化できるのかは非常に疑問です。日本などで土地が担保となりうるのは、「土地所有権」が売買されており、「貸し倒れ」の結果として接収した土地は売却して資金化できるからこそ銀行は土地を担保として融資できるのです。中国の農地の「請負生産権」「農業経営権」は簡単に売却して資金化できるかどうか不明です。「請負生産権」「農業経営権」を簡単に売却して資金化できないのであれば、これらを担保として融資が行われた場合、「貸し倒れ」が起きた時点で問題が生じる可能性があります(同じような話に「林業権」があります。「林業権」については、このブログの2013年8月18日付け記事「もはや李克強改革は挫折か:林業権担保の話」参照)。

 もちろん、李さんが450万円(30万元)借りて購入した中古マンションの価格が今後上がるのだとしたら、最終的にはマンションを売れば借金を返せるわけです。つまり、番組を見ている限り、資金を貸す方も借りる方も「マンション価格は今後必ず上昇する」ことを前提にしている可能性があります。なので、もし仮に今後マンション価格が下がったら、すべては「うたかたの夢」と消えてしまう可能性があります。

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 以上のように、このNHKスペシャル「巨龍中国 1億大移動 流転する農民工」は、現在の中国政府の最もホットで重要な政策である中国の新型都市化計画と農地三権改革についての問題点を浮き彫りにする形となりました。NHKの番組制作スタッフの着眼点の鋭さに敬意を表します。

 一方で、こうしたNHKに取材許可を出している中国当局の意図はどこにあるのだろうか、と私は思いました(NHKは取材許可を得るのに相当苦労しているとは思いますが)。これまでもNHKは中国当局にとっては相当に「耳の痛い」問題についても鋭く指摘する番組を制作してきました。私が北京に駐在していた頃に放送していた「激流中国」(放映期間2007年4月~2008年7月)については、関係当局が「NHKの取材に協力するな」といった文書を出したとの「ウワサ」が流れたり、その文書がインターネット上に出回ったりしましたが、「激流中国」は北京でもNHK国際放送で「検閲ブラックアウト」されることなく見ることができました。中国共産党の中にもNHKの累次の番組で指摘している問題点を正面から考えるべきだ、という良識的な人々がいるのだという私の「希望的観測」が当たっていればいいなぁ、と私は今回の番組を見て改めて思いました。

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2016年10月29日 (土)

「習近平同志を核心とする党中央」という表現の意味

 中国共産党の六中全会(第18期中国共産党中央委員会第六回全体会議)が2016年10月24~27日に開催されました。この「六中全会」の公報(コミュニケ)で「習近平同志を核心とする党中央」という表現が使われていることについては、日本の各マスコミも報道しています。多くの日本のマスコミは「○○○同志を核心とする党中央」という言い方は、毛沢東、トウ小平、江沢民の時代には使われたが、胡錦濤前総書記の時代には使われなかった(胡錦濤時代は「胡錦濤同志を総書記とする党中央」と表現していた)ことから、今回「核心」という表現を復活させたことは、習近平総書記が胡錦濤時代の集団指導体制をやめて、それ以前の特定個人に権力を集中させた時代に時計の針を逆戻しさせようとしていることを意味している、と指摘しています。

 今回の六中全会の結果について、中国共産党宣伝部は、昨日(10月28日)、内外の記者を集めた記者会見を開きました。その席で中国共産党宣伝部自身がこの「習近平同志を核心とする党中央」という表現の意義を強調していました(かつ、中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」でも中国共産党宣伝部の記者会見のこの部分を取り上げて報じていました)。中国共産党宣伝部自身、日本のマスコミが指摘しているように今回の六中全会によって習近平氏への権力集中が進んだことを「宣伝」したかったのだと思います。

 しかし、「公報」(=中国共産党中央委員会委員のコンセンサスを得た公式文書)を客観的に見れば、確かに「核心」という表現は用いられているものの、一方で、集団指導体制を維持し、一人の個人が党運営を左右することがないよう党内民主をしっかりと維持すべきこともうたわれており、「公報」を読む限りにおいては明示的に「習近平総書記への権力集中を強化した」というふうには読めません。従って、私は、「習近平総書記への権力の集中」については、中国共産党宣伝部はその方向に進んでいるふうに記者会見で述べてはいるが、それは中国共産党中央のコンセンサスかどうかは怪しい、と判断しました(このことは、習近平総書記と党宣伝部の意志が多くの党中央委員の意図とずれているかもしれないことを意味しており、結構コトは重大だと私は思っています)。

 私がそう判断する理由は「公報」の中に以下のような部分があるからです。少し長くなりますが「公報」のひとつの段落を全訳して紹介します。

「全体会議は以下の点を打ち出した。党内民主は党の生命であり、党内政治生活を積極的かつ健康的にするための重要な基礎である。党内での決定、執行、監督等の作業は、必ず党の規定が明確に定めている民主的原則とプロセスにより行われなければならず、党のいかなる組織・個人も、党内民主を抑圧し、党内民主を破壊してはならない。中央委員会、中央政治局、中央政治局常務委員会及び党の各レベルの委員会が重大な決定を行う場合には、必ず深く調査研究を展開し、各方面の意見と提案を聴取しなければならない。党員の主体的地位は尊重されなければならず、党員の民主的権利を保障し、党員の知る権利、議論に参加する権利、選挙権、監督権を守り、すべての党員が平等に持っている党の規定が認める党員の権利を保障し、党の規定が定める党員の義務を履行し、党内の民主的で平等な党員同士の関係を堅持しなければならない。党のいかなる組織もいかなる党員も党員の民主的権利を侵害してはならない。党員が討論に参加するという事務的プロセスを通して党員の意見を伝える道筋を広くし、党内における民主的討論のための政治的雰囲気を造成しなければならない。党員は党に対して責任を持って事実を暴露し、いかなる組織、いかなる党規則違反・法律違反をも摘発する権利を有しており、実名を上げて通報することを提唱する。」

 ここで「公報」の一部を紹介したのは、「習近平総書記への権力の集中」というイメージとは対極をなす上記の文章が「公報」、即ち中央委員のコンセンサスによって作成された公式な文書の中に存在することを多くの方に知って欲しかったからです。おそらくは、習近平総書記を始めとする「総書記への権力集中」を目指したい勢力が「習近平同志を核心とする党中央」という表現を「公報」の中に書き込むことに成功し、それに反対する勢力が上記の文章を明記することに成功した、というのが実情でしょう。従って、「習近平総書記に権力を集中させることに賛成か、反対か」の議論については、今回の六中全会では「両論併記」であって、結論は来年(2017年)の第19回党大会まで持ち越された、というのが現時点での実情だと思います。

 一方、今年の六中全会の直後にちょっと気になる動きがありました。というのは、六中全会が終わった翌日の昨日(10月28日)、政治局会議が開催され、経済政策についての議論がなされたからです(去年(2015年)の五中全会の直後には政治局会議は開催されていない)。この政治局会議では「積極的な財政政策を有効に実施し、財政の合理的支出を保証し、特に困難に直面している地区と困難な省に対する支援を拡大する」ことを決めました。この決定は全人代で決めた(=李克強総理が政府活動報告の中で何回も指摘した)「ゾンビ企業の処置」よりも景気下支えを優先することを意味しており、今年(2016年)の中国の経済政策においては重要な決定だと思います。

 私が「気になる」と思ったのは、「重大な経済政策の決定」を行ったこの政治局会議に李克強総理が出席していたかどうか不明だからです。昨日(10月28日(金))の中国中央電視台の夜のニュース「新聞聯播」では、この政治局が開催されたことがトップニュースだったのですが(映像なし)、二番目のニュースが8月16日に行われた六中全会での議題に関する党外人士との座談会のニュースでした(映像付き)。このように二か月も前に開催された会議を今更報じるのは「中国共産党の中央委員会全体会議で議論する議題については、事前に中国共産党以外の有力者の意見もきちんと聞いていましたよ」ということを示すための毎年恒例のことです(昨年の五中全会の直後にも同様のニュースが報じられました)。

 ところが今年8月16日に開催された「党外人士座談会」には、習近平主席のほか数人の政治局常務委員が出席していますが、李克強総理は参加していません。従って、「政治局会議を開いて経済政策を議論した」というニュースの直後に李克強総理が参加してない「党外人士座談会」の映像が流されると、たぶん多くの人は「今回の政治局会議では重大な経済政策の決定がなされたのに李克強総理は出席していないのだな」と感じたと思います(実際に今回の政治局会議に李克強総理が出席していたかどうかは、現時点では私には確認できていません)。

(注)なお、昨年(2015年)の五中全会の直後に伝えられた昨年8月21日の「党外人士座談会」には李克強総理は参加しています。つまり、去年と今年を比べると、党としても重要な会議であるはずの「党外人士座談会」に李克強総理は去年は出席していたが今年は欠席だったことがこのテレビ・ニュースの報道で確認されたわけです。

 一方、昨日(10月28日)の「新聞聯播」では、「習近平主席が中国漢方医学学会設立60周年を祝賀するメッセージを出した」というニュースと「李克強総理が中国漢方医学会設立60周年を祝う指示を発した」というニュースを続けて伝えています。結局「新聞聯播」は、六中全会が終わった後も、以下のようなメッセージを中国人民に対して発出し続けているようです。

○経済政策を決定する中国共産党の重要な会議に李克強総理は出席していないらしい。

○習近平主席と李克強総理のお二人は「自分が中国政府の中心人物である」と張り合っているらしい。

 今、中国経済では、「マンション価格が高騰してバブル状態である」「マンション建設を支えるためにゾンビ企業であるはずの鉄鋼工場では住宅用ステンレスを量産しているらしい」「一方で石炭産業では生産調整を強力に進めているため石炭の受給バランスがひっ迫して石炭価格が高騰している(鉄鋼の生産には石炭が必要なので)」という相当に「いびつな」状態が生じています。このような経済の状況の中、中国政府のトップ2の習近平主席と李克強総理の関係が「よくわからん」関係になっていて、中国政府は来年後半の党大会まで経済運営をうまくやっていけるのだろうか、と心配になります。特に、来年(2017年)3月26日には香港行政長官選挙が行われますが、それを前にして北京政府と対立する立場の行政議会議員を巡って、今、香港情勢が混沌としています。マンション・バブルの崩壊や香港での反北京市民運動の激化などが起きた場合、中国政府はうまく対応できるのだろうか、とさえ思ってしまいます。

 こうした危機感は、おそらくは日本の多くの人(特に中国で混乱が起きた場合に直接影響を受ける可能性のある日本の経済関係者)も共有していると思います。日本経済新聞もそういった「危機感」を持っているようで、今日(2016年10月29日)の日経新聞朝刊2面の社説のタイトルは「中国・習主席への集権で経済は大丈夫か」でした。

 目下のところ、まずは11月8日のアメリカの大統領選挙(クリントン対トランプ)が世界の注目の的ですが、それが終わると来年後半の党大会が終わって次の体制が固まるまで(=李克強総理が国務院総理を続投するのかどうか決まるまで)中国情勢から目が離せなくなりそうです。

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2016年10月22日 (土)

「神舟十一号」打ち上げ時に習近平主席は外国訪問中

 中国の有人宇宙船「神舟十一号」が2016年10月17日に打ち上げられました。中国としては、六回目の有人宇宙船の打ち上げです。今回は、既に打ち上げられていた無人の実験室「天宮二号」とドッキングして、宇宙飛行士が30日間宇宙空間に滞在して、将来の中国版宇宙ステーション完成に向けての様々な実験等を行うことになっています。

 今回は中国にとって六回目の有人宇宙飛行であり、最初の頃に比べると注目度は低くなっているかもしれませんが、それでも有人宇宙飛行は中国にとって二年に一度程度の国家的大イベントです。ですが、今回の「神舟十一号」の場合、最終的に打ち上げを発表した日(10月16日)に習近平主席はBRICS首脳会談に出席のためインドにおり、習近平主席が北京に戻ったのは打ち上げ後の翌10月17日の夜でした(打ち上げは北京時間10月17日の朝の7時半に行われた)。

 打ち上げのタイミングで習近平主席が甘粛省酒泉近くにある発射場に出向くのは物理的に無理でした。実際の打ち上げでは、李克強総理と劉雲山政治局常務委員が現場に出向き、打ち上げの様子を見守りました。

 ロケットの打ち上げは、機器の点検の具合や最終的には打ち上げ場付近の気象条件も関係するので、政治家のスケジュールに合わせてピンポイントで「この日」と指定することは困難です。なので、打ち上げ日の最終決定発表日と打ち上げ当日が「たまたま」習近国家主席の外国訪問期間中にぶち当たってしまったことについては「習近平主席は運が悪かった」のだと思います。でも、昨今、習近平主席と李克強総理との「主導権争い」が目に付いているだけに、有人宇宙船打ち上げ時に「習近平主席は外国訪問中」であり「李克強総理が現場で立ち会った」という現実を見ると、「習近平主席は有人宇宙船打ち上げのタイミング調整において影響力を発揮できなかったのではないか」という「うがった見方」もしたくなってしまいます(前の週は習近平主席は北京にいたわけですからね)。

 中国の三回目の有人宇宙船「神舟七号」の打ち上げ(2008年9月25日:中国初の宇宙遊泳を実施)の時、私は北京に駐在していたので、打ち上げ及び宇宙遊泳そのものを北京で中国中央電視台の生中継で見ました。そこで「神舟七号」と「神舟十一号」の違いについて、下記に書いてみたいと思います。

○「神舟七号」

打ち上げ日の発表:2008年9月7日に「9月25~30日の間に日を選んで打ち上げる」と発表

(注)この打ち上げタイミングは「北京オリンピック・パラリンピック終了後で、国慶節の連休(10月1日~)の前」という中国人民の注目を集めやすいタイミングでした。

打ち上げ前日:酒泉衛星発射センターで行われた「宇宙飛行士出発式」に胡錦濤国家主席が参加。胡錦濤主席は直接宇宙飛行士に対し激励の言葉を掛けた。

打ち上げ当日:胡錦濤主席は管制センターで打ち上げの様子を視察。打ち上げ成功後、管制センターのスタッフと握手して打ち上げ成功を祝した。

国家主席と宇宙飛行士との直接通信:北京に戻った胡錦濤主席と宇宙遊泳を実施し終わった「神舟七号」の宇宙飛行士とが直接通信。胡錦濤主席は中国で初めて宇宙遊泳を成功させた宇宙飛行士をねぎらった。

○「神舟十一号」

打ち上げ日の発表:2016年10月16日に「翌10月17日午前7時半(北京時間)に打ち上げる」と発表(ただし、ドッキングする「天宮二号」は9月15日に既に打ち上げられており、宇宙飛行士を乗せた「神舟十一号」が10月中旬に打ち上げられる予定であることは周知の事実だった)。この時、習近平国家主席はインド滞在中。

打ち上げ前日:酒泉衛星発射センターで行われた「宇宙飛行士出発式」には、習近平主席も李克強総理も出席せず。

打ち上げ当日:李克強総理と劉雲山政治局常務委員が酒泉衛星発射センターの管制センターで打ち上げを視察。打ち上げ成功後、習近平主席がインドから打った祝賀電報を現場指揮官が読み上げた。李克強総理と劉雲山政治局常務委員はスタッフと握手して打ち上げ成功を祝した。

国家主席と宇宙飛行士との直接通信:打ち上げ6日目の今日(10月22日)現在、習近平主席と宇宙飛行士との直接通信は行われていない(ただし、今回は30日間の長期滞在なので、どこかのタイミングで習近平主席と宇宙飛行士との直接通信は行われることになるものと思われる)。

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 ちなみに「神舟十一号」が打ち上げられた10月17日夜7時からの中国中央電視台のニュース「新聞聯播」のトップニュースは、習近平主席が出席したBRICS首脳会談関連のニュースで、「神舟十一号」打ち上げのニュースは二番目でした。「新聞聯播」では、トップニュースは習近平主席関連のニュース、李克強総理関連のニュースは二番目、と順番が決まっているのでこういう順番になったのですが、たぶん中国人民の一般的感覚から言ったら「神舟十一号打ち上げの方がトップニュースでしょうに!」と思うでしょう(ちなみに、翌10月18日の「人民日報」の1面トップ記事は「神舟十一号打ち上げ」で1面の題字右側のスペースに習近平主席のBRICS首脳会議関連のニュースが載っていました)。

 「胡錦濤前主席に比べると、習近平主席は有人宇宙飛行に冷たいなぁ」というのが私の率直な感想でした。でも、「神舟十一号の打ち上げ」を報じた10月17日の「新聞聯播」の後半では「貧困地域支援対策」のニュースをやっていたところを見ると「宇宙開発に金を掛ける余裕があるのだったら、もっと国内の貧困地域対策に力を注いで欲しい」といった党内世論に配慮したのかもしれません。

 今週(2016年10月17日の週)は、習近平主席は17日(月)夜にインドから帰国した後、18日(火)には北京でウルグアイの大統領と会談、20日(木)には北京でフィリピンのドゥテルテ大統領と会談、21日(金)には人民大会堂で行われた「長征勝利80周年記念大会」に参加、といった北京で行う重要なスケジュールが目白押しだったので、「神舟十一号」の打ち上げが数日前後したとしても酒泉衛星発射センターに行って宇宙飛行士に直接声を掛けたり打ち上げを見守ったりする時間的余裕は習近平主席にはありませんでした。なので、「神舟十一号」の打ち上げが習近平主席が外国訪問中に行われた、というのも、スケジュール調整上、やむを得ない判断だったのかもしれません。

 ただ、有人宇宙船の打ち上げには常に「打ち上げ失敗」のリスクがありますから、打ち上げの瞬間に国家主席で中国共産党軍事委員会主席の習近平氏が中国国内にいなくてリスク管理上問題なかったのか、という疑問は残ります(中国の場合、宇宙開発を行っているのは軍の一部門です)。酒泉衛星発射センターに行く時間はなくても、少なくとも打ち上げは国家主席(=党軍事委員会主席)が北京にいるタイミングにすべきだったのではないか、と私は思います。

 習近平主席と李克強総理の「主導権争い」が目立っている昨今の状況を踏まえれば、「神舟十一号」の打ち上げ時、酒泉衛星発射センターの現場にいたのが習近平主席ではなく李克強総理だった、という事実は、結果論的に言えば、中国人民に対して、宇宙開発を担当している軍の部門の指揮は習近平主席ではなく李克強総理がとっているのですよ、というようなイメージを与える効果があったのではないか、と私は思っています。

 来週、10月24日から「六中全会」(第18期中国共産党中央委員会第六回全体会議)が開かれます。「党内規律の厳格化」が議論される、とされていますが、来年(2017年)秋の党大会へ向けて、人事や党内ルールの変更も議論される、という観測もあります。10月19日付けの日本経済新聞朝刊1面に掲載されていた連載記事「習近平の支配(3)闘争再び」では「最高指導部である政治局常務委員制度の廃止、大統領制に似た権限の集中」というような「憶測」も飛び交っていることが指摘されています。記事では「さりげなく」書かれていますが、これが本当に実現するなら「中国共産党の歴史上最大の党内クーデター」だと私は思います。毛沢東時代ですら、中国共産党内部には毛沢東に反対する勢力が常に存在し、毛沢東への全権限の集中はできていなかったのですから(文化大革命には「毛沢東による党内の反毛沢東勢力に対する大衆を動員した大反撃」という側面がある)。

 今回の「神舟十一号」の打ち上げのタイミング設定を見る限り、現時点において、習近平主席が党内のすべての勢力(軍も含む)をすべてコントロールできているわけではない、と見るのが妥当だと思います。「金を使いすぎる」などの批判はあるのでしょうが、少なくとも有人宇宙飛行は中国人民には人気のあるプロジェクトだと思います。それを考えると、今回、(胡錦濤前主席の「神舟七号」の時と比較して)習近平主席が有人宇宙飛行プロジェクトに冷淡であるかのように見えたことは、今後、習近平主席が自分への権力集中を進めて行こうとする時に「中国人民からの反発」「宇宙開発を進めている軍の内部からの反発」を招く可能性があるので要注意だと私は思いました。

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2016年10月15日 (土)

またまた李克強総理が欠席のままで重要会議開催

 中国共産党の習近平総書記は、10月11日(火)、「全国国有企業における党建設に関する工作会議」を開催し、国有企業における中国共産党の指導を強化することについて議論しました。また、習近平総書記は、同日、「中央全面深化改革指導小組28回会議」を開催し、減災・防災、高齢者介護サービス産業の推進方策、産業安全の推進等について議論しました。この日、中国共産党ナンバー2で国務院総理の李克強氏はマカオ出張中だったので、これらの会議は欠席しました。中国共産党ナンバー3で全国人民代表大会常務委員長の張徳江氏もこれらの会議には欠席でした。

 もはや中国共産党の重要会議に李克強総理が欠席する状況に「慣れっこ」になってしまいましたが、やはりこれはおかしいです。もし仮に、李克強氏が来年(2017年)秋の党大会で党内で人事異動することが決まるのだとしても、国務院総理の交代が決まるのは党大会の次の全人代、つまり2018年3月になりますから、それまでの間のあと一年半、党の重要会議に国務院総理が参加しないような状況が続くのであれば、中国政府の行政執行はスムーズに行かなくなると思います。もし李克強氏を中国共産党の意志決定の中心からはずす方針なのであれば、今すぐにでも国務院総理を別の人に替えるべきでしょう。現在の任期中(2018年3月まで)は李克強氏に国務院総理をやらせるつもりなのであれば、李克強氏をはずしたままで党の重要会議を開催することは国の内外に「中国政府はレイムダック化している」と宣伝しているのと同じですので、中国自身にとって大きなマイナスだと思います。

 一方、10月12日(水)の産経新聞9面に「香港で権力闘争『場外戦』」という記事が出ていました。この記事では、香港の親中紙「成報」が全人代常務委員長の張徳江氏や香港の梁振英行政長官ら4人を「四人組」として批判するキャンペーンを張っている、と伝えています。「四人組」と銘打った批判が権力闘争を意味しているは誰の目にも明らかなのですが、この記事によれば、批判されている張徳江氏は、江沢民元国家主席に近く、梁振英行政長官は張徳江氏に近いのだそうです。だとすると、最近、習近平総書記が李克強氏(党のナンバー2)と張徳江氏(党のナンバー3)が欠席のままで党の重要会議を開いているのは、習近平氏が党内の有力グループを排除して自分に近い人たちだけで権力の集中化を図ろうとしていることを意味しているのかもしれません。

 また、習近平総書記が李克強氏と張徳江氏が欠席のまま二つの重要会議を開催した10月11日、北京市内の国防部の前で迷彩服を着た約千人の退役軍人が抗議デモを行いました。国防部は、北京のど真ん中を東西に通る長安街に面した場所(天安門から約6km西)にありますので、そこで迷彩服を着た人が千人も集まれば相当に目立ちます。実際、日本を含め多くの外国のメデイアがその様子を報道しました。

(注)国防部の建物周辺は「軍事禁区」となっており写真撮影等は禁止されています。観光旅行者や留学生・現地駐在員の方々などは興味本位でスマホ等で撮影したりしないようにしましょう。もっとも「軍事禁区」である国防部は地図には掲載されていないし、国防部の建物には「看板」がないので、知らない人にはどの建物が国防部であるのかわからないのですけどね。

 そもそも中国では許可されないデモは禁止ですが、近年、化学工場反対など環境問題に関連して周辺住民等が行う「集団散歩」は時々ありますし、理不尽な土地収用に反対する住民が地方政府の回りに集まる、といったことはしょっちゅう報道されます。しかし、北京の中心部にある国防部の前(当然、警備は厳しい)に迷彩服着用という目立つ格好で千人規模の人が集まるなんて、少なくとも私は聞いたことがありません。10月13日にBS日テレ等で放送された「深層NEWS」の中でも指摘されていたのですが、軍の中に今回の抗議デモを動員した人、あるいは積極的に動員したわけではないにしても黙認した者がいるのはたぶん間違いないと思います。中国の場合、公安当局の側に「デモは許さない」という考え方があれば、千人規模の人が参加するデモは、ネット等でデモへの参加を呼び掛けた段階で当局の手が入って、そういったデモは事前に事前に抑圧されるだろうと考えられるからです。

 この退役軍人の抗議デモについては、中国のメディアは報じていないようですが、今はネット社会ですので、中国人民も、外国メディアが伝える迷彩服の退役軍人のデモの様子を目にする機会はあったと思います。

 上に書いた、産経新聞が報じている香港の親中紙「成報」の「四人組」批判キャンペーンも、たぶん現在の北京の「相当に変な状況」を表しているのだと思います。「親中紙」であるはずの「成報」が中国共産党中央の序列ナンバー3の張徳江氏や党中央が任命した梁振英行政長官を批判することは、中国共産党中央の内部がバラバラ状態であることを示している可能性があるからです。

 「中国共産党は、最初から『内部はバラバラな状態が続いている党』だったのであり、毛沢東やトウ小平がいた頃はそれがオモテに見えなかっただけなのだ。今は、毛沢東やトウ小平のようなカリスマ的な指導者がいないので、党内の『バラバラ状態』が素直に外に見えてしまうのだ」という見方が正しいのかもしれません。しかし、中国共産党は外部からはタテマエ上「党中央に一致団結している」と見えていたからこそ中国人民はガマンして「中国共産党の指導」に従って来たのです。ですから「党内がバラバラであることが外からよく見える中国共産党」では中国人民は「ガマンして付いていく(付いていくふりをする)」ことをやめてしまうのではないか、と心配になります。

 今日(2016年10月15日)の中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」では、「習近平主席は第120回中国輸出入商品交易会の開幕を祝するメッセージを寄せた」というニュースと「李克強総理は第120回中国輸出入商品交易会の開幕を祝賀する指示を出した」というニュースを並列して報じています。交易会の関係者には失礼ですが、国家指導者のトップ2のお二人が「この程度のこと」で張り合うのはいかがなものかと私は思います(というか、たぶん、多くの中国人民も「いい加減にして」と感じていると思います)。

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2016年10月 8日 (土)

結局中国の構造改革は先送りの気配

 国慶節の連休期間が終わり、今日(2016年10月8日(土))から中国は「通常モード」に戻ったようです。今日の中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」のトップニュースは「習近平主席がポルトガルの総理と人民大会堂で会見した」、二番目は「習近平総書記の『胡錦濤文選報告会』での重要講話が単行本として出版された」、三番目は「李克強総理が国務院常務会議(定例会議)を開催した」という「いつもと同じようなニュース」でした。習近平主席、李克強総理ともに「特に変わった様子はなくニュースに登場した」ということで、ひとまずは安心しました。

 で、ちょっと気になったのは今日の国務院常務会議の内容でした(通常、国務院常務会議は水曜日開催ですが、今週は国慶節の連休だったため、特例として土曜日の開催となったようです)。規制緩和の一環として投資案件の許可権限を下部に下ろす、という内容なのですが、「国家標準に基づくものであれば」という前提付きですが、投資事業の許可を省クラスの地方政府にゆだねること、中国鉄道総公司は鉄道、橋梁、トンネルの工事を自らの判断で実施できること、を決めた、とのことでした。「これって『規制緩和を進める』という名目の下、国家レベル、党中央レベルのインフラ投資に対するコントロールを放棄する、ってことではないんですかね? この決定を受けて、来年秋の党大会へ向けて、各地方政府や中国鉄道総公司はそれぞれ勝手にインフラ投資のアクセルを強烈にふかすことになるのではないですかね?」と私は思いました。

 中国共産党は「一党独裁」とは言われますが、幹部については地方や企業にいる党の代表による選挙で決めることになっているなど「党内民主」の制度ができています。地方政府や国有企業への締め付けを強め過ぎて各組織の党代表の反発を受けては来年(2017年)秋の党大会を乗り切れないので、党大会が終わるまでは「構造改革は一時お休み」にするのかもしれません。インフラ投資のアクセルがふかされれば、鉄鋼、セメント等の「ゾンビ企業」の国有企業も一時的に息を付くことができ、労働者をリストラせずに済む、というわけです。ただし、これは単なる問題の先送りに過ぎないので、来年の党大会が終わった後、より大きくなったツケが中国経済に回ってくることになるのだろうと思います。

 「選挙が目の前にあるので痛みを伴う構造改革は一時的に『棚上げ』だ」といった話はどこかの国の事情と全く同じじゃないか、とは思いますが、中国の場合、後に先送りされた「ツケ」の大きさは半端じゃないと思うので、来年の党大会が終わった後、中国経済がどうなるか相当に心配です。

 前にも書いたことがありましたが、私が北京に駐在していた前々回の2007年秋の党大会の後、2008年の春節あたりに掛けて、中国経済では、不動産市況や沿岸部の製造業で変調が起きました(当時の上海株は党大会開催中の2007年10月をピークにして急落)。前回の党大会があった2012年の頃はリーマン・ショック後の4兆元の大規模経済対策が打たれた後でしたので党大会後の「バブル崩壊感」はなかったのですが、2013年6月頃には「影の銀行」だの「理財商品」だの、4兆元の経済対策による巨大投資に関連する金融関係の不安感が高まりました。

 今回(2017年秋の党大会の後)は、2007年~2008年の経済変調の規模を巨大化させたものと2013年半ば頃の金融不安が合わさったようなものが中国経済を襲うおそれがあることは今から覚悟しておいた方がよいと私は思っています(もちろん、2017年秋の党大会へ向けての人事抗争が中国共産党内部の権力基盤の不安定化に繋がれば、党大会の前(2017年前半)にも中国経済が不安定化する可能性はあります)。要は、仮に2017年秋まで中国経済の指標が順調に推移したとしても、その後何が起こるかわからない点については最大限の注意を払っておく必要がある、ということです。

(注)世界の多くの企業家は同じような見通しを持っているのかもしれません。だからこそ多くの企業家が「投資をするより中国経済で『とんでもないこと』が起きるかもしれないことに備えて手元に資金を持っておこう」と思っているのだと思います。世界第二位の経済大国である中国の政治システムの透明性が確保されない限り、「中央銀行が大規模な金融緩和をしようと、政府が企業のお尻を叩こうと、企業家は『中国リスク』に備えて資金を貯め込むだけで、投資が伸びず、経済成長率は高まらない」といった状況は続くと思います。

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2016年10月 1日 (土)

習近平主席と李克強総理の「抗争」いまだ結論見えず

 今回も中国の習近平主席と李克強総理の「主導権争い」について書きます。というのは、中国共産党のトップ2の二人の「抗争」は、その結論によっては極めて重大な変化をもたらすことを中華人民共和国の歴史は教えてくれるからです。

 古くは1960年代初期の毛沢東中国共産党主席と劉少奇国家主席の路線の争いは、1966年からの文化大革命を招きました(劉少奇にしてみれば、毛沢東と「争っている」という認識はなかったかもしれませんが、結果的に劉少奇は不遇の死を迎えることになりました)。

 1978年~1981年の華国鋒中国共産党主席とトウ小平氏の「主導権争い」(トウ小平氏側から言わせれば「すべて派」との争い)は、1981年6月、華国鋒氏が党主席を平和的に辞任することでトウ小平氏側の勝利となり、現在の「改革開放路線」が確定しました(華国鋒氏は2008年8月に死去。葬儀は「党への功績者」として敬意を持って執り行われました)。

 1987年の党大会で総書記になった趙紫陽氏と翌年3月の全人代で国務院総理になった李鵬氏とは、「改革派」と「保守派」として対立していたようです。ただ、私は当時北京に駐在していましたが、二人の対立は表立って目に見えるようなものではありませんでした。結局は、二人の対立は1989年4月に始まった「第二次天安門事件(六四天安門事件)」の運動に対する対処方法の対立となり、結局は趙紫陽総書記の辞任と人民解放軍による武力鎮圧で終わりました。趙紫陽氏は、その後、軟禁状態となり、2005年に失意のうちに死去しました。現時点においても趙紫陽氏は名誉回復がなされていません。

 何回も書きますが、習近平主席と李克強総理の「抗争」は、上記の三つの例とは異なり、「誰の目からも明らか」なことです。それだけに、上記三つの例とは異なり、それほど深刻なものではなく、単なる政策路線の違いであって、どの国のどの党の内部にもある一種の「派閥争い」に過ぎない、という見方もできます。ただ、「中国共産党はトップ(昔は主席、現在は総書記)を中心に団結している」という「タテマエ」が長く続いてきているだけに、あからさまなトップ二人の「主導権争い」を見せつけられると、諸外国のみならず、中国人民自身が相当程度とまどっていると思います。

 中国共産党の中国人民に対する「広告塔」である中国中央電視台夜7時のニュース「新聞聯播」は今週も、はからずも習近平主席と李克強総理の「抗争ぶり」を全国の中国人民に知らせる役割を果たしていました。今週の「新聞聯播」の報道ぶりを以下にまとめてみます。

○2016年9月27日(火):トップニュースは、中国共産党政治局会議が開かれ、六中全会(中央委員会第6回全体会議)を10月24~27日に北京で開催することを決定し、六中全会で議論する党内規律の厳格化について議論されたことでした。二番目のニュースはキューバ訪問中の李克強総理が9月25日夜キューバ政府の首脳とともに劇場に赴き「演芸の夕べ」を楽しんだことでした。私は、このニュースの伝え方を見て、率直に「李克強氏は中国共産党の議論の中心からはずされた」との印象を受けました。

○9月28日(水):トップニュースは27日に開かれた中国共産党幹部による「集体学習会」で習近平総書記が「重要講話」したことでした。この「集体学習会」の様子は映像で紹介され、習近平総書記のほか、政治局常務委員の兪正声氏、劉雲山氏、王岐山氏、張高麗氏が映っていました。つまり、政治局常務委員のうち李克強総理と張徳江氏はこの場にはいないことが明示的に示されたわけです。この日、李克強総理はキューバにおり、張徳江氏も外国訪問中でしたので、この場にいないのは当然なのですが、この種の「集体学習会」は通常政治局会議と同じ日に開催されるので、この映像は「李克強氏と張徳江氏は政治局常務委員ではあるが党政治局会議は欠席した」と中国全人民に伝える意味があったと判断できます。この日、李克強総理が28日午後に北京に戻ったことが報じられましたので、27日の政治局会議に李克強総理が出席していなかったことが確認されました。

○9月29日(木):トップニュースは、この日午前、「『胡錦濤文選』を学習する報告会」が開かれ、習近平総書記が「重要講話」を行ったことでした。この報告会には、党政治局常務委員7名がすべて出席し、李克強氏が司会を務めた、とのことでした。胡錦濤前主席は、李克強氏と同じ中国共産主義青年団(共青団)出身なので、この報告会は、胡錦濤氏を讃えることで共青団出身者(団派)を重要視していることを示す会であった、と言えます。一方で「胡錦濤文選」を讃えることで「胡錦濤前主席はもう過去の人物なのだ」という印象を与える効果もあったと思います。この報告会のニュースは、李克強氏が司会をし、習近平総書記が「重要講話」を行い、政治局常務委員全員が出席している様子を映像として伝えることで、中国人民に「党中央はみんな団結していますよ」というメッセージを送りたかったんだろうなぁ、と私は感じました。

○9月30日(金):トップニュースは習近平総書記をはじめ政治局常務委員全員が天安門広場にある人民英雄記念碑に花輪を捧げる行事が行われたことでした。この行事は、毎年国慶節(10月1日)の前日に行われるもので、特段、例年との違いは感じませんでした。二番目のニュースは、これも毎年恒例の行事ですが、国慶節を前にして行われる各界代表者(外国の大使等も含む)を招いて開く国務院主催のレセプションの様子でした。これにも政治局常務委員は全員参加していますが、国務院主催なので、挨拶は国務院総理の李克強総理でした。国慶節の御祝いの宴会なんですから、習近平主席もにこやかな表情を見せてもよいところですが、李克強総理が挨拶をしている間、習近平主席は無表情(私の印象では不機嫌な表情)でした。

 この次のニュースは、中国を訪問しているベラルーシの大統領と李克強総理との会談のニュースでした(ベラルーシの大統領は、前日に習近平主席や張徳江全人代常務委員長と会談しています)。

 次のニュースは、国慶節レセプションに際して、李克強総理が宴会に参加した新任の各国大使を一人づつ迎えて言葉を交わすシーンでした。この宴会は国務院主催なのですから、国務院総理の李克強氏が参加者の各国大使を一人づつ迎えて挨拶するのは別におかしくはないのですが、映像のイメージは、新任の各国大使から信任状を受け取るセレモニーと全く同じです。新任大使からの信任状の受け取りは国家主席である習近平氏の仕事であり、実際、習近平主席による新任大使からの新任状受け取りは「新聞聯播」でもしょっちゅう報じられます。なので、この李克強氏による新任大使一人一人との挨拶を見ていると、まるで李克強氏が国家主席であるかのように見えるので、私は「李克強総理は明らかに習近平主席と張り合っているなぁ」との印象を受けました。

 その次のニュースは、中国との友好関係強化に貢献した外国人に与えられる「中国政府友誼賞」の授与についてでした。このニュースでは、李克強総理が中国政府を代表して受賞者の外国人と懇談し記念撮影をする様子が報じられました(習近平主席はこのニュースには登場しません)。これら一連のニュースを見ていると「やっぱり中国政府代表は(習近平主席ではなく)李克強総理だよね」という印象を持ってしまいます。

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 ということで、9月27日の党政治局会議に李克強総理が出席しなかった時点で、李克強氏は党の議論や決定から完全に「はずされた」と私は思ったのですが、一昨日(9月29日)と昨日(9月30日)の「新聞聯播」を見ると、李克強氏は党中央から「はずされた」などということは全くない、というふうに見えてしまいます。

 そもそも9月28日に李克強氏が帰国することがわかっていながら、なぜ9月27日に政治局会議が開かれたのか、が全くナゾです。この日程の組み方は、「李克強氏は党中央の意志決定からはずされた」ことを意味するのか、そうでなければ「今回の党政治局会議は党のナンバー2の李克強氏やナンバー3の張徳江氏が欠席でも構わない程度のそれほど重要性の高くない会議なのだ」ということを意味するのか、のどちらかです。ただどちらをとっても、中国人民には「今の党中央は政治局が全体で一致団結して党内規律の問題を議論する六中全会を開こうとしているわけではない」という印象しか残らなかったのではないでしょうか。

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 今日(10月1日)から中国は国慶節の連休なので、10月の最初の一週間は中国に関しては、何も動きはないと思います。ただ、休み明け、以下の二つの点については、どう動くか注意しておいた方がよいと思います。

○今日(2016年10月1日)、人民元がSDR(IMFの特別引き出し権対象通貨)入りしました。SDR入りを前にして、急激な人民元安が進まないように、中国人民銀行は為替を安定させるように介入を行っていた模様です(9月30日付け日本経済新聞夕刊5面コラム「アジア・ラウンドアップ」「中国『国際通貨』でもやまぬ流出」参照)。中国経済の先行き不安、アメリカの追加利上げ観測などを踏まえて、中国国内からの資金流出圧力は依然として強いと考えられます。人民元のSDR入りを通過した後に中国当局による為替介入が弱まると、ジリジリと人民元安が進む可能性があります(去年(2015年)8月の状況を思い出せばわかるように、人民元安が急激に進むと、世界同時株安が発生する可能性があります)。

○マンション販売業者による国慶節期間の販売促進が不動産価格の急騰を招くおそれがあったことから、いくつかの中国の地方政府は今日(10月1日)からマンション購入時の頭金割合規制を強化するなどの対策を導入しました。9月中はそれを前にした「マンションの駆け込み購入」もあったようです。中国政府の価格急騰対策が効きすぎると、中国の不動産価格は今がピークとなり、これから下落に転じる可能性があります。上に書いたように、経済全体で資金流出懸念が強い中、不動産バブルも崩壊するとなると、人民元安と不動産価格の下落がお互いに共鳴して加速させ合うことになる可能性もあることには注意が必要だと思います。

 私は、習近平主席と李克強総理の「抗争」が実際に経済政策にマイナスの影響を与える可能性があるならば、それを察知した「事情通」は既に今の時点で株を売り始めるだろうから、上海の株価を見ていれば、「本当に危ないかどうか」はわかるだろうと思っていました。ところが、国慶節前の上海の株価は、あまり動かず、連休前日の昨日(9月30日(金))は、3,004.703で引けました。心理的節目の3,000ポイントをわずかに上回った値で引けたことについて「うまくできすぎているよなぁ」というのが私の正直な印象です。

 「オモテ」に見えている習近平主席と李克強総理の「不仲さ加減」は、たぶん表面的なものであろうと思う一方、毎日「新聞聯播」を見るたびに「やっぱり不仲なんだ」「でもどうやら大丈夫そうだ」と見方がコロコロ変わるような状況は、やはり「正常」ではないと思います。アメリカの民主党クリントン氏と共和党トランプ氏による大統領選挙も世界経済の不安定要因だとは思いますが、やはりこの秋は中国の政治と経済の状況が最も大きな世界経済の不安要素だと私は思っています。

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2016年9月24日 (土)

李克強-オバマ会談のテレビのニュースは一日半遅れ

 中国の李克強総理は、ニューヨークでの国連総会での演説を終え、次の訪問国であるカナダに移動しました。で、結局は、私が知る限り、アメリカにいる間、李克強総理はアメリカのメディアの単独インタビューは受けなかったようですね。アメリカのメディアに「あなた(李克強総理)と習近平主席は不仲だとの見方があるが、実際はどうなのか」と質問してもらい、李克強総理がそれにどう答えるか知りたかったんですけどね。

 もし、李克強総理と習近平主席の関係が「不仲」ではなく、全く問題のない関係なのだとしたら、メディアへの露出の多いアメリカ滞在中にむしろ積極的にメディアのインタビューを受けて、「不仲なんてとんでもない。私(李克強総理)は、習近平総書記を中心とする中国共産党中央の一員として、他の党員とともに、一致団結して諸問題に取り組んでいます。」と世界にアピールするチャンスだったと私は思うのですが。そういうチャンスを活かさなかったところとみると、「不仲説」は、たぶん事実なのでしょう。

 私は、李克強総理のアメリカでの行動を中国のメディアが中国国内でどう伝えるかに興味を持っていました。李克強総理が国連本部等で「中国政府代表」として活躍する姿は、「中国政府の中心は私だ」と考えている習近平主席にとっては「面白くないもの」のはずですから。

 事実関係を書くと以下のとおりです(日時は全て北京時間(=日本時間-1時間))。

○9月20日朝、ニューヨークでオバマ大統領と李克強総理が会談。

○9月20日10:30頃、オバマ-李克強会談について、新華社が写真入りで記事を配信。「人民日報」のホームページにも掲載される。写真は二枚で、オバマ大統領と李克強総理が歩きながらにこやかに談笑する写真と両国国旗の前で両者が握手する写真。

○9月20日の中国中央電視台の12:00からの「中国新聞」(お昼のニュース)と19:00からの「新聞聯播」(夜7時のニュース)では、李克強-オバマ会談については伝えず(同日行われた李克強総理の難民関連の会議での演説やニュージーランドの総理との会談については伝えた)。この日の「新聞聯播」のトップニュースは、杭州でのG20首脳会談開催を担当した関係者を顕彰するセレモニーで習近平主席が担当者たちを褒め称える祝辞を送ったことだった。

○9月21日付け「人民日報」は1面(トップ記事ではない)で、オバマ-李克強会談について伝えた。写真は両国国旗の前で二人が握手する場面のもの。この時点で「人民日報」ホームページに掲載されている記事は、前日に掲げられていた新華社の二組の写真を使ったものから、「人民日報」に掲載されたものと同一のものに差し替えられていた。

○9月21日19:00からの「新聞聯播」では、二番目のニュースとして、オバマ-李克強会談について伝えた(この時点で、実際に会談が行われてから1日半が経過している)。会談の映像を流し、アナウンサーが会談の内容を伝えるものだったが、オバマ、李克強両氏のしぐさを見る限り、10秒程度の短い映像を何回も繰り返して使用していた。会談後、歩きながら談笑する両氏の様子も放映したが、映像の様子はプロが撮った映像ではなく、まるで随員が撮影した映像のように手ぶれが入っていた。

○9月21日朝にニューヨークで行われた李克強総理とフランスのオランド大統領との会談についても、9月21日の「新聞聯播」では伝えられず、9月22日の「人民日報」の1面に掲載された後、9月22日夜の「新聞聯播」で伝えられた(会談後1日半が経過していた)。ただし、映像の様子は通常の首脳会談のニュースと同様にプロが据え置き式カメラで撮影したような、手ぶれのない映像だった。

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 「新聞聯播」はテレビのニュースですから「速報性」はあります(やろうと思えばできます、の意味)。北京時間18時頃に起きた日本の桜島の噴火の様子を直後の19時からの「新聞聯播」で報じたこともあります。しかし、実際の「新聞聯播」は、国家指導者の地方視察などについて「習近平主席は最近○○を視察しました」などと伝えるなど、「終わった話」を伝えることがほとんどです。なので、中国人の中には「『新聞聯播』には『新聞』はない。『旧聞』ばかりだ。」という人もいます。

 でも、もし李克強総理がオバマ大統領と会談したニュースについて「アメリカも中国を重要視している証(あかし)だ」と中国人民に伝えたいのであれば、できるだけ早く伝えたでしょう。李克強総理がアメリカのオバマ大統領やフランスのオランド大統領と会談したことを伝えたのが1日半も経過してからだった、というのは、「李克強-オバマ会談」「李克強-オランド会談」はいずれもそれほど重要な会談ではないのだ、というメッセージを中国人民に伝えたかったのだ、と考えるべきなのでしょう。

 しかも、李克強-オバマ会談のニュースの直前に「杭州でのG20首脳会談開催を担当した関係者を顕彰するセレモニーで習近平主席が担当者たちを褒め称える祝辞を述べた」というニュースを長々と流したのは、中央電視台は明らかに「中国政府の中心は習近平主席であって、李克強総理ではない」というメッセージを中国人民に発したかったのでしょう(少なくとも見ていた私はそういうメッセージだと思った)。

 一方で、今週は、「人民日報」が「胡錦濤文選」の出版を伝えるなど「共青団派」にも配慮した動きが見られました(胡錦濤前主席と李克強総理はともに「中国共産主義青年団」出身で「団派」と呼ばれる)。もし現時点で、既に習近平主席が李克強総理を凌駕するほどに権力を自分に集中させていたのだったら、そもそも李克強総理を国連総会に派遣することを認めなかったはずです。ですから、習近平主席と李克強総理との関係は対立して勢力争いをしているが、まだどちらも完全に勝ったと言えるほど決着は付いていない、と考えるのが正しいのだと思います。

 私が感じたのは、激しく争うトップ2に対して、中央電視台や人民日報の編集担当は、紙面の大きさや順番などについて、相当神経を使っているだろうなぁ、ということです。私の感覚では、「人民日報」の方は、習近平主席と李克強総理の双方との距離を測りながら、バランスよく記事を掲載しているように思えます。それに対して、中央電視台の方は、やや「習近平主席が主役で、李克強総理は脇役に過ぎない」という感覚で編集しているように見えます。中央電視台も人民日報も、しょせんはサラリーマンが動かしている組織体ですから、「エライ人」の顔色を見ながら、怒られないように記事を取捨選択・編集しているであろうことは容易に想像できます。

 問題は、こうした「トップ2の争い」は、中国自身にとって全くプラスにならないということです。アメリカのオバマ大統領もフランスのオランド大統領も、つい3週間前に杭州で習近平主席と会談していますが、今回、またニューヨークで李克強総理と会談したのは、アメリカもフランスも「今、中国のトップ2は抗争しており、機会があれば、その両方に同様にコンタクトしておくべきである」という配慮が働いたからだと思います。これは中国が諸外国に足元を見られていることを意味しており、中国の外交政策上よくないと思います。

 また、中央電視台や人民日報の職員が「二人のエライ人」の顔色を伺いながら毎日仕事をしているのだとしたら、中国のその他の国有企業の職員も同様でしょう。そういう状態なら、国有企業改革のための困難な業務に対して職員が真剣に取り組める状態だとはとても思えません。ここまで習近平主席と李克強総理との対立関係が国際的にも国内的にも明らかになった以上、習近平主席政権の後半(2018年3月~2023年3月)も李克強氏が国務院総理を務めることは、もう現時点では想像できなくなった、と言えるかもしれません。一方で、李克強総理の後任の総理になりそうな人物は今の中国共産党政治局常務委員の中にはいませんから、もし李克強氏が総理を続けないのであれば、今後人事で相当揉めることになるでしょう。

 中国経済は「ハードランディング」はないとしても、長期低迷の状態は相当長い期間続くことになるのかもしれません。

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2016年9月17日 (土)

李克強総理はアメリカで何を語るか

 中国の李克強総理は明日(2016年9月18日)からアメリカを訪問し、ニューヨークの国連本部で国連総会に出席して演説を行う予定です(そのほかカナダとキューバも訪問し9月28日に帰国する予定)。

 最近、習近平主席と李克強総理との間の「権力闘争」を巡る思惑を背景とした報道が相次いでいます。9月10日、天津市党書記代理だった黄興国氏が突如解任されました。黄興国氏は、習近平主席に極めて近いとされる人物です。一方、9月13日、遼寧省代表の全国人民代表のうち45人が2013年の選出にあたって不正行為があったとして当選が無効とされました。李克強総理は2007年まで遼寧省党書記を務めていたことから、この遼寧省選出の全国人民代表の大量の当選無効も最終的には李克強総理を標的とした動きの一環なのではないか、といった報道もなされています。

 8月2日に李克強総理の出身母体である中国共産主義青年団(共青団)の改革が決まったことも李克強総理に対する「締め付け」の一環なのではないか、という見方もありました。

 中国共産党内部の権力闘争は、これまでもいろいろなレベルでいろいろな形で行われてきましたが、今回のように、いろいろな動きが表に見える形で行われていて「ほとんどガラス張りの中で殴り合っているような状況」は初めてです。しかも、争っている二人がトップの二人、即ち、国家主席と国務院総理ですから、これは中国共産党政権始まって以来の事態と言えます。

 今日(2016年9月17日(土))付けの朝日新聞朝刊15面の「風 北京から」というコラムで、中国総局長の古谷浩一氏が、9月8日に行われた朱鎔基元総理の記者会見録の出版記念会について書いています。このコラムによると、今般リニューアル出版された朱鎔基元総理の記者会見録は、本に記者会見の映像を記録したDVDが付録についているのですが、民主化への発言や過去の政治闘争に係わる質疑に関してDVDにあるのに本に記載されていない部分がある、つまり本への収録に際して削除された部分がどこであるかわかるようになっている、とのことでした。中国では、「敏感な部分」については、記者会見はテレビで生中継されているのに、後でホームページに文字でアップされる時には削除されることは「よくあること」なのですが、わざわざ削除された部分がわかるようにDVDを付録につけて記者会見録の本を出版するなんて実際妙な話です。このコラムを書いた古谷氏は、この記者会見録の出版には、「問題発言」をした朱鎔基元総理を批判する意図があるのではないか、と疑っているようです。

(注)朱鎔基元総理は、経済官僚出身の政治家で、経済政策上の考え方は李克強総理に近いと考えられています。また、現在の中国人民銀行総裁の周小川氏は、朱鎔基元総理によって取り立てられた人物です。

 このコラムによると、古谷氏の友人の中国人学者は「うちの会社は今、会長と社長の仲が悪い。元社長にも批判の動きが飛び火しているんですよ」と解説していたそうです。

 この中国人学者に代表されるように、おそらく中国政府職員の人たちや中国の企業経営者の方々は、今の「ガラス張りの中で殴り合っているような会長と社長」の様子をおそるおそる見ているのだと思います。で、この「殴り合い」が自分の身に及ばないように、両方の勢力から一定の距離を置いて日々の生活を送っているのだと思います。これでは中国の経済を支える人々は「今までと同じルーチンの仕事以外のことはやらないほうが安全だ」と考えるようになり、中国では、仮に今後大きな政治的混乱が起きないとしても、経済レベルでは沈滞ムードが続くことになるでしょう。

 こうした中、「社長」である李克強総理がアメリカへ行きます。国連での演説等ではおそらくは「公式見解」しか述べないと思うのですが、仮にアメリカのテレビ局等が李克強総理と単独インタビューを行った時には、李克強総理が何を発言するかは注目に値します(2008年9月に当時の温家宝総理が訪米して国連総会で演説した際にはCNNが単独インタビューを実施して、中国の民主化について質問しています(このブログの2008年10月2日付け記事「温家宝総理の人気が支える中国政府」参照))。李克強総理は、経済や外交については「公式見解」を繰り返すでしょうが、おそらくアメリカのメディアなら「あなた(李克強総理)と習近平主席との関係は不仲だとの見方があるが、実際はどうなのか」といった質問は必ずするでしょうから、それに対して李克強総理がどう答えるかは非常に重要だと思います。

 ただし、アメリカのメディアからこの種の質問を受けることはミエミエなので、李克強総理はアメリカのメディアの単独インタビューは受けない可能性もあります。でも、単独インタビューを受けないのなら、それは「李克強総理は習近平主席との関係についての質問には答えたくないのだ」という意味になり、それは李克強総理と習近平主席との関係は実際に深刻であることを示唆するので「単独インタビューを受けなかった」こと自体がひとつの重要なニュースになると思います(中国側は「スケジュールが合わなかったのでインタビューは受けなかった」などと言い訳すると思いますけど)。

 その後、中国では、10月に開催予定の六中全会(中国共産党中央委員会第6回全体会議)でどのような結果が出てくるかが注目されることになります。

 いずれにせよ、これから1年間(来年の中国共産党大会が終わるまで)は、「大きな変動」はないかもしれませんが、中国の動きには注目していく必要があると思います。

 先週、日本の新聞やテレビで、「一世帯で二軒目以降のマンション購入に関しては頭金の割合を増やすなどの規制が強くなるので、投資用マンションを買うために夫婦がわざと離婚して二世帯のふりをする『偽装離婚』が増えている」といったニュースを数多く見ました。この手の「偽装離婚」は以前からありましたが、ここへ来てまた「増えている」というのは、たぶん大都市部では今また不動産価格が高騰している(バブル化している)からでしょう。

 このブログにも再三書いてきましたが、3月の全人代の頃までは、中国政府は「マンションについては既に多くの在庫がある」と発言したり、鉄鋼業等の「ゾンビ企業の処置」を強調したりしてきましたが、今のところマンション・バブルも沈静化していないし、鉄鋼等の「ゾンビ企業」は赤字を垂れ流しながら操業を続けているようです。それは来年(2017年)の中国共産党大会へ向けて、地方政府は失業者を発生させることはできないので、バブルであろうが何であろうがマンション建設は続けるし、赤字垂れ流しであろうがなかろうが工場を止めるわけにはいかない、という事情があるのでしょう。ですから、来年(2017年)秋の中国共産党大会の頃までは「なんだかんだと言うけど、中国経済は言われるほど悪くはないじゃん」といった「見かけ上の底入れ感」を示す状態が続くのだと思います。

 一方、普通の会社であれば「会長と社長が仲が悪い」のは会社の没落の兆候です。そういったことを考えると、来年(2017年)秋の中国共産党大会の後、中国経済の低迷が目に見えるようになってくることを今のうちから心構えとして持っていた方がよさそうだ、と私は思っています(ちなみに、2007年の上海株バブルのピークは、党大会のあった2007年10月であり、2008年2月の春節後には沿岸部の輸出関連企業等に変調のきざしが見え始めました。ただし、この時は2008年9月のリーマン・ショックの発生(とその後の4兆元の超大型経済対策)により、中国経済の変調は覆い隠されてしまいました)。

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